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4章 困難な課題への挑戦 核酸結晶学

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4-2-6. 核酸の結晶調製

I. はじめに

a. 核酸結晶学のあゆみ DNA に始まる核酸の構造研究は,タンパク質とは異なり線状の高分子であるが故に結晶 化が極めて難しく,1軸あるいは2軸方向に配向した繊維状の物質として扱い,タンパク 質に見られる単結晶とは異なる方法論によって進められてきた.その後DNA や RNA など 核酸の化学合成が可能になると,配列が均一な試料の単結晶が得られるようになり,ワト ソンとクリックが提案した二重らせん構造(Watson & Crick 1953)が正しかったことが原子 レベルで確認された.しかし,それでもX線解析された多くの核酸結晶は分子量が小さい ものに限られていた.高分子量の核酸を化学(自動)合成あるいは酵素合成によって入手 できるようになったのは最近のことである.今では核酸結晶もタンパク質結晶と同様の扱 いができるので,両方を合わせて高分子結晶学,巨大分子結晶学あるいは生体分子結晶学 と呼ぶべきかも知れない.しかし,結晶化および構造精密化では核酸固有の問題があるの で,以下では,特に核酸分子の立場から結晶化について説明する. b. 核酸構造生物学とは DNA の二重らせん構造に基づいて分子生物学が急速に発展し,分子遺伝学,タンパク質 工学,生物工学,構造生物学,材料科学,薬学,農学,医学など生命に関わる幅広い研究 が展開されてきた.その構造は生命現象の大部分を説明でき,今ではゲノムの解読から応 用にまで発展しようとしている.DNA は構造があまりにも単調すぎるので,能動的な機能 を持たないとみなされてきた.この流れの中では,タンパク質が生命の主役であり,DNA は情報媒体に過ぎないという見方が支配的であった.しかし,この固定概念は,DNA の転 写によって造られるRNA が酵素活性をもつというリボザイムの発見で覆され(Cech et al.

1981),複製を基本とする生命の起源は RNA ワールドであるという仮説がうまれた.その

後 in vitro selection 法によって DNA も酵素機能を持ちうることが証明され(Breaker & Joyce

1994),応用を目指す機能性核酸の開発研究が展開されるようになった.

最近のゲノム解析によって,タンパク質をコードしているエキソンはヒトの場合全ゲノ ムの僅か2%以下であり,トランスポゾンやレトロトランスポゾンのような散在型反復配列 と種々の遺伝病に関係する単純反復配列が50%以上を占め,30%弱がイントロンであること が示された(International Human Genome Sequencing Consortium 2001).エキソン以外のこれ らの膨大な情報は生命現象の種々の過程において何らかの制御に関わっていると予想され るが,多くの部分は全く未知であり,非翻訳領域の機能解析の重要性が認識されるように

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なった.タンパク質はDNA 上の情報に操られて一定の仕事をする労働分子に過ぎず,用済 みになれば順次破棄または破壊されるという儚い運命を背負っている.しかし,これらの 労働分子に異常事態や欠陥が生じれば病気の原因となるので,これを標的とする薬物の開 発は対症療法として簡便かつ効果的であり,さらに種々の応用が可能なので,タンパク質 を中心とした研究が活発に行われている. RNA は基本的には1本鎖の状態で存在し,種々の生命現象に関わって機能している.典 型的なのがRNA 酵素(リボザイム)で,転写後の RNA を切断・連結することによって, rRNA,tRNA,mRNA,snRNA などの機能性 RNA を造り出す.また,rRNA の 50S サブユ ニットのドメイン V は,タンパク質合成過程でアミノ酸同士をペプチド結合で連結する反 応を触媒する酵素として働いている(Garrett & Rodriguez-Fonseca 1996).一定の仕事が終了 するとこれらは分解され,新たな需要によって再生される.タンパク質と同じように使い 捨ての分子である.以上のように,核酸分子も生命情報のダイナミズムを制御する機能を 担っているので,これをターゲットとした基礎研究や応用研究には立体構造の知見が必要 であり,構造研究の重要性が増すと思われる. c. 核酸結晶に固有の問題について 核酸分子の構造化学的特徴は,各残基がリン酸基,リボース環,塩基の3つの部分から 構成されていることである.リン酸基部分は負の電荷を持ち,水によく溶ける.リボース 環の上下は疎水性であるが,突き出した水酸基は親水性である.塩基は面の上下で疎水性 が強いので,塩基同士が互いに平行に積層しようとする.一方,塩基の面内横方向は極性 部分が突き出しているので,水素結合をかける傾向が非常に強く,相補的塩基間であれば ワトソン-クリック型の対合が生じ,それ以外でもいろいろな形で水素結合を形成する.構 造全体は上記3つの部分が単調に繰り返されているように見える.しかし,4種類の塩基 (DNA では G, C, A, T,RNA では G, C, A, U)の構造化学的性質(水素結合様式)が異なる ので,タンパク質と同様に塩基(ヌクレオチド残基)の置換は全体構造を支配する.また 機能のさらなる特異化のために4種類だけでは駒が不足する場合には種々の修飾が施され ている. 核酸は柔軟性に富み,二重らせん以外に一定の構造をもたないと考えられてきたが,そ れは誤解である.核酸上のドメイン単位あるいは切り出された単体は,上記の構造的特徴 を使って,一定あるいは複数の立体構造を必ず保持している.コンフォメーションは各残 基のリボース環のパッカリングによって決まる.DNA は C3'-endo と C2'-endo の2種類が安 定であるために,前者の場合には A 形,後者の場合には B 形の構造になる.C 形,D 形,E 形は B 形のゆらぎである.これら以外に左巻きらせんの Z 形も知られている.しかし,RNA

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ではリボース環に結合した水酸基が1つ多いので,その立体効果によって C3'-endo のパッ カーしか採れないために,構造が硬く,A 形のみである. このような構造的特徴をもつ核酸分子の結晶化では,表面が負の電荷で覆われているた めに,分子間を近づける陽イオンが必要である.結晶化の過程では,陽イオンは接着剤と して働くと同時に,結晶格子を形成するときの空間を埋める効果もあるために,価数と大 きさの異なるイオンをうまく組み合わせることが必要である.それが故に,ある特定の狭 い条件においてのみ結晶が析出する.したがって,スクリーニングの段階で結晶が得られ なくても,諦めてはならない.条件の幅を細かくして根気よく検索する必要がある.特に RNA は DNA に比べると条件幅が狭いために,意欲と執念と根気が不可欠である.

II. 核酸試料の選び方と取り扱い方

a. ターゲットの選び方と設計 DNA や RNA は一般的には巨大な二本鎖あるいは一本鎖の状態にあり,その中の一部の 情報が発現されて,生命のダイナミズムが営まれるので,静的な状態にある全体構造を解 析するよりも,それぞれの部分あるいは関連する部分が発現する動的状態の構造に興味が 集中する.動的状態といえども,それぞれ一定の構造体を形成しているはずなので,それ ぞれを切り出したり,さらに目的の実験が成功するように加工したりする必要がある.ま た,結晶化の都合上さらに加工したり,あるいは特定の部位だけを選んだりという試料の 設計が必要になる.特定のタンパク質がこれに結合させられる場合には,タンパク質との 複合体の調製も必要となる. 結晶構造を利用した試料の設計:分子の機能に関わる局所的な構造,例えば修飾塩基の相 互作用様式や,ヌクレオチドへのドラッグの結合様式などを明らかにする場合は,結晶構 造が既知なヌクレオチド配列を利用して試料を設計する.これによって,よく似た結晶化 条件で結晶が得られると期待でき,X線解析においても分子置換法による位相決定が可能 になる.この場合,高分解能でX線解析が行われていて,且つ,結晶の多形性の低い配列 を 選 択 す る と よ い . 例 え ば , デ ィ ッ カ ー ソ ン ・ デ ュ リ ュ ー 型 のDNA12 量 体 d(CGCGAATTCGCG)(Wing et al. 1980)は,B型二重らせんの結晶化で頻繁に用いられてい る.この配列の変異体の多くは,末端のステム部分が副溝同士で水素結合することによっ て空間群がP212121になりやすいので,位相決定が容易である.実際に,6-メトキシアデニン,

