2017 年 10 月 2 日提出
Rhone 川の流量観測
網野智美*, 岡野瑞樹**, 伊藤大雪***
*:北海道大学大学院環境科学院地球圏科学専攻 修士課程 2 年 **:北海道大学大学院農学院環境資源学専攻 修士課程 1 年 ***:北海道大学大学院環境科学院環境起学専攻 修士課程 1 年Abstract
著者3 名を含む、北海道大学 2017 年度スイス氷河実習グループは、Rhone 氷河の融解が下流 河川に及ぼす影響を評価することを目的として、2017 年 9 月 3 日から 9 月 5 日にかけ Rhone 川 Gletsch 付近にて河川観測を行った。観測内容は、河川断面の測量と流速測定、および水位変化の モニタリングである。またこれらに加え、同グループがRhone 氷河にて行った気象観測データも 利用した。これらの結果より、著者らはRhone 川観測地点における水位と流量の関係をモデル化 し、高い精度での Rhone 川の流量推定に成功した。さらに、著者らは Rhone 氷河の融解量推定 に焦点を当て、観測データを用いた考察を行った。Key words
Rhone 氷河、Rhone 川、氷河融解、河川断面、水位流量曲線、河川流量の推定、流量変動目次
1. はじめに ··· - 3 - 2. 調査方法 ··· - 5 - 2.1. 河川観測 ··· - 5 - 2.1.1. 全圧の測定 ··· - 5 - 2.1.2. 水深の測定 ··· - 6 - 2.1.3. 流速の測定 ··· - 6 - 2.2. 気象観測 ··· - 7 - 2.3. 河床断面図の作成および河川流量の算出 ··· - 8 - 2.4. Rhone 川水位の算出 ··· - 9 - 2.5. 水位流量曲線の作成··· - 10 - 2.6. Rhone 川流量の時間変動の推定··· - 10 - 2.7. 調査方法まとめ ··· - 10 - 3. 結果 ··· - 11 - 3.1. Rhone 川の水位および流速の測定結果と推定流量 ··· - 11 - 3.2. 気象観測の結果 ··· - 12 - 3.3. 水位流量曲線 ··· - 13 - 3.4. Rhone 川流量の時間変動 ··· - 14 - 3.4.1. 2 種類の水位流量曲線式を用いた比較 ··· - 14 - 3.4.2. 気圧の時間変化採用による検証 ··· - 15 - 3.5. Rhone 氷河前縁湖の水位変化 ··· - 16 - 4. 考察 ··· - 17 - 4.1. 水位流量曲線の推定··· - 17 - 4.2. 流量推定の精度 ··· - 17 - 4.2.1. 水位流量曲線の形状が与える影響 ··· - 17 - 4.2.2. 過去調査との比較 ··· - 17 - 4.2.3. 気圧変化が与える影響 ··· - 18 - 4.3. Rhone 川流量に影響する要素 ··· - 18 - 5. おわりに ··· - 20 - 6. 謝辞 ··· - 21 - 7. 参考文献 ··· - 21 -1. はじめに
Rhone 川は、ヨーロッパを流れる流域面積 95,500 km2、総延長812 km の河川である。スイス
連邦Valais 州に位置する Rhone 氷河iの融解水を起源とし、スイス南西部Leman 湖を経由して、
フランスのArles で地中海に達する(Figure 1-1)。
産業革命以来、大きく加速した地球温暖化は、世界各地の氷河を急速に融解、縮小させている。 Rhone 氷河もまた、1865 年の観測開始以来、継続的な後退が確認されている。Farinotti et al., 2009は、1874 年から 2007 年までの 133 年間で、その面積の 22.2%、体積の 23.6%が減少した ことを報告している(Table 1-1)。 氷河の融解水は、氷河の周辺で生活している人々にとって貴重な水資源や観光資源となる一方、 氷河の崩壊や洪水のような人々の生命を脅かす災害を引き起こすこともある。地球温暖化による 氷河の融解は、氷河による災害を増加させうることが指摘されている。したがって、氷河の動態 i ··· 座標 46.57°N, 8.38°E Figure 1-1 ローヌ川流域の地図
