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イギリスにおける労使合同協議制 利用統計を見る

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(1)

イギリスにおける労使合同協議制

著者

門田 信男

雑誌名

東洋法学

5

2

ページ

25-54

発行年

1962-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00007808/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

イギリスにおける労使合同協議制

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現在の背景 合同協議理念の発展 1 起 源 2 ショップ・スチュア l ドと工場委員会 3 ホイットレ!報告にもとずく労使協議会 4 産業平和と国家統制 現 状 合同協議の方向 四 三

イギリスにおける労使合同協議制は法律による強制により画一的に規制されたものではない。それは自然発生性に 根ざし、それに政府の奨励策または諸国有化法の定める設置の要請に応じてなされる労使の自主的協定がからまり、 普及し拡大した。それゆえに協議制は、企業ないし産業の特殊性と伝統を基礎として構成され、運営されたもので、 これを画一的・統一的に把握することは困難である。 この国の協議制も他の固と同じく、戦争の発生・終結にともなって消長変還をみている。注目すべきことは、産業 イギリスにおける労使合同協議制 二 五

(3)

東 洋 法 学 一 一 六 国有化のすすんだ国であるにかかわらず、ごく一部の組合を除き、西ドイツのごとき高度の経営参加を望んでいない ことである。今日、そのほとんどが企業経営執行における共同決定の形態をとることなく、これと一線を画し合同協議 にとどまっている。だからといって、この国における経営参加の意欲を否定することはできない。ただ、労働者による 産業管理という産業民主主義が底流をなすとはいえ、その実現を労働党による政治的方策をもってたれりとし、他面、 産業自治の精神による良識ある労使の自主的協議によって相当程度に確保されるとする。これは経営責任の分担にと もなう危険負担が、組合本来の機能の障害となり、活動を弱めるとの懸念からである。それゆえに協議制について組合 は、経営外にあって批判の自由を保持し、団体交渉力を活用することにより自らを守り、向上する態度をとっている。 合同協議

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仲間。ロ)といっても、この用語法に一般に納得されるような意味をふすることは容易でない. 合同協議の概念︿之、その対象として取扱う題目(之、さらにそれに関与する人または当事者︿ 3 ﹀ は 一 様 で は な い 。 合同協議は一般に狭く解されている。経営者の決定と執行が、それにより影響をうける人々の意向、態度および困難 をよく知った後に行動することを可能ならしめるかぎりで、合同協議は有用な目的に役立つとみなされている。した がってそれには、合意または共同行動を当然には含まず、またそれにともなう義務と責任も存しない。この見解にし たがえば、合同協議、団体交渉および労働協約は、各手続にふせられる責任の相違によって峻別さるべきものとする ( 4 ) 。これに反して、合同協議を産業民主化の一手段とみなす人々は、意見と情報の交換に限定する狭い解釈をおそ らく拒否するであろう

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。ーましてや、産業政策には専門的知識を要するとの理由で、産業における民主制を運営す る力は労働者にないとの主張には承服しないであろう ( 6 ) 。この見解によれば、合同協議は共通の目的を実現するた

(4)

めの一手段と考えられる。団体交渉との区別は、後者が対立者間の争いの過程であるにたいし、前者はパートナー間 の協力過程とみなされることに求められる。 合同協議の発展を簡単に叙述するに先だって、それが重視される理由を若干のべておきたい。合同協議は古くかっ 自然の過程である。使用者ないし経営者が、 かれらのために働くないしはかれらの下で働く人々と、困難の原因とな るあるいは興味をひきおこす仕事のどんな商でも、これを討議することは賢明なことである。だが、ある事情の下で は、労使の親密かつ友好な接触が妨げられ阻止されることがあろう。その障害の例として、使用者ないし経営者の家 長・専制・権柄的な態度、言語上の障壁あるいは厳格な階級的区別がある。こうした障害のほかに、近代産業構造に 固有な制約がある。使用者が五

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人の労働者とかなり密接な接触を保ちえたとしても、 五百人の労働者となると例外 的 で あ り 、 五千人となると不可能である。この懸隔をうめるためには特別な方法が考案されねばならね。経営規模が 巨大になればより巧鍛なものでなければならぬ。会社組織のピラミッドの頂点と底辺との聞の接触は多くの連鎖によ ってこれを保ちうる。合同協議を必要ならしめる要素はこの懸隔にとどまらず、さらにまた労働者の生産物からの分 離の深淵がある。社会的・政治的環境の変化による産業および社会における労働者の権利と地位の向上は、使用者が この変化にともなう彼ら自身の方法を変更しなければならないとの認識を欠く場合でさえも偽下からの圧力の結果と して、合同協議の機関が設けられる。 イギリスにおける労使合同協議制は強制によらない柔軟な協議と特色づけられる。 かく特色づけられる合同協議は 歴史的にいかに形成されたのか。その形成と産物にたいする労使および国家の三者の姿勢、なかんずく組合の姿勢は イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制 二 七

(5)

東 洋 法 学 二八 どうであるのか。さらにこうした検討から、 イ ギ リ ス に お け る 労 使 協 議 制 の 諸 国 に お け る 労 使 協 議 制 と の 比 較 に お い てみられる特殊性を導きだすことに、 小稿の意図がある。 ハ 1 ﹀川労働省の﹁労働関係ハンドブック﹂の一九四四年版は、合同協議を﹁合同協議機関の手段による経営者と被用者との協 力 ﹂ と 定 義 す る ︿ 宮 宮 町 田 同 品 。 片 岡 、 向 島 。

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。 ・ し か し、一九五三年の改訂版では﹁合同協議﹂の章を削除し、定義は勿論のこと、沿革と現状にふれるところがない。一九五七年 改訂版では﹁合同協議﹂の章が設けられているな・ロ

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が 、 定 義 は さ れ て い な い ) 。 刷機械工業の労働協約(一九四四年)は、﹁合同生産協議および諮問委員会﹂

