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日産婦誌61巻11号研修コーナー

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Academic year: 2021

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研修コーナーについてご意見募集

現在本会機関誌に掲載中の研修コーナーは第61巻12号掲載分までを再度見直しの うえ,学会のコンセンサスを得たものとして「産婦人科研修の必修知識2011」とし て,発刊の予定です. 会員の皆様には研修コーナーをお読みいただいて,お気づきの点がございましたら, 忌憚のないご意見を学会事務局・研修コーナー編集宛お寄せ下さい. 「産婦人科研修の必修知識2011」をより一層,研修医ならびに会員の皆様のお役 にたてる書籍と致したく,会員皆様のご協力をお願い申し上げます. 日本産科婦人科学会教育委員会 研修コーナーのブラッシュアップと産婦人科研修の必修知識編纂委員会 送付先:〒113―0033 東京都文京区本郷2―3―9 ツインビュー御茶の水 3 階 (社)日本産科婦人科学会・研修コーナー編集係

FAX 03―5842―5470 E-mail: [email protected]

日本産科婦人科学会

研修コーナー

61巻

11

2009

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A.総論 1.医の倫理 ………(532) 東邦大学名誉教授 久保 春海 2.安全管理 ………(536) 横浜市立大学准教授 榊原 秀也 3.EBM・ガイドライン ………(542) 筑波大学教授 吉川 裕之 6.救急患者のプライマリー・ケア ………(546) 埼玉医科大学総合医療センター 総合周産期母子医療センター教授 関 博之 B.問診と診察 2.産婦人科の診察方法 ………(551) 東邦大学教授 森田 峰人 3.新生児の診察方法 1)新生児の Apgar score 評価 ………(555) 2)新生児の Silverman score 評価 ………(555) 3)新生児の診察法と注意すべき異常所見 ………(556) 福岡大学教授・副学長 瓦林達比古 E.婦人科疾患の診断・治療・管理 8.腫瘍と類腫瘍 4)卵巣・卵管の腫瘍・類腫瘍 (1)卵管癌 ………(560) (2)卵巣の腫瘍・類腫瘍 ………(561) 京都大学教授 小西 郁生 9. 2)排尿障害 ………(566) 大阪市立大学教授 石河 修 7)Turner 症候群 ………(573) 弘前大学教授 水沼 英樹 10. 2)腹式単純子宮全摘術 ………(576) 島根大学教授 宮﨑 康二 8)卵管鏡 ………(580) 慶應義塾大学准教授 末岡 浩 9)術前・術後管理(術後合併症とその予防策) ………(585) 東京医科大学教授 井坂 恵一 10)深部静脈血栓症・肺塞栓症 ………(591) 県西部浜松医療センター院長 小林 隆夫 14.母性衛生と法規 1)医療法規 ………(599) 小田原市立病院副院長 白須 和裕 2)母体保護法 ………(602) 順天堂大学医学部附属順天堂 東京江東高齢者医療センター科長 宮崎亮一郎 3)保険診療 ………(608) 小田原市立病院副院長 白須 和裕 訂正 ………(613)

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12月号(予告) D.産科疾患の診断・治療・管理 8.合併症妊娠の管理と治療 8)感染症合併妊娠,9)呼吸器疾患合併妊娠,10)消化器 疾患合併妊娠,11)精神・神経疾患合併妊娠 ………渡辺 博 17.産褥異常の管理と治療 1)子宮復古不全,2)乳汁うっ滞,3)乳汁分泌不全・乳 汁分泌促進法………牧野田 知 E.婦人科疾患の診断・治療・管理 8.腫瘍と類腫瘍 4)卵巣・卵管の腫瘍・類腫瘍 ………落合 和徳 9.11)月経前症候群………長塚 正晃 10.5)卵巣癌の手術 ………杉山 徹 11.乳がん検診………鎌田 正晴

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A.総論

General Remarks

1.医の倫理

Medical Ethics

1.医療倫理とは

いま,医療に求められているものは,先進医療などの発達に伴う検査や治療技術の高度 化よりも,医療の質や安全性についてであることは論を俟たない.そして医療の高度化に 伴う生命倫理や,医師の職業倫理の確立と実践を,社会が強く求めていることをわれわれ は自覚しなければならない.最近,胚性幹細胞(ES 細胞)や人工多能性幹細胞(iPS 細胞) による再生医学や移植医療などの研究が盛んに行われているが,今後これらの応用による 臨床実験には倫理的,宗教的問題を避けて通れない.科学評論家立花隆氏も「近代医学は 実験的性格を有しており,実験は医療にとって義務であると同時に権利でもある.生命の 可視的スペクトラムにおける,パラダイムシフトが起こりつつあるなかで,先端技術によ る高度医療はこれまでに考えられなかったようなことを可能にするかもしれない.しかし, 今のままでは技術のみが一人歩きしてしまう恐れがあり,最先端医療によって何が可能な のか,何がどこまで許されるのか,そして,それをしたら何が起こるのかを考え,十分に 議論する必要がある」と述べている.近年,産婦人科領域でも画像診断,遠隔手術(Robotic surgery),生殖補助医療(ART)などさまざまな面で技術の進歩が認められている.これ らの技術は人と人との触れ合いの医療よりも,むしろ機械を通した微視的な判断と操作技 術に重点が置かれている.周囲を機械に囲まれてチューブやコード類に繋がれた患者さん と医師との接点はモニターに映るデータと電子音でしかない.しかし,医療は人と人の触 れ合いを通じて,人間の肉体的,精神的な病を癒し,その結果,患者さんや家族の QOL の向上に努めるのが本筋であろう.

2.医の倫理に関するコンセンサスの流れ

1947年9月10日パリにおいて,27カ国の医師が集まり,第1回世界医師会総会(World Medical Association;WMA)が開かれた.第2次世界大戦の終戦後2年目のことであっ たが,医師の職業的独立性と倫理性を確立し,高い理念をもって医療に従事することを目 的とした話し合いが行われた.そのために各国の医師会が連合体を作り,世界の人々の疾 病予防と健康維持に協力し,同時に共通する問題点に対応することに努めるとしている. また WMA は医学, 医療に関するあらゆる問題について討議し提言された宣言や動議を, 世界中の医師会や,政府ならびに国際機関へ発信している.1948年にジュネーブにおけ る第2回 WMA 総会で採択されたジュネーブ宣言は,現在に通用する医師の職業理念とも いうべきもので,世界中の医師に良く知られている.この宣言では自分の患者の健康を第 1の関心事とすることを医師に義務付け,また医の倫理の国際綱領では,「医師は患者の身 体的および精神的な状態を弱める影響を持つ可能性のある医療に際しては,患者の利益の ためにのみ行動すべきである」と宣言している.1964年ヘルシンキで行われた第18回 WMA で,ヒトを対象とする医学生物学的研究に関わる医師,その他の関係者に対する指 針を示す倫理的原則として「人間を対象とする生物学的研究(臨床実験)に関する倫理綱領」

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を採択して世に示した.これはヘルシンキ宣言と呼ばれ,今日でも一部修正されて医学研 究の倫理の基本として,世界に広く受け入れられている.さらに1972年にアメリカ病院 協会では「患者の権利章典に関する宣言」を世に示した.この権利章典には「患者は思い やりのある,かつ丁重なケアを受ける権利がある」,「患者は担当医師から,自らが理解す ることを合理的に期待し得る言葉で,その診断,治療および予後に関する完全な現在の情 報を取得する権利を有する」など,患者を主体として,患者の守られるべき権利が事細か く述べられている.これは前述したヘルシンキ宣言の医学研究の被験者の人権擁護の考え 方を患者の権利に拡大したものであるといえよう.わが国でもこの宣言に遅れること20 年も経てから,ごく最近日本病院協会が同様な患者の権利に関する病院章典を出している. 米国では,1972年の病院協会の憲章についで,生命倫理に関する大統領諮問委員会は, 1983年にその報告書を世に示した.この報告書では患者の人権擁護の立場から,医療に おける患者の自己決定権の尊重(self determination principle),そしてインフォームド・ コンセント(十分な説明と同意;IC)が医の倫理の基本であるとする考え方を強調してい る.このような人権擁護の立場に立った医療倫理が西欧諸国に拡がり,さらに日本にも波 及したのである.

