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京都学派と美的人間形成論: 木村素衞は如何にシラーを読んだのか

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Title

京都学派と美的人間形成論: 木村素衞は如何にシラーを読んだのか

Author(s)

西村, 拓生

Citation

西村拓生: 奈良女子大学文学部研究教育年報, 第5号, pp. 83-97

Issue Date

2008-12-31

Description

URL

http://hdl.handle.net/10935/3097

Textversion

publisher

http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace

(2)

奈良女子大学文学部研究教育年報 第5号

京都学派 と美的人間形成論

一 木村 素 衛 は如何 に シラー を読

んだのか-西

拓 生

1. は じめに 筆者 は

、2

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8

月 に京都大学で開催 された国際教 育哲学会 (InternationalNetworkofPhilosophers ofEducation)第11回大 会 にお け る シ ンポ ジウム

"Educationalthoughtin theKyoto schoolof philosophy:TowardsanEast-Westdialogue"で、

"The Kyoto Schooland Theory of Aesthetic Human Transformation; Examining Motomori Kimura'slnterpretation ofF.Schiller"と題 した 報告 を行 った。 シンポジウムでは、 きわめて限 られた 時間内に、英訳 と共 に、議論の骨子のみを発表せざる を得なか ったため、 ここにあ らためて、その報告の基 にな った研究 ノー トを発表 してお きたい。 この シンポ ジウムでの筆者 の課題 は、京都学派の人間形成論の一 端を紹介 しつつ、それを現在の我々の教育哲学のアク チュア リティにつなげて考察す ることであった。 その ために取 り上 げたのが木村素衛 (1895-1946)の思想 である。木村 は西田幾多郎の高弟の一人であ り、 フィ ヒテ研究か ら出発 して、美学 に強い関心を抱 きつつ、 京都帝国大学の教育学教授法講座の担当を機 に教育哲 学 に転 じた人物である。 ここで木村 に注 目したのは、 彼が京都学派の思想的ネ ッ トワークの中で特 に教育哲 学 の領域 を担 っていたか ら、 とい う理由か らだけでは ない。美 と人間形成をめ ぐる彼 の思索 に、京都学派の 思想の一典型を見 ることができると考えたか らである。 もちろん、そ もそ も 「京都学派の思想」 をどのよ う に同定す るのかは、それ自体、思想史研究の大 きな課 題であるが、その特質の一端 を、上述の問題関心 に即 して、 あ らか じめ敢えて きわめて単純化 して示 してお くな らば、以下 のよ うに言 うことがで きるだろう1)。 (1) それは、近代以後 の 日本 の精神史の中で唯一、 西洋思想の単 なる輸入ではない、 日本 に固有の哲学で ある、 と言われている。 (2) その固有性の所以 は、 禅仏教 をは じめとした東洋的な宗教思想を背景 にもっ 83 点 にある。 (3) それ故 にまた、禅仏教 の影響下 で理 念化 された 「芸道」が、 しば しば彼 らの思索 にとって 重要な契機 となっている。 (4)「人間 は、 自らを形成 的に表現 しっっ、そのことを自覚 している存在である」 とい うのが、西田や木村 における人間の一つの本質規 定である。 ここでの 「表現」の意味 は必ず しも美的 ・ 芸術的な表現 に限定 されないが、美や芸術 は、それを 最 も端 的 にあ らわ している事象 と して重視 され る。 (5)「表現」す るのは単 なる 「個的主体」ではない。 「個的主体」 の表現 は、「絶対無」 と呼ばれ る絶対的実 荏- あるいはむ しろ、動的過程であ り、全てが生起 す る 「場所」である- が 自らを 「自覚」す る突端で あ る、 とされ る。 (6) この意味での 「表現的 ・形成 的存在」 という人間の本質規定 を前提 として、美的表 現 における美のイデアが、人間の行為一般 における価 値志向性 と同一視 され、プラクシス (倫理的実践) と ポイエーシス (美的表現 ・形成) の 「相即」が主張 さ れ る。 (7)従 って、 そ こには、表現 をめ ぐる思索が 直ちに人間存在論であ り、かつ人間形成論 となる、 と い う構図が見 られる。西田や木村 の哲学 の一部分や応 用が美的人間形成論なのではな く、 その思想の全体が 美的人間形成論 に他な らない、 と言 って も決 して過言 ではない。 シンポジウムでは時間的制約 を考え、木村の思想の 概 略の紹介 は既刊 の拙論2)に委ね、一つの端的な切 り 口を通 して、上述の課題 の遂行 を試みた。 その切 り口 は、木村 によるシラーの美的教育論 の解釈である。何 故、 シラー解釈か。理由は二つある。1933(昭和8) 年、西 田の勧 めによ り京都帝国大学文学部教育学教授 法講座 に赴任 した後、木村が講読演習のテクス トとし て選んだのが、 シラーの 『人間の美的教育 に関す る一 連の書簡』(1794)(以下、『美育書簡』 と略称)であっ た。 また、人間の生 にとっての芸術 の意義- それを 木村 は 「解脱」 という仏教用語で語

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るのであるが-を論 じる際に、彼 はその端的な例 として シラーの 「美 しき魂」 の概念を引 き合 いに出 して考察 している。 そ こか ら、木村 にとって、教育哲学を自らの課題 として <引き受 け直す >に際 して シラーが一つの重要な拠 り 所であったことが窺われる。それが一つの理由である。 もう一つの理由は、 シラーの 『美育書簡』の多様 な解 釈可能性である。

2.

『美育書簡』解釈のアポ リア 美や芸術 と教育 との関係が論 じられる際の古典中の 古典であるシラーの 『美育書簡』 は、その難解 さで も 有名である3)。多 くの思想家 ・研究者が このテクス ト を論 じなが ら、それ らの解釈 には、およそ正反対の も のまで含 まれる幅がある。 いったい何が問題 になるの か4)。 端的に図式的に示 してみよう。 『美育書簡』の中で シラーは、個人 に関 して も人類 全体 に関 して も、「自然状態 ・美的状態 ・道徳的状態」 という三っの発展段階を区別 している。それを前提 と す る限 り、「美的状態」 は 「道徳的状態」への前段階 として、初 めて意義 を認 め られ るはずである5)。 とこ ろが一連の書簡の終 り近 く (第

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5

書簡以降)になると、 「美的状態」が過程や手段 としてではな く、それ自体、 目的 として志向され るかのよ うに論調が変化す る6)。 この議論 の 「屈折」 を どのよ うに理解す るのかが、 『美育書簡』解釈の最大のアポ リアである7)0 しか し、今 ここで重要 なのはシラー解釈そのもので はない。 このアポ リアに如何 にアプローチ しているの かが、美的な ものに対す るその論者の姿勢 を端的にあ らわす、 いわば試金石 となるのである。 木村 について も例外ではない。 この シラー解釈のアポ リアに対 して、 木村 はやはり、京都学派 に特有 と言 うべ き解釈を示 し ている。 その検討を通 して、京都学派の思想の特徴を 浮かび上が らせたい、 というのが、 ここで木村のシラー 解釈を取 り上 げた、 もう一つの理由である。 この試み が現在の我 々の教育哲学 のアクチュア リティに如何 に つながるのか、については、最後 に論 じることとする。 3.木村の シラー論の文脈 残念なが ら、木村 はシラーを専 ら扱 った論考を著 し ているわけではない。 しか し

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(昭和

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)

年 に出 版 された 『美のかたち』所収の 「形式 と理想」 とい う 論文中に、 シラーに関す る比較的まとまった論及があ る。 ここではそれを検討 してみたい。 『実のかたち』 に先立

っ1

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年 には、木 村 の主著 と見 なされ る 『表現愛』が出版 されている。 そ こに収め られている 「一打の整- 制作作用の弁証 法」が岩波書店の 『思想』 に発表 されたのが、木村が 京都帝大 に赴任 して シラーの原書講読 を始めた昭和8 年 であ った。「形式 と理想」 の中に も、 この 「一打 の 整」 とい うモティーフは繰 り返 し登場 している。岩城 見一 によれ ば、 『美 のか たち』 にお ける諸論文 は、

