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ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ)
Title
高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響
Author(s)
櫻井, 健太 / 石崎, あゆみ / 太田, 茂秋 / 富樫, 泰一
Citation
茨城大学教育学部紀要. 教育科学(59): 295-308
Issue Date
2010-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10109/1349
Rights
このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属 します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響
櫻井 健太*・石崎 あゆみ**・太田 茂秋・富樫 泰一 (2009 年 11 月 30 日 受理)
Influence that health care classroom exerts on senior citizen's reason for
living
Kenta SAKURAI*, Ayumi ISHIZAKI**, Shigeaki OHTA***and Taiichi TOGASHI****
(Revised November 30, 2009) はじめに 日本は21 世紀,本格的な少子高齢社会に突入した。今後平成 32 年(2020 年)には 4 人に 1 人, 平成62 年(2050 年)には 3 人に 1 人が老人という超高齢社会になることが見込まれ,また平成 19 年(2007 年)からは人口が減少し,平成 62 年(2050 年)には 1 億人を切ると予測されている1)。 社会環境の変化に伴い,日常の生活習慣が健康に大きな影響を与え,日本人の死因は生活習慣に 影響されているものが多くなっている。要支援・要介護者となる高齢者も年々増加傾向にあり,そ れを支える社会の負担も大きくなってきている。そこでこれからの社会は,疾病の発病を予防し, 要支援・要介護にならないための一次予防が重要な課題となってくる。 一次予防としては,喫煙や飲酒,栄養や運動に関することが挙げられる。特に運動に関すること としては,身体活動量が多い者や運動をよく行っている者は,総死亡,虚血性心疾患,高血圧,糖 尿病,肥満,骨粗鬆症,結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いこと,また身体活動や運動が,メン タルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことが認められている。更に高齢者においても歩行 など日常生活における身体活動が,寝たきりや死亡を減少させる効果のあることが示されている1)。 「健康日本21」とは,一次予防を重視し,壮年期死亡の減少,健康寿命の延伸及び生活の質の向 上を実現することを目的とし,厚生労働省が前述したような社会の状況にかんがみ,国民健康作り 対策として作成したものである。「健康日本 21」の目的が達成されるためには,各都道府県市町村 単位での取り組みが重要となる。市町村での取り組み結果が,やがては国民全体の取り組み結果と なるからである。 現在茨城県でも「健康いばらき21 プラン」を作成し,県民の健康作りを支援するため,学校,職 場,市町村,地域ボランティア団体,保健医療機関,健康作り関係団体及び県などが様々な施策を
茨城大学非常勤講師(〒310-8512 水戸市文京 2-1-1;Docent of Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan) **ミスパリダイエットセンター イーアスつくば店(〒305-0817 つくば市研究学園 C50 街区 1;Miss Paris
Diet Center, Tsukuba 305-0817 Japan)
茨城大学名誉教授(〒310-8512 水戸市文京 2-1-1;Ibaraki University professors emeritus, Mito 310-8512 Japan)
茨城大学教育学部(〒310-8512 水戸市文京 2-1-1;Faculty of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan)
