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2 井上幸義折衷的意味特徴として 完了体を 限界によって区切られた全一的動作 (ограниченное пределом целостное действие) を意味する動詞 一方 不完了体を 限界によって区切られた全一的動作という特徴をもたない 動詞と規定した [7: 583] さらに 近年

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ロシア語のアスペクトと時の前置詞 «в» および «на» との

関係について

Связь между видом глагола и временны́ми предлогами «в» и «на»

 井上 幸義

I

NOUE

Yukiyoshi

В настоящей статье сделана попытка показать целесообразность сопоставления признаков действия, выраженного совершенным и несовершенным видом глагола, с временны́ми предлогами «в» и «на». На первый взгляд, в значении глагольного вида нет никакой связи со значением предлогов «в» и «на», но анализ значения СВ и временно́го предлога «в» показывает общее представление об «ограниченности» и «сомкнутости» действия, а также времени. В то же время для НСВ и предлога «на», как правило, свойственно отсутствие такого представления. Все это подтверждает выдвинутую нами идею сопоставления признаков действия, выраженных СВ и НСВ, со значением временны́х предлогов «в» и «на». Далее можно сделать предположение, что в истории русского языка дифференциация временны́х предлогов «в» и «на» происходила параллельно с видовой дифференциацией глаголов в зависимости от соотношения наличия значений «ограниченности и сомкнутости» или же их отсутствия. はじめに ロシア語の動詞の体(アスペクト)の研究において、完了体を有標、不 完了体を無標とする二項対立の視点から、有標の完了体の不変的意味 (инвариантное значение)として、これまで完結性(законченность)、結果 性(результативность)、点状性(точечность)、限界性(предельность)、全 一性(целостность)などが提唱されてきた。1980 年刊行のアカデミー文 法(Русская Грамматика 1980, I)は、これらのうちの限界性と全一性との

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折衷的意味特徴として、完了体を「限界によって区切られた全一的動作 (ограниченное пределом целостное действие)」を意味する動詞、一方、不完 了体を「限界によって区切られた全一的動作という特徴をもたない」動詞 と規定した[7: 583]。さらに、近年、ヴェジュビツカ(Wierzbicka А.)によ る、ポーランド語動詞のメタ言語に基づく意味記述の研究1や、それをロシ ア語に応用したグロヴィンスカヤ(Гловинская М.Я.)による、動詞の「開 始性」から見た語彙的意味分析2など多くの試みがなされてきている。しか し、これらの研究は、いずれも動詞の意味や動詞が表す状況という、動詞 を中心とする考察にとどまっている。不完了体動詞も完了体動詞も時間の 流れに対する見方が反映されたものであり、これらの動詞の意味特徴を明 らかにするためには、同じく時間を表すロシア語のその他の表現、とりわけ、 時間の前置詞«в»・«на» との比較考察が有効であろう。本稿では、このよう な新たな視点から、完了体と不完了体が表す時間的特徴を、時の前置詞«в» と«на» が表す時間的特徴と対照することによって、完了体と前置詞 «в» が ともに、行為や時間の限界性および閉鎖性(сомкнутость)という共通のイ メージを表すのに対し、不完了体と前置詞«на» はどちらも、これらのイメー ジを有していないことを明らかにする。さらに、ロシア語の歴史において、 もともと明確な使い分けがなされていなかった前置詞«в» と «на» の時間的 意味が差異化(дифференциация)されていった過程と、やはり明確な体系 をもっていなかったアスペクトが差異化されていった過程が、互いに無関 係ではなく、それぞれ時間と動作の「限界性」と「閉鎖性」という共通の イメージに基づいて相関して起こった可能性について論ずる3 1.前置詞 «в» と «на» が表す空間と時間のイメージ 完了体・不完了体の同形動詞を除くすべての動詞が完了体、不完了体

1 Wierzbicka A. On the semantic of the verbal aspect in Polish // To Honor Roman Jakobson. Essays on the occasion of his seventieth birthday. Paris, Mouton, 1967.

2 Гловинская М.Я. Семантические типы видовых противопоставлений русского глагола. М., 1982.