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るの構成を定め、その職能を﹁工場の生産高を最大限ならしめんがため、この目的のため生産と能率増進に 関する事項について協議しかっ勧告を行うこと﹂と規定する。 州大戦後制定された諸国有化法は、固有産業の労使間で共同の利害に関する事項につき、雇用条件の交渉および合同協議を 行うための機関を設置すべき旨の規定をおいている。たとえば、一九四七年に制定された運輸法第九五条は次のように規定す る。﹁委員会(運輸委員会・筆者)が本項の目的を達成するため適当な機関が存すると認める場合を除き、委員会は適当と思わ れる組織との聞において、左の目的のための機関の設立維持に関して、両当事者に望ましいと息われる如き協約を締結せんが ため、当該組織と協議しなければならない。例交渉によって委員会に雇用される人々の雇用条件を定めること。この場合、協 約によって定められるところに従って事業の解決が得られないときは、仲裁に付託する旨の規定をおかねばならない。伽委員 会によって雇用される人々の安全、保健および福祉の増進と奨励ならびに委員会事業の能率的運営を含め、委員会とその被用 者とにとって相互に利害関係のあるその他の事項についての討議。﹂管理当局は適当と思われる労働者の組織と団体交渉を行 いかつ合同協議(運輸法ではこの語は直接用いられていないが﹀を行うよう、法律によって拘束されている。合同協議がいろ いろな意味で用いられていることは以上の事例だけで十分であろう。 ( 2 ) 合同協議で取扱われる事項は、西ドイツの経営組織法と異なり、その主題を異にしている。機械工業の協約三九四四年)

(6)

は﹁生産と能率増進に関する事項﹂に限定する。ところが運輸法は﹁安全、保健および福祉の増進と奨励ならびに委員会事業 の能率的運営:::相互に利害関係のあるその他の事項﹂と規定する。能率に影響を及ぼす範囲を広く解することにより、機械 工業の協約条項を法規定の範囲内にいれることができよう。用語の相違は産業における労使の慣行と伝統との反映である。 合同協議を、生産高と品質にいかなる影響を及ぼすかにより、その価値が判断されねばならぬとすれば、協議事項において なんら顕著な改善がみられないと判断されるとき、協議はその価値がないと結論される。合同協議をこのようにうけとめると すれば、合同協議は経営の用具とみなされ、すでに決定された企業の諸目的により能率的に奉仕するための手段としてだけ考 えられることになろう。これに反し、合同協議を産業および企業の民主化を促進する一手段と考えるなら(能率は経営者と労 働者が民主化を促進する一つの討議題目であり、産業経済における幾多の面の一つにすぎないて合同協議はたんに経営の用 具として経営に制約されるものではなく、企業の目的

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経営者自身も奉仕しなければならない目的 i を民主的に決定し、かっ そのうえに産業民主化を実現するための一手段と考える。協議の主題もかかる対立した見解、いろいろな立場からその意図や 実現方式においてちがいがあらわれる。 ( 3 ﹀前掲の労働省のハンドブックは、当事者は二つのグループ、経営者側と被用者側の所属するものと述べ

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﹀機械工業の協約は﹁使用者連盟加入の各事業所の:::経営者側と労働者側﹂と規定する。運輸法はそれほど明瞭でない が、適当と思われる組織は全国的な組織としての組合が協議の一方の当事者として登場するであろうことは容易に想像され る。なお、合同協議の形態はいくたの連鎖のうえに成りたっている。企業、地区または地域︿たとえば、郵便鉄道では地区 間指芯

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石炭委員会では管区口町在。日ガス審議会では地域﹀

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と呼び、さらに分割される場合は区ロ U R W C および産 業の段階にわたる。全国的な単一の合同連合協議体をもつものもあれば、そうでないものもある。この相違は産業構造、作業 形態、関係労働組合数あるいは団体交渉の伝統等によっている。 ( 4 ) 実際上この区別は唆昧である。合同協議で一致点をみかつそれに応じた行動がなされるなら、団体交渉とほとんど区別が 勺かないであろう。意見の一致をみない場合にのみ明瞭である。すなわち、団体交渉において協定に達しない場合に、仲裁に 付託されることが多いが、協議の場合には仲裁に訴えることができない(止

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るにおいて意見の不一致あるとき、上位の協議機関に付託でき るも。それは団体交渉における﹁調停﹂と類似した紛争処理手続と同じ意味あいをもっ

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﹀経営者の立場から合同協議をより広い意味に解するものに、の・同

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・がある。しかし、組合の主張する労働者の産業管理 と同じ見解に属するものではないが、注目に価しよう。 ( 6 ) の ・ 巴 ・ 出 ・ の 。

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品。ロ巴勾・ヲロ民・同書邦訳(和田)﹁労働者ーその新し い地位と役割﹂一三頁以下および者

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合同協議理念の発展

合同協議は古くかっ自然の過程であるといわれる。しかし、今日意味される合同協議が、明確な形態をとぢて社 会の現象面に現われてくるのは一九世紀の後般である

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﹀。立法化、使用者の任意性ないしは団体協定(労働協約、 経営内諸協定を含む)によるにせよ、独仏瑞等の諸国に比べかなり遅れているハ 2 ) 。 合同協議の事例は一九世紀末から二

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世紀初頭にみられる。それらは従業員の福祉に異常な関心をいだく!とくに クエーカー教徒

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会社か、あるいは組合主義にとって代る(ろに、直接、従業員代表制

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従 業 員 -持 株 制 ( 4 ﹀との関連 でーを採用しようとした会社かの、 いずれかに由来している。それゆえにある使用者は、他の使用者が組合との団体 交渉で解決したと同じ諸問題を処理するための代替手段として、会社内に従業員を代表する合同協議の機関を利用し たといえる。組合がそれを﹁御用組合主義﹁ ( F M W 5 0 ロ 巴