を把握したり、災害の発生を予測したりする上で、氷河の融解量を推定することは極めて重要で ある。 氷河の融解量を推定する手法には、氷河上に測定棒を打ち込んで消耗量を直接測定する方法や GPSi を用いる方法に加え、氷河河川の流量を用いる方法がある。これら複数の手法は併用して用 いることで、より精度の高い推定を行うことができる。とくに、国内に数多くの山岳氷河を有す るスイスでは、古くから政府による氷河河川の流量観測が各地で行われてきたため、河川流量の 観測データが豊富である。Rhone 氷河の直下に位置する Gletsch では、1956 年から Rhone 川の 水位と流量の観測が行われている。これらのデータは、 Federal Office for the Environment; FOEN のホームページ iiで常時公開されている。これらのことから、Rhone 氷河の融解量を推定
する上で、Rhone 川の流量データを用いることが有効であると考えた。
筆者らは、2017 年度スイス氷河実習の Rhone 氷河観測実習にて、Rhone 氷河を訪れる機会を 得た。この際、Rhone 氷河の融解量を推定することを目的とし、Gletch 地域における Rhone 川 の流量観測を行った。本レポートでは、この流量観測の結果、および氷河融解量の推定に関する 考察を報告する。
i ··· Global Positioning System
ii ··· https://www.bafu.admin.ch/bafu/en/home.html
Table 1-1 ローヌ氷河の表面積と体積の変化 (Farinotti et al., submitted)
2. 調査方法
2.1. 河川観測
河川観測は、2017 年 9 月 1 日から 3 日までの 3 日間にわたって Valais 州の Gletch 地域を流 れるRhone 川i(Figure 2-1)で行い、全圧〔kPa〕、水深〔cm〕および流速〔m/s〕を測定した。
2.1.1. 全圧の測定
全圧の測定には水圧式水位ロガーiiを用い、全圧の時間変化を1 分間隔で記録した。
i ··· 46.56°N, 8.36°E、標高 1760 m
ii ··· Onset 社製 HOBO U20(Figure 2-2) 測定精度:±0.05%FS,±0.5cm
Figure 2-1 調査地周辺の地図
Federal Office of Topography swisstopo の Online Map を用いて作成した。 (https://www.swisstopo.admin.ch/en/home.html)
ただし、このとき 全圧 P = 水圧 PW + 大気圧 PA と定義する。 測定した全圧P からは、同地点での大気圧 PAを減じることで水圧PWを得ることが出来るが、 今回の調査では設備の都合上、同地点での大気圧PAを測定していない。この代替として、今回は ローヌ氷河上にて別班が5 分間で測定した大気圧 PG利用した。
2.1.2. 水深の測定
水深の測定は、河川横断方向に1 m 間隔の点を 11 点設置し、スタッフを用いて各点で測定し た(Figure 2-3)。測定は 1 日 1 回、計 3 回行った。2.1.3. 流速の測定
流速の測定には電磁流速計を用い、水深を測定した点の中間点ごとに測定した(Figure 2-4)。 このとき各中間点における深さは、両側の水深測定点における深さの平均であると仮定し、その 深さの60%に相当する位置における流速を平均流速と見なして測定した。この流速の測定も水深 の測定と同じく1 日 1 回、計 3 回行った。 さらに、河川観測のデータを客観的に評価するため、FOEN の Rhone 川水位および流量データ iを用いた。 i ··· https://www.hydrodaten.admin.ch/en/2268.html Figure 2-2 水圧式水位ロガー2.2. 気象観測
