特集論文
社会階層と食生活
─健康への影響の分析─
小林 盾
(成蹊大学)
【要旨】 この論文では,社会階層の違いがどのように食生活の違いとして現れているのかを,健康への 影響に着目して調べた.食生活として野菜と海藻を事例とした.分析の結果,高階層の人ほど野 菜と海藻をよく食べ,そうした人たちほど健康と感じていた.野菜と海藻は,バランスのとれた 食生活を象徴していると考えられる.これまで,社会階層が食生活にどう影響するのかは分かっ ていなかった.そこで,東京都西東京市在住の 35~59 歳女性を対象として,郵送調査を実施し てデータを得た(回収人数 822 人,回収率 68.7%).分析の結果,以下のことが明らかになった. 第一に,高階層の人ほど野菜と海藻を毎日食べていた.たとえば,高校卒のうち 15.4%が毎日海 藻を摂っていたのにたいして,大卒だと 27.5%,大学院卒だと 50.0%であった.第二に,野菜や 海藻を毎日食べる人ほど,健康と感じていた.野菜と海藻のどちらも毎日は食べない人のうち, 健康に幸せまたはやや幸せと感じるのは 81.2%,両方を毎日食べる人のうちでは 91.1%だった. 第三に,教育から健康への影響を調べた結果,野菜と海藻の摂取が媒介変数となっていた.第四 に,みそ汁摂取と朝食摂取が効果をもたなかったので,伝統的な食生活や規則正しい食生活が, 健康を促すわけではなかった. キーワード:社会階層,食生活,健康,野菜,海藻1 問題
食べることは,すべての人が毎日かかわる.家計の消費支出のうち飲食費がしめる割合は, エンゲル係数で表される.家計調査によれば,エンゲル係数は戦後一貫して下がってきた(図 1).1946 年に 66.4%だったが,1980 年に 30%をきって,現在は 20%代前半で安定している (2 人以上世帯で農林漁家世帯をのぞく).日本社会は戦後豊かになって,食費の割合が少な くなったことがわかる. では,その結果,食生活が平等になったのだろうか.エンゲル係数が高い時代には,食費 が生活費の中心だったため,世帯収入によって食生活がおおきく左右されたであろう.そう であるなら,エンゲル係数が低い現代では,一見すると食生活の不平等は少なくなったよう にみえる. その一方で,現代では食生活が多様化して,なにをどのように食べるかの選択肢が増えた. そうなると,人びとの食生活は,収入よりも価値観や習慣によってきまると考えられる.その結果,もしかしたらこれまでとは別の形で,食生活の不平等が進行しているかもしれない. そこでこの論文では,教育や職業や収入における不平等が,社会階層として食生活にどの ような影響をあたえているのかという問題を検討する.出身階層によって食生活に違いが生 じて,ひいては健康格差などが発生する可能性があるからである.もしこの問題を解明でき ないと,ややもすればそうしたメカニズムを見逃してしまうかもしれない.
