論文題目
類比に基づく発展的な数学の学習指導について
申請者
早稲田大学教育学研究科 教科教育学専攻 3703 B 513-8
中川裕之
目次
序章 本論文の意図とその構成について 1. 本論文の背景
2. 本論文の意図 3. 本論文の構成
第一章 類比の見方、考え方とその活用 第一節 類比の見方、考え方について
1.1 類比的推論について 1.2 類比について
1.3 類比の見方、考え方の活用について
第二節 類比な命題について
2.1 問題の分類とその構成要素 2.1.1 問題の分類
2.1.2 問題の構成要素 2.2 問題の構成要素間の関係
2.2.1 条件について
2.2.2 構成要素間の関係について 2.2.3 媒介定理について
2.3 類比な命題について
第三節 類比の見方、考え方に基づく整理、統合の方法とその価値
3.1 類比の見方、考え方に基づいた整理の方法とその価値 3.1.1 類比の見方、考え方に基づいた整理の方法 3.1.2 類比な命題を整理することによる理解の深化 3.1.3 整理した命題間の関係を利用した類比的推論 3.2 類比の見方、考え方に基づいた統合の方法とその価値
3.2.1 類比の見方、考え方に基づいた統合の目的 3.2.2 統合的発展的な学習について
3.2.3 類比の見方、考え方に基づいた統合と発見、創造
3.3 整理、統合した命題間の関係を利用した類比的推論の方法とその価値 3.3.1 整理、統合した命題間の関係を利用した類比的推論の方法 3.3.2 類比的推論による発見、創造
第二章 類比な命題を発見、創造する方法
第一節 本質的な条件を明確にすることによる命題の発見、創造
1.1 本質的な条件に着目した命題の発見、創造
1.1.1 逆から考えて本質的な条件を明確にする方法 1.1.2 本質的条件や媒介定理を保存した仮定の変形 1.2 不要な条件に着目した発見、創造
1.2.1 不要な条件を削除することによる命題の変形 1.2.2 条件を同値なものに置き換える命題の変形 1.2.3 復元することによる命題の関連付け 1.3 別証明に基づく別の一般化
1.3.1 別証明を発見することによる不要な条件の発見 1.3.2 証明の違いに基づく別の一般化とその合成
第二節 類比な条件に置き換えることによる類比な命題の発見、創造
2.1 類比な条件について
2.2 類比な条件であることを明確にしていく方法 ―類比な条件の特徴―
2.3 類比な条件に置き換えることによる発見、創造 2.4 類比な条件を見出していく方法
第三節 仮定の範囲を見極め、広げていくことによる類比な命題の発見、創造
3.1 仮定の範囲を見極め、広げていく方法 3.1.1 仮定の範囲を視覚的に広げていく方法
3.1.2 類比な定理を利用して仮定の範囲を広げていく方法
3.1.3 仮定の条件の一部を変えることによって仮定の範囲を広げていく方法 3.2 特殊と一般の関係を利用した一般化、拡張
3.2.1 清宮俊雄の挙げる特殊と一般の関係
3.2.2 特殊と一般の関係を利用した拡張における媒介定理の変化について 3.2.2.1 等長を不等長に変える拡張における媒介定理変化のパターンにつ
いて
3.2.2.2 等角を不等角に変える拡張における媒介定理変化のパターンにつ いて
3.2.3 一般化、拡張することによる命題間の関係の発見
第四節 命題を合成することによる新しい命題の発見、創造
4.1 命題の合成
4.2 合成する命題を類比ものに変えることによる類比な命題の発見、創造 4.3 媒介定理の合成方法を変えることによる類比な命題の発見、創造
第三章 図形指導における類比の役割とその指導の試み 第一節 類比の見方、考え方に基づいた学習指導
―媒介定理とその活用について―
1.1 類比な定理について
1.2 媒介定理に着目した発見、創造
1.2.1 媒介定理を類比なものに変えることによる発見、創造 1.2.2 媒介定理を拡張することによる命題の拡張
1.2.3 媒介定理において特殊と一般の関係を活用する試み
第二節 類比の見方、考え方や類比な命題について指導する授業実践
2.1 類比の見方、考え方や類比な命題を発見、創造する方法を指導する授業実践の ねらいと指導計画
2.2 類比の見方、考え方や類比な命題について指導する授業実践 2.2.1 最初の6日間の集中授業の結果
2.2.2 本質的条件に関する調査
2.2.2.1 本質的条件の明確化について
2.2.2.2 本質的条件が保存するように仮定を変形することについて 2.2.2.3 不要な条件の明確化について
2.2.2.4 本質的条件に関する調査のまとめ
2.2.3 調査結果を踏まえた本質的条件に関する指導改善の試み 2.2.4 第一期のまとめ
2.3 類比な命題を発見、創造していく授業実践 2.3.1 第二期最初の四日間の指導のねらい
2.3.2 第二期最初の四日間の授業実践の概要と結果 2.3.2.1 類比な条件に置き換えるという方法について
(1)「類比な条件に置き換える」方法の紹介
(2)「類比な条件に置き換える」方法の有効性の調査
2.3.2.2 仮定の範囲を見極め、広げていくという方法について
(1)「仮定の範囲を見極め、広げていく」方法の紹介
(2)「仮定の範囲を見極め、広げていく」方法を扱う練習
(3)「仮定を見極め、広げていく」方法の有効性の調査
2.3.2.3 合成する命題を類比なものに変えるという方法について
(1)「合成する命題を類比なものに変える」方法の有効性の調査
(2)「既知の命題を合成する」方法の有効性について
2.3.3 類比な命題を発見、創造する方法の総合的な調査とその結果 2.3.3.1 事前調査の結果とその考察
2.3.3.2 集中授業終了後の調査の結果
2.3.3.3 調査結果の分析、考察とまとめ
2.3.4 類比の見方、考え方や類比な命題を発見、創造する方法を紹介した後の 授業における生徒の変化 ―類比的推論を活用した発見、創造―
2.3.4.1 〔命題3-15-7〕に基づいた発見、創造 2.3.4.2 〔命題3-15-16〕に基づいた発見、創造
(1)一般化と類比な条件の利用
(2)別証明に基づく発見、創造
(3)類比的推論による発見、創造
(4)媒介定理を類比な定理に変える方法の有効性に関する調査 2.3.5 第二期のまとめ
2.4 類比の見方、考え方に基づいて新しい学習内容を発見、創造する授業実践 2.4.1 第三期の調査のねらいとその概要
2.4.2 三平方の定理の証明方法の復習と一般三角形への適用 2.4.3 四角形の面積の関係の明確化と余弦定理の発見、創造 2.4.4 翌週の授業の概要
2.4.5 第三期のまとめ 2.5 授業実践のまとめ
終章 本論文のまとめと今後の課題
1.本論文のまとめ 2.今後の課題
引用・参考文献一覧
参考資料
序章 本論文の意図とその構成について
1.本論文の背景
命題を「類比の見方、考え方」で分析、考察していこうと考えたきっかけは、中学三年 の生徒たちと共に一年間かけて多くの初等幾何の問題に取り組む機会を得たことがあり、
その生徒たちが卒業したときに多くの初等幾何の命題や知識が筆者の頭のなかに残ったの で、それらを以後の授業や教材研究に活かすために整理しておこうと考えたことにあった。
