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雑誌名 東アジア仏教学術論集 = Proceedings of the

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『起信論』註釈書に表れる如来蔵理解の変化 (第1 回学術大会テーマ 東アジアにおける仏性・如来蔵 思想の受容と変容)

著者 石 吉岩

雑誌名 東アジア仏教学術論集 = Proceedings of the

International Conference on East Asian Buddism : 韓・中・日国際仏教学術大会論文集

号 1

ページ 211‑230

発行年 2013‑03

URL http://doi.org/10.34428/00007382

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

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佐藤厚氏のコメントに対する回答

石吉岩 (韓国 金剛大学校)

1.慧遠は『楞伽経』説に依拠して、如来蔵と阿梨耶識とは異ならないと主張する。

この時、如来蔵に真・妄がすべて一体化されている。反面、法蔵は如来蔵を真如と見 なす。この時、如来蔵に妄はないと言える。ただ法蔵は新たに「一如来蔵心」という 概念を提示して「如来蔵」概念を拡張し、これにより真・妄をすべて包括する。すな わち法蔵においては、如来蔵は真であるが、一如来蔵心は真・妄をすべて包摂した概 念である。つまり如来蔵と一如来蔵心の連係により、如来蔵を生死造作の原因と見な すのである。

2.本来性と現象態とを対比させて説明できると思う。本来性とは、それ自体とし ては無相無名であり一切を絶したものである。ところで、この本来性である理法が主 体により捉えられる時に、相・名を持つようになる部分、つまり、功徳相を「照(照 らすこと)」と表現する。言い換えれば、仏の悟り(理)が、教えとして伝えられるこ と、これが「照」という概念で表現されると考えられる。

3.性起それ自体が真の起である。しかし法蔵において如来蔵縁起は真が妄を起こ す。この点で違いがある。ただこれは『起信論義記』の段階での問題であり、『入楞 伽心玄義』になると、性起の立場と同一になるのではないかと考えられる。法蔵は、

このために『義記』では如来蔵思想を如来蔵縁起宗と呼ぶが、『入楞伽心玄義』では 実相宗と表現を変えている。

4.佐藤先生のコメントにおいて、二つ目の『曇延疏』の解釈上の誤謬についての 指摘は、論者の誤解に基づく誤訳であるため、先生が提示した翻訳をそのまま受け入 れたいと思う。

(翻訳担当:佐藤厚)

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