3.ヒトを対象とした医学研究の倫理的原則

医師の使命は人々の健康を守ることであり,医師はこの使命達成のために自分の知識と 良心を捧げるべきである.さらにヒトに対する生物医学的研究手段,すなわち臨床研究の 目的は,病気の診断,治療法の改善,病因についての理解とそれに基づく予防法の追究で なければならない.したがってその本質的目的が純粋に学術的で,しかも研究の対象とさ れている被験者にとっては直接診断的または治療的価値のない基礎医学研究との間には根 本的な区別が必要である.無論,医学の進歩は基礎研究に基づくものであるが,最終的に は,ヒトを対象とする臨床実験に一部依存しなければならない.しかし,ヒトにおける生 物医学的研究の遂行は,一般的に受け入れられている科学的原則に則り,適切に行われた 実験および動物実験によるデータ,ならびに科学的文献による完全な知識に基づくもので なければならない.すなわち,オスラーがいうように,人体は試験管ではなく,あくまで も生体(in vivo)であることを念頭においた臨床研究でなければならないのである.また, 医師はヒトにおける生物医学的研究を,患者の承諾の下に医療の一部として行うことがで きるが,その目的はあくまでも患者に利する新しい医学知識を得ることである.そして, このような研究は患者に対して潜在的な診断または治療的価値があるという場合において のみ正当化され得る.ヒトにおける生物医学的研究の計画およびその実施は実験計画書に 明記され,必ず倫理的配慮に関する言明を含み,またヘルシンキ宣言が言明する諸原則に 則っていることを明示しなければならない.この実験計画書は,当該研究者および研究支 援者からは完全に独立した立場の,特別に任命された倫理委員会に提出され,研究遂行の 可否,研究内容などについて検討されなければならない.また,この独立委員会の構成要 員は医学のみならず,さまざまな分野の委員によって構成され,指針は国の法律,規制に 従っていなければならない.その法律や規制の範囲内において,その臨床研究における新 しい診断法や治療法が患者の生命の救済,健康の回復,または苦痛の軽減になると倫理委 員会が判断した場合には,それを医師の裁量において自由に用いることが出来るようにし なければならない.

4.医師の裁量権と患者の権利

1987年10月,第39回 WMA のマドリッド宣言において医師の裁量権(プロフェッショ ナル・オートノミー)の理念が盛り込まれた.これは今まさに医療に求められる「医の心」

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として最も大切な理念である.この時代,遺伝子医療,生殖医療などの新技術が開発され, 医学の限りない発展が予想され始めたころである.プロフェッションとは専門性をもった 職業を指す.職業人らはひとつの組織を形成し,規約を作り,それを遵守して自らメンバー を教育して高め合い,自主的に運営していくという意味で自律的(autonomic)である. この自律性こそがプロフェッションの本質である.プロフェッショナル・オートノミーは こうした積極的自由を基盤にして,その職業に固有の倫理規範を自主的に作り出し,それ を守るという意味で自律的である.したがってプロフェッショナル・オートノミーの中心 的要素は,個々の医師が診療に際して,自らの職業的判断のもとに自由に裁量権を行使出 来るという保証であり,これによって医師は自己を律することに継続的に責任をもたねば ならない.個々の医師に適用されるいろいろな規制に加えて,医師自身が自己の職業的行 為を律することに責任を負わなければならない.医師が職業的自己規律を実施するための 責任を果たすという点で,職業的裁量権に抵触することなく,診療における医師の権利は 保証されるであろう.患者の権利が,今日のように急激に認められるようになってきた背 景には WMA の「患者の権利に関するリスボン宣言」に範を見ることができる.患者の 権利の中で,良質で安全な医療を受ける権利は,患者にとって最も基本的かつ望まれてい るものと思われる.また患者が納得するまで十分な説明を受ける権利は,たとえ,わが国 で期待できる最高の医療が提供され,疾病が全治したとしても,説明が十分でない場合に は,医療関係者は責任を問われることがある.医療過誤訴訟において医療関係者の説明義 務違反が主張されることは,今日極めて一般的である.医師は患者を治療する前に,原則 として患者本人に対し,疾患の診断(病名と病状),実施予定の検査と治療方法の内容,そ れに付随する可能性のある副作用や危険性,ほかに代替手段として選択可能な治療方法の 内容と利害得失の比較,予後などについての説明義務があり,患者はその説明を受けて治 療を受けるかどうかを決定する.医療における患者の人権,IC の尊重という考え方は1960 年代後半から起こってきた公民権運動の高まりがその根底にある.日本医師会の生命倫理 懇談会は1990年に IC が世の中で盛んに論議されるようになったのを受け「説明と同意」 についての報告書を示したが,今日の医療における説明と同意の原則を尊重することが大 事であるとしているものの,一方において,わが国はわが国なりに考えるべきであるとし ている.すなわち,説明と同意は医師と患者の信頼関係の基礎を築くうえで必要な原則と 考えられるようになってきたが,わが国社会における伝統的文化のあり方が,アメリカや 西欧諸国とは異なるため,同じ形での説明と同意をそのままわが国に導入することには多 くの難点があるとしている.さらに医師には説明義務があると共に職業的裁量権がある. 他方で,患者には真実を知る権利と自己決定権がある.この両者の均衡をどうとるかは, 現実の問題として極めて難しいとしている.この報告書では,IC の意義を医師と患者の 信頼関係の基礎を築く上で必要な原則と位置づけており,患者の人権尊重という意義につ いては触れられていない.患者が宗教上の理由から輸血を拒否する場合,生命倫理の問題 としてかなり以前から議論されてきた.最高裁は,患者が,輸血を受けることは自己の宗 教上の信念に反するとして,輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を示している 場合,こうした意思決定をする権利は人格権の一部であり尊重されなければならないとし ている.患者が宗教上の信念から輸血を受けることを拒否する固い意志を有し,輸血を伴 わない手術を受けることができると期待して入院した経緯を医師らが知っていた時,輸血 以外には救命手段がない事態が生じる可能性を否定し難いと判断した場合には医師は患者 に対して,そのような事態では輸血するとの医療機関の方針を説明して,入院の継続と当 該医療機関の医師らによる手術を受けるか否かを患者自身の意思決定に委ねるべきである としている.IC の考えの基本は「患者には医療について自ら決定する権利がある」とい うことであろう.また患者と医師の立場は平等で,医療は両者間の民法上の契約である.

