スコットランド歴史学派とその著作について-香川大学学術情報リポジトリ

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スコットランド歴史学汲とその

著作について

山 崎

怜 Ⅰ・スコットランド歴史学派の群像。ⅠⅠ.その著作と若干の問題。 ⅠⅠⅠ.書誌。 Ⅰ スコットランド歴史学派に/ついてほ,パスカルの先駆的業績と指摘以来,多 数の個別研究かなされてきたし,現紅各種の調査が進行している。しかし,パス カル自身は1940年代以後,すくなくとも公表された研究を世に問うこ.とはして いないし,そ・の後の諸研究も特殊歴史学派的アプローチであるよりも特殊社会 学的であるか,もしくは特殊哲学的アプローチであるかであって,この歴史学 派の全体像を歴史内在的に.構築しようとするものほすくない。もちろん,それ は研究水準の現段階からすれば当然のことであり,今日むしろ一層各種の個別 研究を前進させることこそ必要なのであるが,そのばあい紅も全体像への視角 は十分に配慮されなくてはならないであろう。そして歴史学派の巨視的な把握 にほ.,何よりもこの学派の正確な書誌が前提となるのだが,これがすこぶる難 物であって,ヒュームやスミ.スをのぞいてほ,どの人物に.ついても不明確であ いまいな箇所がきわめでおおい。だから,書誌ほ個別研究の徹底的な遂行と完 成なし紅ほ作成できないというのもたしかに真実なのである。しかし同時軋研 究の過程紅おいてこそ書誌が必要であるとすれば,たとえ不十分な情報ではあ っても提供されなぐてはならないというのも真実である。そこでわたしは不正 確であることを承知のうえでこの書誌を仮説的に.つくり,今後,機会あるどと に改訂・増補をくわえつつ個別研究をおしすすめたい。したがって−ここ紅ふく まれるまちがいについて,また改訂すべき点について巨細をとわず,ご教示を乞 いたいとおもう。

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香川大学経済学部 研究年報 9 _ 2 _・ J969 ところでこ.の歴史学派の人物としては,スミスやミ.ラー,ヒュ.−ムやファー ガスソ,ロバ−・トスン,ケイムズ卿などがかぞえられることは当然であるが,そ れ以外のもの紅ついてはあまりふれられないのがふつうである。しかし18世 紀スコットランドのいわゆる文芸復興,「北方のアテネ」にあつまる哲学者たち の調査をはじめるやいなや,われわれはおどろくはど多数の文人たちの協同作 業と共通関心を知らされるのであって前出の人物たちはその主要な担い手でほ あるが,すべででほないこ.とにきづくのである。しかも洗練されたfiguI・eSの 所説もさることながら,ニ流三流の人物とみられるもののminorなfigures のなかに,それが荒けずりで稚拙であればあるはど,かえってスコットランド 問題とスコットランド人の「精神」や気慨を示すということがある。わたしほ この事実を殊のはか大切なこ.ととかんがえる。 まず前出の主人公たちの生涯をおいかけ,かれらと交流した人物をひろいあ げた。その人物たちの交友かんけいや師弟かんけい,さらに後援者や肉親かん けいをあらってみた。それらの緊密なむすぴつき,意外なはどの出逢いと姻戚 かんけいからすれば,任意のどの人物から出発しても(思想はしばらく別にして) かかるノミ−ソナルなかんけいからだけで,すべての人物紅たどりつけるのであ る。そのような側面に.ついては別の機会紅くわしくとりあげること紅して,こ こでは43名のスコットランド人(ノ、チ・スンのどときアイアランド出身のものも例外 的にふくまれる)を抽出してみた。こうなると,たしかに」ノックスを忘れてい るとか,父ラムジー(詩人)やロバ−ト・クォ・−レスやレムスンをいれよと いうこと紅なるだろうし,当時はもっと重要人物だったR.ウドロクのような 宗教史家群像のいることも気になる。あるいは,ふたりのトマス・トムスン (antiquarianとChemist)やT.スモL−・レット,スコットランド人ではないが, スコットランド諸大学にまなび,事実上,わが歴史学派に↓、れるペきエラスマス ・ダークィンや汐ヨージ・グレゴリのような人物も無数に.いる。また,ジェフ ヅやコクバーンのような忘れえない人物もいる。それらは−・定の確固たる根拠 からはずされたのでほなく,この書誌がとりあえザのものであることに・よる。 バーンズやスコットやミルを第1図に.いれておきながら審誌その他で省いたの も時間的余裕の欠如からである。これらについては統一・的観点のもとに.あらた めてもんだいとしたい。

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第1図 1690 1

真。t。hes。n.

1694

rミ叩1て抱1苧01・誓01?01?01J㌔601ミ701?01て901警01ミ101莞20】警018チ0

Lor・d Xame5 1696 W.C1111¢n T.Reid. 第l期グループ Sir J Steuart AいRamsay Lo‡d Mollboddo 1718 W.Robertson A.CaIlyle A.SmitII A予Fe【guSOn John GIegOIy 1724 1773 John Anderson JDalヱymPle JHuttQn 第2期グループ Lo工d Hailes J Black .J、Moo工e R.Watson 1730? J Mi11aェ JBeattie JW∂′tt JMacpheェson 1735 ユ801 1735 1803 James Anderson 1808 W Smellie T SomeIVi11e 1740 1795 G St】」a‡t HMack¢nZie W7homson 1831 1817 A・F Tytle【⊥ヱ1747 JLog孔n 1748 James Gェegofy DStewa【t SiIJolln Sinclaif

ホ3期グループ寸

1753 1821 1753 1828 ユ835 1754 JDuれdaf トーーーーー叫−−…−−→ 1798 T RobeヱtSOn?−−一一−−−一−−・−−−一一一 1799 DHume,tbeBaron (RBuInS) Earl of Lauderdale M Laing 1762 1818 SiIJMackintosh ユ765 (Siご W Scott) (JMi=) 1832 1832 1773 1836

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スコットランド歴史学派とその著作について −β − さて総数43名のうち生穀年号の分明なものは41名,不明のものは2名であ り,前者に限定して10年代ごとの生誕した人物の数を集計すれば,欝1表のよ うになる。これでみると,1720年代を頂点として前後紅漸減してはいるが, 1710年代に「・挙軋増加し,20年代以降,50年代までに.うまれたものが学派の申 心であったことはあきらかであり,アダム・スミスとアダム・ プァ−ガスンというふたりのアダムが20年代の中心に/いた ことはとくに留意してよい。また,別の第1図の方はつぎのこ とをおのずから提示している。それはこの学派は年代として はおよそ3つのグル−プ払わけられ,第1期グループは1710 年代うまれまでのもの,第2期グループは1720年代ないし 30年代,欝3期グループは40年代以降であって,それぞれ, 指導・創立・開拓者グループ,深化・発展・建設者グループ, 紹介・普及者グル十プとでもなづけられよう。この学派の中 2名 8 1 6 7 6 2 1 核はなんといっても第2期グル−プ(とくに20年代)にあるのだが,人物も しくは著作に.よっては第1期グループのものも第2期グループ的な性格もつ重 要性のものがかなり多数あり,また,算2期グループの人物や著作によっは第 1期グループ的または第3期グルL−プ的な色合いをそなえている。 第1期グル−プで社会哲学として典型的なものはハチスンとと.ユームであ り,歴史的アプローチとしては文筆判事ケイムズ卿とヒュ−ムがいるし,特殊 自然史的人文哲学として−これも文筆裁判官モンポドゥがあげられ,自然科学者 に.はなんとしても巨匠カレンがいる。そのうえ,この学派の世話役で文筆画家 ラムジーがすでにうまれている。しかし,いずれのばあいにも著作の刊行年に よって第2期グル−プ的側面のあることほ十分に銘記すべき点であるが,かれ らの指導的地位ほ著作の有無紅かかわらず,すでに確立していた。 第2期グループでほ.社会哲学としてはもちろんスミスとファーガスン,固有 の歴史家としてはロバートスン,またふたりのグルリムプルがいるし,「市民社 会史」のファ−ガスン,おなじくスミス,これの旅行記的ないしは小説的適用 者たるムーア,農業史家アンダースン,法学への明晰な応用者ミラ−,歴史と 詩の連結者マクプァ−スンがあり,自然科学者にはグレゴリ,ハトン,ブラッ ク,ウォットという産業革命の巨星がならぶ。この学派の世話役のひとりで重

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香川大学経済学部 研究年報 9 ▼_ J __ ヱ969 大な場面の目撃者であり記録者でもあった文筆牧師カ−・ライルの名も逸するこ とはできない。 第3期グル丁プをみると,まず『ブリタニカ』編集者のスメリーと『スコッ トランド統計調査』のおなじく編集者シ∵ンクレアが目につく。大冊の辞典と調 査(いずれも今日までつづく成果として)とがスコットランド歴史学派の百科全音 的運動とナショナリズムと歴史的調査運動に収赦する帰結があざやかであるだ けでなく,D.スチュアートやスメリ−のような早くも希2期グル−プの人物像 を伝記的に紹介する普及活動,また同様に.ケイムズの生涯と著作をあとづけつ つ,ひろく18世紀スコットランドの文化運動を史的展望下に総括するタイトラ ーなどが,もはや歴史学派の創造期の藤了を告げ,命題のオリジナルな発想で はなく,そ・の適用と啓蒙と紹介の時代の到来を象徴している。G・スタエア・一 トやローガンの歴史的思惟,D・スチュアートやマッキントレユ.の社会哲学, 甥ヒュ−ムの刑法史がそれらの若干例である。このば飢、,算1期や第2期に 固有な始源的な創造上の苦闘や体系化への苦悩は存在しえないとしても,啓蒙 と適用と総括の過程に.も予想される別種の創造性ほしばしばありえたという ことのはかに.,何はさておき,帝1期および欝2期グルい・・・・・プの人物とその思想 がこの節3期グル−プの自覚的な努力に.よって赤裸々な同時代人的文脈のなか で回想されたこと,前2期のマニュスクリプトや番簡類がかれらに.よってのみ 保管されたこと,18世紀スコットランドの実態調査が広汎におこなわれたこと などほ,このグループならではの貢献であった。 スコットランド歴史学派は,要するにこの3つのグループを過不足なく具備 することによって成立しえたことを確認すべきであるのだが,さらにこうした 3グループ群ほ職業としてほつぎのよう紅いいうるかも知れない。第1期グル ープには大学教授のはかに裁判官や牧師や宗教家がおおい。これはこのグル −プに属すべき人物をもっとひろいだせばつよまり,とくに牧師の比重が大と なるほずである。第2期グループでは逆に圧倒的に大学教授の比重がたかま り,欝3期紅は大学教授もたしかな地位を確保して:いるものの,少数となり, 文筆家や評論家,編集者や政治家がくわわる。そこで,わが歴史学派の成熟が 第2期グループにあるとすれば,スコットランド諸大学こそが学派の拠点であ り,かかる諸大学と文化的な諸サークルとの連繋のもとでそれは成立しえ.たの

