弁論主義理論の史的素描
著者
近藤 完爾
著者別名
K. Kondo
雑誌名
東洋法学
巻
21
号
2
ページ
p1-25
発行年
1978-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006054/
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近
藤
完
爾
﹁ ﹁ドイッ民事訴訟法は弁論主義の上に立っている。それは法の最高原則である。この原則によれば、訴訟資料を調 達することは当事者の仕事である。職権による事実関係の探究f職権探知主義05段聲魯弩αqω旨錠ぎΦ1は裁判 官には禁ぜられている。 わが訴訟の基本に関するこの見解は民事訴訟法と同じくらい古くからある。同時にそれは単に﹃支配的学説﹄もし くは﹃有力な学説﹄たるに止まらない。それどころか、ほとんど争いのないi争い得ないこと明白なるが故にー 真実とみえるほどに異論のないものであって、民事訴訟の原則としては定理である。 ︵中略︶弁論主義の機能は単に 学問上の概念として現行法の説明に役立つだけに止まらず、理論と実務とはこの訴訟原則を援用して民事訴訟におい て生ずる諸問題を解決する。﹂ 東洋法学 一弁論主義理論の史的素描 二 ﹁ゲンナ⋮の創設した理論は批判されることなく踏襲され、この種の極端︵な対置、すなわち職権探知主義とのそ れ。筆者註︶が当時も今βと同じく実定法に属するというよりむしろ誤った模型思考の領域に属するものではないか を問題とすることはなかった。﹂ これはボムスドルフの論文︵汐8&蓉繋薮震彗鳥鱒①3鍍鉱婦賦甘葬舞恥零O︶の書き出しであるが.わが国の状 況がこれと同様であることは当然であろう。 彼のいうように.弁論主義が民事訴訟の支配的原則であることには万人に異論のないと鵜ろといえ礁であろうが. その意昧内容が同じものでなければ、名称を同じくする異った原則が存在し﹁民事訴訟法と同じ頃からあった﹂のは 単に弁論主、撰という名称だけに過ぎないことになる、また各人の理解する意昧内寡が異なれば、鮒︶の原則によウて民 事訴訟の理論上、実務上の諸間題に対する正しい解答が得られないだけでなく却って混乱を生ずる。 それではゲンナーが提隅した一八〇一年から一八○年に垂んとする長い歳月の間にこの原則の意昧内容が一定不変 のものであったか、また同時代的な見解の間に不一致はなかったか、これを明確にすることが民事訴訟法の正しい理 解と運用のための第一歩でなければならない。 この見地からまず現在の学説が弁論主義の意昧内容として説くところをみると 第一に.当事者のいずれからも主張、陳述されない主要事実は判決の基礎にできない。 第二に、訴訟上の自白は裁判所および自白当事者を拘東し、裁判所はこれと異なる主要事実を判決の基礎とするこ とができず、自自の取消は厳重な條件に服する。
第三に、裁判所は当事者の提出しない証拠︵方法︶を取調べてはならず、口頭弁論に現われない証拠を判断資料に することは許されない。 とされている。それは事実確定に必要な資料に関する原則であって、これを権限の角度からいえば﹁事実資料の調 査、探究に際しての裁判所と当事者との権限の関係﹂ ︵ボムスドルフニ一頁︶ということができる。すなわち、この 原則は開始された訴訟の対象に関する判断資料の蒐集についての原則に限定され、訴訟の開始、終了、裁判対象とそ の範囲に関するものおよび開始された訴訟の進行、展開に関するものとは区別されている。そのうち訴訟の開始等に 関する原則を処分権主義と呼び 第一に、訴訟の開始は当事者の意思のみにかかる。 第二に、審判の対象とその範囲、態様は当事者によって決定きれる。 第三に、訴訟の終了につき当事者の意思が優越し、当事者は裁判によらずして訴訟を終了させることができる︵但 し、そのうち請求の認諾、放棄については日独両法の間に形式上の差異がある︶ ことを内容とする。そして、訴訟の進行、展開に関する原則に職権追行主義と当事者追行主義とが観念されるが、現 在では両者は排他的なものではなく前者に比重の傾いた混合型として理解されている。 弁論主義、処分権主義は共に、訴訟の形成、運用、実質について当事者の意思が優越し、裁判所は当事者が要求し たときに限りかつ要求した範囲、限度内で審判活動をすれば足る、換言すれば裁判所は職権をもって行動しないとい う発想から生まれ、それが更に、裁判所は職権をもって行動すべきでないという見解にまで強化され、そこから出発
東洋法学 三
