Kobe University Repository : Kernel
タイトル
Title
ポートステートコントロールからみる国際海事社会の共
同体概念の醸成 : バラスト水管理条約のいくつかの争点
からの検討(Forming the International Maritime
Community through the Port State Control :
Consideration from some arguments of International
Convention for the Control and Management of Ships'
Ballast Water and Sediments)
著者
Author(s)
岡田, 順子
掲載誌・巻号・ページ
Citation
神戸大学大学院海事科学研究科紀要 = Review of
Graduate School of Maritime Sciences, Kobe
University,11:8-18
刊行日
Issue date
2014
資源タイプ
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
版区分
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権利
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http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81008065
神戸大学大学院海事科学研究科紀要 第 11 号
ポートステートコントロールからみる国際海事社会の共同体概念の醸成
―バラスト水管理条約に関するいくつかの議論の検討1
Forming the International Maritime Community through the Port State Control―Consideration from some arguments of International Convention for the Control and Management of Ships’ Ballast Water and Sediments
岡田順子 Junko OKADA 神戸大学海事科学研究科
Graduate School of Maritime Science, Kobe University
はじめに およそ120 年前から船舶は積み荷が軽く喫水があがってしまう時に安定して航行できるようにバラ スト水を積み込むという方法を導入するようになった。積み込まれるのは海水であるが、目的地に到 着し荷物を積み込む際にはその港で排出することから海水と一緒に運ばれてきたバクテリア、様々な 種の卵など病原体や外来種も同時に排出される。すでに 1903 年には北海で外来種による問題が起こ ったことが確認されているが、バラスト水と一緒に運ばれてきた外来種や病原体による生態系や経済 活動に対する影響、健康被害が問題として指摘されるようになったのは 1970 年代に入ってからであ る2。 北米では1980 年代に外来種のゼブラ貝が見つかったが、それは 1990 年代の初めには五大湖とそれ らを源流とする川に広がっていった。このような外来種であるゼブラ貝は、西ヨーロッパの港でタン カーに積み込まれたバラスト水によって運ばれてきたと言われている3。ゼブラ貝は北米の侵入先で、 在来種の貝やザリガニ、亀などの表面にびっしりと付いたり、発電所の取水口に付いたりと生態系に 大きな影響を与えると同時に経済的活動にも大きな損害を与え、混乱を招いた4。 バラスト水を原因とする環境汚染の問題は 1992 年に開催された国連環境開発会議(UNCED)で も取り上げられ、IMO に対し外来種の侵入を防ぎ、国家が予防アプローチをとるようにバラスト水の
排出に関する適当な規則の採択を検討するよう求めた5。IMO では、海洋環境保護委員会(The Marine
Environment Protection Committee 、以下 MEPC)の最優先課題の一つとしてバラスト水の国際的
な規制・管理の確立を認識し6、議論が始まった7。 船舶は通常旗国の管轄権下に置かれるが、便宜置籍船の問題があり、ポートステートコントロール をかけて国際的な規制を行っていく体制が取られている。このバラスト水に関しても同様に寄港した 船舶がバラスト水に関する国際条約に合致しているか寄港国によって規制がかけられていくことにな る。ポートステートコントロールによって海難事故を含む船舶起因の汚染を削減することが目的であ 1 本研究は、文部科学省科研費(24653041)の助成を受けたものである。
2 IMO, Ballast Water Management, [http;//www.imo.org/Our
Work/Environment/BallastWaterManagement/Pages/Defalt.aspx]
3 National Oceanic and Atmospheric Administration, United States Department of Commerce,
[http://www.noaa.gov/features/earthobs_0508/zebra.html]、
4The National Atlas, http://www.nationalatlas.gov/articles/biology/a_zm.html 5 IMO Document, A 20/Res.868.
