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刊行百周年を機に読み直す『赤毛のアン』

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Title

刊行百周年を機に読みなおす『赤毛のアン』

Author(s)

赤松, 佳子

Citation

赤松佳子: 奈良女子大学文学部研究教育年報, Vol.6 (2009), pp.37-46

Issue Date

2009-12-31

Description

奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号 特集1:ジェンダーと

言語文化-少女・小説・ジェンダー―

URL

http://hdl.handle.net/10935/3136

Textversion

publisher

Nara Women's University Digital Information Repository

(2)

奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号

刊行百周年 を機 に読 み直 す 『

赤毛 の ア ン』

ノー トル ダ ム清 心 女 子 大 学 ・准 教 授 赤

は じめに 2008年、 カナダの女性作家L・M・モ ンゴメ リ(L M.Montgomery,187411942)作 の 『グ リー ン ・ゲ イブルズのア ン (邦題 『赤毛 のア ン』、以下 この題 を 使用)

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は、原書刊行 百周年 を祝 った。2008-9年 は日本 とカナダ修交80周年 の記念の年で もあるので、 日加で記念行事が相次いだ。 モ ンゴメ リが ボス トンにあ ったペイ ジ出版社か ら初版 を受 け取 った記念 日である2008年6月20日には、記念 切手が同時発売 されて、二重の記念の年を盛 り上げた。 日加それぞれ、準備 された百周年記念出版や企画展が 展開 された1。 世界 の中で も本国カナダと日本が刊行 百周年 を大々的に祝 ったのであ り、人気のほどが確認 で きる。 2008年の

6

月末 には、 モ ンゴメ リの故郷 プ リンス ・ エ ドワー ド島で、第8回L・M・モ ンゴメ リ国際会議 が開かれ、 <古典 >としての 『赤毛のア ン』をテーマ に発表や討論が行われた2。 筆者 も、 日本でのア ン人 気 を分析 して ``ThePowersofText,Translation,

andTransformation:Rethinking theContinuous Popularityof

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apan" とい う題

で発表 を した。 この学会で は、『赤毛 のア ン

が古典 として認知 され、愛 されて きたことを確認 し、次の世 代 に受 け継 いでいこうとい う試みが話 し合われた。実 は、 隔年 に行 われて きたモ ンゴメ リ研究所 (L.M, MontgomeryInstitute)主催 の、 この国際会議が、 モンゴメ リ研究を牽引 してきたのである。 何より、フェ ミニズム批評 の興隆によ り女性作家 に目が向け られる よ うにな った頃に、 モ ンゴメ リの 日誌選集の出版が行 われ、彼女の作品研究 は飛躍的な発展を遂 げた。2008 年 に相次 いだ研究書 の出版 は、『赤毛 のア ン』 を再読 する上で有益なものである。 日本でも6月に ミネルヴァ 書房か ら 『もっと知 りたい名作の世界⑲ 赤毛のアン』 が刊行 され、 筆者 も 「少女小説 ・青春小説 と しての 37 『赤毛 のア ン』 を書 いてい る3。 カナ ダで は、2008年 10月 に前述の6月末 に次 ぐモ ンゴメ リ国際会議が、オ ンク リオ州のグェルフ大学で行われ、 日誌 の編者 の一 モ ンゴメ リの伝記が披露 された4。 本稿 は、 カナダを中心 に2008年 に行われた 『赤毛の ア ン』関連の批評や研究書 に言及 しなが ら、刊行百周 年 を機 に見 られる 『赤毛のアン』再評価の動向を検討 す る。 特 に、 ジェンダーの問題か ら浮かび上が る本作 品の特質 を考察 したい。 -、少女小説の古典 英語圏文学の古典 と して 『赤毛のア ン』 は、20世紀の英語圏で書かれた代表 的な少女小説 に位置づ けられて きた。少女小説 とは、 主人公が孤児 もしくは孤児に近い存在の女の子であ り、 その成長 を描 いている作品で、主 として19世紀の終わ りか ら20世紀の初めにかけての児童文学黄金時代 に書 かれ た小説 の ことを指 している。 この時期 に当 た る 1908年 に刊行 された 『赤毛のア ン』 は、 ア ン ・シャー リー (AnneShirley)とい う孤児 の少女 を主人公 と してお り、11歳か ら16歳 になるまでの成長 を描 いてい る。 それゆえ、本作品は少女小説の範暗に入 るものだ が、主人公の出自の設定か ら孤児物語、保護者 との関 係か ら家庭小説、成長過程 の扱 いか ら学校小説や青春 (思春期)小説 と呼ばれることもある

『赤毛 のア ン』 は、 これ らの ジャンルにまたがる作品であ り、多義的 に分析す ることが可能である。 1908年、 アメ リカの作家マーク・トウェイ ンが 『赤 毛 のアン』を読んで作者L・M・モ ンゴメ リ宛 にファ ン ・レターを送 り、 ア ンを

『不思議 の国のア リス』 以来の愉快 な、最 も愛 らしい子 ども」 と評 したことは よ く知 られている。 ア ンに永遠の少女 と しての魅力が あることを指摘 した批評だが、 この作品が児童文学だ

(3)

38 刊行百周年を機に読み直す 『赤毛のアン』 とい う側面 を強調 してお り、見下すよ うな評価 の発端 にな った もの と して両義的に捉え られ る5とい う。 忘 れて はな らない ことだが、 『赤毛 の ア ン』 は、 出 版直後 にベス トセ ラーとな り、子 どもだ けでな く大人 に も支持 された。2008年2月 に刊行 された1908年 の復 刻版 を6見 るとわか るよ うに、初版 の表紙 は適齢期 の 娘 の横顔 にな っている。 この表紙 を描 いたのはジョー ジ ・ギ プス (GeorgeGibbs)とい う画家 であ ること が2007年 にな って はっきりした7。 ペイ ジ出版社 は、 数百 もの短編 をすでに書 いていたモ ンゴメ リを長編小 説家 として売 り出すために、人気画家 のギ プスの絵を 雑誌 か ら転 用 し、 ク ラウス (William A.∫.Claus andM[ary].A[ustin].Claus)夫妻 によ る挿絵 を 勝手 に用意 したのである。 出版社 自体が広 い読者層 を 期待 していたことがわか る。 ギ プスによる表紙 は続編 に も使 われ、 モ ンゴメ リ作品 と連想 され るもの となっ た。表紙 は、やがて時代 と出版社 の読者獲得 の戦略 と 相侯 って、 さまざまな画家が担当 し、表紙 の絵 は年若 い少女へ と変わ ってい った。 モ ンゴメ リ自身 は、 日誌 の中で子 ど も向 けの 「あん なささやかな作品」が こんなに受 けるとは思わなか っ た とい う謙遜 を綴 った り、 「子 ど ものために書 いたの で はない」 と、苦 いた りしてお り8、周 囲の反応 に揺 れ動 いた心情 を残 して いる。 不思議 な ことに、『赤毛 のア ン』 を執筆 していた頃の 日誌 には、創作過程 の記 述 はな く、人気作家 とな ってか らの 日誌 の中でモ ンゴ メ リは執筆状況 を回想 し、 モデル と虚構 との関わ りを 解説 していたのだ。 モ ンゴメ リの 日誌 の編者 の一人 エ リザベス ・ウォータース トン(ElizabethWaterston) は、 『魔法 の島』 (MagicIsland) と題 した研究書 の中 で、意識的 にも無意識的に もモ ンゴメ リは初めての長 編 を秘密 に して、執筆 を行 っていたので はないか と述 べ て い る9。 ま た、 イ リー ナ ・ギ ャ メ ル (Irene Gammel) は、 『ア ンを探 して』 (LookingjTorAnne)