『表現愛』執筆後、改めて、表現 の成 り立 ちとその 特殊 な普遍性 とを確認す るために書かれた」 ものであ り

、「

『美のかたち』 は、『表現愛』 と柏補 う関係 にあ るといえる」 8)とい う。 西 田の思想展開 との関係 も確認 してお こう。 木村が西田に師事す ることにな った

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(大正

8)

年 は、『自覚 に於 ける直観 と反省』 (大正2年 か ら連載 執筆 され、大正6年 に出版) か ら論文 「場所」 (大正 15年、後 に 『働 くものか ら見 るものへ』 (昭和2年) に所収)に至 るまで、西田がフィヒテ的な 「主意主義」 「行為的主観 の立場」 にあ った時期であ り、 その影響 下、木村 はフィヒテ研究 に従事 している。 木村 による フィヒテの 『全知識学の基礎』の翻訳が出されたのが

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)年。西田はそ こに序文を寄せている。 いわゆる 「場所」 の哲学 を経て、 「歴史的実在」 を 問題 とす る西田の後期思想への展開を画 した とされる 論文 「私 と汝」が発表 されたのが- 木村が 「一打の 整」を書 いていたはずの-

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7)

年 (後に、 同年 出版の 『無の自覚的限定』 に所収)。『表現愛』 に おける鍵概念 の一つである 「エロスとアガペ」 の概念 は、西田のこの 「私 と汝」 に登場 している

『表現愛』 と 『実のかたち』 は、西田の後期思想への展開の過程 で、 それ との影響関係の中で書かれたと見 ることがで きよう。 ただ し、そ こでの議論 には、 フィヒテ的なモ ティーフも (克服の対象 としてではあれ)登場するし、 「場所」論 も重要 な位置を占めている。 その ことは、 シラーに関す る言及 に即 して も確認で きる。 それでは、論文 「形式 と理想」 において、 シラーは どのような文脈で論 じられているのか。 (1)表現 における 「内」 と しての 「純粋感情」 論文 冒頭、木村 は、詩 における言葉 と リズム

-

「時 の形」 との関係か ら説 き起 こし、 「言葉 に出ず るもの

(4)

奈良女子大学文学部研究教育年報 第5号 に対 して、すなわち時の形の中へ言葉 において入 って 来 る内容 に対 して、 なお この形 は予め空虚なるものと して対立す ると言 い得べ きであろ うか」 (7)9) とい う疑問を提起 している

「内容 と形式 とを対立す るも のとして考える考え方が真に根本的な ものではな」 い のではないか (8)、 という疑問である。 詩 か ら声楽へ、純粋器楽へ。 さ らに 「時の形」 と 「空間の形」 の融合 としての舞踊。舞踊か ら歌劇、 そ して劇へ。「空間の形」 の支配が極 ま った ものが造形 芸術。 あるいは、詩か ら声楽への方向 とは反対 に、詩 か ら散文へ。時間の実在性が 「観念的空間」 に失われ て行 くとき、物語や伝説や随筆へ。小説 の空間性へ。 - このように芸術 の諸 ジャンルにおける 「内容 と形 式」 の関係を概観 しなが ら、木村 は、 自らの立論 に際 しての次のような二つの立場を明 らかに している。 一つ は、 冒頭の疑問に対応 して、「形 について真実 に考察す るためには、形 を単 に形 として取 り出 して考 えるのではな く、内 との連関において これを取 り扱 う のでなければな らない」 (15) とい う立場である。 こ こにおいて、「形式 と内容 との関係」 があ らためて芸 術作品の 「形」 を論 じる際の問題の焦点 として据え ら れる。 この 「関係」 は、後 に木村 (あるいは西田哲学) 独 自の意味での 「弁証法」 とい う概念で規定 されるこ とになる。 もう一つは、芸術 における形式 とは 「時間 と空間の 形」 に最終的に還元できる、 という前提である。 何故 な ら 「時間 と空間 とは本来 (カ ン トの純粋悟性概念の 図式、 という意味で一 引用者注)感性の形式であり、 具象的 という意味において現実的な存在 の形式である か らである。 およそ芸術 に して表現的でない ものは考 え られない。表現的な ものは-必ず時空 における具象 的現実的な存在であ り、-感性的存在 として直観の対 象である。 如何 なる内包量的な もの (たとえば時間 と 空間以外の色や音の対照や調和 とか、力の諸関係 など - 引用者注) といえども、それが芸術 の世界 におい て市民権 を要求す る限 り、必ずそれは時間 と空間の形 においてその具象的存在性を保っ ものでなければな ら ないのである

」(

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)

。芸術 における形式の、 この 「具 象的存在性」 というのが、後の議論のポイ ントとなる。 これ らの前提 をふ まえて木村 は、 「芸術 は表現 であ る。 表現 とは内なる生命が外へと現 されることである」 (15) という根本規定 を示す。その上で、「それではそ 85 の内 とは何であるか」 という問いが提起 される。 この問いに対 して木村 は、 まず、「内 とはまず以 て それ 自身 においては未だ形 なきものである」 (16) と 答える。 それは形 を欠 いているが、形の単 なる否定で はな く、形への可能性である。 形を欠 くが故 に、可塑 性 を もち、形への止むなき要求 を もっ

「それ 自身 に おいて欠 けたるもの、不完全なるものの、その抽象性 を脱 して自らの具体性、完全性を求めるところの要求、 表現的衝動或いは意志にはかな らないのである

(16)。 ここで、「内」 なるものの形 の欠如が 「不完全」 で あ ると同時に 「抽象的」 とされ、逆 に 「具体」的に形 を もっ ことが 「完全」 と表現 されていることに注意 した

い。

しか し、それだけでは未だ芸術的な 「内」 を規定 し た ことにはな らな

「内的な知的要求」 も 「実践的 意志」 も、外 に形を得て表現 されることを求めている。 芸術的な 「内

には如何なる限定が必要か。 ここで既 に 「知」 と 「意志」が引き合 いに出されているが、 こ の問題を考え るにあたって、木村 はカ ン トの議論 を参 照 している。 問いは、「真 と善 とに対 して、特 に美 な るものの表現的内 とは如何 なる性格 を有す るのであろ うか

(17) と換言 され る。 周知の通 り、 カ ントは美の本質的特徴 を、その 「非 概念性」 と 「無関心性」 に見出 していた。木村 は、 こ のカ ン トの分析 を卓越 した ものと評価す る。 しか し、 この二つの特徴 は 「それ自身 としてはなお消極的規定 であるにとどま っている」。木村 はさ らに進んで、美 の 「積極的内容」 は何か、 と問 う

「概念的で もな く 意志的で もない内、- それは感情 にはかな らないで あろう

(18) とい うのが木村の答えである。 ただ し、 全 ての感情が非概念的、無関心的であるというわけで はない。「特 に芸術的」 な感情 とは、「一切の意味にお いて概念性 と関心性 との混濁か ら清 め られた内 として の、 この意味においてまさ しくそれは純粋感情でなけ ればな らないのである

(19)0 では、その感情が 「純粋」であるとき、知的な もの や意志的な ものは 「どこへ洗 い落 とされ、 どこへ否定 されたのか」。 それが問題である、 と木村 は議論 を進 め る。 それが単 に 「外へ」 と否定 され るな らば、 それ は 「純粋感情 を抽象的真因に陥れ る」 という。 それに 対 して 「具体的豊満へ純粋感情 を高める」、「感情 を具 体的純粋性 に高め上 げる」のは、知的な ものや意志的

(5)

