フランス語学研究,第 46 号,2012 年,pp.89−97
フランス語質問箱
Juste une dernière chose...
小 田 涼
Q:
8
月にインターネットでLe Monde
を読んでいたら,ある記事の見出しに面白い例を見つけたんです.
Un 74
èmesoldat français tué en
Afghanistan
という見出しでした.フランス語でも英語でも,序数詞つ きの名詞には定冠詞がつくのがふつうなのに,ここでは不定冠詞が使わ れていたので,面白いなぁと思って. A:うーん…それは面白い例というより,恐ろしい例ですね.でも,この例 について考えるのは後にしましょう.序数詞つきの名詞には定冠詞がつ くのがふつうだとあなたは言いましたが,それはどうしてですか? Q:「~番目の
X
」と言えるX
は基本的に一つしかないX
なので,特定の ものととらえられて定冠詞がつくと思います.たとえば,第二次世界大 戦がla Deuxième Guerre mondiale
であってune Deuxième Guerre
mondiale
にならないのは,二番目の世界大戦は唯一特定のものだからですよね.
A:
そうですね,基本的な考え方はそれでいいですよ.他にも,たとえば
「初雪」は
la première neige de l’année
(またはles premières neiges
de l’année
),「最後の晩餐」はle Dernier Repas
,「最後の審判」はle
Jugement Dernier
,どれも同じ理由で定冠詞を使います. Q:でも,さっきのLe Monde
の見出しの例だけじゃなく,序数詞がある のに不定冠詞が使われている例も見かけることがあって,気になってい たんです.どういうときに不定冠詞が使われるのか,よくわからなくて. A:序数詞つきの名詞に不定冠詞が使われるのは,おおきく分けて二つの場 合があります.まず,さきほどの「~番目のX
と言えるX
は基本的に 一つしかないから定冠詞がつく」という前提を逆から考えてみましょう.Q:前提を逆から考える? それは,つまり…「~番目の
X
が複数ある場 合には,不定冠詞がつく」ということですか?A:
そうです.たとえば,よく知られているのは「第三者,部外者」という
意味の
une tierce personne
.「第三者」は複数存在するものですから,これは特定の
3
番目の人ではなく,不特定の3
人目の一人ととらえられるので,不定冠詞が使われます.英語でも,
a third person
と不定冠詞を使うでしょう? もし特定の
3
番目の人を表わすなら,映画『第三の男』
(The Third Man / Le Troisième Homme)
のように定冠詞が使われます.
Q:「第三者」の例はわかりやすいですけど,そういう例は少ないんじゃな
いですか.
A:そうでもないですよ.オーケストラに第一バイオリンと第二バイオリ
ンは複数いるでしょう? だから,第一バイオリンのうちの一人は
un
premier violon
,第二バイオリンのうちの一人はun deuxième violon
となります.
C’est un violon ayant appartenu à un premier violon de
l’Opéra de Marseille.
(これはマルセイユ・オペラ座管弦楽団の第一 バイオリンが所有していたバイオリンです)のような例があります.こ の例では,日本語でもフランス語でも,バイオリン/ violon
という単 語で「バイオリン奏者」が表わせるのも面白いね. Q:一種のメトニミーですね. A:そうですね.それから,パリのオペラ座バレエ団のPremier Danseur /
Première Danseuse
(第一舞踏手)も同じです.パリ・オペラ座のダンサー には最上位のÉtoile
(エトワール)の他に四つの階級があって,そのう ちの一つの第一舞踏手はもちろん複数います.ですから,第一舞踏手の うちの一人はun Premier Danseur / une Première Danseuse
です.Q:…なんだかマニアックな例ですね.
A:
… じ ゃ あ, も う 少 し ふ つ う の 例 を 探 す と, 大 統 領 夫 人 を 表 わ す
première dame
.現在のフランスの大統領夫人のように限定するなら,一人しかいないから
la Première Dame de France
と定冠詞を使うけれ ど,「ある一人の大統領夫人」という不特定の意味で使うなら,その場合は
une première dame
と不定冠詞をつけます.Q:それはわかりやすいです.英語でも,不特定の一人のファースト・レ
ディーなら
a First Lady
になりますね.premier rendez-vous ?
”(初めてのデートにこのドレスはちょっとやり すぎかしら)という例でun premier rendez-vous
のように不定冠詞が 使われるのは,さまざまなタイプの「初めてのデート」の存在が想定され, そのうちの一つが不定冠詞をともなって表わされているから.つまり, いろいろなタイプの「~番目のX
」が存在すると想定されるとき,その「~ 番目のX
」の集合から一つのX
を抽出することになるので,不定冠詞 が使われます. Q:その説明には納得できます.でも,僕がこれまでに見かけた不定冠詞つ き序数の例には,それとは少し違うタイプの例がありました.たとえば, 刑事コロンボが犯人を追いつめるとき,いくつか質問していったん帰り かけるけどすぐに戻ってきて「最後にもう一ついいですか?」っていつ も聞きますよね.あれ,英語では“Just one more thing.
”ですが,フ ランス語では“Juste une dernière chose.
”なんです.これは,「いろ いろなタイプの最後の質問がある」ということではないような気がする んですが.A:その通り,いい例を見つけましたね.他にも,たとえばインタビュアー
が“
Je pourrais vous poser une dernière question ?