弁論主義理論の史的素描 四 して一旦開始された訴訟の進行すなわち手続を構成する個々の訴訟行為、一定の手続段階を行うか否か、いつ行うか などまで当事者の意思によって決定されまたはされるべきであるとする見解すなわち当事者追行主義の定立も可能で あり、以上三者をまとめて当事者支配の原則と呼ぶことができる。この三者に共通するところは﹁裁判官は職権をも って行勤することなし﹂ ︵蓉鷲8包霧陣&窪欝o鱒oε︶ という点にあり、ゲンナーの提唱もこの発想に基くもの であったことに因んで.二者を包括する当事者支配の原則の怠瞭において弁論主義と呼ぶこともあった、しかし後に な9て民畢訴訟は紛争解決のため︶△3の施.丈.・あり瞬繁が蔦れ鶴無関心であり得ないという公法的性格が窃覚さ れ、まず手続的な面で職権主義が制度上強化されるにつれて、理論上も当事蓋追行主義は,雌事者支配の原則から除外 きれ従ってゼ義の弁論主義にこれを含める見解は影を潜めた。 以上の概観を足場としていわゆる弁論主畿の原則に関する学説の異同.変遷を眺めてみるとすこぶる興昧深いもの があり、併せて今日的意昧の把握に役立つ。しかしゲンナー以来今縫までの学説は汗牛充棟もただならぬほど多数で あり、しかも人と時代とによって意昧内容に著しい広狭の差があって、これほど流動的な概念は珍らしい。従って以 下ではその僅かな一部を例示的にあげるに止める。 二 まずわが国では ω 江木衷・民事訴訟法原論 明治二六年版五五頁以下
は、当事者の自由に処分し得べき権利に関する紛争処理手続であることを根拠として、当事者支配の原則を糺閥主義 と対立する放任主義と名付け、その諸法則として 第一則訴人ナクハ判官ナシ︵器3ε鼠負巴器零ε話︶ 第二則 裁判官ハ己二開始セラレタル訴訟二於テモ職権ヲ以テ自ラ働作スルコトナシ︵器嘆。8号二&舞舞 o臼鼠o︶ 第三則当事者力訴訟二於テ呈出セサル事実ハ裁判官二於テ職権ヲ以テ之ヲ定ムルコトヲ得ス︵ρ賃a8昌Φ暮ぎ 8江のも窪霧種汐箏猛αo︶ 第四則 裁判官ハ当事者ノ請求二過キタルモノヲ認ムル能ハス︵器o縁甘江震§養需簿恥短葺¢導︶ と説く。みられるように今日の弁論主義と処分権主義とを分別せずかつ一部を欠除し、加うるに手続進行上の裁判宮 の職権行為を例示してこれを第二則の﹁制限﹂とする。 ② 仁井田益太郎・民事訴訟法要論 明治四〇年版上一八三頁以下 は処分︵権︶主義、弁論主義の名称に独得の意味内容を持たせる。氏によれば処分主義とはコ私人ノ要求二基キ テ﹂民事訴訟を開始する主義をいい、国家機関︵たとえば検事︶が当事者となる場合たとえば人訴法二條の如きを職 権主義と名付けてこれに対置し、弁論主義とは裁判所が﹁当事者ノ陳述ノ趣旨二従ヒテ其内容ヲ定メ且ツ当事者ノ提 出セサル事実及ビ証拠方法ノミヲ斜酌シ当事者間二争ナキ事実二付テハ心証ヲ得ルト否トヲ問ハスシテ之ヲ認ムヘキ モノトスル主義﹂と規定し、人訴一〇條等の﹁糺問主義﹂と対置する。従って弁論主義とは 東 洋法 学 五
顧隅臼に〉←・) との講法則を指すものとし 蕎を加賑した 瞬 は﹁訴訟ノ開始. の処分権主義、 きは当時職権証拠調が広く認められたこと の は処分権主義と弁論主義とをその妥当領域の相違によって区別するが. しない の主たる内容は当事者追行主義に属するものをもって形成され、 容をなすものとされている。 弁論主、荻理論の史的素描 六 ﹁裁判ヲろスニ当リテハ当y煮ノ求メタル利益ノミヲ之二晦セシムヘキモノ 講求の放棄、認諾あろときはその陳述申塞礎として裁判をなす︵当狩の形式︶ 裁判ヲ為スニ当リテハ当事者ノ提出セサル事実︵顕著な事実を含む︶ヲ欝酌スルヲ得ス 当事者の提出しない証拠方法も前同様 ヨ宰、嘱の鍾わない集実また猿目臼した宰実は心証の有纏C拘らず﹁之ヲ認ムヘキモノトス﹂ 、別に訴訟追行に関する職権主義と当爵者主義とを掲げるが、 漏原則とし前 ー ﹁書冥宅.μ㎜がとられていると説明する︵二〇七頁︶。 岩本些閉尻・新民爵訴訟法要論 昭和三丁版上一〇九頁以F 進行及訴訟材料ノ提供二関スル原則﹂として職権主義と処分権主義とを対置し.後者を更にω狭義 @弁論主義.の当事者遊行主義に分類する。その各意昧内容は現在の談、れと同じであるが.注羅すべ ︵二六一條︶を弁論主義の一大例外としていることである。 勅使海原直三郎・民事訴訟法概論 昭和三年版九一頁以下 その各意味内容は必ずしも現在のそれと一致 。すなわち、訴訟の開始.発展.終了が一私入の要求に基いてなされる主義を当事者処分権主義とするが.そ 現在の処分権主義の第二、第三法則は弁論主義の内 しかも﹁旧民事訴訟法における該主義の象徴﹂として合意休止、合意変更、判決送達を
申立に係らしめたこと、差戻、移送、申間判決その他のあった後の期日指定を申立にまつべきものとしたこと等をあ げ、現行法がこれらをすべて廃止したことを指摘する。このことは、現行法が当事者追行主義でなくなったのでもな く、また旧法時に期日の指定、呼出、弁論の指揮など職権行為が多々あったことを黙殺するものでもなく、両法共に 折衷主義をとるに外ならぬこと、両主義の純粋形態は現実には存在しないことを物語る。それは後にみるように弁論 主義についてもいえることであって、当事者主義と職権主義とは﹁あれかこれか﹂の対極的原則ではなく﹁多いか少 ないか﹂の関係にすぎない︵ボムスドルフ・二壬二頁、二五五頁参照︶ことが指摘されよう。 