4-メトキシシトシン,5-ホルミルウラシルなどの修飾塩基を含むディッカーソン-デュリュ ー型のDNA12 量体が結晶化され,高分解能のX線解析に成功している(Chatake et al. 1999a,

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1999b; Hossain et al. 2001a, 2001b; Tsunoda et al. 2001, 2002). 分子のパッキングを考慮した試料の設計:機能性核酸分子を結晶化する場合,最初に選択 すべき配列は,生体内の配列に近いものである.しかし,結晶化が困難な場合には,結晶 内での分子間パッキングを誘導するような配列を付加したり,分子の不安定な個所を削っ たり,ステム部分のA:T または A:U 塩基対をより安定な G:C 塩基対に置換したりするなど の分子改変を行う.例えば,グループII イントロンと HDV リボザイムについては,GAAA テトラループを導入することによって(Ferré-D'Amaré et al. 1998),ハンマーヘッドリボザ イム(Scott et al. 1995)やRNA シュードノット(Anderson et al. 1996)については,ステム の末端に一本鎖状態で張り出した配列を付加することによって,分子間の相互作用を生じ させて結晶化に成功した例がある.また,グループ I およびグループ II イントロンリボザ イムのような大型の分子については,活性に関係する部位のみを切り出して小型化するこ とによって結晶化に成功している(Cate et al. 1996; Zhang & Doudna 2002).ただし,このよ うに分子を改変した場合には,その分子が天然型分子と同等の活性をもつことを比活性測 定によってあらかじめ確認しておく必要がある(II-e に記述).

U1A タンパク質結合ループの付加:RNA の結晶化が困難な場合や,RNA 結晶の回折能が著

しく低い場合には,RNA 分子とタンパク質複合体との複合体として扱って結晶化させる. この方法では, U1A タンパク質(U1A-P)が広く用いられる.このタンパク質の分子表面 には,酸性,中性,塩基性,極性に分類される各種アミノ酸側鎖が散在しているので,タ ンパク質とRNA の間に静電相互作用やスタッキング相互作用が誘導され,結果として分子 が密にパッキングされると期待できる. まず,ターゲットとなるRNA分子にU1A-RNA(U1A-P結合部位)を付加する(図 1).付 加する場所としては,活性部位の構造に影響を与えない場所を選択する.U1A-PはU1A-RNA に強く結合する(Kd~10-11M; van Gelder et al. 1993).U1A-Pに含まれるメチオニンをセレノメ

チオニンに置換すれば,MAD法による位相決定も可能なので,臭素誘導体を導入できない 長鎖RNA(酵素によって合成したRNA)の構造解析に有効な方法である.実際に,HDVリ ボ ザ イ ム と ヘ ア ピ ン リ ボ ザ イ ム の X 線 解 析 が こ の 方 法 に よ っ て 成 功 し て い る

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図1.U1A-RNA を導入した HDV リボザイム(左)とヘアピ ンリボザイム(右)の二次構造 二次構造予測による試料の設計:試料を結晶化に適した大きさや配列に加工した場合,そ の部分配列が目的の機能構造をとり得るかどうかを吟味する必要がある.核酸は,A と T (またはA と U),G と C という相補的塩基間で水素結合することによって構造を形成する ので,構造予測は比較的容易である.G:C 塩基対は水素結合が3本であり,A:T または A:U 塩基対の水素結合は2本であるので,G:C 塩基対を多く含むほうがより安定な構造を形成で きることは簡単に予測できる.しかし,これらの塩基対の自由エネルギー変化∆G 値は一定 でなく,隣接した塩基対とのスタッキングの影響を受ける.したがって,ステム・ループ 構造の安定性の評価には,2つの連続した塩基対の組み合わせによる∆G 値と,4種類のル ープ(ヘアピンループ,バルジループ,内部ループ,ブランチループ)の∆G 値が使われて いる(図 2).しかしこの方法では,シュードノット構造や非相補的塩基対を含む複雑な構 造を予測することは今のところ不可能である.また,予測した構造が結晶構造と一致する という保証はないので,これまでに明らかになっている結晶構造とあわせて参考にしなが ら試料の設計を行う.

実際にはソフト「MFOLD」(Jacobson & Zuker 1993)や「Vienna RNA package」(Hofacker 2003),「RNA secondary structure prediction」(Brodsky et al. 1995)などを用いて二次構造の予 測を行う.これらのソフトはすべてウェブ上で利用可能である.

・MFOLD:http://www.bioinfo.rpi.edu/applications/mfold/ ・Vienna RNA package:http://www.tbi.univie.ac.at/~ivo/RNA/

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図2.核酸の二次構造 位相決定用試料の設計:位相決定に重原子法やMAD法を適用する場合には,特定の残基に 臭素原子(吸収端0.92020 Å)やヨウ素原子を導入する.デオキシ-5-ブロモシチジンや 2’-デオキシ-5’-ブロモウリジン,5’-ブロモウリジンなどの修飾塩基を含むアミダイトが市販さ れているので,DNA/RNA自動合成機を用いて化学合成することができる.ただし,ハロゲ ン原子は脱保護基処理の段階や,超強力なX線によって脱離しやすい(Ennifar et al. 2002) ので注意する必要がある.この傾向はシチジン誘導体よりもウリジン誘導体の方が大きい. これらのハロゲン原子を導入する部分については,その化学的特性を考慮して慎重に選択 する必要がある.例えば,機能性核酸分子の活性部位の構造に影響が少ないステム部分を 選択するとよい.また,構造的に乱れやすい部位に導入すると,重原子の占有率の低下に より位相決定が失敗する恐れがある.また,G:C塩基対はA:TまたはA:Uに比べて水素結合 が強いので,G:C塩基対のC残基へ導入するとよい.ただし,シトシンの 5 位に臭素を導入 すると,pKaが低下して2 位のプロトン化を抑制する効果があるので(Sunami et al. 2003), C:C+塩基対の一方に臭素原子を導入することは避けたほうがよい. b. 試料の生産 ヌクレオチド試料の生産では,目的の配列がDNA か RNA か,短鎖か長鎖か,修飾塩基 を含むか含まないか,などによって用いる手法が異なる.ここでは,化学合成および酵素 反応による試料の生産方法について述べる. 化学合成によるヌクレオチド試料の生産:ヌクレオチド鎖の化学合成は,ホスホアミダイ ト法(Caruthers et al. 1983)によって行う.DNA/RNA 自動合成機が手元にない場合は,カ スタム合成会社に合成を外注すれば,短期間で試料を得ることができる.化学合成の利点

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は,配列中に修飾塩基を導入できることである. ホスホアミダイト法では,3'末端から 5'末端方向に順次結合させて,目的の配列を持つオ リゴヌクレオチドを合成する.DNA 合成の手順については(CD付録1)に示す.RNA の 化学合成は,基本的にDNA の場合と同様であるが,2’-水酸基が存在するので,これを保護 する必要がある.一般にはt-ブチルジメチルシリル基(TBDMS 基)が 2’-水酸基の保護基と して用いられるが,この立体障害によって 3'-水酸基での縮合反応の効率が低下するので, 反応時間はDNA の場合よりも長くする必要がある.また,塩基とリン酸基の保護基を除去 する際に長時間アンモニア処理を行うと,TBDMS 基が一部除去されて遊離の 2’-水酸基が 生じ,これがリン酸ジエステル結合を攻撃してRNA 鎖が切断される.こうした副反応を防 ぐために,濃アンモニア水-エタノール(3:1)混合溶液を用いる.TBDMS 基の脱離には, テトラ-n-ブチルアンモニウムフルオリドのテトラヒドロフラン溶液を用いる. 合成産物には,反応の途中で脱保護が不完全であったために短く合成された断片や,脱 保護の際の酸化反応によって起こる脱プリン反応による生成物が混在しているので,結晶 化前にII-c に記述する方法で精製を行う.

