実習系デザイン科目のオンライン化について
千葉商科大学政策情報学部 准教授
吉羽 一之
YOSHIHA Kazuyuki
プロフィール
千葉商科大学政策情報学部准教授、グラフィックデザイナー。
京都芸術大学(旧:京都造形芸術大学)通信教育部大学院芸術研究科芸術 環境専攻修了。2015 年千葉商科大学政策情報学部着任。教員業務と並行し てデザインワーク(劇場公演広報物等)にも従事。
はじめに 1
本報告では、千葉商科大学において、2020年度4月 に全ての科目がオンライン上での開講と決定されたこ とを踏まえ、筆者が担当している実習系デザイン科目 の内容をオンラインで開講するために検討した内容と その成果を報告し、今後のデザイン教育を考察したい。
デザインワークの実践を目的とした科 2 目内容
大学でのデザイン教育の大半は、大学・学部の方針 や担当教員の経験、考えを元にした内容で決定されて おり、実施環境によって、理論系や実習系など、様々 な演習や課題が行われている。ただ、どこまでが理論 で、どこまでが実習かという線引きは難しく、どのよ うな内容であっても、どこに重点が置かれているかと いう点で差があるものの、理論も実習も含まれている。
それは、デザインという行為が技芸であり、技芸には
「知」と「技」と「美」という三要素が含まれているか らである。ここでいう知とは歴史や表現手法などを知 ること、技は目に見えない情報を具現化するための技 術、美は審美眼を持つことである。技術的な演習を主 とした科目であっても、その手法についての知識が必 要であり、美しさを判断する能力が必要となるため、
デザイン教育はこれら三要素の部分的な演習だけで成 立させることはできず、筆者が本学で担当する科目も 同様である。本報告では実習を伴うデザイン科目とし て「画像表現基礎」と「デザイン基礎」を取り上げる。
まず「画像表現基礎」は、筆者がグラフィックデザ インを専門としているため、実践的なグラフィックデ ザインに取り組むための基礎的な技術に重点を置いた 内容を設定している。実践的な、つまり実社会で行わ れているグラフィックデザインとはクライアントから 提供された原稿(文字や写真など)を紙の上にレイア ウトすることである。もちろん、提供された素材を無 作為に並べるのではなく、情報の内容やターゲットに 向けた意匠など、様々な点において検討を繰り返し、
その情報を視覚化している。これらの作業は1980年 代までは指示(版下)原稿として手作業で作成されて いたが、1990年代より徐々にデジタル化され、筆者 が大学生だった1990年代後半には現場でもデジタル 化がかなり進み、大学においても PC を用いた実習系 科目が開講され始めていた。ただ、筆者が在籍してい た学部ではデジタルで開講される科目は1科目、PC は受講生の半数が操作できる台数での開講だったと記 憶している。授業外で使用できる PC は3台のみで、
誰でも自由に使えるものではなく、使用できるのは技 術や知識を踏まえ承認された学生のみであった。また、
卒業後に所属した企業では PC が導入されていたもの の、スペックは低く、デジタルとアナログを併用した
特 集
CUCのオンライン授業
特 集 CUCのオンライン授業
デザインワークを行っていた。現在、現場のデザイン ワークは完全にデジタル化され、教育機関においても 現場と同じ環境が整備されるようになっている。その ため、本科目もデジタル環境でのデザインワークを前 提としたアプリケーションの基本操作の習得、具体的 には Adobe Illustrator と Adobe Photoshop の習得を 目的のひとつとしている。
次に「デザイン基礎」だが、現在のデザインワーク は前述の通り、完全にデジタル化されているが、学 生の認識違いのひとつとしてあげられるのが「アプリ ケーションを使いこなせる=グッドデザイナー」であ る。グラフィックデザインが手作業で行われていた時 代のデザイナーは、職人(例えば、製図ペンを使って、
擦れていない、滲んでいない0.1ミリの線を1ミリの 中に5本描くことができる)であり、そのような技術 を身につけていることで、細部まで行き届いた質の高 いデザインを提供することができ、それは作業環境が デジタルへと移行してもその細部への意識は変わるこ とはない。デジタル環境での作業しか経験のないデザ イナーには到達できない領域である。その一端の体験 に重点を置いたのが本科目であり、全課題の半数を手 作業で取り組ませている。
どちらの科目も技術的なところに重点を置いている ものの、政策情報学部内のデザイン教育として、デザ インワークの変遷や多領域を踏まえたモノの見方など を講義し、技芸としてのデザイン習得を科目目標とし て設定してきた。
実習系デザイン科目のオンライン化に 3 向けて
