1.はじめに
地球上の生物はその誕生以来,様々に変動する環境に適 応し,存続してきた.生物が変動する環境下で存続してい くためには,種内に保有している多様な遺伝変異が重要で あると考えられている.即ち,突然変異と遺伝的組換えに より生み出される膨大な種類の遺伝子のセットが,変動す る環境下での生物の存続を支える遺伝的な基盤であると考 えられる.作物の育種は植物の小進化として捉えられる. したがって,「変動する地球環境に対応した農業」を育種学 の観点から考えた場合,作物の遺伝的多様性を支える遺伝 資源をいかに有効に利用するかが重要となると考えられる. 作物改良のための遺伝子給源として,「ジーンプール」 という概念が提唱されている(Harlan and deWet 1971).こ の概念では,交雑による遺伝子交換の難易の観点に基づき, 第一次,第二次,および第三次ジーンプールというカテゴ リーが存在する.第一次ジーンプールには栽培品種,雑草 形態の系統,および栽培品種の野生祖先種が含まれる.こ の第一次ジーンプール内の品種間では交雑により正常な子 孫が得られるため,遺伝子の交換が容易である.このこと は作物の栽培化が主に第一次ジーンプールのレベルで達成 されたことを示している.一方,第二次および第三次ジー ンプールの遺伝資源は栽培品種との交雑において,交雑不 親和性や雑種の致死および不稔を生じ,作物への遺伝子の 導入が困難である.しかしながら,第一次ジーンプール内 には存在しない有用な遺伝子が存在する場合もあり,貴重 な遺伝資源としての価値が認識されている.本稿では,第 二次ジーンプールに存在する遺伝資源を利用した育種の一 例として,イネの種間交配によって作出された品種 New Rice for Africa(NERICA)を取り上げ,NERICA が持つ遠 縁種由来の有用遺伝子や潜在的な不良遺伝子の解析につい て紹介する.2.研究の背景
将来の人口増加に伴う世界的な食料不足を回避するため に,アフリカ向け高収量イネの作出が必要とされている. アフリカでイネの高生産性を実現させるために,近年,アジ ア栽培イネ(Oryza sativa)と,O. sativa から見て第二次ジー ンプールに属しているアフリカ栽培イネ(Oryza glaberrima) の雑種後代より NERICA が作出された(Jones et al. 1997a, b).NERICA は葯培養と戻し交雑技術により遠縁種間交雑 における雑種不稔性などの問題が克服されており,O.sativa 由来の高収量性と O. glaberrima 由来の劣悪環境耐性
を併せ持つとされている(Jones et al. 1997 a,b).AfricaRice Center(2008)によると,これまでに 18 種類の陸稲栽培 向け NERICA が育成されており,これらの NERICA 品種 はアフリカで従来栽培されてきた品種に比べ,収穫までの 期間が短く,イネいもち病やメイチュウといった生物学的 ストレスに耐性が強いとされている.加えて,根寄生雑草 に対する抵抗性(Cissoko et al. 2011),アルミニウム耐性 (Kang et al. 2011),窒素欠乏耐性(Oikeh et al. 2008)を持
つといった報告もされている.
一方,NERICA 品種の中には O. sativa との間の交雑にお いて雑種不稔性を引き起こすものがあることが報告されて いる(Ikeda et al. 2009).これは NERICA が潜在的に保持 しているアフリカ栽培イネ由来の雑種不稔遺伝子がアジア 栽培イネとの雑種 F1において顕在化することが原因であ ると考えられる.雑種不稔性のような不良形質を支配する 遺伝子とストレス耐性のような有用遺伝子が密接に連鎖し ている場合,従来の手法によって雑種不稔遺伝子のみを取 り除くことは難しく,今後,NERICA をさらに改良する際 の妨げとなることが考えられる.そこで筆者らは NERICA の持つ有用形質に関する遺伝子および不良形質に関する遺 伝子を明らかにし,それら遺伝子を簡易的に選抜すること ができる DNA マーカーを作出することを目的とし研究を 行ってきた.
