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ヤマトウスヒメカイエビの島根県地倉沼からの記録

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Academic year: 2021

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日本甲殻類学会 Report

Carcinological Society of Japan

報告

Cancer 26: 13–15 (2017)

ヤマトウスヒメカイエビの島根県地倉沼からの記録

New distribution record of Limnadia lenticularis from Chikura-numa, Shimane Prefecture, Japan

吉岡 翼

1

・小野村一人

2

Tasuku Yoshioka and Kazuto Onomura

はじめに

ヤマトウスヒメカイエビLimnadia lenticularis

(Lin-naeus, 1761)は北半球に広く分布する殻長10 mm程 度のカイエビ類である(図1).日本国内のカイエ ビ類は水田を主たる棲息の場として各地から報告さ れているが,本種はごく一部の自然湿地に生息して い る の み で, 既 報 地 は 栃 木 県 戦 場 ヶ 原 の 赤 沼 (Ishikawa, 1895),群馬県赤城山の血の池(井田, 1985),青森県むつ市の融雪プール(大八木,1996) の3 ヶ所に限られる. 著者らは今回,島根県鹿足郡津和野町の山間に位 置する地倉沼において本種の生息を確認した.これ は西日本における初めての記録となることから本稿 において報告する. 材料および方法 更新世に活動した青野山火山群が分布する島根県 津和野地域には火山性堰止湖の埋積によって形成さ れた小盆地が点在する.このうち地倉山南西麓の小 盆地は開発されず,地倉沼を中心とした自然湿地が 保たれている.地倉沼は年間を通じた水位変化が大 きく,満水時には水深1 mほどになるが,夏から秋 には大部分が干陸化していることが多くスゲ類が繁 茂する(下田,1980; 宮本,2002). 水域が縮小しつつあった2016年7月25日,カイ エビ類が多数遊泳しているところを小野村が見つ け,すくい取りした6個体を75%エタノールに移し た.標本は吉岡が実体顕微鏡下で観察し同定を行っ た.また,ヒメカイエビ科の分類で有用とされる卵 と,化石カイエビ類で分類に用いられるものの現生 種においては図示されることが少ない甲殻につい て,走査型電子顕微鏡で観察した. 結果と考察 採集個体はいずれも雌で,うち4個体は抱卵して おり,抱卵していない個体では9~11体節の付属肢

にある鞭状にのびた外肢背葉(dorsal / ovigerous

fila-1 富山市科学博物館

〒939–8084 富山県富山市西中野町一丁目8–31 Toyama Science Museum, 1–8–31 Nishinakano-machi,

Toyama 939–8084, Japan

E-mail: [email protected]

2 小野村農園

〒759–1601 山口県山口市阿東嘉年上3441–1 Onomura Farm, 3441–1, Ato Kanekami, Yamaguchi 759–

1601, Japan

1. 地倉沼のヤマトウスヒメカイエビ.スケー

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Cancer 26 (2017) 吉岡 翼・小野村一人 ments)が目立つ.Eulimnadia属にみられるような 尾節腹面の後端にある突起はない. 甲 殻 は 亜 卵 型 で 背 縁 が 背 側 に よ く 突 出 す る (図1). 殻 長 は11.8~12.6 mm, 殻 高8.7~9.4 mm, 殻幅2.9~3.2 mmであった.殻表の成長線は8~9本 あり,腹縁に向かってやや密になるが,概ねその間 隔は広い(図2A).成長線間は概ね平滑で,カイエ ビ科にみられるような装飾はないが,腹縁に近づく につれ成長線間の下端を除きわずかに網状となる (図2B).日本国内のヤマトウスヒメカイエビは当 初,成長線が少なく背縁が弱くカーブする小型の個 体をもとにL. nipponica Ishikawa, 1895として記載さ れたが,体部の形態に差異がないことから後にL. lenticularisの若い個体としてその新参異名にされた (Straškraba, 1965).今回得られた個体は殻形態から も成熟したL. lenticularisと確認できる. 卵は直径約250 μmで,外側に張り出した直交す2つの孤状の稜が発達し,その間では稜を結ぶ ように肋が並ぶ(図2C, D).これらの特徴は,北米 やヨーロッパ,中国から本種として報告されている 卵とよく一致する(Sars, 1896; Daday, 1925; Martin, 1989; Thiéry & Gasc, 1991; Shen & Huang, 2008).卵