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﹀ の一形式として、組合の発展を阻害する一手段とみ

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なしたのも、ことの成りゆきからして自然のことである玄)。 ︿ 1 ﹀その主たる理由は、組合運動そのものに求められよう。団結による力の結集により、より高い労働・経済諸条件の維持向 上に専心したのが二九世紀後般を通じての組合の一般的態度であった。それは資本主義そのものへの攻撃ではなかったし、か っ、労働者はまったく労働力の売り手としての地位にとどまり、その経営はすべて資本家の手にゆだねて疑わなかった。この ことは、たとえば、一八九一

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九四年に聞かれた労働に関する勅令委員会(問。匂色。

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年経営協議会法の成立と背景﹂東洋法学三巻一号六八頁以下、とくに七六

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七頁お よぴ同﹁スイスにおける労使協議制 1 労働者委員会を中心として﹂法学新報六九巻一号三三頁以下参照。 ( 3 ﹀これは次のニつの事例からも十分推測できよう。

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南メトロポリタンガス会社の会長リヴゼ卿(印可の

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三年の労働争議および団結に関する勅令委員 会 ( 悶

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南メトロポリタンおよび南サパ!パン│に関するかぎり、ストは考えられず、不 可能であると証人は信ずる。どちらの会社でも、組合はいかなる権限または影響力ももたない。:;:その保障として重要なの は、ほとんどすべてのあらゆる正規の従業員 l 四 、 五

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人以上ーは、従業員持株制度による会社の普通株の保有者であると いうことである。﹂さらに口容による審問にたいし、﹁われわれは利潤分配委員会を有している。同委員会には一八名の労働者 があたり、その者は重役により任命される。それは大きな委員会であり、われわれはできうるかぎり多数の者に関心をもたせ る た め に そ う し て い る の で あ る 。 ﹂ ( え ・

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-。 匂 ・ 巳 了 間 M ・ ω N P ) 。 制このような組合対策としての使用者の行動は、当時のドイツ・スイスにおけるそれと軌を一にしているが、一九一三年、 産 業 協 議 会 。 ロ 仏 口 忠 弘 色 。 。

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巳)による協約調査から、合同協議の機関と組合との区別がなされていることを知りうる(左の イギリスにおける労使合同協議制

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。 ・ 参 照 ) 。 ﹁ 貴 下 は 貴 下 の 工 場 で あ る 南 ウ ェ l ルス鉄鋼会社傘下のギルパー トスン会社に、製造方法のみならず、規律に関する諸問題をも取扱う協議委員会をもち、それが規律を維持し、労働条件の改 善において多くの点で非常に能率的であるといわれるのは事実であるのか 1 1 われわれは多年の閉それをもち、それは十分な 機能を発揮した。だが、われわれは錫板協会に加入したとき、かかる委員会の必要性はすでに終ったと考えた。それ以来、委 員会は会合していない。私はいまや錫板協会と組合との聞に存する機関が、協議委員会の目的をみたしていると考える。﹂ ( 4 ﹀小稿は、従業員持株制を主題とするものでない故、上記 ( 3 ) の事例および石井﹁従業員持株制度﹂労働基本権所収二八 三頁以下および﹁従業員持株制度と労働株﹂労働法研究第一輯二ハ二頁以下を挙げるにとどめる。 ( 5 ﹀使用者ないし工場主の独裁制、﹁自分たちは工場の主人である﹂とする考えを打ち破ることに、合同協議の本来の意義が ある。第一次大戦前の協約を通してのかかる方向と芽生え、とくに鉄道、炭坑および機械工業における実証的研究について、 有泉﹁イギリスにおける経営参加運動の一断面

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ドを中心として﹂労働法研究第一輯九八頁以下、国p

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問 、 。 M n向 。 三 巴 印 。 、 日 M -h H 片 岡 ・ 参 照 。 し か し、当時にあっては、いまだ夜明を告げる段階にすぎず、今日の意味する合同協議制は戦後にまたねばならない。 御合組合の一形式と非難された合同協議は、大戦にともなう軍需生産と労働力の確保というこ重の要請のもと に、新しい脚光をあびて登場した。その意味するものは単純でなく、 上からの指導によるものと、下からの圧力によ る合同協議制とに大きく分けられる。ここに取扱のは、後者に属するショップ・スチュア l ドを通しての合同協議制 の一断面である ( 1 ﹀ 。 一九一四年を契機として、 ショップ・スチュア l ドという古い呼び名 (2) は新しい意味をもつようになったハ 3 ) 。 戦争という危機は、政府の伝統的中立の維持を放棄させ、国内平和・労使休戦による労働者の権利剥奪の犠牲を強い

(10)

た。休戦は大蔵省協定 ( 4 ) ( 寸 8 2 5 U 1 ﹀ 宵 gEgyS5・ω・5・)にもとずき、炭坑労組を除く多数の組合が軍需産業に おいて罷業を行わず、紛争を取引委員会の仲裁にかけることに同意したことからも十分うかがえる。組合幹部の妥協 的態度は戦関的組合員の反惑を招かないではおかない。この反惑がショップ・スチュア i ド 運 動 に は け 口 ・ を 求 め ( 5 ) 、 子組合員運動と合流して、合同協議を含む労働者の権利獲得のための反幹部闘争を拡大化した。これに拍車をかけた のがクライドの罷業 ( 6 ) で あ り 、 クライド労働者委員会 ( 7 ) は 、 一九一六年にはショップ・スチュア l ド日労働者委 員 会 全 国 運 動 ︿ z a z s -ω 何 回 。 ロ ∞ 宮 司 母 宏 、