遠縁種を利用した不良環境に強いイネの育種
- NERICA の解析を例として
小出陽平
京都大学白眉センター・農学研究科(〒 606−8502 京都市左京区北白川追分町) 要旨:高等生物は突然変異により生じる新たな遺伝子セットを遺伝的組換えにより再編成することで膨大な 遺伝的多様性を生み出し,変動する環境に適応している.したがって,作物の遺伝的多様性を支える生物資 源を有効に利用することが,変動する地球環境に対応した農業を推進する上で重要となると考えられる.本 稿では生物資源利用の一例として,イネの種間交雑により作出された New Rice for Africa(NERICA)を取り 上げ,NERICA が持つ遠縁種由来の有用遺伝子や潜在的な不良遺伝子の解析について紹介する.キーワード:New Rice for Africa,イネ,出穂性,雑種不稔性
2014 年 3 月 27 日受理
3.NERICA の到穂日数の解析
NERICA が保持する有用形質に関する遺伝子を明らかに するためのモデルケースとして,NERICA の到穂日数に関 する遺伝解析を行った.前述のように NERICA はアフリ カで従来栽培されていた品種に比べ,生育期間が短いとい う特徴を持つ.しかしながら,NERICA の到穂日数を支配 する遺伝子について詳細な解析は行われていない.イネの 到穂日数は基本栄養成長相と感光相の長さを支配する複数 の遺伝子の相互作用により複雑に規定されており,イネの 地域特異性を決定する重要な要因であると考えられてい る. 本研究ではまず,NERICA の日長反応性に関して解析を 行った.陸稲栽培向け NERICA 18 品種のうち,茨城県 つ く ば 市 に お い て 到 穂 日 数 が 最 も 短 い NERICA10 と NERICA の育成に利用されたアジア栽培イネ品種である WAB56-104 を用い,短日(10 時間日長)および長日(14 時間日長)の 2 条件で到穂日数の調査を行った.短日条件 における到穂日数は NERICA10 が 78 日であったのに対し, WAB56-104 は 79 日であった(第 1 図).一方,長日条件 における到穂日数は NERICA10 が 79.5 日であったのに対 し,WAB56-104 は 89 日 で あ っ た( 第 1 図 ).NERICA10 は短日,長日の両条件下でほぼ変わらない到穂日数であっ たことから,WAB56-104 と比べ日長反応性が弱いことが 明らかとなった. 次にNERICA10の到穂日数に関して,NERICA10とWAB56-104 の交雑により得られた F2183 個体を用い,QTL 解析を 行った.前述の通り,WAB56-104 は NERICA10 の育成に 利用されたアジア栽培イネ品種であるため,この F2集団 を用いることで,NERICA10 に存在するアフリカ栽培イネ 由来の遺伝子の解析が可能となる.到穂日数の調査は茨城 県つくば市における自然日長条件下(4 月から 9 月 平均 日長 13.1 ∼ 14.6 時間)で行った.遺伝子型の調査にはゲ ノムワイドに配置した 629 個の SSR マーカーのうち, NERICA10 と WAB56-104 の間で多型が見られた 59 個の SSR マ ー カ ー を 用 い た. こ れ ら の SSR マ ー カ ー は NERICA10 が保持するアフリカ栽培イネ由来染色体断片上 に存在すると考えられる.F2集団の到穂日数は連続的な 分布を示し,NERICA10 の到穂日数に関する QTL が複数 存在することが示唆された.QTL cartographerによるSingle marker analysis の結果,到穂日数と相関のある SSR マーカー が第 4,6,8 染色体に検出された(第 2 図).第 4 および 第 8 染色体上の QTL は NERICA10 由来の対立遺伝子が到 穂日数を短くし,第 6 染色体上の QTL は NERICA10 由来 の対立遺伝子が到穂日数を長くする効果があった.これら QTLのうち,第8染色体上のQTLは最も大きな効果を持ち, QTL 座乗領域には,既報のイネの出穂期関連遺伝子 Hd5/ DTH8/Ghd8 が存在していた.そこで,この遺伝子の塩基 配列を解析したところ,NERICA10 は機能欠失型の塩基変 異を持つことが明らかとなった(第 3 図).これまでの研 第 1 図 NERICA10 と WAB56-104 の短日および長 日条件下での到穂日数. 第 2 図 NERICA10 × WAB56-104 F2集団における到穂 日数の QTL.白い四角形は染色体を示す.染 色体上の実線および点線はそれぞれ NERICA10 と WAB56-104 の間で多型が見られたマーカー および多型が見られなかったマーカーの位置を 示す.究において DTH8/Ghd8 は長日条件下でイネの出穂を遅ら せる効果があることが示されている(Wei et al. 2010,Yan
