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2009 .

7

月号

2009 .

7

月号

平成21年 7月 1日

№43

平成21年 7月 1日

№43

ひろの

ひろの

県 高 校 総 体 で 初 優 勝 し た 大 野 高 女 子 卓 球 部 。 前 列 左 か ら 野 村 友ゆ か り 香 里 、 源 田 あ ゆ か 、 平 舩 亜あ み 美 ︵ 以 上 3 年 ︶ 、 中 列 左 か ら 下 谷 地 麻あ さ 美み 、 三 本 木 春は る 花か ︵ 以 上 2 年 ︶ 、 百 鳥 友ゆ り 莉 ︵ 3 年 ︶ 、 後 列 左 か ら 細 川 健け ん 治じ 監 督 、 吉 田 理り な 奈 、 大 淵 香か な こ 菜 子 、 塩 倉 亜あ ゆ み 祐 美 ︵ 以 上 1 年 ︶ 。

[ 特集 ] ⑤∼⑮㌻

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2009. 7月号

ひろの

広 報 ❷   6 月 5 日 か ら 7 日 ま で の 3 日 間 、 奥 州 市 水 沢 区 で 行 わ れ た 県 高 校 総 体 卓 球 競 技 に お い て 、 大 野 高 校 卓 球 部 ︵ 細 川 健 治 監 督 ・ 部 員 22 人 ︶ が 、 女 子 団 体 で 悲 願 の 初 優 勝 、 男 子 団 体 で 準 優 勝 を 果 た し 、 同 部 の 真 価 を 発 揮 し ま し た 。   平 舩 亜 美 選 手 ︵ 3 年 ︶ は 、 出 場 し た 団 体 、 シ ン グ ル ス 、 ダ ブ ル ス す べ て で 優 勝 し 、 3 冠 の 快 挙 を 達 成 。 女 子 団 体 、 男 女 シ ン グ ル ス 3 人 、 女 子 ダ ブ ル ス 2 組 が 、 同 部 12 年 連 続 と な る イ ン タ ー ハ イ 出 場 を 決 め ま し た 。   2 回 戦 か ら 登 場 し た 大 野 高 女 子 は 、 準 決 勝 ま で す べ て 3 − 0 で 危 な げ な く 決 勝 に 進 出 し ま し た 。   決 勝 の 相 手 は 、 昨 年 の 新 人 大 会 で 敗 れ た 盛 岡 女 子 高 。 1 番 の エ ー ス 平 舩 亜 美 選 手 は 、 好 調 と は い え な い 状 態 な が ら も 確 実 に 勝 利 。 2 番 の 野 村 友 香 里 選 手 は 、 新 人 大 会 で 敗 れ

◎大野高卓球部が県高校総体で真価を発揮

女子

団体

悲願の初優勝

男子団体は準優勝、平舩選手3冠

■女子団体戦の結果 ■2回戦 ○ 大 野 3−0 ● 盛岡南 ■準々決勝 ○ 大 野 3−0 ● 専大北上 ■準決勝 ○ 大 野 3−0 ● 一関二 ■決 勝 ○ 大 野 3−0 ● 盛岡女子 ■3回戦 ○ 大 野 3−0 ● 水沢 た 相 手 に リ ベ ン ジ を 果 た す 逆 転 勝 ち 。 ダ ブ ル ス の 平 舩 ・ 源 田 あ ゆ か 組 は 3 セ ッ ト 目 を 落 と し た も の の 、 落 ち 着 い た 試 合 運 び で 4 セ ッ ト 目 を 奪 い 、 初 優 勝 を 達 成 し ま し た 。   あ ふ れ る 涙 を 押 さ え 、 応 援 席 に あ い さ つ す る 選 手 た ち に 、 駆 け 付 け た 50 人 超 の 町 民 は 横 断 幕 を 掲 げ 、 初 優 勝 の 感 激 を と も に 味 わ い ま し た 。 涙ぐむ選手たちをたたえ、掲げられた横断幕 2009. 7月号 広報

ひろの

❸   個 人 戦 に は 、 男 子 が シ ン グ ル ス に 12 人 、 ダ ブ ル ス に 6 組 が 出 場 。 シ ン グ ル ス で 第 3 位

  2 回 戦 か ら 登 場 し た 男 子 は 、 準 々 決 勝 以 降 、 苦 し み な が ら も 決 勝 に 進 出 し ま し た 。   決 勝 で は 、 地 力 に 勝 る 専 大 北 上 高 と の 試 合 に 臨 み 、 会 場 に 響 き 渡 る 気 迫 の こ も っ た ベ ン チ か ら の 応 援 を 背 に 、 い ず れ の 試 合 も 競 り 合 っ た も の の 、 惜 し く も 敗 れ ま し た 。 堂 々 の 準 優 勝 に 輝 い た メ ン バ ー は 、 次 の 8 人 で す ︵ 敬 称 略 ︶ 。 ▽ 上 山 紀と し ゆ き 行 、 川 代 貴た か ひ ろ 大 、 瀬 川 友と も ひ と 仁 、 瀬 川 善よ し と も 友 、 松 田 崇た か 弥や 、 松 田 文ふ み 登と 、 村 山 貢こ う だ い 大 、 ︵ 以 上 3 年 ︶ 、 大 渡 雅ま さ 司し ︵ 2 年 ︶

■ダブルス準優勝 百鳥友 ゆ り 莉・野村友 ゆ か り 香里 (ともに 3 年) ■シングルス3位 川代貴 た か 大 ひ ろ (3 年) ■ダブルス優勝 源田あゆか・平舩亜 あ み 美 (ともに 3 年) ■シングルス3位 塩倉亜 あ ゆ み 祐美 (1 年) ■男子団体戦の結果 ■2回戦 ○ 大 野 3−0 ● 金ヶ崎 ■準々決勝 ○ 大 野 3−1 ● 宮古工 ■準決勝 ○ 大 野 3−2 ● 一関高専 ■決 勝 ● 大 野 0−3 ○ 専大北上 ■3回戦 ○ 大 野 3−0 ● 花巻北 個人戦でインターハイに出場する選手の顔ぶれ(敬称略) ■シングルス優勝 平舩亜 あ み 美 (3 年) に 入 賞 し た 川 代 選 手 が 、 イ ン タ ー ハ イ へ の 切 符 を 手 に し ま し た 。   女 子 は 、 シ ン グ ル ス に 9 人 、 ダ ブ ル ス に 4 組 が 出 場 。 シ ン グ ル ス で は 、 平 舩 選 手 が 優 勝 し 、 塩 倉 選 手 が 第 3 位 に 入 賞 。 ダ ブ ル ス で は 、 源 田 ・ 平 舩 組 が 優 勝 、 百 鳥 ・ 野 村 組 が 準 優 勝 を 果 た し 、 イ ン タ ー ハ イ 出 場 を 決 め ま し た 。   平 舩 選 手 は 、 出 場 し た 団 体 、 シ ン グ ル ス 、 ダ ブ ル ス す べ て で 優 勝 。 3 冠 に 輝 く 快 挙 を 達 成 し ま し た 。 個 人 戦 で イ ン タ ー ハ イ に 出 場 す る 6 人 の 顔 ぶ れ は 次 の と お り で す 。 県高総体フォト・リポート ◎インターハイ (全国高等学校 総合体育大会) は、8 月 5 日 ㈬ ∼ 10 日 ㈪ の 6 日間、兵庫県神 戸市のグリーン アリーナ神戸で 行われます。 チームが一丸となり、会場に響き渡る気迫のこもった応援

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❹ 2009. 7月号

ひろの

広 報 ■細川監督に聞く

勝利の裏側

 技術的には間違いなく県で トップのチームの課題は、メ ンタル(精神)面でした。昨 年の県新人戦での敗戦から約 半年間、チーム全員で特にメ ンタル面を重視して鍛えてき ました。その成果が現れた初 優勝だったと思います。  東北大会やインターハイで も、強い気持ちを持って活躍 してくれると信じています。 自分たちが積み重ねてきたこ とに自信を持ち、思い切り暴 れてきたいと思います。 ◎ 団 体 戦 初 優 勝 の 感 想 |   昨 年 の 新 人 戦 で 優 勝 を 逃 し た 経 験 を バ ネ に 、 チ ー ム 全 員 が 高 い 意 識 を 保 て て い た と 思 い ま す 。 ﹁ ︵ 県 大 会 で ︶ 勝 つ の は 当 た り 前 。 イ ン タ ー ハ イ で 勝 つ た め の 通 過 点 と し て 負 け る わ け に は い か な い ﹂ と い う 強 い 気 持 ち で 臨 み ま し た 。 う れ し さ も あ り ま す が 、 正 直 、 ホ ッ と し ま し た 。 ◎ 自 身 の 3 冠 に つ い て |   大 会 を 通 し て あ ま り 調 子 は 良 く あ り ま せ ん で し た が 、 悪 い な り に 負 け な い 試 合 が で き た こ と は 良 か っ た と 思 っ て い ま す 。 高 校 1 年 で ス ラ ン プ に 陥 り 、 体 作 り か ら 技 術 や 用 具 、 食 事 な ど の 生 活 面 ま で 根 本 的 に 見 直 し ま し た 。 指 導 し て く れ た 細 川 先 生 や 、 支 え 合 っ て ■女子キャプテン

