• 検索結果がありません。

「スマホ製造ゲーム」を使った機会費用の学習

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「スマホ製造ゲーム」を使った機会費用の学習"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

要旨  経済活動の体験の少ない生徒に対してどのように経済的見方・考え方を身につけさせることができるだろ うか。本稿は,選択という経済活動において不可欠な意思決定を学習する手段として「スマホ製造ゲーム」 の開発・実践を行った。実践は 2 つの中学校で行い,そこでの成果から(1)生徒たちの意思決定における 機会費用を考慮する割合が上昇したこと,そして(2)自らの意思決定によって物事を進めていくという経 済観を持つようになったことがわかった。これらの結果を通じて,ゲーミングが一定の効果を持ちうること が明らかとなった。 キーワード:ゲーミング,合理的意思決定,トレードオフ,機会費用

Ⅰ.研究目的

 『中学校学習指導要領』「社会」における内容「私た ちと経済」の「市場の働きと経済」において,「身近 な消費生活を中心に経済活動の意義を理解させるとと もに,価格の動きに着目させて市場経済の基本的な考 え方について理解させる」(文部科学省 2008,p.147) ことがあげられている。また,その内容の取扱いにつ いては「身近で具体的な事例を取り上げ,個人や企業 の経済活動が様々な条件の中での選択を通じて行われ るという点」(同上,p.148)の理解が求められている。 このように,中学校「社会」において,経済的見方や 考え方は,単に市場経済のしくみを理解する事にとど まらず,そこで生きていくための知識やスキルも含む ものであり,これらの習得が目標とされていることが わかる。  一方,経済的な見方や考え方をいかにして習得させ るかという方法については多くの課題があり,岩田・ 水野(2012)や魚住・山根・宮原・栗原(2005)など で様々な実践紹介がなされている1)。新井(2005)は, 経済教育方法として,基本的な経済概念や法則を教え ることを目標とする概念教授法,経済問題を認識し, その解決方法を探ることで新たな知見や方法を発見し ていくことを目標とする問題解決法,資本主義の歴史 性からその限界や問題点を認識させることを目標とす る歴史主義的方法の三つをあげている。また授業法と して,オーソドックスな一斉授業法,ロールプレイや シミュレーションなどを用いるアクティビティ, フィールドワークなどによる調査・探究を紹介してい る。新井は「概念教授を明確に打ち出し,経済の基本 概念や理論を小さな段階から教えていく必要がある」 (新井 2005,p.118)と指摘している。  ただし,教科書は事実や制度に関する記述が多く, 経済活動の経験に乏しい生徒にとって,そこから経済 的な見方や考え方を習得させることは難しい。加納 (2012)は経済的な見方や考え方を教える重要性を指 摘した上で,その方法の一つとして問いに基づく授業 を提案している。これによれば,教科書の説明をもと にして「なぜか」という問いを立てていくことによっ て経済的な見方や考え方の習得が可能となる。ただし, 教師から生徒に投げかけられる問いのみでは,生徒に 経済的な見方や考え方を習得させる上で限界がある。 経済的な見方や考え方が市場経済の理解だけでなく, そこで生きていくために必要な知識やスキルも含まれ ているとすれば,市場経済活動を体験し意識的にふり

「スマホ製造ゲーム」を使った

機会費用の学習

中高生を対象とした実践を通じて

The Journal of Economic Education No.37, September, 2018

Learning the idea of opportunity cost through “smartphone manufacturing game”

YOSHIDA, Masayuki KOBAYASHI, Shigeto

吉田 昌幸(上越教育大学)

(2)

かえるという過程が必要であろう。  そこで本研究で着目するのがゲーミング・シミュ レーションである。ゲーミングは参加者間での動的な 相互作用をしていくことで社会現象を体験するための 手法であり,本研究ではこの手法を用いて経済概念の 理解を促すことを目的としている。本稿では,選択と いう経済活動において不可欠な意思決定を学習する手 段としてゲーミングを用いた実践報告を行う。