3 本稿は、2012 年 9 月 19 日から 22 日までペトロザヴォツク国立大学で開催された国際学会「第

3 千年紀のはじまりにおけるロシア学(Русистика в начале 3-го тысячелетия: проблемы, итоги, перспективы)」での口頭発表 «Вид глагола и временные предлоги «в» и «на»» に大幅な加筆訂

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のいずれかであるように、場所を表すすべての名詞もまた、前置詞«в»、 «на» のいずれか一方とのみ結びつく。この意味で、動詞の体と同様に前置 詞«в» と «на» もまた有標・無標の二項対立を成すと考えられる。一般的に、 場所を表す前置詞«в» は、限定された空間というイメージを表す有標であ り、一方前置詞«на» は限定されない平面的な場所というイメージを表す 無標であると考えられる。 ロゼンターリ(Розенталь Д.Э.)、ジャンジャコヴァ(Джанджакова Е.В.)、 カバノヴァ(Кабанова Н.П.)は、場所の意味を表す前置詞 «в» と «на» の 用法を比較し、「場所の意味としての前置詞«в» の用法は、区切られた空 間(ограниченное пространство)というイメージと結びついており、この 意味がない場合は前置詞«на» が用いられる」[6: 288] と述べ、以下のよう во дворе と на дворе の用例を挙げながら、これらの意味の違いを解説し ている。 Машины стояли во дворе (окруженное забором или домами пространство) (車が中庭に駐車していた [во дворе:塀や家々で囲まれた空間に ]) Дети играли на дворе (вне дома; ср. на дворе сегодня холодно(子供たちは戸外で遊んでいた [на дворе:戸外で。比較せよ:外は今日 は寒い])[6: 288] 場所の前置詞«в» と «на» のこのような意味の違い、つまり、前置詞 «в» は区切られた空間というイメージを表す有標であり、前置詞«на» はこの 意味をもたない無標であるという差異は、前置詞«в» と «на» が表す時間 の意味の違いにも表れていると言えるだろう。たとえば、«в детстве»(子 供のころ)という語結合は、少年時代(отрочество)までの限定された、 閉じられた時間(сомкнутое время)というイメージと結びつくのに対し4 «на закате»(日暮れ時に)という表現は、地平線の向こうに太陽が沈むと き(закат)を表し、閉じられた時間というより、線状に延びた時間的長さ (линейная протяженность)としてイメージされるのである。 4 детство の語義として、Ожегов С. И. и Шведова Н. Ю. Толковый словарь русского языка. М., 1992 は、Ранний, до отрочества возраст; период жизни в таком возрасте. を挙げている。

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2.完了体と不完了体が表す時間のイメージ 上述の、前置詞«в» が有する区切られ閉じられた空間や時間という意味 特徴は、完了体動詞によって表される動作の限界性、全一性という意味特 徴と相似形をなすものであると想定できる。また一方、前置詞«на» には 限定性という意味特徴がないというイメージは、不完了体動詞によって 表される動作が限界性、全一性という意味特徴をもっていないというイ メージと重なり合う。これまで、完了体動詞の不変的意味として、完結 性、結果性、点状性、限界性、全一性などが挙げられてきた。ボンダルコ (Бондарко А.В.)は、全一性という特徴と、限界による動作の限定性とい う特徴との類似点を求め、それらふたつを「限界によって区切られた全一 的動作(ограниченное пределом целостное действие)」という統一体に統 合した[1:103]。この定義を上述の 1980 年刊行のアカデミー文法で提示し ていたわけであるが、全一性という概念は、動作の始まり、中間そして終 わりの指示を含むものである。イサーチェンコ(Исаченко А.В.)は、不完 了体と完了体の違いを、これらが表す動作を眺める話し手の視点からの立 ち位置に例え、「話し手は、不完了体の諸形態によってプロセスを表すとき、 あたかもプロセスそのものの流れの中にあるかのようである。話し手は、 プロセスの初めも終わりも見えない、したがって、このプロセスを、閉じ られた一体的な出来事(сомкнутое, цельное событие)として表現すること ができない(...)完了体では、話し手は、あたかもプロセス全体を概観 しながら、プロセスの外にあるかのようである(...)完了体は、全一的 で閉じられた出来事(целостное, сомкнутое событие)としてプロセスを提 示するのに対し、不完了体は、この補足的意味を欠いている」[3: 133-136] として、「閉じられた出来事」という完了体の概念を提示している5 本稿では、この「閉じられた」という概念を手掛かりに、完了体動詞で 5 イサーチェンコによれば、完了体の動作が「閉じられた(сомкнуто)」ものであるという見解 は、チェコの言語学者エミール・チェルニー(Emil Černý; Эмиль Черный)が 1877 年にその 著書«Об отношении видов русского глагола к греческим временам» (СПб. 1877)(ロシア語動詞 の体とギリシア語の時制の関係に関して)で最初に提起したものである。イサーチェンコは、 「チェルニーは、『完了体は、動作を集合的に、閉じられた形で(сомкнуто)、全体として、総 括的に、簡潔な形で提示するものである』という定義をした」[3: 131] としている。