な ものを 「内へ否定す る」 ことでなければな らない、 と木村 は主張す る

「内へ否定す る」 とは如何 なるこ とか。木村 は言 う。 それは知的なものや意志的な もの の 「底へ深 くこれを超 えて行 くこと」 である

「知や 意志 はその要求の充実を客観的方向へ求めて行 くのに 対 して、 このノエマ的方向 とは逆 に、かえ って ノエシ ス的方 向へ これ らを超越 して行 くとい うこと」 (20) である、 と。 知 や意志 を 「外へ否定」す るので はな く、 「底へ超 える」 とは、 どういうことか。- それは 「これ らの ものをあ りのままに保持 しつつ、 しか もその一層深 い 内面的背景、主体的な底か ら、 これ らの ものを包み取 ることである。 そこでは超越 され否定 されなが らしか もこれに依 ってかえってこれ らのものはみずか らによっ て縛 されない立場か ら絶対的に肯定 され摂取 されてい るのである」(20) と木村 は述べ る。「芸術的表現の内」 - としての 「純粋感情」- は、 このような意味に おいて 「一切の生内容 の絶対的肯定である」 (20) と いうのである。 (2)「純粋感情」から 「場所」へ 以上のような 「純粋感情」 についての議論 は、 カ ン トを端緒 としなが ら、既 に西 田哲学 に特有の レ トリッ クに満 ちている

「純粋感情」 とい う概念 自体、西 田 が 『自覚 に於 ける直観 と反省』 において、初期の主客 未分 の 「純粋経験」 の概念 を深 め、「フィヒテに似 た 一種 の主意主義 の立場 に立 って」 (後年 の 『働 くもの か ら見 る ものへ』 の 「序」 にお け る西 田 自身 の回 顧)10)、主体 と客体、心 と物、心 と身体 の関係 を考 え ていた際の鍵概念の一つである。 岩城見-の解説11)に 依拠 して、 その文脈を確認 してお こう。 フィヒテは、主体 一客体関係 に基づ く理論知 の世界 の底 には、人間を絶対的 「自由」の境地 に向けて衝 き 動かす無意識の意志、すなわち 「純粋 自我」があると 考えた。 その意味で本質的に行為的である自我 は、 そ の都度 自分の 「行 い」の 「結果」 (「行 いか ら生 じた こ と」 と しての 「事行

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を通 して、 そ の後で 自己を知 り、それ とともに 「客体」を経験す る。 「純粋 自我」 の流れが 「非 -我」 の抵抗 を受 けること によ り 「自己

「主体」 が生 まれ ると同時に、抵抗す るものが 「客体」 として意識 に現れる。 西 田は、 このフィヒテの 「純粋 自我」 を 「無意識的 意志」 と捉え直 し、 それが全ての根底である 「主客合 一の真実在」である、 という立場 をとり、 それを 「行 為的主観 の立場」 と称 した。 この立場 に立っ とき、芸 術を含む個 々の具体的行為 は、 このよ うな 「無意識的 意志」の 「無限の進行」 におけるその都度の実現であ り、個人 はこの 「超越的意志の自己実現点」 と見 なさ れる。 知識 あるいは日常的経験の立場か らすれば、 こ のような 「意志」の世界は決 して対象化できないので、 それは 「底 なきもの」、「無底」、端的に 「無」であ り、 しか しこの 「無」 こそ経験を生む ものだ、 とい うこと になる。 「知識」 の対象 にな らないこの世界 を、西 田 は新 カ ン ト派 コーへ ンの 『純粋感情の美学』 にな らっ て 「純粋感情」 とも呼んだのである。 木村 の議論 は、 このような西 田の文脈を踏 まえてい る

「底へ超 え る」 とは、 自己意識 一対象意識、主 一 客、心 一身が分離 し、知や (フィヒテ的な意味で はな い一般的な意味での)意志が対象や客体を 「ノエマ的」 に志向す る以前の、 その根底 に立 ち返 ることを意味 し ていると考え られ る。 ただ し、 そこにはさらに、知や意志が超越 されなが らも 「絶対的に肯定」 される、 という契機がある。 こ れ は、上 に一 瞥 したよ うな フィヒテ的 「主意主義」 (岩城 に従 うな らば、第二期)か ら 「一種 の直観主義」 に移 り、「場所」 が鍵概念 とな った時期 (第三期) の 西田の立場 に影響 されたものだ と考え られる。 意識や知 の 「背後」で 「働 くもの」である 「無意識 的意志」について、言葉で もって語 り得 るのは何故か。 それは、「意志」 を語 るものが、「意志」の働 きをさえ 「見 るもの」、すなわち 「直観」 の次元 に身 を置 いてい るか らであ る。 (永井均 の解釈 によれば、西 田の直面 した問いは、言葉では語れないはずの 「純粋経験」 を 語れ るのは何故か、 ということであった。 それに対す る西 田の答 えは、 「純粋経験」 それ 自体が言語 を可能 な らしめる内部構造 を内に宿 していたか ら、 とい うも のであるという。 その構造を 「場所の自己限定」 と し て明 らかにす るのが中期西田の思索の中心問題であ っ た、 と12)0) この 「見 るもの

-

「直観」 の次元 に身を置 くな ら ば- と言 うよ りも、分別知以前 の我々の存在 は、常 に既 にそのよ うなあ り方 を してお り、 「身 を置 く」 と いう能動型 の表現 は正 しくないのであるが- そ こに は、私 を超越 し、私 を包む もの (すなわち 「場所」)

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第5号 が、 また私 自身である、 という構造がある。 (従 って、 「自覚」 もまた、 「私」 や 「個我」 の 自覚で はな く、 「絶対無」 と しての 「場所」 の 「自己限定」 と しての 自覚、 とい うことにな る。) あ らゆる 「働 き」 は、 こ の 「場所」 に生 じ、そ して消えて行 く-光景である。 また、かたちを もった もの (すなわち 「有」) に関 わる 「意識」 に対 して、上述のフィヒテ的な 「意志」 は常 に、 その 「背後」 にあ り、「意識」 には届かない とい う意味で 「無」 で あ った。 しか し、 それ はなお 「有」 に対立す る 「無」 であるので 「相対的無」 に過 ぎない。 それに対 して、「有」 と 「相対的無」 を も包 み、「有無」 の成立す る 「場所」 とい うことが考え ら れる。 それが 「絶対的無」である。 この 「絶対無」 としての 「場所」にあるということ、 それ は- 「意識」 も (フィヒテ的 な) 「意志」 も 「包越」 しているが故 に- 全ての 「働 き」 を現れ る ままに受 け取 るということ、絶対的に肯定す るという ことである。 こうして西田哲学 においては、「絶対無」 という哲学的立場が、東洋的宗教、そ して芸術の 「境 地」 と重 な り合 うことにな る。 (ただ し、永井均 によ れば、それはあ くまで、私が私 を 「私」 として捉える ことがで きるのは何故か、私 と他人が理解 し合えるの は何故か、 といった問いに関す る哲学的洞察であり、 実 は宗教的 「境地」 などとは何の関係 もないのだ、 と も言われ るが13)。) 木村が、 「芸術的表現 の内」 としての 「純粋感情」 について 「一切の生内容の絶対的肯定」を語 り得 る背 景 には、 このような西 田の 「絶対無」の概念が控えて いるのである。 さ らに木村 は、 この 「絶対的肯定」 の 契機 を 『表現愛』 においては 「アガペ」 の概念 によっ て論 じているが、 それ は後期西田の用語である。 木村 の議論 に見 られ る後期西 田の思想的契機- 「歴史的 身体」、「呼びかける汝」など- については後述する。 (3)人間性の基底か ら人間形成の理念へ - 美的感情の意味 さて、「純粋感情」 につ いての木村 の議論 は、上 に 一瞥 したように、既 にきわめて 「西田哲学

的なもの であるが、木村 は しか し、美的判断の普遍妥当性 に関 す るカ ン トの議論が、 それ と同様の考え方を示唆 して いる、 と解釈 している

「美的判断が感情 に基づ く判 断であ りなが ら、 しか も普遍妥当性を要求 し得 るとす 87 れば、感情 その ものが単 なる経験的性格 において成 り 立っ ものではな く、先天的原理をみずか らにおいて有 す るものであるのでな くて はな らない