気象観測は、Rhone 氷河末端の南側に位置する地点iで行い、河川観測と同じく3 日間にわたり 5 分間で気圧〔kPa〕、降水量〔mm〕、気温〔K〕および風向風速を測定した(Figure 2-5)。観測 方法の詳細については、山根ほか 2017 を参照されたい。 今回の観測で得た気圧データは標高2,440m の Rhone 氷河付近のものであるが、Rhone 川観測 地点の水位を推定するには、このデータを標高1,757 m の観測地点の気圧が必要である。そのた め、静力学方程式より以下の式【a】を求め、気圧データの換算を行った。𝑃
𝐴= 𝑃
𝐺+ 𝜌𝑔∆𝑧 × 10
−3〔𝑘𝑃𝑎〕 ・・・・・・【a】
ここで、PAはRhone 川の気圧〔kPa〕、PGはRhone 氷河の気圧〔kPa〕、ρ は空気密度〔kg/m3〕、
g は重力加速度 = 9.8〔m/s2〕、Δz は Rhone 氷河と Gletsch の標高差 = 683〔m〕である。 このとき、空気密度は氷河上と河川観測地点との間で変化しないと仮定すると、
ρ =
𝑃𝐺 𝑅 𝑀 𝑇𝐺〔𝑘𝑔/𝑚
3〕 ・・・・・・【b】
である。 ただし、このときR は標準大気の気体定数 Rd = 287〔J/K・kg〕、M は大気の平均分子量 Md = 28.96、TGはRhone 氷河で測定した気温〔K〕である。 この【b】を用いると【a】は、𝑃
𝐴= 𝑃
𝐺+
𝑃𝐺 𝑅 𝑀 𝑇𝐺𝑔∆𝑧 10
−3〔𝑘𝑃𝑎〕 ・・・・・・【c】
と書き換えられる。 i ··· 46.58°N, 8.39°E、標高 2,440 m Figure 2-3 水深測定の様子 Figure 2-4 流速測定の様子2.3. 河床断面図の作成および河川流量の算出
水深測定の結果から、河川断面図を作成した(Figure 2-6)。 河川の断面積は、観測日ごとの水深測定の結果をもとに、Figure 2-7 のように河川を横断方向 に10 等分し、各測定点間での平均水深による長方形近似を用いて積分算出する。 こうして得られた河川の断面積に、同時に計測した流速を乗じることで流量を得る。 Figure 2-5 気象観測の様子 Figure 2-6 河床断面図 水深の各測定点の間は直線的であると仮定し、1m プロットでの概形とした。 なお、相対深とは最も右岸側の測定点を基準点(0cm)とし、各測定点の相対的な深さ を算出、さらに観測を行った3 日間分の相対深を平均値化したものである。2.4. Rhone 川水位の算出
Rhone 川の水圧および Gletch の気圧データから、【d】式iを用いて、時間ごとの水位〔km〕を 算出した。 i ··· Shiraiwa 1995 による Figure 2-7 河川流量算出のイメージ ZnならびにZn+1は測定した水深〔m〕を表す。h =
(𝑃𝑊 – 𝑃𝐴)𝜌𝑤 g
〔𝑘𝑚〕
・・・・・・【d】ただし、このときh は水位〔km〕、PWはRhone 川の水圧〔kPa〕、PAはGletsch の気圧〔kPa〕、
ρwは水の密度 = 1,000〔kg/m3〕、g は重力加速度 = 9.8 ×103 〔m/s2〕である。 算出した水位は、水位流量曲線に代入してRhone 川流量(m3/s)の推定に用いた。
2.5. 水位流量曲線の作成
流量と水位との関係を示した水位流量曲線を作成した。このとき、直線式と対数式の2 種類の 推定式を求め、決定係数がより高い式を最もあてはまりがよいものとして、流量推定に用いた。2.6. Rhone 川流量の時間変動の推定
上記の水位流量曲線の式を用いて、Gletsch 地域における Rhone 川流量の時間変動を推定した。 ただし、Rhone 川観測地点における流量は、支流である Mutt 川の流量も含んでいる。Mutt 川 は観測地点の約1.7 km 上流の地点iで合流する支流である。古川ほか 2016 では、河川観測の結果から Rhone 川および Mutt 川の流量をそれぞれ推定し、Gletsch の観測地点における流量の 92.3%が Rhone 氷河由来であることを報告している。本研究ではこの報告に基づき、Rhone 川の 本流の流量からMutt 川の流量を差し引く形で、Rhone 氷河の融解量を推定した。