櫻井・石崎・太田・富樫高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響 296 している2)。そのうちの一つである,水戸市保健センター主催の「元気アップ・ステップ運動教室」 (以下元気アップ教室)は,65 歳以上の一般高齢者を対象に健康作りを目的とし,寝たきりの主要因 である脳血管疾患や転倒による骨折の予防を図るため,大腰筋を意識した有酸素運動としてステッ プ台を使った運動や,足腰の筋力トレーニングなどを行っている。教室開始時期と終了時期に筋力 やバランス,柔軟性などの体力測定を行い,運動効果を確認している3)。 健康作り運動教室において,身体的な変化は体力測定などにより明確に把握することができる。 また高齢者の体力など身体面の変化について調べた論文は今までにも例がある。石橋ら4)は,平均 年齢 65.1 歳の女性たちを対象に,6 ヶ月間の健康作り教室での体格や体力の変動を調査し,教室 終了時点の体格面では,体重・体脂肪率・BMI が有意に低下し,体力面では立ち上がり,上体起こ し,体前屈,片脚立ち,5m 歩に有意な向上が認められたと報告している。錦織ら 5)は,健康体操 教室に参加している高齢者と参加していない高齢者との脚伸展パワーの比較を行い,体操教室参加 者の方が高い値を示し,定期的な運動が高齢者の身体機能の維持・向上に効果があったと述べてい る。 このように,健康づくり運動教室が身体的に効果があることは明らかである。しかしながら,元 気アップ教室の指導者からは身体的な変動だけでなく,高齢者の表情やふるまいなど精神的な面で の変化も感じられるとの声が寄せられた。これは元気アップ教室が参加者にとって単に体力向上を 目的とした場ではなく,楽しみ,生きがいとなっている可能性がある。高齢者の日常生活が非活動 的な状況に陥ることのないようにするためには,生きる意欲や意志につながる「生きがい」をもつ ことが重要であると言われている 1)。そのため健康づくり運動教室が高齢者の生きがい感へ与える 影響を調査することは意義がある。 高齢者の生きがい感については,体力との関連について調査した例がいくつか存在するが6)7)8), 健康づくり運動教室の効果として変容を調査した論文はみられない。そこで本研究では,健康づく り運動教室に参加した高齢者を対象に,近藤ら 9)の作成した生きがい感スケールを用い,教室開始 時とおよそ5 ヶ月後に生きがい感についてのアンケートを行い,教室前後での参加者の生きがい感 の変容を調査し,元気アップ教室の精神的効果について検討した。 研究方法 1 調査対象および調査方法 水戸市内の市民センターや保健センターなど計9箇所の会場で行われていた2008 年度元気アップ 教室参加者181 名を対象とし,前期アンケートは 2008 年 6 月 19 日から 7 月 9 日にかけて,後期ア ンケートは2008 年 11 月 7 日から 17 日にかけて実施した。 回収人数は前期134 名,後期 125 名,そのうち前後期共に回収できた 103 名を分析対象とした。 男女別では男性15 名,女性 88 名,年代別にみると 60 代 50 名,70 代 50 名,80 代 3 名であった。 2 調査内容 生きがい感スケールは全16 項目あり,「はい」「どちらでもない」「いいえ」の 3 件法で尋ねた。 得点化の方法としては,はいが2 点,どちらでもないが 1 点,いいえを 0 点とした。ただし質問 2, 4,9,12 番に関しては逆転項目となるため,配点が逆となる。図 1 に質問内容を示した。
3 分析方法 調査結果については単純集計を行った。生きがい感スケール得点の前後変化についてはt 検定を 行った。分析にはSPSS 11.0J for Windows を用い有意水準 5%とした。また 10%未満については有 意な傾向ありとして考察した。 結果 1 前期後期生きがい感スケール単純集計結果 前期の生きがい感スケールの単純集計結果を表1 に示した。各質問で得点が 2 点となる項目に最 も多くの回答がされている。中でも質問13 は 90%の被験者が 2 点の項目に回答をしている。2 点の 項目の回答が46%と最も少なかったのは質問 14 であり,「どちらでもない」の回答の割合が42%と 他の質問に比べて多い結果となった。得点が0 点となる項目で最も多くの回答がなされたのは質問 2 で 20%となった。 後期の生きがい感スケールの単純集計結果を表2 に示した。前期と同様に各質問で得点が 2 点と なる項目に最も多くの回答がなされている。最も割合が高いのは前期同様に質問 13 であり 89%の 被験者が回答している。最も 2 点の項目の回答が少なかったのは前期同様質問 14 であり 52%とな った。得点が0 となる項目で最も多くの回答がなされたのは前期同様質問 2 であり,16%となった。
櫻井・石崎・太田・富樫高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響