平舩亜美

選手

開催 年度 男子 女子 団体 シングルス ダブルス 団体 シングルス ダブルス 21 (準優勝)③川代貴大 優勝 ①平舩亜美 ③塩倉亜祐美 ①平舩・源田あゆか②野村友香里・百鳥友莉 20 (準優勝)②吉田任宏 ③間澤良平 ④上山紀行 (第3位)③平舩亜美 ⑤源田あゆか 19 (第3位) (準優勝)①平舩成海 ②平舩亜美⑤源田あゆか ①平舩成海・平舩亜美②三本木智絵美・泥濘恵里香 18 (第3位)③野坂真吾 (第3位) 17 優勝 ②高好裕己 ②高好・北村学 ∼ 以前、上位入賞なし ∼ 16 (第3位)⑤高好裕己 15 (準優勝)②北村 智 ③川崎修治 ①川崎・北村智 インターハイでの上位入賞記録 14 (準優勝)①北村 理 ③川崎修治 ①川崎・北村智 男子シングルス 男子ダブルス 13 優勝 ①陳  晨 ③川崎修治 ③江苅聡志 ①陳・北村理 ②南克幸・江苅 → 第3位 陳 晨 準優勝 陳・北村 12 優勝 ①陳  晨 ③菅原謙二 ③南 克幸 ①陳・下舘匠 ②南・北村理 → 優勝  陳 晨 11 準優勝 ①陳  晨 ⑤下舘 匠 ⑤江苅聡志 ②陳・南克幸 → 第3位 陳 晨 10 (準優勝)②福島大輔 き た チ ー ム メ イ ト が い な け れ ば 、 こ の 成 績 は な か っ た と 思 い ま す 。 ◎ イ ン タ ー ハ イ で の 目 標 |   団 体 で ベ ス ト 8 、 個 人 で は ベ ス ト 16 を 目 指 し 、 ひ と つ で も 多 く 勝 つ こ と が 目 標 で す 。 一 昨 年 、 昨 年 と イ ン タ ー ハ イ で は 力 を 出 し 切 れ て い な か っ た の で 、 ﹁ 今 年 は ひ と 味 違 う ぞ ﹂ と い う と こ ろ を 見 せ た い で す 。 ◎ 最 後 に 一 言 |   細 川 先 生 は も ち ろ ん 、 い つ も 応 援 し て く れ る 父 母 会 や 地 域 の 皆 さ ん に は 、 本 当 に 感 謝 し て い ま す 。 皆 さ ん へ の 恩 返 し は 、 試 合 で 勝 つ こ と 。 1 試 合 で も 多 く 勝 ち 進 み 、 み ん な で 喜 び や 感 動 を 分 か ち 合 え る よ う に 頑 張 り ま す 。 ■大野高校卓球部 12 年連続インターハイ出場の歩み

インターハイでは、

「今年はひと味違うぞ」

というところを見せたい

細川健治 監督 (ほそかわ・けんじ)  中学時代から県レベルの大会で の優勝回数多数。平成 15 年に大 野高卓球部監督に就任し、7 年目 を迎える。矢巾町出身。35 歳。 ※団体のインターハイ出場枠は1校で、( )内は成績のみ。11 年大会は岩手インターハイのため2校出場 ※シングルス、ダブルスはインターハイ出場選手。○数字は県大会での順位

ひろの

広 報 ❺2009. 7月号

[

]

 町大野体育館で月 1 回行われている、「大 野オープン卓球強化リーグ」。県内外から 約 100 人の選手が出場し、技に磨きをかけ ている(写真は 6 月 13 日、第 91 回)

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2009. 7月号

ひろの

広 報 ❻ 1 9 6 8 ︵ 昭 43 ︶ 年 1 9 7 4 ︵ 昭 49 ︶ 年 1 9 7 5 ︵ 昭 50 ︶ 年 1 9 7 7 ︵ 昭 52 ︶ 年 1 9 8 4 ︵ 昭 59 ︶ 年 1 9 8 6 ︵ 昭 61 ︶ 年 1 9 9 0 ︵ 平 2 ︶ 年 1 9 9 1 ︵ 平 3 ︶ 年 1 9 9 2 ︵ 平 4 ︶ 年 1 9 9 4 ︵ 平 6 ︶ 年 ・ 県 高 校 新 人 大 会 の 定 時 制 女 子 団 体 で 大 野 分 校 が 初 優 勝 ・ 県 高 総 体 で 玉 川 久 美 ︵ 久 保 学 園 ・ 大 野 二 中 出 ︶ が 女 子 団 体 ・ シ ン グ ル ス ・ ダ ブ ル ス の 3 冠 ・ 県 高 総 体 で 佐 々 木 真 理 子 ︵ 久 保 学 園 ・ 大 野 二 中 出 ︶ が 女 子 3 冠 ・ 北 奥 羽 総 合 体 育 大 会 女 子 団 体 で 大 野 村 チ ー ム が 初 優 勝 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 県 選 手 権 大 会 女 子 シ ン グ ル ス ︵ 高 校 2 年 以 下 ︶ で 寒 風 一 恵 ︵ 大 野 二 中 ︶ が 優 勝 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 県 高 総 体 女 子 団 体 で 寒 風 一 恵 、 大 粒 来 い る 子 ︵ と も に 久 保 学 園 ・ 大 野 二 中 出 ︶ が 連 覇 に 貢 献 。 2 人 は 高 校 ・ 一 般 と も 県 上 位 の 常 連 に ・ 県 ホ ー プ ス 学 年 別 大 会 男 子 シ ン グ ル ス で 日 当 修 、 福 島 大 輔 ︵ と も に 大 野 小 ︶ が 初 優 勝 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 県 ホ ー プ ス 大 会 男 子 団 体 で 大 野 卓 球 ク ラ ブ が 初 優 勝 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 全 国 選 手 権 大 会 女 子 シ ン グ ル ス ︵ 小 学 1 ・ 2 年 ︶ で 田 中 邦 子 ︵ 帯 島 小 ︶ が ベ ス ト 8 。 ・ ホ ー プ ス 北 日 本 大 会 女 子 団 体 で 帯 島 ス ポ ー ツ 少 年 団 が 3 位 入 賞 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 県 中 総 体 男 子 シ ン グ ル ス で 日 当 修 ︵ 大 野 一 中 ︶ が 初 優 勝 。 以 降 優 勝 多 数 ・ 東 北 中 学 校 大 会 男 子 シ ン グ ル ス で 福 島

  大 野 地 域 で 初 め て 卓 球 が 行 わ れ た の は 、 大 正 時 代 の 終 わ り こ ろ 。 当 時 の 青 森 商 業 高 校 に 通 っ て い た 野 辰 商 店 の 野 村 栄え い い ち 一 さ ん ︵ 故 人 ︶ が 手 づ く り の ラ ケ ッ ト を 持 ち 込 み 、 2 台 の テ ー ブ ル の 間 に ネ ッ ト 代 わ り の 戸 板 を 立 て 、 ﹁ ピ ン ポ ン ﹂ と 呼 ん で 遊 ん だ の が 最 初 で は な い か と い わ れ て い ま す 。   卓 球 が 地 域 に 広 が っ た き っ か け は 、 昭 和 40 年 代 初 め に 盛 ん に 行 わ れ た 、 地 区 の 公 民 館 建 設 。 大 野 村 教 育 委 員 会 で 公 民 館 の 管 理 な ど の 仕 事 を し て い た 松 橋 栄さ か え さ ん は ﹁ 公 民 館 が で き て も 、 す る こ と が な か っ た 。 だ っ た ら 、 卓 球 台 を 置 い て み よ う ﹂ と 考 え ま し た 。   当 時 は 、 財 政 が 今 ほ ど 厳 し く な か っ た 時 代 。 間 も な く 公 民 館 に 卓 球 台 が 置 か れ は じ め ま し た 。 そ し て 、 地 区 の 公 民 館 で は 、 高 校 時 代 の 経 験 を 生 か し 、 松 橋 さ ん が 指 導 す る 卓 球 教 室 が 開 か れ る よ う に な り ま し た 。   こ の こ ろ 、 大 野 二 中 に は 、 県 高 体 連 卓 球 専 門 部 の 役 員 を 務 め て い た 大 原 克 巳 先 生 を は じ め 、 優 れ た 指 導 者 が 赴 任 。 後 の 国 体 選 手 を 輩 出 す る な ど の 活 躍 が 見 ら れ ま し た 。   一 方 、 松 橋 さ ん が 主 に 指 導 し て い た の は 、 大 野 一 中 。 そ の こ ろ 、 よ く 学 校 の 先 生 た ち

ひ も

  第 1 回 大 野 村 民 卓 球 大 会 は 、 昭 和 45 年 の 2 月 に 行 わ れ ま し た 。 大 人 か ら 子 ど も ま で 約 50 人 が 出 場 し た 、 村 で 初 め

て の 大 会 。 ﹁ 数 人 の 有 志 が 集 ま っ て 村 中 の 卓 球 台 を ト ラ ッ ク で 運 び 、 自 分 た ち の 小 遣 い を 出 し 合 っ て ト ロ フ ィ ー を 買 っ た ﹂ と 振 り 返 る 松 橋 さ ん 。   昭 和 47 年 に は 、 村 卓 球 協 会 を 設 立 。 当 時 は 日 本 の 卓 球 が 強 か っ た こ と に 加 え 、 協 会 主 催 の 各 種 大 会 や 小 学 生 対 象 の 卓 球 教 室 な ど の 開 催 に よ り 、 村 内 に は 卓 球 愛 好 者 が 増 え て い き ま し た 。