その際、修士論文①で、図形指導において推論方法や考え方を主体とするためには問題や命 題を構成要素に分解し、その間の関係に着目することが重要であるとまとめていたので、
命題や問題を構成要素間の関係に着目して分類していった。この「構成要素間の関係の一 致に着目すること」が「類比の見方、考え方」につながった。
仮定と結論といった命題の構成要素間の関係を明らかにするためには、証明することが 必要である。そこで、まず、対象となるすべての命題の証明を行い、命題の構成要素間の 関係を明確にし、構成要素間の関係が一致している命題を探していった。そうすることで、
構成要素間の関係が一致している命題を集めることができれば、それらの裏にある一般的 な性質を見出そうとすることで命題に関する理解を深め、それらの間の共通点や相違点に 着目して類比的推論を行うことで新しい命題をつくることができた。
例えば、次の〔命題0-1〕と〔命題0-2〕は構成要素間の関係が一致している。
命題0‐1
正方形 ABCD の各辺の中点を P、Q、R、S とするとき、四角形 PQRSは正方形である。
命題0-2
四角形ABCD、DEFGは正方形である。正方 形ABCD、DEFGの対角線の交点をそれぞれP、
Q、線分AG、CEの中点をそれぞれM、Nとす るとき、四角形MPNQは正方形である。
① 中川裕之 『中学校数学における図形指導改善の試み―推論方法や考え方を主体とした図 形指導の在り方―』、2003、早稲田大学教育学研究科修士論文
これら二つの命題は次のように証明することができる。
〔命題0-1の証明〕
△ABDと△CDBで中点連結定理より
BD QR 2
PS = 1 =
PS//BD//QR
△BCAと△DACで中点連結定理より
AC SR 2
PQ = 1 =
PQ//AC//SR ここで、BD=ACよりPS=QR=PQ=SR
BD⊥ACより∠SPQ=∠PQR=∠QRS=∠RSP=90°
以上より、四角形PQRSは正方形である (Q.E.D)
〔命題0-2の証明〕
仮定よりDA=DC、DE=DG、∠ADC=∠EDG よって、∠ADE=∠ADC+∠CDE
=∠EDG+∠CDE=∠CDG 以上より△DAE≡△DCGであるので、
AE=CG…①
また、また、辺AEとCGの交点をRとすると、
∠DAR=∠DCRより四点A、C、R、Dは同一円 周上にある。
すると、円周角定理より∠ARC=∠ADC=90°となるので、
AE⊥CG…②
ここで、△CEAと△GAEで中点連結定理よりPN=
AE 2
1
=MQ、PN//AE//MQ…③同様に、△ACGと△EGCで中点連結定理よりPM=
CG 2
1
=NQ、PM//CG//NQ…④①,②,③,④より PN=MQ=PM=NQ、PN//MQ⊥PM//NQ なので、四角形 MPNQ は正方形である。
(Q.E.D)
この証明に基づいて考えると、〔命題0-1〕の構成要素間の関係と〔命題0-2〕の構 成要素間の関係を次の図のように表すことができる。
〔命題0-1の構成要素間の関係〕 〔命題0-2の構成要素間の関係〕
この二つの命題の構成要素間の関係は、「正方形の性質」と「△DAE≡△DCG(合同な 図形の性質)、円周角の定理とその逆」の部分が違っているが、ほとんど一致しているとみ ることができる。
これらの命題のうち、一方の〔命題0-1〕は次の一般的な性質の特殊にあたる命題で ある。
一般的な性質0-1
一般四角形ABCDの各辺の中点をP、Q、R、Sとす るとき、四角形PQRSは平行四辺形である。
そして、この〔一般的な性質0-1〕は四角形 PQRSを正方形だけでなく、長方形やひ し形に特殊化できることが有名である。そこで、ひし形に特殊化した場合を〔命題0-3〕
とする。
命題0-3
長方形ABCDの各辺の中点をP、Q、R、Sとすると き、四角形PQRSはひし形である。
この〔命題0-3〕は〔命題0-1〕の結論「四 角形PQRSは正方形である」を「四角形PQRSは ひし形である」に変えた命題とみることができる。
すると、〔命題0-1〕と同じ構成要素間の関係を もつ〔命題0-2〕でも結論を「四角形MPNQは ひし形である」に変えた命題が存在するのではな いかと考えられる。すると、類比的推論によって、
次の〔命題0-4〕をつくることができた。
命題0‐4
四角形ABCD、DEFGは相似な ひし形である。図のようにひし形 ABCD、DEFG の対角線の交点を それぞれP、Q、線分AG、CEの 中点をそれぞれM、Nとするとき、
四角形 MPNQ はそれらと相似な ひし形である。
また、仮定の相違点に着目し、〔命題0-3〕は〔命題0-1〕の仮定を正方形から長方 形に変えた命題であるという観点に立つと、〔命題0-2〕の仮定を長方形に変えた次の命 題をつくることができた。
命題0-5
四角形ABCD、DEFGは相似な長方形
(長方形ABCD∽長方形EFGD)である。
図のように長方形ABCD、DEFGの対角 線の交点をそれぞれ P、Q、線分 AG、 CEの中点をそれぞれM、Nとするとき、
四角形MPNQは長方形である。
このように、〔命題0-1〕と〔命題0-2〕の関係に基づいて〔命題0-4〕や〔命題 0-5〕がつくれたことから、〔命題0-2〕の四角形ACEGにも〔一般的な性質0-1〕
が隠れており、〔命題0-2〕の結論も四角形ACEGの対角線AEとCGの関係に依存して いることにきづくことができる。
以上のように、構成要素間の関係の一致に着目して命題の裏にある一般的な性質を明ら
かにすることで命題に対する理解を深め、命題間の関連に基づいて類比的推論を行うこと で新しい命題をつくることができた。このことから、構成要素間の関係の一致に着目する 見方、考え方は、類比的推論を可能にし、数学の学習を発見的、創造的に進めていく際に も有効なものとなると考えた。
類比的推論において基づく命題間の関係とは類比の関係である。そこで、類比について 詳しく考察しているPolyaの著書を分析したところ、Polyaは「類比なものとは構成要素間 の関係が一致するもの」①としており、また、二つの定理が類比であることがわかると、そ の二つの定理を含むような一般的な定理が想像できるようになるとも述べており②、構成要 素間の関係の一致に着目することは、類比な命題をみつける手段に他ならないことがわか った。
本論文では、命題を発展させる際に構成要素間の関係の一致に着目することを類比の見 方、考え方とし、これを用いて数学の学習を発見的、創造的に進める方法を明らかにし、
その可能性を探っていくことにする。
2.本論文の意図
初等幾何が生徒を惹きつける理由の多くは、問題が解けたときの喜び、満足感である。
しかし、それだけではなく、いろいろな考え方によって様々な解法が思いつくことや、逆 に同じ見方、考え方で解けるといった解法のつながりから問題間に関連が見えるようにな るおもしろさが初等幾何にはある。また、上で行ったように、見えるようになった関連を 利用することで新しい性質や解法をみつけるようになれば、初等幾何はさらにおもしろい ものとなる。生徒にも解ける喜びや満足感だけでなく、このような初等幾何のおもしろさ を知ってもらいたい。そうすれば、生徒は初等幾何学に、ひいては数学に興味や関心をも ち、主体的に数学を学習していくようになると考える。また、そのように発見的、創造的 に数学の学習を進めるようになれば、創造性や論理的思考力も育成することができるよう になるであろう。