とい う研究書 の中で、 モ ンゴメ リが影響 を受 けた雑誌 を中心 に題材探 しを行 い、 ア ンの容貌へのひ らめきを 得 た とモ ンゴメ リが書 き残 しているアメ リカ人 のモデ ル、 イーグ リン ・ネズ ビッ ト(EvelynNesbit)に焦 点 を当てているが、 さまざまな材料か らモ ンゴメ リが 物語 を撚 り合わせた根本的な ものは謎 のままであると 結論づ けて いる10。 つ ま り、 モ ンゴメ リは、少女 を主 人公 とした長編小説 を書 きたいとい う熱意 を もとに、 自身 の経験や見解 を意識的に も無意識的 に も利用 し、 いきいきと した少女像 を形作 ったとい うことだろ う。 教育や出版 の普及 によ り、性別や年代 によ って本棚 が分 かれ るよ うにな ると、『赤毛 のア ン』 は、主 に少 女 を読者 に想定 した作品 と考え られ るよ うにな ってい くが、21世紀 にな って も本作品 は生 き延 びて きた。 そ こには作者が意識 した以上 に読者が発見 した魅力があっ たと推測で きる。 ル ビオ とウォータース トンは、 モ ン ゴメ リ作品には明 るいロマ ンスの背後 に、暗 く、微妙 で複雑 な調子が隠 されているか ら、子 ども読者 だけで な く大人読者 に も人気があるのだ と指摘 した11。 また、 『赤毛 のア ン』の刊行百周年 を祝 うエ ッセイにおいて、 現 代 カ ナ ダの女 性 作 家 マ ー ガ レ ッ ト ・ア トウ ッ ド (MargaretAtwood)は、『赤毛 のア ン』 を願望達成 の物語 であると同時に陰の部分 に深 い意味を潜 ませて いる作 品 と評 した12。母 と死 に別れ、父 と生 き別 れて 子 どもに理解 のない親戚 の家で辛 い思 いを して育 った モ ンゴメ リの経験が、主人公 に理解 ある家庭 を与 え る 物語 と して結実 し、細部 に見 られ る批判精神 は表面 の 光 の部分 の陰 と して隠 し味 にな ってい るとい う。 このよ うに、真筆 な鑑賞や研究の対象 と して手 ごた えのあ る作品 と して、『赤毛 のア ン』 は再評価 されて きている。 カナダ文化史 における本作 品の扱 いが大 き くな っている13ことか らも、 それは確認で きる。 日本 における翻訳文学の古典 日本 で は、1952年 に村岡花子訳で 『赤毛 のア ン』 と い う邦題 がっ け られて出版 され、続編すべてをその後 の7年で翻訳 し終 えた村岡の努力 とも相侯 って、 カナ ダ児童文学 の代表 として広 く知 られた。忘れ られがち ではあるが、実 は村岡の生存中に中村佐喜子訳が出て、 二人 の翻訳が競 い合 うよ うに出版 されたの も一般化 に 作用 した と思 われ る。1968年 の村岡の死後 には、30人 以上 の翻訳家が現れ、やがて完訳 ブームと相侯 って新 訳が出 るよ うにな った。1979年 のアニメ化 や、1985年 のサ リヴァン映画 『赤毛のア ン』 とその続編の上映や、 本場 の ミュー ジカルの 日本公演および劇団四季 の翻訳 公演、 また 日本版 ミュー ジカルや台詞劇 は、認知度 を 広 げ る もの だ った。 2008年 4月 か ら6月 にか けて NHKの 「3ヶ月 トピック英会話」で松本備子 は、『赤 毛 のア ン』の原書 を楽 しむ英語講座 を担 当 した。現地 の ロケをふんだん に取 り入れたコーナーは、中で も人

