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京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書 : 梅沢本の元禄七年時臨模本

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Academic year: 2021

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  木下華子氏「 『無名抄』伝本考」 (『東京大学国文学論集』 5、平 22   同氏著『鴨長明研究

表現の基層へ』 〈勉誠出 版、平 27〉再収)は、 『無名抄』の主要な写本・版本計二十本を対象として綿密に分析し、系統分類する。 「取り上げる こ と の で き な か っ た 伝 本 も 数 多 く あ り、 本 文 の 性 質 と 享 受 圏 の 関 係 な ど、 残 さ れ た 問 題 は 多 い 」( 木 下 氏 前 掲 書 115頁 ) としても、体系立った伝本研究がいまだなかった状況のなか、 『無名抄』読解の最も根源的な基盤を築いたと言うべく、 同書さらには長明の研究にとって大きな意味を持つ成果であるに違いない。     ところで、 京都女子大学図書館にも、 国書総目録などに登載されず右の木下論文にも取り上げられていない『無名抄』 写本が二本存する。大きな意味を何ら持ち得ず取り立てて問題にするほどでもない伝本ではあるが、右木下論文に導か れつつ、二本のうち特には貴重書に指定されている方の一本について、誌面の余白を借り若干のメモを書き付けておき たいと思う。   京都女子大学図書館所蔵 『無名抄』 写本二本のうち袋綴一冊本 (請求記号 914.42/A6   図書ID番号 008510509-0 ) は、

京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書

梅沢本の元禄七年時臨模本

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流 布 本 系『 方 丈 記 』 写 本 と 合 綴 さ れ た も の で、 江 戸 前 期 頃 の 書 写 本( 拙 編『 東 山 中 世 文 学 論 纂 』〈 私 家 版、 平 26〉 187頁 参 照 )。 『 無 名 抄 』 の 方 の 内 題・ 目 録 題 と も に「 無 名 抄 」。 一 面 十 行。 見 出 し は 一 行 を 取 っ て 書 き、 和 歌 は 行 頭 よ り 概 ね 一 行 書 き に す る。 版 本 な ど に 見 え る の と 同 様 の 奥 書「 鴨 長 明 抄 云     々 本 ニ   元 亨 二 二 年 五 月 十 八 日 於 久 我 殿 」 を 有 す る。 木下論文に示された「主要異同一覧」などによって確認するに、同論文が系統分類するうちの、版本などを含む第三類 第二群に属するもののようである。   今、 特 に 取 り 上 げ た い の は、 右 の も の と は 異 な る 別 の も う 一 本、 貴 重 書 に 指 定 さ れ て い る 列 帖 装 一 帖 本( 請 求 記 号 KN911.101/Ka41   図書ID番号 000243201-0 )である。縦二四 ・ 九×横一六 ・ 四㎝。料紙は斐紙。表紙は本文共紙。外題 ・ 内 題 ナ シ。 桐 箱 の 蓋 表 に 墨 書「 従 二 位 刑 部 卿 惟 庸 卿 筆 」。 前 後 表 紙 以 外 八 十 四 丁。 本 文 は、 第 一 丁 裏 か ら 書 き 始 め、 第 八十三丁裏二行目まで続く。第八十四丁表に奥書あり。一面八~十行。目録はなく、段落の替り目は朱の合点で示す。 段落の見出しも朱書、本文とは別筆か。和歌は、改行し概ね二字下げて、上句・下句に分け二行に書く。奥書は、次の 通り(改行など元のまま   翻刻に際しては大谷俊太氏に御示教頂いた   後掲写真参照) 。    右無名抄九条殿文庫之御本也    伝云作者所自筆也雖未見    類筆誠 ニ 古躰殊勝之物歟    仍申出乞臨写者也     元禄七年九月日   刑部尚書惟庸   右奥書によれば、元禄七年(一六九四)九月に刑部尚書惟庸によって作成された臨写本である。また、作者自筆本つ まりは長明自筆本と伝えられる九条家所蔵本を親本として筆写したのだという。刑部尚書惟庸とは竹内 惟 1 注 庸 (一六四〇