Ⅱ.「スマホ製造ゲーム」

 本研究では,レゴブロックを用いてより得点の高い スマホを作って競争する「スマホ製造ゲーム」を作成 した。ゲームはブロックを組み合わせて「スマホ」を 製造する 8 つのチームで行う。8 つのチームはそれぞ れチームカラーを持っており,それに対応した色のブ ロックを多く持っている。また 8 つのチームを 2 つの グループに分けており,それぞれのグループで黒やグ レーのグループ固有のブロックも配布している。「ス マホ」は上下で 2 色のブロックでつくらなければなら ず,チーム毎のカラーブロックや所属するグループ毎 のカラーブロックなどの構成によって「スマホ」の得 点が決まる(図 1)2)。各チームは 1 回の取引で他の チームとブロックを交換するかチームカラーのブロッ クを生産するかのどちらかを選択しなければならない。 各チームは現在持っているブロックの組み合わせを見 て交換するか生産するかを選ぶことになる。このよう な条件を置くことで,参加者にトレードオフ状況下で の合理的意思決定,特に機会費用という概念を習得さ せるための体験機会を提供した。 図 1 ゲームにおける「スマホ」の例  ゲームは全 3 フェーズで構成されており,1 フェー ズで 5 回の取引を行う。第 1 フェーズでは 4 チームで 構成されるグループ内だけで取引を行い,第 2 フェー ズでは二つのグループ全てで取引を行う。第 3 フェー ズでは最高点の 4 点のスマホが他のチームと色の組み 合わせが同じ場合,重なった数に応じて得点が減点さ れる。第 1 フェーズではゲームの基本的ルールを理解 すると共に,交換か生産かというトレードオフ下での 意思決定を行うことを目的とし,第 2 フェーズでは二 つのグループ間での取引機会の発見,第 3 フェーズで は減点を避けるための戦略(他のチームと同じ色の組 み合わせにならないような工夫,4 点の「スマホ」を つくらない等)を考えることを目的としている。この ように,ゲームではフェーズ毎にルールを加えていき ながら,戦略的な意思決定の体験機会の提供も狙った。

Ⅲ.ゲーム実施とその結果

1.ゲーム実施状況  ゲームは 2016 年 7 月と 8 月に石川県 T 中学校の 34 名と新潟県 J 中学校の 29 名を対象に行った。ゲームは 約 2 時間,参加者の学年として T 中学校は 1 年生から 3 年生までの混合で J 中学校は 3 年生のみであった。  ゲームの目的は,機会費用を理解するための前提と なるトレードオフの状況を体験させ,ゲーム後のディ ブリーフィングにおいて機会費用を含めた合理的意思 決定についてのレクチャーを行い,これらの概念につ いての認識を深める事にある。ゲームを行うにあたり, 事前に参加者の機会費用の理解度や経済に対するイ メージについてのアンケートを行っている。ゲーム終 了後のディブリーフィングや機会費用の考え方につい てゲームをふりかえりながらのレクチャーの後に, ゲーム前後の費用意識や経済観の違いを見た。図 2 は アンケート調査と行動観察調査を含めたゲーム実施の 流れと調査方法を示している(図 2)。  ディブリーフィングでは,ゲーム結果をふりかえる と同時に合理的な意思決定が必要な理由や経済学を学 ぶことの理由などについてレクチャーを行った(図 3)。  特に,レクチャーではゲーム上での取引か生産かと いう状況がトレードオフであることを説明した上で, そこで発生する機会費用について説明を行った。その 後,経済学を学ぶ理由のひとつとして「限られた状況 下でどのように選択するのがよいのか」という問題を 考えることを提示した。 2.ゲーム結果  ゲーム受講者に対して,おもに意思決定に伴う費用 意識と経済に対するイメージについての事前と事後の

(3)

