私有化に関する政策提言
福 田 敏 浩
1 はじめに 1990年代は体制転換の時代である。東欧革命後にポスト社会主義諸国は資本 主義への体制転換に乗り出した。各国政府の体制転換戦略は大きく二つに区別 することができる。ひとつはビッグ・バン型の急進的な体制転換戦略である。 これはビッグ・バンのやり方で現存の社会主義体制をスクラップし,できるだ け早く資本主義を制度化しようとするものである。この戦略を採用した代表国 は,ロシア,東ドイツ,ポーランドおよびチェコスロヴァキアであった。もう ひとつはソフト・ランディング型の漸進的な体制転換戦略である。これは,時 間をかけてステップ・バイ・ステップで資本主義を制度化しようとするもので ある。ハンガリー,ルーマニアおよびブルガリアがその代表である。 急進的戦略の国であれ,漸進的戦略の国であれ,体制転換政策の柱となった のは私有化,市場化,競争化および貨幣化であった。私有化とは生産手段の私 的所有の制度化である。現存国有企業の私有化と私企業の新設がその中核を成 す。市場化とは市場経済の制度化である。市場法制の整備と各種市場の制度化 と価格の自由化がその柱となっている。競争化とは競争市場の形成である。独 占的産業構造から競争的産業構造への転換がめざされてきた。貨幣化とは国民 1) 経済の貨幣経済化である。金融市場と資本市場の創設がその柱を成している。 以上四つの政策のうち,各国政府がもっとも力を入れてきたのは私有化である。 資本主義の根幹は生産手段の私的所有であるという認識があるからである。 1)詳しくは福田〔7〕を参照されたい。ポスト社会主義諸国で私有化政策が展開されるようになって5年余になるが, その進捗状況は予想よりも遅れている。国有企業の所有権の民間への移転がほ ぼ完了した(東)ドイツの例もあるが,全体的に見ると遅れが目立つ。各国政 府は,遅れを取り戻すために,自国および他国でのこれまでの実践に学びつつ 私有化戦略の再構築の作業を行っている。今後の私有化にとってどのような戦 略がもっとも効果的か。筆者の考えを述べてみたい。
II二つの私有型押
私有化は資本主義の制度化にとって最重要かつ不可欠の政策である。ポスト 社会主義諸国で新政権が登場した当初には私有化戦略について二つの案が提出 された。急進案と漸進案である。急進案は現存国有企業を短いタイム・スパン で一挙に私有化することを説いた。西ではサックス(J.Sachs)やオスルンド む(A.Aslund)やフリードマン(M. Friedman)やリプトン(D. Lipton),東では ロシアの元副首相ガイダル(E.Gaidar)やチェコの現首相クラウス(V. Klaus) やポーランドの元副首相バルツェロヴィチ(L. Balcerowicz)やハンガリーの 2) ショーシュ(A.S60s)がその代表的論者である。漸進案は私的セクターの育 成を通して徐々に私有制への移行を図るべきことを説いた。西ではノープ(A. Nove)やマーレル(P. Murrell),東ではハンガリーのコルナイ(J. Kornai)や 3) ポーランドのポズナンスキー(K.Z. Poznanski)がその代表である。 1.急進案 急進案の背後には,東欧革命後およびソ連の崩壊後に成立した新政権は弱体 であるから,できるだけ早く目に見える成果をあげて国民の支持を取りつけね ばならないという政治的意図が働いていた。東で政策の衝にあたっていた政治 家がビッグ・バンの私有化に傾いたゆえんである。急進案の基本的認識は次の 4> 四点に集約しうる。第1に私有化は国家主導で行うべきであると考えているこ 2) Major (13) p. 73. 3) Major (13) pp.80−86. 4) Poznanski (16) pp.206−207.と,第2に私有化を主として西側諸国の理論と実践に範を取った「プロジェク ト」の形で実施しようとしたこと,第3に新古典派経済学の考えにのっとって 企業や家計のビヘイヴィアは容易に変更できると考えていること,第4にビッ グ・バンのコストはその初期には高くつくが,時間とともに徐々に低下し,そ の総コストはピースミールの私有化よりも安くつくと判断したこと,である。 