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このように医師と患者の関係はお互いに人格を持った人と人の対等の関係であり,双方に 誤解や矛盾が生じる可能性は少ないように思われるが,医療には不確かなことも多く,ま た予測できないことがしばしば起こる.臨機応変に対応せざるを得ない場合も多く,医師 に対しては,医療行為における社会的制約とともに医の良心,医の心に基づく裁量権が求 められていると思われる. 《参考文献》 1.森岡恭彦.インフォームド・コンセント.日本放送出版協会,1997 2.植松治雄.今,医療に求められているもの.日医雑誌 2005;134:1 3.手嶋 豊.今,医療に求められているもの,―法学の観点から.日医雑誌 2005; 134:42―46 4.橋本信也.今,医療に求められているもの―「医の心」.日医雑誌 2005;134:55― 62 5.厚生労働省ガイドラインの概要.個人情報保護法への医療機関の対応.全国保険医 団体連合会,2005 6.芦野由利子.リプロダクテイブ・ヘルス"ライツ概論.ペリネイタルケア 1998;17 (夏季増刊号):10―22 7.生殖医学と生命倫理.長島 隆,盛永審一郎(編),太陽出版,2001 〈久保 春海* 〉 *Harumi K UBO

Professor of emeritus, Toho University School of Medicine, Tokyo

Key words : Paradime shift・Self determination principle・Professional autonomy・Medi-cal ethics

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A.総論

General Remarks

2.安全管理

Risk Management

Ⅰ.医療事故とは

1)医療事故の定義 広義の「医療事故」とは,「医療の全過程において発生する人身事故」のことをさす.こ れには,医療行為と直接関係しない患者の転倒や医療従事者自身の針刺し事故も含まれて いる.安全管理上の医療事故とは,「患者の疾患そのものではなく,医療行為によって引き 起こされた障害」と定義される.医療事故のなかで,「過失のある医療事故」を「医療過誤」 と呼び,過失のない不可抗力による事故を「合併症」という.過誤であるか否かは,その 時点の医療水準によって規定される業務上の注意義務基準に照らして判断される.一方, 十分な注意を払っても一定の確率で発生する有害事象を合併症と呼ぶ. 2)インシデントとアクシデント 間違い等があったが医療事故に至らなかったもの,患者に実施される前に未然に気づい たものをインシデントと呼ぶ.それに対して間違い等により患者に実害が及んだ場合をア クシデントという. 3)ヒューマンエラーに基づく安全対策 人間の行うことには必ずエラーは起きる(ヒューマンエラー)ということを念頭に安全対 策を立てることが肝要である.この点で重要な対策として Fool Proof(フールプルーフ) と Fail Safe(フェールセーフ)がある.Fool Proof とは誤接続防止のために接続口の形状 を異なるものにするような「間違えようのない仕組み」をいう.また,Fail Safe は間違 いが起きた時に機械が自動的に停止するなどの「安全サイドに終結する設計」のことであ る.インシデント・アクシデントの事例を基にして Fool Proof や Fail Safe といった考 え方でより安全なシステムを構築していくことが重要である.

Ⅱ.医療安全管理

1)医療安全管理(リスクマネージメント)の必要性 安全な医療を提供するためには,医療従事者一人ひとりが危機意識をもって日々の診療 に当たることが不可欠である.しかし,近年の医療の高度化・複雑化は医療従事者個人の 努力に依存した安全管理を困難なものとしている.したがって,医療安全管理をシステム の問題として捉えて,より質の高い安全な医療体制を構築することが必要である. 2)医療安全管理の体制 2002年より「医療に係る安全管理のための指針」の整備がすべての病院および有床診 療所の管理者に義務づけられた.本稿では,横浜市立大学医学部附属病院(以下,当院)に おける取り組み1)2) を基に以下に解説する. ①安全管理の基本指針 医療とは,患者の生命にかかわる重大なリスクを排除するために,最小限と考えられる リスクを付することを許容された業務である.したがって,診療行為を合法的に行うため

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(図 A-2-1) 横浜市立大学医学部付属病院医療安全管理体制(文献 2より引用) 病 院 長 安全管理対策委員会 【統括安全管理者】 副病院長 専任スタッフ 委  員 副病院長 看護部長 管理部長 医薬品安全管理責任者 医療機器安全管理責任者 病院長が指名する委員 病院長(オブザーバー) リスクマネジャー会議 【安全管理指導者】 医療安全管理学教授 【安全管理担当】 安全管理担当 看護師 薬剤師 副病院長 看護部門 【安全管理者】 リスクマネジャー 各中央部門 【安全管理者】 リスクマネジャー 各診療部門 【安全管理者】 リスクマネジャー 管理部門 【安全管理者】 リスクマネジャー には(1)有資格者が治療目的で行うこと,(2)患者がその診療行為について説明を受けたう えで承諾していること(インフォームド・コンセント:IC),(3)その診療行為が当時の医 療水準を満たしていること.以上の3点が必要である. ②医療安全のための組織体制 病院全体の安全管理に関する各部門・部署からの意見を取りまとめ,安全対策の方針に ついて多職種で検討・討議を行う組織横断的な委員会として,安全管理委員会が設置され ている(図 A-2-1).当院では,専任の安全管理指導者(医療安全管理学教授)の下に専任 の安全管理担当者が配置された安全管理室が設置された.また,各部門にはそれぞれ安全 管理者(リスクマネージャー)が置かれ,月1回リスクマネージャー会議が開催されている. ③インシデント報告システム 医療事故が発生する背景には,同じ原因に基づくインシデントが数多く存在すると考え られている.したがって,これらを把握して効果的な安全対策を講じることは,事故予防 に際して有効な方法であると考えられる.インシデント報告システムの目的はリスクの把

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(表 A-2-1) インシデント報告書の概要(文献 3より引用,一部改変) 発生時間帯,場所,患者概要,報告者・当事者概要 等 基本情報 A 文章で入力 インシデント概要 B 0~ 3b 国立大学附属病院長会議のレベル区分に準ずる レベルチェック C 輸液ルート(場面:末梢ライン,CVライン 他) 種類 D (内容:自己抜去,三方活栓操作間違え 他) 薬剤 検査 他 当事者に関すること(観察不十分,判断誤り 他) 要因 E 指示(口答指示,処方箋 他) 他 握―分析―対応策の決定を組織的に行うことであり,決して報告者個人の責任を問うもの ではない.表 A-2-1に当院のインシデント報告書の概要を示す. ④医療安全のための職員研修 医療安全に関する基本的考え方や医療事故予防・再発防止の具体的な方策を職員に周知 徹底することを目的とする.研修には,新人に安全管理の基本を学ばせる新人研修,全職 員を対象としたトピックス・事故予防策を普及・啓蒙するための研修,リスクマネー ジャーを対象とした安全管理者研修などがある. ⑤アクシデント対応システム 事故発生時には,患者の安全確保とともに,患者・家族への説明,事故内容の記録と報 告,原因の究明と再発防止が重要課題となる.そのためには,組織として適切なアクシデ ント対応システムを構築することが肝要である.一方,医療従事者はそのマニュアルの内 容を習熟し,アクシデント発生時にはマニュアルに則って行動することが重要である.

Ⅲ.医療安全管理の実際

医療安全管理の具体例としてここでは基本姿勢と感染対策について解説する. 1)医療者としての基本姿勢 ①インフォームド・コンセント(IC) IC とは「患者が医師から十分に説明を受け,患者と医療者がともに納得できる医療内 容を形成するプロセス」のことをいう.適切な IC のためには「医療者の意図や話は,患 者には伝わらない」「患者の話したいことは医療者には伝わらない」という前提の基に医学 的根拠に基づいた内容を適切な状況(場所・タイミング)で提供することが大切である.ま た,IC の内容は常にチーム内で共有される必要がある.したがって,その内容は必ず記 録を残すようにすることが望ましい. ②患者確認・確認会話 医療者が医療を行おうとする患者自身と面識がない場合,「患者確認」を確実に行うこと は安全管理の第一歩となる.「患者確認」は,同姓同名者の存在も考慮して本人の氏名のみ ならず ID 番号の確認も行うことを原則とする.「確認会話」とは,自分と相手の言動を互 いに会話で確認して正確を期する会話法である.患者確認においては以下の手順となる. (1)まず,医師が自己紹介をしてから患者の氏名を尋ねる.(2)患者が氏名を名乗った後 に,医師が氏名と ID 番号を明示して再度確認する.こうした会話を心がけることにより, より安全な医療を患者に提供することが可能となる.

