あたらしい憲法のはなし 文部省 一憲法みなさん あたらしい憲法ができました そうして昭和二十二年五月三日から 私たち日本國民は この憲法を守ってゆくことになりました このあたらしい憲法をこしらえるために たくさんの人々が たいへん苦心をなさいました ところでみなさんは 憲法というものはどんなものかご

全文

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あたらしい憲法のはなし 文部省 一 憲法 みなさん、あたらしい憲法が できました。そうして昭和二十 二年五月三日から、私たち日 本國民は、この憲法を守って ゆくことになりました。このあた ら し い 憲 法 を こ し ら え る た め に、たくさんの人々が、たいへ ん苦心をなさいました。ところ でみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞ んじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのよう におもっている人はないでしょうか。もしそうならば、 それは大きなまちがいです。 國の仕事は、一日も休むことはできません。ま た、國を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりとき めておかなければなりません。そのためには、いろ /\規則がいるのです。この規則はたくさんありま すが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法で す。 國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふう にやってゆくかということをきめた、いちばん根本に なっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱 がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたお れてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど 柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、 國の中におゝぜいの人がいても、どうして國を治め てゆくかということがわかりません。それでどこの國

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でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたい せつに守ってゆくのです。國でいちばん大事な規則 は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則です から、これを國の「最高法規」というのです。 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、 國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なこと が書いてあるのです。それは國民の権利のことで す。この権利のことは、あとでくわしくおはなしします から、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事のやりか たをきめた規則と同じように大事であるか、というこ とだけをおはなししておきましょう。 みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民の ひとり/\が、かしこくなり、強くならなければ、國民 ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力 のもとは、ひとり/\の國民にあります。そこで國 は、この國民のひとり/\の力をはっきりとみとめ て、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民 のひとり/\に、いろ/\大事な権利があることを、 憲法できめているのです。この國民の大事な権利の ことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中 に書いてあるのです。 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるか ということを申しておきます。憲法とは、國でいちば ん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、 その中には、だいたい二つのことが記されていま す。その一つは、國の治めかた、國の仕事のやりか たをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん 大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則 です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろ

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/\のことをきめることがあります。こんどの憲法に も、あとでおはなしするように、これからは戰爭をけ っしてしないという、たいせつなことがきめられてい ます。 これまであった憲法は、明治二十二年にできた もので、これは明治天皇がおつくりになって、國民に あたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい 憲法は、日本國民がじぶんでつくったもので、日本 國民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであ ります。この國民ぜんたいの意見を知るために、昭 和二十一年四月十日に総選挙が行われ、あたらし い國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法 をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、國民 ぜんたいでつくったということになるのです。 みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、 この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさん は、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。 こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたい のつくったものであり、國でいちばん大事な規則であ るとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、し っかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。 そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書い てあるかを、はっきりと知らなければなりません。 みなさんが、何かゲームのために規則のようなも のをきめるときに、みんないっしょに書いてしまって は、わかりにくい[#「わかりにくい」は底本では「わ かりくい」]でしょう。國の規則もそれと同じで、一つ /\事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつ けて、第何條、第何條というように順々に記します。

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こんどの憲法は、第一條から第百三條までありま す。そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめに つけてあります。これを「前文」といいます。 この前文には、だれがこの憲法をつくったかという ことや、どんな考えでこの憲法の規則ができている かということなどが記されています。この前文という ものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、 みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとすると きに、手びきになることです。つまりこんどの憲法 は、この前文に記された ような考えからできたも のですから、前文にある 考えと、ちがったふうに 考えてはならないという ことです。もう一つのは たらきは、これからさき、 こ の 憲 法 を か え る と き に、この前文に記された 考え方と、ちがうようなか えかたをしてはならない ということです。 それなら、この前文の考えというのはなんでしょ う。いちばん大事な考えが三つあります。それは、 「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」で す。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかし くきこえますけれども、少しもむずかしく考えることは ありません。主義というのは、正しいと思う、ものの やりかたのことです。それでみなさんは、この三つの

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ことを知らなければなりません。まず「民主主義」か らおはなししましょう。 二 民主主義とは こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民 主主義です。ところで民主主義とは、いったいどうい うことでしょう。みなさんはこのことばを、ほう/″\ できいたでしょう。これがあたらしい憲法の根本にな っているものとすれば、みなさんは、はっきりとこれ を知っておかなければなりません。しかも正しく知っ ておかなければなりません。 みなさんがおゝぜいあつまって、いっしょに何か するときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で 物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、 もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、 どうしますか。ひとりの意見できめますか。二人の意 見できめますか。それともおゝぜいの意見できめま すか。どれがよいでしょう。ひとりの意見が、正しくす ぐれていて、おゝぜいの意見がまちがっておとってい ることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっ と多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶん の考えをはなしあったあとで、おゝぜいの意見で物 事をきめてゆくのが、いちばんまちがいがないという ことになります。そうして、あとの人は、このおゝぜい の人の意見に、すなおにしたがってゆくのがよいの です。このなるべくおゝぜいの人の意見で、物事をき めてゆくことが、民主主義のやりかたです。 國を治めてゆくのもこれと同じです。わずかの人 の意見で國を治めてゆくのは、よくないのです。國民