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スコツfランド歴史学派とその著作についノて ー ∂− であるが,スコットランド諸大学の凋落とともにその中核をうしない衰退して いったとみていいであろう。 歴史学派諸群像の職業にかんしては,さらに・つぎのことを大急ぎで附言しな くてはならない。一−・括してかれらを歴史学派とよぶとはいえ,固有の意味での 歴史家や歴史学老の数ほ相対的にほ意外に・すくないのであって,問題はやれら に共通の方法と.そにあった。職業としてこは,かれらほ法学者であり牧師であり 詩人であり経済学老であり弁藩士であり,いな,化学者ですらあった。医者で もあり小説家でもあった。ところが多彩なその職業群から,たとえ.は哲学者

をとりだすと,たんにphilosopher ではなく, philosopher and historian

とつづけなくてはならぬものが厳然とそこにある。いいかえれば,かれは

historicalphilosopherなのである。それだから,歴史家q)ばあいにほこれも たんなるhistorianでほ.なく,philosophicalhistorianとなる。詩人もまた古 詩の翻訳と歴史研究におもいをいたす歴史詩人であり,しばしばハイランドを 背景とする国民詩人であったし,法律家は比較法と歴史法学の視馬を重視し,

化学者はたんなるChemistでほなく,すべてChemicalphilosop血er(または

philosophicalchemist)なのであり,かのクォ・ツトほ.naturalphilosopher(ま たほphilosQPhicalnaturalist)であった。医者をふくめて自然科学者たちの思 考ほいわゆるnaturalhisto工yという自然界の相互依存と連鎖を総体的に規定 する方法1)に魂たされていて,それがカレンやブラックやクォ・ツトの画期的な 仕事を可能とさせただけでなく,スメリーその他のnatuエalhistof・yをはぐく

み,ケイムズ卿やファーガスンのnaturalhistory of manの歴史的方法と媒

介しあうかたちで自然科学と社会科学の清澄な合一がは/たされるのである。言 語論にしても美学にしても,社会哲学や宗教にもせよ,このnaturalhistory の方法がつらぬいていた。もしも,わが多様な諸群像をスコットランド歴史学 派と呼称することに−・定の含意がありうるとするならば,それほこの方法的特 性の1点のほかにはない。 つぎに,かれらの(ダンパ・−とトマス・ロバ−・トスソもくわえて43名の)死亡年を 表示すれば,第2表のようになる。ここでただちに指摘しうることは1790年代 の死亡者が他紅比較して断然おおいということ,わがスミスやロバ・−トスンも その例外でほないことである。そこで,ちなみ紅3つのグルL−プごとにその死 1)参照,山崎 怜「レツセ・フェ−ル」,『経済学蓋礎セミナー』籍2巻,有斐閣(近刊)。

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香川大学経済学部 研究年報 9 J969 − 6 − 亡年をみてみると,90年代の死亡者ほ第2期グループがいちばんおおい。ま た,年令の計算ができないダンパー・およびトマス・ロバートスンをのぞく41名の 平均年令は70.7才,はば70才であるから,第2期グループ のものほ1790年代ないしほ1800年代に.その生涯をおわった ことになる。このことは,かれらの活躍期が1760年代に.は じまり,1790年代ないしは19世紀初頭に終結することを予 想させるだろう。 これを検証するために,41名の年令から,わたしほ10年どと に眉、想の確立するほずの40才台ないしは60才台に/たっする 人数をしらべてこみた。それが第3表であるが,あきらかに.1760 年代に.ふえほ.じめ,70年代および80年代に頂点にいたり,90 年代から下降する。上昇が急激で下降ほゆるやかであること も注意を要する。なおまた,この歴史学派の活躍を子細にみ 第2表 ると,すでに30才台に.重たい著作を出版 岬 し,本格的紅文化運動に参加しつつ,死去ま

2名 で活動するタイプのものが多数いるので,

年代 2名 1740 2 1750 8 1760 19 1770 17 1780 13 1790 13 1800 8 1810 10 19 25 24 19 15 8 30才台ないしほ60才台に拡大して同様の 推移をみてみよう。第4表にあきらかなご とく,第1に.50年代以降,18世紀後半の全部 と19世紀初頭の10年間に活躍期紅たっす るものがはとんどをしめること,第2に.,17 40年代と1810年代の開始期と終結期の人

数が同一・であること紅注目すれば,なかでも70年代と80年代が成熟期のなか

の成熟期であることはもほやうたがうことができない(第2図ほ第3表・第4表

をグラフで示したもの)。このことはつづいておこなう著作の出版年をかえりみ

る作業結果とかんぜんに照応している。もっとも著作の方ほおそらくは執筆・印

刷と思想の発酵のうえから,90年代にずれるということになっているが−−0

年令にかんれんして.いえ裾,欝1図にみるよう紅,G・スデュアーー・ト(44才),

ローガン(40才),およびバ・−ンズ(37才)の3名が短命(ただレミーソズは上記 のように.第1図にあげておいたのみで,平均年令その他紅加絆されてほいない)である

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スコットランド歴史学派とそ・の著作に.ついて −7・− 第2図 ことは,かれら の仕事を長命ぞ ろいの他のもの と比較するさい に考慮しなくて ほならないとお もわれる。41 名のうち,90才 台のもの1名, 17401750176017701780179018001810 年卜代

最多数の80才台ほ13名,70才台は9名,60才台ほ11名,50才台ほ4名,40

才台ほ・3名にすぎない。スミスほ67才であったから,年令に.おいても,この

学派の標準を地で行くのである。 ⅠⅠ 著作に・ついては,1850年代以降および原著の外国人に.よる翻訳(独訳,仏訳な

ど)は省略し,反対に外国語原著のかれらによる英訳ほ加算,論文や講演,講

義,マニュスクリプト類はすぺてのぞいた。また,各版に・ついても初版や5坂

ほわかっているが,2坂や4阪はわからぬというものがかなりある。それであ

るから,これはいちじるしく不正確なものであることを前提とはするが,ただ,

ここで分析される傾向と結果はそれはど大きな錯誤をもつことほないとおも

う。また,人物の取捨選択やその著作の存在と有無紅ついても問題はけっして

すくなくないから,これらについてものちの機会紅検討をくわえ.たいが,大筋

の点では致命的なまちがいをおかしてほいないキおもう0なお,著書はタイト

ルのちがい軋応じてニ1点とかぞえ,巻数ほ.かんけいほない。しかし,巻数どと に・発行年皮のちがうものに・ついてはそれぞれ1点として加算し,タイトルは改 められ,内容にも附録がついたり,改訂をはどこされたものでも,タイトル・ ぺ−ジその他から初版の著書の増補版(または順序数詞の諸版)とおもわれるも のは初版に」はいれなかった。 まず第5表をみていただきたい。ここで総数というのほ.,著書およびパンフ レット形式の単行苔の各版のすペてを指し,初版というのほ,すでたのべた意

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香川大学経済学部 研究年報 9 ー β − ヱ969 昧での印行を内意する。歴史的著作とほタイトルが,Histo工yでは.じまるか, 内容が政治史・経済史・文化史などに.わた、る著書およびパンフレットの各版のす 第5表 ぺてをふくむ。第5表はこの3つの観点か らする10年代ごとの著作刊行点数の変遷 を表示したものであるが,総数では1770年 代から80年代,90年代の30年間が百をこえ 6 4 0 6 4 0 6 5 5 2 .4 6 0 2 3 6 1 0 0 6 4 2 1 1 1 1 1 3 3 2 只︶ 3 0 2 7 7 1 5 2 3 1 ウ︼ 4 7 7 7 2 1 4 て他をひきほなすとはいえ,初版では50年 10 代からふえて60年代に.まず増加し,70年代 25 から90年代紅かけて,やや上向き紅頂点を

68 持続し,19世紀には急激に.減少する。第5

表をグラフに.した第3図をみればあきらか 35 なように,18世紀末の30年間の決定的重 23 要性(グレイト・ブリテンと全ヨ−ロツパ的危 8 機の反映)がよみとれよう。著作からは,上

6 昇も下降も急激であるととは,前出の活躍

期の年代ごとのうごきが下降期でほゆるや 第3図

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スコットランド歴史学派とその著作について −9一 かであったこと匿てらして,主として欝3期グループの、19世紀払おける著作 活動が不甲斐ないものだったことを如示している。もとより,それはかれらの 個人的な責任と能力にあるかはにあか紅断定できない。 総数と初版とのかんけいからすれば,70年代と90年代の比較において興味 のある傾向をみいだすのだが,これだけの資料で分析。論定することはさしひ かえたい。 歴史的著作が総数に(初版にも)おくれて上昇し,初版に.おくれて下降するのも じつ紅含蓄のある問題である。これは多分に.スコットランド,イングランドお よびヨ−ロツパの社会史と経済史,産業革命との相関紅つながる。をれらは第 2期および第3期グルー・プの著作の−・般性格にかんれんがあった。 第6表