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表される動作を「閉じられた動作」(сомкнутое действие)、不完了体動詞 で表される出来事を「閉じられていない動作」(несомкнутое действие)で あると推論し、これらの関係から始動のみを表す完了体単体動詞を含む文 の位置づけも試みる。さらに、時を表す前置詞«в» と «на» にそれぞれこ れらの意味が対応するか否かを検証する。 以上の考察のために、まず、完了体あるいは不完了体を含む文が表す動 作の意味を以下の7 つに分類し、分析を行う。(1)動作の状態とプロセス、 (2)反復する動作と単一の動作、(3)動作の発展と動作の限界の達成、(4) 動作の一般的事実、(5)瞬間的動作、(6)動作の全一性、(7)始動。なお、 これらの動作の特徴を表す記号として、動作の始まりおよび達成・完結を 点● で、達成・完結されていない(あるいはいったん達成・完結されたが 無効化されてしまった)目標としての終わりを丸○ で、そして継続的動作 を線——— で表すこととする。この線だけで表される動作は、閉じられ ていない、すなわち動作の「非閉鎖性」(несомкнутость)を意味する。 (1) 動作の状態とプロセス а) Он спал.(彼は眠っていた):         ——— 不完了体 б) Он долго работал.(彼は長い時間働いていた): ——— 不完了体 例文а) と б) は、それぞれ動作の状態(眠っていた)とプロセス性(働 いていた)を表し、これらの動作特徴は、線——— で表すことができる。 どちらも動作が閉じられていない「非閉鎖性」という特徴を有している。 (2) 反復する動作と単一の動作 а) Раньше он обычно обедал в столовой. — — — — 不完了体 (以前、彼は普段は食堂で昼食をとっていた) б) Вчера он пообедал в столовой.   ● 完了体 (昨日、彼は食堂で昼食をとった) в) Он посещал музей несколько раз. — — — — 不完了体 (彼は美術館を、何回か訪れたことがある) г) Он посетил музей несколько раз. ●●●● 完了体 (彼が美術館を訪れたのは何回かだった)

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例文а) と в) の不完了体は、ともに反復を意味する、副詞 обычно と時 の状況語несколько раз をともない、反復する非閉鎖性の動作「普段昼食 をとっていた」、「何回か訪れたことがある」を意味している。これらの動 作特徴は、連続する線— — — — で表すことができる。ここでは、どちら の不完了体の例も、動作が閉じられていないことを示している。 一方、例文б) の動詞は完了体で、単一で全一的で完結され閉じられた 動作「昨日、食堂で昼食をとった」を表している。この動作特徴は、点で表される。 それに対し、例文г) では、反復の状況語 несколько раз をともないながら、 完了体посетил で表される 1 回 1 回の動作が全一的で閉じられているとい う、一見矛盾する動作が意味されており、それによって、反復される動作 が独立して目の前に1 回 1 回浮かぶような、наглядно-примерное значение (例示的意味)が提示されている。したがって、この動作特徴は、連続す る点●●●● で表すことができる。 ここで注目すべきは、完了体の例文б)、 г) ともに、動作が 1 回(あるい は毎回)閉じられていることを示しているということである。 (3) 動作の進展性と動作の限界の達成 а) Рабочие строили здание. ———○ 不完了体 (労働者たちは建物を建造していた) б) Рабочие построили здание. ●———● 完了体 (労働者たちは建物を建造した) 例文а) の不完了体は、プロセス性を保ちながら「建造する」という動作 の内的限界(完成)に向かって進展していく動作を意味している。話し手 の関心は動作の開始には向けられておらず、また同時に、動作も完遂して おらず、完遂は目標として意識されているにすぎない。この点で、この動 作は、同じ不完了体で表現されながらも進展性のない状態だけを示す例文 (1)а) の「眠っていた」や、やはり進展性のないプロセス性だけを示す例文 (1) б)「働いていた」とは異なって認識されるであろう。この動作特徴は、プ ロセス性の線——— と、達成されていない目標としての丸 ○ の両方が組 み合わされた記号———○ によって表すことができる。この不完了体の用

