インドネシアにおける海岸保全事業
RECENT SHORE PROTECTION IN INDONESIA
Julianti Manu
1・西 隆一郎
2・細谷和範
3 Julianti MANU, Ryuichiro NISHI, Kazunori HOSOTANI 1Ministry of Public Works, Inodonesia(Kebayoran Baru, Jakarta)2正会員 工博 鹿児島大学教授 水産学部水産学科(〒892-0065 鹿児島市下荒田4丁目50-20) 3正会員 博(学術) 津山工業高等専門学校准教授 (〒708-8509岡山県津山市沼624-1)
Indonesia’s long 81,000 km shoreline presents many coastal problems and is in great need of proper coastal management. One of the significant problems that need immediate attention and priority is beach erosion control. Therefore, hard and soft engineering approaches have been developed to provide mitigating measures against erosion. Hard engineering approaches, such as revetment, seawalls, bulkheads, groins, offshore breakwaters and jetties, are commonly used. While alternatives for shore protection can be available, it is the constrains affecting the engineering aspects of any shore protection design resulting from the improper understanding of nature, economics (costs), environmental impacts, social background, and possibly aesthetics that present problems in Indonesia. The objectives of this research are to review the optimal shore protection schemes to be implemented, and to consider technically sound, low cost and proper shore protection measures for Indonesia.
Key Words : Beach erosion, coastal management, shore protection, review, Indonesia.
1.まえがき 現在,日本の海岸工学分野の技術者は,日本国内 の海岸保全事業に携わるのみならず,ODA事業を含 めて,国外の海岸保全事業への関わりが大きくなっ ている.また,国外からの留学生や研究者および技 術者を日本に受け入れて,技術者教育を行う機会も 増えつつある.このように,海岸工学分野において も技術および技術者の国際化が進行している現状で は,教科書や築造基準などに記述される標準的な設 計哲学および工法以外に,その地域固有の設計理念 や標準的な工法も知っておかなければ,国外の現場 に適した海岸管理や海岸保全事業が実施できない可 能性もある.したがって,我が国の海岸工学関連の 技術者も,”グローカル”な海岸工学事情に精通する 必要がある.そこで,本研究では,世界最大の島嶼 兼国家で非常に長い海岸線延長を持つアジア圏のイ ンドネシアを対象に,海岸保全の状況を文献調査及 び現地踏査により明らかにする.インドネシアでは 日本のODA事業や民間事業などにより我が国との関 わりも深く,海岸保全に関するインドネシアの地域 特性を明らかにすることは,日本の技術支援・輸出 を行う場合に寄与するものと思われる. 2.インドネシアの自然条件 インドネシアは図-1に示されるように島嶼国家で ある.海岸線延長は日本の約35,000kmに対して約 81,000kmと ほぼ2.3倍 の 長さがあり ,国土面積 は 1,904,569km2の 広 さ で あ る . ま た , 島 嶼 の 数 は 17,508で日本の約2.6倍である.この内,主要な島 は Java, Sumatra, Kalimantan, Sulawesi, Papuaの5 つである.これらの島嶼圏は,太平洋とインド洋の 間にあり,また,アジアとオーストラリアをつなぐ 列島ともなっている.またユーラシアプレート,太 平洋プレート,オーストラリアプレートが接続する 場所になっているために,地震,そして津波が多発 する地域となっている.近年では,2004年12月26日 に発生したスマトラ津波が甚大な被災を引き起こし ている.加えて,インドネシアには,19世紀に大規 模噴火を起こしたKrakatau山,Tambora山を含む少 なくとも150の活火山がある. インドネシアにおいて津波被災の可能性が高い領 域は,Sumatra島群の西岸領域,Java島の南岸領域, Nusa Tenggara島の北岸と南岸領域,Moluccas諸島, Papuaの北岸領域,Sulawesi島のほぼ全沿岸領域で ある.また,Moluccas海は,最も津波の可能性が高 い領域で,インドネシアでこれまでに起きた津波の 31%が発生している(Ministry of Marine Affairs and
Fisheries Indonesiaによる). インドネシアの気候は熱帯性で,高温,高湿度, そ し て , 多 雨 の 特 徴 を 有 し て い る . 平 均 気 温 は 27.7℃で,9月と10月の平均気温が33℃,6月から8 月が約23度である.年平均の相対湿度は80.6%で, 9月の75%から1月と2月の85%の間で変動している. 季節としては,5月から9月の乾燥季(南東モンスー ン季)と,12月から3月の雨季(北西モンスーン 季),そして,雨季から乾季への遷移期間が,10月 から12月である.モンスーンのために平均的に風は, 6月から9月は南と東から,12月から3月は北西から 吹 く (Indonesian Meteorology Climatology and Geophysics Agency). Tropical Cyclone季は平均的に は11月から4月であるが,年によっては,少し時期 がずれることもある.Tropical Cycloneは,強風およ び大きな雨量を生じ,インドネシア沿岸の低平地に, 洪水や高潮被災を生じることもある.洪水の危険性 が高い沿岸域は,Java島の北側沿岸域岸, Lampung, Palembang, Aceh, West Sumatra, Sumatra島東側沿 岸 域 , Kalimantan, Manado, Minahasa , そ し て Sumbawa 島 で あ る (Ministry of Marine Affairs and Fisheries Indonesia).