」(

2

1)。 この 「感情 を構成す る先天的原理」 は、周知 の通 り、悟性 と構想力の 「自由な戯れ」 である

「感情 はか くの如 くに してカ ン トにおいてはアプ リオ リなる作用 とアプ リオ リなる作用 との直接 の結合を構造原理 として成立 す る

」(

2

1

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2

)

。我々はそ こに 「感情の高次性 と自律 性」 を認めなければな らない、 と木村 は論 じる。 その上で木村 は、「感情 を構造す る」 もの と しで 悟 性 と構想力 とが 「その一般 において」結 びっ く、 とは 何 を意味す るのか、 と問 う

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)

。 それは、特殊 を単 に否定す る抽象的一般で はあ り得 ない。何故 な ら、 カ ントは美的表象の創造を構想力 に帰 してお り、そのと き構想力 は 「一つの具体的一般 としてみずか らの内か ら活発 に美的表象を生産 し得 る能力」であるはずだか らである。 従 って感情 は、「一切 の特殊 を内に言 わば 包蔵す る」一般 として、悟性 と構想力が結 びっいた も のである。 そ して、 この 「一切の特殊を包蔵す るもの」 とは、「特殊の系列の極限において これを超えている」 のみな らず、「一切 の特殊を 自己限定 として分化 しい だす」作用でなければな らない。- あらゆる 「特殊」 を包み、超越 し、 自らよ り分化せ しめる 「感情

「感 情 とは、か く理論的対象的に働 く悟性 と構想力すなわ ちこれ らの認識能力が、 その知的機能の底へみずか ら を超えて深 まったとき、 あたか もそこに成立す るもの といわなければな らないであろう」(23)0- このよ うに木村 はカ ントの議論か ら、上述の 「純粋感情」 に 関す る自らの議論 と同 じ 「感情」の規定を導 き出 して いるのである

「感情 はこのよ うに して知 をその底 に 超え包む立場 において成立す るのである。それ故 にこ そ一輪の蓄蔵 は一面認識の対象であ り得 ると同時に、 さ らに深 くこれを超えて感情 に包 まれ、美 しきものと して、 しか も幾多の美的表象 を以て詩人 に依 って歌わ るべ きものとして、我 々に与え られてあるのである」 (23)

カ ン トは、 このような悟性 と構想力 との 「一般性 に おける結合」を 「人間性の超感性的基体」 と呼び、カッ シーラーはそれを 「精神的なるものの根源的機能」で あると言 った。 その意味で、 「感情的主体」 こそ、人 間性の基底 に他な らない、 と木村 は論 じる (23)。 以上 のよ うなカ ン ト解釈 を通 じて木村 は、「純粋 な

(7)

感情の立場が、単 に抽象的なものとして成立す るので はな く、かえ って人間性を形作 る一切の生内容の底 に 主体みずか らが深 ま り行 くことによって成立す る」 と い う自らの洞察 を確認す る (24)。 シラーが論 じられ るのは、 それに続 く部分である。 美の非概念性 と無関心性が 「純粋感情」の 「断絶性 と 超越性」および 「高次性 と具体性」を示す ことが再確 認 された上で、 まず、 ショーペ ンハ ウア-が美の無関 心性か ら 「美的解脱」 の世界 に進んだ ことが一言述べ られた後、 シラーが登場す る。 日 く、「シラーはまた、 同 じくカ ン ト美学 におけるこの無関心性か らして、そ の高次性 と具体性 との方向に進む ことによってそ こに 人間的形成の最高の理念を開拓 した」 (24)。

4.

木村のシラー解釈 (1)感性 と理性 との 「媒介」 と 「調和」 木村 は最初 に、次のよ うにシラーの議論 を要約 して いる。人間 は本来 「感性的-理性的な矛盾的存在」で あるが、美 はカ ン トの言 う 「無関心性」を本性 とす る が故 に、美的状態 においては、人間は感性的欲求か ら 自由とな り、理性的道徳的存在 となるために障碍のな い状態に置かれ る。 この意味で美 はシラーにとって、 「まず以て」 自然的存在か ら道徳的存在への 「移行 を 容易 な らしめる媒介的過程的段階」 (25)である、 と。 シラーにおいて美が 「媒介」であるのか、それ とも 最終的に目指 され るべ きものなのか、 とい うのが 『美 育書簡』解釈 の最大 の問題点であることについては先 に触れた。 この点 に関 して木村 は、「まず以七」 それ が 「媒介的過程的段階」であることを確認す るのであ る。 このよ うにカ ン ト的な二世界説 を前提 として美を 「媒介」 や 「過程」 と位置づ ける解釈 を、木村 は否定 して はいな い。 「しか し」 - と彼 は議論 を続 ける - 「彼 (シラー) は人間の美的性格 の意義を一層深 く追求す る」 (25)。 その、一層深い意義 とは何か。 「上 に明 らかに した如 くカ ン トにあっては美 は構想 力の自由 と悟性の合法性 との調和 において成立 した」。 木村は、 このこととの連関において、あらためて シラー の根本思想 を把握 し直す、 とい う

「彼 (シラー) は 感性の原理 と理性の原理 との調和 において美の本質を 理解 したのである」 (25)。 ここでは、感性か ら理性へ の 「移行」や 「過程」ではな く、両者の 「調和」 こそ が問題 とされ るのである。 シラーはカ ン ト主義者か否か、 とい う問題をおそ ら く意識 して、木村 は次 のよ うに付 け加 えている。 「構 想力 はカ ン トにおいて も具体的な感性的直観の原理で あ り、悟性 は広義の理性 の一部 に属す るのみな らず、 崇高美の構造が構想力 と理性 (道徳的) との結 びつ き において示されたことを想えば、カントに対するシラー の連関には原理的な無理 は存 しないであろう」 (25)0 つまりカ ン トにおいて も、先 に確認 されたように、美 的判断の普遍妥当性の根拠 たる構想力 と悟性 との 「自 由な戯れ」 において構想力 - 「感性」 の原理 と広義 の 「理性」 の一部 たる悟性 との調和が認 め られているの みな らず、崇高美 において構想力 - 「感性」の原理 と 道徳的 「理性」 との結びっ きが認め られているが故 に、 「感性の原理 と理性の原理 との調和」 を説 くシラーは、 カ ン トと原理的に背馳 しない、 というのである。 (2)美的感情の 「純粋」性 ここまでは多 くの シラー解釈 に共通 して見 られる議 論であるが、問題 は、 この感性 と理性 との 「調和」 の 捉え方である。 木村 は次のように述べている。 「ところで美が このよ うに感性的な ものと理性的な ものと調和 において成立す るということは、それが両 者の具体的統一 において成立す るとい うこと、従 って それはまた、本来矛盾的反樺的な ものの統一 として、 当然両者 に対 して一層高次的な ものでなければな らな いことを意味す る」 (25)0 「具体的統一」、「矛盾的反樺的な ものの統一」、「一 層高次 な もの」- シラーにおける感性 と理性 との 「調和」 を敷宿す るこれ らの言葉づかいは、既 に見 た ようにきわめて西田哲学的である。 端的に言 うならば、 木村 はシラーの議論を、西田の 「純粋感情」 と 「場所」 の概念を下敷 きに して理解 しているのである。 カ ン ト 的な二世界説か ら見た ら、 た しかに 「矛盾的反樽的」 であるはずの感性 と理性 とが美 において 「調和」 し得 るのは、美の 「積極的内容」、「特 に美 なるものの表現 的内」- 要す るに、真 と善 に対 して我 々が 「美」 と 称す る事柄の内実- である 「特 に芸術的」な感情、 すなわち 「純粋感情」が、知や意志 を<超越 しつつ包 み こんでいる>か らである。 カ ン トの 「非概念性」 と 「無関心性」 が示 しているよ うに、美的な感情 はた し かに 「純粋」 な感情である。 この 「純粋」性を木村 は 西田哲学的に解釈す る。 その 「純粋」性 は、知や意志

