量子力学
I (2013
年度)
担当:前田
京剛
(MAEDA, Atsutaka)
平成
25 年 10 月 15 日
[
一般的なコンセプト ]
・物性科学では日常言語となっている量子力学を初めて学ぶことを前提とし て,今学期も含めて3学期間にわたるプログラムの口火を切る役割。 ・量子力学演習 I と緊密な連携をとる。特に,解析力学の要約や,振動・波 動現象の復習,種々の必要な物理数学の演習はは「量子力学 I 演習」に譲る。 ・講義形式:板書を基本とする。 ・単位認定:期末試験を行う。[
講義内容予定
] (
以下の話題の中から適宜選択する
)
0. 序論 (a) はじめに (b) 量子力学の生い立ち 黒体輻射と Plank の仮説,光量子仮説,光の粒子性の実証( Compton 効果),de Broglie の物質波仮説,原子スペクトルの研究,Bohr の仮説と前期量子論 など1. 波動性と粒子性
(a) Einstein- de Broglie の関係
エネルギーと振動数の関係,運動量と波数の関係 など (b) ダブルスリットの実験 実験ビデオ鑑賞 (c) 不確定性原理 相補原理,不確定性原理 1
(d) 波束,波動関数 古典的波動方程式( 線形編微分方程式)の解としての波束・古典 的不確定性の復習,量子論的波束,波動関数 2. Schr¨odinger 方程式 (a) Schr¨odinger 方程式 (b) (オプション )Schr¨odinger 方程式:経路積分の考え方 (c) 定常状態 固有値,固有状態,量子数,波動関数の解釈 など (d) 定常状態の簡単な解の例 自由電子,剛体壁のポテンシャル中の電子 3. 量子力学の基本的前提 (a) 波動関数の性質 一価性,確率論的解釈,確率密度の流れ,定常状態と非定常状態, 規格化など (b) 演算子と期待値 期待値,エーレンフェストの定理など (c) 量子力学的演算子の性質 線型性,固有値と固有状態,エルミート性など (d) 規格化直交関数系 内積,完全性など (e) 直交関数系と線形ベクトル空間 ヒルベルト空間,Dirac の bra-ket (f) 交換関係と不確定性 4. 行列形式 (a) 行列力学 (b) 様々な表示 5. 量子力学系の性質の時間変化 (a) Schr¨odinger 表示 (b) Heisenberg 表示 Heisenberg の運動方程式 6. Schr¨odinger 方程式の解( 一次元) (a) 有限の深さのポテンシャル中の電子 束縛状態と散乱状態,トンネル効果
(b) 一次元二原子分子 結合軌道と反結合軌道 (c) 一次元周期ポテンシャル中の電子状態( 一次元物質のモデル ) Bloch 関数とエネルギー・バンド (d) 一次元調和振動子 生成消滅演算子,ゼロ点エネルギー 7. 付録:一次元井戸型ポテンシャルによる散乱・トンネル効果
[
参考書( 量子力学一般の教科書)
]
1. 標準的なもの 量子力学の教科書は古今東西の名著から簡便なものまで,「 星の数」ほ ど ある。後者のタイプのものについては各人が必要に応じて個人の趣 味に合わせて選択してもらうこととし,ここでは,一生使えそうなもの の中からいくつかを抜粋した。より専門的な参考書、話題を限定した専 門書などについては必要に応じて随時紹介する予定である。・L. I. Schiff; Quantum Mechanics McGraw-hill Kogakusha, Tokyo (1955)
翻訳:新版量子力学( 2分冊)( 井上健訳), 吉岡書店
やや古いが標準的な教科書。章末に演習問題があり,それは別巻として 解答集が出版されている。(後出)
・J. J. Sakurai; Modern Quantum Mechanics (Ed. S. F. Tuan) Ben-jamin, Menlo Park (1985)
翻訳:現代の量子力学( 桜井明夫訳), 吉岡書店
最近は多くの人がこの教科書を推薦する。現代的視点から書かれた名著 だが,一通り量子力学の初歩を学んだ人向け。章末に演習問題があり, それは別巻として解答集が出版されている。( 後出)
・A. Messiah; Quantum Mechanics (2 vol.) Dover, New York (1981) 翻訳:量子力学( 3分冊)( 小出昭一郎・田村二郎訳), 東京図書 数多くある量子力学の参考書の中でも特に名著と呼ばれるもののうち の一冊。辞典的にも使える。
・P.A.M. Dirac : The Principles of Quantum Mechanics (4th ed.) Oxford-Misuzu, 東京 (1958) 翻訳:量子力学( 朝永振一郎他共訳), みすず書房 量子力学の建設者の一人による書。簡潔だが,プラ・ケットなどについ ての理解を深めるのにもよい。 2. 副読本的 なもの ・朝永振一郎:量子力学( 第二版)( 2分冊)(みすず書房,1969 ) 著者自ら述べているように,あまり急がずに量子力学を学びたいとい うひとのための教科書。朝永ファン垂涎の書。
・R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. L. Sands : The Feynman lectures on Physics III Quantum Mechanics (Addison-Wesley, 1965)
すばらしい解説だが,日本の大学での講義の体系とは合わないので,副 読本とした。 ・外村彰:目で見る美しい量子力学( サイエンス社,2010 ) 外村博士の一大研究史。ど の章もたちまち引き込まれてし まうすばら しい迫力。朝永振一郎「スピンはめぐ る」の実験家版として,是非一読 を進めたい( 日本物理学会誌書評参照)。 副読本に関しては,これに限った話ではない。 3. 演習書 ・基本的には,この講義と並行して進められる「量子力学演習 I」をしっ かり履修するのが最も基本。 ・井上健監修,三枝寿勝・瀬藤憲昭: 量子力学演習, 吉岡書店 Schiff の教科書の演習問題解答集。 ・大槻義彦監修,飯高敏晃:演習現代の量子力学,吉岡書店 J. J. Sakurai の教科書の演習問題解答集。 ・後藤憲一他共編:詳解 理論・応用 量子力学演習,共立出版 基本事項のまとめもついている。 4. 物理数学に関する参考書 ・寺沢寛一:「自然科学者のための数学概論」( 岩波書店).