次に、弁論主義とは﹁当事者として其意思に従ひ裁判の内容事実及証拠方法を左右することを得せしむるものと定 義し ω 当事者の主張しない事実は顕著な事実を含め裁判の基本となし得ない @ 請求の放棄、認諾があれば判決なくして訴訟は終了する の 当事者の争わない事実または自白した事実は心証の如何を問わず真実と認めなければならない。 ω 当事者の提出しない証拠方法を取調べ、よって得たる証拠︵資料︶に基いて事実を認定してはならない。しか し﹁改正法﹂二六一條は証拠に関し職権主義を﹁加味﹂したものである。 ㈲ 当事者の申立てない利益を当事者に帰せしめることはできない ことを内容とするが、例外としてω訴訟費用の裁判、@職権調査行為、の職権による証拠調︵検証、鑑定、調査嘱 託、当事者尋問︶等をあげ、なお人事訴訟に関しては﹁弁論主義を採用せず﹂と断定する。 東洋法学 七
弁論主義理論の史的素描 八 ⑤ 板倉松太郎・民事訴訟法綱要 昭和三年版九七頁以下 は、不干渉主義︵別名弁論主義、当事者進行主義︶と処分権主義とを区別する。その理由は、前者は﹁裁判所ノ職権 に於ケル制限ノ方面隷リノ﹂、後者は﹁当事者ノ訴訟物二対スル権能ノ方面ヨリノ﹂各立論であるから︸、之ヲ区別ス ルヲ以テ説明上宜シキヲ得タルモノト信ス﹂るからであるという。 氏のいう処分権主義とは訴訟物臼体について当事者の自由処分を許す主義をいい、擁求の放棄.鰐、.繭はその適用で あるが.訴の取下はむしろ不干渉主義の﹁適用ナリト称スヘキカ﹂といい、不干渉主義とは︸、訴訟ノ進行及ヒ率局ヲ 一晶当罫春ノ意思二委ネ裁判所ノ干渉スル識トナク訴訟材料ハ当事賓ノ提出轟挨ツ主義﹂であって、民事訴訟はこれ に拠るが人事訴訟には干渉主義︵すなわち︸,訴訟ノ進行及鷺終驚晶必要ナル行為ハ裁判所ノ職権ヲ以テ之響為シ当雫 者ノ意思如何二拘ラサルノ主義﹂︶を適用すべきものとすると説く。 さて、氏のいう不干渉主義別名弁論主義とは
五四
輔 一 一 一一
一
訴訟の開始.進行は当事者の要求に基づいてなされるべく.当事者の合意によって審理を休止させ得る 等の諸法則を意昧し、 当事者ノ申立テサル事項ハ判断資料二供スル能ハス 申立てない事物を当事者に帰することができない 争いない事実と反対の事実を認定できない 請求の認諾は訴訟を終了させる ω人事訴訟における職権調査.@二六 一條、の訴訟費用の裁判、⇔仮執行宜言を例外としてあげる。 右にみられるように、氏の不干渉主義とは広義の当事者支配の原則の謂であって、処分権主義は独立の原則ではな く︵説明の便宜上のみの呼称にすぎないから請求の認諾はどぢらにも属する︶、かつ実定法上挙示以外に多数の職権 進行の規定があること、合意休止の制度が廃止されたこと、人事訴訟の﹁開始、終局﹂に不干渉主義の原則的適用が あること等を黙殺している。 ⑥菊井維大・民事訴訟法現代法学全集昭和四年版三四頁以下 に至って、︵当事者︶処分権主義と弁論主義の分化がみられ、前者は訴訟手続の開始進行終了に関する当事者支配の原則 の現われであるが、現行法上手続進行につき幾多の職権行為が併用されて﹁混合主義﹂が採用されていると指摘する。 而して弁論主義とは﹁訴訟物たる法律関係の存否に付ての裁判所の判断の基礎となる事実関係を確定するに際し専 ら当事者の提出したる資料に拠るべしとする原則﹂であって﹁裁判所が事実の確定に際し唯当事者の主張を聴くと云 ふ消極的な立場を常に保持せねばならぬ筋合のものでもなく﹂ ﹁事実の確定に協力して行くべきものとすることは少 しも差支ない事柄である﹂として、一七九三年のプロィセン訴訟法︵AGO︶を挙げ、更に独瑛民訴法が﹁厳格な る﹂弁論主義を諸所に﹁緩和﹂し、わが法も同様であること、裁判官は﹁従来の無力なる地位から脱却し﹂ ﹁当事者 の協力者﹂となったと説く。更に進んでは弁論主義の意味内容がさきに摘記した三法則であることを明らかにする一 方、現行法上の幾多の職権手続をあげて﹁現行の訴訟法はかかる純粋なる姿の弁論主義を認むることなく多分に裁判 所の協力の余地を認めている﹂と断定する。 東 洋 法 学 九
弁論主義理論の史的素描 一〇 この柔軟な弁論主義観は、この原則を民事訴訟が当事者の自由処分に服する私権に関するものであることから論理 必然的に生まれたとする本質論に反対して、真実発見の一手段として採用された合目的的考慮の所産に外ならぬとす る見地から形成されたものと推察され、その故に﹁弁論主義は形成的真実を求むるものなりとし、訴訟資料の提出の 自由が存するため訴訟物処分の自由ありとし或は重要なる事実を処分する自由ありと考へるのはその目的を無視した 義議で響解であ添﹂と露い切る。 の 細野長良・民事響、〆ズ喪 昭和六年版三巻三頁以下 は.広義の当罫、“支配の塔則・処力︵権︶主義と名付けて職権主義と対置し.更にこれを一.狭義の処分主義.二、 弁論主、轟.﹄分ち.訴擁追行に関する原則は別個の範晦として論ずる︵そして鉱の分野につき旧民訴法当時既に折衷主 義が採られており現行法は㍗常二職権ヲ以テ訴訟ノ追行ヲ為シ得ルコトニ定メタリ﹂と観測する︶。 