OSIPP Discussion Paper : DP-2011-J-008
「外国仲裁判断の承認と執行-ニューヨーク条約か 2 国間
条約か」
(Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Award---
Relationship between the New York Convention and Bilateral
Treaties in Japan)
November 2, 2011
野村 美明
(Yoshiaki Nomura)
大阪大学大学院国際公共政策研究科(OSIPP) 教授
Professor, Osaka School of International Public Policy (OSIPP)
【キーワード】Foreign Arbitral Award, Recognition and Enforcement, New York
Convention, Treaty of Commerce and Navigation
【要約】
Whether the New York Convention on the Recognition and Enforcement of
Foreign Arbitral Awards of 1958 or the provisions of recognition and
enforcement of arbitral awards in bilateral treaties prevail cannot be
determined by Article 7 (1) of the New York Convention but by the
interpretation of bilateral treaties and intention of the state parties thereof.
外国仲裁判断の承認と執行-ニューヨーク条約か
2 国間条約か
大阪大学 野村美明目次
Ⅰ.はじめに ... 1 Ⅱ.ニューヨーク条約からのアプローチ ... 3 Ⅲ.2 国間条約からのアプローチ ... 5 1.ニューヨーク条約が発効した後で2 国間条約を締結した場合 ... 6 (1)ハンガリーとの通商航海条約 ... 6 (2)ポーランドとの通商航海条約 ... 7 2.ニューヨーク条約が発効する前に2 国間条約を締結していた場合 ... 8 (1)日米友好通商航海条約 ... 10 (2)日英通商航海条約 ... 13 (3)日中貿易協定 ... 13 Ⅳ.おわりに ... 14Ⅰ.はじめに
日本における外国仲裁判断の承認と執行は、一般的には、2003 年に制定され、2004 年に施行1された仲裁法2により規律される。仲裁法第45 条は、仲裁地が日本国内に あるかどうかを問わないで、仲裁判断は、確定判決と同一の効力を有すると規定する から、外国仲裁判断の承認についても適用される 3 しかしながら、外国仲裁判断の承認と執行に関する2 国間条約または多国間条約が 。仲裁判断に基づいて民事執行を するには、同法46 条の規定による執行決定がなければならない。 1[2003 年]平成 15 年 8 月 1 日法律第 138 号、平成 16 年 3 月 1 日施行。 2 なお、仲裁判断の効力に関する経過措置に関して附則第 8 条は次のように定める。 この法律の施行前に仲裁判断があった場合においては、当該仲裁判断の裁判所への預 置き、当該仲裁判断の効力、当該仲裁判断の取消しの訴え及び当該仲裁判断に基づく 民事執行については、なお従前の例による。 3 仲裁法第 45 条第 2 項及び第 3 項については、後注1参照。存在する場合には、憲法第98 条第 2 項4により条約が国内法に優先すると解釈される 結果、条約の規定が適用され、仲裁法の規定は適用されないとされている5 つぎに、日本との間に2 国間条約が存在し、かつ外国仲裁判断の承認及び執行に関 する条約 。 6の締約国(「ニューヨーク条約」)である国との関係7 本稿は、以上のような理論状況を背景に、教科書や実務において根拠が薄弱なニュ ーヨーク条約からのアプローチが無批判に受け入れられることを危惧し、2 国間条約 からのアプローチを実証的に論証するものである。とりわけ2 国間条約の多くが通常 の条約集では参照できないことも考慮し、2 国間条約からのアプローチの論拠となる については、両者の適 用関係が問題となる。この問題については見解が多岐に分かれている。 筆者は、ニューヨーク条約と2 国間条約との優先順位に関する見解の対立は、この 問題を①ニューヨーク条約を基準としてアプローチするか(以下では「ニューヨーク 条約からのアプローチ」という)、それとも②2 国間条約を基準としてアプローチする か(以下では「2 国間条約からのアプローチ」という)という相違に解消されると考 える。 筆者は、ニューヨーク条約からのアプローチは条約上の根拠が薄弱であり、2 国間 条約からのアプローチが理論的にも実際的にも合理的だと考える。他方、2 国間条約 からのアプローチは、2 国間条約中の仲裁に関する規定が多様であり、条約の条文も 通常の条約集には掲載されていないので、その論拠を確認するのは簡単ではない。後 述のように、最新の教科書でもニューヨーク条約からのアプローチを採用するものが あり、このアプローチが多数を占めるといわれている。裁判例でもニューヨーク条約 からのアプローチによるものがあるが、見解は分かれている。 4 憲法98 条 2 項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠 実に遵守することを必要とする。」と定める。 5 小島武・高桑昭編『注釈と論点 仲裁法』266 頁[高桑昭](2007 年)参照。 6 Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards.昭和 36 年 7 月 14 日条約第 10 号。日本が締約国となっている条約については、 http://www3.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/search2.php参照。2011 年 9 月 10 日現 在、ニューヨーク条約の最新の締約国は2011 年 7 月 7 日に加入したリヒテンシュタ インである。現在の締約国は146 カ国である。