et al. 2010).このことから,Hd5/DTH8/Ghd8 の機能欠失が NERICA10 の感光性の喪失に関与していることが示唆され た.今後は,NERICA10 の感光性の喪失がアフリカでの NERICA の地域適応性にどの程度寄与しているか調査を行 う必要がある.また,本研究と同様の手法を用いる事で, NERICA が持つアフリカ栽培イネ由来の有用遺伝子を明ら かにする事が可能である.前述のように NERICA は生物 学的ストレスおよび非生物学的ストレスに対し抵抗性をも つことが示されているため,今後の解析により,これら抵 抗性に関与する遺伝子を明らかにする事ができると考えら れる.
4.NERICA の雑種不稔性の解析
陸稲栽培向け NERICA の中には,アジア栽培イネ O. sativa との交雑後に得られる雑種において種子不稔性を示す系統が存在する(Ikeda et al. 2009).NERICA を自殖させ た場合や,NERICA の親である WAB56-104 と O. sativa と の雑種の場合はこのような種子稔性の低下が生じないこと から(小出ら 未発表データ),NERICA の一部の系統は O. sativa との雑種で特異的に不稔性を誘導する O. glaberrima 由来の遺伝子を保有していることが示唆される.このよう な雑種不稔性はイネの遠縁種間交雑において頻繁に生じる ことから,異なるジーンプールに存在する遺伝資源を利用 する際の妨げとなっている.本段落では NERICA10 と WAB56-104 の間の雑種で生じる種子不稔性の遺伝解析お よび,雑種不稔性の原因と考えられる S1 遺伝子に関する 筆者らの研究について紹介したい. 先の解析と同様に NERICA10 と WAB56-104 との交雑に 由来する F2集団を解析に用い,茨城県つくば市において 種子稔性の調査を行った.NERICA10 と WAB56-104 の種 子稔性はそれぞれ 89.1 ± 2.2%および 91.3 ± 3.5%であった. 一方,F2集団の種子稔性の平均値は 80.0 ± 0.1%であり,両 親の値よりも低いことが明らかとなった.F2集団におけ る種子稔性は連続的な分布を示し,両親よりも種子稔性が 高い個体や低い個体が見られた(第 4 図).先ほどと同様 の遺伝子型データを用いて QTL 解析を行ったところ,第 6 染色体短腕の SSR マーカーで形質と遺伝子型との間に相 関がみられた.これらのマーカーのうち,最も高い相関を 示した RM19359 の遺伝子型別に種子稔性の平均値を算出 したところ,RM19359 の遺伝子型がヘテロ接合となる個 体において,顕著な種子稔性の低下がみられた.さらにこ れらヘテロ接合の個体では種子稔性だけでなく,花粉稔性 も低下していることが明らかとなった.また,QTL 領域 に存在する SSR マーカーでは有意な分離比の歪みが生じ ており,O. glaberrima 由来の対立遺伝子が優先的に後代に 伝達していることが明らかとなった. 第 6 染色体上の当該染色体領域にはこれまでに O. sativa と O. glaberrima の雑種不稔性に関与する S1 遺伝子座が存 在することが知られている(Sano 1990).筆者らはこれま でに,O. glaberrima の染色体断片を O. sativa の遺伝背景に 導入した準同質遺伝子系統群(NILs)を用い,S1 遺伝子 座の詳細な遺伝解析を行っている(Koide et al. 2008).S1 遺伝子座の遺伝的作用は O. glaberrima 由来の対立遺伝子 S1 と O. sativa 由来の対立遺伝子 S1aにより説明され,S1 と S1aのヘテロ接合体において,S1a遺伝子を保持する種 子および花粉の特異的な退化を引き起こす.結果として 第 3 図 NERICA10 が保持する Hd5/DTH8/Ghd8 遺伝子に存在する塩基多型. F.S. はフレームシフトを引き起こす変異を示す. 第 4 図 NERICA10×WAB56-104 F2集団における種子 稔性のヒストグラム.黒矢印および白矢印は それぞれ NERICA10 と WAB56-104 の種子稔 性の平均値を示す.