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ぜんたいの意見で、國を治めてゆくのがいちばんよ いのです。つまり國民ぜんたいが、國を治めてゆく ――これが民主主義の治めかたです。 しかし國は、みなさんの学級とはちがいます。國 民ぜんたいが、ひとところにあつまって、そうだんす ることはできません。ひとり/\の意見をきいてまわ ることもできません。そこで、みんなの代わりになっ て、國の仕事のやりかたをきめるものがなければな りません。それが國会です。國民が、國会の議員を 選挙するのは、じぶんの代わりになって、國を治め てゆく者をえらぶのです。だから國会では、なんで も、國民の代わりである議員のおゝぜいの意見で物 事をきめます。そうしてほかの議員は、これにしたが います。これが國民ぜんたいの意見で物事をきめた ことになるのです。これが民主主義です。ですから、 民主主義とは、國民ぜんたいで、國を治めてゆくこと です。みんなの意見で物事をきめてゆくのが、いち ばんまちがいがすくないのです。だから民主主義で 國を治めてゆけば、みなさんは幸福になり、また國 もさかえてゆくでしょう。 國は大きいので、このように國の仕事を國会の 議員にまかせてきめてゆきますから、國会は國民の 代わりになるものです。この「代わりになる」というこ とを「代表」といいます。まえに申しましたように、民 主主義は、國民ぜんたいで國を治めてゆくことです が、國会が國民ぜんたいを代表して、國のことをき めてゆきますから、これを「代表制民主主義」のやり かたといいます。 しかしいちばん大事なことは、國会にまかせてお

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かないで、國民が、じぶんで意見をきめることがあり ます。こんどの憲法でも、たとえばこの憲法をかえる ときは、國会だけできめないで、國民ひとり/\が、 賛成か反対かを投票してきめることになっています。 このときは、國民が直接に國のことをきめますから、 これを「直接民主主義」のやりかたといいます。あた らしい憲法は、代表制民主主義と直接民主主義と、 二つのやりかたで國を治めてゆくことにしています が、代表制民主主義のやりかたのほうが、おもにな っていて、直接民主主義のやりかたは、いちばん大 事なことにかぎられているのです。だからこんどの憲 法は、だいたい代表制民主主義のやりかたになって いるといってもよいのです。 みなさんは日本國民のひとりです。しかしまだこ どもです。國のことは、みなさんが二十歳になって、 はじめてきめてゆくことができるのです。國会の議員 をえらぶのも、國のことについて投票するのも、みな さんが二十歳になってはじめてできることです。みな さんのおにいさんや、おねえさんには、二十歳以上 の方もおいででしょう。そのおにいさんやおねえさん が、選挙の投票にゆかれるのをみて、みなさんはど んな氣がしましたか。いまのうちに、よく勉強して、國 を治めることや、憲法のことなどを、よく知っておいて ください。もうすぐみなさんも、おにいさんやおねえさ んといっしょに、國のことを、じぶんできめてゆくこと ができるのです。みなさんの考えとはたらきで國が 治まってゆくのです。みんながなかよく、じぶんで、じ ぶんの國のことをやってゆくくらい、たのしいことは ありません。これが民主主義というものです。

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三 國際平和主義 國の中で、國民ぜんたいで、物事をきめてゆくこと を、民主主義といいましたが、國民の意見は、人に よってずいぶんちがっています。しかし、おゝぜいの ほうの意見に、すなおにしたがってゆき、またそのお ゝぜいのほうも、すくないほうの意見をよくきいてじぶ んの意見をきめ、みんなが、なかよく國の仕事をや ってゆくのでなければ、民主主義のやりかたは、なり たたないのです。 これは、一つの國につ いて申しましたが、國と國 との間のことも同じことで す。じぶんの國のことば かりを考え、じぶんの國 のためばかりを考えて、 ほかの國の立場を考えな いでは、世界中の國が、 なかよくしてゆくことはで きません。世界中の國が、いくさをしないで、なかよく やってゆくことを、國際平和主義といいます。だから 民主主義ということは、この國際平和主義と、たいへ んふかい関係があるのです。こんどの憲法で民主 主義のやりかたをきめたからには、またほかの國に たいしても國際平和主義でやってゆくということにな るのは、あたりまえであります。この國際平和主義を わすれて、じぶんの國のことばかり考えていたの で、とうとう戰爭をはじめてしまったのです。そこであ

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たらしい憲法では、前文の中に、これからは、この國 際平和主義でやってゆくということを、力強いことば で書いてあります。またこの考えが、あとでのべる戰 爭の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさは しないということをきめることになってゆくのでありま す。 四 主権在民主義 みなさんがあつまって、だれ がいちばんえらいかをきめて ごらんなさい。いったい「いち ばんえらい」というのは、どうい うことでしょう。勉強のよくでき ることでしょうか。それとも力の 強いことでしょうか。いろ/\ きめかたがあってむずかしい ことです。 國では、だれが「いちばん えらい」といえるでしょう。もし 國の仕事が、ひとりの考えできまるならば、そのひと りが、いちばんえらいといわなければなりません。も しおおぜいの考えできまるなら、そのおゝぜいが、み ないちばんえらいことになります。もし國民ぜんたい の考えできまるならば、國民ぜんたいが、いちばん えらいのです。こんどの憲法は、民主主義の憲法で すから、國民ぜんたいの考えで國を治めてゆきま す。そうすると、國民ぜんたいがいちばん、えらいと いわなければなりません。 國を治めてゆく力のことを「主権」といいますが、こ

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の力が國民ぜんたいにあれば、これを「主権は國民 にある」といいます。こんどの憲法は、いま申しまし たように、民主主義を根本の考えとしていますから、 主権は、とうぜん日本國民にあるわけです。そこで 前文の中にも、また憲法の第一條にも、「主権が國 民に存する」とはっきりかいてあるのです。主権が國 民にあることを、「主権在民」といいます。あたらしい 憲法は、主権在民という考えでできていますから、 主権在民主義の憲法であるということになるので す。 みなさんは、日本國民のひとりです。主権をもっ ている日本國民のひとりです。しかし、主権は日本 國民ぜんたいにあるのです。ひとり/\が、べつ/ \にもっているのではありません。ひとり/\が、み なじぶんがいちばんえらいと思って、勝手なことをし てもよいということでは、けっしてありません。それは 民主主義にあわないことになります。みなさんは、主 権をもっている日本國民のひとりであるということ に、ほこりをもつとともに、責任を感じなければなりま せん。よいこどもであるとともに、よい國民でなけれ ばなりません。 五 天皇陛下 こんどの戰爭で、天皇陛下は、たいへんごくろうを なさいました。なぜならば、古い憲法では、天皇をお 助けして國の仕事をした人々は、國民ぜんたいがえ