急進案のうち実践において効力を発揮したのは,チェコスロヴァキアの政府 案であるクラウス・トリスカ・プラン(Klaus−Triska Plan)であった。これは 国有企業の株式の引換券にあたるバウチャーを18歳以上の国民に配布して,数 百,数千の現存国有企業の所有権を一挙に民間に移転しようとするものであっ た。バウチャーによる大量私有化案である。チェコスUヴァキア政府がこのよ 5) うな大量私有化案の採用に踏み切った背景には,次のような政策判断があった。 第1は富や所得の平準化を図るにはバウチャーが最適であるという分配政策的 判断である。第2はバウチャー方式で一度に大量の国有企業の所有権を民間に 移転できるという技術的判断である。第3はバウチャー方式で可能となる株式 のユニバーサル・オーナーシップでポピュラー・キャピタリズムが実現される という経済体制政策学判断である。このようなバウチャー型大量私有化政策は 1992年目実施され,予想外の成功を収めた。
2.漸進案
漸進案の背後には,基盤の脆弱な新政権にとってビッグ・バンの私有化は非 現実的であり,小幅な施策を継続的に実施した方が国民の支持を得やすいとい 6) う政治的判断があった。その漸進案の基本的認識は次の四点に集約しうる。第 1に私有化は国家主導ではなく市場主導で行うべきであると考えたこと,第2 に私有化は出来合いのモデルをベースにするよりも現実に即した試行錯誤の方 法で実施する方が効果的であると判断していること,第3に企業や家計は慣性 の法則に支配されるのでそのビヘイヴィアの変更には時間がかかると見ている こと,第4に漸進的戦略の方が私有化のコスト面で有利であると考えたこと, 5) Bornstein C 4) p. 482. 6) Poznanski (16) pp.206−207.である。 漸進案を積極的に提唱したのはマーレルとコルナイである。マーレルは,進 化論的アプローチ(evolutionary approach)の立場から,私有化政策の力点を 7) 私企業の育成に置くべきことを主張した。現存国有企業の私有化よりも私的セ クターの育成と市場化を推進した方が,時間はかかるとしても,資本主義への 転換に成功する確率は高くなるというのである。私的セクターの制度化と市場 の制度化が進行するにつれて,「入退場のプロセス」(process of entry and exit) が作動し,私企業の参入が増加するようになれば,低効率の国有企業は徐々に 8) 淘汰されるであろう,というのがマーレルの描いたシナリオであった。 コルナイは東欧革命直後の1990年に,現存国有企業の私:有化は企業家不在の 現状では性急に行うべきではなく,所有形態比率に占めるその割合を時間をか けて減らしていくほかないこと,むしろ政策の力点は「財務的損失を蒙ること を辞さない」企業家の育成と市;場規律の制度化を通して新しい私的セクターの 9) 拡大を図る方に置くこと,を提案した。ポスト社会主義諸国で実際に私有化政 策が展開されるようになってからもコルナイのグラデュアリストとしての立場 はいささかも揺らぎを見せていない。いや,むしろ,より徹底されたと言った 方が正確である。最近のコルナイの主張を紹介しておくと,次のごとくである。 コルナイは私有化を,国民経済において私的セクターが支配的になることと 10) 定義する。私的セクターはどのようにして制度化されるか。この間に対してコ ルナイは,進化論的立場(evolutionist philosophy)に立って,私的セクターの 11) 有機的発展プロセス(process of organic development)の考えを提出している。 つまり,私有化は政府主導の官僚的・規制的な方法によるのではなく,自発的・ 12) 分権的・有機的な発展プロセスに委ねるべきであるという考えである。政府 の 7) Murrell {14) p.82. 8) Murrell (14) pp.85−86. 9)Kornai〔10〕pp.101−103,邦訳87−93ページ。 10) Kornai (11) pp.79−80, Kornai (12) p, 32. 11) Kornai C12) p.38. 12) Kornai (11) p.87, Kornai (12) p.38.