2.7. 調査方法まとめ
以上の内容を整理すると、Figure 2-8 に示すフローチャートの通りとなる。 i ··· 46.57°N, 8.38°E Figure 2-8 調査方法のまとめ3. 結果
3.1. Rhone 川の水位および流速の測定結果と推定流量
Rhone 川の水位および流速の測定結果と、推定した流量を Table 3-1 に示す。 それぞれの測定開始時刻は、9 月 1 日 10 時 45 分、9 月 2 日 12 時 45 分、9 月 3 日 10 時 28 分 である。また、測定した水深データから作成した河床断面図は、すでに Figure 2-6 に示した。 Rhone 川の観測地点では両岸とも組み石による護岸が施され、箱型に近い流路形態を呈していた。 また、比較的右岸側の水深が浅く、左岸に向かうにつれ次第に深くなっていた。 Table 3-1 測定および推定の結果 Figure 3-1 調査地の写真 写真奥に見えるのがRhone 氷河である。 河川断面は上から見てもまったく想像がつかない。3.2. 気象観測の結果
Rhone 氷河における降水量分布(Figure 3-2)、および気温変化(Figure 3-3)を示す。
Figure 3-2 Rhone 氷河観測地点における降水量の時間ごとの分布
3.3. 水位流量曲線
観測で得た水位と流速から推定した水位流量曲線をFigure 3-4(直線式)、Figure 3-5(対数式) に示す。
Figure 3-4 水位流量曲線(直線式)
3.4. Rhone 川流量の時間変動
Rhone 川流量の時間変動を Figure 3-6 から Figure 3-8 に示す。
青線は全流量、赤線はMutt 川の流量を差し引いた Rhone 川本流の流量i、緑線はFOEN 公表
の流量である。我々のデータは、水圧の時間変化を9 月 1 日 10 時 40 分から 9 月 3 日 10 時 50 分 の間、1 分間隔で記録していたため、Rhone 川流量の時間変動もこれに従い、同様の時刻・時間 間隔で求めた。FOEN のデータは、Glestch における Rhone 川流量の時間変動を 20~25 分間隔 で記録しており、今回は9 月 1 日 10 時 35 分から 9 月 3 日 11 時 30 分の間のデータを比較のた めに用いた。2.2 で記載したように、今回は Rhone 川の気圧を直接観測していないため、Rhone 氷河で観測した気圧を Rhone 川の Gletsch 地域の気圧に換算した。Rhone 氷河で観測した気圧 のデータは、9 月 1 日 10 時 00 分から 9 月 3 日 6 時 20 分の間、5 分間隔で記録していた。Gletsch 気圧平均とは、上記の時間期間のRhone 川の Gletsch 地域の気圧の平均値をさす。一方、Gletsch 時間ごとの気圧は、我々の水圧データと適合させるために、5 分の間、気圧は変化していないもの と仮定し、また9 月 3 日 6 時 20 分以降はデータ欠損のため、10 時 50 分まで変化していないも のと仮定したRhone 川の Gletsch 地域の気圧の値をさす。
3.4.1. 2 種類の水位流量曲線式を用いた比較
直線式、および対数式を用いて推定した Rhone 川流量の時間変動を、それぞれ Figure 3-6、 Figure 3-7 に示す。 ただし、このとき算出には両者とも観測期間の平均気圧を用いた。 i ··· 全流量の 92.3%3.4.2. 気圧の時間変化採用による検証
対数式を用いて推定したRhone 川流量の時間変動に、さらに気圧の時間変化を採用した。この 結果得たグラフをFigure 3-8 に示す。
Figure 3-7 対数式を用いて推定した Rhone 川流量の時間変動(Gletsch 気圧平均)
3.5. Rhone 氷河前縁湖の水位変化