の表面には1 μm未満の小孔が不規則に並び,殻質 断面は0.5~30 μmの泡状構造となる(図2E).泡状 構造は稜部で大きくなり,可視光による表面の観察 でも泡状に膨らんだ輪郭が確認できる.こうした構 造があることにより,一度乾燥した卵では水に浮き やすくなるものと考えられる. 採集した2日後には地倉沼の大部分が乾陸化し, 残されたごく小規模な水たまりに数個体が確認され るのみであった.また,同年12月末に再訪した際 は湛水していたものの生息は確認できず,死殻も見 当たらなかった. 地倉沼は青野山県立自然公園内にあり,環境省の 図2. ヤマトウスヒメカイエビの甲殻(A, B)と卵(C–E)のSEM像.A:甲殻の前腹部.B:後腹部の成長 線間(SEM像に同視野の光学像をオーバレイ).C, D:卵.E:の殻質部破断面(右が稜部).スケール バーはA:1 mm, B–D:100 μm, E:10 μm.

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Cancer 26 (2017) 島根県地倉沼のヤマトウスヒメカイエビ 「日本の重要湿地500」にも選定されているが,こ れまでカイエビ類が確認された記録はない.本種は 雌だけで世代交代できることから卵1つの移入から でも増え得るが,水域に極めて多くの個体が確認さ れたことから近年の移入ということはないと思われ る.本種が国内で最初に報告された赤沼は後に水害 で失われているほか,青森県の生息地も降雪量の減 少から近年融雪プールの出現そのものが不確実と なっている(大八木,2000).また,地倉沼には直 接地表水として流下する開口部はないものの,下流 の水田までは直線で1 km程度しかなく,イタリア では本種が水田から報告された例があることから (Scanabissi & Tommasini, 1997),水田など周辺地域 の水域も含め,当地の生息状況は今後とも注視する 必要がある.

文 献

Daday de Deés, E., 1925. Monographie systematique des Phyllopodes Conchostraces III. Annales des sciences naturelles. Dixième série, Zoologie, 8: 143–184.

井田宏一,1985.群馬県のホウネンエビ・カブトエ

ビ・カイエビ類.群馬県動物誌(群馬県高等学校 教育研究会生物部会「群馬県動物誌」編集委員会 編).群馬県,前橋,pp. 457–460.

Ishikawa, C., 1895. Phyllopod Crustacea of Japan.

Zoologi-cal Magazine, 7: 13–21, pls. VII–VIII.

Martin, J. W., 1989. Eulimnadia belki, a new clam shrimp from Cozumel, Mexico (Conchostraca, Limnadiidae), with a review of Central and South American species of the genus Eulimnadia. Journal of Crustacean Biology, 9: 104–114. 宮本 巌,2002.石見の湿原.郷土石見,(61): 48–61. 大 八 木  昭,1996. キ タ ホ ウ ネ ン エ ビEubranchipus uchidai Kikuchiの新生息地と生態.青森自然誌研 究,1: 25–29. 大八木 昭,2000.昆虫以外の無脊椎動物―キタホウ ネンエビ.青森レッドデータブック(青森県環境 生活部自然保護課編).青森県,青森,p. 268. Sars, G. O., 1896. Descriptions of the Norwegian species at

present known belonging to the suborders Phyllocarida and Phyllopoda. Fauna Novegiae, 1: 1–140.

Scanabissi, F., & Tommasini, S., 1997. Occurrence of

Lim-nadia lenticularis (Linnaeus, 1761) (Conchostraca,

Limnadiidae) in Emilia-Romagna, Italy. Crustaceana, 70: 206–213.

Shen, Y. B., & Huang, D. Y., 2008. Extant clam shrimp egg morphology: Taxonomy and comparison with other fos-sil branchiopod eggs. Journal of Crustacean Biology, 28: 352–360.

下田路子,1980.地倉沼(島根県)の植生とその変遷. 日本生態学会誌,30: 229–238.

Straškraba, M., 1965. Taxonomical studies on Czechoslovak Conchostraca. I. Family Limnadiidae. Crustaceana, 9: 263–273.

Thiéry, A., & Gasc, C., 1991. Resting eggs of Anostraca, Notostraca and Spinicaudata (Crustacea, Branchiopoda) occurring in France—Identification and taxonomical value. Hydrobiologia, 212: 245–259.

図 1.  地倉沼のヤマトウスヒメカイエビ.スケー ルバーは 5 mm .

参照

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