上述した地形と気象条件の下で,インドネシアの 国民人口2億4千万人の約60%の人々が海岸から50km 以内の地域に居住し,沿岸域利用が高い(Research Institute of Water Resources Development, Ministry of Public Works). 5千4百万haに及ぶ内陸の水域面積 のうち,3,940万haが湿地帯(swamp),1,195万ha が河川,210万haが湖と貯水池であり,比率はそれ ぞ れ 71.63 % , 22.13 % , 3.89 % と な っ て い る (Research of Marine and Fisheries Agency 2005). 沿岸域利用のうち,海域の埋め立てに関しては, 2007 年 時 点 で イ ン ド ネ シ ア の 主 要 な 5 島 の 湿 地 (10,802,132ha)の内の約40%の3,950,026haの面積 が 埋 め 立 て ら れ て い る (Ministry of Public Works Indonesia 2007). これらの埋め立ての中で,大型の ものを例に挙げると,Sumatra島での 1,878,604 ha, Kalimantan島での1,491,087 ha,そして,Sulawesi 島での357,840 haの埋め立て事業がある.これらの 埋立地は,産業活動や,居住地,そして,農地とし て利用されている.また,インドネシアの主要な産 業のひとつは漁業である.漁業者が利用する漁港の 数に関しては,2008年時点で国内に813漁港があり, この内792港が,地方分権化に伴い,管区自治体 (Regional government)に 移管されている. 漁港の建設による海岸侵食も危惧されるが,それ 以外に,砂の採取が海岸侵食を引きおこす可能性も ある.沿岸域での砂採取に関しては,インドネシア 国内で,1970年から1990年までに,約54,000haで行 われて,この内,最大のものはSumatra島で32%, Java島で15%,Sulawesi島で23%,そして,Maluku 島と Papua島で残りの30%を占めている(Statistics Agency Indonesia).シンガポールへの砂の輸出を含 めて,海底の砂採取には不透明な部分もあるので, 最終的にインドネシアのIndustry and Trade省は,海 岸の砂の輸出をThe Act No. 117/MPP/Kep/2/2003に より停止措置を施している. SUMATERA KALIMANTAN SULAWESI PAPUA JAWA INDIAN OCEAN PACIFIC OCEAN 図-1 インドネシア地図 2.海岸保全の状況 写真-1 に示すように,インドネシア沿岸域にお いても,日本と同様に海岸侵食が進行している.ま た,汀線近傍まで住民等の土地利用が行われ,そし て,海岸保全も個人あるいは民間で行われることも ある.写真-2 は,土地所有者により設置された低 コストの木製護岸の例である.場合によっては,ナ イロン製の土嚢袋に砂を詰め込んで積み上げて,海 岸保全構造物としている場合もある. 写真-1 海岸侵食の例(北スラウェシ,Bunaken 島) 写真-2 個人所有地の前に設置された木製護岸
インドネシアの海岸線の約 40%が侵食されつつ あり,その延長は約 30,000km である(Ministry of Public Works Indonesia, September 2007).そして, 2004 年から 2009 年の間に,インドネシア建設省は 250km 区間の海岸保全事業を行っている.これら海 岸保全事業のうち,代表的な地域における海岸保全 の事業費の変遷を表-1 に示す.また,表-2 には, インドネシア建設省における海岸保全事業の予算支 出状況を示す. 表-1 のバリ島の海岸保全事業に関しては,日本 も関係して養浜事業等が行われている.表-2 を見 ると,インドネシア国の海岸保全予算が 2005 年か ら 2009 年の間で基本的に増加傾向にあることが分 かる.例えば,2005 年と 2009 年を比較すると,事 業費ベースでは$7,169,882 から$43,389,224 へと 約 6 倍になっている.事業費ベースの伸びを 10 年 間の期間で見るために,図-2 に North Sulawesi にお ける 1998 年から 2009 年までの海岸事業費を示す. 若干の増減はあるが基本的に上昇傾向にあり,1998 年度では$134,631 であったものが,2009 年では $3,099,845 と,約 23 倍になっている. 