歩行における随意的足関節背屈運動が大腿四頭筋の筋活動に及ぼす影響について
畑山 将時郎
<要約> 本研究の目的は,歩行の初期接地時に随意的に背屈運動を行わせて前脛骨筋の筋活動を高めること で大腿四頭筋の筋活動が変化するのか,また,もし大腿四頭筋の筋活動が変化すればそれが荷重応答 期にも持続するのかを検証することだった.対象は,若年健常者 10 名だった.歩行路の中に床反力計 を設置し,歩行周期を算出した.表面筋電計により前脛骨筋,腓腹筋内外側頭,ヒラメ筋,内外側広 筋,大腿直筋,大腿二頭筋の筋活動を導出し,歩行中の初期接地期,荷重応答期の筋活動量を算出し た.課題は通常歩行と踵接地歩行で,課題順はランダムで練習を 5 回以上実施した後,各 5 回施行し た.統計処理には対応のあるt 検定を用い、有意水準は 5%未満とした.初期接地期と荷重応答期で前 脛骨筋は通常歩行に比べて踵接地歩行で有意に増加した.しかし,大腿四頭筋は両課題間で有意な差 は認められなかった.初期接地期に,前脛骨筋の筋活動が高まっても大腿四頭筋の筋活動は変化せず, 荷重応答期においても大腿四頭筋の筋活動が変化しないことが持続することが示唆される.Ⅰ.はじめに
歩行訓練の際に「踵から着くように歩く」と いう指示がよく用いられる.この指示は,遊脚 期から初期接地時の前脛骨筋の筋活動増大,遊 脚期の足関節背屈の獲得,踵接地の保証,立脚 期のヒールロッカーの利用という一連の動作を 獲得する目的で使われている1,2). 大腿四頭筋は,レッグプレス時に前脛骨筋の 活動を高めさせ,足関節背屈位で行うと大腿四 頭筋の筋活動は増加するという報告がある 3). この説明として、ヒトにおける足関節背屈筋求 心性線維の活動が脊髄固有ニューロンを介して, 膝関節伸展筋運動神経を興奮させるという報告 があるように4),前脛骨筋からの興奮が大腿四 頭筋に伝わる回路があると示唆される. 歩行時前脛骨筋の活動は,大腿四頭筋に先行 して初期立脚直前に開始する5).一方で,大腿 四頭筋は前脛骨筋の活動に次いで初期接地直前 に働き,その活動は荷重応答期を通して持続す る 6).故に,立脚直前に前脛骨筋の活動が高ま れば,初期接地時の大腿四頭筋の活動も高まり, さらに荷重応答期にもその活動は持続する可能 性がある. 前脛骨筋から大腿四頭筋を興奮させる回路は, 歩行の初期立脚時に高まる 7).しかしながら, 歩行において,前脛骨筋の筋活動が持続するに 従って,大腿四頭筋の筋活動は抑制されるとい う報告もある8).従って,本研究の目的は、① 歩行の初期接地時に,随意的に背屈運動を行わ せて前脛骨筋を高めることで大腿四頭筋の筋活 動が変化するのか,②もし大腿四頭筋の筋活動 が変化すれば,それが荷重応答期にも持続する のかを検証することだった.Ⅱ.方法
1.対象 既往歴のない若年健常者 10 名(男性6名,女 性4名,年齢:21.7±0.95 歳,身長:168.5± 6.2 ㎝,体重:59.1±6.4 ㎏)を対象とした. 2.実験機器 (1)床反力計 体重で正規化した床反力垂直分力と歩行周期 を算出するために用いた.床反力計(Kistler 社製)2枚を全長7mの歩行路の端から3m3 0㎝の地点に常に右足が乗るように設置した (図1).1枚目の床反力計の初期接地(IC1)を0%,2枚目の初期接地(IC2)を 100%とし て歩行周期を算出した.