2 先行研究と仮説
2.1 文化資本としての食生活 社会階層と食生活の関連を研究したものに,ブルデューの文化資本論がある 1).ブルデュ ーによれば,社会階層が趣味や消費などの文化活動に影響し,さらにそれが文化資本として 教育達成や職業達成を促す.その結果,社会階層が文化資本をとおして再生産されるという (Bourdieu and Passeron 1970).食生活は一見すると,個人的なものにみえる.しかし,ブルデューは文化資本としてとら えることで,社会階層との結びつきを発見した.たとえば,食費の内訳を調べて,ブルーカ ラー労働者とくらべてホワイトカラー労働者は,エンゲル係数が低かった.また,パン,豚 肉,バターなどの消費がすくなく,魚,果物,食前酒などを多く消費していた(Bourdieu 1979 =1990: I 276-8).そのご,欧米社会を対象として,社会階層と食生活との関連が分析されて きた(たとえば Mennell et al 1993).これまで日本でも,さまざまな文化活動が文化資本とし て検討されてきた(宮島・藤田 1991,片岡 2000 など). 2.2 日本社会への応用 では,社会階層と食生活との関連は,日本だとどうだろうか.酒の消費は,収入と関連す ることが分かっている(橋本 2008). 食生活については,佐藤と山根が高校生を対象として,親の社会階層が本人の食生活にど のような影響をあたえるかを調べた(佐藤・山根 2008).その結果,父親が高学歴なほど, 本人はメロンとごまあえを好んだ.また,父親がブルーカラー職であると,朝食や夕食を毎 日食べることが減った.母親が結婚前から仕事を続けていても,朝食が減った.ただ,全体 として親の階層の影響が限られていたため,佐藤と山根は「現代日本の食行動と意識は,社 会階層によって直接規定される領域ではない」と結論している(佐藤・山根 2008: 94). 66.4% 57.4% 46.9% 41.6% 38.1% 34.1% 32.0% 29.0% 27.0% 25.4% 23.7% 23.3% 22.9% 23.3% 0.0% 40.0% 80.0% 194 6 年 195 0 年 195 5 年 196 0 年 196 5 年 197 0 年 197 5 年 198 0 年 198 5 年 199 0 年 199 5 年 200 0 年 200 5 年 200 8 年 エン ゲ ル 係 数 図 1 エンゲル係数の変化(家計調査より,2 人以上世帯で農林漁家世帯をのぞく)
その理由として,芸術やスポーツや学歴といった他の文化資本とくらべて,食生活を変え ることはコストが低いためだろうと指摘する.たとえば,寿司はかつて高級料理であったが, 近年は回転寿司やスーパーの惣菜でも食べることができる. 2.3 先行研究の課題 佐藤と山根の研究は,食生活への社会階層の影響を,日本社会で分析した唯一のものであ る.しかし,対象者が高校生であったため,親の社会階層の影響は分析できたが,本人の階 層に分散がなかった.全員が高校生なので,教育レベルは同じで,職業と収入はまだ決まっ ていない. そこで,この論文では本人の社会階層が,食生活にどう影響するかを調べる.そのために, 横断的調査を実施して,年齢,教育,職業,収入などが多様になるようにする. 2.4 事例 この論文ではとくに事例として,野菜と海藻に着目する 2).どちらも,カロリーが少ない が,食物繊維やビタミンやミネラルなど栄養が豊富である.そのため,健康や美容への効果 が期待できる(野菜については高橋・篠原 2001: 4,海藻については大房 1985: 5 章). それにもかかわらず,どちらも外食や惣菜にくらべると,おおむね安価である.したがっ て,野菜や海藻を食べるかどうかには,収入の多寡よりも,栄養バランスを重視したり,「い ろいろなものを食べるべきだ」という規範意識をもっているかなど,食生活全体への価値観 が反映されやすいだろう. 2.5 仮説 では,野菜と海藻は,どのように社会階層と関連していると予想できるだろうか.まず, 社会階層から野菜と海藻への影響を予想する.どちらも,バランスを考えて副菜やサラダと して食べようと意識しないと,摂取できないことが多いだろう.いっぽう,高階層の人ほど, 栄養についての知識が多く,多様な食材を食べるべきという規範意識も強いかもしれない. そうだとすれば,高階層の人ほど,野菜と海藻をよく食べると予想できる.なお,この論文 では階層を,本人の教育,職業,収入の 3 つで測定する. 仮説 1:高階層の人ほど,野菜と海藻をよく食べるだろう. 表 1 調査の概要 調査名 実施者 調査方法 母集団 計画標本 抽出方法 有効回収数 調査期間 謝礼 2009 年暮らしについての西東京市民アンケート 成蹊大学アジア太平洋研究センター(研究代表 小林盾) 郵送調査(調査票は A4 判 12 ページ) 東京都西東京市在住の 35~59 歳女性(2009 年 10 月 31 日時点,1949 年 11 月 1 日~1974 年 10 月 31 日生まれ) 1200 人(有効抽出標本は調査不能 3 人を除く 1197 人) 層化無作為抽出(選挙人名簿から 35 選挙区ごとに人口規模に比例した人数を系統抽出) 822 人(回収率 68.7%) 2009 年 9 月 24 日調査票送付,10 月 1 日督促状送付,10 月 5 日期限,11 月 11 日最後の調査 票到着 500 円の図書カードを調査票に同封
つぎに,野菜と海藻を食べることは,どのような影響をもつだろうか.どちらもカロリー が低く,栄養が豊富である.そのため,よく食べる人ほど,健康を維持するだろうと予想で きる. 仮説 2:野菜と海藻をよく食べる人ほど,健康だろう. これまで,社会階層が健康に影響をあたえることが明らかにされてきた(Kawachi and Kennedy 2002 は地域の影響を,石田 2006 は職業と収入の影響を,片瀬 2008 は教育の影響 を,おもに検討した).ただし,野菜や海藻のような具体的な食材が,その中でどういう役割 を果たすのかは,まだ分かっていない.