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香川大学経済学部 研究年報 9

■−−Jり−

また,歴史的著作のはか紅も,自然科学的著作,実態調査的著作,伝記的著作 についてほ,いずれも総数と対比して,この傾向のつよいことは明白であろう。

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スコットランド歴史学派とそ・の著作について −JJ一 欝6表は.1720年から1849年までの各年ごとの総数,初版,歴史的著作の刊 行点数を示し,欝4図はそのうちの総数をグラフであらわしたものである。各 年どとにみると,10年代ごと把みるのとは,にわかに様相をことに.して,70年 代の急上昇が鮮明となり,とりわけ75年以降の鋭角さ紅衝撃をうけないもの はあるまい。もちろん,われわれの資料は不十分であるから,ここで70年代, 80年代,90年代の具体的な個別規定をあたえたり,複雑な歴史のコンテクス トを仕訳することはさしひかえなぐてならないが,わたしが虚心にえ.らんだ 43名の著作群のながれは,このようにかんたんな操作と処理によっても,無 概念では.ないことを提示しているのである。 たとえ.ば,スミスの主著ほ1759年と76年把.でた。ミラーのそれは71年と87 年にファー・ガスンのそれは67年と69年および83年紅,ロバートスンのそ・れは 69年,77年に,またモンポドゥの2著ほ70年代後半から80年代,さらに90年 代に,ケイムズ卿のそれも74年と76年に,初版が刊行されるという事情,すな わち主要人物の思想成熟と■その公表が70年代にはじまるという事情は偶然で あろうか。 かつて18世紀スコットランドの「精粗」の優越紅ついて論じた小論2)に対し て,スミス時代の宗教界の保守性ほどうなのかという指摘をうけた。「簡神」の 優越は数世紀まえから(とくにスコットランド宗教改革以来)の宗教に.よっで虔ず 代表され,18世紀に.はいって,これに法曹界のそ・れが附加され,すぐに大学の 進歩性に.よって代表され,それが18世紀後半をおおったあと,各界(とくに㌧民 間の文化運動)紅代表されつつ,衰微していく経過を有する。そのばあい,継承 する側はつね把先時代の保守性を空洞化しつつ,これを改編して利用した。そ してこの利用が原則的な困難に逢着したときに,この学派の時代はおわった。 ⅠⅠⅠ 以下のような書誌の信頼性の確保は到底わが国にいては.期しがたいし,わた し自身のおかれてこいる条件はさらに劣悪である。しかし,すでにのぺた理由か 2)山崎 怜「初期スミス紅おけるスコットランド」,『研究年報』(香川大学経済学部)第6 号,1967年3月。

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香川大学経済学部 研究年報 9

ーエ2−− J969

ら,これを編み,改善に.改善をかさねる第1歩紅したい。Jわたしはわたし自身 の所蔵するもの,またほ実見する若干のもの以外は間接的な第2次文献に.たよ

らざるをえなかった。それほ,刀依法わ魚卵・.γげ肋′わ〝αJβゐgγ・αj物γ,Cゐα掴みβγ5

Biog用bhitalDibiibnary ofBniheniScotsmen,W.And6rson,7協e Scoitish

肋fゐ紹のような人名辞典とさまざまの研究番であり,とくにG.B叩SOn,肋〝 αガd∫クCゐ秒,1945とレーマン教授,水田群数授の数おおい仕事に負うている。 このはかのものも際限なくあり,・そのいちいちは省略したいが,ともかく, か〃βに.してもCβ∂β∫に.しても,アンダー・スンのものも,多数のあやまりや 誤記をおかしでおり,頻りになるものではない。そのことが痛いはどわかりな がら,それに依存せざるをえないわたしほそれらの忠実な再録をしばしば放棄 した。そのことがさらに一一層のまちがいをくわえているかも知れない。大方の ご教示をあおぎたい。なお,以下でほ,各人物の著書・論文その他の本人の業 績を中心とし,研究書は別の機会にまわすこととしたが,伝記のみほ添加し た。伝記はグレイアムの有名な本をのぞき,主要なものと前記スコットランド の2大人名辞典を主とし,わたしのみることのできないObituary式のものや 宗教辞典などの,記事ほ小さいが重要なものがかなりぬけている。日本語のもの は僅少の例外をのぞいて断念した。ほじめは全部いれるつもりであったが,統 一億のために.は大変な手間のかかることが判明したためであり,他意はない。 それにしても,アダム・スミスやデイグィド・ヒュームの個人的資質もさる ことながら,かれらがスコットランド歴史学派という銀河のなかの,ひとつの かがやける星であったことはまぎれもないとすれば,われわれは個別研究と平 行して銀河そのものの総体把擾をこころみなくてはならない。かれらが英雄的 個人のうらがわに人民の状態や所有形式をみたとするならば,われわれもかれ らを対象とする研究においてかれらの方法をまさ紅適用しなくてはならない。 かれらの研究に.さいしてかれらの方法とちがったやり方をするぺきでない。こ の解説と書誌とほむろん不十分でほあるが,ひとつには,そういうことを念じ ているのである。 FRANCISEUTCⅡE白ON(1694−1746) 1.著書およびパンフレット 〔1〕生前出版

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スコットランド歴史学派とその著作について −ヱ3− 1 ▲力′ルヴJ′ル1・//血仙70ナノgJJ〝/β./OJJ′J(7ビのβ./β山川十γ仇Jd†’よJイ肌▼:i′=仙川 f㌢’βα才∠♂5\.∫〝紺ゐ査cゐタカβP7表ゎよ■〆βぶ 〃ノ才ゐ♂Jαgβ EαγJ♂ノ 5ゐαノfβざ∂〟タ■.γノαγβ β∬〆〃査〝¢♂α邦♂♂β./お〝♂♂d,αgα方形5‖ゐβA〟ヂゐ〃7・〃/■路β ダ扉両卯fゐβ βββ∫: α招♂才ゐβ∫dβα∫0ノ肋γαJGク〃♂α〝d助言Jα㌢・ββ.SfαみJ査.ざゐβd,αCCβγ離抑gね才ゐβ 5β乃f∠■椚朗痢=り一班将ノ加痢β乃才肋γαJオ.ざね.Ⅳ∠班のけ摘勿ゆ‖“■乃わ℃dαCβα肋蕗・

ematicalCalculationin Subjects of Mbralii.y,London,1725;2nd ed., 1726;3rdedリ1729;4thed.,1738;5thed.,1753;Glasgow,1772;French tr.,Amsterdam,1749;German tr.,FrankfuIt,1762.

ユ.い.⊥−・.什.‥./1√.\−‘/Jご!ノ.(吊(′ ぐりJ.・‘ト.・/=イ什.=ヾざ∴)き.、J′J∴・t卜し′Jい、J∴り・、∫・

u,irth Zllusirations upon theMbralSense,LondonandDublin,1728;2nd ed.,1742;3rdりGlasgow,1769.

3小 Denaiuralihominumsocialitaie…(InauguralLecturedeliveredatUni寸erl Sity of Glasgow,1730.)Glasgow,1756.

4・C〃〝5≠d♂γα才∠∂乃ざβ乃Pα如〝αgβざ,αd♂γ♂5∫β♂わGβ乃≠Jβ∽β町/Sc¢≠Jα〝♂,1735・

5・TheMedi’taiionsofM.Aurelius Antonius(With P工Ofessor Moor)

NewlytranSlatedfrom the Greek,WithNdtesandanAccount6fhis

Life,Glasgow,1742;2nd.,1749;3rded.,1752

6・碓痴が.γぶ≠一昭r 珊瑚紳,ざ.:0タ加わgオα椚 βf ア〝β〟研αねJ〃gオα桝‘〃∽〆βC≠β那・

Glasgow,1742;2nded.;1744;3rded.,1749;4thed,1756;5thed・,1762;

6th.,1774;Strasburg,1772.(Anon.)

7‘㌘崩−ね明地αβ卿γ・αJ∠ざ封鋸刃ね路ク以柳ゆ鋼廠αγオ〃♂ヂ如βざαf.グ捉γ軸γオd〃〝才壱αβ

naturalis elementa continens,Glasgow,1742;2nded.,1745;3rded小,1755; Rotterdam,1745;Strasburg,1772;Dublin,1787.

〔2〕死後出版

1∩ ノ45伽椚=掬わ伽ねd0〝わ肋γ扉f徹ねざク♪ゐ.再一乃二nわβ♂β〃〃烏・S:〝扉扇寂■〝g〃之β

E[(11ZC11fs of E仙(S L71Ld thc LaL(・Of Nat(Lrぐ,Glasgow,1747;2nd ed..

1753;3rd ed.,1764;4th ed.,1772;5thed.,Philadelphia,1788

2.丘gノ7ec抽〃∫〝タ〃〝エα〝gゐfβγ,α〝d忍β∽α7・ぬ明細=鹿」物情=げ〃ね βぬ, Glasgow,1750J

3.A S.γぶ′β沼〃ノ肋㌢・αJ朗よわ郎ゆ射ち 2形 ≠ゐ㌢・ββ ∂β∂ゑざ:紗γよ〃の㌢占.γfカβJ〃fβ

Francis Lhdcheson,2voIs”1755.publishedby his son小(William Leech−− man,s account oflife,etC.,prefixed.)Glasgow andLondon.

(16)

香川大学経済学部 研究年報 9

ーカ仁一 J969

1764;Strasburg,1772.

ⅠⅠ.論文そのほか

1.“Reflections upon Laughter(and〕Remarks on the Fable of theBees,”

肋舶緑木御・乃αJ,Nos..11−7,45−7,1725−26. ⅠⅠⅠ.伝記

1・Wi11iam Leechman,s account oflife,etC.,prefixed A S.ystem of Moral

朗班別がγ,2voIsり1755.

2.W.R.Scott,Fr・anCi.s Hutcheson,Cambridge,1900.