❼2009. 7月号 広報

ひろの

1 9 9 6 ︵ 平 8 ︶ 年 1 9 9 7 ︵ 平 9 ︶ 年 1 9 9 8 ︵ 平 10 ︶ 年 1 9 9 9 ︵ 平 11 ︶ 年 2 0 0 0 ︵ 平 12 ︶ 年 2 0 0 1 ︵ 平 13 ︶ 年 2 0 0 2 ︵ 平 14 ︶ 年 2 0 0 4 ︵ 平 16 ︶ 年 2 0 0 8 ︵ 平 20 ︶ 年 2 0 0 9 ︵ 平 21 ︶ 年 大 輔 ︵ 大 野 一 中 ︶ が ベ ス ト 16 ・ 県 中 学 校 新 人 大 会 男 子 団 体 で 大 野 一 中 が 初 優 勝 ・ 県 中 総 体 男 子 団 体 で 大 野 一 中 が 初 優 勝 ・ 東 北 中 学 校 大 会 男 子 団 体 で 大 野 一 中 が 初 優 勝 。 男 子 シ ン グ ル ス で 野 田 春 輔 が ベ ス ト 8 。 以 降 入 賞 多 数 ・ 全 国 中 学 校 大 会 男 子 団 体 で ベ ス ト 13 。 男 子 シ ン グ ル ス で 野 田 春 輔 が ベ ス ト 16 ・ 県 高 校 新 人 大 会 で 奥 寺 力 ︵ 花 巻 北 ・ 大 野 一 中 出 ︶ が 男 子 3 冠 ︵ 以 降 2 大 会 連 続 ︶ ・ 県 高 総 体 男 子 シ ン グ ル ス で 福 島 大 輔 ︵ 大 野 高 ︶ が 準 優 勝 、 同 校 初 の イ ン タ ー ハ イ 出 場   ※ 以 降 、 同 高 の 歩 み は 4 ㌻ 参 照 ・ 全 国 中 学 校 大 会 で 北 村 理 ︵ 大 野 一 中 ︶ が ベ ス ト 16 ・ 県 高 総 体 で 陳 晨 ︵ 大 野 高 ︶ が 男 子 2 冠 ︵ 以 降 2 大 会 連 続 3 冠 ︶ ・ 県 高 総 体 男 子 団 体 で 大 野 高 が 初 優 勝 ・ イ ン タ ー ハ イ ︵ 全 国 高 総 体 ︶ 男 子 団 体 で 大 野 高 が ベ ス ト 16 、 男 子 シ ン グ ル ス で 陳 晨 が 初 優 勝 ・ イ ン タ ー ハ イ ︵ 全 国 高 総 体 ︶ 男 子 ダ ブ ル ス で 陳 晨 ・ 北 村 理 組 が 準 優 勝 ・ 県 中 総 体 女 子 シ ン グ ル ス で 回 雅 晴 ︵ 大 野 一 中 ︶ が 初 優 勝 ・ 県 中 総 体 女 子 団 体 で 大 野 一 中 が 初 優 勝 ・ 県 高 総 体 で 関 向 優 ︵ 専 大 北 上 ・ 大 野 一 中 出 ︶ が 女 子 3 冠 ・ 県 高 総 体 女 子 団 体 で 大 野 高 が 初 優 勝 。 平 舩 亜 美 が 女 子 3 冠 ■町卓球協会

松橋 栄

さかえ副会長  昭和 43 年に旧大野 村役場入り。昭和 47 年の村卓球協会設立当 初から 13 年にわたり 事務局長を務め、卓球 の普及と技術向上に力 を注ぐ。平成 17 年か ら同協会副会長。向上 川原出身。60 歳。

に ﹁ 大 野 は 、 生 徒 も 親 も 教 育 ・ ス ポ ー ツ へ の 関 心 が 薄 い ﹂ と 言 わ れ 、 ﹁ 悔 し く 思 っ て い た ﹂ と い う 松 橋 さ ん 。 反 発 心 も あ り 、 根 気 強 い 指 導 を 8 年 間 続 け た 昭 和 57 年 、 中 総 体 地 区 予 選 で 同 校 女 子 部 を 団 体 戦 初 優 勝 に 導 き ま し た 。   ﹁ 大 野 に は 、 誇 れ る も の が 何 も な か っ た 。 競 技 を 通 じ て 子 ど も た ち の 可 能 性 を 見 い 出 し 、 卓 球 で む ら づ く り が で き   平 成 に 入 る と 、 小 学 生 や 大 野 一 中 男 子 が 活 躍 し 、 県 レ ベ ル の 大 会 で 上 位 入 賞 す る よ う に な っ て き ま し た 。   平 成 6 年 の あ る 日 、 松 橋 さ ん は 当 時 の 柏 木 幸 夫 村 長 に 問 い た だ さ れ ま す 。 ﹁ な ぜ 優 秀

町と町卓球協会の取り組み

■ 1970(昭 45)年…第 1 回大野村民卓球 大会開催。村民約 50 人参加 ■ 1972(昭 47)年…大野村卓球協会設立 (小向春雄会長、上野昭三副会長、松橋栄 事務局長)。小学生対象の卓球教室開始 ■ 1981(昭 56)年…大野村民体育館完成。 以降、地区対抗大会、少年大会など開催 ■ 1994(平 6)年…大野村卓球リーグ開始 ■ 1995(平 7)年…白戸貴尚指導員を迎える ■ 1996(平 8)年…章征保コーチを迎える ■ 1997(平 9)年…村青少年国際交流事業 で、中高生 8 人が中国江西省に遠征。 ■ 1998(平 10)年…江西省卓球チームを 迎え、大野村長杯卓球大会開催。大野高 校に陳晨選手の留学受け入れ ■ 2002(平 14)年…ニューイヤーピンポ ンフェスティバルチャレンジ 2002 開催 ■ 2004(平 16)年…韓国遠征。卓球フェ スティバル開催 ■ 2005(平 17)年…卓球実技講習会開催 ■ 2006(平 18)年…章コーチが退任。李 志勇指導員を迎える。強化講習会開催 ■ 2007(平 19)年…種市町と大野村の卓 球協会が合併し、洋野町卓球協会設立(小 西敏睦会長、松橋栄副会長、白戸貴尚事 務局長)。第 1 回町卓球選手権開催 ■ 2009(平 21)年…李コーチ退任。大野 章(章征保)コーチが再任 な 選 手 を 大 野 高 校 に 入 れ ず 、 ほ か の 地 区 に 流 出 さ せ る の か ﹂ と 。 選 手 を 育 て 、 強 い 高 校 で 活 躍 さ せ る こ と を 目 標 に し て い た 松 橋 さ ん 。 ﹁ 大 野 高 校 が イ ン タ ー ハ イ 出 場 な ん て 雲 の 上 の 話 。 そ の ひ と こ と に 、 目 が 覚 め る 思 い だ っ た | ﹂ 。   こ こ か ら 、 ﹁ 卓 球 の む ら づ く り ﹂ は 一 気 に 加 速 。 優 れ た 指 導 者 や 留 学 生 を 迎 え 、 大 野 一 中 男 子 が 平 成 9 年 に 全 国 大 会 出 場 、 大 野 高 校 は 平 成 10 年 か ら 12 年 間 続 く イ ン タ ー ハ イ 出 場 を 果 た す ま で に 。 ﹁ 卓 球 の 大 野 ﹂ は 、 い ま や 、 岩 手 の ス タ ン ダ ー ド と い え る 、 町 の ﹁ 誇 り ﹂ に な っ た の で す 。 る の で は な い か と 感 じ た ﹂ と 振 り 返 り ま す 。

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2009. 7月号

ひろの

広 報 ❽   町 内 の 中 学 ・ 高 校 の 卓 球 部 や 地 域 の 卓 球 ク ラ ブ に 所 属 す る 小 学 生 の 人 数 は 、 1 4 4 人 ︵ 下 表 ︶ 。 全 国 的 に 進 む 少 子 化 は 、 町 の 卓 球 人 口 の 減 少 に 直 結 し て い ま す 。   大 野 地 域 で は 、 そ の 傾 向 が 特 に 現 れ て い ま す 。 平 成 9 年 に 全 国 大 会 で 団 体 男 子 ベ ス ト 13 入 り を 果 た し た 大 野 一 中 の 卓 球 部 員 は 、 現 在 わ ず か 5 人 。 男 女 と も 団 体 戦 は 規 定 人 数 に 足 り ず 、 地 区 中 総 体 に は 同 じ く 少 人 数 の 他 校 と の 合 同 チ ー ム で オ ー プ ン 参 加 ︵ 勝 敗 に 関

生徒数 202 244 150 42 43 91 23 178 80 ̶ ̶ 計 22 19 5 18 ̶ ̶ ̶ 30 29 10 11 144 女子 9 4 3 13 ̶ ̶ ̶ 16 ̶ 8 6 59 男子 13 15 2 5 ̶ ̶ ̶ 14 29 2 5 85 大野 種市 大野一 大野二 角浜 宿戸 城内 種市 中野 大野 宿戸 計 高 校 生 中 学 生 小 学 生 表)町内の卓球部(クラブ)員数