STATUS AS AT : 10-09-2011 07:18:41 EDT, available at http://treaties.un.org/pages/ViewDetails.aspx?src=TREATY&mtdsg_no=XXII-1&c hapter=22&lang=en. 7 ジュネーブ条約(1927 年 9 月 26 日にジュネーヴで署名された外国仲裁判断の執行 に関する条約、昭和27 年 8 月 18 日条約第 11 号)との関係ではニューヨーク条約が 優先する(第 7 条第 2 項)が、ジュネーブ条約の締約国であってニューヨーク条約の締 約国でない国は、2011 年現在、ミャンマー(ビルマ)だけである。Convention on the Execution of Foreign Arbitral Awards, Geneva, 26 September 1927, available at http://treaties.un.org/pages/LONViewDetails.aspx?src=LON&id=544&lang=en as of 09/09/2011.また、日本とミャンマーとの間には、仲裁判断の承認・執行に関する 2 国間条約は現在のところ存在しないので、条約間の抵触問題は生じない。
条約資料をできるだけ具体的に示すことにしたい。
Ⅱ.ニューヨーク条約からのアプローチ
ニューヨーク条約からのアプローチとは、2 国間条約との関係では、ニューヨーク 条約は外国仲裁判断の承認・執行に関する制限の最大限を定めたものであり、この条 約より厳格な承認・執行条件を定めた条約に対しては優先して適用されるという立場 であり、日本における多くの見解がこの立場に依拠すると理解されている8 このアプローチに立脚する見解にはバリエーションがあるが 。 9、基本的な特徴は、 ニューヨーク条約第7 条第 1 項を、他の国際協定または国内法はこの条約の規定より も緩い要件を定めている範囲においてのみ適用されると解釈する10点にあると思われ る。東京地判平成7 年 6 月 19 日11 これに対して、2 国間条約からのアプローチは、ニューヨーク条約の規定の解釈か ら2 国間条約との優先順位を決定するという問題設定を否定し は中国仲裁判断の執行判決請求事件であるが、「多 数国間又は2 国間の合意のうち同条約[ニューヨーク条約]の規定より一層制限的な 要件を定めている部分については適用されないものと解すべき」とするのも、ニュー ヨーク条約を基準にした見解といえる。 12 8 高桑昭『国際商事仲裁法の研究』169 頁(2000 年)は 2 国間条約からのアプローチ をとるが、多くの見解がニューヨーク条約からのアプローチを採用するという。松岡 博『現代国際私法講義』347 頁(2008 年)は、ニューヨーク条約を基準にする「この 見解が有力である」とする。 9 小島武司・高桑昭編『注解 仲裁法』244 頁[小林秀之](1988 年)は、大多数の 2 国 間条約はニューヨーク条約より緩やかな要件を定めているとして、2 国間条約が優先 するという。松浦馨「外国仲裁判断の承認と執行の問題点」『染野義信博士古希記念論 文集 民事訴訟法の現代的構築』219 頁以下、227-228 頁(1989 年)は、ニューヨーク 条約以前に締結された2 国間条約について同旨を述べるが、それ以降に締結された 2 国間条約との優先関係は2 国間条約の解釈によって定まるという。 10 阿川清道「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約について(上・下)」ジュリ スト231 号 18 頁以下、232 号 42 頁以下、49 頁(1961 年)が最初だと思われる。最 近では、小林秀之・村上正子『国際民事訴訟法』214 頁(2009 年)は、ニューヨーク 条約は「他の国際条約がより緩い要件を定めていないかぎり優先して適用される」と する。これに対して、村上謙「通商航海条約における仲裁判断条項について」外務省 調査月報Vol.II, No.9、537 頁以下、561(25)頁(1961 年)は、阿川論文と同時期 に書かれた文献であるが、ニューヨーク条約7条1 項を根拠に、通商条約の規定が優 先するという。 11 判例タイムズ919号252頁。 、2 国間条約におい 12 小島武司『仲裁法』434-435 頁(2000 年)は、このようなニューヨーク条約からのア プローチを批判しながら、同条約7 条 1 項の後段部分(後述)を根拠に、当事者はニ ューヨーク条約または2 国間条約を選択できるという。当事者に選択権があるというて、2 国間条約の両締約国についてニューヨーク条約が発効していることをどう取り 扱うかで決まるとする見解である13 第1 に、同条第 1 項前段部分は、明文で、この条約の規定が他の条約の効力に影響 を及ぼさないというのであるから、条約の文言解釈からはこの条約が他の条約に優先 するという解釈はとりえない 。 ここではニューヨーク条約からのアプローチについて検討する。 ニューヨーク条約第7条第1項の前段部分は、「この条約の規定は、締約国が締結す る仲裁判断の承認及び執行に関する多数国間又は二国間の合意の効力に影響を及ぼす ものではな」いと定める。日本語訳と英語正文はつぎの通りである。 この条約の規定は、締約国が締結する仲裁判断の承認及び執行に関する多数国間又は 二国間の合意の効力に影響を及ぼすものではなく、また、仲裁判断が援用される国の 法令又は条約により認められる方法及び限度で関係当事者が仲裁判断を利用するい かなる権利をも奪うものではない。
Article VII 1. The provisions of the present Convention shall not affect the validity of multilateral or bilateral agreements concerning the recognition and enforcement of arbitral awards entered into by the Contracting States nor deprive any interested party of any right he may have to avail himself of an arbitral award in the manner and to the extent allowed by the law or the treaties of the country where such award is sought to be relied upon.