ⅡENRY茸OM:E,LORD EAM:ES(1696−1782)

Ⅰ.著書およびパンフレット 〔1〕生前出版

1.Essaγg富ゆOn SeveralSubjecisin Law,Edinburgh,1732.

2.駄ざ卿ざ〝如乃5♂ぴβ㌢・αJ5〝∂一財止い開削働・別物g8恒■才≠ぷ仁血扉柏Ⅷ兢g5:Ⅰ.Int工Od11C−

tion of the Fe11dalLawinto Scotland.ⅠⅠ.Constitution of Parliament.

ⅠⅠⅠ.Honour.Dignity.IV.Succession orDescent.Withanappendixupon hereditary and defeasibleIight.,COmpOSed anno MDCCXLV.,Edinburgh, 1747;2nd ed.,London,1749;3rd ed.,With additionsandalterations, Edinburgh,1763;anOther edition,Edinburgh,1797.

31Essa1・S O)]the PTiltCij・({S Of爪Iol・al巾・a)tdNGtLIrG[R([Lgio7t,Edinbu【gll,

1751(Anon.);2nd ed.,Withalterations and additions,London,1758 (Anon.);3rd ed.,1779(Not anon.);German tr.,Versucheおberdieersten GrおndederSittlichkeitund der natilrlichen Religionol・tauS dem Englischen iibersetzt und mit Anmerkungen begleitet von C.G.Rautenberg, Braunschweig,1768;German trりLeipzig,1772

4.0∂.絢勇〃乃5αg〃g〝ざf≠カg助∫α.γ∫β乃肋γαJg≠.γのぬ㌧州扉研協仁風妨■g才α紹β.肌㍑扇・

ned,Edinbtx・gh,1756.〔Anon.〕

5.mstoricalLaw7ナacts,2vol$.,Edinburgh,1758(Anon.);2nded.,1761; 3rd ed.,With additions and corrections,Edinburgh1776(Anon.);4th ed.,Edinburgh,1792;French tr.,Essais historiques surlesloix,traduis del′Anglois par Mr.Bo11Chaud,etC,,1766.

6.脅inciplesofEquit.y,Edinburgh,1760(Anon.);2nd ed.,COrreCted and

(17)

スコットランド歴史学派とその著作紅ついて −J∂−

Hodgson,Edinburgh,1825’.

7・Introduction to the Art of77dnking,Edinburgh,1761;4thed..,en− 1arged,EdinbuIgh,1789;5th ed..improved,Edinburgh,1810. 8・Elements of Criii’ci’sm,3voIs,,Edinburgh,1762(Anon.)宣2nded.,With

additions,etC。,3voIs.,Edinburgh,1763;3rd ed.,1765;4th ed.,With

additions,etC.,2voIs.,Edinburgh,1769;5th ed.,2voIs.,1774;6thed.,With the author,slast coIreCtionsand addition,2voIs.,Edinburgh,1785;7th

ed.,2voIs.,Edinburgh,1788;anOther・edition,1796(Anoil.);anOther

edition,2voIs小.London,1805;8th ed.,2voIs.,EdiIlburgh,1807;9th ed., 2voIs.,Edinburgh,1817;abridged ed.,by A.Jamieson,London,1823; New YoIk ed.,1830;abIidgeded.,3rd ed.,edited by、J.Frost,Philade− 1phia,1833;German tr.,Grudsdize der蔚itik…l… auS dem Englischen tlbersetzt vonJいN.Meinhazd,3Thle,Leipzig,1763−66;ar)Othergerman tr.,Nach der viertenEnglischen”l・・・Ausgabe,2Bde.,Leipzig,1772;also germaI】tr.,Letzte verbesserte Auflage,6Bde.,Wien,1790−L91.

9.動〃gγβざざ〃ノダJα.方肋∫∂α〝dグ・.γ∠〝5祝融也ぬ,1766(Anon二)

10..Sketches ofthe Histor.y ofMan,2voIs..,Edinburgh.1774(Anon.);an− Other edition,4voIsり,Dublin,1774−75;2nd ed.,COIISiderablyimproved., 4voIs.,Edinburgh,1778(Anon.);anOther edition,Dublin,1779;′another edition,4voIs.,Edinburgh,1788;anOther edition,4voIs.,Basil,1796; anotheredition,2voIs.,Glasgow,1802;Newedition,COnSiderablyenlarged by thelast additions and corrections of the author,3voIs.,Edinburgh, 1813;Newedition…tOWhichis…addedageneralindex,3vol$.,Glasgow, 1819;Six Sketches on the Hisior・.y OfMan〔.A portion of Bookl.〕,Phi・

1adelpbia,1776u

ll.アゐβG♂乃≠Jβ沼α乃ダα㌢∽β′:β扇〟gα好A〟β椚少′わわ乃〆〃ぴβAgγよc血兢卯・β∂.γ

stLbjcctjllgit totheTes(OfZea(ioMIPril]CjP[FS,Edinbu【gh,1776;2nded., With additions,Edinburgh,1779;anOther print.,Dublin,1779;3rd ed.,

Edinburgh,1788;4tlled..,Edinburgh,1798;5th ed.,Edinburgh,1802;

6th ed。,To whichis added a supplement containing an account Of the

present state of agriculture,and of theimprovements recently inti10− duced.,Edinburgh,1815.

(18)

一員写−− 香川大学経済学部 研究年報 9 ユタ69 Edinburgh,1777;neW edition,Edinburgh,1800 13・ト エ〃〃ざe 戊触卜痺㈹ j鉦粕漬㈹,Cゐ去β/J.γ C〃〝eβγ兜g〝g fゐβC〝〃〟γβ〃ノ ′カβ Heart,Edinburgh,1781;2nd ed.,enlarged.,Edinburgh,1782. 〔2〕死後出版 1・A〝且ざざα.γ㈹」如㌧軌肌励fαグ\γα乃d∫乃d¢ノとαざよ−抽戯g如 げgよ一稼ぎ,Edin・ burgh,1797.〔Composedin1745.〕 ⅠⅠ.論文そのはか

1・‘‘EssayontheLawsof Motion,〃Transaciionsof Philoso少hicalSociet.yof Edinburgh,1771,under the title‘‘Essays and Observations,Physical and Literary.,,

2… “Essay on the Advantages of Shallow Ploughing,叩Ibid. 3.“Essay on Evaporatior),”Ibid.

ⅠⅠⅠ.編杏

1.点β椚αタ・烏αみJβ伽c∠■扇−の柑(け■〃ねCo誕γf〃ノ■ふ得扇−㈲仁ル・〃∽JアJ6−プア2β,1728.

2.Tゐβ伽cZ5去卯は(げ〃ねCの〝・ヂβ./5βざ.品川∴秒伽=■fSダ壷■㌢・ざ≠∫〝5わね離卵2れ・れ毎 Py・eSnt Time,abridged and digested underproper headsin the form of aDictionary,COllected from a great number of Manuscripts never be− forepublished,aS Wellas thePrintedDecisions,2voIs.,Edinburgh,1741; another edition。,1757;anOther edition,1774;anOther editionい,4voIs., Edinburgh,1741−97∩〔voIs.3&4by A.F.Tytler。〕;Supplement to voIs.

3and40ftheDictionary of Decisions,COntaining allthe omittedcases, abridgedanddigestedunder proper heads,by T.M’Grugor,Edinburgh, 1804..〔Anon.〕

3.7%c Statuie Lau・Oj Scotland,abridged with,historicalnotes,Edin− buI・gh,1757.

4.Remarkable Decisions oftheCouY・iof Session j少om1730io)752,Edin・ burgh,1766(Anon.);2nded.,Edinburgh,1799.

5.SeleciDecisi’ons of the CouY’t Of Sessi’on,1752−1768,COllected by a Member of the CouIt,Edinburgh,1780.〔Supplement to Remarkable 加c査扇彿朋.〕

てⅤ.抄録

1.,.Adams,Cw・ious Thoughts oniheHistor.y of Man:Chie.fly abYidged βrざβJ¢Cfβd./シ・〃∽才力β¢♂Jβろγαfβd紺〃γ点g〃ノエ〃γ♂」狐の矧郎,エ¢7・d肋乃み〃ddo,

(19)

スコットランド歴史学派とその著作に.ついて −ヱ7−

Ⅴ.伝記

1・WilliamSmellie,Li・teraryandCharacterisiicalLivesof.70hnGregor.y,

〟・恥助〝㌢・.γ月初那,エ〃グd助研β∫,β甘涙d肋購g,且叩.,α紹dA♂α班S桝わ旭, エエ・か.,EdinbuI・gb,1800.

2・AlexanderFzaserTytler(Lord Woodhouselee),Memoirs ofthe Lijぉ

のねr坪丸■わ〝g叩/■ヂゐ♂助〝〃〝rα抽肋乃7・.γ肋椚β〃ノ■励椚βざ,2voIs.,EdinbuI・gb, 1807;2nded.,Edinburgh,1814. 3・Cカα椚∂♂′・∫βダ〃gグα♪肋αJか∠’c′∠〃〝α7・.γ〃ノ■且融鋸扉5加ゎ傲呵1855,VOl、.ⅠⅠⅠ, pp.61−72. 4・WilliamAnderson,TheScoiti・shNation,1861.vol.ⅠⅠ,pp.486−488 5”JohnRamsay,“Lord]Kames,”ScotlandandScotsmenirniheEighieenth Cβ乃f〟㌢■.γ,VOl小Ⅰ,1888,pp.179−218.

6・JlrA.SルWatson and G.D小Amery,“EarlyScottishAgricultuz・alWritezs

(1697−1790),けアγ■離矧鋸粛卯は(け路れ雛gカJα〝dα〝dAgタ・よc〝JねγαJ5¢Cよg′.γ〃ノ ぶco∫Jα〝♂,1931,ppパ15−18.

WmLIAMCIJLI−EN(1710−1790)

Ⅰ.著書およびパンフレット

1.S.ynobsis Nosologiae Meihodicae,Edinburgh,1769.〔N11merOuS Latin editions,but until11800 English edition unpublished..)The best ed. Of1814,by.Iohn Tbomson.