  町 の 小 中 学 校 の 児 童 ・ 生 徒 数 は 、 ピ ー ク 時 だ っ た 昭 和 39 年 の 6 3 2 8 人 か ら 、 平 成

  種 市 地 域 で は 5 月 、 町 ス ポ ー ツ 指 導 員 の 大 野 章 さ ん の 指 導 が 新 た に 始 ま り ま し た 。 指 導 は 、 中 野 中 で 週 2 回 と 、 主 に 種 市 中 と 宿 戸 ジ ュ ニ ア が 練 習 す る 宿 戸 ス ポ ー ツ セ ン タ ー で の 週 1 回 。 大 野 さ ん は 、 わ ら ず 順 位 な し ︶ し 、 個 人 戦 の み で 上 位 の 大 会 を 目 指 し て い る 状 況 で す 。 21 年 現 在 で 1 6 9 5 人 ま で 減 少 。 さ ら に 、 平 成 23 年 に は 1 5 8 0 人 程 度 ま で 減 少 す る こ と が 推 計 さ れ て い ま す 。   町 の 小 中 学 校 は 、 適 正 な 規 模 で の 学 校 運 営 の た め 、 学 校 再 編 へ の 取 り 組 み を 余 儀 な く さ れ て い ま す 。 町 内 に 2 校 の 県 立 高 校 も 含 め 、 ﹁ 学 校 の あ り 方 ﹂ が 、 町 の 大 き な 課 題 に な っ て い る 現 状 で す 。 ﹁ は じ め て 種 市 地 域 の 子 ど も た ち に 接 し た が 、 あ い さ つ も で き て い る し 、 や る 気 も あ る よ う だ 。 何 よ り 人 数 が 多 く 、 や り が い が あ る ﹂ と 話 し ま す 。   ま た 、 ﹁ 合 併 し た の だ か ら 、 種 市 地 域 で も ︵ 卓 球 の レ ベ ル を ︶ 底 上 げ し て い か な い と ﹂ と 意 気 込 む 大 野 さ ん 。 今 後 、 種 市 地 域 の 選 手 た ち が 大 野 さ ん の 指 導 か ら 刺 激 を 受 け て 切 磋 琢 磨 し 、 活 躍 し て い く こ と が 期 待 さ れ ま す 。 久慈地区中総体の女子団体戦。大野一中は夏井中との合同チームで オープン参加し、種市中との試合に臨んだ(6 月20 日・大野体育館) 2009. 7月号 広報

ひろの

❾ ■大野JTC監督

大渡 雅

ま さ

ゆ き さん ■宿戸ジュニア監督

梅澤 克

か つ

み さん       島 ト レ ー ニ ン グ セ ン タ       ー で 毎 週 水 曜 日 と 金 曜 日 の 夜 、 大 野 J T C ︵ ジ ュ ニ ア 卓 球 ク ラ ブ ︶ の 指 導 を 8 年 間 続 け て い ま す 。   も と も と ジ ュ ニ ア ク ラ ブ は 大 野 と 帯 島 に ひ と つ ず つ あ り 、 指 導 を 始 め た こ ろ は 20 人 を 超 え る 小 ・ 中 学 生 が 練 習 に 来 て い ま し た 。 今 は 、 大 野 二 中 に 優 秀 な 指 導 者 ︵ 平 賀 純 教 諭 ︶ が 来 て く れ て い る の で 、 主 に 帯 島 小 の 児 童 6 人 に 指 導 し て い ま す 。   指 導 し た 子 ど も た ち が 技 術 的 に も 精 神 的 に も 成 長 し 、 県 大 会 や 全 国 大 会 で 活 躍 す る 姿 が 見 ら れ る の は 、 本 当 に う れ し い こ と で す が 、 中 学 や 高 校 で 活 躍 す る た め に は 、 小 学 生 の こ ろ か ら 続 け て 練 習 で き る       戸 ジ ュ ニ ア は 、 毎 週 水       曜 日 と 土 曜 日 、 宿 戸 ス ポ ー ツ セ ン タ ー で 種 市 中 卓 球 部 と 一 緒 に 練 習 し て い ま す 。 指 導 を 始 め て 7 年 に な り ま す が 、 種 市 は 素 直 な 子 ど も が 多 く 、 お 母 さ ん た ち や 地 域 の 指 導 者 の 方 も 協 力 的 で す 。   合 併 す る 数 年 前 か ら 、 大 野 で 開 催 さ れ た 卓 球 イ ベ ン ト の 際 は 声 を 掛 け て も ら い 、 全 国 レ ベ ル の 選 手 や 有 名 な 卓 球 関 係 者 に 会 う こ と が で き ま し た 。 大 野 出 身 の 若 い 人 た ち に も 指 導 に 来 て も ら っ て い ま す 。 今 年 か ら は 大 野 章 コ ー チ の 指 導 も 受 け ら れ る よ う に な り ま し た 。 町 内 外 に 関 係 者 の 輪 が ど ん ど ん 広 が り 、 種 市 地 域 の 卓 球 関 係 者 に は 、 今 、 と て も い い 風 が 吹 い て き て い る 環 境 が 必 要 で す 。 子 ど も た ち の た め に も 、 ﹁ こ こ に 来 れ ば 卓 球 が で き る ﹂ と い う 場 所 を 守 り 続 け て い き た い で す 。   そ れ は 、 自 分 た ち が 子 ど も の こ ろ 、 卓 球 に 打 ち 込 め る 環 境 を 整 え て く れ た 先 輩 た ち へ の 恩 返 し で あ り 、 ほ ん の 少 し で も 地 域 の た め に 役 立 つ こ と に な る と 考 え て い ま す 。 と 思 い ま す 。   大 野 の 人 た ち と 卓 球 に 取 り 組 め る の は 、 自 分 に と っ て も 、 子 ど も た ち に と っ て も 貴 重 な 経 験 。 一 生 の う ち で 必 ず 何 か の 役 に 立 つ 経 験 に な る と 思 い ま す 。 子 ど も た ち に は 最 近 、 ﹁ 今 、 種 市 で 卓 球 を し て い る こ と は 幸 せ な こ と な ん だ よ ﹂ と 教 え て い る ん で す よ 。

宿

帯島トレーニングセンターでの練習風景 宿戸スポーツセンターでの練習風景

指導者の「思い」

part 1

 町の小学生たちが「卓球をやってみたい」と思った時、

その入口になるのが「大野JTC」と「宿戸ジュニア」

2つの卓球クラブの指導者の、卓球に取り組む「思い」を

聞きました。

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2009. 7月号

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広 報 10

        

町体育施設管理員

しろと・たかひさ

白戸貴尚

 青森県立木造高校、富士大学で選手として活躍し、平成 7 年から 旧大野村体育施設管理員。主に大野体育館で卓球コーチを務める。 青森県五所川原市生まれ。37 歳。   大 野 に 来 て 14 年 、 数 え 切 れ な い 試 合 を 見 て き て 思 う こ と は 、 ど の 選 手 に も 必 ず ﹁ い い 試 合 ﹂ が あ る と い う こ と 。   終 盤 ま で 競 っ た 試 合 で 苦 し い 場 面 を 乗 り 越 え 、 や っ と 勝 っ た と き の 喜 び は 、 一 生 忘 れ な い 人 生 の 糧 に な る と 思 い ま す 。 た と え 負 け た と し て も 、 そ の 悔 し さ を 忘 れ ず に 頑 張 る こ と は 、 社 会 に 出 て か ら も き っ と 役 に 立 つ と 思 い ま す 。

  誤 解 を 恐 れ ず 言 え ば 、 選 手 た ち に は 、 ﹁ 卓 球 馬 鹿 ﹂ に な っ て ほ し い と 思 っ て い ま す 。 強 い 相 手 に 勝 ち た い と か 、 あ の 技 術 を 身 に つ け た い と か い う 、 自 分 の 中 か ら 湧 い て く る 気 持 ち や 目 標 に 向 か い 、 突 き 進 ん で ほ し い で す 。   練 習 で も 、 試 合 で も 、 応 援 で も 、 精 一 杯 頑 張 っ た 先 に し か 、 喜 び と か 悔 し さ は あ り ま せ ん 。 試 合 で 勝 つ こ と も 大 事 で す が 、 苦 し い と き に 努 力 し て 乗 り 越 え ら れ る 、 気 持 ち の 強 い 選 手 を 育 て る こ と も 、 と て も 大 事 な こ と だ と 感 じ て い ま す 。   町 に は 、 そ ん な 気 持 ち を 持 っ て 社 会 に 出 た 卓 球 経 験 者 が た く さ ん い ま す 。 大 野 体 育 館 で の 毎 月 の 卓 球 リ ー グ や 毎 年 開 く 年 末 合 宿 に は 、 幅 広 い 世 代 の 現 役 、 O B た ち が 集 ま り 、 卓 球 の こ と に 限 ら ず 情 報 交 換 し て い ま す 。   こ れ は 、 町 の 財 産 で す 。   町 と 町 の 卓 球 が 相 乗 効 果 で 発 展 で き る よ う 、 卓 球 関 係 者 が 一 丸 と な り 、 気 運 を 盛 り 上 げ て い け れ ば い い で す ね 。