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らんだものでなかったので、國民の考えとはなれて、 とう/\戰爭になったか らです。そこで、これか らさき國を治めてゆくに ついて、二度とこのよう なことのないように、あ たらしい憲法をこしらえ るとき、たいへん苦心を い た し ま し た 。 で す か ら、天皇は、憲法で定め たお仕事だけをされ、政 治には関係されないこ とになりました。 憲法は、天皇陛下を「象徴」としてゆくことにきめ ました。みなさんは、この象徴ということを、はっきり 知らなければなりません。日の丸の國旗を見れば、 日本の國をおもいだすでしょう。國旗が國の代わり になって、國をあらわすからです。みなさんの学校の 記章を見れば、どこの学校の生徒かがわかるでしょ う。記章が学校の代わりになって、学校をあらわす からです。いまこゝに何か眼に見えるものがあって、 ほかの眼に見えないものの代わりになって、それを あらわすときに、これを「象徴」ということばでいいあ らわすのです。こんどの憲法の第一條は、天皇陛下 を「日本國の象徴」としているのです。つまり天皇陛 下は、日本の國をあらわされるお方ということであり ます。 また憲法第一條は、天皇陛下を「日本國民統合

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の象徴」であるとも書いてあるのです。「統合」という のは「一つにまとまっている」ということです。つまり 天皇陛下は、一つにまとまった日本國民の象徴でい らっしゃいます。これは、私たち日本國民ぜんたいの 中心としておいでになるお方ということなのです。そ れで天皇陛下は、日本國民ぜんたいをあらわされる のです。 このような地位に天皇陛下をお置き申したのは、 日本國民ぜんたいの考えにあるのです。これからさ き、國を治めてゆく仕事は、みな國民がじぶんでや ってゆかなければなりません。天皇陛下は、けっし て神様ではありません。國民と同じような人間でいら っしゃいます。ラジオのほうそうもなさいました。小さ な町のすみにもおいでになりました。ですから私たち は、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きし て、國を治めてゆくについてごくろうのないようにしな ければなりません。これで憲法が天皇陛下を象徴と した意味がおわかりでしょう。 六 戰爭の放棄 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんや にいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじに おかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえ りにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家や うちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと 戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かな しい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭を して、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何 もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たく

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さんおこっただけではありませんか。戰爭は人間を ほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことで す。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな 責任があるといわなければなりません。このまえの 世 界 戰 爭 の あ と で も 、 も う 戰 爭 は 二度 とやるまいと、多くの 國々ではいろ/\考 えましたが、またこん な大戰爭をおこして しまったのは、まこと に残念なことではあ りませんか。 そこでこんどの憲 法 で は 、 日 本 の 國 が 、 け っ し て 二 度 と 戰爭をしないように、 二つのことをきめま し た 。 そ の 一 つ は 、 兵隊も軍艦も飛行機 も 、およそ戰爭をす るためのものは、いっさいもたないということです。こ れからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないので す。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すて てしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして 心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、 ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しい ことぐらい強いものはありません。

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もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、 けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのい いぶんをとおそうとしないということをきめたのです。 おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというの です。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょ く、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからで す。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手を おどすようなことは、いっさいしないことにきめたので す。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその 國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになっ てくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆける のです。 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこら ないように、また戰爭を二度とおこさないようにいた しましょう。 七 基本的人権 くうしゅうでやけたところへ 行ってごらんなさい。やけたゞ れた土から、もう草が青々とは えています。みんな生き/\と しげっています。草でさえも、 力強く生きてゆくのです。まし てやみなさんは人間です。生 きてゆく力があるはずです。天 からさずかったしぜんの力が あるのです。この力によって、 人間が世の中に生きてゆくこ とを、だれもさまたげてはなり ません。しかし人間は、草木とちがって、たゞ生きて

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ゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆか なければなりません。この人間らしい生活には、必 要なものが二つあります。それは「自由」ということ と、「平等」ということです。 人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのす きな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの 思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆ けることなどが必要です。これらのことが人間の自 由であって、この自由は、けっして奪われてはなりま せん。また、國の力でこの自由を取りあげ、やたらに 刑罰を加えたりしてはなりません。そこで憲法は、こ の自由は、けっして侵すことのできないものであるこ とをきめているのです。 またわれわれは、人間である以上はみな同じで す。人間の上に、もっとえらい人間があるはずはな く、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはあ りません。男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっ ているということもありません。みな同じ人間である ならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由 はないのです。差別のないことを「平等」といいま す。そこで憲法は、自由といっしょに、この平等という ことをきめているのです。 國の規則の上で、何かはっきりとできることがみ とめられていることを、「権利」といいます。自由と平 等とがはっきりみとめられ、これを侵されないとする ならば、この自由と平等とは、みなさんの権利です。 これを「自由権」というのです。しかもこれは人間の いちばん大事な権利です。このいちばん大事な人間