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号 気があ ったよ うで、9月末 日か ら再放送 も行われた。 この影響で、注をっ けた大人向けの 『赤毛のア ン』 と いう松本佑子訳 に目が向けられるようになったようだ。 一方、村岡花子 の孫、村岡美枝 は、2008年2月、祖母 の訳 に欠落 していた部分を補 った新装版 『赤毛のア ン』 を刊行 し、 自分の名前を表紙 に出さないで、祖母の遺 産 を守 るとい う新 しい翻訳の形を選んだ。 また、美枝 の妹恵理 による評伝 『ア ンのゆ りか ご- 村 岡花子 の生涯 - 』 が2008年 6月 に刊行 され、村岡花子 の 業績 にも改めて光が当たることにな った。雑誌や新聞 で も刊行百周年がよ く取 り上 げ られたが、それは企画 展が各地で開かれたか らであろう。 たとえば、2008年 6月か ら2009年5月 にか けて 「『赤毛 のア ン』展 -モ ンゴメ リが愛 したプ リンス ・エ ドワー ド島」が全国 のデパ ー トを巡回 し、 モ ンゴメ リの原稿が初 めてカナ ダの外 に出て 日本人 の目に触れ る機会 とな った14。 ま た、2008年12月か ら2009年2月にかけて広島県 のふ く やま文学館で は 「モ ンゴメ リの冬物語 - ア ンとェ ミリーの世界」展が開催 され、愛読者 の展示物 の提供 による企画展 が展開 された15。 日本 における 『赤毛 の ア ン』受容で特徴的なのは、衣食住 に関わる異文化 に 関心が寄せ られ、それを取 り入れて楽 しもうとい う面 が見 られ ることであろう。 興味深 いのは、2008年末 に相次いだ男性の筆 による 『赤毛 のア ン』評価 である。 松本佑子訳 と同 じく大人 読者 を意識 した翻訳 を出 したことのある山本史郎 は、 村岡花子訳 の欠落が時代性を写す鏡 の役割を果 た した 村岡の翻訳方針 ゆえに起 こったと分析 した16。 また、 脳科学者 の茂木健一郎 は、『赤毛のア ン』 には幸福 を 掴む哲学が詰 まっていると指摘 し、主人公 に自らを重 ねたエ ッセイを著 した17。刊行百年 の出版や企画展 を 経て、『赤毛 のア ン』 は、西洋 の文化 を知 ることので きる少女小説だけでな く、翻訳 の文化や人間哲学 を考 えさせ られる本 として読 まれるようになってきている。 二、男の子の養子を貰おうと していた兄妹 余所者の孤児の少女 プ リ ン ス ・エ ド ワ ー ド島 の ア ヴ ォ ン リ ー (Avonlea)村 で グ リー ン ・ゲイブルズ (緑 の切妻) とい う屋号 の家 に住 む カスパ ー ト(Cuthbert)老兄 妹 は、農作業 を手伝 って くれる孤児の男の子 を養子 に 貰お うとしたが、 ノヴァスコシアの孤児院か ら手違 い 39 で女の子がや って来 た。赤毛でそばかすだ らけの痩せ た少女 ア ンは、器量良 しとは言いがたいが、想像力が 豊かでお しゃべ りだ った。『赤毛 のア ン』 は、 このよ うな事件か ら始 まり、労働力 とな りえず、身体的な魅 力 もない少女 をどうす るか という問題が起 きるとい う 点で、 ジェンダーの問題 を問いかけるもの となってい る。 一方、少年 を引 き取 りたいと願 った兄妹 には、女 性 が 苦 手 な兄 マ シ ュ ー (Matthew)を妹 マ リラ (Marilla)が牛耳 るとい う力関係 の逆転 が起 きて い た。原案では夫婦 となっていた ものを、 モ ンゴメ リは 兄妹 に変え、 さ らに妹 に頑の上が らない兄 という、世 間的な男 らしさとは程遠 い人物 に設定 にす ることで、 孤児の引 き取 り手 の候補 としての保護者の状況を温か いものに している。 ア ンは孤児である上 に女の子であるという二重 の弱 い立場 に置かれているが、 この孤児 という設定 には作 者の深 い思 い入れがあった。先述のように、 モ ンゴメ リ自身が孤児 に近 い生 い立 ちを持 っていたのである。 孤児を主題 とす る短編集 『ア ンの仲間たち』が編 まれ ることか らも、 その関心 の程が分か る18。19世紀末か ら20世紀初 めに孤児の増加 とその対策 は社会問題で も あ り、 モ ンゴメ リが育 ち、 アグォンリーのモデル と し たキ ャベ ンデ ィッシュ (Cavendish)村 にも見 られた のである。 しか し、作者が 目指 したのは孤児の悲惨 な 境遇 を告発す るよ うな社会派小説ではな く、 <孤児 > とい う境遇 にあったために規範 に縛 られずに育 った少 女が、家や共同体へ帰属 してい くことによって幸福 に なるという 「願望達成の物語」であった。 プ リンス ・ エ ドワー ド島の外か らや って来 た余所者の孤児 は、失 敗を重ねなが らも困難を克服 し、周囲を優 しい世界 に 変 えてい く。 妖精 のよ うな、「この世 の もので はない

雰囲気」 (anauraofotherworldliness)19を持 つ と 分析 されているよ うに、作者 はア ンを、生来、無垢で 精神性の高 い不思議 な存在 としなが らも、欠点のある 女の子 としての側面 を持たせ、現実的な少女像を作 り 上 げている。 ア ンは、逆境 の中で生 き延 びてい くことを迫 られ る ことになるが、本人が気づかないうちにその未来 を開 いたのは、その人間的な魅力によるものだ った。手違 いの真相 を知 らされないまま、 グ リー ン ・ゲイブルズ に向か う道中 (第2章)で、 ア ンは語 る力 によ り、 マ シューの心 を捉 え る。 彼女 は、「世界で一番美 しい と

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40 刊行百周年を機 に読み直す 『赤毛 のア ン』

聞か されて いたプ リンス ・エ ドワ- ト島」 (Ⅰ'veal -waysheardthatPrinceEdwardlslandwasthe prettiestplaceintheworld[H .])(18)にや って 来 た感動 を語 り、 その鋭 い観察か ら想像力 を刺激 され てお しゃべ りを続 け、平凡 な場所 の名前 を詩的な もの に変え る名づ けを披露 し、 マ シューを楽 しませたので ある。 リンゴの 「並木道」(theAvenue)が 「喜 びの 白い道」 (theWhiteWayofDelight)と変更 され た背後 には、初 めて 「家」(home)と呼べ るところへ 行 くア ンの嬉 しさが反映されている。 余所者 のア ンは、 島育 ちのマ シューが当然の ことと思 って気づかない島 の魅力 を指摘 し、 マ シューはそ の発見 に感動 を覚えた と言えよ う。 こ う して ア ンを 「面 白い子」 (arealinteresting littlething)(31) と琴 め、手違 いの状況 を気 の毒 に 思 ったマ シューは、 「わ しらの ほ うが あの子 の役 に立 つ か も しれ な い

("Wemightbesomegood to her,''[.‥])(30)と言 って、 ア ンを引 き取 りたいと い う意思 をマ リラに示す ことになる。 一方、実際的な 性格 のマ リラは、兄 の認 めたア ンの魅力 を理解せず、 一度 は孤児院へ返 そ うとす るが、同情 とキ リス ト教的 義務感か らア ンを引 き取 ることを決 める。 こうして擬 似親子関係 を結ぶ家族が形成 され ることになるのであ る。 独身兄妹 の子育て と家族の成長 力スパ ー ト家が属す るアグォンリー村 は、 ス コッ ト ラン ド系移民で長老派教会の信者が多 い共同体である。 1890年代 の農村 を想定 していると言 われているが、 こ の社会 にはフランス系移民への蔑視 も存在 していた。 マ リラはア ンを引 き取 ると最終的な決断を下 した際、 養育 の責任 を自分が負 うのでい らぬ口出 しを しないよ うにと兄 に告 げるが、 それ は男女 の役割が明確 に分か れている社会で、女 の子 を育て るのは女でなければな らぬ と考えての ことであ った

'

;独身女 のほうが独身男 よ りも子育てをす るにふ さわ しいと考 え るマ リラは、 基本的な生活習慣や宗教教育のみな らず、家事 を仕込 む ことを養育 と思 っている。 そ して、 自分が理想 とす るお とな しく淑やかな少女 にア ンを育てよ うとす るが、 その教育方針 はほとん どが達成感 のない もの とな り、 転換 を余儀 な くされ る

「批判 的」 (critical)(154) だ ったマ リラは、喜怒哀楽の激 しい、 あるがままのア ンを愛す ることを学 び、母性 を培 う中でユーモア感覚 を取 り戻 してい く。 本作品の中で最 も変わ るの はマ リ ラだ とい う指摘 もあ る20よ うに、子育て とは自 らを成 長 させ ることだ と、 マ リラは学ぶのである。 心 に秘 め て いた ア ンへ の愛情 を、 兄 が亡 くな った夜、 率 直 に 「お まえを肉親 と同 じよ うに愛 して い る

」(

[

‥ .