右一.二の意昧内容とされるものはさきに摘記した現在の学説のそれと同様であるが、後に述べる幾多の職権行為 を列挙しながらそれは飽くまで弁論主義の﹁制限﹂.真実発見のために加昧された袖充的な職権主義に外ならぬと し、またプ緯イセンの一七九三年法を﹁唯一ノ例外﹂とする点においていささか守株の感を受ける。 ⑧ 申島弘道・鷺本民事訴訟法 昭和九年版四七七頁以下 もまた当事者処分権主義と弁論主義とを分別するが、前者は職権追行主義との、後者は職権主義とのそれぞれ対立概 念とし、前者を純手続上の原則に限定するから通常の意味における処分権主義とは異質の概念である︵この分野にお いても現行法は処分権主義を原則とし、職権主義は訴訟遅延の弊を除去する為に加昧された例外であるとし、両者の
比重の実証的測定は省略されている︶。従って一般にいわれている処分権主義の意味内容は弁論主義の中に織り込まれ る。 氏のいう弁論主義とは﹁裁判所ノ裁判ハ当事者ノ請求、其ノ主張セル事実及其ノ提出セル証拠方法ノミニ基キ之ヲ 為スヘク其ノ他ノモノハ一切参酌スヘカラサルモノトスル主義﹂を謂い、それは現行法上 (5)(4)(3)(2)(1) に現われており︵訴または上訴の提起に言及していないのは、 ためか︶ 蒐集スヘシトスル﹂職権主義は弁論主義を﹁排除スル例外﹂ ⇒ ︶ 2 3 4 ︵ 主張なき事実を裁判の基礎にできないこと 請求の放棄、認諾が審判をまたず訴訟を終了させること 訴訟上の自白が裁判所を拘束すること 当事者の提出しない証拠方法を斜酌できないこと 当事者の申立てない利益をこれに帰することができないこと それらを訴訟の開始という純手続的行為と解している 、 ﹁反対二裁判ノ基礎ヲ当事者ノ申立又ハ主張二置カス又裁判資料ハ之ヲ当事者ノ申立二侯タス裁判所進テ として 訴訟費用の裁判 職権調査事項の審判 ﹁例外的な﹂職権証拠調 人事訴訟における職権審理 東洋法学 二
弁論主義理論の史的素描 一二 に現われているとする。 紛 山田正三・改正民事訴訟法 昭和五年版三巻七〇〇頁以下 は.現在の処分権主義の第一法則を当事者開始主義と名付ける一方.当事者弁論主義の名をもってその他の処分権主 義および弁論主義の法則をあげる。そして.証拠調に関し職権主義が﹁加味﹂されているのは﹁釈明権主義﹂を拡張 したにすぎず刑事訴訟における糺問主義と同じではないと説明する。 右とは別に.訴訟上の和解.訴の取下を当事窟の任轟による終了原因とし.ぐれらを含む当嘉者追行主義な纂原則を たてるが.それも現行法上訴訟指揮権にみられる職権主義によって制限されるという︵以上は法律学辞典四巻.昭和 一年版二五六八頁以下も同様︶、 因みに氏は入事訴訟における職権主義を糺閥主義と名付け同手続は弁護糺間併合主義なりという。この糺間主義を 通常いわれている職権主義または職権探知主義¢馨⑱巖蓉財鷺鴨鑓鎚ぎ⑱の意に解するならば、通常訴訟において少な くとも証拠調について両主義併合型といわないのは何故であろうか。なお氏のいう釈明権主義とは團器嘗魯鶏。慕蓉讐 紙欝ののことのようであるが.それは後にみるようにプ買イセン訴訟法のとる原則につけられた名称であり、しかも 同法はゲンナーが弁論主義の提唱にあたって対立原則とした職権探知主義を基盤とするときれた点に鑑み.両者は意 昧内容を同じくする原則といわねばならない。 ㈲ 中村宗雄・弁論主義 法律学辞典四巻 昭和二年版二四二五頁以下 は、訴訟物と訴訟手続の進行.内容すなわち訴訟それ欝体に関する当事者の処分の自由を意昧する処分権主義と、訴
訟における資料提出を当事者の責任とし裁判所は提出された政撃防禦方法のみに基いて裁判をなすべしとする弁論主 義とを﹁対立せしむることが論理的である﹂とし、そのそれぞれについて現在いわれている意味内容を持たせる。 この見解に特徴的なことは、職権による証拠調、調査嘱託等を﹁弁論主義の一角の崩壊﹂とみることである。もし も証拠についての法則が弁論主義の概念に不可欠の要素であるならば、これを欠くことは﹁一角の崩壊﹂に止まらず 弁論主義そのものの崩壊でなければならない。何故ならば、ゲンナーが弁論主義と職権探知主義とを対極的原則とし た核心は、後に述べるように一は非職権主義、他は全職権主義︵蜜oぼω<呂︾昌箋罐窪&.盆霧く書︾艮箸轟象︶ にあったからである。この発想を拡張して裁判官の全面的な消極的役割の意に解するならば、多くの学者が問題とす る裁判官の釈明権、釈明処分等は弁論主義と相容れない職権︵探知︶主義に属することになり﹁訴訟資料蒐集に裁判 所の関与を排斥せず、むしろその為すべき職務範囲に属する﹂ことを認めた現行法上の原則は純粋な弁論主義ではな いというべきである。ゲンナーの所説は法と現実の実証的研究を欠くという点において、かつ訴訟運営の主導権の所 在という単一の要素のみによって︵少なくとも最上位の原則として︶形成されたということを指摘されて、古くか ら、特に最近強く批判されるところであるが︵ボムスドルフ前掲参照︶、それはともかく、法と実務の現実に着眼す れば少なくとも両原則の混合型でありその比重︵竃oぼ&9譲窪蒔①穫︶は具体的な法的規制にかかるということが できよう。この場合、当事者支配の理念と部分的には相容れない真実発見︵による正しい裁判︶という民事訴訟の使 命からひき出される別個の原則が相互制約の機能を営むことを見のがすわけにはいかない。要するに、弁論主義も職 権主義もともに実定法上その純粋な形態で存在することはなかったといっても差支えないのである。