2.Znsiituttons ofMcdicine,PartI.Physiology,Edinburgh,1772;French tI・.,by Bosquillon,PaI・is,1785.

3.Leciur’eS Onihe Maieria Medi’ca,London,1771,published without Cullen,s consent;reprint with his permission,1773;reWrittenby himself

and the new title,A 7?’eaiise of Materi.a Medica,Edinburgh,2voIs., 1789;French tr.,by Bosquillon,Paris,1789。

4.エβ≠≠βγねエ〃γd C〃批αグ≠ c∂紹Cβ′・戒〝g′カg γβC∂がgγ.γ 〃ノ函明朝路(れ川傲痛 〃〝d.ざββ桝Z’〝gJ.γ♂β〃♂,EdinbuI・gIl,1775.

5.ダわ裏∴い−〝βざ〃ノ≠ゐβ乃・飢勇cβク′朗.γ∫ざc,EdinbuI琶h,4voIs.,1776−1784.

Many editions,Of which animportant oneis thatin2vol$.,edited and

(20)

香川大学経済学部 研究年報 9

ーJ占 一− J969

1785,and by Bosqui1lon,1785−87,With notes;German tr.,by C.E. Kapp,Leipzig,1789;Latin tr.,G8ttingen,1786.はかにイタリア訳もある。

6.ClinicalLectuYeS,delivered1765−66,publishedbyanauditor,London,

1797.

7ハ 7Ⅵβ5〟∂ざfα乃Cββ./■ⅣよガβエβCわ‘7・β巨㈹γ毎顔戒0狸α〝dAgγ・毎繊細・βdβ〃ひgデβd

Privatel.yi’n1768.London,ユ796,inAppendixtoOutline$Of15thchapter

Of ProJ・OSぐd Gc17(rLTIRぐPO,[jTOm fhe BoGld ofJlgYi(tl](tLlで.、\▼ith notes

by G.PeaISOn.

ⅠⅠ.論文そのほか

1.‘もAn Essay o11the Cold produced by Eセaporating Fluids,etC.,,,Edin一

飯紗■gカ 邦彦ぬ叫臓“け1沼d.山一′βγαグッ′β55吼膵,VOl.2,1755.のちにブラックの

‘‘Experiments upon Magnesia Alba,Quicklime,etC.:,と合体され単行版と してEdinburgb,1777紅再刊。〔これは17&2年紅.も版をかさねた〕

ⅠⅠⅠ..著作集

1.月Gβ搾β㌢・d∵a離路用∂./〃ね1Ⅳ彿〃ば(./ノC〝JJβ光,わ扉必需勘卜鋸ざ月わ倒∂J♂gγ, Ⅳ〃ざ¢わg.γ,の鋸どダわ■ざfエ壷■〃β∫,狛働=馳瀾卯¢〝ママ∬か・αCfぶメタ■鋸㍑戯ざ∽α邦〝rSC7■さ〆

babers and his Treaiise on MateriaMedica,2voIs.,Edinburgh,1827.(Ed,

by DI・..John Tbomson) ⅠⅤ.マニュ スクリプト

1.Lectures on Chemistry,COmpiled by Dr.John White.〔この抄録は後掲

のA.Kentの論文集のなかにある。また,つぎのものをみよ。L.Dobbin,“A

Cu11en Manuscript of1753,”Annals ofScience,VOi.Ⅰ,April,1936.j

V.伝記

1.〔James Anderson.〕,‘‘Curious〔Cursory〕Hints and Anecdotes of the late Dr William Cullen of Edinburgh,り The Bee,Or Liierary Week[y

∫刀才eJJ≠gg乃Cβγ,No.1,1790.

2..Joh王ITbomsoIl,エブノお♂ノーⅣメノアgα鯛C〝オブβ〝,2voIsり,London,1859.

3.“William C1111en,”ChambersBi’ogra♪hicdlDictironaY二γOfEmirneniScots・ 弼♂乃,1855,VOl.汀,pp.18−37

4.Wi11iam Anderson,77ie Scoitish Nati’on,1860,VOIuI,pp.735−737. 5..′丁.GハCrowther,Scienti−sis oftheIndutsrialRevoluiion,Lohdoね,1962. 6.〔以上のほかDouglas Guthrie,“William Cullen,M.D.,and hisTimes”

(21)

スコットランド歴史学派とその著作について −j9−− よ乃Cゐβ椚≠5わ′二γ:駄ざ卿Sα鋸7β緑¢紹fβ〝αγγA(7かβ55郎れれ離〝gわ≠ゐβC血ね研一∫fγγ かβ少αγ・g沼♂〝f(プア47)げGJαざgO紗助言少βγ・粛秒(J45J),GlasgQW,1950がとくに 有益である〕 THO朋■AS RI∃ID(1710−1796) Ⅰ.著書 1。.血喝力叩適わ仁扉〃〃柁農奴傲∽月齢机7“=物グ乃・よ■花Cグ〆β5♂ノーC∂研肌♂〝5β〝∫β, Edinburgh,1764;2nded.,1765;3rd ed.,1769;4th寧dい,London,1785; FIenCb tI・り1768ル 2.EssqysontheIntelleciualPowers oj Mdn,Edinburgh,1785・(AIso incoIPOratedin Works,VOl”Ⅰ.) 3.EssqysoniheAciive PowersofMan,Edir・buIIgh,1788・(AIsoincor・ poratedin Worhs,VOl.ⅠⅠ.) ⅠⅠ.論文そのほか 1.・‘AnEssayonQuantity,OntheoccasionofreadingaTreatiseinwhich simple andcompo11nd ratiosare applied to Virtue andMerit,け7yansac・

抽槻=げ銅招風伊ガふ膵♂秒〃ノエの別れ峨/bγ∫74β,VOl・ⅩLV・)

2.“A Brief Account of Aristotle,s Logic,,,(in励mes,Skeiches ofihe

HistoY二γOfMan,VOl.ⅠⅠ,Also,invol.ⅠⅠ,Works・)

3”“Accountofthe University of Glasgow,M Staii’sti’calAccount ofScot・ land.published by SirJohn Sinclair,Glasgow,1799・(AIsoin vol・

ⅠⅠ小 (lγ¢rゑ5.) ⅠⅠⅠ.著作集・全集

1.cEuVreS COmb16iesdeThomasReid・(M.T.Jouffroy,aVeCdesfragments de M.Royer−Collard et uneintroduction del,6diteur,6voIs・,Paris,

1828−36.)

2.7he Works ofThomas Reid,edited by Sir Wi11iam Hamilton,2voIs.,

Edinburgh,1846−63.〔1863年版はH・L”Manselの編集がくわわる〕 3一.〔はかに.GりNいWIiglltの編集による著作集が1843年に刊行された〕 ⅠⅤ.伝記

1.Dugald Stewart〉!‘Account of the LifeandWritings of Thomas Reid・

(22)

香川大学経済学部 研究年報 9 J969

ー2∂−

にてよまれたもの〕

2.Cゐα∽∂βγざβオogグ・勘坤東風仁玖c才査∂〝〃ダニγげβ椚古形β〝才5c〃f5研β〝,1855,VOl.ⅠⅤ, pp.162−168.

3”William Anderson,The Scottirsh Nation,1863,VOl.ⅠⅠⅠ,pp.335−336 4.John Ramsay,Scotland and Scotsmenin the EighieenthLCentury,1888,

VOl.Ⅰ.pp小471−477.

5・・A.CampbellFraser,77iomas Reid,Edinburghand London,1898.

DAVID】訂けM鳶(1711−−1776) Ⅰ.著書およぴパンフレットそのはか 〔1〕生前出版 1.A 7ケβαf才5♂ げ助∽α〝 肋′肝β:β扇形g α〝 A〟♂研摩g わ よ扉r♂ゐc♂ ′虎♂ 励ゆ如−∽β邦fαJ肋f如♂〃/点¢α5仰嫉再〝わ肋rαJ∫〝∂ね加,VOIs…1,2,London, 1739;VOl.3,London,1740.(Anon小)

2.EssGyS,Moro[alld Po[i[icG[.Edinburgh,VOl1,1741:2nd ed.,1742; vol.2,1742;3Ⅰdinlvolり1748…(Anon.) 3.7Ⅶγ・¢ββざ5qγ5,肋γ扉御感.n痛−fgcαJ:〃ノ〃αめ形〃JC∂αγαC≠¢γ;〃メ■〃ね Orよg古狸αJCo〟fγαd;〃ノPαざ5ダリβ0∂♂dど♂〝C♂,London,1748. 五.P加蝕叫励(αJ且ざざqγ5C0〝Cβγ〝g乃g肋明α〝抽♂βγざfα乃d∠■乃g,London,1748; 2nd ed.,1751. 5.rゐβ助曾〟よ丹8∽路用毎g摘g釣葎烏〆e5〃ノー肋タ■αJ∫,London,1751. 6.Po[iti(alDis(0(lrS(S,Edinbutgh,1752 7.二nねj須ざfoタ:γ〃ノβ〝gJα乃d,6voIsl.,London,1754,1756,1759,and1762. 臥..Fの〝∴玖55βγね離■〃〝ぶ:∫.7Ⅵβ〟αね7・αJ月表ざね7二γ〃ノ■熱がが加;∫∫.〃ノ■〃ほ 触ぶよ〃〝∫;′′∫小 げ乃’αg♂亘γ;′y.♂ノ才力♂ざね〝♂〝’♂q/■7〃JJ♂,Londo払1757 9.〔以上のはか紅,β∫叫γざ α乃d 7シー別離5♂・S 〃乃 ぶβ〃♂rαg Sゆ如ね,1753−4; other prints.があるが,主に,それは諸論稿の再録したものである.〕 r2〕死後出版 1= r紺〃且sぶα.γ∫:α柁5融露ゎ;了Ⅵβ∫∽沼♂′・fαJ∠秒〃ノ才ゐβ5∂〟J,LoTldon,1777. 〔これはもと上記8紅ふくまれていた〕 2.エfノお♂ノ■かαぴよd」打払昭βa〃域けの堰∂.γ月言明ぶβJノ;LondoTl,1777. 〔自伝〕〔マニュスクリプトのタイトルは叫γ0紺乃上之./お〕

(23)

スコツIランド歴史学派とその著作について

−2J−

3.餅血称肱=朋00撒〝gⅣα≠〟′・α7月♂J査gg∂〝,London,1779 ⅠⅠ‖ 書簡集 1.ア′・よぴα′β Coグγ・βざ♪〃乃♂β〝C¢ 〃./刀惚如d」談粗相紺紘ゐ 上わ研削扉∴nぶ才さ■〝g〝よざゐβd Pβγぶ¢〝5加須肌紺乃j7仇ト」776,LondoIl,1820 2.エef才♂タ・ざ βノ血路は一軌用紹‘傲ブ且沈那加∴ルβ椚エβffβγ■ぶ7βJαわー〝gわガま朋・ (Editedby T。Murray,Edinburgh,1841.)