]I loveyou asdearasifyou weremy own flesh andblood[‥ .])(235)と言えるよ うになるのだ。 マ シューは、 ア ンにいっ も 「同情 的」 (admiring) (154)な 「同類」 (kindredspirit) (118)と して絶 対的な信頼 を寄せ、 ア ンの心 の拠 り所 となる。 口下手 の彼が ア ンにす る助言 は、怒 らせて しまった隣人への 謝罪か ら流行 のパ フ ・ス リーブの服 のプ レゼ ン トに至 るまで適切であ り、 ア ンの成長 に欠かせない ものであ る。何 よ りア ンが勉学 で良 い成績を収めることを信 じ て疑わない態度 は、 ア ンの向上心 の支 え となるもので あった。彼 は、進学への理解 も深 く、 ア ンが教員免許 を取得 し、大学進学 をす ることも認 めていた。一方、 子 どものア ンがマ シューの期待 に応えよ うとす る努力 は、良 き<父 の娘 >となろうとす るものだ った と言 う ことがで きる

。「1

ダースの男 の子 よ り、 お前一人 の は うが いいよ、 ア ン

」(

[

‥ .

]Ⅰ'dratherhaveyou than adozen boys,Anne[‥ .])(232)とい うマ

シューの言葉 は、男 の子 でないことへの引け目をア ン か ら取 り去 った素晴 らしい愛 の言葉である。 変 わ らな い ものに目を向 けが ちなマ シューを変化 しない人物 と して捉える者 もいる21が、 ア ンへの愛情ゆえにマ シュー は女物 の買 い物 か ら進学 に至 るまで配慮がで きるよ う にな った ことを忘れて はな らない。 また、彼 は、全財 産 を預 けていた銀行 の倒産 によ って心臓発作で急死 し た ことによ り、 ア ンにグ リー ン ・ゲイブルズを守 るた め教職 に就 くとい う選択 を取 らせ、家族 の秤 を確認 さ せ、 自立 を目指す女性へ と成長 させ る役割 を果 たす。 一方、 ア ンは11歳 にな るまでに二つの家庭で子守 り をさせ られて暮 らし、行 き場 を失 って孤児院 に送 られ たとい う境遇であ ったため、 カスパー ト家 に引 き取 ら れて は じめて子 ど も ら しい生活 を送 ることにな る。 「おば さんの家 において もらえ るのな ら何 で もす る」 ("Ⅰ'11trytodoandbeanythingyouwantme,if you'1lonlykeepme[‥ .

]

"

)(44)と言 ったア ンは、 マ リラの期待 に応 えよ うと努力す るが、想像 に耽 る癖 があ ってなかなか上手 くいかない。 ア ンが引 き起 こす

(6)

奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号 数々の失敗 は、おか しな事件 とな り、養父母の役 目を 担 うカスパー ト兄妹を一喜一憂 させる出来事 となるが、 失敗の克服 を通 してア ンは成長 してい く。 アンは、裁 縫の中で も日課 としてさせ られ るパ ッチワークを 「想 像 の余 地 が な い

」 (

[

‥ .

]there's no scope for imagination [.‥].)(79)と しか思 えず、料理で は 材料 を入れ忘れた り、香料を間違えた りといった失敗 を していたが、やがて家事を難な くこなせるようになっ てい く。 また、美 しい ものが好 きなア ンは、 自分が不 器量 と評 され る大 きな原因 として赤毛 を強烈 に意識 し てお り、 この コンプ レックスを刺激 され ると療病を起 こす傾向があ った。初対面で容姿 をけな した二人の う ち、 隣人 の リン ド夫人 (Mrs.RachelLynde)には 食 って 掛 か り、 同 窓 の ギ ル バ ー ト ・プ ラ イ ス (GilbertBlythe)には石盤 を頭 に振 り下 ろす とい う 反撃 に出た。 その赤毛 コンプ レックスも、黒 くす るつ もりで緑 に染 めて しまう毛染め事件 を機会 におさまっ てい く。 お しゃべ りだ った子 ども時代か ら言葉の抑制 を学 び、亡 き両親 と同 じ教員免許の取得を目指 して勉 学 を続 け、 向上 し続 けることを喜 びと思 うようになる のである。16歳 になったア ンは、 カスパー ト家 に現金 収入を もた らす働 き手 として、心身 ともに成長 を遂 げ ている。 そ して、マ リラという<母 の娘 >として生 き よ うとす るのである。 三、女の子 ら しさの獲得を目指 して 同性 と培 う温かい友情 ア ンが女の子 として成長 してい く上で重要 なのは、 ダイアナ ・バ リー (DianaBarTy)とい う同い年 の 少女 との温かい友情関係である。 出会 う前か らアンは 月 と狩 りの女神 と同 じ珍 しい名前を持つ彼女 に惹かれ ていた。容姿 において も、 目と髪が黒 く、バ ラ色の頬 を してえ くぼがあるとい うその外見 は、 ア ンの憧れそ の ものだ った。 ダイアナは、両親 と幼 い妹がいる家庭 的にも恵 まれている女の子で、大勢 の親戚 との付 き合 いもある家で育 っていた。 ダイアナと初めて会 った日 に、 ア ンは 「心の友」(bosom friend)になる誓 いを 交わす ことを提案 し、バ リー家の庭で二人 は厳かな友 情の宣誓 を行 う (第