「思い」

part 2

2009. 7月号 広報

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❾11

町スポーツ指導員

大野 章

おおの・あきら

 昭和 54 年、14 歳でプロ選手になる。平成 8 年に旧大野村スポー ツ指導員に就任し、平成 17 年に退任(同年、日本に帰化)。平成 21 年、 町スポーツ指導員に就任する。中国江西省南昌市生まれ。44 歳。   強 く な る に は ど う す れ ば い い か と 聞 か れ る こ と が あ り ま す 。 必 要 な の は 、 ま じ め に 練 習 に 取 り 組 む こ と で す 。 一 生 懸 命 練 習 し て 、 分 か ら な い こ と が あ っ た ら 素 直 に 聞 き 、 ま た 練 習 す る 。 そ の 繰 り 返 し で 、 き っ と 強 く な れ ま す 。   卓 球 は 、 選 手 の 育 成 に と て も 時 間 の か か る 競 技 で す 。 中 国 の 体 育 学 校 で は 、 6 歳 く ら い か ら プ ロ 選 手 に な る た め の 基 本 的 な 練 習 を 始 め ま す 。 約 8 年 間 猛 練 習 し 、 14 歳 く ら い で プ ロ に な り 、 国 内 外 で 活 躍 す る よ う に な り ま す 。   ま た 、 ひ と つ の 競 技 を 専 門 に す る 子 た ち は 、 ほ か の 競 技 を ほ と ん ど 経 験 し ま せ ん 。 体 育 学 校 以 外 の 普 通 の 学 校 に は 、 町 内 の 学 校 の よ う に 立 派 な 体 育 施 設 が 整 っ て い ま せ ん 。 ﹁ 好 き な 競 技 を 楽 し む ﹂ と い っ た 感 覚 は な く 、 ﹁ 生 活 の た め に 強 く な ら な け れ ば な ら な い ﹂ と い う 気 持 ち で 競 技 に 取 り 組 む の で す 。   約 3 年 半 ぶ り に 大 野 に 戻 っ て き て 、 中 高 生 の 練 習 の 雰 囲 気 が だ い ぶ 良 く な っ て い る と 感 じ ま し た 。 声 も よ く 出 て い る し 、 気 合 い が 入 っ て い る 。 全 体 練 習 後 の 自 主 練 習 に も 熱 が 入 っ て い ま す 。   町 内 に は 、 全 国 大 会 経 験 者 や 熱 心 な 指 導 者 が い ま す 。 彼 ら と 協 力 し て 、 子 ど も た ち が 何 で も 聞 け る よ う な 環 境 を 作 っ て い き た い で す 。 そ れ が で き れ ば 、 町 の 選 手 た ち は 、 も っ と も っ と 強 く な れ る と 思 い ま す 。

指導者の

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2009. 7月号

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広 報 12   旧 大 野 村 で は 、 ﹁ 早 い 時 期 か ら 卓 球 に 親 し み 、 中 学 校 や 高 校 で 力 を 伸 ば す ﹂ と い う 方 針 の も と 、 卓 球 人 口 の 底 辺 を 拡 大 す る た め の 卓 球 教 室 の 開 催 や 優 秀 な 指 導 者 招 へ い の 要 請 な ど を 行 い 、 競 技 レ ベ ル を 上 げ る た め の 環 境 を 整 え て き ま し た 。   し か し 、 恵 ま れ た 環 境 が あ っ て も 、 選 手 が い な け れ ば 積 み 重 ね て き た 歴 史 が 途 絶 え て し ま い ま す 。

■町卓球協会

奥寺広

ひ ろ

き 理事長  昭和 47 年に旧大野 村役場入り。昭和 60 年から 20 年にわたり 村卓球協会の事務局長 を務め、卓球の普及と 強 化、 協 会 の 円 滑 な 運営に力を注ぐ。平成 17 年から同協会理事 長。馬渡出身。55 歳。

姿

中野中男子卓球部の練習風景。町内最多の 29 人の部員たちは、着実に技術を高めている

  ﹁ 卓 球 が 昔 か ら 盛 ん な 地 域 と 本 町 と の 違 い は 、 一 般 の 強 い 選 手 が 少 な い と こ ろ ﹂ と 話 す 奥 寺 さ ん 。 ﹁ 中 学 校 や 高 校

  町 卓 球 協 会 の 奥 寺 広 樹 理 事 長 は 、 ﹁ 底 辺 の 拡 大 か ら や り 直 す べ き 時 期 に 来 て い る ﹂ と 、 こ こ 数 年 の 危 機 的 な 状 況 を 分 析 し て い ま す 。   ﹁ 振 り 返 る と 、 卓 球 教 室 の で 全 国 大 会 を 経 験 し た O B た ち が 、 町 に 戻 り 始 め て い る 。 彼 ら の 経 験 を 、 今 こ そ 生 か し て ほ し い ﹂ と 期 待 を 込 め ま す 。   町 に は 、 大 野 高 校 の 細 川 先 生 や 大 野 二 中 の 平 賀 先 生 な ど 、 県 内 で も ト ッ プ ク ラ ス の 指 導 者 が 赴 任 し て い ま す が 、 先 生 に は 転 勤 が つ き も の 。 や が て は 町 を 離 れ て し ま う こ と に な り ま す 。   ﹁ 町 出 身 の 指 導 者 が 選 手 を 育 て 、 育 て ら れ た 選 手 が 町 に 戻 っ て 指 導 す る 。 そ の 循 環 が で き る よ う に な っ た と き 、 本 当 の ﹃ 卓 球 の ま ち ﹄ に な る の だ と 思 う | ﹂ 奥 寺 さ ん は 、 そ う 考 え て い ま す 。 果 た し た 役 割 は 大 き か っ た 。 競 技 レ ベ ル が 上 が る に つ れ 、 底 辺 の 拡 大 が お ろ そ か に な っ て い た ﹂ と 話 す 奥 寺 さ ん 。   ﹁ 何 も し な け れ ば こ の ま ま 廃 れ て し ま う ﹂ そ ん な 危 機 感 を 持 っ た 卓 球 関 係 者 た ち は 、 昭 和 40 年 代 か ら 約 30 年 続 け ら れ た 、 小 学 校 や 児 童 館 で の 卓 球 教 室 を 復 活 さ せ る こ と を 計 画 し て い ま す 。 2009. 7月号 広報

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❾13 ■宿戸ジュニア

岡本 桃

も も

こ さん (宿戸小 6 年) ■福岡中卓球部

石井 大

だ い

き さん (二戸市福岡中 2 年) ■大野JTC

塩倉 幸

ゆ き

な さん (帯島小 4 年) ■中野中卓球部主将

橋本 和

か ず

と さん (中野中 3 年)  2 年生のときに宿戸ジュニアに入りました。 昨年の町の大会で、強い選手を相手に粘り、1 点差で勝てたときは、本当にうれしかったで す。いろいろな技を教えてくれた梅澤コーチ に感謝しています。宿戸中には卓球部がない のでソフト部に入るつもりですが、卓球が大 好きなので、高校でもう一度やりたいです。  中 1 で卓球を始めて、中 2 の新人戦で初め て県大会に出場しました。試合で勝てるよう になると、練習にも気合いが入ります。  久慈地区中総体で優勝し、県大会に出場で きることになりました。新人戦のときは初戦 で負けてしまったので、今度こそ初戦突破を 目指して頑張ります。  今まで、県大会 2 位が最高の成績なので、 県で優勝できるように頑張って練習していま す。大渡監督や大野コーチにいろいろな技を 教えてもらい、たくさん練習して、もっと強 くなりたいです。将来は、いつも県大会で活 躍している、大野高校の卓球部の選手のよう になりたいです。  大野小 2 年のころ、野村真 し ん 哉 や 君に誘われて 卓球を始め、皆さんのおかげで何度も全国大 会に出場することができました。二戸に引っ 越してからも、ときどきレベルの高い大野に 戻ってきて練習させてもらっています。オリ ンピック出場を目標に頑張りますので、これ からもご指導よろしくお願いします。

選手たちの「思い」

 町の将来を担う子どもたちは、どんな未来を思い描いているので

しょうか。卓球に取り組む小中学生たちに、今の気持ちや将来の夢

について語ってもらいました。

「県大会で

初戦突破目指す」

「高校でもう一度

 卓球がしたい」

「オリンピックを

目標に頑張る」

「大野高の選手の

ようになりたい」

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2009. 7月号

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広 報 14   権 谷 地 区 の 南 一 郎 さ ん 宅 に は 、 大 野 高 校 に 通 う 4 人 の 下 宿 生 が い ま す 。 4 人 は 、 全 員 が 卓 球 部 員 。 卓 球 を す る た め に 、 青 森 県 の 東 北 町 や 八 戸 市 な ど の 親 元 を 離 れ 、 南 さ ん の 家 に 飛 び 込 ん で き ま し た 。   生 徒 た ち に 下 宿 生 活 の 感 想 を 尋 ね る と 、 一 様 に ﹁ 社 会 に 出 た と き に 役 に 立 つ 経 験 を し て い る ﹂ と 答 え ま す 。 南 家 で は 、 下 宿 生 が 炊 事 や 掃 除 を 分 担 し 、 毎 日 家 事 を 手 伝 う き ま り に な っ て い る の で す 。   一 郎 さ ん は 、 ﹁ 卓 球 も 強 く な っ て ほ し い が 、 ま ず は 人 づ く り 。 人 と し て 成 長 で き な け れ ば 、 卓 球 も 強 く な れ な い ﹂ と 南 家 の き ま り を 作 っ た 理 由 を 教 え て く れ ま し た 。 南一郎さん宅の卓球場にて。左から下宿生の瀬川善友さん、瀬川友仁さん、村山 南一郎さん宅の卓球場にて。左から下宿生の瀬川善友さん、瀬川友仁さん、村山 貢大さん、吉田理奈さん、三男の克幸さん、妻のエイ子さん、一郎さん本人 貢大さん、吉田理奈さん、三男の克幸さん、妻のエイ子さん、一郎さん本人