酵素反応による RNA 試料の生産:RNA ポリメラーゼによる転写反応を in vitro で行えば, 目的の配列を持つRNA を大量に合成することができる(Summers & Siegel 1970).T7 RNA ポリメラーゼは一本のポリペプチドから構成されていることや,認識するプロモーターの 塩基配列が単純であることから,in vitro 転写によく用いられている.in vitro 転写による合 成では,テンプレート鎖1mol あたり数 100mol の転写産物が得られ,化学合成では困難な 長鎖RNA の合成も可能である.しかし,配列中の目的の位置に修飾塩基を導入できないと いう問題点がある.

in vitro 転写による RNA 合成を行うには,まず鋳型DNA を調製する必要がある.鋳型 DNA

に求められる条件としては,(i) 目的の RNA 配列と相補的な配列を持つこと,(ii) RNA ポリ メラーゼに対応するプロモーター配列を持つこと,(iii) 転写反応を確実に終結させるため に直鎖状であること,が挙げられる.長鎖の鋳型 DNA を合成する場合には,T7 プロモー ターを持つプラスミドDNA に目的の遺伝子を組み込んで,その下流を制限酵素で切断して 調製する.80 残基以下の短鎖の鋳型 DNA を合成する場合には,化学合成によって調製する. 転写効率を上げるために,鋳型DNA は十分に精製しておく必要がある.

T7 RNA ポリメラーゼは転写開始に G 残基を好むため(Davanloo et al. 1984),5’末端に G を持たないRNA を転写する場合には収率が激減する.また,塩基配列によっては転写効率 が悪い場合があるので,多量調製する前に50µl 程度の少量の反応スケールで転写がうまく 行われるかを確認するべきである.大量調製では,1ml 以上の容積で反応を行うと転写効率

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が悪くなることがある.転写反応の手順については(CD付録2)に示す.転写産物には, 転写反応が不完全であったために短く合成された断片や,鋳型DNA に依存しない 1 残基長 いRNA が混在しているので,結晶化前に II-c に記述する方法で精製を行う.

酵素反応による DNA 試料の生産:DNA を大量に合成する場合には,PCR 法(Saiki et al. 1988)

を用いる.PCR は,DNA ポリメラーゼを用いて複製反応を in vitro で行い,目的の DNA 配 列を指数関数的に増幅する方法である.Taq DNA ポリメラーゼは耐熱性が高いために,高 温条件下での複製反応が可能であることから,PCR でよく用いられている.この方法では, 配列中の目的の位置に修飾塩基を導入できないという問題点がある.しかし,中性子解析 を目的としてすべての水素を重水素に置換した試料を合成する場合には,重水素化したヌ クレオチド三リン酸を用いることで合成が可能である. 鋳型となる二本鎖DNAは,化学合成によって調製するか,細胞から抽出する.目的のDNA 配列を特異的に増幅させるためにプライマーに求められる条件としては,(i) 20 残基程度の 長さを持つこと,(ii) GC含量が 45~60%であること,(iii) 5'側と 3'側のプライマーのTm値が同 程度であること,(vi) 5'側と 3'側のプライマーが二量体を形成しないこと,(v) プライマー内 で高次構造を形成しないこと,が挙げられる.複製反応の手順については(CD付録3) に示す. PCRでは,各反応サイクルでの増幅産物が次のサイクルの鋳型として働くため,DNAポ リメラーゼによって複製中に誤りが生じると,それが受け継がれて蓄積される.Taqポリメ ラーゼが複製を誤る頻度は10-3~10-5と推定されているので,結晶化に用いるような比較的短 いDNAを合成する場合には問題にはならないが,より正確に合成するためにTaq DNAポリ メラーゼより誤り頻度が1桁低いPfu DNAポリメラーゼやVent DNAポリメラーゼを用いる こともできる.これらの酵素はエキソヌクレアーゼ活性が高いため,誤って取り込んだ塩 基を除くことができるが,Taq DNAポリメラーゼより増幅効率が低い. c. 試料の単離精製 化学合成によって生産した試料には,合成が不完全な配列や,各種ヌクレオチドや保護 基,塩などの低分子が混在している.また,酵素反応によって生産した試料は,大量のポ リメラーゼを含んでいる.このような不純物の混在は試料の結晶化を阻害するので,結晶 化実験を行う前に試料を十分に精製する必要がある. 高速液体クロマトグラフィー(HPLC):HPLC はヌクレオチド断片の単離精製で広く用い

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られている方法である.この方法は微量の試料の精製に適しており,内径の細いカラムを 用いることで,目的の鎖長のオリゴヌクレオチドが高純度で分離できる. 逆相HPLC では,逆相カラム(シリカゲルに直鎖状 18 個の炭素鎖を結合させたカラムな ど)にヌクレオチドを吸着させて,アセトニトリルの濃度勾配で分画する.化学合成直後 の試料には,5'末端の水酸基に DMTr 基が保護基として残っているが,短く合成されたヌク レオチド断片では 5'-水酸基がフリーの状態になっているので,DMTr 基の疎水性を利用し て目的の長さの試料を分離することができる.実際には,移動相A(0.1M 酢酸アンモニウ ム (pH 7.0))と移動相 B(アセトニトリル)を用意しておき,目的の鎖長にあったグラジエ ントプログラムを実行する. 陰イオン交換 HPLC も,ヌクレオチドの精製によく用いられる.ポリヌクレオチドは負 に強く帯電しており,鎖長が長いほど DEAE セルロース樹脂などの陰イオン交換樹脂に強 く吸着する.したがって,まず低塩濃度の緩衝液(25mM リン酸ナトリウム緩衝液 (pH6.0)) でオリゴヌクレオチドをカラムに吸着させて結合力の弱い不純物を洗い流した後に,高塩 濃度の緩衝液(25mM リン酸ナトリウム緩衝液 (pH6.0),1M 塩化ナトリウム)で勾配を溶 出させることで,オリゴヌクレオチドを鎖長によって大まかに分画することができる. HPLC 用のカラムは様々なものが市販されているので,目的の試料にあわせてカラムを選 択し,推奨されている緩衝液や流速を参考にしてグラジエントプログラムを作成する. 変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動:目的の配列を持つヌクレオチド断片の単離精製は, 変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(変性PAGE)によって行う.核酸の分子表面はリン 酸基の負電荷によって覆われているため,核酸分子は陽極方向に移動する.7M 尿素を加え た条件では核酸の高次構造が壊れるため,分子の大きさの違いによってのみ泳動速度に差 が見られる.ポリアクリルアミドゲルはアガロースゲルに比べてゲルの網目構造が細かい ため,結晶化試料のような 1kbp 以下の短いヌクレオチド断片の分離に適している.また, ゲル濃度を変化させることで目的の鎖長のオリゴヌクレオチドが分離可能である(表1). 泳動用緩衝液はTBE(89mM トリス塩酸,89mM ホウ酸,2.5mM EDTA,pH8.3)を用い る.1残基分長さが異なるヌクレオチド断片を分離するために,シーケンスゲル用の大き いゲル板(40cm×30cm 程度)を使用する.また,電気泳動中にゲル板が加熱されてヌクレ オチドが切断されるのを防ぐために,冷却装置で10°C 程度にゲルを冷やす必要がある.試 料溶液をゲルのスロットに添加する際には,グリセロールやスクロースを試料溶液に加え て比重を高くしておくと操作が容易である.泳動用色素マーカーとしては,ブロモフェノ ールブルー(BPB)とキシレンシアノール(XC)を用いる.電気泳動が終了したらアクリ ルアミドゲルをラップフィルムに挟み,260nm 付近の紫外線を吸収して可視領域の蛍光を