1

2

章)。二人 は互 いに誠実 に友情 を育み、学校や放課後の戸外で共 に学 び、遊んで、少 女 として成長 を してい く上で影響 を与え合 う。 ア ンは、 ダイアナとい う少女 らしくあることに葛藤 41 を覚えない友人 と活動を共 にす ることによって、社会 か ら期待 されるジェンダー役割を学ぶ と言える。好例 は、大人の真似を して楽 しむお茶会 (第16章)である。 女主人が担当す るもてな し役をア ンは、嬉 々として こ な している。 しか し、お客 としてや って来 たダイアナ に、間違 ってスグ リのワイ ンを飲 ませて酔 っ払わせて しまい、怒 ったダイアナの母か ら絶交 を言 い渡 されて しまう。 再 び交際が許 され るのは、 ダイアナの妹が両 親 の留守 の問に喉頭炎 にかか って重篤 とな ったとき、 看病の経験のあるアンがその命を救 ってか ら (第18章) であった。二人 は、交際を禁 じられた期間を経験 した ことによって友情 を深 め、 ア ンはダイアナか らは じめ て友人 として愛 され、友人を愛す る喜 びを知 ることに なる。 やがて ダイアナは、 ア ンがアヴォンリー村の中 で人間関係 を広 げる際に要 となる役割 を果た し、同性 の友情の輪を広 げる助 けとなる。 流行 の服 を当然のように与え られ、音楽の習い事 ま で許 されるダイアナは、性格的には実際的で平凡であ り、享楽的な面 もあって、アンを失望 させることもあっ た。 しか し、 ア ンは、 自分 との違 いを認 め、有 り余 る 想像力を分かち合 って ダイアナと共 に成長 しようとす る。 また、 流行 の服 を着て セ ンスを磨 くことは -グ リー ン ・ゲイブルズに来て

2

年 目の冬 にマシューか らア ンが流行のパ フ ・ス リーブの服 を贈 られ、マ リラ が教育方針 を変えてか ら- ア ンとダイアナの共通 の話題 となる。興味深いのは、 ア ンが服 を選 び、 自分 らしさを表現す ることを楽 しんでお り、女の子である ことを否定的に捉えていないことだ。 ア ンとダイアナの進路 は進学か否かを決めるときに 変化 を迎え る。 マ リラは、 「女 も自活で きるだけの教 育 を受 けて いた は うが い い

(Ibelievein a girl beingfittedtoearnherownlivingwhethershe everhastoornot.) (195)とい う当時 と して は進 歩 的 な 考 え で 、 ア ン に ク ィ ー ン学 院 (Queen's Academy)に進学 して教員免許 を取得す ることを認 めて くれた。亡 き両親のよ うに教師 となるというア ン の望みは、かなえ られるのである。 一方、 ダイアナは 両親の方針で進学す ることはな く、 それを悔やんでい る様子 もない。 クィー ン学院時代 にア ンは新 しい友人 を作 るが、 「忠 実 な友 だ ち

(a faithfulfriend) (153)と呼んだ古 い友人 ダイアナとの信頼関係を保 っ てい く。 そ こには同年代の同性 との理想的な友情が見

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42 られ る。 刊行百周年を機 に読み直す 『赤毛のア ン』 大人 の女性 との (姉妹関係) と協力の秤 アヴォ ン リー村 において、 ア ンは、複数 の大人 の女 性か ら温かい支援を得 る。モ ンゴメ リは 「カナダの ジェ イ ン ・オーステ ィン」 と呼 ばれ ることが よ くあるとい う指摘があ る22よ うに、『赤毛 のア ン』 には女性 同士 の 付 き合 いや もてな しの面 か ら共 同体 の様子が いきいき と描 かれている。 まず、 ア ンの役割 モデル とな る二人 の女性 の うち、 ア ラン牧師夫人 (Mrs.Allan)は良 き理解者 とな り、 精神的な支えとなる。 また、村 で初の女教師ステイシー 先 生 (MissMurielStacy)は、 自然観 察 や体操 な どの教育改革 を実践 し、 ア ンの 目標 となる。 この二人 は、 アヴォ ンリー村 の外 か らや って来 た女性 と して設 定 され、因習的な共 同体 に良 い変化 を もた らして いる ことに注意 したい。 ア ンと最悪 の出会 いを した二人 の女性、 リン ド夫人 とダイ アナの大叔母 ミス ・バ リー (MissJosephine Barry)は、助言者 と して後見役 と しての役割 を担 っ てい く。 リン ド夫人 は、 ア ンの謝罪 で機嫌 を直 して以 来、 ア ンの登校拒否 に理解 を示 した り、 マ シューの依 頼 を受 けて ア ンの服装 を改善す る協力 を した りして く れ る。 一方、 ミス ・バ リーは、客用寝室で就寝 中にア ンとダイアナに飛 び乗 られ、一度 は激怒 したが、 ア ン のお詫 びが気 に入 り、つ いには親戚代 わ りの保証人 の 役割 を果たす。そ して、 クィー ン学院時代 にはカスパー ト兄妹 の代 わ りの保護者 を買 って出てお り、 ア ンの成 長 を高 く評価す る言葉 を折 に触 れて 口にす る。 中で も ミス ・バ リーの次 の言葉 は忘れがたい。

"ThatAnne一girlimprovesallthetime,""[.

]Annehasasmany shadesasa rainbow andeveryshadeistheprettiestwhileitlasts. Idon'tknow thatsheisasamusing asshe waswhenshewasachild,butshemakesme loveher[‥ 丁'(227) 「ア ン嬢 さん」 (Anne一girl) とは、 ミス ・バ リーが 作 った愛称 であ り、少女 と しての ア ンの魅力 を大人 の 女性 か ら認 めた表現 で あ る