図形指導を発見的、創造的なものに変えていくためには、教師が初等幾何学をユークリ ッド原論のような出来上がった数学ではなく、紙の上に描いた図形を対象とした科学、つ まり「図形の科学」ととらえ、授業では黒板上で実際に図形の性質を発見、創造してみせ るなかで、発見、創造する方法を生徒に示すようにならなくてはならないと考える。そう
① G.Polya.How To Solve It A New Aspect Mathematics Method(Second Edition).Princeton,
New Jersey:Princeton University Press, 1957, p.37
② G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ PATTERNS OF PLAUSIBLE INFERENCE.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,1954, pp.27-28
すれば、生徒も初等幾何学を固定的なもの、確定的なものとはとらえず、発見的、創造的 なものと考えるようになり、数学の学習において生徒は自ら疑問を抱き、または、探求し たいと考え、それを解決する能力を伸長させるようになり、数学の授業は主体的で、自由 な知的探求の場となるはずである。
一般に、図形の性質が発見、創造しやすいとされる理由は、図を正確に描き、それを観 察することで発見、創造ができるからであるが、本論文では、既知事項を一般化、拡張し たり、命題間の関連に基づいて類比的推論を行い仮定や結論を変形したりすることによっ て、新しい命題や図形の性質を発見、創造することについて考えたい。
例えば、清宮俊雄は他の定理から示唆を得、演繹的に考えて「清宮の定理」を発見して いる。清宮は「シムソンの定理」の仮定を一般的な条件に変えることで拡張して「清宮の 定理」を発見しており、その発想については「ターナーの拡張にならって得た」①と述べて いる。ターナーの拡張とは、ターナーが「シムソンの定理」を拡張することによって発見 した「ターナーの定理」のことを指している。そこで、「清宮の定理」が「ターナーの定理」
のどのような点をならったのかを分析してみると、清宮は「ターナーの定理」が「シムソ ンの定理」の仮定をどのように変形することによって導き出されたのかといった表面的な 特徴ではなく、ターナーが、拡張した定理をどのように証明したのかといった演繹的な特 徴から多くの示唆を得ていた。つまり、「清宮の定理」の仮定と結論を演繹的に結びつける 方法を、「ターナーの定理」の証明から見つけたのである②。これは初等幾何学における発 見の一例に過ぎず、必ずしもこのようにして発見や創造が行われるわけではないが、本論 文では、このような命題間の関係や仮定と結論の間の演繹的な結びつき方に着目し、それ を活用する発見、創造について考えたい。
命題が仮定から導かれる条件と結論から導かれる条件をうまく演繹的に結びつけること で証明されることから、このように既知命題の仮定や結論を変形することで発見、創造を 行う際には、可能な限り仮定と結論の間の演繹的な関係が保存されるように仮定や結論の 条件を変形するか、または、変形した仮定や結論をいかにして結び付けるのかを考える必 要が出てくる。そのような発想や着想を得る際に、「類比の見方、考え方」が有効となると 考える。構成要素間の関係が一致する類比な命題をいくつか見出すことができれば、どの ような命題であれば構成要素間の関係が一致するのかを知ることができるし、そうなれば、
構成要素間の関係が保存されるような条件の変形方法に対する示唆も得られるはずである。
また、様々な構成要素間の結びつき方を知っておけば、構成要素間の関係がそのまま保存 されないような条件の変形を行った場合にも、いかにして構成要素間の関係を結び直すの かに関する示唆も得られるはずである。
現在の数学の授業では観察による発見、創造が主であるが、初めに述べたような初等幾
① 清宮俊雄 『モノグラフ 幾何学―発見的研究法―』科学新興社、1968、p.57
② 中川裕之「シムソンの定理拡張における発想の分析」、『早稲田大学大学院教育学研究科 紀要』別冊12号-1、2004年9月発行、pp.115-124
何のおもしろさを知ってもらうためには、命題間の関連を明らかにし、その関連から示唆 を得て既知命題の仮定や結論を変形することで、一般化、拡張したり、類比な命題をつく ったりしていく活動を行う必要があると考える。そして、そのような命題を発展的に扱う 活動においては類比の見方、考え方に基づくことが有効であると考える。
このように、筆者は数学教育に対する基本的な姿勢として、数学の学習は既習事項を発 展させることで発見的、創造的に行われるべきであると考えており、本論文では、生徒が
「類比の見方、考え方」に基づくことによって、既知命題間の関係を見出し、その関係を 活用することで発展的、創造的に数学の学習を進める可能性を示したい。
3.本論文の構成
本論文のねらいを上に述べたこととするとき、まずは、「類比的推論」や「類比」につい て考えていくことが必要となる。Polyaは類比についていくつかの考え方を示し、様々な推 論や問題解決において類比を用いている。第一章第一節では、それらを考察し、Polyaの類 比に対する考えが「類比なものとは構成要素間の関係の一致するものである」という見方、
考え方に集約できることを示すことにする。
第一章の第二節以下では、類比の見方、考え方で命題を関連付け、関連付けた命題間の 関係を利用して類比的推論を行うことについて考えることにする。
第二節では、類比の関係にある命題について考える。命題の何が一致する際に類比であ るのかを明らかにすることで、類比な命題を見出す観点について考えたい。
第三節では、類比な命題を整理したり、統合したりすることについて考え、そのことに どのような教育的価値があるのかについて考察することにする。また、そのように整理、
統合した命題間の関係を利用した類比的推論によって、どのような発見的、創造的な学習 指導が可能となるのかについて探ってみたい。
第一章では既存の命題の中から類比なものを見出し、整理、統合することや、それらの 間の関係を利用した類比的推論について考えるが、そのような活動を効果的に行うために は、類比の関係にある命題を数多く知っておく必要がある。そこで、第二章では、類比な 命題を発見、創造する方法について考える。
本論文では、教材研究から見出した類比な命題を発見、創造する方法を「本質的条件を 明確にする」、「類比な条件に置き換える」、「仮定の範囲を見極め、広げていく」、「命題を 合成する」という四つに集約した。第二章では、それらの方法が抽出された経緯や集約し たそれぞれの中にどのような方法が含まれているのかを示すために、多くの具体的な命題 をとりあげ、それらと類比な命題を発見、創造していくことにする。なお、それらの方法 で導き出した命題は既にどこかで発見、創造されたものであることが多いが、そのような