2 前期と後期における生きがい感得点の差について 前期と後期の生きがい感の平均得点が各グループで差があるかどうかについてt検定を行った。 分析の結果を表3 に示した。その結果,全体では1%水準で有意差がみられ後期の平均得点が高か った。また男女別にみてみると,男性では5%水準で有意な差がみられ後期の平均得点が高かった。 女性で後期得点の方が高い傾向がみられた。年代別では,全体を60 歳代と 70 歳以上の 2 つのグル ープに分けたところ,70 歳以上のグループにおいて 5%水準で有意な差がみられ後期平均得点の方 が高かった。60 歳代では後期得点の方が高い傾向を示した。 3 前期と後期における生きがい感スケールの項目間の差について 前期と後期の生きがい感スケールの各項目の平均得点に差があるかどうかについてt 検定を行っ た。分析の結果を表4 に示した。
櫻井・石崎・太田・富樫高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響 300 その結果,質問6「自分が向上したと思えることがある」において 1%水準で有意な差がみられ後期 平均得点の方が高かった。また質問 10「私は世の中や家族のためになることをしていると思う」, 質問16「私は家族や他人から期待され頼りにされている」の 2 項目について 5%水準で有意な差が みられ後期平均得点の方が高かった。質問 5「私にはまだやりたいことがある」は後期平均得点の 方が高い傾向を示した。 考察 1 前期後期生きがい感スケール単純集計結果 前期後期ともに得点が2 点となる項目で最も高い割合で回答されていたのは質問 13 であった。質 問13 は「まだ死ぬわけにはいかないと思っている」という内容であるが,健康づくり教室に参加す る意欲があるということは,健康でありたい,長く生きたいという気持ちの表れと考えられ,納得 できる数字である。前期で5 名,後期で 3 名の「いいえ」に回答した被験者があるが,これはおそ らく絶望的な気持ちではなく,前向きな意味で「いつ死んでも悔いはない」という意味ではないだ ろうか。 前期後期ともに得点が2 点となる項目で最も低い割合で回答されていたのは質問 14 であった。質 問14 は「他人から認められ評価されたと思えることがある」という内容であるが,この質問の回答 の特徴は「どちらでもない」に回答する割合が多かったことである。認められていないとは思わな いが,はっきりと他人から認められている自信が持てない参加者の特徴がうかがえる。体力や身体 機能の低下の影響で自分に対する評価も低くなっているのではないかと考える。 2 前期と後期における生きがい感得点の差について 教室全体として後期の方が有意な得点の向上がみられた。健康づくり運動教室は身体面だけでは なく,精神面においても効果があることを示唆すると考える。 男女別にみてみると男性に有意な向上がみられ,女性にも向上の傾向が表れていた。男女の差を 比較するために前期平均得点と後期平均得点についてそれぞれt 検定を行ったところ,どちらも 5% 水準で有意な差がみられ(前期 p=0.017,後期 p=0.032)女性の方が高かった。しかし平均点の差は前 期が約4.4 点に対し,後期は約 2.7 点と差が小さくなっている。女性ほど生きがい感の高くなかった 男性が,教室を通して生きがい感が向上したことが考えられる。男性は女性に比べ参加人数が少な いが,貴重な男性として他の参加者や指導者などから頼りにされたり,少ない男性同士での交流が 深まったりしているのではないだろうか。 年代別では60 歳代には後期平均得点の方が高い傾向がみられ,70 歳以上の年代には有意な差がみ られ後期平均得点の方が高かった。近藤ら 10)は,女性の場合70 歳代では友人の有無ということが 生きがい感に影響を与えると述べている。本研究における被験者の 70 歳以上の 77%が女性である ことから,元気アップ教室に友人と一緒に通うことや,新しい友人との出会いが生きがい感の向上 に影響したのではないだろうか。70 歳代の参加者にとって健康づくり運動教室は単に体力向上の場 ではなく,友人との交流の場であるのだろう。 3 前期と後期における生きがい感スケールの項目間の差について 生きがい感スケールの各項目間での変化をみてみると質問 6「自分が向上したと思えることがあ る」,質問10「私は世の中や家族のためになることをしていると思う」,質問 16「私は家族や他人か