S1 と S1aのヘテロ接合体の後代において,S1 遺伝子が優 先的に伝達し,分離比の歪みが生じる(第 5 図).筆者ら の検定交配の結果,S1a遺伝子は O. sativa に広く分布して おり,一方,S1 遺伝子は O. glaberrima にのみ存在するこ とが明らかとなった(Koide et al. 2008).S1 遺伝子座の存 在はこれまでに多くの研究者グループにより報告されてお り(Heuer and Miézan 2003,Garavito et al. 2010,Zhou et al. 2010),これらのことから,S1 遺伝子座は O. sativa と O.
glaberrima の種間雑種不稔性における主要な因子であると
考えられる.S1 遺伝子座のマッピングを行ったところ,第 6 染色体上の約 40kb 以内の領域に絞り込むことができた (Koide et al. 2008).この領域は NERICA10 を用いた解析で 見いだされた雑種不稔性の QTL 領域と一致していること から,NERICA10 は O. glaberrima に由来する S1 遺伝子を 保持していることが示唆される.今回の結果に基づき,S1 遺 伝 子 を 識 別 す る DNA マ ー カ ー を 用 い る こ と で, NERICA10 とアジア栽培イネの間の雑種後代において不稔 性を生じない個体の選抜が容易になると考えられる.
5.おわりに
遠縁種に存在する未利用の遺伝資源を利用することは, 環境変動に適応する品種を育成する上で重要な手法の一つ である.しかしながら,縁が遠くなればなるほど不稔や交 雑率の低下などの問題が生じ,遺伝資源の利用は困難とな る.本稿ではアフリカで栽培面積を広げつつある NERICA を取り上げ,NERICA が持つ有用遺伝子や潜在的な不良遺 伝子(雑種不稔遺伝子)の遺伝解析を紹介した.本稿では 取り上げることができなかったが,筆者らは NERICA の持 つリン酸欠乏耐性遺伝子やいもち病抵抗性遺伝子等の解析 も進めており(Koide et al. 2013),NERICA の持つ有用遺 伝子が明らかになりつつある.この知見を利用することで, O. glaberrima の持つ有用遺伝子をピンポイントで導入し, 潜在的な不良遺伝子を早期に取り除くことのできる DNA マーカーを開発することができる.将来はこのような研究 を様々な種に適用することにより,未利用の遺伝資源を効 果的に利用するための技術基盤が構築されることが期待さ れる.参考文献
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The use of distantly related rice species for breeding of environmental stress tolerance –
an example of genetic analysis of NERICA
Yohei Koide
The Hakubi Center for Advanced Research/Graduate School of Agriculture, Kyoto University
(Kitashirakawaoiwakecho, Sakyo-ku, Kyoto 606−8502, Japan)
Summary: Higher organisms adapt in changing environments by reorganizing a new set of genes through genetic recombination and producing a large amount of genetic variation. Therefore, the efficient use of biological resources underlying the genetic variation of crops is important for achieving the sustainable agriculture under global climate change. Here, I present an overview of the genetic studies on New Rice for Africa (NERICA) that was developed by interspecific crossings in rice, and review our recent analysis about useful and potentially useless genes introgressed from a distantly related species into NERICA.
Key words: New Rice for Africa, rice, days to heading, hybrid sterility
Journal of Crop Research 59 : 67 − 71(2014) Correspondence : Yohei Koide([email protected])