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例も、動作が閉じられていないことを示している。 一方、例文б) は、「建造した」という動作の限界の達成を表している。 ここで、話し手は、開始、達成を含めた動作全体を視野に入れていると言 うことができる。つまり、開始と完了というふたつの動作点とその中間を もつ閉じられた動作が意味されており、この動作特徴は、記号●———● で表すことができる。この完了体の例は、動作が閉じられていることを示 している。 (4) 動作の一般的事実 (4)-1 一般的事実で結果を意味する文 а) Зимний дворец строил Растрелли. ———● 不完了体 (冬宮を建造したのはラストレッリであった) (построил「建造した」(完了体)という結果の意味を含む) (4)-2 一般的事実で結果の無効を意味する文 б) К тебе кто-то приходил. −−−−−→ ● 不完了体 (君のところにだれか来ていたよ) ←−−−−−○ (来ていたがもう帰った(пришел и ушел) という結果の無効の 意味) (4)-3 一般的事実で結果を伴わない意味の文 в) Я умолял ее вернуться. ——○ 不完了体 (私は彼女に戻るように説得してみた) (4)-4 一般的事実で非限界的意味をもつ文 г) В детстве Маша боялась мышей. ——— 不完了体 (子供のころマーシャはネズミを怖がったものだった) 上記の4 つの例文の動詞はすべて不完了体で、いずれも一般的事実を意 味しているが、それぞれ一般的事実の意味のうちさらに結果、結果の無効、 結果の不付随、非限界という別々の意味を表している。以下、順に考察し てみよう。 例文а) では、不完了体が一般的事実としての結果を意味している。こ こでは、語順が倒置されていて、文のテーマЗимний дворец строил(宮殿 を建造したのは)に対し、レーマはРастрелли(ラストレッリ)であり、

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話し手の関心は、一般的事実としてすでに建設されているという結果が知 られている建物(冬宮)を「だれが建造したか」という一点に絞られてい る。この文は、結果を表す完了体のпостроил と同じ意味を一般的事実と して表しているが、話し手の意識には、一般的事実としての建造物の完成 (завершенность)は含まれていながら、開始は含まれていないという点で、 開始も終了も含まれる完了体построил の閉じられた動作とは認識のされ 方が異なる。すなわち、この場合の不完了体строил は、「半分閉じられた 動作」(полусомкнутое действие)を表すことになり、これは記号 ———● で示すことができる。では、本来完了体の機能であるはずの結果を、な ぜ不完了体が意味することができるのであろうか。前述のように、イサー チェンコ(Исаченко А.В.)は、不完了体でプロセスを表すとき、話し手 は、プロセスそのものの流れの中にあるかのようであり、完了体では、話 し手はプロセス全体を概観しながら、プロセスの外にいるかのようである と指摘している。この話し手の視点という要素を考慮するなら、不完了体 が一般的事実として結果を意味し得るのは、話し手が、完了体のときのよ うに、プロセスの外にいて、プロセスの終わり、結果にだけ視点を合わせ ているからであろう。それにより、半分閉じられた動作として認識され るのであろう。また、この一般的事実の意味は、同じ不完了体の例文3а) Рабочие строили здание.(労働者たちは建物を建造していた)のような、 話し手の関心が、動作の開始には向けられておらず、なおかつ、動作も達 成されずその完遂が目標として意識されているだけの、閉じられていない 動作———○ とも異なる。以上から、不完了体によって表される動作は、 閉じられていない動作か、あるいは、半分閉じられた動作を表し、完全に 閉じられた動作を表す完了体とは閉鎖性(сомкнутость)において異なり、 また、一般的事実を表す不完了体では、話し手は、プロセスの外にいて動 作の存在そのものを概観していると推論することができる。 例文б) の不完了体は、動作の結果がいったん達成された(だれかが来た) 後、反対方向の動作(帰った)によってその動作が無効化された(今はも ういない)ことを表している。換言すれば、いったん「来た」という結果 が出されることによって半分閉じられた動作が、反対方向への運動によっ て打ち消され、閉じられていない動作に変換されたことになる。 これを記号化すれば、

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いったん達成され半分閉じられた動作は−→● で、反対方向の動作は←−− で、また、無効化された動作は、達成されなかった動作○ で表され、合 わせて: −−−−−→● −−−−−○ という記号に置き換えることができるであろう。この不完了体の用法も、 動作が閉じられていないことを示し、話し手は、プロセスの外にいて動作 の達成とその無効化そのものを上から眺めていると言えるだろう。 例文в) の不完了体は、一般的な事実としての動作(説得してみた)が 結果を伴わなかった可能性を示唆している。この動作特徴は、事実として あった動作と結果が達成されなかった可能性を示唆する動作の組み合わせ として———○ という記号で表すことができる。この不完了体の用例も、 閉じられていない動作を示し、話し手は、プロセスの外にいて動作そのも のを概観している。 例文г) の不完了体は、一般的事実そのもの(怖がったものだった)を強 調し、プロセス性とも反復性とも結びつかない。この動作特徴もまた、閉 じられておらず、——— という記号で表すことができる。話し手は、一般 的事実そのものを外から概観しており、この点でプロセス性を表す不完了 体とは異なる。 プロセスを表す不完了体の場合にはプロセスそのものの中に話し手の視 点があったと言えるのに対し、上述の (4) の 4 つの例文が示しているよう に、不完了体が一般的事実を意味する場合、話し手は、あたかも上からの 視点でその完遂の時点や動作の存在そのものを俯瞰していると言えるだろ う。 (5) 瞬間的動作 Порох вспыхнул.           ● 完了体 (火薬がパッと燃え上がった) この完了体の例文は、動作の始まりと終わりがほとんど同時でその中間 がない、瞬間的で点状的な閉じられた動作を表している。動作特徴は、で表すことができる。

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(6) 動作の全一性 Старик прожил долгую трудную жизнь. ●———● 完了体 (老人は、長く苦しい人生を全うした) この例文は、動作の始まりと終わりというふたつの点とその中間をもつ 全一的で閉じられた完了体の動作を表している。動作特徴は、●———● で表すことができる。 (7) 始動 а) Отец рассердился и закричал высоким голосом.  ●(- - - -) 完了体   (父親は激昂すると高い声で叫び声をあげた) б) Впервые она запела в 8 месяцев.     ● 完了体   (はじめて彼女が歌ったのは8 か月の頃だった) в) Он стал кричать что-то в телефонную трубку. ●(———) 不完了体   (彼は受話器に向かって何か叫び始めた) この3 つの例文は、始動を表すという点では共通しているが、その後動 作が継続されるかどうかという点と意識的か無意識的かという点で異なる。 完了体の例文а) では、рассердился(激昂した)と連動して закричал(叫 び声をあげた)という動作が逐次的に行われている。話し手の関心は、「叫 び声をあげる」という動作の初めにだけ向けられ、その瞬間で、起動相動 詞(verba inchoativa)である закричал の動作は完結し閉じられていて、そ れ以降継続するはずの動作(кричать)にはほとんど関心は払われていない。 また、その動作は無意識に行われている。これは、(- - - -) という記号 で表すことができるだろう。ここで、● はそれ自体で完結した閉じられた 動作を、(- - - -) は話し手の関心がほとんど向けられていない継続する動 作を表している。 一方、例文б) では、同じ完了体の起動相動詞で単体動詞の запела は、 瞬間的な意味は表さず、またそれに継続する動作もなく、その後反復され る「歌う」という行為に対し、はじめての、それ自体で完結した閉じられ た行為(歌った)だけを表している。ここでは。記号で示せば、● となる。 同じ接頭辞за- をもちながら、例文 а) の無意識の動作 закричал に対し、例 б) では意識的動作を示している。

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また、例文в) では、完了体 стал(なった)と不完了体 кричать(叫んでいる) が組み合わされている。стал は一瞬の始動という閉じられた意識的な動 作を表し、不完了体はその後継続する動作を意味している。ここでは、始 動そのものが全一的で完結し(記号で表せば●)、「叫んでいる」という継 続する動作がそれに続いて話し手に認識され、記号なら(———)。すな わち、●(———) という、完結した動作と継続する動作の組み合わせの記 号で表すことができるだろう。これらの記号によって、同じ始動を表しな がら、接頭辞за- では、話し手の関心がそれに継続する動作に向けられて いないために、急に勢いよく動作が行われる様が表され、一方、関心が引 き続き向けられるначать(стать)+ 不完了体ではそのような勢いはないこ とが例示的に表されている。類像性(iconisity)という視点から見れば、1 語で表される、接頭辞за- が付く単体動詞は、一括的認知という類像性を、 一方、2 語で表される начать(стать)+ 不完了体は、始動+継続性という 非一括的認知の類像性を表していると言えるだろう。この非一括的認知を 記号化するなら、(———) となるという点で、例文 4)а の一般的事実と しての結果を表す半分閉じられた動作、———● とも異なることが例示さ れる。 以上から、完了体動詞を含む文は、初めと終わりというふたつの点とそ の中間をもつ動作、あるいは、瞬間的で一体的な動作という、いずれも閉 じられた動作を意味し、一方、不完了体動詞を含む文は、閉じられていな い動作、あるいは、半分閉じられた動作を表すと結論付けることができる。 すなわち、完了体は閉鎖性(сомкнутость)を有するという点で有標であり、 不完了体は非閉鎖性(несомкнутость)や半閉鎖性(полусомкнутость)を 有し、完全な閉鎖性によっては特徴づけられないという点で無標である、 と言えるであろう。 では、次に、完了体と不完了体がそれぞれ表す時間のイメージと、前置 詞«в» と «на» がそれぞれ意味する時間のイメージとの間に類似性、ある いは関係性があるかどうか検討してみよう。