東洋法学
ニニ弁論主義理論の史的葉描 一四 三 ゲンナーが弁論主義の創始者であることは衆知の事実であるが.ボムスドルフ︵一二頁︶の伝るところによれ ば、ゲンナーはドイツ普通法訴訟においては訴訟の開始のみならずその全過程を通じて当事者の要請︵<黛ぼぎ鴨巳 に促がされない限り裁判官は何もしないという原則が行われているとしてこ療を弁論主敦と名付け.他方一七九三年 のプ篇イセン訴訟法においては訴の提起によひて要請されれぱ裁判官は常に職権をもって行動する原則が支配すると 観輿してこれを職権︵探知︶主義と命名した。爾者の差異の核心は前者は賎権をもっては何事もなさず夙窯蕉欝諜離 艶叢融麟轟讐︶、後者はすべて職権をもひてなす︵記欝毒欝ン醇欝諾£欝︶という点にある.それは、民事訴訟の 目的を私権の遂行にありとする私法的訴訟観から出発したものであって、市民は私的取引におけると同様に訴訟にお いても臼己の権利を自由に支配、処分できるとし、訴訟開始における﹁訴人なくば瓢官なし﹂の法則を訴訟の全過程 に延長して﹁国家は保護を請求されたときのみに限らず.当事者が自己の権利と称するもののみを求められた保護の 態様に限って、かつ彼の権利の承認壷谷るための手段のみ疹使用する﹂という結論を抽出し︵二一六頁︶ ﹁職権をも っては何事もなさずとは.極めて僅少の例外を除き、全訴訟手続の各部分に定立された一般原則である。それは何事 も当事者の提出したものすなわちぐの弁論︵<Φ浮舘巳琶αq窪︶に依拠するから弁論主義と名付けることができる﹂ という︵二一七頁︶。そして彼は訴訟における権利の処分を二種に分ける。その一はたとえば請求の範囲を限定するこ とによってそれを超える権利を放棄し、または主張し得べき権利あるに拘らず請求を認諾するなどの直接の処分であ
り、他は間接の処分であって、それは事実に関する処分権能すなわち法律要件事実を主張しまたはしないことによる 権利の行使または放棄を意味する。 ﹁権利の保護﹂という訴訟目的を放棄できる当事者は﹁目的のための手段すなわ ち裁判に重要な事実についても処分権能があるからだと説明するのである︵ご一九頁︶。 以上の論旨から明らかなように、ゲンナーの弁論主義は今日の弁論主義のみならず処分権主義、当事者追行主義を も含めた当事者支配の原則である。そしてその内容は ω 裁判官が職権をもって訴訟を開始しないこと @ これを延長して全訴訟過程にわたり裁判官が職権により訴訟を進行させないこと の 裁判宮は当事者の求めるところを超えて裁判することなしということ ⑭ 裁判官は主張され証明されたものに従って判断すべきこと を意味し、 ﹁記録にないものは世界になし﹂という標語が成立する。 累魯房く霞︾B富≦品窪という裁判官の消極的役割を起点とする右のような内容の弁論主義の提唱はそれ以来観 念的には学者と実務家のほとんど一致した賛成を得た。その原囚を推測すれば、普通法が継承した纂ーマ法以来の私 法的訴訟観があり、それによれば、訴訟とは私権遂行の一形式、代替物であって、当事者は訴訟手続を通じて交渉し 取引する︵<①跨欝留げ︶と考えられて来たこと、従って裁判官がこれに介入することは無用の干渉となるという思考 にあったと推測できるであろう。すなわち、職権をもって干渉すべきでないという理念がまずあって現実にも不干渉 の訴訟手続が存在するという帰結が導き出された。たとえばヘフターは﹁訴訟とは規制された戦争状態を意昧し、裁
東洋法学 一五
弁論主義理論の史的素描 一六 判官の介入は不適法と考えられる﹂といい︵ボムスドルフ、一六六頁︶、マルティンは﹁裁判所は当事者が彼の権利 を明らかにするためにあらゆる方途を論ずるのを期待すればよかろう。この関係において当事者が何亨かを行わない ときはその損害をみずから甘受すべきである。裁判所はこの場面における失錯を一種の権利譲渡とみることができよ う。何故なら訴訟は自由に処分できる財貨に関するものであるから﹂という︵同、一六三頁以下︶。 ところで他面においては普通法に驚多の嫉権行為が認められていた。港駄の主なものをあげてみると 儀) (9〉 (£) (e) (雌) (⇔ ←淺 韓) などであり の広汎な自由裁量的訴訟指揮権が認められていたことである。右のほか弁論終結、再開の権限も例外としてあげられ ることもあった︵それは、古くは当事者の合意によってのみ弁論が開始、終了することになっていたからである由︶。 手続遵守から実体的なものに次第に強化される訴訟指揮権 広汎な鵡問権 当事者質問︵出頭命令︶、検証.鑑定 誠実宣誓︵の鑑観叢詣鑓︶ 立証不十分なときの補強宣誓︵鱒暁艶瞬蔭嚇⑱箆︶または潔臼宣誓︵鱒欝・蒔§窪艶器鷺︶ 当専者の指定しない尋問事項についての証人尋閥 証人の再尋問・対質尋問 文書の提出命令 、そのほか最も注目すべきものに数において圧倒的多数を占める小額事件の簡易訴訟手続において裁判官