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向 。 S B 5 8 冨 2 0 g g 件 ) に 発 展 し た ( 8 ﹀。こうした委員会 は概して職種別の組合別に選出された ( 9 ﹀ 。 そ れ が た め 、 一事業内にいくつかの組合が入りこみ、各組合のショップ・ スチュア l ドが横の連絡・相互の共同活動を必要とした。けだし、自己の組合の尺度から処理しがたく、全従業員の ための統一交渉が要請されるがためである。そこで、ショップ・スチュア!ドの連絡会議︿∞宮地ωZ43H1宏、。。B55' 。 。 ﹀ と し て 工 場 委 員 会 a ) (巧2ZFO旬。。E552)!大企業の場合、各工場の工場委員会を総括する企業委員会 4 司 。 匂 } 内 ω 。。55581がおかれた。その任務は、使用者ないし組合幹部の好むと好まざるとにかかわらず、 工場内の あらゆる事項につき、労働者を代表して交渉し、協定を締結しかっ監督するにあった。 ショップ・スチュア l ド運動による革新的気運は、非正規のものは勿論のこと、漸次正規のものまでも非正規の活動 に進展した。それがため、組合の正規の機関にすることは、戦闘的な若いスュア l ドの反対を当然招いた。それも一 九一四年!一七年の期間であり、組合はそれを組織のなかに組みいれ、さらに協約で公認することにより解決した ハロ)。そのことは労働者委員会(工場・企業委員会)による労働者の発言権の強かった時代の去ったことを意味して イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制

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東 洋 法 μι 寸・ 四 いる。従業員で構成する委員会の性格は否定され、経営参加は苦情処理的機関に変質した(ぎ。変質はこのような諸 要因のほか、 ホイットレ l 方式の影響をうけたこともみのがしえないハ想。 いずれにせよ、 ショップ・スュア l ド運動は労働運動史の一時点としての意義に終らない。運動は労働者の産業管 理に関する従来のユートピア的討議に現実性を与え、﹁戦前の左翼運動の顕著な特徴であった労働者の産業管理に対 する欲求が具体的な形をとって現われた意義深い運動﹂ ハ M ﹀であった。かくして運動は組合を新しい分野にひきだす 源泉となった(ぎ。 ( 1 ) ショップ・スチュア l ド運動が、組合運動のなかでいかなる役割と意義を有していたかは、わが国の組合運動を考えるさ い重要な教訓を含んでいるといえる。職場における末端の日常の要求を新たな闘争の拠点として再編成し、平組合員の要求を 十分吸い上げて、そのうえで組合を運営していくことは、組合民主主義本来の建前である。しかし、現実にこれを実行しよう とすると、職場の機構、組合の機構の面からも種々の障害に出会う。ショップ・スチュア l ドの意義はまず正規の組合運動と してでなく、非正規の闘争の担い手として組合運動における画期的な転換の重要な部分を担当したこと。いま一つの重要な 側面は、ここでとりあげようとする労働者の経営管理ないし参加である。こうした側面は、社会経済的諸条件のほか組合によ り、地方により企業においてさまざまな形態と運動が組み合されているため、それらを適切に地位ずけ評価することは、到底 なしえない。これについては、運動史に関する諸文献のほか、司己主な

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。 ・ 有 泉 前 掲 九 八 頁 以下、有泉﹁イギサスの労働組合﹂英米の労働組合所収三二貝以下、労働省労政局編﹁経営参加制度﹂五九頁以下、池田﹁労 使協議の制度﹂八一頁以下および後に挙げる文献を参照。

(12)

︿ 2 ) その起源は炭坑業における採炭検量人公宮島毛色

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一八五九年南ヨ i クシヤ!の紛争により 若干の使用者にうけいれられ、翌年炭坑取締法に規定されるーにあるといわれる。解雇その他の差別待遇により実効を挙げえ ないため、その完全独立のため七二年、八七年と法改正がなされ、一九一一年法にひきつがれているが、ここで注目すべきこ とは、従業員の代表が賃金決定に参加したということである。印刷業におけるチャペルの親父

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同 任 命 。 官 官 ︼ ) の ほ か 他の産業にも普及したが、一九一四年前にはいまだ一般化していなかった。君。

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有泉・労働法研究一審 一 一 三

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四頁および英米の労働組合三五

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六頁、池田・前掲書八一

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三頁、労政局・前掲書五九

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頁 参 照 。

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﹂一五三頁参照。 ハ4 ) Q -H M 江

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・ ハ 5 ﹀この間の事情は一応次のようにいえよう。第一に戦争の遂行に伴う物価騰貴のため、生活水準が切り下げられ、労働不安 を生じたこと。第二に大量生産様式の採用により不熟練労働者が入りこみ、従来の組合員との間に摩擦が生じたこと。これは 戦線への動員により急激に増大化した(いわゆる

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ロの問題)。労使紛争にたいする政府の仲裁に誠意がなく、一方組合 は争議権を放棄し、組織の面からの工場単位の把握を怠っていたため、工場内の紛争処理の機構として、ショップ・スチュア l ドが、組合と対立した方向でか、あるいは組合組織をかえないしは組織強化として働かざるをえなかった。 ︿ 6 ﹀

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・ハット著・塩田訳﹁イギリス労働運動 史﹂八七│八頁、有泉・労働法研究一瞬士二

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二、一二五頁など参照、非正規・非公式なクライド罷業はあまりにも有名で あり、ここでふれるまでもない。 ︿ 7 ﹀クライド労働者委員会は、軍需品法にたいする抵抗を誓い、組合の役員たちがこの法律を支持することは﹁労働者階級に 対する裏切行為﹂であると非難し、この委員会の目的として次のことを宣言した。﹁職場の諸条件に対する管理権をますます 増大せしめること、雇用条件を規制すること、階級的基礎に立脚して労働者を組織すること、および賃金制度の打倒と労働者 階級の自由と産業民主主義の樹立が達成されるまで階級闘争をつづけてゆくこと。﹂(ハット・邦訳・前掲書八九頁) ︼

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八頁、ハット・邦訳・前掲書八九

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九二頁参照。労兵レ l テ ハ 8 ) イギリスにおける労使合同協議制 五

(13)

東 洋 法 学 二 ハ ( K F 氏 官 同 l ロ 島 問 。 E m 官民皆ゆ﹀との関連で興味ある問題を提起するが、別の機会に譲る。 ( 9 ﹀選任は一応本文のようにいえるが、実際には、それぞれの組合、それぞれの工場でさまざまな選任方式が採用された。戦 前は、同一工場内の組合員が同僚の中より選挙し、これを組合の地方委員会が確認する方法が一般的であった。しかしこの段 階においては、組合の統制下にある場合を除き、工場内全従業員が職場単位で選出された。但し、その中間的なものもみられ た。それゆえ、大別して三種のものに分けられよう。 (凶﹀工場(企業﹀委員会について、先に挙げたの。