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3.前置詞 «в»・«на» の時間のイメージと完了体・不完了体の時間のイ メージとの関係 現代ロシア語において、時の前置詞«в» と «на» は、時間の単位を表す 名詞の対格や前置格と結びついて、動作時点を表したり、特定の時間の中 における時点としての不特定の時間を表したりする。その際、前置詞«в» は、день(日)を含めそれ以下の時間の長さを表す名詞の対格と結びつく。 たとえば、時間の長い方から短い方に並べると、в тот день(その日に)、в пять часов(5 時に)、в эту минуту(その時(分)に)、в ту секунду(その 間(秒)に)、в этот момент(その瞬間に)、в этот миг(その一瞬(瞬き)) となる。これらの状況語は、時点に関する点状的で閉じられた時間に関す るイメージと結びつけられる。筆者の考えでは、このようなイメージは、完 了体によって表現されるПорох вспыхнул.(火薬がパッと燃え上がった)のよ うな瞬間的で点状的で閉じられた動作というイメージと結びつけられる。 また同時に、前置詞«в» は、месяц(月)を含めそれより大きい時間の 長さを表す名詞とは前置格で結びつく。時間の短い方から長い方に並べる と、в этом месяце(今月に)、в этом году(今年に)、в 21-м веке(21 世紀 に)、в третьем тысячелетии(第 3 千年紀に)となる。これらの状況語は、 時間的長さをもつ全一的な時間のイメージと結びつき、その全一的時間の 内部で時点としての不特定の時間があらわされるのである。筆者の意見で は、このようなイメージは、完了体によって表現されるСтарик прожил долгую трудную жизнь. (老人は、長く苦しい人生を全うした)のような、 はじまりと終わりというふたつの点とその中間をもち、時間的長さが意識 される全一的で閉じられた動作というイメージと重なり合う。 そして、день と месяц の間の時間単位である неделя(週)は、ロムテ フ(Ломтев Т. П.)の表現によれば、「一定時間の内部の動作時点としての 不特定時間」[4: 334] を意味する前置詞 «на» と前置格で結びつき、на этой неделе(今週)というように用いられる。この句は、曜日が線状に横に並 んで1 週間をなすという類像性から、線状で閉じられていない時間という イメージと結びつけられ、不完了体で表現されるОн спал(彼は眠っていた) のような、話し手の関心が、線状に続く動作の状態に向けられている、閉 じられていない動作と呼応していると考えることができる。

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現代ロシア語におけるこれらの前置詞と格との関係を図式化すれば、 (1) 前置詞 «в» +対格(в этот миг, в этот момент, в ту секунду, в эту минуту, в пять часов, в тот день)= 点状的で閉じられた時間: ●(完了体の動作と同じイメージ記号) (2) 前置詞 «в» +前置格(в этом месяце, в этом году, в 21-м веке, в третьем тысячелетии)= はじめと終わりのふたつの点とその中間や時間の長 さを意識させる全一的な閉じられた時間: ●———●(完了体の動作と同じイメージ記号) (3) 前置詞 «на» +前置格(на этой неделе)= 線状で閉じられていない時間: ———(不完了体の動作と同じイメージ記号) となるであろう。 これらの前置詞句を時間の短い方から順に並べると、次のような図式に なる。 ● 

 

 

 

    ————— в этот миг в ту секунду в эту минуту в пять часов в тот день на этой неделе (момент) ●——● ●————● ●——————● ●————————● в этом месяце в этом году в 21-м веке в третьем тысячелетии 以上から、現代ロシア語おいて、完了体と時の前置詞«в» は、ともに限 界性と閉鎖性という共通のイメージをもち、その意味で有標であり、また、 不完了体と時の前置詞«на» は、どちらもこのようなイメージを欠き、そ の点で無標であると結論付けることができる。 4.前置詞 «в»・«на» の時間的意味の進化と、不完了体・完了体の意味 の対立の発達との相関性 上述のように、現代ロシア語の場合、完了体と時の前置詞«в» は、とも に限界性と閉鎖性という共通のイメージをもち、不完了体と時の前置詞 «на» は、どちらもこのようなイメージを欠いていることが明らかになった が、これらの対立は歴史的に次第に獲得されてきたものである。古代ロシ ア語においては前置詞«в» と前置詞 «на» は、互いに場所や時間の意味に

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おいてまだ完全には差異化されておらず、混用されていたために、現代ロ シア語における限界性・閉鎖性という明確な差異化マークはまだ見られな かった。 この、古代ロシア語における前置詞の不完全な差異化について、ロム テフ(Ломтев Т. П.)は、次のように例証している。「動作が実現される場 所あるいは対象の所在の場所を意味するために、前置詞«на» +所格、前 置詞«в» +所格というふたつの構文が用いられていた。現代におけるよう な、これらの構造の厳密な差異化はまだなかった(...)こうして、«на русской земле»(ロシアの大地に)と «в русской земле»(ロシアの大地に)、 «на семь свѣтѣ»(この世に)と «в семь свѣтѣ»(この世に)などの用法のヴァ リエーションが見られたのである。同様に、古代ロシア語では、特定の時 間内の時点を示す不特定の時間を意味するために4 つの前置詞構文、すな わち、«на» +対格、«на» +所格、«в» +所格、«в» +対格が用いられていた。 たとえば、«на весну»(春に)、«на придущемъ вѣцѣ»(来世で)、«в дне» (その日に)、«въ осень»(秋に)などである」[4: 333-339]。さらにロムテ フは、その後に起こる前置詞の差異化について、「ロシア語のその後の歴 史において、当該の意味での«на» +対格は次第に用いられなくなっていっ たが、«на» +所格は、太陽の位置に関連する一日の部分の名称、たとえば、 «на заре»(夜明けに)、«на закате»(日没時に)のような表現とともに使 用され続けた。一方、«в» +所格は、月の名称や順序数詞の定語がついた 名詞ではそのまま用いられた。«в» +対格は、週の曜日の名称にだけ使わ れるようになった(...)このことは、ロシア語の歴史の中で、これらの 時の前置詞構文において、意味の差異化が起こったことを物語っている」[4: 333-339] と述べている。ロムテフは、時を表す前置詞句の意味の差異化が 何に基づいて起きたのか、その要因については明らかにしていない。恐ら く、上述の考察のとおり、«на заре»(夜明けに)、«на закате»(日没時に) のような«на» +前置格は、線状で閉じられていない時間(———)とし て認知され、これと同じイメージを、閉じられていない動作として不完了 体が表したのであろう。また、«в марте»(3 月に)のような時間的長さが 強く認識される名詞における時点の場合は、はじめと終わりの両方とその 中間を意識させる全一的な閉じられた時間(●———●)として «в» +前置 格がそのまま残り、これと同じイメージを、全一的な閉じられた動作とし

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て完了体が表したのであろう。さらに、月より時間的長さが短い、曜日や それ以下の時間を表す名詞が表す点状的で閉じられた時間(●)というイ メージと同じイメージの動作も完了体が表したのであろう。 一方、古代ロシア語において、接頭辞をもたない段階での動詞のアスペ クト的意味も、差異化は未発達であった。ヤノヴィッチ(Янович Е.И.)は、 これら無接頭辞動詞のアスペクト的意味についてこう言及している。「単 純な無接頭辞動詞は、11 ~ 12 世紀の文献の言語に特徴的であった、アス ペクト的意味における不完全な差異化という状況のせいで、現在・未来時 制は未分化の形態をとったままであり、この形態の意味はコンテキストに 依存していた。一方、過去の動作に関しては、これらの単純な無接頭辞動 詞は、アオリストも、インパーフェクトも形成することを可能にしていた のであった」[8: 121]。このことは、初期の無接頭辞動詞はわずかに過去時 制において差異化の傾向が見られただけで、現在・未来時制においては未 分化であったことを示している。 古代ロシア語における前置詞と接頭辞の用法の歴史的変化とアスペク ト的対立の発達の関係に関して、イヴァノフ(Иванов В.В.)は重要な指 摘をしている。少し長くなるが以下に引用する。「周知のとおり、前置詞 は、大概の場合、空間関係を表してきたし、また表している。その後、そ れらの空間関係から、様々な意味、とりわけ時間に関する意味が発達して いった。それに続き、接頭辞の様々な時間的な意味をベースとして、もっ とも抽象的な意味、すなわち、時間における一般的な限定という意味が形 成されていく(...)ロシア語の歴史をとおして、接頭辞は、このような 純粋に語彙的な意味(筆者注:空間的意味)を保持しなくなり、次第に完 了体と不完了体のアスペクトの違いを形作る文法的な役割を果たすように なる。この接頭辞のアスペクト的役割が確立されてくると、それによって、 時間的に限定された動作を表す完了体動詞と、時間的な限定との関係をも たない動作を表す不完了体動詞という対立が次第に発達することになる。 (...)古代の、継続時間の長さという意味は、新たな、不完了体の意味と 合流し、一方、古代の、瞬間の意味は、新たな、完了体の意味と合体する ようになった。この新たなアスペクト体系の発達は、古い時制の体系を破 壊することになり、この破壊は、さらに明確なアスペクトの対立を招くこ ととなった」[2:346-348]。

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イヴァノフの指摘するように、もともと空間を表す前置詞が時間的意 味を発達させ、そこから時間的意味をもつ接頭辞が発達し、時間的な限定 の意味が形成されることにより完了体と不完了体との対立が形作られてき た。イヴァノフが言及しているのは接頭辞と体の形成との関係であるが、 このような体の形成プロセスの中で、接頭辞のもとである前置詞そのもの の«в»・«на» の時間的意味が、限界性・閉鎖性という点で差異化してきた ことと、不完了体・完了体の限界性・閉鎖性という意味の対立が発達して きたことの間にも相関性があると推論することが可能であろう。すなわ ち、ロシア語の歴史において、時の前置詞«в» と «на» との意味的差異化は、 限定的で閉じられているという意味を有するか否かによって、動詞のアス ペクト的差異化と相関して起きたと想定することができるのである。 結語 以上考察してきたように、完了体と不完了体が表す時間的特徴を、時 間を表す前置詞の«в» と «на» が表す時間的特徴と対照することによって、 以下のことが明らかにされた。 ①  完了体によって表されるのは、限界性をもつ閉じられた動作であり、 不完了体によって表されるのは、閉じられていない動作、あるいは、 半分閉じられた動作、つまり完全な閉鎖性をもたない動作である。 閉鎖性をもつという点で完了体は有標項であり、非閉鎖性という点 で不完了体は無標項である。 ②  前置詞«в» は、時間の限界性および閉鎖性という完了体と共通のイ メージを表し、一方、前置詞«на» は、非閉鎖性という不完了体と 共通のイメージを有している。この点で、完了体と同様に前置詞 «в» も有標項であり、不完了体と同様に前置詞 «на» も無標項である。 ③  ロシア語の歴史の中で、時間を表す前置詞«в» と «на» の意味的差 異化と、動詞のアスペクト体系の差異化が次第に進行していったが、 これらの差異化は、「限界性」と「閉鎖性」という共通のイメージ によって、相関して起こったと想定することができる。 ④  プロセスを表す不完了体の場合、話し手の視点はプロセスの中にあ るが、一般的事実を表す不完了体では、話し手は、あたかも上から

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の視点でその完遂の時点や動作の存在そのものを俯瞰していると考 えられる。不完了体が一般的事実として結果を意味することができ るのも、話し手が、プロセスの外にいて、プロセスの終わりにだけ 視点を合わせているからであり、それにより、半分閉じられた動作 として認識されるのであろう。 ⑤  接頭辞за- が付く起動相動詞の単体動詞は、他の完了体動詞と同様 に閉じられた動作を示す。また、類像性という視点から見れば、1 語で表される、接頭辞за- が付く単体動詞は、一括的認知という類 像性を、一方、2 語で表される начать(стать)+ 不完了体は、始動 +継続性という非一括的認知の類像性を表している。 マースロフ(Маслов Ю.С.)は「体は、主観的・客観的カテゴリー、特 に解釈的カテゴリーに属するものであり、そこでは、言語の諸形態にお いて客観的言語外事実が見極められるような観点が設定されるのである」 [5: 5-6] と述べている。この言に倣うなら、時の前置詞 «в» と «на» も、こ のような解釈的カテゴリーに属するものであり、そこでは、客観的言語外 事実が見極められるような、限定性・閉鎖性という認知的観点からアスペ クトと同様の意味的差異化が歴史的になされてきたと言えるのではないだ ろうか。 СПИСОК ЛИТЕРАТУРЫ 1. Бондарко А. В. Проблемы грамматической семантики и русской аспектологии. СПб., 1996. 2. Иванов В.В. Историческая грамматика русского языка. М., 1983. 3. Исаченко А.В. Грамматический строй русского языка в сопоставлении с словацким. Братислава., 1960.Ч. II. 4. Ломтев Т.П. Очерки по историческому синтаксису русского языка. М., 1956. 5. Маслов Ю.С. Очерки по аспектологии. Л., 1984. 6. Розенталь Д.Э. Джанджакова Е.В., Кабанова Н.П. Справочник по правописанию, произношению, литературному редактированию. М., 1994.

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7. Русская грамматика Т. 1: Фонетика, фонология, ударение, интонация, словообразование, морфология. М., Академия наук СССР., 1980.

参照

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