3 データと変数
3.1 データ データは,「2009 年暮らしについての西東京市民アンケート」を実施して得た(調査の概 要は表 1).東京都西東京市在住の 35~59 歳日本人女性を対象とした郵送調査で,回収人数 は 822 人であった(回収率 68.7%).西東京市は,東京都のほぼ中央に位置して,練馬区の西 に隣接する.都内の典型的な近郊地域である.2009 年 10 月 1 日の日本人人口は 191,402 人 であった(うち女性 97,097).女性のほうが,家庭内で食事内容を決めることが多いだろう から,この調査では対象を女性とした. 3.2 食生活についての質問 「あなたの普段の食生活について,以下のことが当てはまりますか(○はいくつでも)」と 質問した(主な変数の詳細は表 2).選択肢は「ほぼ毎日,野菜を食べる」「ほぼ毎日,海藻 を食べる」とした.「海藻を食べる」としたので,昆布などをダシとして使用する場合を排除 表 2 主な変数 変数名 備考 食生活 野菜毎日ダミー 海藻毎日ダミー みそ汁毎日ダミー 朝食毎日ダミー 野菜+海藻スコア 質問文「あなたの普段の食生活について,以下のことが当てはまりますか」(複 数回答),選択肢「ほぼ毎日,野菜を食べる」(食べる=1,食べない=0) 質問文同上,選択肢「ほぼ毎日,海藻を食べる」(値同上) 質問文同上,選択肢「ほぼ毎日,みそ汁を飲む」(値同上) 質問文同上,選択肢「ほぼ毎日,朝食を食べる」(値同上) 野菜毎日ダミーと海藻毎日ダミーの合計(値は 0,1,2) 健康 健康幸福度 運動ダミー 定期健康診断ダミー 質問文「あなたは現在、以下のことについて幸せと感じていますか」,項目「健 康」,選択肢「不幸=1」「やや不幸=2」「やや幸せ=3」「幸せ=4」 1 週間に 1 日以上運動する(ストレッチのぞく)(する=1,しない=0) 質問文「あなたの体調について、以下のことは当てはまりますか」(複数回答), 選択肢「定期的に健康診断をうける」(うける=1,うけない=0) 社会階層 教育年数 有職ダミー 世帯年収 最終学歴が中学 9 年,高校 12 年,高専・短大 14 年,大学 16 年,大学院 18 年 現在の従業上の地位が「仕事をしていない」以外(有職=1,無職=0) 選択肢は 0~1600 万円で 200 万円ごと.年金,株式配当,臨時収入,副収入をふ くむ(値はカテゴリーの中央値,単位百万円,1600 万円以上は 1700 万円とした)している. 他に,和食中心の伝統的な食生活を送っているかどうかを調べるために「ほぼ毎日,みそ 汁を飲む」かを,また規則的な食生活を送っているかを調べるために「ほぼ毎日,朝食を食 べる」かを選択肢とした.どれもダミー変数として扱って,以下では野菜毎日ダミー,海藻 毎日ダミー,みそ汁毎日ダミー,朝食毎日ダミーとよぶ(食べる=1,食べない=0). 分析では,野菜と海藻の効果をまとめる必要があるときに,野菜毎日ダミーと海藻毎日ダ ミーを合計する.野菜+海藻スコアとよぶ(値は 0,1,2). 3.3 健康についての質問 「あなたは現在,以下のことについて幸せと感じていますか(○はそれぞれ 1 つ)」と質問 して,「健康」について「幸せ」「やや幸せ」「やや不幸」「不幸」を選択肢とした.分析では これを,主観的ではあるが健康の指標としてもちいる(幸せ=4,不幸=1)3).健康幸福度 とよぶ. 他に,片瀬 (2008) を参考にして,健康促進行動として 1 週間に 1 日以上運動するか(ス トレッチをのぞく)と,定期的に健康診断をうけるかを質問した.運動ダミー,定期健康診 断ダミーとよぶ.また,健康リスク行動として,ふだん喫煙するかと飲酒するかを質問した. 