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(図 A-2-2) 抗がん剤投与時の患者・スタッフのかかわり(文献 3より引用) 薬剤師 看護師 医師 患者 ○ ○ 入院時説明 ○ ○ ○ カンファランス ○ ○ 薬剤の点検 ○ ○ 投与前説明 ○ ○ ○ ○ 投与時管理 2)抗がん剤投与時の安全管理プログラムへの患者の参加3) ①従来の安全管理プログラム がん化学療法は手術や放射線療法に匹敵するがんの有効な治療法の一つである.しかし, その施行に当たっては重篤な副作用が起きる危険性があるため,手術や放射線療法と同様 の高度の安全管理が必要とされる.ところが,実際には病棟で他の薬剤の点滴と同様に行 われるため,今までその安全管理には手術や放射線療法に比べて充分な対策が取られてこ なかった. 当科では「抗がん剤投与は手術と同じであり,単なる点滴ではない.」という認識の下 にその安全管理を医師・看護師・薬剤師によるチーム医療ととらえ,教育・投与システ ム・投与時の管理の3点に対する対策を講じて一定の成果を上げてきた.しかし,さらに 安全管理の精度を向上させるためには安全管理体制への患者自身の参加が必要と考え,患 者参加プログラムを取り入れた. ②安全管理プログラムへの患者の参加 当科における従来の抗がん剤投与時の安全管理体制は「投与間違え」などの「医療過誤 の防止」には効果的であるが,急激に発症し,迅速な対応が要求される「アナフィラキシー ショック」などの「副作用」対策としては必ずしも有効でない可能性がある.そこで,投 与対象である患者自らに「自分の身は自分で守る」という意識を持ってもらうことが必要 と考えて「患者教育」を取り入れた.その概略は①入院時に化学療法の目的と副作用につ いて,医師より説明を受けて同意書に署名する,②投与前に病棟薬剤師よりカンファラン スで決定した化学療法のレジュメに沿って投与薬の種類,量,副作用などについて具体的 な説明を受ける,③そして最終的には投与直前に医師と患者で投与予定の薬剤と起こりう る副作用についての確認を行うことの3点に集約される(図 A-2-2). 3)感染対策 病院感染(院内感染)は,現実の医療の中で入院患者の数パーセントに起きている.現在 の医療水準でこれを0にすることは不可能であり,「防ぎうる感染をできる限り防ぐ」こと が感染対策の基本である.本稿では,平成16年12月に発行された「婦人科における病院 感染とリスクマネジメント」(日本産婦人科医会編)4) に準じて解説する. ①病院感染(院内感染)とは 病院感染とは「病院内で接種された微生物によって引き起こされた感染症のこと」であ る.病院内で発症した場合のみならず,退院後に病院外で発症した場合,患者のみならず 医療従事者が発症した場合も含める.そのため,「院内感染」より「病院感染」という表現 の方が適切であると考えられている.なお,入院後に病院内で発症した感染症のうち,入 院前に市井で接種された微生物によって発症したものは病院感染には含めない. ②病院感染対策 実効性のある感染対策には,(1)感染対策委員会の設置,(2)科学的根拠に基づいた感染

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(表 A-2-2) 病院における隔離予防策のガイドライン(CDC 1996年,文献 4より引用) 感染経路別予防策 標準予防策 (全患者共通) 空気感染予防策 飛沫感染予防策 接触感染予防策 ・直接接触して伝播 ・汚染された器具や 環境 ・腸管出血性大腸菌, MRSA,Clostrid ium diffcile,緑 膿 菌など ・5μmより大きい飛 沫 ・インフルエンザ,流 行性耳下腺炎,風 疹など ・5μm以下の飛沫核 ・麻疹,水痘,結核 ・血液,体液 ・湿性生体物質(分泌 物,排泄物など) ・創のある皮膚,粘膜 ・感染症の有無にか かわらずすべての 患者に適応 対象 ・患者接触時,汚染表 面接触時に手洗い ・抗菌性 ― ― ・血液,体液,創のあ る皮膚,粘膜に接触 後 ・手袋をはずした後 ・患者接触の間・普通 石鹸使用 手洗い ・患者ケア時手袋を 着用 ・汚染物に触った後 は交換 ・部屋を出る前には ずし,手洗い ― ― ・血液,体液,分泌 物,排泄物,創のあ る皮膚,粘膜に接触 時 ・使用後,すみやかに はずし,手洗い 手袋 ― 1m以内で働くとき マスクを着用 部屋に入るとき N95 微粒子マスクを着用 ・血液,体液が飛散 し,目,鼻,口を汚 染する可能性があ る場合 マスク ゴーグル ・患者,環境表面, 物品と接触する可 能性がある場合 ・部屋に入るとき着 用し,退室前に脱 ぐ ― ― ・血液,体液,分泌 物,排泄物で衣服 が汚染する可能性 がある場合 ・汚染したガウンは 直ちに脱ぎ手洗い ガウン ・できれば専用とす る ・専用でない場合は 他患者に使用前に 消毒 ― ― ・汚染した器具は,周 囲を汚染しないよう に注意深く操作 ・再使用のものは清 潔であることを確認 器具 ― ― ― ・汚染リネンは周囲を 汚染しないように操 作,移送し処理 リネン ・個室隔離あるいは 集団隔離が基本 ・排菌状況により対 応を考える 個室隔離あるいは集 団隔離の場合はベッ ドを 1m以上離す ・個室隔離・部屋の 条件  1)陰圧  2)12回/時以上の 換気  3)HEPAフィルター を介して排気 ・環境を汚染させる 恐れのある患者は 個室収容 ・個室がない時は専 門家に相談する 患者配置 ・制限する ・制限する ・部屋から出る場合 にはマスクを着用 させる ・制限する ・部屋から出る場合 にはサージカルマ スクを着用させる ― 患者移送 対策の採用,(3)効果的なサーベイランスの実施,(4)適正な消毒法の適用,(5)適正な抗菌 剤の使用などがあげられる.

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③病院内機構

感染対策委員会(infection control committee;ICC)の下に実働部隊である感染対策 チーム(infection control team;ICT)が設置される.さらに,感染対策チームの中心と なる感染管理医師(infection control doctor;ICT),感染管理看護師(infectioncontrol nurse;ICN)が多職種のメンバーと協力して感染対策を実施する.

④標準予防策と感染経路別予防策

病院内での感染対策には感染症の有無にかかわらずすべての患者に普遍的に行う標準予 防策(standard precaution)と,特定の感染症の制御のために実施される感染経路別予防 策(transmission-based precaution)がある(表 A-2-2). 感染経路として重要なものは, 空気感染・飛沫感染・接触感染の3つがある.

⑤ CDC ガイドライン

米国疾病管理センター(Center for Disease Control and Prevention:CDC)が質の高 いランダム化試験(randomized control trial)の結果を基にしたガイドラインを作成して いる.現在,日本の多くの感染予防対策はこの CDC ガイドラインに準拠している.今後 は,あらゆる対策の科学的根拠を知ることが安全管理を究めるための必須要件となること を肝に銘じておきたい. ⑥消毒・抗菌剤の使用 実際の感染対策として手指や創部の消毒,器具の滅菌,抗菌剤の使用などがあるが,参 考文献5などに詳説されているので参照されたい. 4)産婦人科診療における安全管理 産婦人科の各診療行為における安全管理については各論として文献3などに詳しいので 参照されたい. 《参考文献》 1.榊原秀也,平原史樹,橋本廸夫,平林明美,井口博文.大学病院における医療安全 管理.ペリネイタルケア 2001;20:33―36 2.横浜市立大学医学部附属病院安全管理対策委員会.医療安全管理指針(共通編).横 浜市立大学医学部附属病院 2008年4月第8版 3.榊原秀也,杉浦 賢,宮城悦子,平原史樹.医療安全のための患者参加プログラム― 2 産婦人科における患者参加 抗がん剤投与時の患者参加プログラムを中心に.医 療安全 2005;2:64―67 4.池田申之,大久保憲,洪 愛子,小林寛伊,山本 勉.婦人科における病院感染と リスクマネジメント.日本産婦人科医会 2004 〈榊原 秀也* 〉 *Hideya S AKAKIBARA

Department of Obstetrics and Gynecology, Yokohama City University, School of Medicine, Yokohama

Key words : Risk management ・ Informed consent ・ Incident ・ Infection control team (ICT)・Standard precaution(SP)

(14)

A.総論

General Remarks

3.EBM・ガイドライン

EBM

!Practice Guideline

はじめに

最近,医療のすべての分野で,Evidence-based Medicine(EBM)や診療ガイドライン Practice Guideline という用語が繁用されている.医療に携わるものとして,これらの 用語について正しい理解を持つことが重要である.EBM はランダム化比較試験やそれら のメタアナリシスで立証された医療である.ガイドラインに対応する医療は EBM そのも のではなく,むしろ EBM を含めた標準的診療というべきである.標準的診療という概念 は,増大する医療費の削減を目的に,医療の合理化を目指して米国において1960年代に 生まれた.ガイドラインは高いレベルのエビデンスだけで記述することは不可能で,臨床 医学の常識や臨床医のコンセンサスも含められている.つまり,ガイドラインとは EBM そのものではないので,適切なプロセスを経ないで作成された場合には,根拠もコンセン サスもないことを強制する危険すらある.しかし,優れたガイドラインは,医療経済,医 療情報開示,過剰な情報の整理,医療訴訟での適切な判断,社会資源の有効利用などにも 役立ち,患者,医師,行政,法律家などに広く受け入れられている.