本学の全科目のオンライン化という決定を受け、各 科目の見直しが求められ、前述の2科目についても検 討を始めたが、まず最初の結論として考えたことは 不開講という選択肢である。その理由として「画像表 現基礎」はアプリケーションの操作に重点を置いてお り、本学の学生は全員が PC を持っていない、また、
PC を持っていたとしても、演習で使用するアプリケー ションはコンピュータ実習室にインストールされてい るため、購入を必須としておらず、自宅での演習や課 題制作が不可能だということが推察できたためであ
る。「デザイン基礎」はアナログとデジタルの差を理解 させることを踏まえて設定していた後半の課題制作に アプリケーションが必要になり「画像表現基礎」と同 様の理由があげられた。前半のアナログ課題において も、これまでは課題用紙を事前に作成し配布していた が、オンライン開講となると、その課題用紙を作成す るところから始めさせなければならず課題の増加とい う問題も考えられた。加えて、遠隔で提供できる演習 や講義、フィードバックの質と、デジタル環境が整備 されていることを前提に入学してきた学生のオンライ ン化に対する満足感を満たせるかという点にも懸念が あった。
しかし、様々な場面でこの状況をいかにプラスに捉 えるかという声が多く聞こえてくる中で、コンピュー タ実習室やアプリケーションを使えない状況をあえて プラスにするという点でデザイン教育のあり方を再考 したところ、筆者自身が学生に対して抱いていたモノ づくりへの意識不足という点を改めて確認することが できた。それは、アプリケーションの正確さを盲信し てしまい、自分で判断する能力が失われているように 感じていたことである。つまり、操作の結果がそうで あるなら、これが良いと判断してしまっていたのであ る。また、アプリケーションの簡便さに頼ってしまい、
面倒な作業を避けてしまいがちなところである。グラ フィックデザインにおいては、まずレイアウトのイ メージをペンなどの画材を使ってスケッチすることか ら始める。そのスケッチは当然自分で理解できるもの でなければならず、作業を共にする制作者にも理解さ れなければならない。そのためには、完成形がイメー ジできるだけのクオリティがスケッチに求められるの だが、それならばいきなりアプリケーションを使用す ればいいと、学生は考えてしまう。線を描くための手 とアプリケーション、それぞれを道具として捉えれば、
イメージを早く視覚化するためには前者の方が圧倒的 に早く、後者は操作方法を理解するところから始めな ければならないため、手作業よりも時間が必要となり、
次々にイメージを出すことができなくなってしまう。
これまでデジタルでの作業を中心に科目内容を設定し つつも、このことへの理解が学生には欠如しているよ うに感じていた。そこで、これらの不満を解消するこ とを目標に、科目の内容の変更を試みた。
特 集
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3.1「画像表現基礎」
この科目は前述の通り、昨年まで Adobe Illustrator と Adobe Photoshop を使用していたが、オンライン 化において、全ての演習や課題をアプリケーションを 使用しない内容に変更した。とはいえ、卒業後の現場 での作業を考慮すると、全く使用しない内容では学生 の不安が推察されたため、アプリケーションの操作演 習は実施することとした。ただし、対面授業では操作 演習とノートテイクの両方に取り組ませていたもの の、操作に気を取られ疎かになっていたノートテイク、
オンライン開講時にはこの作業に重点をおき、実際に アプリケーションを使用する際に活用できるオリジナ ルのマニュアル作りに取り組ませることとした。また、
課題はアプリケーションを、完成イメージをデジタル で再現するための単なる道具と捉えさせ、完成形のイ メージは鉛筆や色鉛筆などを使用させスケッチさせる こととし、自分自身をモチーフとしたシンボルマーク のデザイン、雑誌などの印刷物を切り抜き組み合わせ るフォトコラージュ、そして名刺の版下制作という3 つの課題を設定した。
3.2「デザイン基礎」
この科目においても、課題用紙の作成という作業量 の増加を踏まえ、課題の数や難易度を再検討し、すべ ての課題をアプリケーションを使用しないアナログ課 題として再設定した。課題用紙は[図1]のようにこ れまでは筆者が作成し、印刷したものを配布していた が、今回は下地となる線も学生に描かせることとした。
そのため、まずは直線、平行線を描くトレーニングか ら始め、その後、矩形、そして塗り、さらに複雑な形 としてレタリングの課題を設定し、段階的なトレーニ ングに取り組ませることにした。