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の権利のことを「基本的人権」といいます。あたらし い憲法は、この基本的人権を、侵すことのできない 永久に與えられた権利として記しているのです。こ れを基本的人権を「保障する」というのです。 しかし基本的人権は、こゝにいった自由権だけで はありません。まだほかに二つあります。自由権だ けで、人間の國の中での生活がすむものではありま せん。たとえばみなさんは、勉強をしてよい國民にな らなければなりません。國はみなさんに勉強をさせ るようにしなければなりません。そこでみなさんは、 教育を受ける権利を憲法で與えられているのです。 この場合はみなさんのほうから、國にたいして、教育 をしてもらうことを請求できるのです。これも大事な 基本的人権ですが、これを「請求権」というのです。 爭いごとのおこったとき、國の裁判所で、公平にさば いてもらうのも、裁判を請求する権利といって、基本 的人権ですが、これも請求権であります。 それからまた、國民が、國を治めることにいろ/ \関係できるのも、大事な基本的人権ですが、これ を「参政権」といいます。國会の議員や知事や市町 村長などを選挙したり、じぶんがそういうものになっ たり、國や地方の大事なことについて投票したりす ることは、みな参政権です みなさん、いままで申しました基本的人権は大事 なことですから、もういちど復習いたしましょう。みな さんは、憲法で基本的人権というりっぱな強い権利 を與えられました。この権利は、三つに分かれます。 第一は自由権です。第二は請求権です。第三は参 政権です。

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こんなりっぱな権利を與えられましたからには、 みなさんは、じぶんでしっかりとこれを守って、失わ ないようにしてゆかなければなりません。しかしま た、むやみにこれをふりまわして、ほかの人に迷惑 をかけてはいけません。ほかの人も、みなさんと同じ 権利をもっていることを、わすれてはなりません。國 ぜんたいの幸福になるよう、この大事な基本的人権 を守ってゆく責任があると、憲法に書いてあります。 八 國会 民主主義は、國民が、みんなでみんなのために 國を治めてゆくことです。しかし、國民の数はたいへ ん多いのですから、だれかが、國民ぜんたいに代わ って國の仕事をするよりほかはありません。この國 民に代わるものが「國会」です。まえにも申しました ように、國民は國を治めてゆく力、すなわち主権をも っているのです。この主権をもっている國民に代わ るものが國会ですから、國会は國でいちばん高い位 にあるもので、これを「最高機関」といいます。「機 関」というのは、ちょうど人間に手足があるように、國 の仕事をいろ/\分けてする役目のあるものという 意味です。國には、いろ/\なはたらきをする機関 があります。あとでのべる内閣も、裁判所も、みな國 の機関です。しかし國会は、その中でいちばん高い 位にあるのです。それは國民ぜんたいを代表してい るからです。 國の仕事はたいへん多いのですが、これを分け てみると、だいたい三つに分かれるのです。その第 一は、國のいろ/\の規則をこしらえる仕事で、こ れを「立法」というのです。第二は、爭いごとをさばい

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たり、罪があるかないかをきめる仕事で、これを「司 法」というのです。ふつうに裁判といっているのはこ れです。第三は、この「立法」と「司法」とをのぞいた いろ/\の仕事で、これをひとまとめにして「行政」と いいます。國会は、この三つのうち、どれをするかと いえば、立法をうけもっている機関であります。司法 は、裁判所がうけもっています。行政は、内閣と、そ の下にある、たくさんの役所がうけもっています。 國会は、立法という仕事をうけもっていますか ら、國の規則はみな國会がこしらえるのです。國会 のこしらえる國の規則を「法律」といいます。みなさ んは、法律ということばをよくきくことがあるでしょう。 しかし、國会で法律をこしらえるのには、いろ/\手 つづきがいりますから、あまりこま/″\した規則ま でこしらえることはできません。そこで憲法は、ある 場合には、國会でないほかの機関、たとえば内閣 が、國の規則をこしらえることをゆるしています。こ れを「命令」といいます。 しかし、國の規則は、なるべく國会でこしらえるの がよいのです。なぜならば、國会は、國民がえらん だ議員のあつまりで、國民の意見がいちばんよくわ かっているからです。そこで、あたらしい憲法は、國 の規則は、ただ國会だけがこしらえるということにし ました。これを、國会は「唯一の立法機関である」と いうのです。「唯一」とは、ただ一つで、ほかにはない ということです。立法機関とは、國の規則をこしらえ る役目のある機関ということです。そうして、國会以

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外のほかの機関が、國の規則をこしらえてもよい場 合は、憲法で、一つ/ \きめているのです。 また、國会のこしらえた 國の規則、すなわち法 律の中で、これ/\の ことは命令できめても よろしいとゆるすことも あ ります。國民のえ ら んだ代表者が、國会で 國民を治める規則をこ し ら え る 、 こ れ が 民 主 主義のたてまえであり ます。 しかし國会には、國 の規則をこしらえること のほかに、もう一つ大 事な役目があります。それは、内閣や、その下にあ る、國のいろ/\な役所の仕事のやりかたを、監督 することです。これらの役所の仕事は、まえに申しま した「行政」というはたらきですから、國会は、行政を 監督して、まちがいのないようにする役目をしている のです。これで、國民の代表者が國の仕事を見はっ ていることになるのです。これも民主主義の國の治 めかたであります。 日本の國会は「衆議院」と「参議院」との二つか らできています。その一つ/\を「議院」といいま す。このように、國会が二つの議院からできているも のを「二院制度」というのです。國によっては、一つ