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発する蛍光板の上に載せて紫外線を照射する.核酸のバンドは紫外線を吸収するために影 として検出できる(UV shadowing 法).目的のバンドを滅菌処理したナイフで切り出し,細 かく粉砕したゲルから緩衝液または滅菌水に溶出させることによって単離されたオリゴヌ クレオチドが得られる. ゲルろ過: 試料に高濃度の塩が混在している場合には,ゲルろ過クロマトグラフィーによ る精製を行う.ゲルろ過は,分子をそのサイズによって分離する方法であり,分子量の大 きいオリゴヌクレオチドが先に,分子量の小さい塩が後に溶出される.ゲルは,マトリッ クス(網目構造)の孔径が異なる様々な種類が市販されているので,精製する試料の分子 量に応じてゲルを選択する. 表 1.ポリアクリルアミドゲルの濃度と分離可能な核酸の鎖長、およびキシレンシ アノールとブロモフェノールブルーの泳動位置の関係 ポリアクリルアミドゲルの 濃度 (% w/v) 分離可能な 核酸の鎖長 キシレンシアノールの 泳動位置 (相当核酸鎖長) ブロモフェノールブルーの 泳動位置 (相当核酸鎖長) 3.5 200~2000 460 100 5.0 80~500 260 65 8.0 60~400 160 45 12.0 40~200 70 20 15.0 25~150 60 15 20.0 6~100 45 12 透析法:試料の脱塩方法としては,ゲルろ過クロマトグラフィーの他に透析法がよく用い られる.低分子量の塩は通過できるがポリヌクレオチドは通過できない半透膜を選択し, これに試料溶液を入れる.透析外液(滅菌水)は試料溶液の 300∼500 倍容量程度用いて, 外液を数回取り替えながら4°Cで 8 時間以上透析を行う.乾燥透析チューブを用いる場合に は,使用前に煮沸洗浄を行って可塑剤や重原子イオンを除去する前処理が必要であるが, 湿潤状態で市販されている透析チューブを用いる場合には前処理済みであり,滅菌水で防 腐剤をよく洗い流すだけで使用できる. フェノール抽出:酵素反応によって試料を合成した場合には,フェノール抽出によって タンパク質を除去する.フェノールは両親媒性の有機溶媒なので,タンパク質溶液をフェ ノールで処理すると,タンパク質分子の内側を向いている疎水性残基が外側に露出して高 次構造が破壊される.変性したタンパク質は,フェノール層(下層)とヌクレオチドが溶 解した水層(上層)との間(中間層)に集まる.フェノール抽出の手順については(CD 付録4)に示す.

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エタノール沈殿:ヌクレオチド試料の脱塩や濃縮で最も簡便な方法はエタノール沈殿であ る.核酸は高濃度のエタノール中で水和水を奪われて凝集する.核酸の分子表面は負に帯 電しているため,分子間に反発力が生じているが,ここに酢酸ナトリウムなどの塩を加え ると負電荷が中和されて沈殿が促進される.エタノール沈殿の手順については(CD付録 5)に示す. d. 純度検定 結晶化に用いる試料は,他の生化学的な実験に用いる場合よりも高い純度が求められる. したがって,合成・精製した試料の純度を検定し,純度が低ければ再度精製を行う必要が ある. 変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動法:ミニゲルを用いて行う変性 PAGE 法は,最も簡 便で高感度な純度検定方法である.トルイジンブルーとメチレンブルーは正電荷を帯びた 分子であり,負電荷を帯びた核酸によく結合する.どちらも0.05%程度の濃度の水溶液を調 製してゲルを染色し,その後大量の水で脱色することによって,核酸に吸着した色素をバ ントとして検出する.トルイジンブルーは核酸が紫色に染まるので,バックグラウンドの 青色と容易に区別できる.メチレンブルーは核酸が青色に染まるが,バックグラウンドの 脱色によって泳動バンドを検出する.銀染色法は,水溶性の銀イオンを核酸に結合させ, 還元して金属銀を析出させる(銀鏡反応).この方法では高感度の検出が可能であるが,操 作が煩雑なために再現性が低く,定量性がないという欠点がある.また,ゲルに7M 尿素を 加えることによって核酸の高次構造を壊しているので,エチジウムブロマイドのようなイ ンターカレーター色素は染色試薬として適していない. 質量分析法:質量分析法は,イオン化させた試料分子を電場や磁場中で質量依存的に運動 させて質量を精密に測定する方法である.精度と感度が最も高い純度検定方法であり,目 的のヌクレオチドが正確に合成されているかを確認することができる.また,試料の消費 量が0.1~1 pmol/0.5~1 µl 程度と非常に少ないのも利点である. 核酸の質量分析では,マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)で試料をイオン化させ,飛行時間型質量分析計(TOF-MS:Time of Flight mass spectroscopy)で検出するMALDI-TOF-MSを用いる.MALDIは,試料にマトリ ックス(レーザー光を吸収する化合物)を混合し,オリゴヌクレオチドがほとんど分解し ない穏和な条件でイオン化する.またTOF-MSは,質量が大きい試料でも測定時間が長くな

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るだけで理論上の測定限界がないので,高分子に適した質量分析計である.MALDI-TOF-MS では,Na+塩に由来するピークが主ピークのすぐ後ろに検出される(図2-3)(Ragas et al. 2000) このピークが小さい場合には,主ピークが幅広く検出されることもある.したがって,分 子量を正確に測定するためには,あらかじめ試料を充分に脱塩しておく必要がある. 図3.12 量体 RNA(脱塩前)の MALDI-TOF-MS の結果 吸光光度法:吸光光度法による純度検定は,変性PAGE法や質量分析法に比べると感度と定 量性が低いが,操作が簡便であるためよく用いられる.この方法は,230nm,260nm,280nm, 320nmの吸光度を測定して,A260/A280およびA260/A280を計算することで行う.高純度の目安

としては,一般にA260/A280=1.8∼1.9,A260/A230=2.2∼2.5 とされている.A260/A230比が減少し

た場合は,200nmより短波長側に吸収を持つペプチドの混入が考えられる.一方,A260/A280 比が減少した場合は,280nm付近に極大吸収を持つタンパク質の混入や,275nm付近に吸収 を持つフェノールの混入などが考えられる. e. 比活性と構造的均一性 比活性:機能性核酸分子の結晶化とX線解析のためには,II-a に記したように,種々の加 工や改変が加えられる.結晶化の前に,改変した分子が天然型分子と同等の活性をもつの か,また,どのような条件で活性を持つのかをあらかじめ確認する必要がある.リボザイ ムの多くは,特定の金属イオンが活性の発現に必須なので(Fedor 2002),あらかじめ比活 性を調べることで,結晶化に用いるイオンの種類を限定することができる. 反応実験は,pHやイオンの種類と濃度を変えた反応溶液を用意して,温度や反応時間を 変えて行う.金属イオン依存性の反応の場合には,100mM EDTAを反応液に加えて反応を 停止させる.また,7M尿素を加えることによって活性構造を壊して反応を停止させる方法

(13)

もある.その後,反応生成物を分離する.ゲルの染色は,トルイジンブルーなどの色素に よる染色や銀染色によって行う(II-dに記述).試料を32Pや33Pでラベルしている場合には, オートラジオグラフィーでバンドを検出できる.感度と定量性が高いので比活性測定に向 いているが,放射性同位体でラベルしていないヌクレオチド鎖は検出できないので,反応 生成物を特定できない場合もある.また,汚染や被爆のないように,取り扱いには厳重な 注意が必要である. 構造的均一性:核酸は複数のフォールディングや複合体を形成する.特に,非相補的な配 列を持つ核酸分子の場合は,一本鎖状態の核酸分子が複雑に折れたたまれて,ヘアピンル ープやバルジ,シュードノットなどの特異な高次構造を形成する(図 2).また,分子間で 機能を発現する分子の場合には,活性型複合体以外に様々な不活性型複合体を形成する可 能性がある.例えば,リボザイムの活性測定において基質に32Pを用いた場合には,反応が 進行したことが分かっても,酵素部分がどのような構造体で存在しているのか,基質とど のような複合体を形成していたのかは不明である.しばしば複数の構造が存在して,活性 型 構 造 の 結 晶 化 が 阻 害 さ れ た り , 不 活 性 型 複 合 体 が 結 晶 化 さ れ た り す る こ と あ る (Nowakowski et al. 1999, 2000).したがって,結晶化実験を行う前に,均一な構造を形成す る条件をあらかじめ探索する必要がある.例えば,Mg2+イオン濃度によって複合体形成が