場合でも、二つの命題が類比であるという命題間の関係を見出した点では意味があると考 える。
そして、第三章では、第一章、第二章で考えてきた類比の見方、考え方や類比な命題を 発見、創造する方法が、中学生にとっても理解可能で、扱うことができるものであるのか、
また、類比の見方、考え方に基づくことによって生徒や授業がどのように変わるのかを調 べるために行った授業実践とその結果について考察する。
第三章第一節では、実際に類比の見方、考え方に基づいて行った学習指導の具体的な場 面を取り上げ、その特徴や価値について考察する。
第三章第二節では、中学三年生を対象として行った調査研究の結果について分析し、類 比の見方、考え方が生徒に理解されるのか、理解されるとすれば、類比の見方、考え方に 基づくことによってどのような発見的、創造的な学習指導が可能となるのかについて考察 する。また、その際に、どの程度の生徒によって類比な命題を発見、創造する方法や類比 的推論が活用されるのかについても明らかにしたい。
以上のように、本論文では、第一章で類比の見方、考え方やそれに基づく命題の整理、
統合や類比的推論について考え、第二章で整理、統合の対象となる類比な命題を発見、創 造する方法について考え、第三章でそれらの教育における有効性や価値について考察する。
それら三つの過程を経ることで、「類比の見方、考え方」に基づくことによって生徒が数学 を発見的、創造的に学習する可能性を示すことを考える。
第一章 類比の見方、考え方とその活用
初等幾何に関する知識は積み重なってくると、それらの間に関係が見えるようになる。
そのような関係には特殊と一般の関係や演繹的な関係などもあるが、証明を行ったり問題 を解決したりするなかで生徒が着目するようになる関係に、同じ見方、考え方で解決、解 釈できるといったものがある。この関係を理解や発展、創造のために活用したいと考える。
このような関係にある命題を見出し、そこに共通する見方、考え方を明らかにすることで それらを統一的に理解し整理するとともに、整理された命題間の関係を活用することで発 展的、創造的に学習を進めたい。このような命題は、その裏に共通の見方、考え方が存在 するので、一方の対象でうまくいった操作や拡張がもう一方の対象でも有効であったり、
一方の対象で成り立つ性質がもう一方の対象でも成り立ったりすることがあるので、類比 的推論によって発展や創造を行うこともできるはずである。
第一節 類比の見方、考え方について 1.1 類比的推論について
一般に、類比的推論(類推)①とは、二つの考察対象の間に何らかの類似性があるとき、
既知である一方の対象で成り立つ性質が、未知なる他方の対象についても成り立つであろ うと推論することであるが、『哲学辞典』では類比的推論についてより詳しく「二つの事物 が、いくつかの性質や関係を共通にもち、かつ、一方の事物がある性質または関係をもつ 場合に、他方の事物もそれと同じ性質または関係をもつであろう、と推理すること。演繹 的推理とも帰納的推理とも異なり、類似点に基づいて、ある特殊の事物から他の特殊な事 物へ推理をおよぼすことである。類推が成立するのは、比較される二つの事物が表面的に ではなく、本質的に類似している場合である。本質的に異なった事物の間で類推を行うこ とは、誤った結論を導くおそれがある。」②と書かれている。
ところで、成立する類比的推論を行うためには、比較される対象が本質的に類似してい る必要があると述べられているが、本質的に類似しているとはどのようなことであろうか。
類比的推論が成功する理由、失敗する理由から逆に、そのことについて考えてみたい。前 田隆一は類比的推論が成功する理由、失敗する理由について次のように述べている。
① 以下、類比的推論と類推は同じものとして扱う。文章によって、類比的推論と言ったり、類 推と言ったりしているが、特に厳密な使い分けはしていない。
② 下中邦彦編 『哲学辞典』 平凡社、1971、p.1488
たとえば、正方形の対角線は直交してい る。ところが、ひし形も四辺の長さが等し い点で、正方形と似ているから、対角線が 直交するだろうと考えるのは、一種の類推 であって、この類推は成功した例である。
これに対して、正方形の対角線の長さが等しいから、ひし形も長さが等しいだろ うという類推は、成功しない例である。
前の類推が成功したのは、対角線の直交ということが、図形の対称性によって保 証されており、正方形もひし形も四辺が等しいから対称性が成り立つためである。
ところが、対角線の長さが等しいという性質は、△ABCと△ABDが合同であると いう性質と関連しているが、それは四辺が等しいということだけからは導かれない からである。
だから、以上の場合、正方形とひし形の共通点として利いているのは、四辺が等 しいということ自体ではなく、対称性であることがわかる。①
この例では、着目した特徴から類推する性質の根拠である対称性が導き出せたために類 比的推論が成功したと分析している。つまり、類推する性質の根拠が比較する二つの対象 に存在していればよく、それを暗示するような特徴に着目して類比的推論を行えば、成功 する確率が高くなるというのである。確かに、先程成功しなかった類比的推論も、対角線 の長さが等しいという類推する性質の根拠である△ABC≡△BADと関連した特徴(例えば
∠ABC=∠BADやBC=AD)に着目して、そのような特徴をもつ対象(例えば長方形や等 脚台形)に対して類比的推論を行えば成功する。
このように、本質的に類似であるとは、対称性や△ABC≡△BADのような類推する性質 の根拠となる条件をもっていることであり、そのために、本質的に類似な対象は、いつも 同じというわけではなく、類推しようとする性質によって変わってくることになる。この ことを『論理学入門』では次のように表現している。
Pはa、b、c、dである。
Sはa、b、cである。
ゆえにSはdである。
PとSとに共通するa、b、cを根拠にして、PにあってSにないdをSもまたもつであ ろうと推定するのであるから、類推の根拠になっているa、b、cは、類推されるdと 本質的な関係をもったものでなければならないことはいうまでもない。②
① 前田隆一 『算数教育論―図形指導を中心として―』 金子書房、1979、pp.129-130
② 千葉茂美、東千尋、若山玄芳 『論理学入門』 学陽書房、1974、p.136
類比的推論における類似性とは、類推しようとする性質の根拠となる条件をもっている ということであり、成功する類比的推論を行うためには、そのような条件を暗示する表面 的な特徴をもつ対象を想起すればよい。このような類推する性質の根拠の一致に着目する ことは、同じ見方、考え方で解決、解釈できるという観点につながるものである。
1.2 類比について
類比的推論の成功する確率を高めるためには、比較する二つの対象として、ただ表面的 な特徴が一致するものではなく、類推しようとする性質の根拠を暗示するような特徴が一 致するものを想起する必要があった。このように、類比的推論では比較する対象間の関係 について考えることが大切となるのであるが、Polyaは類比的推論において比較する二つの 対象の関係を類似の特殊にあたる類比とし、詳しく考察している。
Polyaは『How to Solve It』で類比について次のように述べている。