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の議院しかないものもあり、これを「一院制度」という のです。しかし、多くの國の國会は、二つの議院から できています。國の仕事はこの二つの議院がいっし ょにきめるのです。 なぜ二つの議院がいるのでしょう。みなさんは、 野球や、そのほかのスポーツでいう「バック・アップ」 ということをごぞんじですか。一人の選手が球を取り あつかっているとき、もう一人の選手が、うしろにま わって、まちがいのないように守ることを「バック・ア ップ」といいます。國会は、國の大事な仕事をするの ですから、衆議院だけでは、まちがいが起るといけ ないから、参議院が「バック・アップ」するはたらきを するのです。たゞし、スポーツのほうでは、選手がお たがいに「バック・アップ」しますけれども、國会で は、おもなはたらきをするのは衆議院であって、参 議院は、たゞ衆議院を「バック・アップ」するだけのは たらきをするのです。したがって、衆議院のほうが、 参議院よりも、強い力を與えられているのです。この 強い力をもった衆議院を「第一院」といい、参議院を 「第二院」といいます。なぜ衆議院のほうに強い力が あるのでしょう。そのわけは次のとおりです。 衆議院の選挙は、四年ごとに行われます。衆議 院の議員は、四年間つとめるわけです。しかし、衆 議院の考えが國民の考えを正しくあらわしていない と内閣が考えたときなどには、内閣は、國民の意見 を知るために、いつでも天皇陛下に申しあげて、衆 議院の選挙のやりなおしをしていただくことができま す。これを衆議院の「解散」というのです。そうして、 この解散のあとの選挙で、國民がどういう人をじぶ

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んの代表にえらぶかということによって、國民のあた らしい意見が、あたらしい衆議院にあらわれてくるの です。 参議院のほうは、議員が六年間つとめることに なっており、三年ごとに半分ずつ選挙をして交代しま すけれども、衆議院のように解散ということがありま せん。そうしてみると、衆議院のほうが、参議院より も、その時、その時の國民の意見を、よくうつしてい るといわなければなりません。そこで衆議院のほう に、参議院よりも強い力が與えられているのです。 どういうふうに衆議院の方が強い力をもっているか ということは、憲法できめられていますが、ひと口で いうと、衆議院と参議院との意見がちがったときに は、衆議院のほうの意見がとおるようになっていると いうことです。 しかし衆議院も参議院も、ともに國民ぜんたいの 代表者ですから、その議員は、みな國民が國民の 中からえらぶのです。衆議院のほうは、議員が四百 六十六人、参議院のほうは二百五十人あります。こ の議員をえらぶために、國を「選挙区」というものに 分けて、この選挙区に人口にしたがって議員の数を わりあてます。したがって選挙は、この選挙区ごと に、わりあてられた数だけの議員をえらんで出すこと になります。 議員を選挙するには、選挙の日に投票所へ行き、 投票用紙を受け取り、じぶんのよいと思う人の名前 を書きます。それから、その紙を折り、かぎのかゝっ た投票箱へ入れるのです。この投票は、ひじょうに

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大事な権利です。選挙する人は、みなじぶんの考え でだれに投票するかをきめなければなりません。け っして、品物や利益になる約束で説き伏せられては なりません。この投票は、秘密投票といって、だれを えらんだかをいう義務もなく、ある人をえらんだ理由 を問われても答える必要はありません。 さて日本國民は、二十歳以上の人は、だれでも 國会議員や知事市長などを選挙することができま す。これを「選挙権」というのです。わが國では、なが いあいだ、男だけがこの選挙権をもっていました。ま た、財産をもっていて税金をおさめる人だけが、選挙 権をもっていたこともありました。いまは、民主主義 のやりかたで國を治めてゆくのですから、二十歳以 上の人は、男も女もみんな選挙権をもっています。こ のように、國民がみな選挙権をもつことを、「普通選 挙」といいます。こんどの憲法は、この普通選挙を、 國民の大事な基本的人権としてみとめているので す。しかし、いくら普通選挙といっても、こどもや氣が くるった人まで選挙権をもつというわけではありませ んが、とにかく男女人種の区別もなく、宗教や財産 の上の区別もなく、みんながひとしく選挙権をもって いるのです。 また日本國民は、だれでも國会の議員などにな ることができます。男も女もみな議員になれるので す。これを「被選挙権」といいます。しかし、年齢が、 選挙権のときと少しちがいます。衆議院議員になる には、二十五歳以上、参議院議員になるには、三十 歳以上でなければなりません。この被選挙権の場合 も、選挙権と同じように、だれが考えてもいけないと

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思われる者には、被選挙権がありません。國会議員 になろうとする人は、じぶんでとどけでて、「候補者」 というものになるのです。また、じぶんがよいと思う ほかの人を、「候補者」としてとゞけでることもありま す。これを候補者を「推薦する」といいます。 この候補者をとゞけでるのは、選挙の日のまえに しめきってしまいます。投票をする人は、この候補者 の中から、じぶんのよいと思う人をえらばなければ なりません。ほかの人の名前を書いてはいけませ ん。そうして、投票の数の多い候補者から、議員に なれるのです。それを「当選する」といいます。 みなさん、民主主義は、國民ぜんたいで國を治 めてゆくことです。そうして國会は、國民ぜんたいの 代表者です。それで、國会議員を選挙することは、 國民の大事な権利で、また大事なつとめです。國民 はぜひ選挙にでてゆかなければなりません。選挙に ゆかないのは、この大事な権利をすててしまうことで あり、また大事なつとめをおこたることです。選挙に ゆかないことを、ふつう「棄権」といいます。これは、 権利をすてるという意味です。國民は棄権してはな りません。みなさんも、いまにこの権利をもつことに なりますから、選挙のことは、とくにくわしく書いてお いたのです。 國会は、このようにして、國民がえらんだ議員が あつまって、國のことをきめるところですが、ほかの 役所とちがって、國会で、議員が、國の仕事をしてい るありさまを、國民が知ることができるのです。國民 はいつでも、國会へ行って、これを見たりきいたりす ることができるのです。また、新聞やラジオにも國会