変化する例を図4 に示す(Kondo & Takénaka 2000).未変性PAGEの結果から,Mg2+イオン

の存在下で結晶化が必要であることがわかる. 構造的均一性を評価する方法としては,未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(未変 性PAGE)が広く用いられている.未変性PAGEでは,ヌクレオチドの移動度は鎖長だけで なく構造にも依存する.泳動用緩衝液としては,通常TBEを用いる.構造形成へのイオンの 効果を調べる場合には,緩衝液中に塩酸塩や酢酸塩を添加する.塩酸塩は電気分解されて 塩素ガスが発生し,結果としてpH変化が起きやすい.したがって,1mM以上の濃度の塩を 添加する場合には酢酸塩を用いる.ヌクレオチドのコンフォメーションは温度によって変 化するため,ゲル温度を制御できる泳動装置を使用するか,泳動電圧を下げて発熱を抑え た泳動条件を設定する必要がある.染色には各種染色法(II-dに記述)に加えて,インター カレーター色素による染色も可能である.エチジウムブロマイド(EtBr)は塩基対のスタッ キングにインターカレートすることによってヌクレオチドに特異的に結合する.1µg/ml濃度 のEtBrで染色したゲルは,260nm近傍の波長を当ててエネルギー転移でEtBrの最大蛍光波長 (590nm)を観察する.この蛍光はヌクレオチド量に比例するので,蛍光強度を測定するこ とでDNAを定量することが可能である.ただしEtBrは発ガン性物質なので,取り扱いには 注意が必要である.試料の調製法と注意点については(CD付録6)に示す.

(14)

図4.デオキシリボザイムの未変性 PAGE 結果

(a) Mg2+イオンを含まない条件,(b) 10 mM Mg2+イオンを含む条件,(c) 10 mM Mg2+イオ ンを含む条件で90°C,10 分間の熱処理.

レーン1:31mer 酵素鎖,レーン 2:17mer 基質鎖,レーン 3:酵素鎖と基質鎖を等モル 混合,レーン4:21mer RNA,レーン 5:12mer RNA

f. 試料の取り扱い方

DNA 試料の取り扱い方:DNA は遺伝情報を保存する分子なので,RNA やタンパク質に比

べて化学的には安定な分子である.しかし,分解や変性を極力抑える必要があるので,C

D付録7にDNA 試料の取扱い注意点を記す.

RNA 試料の取り扱い方:RNA は DNA に比べて化学的に不安定な分子である.したがって, RNA の取り扱いは,DNA よりも格段に注意が必要である.CD付録7のDNA 試料の取り 扱い方に加えて,CD付録8にRNA 試料の取扱い注意点を記す.

III. 核酸結晶化の原理と方法

核酸分子はタンパク質に比べて分子の柔軟性があり,多様なコンフォメーションをとる ために,結晶化が難しいとされてきた.しかし,実際はその逆で柔軟性がなく,一定の形 をとるために,結晶化条件が極端に狭いことが結晶化を困難にしている.また,コンフォ メーションの異なる構造体や複合体が形成しやすく,構造的には不均一性が生じやすい. 特異構造を持つ核酸分子については結晶化の前例が少ないために,結晶化条件を見つけ出 すのは容易ではない.核酸分子の結晶化では,沈殿剤の種類や濃度を変えることによって, 分子の拡散速度が結晶成長速度に合うようにコントロールすることに加えて,添加剤の種

(15)

類や濃度,緩衝液のpH を変えることによって,構造を均一化させることも重要である.難 しいのは,これらの要因をどのような割合で組み合わせれば,固い構造をうまく詰め込ん だ良質な結晶が得られるのかを探すことである.そのため,結晶化条件の幅も非常に狭く なる.ここでは,結晶化に及ぼす様々な因子と,DNA,RNA,あるいは核酸-タンパク質複 合体の結晶化の原理と方法について説明する. a. 化学的条件 沈殿剤:アルコール類は,核酸分子間の静電相互作用による反発力を減らすことによって, 分子同士の会合を助ける働きがあると考えられている.2-メチル-2,4-ペンタンジオール (MPD)は不揮発性なので扱いやすく,核酸の結晶化で幅広く用いられている.その他に はイソプロパノールやエタノールが用いられるが,共に揮発性アルコールなので,蒸気拡 散法で結晶化を行う場合には,核酸の溶解度コントロールが難しい. 水溶性高分子であるポリエチレングリコール(PEG)も,ハンマーヘッドリボザイムの結 晶化などで用いられている.水溶性高分子は,溶液中で水の構造をかき乱すことによって, 核酸分子を溶液層から排除して結晶化を促すと考えられている. tRNAのような比較的分子量の大きい核酸分子の結晶化では,(NH4)2SO4やLi2SO4のような 塩類がしばしば沈殿剤として用いられる.塩類は,核酸分子の表面に結合している水和水 を奪い取ることによって,核酸の溶解度を減少させる効果がある. 緩衝液:核酸は,塩基,糖,リン酸基から構成されている.したがって,それぞれの官能 基のpKa値を考慮して緩衝液のpHを決定する.特に塩基のpKa値は化学修飾の影響を受けや すいので,修飾塩基を導入した分子を結晶化する場合には注意が必要である.酸性条件下 ではアデニンやシトシンがプロトン化して塩基同士の相互作用様式が変化するので,結晶 が得られても,目的の構造を知ることは難しくなる.結晶化キットではpH5.0 ぐらいからの 条件が用意されているが,取り扱いに注意が必要である.構造がC:C+塩基対を含むと予測さ れる場合には,C残基のプロトン化が起こるpH 4.7~6.8 の条件(Robinson et al. 1992, 1993; Inman, R.B. 1964)で結晶化を行う.また,RNAは強アルカリ条件で劣化するので,このよ うな条件での結晶化は避けるべきである.以上のことを考慮すると,結晶化条件としては pH 6.5 から 8.0 が適している. 緩衝液の種類としては,pH 5.0~7.4 で高い緩衝能を持つカコジル酸ナトリウムがよく用い られる.この緩衝液は微生物の増殖を抑える働きがあるため,結晶化の最中に核酸が劣化 するのを抑える効果が期待できる.しかし毒性が強いので,取り扱いには十分注意が必要 である.pH 7.0~8.0 の条件で結晶化を行う場合には,トリス塩酸塩がよく用いられる.

(16)

緩衝液の濃度は,一般的に20~100mM 程度に設定する. しかし,沈殿剤として硫酸アン モニウムを用いる場合には,アンモニアの蒸発によるpH 変化を抑えるために,緩衝液の濃 度を高めに(100~300mM 程度)設定する(Mikol et al. 1989). 塩類:核酸分子の表面は,リン酸基の負電荷で覆われている.したがって,これを中和し て分子同士の会合を促進させ,結晶中での分子のパッキングの隙間を埋めるカチオン類は, 核酸の結晶化に最も重要な添加剤である.また,イオン強度を変化させることによって, 核酸分子の溶解度をコントロールすることも可能である. こうしたイオンの働きは,その価数やイオン半径,配位数の違いによって大きく特徴が 異なる.例えば,核酸の結晶化に広く用いられるMg2+イオンは比較的小さいイオン半径を 持つため,分子内や分子間の隙間にはまり込んでG残基やリン酸基と特異的に結合する.こ れによって,分子構造と結晶内での分子のパッキングが安定化されるので,分解能の向上 も期待できる(Tsunoda et al. 2001).また,水分子と六配位の構造を形成しやすいため,核 酸分子から水を奪って溶解度を劇的に変化させると考えられる.Mg2+イオンとよく似たイ

オン半径と配位数を持つCo2+やMn2+などのイオンも同様の効果が期待できる(Ennifar et al.