特に,2004 年のスマトラ沖地震津波以降に,大 きな事業費の増額があったことがわかる. 現在,インドネシアの海岸保全・管理のシステム は図-3 に示すようになっている.これらの組織体 系および前述の事業費の中で,どのような海岸保全 工法が採用されているのか,以下に説明する. インドネシアにおける海岸保全工法の多くは図-4 に示す通り,海岸保全構造物のタイプとしては,護 岸 が 最 も 多 く 約 43 % を 占 め , 次 い で 離 岸 堤 (17%),Bulkhead による工法(16%),防波堤 (9%)と続いている.各工法が敷設された総延長 について,インドネシアで第 4 位の大きさで複雑な 地形を有するスラウェシ島内の North Sulawesi にお ける海岸保全の状況を図-5 に示す.North Sulawesi では護岸工法が構造物の総延長の 83.6%を占めて いる.平地が少ない Bunaken 島(North Sulawesi 東 端の北側に位置する観光地)では汀線近くに写真-3 のような護岸が敷設されている.これは,護岸工法 が背後地を守るうえで有効でかつ経済的な負担が小 さいためと考えられる.このような現場に応じて設 計及び施工が行いやすいこともインドネシアのよう な発展途上国に適した工法の一つと考えられる. 200 9 2008 2007 20 06 20 05 20 04 20 03 2002 20 01 20 00 19 99 19 98 3000 2500 2000 1500 1000 0 500 3, 09 9, 81 5 1, 55 9, 91 0 1, 38 8, 03 3 1, 39 9, 23 3 1, 86 2, 264 825, 11 0 1, 008, 92 7 71 0, 28 6 60 1, 92 8 97 ,0 07 138, 91 8 134, 63 1
A nnual total cost
Tot
al cost x 1,000 (USD)
Fiscal year
図-2 North Sulawesi における海岸事業費の経年変化
district
province central government
coastal management
funding & technical assistance
submission of plan or program
図-3 インドネシアにおける海岸管理の組織図
Project 2005 Project 2008 Project 2009 No Province Cost (IDR) Cost (USD) Cost (IDR) Cost (USD) Cost (IDR) Cost (USD)
Type of construction
1 Bali 1,682,770,000 182,000 39,108,422,000 4,233,000 36,500,000,000 3,950,000
Revetment Revetment, groin Revetment, groin, breakwater
2 Java Barat 19,900,000,000 2,154,000 9,000,000,000 974,000 33,367,345,000 3,611,000
Jetty, revetment (200 m) Jetty, revetment Bulkhead, breakwater
3 Java Tengah 0 0 9,350,000,000 1,012,000 5,897,359,000 638,000
Groin, revetment, offshore
breakwater
4 D.I.Yogyakarta 6,000,000,000 649,000 69,377,074,000 7,508,000 0 0
Breakwater Breakwater
Note: 1 USD = 9,240 IDR
Source: Ministry of Public Works Indonesia
また,North Sulawesi の東端に位置し,マルク湾 に面した Belang 地区 Ratatotok beach の護岸工法を 写真-4 に示す.この地域では土砂流出を防ぐため に,図-6 に示すコンクリートパイプを用いた護岸 が敷設されているが,天端は 0.6m と日本沿岸で見 られる護岸よりも低い.インドネシアでは島々に囲 まれた立地条件により,設計波は日本に比べて小さ いために,護岸構造物などの設計断面は日本の外洋 に面する構造物より一般に小型のものが多く,かつ, 単価が安くなっているのが特徴といえる.