Ⅰ.EBM について

EBM とは科学的根拠に基づいて行う医療のことである.エビデンスには,医療に関す る科学的証拠としての評価としてランキング(表 A-3-1)が付けられ,レベル1が最も高い レベルのエビデンスとされる.複数の質の高いランダム化比較試験(randomized con-trolled trial,RCT)が行われ,そのメタアナリシスが最も高いエビデンスを持つとされて いる.RCT はボクシングのタイトルマッチに似ている.勝者が新たな標準的診療となる.

EBM は次のステップを踏むことで実践される.Step 1:疑問点の抽出,Step 2:根拠 の検索,Step 3:根拠の吟味,Step 4:実際の適用,Step 5:評価などに分けられる.EBM を実践するには,医師個人としてエビデンスの収集,信憑性の確認,使用可能性の判断力 が重要である.EBM が RCT に基づく以上,その臨床試験の対象,プライマリー・エン ドポイント(主要評価項目),デザインについて正確に知る必要がある.実際の対象よりも 広い対象に対して EBM として使われていることが多い.それもやむを得ないことではあ るが,EBM の限界を理解するうえでも,根拠となった RCT 自体を科学的に吟味し,正 しく評価できる能力を持つことが望ましい.大規模な RCT では統計学的に有意差があっ ても,臨床的には有意な差と判断できない場合も存在しうる(セカンダリー・エンドポイ ントで起こりやすい).ただ,一人一人の臨床医には検索する時間,吟味する時間や能力 に限界がある.多数の医学雑誌の発行,電子情報の普及によって,臨床に影響を与えうる 情報が時々刻々大量に発生しており,有用な情報の選別と体系づけた形での提供が,ガイ ドラインが必要な理由の一つにもなっている. 医療の中でもレベルの高いエビデンスを得にくい分野がある.たとえば,手術では薬物 療法とは異なり,RCT などの確度の高いエビデンスに基づくことは困難である.手術術

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(表 A-3-1) エビデンスレベル分類 内容 Level ランダム化比較試験のメタアナリシス 1a 少なくとも一つのランダム化比較試験 1b ランダム割付を伴わない同時コントロールを伴うコホート研究(前向き研究,prospec tive study,concurrentcohortstudyなど)

2a

ランダム割付を伴わない過去のコントロールを伴うコホート研究(historicalcohort study,retrospective cohortstudyなど)

2b ケース・コントロール研究(後ろ向き研究) 3 処置前後の比較などの前後比較,対照群を伴わない研究 4 症例報告,ケースシリーズ 5 専門家個人の意見(専門家委員会報告を含む) 6 (表 A-3-2) 産婦人科診療ガイドラインでのエビデンスレベル Ⅰ:よく検討されたランダム化比較試験成績 Ⅱ:症例対照研究成績あるいは繰り返して観察されている事象 Ⅲ:Ⅰ,Ⅱ以外,多くは観察記録や臨床的印象,または権威者の意見 式の発展に RCT が寄与した歴史はほとんどないが,今後,手術においても,EBM を追 求することが求められつつある.

Ⅱ.ガイドラインについて

ガイドラインとは医師が適切な医療行為を行うために作成された体系的記述である. EBM では,個人的解釈が入り込む余地があるが,ガイドラインではそれがない.ガイド ラインが広く社会から受け入れられている理由には次のことが挙げられる.第一に医療の 情報開示である.患者の自己決定権からも標準的診療の明確化が必要.第二に過剰な情報 のランク付け整理である.第三に医療訴訟において標準的診療かどうかが影響すること, 第四に社会資源の適正使用である. 「産婦人科診療ガイドライン―産科編2008」の主な目的としては,1)いずれの産科医 療施設においても適正な標準的医療が確保されること,2)産科医療安全性の向上,3) 人的ならびに経済的負担の軽減,4)医療従事者・患者の相互理解助長の4点が記載されて いる. 1.作成過程 本邦のガイドラインでは,ガイドライン作成のプロセスを経ていないものが少なくない. ガイドラインは短時間で作成されるべきではなく,十分な議論と調整の時間が必要である. 関連文献の徹底したレビュー,科学的証拠のランク付け,原案作成,現場医師を含めたコ ンセンサス・ミーティング,第三者である専門家の評価(医療経済的評価含む),試行期間 などを経て完成させ,有効期限を定めて交付されるべきものである.ガイドライン作成時 こそ,実施可能性の見地からも激しい議論があるべきで,それを経たガイドラインだから こそ価値があり,多くの人が従うのである.ガイドラインは,最先端であっても,平均的 であってもいけない.最善の医療を提案することが大切である.ただし,どの施設でもで きる必要はなく,紹介や搬送により受けられるのであればよい. 2.標準的診療 ガイドラインで最も推奨する診療はまさに標準的診療である.標準的診療は平均的診療

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(表 A-3-3) 「推奨の強さ」の分類 行うよう強く勧められる グレード A: 行うよう勧められる グレード B: 行うことを考慮してもよいが,十分な科学的根拠がない グレード C1: 科学的根拠がないので,勧められない グレード C2: 行わないよう勧められる グレード D: (表 A-3-4) 産婦人科診療ガイドラインでの推奨レベル (実施することが)強く勧められる A: (実施することが)勧められる B: (実施することが)考慮される(考慮されるが,必ずしも実施が勧められているわけではない) C: ではなく,最善の診療であり,診療のいわばチャンピオンである.標準は standard と同 義語であるが,standard には「並」や「平均」という意味はなく,「規範」「基準」「本位」「模 範」「卓越」という意味である.Gold standard とか standard time を考えてもらえば理 解しやすい.決して先端的診療に劣る診療ではない.エビデンスに基づく標準的診療はタ イトルマッチにあたるランダム化比較試験の勝者,つまり正式チャンピオンである.コン センサスに基づく標準的診療は正式のチャンピオンがいない場合の暫定チャンピオンであ り,今後ランダム化比較試験を行う場合の対照になる治療である. 標準的診療は,医療訴訟などでよく用いられる「医療水準」とはやや次元が異なる用語 である.「医療水準」はそれを上回る診療が存在することを連想させるが,標準的診療を上 回る診療は存在しない.治療の結果が悪い場合でも,チャンピオン治療だからこそ,責任 を問われないことが想定できるのである. 3.裁量権,医療水準との関係 ガイドラインは医師の裁量権を侵害するという人がいる.裁量権は専門知見なしで勝手 に何をやってもよい権利ではない.裁量権は,医療訴訟の場では,「医療水準」を満たす範 囲での権利である.医師の裁量権とは「医療過誤の争点の中で医療水準を基準にして,事 後的に医療行為の注意義務違反の有無を判定し,法的責任を問えるか問えないかの限界を 意味する法的な概念である」と定義される.「最善の医療」であるガイドラインを「医療水 準」として利用するのは,教科書,解説書,原著論文,厚生労働省班研究報告書などを利 用することに比べれば,適切である.「医療水準」を誤れば,注意義務違反の判定も誤るこ とになる.ガイドラインなしでは,さまざまな「医療水準」を放置することに等しい.ガ イドラインの存在は,正当かつ実行可能で,認識可能な「医療水準」形成に繋がるもので ある. 4.患者の自己決定権との関係 医師の裁量権を制限するものには,「医療水準」だけではなく,「患者の自己決定権」があ る.ガイドラインに従わずに治療するのが適切な場合には,患者に対して,従わない理由 を説明する必要がある.つまり,ガイドラインにあてはまらない症例もあり得るし,適切 な施設に紹介すべき場合もある.ガイドラインに従わない裁量権はあるが,「患者の自己決 定権」とのバランスが求められる.医師の裁量権が患者の自己決定権よりも優先される状 況はかなり限定的である.患者に十分に説明し,同意・納得を得ることで,「医師の裁量権」 と「患者の自己決定権」の両者が一致する診療を行うことが望ましい.