2003).一方,Sr2+やBa2+などのイオンは,そのイオン半径が比較的大きいが,核酸分子に緩 やかに結合する(Ennifar et al. 2003).また,多様な配位数を取りうるので特定の水和構造 を形成しづらく,核酸分子の溶解度を緩やかに変化させると考えられる.以上の理由から, 特徴の異なる様々なイオンについて,その濃度とバランスを変化させることによって最適 な条件を検索する必要がある.イオンそのものが,機能性核酸の活性や構造形成に必須で ある場合もある.例えば,Mg2+やPb2+,Zn2+,Cd2+などのイオンは,リボザイムなどの活性 に必須であるし(Fedor 2002),K+イオンはGカルテットを含む四本鎖構造の形成に必須であ る(Pilch et al. 1995).以上のように,特定のイオンを添加することによって構造の安定性 と均一性が高くなり,結晶が得られやすくなり,その質も向上することが多い. アミン類:ポリアミンは,塩類と同様に核酸分子表面の負電荷を中和して分子を安定化さ せ,分子間の接着剤として働く分子である.スペルミンは,中性条件で4価の正電荷をも つ線状の分子であり,tRNA の結晶化で用いられて以来(Young et al. 1969),最も広く用い られているポリアミンである.スペルミンは,核酸の主溝に結合してリン酸基と水素結合 する例が報告されているが(Ladner et al. 1972),結合部位に特異性がなく,分子構造も柔軟 なので,結晶中では分子表面に乱れて結合していると考えられる.スペルミン以外には, 中性条件で3価の正電荷をもつスペルミジンがよく用いられるが,成功例はスペルミンに 比べて少ない.最近では,人工の環状ポリアミンを結晶化に用いることによって,tRNA の

(17)

分解能が向上した例が報告されている(Sauter et al. 1999).

コバルトヘキサミンもポリアミンと同様の効果が期待できる.この陽イオンは,Mg2+

オンと同様にG残基の主溝側やリン酸基に特異的に結合する(Sunami et al. 2004; Kondo et al.

2004).これによって結晶中での分子のパッキングの隙間を埋める分子間接着剤として働く ため,核酸の結晶化でよく用いられる.このイオンはコバルトに6つのアンモニアが強く 配位結合した構造を持つので,これを添加剤として用いると,核酸分子が3回対称をもつ ように結晶化されることが多い.またコバルト原子は,ほとんどの放射光施設で測定可能 な波長範囲内に吸収端(1.60830Å)を持つため,MAD法による位相決定にも有効なイオン である(Sunami et al. 2003). その他の添加剤:界面活性剤は,膜タンパク質の結晶化などで幅広く利用されているが, 核酸の結晶化においても,添加剤として界面活性剤を用いることによって結晶の質が改善 された例が報告されている(Sunami et al. 2004).界面活性剤は,タンパク質の場合はその 疎水性表面を覆い隠すように結合することで分子の溶解度を高めて疎水性部位同士での会 合を抑制し,過剰な沈殿や核形成を抑えることで結晶成長を促すと期待できる.核酸の場 合でも同様の効果が期待できる. 予測される構造が遊離の(対合相手を持たない)塩基を持つ場合には,これが分子間で 相互作用することによって結晶化が促進されることもあるが,逆に構造が不均一になって 結晶化が阻害されることもある.このような場合に,遊離のT 塩基や U 塩基と強く相互作 用するジアミノピリジンのような芳香族化合物を添加することによって結晶化に成功した 例も報告されている(Sunami et al. 2004). また最近では,結晶化が困難な特異構造を持つ RNA 分子に U1A-RNA 部位を付加して, これを U1A タンパク質と共結晶化させる新しい手法が考案され,ヘアピンリボザイムや HDV リ ボ ザ イ ム が 構 造 解 析 さ れ て い る(Ferré-D'Amaré & Doudna 2000; Rupert & Ferré-D'Amaré 2001).この手法についてはIII-d で詳しく説明する. 位相決定用の添加剤:MAD 法で位相決定を行う場合には,放射光で測定可能な波長範囲内 に吸収端を持つ重原子(CD 表 1)を結晶中に導入することが広く行われている.これらの 重原子は結晶化溶液の添加剤として用いるか,結晶に浸漬することで結晶中に導入される. 前者の場合には,前述の塩類と同様に溶解度コントロールに注意する必要があり,後者の 場合は,結晶に損傷を与えないように浸漬溶液の濃度を選択する.ただし,重原子が核酸 分子に特異的に結合しないと,重原子の占有率が低いために位相決定が失敗する恐れがあ るので,さまざまなイオンについて試行錯誤が必要である.

(18)

b. 物理的条件 温度:二重らせん融解温度(Tm値)を考慮すると,核酸は一般的に4~37°Cの範囲で結晶化 が可能である.DNAの場合はI-cに記述したように,A型とB型の間で構造的ゆらぎによるコ ンフォメーションの多形が生じやすいので,4°Cで行うのがふつうである.低温で結晶化を 行うと分子の熱運動が低く抑えられ,結晶中での核酸分子の動きや溶媒分子の乱れが少な くなり,結果的に分解能の向上が期待できる.また,低温で結晶を得ておくと,極低温(100K) でX線回折実験を行う際に,結晶に与える温度差ショックも緩和できる利点もある.RNA はDNAに比べると柔軟性がなく,硬い分子なので,20~37°Cでも結晶化が可能である.しか し,結晶格子を構成するためには一定の条件が必要であり,その許容範囲が極めて狭い. このことがRNAの結晶化を困難にしている最大の原因である.また,分子量が大きくなる とRNA同士の接触の隙間を埋める溶媒分子の乱れが生じやすくなり,X線回折の分解能が低 下する原因ともなっている.低温で結晶化を行う場合には,小さなインキュベータよりも 大きな低温室を用意することを勧める.扉の開閉による温度変化のショックも抑えること ができるし,顕微鏡を持ち込んで種々の操作が可能になる. 磁場・重力・圧力:通常の二重らせん構造は,タンパク質のα-へリックスとは異なり,2本 のオリゴヌクレオチド鎖が逆平行に配向しているために極性が打ち消されるが,これを強 磁場中に置くと配向することが知られている.タンパク質を使って強磁場下や微小重力下, 高圧下での結晶化実験が試みられているが,核酸でも特に強磁場は効果的な場合があると 考えられる.今後,この種の実験的検証が期待される. c. 核酸の結晶化 結晶化技法の選択:ハンギングドロップ蒸気拡散法は,核酸の結晶化で最もよく用いられ る方法である.試料の消費が少なく,セットアップも容易なので,結晶化初期条件のスク リーニングに適している.ただし,核酸溶液はタンパク質溶液に比べて粘度が低いため, 容積の大きいドロップを作ることは難しい.そこで,結晶を大きく成長させる目的でドロ ップを大きくしたい場合には,シッティングドロップ蒸気拡散法を用いる.蒸気拡散法で は,蒸気の拡散と共に溶液が濃縮され,試料濃度と沈殿剤濃度の両方が上昇して行くので, 過飽和度を能動的に制御することが困難である.したがって,結晶化初期条件を検索する ためには有効であるが,良質な結晶を得るためには不向きである.その点,バッチ法は過

(19)

飽和度を能動的に制御できるので,結晶化条件の最適化に向いている.実際に,世界最大 級のB 型 DNA の結晶がバッチ法で得られている(Arai et al. 2002).また,結晶成長過程で 試料濃度が低下すると成長が鈍るので,これを抑制するために常時試料濃度を一定に保つ 工夫も試みられている. 試料溶液の調製:結晶化を行うためには,まず試料溶液の濃度を測定する必要がある.核 酸塩基は260nm 付近に極大吸収をもつため,吸光度を測定することによって定量できる. 実際には核酸が二重らせん構造や複雑な高次構造を形成するので,淡色効果と呼ばれる吸 光度の減少が起こるが,モル吸光係数を以下の方法(Gray et al. 1995)で計算すれば相対的 に濃度調整が可能になり,実験値ともよく一致する. 短鎖(38mer 以下)のヌクレオチドのモル吸光係数は,最近接塩基対モデルに基づいて計 算する.この方法では,より精度の高いモル吸光係数の計算が可能である. (1) 5’末端から配列をひとつずつずらして隣接する2つのペアをピックアップし,それぞれ の総数をneAA,neAC,neAG,neAT などとする.

(2) 両末端を除いた配列中に含まれる A,C,G,T(または U)の総数をそれぞれ neA,neC, neG,neT(または neU)とする.

(3) 表 2 を参照して,次式でモル吸光係数を求める.

(

DNA

)

=2×

[

neAA×ε

(

dAA

)

+neAC×ε

(

dAC

)

+neAG×ε

(

dAG

)

+neAT×ε

(

dAT

)

+...