なお◎以下は、法定証拠主義が採られていたことと、それにも拘らず真実発見のための補強手段の必要が感ぜられた ためであろう。◎;⑧について蛇足を加えれば、この時代には証人の取調は裁判官によってなされてはいたが、取 調の範囲は証人が﹁然り﹂または﹁否﹂をもって答え得るように作られた当事者の箇條書に限られ、裁判官は当事者 に代って質間を行う伝達機関にすぎなかったから、それ以外の事項の質問が職権行為と感ぜられたのであろう。もっ とも右の取調方式は徐々に変容して今日の尋問方式に近付いていたといわれる。 四 さてこのように、その一つ一つは部分的ながら広汎な分野にわたる職権行為の存在が否定できない現実に当面し て、原則的には一致する弁論主義信奉者の間に、これらの職権行為が処分権の干渉にならないかどうか、これを肯定 すべき訴訟法上の要請は何か、それと弁論主義とのいずれが上位概念かが活発に論ぜられぎるを得ず、ひいてはゲン ナ!の定立した絶対的な、純粋な不干渉主義的弁論主義を基盤とする訴訟手続が存在するか、また存在し得るかの実 証的考察を不可欠とするに至った。 一方において、ゲンナーが対極的原則として取り上げた職権探知主義がその純粋な形でプロイセン法にみられるか という実証的研究も行われたが、それによれば同法にも処分権主義と弁論主義の内容となす諸法則はすべて具有され ており、ただ事実探究のための裁判官の積極的職権活動が要請され強調されているに過ぎないこと、それがゲンナー のいう≧一窃き昌>纂の零お窪の実体に外ならぬことが認識された。 東洋法 学 一七
弁論主義理論の史的素描 一八 以上の諸状況から両主義の﹁接近﹂ ﹁目的論的合体﹂ ﹁接近と融合﹂ ﹁相対的同一性﹂など、両者間に絶対的対立 関係があることを否定する見解が続出した。特にプ覆イセン法と普通法との実務経験を持つプフタは 両法の相違は裁判官が職権活動を差控えるのが当事者においてそれを明らかに希望したときかまたはその意思が推 定きれるときかの一点のみにあり.事実解明に関する限り両法間に何等本質的な差異はない と断言する.この傾向が強まるにつれて.普通法訴訟にも前述の詰職権行為が認められている鑑とに着眼して、ある いは第一の訴訟手続原則たる弁論主義は裁判官の質問権、事実探究権を包含するとし.あるいはこれら諸権はコ愚官 の職務﹂︵⇔鷺瓢灘羅蓉ぴ騨︶として古来ド,飛ッ法的弁論主義の本質的.法的原則を構成するとし、または同主義の原則に ﹁適合する﹂とするなど.弁論主義の意昧内容とその就囲の変革を招来する学説が広まり、この新らしい傾向に属する ものを人によっては﹁正解弁論主義﹂と呼んだ︵ボムスドルフ、一七〇頁以下︶.この変遷の直接の原因は法と実務の 実証的研究にあることは勿論であるが、その根底に訴訟観の変化があることを見のがすことはできない。ゲンナーの 発想はさきに述べたように訴訟を私権行使の一形式ないし代替物と考え当事者は訴訟の場において誘昏勲鑑Φ欝する という私法的訴訟観にあったから、裁判官の職権活動は原則的に無用の干渉でありやむを得ない必要悪とされるが. 訴訟の目的を私人の権利保護におく公法的訴訟観に拠るならば、裁判官は事実解明のために独自の職権活動をなす権 限と職責とを持ち、たとえ当事者が原則的な責任と負担とを負うにもせよ当事者の真意を明らかにし︵現実に求めて いるところだけでなく当然求め得べくかつ求めるであろうと想定されるものにも及ぶ︶足らざるところを補う機能を 果さなければならない。換言すれば、弁論主義の存在理由は.当事者が訴訟を通じて私権および訴訟上の権利︵これ
はプランクに代表される訴訟上の権利放棄説によって附け加えられた︶を自由に処分し放棄し得るからというにある のではなく、同じ目的のための手段たる職権活動と性質を同じくし決して氷炭相容れぬ対立関係にあるのではないと いう推論が成り立つ︵因みに放棄説が訴訟上の権利、利益をもその対象に加えたことは訴訟に公法的性格を認めたこ とを意味し、私法的訴訟観はそれ以後論理上の矛盾を冒していることになる︶。 以上のような﹁正解﹂弁論主義が拾頭した後にもなおゲンナー流の弁論主義観をとる学説も有力であり、事実関係 解明のための資料蒐集に関しても職権探知主義と対立する原則としての弁論主義が支配すると解し、現実に存在する 職権活動は対立原則の例外的な容認に過ぎないと考えられて来た。このような理解の対立は弁論主義と処分権主義と をその機能領域によって分別してそれぞれの意味内容を明確にすることを妨げただけでなく、弁論主義の意味内容に つき見解が一致する場合にもなお、釈明権および釈明処分の行使について積極性を期待するものと抑制的に理解する ものとの対立が続き、訴訟上の自白に関してはその拘束力の理由付けに放棄説︵意思説︶と真実説との対立、それに 関連して顕者な事実または不能な事実に反する自自の効力の争いなどが未解決のまま残された。 これらの動向を二、三の学説によって眺めてみると ω ウェーバー・ヘフター・証明責任論 一八〇四年−一八三二年版二〇頁以下 は、普通法訴訟の原則として、記録上確実な事実および証明された事実すなわち当事者の陳述が一致した事実および 法定の証拠が存在する事実以外を判断資料となし得ず、事実の補充は許されないとし ② ヘフター ピ魯き琴げ一〇 〇〇〇騨ω。麟肇 東洋 法 学 一九