14。この文言に対して「文脈によりかつその趣旨及び目 的に照らして与えられる」通常の意味15 結論はその通りだが、条約間の優先順位については答えていない。 13 高桑前掲注(5)267-268 頁及び(8) 170~171 頁が代表的見解である。 14 反対に、山本和彦・山田文『ADR 仲裁法』357 頁(2008 年)は、村上論文前掲注 (10)と同様に、条約第 7 条第 1 項の解釈のみから「2 国間条約の優先を認めるべき」 と主張するが、厳密には2 国間条約が優先するかどうかは 2 国間条約の解釈によると いうべきである。 15 ニューヨーク条約や多くの 2 国間条約の解釈には、条約法に関するウィーン条約 ([1981 年]昭和 56 年条約第 16 号)の適用はない(ウィーン条約第 4 条参照)。し かし、解釈に関する一般的な規則を定める第31 条およびは解釈の補足的な手段に関 する第32 条は国際慣習法を法典化したもの(Arbitral Award of 31 July 1989, I.C.J. Reports 1991, pp. 69-70, para. 48)として、参考にできる。第 31 条第 1 項は「条約は、 文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠 実に解釈するものとする。」と規定する。日本語訳はわかりにくいが、英語正文は次の ようである。” A treaty shall be interpreted in good faith in accordance with the ordinary meaning to be given to the terms of the treaty in their context and in the light of its object and purpose.”
がなぜ「他の国際協定・・・はこの条約の規 定よりも緩い要件を定めている範囲においてのみ適用される」になるのかは、明らか
にされていない。 むしろ、同条第1 項後段部分が、この条約の規定は関係当事者が「仲裁判断が援用 される国の法令又は条約により認められる方法及び限度で」「仲裁判断を利用するいか なる権利をも奪うものではない」と規定している趣旨からは、同条第1項はニューヨ ーク条約の優先的適用を定めたものとはいえず、仲裁判断の承認・執行に関する他の ルール(同条第2 項のジュネーヴ条約等を除く)との併存(当事者による選択による 場合を含む)を認めたものというべきである。 第2 に、同条第1項後段部分が関係当事者に「仲裁判断が援用される国の法令又は 条約により認められる方法及び限度で」「仲裁判断を利用する」権利を否定していない ということからは、競合する条約の優先的適用を承認・執行要件の寛厳に依拠させる という解釈は導くことはできない。ニューヨーク条約を基準にする寛厳比較の主張は、 後に見るように、2 国間条約における承認・執行要件がニューヨーク条約の定める要 件と比べて緩やかか否かを一概には判断できないことからも16 以上のように、ニューヨーク条約からのアプローチは、ニューヨーク条約の解釈か らは根拠付けることはできない 、説得力を欠くものと いえる。 17
Ⅲ.2 国間条約からのアプローチ
。 これに対して、2 国間条約からのアプローチは、ニューヨーク条約の規定の解釈か らは2 国間条約との優先順位は決定できず、2 国間条約において、2 国間条約の両締 約国についてニューヨーク条約が発効していることをどう取り扱うかで決まるとす る18。この立場は、条約解釈の観点からも手堅いものといえる。なぜなら、「同一の事 項に関する相前後する条約」の優先順位は、前の条約または後の条約の規定内容で決 まるのが原則とされるからである19 2 国間条約からのアプローチは、ニューヨーク条約と 2 国間条約との優先順位を、 第1 に両締約国についてニューヨーク条約が発効した後で 2 国間条約を締結した場合 。 16 高桑前掲注(8)170 頁参照。 17 道垣内正人「ハワイ州でなされた仲裁判断の執行」ジュリスト 990 号(商事判例研 究)76 頁以下、78 頁(1991 年)は、承認・執行要件の寛厳で優先順位を決定するとい う見解について、そのように解する条文上の根拠は見出し得ないという。 18 高桑前掲注(5)及び高桑前掲書注(8)のほか、後掲注(39)及び(40)の本文に紹介した横 浜地判平成11 年 8 月 25 日(判例時報1707号146頁)も同旨を述べる。 19 ウィーン条約法条約第 30 条第 1 項および第 2 項参照。第 2 項の英語正文は次のよ うである。” When a treaty specifies that it is subject to, or that it is not to be considered as incompatible with, an earlier or later treaty, the provisions of that other treaty prevail.”と、第2 にニューヨーク条約が発効する前に 2 国間条約を締結した場合とに分けて20 判断する21 1.ニューヨーク条約が発効した後で 2 国間条約を締結した場合 。以下では具体例に則して検討する。 ニューヨーク条約が発効した後で2 国間条約を締結した場合には、ニューヨーク条 約によることができるにもかかわらず、新たに 2 国間条約を締結したのであるから、 両締約国の間では2 国間条約によるのが原則である。 (1)ハンガリーとの通商航海条約 ニューヨーク条約は、日本とハンガリーについては 1962 年に発効している。これ に対して、日本国とハンガリー人民共和国との間の通商航海条約22 (a) 2の契約又は約定の当事者が、その当事者に適用される法令により無能力者であつたこ と又は前記の契約又は約定が、当事者がその準拠法として指定した法令により若しくはその 指定がなかつたときは判断が行われた国の法令により有効でないこと。 