喫煙ダミー,飲酒ダミーとよぶ. 3.4 社会階層についての質問,属性についての質問 教育については,本人の最終学歴を質問した(教育年数として利用).職業について,最初 の職業(初職の職業威信として利用),現在の職業(現職の職業威信として利用),従業上の 地位(現在有職かどうかとして利用,有職ダミーとよぶ)をきいた.収入については,百万 円単位で世帯年収を調べた4).親の階層は質問していない. 他に属性として,生年(2009 年 12 月での満年齢として利用),婚姻状態(結婚ダミーとし て利用),家族構成(親と同居ダミー,子と同居ダミーとして利用)を質問した.
4 記述統計
4.1 分布 まず,ほぼ毎日野菜を食べる人と海藻を食べる人の分布をみると,それぞれ全体のうち 88.5%と 20.9%であった(図 2,表 3).みそ汁を毎日飲む人は 42.1%,朝食だと 80.7%だった. 野菜毎日ダミーと海藻毎日ダミーを合計して野菜+海藻スコアを求めた結果,野菜も海藻も 食べない人が 11.1%,どちらかを毎日食べる人が 68.3%,両方を毎日食べる人が 20.5%いた. つぎに,健康について幸せと感じる人は 37.2%,やや幸せ 48.6%,やや不幸 11.3%,不幸 3.0%だった.幸せとやや幸せを合わせると 85.7%の人が,健康に幸せを感じていた. 4.2 グループ別の比較 それでは,どのような人が野菜や海藻を毎日食べるのだろうか.グループ別に比率を比較した(図 3).年齢別だと,野菜を毎日食べる人が 30 代 84.5%,50 代 92.3%,海藻について は 30 代 16.1%,50 代 26.6%だった.学歴別では,野菜摂取が高卒 86.0%,大卒 91.3%,海藻 摂取が高卒 15.4%,大卒 27.5%だった.世帯年収別だと,野菜摂取が 599 万円以下 81.9%,1200 万円以上 92.8%,海藻摂取が 599 万円以下 17.7%,1200 万円以上 32.0%であった. では,食生活は健康に影響をあたえるのだろうか.毎日野菜を食べる人は,そうでない人 とくらべて,健康と感じる人が 4.5%多かった(健康に幸せとやや幸せの合計,図 4).海藻 だと 6.9%多かった.野菜と海藻のどちらも毎日は食べない人のうち,健康に幸せまたはやや 幸せと感じるのは 81.2%,両方を毎日食べる人のうちでは 91.1%で,9.9%多かった. 図 2 食生活変数の分布(括弧内標本サイズ) 「健康に幸福」は健康に幸せとやや幸せの合計 図 3 食生活と健康についての,属性別の比率(括弧内標本サイズ) 値は上段野菜を毎日,中段健康に幸福,下段海藻を毎日の% 「健康に幸福」は健康に幸せとやや幸せの合計 図 4 健康に幸せとやや幸せな人の合計の,食生活別の比率(括弧内標本サイズ) 88.5% 20.9% 42.1% 80.7% 11.1% 68.3% 20.5% 85.7% 0.0% 50.0% 100.0% 野菜を 毎日 (8 18) 海藻を 毎日 (8 18) みそ 汁 を 毎 日 (818) 朝食を 毎日 (8 18) 野菜も 海藻 もな し (818) 野 菜か海 藻あ り (818) 野菜と 海藻 両方 (818) 健康に 幸 福 (807) 該当 者の 比率 81.8% 86.3% 84.3% 91.2% 81.2% 84.9% 91.1% 80.0% 90.0% 100.0% 毎日で はな い (88) 野菜 を 毎 日 (715 ) 毎日で はな い (632) 海藻 を 毎 日 (171 ) 野 菜 も 海藻も なし (85) 野菜か 海藻 あり (550) 野菜と 海 藻 両 方 (168) 健 康 に 幸せ・ やや 幸 せの 合計 の比 率 84.5% 88.8%92.3% 64.7% 86.0% 92.2% 91.3% 85.7% 90.2% 88.2% 81.9%92.2% 92.8% 91.9% 83.3% 86.1% 69.2% 85.1% 85.1% 88.0% 92.9% 81.5% 87.9% 78.6%88.1% 88.8% 16.1% 18.3%26.6% 11.8% 15.4%22.1% 27.5% 50.0% 21.5% 20.7% 17.7% 19.9%32.0% 0.0% 50.0% 100.0% 30 代 (1 6 1) 40 代 (3 3 8) 50 代 (2 8 6) 中学卒 (17) 高校 卒 (3 5 1) 短大 卒 (2 1 7) 大学 卒 (2 1 8) 大学院卒 (14) 現在 仕事な し (275) 現 在有職 (5 3 6) 世帯年収 0 ~ 599 万 (2 3 7) 600 ~ 1199 万 (408) 1200 万以上 (1 25) 該当 者の比率 野菜を毎日 健康に幸福 海藻を毎日
4.3 相関係数 相関係数によれば,野菜,海藻,みそ汁,朝食を毎日摂ることは,たがいによく関連して いた(表 3).食生活と健康幸福度も関連していた.健康幸福度はとくに,野菜との関連,海 藻との関連が強かった.
5 分析結果
5.1 社会階層から食生活への影響 仮説 1 は,「高階層の人ほど野菜と海藻をよく食べるだろう」だった.これを検証するため に,野菜毎日ダミーと海藻毎日ダミーを従属変数として,ロジスティック回帰分析をおこな った(毎日食べる=1,表 4).比較のため,みそ汁毎日ダミーと朝食毎日ダミーを従属変数 とした分析もおこなった. 社会階層からの影響をみると,野菜には教育と世帯年収が正の効果をもった.海藻には, 教育のみが正の効果をもった.回帰係数からオッズ比をもとめると,教育が 1 年増えると野 菜を 1.1 倍,海藻を 1.2 倍食べる.世帯年収が百万円増えると,野菜を 1.1 倍食べる.みそ汁 と朝食については,教育から朝食への効果のみがあった. 属性からの影響をみると,野菜と海藻には親と同居,子と同居の効果がなかった.これに たいして,みそ汁には両方,朝食には子と同居の効果があった. また,野菜と海藻をまとめたときの関連を調べるために,野菜+海藻スコアを従属変数と した回帰分析をおこなった.すると,社会階層のうち教育のみが正の効果をもった.つまり, 教育が増えると,野菜か海藻を食べることが増えた(非標準化係数が 0.046 だったので,教 育が 10 年増えるとスコア 0~2 のうち 0.46 上がる). なお,初職の職業威信,現職の職業威信,正規雇用労働者か非正規雇用労働者か,ホワイ トカラー(専門,管理,事務職)かどうかは,どの従属変数にたいしても効果をもたなかっ た. 以上から,おおむね高階層の人ほど,野菜や海藻をよく食べていた.したがって,仮説 1 は支持されたといえる.ただし,職業と世帯収入については,ほとんど影響がなかった(世 帯収入から野菜摂取へのみ効果があった). 表 3 記述統計と相関係数 最小 最大 平均 標準偏差 度数 1 2 3 4 1 野菜毎日ダミー 0 1 .885 .319 818 2 海藻毎日ダミー 0 1 .209 .407 818 .157*** 3 みそ汁毎日ダミー 0 1 .421 .494 818 .190*** .287*** 4 朝食毎日ダミー 0 1 .807 .395 818 .270*** .092** .191*** 5 健康幸福度 1 4 3.200 .751 807 .100** .112** .082* .075* *有意確率 p<0.05,**0.01,***0.001.5.2 健康への影響 仮説 2 で「野菜と海藻をよく食べる人ほど健康だろう」と予想した.