Figure 3-9 に示すグラフは、別班により水圧式水位ロガーを用いて測定されたデータを用いて 推定したRhone 氷河全縁湖の水位変化である。 水圧式水位ロガーによるモニター期間は9 月 1 日 8 時 41 分から 9 月 3 日 9 時 50 の間であり、 記録は1 分間隔で行われた。このデータと、同じく Rhone 氷河で観測された気圧のデータを用い て、前述の【d】式iにより時間ごとの水位の変化を算出した。なお、Figure 3-9 では、Rhone 川の観測開始と同時刻である 9 月 1 日 10 時 40 分から、Rhone 氷河前縁湖の水圧測定が終了した9 月 3 日 9 時 50 分までの水位変化を示している。 水位は、測定開始時から上昇し、9 月 1 日 14 時 24 分にピークを迎える。その後、水位は低下 し、9 月 2 日 3 時 20 分には観測機器が水面上に露出してしまったものと考えられる。記録では、 9 月 2 日 16 時 00 分に観測機器が水面上に露出していることが確認され、このタイミングで再度、 観測機器は水中に挿入されている。その後は測定終了まで継続的な水位の低下が見られる。 i ··· Shiraiwa,1995 Figure 3-9 Rhone 氷河前縁湖の水位の時間変化
4. 考察
4.1. 水位流量曲線の推定
水位流量曲線は、放物線形に近い形をとることが経験的に知られているi。本研究の観測で水位 流量曲線を作成するために得られたプロットは3 点のみであり、これらから水位と流量の関係パ ターンを説明するのは困難であると考えた。そこで、試験的に直線式と対数式をそれぞれ求め、 決定係数の比較を行った。その結果、決定係数がより高い対数式iiを採用することが妥当であると 判断した。このグラフ形は、経験的に知られる放物線形に近いと言える。以上より、河川流量の 推定精度の向上にはより多くのプロットを得るための継続的な観測が必要であること、また Gletsch 地域における Rhone 川の水位と流量の関係は、対数曲線によってよく説明されうること が示唆された。4.2. 流量推定の精度
Rhone 川流量の時間変動パターンの推定からは、用いる水位流量曲線の式と水位の導出方法に よって推定値が大きく異なる結果が得られた。この流量推定の精度に影響を与える要素について、 いくつかの導出グラフの比較からその有意性を検証した。4.2.1. 水位流量曲線の形状が与える影響
まずは直線式と対数式それぞれの水位流量曲線を用いて流量の時間変動グラフを作成し、 FOEN の公表値と比較した(Figure 3-6 および Figure 3-7)。すると、対数式を採用したものは 直線式を採用したものに比較して、明らかにFOEN 公表値に近い結果となった。 なお、この際には水位流量曲線の影響のみを評価するため、流量推定に用いる水位データには 両者とも同じくGletsch 換算の平均気圧を利用した。4.2.2. 過去調査との比較
今回我々が推定したRhone 川流量は、FOEN 公表値よりも平均で 0.55 m3/s 多かった。昨年度 の古川ほか 2016 の推定では平均して 1〜2 m3/s 少なかったことと比較すると、2017 年度の推定 精度は向上したと言える。 推定精度が向上した要因としては、対数式による水位流量曲線を作成したこと、および今回の 流速観測では水面から水深の60%での観測を行ったことの 2 点を考えた。 前者は、古川ほか 2016 にて直線形の水位流量曲線が用いられていたことを踏まえ、当初我々 i ··· 水村, 2008 ii ··· y = 36.882ln(x) – 15.526, R2 = 0.99882も同様に直線形の水位流量曲線を作成したが、変わらず FOEN 公式との差が大きなもとなった。 しかしこのとき、直線式による流量変動がFOEN 公式と比較し、変動を過小評価したような形状 であったことに注目し、対数による発散曲線を採用する着想を得た。結果、今回は対数式を用い たことで推定精度を向上させることができた。推定式を採用する際には、直線式と対数式をそれ ぞれ用いて流量を推定し、時間変動をFOEN 公表値と比較した。その結果、直線式は FOEN 公 表値に対して平均0. 80 m3/s だけ低く推定された。