3John Hi11Burton,Lifc a)ld Corr{SPoltdcl)Ce Oj DLll・jd HtLl)1C,2voIs.. EdinbuIgh,1846

4.Leiters of David Hume to Willam Strahan.(Edited by G.Birkbeck Hill,With notes,index,etC.,0Ⅹford,1888.)

5.J.Y.T.G【eig,CoTr(SPoNdcllCe OfDaL・id HtLWL{.2voIs,,0Ⅹford,1932. 6.Raymond Kilbanskyand E.C..Mossner(eds.),New Letters ofDavid

肋∽β,0ⅩfoId,1954 ⅠⅠⅠ..著作集

1.rゐβ f鳩言わぶ〃タゐgc〃JⅣ〃タ・点ざ 〃/■助成d 月加坤パ那加成一〝g(才Jノ ブカβ βざ∫qγ∫, 〝JJdぐ.r〟抽〃〃g拍=J〃けどわ〃♪〃J′のけ〃J/JJ5上川ざ〃′′d cβ〃で′用JI5んり加∫′化√√∫ぶi【で editions?ublished b.yihe Author,4voIs.,Edinburgh,1826.

2.PhilosophicalWorks of Da2)td Hvme..(Edited by T.H.Greene and T. 乱 Grose,4voIsりLondon,1874−75.)

ⅠⅤ.伝記

1… C〟′よ〃〝ざ」㌔汀勇c〟Jαタ・.ざα鋸r G創価−〝β A,加,Cd〃fβざ γβ∫♪βC才g紹g ≠ゐ♂J〃fβ 加7・d ChesteYji’eld and David Lbmellby a friendtoCivilandReligiousLiberty, 1788.

2.WilliamSmellie,LiieraYy and CharacierisiicalLi2,eSOfルhnGregory, 肱 かリガβ乃γ二γ肋∽♂,エ〃γd励研β5,かα即fd肋沼β,ガぶ曾。α乃dAdα鯛5研よfゐ,

エエ..βりEdinbuI・gh,1釦0

3.,Thomas Edward Ritchie,Acc・)uniofihe Li.fb and Wriiings of David 肋∽♂,London,1807

4..Tohn HillBurton,エ壷ノおα〝d C〃r7郎か細離職㍑(./−βα由一d月毎那,2voIsり EdinbuIgb,1846.

5.Cカα研∂gγぶβよ■og′・α♪カfcαJか≠¢f≠〃〝αタ.γ0ノβ∽わ才β乃f∫cクf5∽β〝,1855, volいⅠⅠⅠ,pp.102−133.

(24)

J.969 香川大学経済学部 研究年報 9 一22− 7い.丁.Yu T.GIeig,β扮涙d助研β,LondoI−,1931. 8.E.C.MossneI,T翫㌧山ノお〃ノ刀吻涙d肋沼g,1954. SIRJAMES STEUART(1712−1780) Ⅰ.著番およびパンフレット 1.4如わ蛮βあ=柳沼研卵葎(ね」ば卯はね沼′わ CゐβがαJ妄β′・〃β紺fo〝ざ〟㌢・J,α〝Cよβ〝〝♂

chronologie des Grecs,Franckfort on the Main,1757.

2.A」方犯例・ね離即=毎畑作〃ねJわがカ知行劇痛.凸祓町〆β∫∂ノ肋〟♂.γ ¢鋸溝庖7 加

the German Coin,1761;German trり1761.

3.血行物押rγ∠乃ね才ゐgア′・飯南が♂ぶ〃′P〃Jよ一方査路仁飢朋研削,2voIs.,London,

1767;3voIs.,Dublin,1770;German tr.,Hamburg,1769;Tdbingen,1769−

1772;5voIs.,1796;F王enCh tI.,1789.

4.C〃乃5gdβγ〃わ■〃邦ざ御仁拍♂ ∫扉卯飢頭 8/’〃ね Co〝乃fγ 〃ノ■ム∽晩成よ勿5h抽惣鋸,

Glasgow,1769.〔under the pseudonym of Robert Frame〕

5.7Ⅵβタグ・払両胸ざ〃ノ肋72♂.γq鋸痛βdね≠カβアγ♂∫β〝才ぶgαf¢〃ノ摘β C崩邦〃./ ββ〝g〃J,1772.

ⅠⅠ.マエコスクリプトおよび遺稿

〔いずれもⅣ¢7如に収録分〕

1.Observations on the New Billfor altering and amending the Laws

which regulate the Qualifications of Freeholders,etC.,〔1775.〕 2.A Dissertation on the Policy of Grain,With a view to a Plan for

preventingScarcityorexorbitantP工icesintheconmonMarketsof England・

3.A Plan forintroducing an Uniformity of Weights and Measures over

the World:and for facilitating the more speedy Accomplishment of

such a Scheme within the Liznits of the British Empire.

4.Observations on Dr.Beattie’s Essay on the Nature andImmutability of Truth,the second edition,printed at Edinburgh,1771.〔1775〕

5.Critical Remarks and Gene工alObservations upon a Book,entitled, System of Natur・e:Or,Laws of the Physicaland MoIalWorld By M.

de Mirabaud,in twoparts,London,1770.(’1779〕

6りI)issertation concerning the Motive of Obedience to the Laws of God 7い ほのほか,WorksKないものとして,“AnInquiryinto the State of the

(25)

スコットランド歴史学派とその著作紅ついて −2β一

Distillery and BreweIyIndustry of Scotland”と友人の要求で準備していた “Dissertation on theFrench FinancialSystem”というものがある〕 ⅠⅠⅠ。論文そのはか

1.“Answers to M.Des Vignolles’Dissertation upon SirIsaac Newton,s Chronology,’,T也bingen,Nov.1st,1757。

2n 〔このほかにも若干のものがある〕 ⅠⅤ.書簡

1.SirJames Steuart’s Answer to Mr FIanCis’Letter,dated,Coltness, 12th Sept..1777.

Ⅴ.全集

1.rゐβⅣ〃γゑざ,ク〃Jざf才cαJ,肋才α少ゐ.γざfcαJα〃d Cノ如乃〃J〃g査cαJげ才ゐβJαgβ5査r

James SieuariofColtncss,Bart.Now First collected by GeneralSir James Steuart,Bartu His Son,from His Father,s corrected copies,tO Which are subjoined Anecdotes of the Author,6voIs.,London,1805. ⅤI小 伝記

1u D.S小 Erskine,“Memoirs of the Life of SirJames Steuart Denhan, BaI・t小,,,r′の紺飢戯■∂〃牒・(/’釦蕗由りゾA祓す〟αγgβざ∂./5c〃fJα〝♂,Ⅰ,1792.

2.“Anecdotes of the Life of SirJames SteuaIt,Baronet.,,’The Works of 朗γJ銅郎.Sぶfβ〝α′才,VOlいⅤⅠ,1805,pp.359−391.〔これは1の再録ともいわ

れる■〕

3.Cノiα∽みβ㌢・.ざβオ〃gγ頑励∽仁αが紘吼γり助成紺扉Jh由明細 1855,VOl.ⅠV pp.313−316.

4.William Anderson,T72e Scoiiish∧ktion,1863,VOl.ⅠⅠⅠ,pp.509−510.

5.S.R.Sen,The Economics ofSirr.hmes Stewi,London,1957.

ALLAN RAM:SAY(1713−1784)

Ⅰ.著書およびパンフレット 1.耶ね′机欺油−g(如γ,1762

2小 An Essa.y onihe Constitution ofEngland,2nd ed。,London,1766 3・r如7翫明由ざ0〝fゐβ07■よg∼花α乃dⅣαf〝γ−β〃ノ■G〃がeγ〝椚β乃≠,1769.(Anon.) 4.A PJα乃0ノー点♂‘∂〝CオJよ虎毎柁ねね購朋G如励り鉦fα∠〝α乃dカβγC〃Jβ乃∠−♂5,1776.

(26)

香川大学経済学部 研究年報 9 ・− 24− Jβ69 5.エβf≠βγ・ββ朋j鳩ゼ」巧錯甜はエ熔融新旭肌漕巨細(みβα≠βγ去≠α古形α乃dゐ¢γA〝ZβγgCα邦 凸′βがオ紹Cβ8,1777. 6.0∂ざβγぴ〃如紹ぶ〝♪〃邦fゐβ点よ∂≠Acヂ,1781.(Anon.) 7.A紹風s5αク0殆ど如爵gゐfげC∂〝す〝♂ざヂ,1783.(Anon.) 8.〔以上のはか紅匿名の山鹿」酌∫ね′ね如月加卿(捕 れ毎 ヱ玖紳5ゐ C囲ぶ抽励〃〝, 1771.(Anon..)をもラム汐−のものとする説もあるが,これを否定する説の方が 有力である〕 ⅠⅠ.絵画 〔画家としての業績についてはここでは省略する〕 ⅠⅠⅠ.伝記 1.Cゐα沼み♂γ・.Jβわgタ′α♪カg√βJβge才∠∂〝〝:γβ/−β桝左如〃f∫c∂f5∽β花,1855,VOl..ⅠⅤ, pp.158−159.