この検証には,健康 幸福度を従属変数として,回帰分析をおこなった(不幸=1,幸せ=4,表 5). モデル 1 と 2 で,教育から健康への影響を,野菜と海藻が媒介しているかどうかについて 検討した.すると,モデル 1 で教育が正の効果をもったが,モデル 2 で効果が消えた.その かわり,野菜と海藻が正の効果をもった.したがって,野菜と海藻が,教育から健康への影 表 4 食生活を従属変数とした回帰分析結果(値は回帰係数,回帰分析では標準化係数) ロジスティック回帰分析 回帰分析 従属変数 野菜毎日 ダミー 海藻毎日 ダミー みそ汁毎日 ダミー 朝食毎日 ダミー 野菜+海藻 スコア 属性 年齢 .031† .039** .011 .025† .116** 結婚ダミー .614† .400 .602* .334 .098* 親と同居ダミー .065 .069 .703*** .371 .018 子と同居ダミー -.353 .141 .352† .975*** -.010 社会階層 教育年数 .129† .210*** .047 .131* .154*** 有職ダミー -.072 .006 .105 -.299 -.004 世帯年収 .084* .008 -.014 .028 .062 -2 対数尤度 488.3 740.1 1002.9 663.6 決定係数 .062 標本サイズは 754.†有意確率 p<0.1,*0.05,**0.01,***0.001. 表 5 健康幸福度を従属変数とした回帰分析結果(値は標準化係数) モデル 1 2 3 4 属性 年齢 -.066† -.091* -.126*** -.126*** 結婚ダミー .163*** .163*** 社会階層 教育年数 .076* .047 .032 .032 有職ダミー .075† .075† 世帯年収 -.009 -.009 健康促進行動 運動ダミー .098** .099** 定期健康診断ダミー .025 .026 健康リスク行動 喫煙ダミー -.048 -.048 飲酒ダミー .045 .045 食生活 野菜毎日ダミー .091* .067† 海藻毎日ダミー .117** .083* みそ汁毎日ダミー .060 .059 朝食毎日ダミー .023 .024 野菜+海藻スコア .114** 決定係数 .010 .034 .087 .087 標本サイズ 778 774 686 686 †有意確率 p<0.1,*0.05,**0.01,***0.001.
響を媒介していることが分かった.野菜毎日ダミーと海藻毎日ダミーを野菜+海藻スコアへ と変えても,媒介変数となっていた. では,健康促進行動や健康リスク行動などで統制しても,野菜や海藻の摂取が健康を促す のだろうか.すると,モデル 3 でも野菜と海藻の効果は残った.みそ汁と朝食は,効果をも たなかった. モデル 4 で,野菜と海藻の効果を野菜+海藻スコアとしてまとめて調べた結果,やはり正 の効果をもった.しかも,標準化係数から,野菜と海藻がそれぞれ単独で影響するよりも, まとめてのほうが大きな効果をもっていた. なお,健康促進行動の効果をみると,運動するほど健康だった.定期的に健康診断にいく ことは,とくに健康を促さなかった.健康リスク行動は,喫煙も飲酒もほとんど効果をもた なかった.片瀬 (2008) の分析でも,喫煙と飲酒からなる因子は,健康感に影響しなかった. 以上から,野菜と海藻を食べる人ほど,健康と感じていた.したがって,仮説 2 は支持さ れたといえるだろう.