]

ε

( )

( )

( )

( )

[

neA×ε dA +neC×ε dC +neG×ε dG +neT×ε dT

]

(

RNA

)

=2×

[

neAA×ε

( )

rAA +neAC×ε

( )

rAC +neAG×ε

(

rAG

)

+neAU×ε

( )

rAU +...

]

ε

( )

( )

( )

( )

[

neA×ε rA +neC×ε rC +neG×ε rG +neU×ε rU

]

長鎖のヌクレオチドのモル吸光係数は,以下のように各ヌクレオチドのモル吸光係数を 足し合わせて求める.

(1) 配列中に含まれる A,C,G,T(または U)の総数をそれぞれ neA,neC,neG,neT(ま たはneU)とする.

(2) 表 2 を参照して,次式でモル吸光係数を求める.

(

DNA

)

neA ε

( )

dA neC ε

( )

dC neG ε

( )

dG neT ε

(

dT

ε = × + × + × + ×

)

(

RNA

)

neA ε

( )

rA neC ε

( )

rC neG ε

( )

rG neU ε

(

rU

ε = × + × + × + ×

)

結晶化初期条件の検索を行う際の試料溶液の濃度は,オリゴヌクレオチドの場合には次 式によって与えられた濃度が推奨されている(Berger et al. 1996).

(20)

例えば,自己相補的な二本鎖を形成すると予測されるDNA12 量体の場合,二本鎖1分子 は24 ヌクレオチドで構成されているので,24mM / 24 = 1mM の濃度の試料を結晶化初期条 件の検索に用いる. 表2.DNA,RNA のモル吸光係数 配列 モル吸光係数 配列 モル吸光係数 配列 モル吸光係数 配列 モル吸光係数 A 15340.0 AG 12790.0 CU 8370.0 TC 8150.0 C 7600.0 AT 11420.0 GA 12920.0 TG 9700.0 G 12160.0 AU 12140.0 GC 9190.0 TT 8610.0 T 8700.0 CA 10670.0 GG 11430.0 UA 12520.0 U 10210.0 CC 7520.0 GT 10220.0 UC 8900.0 AA 13650.0 CG 9390.0 GU 10960.0 UG 10400.0 AC 10670.0 CT 7660.0 TA 11780.0 UU 10110.0 結晶化初期条件の検索:類似の配列を持つ核酸の結晶化が既に行われている場合には,そ の条件を参考にして結晶化を行うこともできるが,配列の違いによって結晶化条件が大き く変化するので,必ずしもその条件で結晶が得られるという保証はない.したがって,結 晶化初期条件を検索するためには,これまでの結晶化の試行錯誤の結果に基づいて設計さ れたスクリーニングキットを用いるのが一般的である. 核酸分子用の結晶化スクリーニングキットは6種類が報告されている(CD表 2).このう ち,Berger らとScott らが報告したスクリーニング条件が,Nucleic acid mini screen TMNatrix

としてHampton research社から市販されている.それぞれ,緩衝液や沈殿剤の種類,添加す る塩類の種類が異なっている.しかし,すべてのキットに共通して,塩濃度が0~200mMの 狭い範囲に偏っている.このような条件で溶解度の低い試料の結晶化を行うと,結晶化直 後に大量の沈殿が析出して結晶が得られないことが多い.試料濃度を低くすれば沈殿析出 を抑えることは可能だが,大きな結晶を得ることが難しくなる.我々は,溶解度が著しく 低いデオキシリボザイムの結晶化の過程で,核酸が塩溶効果を持つことを見出した(CD図 1).この塩溶効果を利用すれば,試料濃度を高く保ったまま結晶成長が可能になる.そこ で,塩濃度を20~1000mMの幅広い範囲に設定した新規の核酸分子結晶化用スクリーニング キットを設計した(CD表 3)(Kondo & Takénaka 2002).

これらのスクリーニングキットを用いて,ハンギングドロップ蒸気核酸法で結晶化の初 期条件を検索する.また,Crystal screen TMに代表されるタンパク質結晶化用スクリーニング キットを用いることもある.しかし,これらには核酸の結晶化を促すポリアミンが含まれ ていないので,結晶はもちろん沈殿すら得られないことが多い.そこで,あらかじめ試料 溶液に少量(試料が沈殿しない程度)のポリアミンを添加したり,結晶化ドロップを調製 する際にポリアミン溶液を添加したりするなどの工夫が必要である.

(21)

結晶化条件の最適化:スクリーニングキットを用いた初期条件検索で結晶が得られても, さらに結晶の質と大きさの改善が必要となることが多い.このような場合には,結晶化条 件に含まれる緩衝液の濃度やpH,沈殿剤や種々の添加剤の濃度を最適化する必要がある. 核酸の結晶化では,イオンの種類と濃度の最適化が最も重要である.また,イオンの種 類によって,核酸分子の特定部位に結合して構造の安定化に寄与するもの,結晶中での分 子のパッキングの隙間を埋める働きをするもの,溶媒中を動き回ってリン酸基の負電荷を 中和するものなど,結晶化に及ぼす影響は大きく異なる.そこで,特徴の異なるイオンの 濃度バランスも最適化する必要がある.例えば,Mg2+イオンは 0.5mM程度の微小な濃度変 化でも核酸の溶解度を劇的に変化させるために,精度よく最適化できる濃度範囲が限られ ることが多いが,このような場合には,核酸の溶解度を緩やかに変化させるNa+やSr2+のよ うなイオンを添加して,この濃度を変化させて溶解度をコントロールする. d. 核酸-タンパク質複合体の結晶化 複製や転写,翻訳,組換えなどに代表される生命活動の過程においては,核酸とタンパ ク質が複合体を形成する.したがって,核酸-タンパク質複合体の立体構造に興味が集まっ ている.今日では,タンパク質の大量発現や精製,核酸の合成技術が確立されたことによ って,複合体の結晶化が可能になった.ここでは,核酸-タンパク質複合体の結晶化につい て説明する. 浸漬と共結晶化:複合体中の核酸の分子量が小さい場合には,タンパク質の結晶をあらか じめ調製しておき,これに核酸を浸漬させることも可能である.実際にE. coli由来のDNAポ リメラーゼのクレノウ断片の結晶にdT4を浸漬することによって複合体結晶が得られた例が ある.しかし,ほとんどの場合は核酸の分子量が大きいので,共結晶化によって複合体結 晶を得る.DNAまたはRNA結合タンパク質は,核酸と複合体を形成するとコンフォメーシ ョンが安定化するので,タンパク質単独で結晶化するよりも核酸と共結晶化したほうが, 結晶が得られやすい場合が多い. 複合体の安定性:複合体の結晶化は,解離定数Kdが10-5M以下でないと難しい.また,たと え複合体が形成されても,基質である核酸が酵素反応を受けるので,結晶が得られるまで の時間も問題になる.基質がRNAである場合には,リボ体をデオキシ体に置換した基質ア ナログを用いることで問題を解決できる.基質がDNAである場合には,結晶化に用いる緩

(22)

衝液のpHを変化させたり,活性に必須な金属イオンを除いたり,キレート剤を添加するこ とによって酵素反応を抑制して結晶化を行う.また,DNase Iと酵素反応によって切断され たDNAとの共結晶化に成功した例もある(Suk et al. 1988).

複合体の均一性:生体内から取り出したヌクレオソームやリボソームのように,分子量の 大きい核酸分子を含む複合体の結晶化では,核酸部分の不均一性が問題となる.たとえ核 酸の分子量が一致していても,配列が異なる場合が多い.ヌクレオソームコア粒子のX 線 解析では,この問題によって高分解能解析が困難であった.しかし,化学合成や酵素反応 による合成技術が確立されたことで,均一性の高い試料を得ることに成功し,現在では1.9Å の分解能で構造解析されている(Richmond & Davey 2003).