6 IMO Document, MEPC 43/4,para.1.1. 7 IMO Document, DE 42/11, 2 December 1998
るが、他方でそうした環境規制を求める側と経済効率性を重視する運航側とは利害が一致せずに国際 海事社会の大きな争点となっている。 本稿では、バラスト水管理条約の締結過程及び特にバラスト水管理を国内的に強化してきたアメリ カの対応を条約との関係で検討し、環境規制と経済効率性との争点を明らかにするものである。そし て、環境保全という目的のために国際海事社会の中で統一基準が策定され、それが適用されていく過 程を共同体概念の醸成という観点から考察するものである。 1 バラスト水管理の法的枠組み バラスト水の管理、国際的な規制をどのように行っていくか、その法的枠組みについて MEPC42 会期では、3 つのアプローチが示された。一つは、MARPOL 73/78 条約の既存の Annex に追加して 規定すること、二つめには新たにAnnex を加えること、三つ目にはまったく新しい条約を締結するこ と、である8。 この内、新しい条約を締結することについてオブザーバーであるICS(International Chamber of
Shipping)は、新しい条約の締結が IMO 決議 A.868(20)で示されたガイドラインの実効性に寄与する か疑問であり、将来的にはバラスト水の管理に関する航行の安全に焦点をあてて検討がなされるべき だと述べた9。これはバラスト水管理の方法をバラスト水の外洋での交換という既存の手段の枠内に限 定し、その手段も航行の安全の確保の点から検討すべきであるという船舶の運航側からの主張であっ た。しかしながら、MEPC の議論の中で諸国家は新たに法的拘束力のある文書の締結を求めており、 このICS の意見は賛成を得られなかった10。 もっとも、各国家の代表は条約の中でバラスト水管理を行うことには賛成を示したものの条約のあ り方について意見はさまざまであった。有害な水生生物が移送される危険を最小限にするために世界 中で適用できるバラスト水管理の統一的な国際的基準の構築が最優先されるべきであるという主張も あれば11、「バラスト水管理地域」をつくり、その地域に入っていくあるいはその地域を航行している 船舶はバラスト水規制を適用すべきであるとし、地域を限定してバラスト水管理をすることを提案12 するものもあった。また、条約についても既存の条約の改正で対応するのか、新たに条約を締結する の か 、 で も 意 見 は 分 か れ た 。 既 存 の 条 約 を 改 正 し て そ の 枠 内 で の 規 制 を 主 張 す る 意 見 は 、 MARPOL73/78 条約の法的枠組みの中で規制を行うべきであるとし、船舶の航行の安全の観点に重点 を置きバラスト水管理を検討しよう した。それに対し、新しい条約の締結を求める意見では、 MARPOL73/78 条約はバラスト水規制のために適正なものとはいえないと主張した。寄港国の環境保 全、経済活動の保護を最優先課題として考えるものといえよう。このような見解の対立から法的枠組 みについては次の会期で継続的に検討すべきだという意見もあり13、MEPC43 会期で引き続き検討さ れることとなった14。 MEPC42 会期の検討をうけて 43 会期では MARPOL73/78 条約の附属文書としてバラスト水の管理 を行うのかまったく新しい条約を締結するのか、について議論された。MARPOL73/78 条約の附属文 書とする場合も二つの方法が考えられた。一つは、既存のAnnex を改正してバラスト水管理に関する
8 IMO Document, MEPC 42/22, 16 November 1998, para.8.2. 9 Ibid., para. 8.3.
10 Ibid., para.8.6 11 Ibid., para.8.4. 12 Ibid..
13 Ibid., para.8.5.
規制を加えるという案である。しかし、MARPOL73/78 条約第 16 条に Annex の改訂の範囲が示され ており、それによればAnnex によって規制にされない事項に関する改正が禁止されている。そして既 存のAnnex は、どれもバラスト水管理に関する規制を含んでいないためこの案は受け入れられない15 ということになった。そのため新しい Annex を作るか、MARPOL73/78 条約とは別に新たな条約を 作るか、どちらかの選択となり、MEPC 事務局から両方の草案が提示された16。しかし、完成後に必 要と認めるなら MARPOL73/78 条約の附属書とすることも可能であるのでとりあえず法的枠組みの 検討は後にされ、まずは条約草案と関連する規則を検討することとなった17。この方針は、バラスト 水管理を強く押し進めるアメリカが指示するものであった。単独の条約としてバラスト水管理に関す る条約は締結すべきであり、そうすることによって科学的技術的革新にしたがって改正されたり附属 書が加えられたりしやすいからとしてバラスト水の規制の法的枠組みを科学等の発展をすみやかに取 り入れ管理を強化する点から検討することを求めたのである18。 このように当初はMARPOL73/78 条約を改正して附属書を付け加えるだけの案も示されていたが、 最終的にはより体系的に詳細にバラスト水管理を可能とするために新たな法的枠組みが用意されるこ ととなった。しかし、独立の条約にしたとしてもその内容が多岐にわたり、各国の意見調整が難しい ため、MARPOL73/78 条約と同様に条約本体は一般的な規定で構成し、条約の附属書及びガイドライ ンで詳細が規定することになった19。技術的、手続き的事項を条約本体とわけ、ガイドラインとする ことによって条約会議を招集することなく MEPC において技術及び科学的知見の発展に対応できる ことになり20一層柔軟に技術発展や海事社会の変化に適応させることができるようにしたのである。 2 バラスト水の交換をめぐる議論 バラスト水の規制が MEPC で議論されるようになった当初、バラスト水の排出によってもたらさ れる環境汚染等の損害を最小限にするために実際に適用可能な技術的方法は、船舶が沖でいったんバ ラスト水を交換してから寄港し、再びバラスト水を排出するというものであった。この方法をいち早 く求めたのが北米とともに早くからバラスト水による環境被害を被ったと訴えたオーストラリアであ り、寄港する船舶に対し寄港前にバラスト水の交換を行うことを求めた21。こうした動きを受けて 1991 年 MEPC では、「船舶のバラスト水及び沈殿物の排出による好ましくない水生生物及び病原体 の 侵 入 防 止 の た め の 国 際 的 な ガ イ ド ラ イ ン(International Guidelines for Preventing the Introduction of Unwanted Aquatic Organisms and Pathogens from Ships’ Ballast Water and