6 まとめ
6.1 結果の要約 (1)仮説 1 の検証から,高階層の人ほど,野菜と海藻をよく食べていた5).たとえば,高校卒 のうち 15.4%が毎日海藻を摂っていたのにたいして,大卒だと 27.5%,大学院卒だと 50.0% であった.これらの効果は,属性で統制しても残った.ただし,職業の影響はなかった. (2)仮説 2 の検証から,野菜や海藻を毎日食べる人ほど,健康について幸せと感じていた.野 菜と海藻のどちらも毎日は食べない人のうち,健康に幸せまたはやや幸せと感じるの は 81.2%であったのにたいして,両方を毎日食べる人のうちでは 91.1%だった.この効果は,本 人の社会階層,健康促進行動,健康リスク行動で統制しても残った. (3)また,教育から健康への影響を調べた結果,野菜と海藻の摂取が媒介変数の役割を果たし ていた. (4)ただし,みそ汁が効果をもたなかったことから,和食中心の伝統的食生活が健康を促すわ けではない.また,朝食が効果をもたなかったことから,規則正しい食生活が健康に必要な わけでもなかった. 6.2 考察 では,野菜と海藻を食べることが,なぜ健康を促すのだろうか.野菜と海藻は,おそらく 野菜を毎日食べる 社会階層が高い バランスのとれた食生活 健康に幸福を感じる 海藻を毎日食べる 図 5 結果の要約 社会階層が高いほど野菜や海藻を毎日食べ,その結果バランスのとれた食生活を送り健康と感じていた多様でバランスのとれた食生活を象徴していると考えられる.穀物や肉類は,弁当でも外食 でもかならず入っているので,意識しなくても食べることができる.しかし,野菜と海藻は 積極的に摂取しようとしないかぎり,見すごされてしまう. したがって,高階層の人ほど,バランスのよい食生活を送っており,その結果健康と感じ ているのだろう.つまり,社会階層は野菜格差と海藻格差を促し,それがバランスのとれた 食生活として健康格差を促すといえそうである(図 5). そうだとすれば,健康を維持するためには,野菜や海藻のような多様な食材を,バランス よく食べることが役立ちそうである.食材についての知識をもって食生活として実践してい くことは,いわば「食生活リテラシー」として必要なのかもしれない. 「どんなものを食べているか言ってみたまえ.君がどんな人であるかを言いあててみせよ う」といわれることがある(Brillat-Savarin 1825: 23).現代社会では食生活が,個人というよ りは所属する社会階層を反映しているのかもしれない. 6.3 先行研究との比較 この論文では,本人の社会階層に着目した結果,社会階層から食生活への影響を日本では じめて明らかにした.佐藤・山根 (2008) では,親の社会階層が食生活にほとんど影響しな かった. 片瀬 (2008) は食材を通じた健康志向(国産の牛肉・野菜を利用する,無農薬・無添加の 食品を購入する)が主観的健康を高めると報告している.この論文では,とくに野菜と海藻 が健康に役立つことを,具体的な食材を検討することでしめした.また,この論文では食生 活が,教育から健康への媒介変数となっていることをしめした.片瀬 (2008) は,媒介変数 としての役割には言及していない. 6.4 今後の課題 第一に,今回の分析では,対象が西東京市在住の 35~59 歳の女性へと限定されていた.そ こで,今回の結果が全国や他の世代や男性でも当てはまるのかを,再検討する必要があるだ ろう.中井によれば,文化活動の分野によって,地域,年齢,男女で違いがあるという(中 井 2008). 第二に,社会階層の影響を検討するときに,この論文では本人の階層だけをもちいた.佐 藤・山根 (2008) のように,親の社会階層の影響も考慮すれば,メカニズムがより明確にな るかもしれない.また,学歴別や職業別に分けると,食生活の役割が変わってくるかもしれ ない(小林 2008 によれば,社会的関係資本の役割が学歴によって異なる). 第三に,この論文では「ある階層にある文化活動が対応するだろう」というユニボア仮説 を,前提とした.しかし,近年は「高階層ほど多様な文化活動をおこなうだろう」というオ ムニボア(雑食)仮説が提案され(Peterson and Simkus 1992,Peterson and Kern 1996),日本 でも観察されている(片岡 2000).そこで,食生活についてユニボア仮説とオムニボア仮説 のどちらが適切なのか,検証が必要だろう.