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五 頁 、 ハット・邦訳・前掲書八九頁参照。 (日)事例として、たとえば、一九一九年五月二

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日の機械産業使用者団体と合問機械工組合(﹀自己官自巳&印。巳

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の締結せる﹁ショップ・スチュア l ドおよび企業委員会の任命ならびに職務に関する協約﹂があげられる(協約内容 について、有泉・労働法研究第一輯一一ニニ│四頁、労政局編・前掲書六五頁参照)。本協約の母体をなす関係機械工組合との 協定で、使用者は﹁ショップ・スチュア l ドは労働組合の管理下に置かるべきこと﹂と規定し、戦闘的勢力としてのスチュア i ドの意気をくじこうという願望を実現した。この趣旨を具体化して詳細に規定したのが、一九年五月の協約である(ハット・ 邦訳・前掲書九三頁参照)。さらに、一九二

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年、関係組合の大同団結でできた機械工業連合組合(﹀自己 m m g E 何 ロ E 5 2 E m d E o ロ)の規約で、ショップ・スチュア l ドは正規の機関として組合の組織に組みいれられた(有泉・前掲一三七頁参照)。 (ロ﹀それはレ l テ運動の変質過程と基本的に同じうしている。ただ、組合の完全な下部機関とするか。協議機関の目的・構成 ・権限の規制について、その聞に相違があるにすぎない。 ( 日 ) M M H F Z な

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・ 巳 了 間 V ・ω ∞・アレン・邦訳・前掲害九二一頁、有泉・前掲一三五頁、労政局編・前掲書六五頁参照。 ( M ﹀ コ l ル・邦訳・運動史

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(14)

レ 1 委員会式労使協議会(針品輸議)が問題となる。ホイットレ i 委員会 ( 1 ) ( 熊一一糊)は一九一七年に前後三回の報告 ﹃ ホ 報 告 (と略﹄を行っているハ 2 ) 。そこで、はホ委員会はホ式協議会に関するなんらの一定形式の組織を強いていないハ 3 ﹀ 。 ただ、それが上下の機構からなり、労使双方よりなる﹁合同協議﹂を予定していることは注目されるハ 4 ) 。ホ報告は 勧告の域をでず、労使の任意協定に委ねるを最善とし、法律により強制されてはならないとする。 ホ式協議会は労使 の任意協定によるにせよ、政府がホ委員会の勧告実施に協力する点に、その特質があるといえよう ( 5﹀ 。 ホ報告は一七年秋内閣の承認をえ、この方式の採用を各産業の労使双方に勧告した。この推進のため労働省は一部 ホ式協議会に関する指針を発表した ( 6 ) 。この勧告をイギリス産業連盟も労働組合会議も直ちに 、 ヘ た と え ば 、 建 築 ・ 受諾した。しかし、この方式を現実に採用したのは、いまだ十分な組織をもっていな治った産業{水上運送・羊毛業 時)で、前から組織がすすんでいた産業(俳句榔札耕一切れ})では、これまでの各自の方式をそのまま踏襲している。と ころで政府は、その管理下にある企業や公務について、関係組合からの強い要求があるにかかわらず、ホ式協議会の 局 を 設 け 、 一 九 年 、 設置を拒み、やっとこれを認めたのは一九年になってからである ( 7 ﹀ 。 ホ式協議会は当初予想されたほどの成果をあげえなかった。原因は種々あげられよう。まず、使用者側が協議会に なんらかの意味で

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経営参加、産業上の機能を認めることに消極的であったこと。他面、 工場・企業委員会の承認に 成功したジョッブ・スチュア l ド が 、 ホ式協議会に切換えることを拒んだことも、大きな原因となっているハ 8 ﹀ 。 ホ 式協議会は曲りなりにも少数の・散脅する十分に組織されていない産業で成果をあげた︿ 9 ﹀。だが、こうして生れた 協議会も本来の趣旨によくたえるものではなく、生きのこった大部分は単なる交渉機関に転落したハリ。 イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制 七

(15)

東 洋 法 出ι す‘ /¥ ︿ 1 ) 政府は、一九一六年、戦後の経済再建方策の調査研究のため、復興委員会を任命した.その小委員会として労使関係分科 会がおかれた。それは労使が自ら労使関係に影緋ある産業上の諸条件の改善のための方策を研究し、その機構を考案し、これ が採用を政府に勧告するにある。分科会は労使および政府委員の三者で構成され、当時の下院議長 G ・ H ・ホイットレ

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を委 員 長 と す る 。 ︿ 2 ) 報告の内容および意義について邦文献として、角田﹁英国における産業協議制﹂季刊労働法一一号一一五 j 六 頁 、 音 田 ﹁ イ ギリスロおける労使協議制﹂産業合理化と労働問題一四三頁、有泉・前掲一三九

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一四四頁、池田・前掲書九

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頁、労政局編 ・前掲書六六

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七 頁 参 照 。 報告(第一・一七年三月八日、第二・一

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月一八日、第三・一

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月一八、第四・一八年一月三一目、第五・六月七日、第六 ・七月一日﹀の全文については、﹀同

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己の序論が収められている

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・ ) 。 ( 3 ) それは﹁もし企業委員会が、組合運動に対抗するものとして、使用者により用いられまたは用いられる懸念が存するな ら、同委員会の成功に障害を与えること甚大なものがあろう:::同委員会は組合組織に妨害を与えてはならず、所属産業の改 善のための建設的協力という考え方を、つねに念頭におかねばならない﹂との見解によっている(包括

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。 ・ ) 。 ︿ 4 ) 上下の機構は、全国合同協議会、地区合同協議会および企業委員会の連繋からなっている。全国合同協議会の審議事項 は、賃金と雇用条件のみならず、﹁労働者の実際的知識と経験のよりよき利用、生産工程・機械・組織の改善および経営上の 実 験 の 検 討 に 関 す る 適 当 な 問 題 : : : ﹂ な ど で あ る C E L -℃ ・ ω結 -p m ・