類比(analogy)とは類似(similarity)の一種である。類似な対象はある点
(respect)で一致するものであるが、類比な対象は構成要素(respective parts) 間の関係(relations)で一致する。
長方形は直方体と類比である。事実、長方形の辺の関係と直方体の面の関係は似 ている:
長方形の任意の辺は他の辺のうちの一つとは平行であり、残りの辺とは垂直であ る。
直方体の任意の面は他の面のうちの一つとは平行であり、残りの面とは垂直であ る。
ここで辺を長方形の「境界要素」、面を直方体の「境界要素」と呼ぶことにしよ う。すると、上で述べた二つの叙述(statements)は、両方の図形に共通して成り 立つ次のような一つの叙述にまとめる(contract)ことができるであろう:
任意の境界要素は他の境界要素のうちの一つとは平行であり、残りの境界要素と は垂直である。
このように、長方形の辺や直方体の面という比較する二つの対象の構成組織
(system)に共通する関係を表現することができた。これらの構成組織の類比は、
この関係の一致に拠る。①
① G.Polya.How To Solve It A New Aspect Mathematics Method(Second Edition).Princeton, New Jersey:Princeton University Press, 1957, p.37
これと同じことが『MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING』でも次のように 述べられている。
二つの構成組織(system)がそれぞれの構成要素(respective parts)間の明白 に定義できる関係(relations)において一致するならば、それらは類比である。
例えば、平面における三角形は空間における四面体と類比である。平面では、二 本の直線で一つの図形を囲むことはできないが、三本ならば三角形を囲むことがで きる。空間では、三つの平面で一つの立体を囲むことはできないが、四つならば四 面体を囲むことができる。三角形と四面体は最少個数の単純な境界要素で囲まれて いる点で、平面に対する三角形の関係と空間に対する四面体の関係は一致している。
よって、類比である。①
これらのことから、Polyaは類比なものを「構成要素間の関係が一致するもの」とと らえていると言ってよいであろう。Polyaはそのような類比なものの間で類比的推論
(inference by analogy)を行っている。例えば、「四面体の重心を求めよ」という問題 を解決する際②に、四面体と三角形が類比であることからPolyaは三角形の重心を求め る問題を想起し、その問題の解決方法を真似ることで、四面体の重心を発見している。
類比なものは構成要素間の関係が一致するものと言ったが、構成要素間の関係のとら え方は一つとは限らない。これまでの例でPolyaは平面上の三角形と空間内の四面体を 類比としているが、次のようにも述べている。
ここに別の例がある。三角形と角錐が類比な図形とみなされることがある。一方 には線分があり、他方には多角形がある。線分を含む直線上にない一点と線分上の すべての点を結ぶと三角形が現れる。多角形を含む平面上にない一点と多角形上の すべての点を結ぶと角錐が現れる。
~~(中略)~~
平面幾何と立体幾何を比べたとき、我々はまず平面上の三角形が空間内の四面体 に類比であることを見出した。次に、我々は三角形が角錐に類比であることを見出 した。双方の類比は妥当なもの(reasonable)であり、関係の一致をみたそれぞれ の立場において価値あるものである。平面幾何と立体幾何の間にはいろいろな類比 があるものであり、ただ一つの特権的な類比というものは存在しない。③
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, pp.13-14
② G.Polya.How To Solve It A New Aspect Mathematics Method(Second Edition).Princeton,
New Jersey:Princeton University Press, 1957, pp.38-43
③ ibid. ①, pp.14-15
類比な対象は構成要素間の関係のとらえ方によって変わってくる。なお、このことは、
平面と空間の間の類比だけに言えることではなく、平面図形同士のように類比な対象の次 元が同じ場合でも言える。特に、正方形のように特殊な図形であれば、その構成要素間の 関係は多くなるので、平面図形の中だけでも点対称や線対称など様々な観点に基づく類比 が存在する。
Polyaは類比なものを構成要素間の関係が一致するものととらえていたが、いくつかの例
においては違った観点から類比をとらえている。
その一つにピタゴラスの定理の証明方法を発見する例がある。Polyaは「一般化、特殊化、
そして類比は数学的な問題を解決する際に共に行われる」①と述べ、ここでは類比を「複数 の図形からなるよく知られたⅠ②と、これもよく見る図形であるⅡの間の類比に気づくこと によって、次に示す証明を発見することができる。…(中略)…たぶん、あなたはⅠとⅡ の間の類比に気づかないであろう。しかし、この類比は共通な一般化によって明白となる」
③といったように、一般化、特殊化と関連させてとらえている。つまり、Ⅲの図形はⅠとⅡ の両方を特殊にもつような一般的なものであり、その特殊と一般の関係に気づくことによ って、ⅠとⅡが類比であることが明白となるというのである。これは、これまでの類比の 判別方法とは違っている。
④
その推論過程では、まず、証明すべき式
a
2=b
2+c
2の両辺をλ倍して、λa
2=λb
2+ λc
2とし、証明すべき式を正方形の面積に関するⅠから直角三角形のそれぞれの辺を対応 する辺とする相似な図形の面積に関するⅢに変えている。そして、Ⅲを特殊化してⅡを導① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, p.15
② 直角三角形の斜辺の長さをa、その他の二辺の長さをb、cとしており、証明すべきピタゴラ スの定理a2=b2+c2の三つの項がそれぞれの辺を一辺とする正方形の面積を暗示しているこ とから、Ⅰが始まりの図となっている。
③ ibid. , p.16
④ ibid. , p.16
き出している。Ⅱの図形は、斜辺上に直角三角形そのものをのせると、他の二辺上にのる 相似な図形はⅡのように直角三角形の高さを引くことで分割される二つの直角三角形とな るので、その三つの三角形の面積について考えるⅡはⅢの特殊にあたるものであると解釈 することができる。
この推論では、特殊なⅠを一般化して一般的なⅢを導き出し、それを特殊化することで 類比なⅡを見出している。そして、PolyaはⅠとⅡがⅢの特殊にあたることから類比である としている。確かにそのように考えると、ⅠとⅡは類比であるとみることができるのであ るが、この際に我々を納得させている理由は何であろうか。筆者は、その理由を、考察し ている特殊な対象(上の例のⅠ)を一般化、特殊化する際に、