任務は,私的セクターの生成を容易にする経済法制 とりわけ市場の形成, そのうちでもファイナンス市場の形成にかかわる法制 の整備に限定すべきで あって,私的セクターの生成プロセスに介入すべきではないという。 ポスト社会主義諸国で実際に行われた私有化は,政府主導の上からの私有化 であった。たとえば,ハンガリーでは新設の国家資産庁が現存国有企業の所有 権の民間への移転を推進してきた。コルナイによれば,このような集権的方法 13) の考え方は「ハイエクのいう設計主義のアブV一チの好例」である。行政主導 で設計された人工物は資本主義になじまない。「資本主義的発展のバイタリテ ィは,その存命力のある諸制度が強制なしに,自然に発生するということから 14) きている」。私的セクターは市場プロセスの中で自然に生成するのだから,政府 はそれへ介入すべきでないというのである。 以上のところがらも知られるように,最近のコルナイはハイエク(F.A、 v. Hayek)流の進化論的立場にスタンスを移している。コルナイはかつてはハン 15) ガリーにおける市場社会主義の「改革理念の確固とした支持者」であった。市 場社会主義者は設計主義の立場に立つ。ハンガリー三市場社会主義は,ハンガ リー社会主義労働者党によって設計された人工物であった。ひところのコルナ イは設計主義の立場に身を置いていたのである。東欧革命はコルナイの方法的 立場を180度転向させた。新マルクス主義的設計主義からハイエキアン的自然 生成主義への転向である。 III 中欧の私有化政策 16) 私有化の現実はどうか。中欧諸国を例にとって簡単に見ておこう。私有化に 関して各国政府が採用したのは急進的戦略であった。各国政府とも当初,3− 4年以内に所有形態比率に占める私的セクターの割合を50%にするという見通 13) Kornai (12) p. 38. 14) Kornai (12) p. 38. 15)コルナイ〔9〕2ページ。 16)詳しくは福田〔8〕を参照されたい。
しを立てていた。私有化の主体は政府であり,私有化政策を所管する官庁とし てポーランドでは所有権移転省が,チェコスロヴァキアでは共和国国家資産管 理・私有化省が,ハンガリーでは国家資産庁が設立された。 私有化政策の内容は二つに大別できる。現存国有企業の私有化と私企業の新 設である。前者はさらに,現存国有企業の所有権の民間への移転と国有企業の 営利会社化に区別される。中欧各国政府がもっとも力を注いできたのは,現存 国有企業の所有権の民間への移転である。その主たる方法は返還,売却および 配分の三つである。返還は,国家によって接収された資産を元の持ち主に返す 措置である。売却は,国有資産および国有企業の国内外の私人への売り渡しの 措置である。小規模国有資産(小売店,飲食店,ホテルなど)については入札や 競売が行われたが,どの国でもこの措置は成功裡に終了した。中規模の国有企 業についてはアウトサイダーの投資家とインサイダーの管理者・従業員への売 却の措置が取られた。大規模国有企業の所有権移転は二段階構えで行われた。 第1段階目は国有企業の株式会社化であり,第2段階目は国有企業の株式の民 間への移転である。株式の民間への移転には売却方式と配分方式が取られた。 売却は株式の証券取引所への上場や店頭市場へのオファーの形を取った。配分 はバウチャー方式で行われた。 中欧各国政府がもっとも腐心してきたのは,大規模国有企業の所有権の民間 への移転である。社会主義時代の各国経済は国有大企業によって支配されてい ただけに,資本主義化のためにはその所有権の民間への移転を早期に実現する ことが急務と考えられた。ポーランド政府とハンガリー政府は,国有大企業の 株式を資本市場に売りに出す道を選択し,チェコスロヴァキア政府は18歳以 上の国民に株式の引換券にあたるバウチャーを配分する道を選んだ。 ポーランドでは,公式の株式取引の場として1991年7月にワルシャワ証券取 17) 引所が設立された。この証券取引所はフランスのリヨン証券取引所に範を取っ たものである。株式の上場にさいしては国家証券委員会の審査を受けなければ 17)ワルシャワ証券取引所は1817年に設立され,1939年に閉鎖された。