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・ - ∞ - H 2 ・﹀。さらに、﹁全国組織聞の中央における協力を確 保するだけでは十分でない。当該地区および個々の事業場における労使との活動と支持とをうることが重要である﹂

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・)。すなわち、地区合同協議会と企業委員会の設置勧告が、全国合同協議会の第一の義務とされ、その職 能を地区企業の組織に割当うるとされた。 ( 5 ﹀ホ報告はホ委員会で万場一致承認されたが、労働者代表委員は最終報告(第六)で次のような覚書を附加している。

(16)

﹁:::勧告はより友好的な労使関係に資するかもしれないとはいえ、私的利潤動機によって主として支配され指導されてい る経済制度の運営に含まれるより重大な利害の衝突は、依然として残るであろう﹂公

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・ -∞ ・ ぉ ・ ) 。 ( 6 ) 角田・前掲一一五

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六頁、池田・前掲書九一頁、労政局編・前掲書六七!八頁参照。 ( 7 ) 有泉・前掲一四六頁参照。なお、その後の公務におけるホ式協議会について﹁ロ・当

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・は一九一二年までに政治的反動のため、国有化の可能性はまったく消滅し、同年の不況とその後の数 年間の慢性的失業は、労働関係と産業民主制に重大な影響を与え、物価と賃金は低落した。一般的問題への熱意も、現実の問 題をのりきることにとって代ったという。それゆえ、現象商からみれば、﹁両大戦問、イギリスは概して不況と慢性的失業に 悩まされていたので、ホ委員会勧告の線に沿った労使協力は妨げられ、公務関係を除き、そこで幾度か後退を繰越しながら も、若干の成功を収めた合同協議は、少数の個々の会社以外では殆んど消滅してしまったのである﹂(小坂善太郎﹁戦後の世 界労働運動﹂九八頁)といえよう。 ホ式協議会がいずれの側からも惜し気もなく一掃されたのは、使用者側と組合側との聞の対立した見解によるのであって、 不況と慢性的失業はたんにその契機となったとみるべきであろう(。。

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・)。このことはたとえば全鉄道を四大幹線会社に統合した一九-二年法が、組 合の発意によって、ホ式協議会!地方部門別委員会を含む!を法認していることからもうかがえる合同・

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仏 の 宮 田 宮 ♂ 。 H Y X -w 匂 ・ ω ω 仏 岱 ロ 向 山 口 。 件 。 ω ・ ) 。 角田助教授は、組合の弱小なないしは未組織の産業で歓迎され、組合の強い産業では設置されても効果を挙げることのでき ないパラドックスと、一九一一二年の組合の経営参加の要求を、ロック・アウトによって拒否する機械工業使用者の反対に求め て い る ( 前 掲 一 一 六 頁 ﹀ 。 イギリスにおける労使合同協議制 九

(17)

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( 9 ﹀比較的安定して存続している産業として、印刷業、製粉業、製陶業、製靴業、錫板製造業、煉瓦製造業、羊毛業、靴下製 造業、船渠業、船舶業、道路運送業、化学工業ならびに中央官庁と地方自治体であるといわれる(。。ロ

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∞ ・ ) 。 (日﹀ウィガム著・大河内・秋田共訳﹁労働組合﹂七五

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頁 。 四 組合運動は、二六年のゼネストと翌二七年の労働争議法の成立で大きく転換した。 ゼネス下の失敗で、半サシデ ィカリスト的思想の組合運動に占めていた顕著な影響力は後退した (1) 。挫折は指導者に新たな戦術の採用をせまっ た。これに m 合えたのが

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総評議会書記長 W ・シトリ l ン提案である︿ 2 ﹀。提案とホ委員会の相違は、後者が企業 委員会を重視するのにたいし、前者が経済的権力の中央集権化による権力の中心において影響力を獲得せんとするに あ る ︿ 3 ) 。この方向はモシド日夕 i ナ l 会 談 ( 冨 。 ロ 仏 ・ 寸 ロ

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を可能にし、協定 ( 4 ﹀の締結をみた。 しかし、このとりきめはほとんど利用されず、永続的機構としては何物も残さなかった。 この直後におきた国際的恐慌は、金融独裁からの産業の国家統制に着目した産業国有化計画立案の注意を喚起し た ( 5 ﹀。一一一二年大会には、総評議会の手になる﹁労働組合運動と産業の管理﹂の提案がなされた (6) 。それは従来の ヘ第二次労働党政 J 産業管理の思想をすてきり、

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・モリソン(府の運輸大臣)の主張でもりこまれた一九三

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耳 目 可 の 専 問 委 員 会 の 理 論 を う け つ い で い る (7) 。その骨子は、社会化された産業とサービス業の管 理委員会は、適任とみられるうちより政府が任命した人々で構成するというにある。組合そのものの参加は二重の責 任を負担するとの理由で拒否されている。すなわち、 シトリ l y 提案と底流を同じくし、後にのべる四四年の

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(18)

中間報告の立場につながっている酔 大戦は組合がかねて欲していたものの大部分を与えた。それは緊急事態の要請であるも、チャーチル連立政府の労 働大臣

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・ ペ ヴ ィ γ の業績に負っている ( 8 ﹀ 。 こ れ に よ り 組 合 は 、 公 的 な 場 ( 時 ⋮ 甥 初 飴 一 間 一 一 剛 一 舗 瞭 一 知 数 一 ) を 通 し て かつ軍需・私有をとわずあらゆる産業に合同生産委員会が急速に普及したすコ 経済政策に影響を及ぼす機会をえ、 生産省の発表によれば、 四三年七月までに、機械・鉱山・造船・建築業などの分野において、 四一六九の﹁合同生産 委員会ないし類似の機関﹂が運営されており、その適用をうける関係労働者は二五

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万にのぼったといわれる(想。 生産委員会は一般に成果を収めたといわれている。使用者が委員会の勧告を実施面で混乱させ、あるいは労使の闘争 の補助的舞台とし、またある種の