a
2=b
2+c
2という関係を保存しているためではないかと考える。そのために、ⅠとⅡは
a
2=b
2+c
2という同じ関係をもつことになるので、我々はⅠとⅡを類比であると認識できるのではないだろうか。
このように、類比な対象を見出す際に一般的なものを経由している他の例としては空間 の分割問題①がある。Polyaは「一般の位置にある五つの平面が空間をいくつの部分に分け るのか」②という問題について考える際に、五つの平面による分割を想像しづらいことから、
なぜ五つの平面なのかと考え、五つという空間を分割する平面の数は任意の数に変えても よいであろうと認識する程度に一般的なもの(n個の平面による空間の分割)を想像し、
それを特殊化することで他の数の平面による分割、つまり、四つや三つ、二つ、一つの平 面による空間の分割へと思考を移している。その際にPolyaはその推論過程について「まず 一般化し、その後それを特殊化するという典型的な方法で類比に到達した」③と述べており、
四つや三つの平面で空間を分割する問題を五つの問題と類比なものであると言っているが、
この例でも、平面で空間を分割するという問題の構造(平面と空間の関係)を保存したう えで、その平面の数を変えて類比な問題を見出しているので、類比の理由は、構成要素間 の関係の一致に拠っているとみることができる。
これらの例では、類比な命題を見出す際に一般的なものを経由しているが、これはPolya が類比なものの裏には一般的なものが存在していると考えているためである。Polyaは類比 について次のように述べている。
あなたが二つの定理 A とB の間のある類似に気づいたとします;あなたはいく つかの共通点をみつけるわけです。たぶん、あなたはすべての本質的な共通点を明 らかにし、定理AとBをその特殊にもつようなもっと一般的な(comprehensive)
定理Hを想像することがいつかできるようになるのではないかと考えるでしょう。
もしあなたがそう考えたならば、あなたは類比的に考え(think analogically)始め
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, pp.43-50
② ibid. , p.43
③ ibid. , p.44
ているわけです。
とにかく、二つの定理AとBが類比であることを
AはHに含まれる BはHに含まれる
となるような共通の根拠(ground)である H を発見しようと意図することと考え てみましょう。ただし、Hが求まっていないことを忘れてはいけません;我々はそ のようなHが存在することを望むだけなのです。
~~(中略)~~
もちろん、まだ H は求まっていない。H が存在することが望まれているだけであ るという違いはある。しかしながら、そのような前提を加えれば、
AはHに含まれる BはHに含まれる という二つの前提は
AはBに類比である
という一つの前提に同値である、と見なすことができる。①
このように、Polya は類比なものの裏には一般的なものが存在すると考えているが、ピ タゴラスの定理や空間分割の例からわかるように、一般的なものとは、類比なものにおい て一致している構成要素間の関係に基づいて導き出されたものであるので、一般的なもの によって類比が明白になるという考え方も、結局は、構成要素間の関係の一致に拠ったも のであるとみなすことができると思われる。例えば、1.1で扱った類比的推論の例では、
「正方形の対角線が直交する」ことから「ひし形の対角線が直交する」ことを類推してい たが、正方形とひし形が類比であったのは対角線対称という関係を共通にもつためであっ た。そして、これらの類比の裏にある一般的なものとは、「対角線対称な四角形の対角線は 直交する」というものである。確かに、このような一般的なものは、類比なものの根拠と なっており、類比なものをその特殊にもつものである。しかし、このような一般的なもの を明らかにすることによって類比が明白となるというのは、ピタゴラスの定理の例や空間 分割の例でもそうであったように、一致する構成要素間の関係を用いて一般的なものが表 現されるためである。したがって、一般的なものとは、類比な対象が共通にもつ構成要素 間の関係を別の言い方で表したものに過ぎないと思われる。
以上のように、Polyaは類比に関して様々な考察を行っているが、それらは「類比なもの は構成要素間の関係の一致するものである」という見方、考え方に集約された。したがっ て、本論文では、類比を次のようにとらえることにする。
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ PATTERNS OF PLAUSIBLE INFERENCE .Princeton,New Jersey:Princeton University Press,1954, p.27
類比とは類似の特殊なものであり、類比なものはお互いの構成要素間の関係が一 致するものである。類比な対象を見出す際には、構成要素間の関係が一致するもの を探すか、着目している構成要素間の関係が保存された一般的なものを想像し、そ の特殊にあたるような対象を探せばよい。
1.3 類比の見方、考え方の活用について
同じ見方、考え方で解決、解釈できる関係にある問題や命題において類比的推論を行い、
命題を発展させたり、新しい性質を発見、創造したりすることを意図して、類比的推論や 類比について考えてきたが、上のようにとらえた類比はどのように活用することができる のであろうか。ここでは、Polyaの類比の利用方法を参考にしつつ、具体的な命題を用いて そのことについて考えてみたい。
一般に、類比は、類比的推論において新しい命題や性質を発見するために利用されるも のである。Polyaもいくつかの例において類比を見出し、利用しているが、類比を用いた推 論方法としては二種類のものを挙げている。
一つ目の推論方法は「inference by analogy」と名づけられており、例えば、先程挙げた 四面体の重心を求める問題①において用いられている。四面体と三角形が類比であることか らPolyaは三角形の重心の証明方法や性質について考え、それらを参考にして四面体の重心 を発見し証明している。
このように、我々は均質の(homogeneous)三角形の重心がその三つの頂点の重 心と一致する(ただし、三角形の頂点にある三つの質量点の重さは同じものとする)
ことを知ることができた。このことを知ることによって、均質の四面体の重心がそ の四つの頂点の重心と一致することを推測することができた。
この推測は「類比的推論(inference by analogy)」によるものである。我々は三 角形と四面体が多くの点で似ている(alike)ことを知っているので、さらにもう一 つの点でも似ているであろうと推測した。そのような推測の蓋然性を確かなもの
(certainty)とみなすことはおろかなことであるが、そのようなもっともらしくみ える推測を無意味なものとみなすことは、それと同じくらい、またはそれ以上にお ろかなことであろう。②
① G.Polya.How To Solve It A New Aspect Mathematics Method(Second Edition).Princeton,