15 IMO Document, MEPC 43/4/1, 22 February 1999, paras. 2.1-2.6. 16 Ibid., ANNEX1 and ANNEX2
17 IMO Document, MEPC 44/4, 2 December 1999, para.1.1. 18 IMO Document, MEPC 44/4/1, para.7.
19 IMO Document, MEPC 44/4, para.2.18. バラスト水管理条約のガイドラインは以下の通り。沈殿
物受入施設に関するガイドライン、バラスト水サンプリングに関するガイドライン、バラスト水管理 同等物に関するガイドライン、バラスト水管理計画ガイドライン、バラスト水受入施設に関するガイ ドライン、バラスト水交換に関するガイドライン、リスククアセスメントに関するガイドライン、バ ラスト水管理システムの承認に関するガイドライン、プロトタイプバラスト水処理技術の承認に関す るガイドライン、バラスト水交換に関する設計及び建造基準に関するガイドライン、洋上での沈殿物 管理のガイドライン、緊急事態を含む追加方法に関するガイドライン、バラスト水交換海域の指定に 関するガイドライン。 20 Ibid., para.2.19. 21 国土交通省総合政策局海洋政策課、「バラスト水管理をめぐる国土交通省の取り組み」、『日本水産 学会誌』、第73 巻 6 号、2007 年、1151 頁。
Sediment Discharges)」を採択した22。このガイドラインは、きれいなバラスト水のみを取水するよ うすべての努力を行うこと、実行可能ならば浅瀬や浚渫作業の近くでバラスト水を取水しないよう努 力することなど23、取水時における船舶が払う注意としていわば努力目標を掲げたにすぎなかった。 そして、排出に関しては、バラスト水に関し有効な科学的な処理手段がない中でバラスト水を寄港前 に交換をしてから寄港することを一つの解決方法として提起した。 このように寄港国の沖合でバラスト水を交換する方法は、損害を最小限にする観点からは一定の支持 を得られたが、運航側からは洋上でのバラスト水交換は船体が不安定になり危険であるのでその評価 を行う必要があるなどの指摘がMEPC の検討の中でなされた24。ノルウェーは、外国の海域で取水さ れたバラスト水が危険ではないという証明は存在しないので予防的アプローチによってそうしたバラ スト水を排出することは地球規模で禁止されるべきだという「グローバルアプローチ」に対し、その ようなアプローチを取るためには現状ではバラスト水の交換しか適当な手段がないが、それは多くの 船舶を危険にさらし、さらに交換には時間を要するために船舶起因の大気汚染を増大させることにも つながるとして洋上での交換に反対した25。環境に対する配慮、安全航行に対する配慮、及び経済的 な配慮の公正なバランスを維持すべきである26とし、安全性、経済効率性を環境保全と同等に扱うべ きだと主張したのである。 しかし、オーストラリアのように自国に寄港しようとする船舶に対しこうしたバラスト水の交換を 求める国がでてくるようになり、またそれ以外に有効な手段がなかったことから MEPC の中でも交 換を求める意見は強かった。例えば、アメリカは、パナマックスコンテナ27がバラスト水の交換を排 他的経済水域の外で行ったとしても適切な交換を適切なタイミングで行えば運航上安全に行うことが できると主張した28。そのためMEPC で策定されたガイドラインもバラスト水の交換を有効な方法と して導入したが、さらに寄港国側は沿岸からどのくらい離れるべきか、その海域の水深はどの程度必 要か、など排出場所について限定を行うようになっていた。 1991 年に検討されたガイドラインでは、水深 2000 メートル以上の水域あるいは外洋でのバラスト 水交換によって外来種の侵入が少なくなる可能性があるとし29、1993 年にも IMO の総会で同様のガ イドラインが採択された30。しかし、1997 年に採択された IMO 決議では、バラスト水の交換は水深 の深いできるだけ沿岸から遠い外洋で排出されるべきであり、それができない場合は、とりわけ沿岸 から200 カイリ以内においては、地域の合意の中で形成されてきた要件にしたがって作業がされるべ きである31とし、沿岸からの距離も考慮に入れるようになった。 さらに引き続き MEPC42会期の議論でもバラスト水の交換の場所が問題とされた。MEPC42 会 期バラスト水作業部会で検討された草案は、「深海上の航行(Deep Sea Voyage)」を行う船舶は Appendix 1, Part A, Section 1 に記載されたバラスト水管理の方法から一つを選択し行わなければな