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5.ガイドライン治療の結果責任 ガイドラインに従って行われた治療の結果が悪くても,ガイドライン作成者は責任を取 らない.NCCN のガイドラインには「あなたの症例にはガイドラインの治療が最適でな いかもしれない.ガイドライン作成者は治療結果の責任を取らない.」と前文に記載され ている.ガイドラインは約3年おきに見直しすることが義務づけられ,作成者には怠慢が 許されない. 6.訴訟 アメリカではガイドラインに従っている場合には医療訴訟は少なく,弁護士はガイドラ インを無視して起きた医療事故を狙っているといわれている.ガイドラインに沿って診療 されたことが記録されていれば,結果が悪い場合でも訴訟に負けることは少ないようであ る.ただし,訴訟を減らす目的で,現状の医療を正当化するようなガイドラインを作るの では本末転倒である.妥当な根拠に基づいて標準的診療を記載したガイドラインだからこ そ法律家も重視するのである. 7.教育と普及

Grimshaw and Russell によれば,ガイドラインの効果では実施場所,普及方法,実 行方法の3要素が重要である.立案・実施の場所としては,施設内が最もよく,地域,国 家の順に悪くなる.普及は教育的介入が最もよく,セミナー,郵送による配布,論文発表 の順に悪くなる.実行は直接指示が最もよく,患者別フィードバック,一般的フィードバッ ク,一般的注意の順に悪くなる.ガイドラインでは普及・教育が重要で産婦人科診療ガイ ドラインでも重視している. 《参考文献》

1.Farmer A. Medical practice guidelines : lessons from the United States. BMJ 1993 ; 307 : 313―317

2.Costa A, Hubbard SM. Evidence based medicine, a new challenge. Eur J Can-cer 1997 ; 33 : 987―988

3.Grimshaw JM, Russell IT. Effect of clinical guidelines on medical practice : a systematic review of rigorous evaluations. Lancet 1993 ; 342 : 1317―1322

〈吉川 裕之* 〉

Hiroyuki Y

OSHIKAWA

Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Human Comprehensive Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki

Key words : EBM・Practice guideline

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A.総論

General Remarks

6.救急患者のプライマリー・ケア

The primary care of an emergency care

近年,産科救急医療の崩壊に関する報道がしばしばなされ,救急医療,特に周産期医療 を取り巻く環境の厳しさを改めて認識させられている.近年,このような報道が増えてい る原因は,①産婦人科救急医療に携わる医師の減少とハイリスク妊婦を中心とした救急患 者の増加,②産婦人科医師とともに救急患者の治療に携わる救命救急科医師,麻酔科医師 などの減少,③救急患者のトリアージをどの診療科で取り扱うか医療施設内でのコンセン サスが得られていないこと,④医療の安全に関する問題に,医療従事者だけでなく一般の 人々や行政も関心を持つようになったこと,などが挙げられる. 救急患者のプライマリー・ケアは医学的に重要な問題であるばかりでなく,結果が悪い 場合は訴訟も含めた社会的問題に発展する可能性もあり,その対応はきわめて重要である. したがって,救急患者のプライマリー・ケアを適切に行うことは,産婦人科医にとっても きわめて重要な問題であると考えられる.

(1)プライマリー・ケアとは

プライマリー・ケアの医療における基本的概念は,患者が最初に接する医療の段階を指 す.それが容易に得られ,適切に診断・処置され,以後の療養の方向について正確な指導 が与えられることを重視する概念である.一般的に,プライマリー・ケアには5つの理念 (表 A-6-1)があるといわれているが,産婦人科領域の救急患者に対しても,この5つの理 念はそのまま当てはまる.産婦人科医療にとって,まさに Accessibility(近接性),Com-prehensiveness(包括性)は患者にとって必要不可欠であり,医療従事者にとって Coor-dination(協調性), Continuity(継続性), Accountability(責任性)を常に念頭に置いて, プライマリー・ケアに取り組むことが重要である.しかし,この5つの理念を維持しつつ プライマリー・ケアを実践することは多くの困難を伴う.Accessibility(近接性)を維持 するためには,人口の密集した便利な場所に医師や看護師などの医療従事者を集め,設備 投資を行うなど多大な経済的資源が必要となる.Comprehensiveness(包括性)や Coor-dination(協調性)を効率的に機能させるには,医療施設は複数の診療科を持ち,各診療 科の連携を密にするばかりでなく,トリアージをどのように行うか,医療機関全体でルー ルを決めておく必要がある.さらに,Continuity(継続性)や Accountability(責任性)を 維持してゆくには,医療従事者の理念や技術を繰り返し教育してゆくシステムや外部の意 見を取り入れる開かれた病院運営が必要となる.すなわち,プライマリー・ケアの理念に 従って,産婦人科の救急患者への理想的なプライマリー・ケアを実践してゆくには十分な 医療従事者の確保や継続的な研修・教育システムの構築が必要であり,このためには多大 な経済的サポートが必要となる.医療にどの程度の資金を使うべきか,その財源をどこに 求めるか,という医療の根本的な問題に対し,国民的議論を真剣に行わねばならない時期 にきている.

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(表 A-6-1) プライマリー・ケアの 5つの理念 1.Accessibility(近接性) (1)地理的 (2)経済的 (3)時間的 (4)精神的 *実現するためには,人的(医師,看護師など),経済的なサポートが必要.

2.Comprehensiveness(包括性)

(1)予防から治療,リハビリテーションまで (2)全人的医療

(3)common diseaseを中心とした全科的医療 (4)小児から老人まで

実現するためには,特に十分な医師の確保が必要.

3.Coordination(協調性) (1)専門医との密接な関係 (2)チーム・メンバーとの協調

(3)patientrequestapproach(住民との協調) (4)社会的医療資源の活用

実現するためには,医療施設内での十分なコミュニケーションの構築が必要.

4.Continuity(継続性) (1)「ゆりかごから墓場まで」 (2)病気の時も健康な時も

(3)病気に時は外来―病棟―外来へと継続的に

実現するためには,十分な医師や看護師の確保が必要.

5.Accountability(責任性) (1)医療内容の監査システム (2)生涯教育 (3)患者への十分な説明 *実現するためには,継続的な医療従事者への教育が必要.