New Jersey:Princeton University Press, 1957, pp.38-43
② G.Polya.How To Solve It A New Aspect Mathematics Method(Second Edition).Princeton,
Polyaがこのように述べていることから、この「inference by analogy」と名づけられた 推論方法は、一般的に類比的推論と言われているものにあたると思われる。
もう一つの推論方法は「inference from analogy」①と名づけられており、帰納的推論に よって導き出した推測がすぐには証明できないような場合に、類比を用いてその推測の真 偽を検証するために用いられる「推測は、それと類比な推測が真であることがわかればそ の信憑性を増す」という推論である。その推論形式は、次のようにパターン化されている。
AはBに類比である Bは真である
Aは信憑性を増す②
この推論の例はこれまでに挙げてこなかったが、膜の原音の振動数に関する問題③とsinxの 無限積表示の問題④がある。これらの例では、証明することが簡単にできそうにない推測A の信憑性を検証するために推測Aと類比な推測Bを見出し、推測Bが真であることを証明す ることで推測Aの信憑性を高めている。このように、Polyaは新しい命題や性質を見出すた めだけでなく、新しい推測の信憑性を見出すためにも類比的推論を行っている。
これらの例に対して、先程挙げたピタゴラスの定理の問題解決⑤におけるPolyaの類比の 用い方は類比的推論と言うよりは演繹的推論と言った方がよいものである。その推論過程 では、まず、証明すべき式
a
2=b
2+c
2の両辺をλ倍して、λa
2=λb
2+λc
2とし、証明すべき式を正方形の面積に関するⅠから直角三角形のそれぞれの辺を対応する辺とする相 似な図形の面積に関するⅢに変えている。つまり、証明するために面積の関係を示す必要 があった対象を正方形からあらゆる相似な図形に一般化しているのである⑥。
New Jersey:Princeton University Press, 1957, p.43
三角形と四面体が類比であることを用いた類比的推論の例は、次のところにもある。
G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, pp.45-46
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ PATTERNS OF PLAUSIBLE INFERENCE .Princeton,New Jersey:Princeton University Press,1954, p.27
また、「inference from analogy」には少しぼかされたものとして「ある推測は、それと類比 な推測が信憑性を増せば、いくらかその信憑性を増す」というものもある。
G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ, p.22 G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ, p.12
② G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ, p.10
③ G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅡ, pp.9-12
④ G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ, pp.17-22
⑤ G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ, pp.15-17
⑥ 正方形が常に相似な図形であることから、相似な図形への一般化が可能となる。
①
このように一般化することで、面積の関係(斜辺上にある図形の面積が他の二辺上にあ る図形の面積の和となるというもの)を示すべき対象は、正方形から任意の相似な図形へ と広がる。普通、一般化すると証明することが難しくなってしまうことが多いが、この場 合は、二つの式
a
2=b
2+c
2とλa
2=λb
2+λc
2が代数的に同値な式であり、また、λに 適当な値を代入した特殊な場合とも同値となるために、一般的な図形であるⅢの特殊にあ たる図形の一つで証明ができれば、すべての場合が証明できたことになる。そこで、Ⅲを特殊化することで比較的考えやすい図形をつくり出そうと考えると、Ⅱが 出てくる。事実、Ⅱの図形で斜辺上に直角三角形そのものをのせると、他の二辺上にのる 相似な図形はⅡのように直角三角形の高さを引くことで分割される二つの直角三角形とな るので、斜辺上にのっている図形の面積がその二つの面積の和となることが容易に示せる。
ここでの推論では、証明すべき関係式である
a
2=b
2+c
2を保存して一般化、特殊化を 行っているので、導き出される特殊な対象はすべてa
2=b
2+c
2という関係をもつ類比な ものとなると同時に、代数的に同値なものとなる。このように、Polyaは類比な対象が代数 的には同値な対象となることを利用して問題を解決している。これは演繹的な推論であろ う。また、これと同様に一般的なものを経由して類比な対象を見出している空間分割問題② では、「一般の位置にある五つの平面が空間をいくつの部分に分けるのか」③という問題に ついて考える際に、平面で空間を分割するという問題の構造(平面と空間の関係)は保存 して一般的な場合(n個の平面による空間の分割)を想像し、それを特殊化することで四 つや三つ、二つ、一つの平面による空間の分割について考え、その結果を分析し、次の表 をつくり、それら類比な問題の関係を活用して問題を解決している。
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, p.16
② ibid. , pp.43-44
③ ibid. , p.43
① ②
ここでは、(n枚の平面による空間の分割個数)=(n-1枚の平面による空間の分割個数)
+(n-1本の直線による平面の分割個数)であることを帰納的推論によって導き出し、(四 つの平面による空間の分割個数;15)+(四本の直線による平面の分割個数;11)から五 つの平面によって空間が26個の部分に分けられることを求めている。
これらの問題での類比の用い方は、類比的推論とは異なっている。また、四面体の重心 の問題のような類比的推論の例とこれらの例の大きな違いには、類比的推論の例では三角 形と四面体など既存の類比を用いていたのに対して、これらの問題解決では類比な対象を 新たに見出している点がある。つまり、一般的なものを意識することで新たな類比を明白 にしたり、それを特殊化することで類比な対象を見出したりしているのである。
これらの問題における類比の見出し方や活用方法は、同じ見方、考え方で解決、解釈で きる関係にある命題や問題を発見、創造し、それらを統一的に理解し、その関係を利用し て類比的推論を行う活動においても有効となると考える。つまり、Polyaが問題解決のため に活用しているそのような類比の見方、考え方は問題解決後に問題や命題を発展的に扱う 際にも活用できると考える。