22 IMO Document, MEPC 31/21, Resolution MEPC.50(31), 4 July, 1991. 23 Ibid., para.6.1.
24 IMO Document, SLF 42/INF.9*, 10 December 1998, MEPC 43/4, para. 3.12, and ANNEX1,
pp.2-3.
25 IMO Document,
MEPC 44/4/5, 29 December 1999.
26 IMO Document, MEPC 43/4/7, 30 April 1999.27 PANAMX containerships とはパナマ運河を通ることのできる大きさのコンテナ船のこと 28 IMO Document, SLF 42/INF.3*,12 November 1998.
29 Ibid., paras.7.3.1 and 7.3.2.
30 IMO Document, A 18/Res.774, 26 November 1993. 31 A 20/Res.868, op.cit., para.9.2.1.
らないとし32、バラスト水の排出をその一つとして挙げている33。これは、深海上でバラスト水を排出 した場合、沿岸域に生息する海洋生物は生き残ることができないので深海域でのバラスト水交換は有 効だという認識に基づいている34。この「深海上の航行」については水深500 メートル以上、沿岸か ら200 カイリ以遠、一番近い陸地から 48 時間以上の航行を要するところと定義されたが、日本は水 深500 メートル以上の外洋で沿岸から可能な限り遠いところという案を提起している35。これは沿岸 からの距離を数字で規定することなく曖昧にしたものであるが、反対にスウェーデンは、「深海上の航 行」という文言は「外洋航海」とし、「外洋航海とは外洋航行中に(バラスト水)交換が行われるべき 航海」のことであり、外洋での交換は、水深500 メートル以上、沿岸から少なくとも 200 カイリ以遠 あるいは 48 時間以上の航行を要するところでのバラスト水交換のことである36としている。これは、 外洋航海には必ず交換が伴うことを明記した上で交換の場所を水深、沿岸からの距離といった基準を 示すことによって明確化している。さらにアメリカは、「深海上の航行」を定義にいれる必要はなく、 バラスト水をどこで排出できるかということを規定した附属書に入れるべきである37とし、草案の附 属書の「バラスト水管理技術(作業部会案はバラスト水管理実行)」に、少なくともバラスト水の90% の容量を水深500 メートル以上、沿岸から 200 カイリ以遠で交換する38という提案を行った。作業部 会草案では、バラスト水交換を行う場所については検討されていたが、バラスト水の総量に対し、ど の程度の交換かは言及していない。バラスト水のすべてを指定された深さ、沿岸からの距離の水域で 排出し、新たにバラスト水として外洋の海水を取水する作業を行うことは、船舶の航行上の安全上、 また航行の経済的効率性の観点からいえば避けたいというのが運航側の偽らざる事情であろう。ノル ウェーは、バラスト水交換は、多くの船舶の航行の安全を脅かし、さらに交換には時間がかかるため かえって大気汚染を増大させることになり、また厳しすぎる規定は実行面でも問題となり結果的に条 約に批准しない国が増えてしまうことになると述べた39。しかし、それに対しバラスト水規制を求め る国々は、むしろ一層規制の内容を詳細にしていき、寄港国側の環境、経済活動の保護の観点を考慮 にいれ、どのくらいの量のバラスト水を交換するのかという新たな基準を加えることを主張し、 MEPC44 会期では容量の基準は 95%まで引き上げられた40。 バラスト水の洋上での交換は、バラスト水管理条約附属書「バラスト水及び沈殿物の管制及び管理 規則」の規則B-4、規則 D-1 で以下のように規定され、最終的にバラスト水の洋上での交換場所に関 する規定は寄港国側と運航国側との折衷案となったといえよう。すなわち、バラスト水管理を実施す る船舶は、可能な場合には陸地から200 カイリ以上、水深 200 メートル以上の水域で交換すること(規 則B-4、1 項 1)、それが不可能な船舶はどの陸地からも 50 カイリ以上、水深 200 メートル以上の水 域で交換を実施(B-4、1 項 2)しなければならない。ただし、そうした基準を満足できない海域では、 寄港国が隣接国等と協議の上実施水域を指定できる(B-4、2 項)。また交換容量については、バラス ト水量の95%以上の容量交換効率をもって実施する必要があるとされ(D-1、1 項)、pumping through