(2)産婦人科領域の救急患者とは

産婦人科領域の救急患者は,性器出血,腹痛,腹部膨満感,頭痛,嘔吐,下痢,全身倦 怠感,痙攣,意識障害,外傷などの諸症状で来院することが多い.まず第一に,常に妊娠 しているか否かを念頭に置いて,鑑別を行わねばならない(表 A-6-2).妊娠しているか 否かで鑑別診断も変わってくる.妊娠している場合は,検査,投薬,治療において胎児に 侵襲や影響などがあるか否かを常に認識して行う必要がある.妊娠を確認せずに,あるい は十分な説明なしに,腹部に放射線を被曝させたり,催奇形性のある薬剤を投与した場合 には,医学的,社会的問題を起こしかねない.また,産婦人科を第一選択して受診しても, 他科疾患の患者であることにしばしば遭遇する.頭痛,痙攣,意識障害などの患者に対し ては神経内科,あるいは脳外科疾患である可能性があり,腹痛,腹部膨満感,嘔吐,下痢 などの患者に対しては消化器疾患をはじめとする他科疾患の可能性があり,産婦人科領域 の救急患者に対応する場合,これらの疾患を鑑別できる知識を持っていることが必要であ る.また,他科と緊密な連携が取れるよう普段から十分なコミュニケーションをとってお く必要がある.

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(表 A-6-2) 産婦人科領域で遭遇する救急疾患 1.妊娠に関連したもの (1)性器出血:切迫流早産,子宮外妊娠,常位胎盤早期剥離,前置胎盤,分娩時や産褥期の出血 (産科ショックも含む)など (2)腹痛:切迫流早産,子宮外妊娠,常位胎盤早期剥離,HELLP症候群,子宮筋腫または卵巣 腫瘍合併妊娠など (3)頭痛:妊娠高血圧症候群,脳血管障害,子癇など (4)痙攣:妊娠高血圧症候群,脳血管障害,子癇など (5)呼吸困難:血栓性肺塞栓症,気胸,呼吸器感染症など (6)嘔吐:妊娠悪阻,消化器疾患合併妊娠,HELLP症候群 (7)意識障害:妊娠高血圧症候群,脳血管障害,子癇,精神疾患など (8)外傷:交通外傷など 2.妊婦に関連しないもの (1)性器出血:子宮腫瘍(良性,悪性を含む),子宮内膜炎や付属器炎,外傷など (2)腹痛:子宮腫瘍(良性,悪性を含む),卵巣腫瘍(卵巣腫瘍茎捻転を含む),卵巣出血,子宮 内膜炎や附属器炎,癌性腹膜炎,子宮内膜症(子宮内膜症性卵巣嚢腫も含む)子宮留膿腫 (子宮留水腫,子宮留血腫を含む),卵管水腫など (3)頭痛:月経前症候群,高血圧,精神疾患,更年期障害など (4)痙攣:脳出血,精神疾患など (5)呼吸困難:血栓性肺塞栓症,気胸,悪性腫瘍肺転移など (6)嘔吐:腹腔内出血,腸閉塞(悪性腫瘍),化学療法後,放射線治療後など (7)意識障害:脳血管障害,精神疾患など (8)外傷:交通外傷など (表 A-6-3) バイタルサイン バイタルサインとは生命維持の基本的な指標である血圧,脈拍(心拍),呼吸,体温,意識水準およ びそれらの総体としての表情,皮膚色調,触感,睡眠の日内リズム,筋緊張などのことと理解される. 1.血圧 2.脈拍(心拍) 3.呼吸 4.体温 5.意識水準 (文献 1.を改変)

(3)産婦人科領域の救急患者への対応で重要な点

最も重要な点は,救急患者の重症度の程度を正確に把握することである.例えば,心肺 停止(CPA:cardio pulmonary arrest)またはそれに準じるきわめて重篤な患者は救命救 急科の医師がトリアージすべきである.重症度を把握するためには,連絡が入ったら,患 者本人や家族,救急隊員等から,どのような状況,状態か可能な限り正確に聞くことが重 要である. 具体的にはバイタルサイン(表 A-6-3)や意識状態(表 A-6-4)を十分に把握し, これらを参考にして,重症度を正確に判断しておくことが重要である.さらに,患者が直 接来院した場合には,問診,視診をしたうえで診察し,その重症度を診断する. 重症度に応じて,どの診療科の医師がトリアージすべきか,各医療施設であらかじめ決 めておく必要がある.どの診療科の医師がトリアージすべきか決定する基準は,それぞれ の医療施設における施設の性格(一次医療施設か高次医療施設)や各診療科の規模(医師数

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(表 A-6-4) Japan Coma Scale Ⅰ.覚醒している ・ 0 意識清明 ・ 1(Ⅰ-1)見当識は保たれているが,意識清明ではない ・ 2(Ⅰ-2)見当識障害がある ・ 3(Ⅰ-3)自分の名前・生年月日が言えない Ⅱ.刺激に応じて一時的に覚醒する ・ 10(Ⅱ-10)普通の呼びかけで開眼する ・ 20(Ⅱ-20)大声で呼びかけたり,強くゆするなどで開眼する ・ 30(Ⅱ-30)痛み刺激を加えつつ,呼びかけを続けると辛うじて開眼する Ⅲ.刺激しても覚醒しない ・ 100(Ⅲ-100)痛みに対して払いのけるなどの動作をする ・ 200(Ⅲ-200)痛み刺激で手足を動かしたり,顔をしかめたりする ・ 300(Ⅲ-300)痛み刺激に対して全く反応しない (表 A-6-5) 埼玉県の母体救命コントロールセンター事業 1.母体救命コントロールセンターは,「母体に生命の危険が迫っている症例」に関して,すべて受け 入れ,または受け入れ困難時には搬送先の紹介を行う.(未熟児出生の可能性がある場合,例え NICUが満床でも産科病床が満床または産科医師が他の症例の処置中で診療できない場合を除い てすべて受け入れる.その場合,新生児科医師が蘇生処置を行った後,新生児搬送を行う.) 2.対象となる疾患は,常位胎盤早期剥離,脳血管障害,分娩時大量出血,交通外傷などである. 3.対象外の症例に関しては,母体搬送として受け入れ可能な場合は従来通り受け入れるが,NICUま たは産科病棟満床の場合は受け入れできない場合がある. や医療機器の整備状況など救急患者対応が可能かどうか)等を参考にして決めるとよい. トリアージの適切な基準が決まっていると,迅速かつ適切な医療の供給が可能となる.

(4)埼玉医科大学総合医療センターにおけるトリアージ

著者らの施設で実施されている「母体救命コントロールセンター」事業を例に挙げ,ど のようにトリアージがなされているか具体的に説明する. 埼玉県は全国で最も周産期医療環境の厳しい県である.厚労省は少なくとも人口150∼ 200万人に1施設,総合周産期母子医療センターが必要であるとしていることから,人口 711万人の埼玉県は少なくとも4施設の総合周産期母子医療センターが必要である.とこ ろが,実際には当センター1施設しか総合周産期母子医療センターはない.地域周産期セ ンターもわずかに5施設で,実際に稼働しているのは4施設にすぎない.周産期医療に関 する事件が社会的にも関心事になっている昨今,埼玉県も周産期医療の安全対策の一環と して「母体救命コントロールセンター」事業を開始することになった.著者らの施設は, 総合周産期母子医療センターと同時に高度救命救急センターを併設し,しかもドクターヘ リが整備されている施設(このような施設は全国に4カ所)である.したがって,機能的に 「母体救命コントロールセンター」事業に最適な施設として,県から事業を依頼され,昨 年12月24日から事業を開始した.事業内容は表 A-6-5に示すように,「母体に生命の危険 が迫っている症例」を原則としてすべて受け入れるというものである(複数の症例が重な りどうしても対応できない場合には搬送先を当センターで見つける). 患者がショック状態または CPA の場合は,高度な救命処置や全身管理が不可欠である