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第 5号 を 「外へ」 と否定す る 「抽象」- そ こでは感性 と理 性 とは 「矛盾的反樺的」である以外 にない- ではな く、 む しろそれ らを 「内へ否定」 し、「底へ超越」 す る 「具体的純粋性」であった。美的な感情を このよう に中期 (第二期)西 田的な 「純粋感情」 と解釈す るな らば、 そこにおいて感性 と理性 とが 「統一」 されてい ることに不思議 はない。 自然的欲求 (感性的な もの) も道徳的命法 (理性 な もの) も、美的感情 に<包越 > されているのである。 美 における両契機の 「調和」 は、 その意味での 「具体的統一」である。 美が感性的な ものや理性的な ものに対 して 「一層高 次」であるのは、美がそれ らを<包越 >しているか ら である。 と同時 に、 この 「高次性」 には、 さらに、美 がそれ らを 「絶対的に肯定」 している、 という含意が ある。 いわ く、「知識 も意志 もその本来のままにおい て は到底美的意味を担 うことはで きない」が、「それ らが非概念性 と無関心性 との純粋感情の世界へ浄化 さ れて来 るとき、 そこに一切の意欲 も一切の知識 も美の 高次元の世界に包み取 られる。 この意味において美 は 一切の生 内容の全体的絶対的肯定である」(26)。先 に もカ ン トを論 じる文脈で登場 した、 この 「一切の生内 容の全体的絶対的肯定」 とは、 まさに西田が 「場所」 の概念 によって語 った ことに他 な らない。西田におい て 「純粋感情」の概念 は、個人を超 えた 「無意識的意 志」、 「超越 的意志」 とい う含意 を既 に もちつつ も、 「意識」 とい う 「有」 に対立す る限 りでは未だ 「相対 的」 な無 にとどまっていた。 それに対 して第三期の西 田においては、 それを も包み こむ 「絶対無」 としての 「場所」が考え られるに至 る。「意識」 も 「意志」 も、 全ての 「働 き」 は、 この 「無の場所」 に生 じて消えて 行 く 「一光景」 として捉え られ る。 そ して、 この 「絶 対無」 としての 「場所」 にあることは、全ての 「働 き」 をそれ らが現れるがままに受 け取 るとい うこと、絶対 的に肯定することを意味 していた。木村が 「純粋感情」 について 「一切の生内容の絶対的肯定」 を語 り得 る背 景 に、 このような西田の 「絶対無」 としての 「場所」 の概念が控えていることは、先 に確認 した通 りである。 木村 はそのことを、他 な らぬ シラーの 「遊戯」や 「美 しい魂」 の概念 に即 して、 あ らためて主張 しているの である。 89 (3)「美 しい魂」 と 「絶対無」 「遊戯 においてすなわち美 において人間は初めてそ の全人間性を完 き姿 において生 きるのである。 - (カ ン ト的な)当為 の道徳 はそれ故彼 (シラー) において は美の理念 に依 って超え られたと言 うことがで きる。 単 なる善 の行為 はなお抽象性 を脱却 しない。全人間性 は 「美 しき魂」か ら出る 「美 しき行為」 においてのみ 自己を表現す る。 人間的形成 はかか る魂 において最高 の目標をもっのである」(26)0- これは一見、 シラー の主張 の単純 な要約 である。 しか し、先 に引用 した 「一切 の生 内容 の全体的絶対的肯定」云々の一節 は、 まさにこの シラーの議論を敷宿 した ものとして述べ ら れているのである。 『美育書簡』 における 「遊戯」や 「美 しい魂」 の思 想がカ ン トを超えた ものか否かは、 シラー解釈 におけ る最大のアポ リアであり続 けて きた。先 に見 たよ うに 木村 は、 シラーにおいて も 「まず以て」美が 「媒介的 過程的段階」であることを認めていた。 しか し、木村 の シラー解釈の中心 は、 シラーによる 「人間の美的性 格」の 「一層深 い」意義の追求にあった。その意義 は、 美 において 「全人間性を完 き姿 において生 きる

こと が、すなわち 「絶対無」 としての 「場所」 にあって、 感性的なものも理性的なもの も、人間の全ての 「働 き」 を 「包越」 し 「絶対的に肯定」す ることを意味 してい る、 とい う点 にあった。 この解釈 の核心 は、 カ ン トが 「非概念性」 と 「無関 心性」 と特徴づ けた美の 「純粋性」の理解 にある。 そ の 「純粋性」 を可能 にする、感性的な ものや理性的な ものの 「否定」のあ り方がその核心である。 その 「否 定」が、通常の意味での 「外」への否定であるな らば、 美的状態 と道徳的状態 とは、 そ してまた自然的状態 と 道徳的状態 とは、二律背反的に否定 し合 う他 ない。実 践理性 の絶対的優位 を説 くカ ン ト倫理学の リゴ リズム は、 この前提 に立っ 。 シラー解釈 において も、 (カ ン トに枠組みに忠実 に)美 はあ くまで道徳的状態 (道徳 的人間、道徳的国家)への 「媒介」や 「過程

である と理解するか、 さもな くば- たとえば、それを 「汝、 美的にふ るまうべ し」 という新 たな美的命法 と解釈 し たガダマ-のよ うに- (カ ン トの枠組みを超 えて) 美的状態その ものが 目指 され るべ きものである、 と理 解す るか、その二者択一を迫 られ ることになる。 にも かかわ らず、 シラーのテクス トの中に、 いずれの解釈

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も可能な叙述が混在 している点 に、従来の 『美育書簡』 解釈のアポ リアがあった。 それに対 して、美の 「純粋性」が 「内への否定」 に よって可能 になっている、 と理解す るな らば、従 って、 シラーの言 う 「遊戯」や 「美 しい魂」が、 (西田的に) 「絶対無」 としての 「場所」 にあることを意味す るの であれば- その限 りにおいて、生 の一切 の 「絶対的 肯定」を意味 していると解釈す るのであれば- それ らは矛盾 しない。美 を 「純粋感情」や 「場所」 として 解釈す るな らば、 それは全てを 「包越」 し 「絶対的に 肯定」す るが故 に、「媒介」 であるか 「目標」 である かば結局、同 じことになる。 以上 のよ うな木村 の シラー解釈 は、 シラー解釈史上 最大のアポ リアに、西 田-木村の立場か ら一つの解決 を示 していると同時に、美的なものについての西田哲 学的な理解 の独 自性 を端的 に示 して いるので ある。 (第一批判 と第二批判 のカ ン トの立場か らした ら、 そ れはあるいはゴルデ ィアスの結 び目を断ち切 るよ うな 「解決」 であるか もしれない。 しか し、第三批判 にお ける美の規定に- たとえばアレントなどとは全 く違 っ た仕方で- カ ン ト自身が明示 しなか った 「カ ン ト」 の可能性 を読み取 り、近年 における第三批判の再評価 を先取 りした議論、 と読む ことも可能であろう。) 論文 「形式 と理想」 における木村の シラー論の大半 はこの部分 にあるが、論文の最後 にもう一度、 シラー にかかわ る興味深い言及がある。 そ こに至 るまでの木 村の議論の展開を、 さ らに概観 してお こう。

5.