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のことがでます。 つまり、國会での仕事は、國民の目の前で行わ れるのです。憲法は、國会はいつでも、國民に知れ るようにして、仕事をしなければならないときめてい るのです。これはたいへん大事なことです。もし、ま れな場合ですが秘密に会議を開こうとするときは、 むずかしい手つゞきがいります。 これで、どういうふうに國が治められてゆくのか、 どんなことが國でおこっているのか、國民のえらんだ 議員が、どんな意見を國会でのべているかというよ うなことが、みんな國民にわかるのです。 國の仕事の正しい明かるいやりかたは、こゝから うまれてくるのです。國会がなくなれば、國の中がく らくなるのです。民主主義は明かるいやりかたです。 國会は、民主主義にはなくてはならないものです。 日本の國会は、年中開かれているものではあり ません。しかし、毎年一回はかならず開くことになっ ています。これを「常会」といいます。常会は百五十 日間ときまっています。これを國会の「会期」といい ます。このほかに、必要のあるときは、臨時に國会 を開きます。これを「臨時会」といいます。また、衆議 院が解散されたときは、解散の日から四十日以内 に、選挙を行い、その選挙の日から三十日以内に、 あたらしい國会が開かれます。これを「特別会」とい います。臨時会と特別会の会期は、國会がじぶんで きめます。また國会の会期は、必要のあるときは、 延ばすことができます。それも國会がじぶんできめ るのです。國会を開くには、國会議員をよび集めな ければなりません。これを、國会を「召集する」といっ

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て、天皇陛下がなさるのです。召集された國会は、じ ぶんで開いて仕事をはじめ、会期がおわれば、じぶ んで國会を閉じて、國会は一時休むことになります。 みなさん、國会の議事堂をごぞんじですか。あの 白いうつくしい建物に、日の光りがさしているのをご らんなさい。あれは日本國民の力をあらわすところ です。主権をもっている日本國民が國を治めてゆく ところです。 九 政党 「政党」というのは、國を治めてゆくことについて、同 じ意見をもっている人があつまってこしらえた團体の ことです。みなさんは、社会党、民主党、自由党、國 民協同党、共産党などという名前を、きいているでし ょう。これらはみな政党です。政党は、國会の議員だ けでこしらえているものではありません。政党からで ている議員は、政党をこしらえている人の一部だけ です。ですから、一つの政党があるということは、國 の中に、それと同じ意見をもった人が、そうとうおゝ ぜいいるということになるのです。 政党には、國を治めてゆくについてのきまった意 見があって、これを國民に知らせています。國民の 意見は、人によってずいぶんちがいますが、大きく 分けてみると、この政党の意見のどれかになるので す。つまり政党は、國民ぜんたいが、國を治めてゆく

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についてもっている意見を、大きく色分けにしたもの と い っ て も よ い の で す。民主主義で國を 治 め て ゆ く に は 、 國 民ぜんたいが、みん な 意 見を は な しあ っ て 、 き め て ゆ か な け れ ば な り ませ ん 。政 党がおたがいに國の ことを議論しあうのは このためです。 日本には、この政 党というものについて、まちがった考えがありまし た。それは、政党というものは、なんだか、國の中 で、じぶんの意見をいいはっているいけないものだ というような見方です。これはたいへんなまちがいで す。民主主義のやりかたは、國の仕事について、國 民が、おゝいに意見をはなしあってきめなければな らないのですから、政党が爭うのは、けっしてけんか ではありません。民主主義でやれば、かならず政党 というものができるのです。また、政党がいるので す。政党はいくつあってもよいのです。政党の数だ け、國民の意見が、大きく分かれていると思えばよ いのです。ドイツやイタリアでは政党をむりに一つに まとめてしまい、また日本でも、政党をやめてしまっ たことがありました。その結果はどうなりましたか。 國民の意見が自由にきかれなくなって、個人の権利 がふみにじられ、とう/\おそろしい戰爭をはじめる ようになったではありませんか。

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國会の選挙のあるごとに、政党は、じぶんの團 体から議員の候補者を出し、またじぶんの意見を國 民に知らせて、國会でなるべくたくさんの議員をえよ うとします。衆議院は、参議院よりも大きな力をもっ ていますから、衆議院でいちばん多く議員を、じぶん の政党から出すことが必要です。それで衆議院の選 挙は、政党にとっていちばん大事なことです。國民 は、この政党の意見をよくしらべて、じぶんのよいと 思う政党の候補者に投票すれば、じぶんの意見が、 政党をとおして國会にとどくことになります。 どの政党にもはいっていない人が、候補者にな っていることもあります。國民は、このような候補者 に投票することも、もちろん自由です。しかし政党に は、きまった意見があり、それは國民に知らせてあり ますから、政党の候補者に投票をしておけば、その 人が國会に出たときに、どういう意見をのべ、どうい うふうにはたらくかということが、はっきりきまってい ます。もし政党の候補者でない人に投票したときは、 その人が國会に出たとき、どういうようにはたらいて くれるかが、はっきりわからないふべんがあるので す。このようにして、選挙ごとに、衆議院に多くの議 員をとった政党の意見で、國の仕事をやってゆくこと になります。これは、いいかえれば、國民ぜんたい の中で、多いほうの意見で、國を治めてゆくことでも あります。 みなさん、國民は、政党のことをよく知らなけれ ばなりません。じぶんのすきな政党にはいり、またじ ぶんたちですきな政党をつくるのは、國民の自由 で、憲法は、これを「基本的人権」としてみとめてい

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ます。だれもこれをさまたげることはできません。 十 内閣 「内閣」は、國の行政 をうけもっている機関 であります。行政とい う こと は、 ま え に申 し ましたように、「立法」 すなわち國の規則を こしらえることと、「司 法」すなわち裁判をす ることをのぞいたあと の、國の仕事をまとめ て い う の で す 。 國 会 は 、 國 民 の 代 表 に な って、國を治めてゆく 機関ですが、たくさん の 議 員 で で き て い る し、また一年中開いているわけにもゆきませんから、 日常の仕事やこま/″\した仕事は、別に役所をこ しらえて、こゝでとりあつかってゆきます。その役所 のいちばん上にあるのが内閣です。 内閣は、内閣総理大臣と國務大臣とからできて います。「内閣総理大臣」は内閣の長で、内閣ぜん たいをまとめてゆく、大事な役目をするのです。それ で、内閣総理大臣にだれがなるかということは、たい へん大事なことですが、こんどの[#「こんどの」は底 本では「こんごの」]憲法は、内閣総理大臣は、國会 の議員の中から、國会がきめて、天皇陛下に申しあ