弁論主義理論の史的素描 二〇 は、裁判官といえども当事者の自由な権利処分を妨げてはならず、訴訟は通常の権利追求に代わるものすなわち規制 された戦争状態であるから当事者は権利の保持または防衛に配慮する責任があり、裁判官は当事者の提供した姿にお いて争訟関係を受取らねばならぬとし ⑥ リンデ 轡⑫び箭離Oび鵠㎝Φω“富G 鶏捧 は.訴訟開始につき鷺獅融鋤㎞菰諜繊灘懸嚢Φ霧とその延長たる噺&欝馨驚欝鑑舞欝熱慧欝の原則が支配し、裁判 官の訴訟指揮は障害除去のための消極的性質寿持つに過ぎず.当事者ぱ権利および有利な訴訟手段を放棄する鎧とが できるから、 当事者に対す鴇絶対的強制.必要な事実の職権蒐集は認め㌧れない。従って裁判官は記録に 存するもののみに依拠して裁判すべく、総じて当事者の処分権能が支配するという.がしかし一方では.実定法上は 幾多の修正がなされるから弁論主義の優越する限界は訴訟指揮の理論に一部示唆されており、特に簡易訴訟手続にお いては﹁弁論主義に調和する﹂釈明権行使が極めて合目的的である︵四二二頁︶という。 ㈹ヴェツツエルω誘欝旨鵠お はゲンナ;流の考えをとる。彼によれば、私法的法律関係が一般的に権利者の自由処分に服するように、訴訟追行も また当事者の意思決定に委ねられられる。それは訴訟の成立︵開始岡陣籔8簿窃欝蓼︶のみならず.これを基盤とし パ ゼ ゼ て裁判の準備に必要な事柄︵双方の請求を理由付ける事実の主張と証明︶についてもまた然り︵九三頁、五一六頁︶。 裁判所の活動とそのしかたは当事者の申立と理由付けによって決まり、消極的にいえば裁判官は職権をもって行動す ることなし。それは、公共に無縁な、私法的利益が職権的手続の排除を要求するという民事事件の特質の必然的結論
であって、弁論主義は﹁現在の訴訟理論の本質的要素﹂である。 彼の弁論主義はω裁判官は職権をもって行動せず、および訴人なくば判官なしの原則、②申立てぎる事物を帰せし むるを得ずの原則および③記録にないものは世界になしの原則によって構成されており、訴訟指揮は当事者の行為を 整序し規制するだけの消極的なものでありかつ当事者の明確な起動︵>p鼠魯︶を要するとするが、一方では必ずし も明示的申立を要せずとし、補充宣誓、潔白宣誓の命令には当事者の黙示の申立を擬制する。実質的訴訟指揮として の釈明権等の行使は当事者の申立、陳述等の不正確、不完全な点を注意することを内容とする。そして自白について は﹁証明の放棄を通じてなされた権利の処分﹂と考える買ーマ法と継受したとして放棄説をとる。 以上は統一的なドイッ民事訴訟法の施行以前の、主として普通法訴訟を足場として形成された理論であるが、ドイ ツ民事訴訟法もまた普通法訴訟の伝統を多分に継承して編さんされたものであったから、その施行後長い期間にわた って伝統的な処分権主義的弁論主義観が優勢であった。たとえば ○雲℃掌No琶琶①簿鶏一〇 。8ω畢謡舞 曾毛ηω鼠p内。琶導①馨麩一89ψG 。おh は弁論主義と処分権主義とを同一視し ≦零ダ<o博感αqΦ曽①︾良﹂o o8ω,認め は、訴訟そのものを国家と当事者間の公法関係、訴訟の実質は当事者問の私法的法律関係と考え、当事者の処分権は 国家の公共的利益が容認し得る限度において訴訟手続に影響するとし、裁判官と当事者との関係は単一かつ単純な原 東洋法学 二一
弁論主義理論の史的素描 二二 則によって律しられないと考える。すなわち、訴訟実体は権利の追求と抵抗という当事者間の事柄であるからそこで は当事者支配の原則が支配し、裁判官は真実の探究と弱者の保護とを任務とするから釈明権行使および訴訟指揮権が 興えられている。この見地からいって弁論主義とは e裁判官は職権をもって行動せず ⇔ 訴訟の進行と終了とは当事者の意思によってなされる 口 訴罪物とその範囲.限度は当事者が決定する ことにあるとし、当事者の主張し証明されたもののみが判断賞料となるという法則は右のうちにA・麟まれる。このよう に訴訟の対象の私法的性質に立脚した処分権主義的観点からこれと弁論主義とを分別しない、それゆえ釈畷権行俊に ついては極めて抑制的な見解を持つ。 噂欝営ぎ謄ぼびまプ導 ご舞一おo o蝿も っレ総舞蕊麟翫轡 は、資料蒐集に関して裁判官独自の権限を行使し当事者の要求.申立は決定的な影響を持たない職権探知主義と、当 事者がその判断に基いて必要な資料を提出し裁判所はその提出をじっと待ちかつ申立てられた範囲で訴訟指揮をする という弁論主義とが考えられ、後者は判断にあたって請求の放棄、認諾、資料の一部の放棄、自白等によって裁判官 の判断を排除することをも含むが、そのいずれかを完全に貫くを要せず、多くの申問段階を考えることができ、両主 義の選択と限度の決定は法律問題ではなくて政策問題であるという。彼はこの見地に立って歴史的に観察したドイツ 法は訴訟の開始、進行と内容的形成を当事者に委ねるものであったとし、継受したローマ法の三法則すなわち