2ル William Anderson,The Scotiish Naiion,1863,VOl.ⅠⅠⅠ,pp、326−327. 3..A.SmaIt,The Lijb and AriofAllan Rams亘γ,London,1952.

JAMES BURNETで,LORD M二ONBODDO(1714−1799)

Ⅰ.著書

1.Of tJze OrLgilE L71]d PTOgTぐSS Oj L,L71tgttGgC,EdinbuLgh,6voIs.,177圭

1776,1787,1789,and1792.(Anon.);German tr.,Des Lord 肋nboddo Ⅳ♂タ・ゑ2Ⅶ〝(わ闇省こか−ざβγ〟乃gβ〝乃♂ダ〃デー≠gα〝ge d♂r ∫タグαCゐ♂ 臼ber−SetZt VOn E.

A.Schmid小 Mit einer Vor.Iede des:首errn G.Herder,Riga,1784・−85. 〔第1巻一傍3巻のみの抄訳〕;2nded.,3voIs.,1774−86.

2.ノ加雨−β兜才 〟βgα♪如Sざc∫:〃γ,才ゐβぶcgβ乃Cβ∂ノ■肋査びβγgαJβ:紺さ班(∽ ノ毀疹創成.γ ∽扉扇城砺g d∽ j勤制磁血路〃犯 〃ノ 〃2β P7査〃Cオ〆βざ 〃ノ■ぶ友一γJ封靴㍑Ⅳβ紺f〃乃,ぶ

PhilosoZ,hy,6voIs。,1779,1782,1784,1795,1797,and1799.(Anon.) ⅠⅠ.書簡

1.WiHiam Knight,Lord ^Io)]毎ddo‘川d?0”LC Of hjs ColttCllLJ)OrGTj(S, London,1900..〔ACollectionof Letters,1776−92.With“Observationson Antient Metaphysics,”by SamuelHorseley,1780.〕

ⅠⅠⅠ..序文

1.M.A.Memmiele BlanC,An Account of Savage Girll”n・川 With a Preface〔by Lord Monboddo)containing severalparticulars omittedizl

(27)

スコットランド歴史学派とその著作についで −お一 the originalaccount,1768. ⅠⅤ.抄録 1・J・Adams,C払わ川ざ那加吻軌=昭〃わ月5ねγγβ/■肋乃:C鬼才βノ秒α∂γ∼dgβd 〃γ∫βJβCわdノン■β桝JゐβCβJβみγαfβd抄〃γ如〃ノエ∂rd励研g5,エクγd肋〝∂クdd〃, etc.,1789. Ⅴ.マニユ スクリプト

1.Burnett MSS.Letters and Papers,1766−99.

2・‘‘TheDegeneracyofManinaStateof Society,,,80foliopages.(MSS.

inpossessionof his family・)〔こ.れは1紅ふくまれるものとおもわれる〕 ⅤⅠ.編集

1.“Decisions of the LoIds of Counciland Session fIOm25Nov.1738 to 7MaICh1768,’,BI■OWn’s5’〝♪〆β研β〝才ね≠ゐββよ−c如〝α7二γ〃′かβ‘緑ね那㌧〃

〃ねCo〝rf〃ノざβ5扇〃邦,1826,pp.651−941. ⅤⅠⅠ.伝記

1・C加関ゎ邦∴創−∂gγα♪ゐ∠cαJβ嘉一c如乃αrγ0ノ且矧泌弼fぶ伽鶴間劇,1855,VOl. Ⅰ,pp.437−440.

2.William Anderson,The Scottish Nati’on,1860,VOlいⅠ,pp.494−497. 3・John Ramsay,Scoilandand Scotsmeninihe Eighteenth CeniuY二y,1888,

VOl.Ⅰ,pp.350−361.

4・William Knight,Lord Monboddo and some of his Contemboraries,

London,1900

ROBERT】乱8NRY(1718−1790) Ⅰ.普選: 1小 鮒ざねγγ〃ノ励‡gJα73d〔Grgαf助’≠fα≠乃〕,VOl.Ⅰ,1771;VOl.ⅠⅠ,1774;VOl.ⅠⅠⅠ, 1777;VOl・ⅠⅤ,1781;VOl・V,1785;VOl・ⅤⅠ)ed・byLaing)POSthumously, 1793;5th ed.,12voIs.,1823;EIenCh tr.,1789−96. ⅠⅠ.伝記 1・‘‘Life,”ガ∠・Sわγ−.γ〃./一助gJα〝d〔Gγ・βα′βγよfαよ〝〕,VOl.ⅤⅠ,ユ793. 2・Cゐα椚∂♂γぶ戯〃gγα♪カメcαJか∠c≠よ■∂〃αγ:γ0./■励磁ね犯行飢勇知鋸邪,1855,VOl.ⅠⅠⅠ, pp.28−34.

(28)

香川大学経済学部 研究年報 9 −お− J969 ⅡUGH BLAIR(1718−1800) Ⅰ.著書およびパンフレット 1.A Cγ査昆■cαJβよ\ざざβ㌢ね離脚=川f如=靴働肌=〃0.sぶ∠〃乃,fカβ 50乃 0ノーダg〝g(ZJ, 1763. 2小 エβCわ‘γβ50乃忍ゐβf〃グよ(α形dββJJβざエβfわ■βざ,2voIsり1783 3.〔このほかにいくつかの5励・沼〃〝ぶがあり,A離京滑れクy伽離 というパンフレ ットもある〕 ⅠⅠ.論文そのほか

1.〔A Review of〕Hutcheson,s MoralPhilosophy,Edinburgh Review,1755. 2.〔A Review of〕Dodsley’s collection of poems,EdihburghRevieu],1755. ⅠⅠⅠ.初期ノート 〔JobnBlaiI・によって刊行された〕 ⅠⅤ… 抄録 〔かれの著作における‘sentimentalbea11ties’をあつめたものが,1809年にW. H.Reedに.より刊行された。これにほブレアの伝記がある:〕 Ⅴ..伝記 1.Cゐα弼∂βr5βわgれゆ血cαJかざc如〝αγγq/E椚≠玖紺はふ%吼即抑卯,1855,VOl.Ⅰ, pp.251−256.

2.William Anderson,The Scotiish Naiion,1860,VOl.Ⅰ,pp.323−325 3.〔このほかに.ふ汀灘矧机,5voIs..,Edinb11‡・gb,1777−1800..の第5巻に.丁.Fin・

1ayson,“A ShottAccount of the Life and Character of the Author,〃が ある〕 WmLIAM ROBERTSON(1721−1793) Ⅰ㊥ 著書およびパンフレット 1.7Ⅶ♂ぷ≠〝〃′∠〃〝q/■拍♂坪加Jdαヂ′如 77雛β q/■ Cノ乏γメ■扉’′ざA♪♪βα7・α〃C♂,α〃d よf5Co乃〝βC如〝紺≠摘fゐβS〝CC路いげ1野ざ風沼寓如い路那−dβγed,EdinbuIgIl, 1755;6tb ed.,1791. 2.7カβガ∠gゎrγq/■Sc〃fJα〃d d〝㌢・査乃g fゐβ点βよg紹.ざq/¢祝ββ乃肋7二γα邦♂q/戯邦g /α沼♂∫y′′∠■〃∴侵.ざ加√♂・5・裏〃〝紬≠カβ Cデ・β抄〝 q/助gJ〃プクd.伊壱班Eα」翫期¢卯 〃㍉沌e5“両頭j肌油明り仙川∂〟.=わ抽扉P抑加㌧朗d飢ノ軌痛感.方以∽ねゐ− ∠〝g O′∠g∠〝〃JPおβ♂′ざ,2voユs.,Londo王1,1759;2Jld ed”1760;5tlledり1762;

(29)

スコットランド歴史学派とその著作紅ついて −・27一一

11th ed.,COrreCted,1787;19th ed.,3vo王s.,1812.

3.rゐβ方言ぶねry〃/摘β風物押烏./∼カβガ研タβγ〃7・Cゐαγ・Jβ5Ⅴ,紺紆ゐα1m紺=げ

〃と合 戸γ〃grβ・S・5〃ノS〃Cよ扉〝‖否囲=肱巨細払肌舶乃 鋸仁紘仁勧㈱弼j加励・βfo

the,beginnirngofthe sixteenihceniury,3voIs.,London,1769;Philadelphia, 1770;2nded.,4voIsり1772;6th ed.,With corrections,1787;10thed”,1802; new editioI】,byJ.F.Kirk,Philadelphia,1902

軋二n毎㌧甜−ざ紬γ:γ〃/’A∽βグ≠−cα,2voIs.,London,1777;2nd ed.,1779;5th ed.,

With corrections,3voIs.,1788;10th ed.,4voIs..,1803;With continuation from1652by David Mackintosh,1817;14th ed.,3voIs.,1821;French tr., Paris,1778;Spanish t 5い ノ摘j財抽彿一路=銚御ぬ軌〝C〃乃Cβγ乃多乃g fゐβ助0紺Jβdg♂紺肋ゐfゐβA招Cよβ〝f合 板材(げ’J〝dよα:α犯d才ゐβPrクgγβ.ざぶ〃ノ’Tれねkl肌摘1物戚Co〝〝わ二γ少γま−〃γ如才ゐβ 離■ぶCクが¢㌢:γ¢/〃ねfb.s5〃gβ わ ざf み.リ オゐβ Cα♪β(げG∂∂d 助♪β,紺壷純 一錐 abbendir,London,1791;Philadelphia,1792;2nd ed.,London,1794;6th ed.,18ユ2. ⅠⅠ.論文そのほか 1.ClassicalLea工ning.〔講義〕 2い TbeDutiesof Youtb.〔講義〕

3ル TheComparative Advantages of Public and Private Education.〔講義)

ⅠⅠⅠ.著作集 1.1Ⅳの・ゐざ,11voIs.,London,1800−2;12voIs.,1802;12voIs,1806;12voIsり, 1809;1812;6voIs小,Edinburgh,1813;12voIs.リLondon,1817;Edinburgh, 1819;Lon加n,1820;10voIs.,London,1821;12voIs.,1822;9voIs・,1829; 8vois.,0ⅩfoId,1825;1826;182ア;1828;1831;1833;1837;1840;1841; 1851;1852;1860;1865;Frenchtz・.,bySuard,Morellet,and CampeI・On, 1817−21,12voIs..(reproducedin one volumein Panth60n Liii6raire, 1836);(Euvres comblbtes?Y・6c丘d6es d’une Notice parJ・A.C.Buchet,

2voIs..,PaI■is,1837.