は、1976 年に発効 している。したがって、ハンガリーとの仲裁判断の承認・執行については、原則通り この2 国間条約の規定によることになる。 同条約第9 条第 2 項及び第 3 項は次のように定める。 2 各締約国は、日本国の国民若しくは第二条の法人とハンガリー人民共和国の1の法入との間 で締結される商事契約から又はこれに関連して生ずることのある紛争に関する仲裁判断を拘束 力のあるものとして承認し、かつ、その判断が援用される領域の手続規則に従って執行するもの とする。ただし、仲裁による当該紛争の解決が契約自体又は妥当な形式で作成された別個の約定 に規定されている場合に限る。 3(1) 仲裁判断の承認及び執行は、判断が不利益に援用される当事者の請求により、承認及び執 行が求められた締約国の権限のある機関に対しその当事者が次のいずれかについての証拠を提 出する場合に限り、拒否することができる。
20 Albert Jan van den Berg, The New York Arbitration Convention of 1958
Towards a Uniform Judicial Interpretation 81-120 (1981)は、条約間の抵触を解決
する原則として、「後法は前法を廃す」、「特別法は一般法を廃す」および「最大実効性 の原則(principle of maximum efficacy)」をあげ、なかでも最大実効性の原則を重視 してニューヨーク条約とその他の条約の優先順位を決定している。しかし、ウィーン 条約法条約は、そのような解釈原則を明示的には採用していない。 21 高桑前掲注(5)171 頁参照。どの 2 国間条約がニューヨーク条約の後か先かについて は、以下でみる具体例以外については、高桑前掲173 頁注(43)から(46)参照。 22 日本国とハンガリー人民共和国との間の通商航海条約、[1976 年]昭和 51 年 8 月 25 日条約第 14 号、昭和 51 年 9 月 9 日効力発生。
(b) 判断が不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な 通告を受けなかつたこと又はその他の理由により防禦することが不可能であつたこと。 (c) 判断が、仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にない紛 争に関するものであること又は仲裁付託の範囲を超える事項に関する判定を含むこと。ただ し、仲裁に付託された事項に関する判定が付託されなかつた事項に関する判定から分離する ことができる場合には、仲裁に付託された事項に関する判定を含む判断の部分は、承認し、 かつ、執行することができるものとする。 (d) 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかつたこと又は、そのよ うな合意がなかつたときは、仲裁が行われた国の法令に従っていなかつたこと。 (e) 判断が、まだ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又は、その判断が行わ れた国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の権限のある機関により、取り消さ れたか若しくは停止されたこと。 (2) 仲裁判断の承認及び執行は、承認及び執行が求められた締約国の権限のある機関が次のい ずれかのことを認める場合においても、拒否することができる。 (a) 紛争の対象である事項がその締約国の法令により仲裁による解決が不可能なものであ ること。 (b) 判断の承認及び執行が、その締約国の公の秩序に反すること。 以上のように、ハンガリーとの通商航海条約第9 条は、ニューヨーク条約と同様に、 承認拒否事由を定める方法を採用している。第9 条第 2 項(1)が当事者の援用による絶 対的拒否事由を、同項(2)が承認・執行を求められた締約国の権限ある機関による裁量 的拒否事由を定めている点及びそれぞれの拒否事由の内容も、ニューヨーク条約第 5 条第1 項及び第 2 項とほぼ同じである。 (2)ポーランドとの通商航海条約 ポーランドとの通商航海条約23 23 日本国とポーランド人民共和国との間の通商及び航海に関する条約、[1980 年]昭 和 55 年 10 月 20 日条約第 32 号、昭和 55 年 10 月 26 日効力発生 は、以上の原則に対する例外にあたる。 日本とポーランドとの間では、ニューヨーク条約は 1962 年に発効しているが、 通商航海条約は 1980 年に発効している。したがって、仲裁判断の承認・執行は原則 にしたがえば通商航海条約によることになる。同条約第 15 条は、おおむねハンガリ ーとの通商航海条約第9 条と同様の規定である。承認拒否事由を定める第 15 条第 2 項(1)及び(2)がニューヨーク条約第 5 条第 1 項及び第 2 項と対応する点でも、ハンガ リーとの通商航海条約と同じである。 しかし、ポーランドとの通商航海条約の議定書には、つぎのように、ニューヨーク 条約の締約国としての権利・義務に影響を与えない旨の規定がある。