32 IMO Document, MEPC 43/4, ANNEX 1, p.10.
33 バラスト水の交換以外の管理方法として、寄港国においてバラスト水受け入れ施設の提供を受ける、 放出せずにそのままバラスト水を船内に保持する、寄港国内で最小限の排出を行うことが挙げられた。 Ibid., p.25. 34 Ibid.,p.25. 35 Ibid., p.4. 36 Ibid..
37 IMO Document, 43/4/4, ANNEX 2, p.2. 38 Ibid., p.23.
39 IMO Document, 44/4/5, paras.12-17. 40 IMO Document, 45/2, para.4.15.
方式で交換する船舶に対してはバラスト水タンク容量の3 倍量を行うことが求められている(D-1、2 項)。こうした寄港国側から要求された基準値が附属書にもりこまれた一方、規則B-4、1 項の要件に 合致させるために予定航路から離れて航行することや航海を遅延させることを求めてはならないとし (B-4、3 項)、航行の経済効率性も考慮に入れた規定となったのである。 3 寄港国内での排出基準 バラスト水による有害水生生物や病原体の侵入を防ぐ方法として早くから考えられていたのは2で みたような沿岸から離れた水深の深い水域でのバラスト水交換であるが、その他に MEPC42 会期作 業部会では以下の方法が検討された。すなわち、寄港国においてバラスト水受け入れ施設の提供を受 ける、放出せずにそのままバラスト水を船内に保持する、寄港国内で最小限の排出を行う41という方 法である。この内寄港国での排出については、寄港国の要請にしたがうこととされ42、同時に規則 3 で この附属書が適用されない時として船舶の安全を確保し、あるいは海上で人命の救助をするために必 要な時バラスト水及び沈殿物を排出すること、船舶及びその設備の損傷によって偶発的にバラスト水 及び沈殿物を排出することを挙げた43。アメリカはこうした例外的な場合であっても附属書すべてを 適用からはずしてはならず、特に最小限のバラスト水の排出であること、排出の理由を記録すること は例外として扱われるべきではない、として航行や人命の安全の確保の場合にも寄港国の環境保護を できるだけ尊重することを求めた44。さらに、作業部会の草案45では、「規則 6 バラスト水管理計画と 記録簿」において「バラスト水管理あるいは他の規制を行う船舶はAppendix 1, Part B の安全航行の 要件をみたさなければならない」とされた。これに対しアメリカは、船舶の航行の安全は、とりわけ バラスト水交換に関して考慮されるべき重要事項であり、IMO の条約が十分な航行の安全を確保しな いで採択されることはない。したがって、航行の安全は、バラスト水管理計画の重要な事項であるが、 この安全航行に関する規則 は MARPOL73/78 条約附属書に規定されるものであり、バラスト水管理 条約そのものには最小限の要件だけを含むことで十分であり、詳細は MEPC によって作られるガイ ドラインに含まれるべきであるとして削除を提案している46。その上で、各船舶は、船舶職員がした がうべき計画で各国の行政機関によって承認されたバラスト水管理計画を搭載しなければならない。 その計画は MEPC によって検討され採択されたバラスト水管理に関するガイドラインと合致したも のでなければならない47とした。これは、航行の安全を第一条件に挙げた草案に対し、航行の安全は 既存のMARPOL73/78 条約でカバーし得るとして最低限の記述にとどめ、新しい条約とその附属書は バラスト水の管理を中心にすべきだという提案である。このようにバラスト水の交換という管理方法 ではなく、バラスト水をできるだけ無害化するという管理方法を中心としようとするアメリカは、さ らに、現在有効な解決方法だけでなく、将来の進展も視野にいれて有害生物と病原体の侵入を最小限 にするよう最大限の可能性を追求しなければならない48としている。そして、寄港国内の排出に対し、 寄港国が科学的技術的研究の下で有害水生生物と病原体の侵入を防止するのに効果的だと確信し、か 41 Ibid., p.27. 42 Ibid.. 43 Ibid., p.6. 44 Op cit., 43/4/4, ANNEX 2, p.3. 45 Op cit., 43/4, ANNEX1. 46 Op.cit., 43/4/4, ANNEX2, p.11. 47 Ibid.. 48 Ibid., para.4.