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ため,高度救命救急センターに搬送し,救命救急科の医師がトリアージを取り,産婦人科 医,新生児科医,麻酔医,さらに疾患に関連した診療科の医師が協力体制を取る.交通外 傷患者も高度救命救急センターに搬送し,母体の全身状態は救命救急科医師により,胎児 は産婦人科医師により,状態を把握し,治療の優先度を協議して,担当科(胎児優先の場 合は産婦人科,母体優先の場合,救命救急科または一般外科,整形外科,脳外科等)を決 める.一方,常位胎盤早期剝離や分娩時の大量出血の患者は産科出血の特殊性を理解した 産科医がトリアージして,産科手術室または産科処置室に搬送し,新生児科医,麻酔医の 協力の下に診療に当たる.脳血管障害の場合は,意識障害の程度により,高度救命救急セ ンターに搬送するか MFICU に搬送するか救命救急科医師と産婦人科医師が協議して決め る.いずれの場合も脳外科医や麻酔科医と密接な連携がかかせない. 「母体救命コントロールセンター」事業を引き受けるに際し,総合周産期母子医療セン ターが単独で受けるのではなく,埼玉医科大学総合医療センターとして引き受けている. このため,「母体救命コントロールセンター」事業は総合周産期母子医療センター母体胎児 部門(産科)が中心に業務を遂行しているが,新生児科はもちろん,高度救命救急センター, 麻酔科,その他の診療科の協力が病院の方針として決定されているので,どの診療科がト リアージしても連携が大変スムースに取れている.重症患者が対象の事業なので,医師は 診療に集中すべきであり,診療科間の無用な軋轢によるストレスは避けねばならない.各 診療科が救急患者を扱うという共通のコンセンサスを得たうえで,共同して救急患者を受 け入れるという病院全体の共通した姿勢で事業を遂行している.平成20年12月24日から 始まった「母体救命コントロールセンター」事業(平成21年5月31日までの対象症例は該 当症例22例,非該当症例7例)が現在も恙無く行われているのも,病院全体の統一した方 針があるためである. 各医療施設の規模や機能を十分に勘案し,その施設にあった産婦人科救急患者のプライ マリー・ケアのシステムを構築することが肝要である. 《参考文献》 1.研修ノート No. 62 母体救急疾患.日本産婦人科医会編,2000;15―19 〈関 博之* 〉 *Hiroyuki S EKI

Center for Maternal, Fetal and Neonatal Medicine, Saitama Medical Center, Saitama Medical University, Saitama

Key words : Primary care・An emergency care・Triage 索引語:プライマリ・ケア,救急患者,トリアージ

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B.問診と診察

History Taking and Medical Examination

2.産婦人科の診察方法

Gynecologic and Obstetrics Examination

1)外診

問診から必要に応じて行われる. まず,血圧,脈拍,体温の測定を行う.身長・体重から産婦人科に関連した兆候(例え ば Turner 症候群での低身長,内分泌異常での肥満など)がないかを観察する.次いで, 産婦人科患者でも他科の診察と同様に,ベッドに仰臥させて,頸部,胸部,腹部などを診 察する.眼瞼結膜で貧血の有無,頸部の触診で甲状腺やリンパ節腫脹の有無を調べる.胸 部においては,乳房の視診と触診を行う.視診では,乳房の発育,色調,発赤,浮腫,潰 瘍・湿疹様変化,陥凹,ひきつれ,えくぼ症状,乳頭・乳輪の形状を観察する.乳房の触 診は,平手で指の腹の部分を用いて,神経を集中してくまなく触診を行う.腫瘤が存在す れば,部位,大きさ,硬度,可動性などをみる.また,乳頭根部を圧迫して乳汁や血液な どの分泌物の有無を調べる.次いで,腋窩,後背筋全面,鎖骨上リンパ節などを触診する. 胸部ではさらに,心臓の聴診,肺野の聴打診を行う.腹部の診察時には,両膝を屈曲させ て腹壁を弛緩させて行う.腹部の観察では,表在血管,腹壁の膨隆・弛緩,手術痕の有無, 恥毛の状態を観察する.腹部の触診は,拳を広げて軟らかくソフトなタッチで腹部全体を 診察する.疼痛がある場合には無痛域から触診を始める.圧痛の有無,腫瘤の有無,筋性 防御の有無などを診察する.腎臓の触診は両手をそれぞれ背部と腹部に当て,呼吸に合わ せて特有の抵抗をみる.下肢では静脈瘤,鼠径部リンパ節腫大や脛骨前面における浮腫の 有無などの触診も必要である.

2)妊婦の Leopold 触診法

妊婦健診では,まず子宮底の高さと腹囲を測定する.妊娠週数に比べて子宮底が高く, 腹囲が異常に大きい場合には巨大児,多胎,羊水過多などを疑い,また,子宮底が異常に 低い場合には子宮内胎児発育遅延,羊水過少などを疑いながら診察する.触診で子宮収縮 や圧痛の有無を調べた後に,Leopold 触診法で胎児の胎位,胎向,胎勢ならびに骨盤入 口面への先進部(児頭,殿部,足など)の陥入度を診察する. ① Leopold 触診法第1法:妊婦の顔に向かって右側に立ち,両手をわずかに彎曲させ て,小指の方を子宮底に当てて診察する.子宮底の高さ,形,胎児部分を診察する.頭位 (子宮底側に殿部)では,ほぼ球形な塊として殿部を触れる.児体に繋がる部分にくびれを 認めない.骨盤位(子宮底側に頭部)では,硬く大きな球体を触れる.妊娠中期には浮遊感 を呈し,児体との間にくびれを触れる.子宮底に球形の塊を触れない場合は横位を考える. ② Leopold 触診法第2法:子宮底に当てた両手を下方に移し,左右の手を交互に動か して胎向を診断する.児背(大部分)は弓状に曲がった板のような抵抗として触れ,手足(小 部分)は1個または数個の小さな結節として触れる.胎位,胎向,胎勢や羊水量,子宮筋 の緊張状態などを確認する. ③ Leopold 触診法第3法:右手の母指と他の4指で,恥骨結合上の胎児部分をつかむ.

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(図 B-2-1) Leopold 第1法 Leopold 第3法 Leopold 第2法 Leopold 第4法 この操作で胎児の先進部の種類を確認する. ④ Leopold 触診法第4法:妊婦の下肢の方を向き,両手掌を左右の下腹部に当て,こ れを骨盤入口面の方向へ静かに圧入する.児の先進部を触診し,さらには移動性,骨盤内 進入状況を確認する.

3)腟鏡診

腟鏡診を行うに先立ち,外陰部の観察を行う.次いで腟入口部を触診し,使用する腟鏡 のサイズを決める.腟鏡は,年齢,未・既婚,未・経産などにより,極小,小,中,大な どを使い分け,処女や小児の診察には鼻鏡,耳鏡や肛門鏡を代用する場合もある.腟鏡は 一般的にクスコ氏腟鏡が使用される.腟鏡の装着は一手(一般的に利き手)で陰唇を開き, 他手で閉じた腟鏡を持ち,先端を体温程度に温めた生理食塩水か滅菌水で湿らせて,弁を 腟入口に約45度程度斜めに挿入し,2∼3cm 挿入したところで横にして骨盤誘導腺に沿っ て静かに挿入する.腟鏡が子宮腟部に達したら,これをやや手前に抜きながら,両葉を静 かに開き,子宮腟部が両葉の間に観察されるように調節する.腟鏡を装着したら,まず腟 分泌物,腟壁の状態を観察し,必要があれば腟分泌物を採取して培養,塗抹,検鏡などを 行う.次に腟円蓋,子宮腟部を観察する.子宮腟部ではびらんや頸管ポリープの有無,外 子宮口の状態,頸管分泌物などについて観察する.細胞診を行う場合には, 平円柱接合

表 層 上 皮 性・間 質 性 腫 瘍(surface epithelial-stromal tumors),性 索 間 質 性 腫 瘍(sex cord"stromal tumors),胚細胞腫瘍(germ cell tumors)の大きく3群に分類され,各々の 全体に占める割合は,表層上皮性・間質性腫瘍60∼70%,性索間質性腫瘍5∼10%,胚 細胞腫瘍15∼20%である.以上の3群それぞれに,良性,境界悪性,悪性腫瘍が存在す る.さらに,卵巣は他臓器癌の転移の好発部位であるため,転移性腫瘍(m

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