このことを、次の問題を例にして考えてみる。
問題
直径ABが30cmの円がある。AC、BCがそれ ぞれ10cm、20cmとなるように直径AB上に点C をとり、AC、BCを直径とする半円を右図のよう にかく。
このとき、色を塗った部分と塗られていない部 分の面積比を求めよ。
① G.Polya.MATHEMATICS AND PLAUSIBLE REASONING VOLUMEⅠ INDUCTION AND ANALOGY IN MATHEMATICS.Princeton,New Jersey:Princeton University Press,
1954, p.47
② ibid. , p.48
この問題を解いてみると、
(色を塗った部分) =(52π+152π-102π)÷2=75π
(塗られていない部分)=(102π+152π-52π)÷2=150π
となり、色を塗った部分と塗られていない部分の面積比は1:2となる。このように問題 を解決することはできてしまうので、Polyaならばこの問題と類比な問題を見出そうとはし ないであろう。しかし、面積比が1:2となったことから、この面積比が直径の内分比で
ある AC:BC=10:20=1:2と等しくなるのではないかという推測が生まれる。そ
こで、ACとBCの長さを文字で置き、一般の場合について考えてみる。
左の図のようにAC=
a
、BC=b
とし、上の解決 過 過程と同じようにそれぞれの部分の面積を求めてみると、
(色を塗った部分)=
( ) ( )
b a a b
b a
a + ×
= + −
+ 8 8 4
8
2 2
2
π π π
π
(塗られていない部分)=
( ) ( )
b b a a
b a
b + ×
= + −
+ 8 8 4
8
2 2
2
π π π
π
このことから、
(色を塗った部分):(色が塗られていない部分)=
a
:b
となる。直径の内分比と面積比の関係を明らかにすることによって、問題を次のような命題とし て表現できるようになる。
この命題と類比な命題をつくることを考える。この命題の図形は円や半円で構成されて いるので、(直径の内分比)=(面積比)の関係が保存されるようにそれらを他の図形に変 えてみる。
〔正方形の場合について〕
まずは、全体の形が正方形となる場合について考える。正方形の内部を円の場合と同様に、縦の辺の中点を結んだ線分 AB で二つの長方形に分け
命題
線分ABを直径とする円がある。直径AB上に 点C をとり、線分AC、BCを直径とする半円を 右図のように描いた。AC=
a
、BC=b
であるとき、色を塗った部分と塗られていない部分の面積 比は
a
:b
である。る。そして、線分AB上に点Cをとり、AC、BCを一辺とする図形を描き、内部を分割す ることを考える。
このとき、AC、BCを一辺とする正方形を描くと、AC、BC の対辺は全体の正方形の一辺に重なってしまう。そこで、円 の命題を振り返ってみると、円の場合はAC、BCを一辺とす る半円を描いていた。つまり、全体の半分の形であった。
このことから、正方形の場合でも正方形の半分の長方形、
つまり、縦と横の比が1:2となる長方形を描けばよいの ではないかと発想することができる。このようにしてできた図形において、色を塗った部 分と塗られていない部分の面積比を求めてみると、
(色を塗った部分)=
a + ( a + b ) − b = a ( a + b )
2 2
2
2 2 2
(塗られていない部分)=
b + ( a + b ) − a = b ( a + b )
2 2
2
2 2 2
と面積比は
a
:bとなり、線分ACとBCの比と一致する。このように、構成要素間の関係を保存しようとすることで類比な命題をつくることがで きた。ここでつくられた命題は同じ見方、考え方で証明、解釈することができる命題であ る。また、内部を分割するAC、BCを一辺とする図形を考える際に、全体の図形を線対称 な図形をみて、その半分の形と相似なものとした。このことから、二つのことがうかがえ る。一つは、これらの命題が相似な図形に関連したものであるということであり、もう一 つは、深く考えることなく円と類比なものとして正方形を選んだが、これは正方形が円と 同じく多くの対称軸をもつ図形であったからであり、無意識に線対称に着目していたため であると考える。そこで、相似な図形の関係と線対称を意識して、先程はできなかったAC、
BCを一辺とする図形が正方形の場合について考えてみる。
〔正方形を二個並べた場合について〕
全体の形は、二つの正方形を線分ABで重ねたものとす る。そして、線分AB上に点Cをとり、AC、BCを一辺 とする正方形を描き、これまでと同じように色を塗ると、
図のようになる。
それぞれの面積をこれまで同様に求めると、
(色を塗った部分)=
a
2+(a
+b
)2-b
2=2a
(a
+b
)(塗られていない部分)=
b
2+(a
+b
)2-a
2=2b
(a
+
b
)となり、この図形でも面積比は
a
:bとなり、線分ACとこのように相似な図形の関係と線対称に着目することによって類比な命題をつくること ができたので、これらの類比な命題の裏に存在する一般的な性質として、次のようなもの を想像することができるようになる。
〔類比の裏にある一般的なものについて〕
まず、全体の形を次の図のように任意の合同な図形二つを線分ABで合成したものとし、
次にAC、BCを一辺とするそれらと相似な図形をそれぞれ描き、これまでと同様に色を塗
った。
このとき、それぞれの図形が相似であることから、そ れらの面積は線分比の2乗に比例するので、その比例定 数をkとすると、
(色が塗られた部分)=k
a
2+k(a
+b
)2-kb2=2
a
(a
+b
)k(塗られていない部分)=k
b
2+k(a
+b
)2-ka
2=2b(
a
+b
)k となり、面積比はa
:b
となる。一般的な性質
上の図のように合同な二つの図形を線分ABで合成し、線分AB上に点Cをとり、AC=
a
、BC=b
とする。それらと相似な線分AC、BCを一辺とする図形をそれぞれ描き、図の ように色を塗った。このとき、色を塗った部分の面積と色が塗られていない部分の面積の 比はa
:b
となる。初めに円の問題を解いた段階ではわからなかったが、類比な命題をつくっていくなかで、
これらの命題が相似な図形と関連したものであることに気づけた。このように類比な命題 をつくり、その裏にある一般的な性質を想像しようとする
ことで、命題に対する理解を深めることができる。また、
一般的な性質に基づいて類比な命題を見直すと、円や正方 形の命題が、一般的な性質の証明における比例定数kが特 殊な値の場合であったことも理解でき、一致する構成要素 間の関係を明白にすることもできる。
また、この一般的な性質を特殊化することで、既知命題 のなかから類比な命題をみつけたり、新しく類比な命題を つくったりすることができる。例えば、相似な図形に正三 角形や直角二等辺三角形を選ぶと、図のようなひし形や正 方形の図形が出てくる。