ⅠⅤ‖ 伝記

1.Dugald Stewart,“Account of the Life and Writings of WilliamRober・ tsom,D.D.〝†れ机如,VOl.x,1858,pp.99−242.〔これはもと1796年3月

21日,R.S.E.紅てよまれたもの〕

(30)

−2β− 香川大学経済学部 研究年報 9 J969

VOl.Ⅰ,pp.1Ⅹ−1ⅩⅩⅩii.

3.Cカα刑∂β′5βわgグ頑戯cαJ∂査−ぐ如〝α㌢・.γ〃/β知力移勒F∫仇症開削協,1855,VOl.ⅠⅤ, pp.178−184.

4・William Anderson〉The Scotiigh Naiion,1863,VOl.ⅠⅠⅠ†pp.349−351・

ALEXANDERCA礼YIJE(1722p1805) Ⅰ.著書およびパンフレット 〔1■)生前出版 1.A紹Aγg〝椚β〃ヂわ♪γ〃ぴβヂゐαf fゐβ 乃αgβd.γ♂ノ“加〝gJαざ,,〃鋸g加ゎ∂♂ 少“∂J塵■cJ.γ∂〝7・乃才∂.γ才ゐβゐα〝dざ〃ノ才ゐβ月お花g∽α形1757.〔AnoIL〕 2・クJα∠■光点紺柏陽ノ物・㌢β沼〃び産児gαC♂γね扇z(汀・路上脇∽ ノ抽研 創j 朗−\γ’ざ ♪γβSβ〝Cβ〃肋ダ8銅∽dねノ伽βぴβγ.Addrβ55βdね才力βPβ0〆β¢./■助gJ〃〝♂.By O・M.Haberdasher.〔Anon.〕 3・7ⅥβQ〟β,S緒川㌢・βJα才盲喝=わα∫印ね几緋裾αC〃〝ぶよ♂βγgd慶一〝α.乙朗甘即・ねf如 エ∂′♂∫〃JJd Gr〃〃c〃汀〃〟・んクル馴化・山川佑〃抽♂石地.n肌侶(/〟」レ川・,/∂r 川〃′ β5≠α∂J∠−ざゐ∽♂乃≠,1760 4・且鋸痢■朗=ねね頭痛,1764. 〔2二〕死後出版 1・Aめ∂g〃gγ・α♪カ.γ0/■fゐβ点βぴいか′・.AJβ.方α〝♂β㌢・Cαタ・/.〆β,腫〝Zぷfβγ0ノーム相即βざ点,

COniaining Memorials ofthe Men and Events of his Time,edited,With notes and a supplementary chapter,byJohn HillBurton,1860.

ⅠⅠ.論文そのほか

1・“Ver’SeS On his Grace the Duke of Buccleuch,s birthday,け Sco

肋gαgオ形♂,1767.

2・‘‘Account of the Parish ofInveresk”StaiisiicalAccount pf Scotland,

1791−9. ⅠⅠⅠ。プロロ・−グ

1・Prologue toCharles Hart,s Herminiusand Asbasiraactedin1754

ⅠⅤ・書簡

1・〔−B.M.のThe Egerton MSSのなかにダグラス博士宛のhL−ライルの若干の手

紙がある:〕

Ⅴ.写本

(31)

スコツ†ランド歴史学派とその著作匪ンついて 一29− ⅤⅠ・〔カーライルにはこのはかに5初竹紺削がいくつかあり,また,コリンズの0(ねβ乃 紘=軸物’∫fよゎ♂邦5〃ノ■才ゐβ月盲gゐJα〝d♂㌢・ざの紹介と出版の斡旋など,むしろ18世紀ス コットランドの.文人と文筆家間でみずから文化的郵便業と世話役を任じていたので ある〕 ⅤⅠⅠ.伝記 1・Cゐα∽∂eタ・ざ戯〃gγ・句摘わ血㌧別−ぐ≠g〃乃〃㌢・.γ0ノ■茸矧払紺ばぶ伽心憫劇,1855,VOl.Ⅰ, ppu515−516.

2・William Anderson,77ie Scottish Naiion,1860,VOl.Ⅰ,pp.589−590.

ADAM:SM二ITⅡ(1723−1790)

Ⅰ.著苔 〔1〕生前出版

1・Thc Thcor)・0.fJわro]Se〃fjm{Nfs,London.1759;2nd ed.,1761;3【d ed.,“To whichisaddedaDissertationon the Origin ofLanguages,り1767; 4th ed.,“Or,An Essay towards an Analysis of the Principles by which

Mennatural1y judge concerning the Conduct andCharacter,fiIStOftheir

Neighbours,and afterwards of themselves.To whichisadded,aDisser− tation on the Origin of Language,,,1774;5th edい,1781;6th ed.,2voIs., 1790;anOther print.,Dlユblin,1777;7th ed.,London,1792;8th ed., 1797;9th ed.,1801;10th ed.,1804;11th ed.,1812;anOther print., Edinburgh,1808;12th ed..,Glasgow,1809;French tr.,1764;Ger tr.,1770;French tr.,1774;Germantr.,1791−95;French t‡.,1798; another print.,T滋彦orte des sentimenis moraux.Tr.par mme.S.・de Grouchy,marquisede Condorcet:preCedee d‘uneintroduction et accom・

pagn6e de notes par H巾 Baudrillart,〔Paris〕,1860;Germantr.,TheoYie

か′ぐ拍′5C毎ナノ Cぐ/融/e:¢か′,l今J∫!Jぐ々 ぐわJg′.4〃〃J.1・g♂ deJタrわJヱJ〆川, 桝慶祝βJ5紗βJcゐβタ・離β肋〝ざCゐβ〝〝αf鋸γgβ椚ゐぶg〝〃∂cゐチdα.ざ1句γ・加新郎=雄♂d初

Cカα7・α如βγ・よカγ〝・矧釦鬼頭卵露 紆那7 ざ伽ね㈲柁 d伽頭カγ ♂fgβ搾βぶ Ⅴβrカα才子β乃 〝〝d

ihren eigenen Charakterbeurteilen:naChder Auflageletzter Hand tiberse・

tzt undmit Einleitung,Annerkungen und Registernherausgegeben von

Dr.Walther Eckstein,2BdeりLeipzig,1926。

(32)

香川大学経済学部 研究年報 9 J969 ーβクー

London,1776;2nded.,2voIsu,1778;3Ided”,3voIs.,1784;4th ed・,1786; 5thedい,1789;6thed.,1791;7thed,,1793;8th edlr,1796;9th ed・,1799; 10thed”,1802;11thed.,1805;anOtheredition,3voIs・・1811;ed小,by D・

Buchanan,4voIsり1814;ed.,byJ.R..McCulloch,4voIs.,1828;edLby〔E・ G.Wakefield〕,6voIs.,Lor)don,4voIsい,1835−39;anOtherprint.,4voIs・, 1835−40;anOther print.,4voIs。,1843;ed.,James E.Thorold Rogers, 0Ⅹford,2voIs.,1869;anOtherprintい,2voIs;1880;ed。,Joseph SllieldNic・ hoIson,1884;anOtheredition,2voIs.,1887(Bohn′sStandardLibrary);ed・

by EdwinCannan,2voIs…,London,1904;ed.Edwin R..A“Seligman, 2voIs.、1910(Everyman/sLibIaIy);replirlt.fIOm6thedition,2voIsり1921 (Bohn′sStandardLibrary);edn byEdwin Cann=n,NewYork,1937(The ModernLibrary);German tr..,Leipzig,1776・−78;French tr..,1778−79; Danish tr.,1779−80;French tr、,1781,1786,1788;Italian tr。,Napoli, 1790−・91;German tr小,Breslau,1794r96;Dutch tr.,Amsterdam)1796; Swedish tr.,Stockholm,1800,1804;Spanish tr.,Ⅴal1adolid,1794,1805M

O6..〔このはか各種の翻訳があるが,K.Amano,βよ∂Jよ−∂g㌢・αj埠γ¢./’≠ゐβCんほ扇cαJ

EconomicS,partI.Adam Smith,Feb.1961の参照をおねがいして,ここで は省略する〕

〔2〕死後出版

1.jむ銅.γぶ0乃Pゐ孟ね叩錘ね扉5履.毎裏,London andEdinbuI・gb,1795;Dublin,

1795;Basel,1799;Other pIints;The EaIly Writings of Adam Smith,

ed.,byJ.R.Lindgren,New York,1967. ⅠⅠ.論文そのはか

1・“ADictionalyOf the Emglish Language bySamuelJohT)SOn…・〔Anon。〕,”

n如㌧a離妨叩頭風面β紺,No.1,1755,ppり61−73.

2・‘‘A Letter to the Authors of the Edinburgh Review〔Anon小〕,〃 The

且の扉脚・〆仁馳融’β紺,No.2、1756,ppn63−79.

3・“Considerationsconcerning the First Formation of Languages,and the

DiffeIent Genius of Originaland Compounded LanguageS,”T滋ePhilolo・

gicalMiscellGn.y,Ⅰ,1761,pp。440−479.(のち紅T.M.S.,3rd edり1767

以後に再録)

4.“A Letter to William Strahan concerning the Death of David Hume.け

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参照

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