化学量論:核酸とタンパク質の複合体の結晶化では,核酸の濃度比を少し高めにしている 例が多い.酵母由来のtRNAAspとaspartyl-tRNA合成酵素の複合体では,相対量の違いによっ

て外形の異なる結晶が得られ,tRNAAspとaspartyl-tRNA合成酵素との相対比が 2:1 の条件下

で最も高分解能の回折データが得られている(Lorber et al. 1983). 化学的条件:核酸-タンパク質複合体の結晶化では,PEGやMPDが沈殿剤として広く用いら れている.これは,高塩濃度条件において核酸とタンパク質の複合体が解離する傾向があ るという実験事実に基づいている.しかし,高濃度の(NH4)2SO4を含む条件でも結晶化に成 功しており,RNA-タンパク質複合体結晶の多くは(NH4)2SO4を含む条件下で得られている. 実際には,塩類は不活性型複合体に対して強い解離効果があると考えられる.したがって, 適量の塩の添加は活性型複合体の均一性を高めるのに効果があり,結晶化を促進すると期 待できる.MgCl2やCaCl2などの塩酸塩も添加剤としてよく用いられる.しかし,リン酸塩 はタンパク質中の核酸結合部位に結合して,複合体形成を阻害する可能性があるので使用 を避ける.また,タンパク質の安定化剤として知られるグリセロールやエチレングリコー ルを添加した例もある. e. 結晶の育成 相図に基づいた結晶の育成:X 線による高分解能解析や中性子解析では,体積が大きく良質 な結晶の育成が必要である.このような結晶を得るためには,相図に基づいて溶解度を厳 密にコントロールして,最適な結晶化条件で結晶成長を行う必要がある.核酸の相図につ いては,新井らがDNA10 量体の例を報告している(Arai et al. 2002).図5 の概念図に示す

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ように,核酸の溶解度は塩濃度の上昇にしたがって減少し,その後上昇した後に再び減少 するという特徴がある.これはタンパク質の溶解度曲線とは特徴が大きく異なる.この違 いは,核酸分子の特異な構造に由来する.核酸の分子表面はリン酸基の負電荷によって覆 われていて,分子同士は互いに反発するので,蒸留水によく溶解する.しかし,塩を少し 加えると負電荷が中和されて分子同士が会合しやすくなり,これによって溶解度が減少す る.さらに塩を加えると,負電荷が完全に正電荷で覆われるため,分子間に反発力が生じ て溶解度が再び上昇する(塩溶効果).さらに塩濃度を上げると,塩が水和することによっ て核酸分子から水が奪われるので,核酸分子の溶解度が再び減少する(塩析効果). 体積が大きく良質な結晶を得るためには,核酸の溶解度が最も低い条件で結晶化を行う とよい.実際にこの条件で,世界最大級のB 型 DNA の結晶得られている.ただし,核酸分 子の溶解度は,その配列に基づく構造や分子量によって異なるので,このような条件での 結晶化が困難な場合がある.例えば,図5 の Solubility curve II のように溶解度が非常に低い 場合,試料濃度を高くすると結晶化直後に 大量の沈殿が析出し,その後の結晶化が見 込めない.沈殿析出を抑えるために試料濃 度を低くすると,大きな結晶を得ることが 難しくなる.このような場合には,高イオ ン濃度条件における塩溶効果を利用する ことによって,試料濃度を高く保ったまま 結晶化することが可能になる(Kondo & Takénaka 2002). 5.核酸分子の溶解度曲線の概略図 図6.ハンマーヘッドリボザイム酵素鎖複合体の結晶 (左)シーディング前,(右)シーディング後 シーディングによる結晶の育成:マクロシーディング法は,核酸に対しても効果的な結晶 育成方法である.特にRNA の結晶は小さい場合が多いので,より大きな結晶の育成が不可

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欠である.RNA の場合,シーディングの最適条件は極めて狭い.例えば,MPD を沈殿剤と して用いた場合には,0.5% (w/v)程度の MPD 濃度の微妙な違いによってシーディングの結 果が大きく異なる.したがって,シーディングの最適条件を検索する際には,結晶化条件 の検索以上に細かく条件を振る必要がある.実際に,ハンマーヘッドリボザイムの酵素鎖 複合体について,マクロシーディング法による結晶の大型化に成功している(図6). 透析法による試料濃度の制御:結晶が析出すると結晶化ドロップ中の試料濃度は徐々に減 少するので,いずれ結晶成長が停止する.溶解度が低い試料では,これが大きな結晶を得 られない根本的な原因となっている.この問題を解決する方法として,透析法による試料 濃度の制御が提案されている.この方法では,容積を自由に制御できる透析チューブ内で 結晶化を行い,結晶成長に合わせて容積を小さくすることで試料の実効濃度を増加させる. 核酸の分子量にあわせて透析膜を選択するが,球状タンパク質とは異なり核酸は二重らせ んのように分子の形状が細長いので,実際の分子量よりも少し小さく見積もって透析膜を 選択する.

IV. 核酸結晶の鑑定

結晶成長を観察することは,結晶化条件を最適化するうえで必須な作業であることは言 うまでもない.ここでは,目的物質の結晶であることを確認する方法を紹介する. 光学顕微鏡による観察:結晶成長の観察は通常,光学顕微鏡を用いて行う.偏光板を用い て消光を確認すれば,結晶であるか否かを判別することができる.ただし,光学顕微鏡で 長時間観察すると,熱によって結晶が損傷を受けたり,結晶化ドロップの対流に変化が起 こり結晶成長に影響を及ぼしたりするので,注意が必要である. 核酸の結晶はタンパク質結晶と同様に溶媒含量が多い.溶媒分子の一部は核酸分子の表 面に固定されているが,大部分は単に空間を埋めているに過ぎない.したがって,針など で突くと容易に崩壊するので,塩の結晶と区別することができる.また,結晶が存在する ドロップに色素溶液を少量加えると,色素溶液が結晶中に染み込んで結晶が染まる.しか し,これらの方法では,貴重なX線回折実験用の結晶を無駄にしなければならない.

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図7.ハンマーヘッドリボザ イムの結晶化ドロップ(a),結 晶化後の母液(b),結晶を溶解 した液(c)のHPLC溶出曲 線.(b)では多くの分解物が見 える. 分光光度法:核酸-タンパク質複合体や核酸-ドラッグ複 合体の結晶化を行った場合には,得られた結晶の組成が 目的のものと一致しているか否かを確認する必要があ る.得られた結晶をリザーバー溶液で洗浄した後,滅菌 水に溶解する.この結晶溶解液を分光光度計で測定すれ ば,核酸,タンパク質,ドラッグ由来の吸収ピークを検 出できる. HPLC 法:上述の分光光度法の弱点は,配列の異なるヌ クレオチド鎖が核酸由来の同一ピークとして検出され る点である.この弱点を解消したのがHPLC による組成 決定法であり,ヌクレオチドの鎖長ごとに分画できるう えに,ピークの面積を計算することによって組成比を求 めることもできる.たとえば,二本の酵素鎖(CL-2 と CL-4)と一本の基質鎖(CL-3Cm)で構成されているハ ンマーヘッドリボザイムの結晶化では,結晶溶解液の HPLC 結果(図 7)から,得られた結晶は図 8 に示すよ う に 酵 素 鎖 複 合 体 の も の で あ る こ と が 確 認 さ れ た (Takénaka et al. 1995).結晶が析出した後には余分の基 質鎖と種々の分解物が見える. 図イムの予想される二次構造 8.ハンマーヘッドリボザ 蛍光顕微鏡による観察:蛍光顕微鏡で結晶成長を観察すれば,結晶を浪費することなく核 酸の結晶であるか否かを確認できる.物質に外部から励起光を照射すると,その物質の原 子がエネルギーを吸収することによって電子が基底状態から励起状態に遷移し,その後安 定を保てなくなった電子が,吸収したエネルギーを蛍光として放出して再び基底状態に戻 る.核酸分子の結晶に励起光(波長330~380nm の Ultra Violet 光または 400~440nm の Blue Violet 光)を照射すると自家蛍光(UV 照射時には青色,BV 照射時には緑色)を発するの で,これを利用して核酸の結晶であることを確認できる(図 9).短時間で観察を行えば結 晶はほとんど傷まないため,X線回折実験でそのまま使用できるという利点がある.

参照

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