とくに、流量が多かった 9 月 1 日 10 時 35 分 の観測開始から23 時ごろにかけては、平均 3.22 m3/s だけ低く推定され、流量が多い期間で推定 値とFOEN 公表値の差が顕著であった。このような傾向は、古川ほか 2016 でも示されている。 一方、対数式を用いて流量を推定した結果、推定値はFOEN 公表値に対して平均 0.55 m3/s だけ 多かった。また、流量が多い期間でもFOEN の公表値に近い推定値が得られ、時間変動は FOEN 公表値と似たパターンを示した。以上から、Rhone 川の流量推定には対数式を用いることで、よ り精度の高い推定が期待できる。 また後者については、古川ほか 2016 では流速観測で水面から水深の 40%の位置で観測を行い、 その後マニングの公式を用いて60%の位置での流速に換算した値を用いていた。今回の測定では 60%水深での流速しか計測していないため、この影響を検証することは出来ないが、同様に彼ら の推定精度を低下させた要因である可能性がある。
4.2.3. 気圧変化が与える影響
より精度が高いと評価された対数式による水位流量曲線を用いた流量変動に対し、水圧データ 推定に用いる気圧データに気圧の時間変動を反映したものを作成した(Figure 3-8)。 結果、時間ごとの気圧を用いた時の方が、平均気圧を用いた時よりも、視覚的には流量の変動 をより細かく反映した概形を得た。また、平均気圧を用いて推定した平均流量は 6.70 m3/s であ ったのに対し、時間ごとの気圧データを用いて推定した平均流量は 6.63 m3/s であった。FOEN 公表値の平均流量は 6.09 m3/s であった。すなわち、時間ごとの気圧データを用いて推定した平 均流量の方が、程度はわからないがより近い値を示していた。 ただし、FOEN 公表値の流量観測は、20 分、25 分、25 分、25 分、25 分、25 分、25 分の間隔 で行われていたのに対し、今回の筆者らの調査では、1 分ごとに流量を推定していたことから、 我々の観測の方がFOEN よりも細かい時間スケールでの変化を考慮していると言える。 以上から、時間ごとの気圧データを組み込むことによってより細かい時間変動を観測できるが、 その精度向上がどの程度有意であるかについては検証できなかった。4.3. Rhone 川流量に影響する要素
FOEN が公表している Rhone 川流量の値は、筆者らが観測によって得た値よりも、時間変動に 対して敏感な応答を示した。このことから、Rhone 川流量の時間変動パターンの説明には、FOEN 公表値を採用したい。FOEN 公表の Rhone 川流量の時間変動を見ると、9 月 1 日 10 時 35 分の観測開始から 23 時ご ろにかけては9〜12 m3/s で推移していたが、2 日 0 時付近から 2 時 20 分付近にかけて急速に流 量が減少し、8 時 25 分までは 5.5〜5.7 m3/s で推移していた。ただし、5 時 35 分から 8 時にかけ ては、0.1 m3/s とわずかであるが水量の増加が確認された。その後、流量は 18 時 25 分まで緩や かに減少し、観測終了時刻の3 日 11 時 30 分までの約 17 時間は 3.7〜4.3 m3/s で推移していた。 ただし、3 日 0 時 35 分から 7 時 55 分にかけては、最大で 0.5 m3/s の増加が確認された。全体的 には、9 月 1 日 21 時 30 分から 3 日 11 時 30 分の観測終了までの期間、流量は緩やかな減少傾向 にあったと言える。 次に、Rhone 川の流量がこのような時間変動を示した要因を考察する。観測を開始した前日の 8 月 31 日、調査地周辺は終日降水に見舞われていた。また、観測を開始した 9 月 1 日 10 時から 23 時 55 分にかけての約 14 時間にわたって、約 0.7 mm/h の降水が観測された。降水は 23 時 55 分付近で一旦収束した。Rhone 川の流量は、この降水が収束する約 2 時間前の 9 時 5 分頃から急 速に減少を開始していた。