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ョップ・スチュア l ドからする不満があったとしてもハ日)。 こうした意味で、

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が戦時生産委員会の成果をどのようにうけとめて、そしてそのうえにたって、戦後の

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の方向づけとしてだした四四年の﹁戦時再建に関する中間報告﹂ ハロ﹀は興味をひく。報告はシトリ l y 提案および 三二年の総評議会提案の流れをくんでいる。すなわち報告は、執行機関そのものへの参加のみならず、産業の運命の 決定に発言権をもっとか、あるいは労働者の潜在的能力・経験および良識をひきだし、産業の全生産力を効果的に実 現することに熱意なく、依然として決定に影響を与えるプレッシュア・グループとして行動するにとどまっている。 ( 1 ) 巧 ・ 出 ・ の 同

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仰 げ 。 ♂ ロ ロ ロ 。 ぽ 巴 印 P M M ・ 5 A p h F シュトウルムタ!ル著・神川・神谷共訳﹁ヨーロッパ労働運動の悲劇

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三 一 頁 、 イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制 四

(19)

東 洋 法 i!M与 す・ 四 コール・邦訳・前掲書第九章参照。 ( 2 ) 者 ・ 冨 ・

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∞・参照。提案の意図は、労働組合は﹁生活水準を向上させ、かつ絶えず雇用条件を改善させるため に、もっとも科学的な生産方法を発展きせ、浪費と有害な制限を除去し、あつれきと衝突の諸原因を除き、できるだけ生産増 大を促進することによって、産業の能率を最大限にあげるための共同努力に積極的に参加する用意﹂のある旨を明らかにする に あ っ た 。 シュトゥルムタ l ルは、シトリ i ンのいう新しい労働組合を批判して次のようにいう。シトリ l ンは、﹁労働組合は、﹃産業 の繁栄に関与﹄し、且つ﹃それ(組合運動)が新たに起りつつある新しい諸発展に影響力をもちうる﹄ように、産業運営の方 法に発言権をもつことを要求するというのである。彼はこの積極的協調の政策を、一方では草命的状況の意識的醸成政策と、 他方では消極的な﹃傍観﹄政策と対置したのである。組合運動の新星の一人であるシトリ l ンは、多数派の観点を適切に表現 したわけである。彼等は共産主義者の革命的スローガンに従うことも、あるいは急進主義者の似而非革命的無活動を受けいれ ることも、両方とも拒否したのであった。しかし、シトリ l ンの政策も、真の改良主義ではなかったのである。何故ならば、 彼の見解によれば、組合のなすべきことは、諸決定に﹃影響を与える﹄ことであって、決定を自ら実現することではなかった からである。こうして組合は、全くプレツシュア・グループとして意識し且つ行動することになったのである﹂(邦訳・前掲 書一三二│三頁﹀ 組合の新しい方向は、ワイマ

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ル・ドイツのそれと比較するとき、重要な問題を提起する。ナフタリは ADGB ニ ユ ル ン ペ ルク大会の報告で、経済民主主義のもっとも本質的なものは共同決定権にあるとして、超経営上の分野における労働者の参加 を意義ずけ

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∞ -N N ・)ととらえる。戦後、組合│ショップ・スチュア l ドと組合│労兵レ l テが一応清算されながら、大会決定によるワイマ l ル体制下での確立がなされたこと、すなわち、﹁影 響を与える﹂ことだけにとどまらず、決定をも自ら実現する政策をとったことに、イギリスとドイツにおける当時の組合の経

(20)

営参加にたいする態度のちがいのみならず、その後の方向を決定的なものにした。 ( 3 ) シ ト リ i ン提案の中心的部分は全国協議会にあり、企業・工場委員会についてはほとんど言及していない。それが重視さ れたこと自体、どんなに組合運動が中央計画化に向って進んでいたかを示している。それは、賃金や労働条件を決定する諸要 因が工場からはるかに離れた彼方で決定されるとする考えと、他面ではショップ・スチュア l ドが、組合の統制力に挑戦する ことになりはしないか

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ゼネスト後しばしば反組合的な工場委員会または協議会の形で相当数置された会社組合に│組合指導 者が疑惑をいだいたことによっている(氏・

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・ 参 照 。 ( 5 ) 恐慌発生の時点で労働党政府が誕生したこととの関連で理解されねばならない。これについて、一九一一二年 TUC 大会で 総評議会議長﹀・出品弘司は次のようにのべる。固有化の目的は、﹁労働党政府は、現在の競争的資本主義的組織体制にとっ て代え、国民生活を維持する諸産業とサービス業の管理を、金融独裁者ーその権力はたったいま示されたばかりであるーから 奪取せんがため、かつてなきほどに断乎として急速に、詳細かつ包括的な経済生活の計画化を推進しなければならない﹂ため の手段となさんとするにある(毘三﹀ロ

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年一二月、下院において次のような言明を行った。﹁不満をひぎおこす事態を避けるため、すべて の産業の事業所に、経営者と正当に選出された従業員の代表との問に、互いに関心のある諸問題について定期的な討議をする 常設の合問機関を設置するというのが、私の構想である﹂

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に対処して、造船・船舶修理業に造船所委員会、炭坑業に炭坑生産委員会が 設置された。四二年二月には、供給省と関係組合との間に、供給省管理下の全工場に合同生産協議委員会の設置に関する協定 イギリスにおける労使合同協議制 四

(21)

東 洋 法 戸旦ふ ず・ 四 四 が結ぼれた。さらに、翌月には、機械業において同種の協定が締結された。また、建設省の指令で設置された現場委員会は、 福利厚生にとどまらず、生産委員会として活動するよう奨励された。