つ寄港国がその実効性をモニターできるなら寄港国の管轄圏内での排出を可能とする49として、現在 ある技術の範囲内でできるだけ影響を少なくするという立場ではなく、あくまでもバラスト水による 影響をなくすため将来的な技術革新も視野にいれ環境悪化、健康被害を未然に防ぐことを目的として 排出基準を設定している。そして、このような議論の末に設定されたのが、附属書規則D-2(表1, 2)である。当初認められることが検討されていた最小限の排出に対し、技術的革新によりバラスト 水の無害化が可能であることが明らかになるにつれ、規則D-2 が中心的な排出基準となっていったの である。 附属書 バラスト水及び沈殿物の管制及び管理規則 規則D-4 バラスト水排出基準 表1 生物 大きさ 生存可能数 最小サイズ50μm 以上 1 ㎥当たり 10 未満 最小サイズ50μ未満 10μm 以上 1ml 当たり 10 未満 表2 指標微生物 指標生物 含有量
病毒性コレラ菌(O-1 及び O-139) 1cfu*/100ml 未満
大腸菌 250cfu/100ml 未満
腸球菌 100cfu/100ml 未満
*cfu=colony forming unit 4 規制の適用時期 a. バラスト水管理条約 以上みてきたようにバラスト水管理条約附属「バラスト水及び沈殿物の管制及び管理規則」によれ ば規則D-1 にしたがった「交換」と規則 D-2 にしたがった「排出=バラスト水処理装置の搭載」が可 能であるが、この二つの規則の内どちらかを船舶が自由に選択できるというものではない。既造船か、 新造船かによって適用される規則が異なる のである。こうした区別によるバラスト水管理は。 MEPC43 会期で検討されるようになった50。その前の 42 会期作業部会草案では、明確に規定されな い限り、この附属書はバラスト水を搭載するすべての船舶に適用されると規定された。オーストラリ アは、この規定にコメントを付し、すべての船舶にこの附属書の規則が適用されなければ寄港国の統 一的な実行もなく、附属書によって達成される成果はほとんどなくなってしまうとして、バラスト水 管理がすべての船舶に適用されるべき規則であることを支持した。さらに、そのことはすでに IMO 総会決議、MEPC 決議でも認められ、さらには国連環境開発会議アジェンダ 21 の下での義務にも合 致する51として国際海事社会だけでなく、ひろく国際社会でもコンセンサスが得られていることも強 調し、すべての船舶への適用を強く求めた。MEPC45 会期の作業部会でも、船舶の大きさの相違、既 49 Ibid., ANNEX2, p.24, p.29.
50 IMO Document, MEPC 44/20, 12 April 2000, para.4.33. 51 Op.cit., 43/4, ANNEX , p.5.
造船と新造船の別といったことを基準に反映させるべきだとした52。46 会期では、除去されるべき生 物、微生物の別も加えられ検討がされた53。その結果、バラスト水管理条約附属書「バラスト水及び 沈殿物の管制及び管理規則」、「規則B-3 船舶のバラスト水管理」に排出基準が規定されたが、その基 準の導入時期は既造船と新造船とでは異なるものとなったのである(表3、4)。 しかし、実際には条約は 2014 年 5 月末時点で、批准国数は 40 ヶ国、合計商船船腹量に対する 比率は 30.25%となっており、発効条件である船腹量 35%を充たしていない54。そのため既造船の船 舶へのバラスト水処理装置への搭載も遅れている55ので 2013 年 IMO 総会では、搭載期限を緩和し、 「最初の中間検査又は更新検査」を「最初の更新検査」と読替え、最大3 年の猶予延長となることを 決定した56(表5、6)。 表3 2009 年以前に建造された57船舶 バラスト水容積58 ~2013 年 2014 年 2015 年 2016 年 1,500 ㎥未満 規則D-1 又は D-2 規則 D-2(2016 年の検査基 準日の後の最初の中間又は 更新検査のどちらか早い方 の検査までに D-2 基準を充 たす) 1,500 ㎥以上 5,000 ㎥以下 規則D-1 又は D-2 規則 D-2(2014 年の検査基準日の後の最初の中間 又は更新検査のどちらか早い方の検査までに D-2 基準を充たす) 5,000 ㎥以上 規則D-1 又は D-2 規則 D-2(2016 年の検査基 準日の後の最初の中間又は 更新検査のどちらか早い方 の検査までに D-2 基準を充 たす) 表4 2009 年以降に建造された船舶