【付記】 この研究は,成蹊大学アジア太平洋研究センターの助成を受けており,その成果の一部です(「アジ ア太平洋地域における社会的不平等の調査研究」プロジェクト,2008~10 年,研究代表小林盾).小 林 (2010) として学会報告されたものを改訂しました.執筆にあたり,相澤真一氏,秋吉美都氏,石 田浩氏,香川めい氏,金井雅之氏,盛山和夫氏,関口卓也氏,辻竜平氏,筒井淳也氏,常松淳氏,中 井美樹氏,渡邉大輔氏から貴重なアドバイスをいただきました.また,2 名の査読者からのコメント のおかげで,論点を整理することができました.ここに感謝いたします. 【注】 1) 文化活動が社会階層と関連しているというアイデアは,Veblen (1899) に始まる.宮島と藤田によ れば,文化資本は「文化的な能力・知・趣味などにおいて優劣の格付けがされることをとおして 社会的選別」するという役割をもつ(宮島・藤田 1991: ii).ブルデューは文化資本を,(職人技 のような)身体化された状態,(絵画のような)客体化された状態,(学歴のような)制度化され た状態に分ける(Bourdieu 1986).なお,文化資本が経済資本や人的資本のような資本であるな ら,投資し,蓄積し,回収するという面があるはずである.しかし,秋永は文化資本とは「あく までもアナロジーにすぎない」という(秋永 1991: 27).そうであるなら,文化資本は人びとが 「資源」として自分に蓄積して活用するものであるととらえるほうが,自然かもしれない. 2) 国民健康・栄養調査(2007 年: 表 12)によれば,食品群別の一日平均摂取量は,穀類 445.7 グラ ム,肉類 82.6 グラム,魚介類 80.2 グラム,果実類 111.6 グラム,きのこ類 16.0 グラムなのにた いして,野菜類 276.7 グラム,海藻類 11.4 グラムであった.なお,一般むけ料理書で海藻として 「わかめ」「もずく」「ひじき」「のり」「昆布」「寒天」「海ぶどう」が紹介されていた(五明 2009: 86-7).食用の海藻が「海草」と表記されることがあるが,誤りである. 3) 健康については可能であれば,血糖値や血圧などの客観的指標で測定することが望ましい.しか し,ランダムサンプリング調査において,そうした質問をして回答者から協力をえることはきわ めて難しい.そのため,この論文では代替として,主観的指標を用いた(石田 2006,片瀬 2008 も主観的健康感を分析している).健康の主観的指標には,8 問からなる SF-8 や 36 問の SF-36 な どがある(詳しくは福原・鈴鴨 2005). 4) 女性のばあい,ライフスタイルが本人の収入より世帯収入によって決まることが多い.そのため, 本人収入ではなく世帯収入で分析する(たとえば片岡 2000: 表 6-2 も世帯収入を用いている). 5) 三浦は 15~22 歳の男女にインターネット調査をおこなった結果,勉強が好きな女性は,野菜, 豆腐,果物,納豆,海藻をよく食べると報告している(三浦 2009: 41).そのため,階層格差は 「海藻格差」でもあるという. 【文献】 秋永雄一. 1991. 「文化のヒエラルキーと教育の機能」宮島喬・藤田英典(編)『文化と社会―差異化・ 構造化・再生産―』有信堂高文社. 21-34.
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Social Stratification and Food:
Analyses of Effects on Health
Jun Kobayashi
Department of Contemporary Societies Seikei University
3-3-1, Kichijoji-Kitamachi, Musasino-shi, Tokyo 180-8633, Japan
This paper examined how social stratification affected food. I treated vegetables and seaweed as cases. I showed that social stratification lead to inequality of eating vegetables and seaweed, and this resulted in inequality of health. This may be because eating them represented balanced eating life. Data were collected by a mail survey on 35-59 years old females in Nishitokyo city in Tokyo, Japan (822 respondents, 68.7% response rate). First, I found that as social stratification rose, people ate more vegetables and seaweed. Second, eating them everyday boosted subjective health. Third, vegetables and seaweed bridged effects of education on health as intervening variables. Fourth, I found no effects of traditional Japanese food and regular eating life on health.
Keywords and Phrases: Social stratification, food, health, vegetables, seaweed