宿

  ﹁ 町 に は 、 卓 球 に 打 ち 込 め る 環 境 が 整 っ て い る 。 そ こ に 魅 力 を 感 じ て 集 ま っ て く る 生 徒 た ち は 、 ど ん ど ん 受 け 入 れ た い ﹂ と 話 す 一 郎 さ ん 。   昼 は 家 業 を 手 伝 い 、 夜 は 下 2009. 7月号 広報

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❾15

編集を終えて

 取材をしていて、いくつかの ことに気が付きました。  自分の子どもが取り組んでい なくても、地域の子どもたち のために何年も指導を続けてい る熱心な指導者がいるというこ と。どこの体育館に行っても、 事前に約束をしていた指導者以 外に、指導を手伝う人たちが必 ずいるということ。ある人は子 どもたちと一緒にボールを打 ち、ある人は練習が終わるまで 球拾いに徹する。  取材のたびに、卓球は地域の 人たちが支えているスポーツな のだということを感じました。  「ピンポン」から始まった町 の卓球は、本格的に広がり始め てから、まだ 40 年ほど。しかし、 町には、いつでも高いレベルの 指導を受けられる環境が整って います。支えてくれる地域の人 たちがいます。そして、真剣に 卓球に取り組む子どもたちがい ます。  この特集が、今回関わらせて いただいた皆さんへのエールに なることができれば幸いです。 宿 生 た ち の 卓 球 コ ー チ を 引 き 受 け る 南 家 の 三 男 、 克 幸 さ ん も 、 ﹁ 卓 球 を 通 じ て 、 町 を 盛 り 上 げ て い き た い ﹂ と 、 口 を そ ろ え ま す 。   ﹁ 留 学 生 も 受 け 入 れ て 国 内 外 と の 交 流 人 口 を 増 や し 、 町 の 国 際 交 流 や 経 済 の 活 性 化 に も つ な げ た い ﹂ と 、 卓 球 を 通 じ た 町 の 活 性 化 の 展 望 を 語 る 一 郎 さ ん 。 親 子 2 代 で 取 り 組 む ﹁ 卓 球 の ま ち ﹂ づ く り の 夢 は 、 大 き く 膨 ら ん で い ま す 。 南 家 の リ ビ ン グ の 壁 に 張られた当番表。下宿生 たちが、ここでの経験を ど ん な ふ う に 生 か し て いくのか楽しみです

■ 親子2代で下宿生を受け入れる

み な み

の人々

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2009. 7月号

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広 報 16   県 高 校 総 合 体 育 大 会 の レ ス リ ン グ 競 技 が 6 月 6 日 、 7 日 の 2 日 間 、 宮 古 市 民 総 合 体 育 館 で 行 わ れ 、 種 市 高 校 レ ス リ ン グ 部 ︵ 濱 道 秀ひ で 人と 監 督 ・ 部 員 2 勝 1 敗 の 成 績 で 準 優 勝 に 輝 き ま し た 。   初 戦 の 盛 岡 工 業 戦 は 1 ー 6 と 敗 れ ま し た が 、 続 く 宮 古 商 業 戦 を 6 ー 1 、 専 大 北 上 戦 を 5 ー 2 と 勝 利 。 金 澤 宏ひ ろ 樹き 主 将 ︵ 3 年 ︶ は 、 ﹁ 練 習 を 重 ね て 、 大 き な 大 会 で 優 勝 で き る よ う に チ ー ム の 団 結 を 強 く し て い き た い ﹂ と 今 後 に 向 け て の 抱 負 を 語 り ま し た 。   個 人 戦 で は 、 フ リ ー ス タ イ ル 60 ㌔ 級 で 佐 々 木 寿じ ゅ 綺き 選 手 ︵ 2 年 ︶ 、 84 ㌔ 級 で 金 澤 宏 樹 選 手 ︵ 3 年 ︶ 、 1 2 0 ㌔ 級 で 澤 野 合あ い 輝き 選 手 ︵ 2 年 ︶ が そ れ ぞ れ 優 勝 。 8 月 に 奈 良 県 で 開 か れ る イ ン タ ー ハ イ へ の 出 場 権 を 獲 得 し ま し た 。 こ の ほ か 、 各 階 級 で の 上 位 入 賞 者 は 次 の と お り で す ︵ 敬 称 略 、 丸 数 字 は 順 位 ︶ 。 ︻ 各 階 級 の 上 位 入 賞 者 ︼ ▼ フ リ ー ス タ イ ル 50 ㌔ 級 B リ ー グ ⋮ ② 北 野 澤 洸ひろ し ▼ 同 60 ㌔ 級 ⋮ ③ 佐 々 木 賢け ん 二じ ▼ 同 66 ㌔ 級 ⋮ ② 宮 下 翔し ょ う 吾ご ▼ 同 74 ㌔ 級 A リ ー グ ⋮ ② 荒 巻 裕ゆ う 貴き 、 B リ ー グ ⋮ ② 下 村 安や す 武た け ▼ 同 96 ㌔ 級 ⋮ ② 米 内 達た つ 也や ▼ 1 2 0 ㌔ 級 ⋮ ② 大 久 保 勝か つ 志し 個人戦で上位入賞した種市高レスリング部のメンバー

  ﹁   ﹁ 第 4 回 久 慈 市 長 杯 争 奪 柔 第 4 回 久 慈 市 長 杯 争 奪 柔 道 大 会 ﹂ が 5 月 道 大 会 ﹂ が 5 月 10 10 日 、 久 慈 市 日 、 久 慈 市 の 三 船 十 段 記 念 館 で 行 わ れ 、 の 三 船 十 段 記 念 館 で 行 わ れ 、 種 市 武 道 館 柔 道 ス ポ ー ツ 少 年 種 市 武 道 館 柔 道 ス ポ ー ツ 少 年 団 ︵ 上 大 澤 団 ︵ 上 大 澤 松 松ま つ ま つ 美 美みみ 監 督 ・ 団 員 監 督 ・ 団 員 30 30 人 人 ︶ ︶ の メ ン バ ー が の メ ン バ ー が 上 位 入 賞 を 上 位 入 賞 を 果 た し ま し た 果 た し ま し た 。 。     大 会 に は 、 久 慈 管 内 の 小 中 大 会 に は 、 久 慈 管 内 の 小 中 学 生 と 高 校 生 約 2 3 0 人 が 参 学 生 と 高 校 生 約 2 3 0 人 が 参 加 。 同 少 年 団 か ら は 、 加 。 同 少 年 団 か ら は 、 小 学 1 ・ 小 学 1 ・ 2 年 の 部 に 出 場 し た 庭 2 年 の 部 に 出 場 し た 庭 誠 誠せ い せ い 弥 弥やや く く ん ︵ 種 市 小 2 年 ︶ が 優 勝 。 小 ん ︵ 種 市 小 2 年 ︶ が 優 勝 。 小 学 3 ・ 4 年 の 部 で 学 3 ・ 4 年 の 部 で 大 粒 来 大 粒 来 徳 徳あ つ あ つ 浩 浩ひ ろ ひ ろ く ん ︵ 中 野 小 4 年 ︶ が 準 優 勝 、 く ん ︵ 中 野 小 4 年 ︶ が 準 優 勝 、 中 学 1 年 の 部 で 中 学 1 年 の 部 で 大 粒 来 大 粒 来 聡 聡とと 清 清しし 至 至ゆ き ゆ き く ん ︵ 中 野 中 1 年 ︶ が 第 3 位 く ん ︵ 中 野 中 1 年 ︶ が 第 3 位 に 輝 き ま し た 。 に 輝 き ま し た 。 久 慈 市 長 杯 柔 道 大 会

  ﹁ 第 31 回 東 日 本 軟 式 野 球 大 会 ︶ ︵ 財 団 法 人 全 日 本 軟 式 野 球 連 盟 主 催 ︶ ﹂ が 6 月 5 日 か ら 8 日 ま で の 4 日 間 、 県 営 野 球 場 な ど で 行 わ れ 、 本 町 の 種 東日本軟式野球大会に出場した種市クラブのメンバー

東日本軟式野球大会

県代表種市クが健闘

23 人 ︶ が 団 体 戦 、 個 人 戦 と も に 好 成 績 を 収 め ま し た 。   学 校 対 抗 の 部 に は 4 校 が 出 場 。 体 重 別 の 7 階 級 に よ る リ ー グ 戦 が 行 わ れ 、 同 部 は 、 市 ク ラ ブ が 県 代 表 と し て 出 場 し ま し た 。   大 会 に は 、 東 日 本 各 地 の 予 選 を 勝 ち 抜 い た 29 チ ー ム が 参 加 。 同 ク ラ ブ は 、 1 回 戦 で 石 川 県 代 表 の 大だ い 宗そ う ベ ー ス ボ ー ル ク ラ ブ と 対 戦 し 、 終 盤 ま で 健 闘 し た も の の 、 4 ー 6 と 一 歩 及 ば ず 初 戦 で 敗 退 し ま し た 。 南 竜り ゅ う 也や 監 督 は ﹁ も う 一 度 全 国 大 会 を 目 指 し て 頑 張 り た い ﹂ と 、 来 年 の 出 場 に 向 け て 意 欲 を 見 せ ま し た 。