5(1) 条約第十五条のいかなる規定も、いずれか一方の締約国が千九百五十八年六月十日に ニューヨークで作成された外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約又はこれを改正し若し くは補足する多数国間の協定の締約国として有しており又は有することがある権利及び義務 を害するものと解してはならない。 したがって、ポーランドとの通商航海条約はニューヨーク条約が発効した後で締結さ れているので、仲裁判断の承認・執行は原則的に通商航海条約第 15 条によるはずで あるが、同条約議定書の定めにより、例外的にニューヨーク条約によることができる のである。 以上のように、ハンガリーとの通商航海条約とポーランドとの通商航海条約とはい ずれもニューヨーク条約が発効した後に締結されたものであるが、ハンガリーとの通 商航海条約は原則に従いニューヨーク条約の規定に優先するものの、ポーランドとの 通商航海条約は例外的にニューヨーク条約によることができる。 しかしながら、両通商航海条約ともに、仲裁判断の承認・執行を原則とし、判断の 援用を不利益とする当事者が、承認及び執行を求められた締約国の権限のある機関に 対し、列挙された承認拒否事由を証明する証拠を提出する場合に限り、仲裁判断の承 認・執行を拒否することができるとしている。また、絶対的拒否事由及び裁量的拒否 事由の内容は、ニューヨーク条約第5 条第 1 項及び第 2 項のほぼ引き写しである 24 2.ニューヨーク条約が発効する前に 2 国間条約を締結していた場合 。 ニューヨーク条約が発効する前に2 国間条約を締結していた場合には、2 国間条約 の規定によるかどうかはその条約の解釈による25 24 このことは、英語正文によれば一層明らかとなる。
25 van den Berg、前掲注(20)113 頁は、ニューヨーク条約と後の 2 国間条約の関係が 問題になるのはまれな場合であるという。そして、2 国間条約中にこの条約は他の条 約の効力に影響を及ぼさない旨の規定がない限り、後法は前法を廃するという原則に より、ニューヨーク条約の適用は排除されるという。 。前に見たように、ニューヨーク条 約第7 条第 1 項前段は、明文で、この条約の規定は他の条約の効力に影響を及ぼさな いというのであるから、ニューヨーク条約が2 国間条約の締約国間で効力を生じてい るにもかかわらず、両締約国間で2 国間条約の適用について特に問題としていないの であれば、2 国間条約の適用については従前と同様と解される。これに対して、後述 するように、日英通商航海条約はニューヨーク条約が発効する前に締結されたが、す でに多国間条約を優先する規定をおいていた。
日本は、密接な経済関係を有するアジア諸国と米国との間では古くから通商航海条 約を締結しており、さらに日本がニューヨーク条約に早期に加入し発効しているのと 比べて、同条約がこれらの国々について発効するのは比較的遅かったので、これらの 国の多くとはニューヨーク条約が発効する前に通商航海条約を締結している(図1参 照)。しかしながら、タイ 26やインド 27 中国の場合には、日中貿易協定 との間の条約のように、仲裁判断の承認・執 行に関する規定が含まれていないものもある。 28 2 国間条約からのアプローチでは、仲裁判断の承認・執行がニューヨーク条約の規 定によるのか2 国間条約の規定によるのかが 2 国間条約の解釈によることになるので、 2 国間条約の規定内容が結論を左右することになる。そこで、このアプローチをとる 代表的見解においては、仲裁判断の承認・執行に関する規定を含む条約を4 つの類型 に分けて説明しようとする が締結されたのは 1974 年であったが、ニューヨ ーク条約が中国について発効したのは 1987 年になってからあったので、ニューヨー ク条約が発効する前に2 国間条約を締結していた場合として、後述するように、2 国 間条約の規定によるかどうかはその条約の解釈によるという扱いになる。 図1 外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約と発効時期 1958 年 6 月 10 日 ニューヨークで作成 1959 年 6 月 7 日 効力発生 1961 年 9 月 18 日 日本について効力発生 1970 年 12 月 29 日 米国について効力発生 1973 年 5 月 9 日 韓国について効力発生 1975 年 12 月 23 日 連合王国について効力発生 1987 年 4 月 22 日 中国について効力発生 29。しかし、仲裁判断の承認・執行に関する規定が含まれ ている2 国間条約は 13 以下であるので30 26 日本國暹羅国友好通商航海絛約、昭和 13 年 3 月条約第 2 号。 27 通商に関する日本国とインドとの間の協定、昭和 33 年 4 月 8 日条約第 2 号。 28 日本国と中華人民共和国との間の貿易に関する協定、[1974 年]昭和 49 年 6 月 15 日条約4 号、同年 6 月 22 日発効。 29 高桑前掲注(5)267 頁、高桑前掲注(8)165-167 頁参照。 30 高桑前掲注(8)165 頁および 173 頁注 42 から 46 参照。 、以下ではあえて一般化した説明を加えず、 日本と関係の深い個別の条約を取り出して、この類型の順番に沿って説明することに する。
(1)日米友好通商航海条約 日米友好通商航海条約 31は1953 年に発効したが、ニューヨーク条約が日米間で発 効したのは 1970 年であった(図1参照)。したがって、仲裁判断の承認・執行には、 原則的に日米友好通商航海条約が適用される32 31 日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約、[1953 年]昭和 28 年 10 月 28 日条約第 27 号、同年 10 月 30 日発効。 32 英国法人が日本法人に対して両者間の傭船契約に関する紛争について米国でなさ れた仲裁判断に基づいて執行判決を求めた大阪地判昭和58 年 4 月 22 日(判例時報1 090号146頁)では、ニューヨーク条約が適用されている。これは、本文で述べ るように、日米条約が締約国の国民または会社間の仲裁契約を対象としているからで ある。英国法人と日本法人との間の仲裁契約は、後述の日英条約によっても、ニュー ヨーク条約によることになる。 。日米友好通商航海条約第4 条第 2 項 は次のように定める。 