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げ、天皇陛下がこれをお命じになることになっていま す。國会できめるとき、衆議院と参議院の意見が分 かれたときは、けっきょく衆議院の意見どおりにきめ ることになります。内閣総理大臣を國会できめるとい うことは、衆議院でたくさんの議員をもっている政党 の意見で、きまることになりますから、内閣総理大臣 は、政党からでることになります。 また、ほかの國務大臣は、内閣総理大臣が、自 分でえらんで國務大臣にします。しかし、國務大臣 の数の半分以上は、國会の議員からえらばなけれ ばなりません。國務大臣は國の行政をうけもつ役目 がありますが、この國務大臣の中から、大蔵省、文 部省、厚生省、商工省などの國の役所の長になっ て、その役所の仕事を分けてうけもつ人がきまりま す。これを「各省大臣」といいます。つまり國務大臣 の中には、この各省大臣になる人と、たゞ國の仕事 ぜんたいをみてゆく國務大臣とがあるわけです。内 閣総理大臣が政党からでる以上、國務大臣もじぶん と同じ政党の人からとることが、國の仕事をやってゆ く上にべんりでありますから、國務大臣の大部分 が、同じ政党からでることになります。 また、一つの政党だけでは、國会に自分の意見を とおすことができないと思ったときは、意見のちがう ほかの政党と組んで内閣をつくります。このときは、 それらの政党から、みな國務大臣がでて、いっしょ に、國の仕事をすることになります。また政党の人で なくとも、國の仕事に明かるい人を、國務大臣に入 れることもあります。しかし、民主主義のやりかたで

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は、けっきょく政党が内閣をつくることになり、政党か ら内閣総理大臣と國務大臣のおゝぜいがでることに なるので、これを「政党内閣」というのです。 内閣は、國の行政をうけもち、また、天皇陛下が 國の仕事をなさるときには、これに意見を申しあげ、 また、御同意を申します。そうしてじぶんのやったこ とについて、國民を代表する國会にたいして、責任 を負うのです。これは、内閣総理大臣も、ほかの國 務大臣も、みないっしょになって、責任を負うので す。ひとり/\べつ/″\に責任を負うのではあり ません。これを「連帯して責任を負う」といいます。 また國会のほうでも、内閣がわるいと思えば、い つでも「もう内閣を信用しない」ときめることができま す。たゞこれは、衆議院だけができることで、参議院 はできません。なぜならば、國民のその時々の意見 がうつっているのは、衆議院であり、また、選挙のや り直しをして、内閣が、國民に、どっちがよいかをき めてもらうことができるのは、衆議院だけだからで す。衆議院が内閣にたいして、「もう内閣を信用しな い」ときめることを、「不信任決議」といいます。この 不信任決議がきまったときは、内閣は天皇陛下に申 しあげ、十日以内に衆議院を解散していただき、選 挙のやり直しをして、國民にうったえてきめてもらう か、または辞職するかどちらかになります。また「内 閣を信用する」ということ(これを「信任決議」といい ます)が、衆議院で反対されて、だめになったときも 同じことです。 このようにこんどの憲法では、内閣は國会とむす びついて、國会の直接の力で動かされることになっ

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ており、國会の政党の勢力の変化で、かわってゆく のです。つまり内閣は、國会の支配の下にあること になりますから、これを「議院内閣制度」とよんでい ます。民主主義と、政党内閣と、議院内閣とは、ふ かい関係があるのです。 十一 司法 「司法」とは、爭いごとをさばいたり、罪があるかない かをきめることです。「裁判」というのも同じはたらき をさすのです。だれでも、じぶんの生命、自由、財産 などを守るために、公平な裁判をしてもらうことがで きます。この司法という國の仕事は、國民にとっては たいへん大事なことで、何よりもまず、公平にさばい たり、きめたりすることがたいせつであります。そこで 國には、「裁判所」というものがあって、この司法とい う仕事をうけもっているのです。 裁判所は、その仕事をやってゆくについて、ただ 憲法と國会のつくった法律とにしたがって、公平に裁 判をしてゆくものであることを、憲法できめておりま す。ほかからは、いっさい口出しをすることはできな いのです。また、裁判をする役目をもっている人、す なわち「裁判官」は、みだりに役目を取りあげられな いことになっているのです。これを「司法権の独立」 といいます。また、裁判を公平にさせるために、裁判 は、だれでも見たりきいたりすることができるので す。これは、國会と同じように、裁判所の仕事が國 民の目の前で行われるということです。これも憲法 ではっきりときめてあります。 こんどの憲法で、ひじょうにかわったことを、一つ

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申しておきます。それは、裁判所は、國会でつくった 法律が、憲法に合っているかどうかをしらべることが できるようになったことです。もし法律が、憲法にき めてあることにちがっていると考えたときは、その法 律にしたがわないことができるのです。だから裁判 所は、たいへんおもい役目をすることになりました。 みなさん、私たち國民は、國会を、じぶんの代わ りをするものと思って、しんらいするとともに、裁判所 を、じぶんたちの権利や自由を守ってくれるみかたと 思って、そんけいしなければなりません。 十二 財政 みなさんの家に、それ/″\くらしの立てかたが あるように、國にもくらしの立てかたがあります。これ が國の「財政」です。國を治めてゆくのに、どれほど 費用がかゝるか、その費用をどうしてとゝのえるか、 とゝのえた費用をどういうふうにつかってゆくかという ようなことは、みな國の財政です。國の費用は、國 民が出さなければなりませんし、また、國の財政がう まくゆくかゆかないかは、たいへん大事なことですか ら、國民は、はっきりこれを知り、またよく監督してゆ かなければなりません。 そこで憲法では、國会が、國民に代わって、この 監督の役目をすることにしています。この監督の方 法はいろ/\ありますが、そのおもなものをいいま すと、内閣は、毎年いくらお金がはいって、それをど ういうふうにつかうかという見つもりを、國会に出し て、きめてもらわなければなりません。それを「予算」 といいます。また、つかった費用は、あとで計算し