「いっ も向上 して い る」 ア ンを 「虹」 の色 の美 しさに誓 えた褒 め言葉 は、強 い 印象 を残 す ものである。 ア ンを取 り巻 く大人 の女性 たちは、 ア ンの成長 を見 守 り、励 ます役割 を果 た している。 女性同士 のいわゆ る<姉妹関係 >の構築や協力関係 は、女性 の持っ力 を 照射す るものであ り、 この作 品 に活力 を与 え るもの と な って いる。 異性 との関わ り ア ンが成長 す る上 で見過 ごせ ないのは異性 との関わ りであ る。 中で もギルバ ー ト・プライス とい う、 ア ン よ り二歳年上 の少年 との関わ りは重要 で ある。 既 に触 れたよ うに、初対面 の 日にア ンは、 ギルバ ー トにお下 げをっか まれて 「ニ ンジン」 と呼 ばれ、 コ ンプ レック スを刺激 されて怒 った挙句、石盤 で彼 の頭 を殴 る。少 女 らしか らぬ暴力 を使 って、女 の子 の容姿 を鑑賞 の対 象 とした彼 の行為 に反撃 をす るのだ。療病 を答 め られ、 男性教 師 フィ リップス先生 (Mr.TeddyPhilips)か ら一方 的な罰 を受 けたア ンは、 ギルバ ー トの謝罪 に も 耳 を貸 さず、騒動 の原因を作 ったギルバ ー トを根限 り 嫌 うので あ る. 興味深 いのは、ギルバ ー トのほ うは殴 られてかえ って ア ンに好意 を抱 いた様子 が見 られ るこ とだ。 やがて ア ンは、 ギルバ ー トへの嫌悪 を勉学での競争 へ と転化 して、 向学心 を燃 え立 たせ る。 ギルバ ー トも テニス ンの白百合姫 エ レイ ンを演 じて遊 んでいたア ン が溺 れそ うにな った窮地 を救 い、「友 だちになろ うよ」 と頼 んだのに断 られたのに腹 を立 て、 ア ンの挑戦 を受 けて起っ 。 この ライバル関係 は、 ク ィー ン学院受験 ク ラスで激化 し、 同点で学院 に合格 したのち も、卒業 ま で続 いてい く。 つ ま り、 ギルバ ー トは、教育 の場で ア ンと互角 に戦 う唯一 の相手 と しての役割 を果 た し、他 に代 わ りが いない ことによ って、 ア ンに とって意識せ ざ るを得 ない異性 であ り続 ける。 実 はア ンの彼への思 いは、謝罪 を拒否 した直後 に後悔 に変わ っていたのだ。 ただ し、 「ア ンが男 の子 につ いて考 え る ことが あ った とすれば、単 に良 い友人 にな りうるか ど うか とい う観 点 か らに過 ぎなか った」 (Boysweretoher,when shethoughtaboutthem atall,merely possible goodcomrades.)(225)と解説 されて い るよ うに、

ア ンはギルバ ー トを視野 の拡大 を可能 に して くれ るか も しれない対象 と して見 るよ うにな ったのであ って、 恋愛 の対象 と して見ているわ けで はない。 それで も、

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号 ギルバ ー トと仲直 りしなか った ことを悔 やむ思 いをダ イアナにさえ隠 し通 した心情 には、彼への無意識 の こ だわ りが見受 けられ る。 ア ンが

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年 に及ぶギルバー トとの仲違 いを解消す る のは、 マ シューの急死 によって大学進学 を諦 めて教師 になる決断を したとき、同 じよ うに家庭 の事情で大学 進学 を延期す る身 にな っていた彼か ら、 自宅か らの通 勤が可能 な教師の職 を譲 られた時だ った。 ア ンはギル バ ー トに感謝 の言葉 をか け、 「良 い友達」 にな り、勉 強を続 けてい くことを約束す る。 『赤毛 の ア ン』 にお いて、 男女共 学 の教育 の場 で 「向上心」 (ambition)を持っ ことは高 く評価 されて いる。 このよ うな教育への理解 は、 ス コッ トラン ド系 移民 の社会 の伝統であるとい う。 しか し、 それだ けで はな い心 理 的 な背 景 を ガ ブ リエ ラ ・ア - マ ンソ ン (GabriellaÅhmanss。n)が指摘 して い る23の は、 傾 聴 に値す る。 男の子で はなか ったのに引 き取 って くれ た養父 マ シューへの償 いの気持 ちがあ ったか ら、 ア ン はマ シューのためにギルバー トに勝 ちたい と思 ったの で はないか とい うのである。確かに、男性 の分野 と見 倣 され る知識 の砦へ乗 り込んで成功 を収 めることは、 女 の子 が知的 に劣 らない′ことを示す ことで もあったと 言 え る。 本作 品 の最終章 である第

3

8

章 において、 「道 の曲が り角」 (thebendintheroad)(241)と呼ぶ苦難 を 勇敢 に越 えよ うと決意 しているア ンの姿が強調 され、 ギルバ ー トとのロマ ンスを予想 しなが ら不確定 な要素

を含 む開かれた結末が示 されている。

Thejoyofsincerewor・kandworthyaspiration andcongenialfriendshipweretobeher・S;not h-ingcouldrobherofherbirthrightoffancyor heridealworldofdreams.Andtherewasal -waysthebendintheroad!(245)

ここで、 「心 を こめた仕事、価値 あ る抱負、心 にかな う友情 はア ンの ものだ った」 とい う一節 によ り、 ア ン はギルバ ー トとの友情 を培 うことに希望 を抱 いている 段階 に置かれていることが示 されている。 異性 との友 情 を育んでア ンが更 に成長す る可能性 を示 しなが ら、 作者 は、 ア ンを性 の力学か ら守 ってい るとも言 え るだ ろう。 43 四、終わ りに - 『赤毛のアン』の持つ多重性 -『赤毛 のア ン』 は、少女小説 の枠組 みに収赦 され る 小説であ り、青春小説 と呼ばれ る作品 と一応 は言 え る が、再読の結果、 明 らかになるのは本作品の持っ多重 性 の魅力である。 その中で、 ジェンダーに関わ ること を挙 げると次のよ うにまとめ られ る。 まず、 ア ンの持っ言葉 の力 には深 い意味が認 め られ る。彼女が行 う名づ けは、既存の世界 を変容 させ る転 覆的行為 を意味 している。女 の子 のア ンが新 しい命名 を し、 それが周囲 に受 け入れ られてい く様子 には、女 の子 の持っ可能性へ の期待 が窺 え る。 また、 「想像 の 余地が あ る」 (31) とい った、 ア ン語録 は、少女 ア ン が当然 と思われて きた概念 を撹乱 させ る哲学 の持 ち主 であることを示す ものである。 作者 は、 ア ンとい う子 ど もの見解 に も一理 あることを暗示 してい る

「心 の 友」や 「同類」 とい う独特 の語嚢が周囲の人 々に受容 されてい く展開 は、 ア ンの影響力の肯定 を意味す るの である。 次 に 『赤毛 のア ン』 には、先人 の文学作品か らの引 用や もじりがふんだんに盛 り込 まれている。 ア ンの受 ける国語教育 を通 して、読者 はテニス ンの詩 を読 み直 す楽 しみを味わ うこともで きる

「ラ ンス ロ ッ トとェ

レイ ン」 ("LancelotandElaine'') に感銘 を受 けた ア ンが白百合姫 を演 じ、危 うく溺れそ うにな って、 ロ マ ンスはもう流行 らないと述べ る逸話 は、 ロマ ンスの 脱構築 と評す ることがで きるだろ う。 一方、 ア ンを助 けるのが宿敵 のギルバ ー トである、 とい う展開 にはも うひとひね りした ロマ ンスの扱 いが見 られ る。 第三 に、女 の子 らしさの獲得 を目指 しっっ、 ア ンが 失敗 を重 ね る姿 は、社会が求めるジェンダー役割への 疑問の提示 とな っていると考 え られ る。賢 い と言 われ るよ りきれい と言 われたいと望む 「芯 まで女 の子 のア

」(

[

‥ .