初期接地(IC1)は垂直 分力(Fz)が 20Nを超えた時点9),荷重応答期 (LR)は Fz の第1ピーク時,および遊脚後期 (Tsw) は IC1 から 10%前の時点とした10).本研 究の解析範囲は,初期接地期:Tsw~IC1,荷重 応答期:IC1~LR とした.サンプリング周波数 は 1000Hz とした. (2)筋電計 筋活動の計測のため,表面筋電計(マルチテ レメータ,日本光電社製)を用いた.計測は観 測肢を右側とし,前脛骨筋,腓腹筋内外側頭, ヒラメ筋,内外側広筋,大腿直筋,大腿二頭筋 外側頭の計8筋で行った.初期接地期と荷重応 答期の積分筋電図(IEMG)を算出した.IEMG は, 安 静 時 筋 活 動 を 引 い た 後 , 最 大 等 尺 性 収 縮 (MVC) で正規化し,さらに持続時間で徐するこ とで単位時間当たりの筋活動量を求めた. (3)3次元動作解析システム 3 次元動作解析システム(EvaRT4.4,Motion Analysis 社 製 ) と 赤 外 線 カ メ ラ 6 台 (Hawk-200RT,Motion Analysis 社製)を用い て,反射マーカーから IC1,LR 時点の足関節角 度,膝関節角度と歩行パラメーターとしてスト ライド速度とストライド長を算出した.反射マ ーカー貼付位置は,右側大転子,右側大腿骨外 側上顆,右側外果,左右第5中足骨頭,左右踵 骨の計8箇所とした.マーカー座標を 200Hz で 収集した. 3.実験内容 被験者には,歩行開始地点より最低5歩歩い た状態で1枚目の床反力計に右足が乗るように 練習を行ってもらい,歩行開始地点は常に同じ 場所となるようにした.実験課題は「通常通り 歩いてください」という指示の「通常課題」,そ して「踵から着くように歩いて下さい」という 「踵接地課題」の 2 課題を設け,課題順はラン ダムで各 5 回施行した.練習は 5 回以上実施し た. 4.統計解析 統計解析ソフト SPSS11.5(SPSS 社製)を使用 した.通常課題と踵接地課題の筋活動量,関節 角度,歩行パラメーターを対応のあるt 検定を 用いて比較した.有意水準は 5%未満とした.
Ⅲ.結果
1.積分筋電図(IEMG) 初期接地期における前脛骨筋の IEMG は,通常 課 題 に 比 べ て 踵 接 地 課 題 で 有 意 に 増 加 し た (P<0.01).また,荷重応答期においても通常課 題 に 比 べ て 踵 接 地 課 題 で 有 意 に 増 加 し た (P<0.01).しかし,内側広筋,外側広筋,大腿 直筋に関しては,両課題で有意な差は認められ なかった(図2). 2.関節角度 IC1 時の足関節角度は,通常課題と比べて踵 接地課題で有意に背屈位となった(P<0.05).し かし,LR 時の足関節角度,IC1・LR 時の膝関節 角度は,両課題で有意な差は認められなかった (図3). 図1:実験風景 全長7mの歩行路を設定.歩行開始地点から3m30㎝ の地点に1枚目の床反力計,板を挟み2枚目の床反力計を 設置.被験者には常に右足から接地するよう指示した.3.初期接地期および荷重応答期の時間 初期接地期の時間は通常課題と比べて踵接地 課題で有意に増加した(P<0.05).また,荷重応 答期の時間も通常課題と比べて踵接地課題で有 意に増加した(P<0.01)(図4). 4.最大垂直分力%体重 体重に対する最大垂直分力は,両課題で有意 な差は認められなかった(図5).