ならないが,上場のハードルが高いため上場企業の数は少なく,1994年4月現 18) 在で25社にすぎなかった。国有企業の株式は店頭市場でも取引されているが, 取引量はそれほど多くはない。 ポーランドにおける国有大企業の所有権の民間への移転は大幅に遅れている。 国有大企業の従業員の抵抗がその原因の一つになっている。この国では社会主 義時代の1982年に国有大企業に労働者自主管理制が導入されたが,東欧革命に 至るまでほとんど機能していなかった。ところが,東欧革命後に登場した新政 権が私有化を開始すると,皮肉なことに労働者自主管理が機能し始めた。失業 を恐れた従業員たちが,雇用確保のため自主権を盾にして国有大企業を管理す るようになったのである。シャファー(M.E. Schaffer)はこのような状況を「驚 19)くべきポーランドのパラドックス」(wonderful polish paradox)と表現した。国 有大企業の自主管理がその所有権の民間への移転を阻んだのである。 ハンガリーでは,1990年6月にブダペスト証券取引所が設立され,株式取引 に公式のフレームワークが与えられた。上場条件が厳しいため証券取引所に参 入しうる企業は限られており,1991年現在でイブスやフォーテクスやシュティ ルなどのハンガリーを代表する27の国有大企業が上場を果たしたにすぎなか った。株式取引は店頭市場でも行われているが,扱い量はそれほど多くはない。 ハンガリーにおける国有大企業の所有権の民間への移転は当初見込みよりも 遅れている。資本市場による所有権の移転は,その前段階として,国有企業に 財務面,管理面および人事面でのリストラクチャリングと市場のテストに耐え られる企業能力を要求するからである。これらの条件を整備し,資本市場に株 式を公開しうるまでには相当の時間がかかるのである。 チェコスロヴァキア政府が採用したバウチャー方式は,この国の連邦財務省 とピッツバーグ大学のエコノミストの共同で開発された。それによれば,1991 年10月現在で18歳以上の国籍を有する国民には連邦財務省の発行するバウチャ ー冊子を35コルナ(当時のレートで約1ドル)で取得する権利が与えられる。バ 18)日本輸出入銀行〔15〕16ページ。 19)ここではAlbrecht, Thum〔2〕p.711から引用した。
ウチャーは点数で表示され,一人当たりの持ち点は1000点である。バウチャー を購入した市民は,1000コルナ(約33ドル,当時の平均賃金の約1週間分)を支 払って地区の私有化センターに登録する。この手続きを完了した市民は,連邦 財務省がアナウンスした国有企業の株式の取得をバウチャーで申し込む。その さい一人当たり10社まで申し込める。 このバウチャー方式は1992年に実施されることになり,同年春にバウチャー の配布が開始された。私有化の第1ウェーブには1491の国有大企業が参加し, その発行株式総数の半分以上(総額面価格で3000億コルナ)がバウチャー私有化 20) に提供された。第1ウェーブは比較的順調であり,1992年中に予定された1491 社の株式が民間に移転され,1993年遅らは第2ウェーブが開始された。 有資格者1150万人のうち,850万人がバウチャーを購入した。バウチャーの 投資には二つのやり方がある。一つは保有者がバウチャーで国有企業の株式を その額面価格で直接取得する方法である。もう一つは投資会社にバウチャーを 信託する方法である。投資会杜は株式投資を目的に設立された営利会社である。 