]Anne,femininetothecore.)(92)と 描写 されなが らも、 ア ンの個性 は、女 の子 らしか らぬ 言動 に満 ちてお り、 あ りのままの彼女 の個性が認 め ら れてい く過程 には<女 の子 らしさ>を追求す ることの 意味が問われているよ うに思われ る。 ただ、最終 的 に 主人公の失敗の克服で終わ り、社会か ら期待 されるジェ ンダー役割 の是非 とい う根本的な意味が問われないま まになるところに、作者 の立場 の暖昧 さや、刊行 当時 の価値観 を大 き くはみ出さないバ ランス感覚が窺える。 もっとも、 この暖味 さは、読者 の とる立場 によって短

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44 刊行百周年 を機 に読み直す 『赤毛のア ン』 所 にもな り、長所 にもなるものである。 ア ンは、第3章で、男の子でないか らグ リー ン ・ゲ イブルズにい られないと最初 に聞か されたとき、嘆 き はす るが、性差別だ と憤 りを示 した りす ることなか っ た。 また、第

3

1

章では、 リン ド夫人がおせ っかいでは あるが、有能であって牧師の代わ りだ ってで きると言 い、 なぜ女 は牧師になれないのか、 と疑問を呈す るこ ともあった。 しか し、そこで もまた、女 の力な しでは 物事が上手 く進 まないことを確認 し、 ユーモラスにア グォンリーの社会 を描写す ることで終わ っている。 また、流行の服への関心など、生活を楽 しむための 女性文化が詳細 に書かれている点 は、 この分野 に関心 を もっ女性読者 を魅了す る。 それは、 ア ンの想像力 と 同様、余剰 の もた らす潤 いや癒 しを人が求めているこ と と関 わ る の で あ る。 エ リザ ベ ス ・エバ リー

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は、 モ ンゴメ リが

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年 頃か ら作 っていたスクラップブックを傍 らに置いて、『赤 毛 のア ン』 を執筆 したと指摘 している。 中で もふ くら んだ袖の服への執着 は、 モ ンゴメ リの切 り下 げ前髪へ の憧れ とい う体験 を変容 した ものだ とい う24。 かつて 流行 し

、1

9

0

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年 の 『赤毛のア ン』執筆当時、再流行の 兆 しがあ ったパ フ ・ス リーブの服 を、作者 はア ンの憧 れの服 として登場 させたというのである。時代を映す、 女性な らではのファッションの楽 しみが、捉え られて いたことが改めて確認できる。 作者の過去 の日誌やス クラップ ・ブックに保存されていた愛着のあるものが、 『赤毛のア ン』 に利用 されているのである。 第五 に、青春期 に芽生える異性 に抱 く性的な関心が 排除 されている点 は、主人公の清 らかさを強調す るも のだ。 ア ンは白い花 と関連づけて描写 され、 さわやか な精神性が強調 されている。 第六 として、主人公の少女 と自然 との関わ りが密接 な もの とな っていることが挙げ られ る。 ア ンはダイア ナと共 に戸外 に出て自然 と触れ合 うことを喜 びとして いる。運動 を伴 う活動が少女の成長 に有益であること が示 されている。 最後 に、主人公 アンをは じめアラン牧師夫人やステ イ シー先生 とい った余所者の女性が堅苦 しい共同体を 住みやすい社会 に変えてい くとい う設定 に、女性の持 つ力への可能性への期待を見 ることがで きる。 中で も 島の外か らや って来 た少女 アンが、周囲に与える影響 は大 きい。余所者の女性の持っ力が評価 されている。 モ ンゴメ リは、未来 に希望を持っ青春を良 きもの と して評価 したいという立場 に立 ってお り、その姿勢が、 ある種 の甘 さを感 じさせ るのは否めない。 しか し、現 実が厳 しいか らこそ、置かれた場所 にいることを逃 げ ず、前向きに最善 を尽 くそ うとす る少女の姿 は、爽や かな もの として読者 のJL、を打っ とも言える。 モ ンゴメ リは幸福を自らの力で掴み取 ろうとす るア ンを、愛す べ き存在 として読者 に印象づ けたのだ。時代性 と普遍 性 を見極 めて、少女 を主人公 とす る小説 の新 しい作品 がいっの時代 にも必要 とされていることを考え る必要 があるのではないだろうか。作者 モ ンゴメ リが密か に 潜 ませた社会の規範 に対す る批判や逸脱 は、百年 を経 てよ うや く正面か ら論 じられ るようにな った と言 えよ っ o

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第6号

テ クス トは、L.M Montgomery,Anneof Green Gables,ed.MaryRubioandElizabethWaterston (New York:Norton,2007)を使用 してお り、 テ ク

ス トか らの引用 はこの版 による。 ページ数 は引用 の後

に ( ) に入れて示す。 なお、文中引用 は私訳である。

1.2008年2月、100周年記念 出版 と して次 の3冊 が 同 じ出版 社 か ら同 時刊 行 され た。 L M.Mont -gomery,Anneof Green Gables:100thAnniversary Edition,Elizabeth Epperly,Imagining Anne/The Island Scrapbooks ofL.M Montgomeyy,Budge Wilson,BeforeGreen Gables(Toronto:Penguin,

2008). 2008年7月、バ ッジ ・ウィルソン作、宇 田川晶子 訳、 『こん にちは ア ン』上 ・下 (東京 :新潮社、 2008年)が翻訳出版 された。 この本 は、アンがグ リー ン ・ゲイブルズに来 る前 の出来事 を 『赤毛のア ン』 の記述 を利用 して描 いた創作である。宇 田川訳 を も とに2009年、 日本 アニメーションによ りアニメ化 さ れた番組がBSフジで放送 されている。

カナ ダの企 画展 は、 た とえ ば、IreneGammel 監修 の "Anneof Green Gables:A Literary Icon at100,''が2008年4月19日か ら9月2日まで カナ

ダ主要都市 を巡回 した。ElizabethEpperly監修 の ``Imagining Anne:Celebrating the Creation andCentenaryofL M.Montgomery'sclassic,