”と相手に尋ねているのをよく耳にしますが,これも同じタイプの例です.他にどんな例 がありましたか? Q:ロジェ・グルニエの“
Les jeux
”「オリンピック」という短編(La
salle de rédaction
『編集室』所収)で,冬期オリンピックの開催地で 取材するジャーナリストの主人公が,ある雑誌社の編集長から「友人 の面倒をみてやってほしい」とか「ちゃんと彼が記事を書くよう見張っ ていてほしい」とかしつこく頼まれる電報を何度も受け取るのですが, そこで出てくる2
通目の電報はun second télégramme
,3
通目の電報 はun troisième télégramme
と,どちらも不定冠詞がついていました.2
通目の電報も3
通目の電報もそれぞれ一通しかないのに. A:それもいい例ですね.序数詞つきの名詞に不定冠詞が使われるもう一つ の場合は,「これから先いくつのX
が存在するのかが確定していない」 場合です.つまり,「開かれた母集合」に属するX
について「~番目のX
」と言う場合には,不定冠詞が使われます.ロジェ・グルニエの短編 の例だと,編集長からの電報をこれからいくつ受け取るのか,主人公に はわからない,というニュアンスがあります.一方,建物の「5
階」と 言うのにle quatrième étage
と定冠詞を使うのは,その建物が何階建てかということは建てられたときから決まっていて,「階の集合」が閉じ られているからです.本の「何ページ目」についても同じで,その本のペー ジ数は本が印刷されたときから決まっていますから,
la première page /
la dernière page
のように定冠詞がつきます.さて,ここで問題です. フランス人の先生のオフィスに行くと,あなたが書いたフランス語の作 文を添削しているところでした.先生があなたに「君の作文のフランス 語の間違いは,これが20
個目だよ」と言うときのvingtième faute
には, 定冠詞と不定冠詞のどちらがつくでしょうか. Q:…あまり嬉しくない例なんですけど.まぁ,いいです.ええと,まだ添 削の途中で,これからいくつ間違いが出てくるかわからないから不定冠 詞でしょうか.A
:いいえ,ここでは定冠詞を使って“C’est la vingtième faute que j’ai
trouvée dans ta rédaction.
”のように言います.作文を最後まで読まないと正確な間違いの数はわからないけれど,もうすでに書き上げられた 作文なのだから,間違いの数は確定していて,「間違いの集合」は閉じ られているからです.そう言えば,このあいだフランスで,バカロレア の試験問題が漏洩する事件がありましたが,知っていますか. Q:はい,印刷所で誰かがこっそり試験問題を携帯電話のカメラで撮影し て,それを誰かに送って,その誰かが試験前日に試験問題の写真をネッ トにアップした事件ですね. A:この事件では,何人の人物が試験問題の漏洩に関与しているのかが最 初まったくわかっていなかったので,容疑者を一人また一人と逮捕し たときの新聞記事には,
un premier homme / un deuxième homme /
un troisième homme
のように不定冠詞が使われていました.では,最初の
Le Monde
の見出しの例に戻りましょうか.Un 74
èmesoldat
français tué en Afghanistan
で不定冠詞が使われているのはなぜでしょう?
Q:不定冠詞は「開かれた集合」を表わす…ということは,アフガニスタン
で殺されるフランス人兵士がこれから何人いるのかわからない,という ことですか? 恐ろしい….
A:そうなんです.恐い例でしょう.それから,刑事コロンボの台詞やイ
ンタビュアーがする「最後の質問
une dernière question
」につく不定 冠詞だけれど,こういう例があります.私がよく聞いているフランス のラジオの人生相談番組で,そろそろこの相談に結論を出さなければという雰囲気になってきたとき,相談者が“
Je peux vous poser une
dernière question ?
”と番組進行役のカウンセラーに聞くと,そのカウンセラーはいつも“
Ça sera la dernière.
”と答えるんです.相談者が 不定冠詞を使い,カウンセラーが定冠詞を使うのはなぜでしょうか.そ もそもインタビュアーや相談者が「もう一つ質問していいですか」と聞 くときにはいつも不定冠詞を使ってune dernière question
と言います.la dernière question
と言うことはおそらくないでしょう.X
からなる 集合を話し手が構築している最中で,X
の集合が開かれていて,それ が本当に最後のX
になるかどうかを決定する権限が話し手にはないか らです.一方,それが最後のX
になることを決定できる番組進行役の カウンセラーは,定冠詞を使ってla dernière question
と言うことがで きます.Q:なるほど.では,
la dernière fois
とune dernière fois
の違いも「閉じ られた集合」と「開かれた集合」の違いでしょうか.C’est la dernière
fois que tu me vois.
では,話し手が「これが本当に最後」と集合を閉じる決断をしていて,ジャック・ブレルの“
Le Dernier Repas
”「最 後の晩餐」の一節の“je veux encore / lancer des pierres au ciel / en
criant Dieu est mort / une dernière fois.
”では,歌い手はまだ集合を構築している途中であると.
A:そうですね.では,最後にもう一つ問題です.アメリカでは死刑執行
直前の囚人に,最後に一服したいかどうかを尋ねる伝統があるそうで す.フランスではもう死刑制度が廃止されていますが,もしフランス
で死刑執行人が囚人に勧める「最後のタバコ」があれば,
une dernière
cigarette
かla dernière cigarette
か,どちらを使うでしょうか.Q:死刑執行の直前ということは,本当に人生最後のタバコだし,死刑執行
人にはそれが最後だと決める権限がありそうだから,定冠詞を使うん じゃないですか.
A:いいえ,ここでは“
Voulez-vous fumer une dernière cigarette ?
”のように不定冠詞を使います.英語でも,不定冠詞を使って“
Would
you like a last cigarette?
”と言います.「本当の最後の一つ」を表わす定冠詞はあまりにも残酷すぎるので,避けられるのです.
Q:そうなんですか.言語を理解するには,理屈だけじゃなく優しさも必要
なんですね.