学生の取り組みと成果について 4
4.1「画像表現基礎」(履修者:29名)
この科目では、まず最初に Adobe Illustrator を使っ た簡単な図形作成の操作方法について、リアルタイム の音声と画面共有でレクチャーを行った。このレク チャーの後で取り組む「自分をシンボルマーク化」の 課題に向けて、現場で取り組まれているシンボルマー クの制作では、どのようなデータ形式が求められ、ア プリケーションを使ってどのように再現されているの か、という視点でノートテイクに取り組むよう指導を 行った。「自分をシンボルマーク化」する課題はまずア イデアスケッチを提出させた。その際の注意として、
なるべく多くのアイデアを描くこと、採用しないであ ろうアイデアも消さず、残しておくよう注意を促した。
提出されたアイデアスケッチの一例が[図2]と[図3]
である。どちらも高く評価できるもので、その他の学 生のアイデアスケッチも作例に近いクオリティが確認 できた。アイデアスケッチに対し、対面授業では直接、
図 2 作例① シンボルマーク課題
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口頭でフィードバックを行なってきたが、今回は提出 されたアイデアスケッチに対してコメント([図4]と[図 5])を書き加えた。履修者が29名だったため、各自の アイデアスケッチ、それぞれに対して、細かくフィー ドバックを行うのは多くの時間を要したが、その労力 に見合うクオリティのスケッチが提出されていた。
次に、先の Adobe Illustrator のレクチャーと同様に Adobe Photoshop ではどのような操作が可能なのかを レクチャーし、学生にはノートテイクに取り組ませた。
「フォトコラージュ」の課題では身の回りで不要になっ た新聞や雑誌、商品パッケージなどを素材とし、各自 のテーマを表現させた。一部著作物が混在しているた め、ここでは成果物の例は割愛する。アプリケーショ ンを使用すれば、素材のサイズや色など、自由に変更 できるが、この課題では自分の思い通りに素材を変化 させるのではなく、自分が設定したテーマを表現する ため、身の回りの印刷物への見方を変化させ、素材を どのように解釈し、テーマに引き込むかなど、不自由 さの中でのモノの見方を鍛えるという点を重視した。
この科目の成果として最後に報告する課題は「名刺 図 4 作例①に対するフィードバック
図 5 作例②に対するフィードバック
図 6 Adobe Fonts https://fonts.adobe.com
図 7 作例③ 名刺課題
図 8 作例④ 名刺課題
の版下指定」である。版下とは印刷時の製版を行うた めの元になる原稿のことだが、この課題では配置やサ イズなどの指定を記入させたものと位置付けた。つま り指定原稿を入稿すれば、それを業者がデジタルデー タに置き換えるということを想定した課題であり、業 者役は筆者が担当した。日本語をベースとした名刺は 本来、漢字や仮名、アルファベット、数字など、複 雑な文字組版が求められるため、この課題では表記
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を英文に限定し、メールアドレスと携帯電話番号(架 空)はすでに組版済みのものを提供した。学生に検討 を求めたものは氏名で使用する書体と、名刺全体のレ イアウトである。書体はウェブサイト上で入力した 文字が指定の書体に置き換わって表示される Adobe Fonts の機能を利用した。Adobe Fonts は Adobe CC という商品を年額もしくは月額で購入すると使用でき るものだが[図6]のように購入せずとも、入力した 文字を提供されている書体全てに置き換えて表示する ことができる。Adobe Fonts では、欧文書体が2000 書体ほど提供されているが、学生の書体選定において は適当に選んだというよりも自分自身のイメージに合 う書体をしっかりと選定できていたという印象を受け るものが多かった。アイデアスケッチとして提出され た例として[図7]と[図8]を参照されたい。またア イデアスケッチに対してシンボルマーク課題と同様に フィードバックとしてコメントを記載し、それを踏ま え調整された最終的な指示原稿として提出されたもの が[図9]と[図10]である。アプリケーションを使用 して筆者が再現したものは個人情報が記載されている ため割愛する。
4.2「デザイン基礎」(履修者:29名)
この科目では、これまでアプリケーションを使って 取り組ませていたアルファベットを使った画面構成の 課題(最終課題)を内容はそのままにアナログ課題に 変更した。使用する書体の選定は「画像表現基礎」と 同じく、Adobe Fonts を使用した。最終課題では文 字を描く、つまりレタリング、そしてその文字を指定 された矩形内にレイアウトするという作業を行う。こ の作業に必要な技術は、文字、水平・垂直線を描き、