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合同協議の主要機能の一つは、労使の聞に適当な意思疎通の通路がない場合にその手段を供することにあることか ら、新しい通路として役立つ手続、組織ないし機関のしくみが重要となる ( 1 ﹀ 0 企業が大きければ、それだけこれら は複雑とならざるをえず、 またその構造自体が協議参加者の態度に影響を及ぼす可能性が大きくなる。合同協議のし くみと運営については既に詳細にわたる研究・紹介がなされているので、簡略にながめておくにとどめる ( 2 ) 。 国有産業一九四七年、炭鉱国有化をきっかけにイ γ グラ γ ド銀行、民用航空、有線無線、電力、ガスおよび運 輸事業(時計州地下伽餓⋮聴が矧一切)が国有化された ( 3 ) 。これら国有産業における合同協議制は、社会化諸法で当該 産業の労使に共通する事項(鮭一一⋮堅い住生)につき、協議を行うための機関を設けるべき旨の規定がおかれ、その設

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(22)

置については組合ととりきめをなすことを要すとされている。設置と運営についてはそれぞれの産業に法定義務づけ られているとはいえ、産業の特殊性によって合同委員会は相違する。それは大別して三種に分けられる。仙川 ヘ炭鉱業と/、) 業からそのままうけついだ団交機関と平行する数段階をもっ委員会(電力業)加団交と協議をともに処理する委 員会(一議十鰍)、川現存の団交機関への新しい職能の委託(建一時三である。さらにこれにはいくつかの協議段階 がありハ土、また職種別・部門別に分かれている ( 5 ) ため、いよいよ複雑となる。大雑把にいって、横と縦の連繋に ひとえに当該産業の産業構造、作業形態、関係組合数、 私有産 よるピラミッドをなしているといえる。この形態の相違は、 さらにはそれまでの団体交渉の伝統といった諸種の要因によって規制されているといえよう。 私有産業との大きなちがいは、国有産業の管理運営の権限を与えられている管理委員会に、組合の指導的立場にあ る者を含まねばならないとされていることである。しかし、それは組合の代表者としての資格を有するという意味で 主立、。 b J j し たしかに組合の利益代表者的な性格を表面上は有している観もするが、実際には組合にそのものの選出権は なく、主務大臣の任命するところであって、組合は役員の任免に関してなんらの権限も認められていない。 2 私有産業

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は四四年の中間報告において、戦時生産委員会は産業界の増進運動に大いに貢献したと認め るも、戦後廃止の方向に傾いた。 しかし、戦後の経済再建と自立のため増産の必要性が再認識されて、 四 七 年 一 月 、 全国合同諮問会議 (6) は労使の団体に合同協議機関の設置を勧告した ( 7 ﹀ 。 こ の 勧 告 は 、 しかし、労働者大衆の希望 に必らずしもそうものではなかった

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私有産業での合同協議機関は国有産業におけるよりも複雑である。協議の構成、 主題および手続において、産業、 イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制 四 五

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東 洋 法 学 四 六 地方、企業毎の特殊性が強くあらわれる。事業場、企業に一つの協議機関があるとは限らない。少くとも大規模の企 業にあっては、部門・職種別あるいは工場別の委員会のうえに中央合同協議の機関を設け、 一企業体に横と縦の連繋 による構成をとる場合がある ( 9 ) O すなわち、国有産業にみられる以上に最適とされる意思疎通の流通が工夫されて い る ︿ 叩 ﹀ 。 企業の段階における合同協議の機関は、産業における地方・全国組織の上部機関をもつのが通例であるが、実質的 には有機的なつながりはみられない

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。それは固有産業とのちがいであるのみならず、団交との相違によってい る。団交で意見の不一致あるときは上級交渉機関に委ねられるも、合同協議事項では上級機関ある場合も、当該企業 そのものの関心事であるゆえ、多くは規約上再審査する権限は与えられていない。現在、 上級機関が重視されている のはこうした点にはない。ことに地方協議会の権限機能の強化が当面の問題である。それは国有産業においても同様 で あ る 。 しかし、私有産業とのちがいは、前者が中央集権化の反省による地方協議会の権限の強化にあるのにたいし、 後者は一企業内で処理しえないかないしは処理に適しない事項の地方・産業聞での統一的な処理にある。 いま一つの問題は組合の協議機関にたいする関係である。組合が労働者の唯一の代表であるとの立場を侵害される ことなく、主役を演ずるにある。組合の手足として利用し、拡大することは団交との区別および機関の構成を提起す る。とくに後者は、非組合員日従業員の問題と組合間の競争(椅子の配分)を招かざるをえない。これについていま だ十分解決されていないようである。 スイスにおける非組合の労働者委員会と同種の問題がここでもみられるのは興 味ある事例といえるハロ﹀。合同協議が期待どおりの成果を挙げていないといわれるのも、こうした問題とならんでい

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ま一つは、組合役員と組合員との意思疎通り鞄題と同じ原因がこの面でもみられるということであるお三

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振興協議会 私有産業でみた合同協議の機関は任意的な性格のものであるが、法律に基礎をおく労使公の三者 構成をとる特異な協議制がある。 四七年七月コ二日に制定された﹁産業組織化および振興に関する法律﹂(阿倍仏

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命令(承認を要する)を要する。それゆえ に法律に根拠を有するといっても、強制によるものではない。協議会は、三者構成による計画的経済統制の推進のた めの合同協議制として構想され、その勧告を政府は実施すべきものとされた。そこに労働者の産業管理思想への新し い動きがみられたが、使用者団体の反対にあって、同協議会は四業種(同盟

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間 話 料 法 制 腕 折 、 ぉ ) に み ら れ る に す ぎ 主、 ( U ) O 寸 J 3 V 組合の経営参加の態度と現状は、直接経営に参加することに消極的であり、自主性と独立性をそこなう危険性はな るべく避けるといった空気が強い(ぎ。組合が直接経営に参加するとの提案は稀である(時)。 かような状況からして 振興協議会のもつ意義は、 たとえ現状において十分な力を発揮しない状態にあるとはいえ、無視しえないものを含ん で い る 。 いずれにせよ、労働者の産業管理は固有産業との関連で提起される。それも組合は本来の任務を拡大する方向で動 イ ギ リ ス に お け る 労 使 合 同 協 議 制 四 七

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