一方の締約国の国民又は会社と他方の締約国の国民又は会社との間に締結された仲裁による 紛争の解決を規定する規定する契約は,いずれの一方の締約国の領域内においても,仲裁手続 のために指定された地がその領域外にあるという理由又は仲裁人のうちの一人若しくは二人 以上がその締約国の国籍を有しないという理由だけでは,執行することができないものと認め てはならない。その契約に従って正当にされた判断で,判断された地の法令に基いて確定して おり,且つ,執行することができるものは,公の秩序及び善良の風俗に反しない限り,いずれ の一方の締約国の管轄裁判所に提起される執行判決を求める訴に関しても既に確定している ものとみなされ,且つ,その判断についてその裁判所から執行判決の言渡を受けることができ る。その言渡があつた場合には,その判断に対しては,その地でされる判断に対して与える特 権及び執行の手段と同様の特権及び執行の手段を与えるものとする。アメリカ合衆国の領域外 でされた判断は,アメリカ合衆国のいずれの州のいずれの裁判所においても,他の諸州でされ る判断が受ける承認と同様の限度においてのみ,承認を受けることができるものとする。 以上をまとめれば、日米友好通商航海条約における承認・執行要件は、両締約国の 国民または会社との間の仲裁契約について、①その契約に従って正当にされた判断で あること、②判断された地の法令に基いて確定しており,且つ,執行することができ ること,③公の秩序及び善良の風俗に反しないことといえる。 これらの要件はニューヨーク条約の要件とどう比較できるだろうか。 ニューヨーク条約は第4 条で、承認・執行のための要件として、承認・執行を申し 立てる当事者が(a)仲裁判断の原本または謄本と(b)仲裁合意の原本または謄本を提出 することと必要な場合にはこれらの翻訳を提出することを求める。続く第5 条は、承 認・執行の拒否要件を定めるものである。 まず、ニューヨーク条約第4 条第 1 項は、つぎのような当事者主義的規定をおく。
1.判断の承認及び執行は、判断が不利益に援用される当事者の請求により、承認及び執行が 求められた国の権限のある機関に対しその当事者が次の証拠を提出する場合に限り、拒否する ことができる。 (a) 第2条に掲げる合意の当事者が、その当事者に適用される法令により無能力者であっ たこと又は前記の合意が、当事者がその準拠法として指定した法令により若しくはその指定が なかったときは判断がされた国の法令により有効でないこと。 (b) 判断が不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な 通告を受けなかったこと又はその他の理由により防禦することが不可能であったこと。 (c) 判断が、仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にない紛 争に関するものであること又は仲裁付託の範囲をこえる事項に関する判定を含むこと。ただし、 仲裁に付託された事項に関する判定が付託されなかった事項に関する判定から分離すること ができる場合には、仲裁に付託された事項に関する判定を含む判断の部分は、承認し、かつ、 執行することができるものとする。 (d) 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかったこと又は、そのよ うな合意がなかったときは、仲裁が行なわれた国の法令に従っていなかったこと。 (e) 判断が、まだ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又は、その判断がされ た国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の権限のある機関により、取り消された か若しくは停止されたこと。 日米友好通商航海条約の仲裁判断が①仲裁契約に従って正当にされた判断であるこ と及び②判断された地の法令に基いて確定しており,かつ,執行することができるこ とという承認・執行要件は、以上のニューヨーク条約第1 項(a)から(e)の承認拒否要件 よりも緩やかに見える。しかし、①と②の要件は概括的であり、これらの要件は具体 的にはニューヨーク条約の承認・執行拒否要件のいずれかに該当するようにも思われ る。 第1 に、①仲裁契約に従って正当にされた判断であるというためには、(a)仲裁合意 の当事者の能力や仲裁合意の準拠法上の有効性、(d) 仲裁機関の構成・仲裁手続が、 当事者の合意に従っていなかったこと又は、そのような合意がなかったときは、仲裁 が行なわれた国の法令に従っていなかったことが必要と考えられる33 33 テキサス州法人から日本法人に対して、両者間の仲裁契約に基づく米国仲裁判断の 執行判決が求められた名古屋地一宮支部判昭和62 年 2 月 26 日(判例時報1232号 138頁)は、結論として日米条約を適用し、「契約に従って正当にされた判断」とい う要件に言及しながら、仲裁契約の有効性と仲裁判断の有効性を混同しているためか、 仲裁契約の有効性をその準拠法に従って判断していない。道垣内前掲注(17)78 頁もこ の点を批判する。なお、判決では販売代理店契約及び仲裁契約の準拠法は日本法であ ると認定されている。 。