1
補足:熱輻射
1.1
理解すべき問題
ある温度に熱せられた物体はどういう色の光を出すか? 立方体の空洞( 長さ L)の中に閉じ込められている光の振動数分布(ど うい う振動数の光がどのくらい存在しているか? )を考える。 輻射の全エネルギー:U = V u = L3u (1) 輻射のエネルギー密度:u(T )≡ ∞ 0 ρ(ν, T )dν (2) 輻射の密度分布( 振動数がνからν + Δνの間にある電磁波のエネルギー):ρ(ν, T )Δν (3)1.2
Rayleigh - Jeans
の説明
1.2.1 箱の中に存在する電磁波の規準モード ( 振動・波動論の復習)3次元空間の波 Φ(r)∝ eik·r (4) 2πν = c|k| (電磁波の分散関係( 波の基本式)) (5) 定常波を構成する進行波の半波長の整数倍が L に等しいので, k = 2π 2L (nx, ny, nz) (6) nx, ny, nz= 1, 2, 3, 4, ... (7) 1.2.2 規準モード のエネルギー分布 ρ(ν, T )Δν = g(ν) < > Δν (8) g(ν):振動数が ν から ν + Δν の間にある規準モード の数 < >:一個の規準モード を作る基になった 双極子モーメントのエネルギーの平均値 ・g(ν) を求める (5) 式・(6) 式より,ν2= c 2L 2 (n2x+ n2y+ n2z)≡ νx2+ νy2+ νz2 (9) Δni = 1 ⇒ Δν = (c/2L) (i = x, y, z) (10) ∴ Δν = 1 ⇒ Δni= (2L/c) (11) g(ν)Δν = (ν空間の該当する体積)× (ν空間の状態密度(実空間の単位体積あたり)) = ( 半径νの球の表面積)×(球殻の厚み)× (1/8) × 2 × (2/c)3 = (4πν2)× (Δν) × (1/8) × 2 × (2/c)3 = 8πν 2 c3 Δν. (12) ( 実空間の単位体積辺りの状態密度なので,(11) 式において L = 1 とおいた。 また,因子 1/8 は ν 空間の第一象限だけを考えるためで,因子 2 は偏光の 自由度) ・< > を求める ( 双極子モーメントがエネルギー の状態にある確率)∝ e−/kBT < >= e−/kBTd e−/kBTd = kBT (13) この結果は,マクスウェル−ボルツマン統計( 古典統計)の最も重要な帰結 であるエネルギー等分配則 に他ならない。従って, ρ(ν, T ) = g(ν) < >= 8πν 2 c3 kBT. (14) これが,Rayleigh-Jeans の式である。 1.2.3 Rayleigh - Jeans の結果の問題点 ・輻射の全エネルギーが発散してしまう→深刻な内部矛盾 ・低周波では良く合う。低温になるほど ,ズレが顕著。 →低温・高周波ほど,エネルギー等分配則が成り立っていない様に見える。
1.3
Wien
の説明
輻射エネルギーの一般的な形を決める:Wien の displacement law (ずれ法則,変位則) (ある温度でのスペクトルがわかると,他の温度でのスペクトルも分かる) 1.3.1 諸準備 ・輻射の圧力 P = 1 3u = 1 3 U V (15)
∵) < Txx> = ExDx−1 2E · D + HxBx− 1 2H · B (16) = −1 3 1 2E · D + 1 2H · B (17) = −1 3u (18) ( Txx:Maxwell の応力テンソル ( xx の意味:x 軸に垂直な面の単位面積に x 方向に働く力)) ・輻射密度の温度依存性( Stephan - Boltzmann law)
u = (const.)× T4≡ aT4 (19) ∵) ΔS = ΔU T + P TΔV を用いると, (20) ∂2S ∂V ∂T = 1 T du dT, (21) ∂2S ∂T ∂V = 4 3T du dT − 4u 3T2. (22) これらを等置して, du dT = 4 u T. (23) ・準静的に体積を変化させたときの規準モード の振動数の変化 ( 波長)∝ L であるから, ν∝ 1 L = V −1/3. (24) ∴ ∂ν ∂V S =−1 3 ν V. (25) ・準静的に体積を変化させたときの系の温度の変化 U = V u = V aT4 (26) であるので, ∂U ∂V S = aT4+ 4aV T3 ∂T ∂V S , (27) 一方, ∂U ∂V S = −P = −1 3u =− 1 3aT 4. (28) これらを等置して, ∂T ∂V S =−1 3 T V. (29)