52 IMO Document, ME`C 46/3, ANNEX 2, 11 December, 2000, p.13.
53 IMO Document, MEPC 47/2, pp.17-18. アメリカからは、例えば新造船については例えば 2013 年
という期日を決めてすべての船舶がバラスト水管理を行うと行った提案がなされた。IMO Document,
MEPC 48/2/6, 17 July 2002, para.3.2.
54 バラスト水管理条約の発効条件は、批准国 30 カ国、合計船腹量 35%以上(第 18 条 1 項)。
55 「バラスト水管理条約を巡る最近の国際動向」、『荷主と輸送』、No,462, 2013 年 4 月、40 頁。 56 同上、41 頁。IMO Document, A 28/Res.1088, 28 January 2014, para.2.
57 附属書「バラスト水及び沈殿物の管制及び管理規則」、規則 A-1 定義 4 によれば、「建造された」と は、船舶について次の建造段階にあるものをいう。 .1 キールが据え付けられた段階; 又は .2 特定の船舶と確認しうる建造を開始した段階; .3 当該特定船舶について、50 トン以上又は全建造材料見積もり重量の 1%以上のいずれか少ないも のが組み立てられた段階;又は .4 大改造中の段階 58 バラスト水容積とは、バラスト水運搬ができるうように設計されたすべての多目的タンク、スペー ス又は区画を含む、バラスト水の運版、積載又は排出に用いられる船内タンク、スペース又は区画の 総容積のこと。
船舶の建造時期 バラスト水容積 2009 2012 2016~ 2009 年~2012 年 5,000 ㎥以上 規則D-1 又は D-2 規則D-2(2016 年の検査基準日の後の 最初の中間又は更新検査のどちらか早 い方の検査までにD-2 基準を充たす) 2012 年以降 5,000 ㎥以上 規則D-2 表5 IMO 決議 A28/Res.1088 による D-2 適用時期 2009 年以前建造船 バラスト水容積59 2015 年 条約発効日 2016 年 1,500 ㎥未満 D-1 又は D-2 D-2 2016 年の引渡し基準日の後に行う最初の国際油汚染 防止証書の更新検査以降 1,500 ㎥以上 5,000 ㎥以下 D-1 又は D-2 D-2 条約発効後の最初の国際油汚染防止証書の更新検査以降 5,000 ㎥以上 D-1 又は D-2 D-2 2016 年の引渡し基準日の後に行う最初の国際油汚染 防止証書の更新検査以降 表6 IMO 決議 A28/Res.1088 による D-2 適用時期 2009 年以降建造船 船舶の建造時期 バラスト水容積 発効日 2016~ 2009 年~発効日 5,000 ㎥未満 D-1 又は D-2 D-2 条約発効後の最初の国際油汚染防止証書 の更新検査以降 2009 年~2012 年 5,000 ㎥以上 D-1 又は D-2 D-2 2016 年の引渡し基準日の後に行う最初の 国際油汚染防止証書の更新検査以降 2012 年~発効日 5,000 ㎥以上 D-1 又は D-2 D-2 条約発効後の最初の国際油汚染防止証書の更新検 査以降 発効日~ すべての船舶 D-2 完工日 b. アメリカの規制 上述のようにバラスト水管理条約の発効が遅れ、それに伴いバラスト水処理装置の搭載義務期日も 後ろに延びてしまっている中でアメリカは自国の制度によって実質上バラスト水管理条約を適用でき るようにしている。 59 バラスト水容積とは、バラスト水運搬ができるうように設計されたすべての多目的タンク、スペー ス又は区画を含む、バラスト水の運版、積載又は排出に用いられる船内タンク、スペース又は区画の 総容積のこと。
アメリカは早い時期から自国の法でバラスト水の管理・規制を行ってきており、1990 年代にすでに バラスト水を介した外来生物の侵入を削減し、規制するために「外来水生有害生物の防止と規制に関 する1990 年法(Nonindigenous Aquatic Nuisance Prevention and Control Act of 1990, NANPCA)」、 「1996 年の侵入生物種法(National Invasive Species Act of 1996,NISA)」を制定している。アメリ カ議会は、NANPCA の下でアメリカ沿岸警備隊(以下、USCG)をバラスト水の排出管理の主管庁 としてアメリカの水域に入ろうとする船舶に対し、排他的経済水域の外でバラスト水の排出を行うよ
うな特別の規制プログラムとガイダンスの策定を行うように指示した。これにしたがい、USGC は
1993 年に五大湖に入ってくる船舶に対し排他的経済水域の外でバラスト水管理を行うことを求める 最終規則Ballast Water Management for Vessels Entering the Great Lakes をつくった。さらに、