第2 に、②判断された地の法令に基いて確定しており,かつ,執行することができ ることという要件は、ニューヨーク条約の上記(e)の「判断が、まだ当事者を拘束する ものとなるに至っていないこと又は、その判断がされた国若しくはその判断の基礎と なった法令の属する国の権限のある機関により、取り消されたか若しくは停止された こと。」という要件として具体化されうる。 以上のように、日米友好通商条約にしたがって承認・執行を求める当事者が、具体 的には結局ニューヨーク条約の(a)、(d)及び(e)の承認拒否事由に該当する事由を自ら 立証しなければならないとすれば、日米友好通商条約上の仲裁判断の承認・執行要件 がニューヨーク条約より緩やかとは必ずしもいえないのではないか。 つぎに、ニューヨーク条約第5 条第 2 項は、つぎのような職権主義的な拒否要件を 定めている。 2. 仲裁判断の承認及び執行は、承認及び執行が求められた国の権限のある機関が次のことを認 める場合においても、拒否することができる。 (a) 紛争の対象である事項がその国の法令により仲裁による解決が不可能なものであること。 (b) 判断の承認及び執行がその国の公の秩序に反すること。 日米友好通商条約上の仲裁判断の承認・執行要件の③公の秩序及び善良の風俗に反 しないことは、ニューヨーク条約第5 条第 2 項(b)の承認・執行拒否要件に該当するこ とは明らかである。しかも、同条2 項(a)の紛争の対象である事項がその国の法令によ り仲裁による解決が不可能なものである場合には、日米友好通商条約の③の公の秩序 及び善良の風俗に反しないという承認執行要件を充足しないと解することもできる。 また、ニューヨーク条約第5 条第 1 項(b)の手続保障が欠けている場合にも、③の公の 秩序及び善良の風俗に反しないことという要件が問題とされるかもしれない。 日米条約の方がニューヨーク条約における承認・執行の条件より緩やかだといえる のは、次の点である。第1 にニューヨーク条約第 1 条第 3 項は、「他の締約国の領域 においてされた判断の承認及び執行についてのみこの条約を適用する旨を相互主義の 原則に基づき宣言することができる。」と規定しており、日本と米国はこの宣言をして いる。しかし、上に引用した日米友好通商航海条約第4 条 2 項は、仲裁契約は、「仲 裁手続のために指定された地がその領域外にあるという理由・・・だけでは,執行す ることができないものと認めてはならない。」と規定しているから、日米条約の方がニ ューヨーク条約における承認・執行の条件より緩やかだといえる。第2 に、ニューヨ ーク条約第2 条第 1 項は、仲裁判断の承認のためには仲裁合意が書面によることを求 めているが、日米友好通商航海条約4 条 2 項には書面性を求める規定はない。 他方、2 国間の友好通商航海条約の性質上、日米条約 4 条 2 項が対象とするのは「一
方の締約国の国民又は会社と他方の締約国の国民又は会社との間」の仲裁契約である が、ニューヨーク条約には仲裁合意の当事者についてそのような制限はない。 以上のように、日米友好通商航海条約とニューヨーク条約における承認・執行の条 件を比較した場合、日米条約の条件の方が緩やかな場合と反対に厳格な場合があり、 どちらともいえない場合もある。したがって、ニューヨーク条約は外国仲裁判断の承 認・執行に関する制限の最大限を定めたものであり、この条約より厳格な承認・執行 条件を定めた2 国間条約に優先して適用されるという前述のニューヨーク条約からの アプローチは、この点からも実際には機能しないといえる。 (2)日英通商航海条約 日英通商航海条約34 したがって、両国の締約国の私人間の紛争から生じた仲裁判断の承認・執行について は、ニューヨーク条約が適用される は、1963 年に発効し、ニューヨーク条約は日英間では 1975 年 に発効した(図1参照)。しかし、日英通商航海条約は仲裁判断の承認・執行について 独立の規定をおかず、つぎのように第 24 条において多国間条約によることを規定する。 この条約のいかなる規定も、1923年9月24日にジュネーヴで署名された仲裁条項に関する議定 書、1927年9月26日にジュネーヴで署名された外国仲裁判断の執行に関する条約又はこれらの条 約を修正し若しくは補足する多数国間の協定の規定が両締約国の間で効力を有する限り、これ らの規定によりいずれか一方の締約国が他方の締約国に対して負う義務を免れさせるものと解 してはならない。 35 (3)日中貿易協定 。 前述したように、日中貿易協定 36 2 紛争を協議によって解決することができない場合には、当事者は、仲裁条項に基づき、 仲裁に付することができる。仲裁条項は、契約の双方の当事者により、契約自体に又は契約 に関連する別固の約定に規定される。 は1974 年に発効したが、ニューヨーク条約が中 国について発効したのは1987 年であった(図1参照)。日中貿易協定は、第 8 条 2 項 以下に仲裁に関して次のような規定をおいている。 34 日本国とグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国との間の通商、居住及 び航海条約、昭和 38 年 4 月 22 条約第 17 号、同年 5 月 4 日発効。 35 前掲注(33)参照。 36 前掲注(29)及び本文参照。
3 両締約国は、当事者による両国の仲裁機関の利用をあらゆる可能な方法によって奨励す るものとする。 4 両締約国は、仲裁判断について、その執行が求められる国の法律が定める条件に従い、 関係機関によって、これを執行する義務を負う。 仲裁判断の承認・執行については、第8 条第 4 項が定めるように、「その執行が求め られる国の法律が定める条件に従い、関係機関によって、これを執行する義務を負う」 という。ニューヨーク条約が中国について発効した 1987 年以降は、同条約は日中両 国について効力を有しているから、「その執行が求められる国の法律」にニューヨーク 条約が含まれるかどうかが問題となる。日中貿易協定において両国があえて国内の法 律によるという意図を有していないかぎり、「その執行が求められる国の法律」には 条 約をも含むと解釈すべきであり、ニューヨーク条約もこれに含まれると解すべきであ る37 横浜地判平成11 年 8 月 25 日 。 38も、被告(日本の株式会社)との間の道路凍結防止 剤の売買契約に関し、中国の仲裁機関による仲裁判断を受けた原告(中国の企業)が、 右仲裁判断に基づく強制執行の許可を求めた事案であるが、以上と同旨の論理により 最終的にはニューヨーク条約によるべきこととなると判示している39。なお、東京地 判平成6 年 1 月 27 日 40は、理由なしにニューヨーク条約を適用しているが、原告が 同条約により執行判決を求めているとされているので、同条約第7 条第 1 項後段の当 事者の選択によった可能性も否定できない。また、原告が日中貿易協定及びニューヨ ーク条約に基づき執行判決を求めた岡山地判平成5 年 7 月 14 日41