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111 京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書 ~一七〇四)で、公家であり歌人。貞享三年(一六八六)に刑部卿に任じられ、元禄十四年(一七〇一)に従二位に叙 せられている。摂津の国学者野田忠粛の師で、忠粛に『柏伝』を伝授したことが知られる( 『柏伝』 〈刊年不明須原屋茂 兵衛他版〉序に「竹内家のおほん伝へを受給つてより、かしはの種々をつくさんとをろ〳〵書出し侍れは、三十余りに みちぬ。……野田忠粛誌之」 )。   ところで、 『無名抄』の最古写本として知られるのは、現在東京国立博物館に所蔵される梅沢記念館旧蔵本(梅沢本) であって、鎌倉時代の写本。重要文化財に指定されている。日本古典文学刊行会より「複刻日本古典文学館」の一冊と して複製本が刊行され、 『鴨長明全集』 (貴重本刊行会、平 12)には影印と翻刻、角川ソフィア文庫には翻刻と訳注が収 載 さ れ る。 e 国 宝 に て 画 像 デ ー タ が 公 開 さ れ て も い る。 右 の 京 都 女 子 大 学 図 書 館 所 蔵 列 帖 装 一 帖 本( 京 女 本 ) は 実 は、 この梅沢本の忠実な臨模本なのである。字体・字形・字配り・行数など、梅沢本とほぼ完全に一致しているし(後掲写 真参照   梅沢本の写真は「複刻日本古典文学館」より転載、京女本の写真は京都女子大学図書館所蔵複製本より転載) 、 梅 沢 本 が 六 括 か ら 成 る 列 帖 装 で あ る( 「 複 刻 日 本 古 典 文 学 館 」・ 『 鴨 長 明 全 集 』 解 題 ) 点 な ど も 受 け 継 い で い る。 ま た、 梅沢本に見られる以下の傍記・傍注などもそのままの形で再現する。    まはして ◦ は わろく( 1ウℓ 3   →後掲写真参照)    心得つれは ◦ その 題を( 2オℓ 2)    さ う ら なり( 5オℓ 8   →後掲写真参照)    と ◦ こ そ申されけれ( 8ウℓ 1)    建春門 ◦ 女 院( 8ウℓ 3)    ゑしら ◦ れ ぬ( 9ウℓ 8)

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   身のはふる ◦ る こと( 14オℓ 4)    哥に て そ よみて侍る( 18オℓ 6~ 7   →後掲写真参照)    彼 い 井 ての大臣の堂( 19オℓ 5~ 6)    たかひ侍らす ◦ されとかはつと申かへるは ほ かにはさらに侍らす たゝこの井て河にの み 侍なり ( 19ウℓ 9~ 10   →後掲写真参照)    たれ人の し す みか( 21ウℓ 10)    すわうのないし は の ( 22ウℓ 7)    師 の おもひのほかに( 25オℓ 6~ 7)    左衛門佐 ◦ に にあひ申たれは( 29ウℓ 4)    しらぬをゝしはか り ら ひたる( 31オℓ 5~ 6)    すかた は に 花麗きはまりぬれは( 35オℓ 9)    金葉 ◦ 集 に( 45オℓ 2   →後掲写真参照)    もとより ◦ 哥よみ ならねは( 45オℓ 7   →後掲写真参照)    これ の を 物の上手のしわさとは( 59ウℓ 9~ 10)    宗論のたくひ ◦ に て( 60オℓ 9~ 60ウℓ 1)    す ◦ さ ましき也( 70ウℓ 7)    たをよかな る り ( 71オℓ 5)    さむくなる ◦ と そ( 71ウℓ 2~ 3)    や か すめかたくて( 80ウℓ 5)