これらのことから、1 日 10 時 35 分の観測開始から 23 時ごろにかけて の比較的多い流量は、観測開始前日の降水による増水を要因とすることが考えられた。また、全 体的に減少傾向が見られる1 日 21 時 30 分から観測終了までの期間でも、2 回の流量増加が確認 された。これらの流量増加は主に夜間から朝(1 回目:2 日 5 時 35 分から 8 時、2 回目: 3 日 0 時 35 分から 7 時 55 分)にかけて観察されたが、高い気温の時間帯や降水量の時間変動とは必ずし も一致しないように思われた。このことから今回の観測では、Rhone 川の流量は昼間の高い気温 によるRhone 氷河融解量の増大による影響を反映していないと考えられる。また降水の影響を受 けてはいるが、降水が流量に反映されるまでの時間的なずれは正確には見出せなかった。 また、水源地であるRhone 氷河前縁湖の水位の変化の要因は、今回の測定期間の場合、①Rhone 氷河の融解、②降水の2 つが考えられ、この 2 つの寄与を定量化することは困難である。結果よ り、水位が上昇した時間帯は降水の時間帯と一致していること、気温が低下していること、天候 不良による日射量の低下、観測期間を通してRhone 氷河前縁湖の水位が減少している時間が長い ことなど様々な理由から、今回の場合はRhone 氷河の融解は少なく、降水による影響が多かった のではないかと推測する。
5. おわりに
本研究では、Rhone 氷河の融解水を主要な起源とする Rhone 川の流量観測によって、Rhone 氷 河の融解量を推定することを目的とした。Rhone 川の流量の時間変化の初期の結果では、FOEN が提供する結果に対して、観測初日(9 月 1 日)から 9 月 2 日 0 時ごろまで過小評価、その後は過 大評価をしていたが、この原因を①Rhone 氷河と Rhone 川 Gletsch 地域での標高差による気圧 の違い、②観測回数不足による水位流量曲線の直線化と仮定し、この2 点の改善を試みたところ、 FOEN とほぼ同等の結果を得ることに成功した。これより、観測精度向上のためには観測地点に おける気象観測とより多くの観測データが必要であり、観測を継続していくことで水位流量曲線 は対数形に近づいていくことが予想された。また、Rhone 氷河前縁湖の水位が観測を通じて減少 していたことから、天候不良による氷河表面のアルベド低下よる氷河融解量の減少が想像される。 今回の結果からは Rhone 氷河の融解量自体を推定することは出来なかったが、天候不良時の Rhone 川の流量の動向は、融解と降水双方の制御下にあることが示唆された。
6. 謝辞
今回のスイス氷河実習は、私たちにとってあまりに印象深いものでした。 このような素晴らしい機会を与えてくださった先生方、本当にありがとうございました。 とりわけ、本レポートの主題である河川観測においては、白岩先生には親身なご指導・ご協力を いただきました。改めてお礼申し上げます。 またレポート作成にあたっては、実習参加のみなさまには班の枠組みを越えて、データ提供と並々 ならぬご協力をいただきました。感謝です。 スイスで過ごしたのは本当に楽しい、夢のような時間でした。 この素敵な出会いの奇跡を忘れぬよう、ここに改めて感謝の言葉を残します。 ありがとうございました。 著者一同7. 参考文献
- 水村和正. (2008). 水文学の基礎. 東京電機大学出版局. pp118-122- Fariotti, D., Huss, M., Bauder, A., Funk, M., and Truffer, M.(2009).A method to estimate ice volume and ice thickness distribution of alpine glaciers.Journal of Glaciology, 55 (191),422-430.
- 古川崚人,柴野雄介,久保匠. (2016). ローヌ川流量から見積もるローヌ氷河融解量
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