アンケート調査を行っている。 (1)意思決定に伴う費用意識の変容  事前アンケートでは,サンドイッチを自分で作らず にコンビニで買うかという選択をするときに重視する 点について聞いた。具体的には,サンドイッチを購入 する場合の便益,直接費用,機会費用のどれを重視す るかについて尋ねた3)。その結果,2 つの中学校共に 便益や直接費用を重視するとの回答割合が高かった (図 4,5)。事後アンケートでは,ゲーム上でブロック を交換するかどうか決定するときに重視する費用を聞 いた。ここでもブロックを生産せずに交換する場合の 便益,直接費用,機会費用のどれを重視するかについ て尋ねた4)。その結果,2 つの中学校共に便益や機会 費用を重視するとの割合が高まった(図 4,5)。これ らの結果から,ゲームを通じて,生徒たちが機会費用 を認識し,重視する傾向が見られることが確認できた。 (2)経済観の変容  事前事後アンケートでは,「あなたの経済に対する イメージを教えてください」という自由記述の項目を 設けて,ゲーム前後で生徒たちの経済観の変容につい て調査した。事前アンケートでは,お金や税,株,貿 易といった制度,アベノミクスや財務省,政治家が動 かす難しいもの,町や市などでのお金のやりくりと いった財政,モノを作り売ることやお金の使い方・稼 ぎ方などのような観点から経済を把握していることが わかった。また,社会を成立させる上で不可欠なもの としてとらえる一方で,不安定,自分には遠いところ にあるといった評価をしていることが見えてきた(表 1)。  一方,ゲーム後では経済をお金や税などといった制 度として認識する回答があった一方で,自分と相手の 損得を考える,生産や交換をする,選択をしてよい方 向に進めていくといった自らの行動としてとらえる回 答もあった。さらに,社会に出てから必要とされるや 今後の人生の分かれ道などで必要になりそうなど,経 済を生きていく上で必要な能力としてとらえる回答も みられた(表 2)。

Ⅳ.考察

 「スマホ製造ゲーム」の目的は,ゲーム体験を通じ てミクロ経済学の第一歩である合理的意思決定に関連 した「トレードオフ」や「機会費用」といった概念を 理解させることにあった。本実践の成果からは,意思 決定における機会費用の認識が高まると共に,経済観 の推移を見ると「選択をしてよい方向にすすめてい 図 3 ディブリーフィング・レクチャーの流れ 図 2 調査の流れ

(4)

く」など自らの意思決定の重要性を理解するように なったことが明らかになった。ここからは,ゲーミン グというアクティビティ手法を用いることで経済の基 本的概念の理解を補助することができるだけでなく, 経済現象という対象に対しても関心を促すことができ ることがわかった(図 6)。  その際,フィードバックする機会の重要性を確認し た。本ゲームは 3 つのフェーズで状況を複雑化させて いくため,生徒たちはそれぞれのフェーズでどのよう な行動や考えを持ったのかについて後になって思い出 すことは難しい。本実践では取引記録表や戦略確認 シートなどを用意して,取引毎やフェーズ毎に行動や 考えをふりかえる機会をおいた。これによって,ゲー ム後のディブリーフィングでゲーム上での行動や考え を基礎的な経済概念から見ていくことが可能となった。  本実践の最も大きな課題は,生徒たちが機会費用と いう概念を正しく理解できたのかどうかということで ある。本実践ではこの点について確認することはでき T 中学校 J 中学校 お金,税金(消費税),貿易(円高円安),株,財務省,モ ノを作り商品として売ること,町や市などでのお金のやり くり,モノの売り買い,経済がないと社会が成り立たない, 不安定なもの アベノミクス,得する人と損する人が居る状況,複雑でデ リケートで難しい,お金で世界が回るイメージ,リッチ, 頭が必要,いろいろ連動している,株,バブル,とても重 要で難しい,お金の使い方・稼ぎ方,自分には遠いところ にある,政治家が動かす難しいもの 表 1 ゲーム前の経済観(抜粋) 表 2 ゲーム後の経済観(抜粋) T 中学校 J 中学校 自分と相手の損得を考える,いろいろな人と関わる,生産や 交換をする,選択をして良い方向に進めていく,税金,お金, 大人になるまで覚えておかないとだめ,経済は大変だなあと 思った,効率よくつくる方法 お金,みんな欲張り,複雑で難しいけど理解すれば楽しい, 経済は弱肉強食の世界でもあるけど地味に頑張る人達もいる と思った,メリットとデメリットをしっかり考えてから決断する ことが大事,相手の強さによって取引内容を変える,社会に 出てから必要とされる,今後の人生の分かれ道などで必要に なりそう,機会費用がある,数学的な考え方が必要,以外と 数字ばっかりの世界ではなくとても面白そう,何通りもの答 えがあってとても難しいけどとても面白い,社会を成り立たせ るための一つの方法 図 4 費用意識の変容(T 中学校,n=34) 100% 75% 50% 25% 0 % ゲーム前     ゲーム後 便益 直接費用 機会費用 23 6 5 16 5 13 図 5 費用意識の変容(J 中学校,n=29) 100% 75% 50% 25% 0 % ゲーム前     ゲーム後 便益 直接費用 機会費用 23 6 その他 11 11 10 6 11 7 1 1 図 6 経済教育におけるゲーミングの利点