写真-3 North Sulawesi の Bunaken 島の護岸の状況
写真-4 Belang 地区 Ratatotok beach のコンクリートパイ プを使用した護岸工法
図-6 Belang 地区 Ratatotok beach のコンクリートパイプ を使用した護岸工法の断面図 1 2 3 4 5 6 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 s e a w a l l ︵ 4 3 . 3 1 %︶ j e t t y ︵ 3 . 0 2 %︶ g r o i n ︵ 9 . 3 7 %︶ r e v e t m e n t ︵ 1 1 . 0 1 %︶ b u l k h e a d ︵ 1 5 . 8 5 %︶ b r e a k w a t e r ︵ 1 7 . 4 4 %︶ To ta l c o st x 1 billio n US D Type of structures
Type of shore protection structures in 2009 fiscal year
図-4 インドネシアにおける海岸保全工法の使用状況 1 2 3 4 5 6 200 400 0 600 800 1000 0.84% 3.05% 3.20% 3.92% 5.42% 83.58% T-groin, 130m seaw all & gr oin, 474m bulkhead, 498m seawall
& offshore brea
k
w
ater, 610m
seaw
all & jetty, 843m
seaw all; 13,009.1m T o t a l c o s t x 1 , 0 0 0 ︵ U S D︶ T y p e o f s t r u c t u r e 図-5 North Sulawesiにおける海岸保全の状況 1 m coconut tree boulder stone d>50 cm 1 m sand fill
HEAPS OF STONE SAND
GEOTEXTILE PIPE 1.5M
PIPE 1.0M
BOULDER STONE 表-2 建設省水関連部門での海岸保全の支出予算状況
Fiscal Year Directorate general of water resource Shore protection structure %
Cost (IDR) Cost (USD) Cost (IDR) Cost (USD)
2005 3,208,640,447,000 347,255,460 66,249,714,000 7,169,882 2.06 2006 4,291,418,438,000 464,439,225 138,554,230,000 14,995,047 3.23 2007 5,786,082,405,000 626,199,394 143,710,693,000 15,553,105 2.48 2008 7,296,793,600,000 789,696,277 320,105,956,000 34,643,502 4.39 2009 7,563,887,124,000 818,602,503 400,916,427,000 43,389,224 5.30
Note: 1 USD = 9,240 IDR
3.あとがき インドネシアの海岸保全の状況を調べるために, 文献調査と現地調査を行った.筆者の一人は留学生 であるが,同時にインドネシア国 Public Works(建 設省)にも所属していることから,はじめに日本滞 在中に可能な限りインドネシアの海岸保全に関する 資料や報告書を収集した.そして,収集した文献 データをいったんまとめて,不足分に関しては,イ ンドネシアに再度帰国して文献収集調査を追加して 行った.また,実際にどのような海岸保全事業が行 われているのかの実例調査として,海岸利用を行う 日本人観光客が多いスラウェシ島を対象に,典型的 な海岸保全工法の現地調査を行った. 文献調査および現地踏査に基づいて,世界最大の 海洋国家と言えるインドネシアの海岸保全事情に関 して考察を行った.本研究における主要な結論は以 下のとおりである. 1. インドネシアにおいては,日本の技術支援がな されたバリ島での養浜事業を除けば,基本的な 海岸保全工法は,ハードストラクチャー(海岸 保全構造物構造物)を用いるものである. 2. 海岸保全構造物のタイプとしては,護岸が約 43%と最もよく築造されている.これは,護岸 工法が,背後地を護るうえで有効かつ経済的に も高価でなく,しかも,現場に応じて設計も施 工も行いやすいために,インドネシアのような 発展途上国では最適な工法の一つと考えられる た め で あ る . 2 番 目 に 多 い の は , 防 波 堤 (breakwater)で約 17%となっている. 3. インドネシアの立地条件上,設計波が日本に比 べて小さいために,護岸構造物などの設計断面 は日本の外洋に面する構造物より一般に小型の ものが多く,かつ,単価が安くなっている. 2005年から2009年までの過去5年間においては, インドネシアの中央政府が水関連に支出している予 算の中で,海岸保全事業予算は約2%から約5%へと 増加傾向にある.また,1998年からの統計デ-タが 利用できるスラウェシ島での海岸保全事業に関して も,1998年の13万米ドル台から2009年の300万米ド ル台へと増加傾向が顕著である.このように,日本 における海岸保全事業への予算支出と異なり,イン ドネシアにおいては海岸保全事業が近年増加傾向に あることが明らで,今後の日本の技術輸出の可能性 が示された.インドネシアはアジアの中で日本に身 近な国の一つであり,海岸保全事業が必要とされて いる国でもある.したがって,本研究は,国内・地 域事情を理解して,日本の海岸工学関係者が技術交 流や支援を行うことに資するものと思われる. 参考文献
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