ら期待され頼りにされている」の 3 項目で有意な向上がみられた。また質問 5「私にはまだやりた いことがある」では有意な向上の傾向がみられた。 質問6 については健康づくり運動教室ということで体力的な向上を実感した参加者が多かったと 考えられる。また質問10 については教室へ通って体力が向上し要介護になることを予防することに より,「世の中や家族に迷惑をかけていない状態であること」が「世の中や家族のためになること」 につながり向上がみられたのではないのだろうか。質問16 については教室に参加することで家族や 元気アップ教室スタッフなど周囲の「健康でいてほしい」という期待に応えていることが考えられ る。質問5 については体力の向上や友人との交流が深まることで今まで以上に物事に積極的に取り 組む意欲が高まったのではないだろうか。 まとめ 本研究は,水戸市主催の介護予防普及啓発事業「元気アップ教室」に通う高齢者を対象に,教室 開始時とおよそ5 ヶ月後の 2 回に分けて生きがい感の調査を行い,教室前後での参加者の生きがい 感の変容について調査し,以下のことが明らかになった。 ・全体の平均点では前期と後期に差がみられ,後期平均得点は有意に向上していた。そのうち男女 では男性に,60 歳代と 70 歳以上の年代別では 70 歳以上のグループに有意な差がみられた。近藤 ら10)は,女性の場合70 歳代では友人の有無ということが生きがい感に影響を与えると述べてい るが,70 歳以上の 77%が女性であり,女性の生きがい感に及ぼす影響が反映されたと考える。70 歳代の参加者にとって健康づくり運動教室は単に体力向上の場ではなく,友人との交流の場とな っている。 ・生きがい感スケールを項目別にみてみると「自分が向上したと思えることがある」「私は世の中や 家族のためになることをしていると思う」「私は家族や他人から期待され頼りにされている」の3 項目で有意な向上がみられた。理由としては,健康教室という場の影響が考えられる。運動を継 続する点で体力・筋力等が向上したと感じる機会や,教室での他者への関わりの中から自分の存 在を認識する機会もあり,生きがい感の向上につながったと考えられる。 本研究を経て「元気アップ教室」に通った高齢者には,前後で生きがい感の変化がみられ,有意に 得点が向上していることがわかった。はじめに述べたように,高齢者の日常生活が非活動的な状況 に陥ることのないようにするためには,生きる意欲や意志につながる「生きがい」を持つことが重 要である。今回は1 つの教室での調査だが,健康づくり運動教室は高齢者の生きがい感に有意な向 上をもたらすことが示唆された。理由としては,体力面などの向上が「自己実現と意欲」につなが り,他者(同年代や指導者など別の年代)との関わり合いが「存在感」につながると考えられる。 本研究は健康づくり運動教室の効果は身体面だけでなく,精神面にまで及ぶことを明らかにした貴 重な資料になるものと考える。 今後の課題としては,生きがい感を高める具体的要因は何であるのか,また指導者のどのような 働きかけが生きがい感を高めるのか,より詳しい調査を行うことが望まれる。健康づくり運動教室 が精神面にも与える影響を明確にし,身体的,精神的に効果の高い健康づくり運動教室が広く高齢 者の方に普及されていく資料となれば幸いである。
櫻井・石崎・太田・富樫高齢者の生きがい感に健康づくり教室が及ぼす影響 302 引用 URL 1) 健康日本 21 http://www.kenkounippon21.gr.jp/ 最終アクセス:2009/11/23 2) 健康いばらき 21 プラン http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/hoken/yobo/kenkou21/pdf/honpen.pdf 最終アクセス:2009/11/23 3) 水戸市ホームページ http://www.city.mito.lg.jp/ 最終アクセス:2009/11/23 引用文献 4) 石橋健司;吉賀正彦;口石愛;川辺みさこ;塚本和代;臼杵明子;藤丸和美;麻生智恵美;松本義人;長野 政康;石井聡「6 ヶ月間の健康教室が参加者の体格・体力に及ぼす影響-50 歳以上の女性を対象にし て-『大分大学教育福祉科学研究紀要』27[1](2005),pp103-112. 5) 錦織美鈴;木原勇夫「健康体操教室が高齢者の体力に及ぼす影響」『島根医科大学紀要』19[12] (1996),pp39-41. 6) 星川保;豊島進太郎;亀井貞次;村瀬豊;斎藤由美「70 歳男女高齢者における[生きがい]と体力の関 係」『体育科学』19(1992),pp151-162. 7) 星川保;豊島進太郎;斎藤由美「70 歳高齢者の体力と健康,生きがいの関係,および RPE を用いた高 齢者のための体力測定法の開発に関する研究」『体力科学』20(1993),pp137-147. 8) 藤 原 昌 樹 ; 「 高 齢 者 に お け る [ 生 き が い ] と 体 力 の 関 係 」『 川 村 学 園 女 子 大 学 紀 要 』 13[1](2002),pp223-233 9) 近藤勉;鎌田次郎「高齢者向け生きがい感スケール(K-Ⅰ式)の作成および生きがい感の定義」『社 会福祉学』43[2](2003),pp93-100. 10)近藤勉;鎌田次郎「高齢者の生きがい感に影響する性別と年代からみた要因-都市の老人福祉センタ ー高齢者を対象として-」『老年精神医学雑誌』15[11](2004),pp1281-1290.