文字を均一の濃度で塗るということである。最終課題 に向けて、線を描く課題から始め、最終課題までに7 つの課題を設定し、段階的なトレーニングを実施した。
課題は少なくとも同じものを2つ作成し、クオリティ の高いものを提出、納得ができなければ、さらに繰り 返し、同じ課題に取り組むよう指示した。最終課題は 個人名が含まれるため割愛することとし、最終課題以 前に取り組ませた課題を作例として報告する。一例目 は120ミリ四方の正方形を20ミリ間隔で区切らせ、6 段階の明度差を隣り合わないよう、また塗りムラがな いように色鉛筆で塗るという課題である。[図11]は 課題用紙を配布して取り組ませた昨年のもの、[図12]
図 9 作例③の清書
図 1 0 作例④の清書
図 1 1 作例⑤ 昨年の塗り(明度差)課題(実際はカラー)
図 1 2 作例⑥ 今回の塗り(明度差)課題(実際はカラー)
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図 1 3 作例⑦ 昨年のレタリング課題(左は見本、右が模写)
図 1 4 作例⑧ 今回のレタリング課題
は矩形や分割線を学生に描かせるところから始めた 今回のものである。二例目は和文のレタリングであ る。[図13]は昨年のもので、[図14]は今回の提出物 である。昨年のものは見本が同じ用紙に記載されてい たが、今回はデータで配布した課題資料に掲載してい たため、学生は PC のディスプレイもしくはスマート フォンやタブレットで見本を表示させながら、描いた ものと推測される。提出された課題にはその課題の評 価や次の課題に向けての注意などをフィードバックし た。この科目もフィードバック数が多かったが、提出 物のクオリティは高いように感じた。課題用紙を使用 していた昨年のものと比較しても遜色はなく、むしろ 昨年以上のクオリティが提示されていた。しかし、課 題の内容が全く理解できていない学生も一部見受けら れた。対面であれば、課題制作中に指摘することがで きたが、オンライン開講では、学生がどのように作業 に取り組んでいるかが見えず、その時々で適切なアド バイスができなかったことに加えて、各自で自身のク オリティを判断させるという提出方法に再検討の必要 性が感じられた。
感染症収束後のデザイン教育のあり方 5 について
科目のオンライン化を踏まえ、取り上げた科目は前 述したデジタルネイティブの学生のモノづくりに対す る意識不足を解消するための課題を設定し、それらを 学生が真面目に取り組んでくれる確証を持てないま ま、オンライン授業はスタートしたが、前章で報告し た学生の成果は、開講前に筆者が予想していたクオリ ティ以上のものが提出された。これまで感じていた学 生のモノづくりに対する意識の低さの原因は、PC や アプリケーションといった便利な道具が目の前にある ことで、面倒な作業を避け、クオリティが低くても それを良いものと信じてしまう、つまりデジタルの簡 便さにあった。そのことが今回のオンライン化対策に よって、明らかになったのではないだろうか。便利な 道具を与えることなく、イメージを視覚化するトレー ニングを行ったことで学生の意識が変化したのではな いかと考える。その理由は、本報告で取り上げた科目 が終了した後、科目を受講していた学生に、別の制作 についてのアドバイスを行ったところ、自主的なスキ ルアップを図るため、すでに PC やアプリケーション を購入していたにも関わらず、手描きのスケッチを相 談の場に持ち込んできたからである。つまりアプリ ケーションの操作よりも自身の考えたデザインそのも ののクオリティ向上を目指そうとしていた様子が伺え たのである。現在の状況の中、偶然にも学生だった世 代は、今後、一時期、学びの機会が奪われた世代とし て、そのスキルを軽視される可能性があるように推測 されるが、グラフィックデザイン業界においては、こ れまで簡便な道具に頼り、自身の手先の技術や細部を 見る目を養うことを怠ってしまった世代より、はるか に高いクオリティのデザインの提示が期待できるので はないだろうか。今後、感染症が収束し、以前のよう な学びの体制が再開できたとしても、デザイン教育の 場においては、あえて便利な道具を与えず、自分自身 の手や目といった、やや原始的ともいえる感覚を磨く 演習を実施することが必要である。このような結論に 至ったことは、この状況下で得た大きな成果だったと いえる。
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