「内」 と 「外」 との 「弁証法」

(1

)芸術的感情の 「おもむき」 カ ン トを解釈 しつつ提起 され、 シラーに即 して確認 された 「純粋感情」 の概念 は、表現 における 「内」 と は何か、 という問いに答えるものであ った。 この 「芸 術的な内」 としての感情が、単 なる混沌ではな く、既 に して或 る 「お もむ き」、すなわち方 向性 ・動 向を も つ ことを木村 は重視す る。 それ故、それは 「情趣」 と 呼ばれ るのが相応 しい。情趣 は単 なる感情的混沌では な く、「形への動 きが最初か らこの ものに内在的であ り本質的である」 (32)

「芸術的形成 はかか る動 きか ら生 まれ る」。 しか し、何故 それは 「形成へ出 るので あろうか」。何故、情趣 は内なる観照 においてみずか らを享受す るだけで満足 しないのか。- これは、芸 術 あるいは表現一般 に向か って 「その存在権 を訊ね る 問」である。 (2)「自覚」 と しての形成 ・表現の動態 それに対 して木村 は、「人間的存在 の本質的契機 と しての自覚性 と身体性」 (32)の故 と、端的に答え る。 まず、人間が人間であるためには 「自由なる主体 と し て 自己みずか らを知 るとい うこと」がな くてはな らな い。 また、 この 「人間的自覚」 は 「本質的に身体 に依 る自覚」 である以外 にな

「人間 は身体 を媒介 と し て 自己の内的生命を外へ形成 しいだす ことに依 って、 そ こに初めて具体的にみずか らを知 るような存在 なの で あ る」 (32)。木村 は人間存在 の 「具体 的本質」 を 「形成的表現的 自覚者」 と、端的に把握す る。 これ は 『表現愛』 において確立 された木村 の立場 の再確認 で ある。 木村 はさらに、 この形成 ・表現 ・自覚の動的性格 を 強調す る。 日 く、「真 に具体的な生命 は本来動 的であ り、形成 された ものではな く、かえ って形成す ること その こと」でなければな らない。従 って 「真 に具体的 な自覚 も形成す ることその ことにおける自覚」 でなけ ればな らない (33)0「芸術的表現の内は、単 なる中味 であるのではな く、みずか ら本質必然的に形 を求 め、 内か らして形へ と高まって行 く動的ないのちにはかな らないのである」 (34)0 (3)「外」を媒介 とする 「内」の自覚 この 「表現的生命」 の動態 は、「常 に素材 と しての 外 に突 き当たる」 (35)。形 は単 なる内において 「予 め 出来上が って」 いて、それをただ表出すればよいよ う な ものではない。それは 「素材 に突 き当た り、 それに 阻まれてのみ」、初めて真 に見 られ始 める。「阻 まれ る ということな しには自己の内を見窮め得ないところに、 表現的生命の運命がある

「作 るということがすなわ ち生 きるとい うことである

「表現 はこのよ うに、外 を媒介 とす る内の自覚であ り、その内 と外 との相即 と しての弁証法的 自同性、それがすなわち形を真 に見 る とい うこと、形成す るとい うことにはかな らないので ある」 (35)0- 『表現愛』所収の 「一打の整」 のモ ティーフが、 ほぼそのまま再確認 されている。

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奈良女子大学文学部研究教育年報 第5号

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4)

イデアの 「内在即超越」 そ こか ら木村 は、 あ らためて聖の一打一打 における イデアの生成 につ いて論 じる

「イデアは単 に天上か ら天降 って来 るのではない。かえ ってそれは素材 と取 り組んだ情趣の底か ら自覚的に生 まれて来 るのである。 表現的内と素材 においてすでに形成的に見定め られた 外すなわち表現的外 との弁証法的切点か らイデアは生 まれるのである」 (36)。芸術的イデアは、 このような 「内在即超越的性格」 を もっ。 換言すれば、芸術 にお けるイデアは 「特有 な彼岸性」 を もつ

「イデアは天 上 に座 を占めているので もない。普遍的な理性の統制 原理 として叡知的彼岸か ら現実を導いているので もな い。それは本来的に感性的な形 として、かえ って眼前 の石塊の内に納 まっているのである」 (39)。

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)素材の質料性の意味 さ らに木村 は、「素材 の もっ実質性 あるいは質料性 の美的積極性」 (39) を強調す る。 芸術 において積極 的な意味を もっのは形式であって、素材 は単 なる手段 に過 ぎないと、やや もすれば考え られる。 木村 によれ ば、 カ ン トもそ こか ら脱却す ることができなか った。 しか し、形がまずあ って、そ こへ色や音が加わ るので もな く、質料 が まず あ ってそ こへ様 々な形 が 自 らを 「印刻」 Lに来 るので もな く、「線や面のいわゆる形式 と色や音のいわゆる質料 とが相侯 って、初めてそ こに 形 においてのみ意味ある存在 を形作 るのである」。 そ の意味で 「素材 は形 に参与 し、形のなかへ喰い込んで いる一つの原理であるのでなければな らない」 (41) 。 質料の持 ち前の特性が美的形象の うちに 「公正 に」生 かされねばな らない

(

4

2

)

、 と。 (6)形 と質料の 「弁証法」 また、芸術的イデアは本質的に感性的なイデアであ る、 ということか らは、 もう一つ重要 な帰結が導かれ る、 という。上述のように 「質料なるものはまた本来 一つの形式的契機」 (43) であ った。 それ は同時 に、 「真の形 はいわゆ る形式 といわゆる質料 との両契機 の 綜合か ら成 っている」 (43) ことを も意味 していた。 - 形 と質料 との 「この弁証法的相即性」 (45)。 これ は次 のよ うに簡潔 に説明 され る

「情趣 はそれ 自身内 的なが らも形式 を有す る質料であ り、表現の完成 とし ての形 はこれに反 し質料 を有す る形式である」 (45)。 91 木村 はそれを、 さ らにヘーゲル的に敷街す る。 すなわ ち、質料 としての情趣 は 「即 日としての形」であ り、 形 は 「即かつ対 日における質料」である。 即 日は対 日 を媒介 としな くては即かっ対 日に到達で きない。 そ こ での 「対 日」 とは、「内に対す るものとしての限 りに おいて、外 において制作的に見 られるところの自己に 他な らない」。その意味で、「質料的現実的なものはこ こでは常 にロゴス的なものイデア的なものと離れない」 (46)。 ヘーゲルの 「理性的な ものは現実的であり、現 実的なものは理性的である」 という言葉を木村 は、形 と質料 との 「弁証法」 を表現す るものと解釈す るので ある。

6.

イデアの生成 と歴史性 (1)芸術 における形の 「個」性 と 「普遍」性 ここまでの議論 は、表現 における 「内」 としての感 情 が 「外」 を媒介 と して形へ と<お もむ く>動態 -「弁証法

を明 らか にす るものであ った。 それに続 い て木村 は、芸術 における形 の、 もう一つの特有な性格 を、以下のように論 じる。 形式 とい うの は本来、 「普遍的」 な意味を もたねば な らない。それは 「実現 の働 き」 に対 して 「規範的な ものとして規則性、法則性」 を、 また 「実現の目標 あ るいは目的 としては価値」 を、意味す る。 しか し、芸 術 における形 は 「本質的に感性的な形」でなければな らなか った。感性的、具象的なものは常 に 「個的」で あ る。 「普遍 的規範 的 で あ って しか も個 的 な もの」 - 木村 は、 そ こに芸術 における形の 「驚 くべ く著 し い性格がある」 と言 う

「我 々は、 かか るものをまさ しく理想 と呼ぶ。芸術 においては形式 はすなわち理想 にはかな らないのである」 (47)。 「個的 と普遍的 とのか くの如 き相即を、 カ ントは、 理論的及 び実践的判断 との区別 において特 に美的判断 の特性 として取 り出 した。-美的快感 はこのように単 一 の対象 に結 びっ く個的な快感でありなが ら同時に普 遍的意義を有す る」 (48)。 このような単一の対象の普 遍妥 当性- 「個 と普遍 との相即」- をカ ン トは 「範例的」 と称 した。 これ は美的なるものの本質的性 格 を捉える上で卓見であ ったが、 しか し、個的なるも のを普遍的なるものの 「例の如 く」 と捉える点で、 カ ン トにおいて は未 だ普遍性 の偏重が残 ってお り、 「両 者 の相即の真の把握 に徹 し切」 っていない、 と木村 は