(5)

なかったが,2017 年に同じ 2 つの中学校で同様の実践 を行う際に,山岡(2008)の研究をもとにパーソナ ル・ファイナンス・リテラシー尺度(FFFL テスト) の質問項目を一部用いてアンケートで尋ねている。こ の分析を通じて本実践の残された課題に対応してい る5) 註 1) 報告者の上越教育大学における実践については,吉田 (2018)を参照のこと。 2) ゲームでは,グループ A に属する 4 チームには,チーム カラーブロック,黒ブロック,その他の色のブロックを 配布し,グループ B に属する 4 チームには,チームカラー ブロック,グレーブロック,その他の色のブロックを配 布している。グループ A のチームでは,黒とチームカ ラーのブロックの組み合わせの「スマホ」が 1 点,黒と チームカラー以外のブロックで 2 点,チームカラーとチー ムカラー以外のブロックで 3 点,チームカラー以外のブ ロック同士で 4 点となる。グループ B のチームでは黒の 代わりにグレーが入る以外同じ点数構成となる。 3) 具体的には,(1)コンビニで得られるサンドイッチ(便 益),(2)サンドイッチを買うときに払った代金(直接費 用),(3)自分でサンドイッチを作ったときにかかる時間 (機会費用),(4)わからない,という 4 つの選択肢の中 からひとつだけ選択するようにしている。(1)から(3) まではいずれも意思決定に関わる項目であるが, 4) 具体的には,(1)交換によって得られるブロック(便益), (2)交換によって失うブロック(直接費用),(3)交換の 代わりに生産で得られるブロックとの比較(機会費用), (4)わからない,という 4 つの選択肢の中からひとつだ け選択するようにしている。 5) これについては小林・吉田(2017)を参照のこと。 参考文献 [1] 新井明(2005)「経済教育の方法的課題」,魚住・山根・ 宮原・栗原(2005),pp.109-119。 [2] 畔上直樹・小島伸之・中平一義・橋本暁子・吉田昌幸編 (2018)『社会科教科内容構成学の探究』,風間書房。 [3] 岩田年浩・水野英雄編(2012)『教員養成における経済教 育の課題と展望』,三恵社。 [4] 加納正雄(2012)「教員養成学部における経済教育のあり 方-経済教育を担える教員の要請を意識した授業-」,岩 田・水野編(2012),pp.37-51。 [5] 小林重人・吉田昌幸(2017)「経済的なものの見方を身に つけさせるためのゲーミングの開発と評価」,『日本シ ミュレーション&ゲーミング学会全国大会論文報告集』, 2017 年秋号,pp.14-19。 [6] 文部科学省(2008)『中学校学習指導要領解説 社会編』, 日本文教出版株式会社。 [7] 魚住忠久・山根栄次・宮原悟・栗原久編(2005)『グロー バル時代の経済リテラシー』,ミネルヴァ書房。 [8] 山岡道男(2008)「パーソナル・ファイナンス・リテラ シーに関する日米比較:『金融経済理解調査』の予備的考 察」,『アジア太平洋討究』,10,pp.59-83。 [9] 吉田昌幸(2018)「教員養成における経済・経済学教育: その目的・内容・方法に関する検討」,畔上・小島・中 平・橋本・吉田編(2018),pp.173-188。 謝辞  本研究は公益財団法人未来教育研究所の平成 28 年度研究助 成と公益財団法人科学技術融合振興財団(FOST)の平成 28 年 度研究助成を受けたものである。

参照

関連したドキュメント

「~せいで」 「~おかげで」Q句の意味がP句の表す事態から被害を

  BCI は脳から得られる情報を利用して,思考によりコ

※ 硬化時 間につ いては 使用材 料によ って異 なるの で使用 材料の 特性を 十分熟 知する こと

事前調査を行う者の要件の新設 ■

子どもの学習従事時間を Fig.1 に示した。BL 期には学習への注意喚起が 2 回あり,強 化子があっても学習従事時間が 30

建設機械器具等を保持するための費用その他の工事

 模擬授業では, 「防災と市民」をテーマにして,防災カードゲームを使用し

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを