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地方自治体による平和教育研修
外池 智 1.はじめに 現在、全国で展開されている教育行政が主催する教員研修において、「平和教育」あるい は「平和学習」の名称を掲げた研修を実施しているのは、広島市、長崎市、那覇市の3市が 代表的である。他の多くは、取り扱いがあるとしても、人権教育や道徳教育、あるいは国 際理解教育などと関連して「平和」に関わる題材が取り扱われているのが一般的である。 その意味で、この3市での取り組みは特別であり、注目される取り組みであるといえる。以 下、それぞれの取り組みの概要について取り上げる。 2.広島市の取り組みの概要 現在、広島県教育委員会あるいは広島県立教育センター主催の教員研修において、「平和 教育」を特別に取り上げた研修は実施されていない1。また広島県内の各市町村において、 広島市、福山市、呉市、東広島市等の主だった市町村単位の教員研修において、「平和教育 」に特化した形で講座を設けているのは広島市のみである。 広島市の2016(平成28)年度の教員研修では、「対象者全員が受講する研修」として「初 任者研修」「10年経験者研修」等40件、「推薦により受講する研修」として「主幹教諭研修」 「教務主任研修」等9件、「申込みにより受講する研修」として「人権教育研修」「子ども理 解研修Ⅰ」等45件の合計94件の研修を開設している2。 この内「平和教育研修」は「対象者全員が受講する研修」として開設されている。対象 は小・中・高・特支のそれぞれの教員である3。日程は2日間で、第1日目は6月、第2日目は 7月で、会場は広島市教育センターにおいて、ともに半日の日程で実施されている。両日の 日程は以下の資料1の通りである。 6月2日 時間 形態 内容 講師・指導者 14:30-14:35(5) 14:35-15:00(25) 講義 広島市の平和教育がめざ すも の 指導第一課職員 15:00-16:00(60) 演習 平和教育プロ グ ラ ム の実際( 模擬授業) 教育セン タ ー職員 16:00-16:40(40) 協議 平和教育プロ グ ラ ム 実践のポイ ン ト 教育セン タ ー職員 16:40-16:45(5) 7月6日 時間 形態 内容 講師・指導者 14:30-14:35(5) 14:35-16:00(85) 実践発表 児童生徒が主体的に取り 組む平和教育の実際 白島小学校 教諭 有森 歩 16:00-16:30(30) 交流協議 今後の平和教育の取組に向けて 教育セン タ ー職員 16:30-16:45(15) 資料1 2016(平成28)年度 広島市「平和教育研修」の日程 開講 研修のま と めと 振り 返り オリ エン テーショ ン 閉講 広島市教育センターH P 、「研修一覧 ※平成28年度 研修実施要項」「平和教育研修(平和教育プログラム実践の充実と 活用)」より作成。2 また「主題」「ねらい」は、小・中・高・特支とも共通で、以下の通りである4。 主題 平和教育プログラム実践の充実と活用 ねらい 「ヒロシマの被爆体験を原点として、生命の尊重と一人一人の人間の尊厳を 理解させ、国際平和文化都市の一員として、世界恒久平和の実現に貢献する 意欲や態度を育成する」という広島市の平和教育のねらいを理解し、その実 践のために必要な力量を高める。 「主題」にある「平和教育プログラム」に注目したい。広島市では、2011(平成23)年 より2013(平成25)年の3年間にわたり「広島市立学校『平和教育プログラム』」の作成・ 実行のプロジェクトに取り組んできた5。このプロジェクトでは、カリキュラム開発、教材 開発、そしてモデル的授業実践の提起といった成果を上げており、2014(平成26)年度か ら広島市内の全部の小・中・高・特支でのさらなる展開が推奨されている。現在、実施さ れている「平和教育」の教員研修も、基本的にはこのプロジェクトの継続的展開として実 施されている。なお、「平和教育プログラム」の教材開発協力校は以下の通りである。開発 時や直後の研修では、これらの学校が研究指定校となり、実践のモデルとなっていた。 資料2 広島市「平和教育プログラム」教材開発協力校 小学校 基町小学校、千田小学校、狩小川小学校、船越小学校 中学校 国泰寺中学校、古田中学校、安佐中学校、大塚中学校 高等学校 舟入高等学校、沼田高等学校 広島市教育委員会学校教育部指導第二課編「広島市立学校『平和教育プログラム』指導資 料」(広島市教育委員会学校教育部指導第二課、2014年3月)、125頁より作成。 こうした「平和教育プログラム」について、その特色としては以下の4点が指摘できる6。 ①小・中・高・12年間の平和教育を想定し、発達段階に応じた体系的カリキュラムを構 築したこと。 ②ある特化した時間を創設するより既定の教科を活かしたカリキュラムを構築したこと。 ③小・中・高に応じた「平和教育ノート」といった共通教材を作成し活用していること。 ④これまでの平和教育の目標など基本的路線は踏襲しつつ、復興過程やこれからの平和 など未来志向、「持続可能な社会」といった新しい視点も取り入れたこと。 3.長崎市の取り組みの概要 現在、長崎県教育委員会あるいは長崎県教育センター主催の教員研修において、平和教 育を特別に取り上げた研修は実施されていない7。また、長崎県内の各市町村において、長 崎市、佐世保市、諫早市、大村市等の主だった市町村単位の教員研修において、「平和教育
3 」に特化した形での講座を設けているのは長崎市のみである。 長崎市の2012(平成24)年度の教員研修では、「基本研修」として10件、「専門研修」と して18件、「課題研修」として21件、「独自研修」として19件の合計68件の教員研修を開設 している8。 この内、平和教育に関わる研修は「課題研修」の「平和教育研修会」と「平和教育講演 会」である。この他にも、「初任者研修」の中にも平和教育に関わる研修の時間が設けられ ている9。 さて、「平和教育研修会」は、2013(平成25)年度から「平和教育担当者研修会」に改訂 され、2016(平成28)年度は各学校の「平和教育担当者」を対象に国立長崎原爆死没者追 悼平和祈念館で実施されている。その日程は、以下の通りである10。 資料3 2016(平成28)年度 長崎市「平和教育担当者研修会」日程 時 間(分) 内 容 14:30~14:35(5) 開会行事 14:35~15:25(20) 被爆継承課事業説明及び、語り継ぐ家族の被爆体験(家族 証言者)の聴講 15:25~15:30(5) 長崎大学よりVRコンテンツの紹介 〈休 息〉(20) 15:50~16:10(20) 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館事業説明 16:10~16:30(20) 近隣小中学校ごとでの情報交換会 16:30~16:45(15) 長崎市教育委員会 平和教育事業説明 長崎市教育委員会学校教育課生徒指導係(平和教育担当提供資料「平成28年度:平和教育 担当者研修」より作成。 もはや、実際の被爆体験者ではなく、「家族証言者」の講話聴講になっている点は注目し たい。これは、長崎市被爆継承課平和学習係により2014(平成26)年度から長崎市「『語り 継ぐ家族の被爆体験(家族証言)』推進事業」として取り組まれている事業である。 また、2016年(平成28)度の「平和教育講演会」は、長崎原爆資料館ホールで実施され ている。日程は半日で、まず中村桂子氏(長崎大学核兵器廃絶研究センター准教授)によ る講演「大学生が考える平和教育~Peace Caravanの活動を中心に~」(120分)、次に長崎 市立山里小学校実践発表となっている。これもまた大学生による平和教育の講演会になっ ている点は注目すべき点である。やはり、直接的な被爆体験を持つ方ではなく、「次世代の 平和教育11」が取り上げられているのである。また、実践発表の山里小学校は、2015-201 6(平成27-28)年度の長崎市教育委員会による平和教育研究校の指定校である。「被爆体験 を継承し、平和を願う児童の育成をめざして~直接的平和教育における平和学習を通して ~」を研究主題として取り組んだものである。
4 4.那覇市の取り組みの概要 現在、沖縄県教育委員会あるいは沖縄県立総合教育センター主催の教員研修において、 平和教育を特別に取り上げた研修は実施されていない12。しかし、初任者研修や10年目研 修の一環として「平和教育」が実施されている13。また、沖縄県内の各市町村において、 那覇市、沖縄市、うるま市、浦添市等の主だった市町村単位の教員研修において、「平和教 育」に特化した形での講座を設けているのは那覇市のみである。 さて、那覇市の教員研修では、2013(平成25)年度から市内の小学校(36 校)、中学校(1 8 校)の平和学習担当教員54人(さらに希望者を含む)を対象に、「小中学校平和学習担当 者研修会」を開催してきた。そして2016(平成28)年度からは、より充実したものにする ため、「那覇市内全小中学校平和教育担当者研究会」として2回に分けて実施している。主 催は、那覇市教育委員会と財団法人対馬丸記念会の共催となっている。会場は神和志庁舎 で実施された。日程は以下の資料5の通りである14。 資料5 2016(平成28)年度 「第1回 那覇市内全小中学校平和教育担当者研究会」日程 時 間(分) 内 容 15:00~15:05(5) はじめのあいさつ 学校教育課長 ○○ 15:05~15:10(5) 対馬丸記念会あいさつ 対馬丸記念会会長 高良政勝 15:10~15:40(30) 対馬丸記念館活用紹介 対馬丸記念館 慶田盛さつき 平和アンケートの活用について 宇根一磨 15:40~15:45(5) 質疑・応答 15:45~15:50(5) 説明・移動 15:50~16:30(40) 各グループでの情報交換 (1)各学校での取り組み・課題紹介 (2)他校への質疑・応答 (3)協議 協議題「語り部だけに頼らない平和教育の指導の工夫」 16:30~16:40(10) 代表グループの発表 各グループの記録係 16:40~16:45(5) 終わりのあいさつ 学校教育課副参事 ○○ アンケート記入 (注)那覇市教育委員会学校教育課長武富剛氏提供資料(2016年10月18日)「平成28年度 平和教育担当者研修会 開催要項」より作成。 第1回目の研修会では、「対馬丸事件」と「各グループでの情報交換」が中心的内容とし て構成されているのが分かる。特に注目したいのは、「各グループでの情報交換」の協議題 である。「語り部だけに頼らない平和教育の指導の工夫」が取り上げられており、「次世代 の平和教育」への取り組みが協議されているのが分かる。 また、第2回目の研修会は対馬丸記念館及び旭ヶ丘公園で実施された。日程は午後半日で 、平田守氏(沖縄県平和祈念資料館)による「学童疎開に関する講話」(70分)、町田妙子 氏による「学童疎開体験者による講話」(60分)、そして館内、館外慰霊碑見学(55分)が 中心的内容である15。やはり、その内容は「対馬丸事件」が中心的題材として取り上げら
5 れていることが分かる。第2回目では、体験者による「語り」とともに、館内見学が主な内 容である。 5.結語 以上、地方自治体による平和教育研修について、広島市、長崎市、那覇市の取り組みを 取り上げてきた。この中でも、やはり広島市の取り組みは突出している。広島市の「平和 教育プログラム」の事例にみられるように、もはや直接的な戦場・戦争体験者を拠り所と しない、いわば「次世代の平和教育」と呼ぶべき実践が、日々刻々と試みられてきている ことがわかる。しかし、どうしても内容が被害的側面に偏りがちであり、加害や加担とい った側面をどのように取り上げていくのかは今後の課題である。 注 1 広島県教育委員会及び広島県立教育センターの教員研修担当の方に、直接確認している。 2 広島市教育センターHP、「研修一覧 ※平成 28 年度 研修実施要項」参照。 3 資料 2、「平成 28 年度広島市教育センター 研修実施要項」「平和教育研修(平和教育プ ログラム実践の充実と活用)」参照。 4 資料 2、「平和教育研修実施要項<小学校>」「平和教育研修実施要項<中学校,中等前, 特別支援学校>」「平和教育研修実施要項<高等学校>」より抜粋。 5 広島市教育委員会 HP、広島市教育委員会指導第二課「広島市立学校『平和教育プログラ ム』の骨子」参照。 6 外池智(2015)「教員研修における平和教育―広島市、長崎市、那覇市の取り組みを事例 として―」秋田大学教育文化学部編集委員会編『秋田大学教育文化学部研究紀要 教育 科学』第70 集、1-18 頁参照。 7 長崎県教育委員会及び長崎県教育センターの教員研修担当の方に直接確認している。 8 長崎市教育委員会 HP、「教職員研修」参照。ただし、「更新日:2013 年 3 月 1 日」とさ れている。基本的に、今年度もこれを踏襲している事は、長崎市教育委員会に確認してい る。 9 2016 年度は、6 月 27 日(月)14:15~16:45 で、原爆資料館を会場に、小学校教諭 20 名、中学校教諭 12 名、養護教諭 6 名の計 38 名を対象に実施された。内容は、講義「長 崎市の平和教育」、「被爆体験講話」(講師平和推進協会永野悦子氏)、「平和教育情報交換 会」であった。 10 長崎市教育委員会学校教育課生徒指導係(平和教育担当)提供資料「平成26年度:平 和教育担当者研修」による。 11 「次世代の平和教育」については、前掲註 6 にまとめている。その特色として、以下 3 点を指摘した。 (1)継承的アーカイブの活用 (2)戦後の平和希求活動への着眼 (3)目的的平和教育から方法的平和教育へ 12 沖縄県教育委員会及び沖縄県立教育センターの教員研修担当の方に直接確認している。 13 同上。県内の戦争遺跡見学等である。 14 那覇市教育委員会学校教育課長武富剛氏提供資料(2016 年 10 月 18 日)「平成28 年度 平 和教育担当者研修会 開催要項」による。 15 同上。