(11)

考える。 (2)「理想」 と しての形 それに対 して、 この相即を 「理想」 と言い切 ったヘー ゲルは明確 に一歩 を進めた、 という

『美学』 におい てヘーゲルは、芸術美 とは、「形而上学的論理学」 に おけるイデーとは異 な って、「本質的に個的な現実 で ある、 と云ふ一層進んだ規定を もったイデーであ り、 並 びにまた自己内に本質的にイデーを現 は しめる、 と 云3,規定 を もった現実の個的形成である」 (49) と述 べ る。 そ して 「このように把握 されたとき、 イデーは その概念 に適 は しく形成 された現実 としてイデア-ル である」 (50) と

「芸術 における形 はあたか も上 の (ヘーゲルの)如 き意味 において理想でなければな ら ない」 (51)。 その上で木村 は、最後 に次のような問題を提出す る。 「理想 の究極的な意味 は何であ り、作 ることの深 さ真 義 はどこにあるのであろうか」 (52)。 この問題 を考え るために木村 は、 これまでの議論を振 り返 り、 そ こで 「三っの外」 につ いて語 って きた ことを確認す る。 第 - に、「情趣 と しての内に対 して、表現 とはその内が 外へ とみずか らを形成 し出す ことであるとい う連関」 における外。 そのとき 「外」 は 「具象的な形」であ っ た。第二 に、 このことは 「素材 としての外」 の媒介 に よって可能 になる。 第三 に、 このような 「制作の道程」 は 「例えば一打の聖が切 り開 く大理石の一つの面 の如 く、形作 られた外」をもっ。 それを木村 は 「表現的外」 と呼び、制作 はこの第三 の意味での 「外」 と 「内」 と の 「弁証法的交渉」であると考えていた。重要 なのは、 この第三の意味である、 と (53)。 (3)「外」の歴史性 たとえば眼前 の石 は、「素材的外」 であるのみな ら ず、「制作意志へ向か ってみずか らを表現的に訴 えて 来 る

「表現的外」である。 木村 は、前者 (素材的外) は後者 (表現的外)の 「抽象的低次面」である、 と言 う。 木村が例 に挙 げた ミケランジェロにおいては、 こ の二つの 「外」 は同一 の石であ ったが、「一般 には し か しこの二つの外 は同一物 において結 びっいていると は限 らない。他の表現的外か ら受胎 されたイデアを以 て人 は石に向かい絵の具 に向かい言葉 に向か う」(53)。 この ことは何 を意味す るのか。 それは 「表現的外」が 「総 じて作 られたものの性格 において在 る」 ことを意味 している

「何故 な ら単 な る外 としての所与の自然 はその本性上みずか ら表現的 であるべ き性格を根拠づ け られ得ないに対 して、作 ら れたものは精神の客観的表現 としてすなわち客観的精 神 として、おのずか らまた作 る主体 に対 して表現的に 呼びかけるべ き性格を当然根拠づけられているか らで ある」 (54)0「本来表現的である主体 にとって は、 直 接 なる外 は常 にか くの如 き外でなければな らない」。 いわゆる 「純粋 な自然」 なるもの も、「実 は我 々が具 体的生 において接す る表現的 自然の抽象面であるに過 ぎない。表現的主体 にとっては一片の雲 も一条 の細流 も表現的外でないものはない」 (54) と。 このような、 「表現的主体」 にとって 「外」 は全て- 自然です ら も- 「作 られたもの」に他な らない、 という認識 は、 その 「外」の本質的な 「歴史性」 を帰結す る。 (4)「歴史的身体」 と しての 「表現的主体」 同様 に、 「表現的主体」 もまた、 このよ うに 「作 ら れた

「歴史的な」表現的外 との 「弁証法」 的媒介 に おいて初めて存在す ることができる以上、やはり本質 的に歴史的存在である。 総 じて、木村 は次のよ うに結 論す る

「内 と外 との弁証法的交渉 において形成 の形 が見 られて行 く限 りにおいて、かかる世界 はまた必然 的に時間的存在 として歴史的世界でなければな らない のである。その時、見 られ行 くイデアの方向に未来が、 そ して既 に見 られた もの としての作 られた ものの方向 に過去すなわち伝統の世界が成立す る。 そ して現在 と は両方向の否定的媒介 その ものの、すなわち絶対無 の 媒介その ものの、 自覚でなければな らない」 (55) と。 ここに至 って、先 に示 された 「人間的存在の本質的契 機 としての自覚性 と身体性」 (32) は- 木村が ここ で明 らかに前提 としている、後期西田に特有の概念 を 用 いるな らば- さ らに 「歴史的身体」であることが 確認 されるのである。 加えて ここで木村が強調 しているのは、 この 「歴史 的身体」 としての 「個」の、個を超えた普遍性である。 上 の引用で、表現 における 「現在」 は 「絶対無」の媒 介その ものの自覚である、 と述べ られていた。 それに 続 いて木村 は次 のよ うに論 じる

「個的主体 とはか く の如 き自覚面 の一 々の現実的 自覚点 として把握 さるべ き存在である。 身体的個体 として、歴史的生命 の自覚

(12)

奈良女子大学文学部研究教育年報 第5号 的発展 はまさ しくそ こか ら起 こるのである」(55)。 こ こに至 って、表現的主体 は単 に表現的 ・歴史的 「外」 との弁証法的交渉 にあるのみな らず、む しろ- 西田 の概念を使 うな らば- 「絶対無」 としての 「場所」 の 「自己限定」である 「自覚」の、一つの 「自覚点」 であることが表明され る。 先 に 「一切の生内容の絶対 的肯定」 とい う思想の背景 として指摘 した第三期西田 の 「場所」の立場の影響が、 ここにも色濃 くあ らわれ てい る。 と同時 に、 この 「形成的表現的 自覚者」 の - 「作 られた

「表現的外

を介 しての- 「歴史 性」 の強調 には、後期 (第四期) に至 った西田の思想 の反映を明確 に見て とることがで きる。 (5)後期西田思想 と木村 ここで再 び岩城見-の解説 に依拠 して、後期西田の 思想 と木村 との関係を確認 しておこう。 岩城 によれば、 木村の 『表現愛』 は西 田の第四期の思想、 とりわけ論 文 「私 と汝」 (昭和

7

) か ら主 な着想 を得ている、 と い う。 この時期、西 田はその最終的な立場 に至 りつつ あった。 それは経験を歴史的社会的な文脈で基礎づけ る立場である。 それ以前の立場では、 たとえ 「場所」 という最 も深 い次元 (「絶対無」)か ら経験の成 り立 ちを説明で きた として も、 なおそれは 「抽象的」である。 個々の経験 の成 り立 ちは、その都度の経験の前提 となる 「歴史性」 への洞察が不充分である限 り、明 らかにはな らない。 それに対 して後期 の西 田においては、「自己」 は社会 か ら孤立 した存在ではな く、社会のなかでその都度か たちづ くられて行 く自己 と して、「身体」 は非歴史的 な自然的存在ではな く、歴史 によって変化す る身体 と して理解 されることにな った。 そ の際、 決定 的 なの は、 自己 に収 ま らな い他 者 (「汝」)の存在である。「絶対の他」 との関係 (すなわ ち社会) の うちで自己は自己となる。 自己は社会的歴 史的に限定 されている。 換言すれば、 自己 (個) とは 「歴史的一般者」 とい う決 して前 もって意識で きない 「絶対無」 の 「自己限定」であ り、「社会」の 「尖端」 である。 今や自己がそ こに 「於 いてある」 ものは、非 歴史的な 「場所」ではな く、歴史的 「環境」である、 とされ るのである。 しか も、 自己 (そ して自己の行為 によって生み出さ れる物) は、環境か ら限定 されると共 に環境を限定 し 93 返す。 この 「弁証法的」運動が歴史 に他 な らない。 こ のような私 と汝 との関係か らなる 「歴史的世界」では、 物 も単 なるモノではな く、私 に呼びかける汝 になる。 単 なる物質 も、歴史的 自己 (としての私) に関わるも の として 「歴史的物質」である。 木村 における、表現 的主体 に 「呼びか ける」 ものとしての 「素材