Ⅳ.考察
1.大腿四頭筋への影響について 初期接地期,荷重応答期に前脛骨筋の筋活動 図2:積分筋電図 初期接地期,荷重応答期における前脛骨筋,内外側広筋, 大腿直筋の筋活動量変化を示す.前脛骨筋は,通常課題に比 べて踵接地課題で有意に増加した. 図3:関節角度 IC1,LR 時における足関節,膝関節角度変化を示す.IC1 時の足関節角度は通常課題に比べて踵接地課題で有意に背 屈位となった.が高まっても大腿四頭筋は変化しなかった.こ れは,初期接地時,荷重応答期の膝関節角度が 変化しなかったことや体重に対する最大垂直分 力が変化しなかったことから,生体力学的な要 因が大腿四頭筋の筋活動に影響を及ぼしていな いと考えられる. 2.大腿四頭筋が変化しなかったことについて 歩行において,前脛骨筋から大腿神経への興 奮は,非相反Ⅰa抑制ニューロンを介して抑制 され,その抑制は,活動の持続時間に従って増 加するという報告がある8).本研究では,踵接 地課題において,初期接地期,荷重応答期の時 間が通常課題に比べて延長したことから,その 期間での前脛骨筋活動時間が延びたと考えられ る.前脛骨筋の筋活動時間が延びたことで,前 脛骨筋から大腿四頭筋を抑制させる回路が働い たと考えられる.しかしながら,結果として大 腿四頭筋の筋活動量が変化しなかったというこ とは,前脛骨筋から大腿四頭筋を興奮させる回 路も働いたと考えられる.
Ⅴ.結語
初期接地期に,前脛骨筋の筋活動が高まって も大腿四頭筋の筋活動は変化しない.荷重応答 期においても大腿四頭筋の筋活動が変化しない ことが持続する.謝辞
本稿を終えるにあたり,ご指導いただきまし た本学諸先生方,大学院の先輩方,ならびに快 く被験者を引き受けてくださった本学学生の皆 様に心より深く感謝申し上げます.引用文献
1. Kirsten Gotz-Neumann:観察による歩行分 析,医学書院,東京,2005. 2. 嶋田 智明:実践 MOOK・理学療法プラクテ ィス 膝・足関節障害,文光堂,東京,2010. 3. 河村顕治:足関節底背屈運動が下肢閉運動 連鎖筋出力に及ぼす影響,日本臨床バイオ メカニクス学会誌,Vol.26,2005. 4. Pierrot-Deseilligny E et al.: Thecircuitry of the human spinal cord. University Press,Cambridge,2005 5. Lehmann JF et al.:Gait analysis.Krusens
Handbook of Physical Medicine and 図4:初期接地期および荷重応答期の時間 通常課題と踵接地課題における初期接地期,荷重応答期の 持続時間変化を示す.初期接地期,荷重応答期の持続時間は 通常課題に比べて踵接地課題で有意に増加した. 図5:最大垂直分力%体重 通常課題と踵接地課題の体重に対する最大垂直分力の 変化を示す.両課題で有意な差は認められなかった.
Rehabilitation,4th ed,Philadelphia,
pp108-125,1990.
6. A. Nene et al:Is rectus femoris really a part of quadriceps? Assessment of rectus femoris function during gait in able-bodied adults.Gait and Posture, 20,1–13,2004.
7. Marchand-Pauvert V:Suppression of the H reflex in humans by disynaptic
autogenetic inhibitory pathways
activated by the test volley. J Physiol, 542:963–976,2004.
8. Caroline Iglesias:Corticospinal inhibition of transmission in propriospinal-like neurones during human walking.European Journal of Neuroscience,Vol. 28,pp. 1351–1361, 2008.
9. A.R. De Asha et al.:A marker based kinematic method of identifying initial contact during gait suitable for use in real-time visual feedback applications. Gait & Posture,36,650–652,2012. 10. 加藤 浩:術後股関節疾患患者に対する踵 接地を意識させた歩行訓練が股関節外転筋 活動に及ぼす影響一表面筋電図による積分 筋電図及び wavelet 周波数解析一:理学療 法科学,27(4):479-483,2012. (指導教員:浅賀 忠義)