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て、また國会に出して、しらべてもらわなければなり ません。これを「決算」といいます。國民から税金をと るには、國会に出して、きめてもらわなければなりま せん。内閣は、國会と國民にたいして、少なくとも毎 年一回、國の財政が、どうなっているかを、知らさな ければなりません。このような方法で、國の財政が、 國民と國会とで監督されてゆくのです。 また「会計檢査院」という役所があって、國の決 算を檢査しています。 十三 地方自治 戰爭中は、なんで も「國のため」といっ て、國民のひとり/ \ の こ と が 、 か る く 考 え ら れ て い ま し た。しかし、國は國 民のあつまりで、國 民のひとり/\がよ くならなければ、國 は よ く な り ま せ ん 。 そ れ と 同 じ よ う に 、 日本の國は、たくさ んの地方に分かれ ていますが、その地 方が、それ/″\さ か え て ゆ か な け れ ば、國はさかえてゆ きません。そのためには、地方が、それ/″\じぶ

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んでじぶんのことを治めてゆくのが、いちばんよいの です。なぜならば、地方には、その地方のいろ/\ な事情があり、その地方に住んでいる人が、いちば んよくこれを知っているからです。じぶんでじぶんの ことを自由にやってゆくことを「自治」といいます。そ れで國の地方ごとに、自治でやらせてゆくことを、 「地方自治」というのです。 こんどの憲法では、この地方自治ということをお もくみて、これをはっきりきめています。地方ごとに 一つの團体になって、じぶんでじぶんの仕事をやっ てゆくのです。東京都、北海道、府県、市町村など、 みなこの團体です。これを「地方公共團体」といいま す。 もし國の仕事のやりかたが、民主主義なら、地方 公共團体の仕事のやりかたも、民主主義でなけれ ばなりません。地方公共團体は、國のひながたとい ってもよいでしょう。國に國会があるように、地方公 共團体にも、その地方に住む人を代表する「議会」 がなければなりません。また、地方公共團体の仕事 をする知事や、その他のおもな役目の人も、地方公 共團体の議会の議員も、みなその地方に住む人 が、じぶんで選挙することに[#「選挙することに」は 底本では「選挙すことに」]なりました。 このように地方自治が、はっきり憲法でみとめら れましたので、ある一つの地方公共團体だけのこと をきめた法律を、國の國会でつくるには、その地方 に住む人の意見をきくために、投票をして、その投 票の半分以上の賛成がなければできないことになり

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ました。 みなさん、國を愛し國につくすように、じぶんの住 んでいる地方を愛し、じぶんの地方のためにつくしま しょう。地方のさかえは、國のさかえと思ってくださ い。 十四 改正 「改正」とは、憲法をかえる ことです。憲法は、まえに も申しましたように、國の 規則の中でいちばん大事 なものですから、これをか える手つづきは、げんじゅ うにしておかなければなり ません。 そ こ で こ ん ど の 憲 法 で は 、 憲 法 を 改 正 す る と き は、國会だけできめずに、 國民が、賛成か反対かを 投票してきめることにしました。 まず、國会の一つの議院で、ぜんたいの議員の 三分の二以上の賛成で、憲法をかえることにきめま す。これを、憲法改正の「発議」というのです。それ からこれを國民に示して、賛成か反対かを投票して もらいます。そうしてぜんぶの投票の半分以上が賛 成したとき、はじめて憲法の改正を、國民が承知し たことになります。これを國民の「承認」といいます。 國民の承認した改正は、天皇陛下が國民の名で、こ

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れを國に発表されます。これを改正の「公布」といい ます。あたらしい憲法は、國民がつくったもので、國 民のものですから、これをかえたときも、國民の名義 で発表するのです。 十五 最高法規 このおはなしのいちばんはじめに申しましたよう に、「最高法規」とは、國でいちばん高い位にある規 則で、つまり憲法のことです。この最高法規としての 憲法には、國の仕事のやりかたをきめた規則と、國 民の基本的人権をきめた規則と、二つあることもお はなししました。この中で、國民の基本的人権は、こ れまでかるく考えられていましたので、憲法第九十 七條は、おごそかなことばで、この基本的人権は、 人間がながいあいだ力をつくしてえたものであり、こ れまでいろ/\のことにであってきたえあげられたも のであるから、これからもけっして侵すことのできな い永久の権利であると記しております。 憲法は、國の最高法規ですから、この憲法でき められてあることにあわないものは、法律でも、命令 でも、なんでも、いっさい規則としての力がありませ ん。これも憲法がはっきりきめています。 このように大事な憲法は、天皇陛下もこれをお 守りになりますし、國務大臣も、國会の議員も、裁判 官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。ま た、日本の國がほかの國ととりきめた約束(これを 「條約」といいます)も、國と國とが交際してゆくにつ いてできた規則(これを「國際法規」といいます)も、 日本の國は、まごころから守ってゆくということを、憲

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法できめました。 みなさん、あたらしい憲法は、日本國民がつくっ た、日本國民の憲法です。これからさき、この憲法を 守って、日本の國がさかえるようにしてゆこうではあ りませんか。 おわり

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参照

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