各種大会で活躍した町民の皆さんを紹介します 2009. 7月号 広報

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❾17

か ん

︻ プ ロ フ ィ ー ル ︼ 旧 種 市 町 生 ま れ 。 6 歳 か ら 囲 碁 を 始 め 、 囲 碁 歴 10 年 。 4 段 の 腕 前 を 持 つ 。 昨 年 、 第 32 回 文 部 科 学 大 臣 杯 全 国 高 校 囲 碁 選 手 権 岩 手 県 大 会 で 優 勝 、 今 年 5 月 の 同 大 会 で は 2 連 覇 を 達 成 す る 。 和 座 地 区 。 16 歳 。   神 田 さ ん が 囲 碁 と 出 会 っ た の は 6 歳 の 時 。 囲 碁 教 室 を 開 く 磯 﨑 長ひ さ 雄お さ ん が 、 や ま と 保 育 園 を 訪 れ 、 囲 碁 を や っ て み な い か と 声 を 掛 け た の が き っ か け 。 ﹁ 初 め は 何 な の か 分 か ら ず 、 た だ 碁 盤 に 碁 石 を 並 べ て 遊 ん で い た ﹂ と 当 時 を 振 り 返 る 。   週 一 回 通 っ て い る 囲 碁 教 室 で は 、 中 学 生 た ち と 対 局 し て 後 輩 の レ ベ ル ア ッ プ に 努 め る な ど 、 教 室 内 の 頼 れ る 存 在 。 ﹁ 囲 碁 は 、 す ぐ に は う ま く な ら な い 。 楽 し み な が ら 打 つ の が 一 番 の 上 達 法 ﹂ と 話 し 、 ﹁ 子 ど も か ら 年 配 の 方 ま で 、 世 代 に 関 係 な く 楽 し め る か ら 面 白 い 。 囲 碁 の 魅 力 を 伝 え 、 ひ と り で も 多 く 仲 間 を 増 や し た い ﹂ と 語 る 。   囲 碁 に 出 会 っ て 10 年 目 の 高 校 1 年 生 の 春 、 文 部 科 学 大 臣 杯 全 国 高 校 囲 碁 選 手 権 県 大 会 で 優 勝 。 今 年 5 月 に は 、 同 大 会 2 連 覇 を 達 成 し た 。   神 田 さ ん の 夢 は 、 ﹁ 県 内 の 女 流 棋 士 の 頂 点 に 立 ち 、 県 代 表 と し て ア マ チ ュ ア 大 会 の 女 流 戦 に 出 場 す る こ と ﹂ 。 こ れ か ら の 彼 女 の 活 躍 に 期 待 し た い 。

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2009. 7月号

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広 報 18

  町 消 防 団 特 別 点 検 が 6 月 21 日 、 種 市 小 学 校 校 庭 を 主 会 場 に 行 わ れ 、 町 消 防 団 員 と 町 婦 人 消 防 協 力 隊 員 、 町 内 の 幼 年 ・ 少 年 消 防 ク ラ ブ 員 ら 8 2 0 人 が 参 加 。 統 率 の と れ た 動 き を 披 露 し 、 日 ご ろ の 訓 練 の 成 果 を 発 揮 し ま し た 。   特 別 点 検 で は   特 別 点 検 で は 、 、 功 績 の あ っ 功 績 の あ っ た 分 団 や 団 員 な ど へ の 表 彰 の た 分 団 や 団 員 な ど へ の 表 彰 の あ と 、 統 監 で あ る 水 上 信 宏 町 あ と 、 統 監 で あ る 水 上 信 宏 町 長 に よ 長 に よ る 観 閲 、 姿 勢 や 機 械 器 る 観 閲 、 姿 勢 や 機 械 器 具 の 点 検 、 規 律 訓 練 、 ポ ン プ 具 の 点 検 、 規 律 訓 練 、 ポ ン プ 操 法 訓 練 な ど が 次 々 と 行 わ れ 操 法 訓 練 な ど が 次 々 と 行 わ れ ま し た 。 ま し た 。   ま た 、 種 市 地 区 中 心 街 で   ま た 、 種 市 地 区 中 心 街 で は 、 は 、 参 加 者 全 員 と 参 加 者 全 員 と 41 41 台 の 車 両 台 の 車 両 に よ る 分 列 行 進 が 行 わ れ 、 に よ る 分 列 行 進 が 行 わ れ 、 参 参 加 者 た ち 加 者 た ち が が 勇 ま し く 行 進 す る 勇 ま し く 行 進 す る 姿 に 、 沿 道 の 観 衆 か ら 大 き な 姿 に 、 沿 道 の 観 衆 か ら 大 き な 拍 手 が 送 ら れ ま し た 。 拍 手 が 送 ら れ ま し た 。   訓 練 の 最 後 は 、   訓 練 の 最 後 は 、 ポ ン プ 車 ポ ン プ 車 14 14 台 に よ る 一 斉 放 水 。 種 市 小 学 台 に よ る 一 斉 放 水 。 種 市 小 学 校 に 校 に 14 14 本 の 水 柱 が 勢 い よ く 上 本 の 水 柱 が 勢 い よ く 上 が り ま し た 。 が り ま し た 。   特 別 点 検 を 締 め く く り 、 町   特 別 点 検 を 締 め く く り 、 町 消 防 団 の 消 防 団 の 明 戸 明 戸 実 実み の る み の る 団 長 は 、 ﹁ あ 団 長 は 、 ﹁ あ ら ゆ る 災 害 か ら 地 域 住 民 を 守 ら ゆ る 災 害 か ら 地 域 住 民 を 守 る こ と が わ た し た ち の 使 命 。 る こ と が わ た し た ち の 使 命 。 安 全 ・ 安 心 安 全 ・ 安 心 で で 快 適 な 快 適 な ま ち づ く ま ち づ く り に 励 み た い ﹂ と 答 辞 。 参 加 り に 励 み た い ﹂ と 答 辞 。 参 加 し た 団 員 た ち は 、 し た 団 員 た ち は 、 防 災 へ の 決 防 災 へ の 決 意 を 新 た に し ま し た 。 意 を 新 た に し ま し た 。 明戸団長を先頭に分列行進を披露する消防団員たち ポンプ車 14 台による一斉放水訓練 団員の士気を高めるラッパ隊の吹奏 2009. 7月号 広報

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❾19 ︻ 町 長 表 彰 ︵ 感 謝 状 ︶ ︼ ▼ 永 年 勤 続 退 団 者 感 謝 状 ⋮ 間 澤 榮 次 郎 ⃝ 、 井 戸 向 信 幸 ① 、 野 里 忠 勝 ① 、 安 藤 健 吉 ③ 、 大 久 保 和 義 ④ 、 庭 瀬 繁 則 ⑤ 、 村 山 忠 夫 ⑥ 、 川 口 清 ⑥ 、 坂 本 幸 治 ⑦ 、 番 沢 哲 郎 ⑦ 、 北 向 敏 雄 ⑦ 、 下 大 澤 克 彦 ⑦ 、 福 島 睦 男 ⑨ 、 百 鳥 良 信 ⑪ 、 澤 口 隆 雄 ⑪ 、 西 福 二 ⑫ 、 水 上 国 広 ⑫   ▼ 永 年 勤 続 退 隊 者 感 謝 状 ⋮ 萬 德 フ サ ⃝ 、 芦 口 イ シ ⑪ 、 森 澤 サ ヱ ⑪   ▼ 協 力 団 体 に 対 す る 特 別 感 謝 状 ⋮ 中 野 地 区 防 災 支 援 隊 、 八 木 北 地 区 自 主 防 災 組 織   ︻ 団 長 表 彰 ︼ ▼ 内 助 功 労 感 謝 状 ⋮ 下 田 定 子 、 昆 和 子 、 赤 坂 一 恵 、 上 野 富 子 、 下 舘 ち か 子 、 森 澤 り さ 子 、 舘 市 キ ミ 子 、 竹 花 律 子 、 中 村 き く ゑ 子   ︻ 県 消 防 協 会 久 慈 地 区 支 部 長 表 彰 ︼ ▼ 竿 頭 綬 ⋮ 第 7 分 団   ▼ 功 労 章 ⋮ 久 保 利 美 ② 、 相 野 喜 市 ④ 、 吉 田 稔 ④ 、 箒 義 美 ⑤ 、 阿 部 弘 美 ⑥ 、 舘 義 治 ⑦ 、 十 文 字 武 徳 ⑦   ▼ 功 績 章 ⋮ 岩 本 明 佳 ③ 、 大 井 一 男 ④ 、 板 垣 寿 益 ④ 、 安 藤 勝 正 ⑤ 、 佐 々 木 昭 一 ⑥ 、 松 橋 正 人 ⑥ 、 林 下 義 則 ⑦ 、 旭 岡 勇 吉 ⑦ 、 奥 寺 光 昭 ⑨ 、 澤 口 種 吉 ⑪ 、 川 代 義 明 ⑬ 、 塩 倉 義 男 ⑬   ︻ 平 成 20 年 度 消 防 庁 長 官 表 彰 ︼ ▼ 永 年 勤 続 功 労 章 ⋮ 濱 久 保 優 司 ① 、 庭 瀬 繁 則 ⑤   ︻ 同 県 知 事 表 彰 ︼ ▼ 功 績 章 ⋮ 荒 津 内 金 石 ⃝ 、 久 保 利 美 ② 、 續 石 敏 憲 ③ 、 阿 部 弘 美 ⑥ 、 下 大 澤 克 彦 ⑦ 、 下 平 幸 作 ⑫ 、 舘 市 光 一 ⑫   ︻ 同 日 本 消 防 協 会 会 長 表 彰 ︼ ▼ 精 績 章 ⋮ 庭 清 治 ⃝ 、 東 山 美 巳 ⃝   ▼ 勤 続 章 ⋮ 米 内 信 博 ① 、 西 野 勝 幸 ② 、 金 澤 清 造 ⑤ 、 相 模 省 一 ⑦ 、 七 役 幸 隆 ⑦ 、 舘 市 光 一 ⑫ 、 小 村 利 治 ⑭   ︻ 同 県 消 防 協 会 総 裁 ︵ 会 長 ︶ 表 彰 ︼ ▼ 竿 頭 綬 ⋮ 洋 野 町 消 防 団 ▼ 功 労 章 ⋮ 髙 屋 敷 幸 雄 ⃝ 、 庭 瀬 繁 則 ⑤   ▼ 功 績 章 ⋮ 岩 脇 修 ② 、 (故) 田 代 建 雄 ④ 、 中 里 光 男 ④ 、 相 模 省 一 ⑦   ▼ 婦 人 消 防 協 力 隊 員 表 彰 ⋮ 堤 内 美 代 子 ⑭   ▼ 内 助 功 労 感 謝 状 ⋮ 猪 石 セ ツ 、 坂 本 久 美 子   ︻ 同 県 婦 人 消 防 連 絡 協 議 会 会 長 表 彰 ︼ ▼ 地 区 役 員 功 労 章 ⋮ 萬 徳 フ サ ⃝ 、 伊 藤 テ ツ ⃝   ▼ 市 町 村 役 員 功 労 章 ⋮ 八 森 ヨ シ ⃝   ▼ 協 力 隊 員 功 労 章 ⋮ 竹 高 久 子 ④ 、 田 子 ト シ 子 ⑥ 、 中 屋 敷 ス ミ ⑫ 本 本 本 本 本 本 本