1.3.2 変位則の導出 V → V + ΔV へと準静的断熱的に体積変化を起こしたときの,ν と ν + δν の間にある輻射のエネルギー・バランス V → V + ΔV T → T + ΔT ν → ν + Δν δν → δν + Δ(δν) V ρ(ν, T )δν = P ΔV δν + (V + ΔV )ρ(ν + Δν, T + ΔT )(δν + Δ(δν)). (30) (25) 式,(29) 式から ΔT = −T 3 ΔV V , (31) Δν = −ν 3 ΔV V , (32) Δ(δν) = −δν 3 ΔV V , (33) であることを利用して, ρ(ν + Δν, T + ΔT ) = ρ(ν, T ) + ∂ρ ∂νΔν + ∂ρ ∂TΔT (34) = ρ(ν, T )−ν 3 ∂ρ ∂ν ΔV V − T 3 ∂ρ ∂T ΔV V . (35) 従って, V ρδν = ρ 3δνΔV + (V + ΔV ) ρ− ν 3V ∂ρ ∂ν + T 3V ∂ρ ∂T ΔV δν 1−ΔV 3V . (36) これを整理すると, ν 3 ∂ρ ∂ν + T 3 ∂ρ ∂T = ρ, (37) が得られる。ここで, ρ(ν, T ) = ∞ m=0 ∞ n=0 amnνmTn (38) とおいて,(37) 式に代入すると, m + n− 3 = 0 (39) が得られる。従って, ρ = ν3 ∞ m=0 am ν T m (40) ≡ ν3φ(ν T). (41) ∴ ρ(ν, T ) = ν3φ(ν T). (ρ(ν, T ) の一般形) (42)
1.3.3 Displacement law から直ちに得られる帰結
(1 )Stephan - Boltzmann law :
(42) 式を積分すれば ,変数変換の過程で明らか。 ( 2)ρ(ν, T ) が最大になる振動数 νmax:νmax∝ T: (42) 式を微分すれば, 変数変換の過程で明らか。これを狭い意味での displacement law と言うこと もある。 1.3.4 Wien の式 以下の仮定を置き,変位則よりもさらに踏み込む。 (1 )ρ(ν, T ) = (振動数 ν の輻射を放出する物質粒子の数 N (ν)) ×(ν だけの関数 F (ν)) ρ(ν, T ) = F (ν)N (ν). (43) (2)物質粒子が放出する輻射の振動数は,物質粒子のエネルギー E だけの 関数 E = f (ν) (44) N (ν) = (const.)× e−f(ν)/kBT (45) ∴ ρ = F (ν)e−f(ν)/kBT = ν3φ(ν T). (46) ∴ F (ν) = (const.) × ν3, (47) f (ν) = λν. (48) ∴ ρ(ν, T ) = (const.) × ν3e−λν/kBT. (49) ∴ ρ(ν, T ) = 8πν 3 c3 kBβe −βν/T. (β = λ/k B:定数) (50) これが,Wien の式である。 1.3.5 Wien の式の問題点 Rqyleigh-Jeans の式のような深刻な内部矛盾は無いが,低周波数側で全く合 わない。高周波数側ではよく合う。 しかし,Maxwell 理論( 電磁波の考え方)を全く無視していたということで, あまり評判は良くなかった。
1.4
Planck
の輻射式の発見的導出
輻射のエントロピー:S (Rayleigh-Jeans) U = kBT (エネルギー等分配則) (51) ∴ ∂S ∂U V = kB U = 1 T, (52) ∂2S ∂U2 V = −kB U2 (53) (Wien) ∂S ∂U V = −kB hν ln U hν = 1 T, (54) ∂2S ∂U2 V = −kB hν 1 U (55) Planck の考え:(53) 式,(55) 式の逆数を加えて,その逆数をとる ∂2S ∂U2 V = − kB U (U + hν), (56) ∂S ∂U V = −kB hν ln U + hν U = 1 T, (57) これから U を求めると,Planck の式になる。1.5
Wien
の式の意味