Ⅳ.おわりに
では、仲裁判断の 有効性を両条約によって判断している。 ニューヨーク条約は外国仲裁判断の承認・執行に関する制限の最大限を定めたもの であり、この条約より厳格な承認・執行条件を定めた条約に対しては優先して適用さ 37 高桑・前掲書注(8)172 頁参照。 38 判例時報1707号146頁。 39 もっとも、日中貿易協定の適用については、ニューヨーク条約と 2 国間条約が一般 法と特別法の関係にあることを根拠とする。これに対して、東京地判平成5 年 7 月 20 日(判例時報1494号126頁) は日中貿易協定第8 条第 4 項を適用して、平成 8 年改正前民事訴訟法 802 条により執行判決を認めた。ニューヨーク条約からのアプ ローチによる判決については、前掲注(11)本文参照。 40 判例タイムズ853号266頁。 41 判例タイムズ857号271頁。れるというニューヨーク条約を基準とする考え方は、いまだ日本において支持する見 解が少なくない。しかし、このような考え方は、ニューヨーク条約の解釈としても、 また同一の事項に関する相前後する条約の優先順位の解釈としても、根拠に欠ける。 ニューヨーク条約を基準にする寛厳比較の主張は、日米友好通商航海条約との比較で みたように、まったく現実的ではない。ニューヨーク条約を基準とする考え方は、世 界的に圧倒的に支持されているニューヨーク条約が適用されるべきだという思いこみ から影響を受けているのかもしれない。 2 国間条約からのアプローチを採用した結果、仲裁判断の承認・執行は、Ⅲ.1. (1)の ハンガリーとの通商航海条約及びⅢ.2.(1)の日米友好通商航海条約では、こ れらの条約上の規定によることになる。しかし、ハンガリーとの通商航海条約ではニ ューヨーク条約と同内容の承認・執行拒否要件として規定されている。日米条約では 仲裁判断の承認・執行を求めるものが主張すべき要件として規定されている条件が、 ニューヨーク条約においては「判断が不利益に援用される当事者」が主張立証すべき 承認拒否事由として規定されているはという相違がある。また、Ⅲ.2.(2)の日英通 商航海条約においては、その規定上、ニューヨーク条約によることになる。最後に、 Ⅲ.2.(3)の日中貿易協定は、「その執行が求められる国の法律」としてニューヨー ク条約によるべきである。 なお、仲裁判断の承認・執行に関する2 国間条約を締結していないがニューヨーク 条約の締約国である2 国間では、いずれのアプローチに従っても、仲裁判断の承認・ 執行はニューヨーク条約によることになる。 後注1 仲裁法第45 条第 2 項及び第 3 項は次のように規定する。 2 前項の規定は、次に掲げる事由のいずれかがある場合(第一号から第七号までに 掲げる事由にあっては、当事者のいずれかが当該事由の存在を証明した場合に限る。) には、適用しない。 一 仲裁合意が、当事者の行為能力の制限により、その効力を有しないこと。 二 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令 (当該指定がないときは、仲裁地が属する国の法令)によれば、当事者の行為能力の 制限以外の事由により、その効力を有しないこと。 三 当事者が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、仲裁地が属する国の法令の 規定(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があ るときは、当該合意)により必要とされる通知を受けなかったこと。 四 当事者が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。 五 仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する 判断を含むものであること。 六 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、仲裁地が属する国の法令の規定(その法令の公の 秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)
に違反するものであったこと。 七 仲裁地が属する国(仲裁手続に適用された法令が仲裁地が属する国以外の国の法 令である場合にあっては、当該国)の法令によれば、仲裁判断が確定していないこと、 又は仲裁判断がその国の裁判機関により取り消され、若しくは効力を停止されたこと。 八 仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることが できない紛争に関するものであること。 九 仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。 3 前項第五号に掲げる事由がある場合において、当該仲裁判断から同号に規定す る事項に関する部分を区分することができるときは、当該部分及び当該仲裁判断のそ の他の部分をそれぞれ独立した仲裁判断とみなして、同項の規定を適用する。 後注2 この論文は、2011 年 9 月 24 日から 25 日に同志社大学で開催された日韓台共同研 究集会に提出した報告原稿をもとに、研究集会での議論をもとに修正・加筆したもの である。作成にあたっては、科学研究費補助金(基盤研究B)「東アジアにおける国際 民商事紛争解決システムの構築」(研究課題番号:21330011)の補助を受けた。 【金文煥教授定年記念論文集 2011 年度発行(於:韓国)より転載】