1994 年にはこのバラスト水管理をハドソン川の一部に適用するように拡大している。60
このようにアメリカは地域的に規制を行ってきたが、バラスト水管理条約の発効が遅れていることか ら「アメリカの水域で排出される船舶のバラスト水の生体の基準(Standards for Living Organisms in Ships’ Ballast Water Discharged in U.S. Waters、以下 Final Rule)」を発行し、USCG が船舶へ の適用を担い、検査権限を与えられたのである。Final Rule は、アメリカの排他的経済水域外を航行 後、排他的経済水域内を航行するバラストタンクを有するすべての商船に適用される61。その排出基 準は、バラスト水管理条約と同じ62であるが、その基準を適用する期日が前倒しされている。修正さ れたバラスト水管理条約の適用日程では、2012 年以降の新造船は発効日以降に排出基準が適用される が、Final Rule では 2012 年以降の建造の船舶の内、2013 年 1 月 1 日以降の起工の船舶は建造日に適 用されるため「船社の対応はまったなし」だと言われている63。また、バラスト水管理条約では、バ ラスト水の処理装置には IMO による承認が必要である64が、アメリカはそれに加えて一定の猶予期 間を設けているもののUSCG による承認を要求している65。 こうした規制は、国内法を制定し、ポートステートコントロールによって外国船舶にも適用するこ とによって国際条約の発効の遅れを取り戻す効果を持っている。バラスト水を搭載して運航する船舶 会社を多く抱える国からいえば、運航費に負担とならない範囲でかつ安全運航に支障がないようなバ ラスト水処理装置の開発ができるまでなるべく条約の発効を遅らせたいのが実情である。しかし、ア メリカのようにバラスト水による環境汚染によって損害を受けている国はそうした運航側の批准を遅 らせる政策に対抗し、ポートステートコントロールによる規制の早期実現を求める。そこで、アメリ カは、排出基準などはバラスト水管理条約と同じであるが、バラスト水処理についてはその執行を確 実にするため自国での処理装置の承認を義務づけ、さらに執行を早める規制を行ったのである。
60 U.S.Coast Guard, Ballast Water Environmental Impact Statement, 2012, 1-2
61 33 CFR Part 151 Subpart C, D(バラスト水管理に関する規則), Subpart D—Ballast Water
Management for Control of Nonindigenous Species in Waters of the United States,§151.2010 Applicability.
62 Ibid., §151.2025 Ballast water management requirements、USCG Ballast Water Discharge
Standard Final Programmatic Environmental Impact Statement, paras.2.2.2-2.2.3.
63 吉田清隆他、「特別企画 国際規制運用をめぐる諸問題 米国バラスト水規制USGC 規則の発効で
船社の対応はまったなし」、『海運』、2012.9、34―37 頁。
64 バラスト水管理条約、バラスト水管理システムの承認に関するガイドライン(G8)、活性物質を使用
するバラスト水管理システムの承認手順(G9)。
おわりに バラスト水の規制、管理に関する議論の中では規制を一定程度押さえ経済効率性を優先する意見が 法的枠組み、バラスト水交換海域、排出基準といった争点で運航側から出されたものの環境保全を求 める諸国の意見が条約に強く反映されていった。このバラスト水の問題はアメリカ、カナダ、オース トラリアなど国際社会の中での経済的地位が高い国々が被害国であるということからも規制は進んだ といえよう。ただ、そこには単にそれだけでは説明できない環境保全に対し国際海事社会が一定の価 値を認めており、それが IMO での条約の締結につながっていることは確かである。運航側に唯一残 された手段として船舶運航を担う自国の会社が条約基準を満たすまで批准を見送るといういわば「牛 歩戦術」も国内法制度を整備しポートステートコントロールをかけようとする寄港国の施策の前では 無力化していったといえる。これから国際社会でのルール作りとそれを早期に実現させるための国内 法制度の整備は環境保全の両輪として位置づけられていくことであろう。海事社会が共同体として共 通の価値として重視しているものが、経済効率性から環境保全へとシフトしているということがバラ スト水をめぐる議論の中でみてとれるといえよう。