理解 に は、 この西田の 「私 と汝」が大 きな影響を与えている、 という 。 木村 の 「表現愛」 の根本概念 である 「エ ロス」 と 「アガペ」 も、 また西 田の 「私 と汝」 の結論部分 に登 場 している。 西田において、第二期の 「意志」 という 「相対無」 の立場 と、第三期の 「場所」 とい う 「絶対 無」の関係 とは、第四期 に至 って、歴史性 を も考慮 に 入れた、人間の経験 における 「エロス」的方向 と 「ア ガペ」的方向 との弁証法的関係 として捉え直されたと 見 なす ことがで きるだろう、 と岩城 は総括 している。 (6)「解脱」 と しての芸術 表現的外の、表現的主体の、 そ して結局、個を超え た表現的生命の、歴史性を確認 した上で、木村 は上述 の最後の問い- 理想の窮極的な意味、作 ることの深 さ真義- に答え る

「芸術的意味 における形式、す なわち理想 というもの も、それ故 またか くの如 き表現 的存在、歴史的実在の弁証法的交渉か らして生 まれい ず るものはかな らない。歴史的生命 の深 い母胎か ら、 一切 を生むその大地の底か ら、美のイデアもまた生 ま れて出るのである。 そ うしてかえ ってそれが形成的主 体 の自覚的 目標 とな って この大地 を歴史的に導いて行 く。 ここに既述の如 く、 イデアの内在性 と超越性 との 相即があった」 (56)。- 要す るに、先 に論 じられた (「一打の聖」のモティーフであった) イデアの内在性 と超越性 との相即- 内 と外 との弁証法的切点 におけ るイデアの生成- に、後期西田の 「歴史性」の契機 が加わ って、そのように して現前す るのが 「理想」で あ り、 その理想を現前せ しめるのが 「作 ること」の意 味である、 というわけである。 木村 はさ らに、 「ここか らして また我 々は芸術が如 何 なる意味において解脱であ り得 るかに関 して、一つ の本質的連関を明 らかにす ることができるであろう」 (57) と述べ る

「解脱」 としての芸術。その連関の一 つを明 らかに していたのが、上述 の シラーの 「美 しき 魂」 であ った、 とい う

「それは当為 を超越す ること

(13)

に依 って一つの無擬の立場 に達 した ものと言 うことが できる」 (57)。 しか し木村 は、我々は 「なお他の連関」 を見 ることがで きなければな らない、 と述べ る。 それ は何か。 (7)「今一つの連関

」?

木村 は次のように述べ る。 芸術 における形の意味が 上述のように理解 されるな らば、それは 「絶対無の媒 介 によって成立す る世界 として、すでに絶対的である ところの世界の形であるが故 に、-その形そのものが、 従 ってまた絶対的な意味を もっ ものでなければな らな い。従 って、その形を観 じ、 またそれを形成的に表現 す る美の生活 は、それ自身 また絶対 を行ず る生活であ るといわねばな らない

「絶対の形象を見、絶対の リ ズムを生 きる生活 として、絶対その ものを生 き切 る生 活」 (57)。木村 はそこに 「芸術 と解脱 との今一つの連 関」 が看取 され る、 とい うのである。 その具体例 は 「芸術 の道 を求 めて宗教性 に到達 した」東洋 の教養 あ る詩人や画家たち、 またその他の芸道 の人達の うちに も、 また逆 に 「存在 の法 を窮 めっ くした宗教 的 自覚 の立場か らその自在無擬の心境を芸術的表現へ現 した 人々」、 たとえば禅の人々の うちにも、見 られる、 と。 それでは、 これ らの東洋的な 「解脱」のあ り方 と、 シラーの 「美 しき魂」 とは、 どこが違 うのか。 この点 について、 しか し木村 は論 じてはいない。論文 「形式 と理想」 は、 この問いの提出を もって終 っている。 ま た、『実のかたち』 には、「形成- 東洋的なるものに 関す る一 つの問題 の提 出」 と題 され た論文 (初 出 は 「形式 と理想」 の前年である昭和

1

4

年) も収 め られて いるが、 この副題が もた らす期待 に反 して、 ここで も 木村 は、 『表現愛』 以来 の、 形成 にお けるイデアの 「内在即超越」 とい う主題 を専 ら論 じている。 肝心 の 「東洋的なるもの」 につ いては、 や は り論文 の最後 に 至 って触れ られているに過 ぎない

「形成 について我々 は今 このように考えてきた。 ところが東洋において我々 はまた極 めて独特な体認 と主張 とが この間題 に関 して 為 されているのを知 っている」 (70)

「形成 のか くの 如 き (東洋的な- 引用者注)概念 は、先 に我々が展 開 して来 た もの と如何 なる関係 を保っであろうか。 そ れは明 らかであるように直ちに一つの ものではあり得 ない。前者 と後者 とは恐 らくその基づ く原理を異 に し ているのでなければな らないであろう」 (72)。では、 それは如何なる原理なのか。二つの原理 は如何 に連関 し、統一 され るのか。その間題の提出を もって、残念 なが らこの論文 も閉 じられているのである。 そ して以 後、木村 は、 その早す ぎる死 に至 るまで、 (管見 の限 り) この 「今一つの連関」 について論 じてはいない。 従 って、木村が シラーを解釈 しっっ論 じた芸術 と解 脱 との 「一つの本質的連関」 とは異 なる、 もう一つの 「東洋的」 な連関を明 らかにす ることは、我 々に残 さ れた課題 と言 うべ きだろう。 木村研究 の一環 と して、 当然試み られて然 るべ き課題である。 しか し、 この書 かれざるテクス トを推理す ることは、今、 ここでの筆 者の課題ではない。小論 において見て きたよ うに、 カ ン ト、 シラー、ヘーゲルをいわば換骨奪胎 しっっ、美 的な表現 ・形成の動態を 「解脱」 とい う東洋的な<境 地 >に結 びっける木村の議論 は、既 に して きわめて西 田哲学的、京都学派的であり、その意味で、既 に充分 「東洋的」であるとも言え る。 さ らに言 うな らば、木 村が書 き得なか った 「東洋的なるもの」 の解明のため には、同 じ京都学派の中で も、たとえば久松真一 のよ うに、より直哉に 「東洋的」な語法によってそれを語 っ た議論 を検討す る方が、豊かな実 りが期待 され るであ ろう。 それに対 して、あ くまで東 と西 との間 (あわい) に立 って 「解脱」を語 ろうとしたことに、木村 の木村 た る所以 を見 ることもで きるので はないだ ろ うか。 (そ もそ も、残 されている論考 は、書かれざるテクス トの序論 に過 ぎなか ったのであろうか。筆者 には、 そ のよ うには思われない。)現在 の私 たち自身 の 「歴史 性」 にとって 「東洋的なるもの」 あるいは 「日本的な るもの」 も 「西欧近代」 も、いずれ も無視 し得 ない契 機であるとした ら、その切点 に立っ木村 の議論 こそ、 まさにアクチュアルなものではないか、 と考え られる のである。 7.おわ りに- 京都学派 と美的ポ ス トモダニズム さて、本題であった木村 の シラー論 に戻 ろう。 小論 で見て きたような木村の議論 は、 シラー論 の文脈で言 えば、『美育書簡』解釈上 のアポ リアに、西 田-木村 の立場か ら一つの解決を示す ものであ った。 それは、 「美 しい魂」 の 「純粋」性を 「絶対無」 と同一視す る、 京都学派 にきわめて特有 な、 と言 うべ き解釈である。 シラー解釈史か ら見 たときには、『美育書簡』 に新 プ ラ トン主義的な 「流出」説の影響 を読み取 る解釈の系

参照

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