AnneofGreen Gables''が2008年6月12日か ら9月 28日までtheConfederation CentreArtGallery (PrinceEdwardIsland)で開催 された。 日本 の企 画展 について は後述す る。

2."L.M.Montgomery,AnneofGreenGablesand theldeaofClassic''-2008L M.Montgomery Conferenceは、2008年 6月24-29日の期間、Delta PrinceEdwardHotelを会場 に開催 された。 3.赤松佳子、「少女小説 ・青春小説 としての 『赤毛 のア ン

」、 『もっと知 りたい名作 の世界⑬ 赤毛 の ア ン』桂宥子 ・白井澄子編著 (京都 :ミネル ヴ ァ 書房、2008年)41-50 0 4.2008年10月23-26日、TheUniversityofGuelph を主催 お よび会場 と して、``From Canadatothe World:theCulturalinfluenceofLucy Maud

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Montgomery''と題す る国際会議が開催 された。 Mary Henley Rubio,Lucy Maud Montgomery / theGljiof Wings(Toronto:Doubleday Canada,

2008).モ ンゴメ リの死因 につ いて、2008年9月、 三男Stuartの娘KateMacdonaldButlerが 自殺 と発表 したことに反論 となる記述があり、話題 となっ た 。

5.Shirley FosterandJudy Simons,W71atKao, Read(Houndmills:Macmillan,1995)151.(シャー

リー ・フォスター& ジュデ ィ ・シモ ンズ著、川端有 子訳、『本を読む少女たち』 [東京 :柏書房、2002年] 286。 )

6.注1に示 した記念 出版3冊 の うちの1冊。 7.ChristyWoster,"TheArtistsofAnneofGreen

Gables:A HundredYearMystery,"TheShining Scroll2007,ed.MaryBethCavertandCarolyn Storm Collins,(Minneapolis,MN:TheL M.

MontgomeryLiterarySociety,2007)17. May 2008<http://home.earthlink.net/bcavert/index. html>

8.Mary RubioandElizabeth Waterston,eds.,

TheSelectedJournalsofL.M Montgomefy,Vols.I-V (Toronto:0ⅩfordUP,1985-2004).Oct.15,1908, April18,1914の 日誌等 を参照。

9.ElizabethWater・ston,MagicIsland(DonMills,

ON:OUP Canada,2008)17-18.

10. IreneGammel,LookingjTorAnne(Toronto: KeyPorter,2008)29-39.

ll.MaryRubioandElizabethWaterston,Writing aLljTe:L.M Montgomefy (Toronto:ECW,1995)

12.

12.MargaretAtwood,"Nobody everdid want me,"GuardianCo.UK29March2008,30March 2008 <http://www.guardian.co.uk/books/2008/ mar/29/fiction.margaretatwood>.

13. Jonathan F.Vance,A Histoyy of Canadian culture(DonMills,ON:Oxford,2009)196197. 14.Cf.「出版百周年企画 『赤毛 のア ン』展 - モ ン

ゴメ リが愛 したプ リンス ・エ ドワー ド島」サイ ト October2009<http://www.annelOOth.com/>. 総計20万人 の集客があ った とい う。

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46 刊行百周年を機に読み直す 『赤毛のアン』

リの孫KateMacdonaldButlerは視察 した。 なお、 本企画展 は、総計2567人 の入館者数 を記録 し、歴代 3位 の集客であ った。 16.山本史郎著、『東大 の教室 で 「赤毛 の ア ン」 を読 む』 (東京 :東京大学 出版会、2008年)81-102。 な お、注19の翻訳が山本史郎訳 の 『赤毛 のア ン』であ る。 17.茂木健一郎著

、『

「赤毛 の ア ン」 に学 ぶ幸福 にな る 方法』 (東京 :講談社、2008年)。特 に231-63を参 照 。

18.Rea Wilmshurst,ed.Akin

t

o Anne:Tales of otherOrphans,byL.M.Montgomery (Toronto: McClellandandStewart,1988).(赤松佳 子訳 、 『ア ンの仲間たち』正 ・続 [東京 :篠崎書林、1988・

1989年。])

19.WendyE.Barry,"TheSettlersofP.E.Ⅰ.: The Celtic Influence inAnne," The Annotated Anne of Green Gables,ed.WendyE.Barry,

Margaret Anne Doody and MaryE.Doody Jones.(New York:oxfordUP,1997)421.

(Cf.ウェンデ ィ・E・バ リー、「プ リンスエ ドワー ド島 の入植者」、 『完全版 ・赤毛 のア ン』、W ・E・ バ リー、M ・A・ドゥ-デ ィ、M ・E ・D・ジョー ンズ編、 山本史郎訳、 [東京 :原書房、1999]5920 ) 20.川端有子、 「マ リラ ・カスパ ー トの驚 き」、 『もっ と知 りたい名作 の世界⑲ 赤毛 のア ン

110。 21.川端有子著、『少女小説か ら世界が見える』(東京 : 河 出書房、2006年)156。

22. Mary H. Rubio,Introduction,Harvesting Thistles:TheTextualGardenofL.M Montgomeyy,

ed.Mary H.Rubio (Guelph,ON:Canadian Children'sp,1994)4.

23.GabriellaAhmansson,A Llj:eandItsMi,,0,S (Uppsala,Sweden:Almqvist& Wikselllnter -national,1991)125.

24.Epperly,zmaginingAnne:TheIslandScrapbooks ofL.M Montgome7y,2,76[p.70from theBlue Scrapbook]. 参考文献 赤松佳子 「これだ けは知 りたい 『赤毛 の ア ン

『は じめて出会 うカナ ダ』 日本 カナ ダ学会編 東京 : 有斐閣、2009年。 日本放送協会編 『3か月 トピック英会話 「赤毛 の ア ン」 への旅 - 原書 で楽 しむAnneの世界 - 』 4-6月号 東京 :日本放送協会、2008年。 村 岡恵理著 『ア ンのゆ りか ご- 村 岡花子 の生涯』 東京 :マガ ジン- ウス、2008年。 -

『少女 の友』 と 『赤毛 の ア ン』 の不思議 な巡 り 合 わせ

『少女 の友』創刊100周年記念号 実業之 日 本社編 遠藤寛子 ・内田静枝監修 東京 :実業之 日 本社、2009年。 モ ンゴメ リ、L・M作 松 本佑子訳 『赤毛 の ア ン

東京 :集英社、2000年。 - 村 岡花子訳 新装版 『赤毛 の ア ン』 東京 :新潮 社、2008年。 - 『赤毛 のア ン』 東京 :新潮社、1980年(72刷)。

参照

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