輻射のエントロピー( (57) 式を積分して求まる) S = kB lnU + hν hν + U hνln U + hν U . (58) Wien の式が実験とよくあう領域 (U hν) では, S kB U hν 1− ln U hν . (59) ・その領域で,与えられたエネルギー E に対する,体積 V 内の振動数 ν の 輻射のエントロピーを考える。 E(ν, V ) = 8πν 2 c3V U (60) S(ν, V ) = 8πν 2 c3kB U hν 1− ln U hν V (61) = kB E hν 1− ln c3E 8πhν3V . (62)体積 V , V0 のエントロピーの差 (V0 V ) S− S0= kBE hνln V V0 = kBn ln V V0 = kBln V V0 n . (63) ただし , n≡ E hν (64) はエネルギー量子の数。ところで, S = kBln W (65) であるから, S− S0= kBln W W0 . (66) 従って, W W0 = V V0 n . :理想気体のエントロピーと同じ形 (67) これは,エネルギー量子は,あたかも理想気体の分子一個のように振舞うこ とを示している。 Wien の考え方:光を純粋に粒子として考えていることになる。 Rayleig-Jeans の考え方:光を純粋に波( 電磁波)として考えている。 実際は,純粋の波も,純粋の粒子も,輻射スペクトルを正しく理解するのに は適切な描像ではないことは,既習。 1.5.1 補足の補足 ・(21) 式,(22) 式の導出 ∵) ΔS = 1 TΔU + P TΔV を用いると, (68) ∂S ∂T V = 1 T ∂U ∂T V = V T du dT, ∵)U = V u(T ) (69) ∂S ∂V T = 1 T ∂U ∂V T = u T + P T = 4u 3T. (70) ∴ ∂ ∂V ∂S ∂T V T = 1 T du dT, (21) 式 (71) ∂ ∂T ∂S ∂V T V = 4 3T du dT − 4u 3T2. (22) 式 (72) ∴ 4u 3T2 = 1 3T du dT. (73) ∴ du dT = 4 u T. (74)
2
補足:
δ
関数による規格化
2.1
Dirac
δ 関数の表現
Dirac の δ 関数は以下の関係を満たすものとして定義される. (1) δ(x) = 0 for x = 0, (75) (2) ∞ −∞δ(x)dx = 1. (76) または,これと等価な条件として,h(x) を x = 0 で連続な任意の関数として, (3) ∞ −∞ h(x)δ(x)dx = f (0). (77) を満たすものとして定義してもよい.Dirac の δ 関数を,様々な解析関数の 極限として表現することができる.ここでは,以下の表現が成り立つことを 示す. δ(x) = lim g→∞ sin gx πx . (78) そのために,関数 f (x) を以下のように定義する. f (x)≡ sin gx πx . (79) まず,x→0 のとき,明らかに, f (x)→ sin gx gx gx πx = g π (80) であるから,もし,g→ ∞ ならば,f(0) → ∞. x = 0 のときは, f(x) は振動 しながら減衰してゆく関数であるが,最初にゼロをよぎるところは,x = π/g であるので,g→ ∞ のときは,x = 0 以外では値はゼロであると考えてよ い.このことから,条件 (75) 式は満たされていると考えてよい. 次に,条件 (76) 式が満たされていることを示す.このためには,例えば , 以下の二通りのやり方が考えられる. [やり方 A]適当な積分路で, I(z)≡ eiz z dz (81) を積分し ,留数解析を行うことにより, ∞ 0 sin x x dx = π 2 (82) が得られる.以下は,(88) 式へ. [やり方 B] I(α) = ∞ 0 e−αxsin x x dx (83)を考えると, dI dα = ∞ 0 ∂ ∂α e−αxsin x x dx = − ∞ 0 sin xe −αxdx = −1 2i ∞ 0 [e (i−α)xdx− e−(i+α)xdx] = −1 α2+ 1 (84) であるので, I(α) =− tan−1α + C. (C : 積分定数) (85) (83) 式の定義から,I(∞) = 0 であることを利用すると, 0 =−π 2 + C. (86) 従って, I(α) =− tan−1α + π 2 (87) が得られ,α = 0 とおくと,(82) 式が得られる. 従って, ∞ −∞ sin gx x dx = π (88) であるので, ∞ −∞f (x)dx = 1 (89) となるが,この結果は g によらない.従って,条件 (76) が示せたことになる. これらから,(78) 式が Dirac δ 関数の表現として使えることが分かった.