ω 裁判官は職権をもって行動せず ②記録にないものは世界になし ③当事者の求むる以上のものを判断せず に集約された思考を基礎とすると観察してこれが弁論主義と名付けられた基本観念であると説明する。右の三原則は 広い意味で処分権主義と弁論主義とを含むというべきであるが、彼は ﹁弁論主義は法規範ではなく多数の法規範から導き出された立法者的思想である。それは諸規範の関連の説明、そ の正しい理解の探究、欠陥の補充に役立ち、従って理論と実務に不可欠である﹂ ︵一九八頁︶ というように、訴訟を私権の行使の一形式とする考えに基いて弁論主義をその論理必然的な帰結とするゲンナー流の 思想をとらず、訴訟の目的を達成するために要請される複数の原則との調整のためには幾多の修正がなされ得ること を認める。これを要するに、彼によれば弁論主義とは絶対的な原理ではなく時代によって変化する法律外的諸條件の 政治的︵立法政策的︶考慮によって意味内容の変化する原則に外ならない。従って訴訟上の諸問題に対する弁論主義 の妥当範囲と解釈に関する彼の見解はその当時の民訴実定法に依拠してなされる。ただ彼は当事者が訴訟物たる権利 の処分権を持つことが弁論主義の本質をなすという考えを持ち続けたから処分権主義的理解から脱し切れず、この処 分権を訴訟上の権利に拡大して当事者の作為不作為、訴訟上の自白等を攻撃防禦の放棄という概念で説明することに 努める。 瓢①嵩且αq︾ω器冨簿這蕊︾ω。き魁頃
東洋法学
三二弁論主義理論の史的素描 は、訴訟の開始、進行については当事者支配別名処分権主義が支配するとし、 則であって別個の妥当領域を持つとする。 彼のいう弁論主義は 二四 弁論主義は事実関係解明についての原 ω 提出され、証明された資料のみが斜酌され ② 争われない事実は証拠を要せず 紛 要求された以上の利益につき判断せず ということ壷、心味する、しかし彼によれば有は伐判官の全くの不作為義務を意昧す獲のではなく. 真実の事実関係を 確定して正しい判断をするために積極的な訴訟指揮をすべきであるとし通説に反してプ蓑イセン訴訟法が探究主義 ︵指導主義回霧嘗警蓼蕊導巽欝⑱︶をとったことを﹁大いなる進歩﹂と評価する︵四〇六頁︶、その彼が、弁論主義を 訴訟対象の性質から論理必然的に導出されるとする考えや誤った判決を通じて当事者が訴訟物を処分するという観念 を否定し、事実についての当事者の処分権はあり得ないとし、不能または顕著な事実に反する自白の拘束力を認めな いのは当然である。そして裁判官の積極的な釈明権行使を力説することはいうまでもない。 ω轡oぼ高慧o滞びO議&噌5這鍵も 絵疑舞 は独民訴法が釈明権と釈明処分を強化したことを背景として、弁論主義ないし処分権主義をとる理由を訴訟経済的見 地に見出す。すなわち対立当事者のエゴイスティツシユな利害関係を利用することが事実解明の捷径であるとする。 従って裁判官の釈明行為は権利行使に対する干渉ではなく事実解明という同一目的に向けられた補強手段であると考
える。換言すれば弁論主義とは合目的的考慮の所産に外ならぬ。 主義の諸法則の中に織り込んでいる。 それゆえ処分権主義的要素を区別することなく弁論 五 以上概観したように、弁論主義という観念はその成立以来内容的に多くの変遷を経て現在の定説となっているが、 訴訟法上の個々の問題の解釈にあたってはその基本となる訴訟観の相違によって必ずしも見解の一致しないものが残 されている。たとえば釈明権能の妥当範囲や訴訟上の自白の拘束力の理由付けなどがその最たるものである。それら の諸問題を検討する前提として弁論主義理論の発展過程の分析とその意味内容の把握とが必要であると考えるのであ るが、その所産として差しあたりいえることの一つは、民事訴訟を私権行使の一形式、代替物と考える私法的訴訟観 が久しい以前に影を潜め、弁論主義を処分権主義的観念から脱却させるために浮まこお毒αqωαq凄&の簿N︵試訳、提供 主義︶なる名称が多く用いられるようになったということである。 最後に、私法的訴訟観に基く処分権主義および弁論主義を決定的に否定するものとして、民事訴訟のみならず行 政、労働、財務等の諸訴訟を通じて提供主義を論じたN¢簿卑URω巴ぼ一薦葦σq灘擁§翻簿NレOミをあげておく。 ︵一九七八二一・五︶ 東 洋 法 学 二五