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113 京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書   ただし、梅沢本を再現し損なった箇所、敢えて再現しなかった箇所も、若干見られる。梅沢本の第四十一丁表の最終 行「哥の中には」が京女本に見えない(後掲写真参照)のは、誤って写し落としたのであろう。また、梅沢本に見られ る次の傍記「本ノマヽ」や振り仮名「イ」 「チヤウくわン」は記入していない。    くろ ぬ 本ノマヽ し の明神( 32ウℓ 1   →後掲写真参照)    います か 本ノマヽ る へき( 43オℓ 6)    俊頼は ま 本ノマヽ の なく( 47オℓ 8)    めつらしき 意 イ こをそへ( 62オℓ 6)    へつらへる 意 イ ことも( 62オℓ 9)    广 チヤウくわン 官 ( 78ウℓ 7   →後掲写真参照) あ る い は、 梅 沢 本 が「 ま そ う を歟 の い と 」( 18オ ℓ 7) と 記 す、 そ の 傍 記「 を 歟 」 の う ち「 歟 」 は 記 し て い な い( 後 掲 写 真 参照) 。次のように、傍記に従った形に本文を変更してしまっている場合も見られる(後掲写真参照) 。    いつもやへかきの か う たよりこそは( 61オℓ 1~ 2)→いつもやへかきのうたよりこそは    ちからなき所は か ま歟 なにてかく( 76オ~ 76ウℓ 1)→ちからなき所はまなにてかく さらに、段落の替り目を朱の合点で示し見出しを朱書きするのも、梅沢本と同じであるが、見出しの字形などは特には 似せていない(後掲写真参照) 。   以上の通り、細部におけるごく一部分を例外として、京女本は梅沢本の忠実な臨模本となっているのである。このよ う な 模 写 は、 「 名 筆 家 の 筆 跡 を 尊 重 し、 そ れ を 精 密 に 複 製 し て 享 受 し よ う と す る と こ ろ か ら 生 じ た 方 法 」( 『 日 本 古 典 書 誌 学 辞 典 』) で あ る に 違 い な く、 「 伝 云、 作 者 所 自 筆 也。 雖 未 見 類 筆、 誠 ニ 古 躰 殊 勝 之 物 歟 」( 先 引 京 女 本 奥 書 ) と い う

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ことで、梅沢本が竹内惟庸によって臨模されたのに相違ない。なお、右引奥書中の「伝云、作者所自筆也」は、梅沢本 の箱書に「無名抄   鴨長明真筆」とある( 『鴨長明全集』解題、角川ソフィア文庫・解説)のと符合する。   梅沢本の忠実な臨模本である京女本は、梅沢本が存する以上、その本文上の意義をほとんど全く有しないということ になる。京女本の持つ意義は、最古写本である重文指定の梅沢本の享受・伝来について若干の情報をもたらしてくれる という点にほぼ限定されよう。その情報とは、およそ次の二点。   ・元禄七年に、野田忠粛の師であり歌人でもある竹内惟庸によって忠実に臨模された。   ・ 京 女 本 の 先 引 元 禄 七 年 奥 書 に「 右 無 名 抄 九 条 殿 文 庫 之 御 本 也 」、 ま た「 伝 云、 作 者 所 自 筆 也 」 と あ る か ら、 少 な く とも元禄七年時には、長明自筆本として九条家に所蔵されていた。   右のうち特に注意されるのは、後者。梅沢本が書写された当初の鎌倉時代から、九条家に所蔵されていたのだろうか。 また、長明と九条家の何らかの関係が指摘されている が 2 注 、そのことと九条家に長明自筆という『無名抄』が伝来したこ ととは、繋がるところがあるのだろうか。そういった問題を考えさせるものがあろう。   注 1   『国書人名辞典』など参照。 注 2   木下前掲書 287頁のほか、 山岡英彦氏「大原から日野へ─隠遁地移動の宗教的背景─」 (『鴨長明の研究』第一集、 昭 49)、 池田利夫氏「鴨長明の大原と日野─禅寂伝に関する新資料管見─」 (『日本古典文学会々報』 129、 9)、兼築信行氏「 『玉 寄する三崎』考─『鴨長明集』の左注歌をめぐって─」 (『国文学研究』 167、平 24)。 付記   京女本の閲覧等について種々お世話になりました京都女子大学図書館の関係各位などに深謝申し上げます。

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115 京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書

京女本・奥書

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梅沢本・ 1 ウ

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117 京都女子大学図書館所蔵『無名抄』写本覚書

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