本 本

①特別点検で統監の水上町長 による観閲を受ける消防団員 たち ②軽可搬ポンプ操法訓練で息 の合った放水を披露した角浜 少年消防クラブ員 ③元気に火の用心を呼び掛け た幼年・少年消防クラブ員 ④ポンプ操法訓練で機敏に動 き火点を目掛けて放水を行う 消防団員

※ 敬 称 略 ・ ○ 数 字 は 所 属 分 団 ・ 分 隊

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2009. 7月号

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広 報 20

  第 43 回 岩 手 県 乾 し い た け 品 評 会 が 6 月 16 日 、 盛 岡 市 で 開 か れ 、 市 町 村 対 抗 の 部 で 本 町 が 優 勝 。 旧 種 市 町 時 代 か ら の 9 連 覇 を 達 成 し ま し た 。   品 評 会 に は 、 県 内 35 市 町 村 が 5 銘 柄 の 乾 シ イ タ ケ 4 6 3 点 を 出 品 。 本 町 か ら は 参 加 市 町 村 中 最 多 の 1 1 7 点 が 出 品 さ れ 、 個 人 の 部 で 毛 糠 敏と し 昭あ き さ ん の ﹁ 茶 花 ど ん こ ﹂ が 最 高 賞 の 優 等 賞 に 入 賞 す る な ど 、 40 点 が 入 賞 。 質 ・ 量 と も に 県 内 市町村対抗の部で 9 連覇を達成したシイタケ生産者の皆さん 有 数 の 産 地 と し て の 実 力 を 示 し ま し た 。 町 し い た け 産 業 振 興 協 議 会 の 髙 屋 敷 幸ゆ き 雄お 会 長 は ﹁ 9 連 覇 は 、 生 産 者 の 長 年 の 努 力 が 実 を 結 ん だ 結 果 で す ﹂ と 受 賞 を 喜 び ま し た 。   本 町 か ら の 出 品 作 品 は 、 入 賞 作 品 を 中 心 に 、 7 月 7 日 に 静 岡 県 で 開 か れ る ﹁ 全 国 乾 椎 茸 品 評 会 ﹂ に 出 品 さ れ ま す 。 個人の部入賞者(敬称略) 氏  名 地区名 銘 柄 優等賞 1等賞 2等賞 3等賞 氏  名 地区名 銘 柄 奨励賞 毛糠 敏昭 毛糠 栄子 信田 靜雄 髙屋敷 幸雄 松本 由松 安藤 健吉 大井 一男 信田 光広 舘 紀悦 毛糠 トキ 髙屋敷 アサ 尾前 孝一 大井 正治 信田 千代 小平 孝之 信田 公幸 舘 満子 北村 三國 濱道 幸次郎 茶花どんこ 〃 〃 どんこ 茶花どんこ 〃 どんこ・茶花どんこ 茶花どんこ 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 どんこ 茶花どんこ 小子内 〃 平 内 宿 戸 〃 玉 川 横 手 平 内 城 内 小子内 宿 戸 〃 横 手 平 内 〃 〃 城 内 二ツ屋 小子内 天白どんこ 茶花どんこ 天白どんこ 茶花どんこ 〃 こうこ 茶花どんこ 〃 〃 〃 〃 〃 どんこ・茶花どんこ どんこ 〃 〃 茶花どんこ 〃 〃 小子内 〃 〃 宿 戸 〃 〃 〃 〃 〃 〃 玉 川 〃 横 手 〃 〃 川 尻 平 内 泥 濘 向明戸 毛糠 敏昭 毛糠 昭 畑川 吉松 髙屋敷 幸雄 髙屋敷 アサ 竹根 クミ 竹根 仁三郎 竹根 良子 松本 和子 舩渡 酉松 安藤 トミ 安藤 彩香 大井 惠子 大井 正治 安藤 ミヱ 雪畑 正美 北澤 正治 泥濘 茂男 萬谷 佳代 奨励賞 市町村対抗の部の順位 順位 市町村 総合得点 出品数(得点) 入賞数(得点) 優勝 洋野町 177.5 点 117(99 点) 40(78.5 点) 2位 一関市 157 点 102(86 点) 30( 71 点) 3位 山田町 99 点 36(63 点) 19( 36 点) 4位 普代村 83 点 23(60 点) 12( 23 点) 5位 奥州市 61 点 20(41 点) 9( 20 点) 2009. 7月号 広報

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❾21 ■応募資格 町内に在住する人か町出身者および、その家 族など。もしくは、町内に通勤・通学している人 ■募集期間 7 月 1 日㈬∼ 8 月 31 日㈪(郵送の場合、当 日消印有効) ■募集内容 ①図案 ②名称 ③図案、名称についての説明 ■募集方法 持参、郵送、ファクス、電子メールにより、 必要事項を記入した応募用紙を受け付けます。ただし、図 案については、紙粘土や木工などで制作した模型、もしく は模型を撮影した写真などによる応募も受け付けます。応 募用紙は、役場企画課(種市庁舎)および地域振興課(大 野庁舎)に備え付けるほか、町のホームページ(http://www. town.hirono.iwate.jp)からもダウンロードできます ■応募規定 未発表作品に限るものとし、一人何点でも応 募できることとします。他市町村のシンボルキャラクター と同一、もしくは相似する作品は応募できません ■選考方法 応募作品は、「洋野町シンボル等制定委員会」 で選考し、決定します ■表彰など 最優秀賞(採用作品)1点と優秀賞3点以内 の入賞作品の応募者を表彰し、副賞としてそれぞれに記念 品を贈呈します。なお、同一の応募者の作品が複数入賞し た場合、記念品贈呈は重複を避けることとします。また、 積極的に応募に取り組んでいただいた小・中学校、高等学 校に対し、記念品を贈呈します ■発表方法 選考結果が決まり次第、入賞者に対して通知 します。入賞作品および入賞者氏名は、町広報紙「広報ひ ろの」、「町ホームページ」で発表します ■その他 応募用紙は返却しません。採用作品を町のシン ボルキャラクターとして使用する際、図案、名称とも補筆・ 修正する場合があります。応募作品に関する一切の権利は、 「洋野町」に帰属し、応募用紙に記入された個人情報は、そ の保護と適切な管理を行います ■応募・問い合わせ先 〒 028-7995 岩手県九戸郡洋野 町種市 23-27 洋野町役場企画課内 洋野町シンボルキャラ クター係 電話 0194-65-5912、FAX 0194-65-4334、e メールアドレス [email protected]

南部もぐりダイバー「ダイちゃん」

ダイちゃんのプロフィール ・平成 4 年 11 月 1 日、種市海浜公園生まれ。 旧種市町時代からのシンボルキャラクター ・好きな食べ物は種市のウニ ・趣味はマリンスポーツ全般 ・特技は科学的技術による水中作業

募集期間

8月3

1日㈪

まで

新しいキャラクターの募集内容

「海」

「海」

(種市)をイメージしたキャ

(種市)をイメージしたキャ

ラクター、

「ダイちゃん」とともに

ラクター、

「ダイちゃん」とともに

町を

町をP

PRしていく、

Rしていく、

「高原」

「高原」

(大野)

(大野)

をイメージした新しい

をイメージした新しいキャラクター

キャラクター

を募集します。

を募集します。

募 集 要 領

裏面の応募用紙でご応募ください

ぼくのトモダチを みんなで考えてね!!

参照

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