バウチャー方式が開始された1992年にすでに436もの投資会社が登場している が,その70%は銀行の子会社であった。投資会社は配当金を支払うという約束 でバウチャー保有者からバウチャーを集め,それを株式取引に運用して利益を あげている。資金力や宣伝力やマーケティング能力のある大手の投資会社ほど 高率の配当を約束し,多くのバウチャーを集めることができた。たとえば,大 手のハーバード・キャピタル&コンサルティングは,バウチャー保有者に1年 で投資額(1035コルナ=バウチャー購入料35コルナ+登録料1000コルナ)の10倍の 配当を約束し,およそ6億3900万点(総発行点数は85億4000万点)ものバウチャ 21) 一を集めた。バウチャー保有者のうち投資会社にバウチャーを信託した者の割 22) 合は72%に達した。 バウチャー型大量私有化は資本市場の形成を促進した。チェコ共和国では19 20) Brom, Orenstein (5] p. 918. 21) Brom, Orenstein (5) pp.906−907. 22) Major C13) p.122.
92年11月にプラハ証券取引所が設立されたが,その半年後の1993年半ばにすで にこの取引所で約1000社の株式が取引されている。 IV 私有化戦略の提言 中欧での私有化政策から何を学ぶことができるか。私見を述べてみたい。 1.売却方式 中欧における私有化政策を振り返って見ると,各国とも大規模私有化に苦心 した跡が窺える。とくに国有大企業の売却の道を選択したポーランドとハンガ リーは,予想以上の困難に遭遇している。国有大企業の所有権の民間への移転 が思うようにはかどっていないのである。 一方,同じく売却の道を選択した(東)ドイツでは,国有大企業の民間への 23) 所有権移転は予想外のスピードで進展し,1993年末には事実上完了した。この 国の政府は信託庁による内外投資家への直売という戦略を採用した。信託庁主 導の集権的な私有化の成功要因としてはいくつかのものが考えられるが,何と いっても東ドイツが経済大国である西ドイツに吸収されたことが大きい。売却 にとって不可欠の市場制度,とりわけ発達したファイナンス市場が西ドイツに よっていわば無償で与えられたのである。西部地域から東部地域への人的・物 的・資金的援助が果たした役割も見逃せない。 これに対し,ハンガリーのばあいには東ドイツのように支援してくれるビッ グ・ブラザーが存在せず,また1968年以降に市場の制度化が行われたにもかか わらずファイナンス市場の制度化が後回しにされたために,国有大企業の売却 のテンポは緩慢にならざるをえなかった。ポーランドについてもほぼ同様のこ とがいえる。 (東)ドイツのケースが示しているように,売却方式によって国有大企業の 所有権の民間への移転を早急に実現するとすれば,その制度的条件として少な くとも発達したファイナンス市場が必要となろう。しかし,今の時点で中欧各 国に対して欧米並みのファイナンス市場の制度化を要求するのは無理である。 23)詳しくはPriewe〔17〕pp.342−343, Roesler〔!8〕p.505を参照されたい。
その実現には相当の時間がかかるだろう。このように考えると,中欧各国政府 が今後とも国有大企業の所有権の民間への移転を早期に実現しようとする限り, 従来のような売却方式を採り続けるわけにはいかないだろう。 2.バウチャー方式 筆者が注目したいのは,バウチャー方式の方である。バウチャー方式は一度 に大量の国有大企業の所有権を民間に移転する上で有効であることは,チェコ スロヴァキアの実践が示すとおりである。しかもバウチャー方式は資本市場の 拡充にも貢献している。その背景には投資会社の出現があった。投資会社は行 政主導で設立されたのではなく,バウチャー私有化の実施に伴って自生したも のである。資本市場への参入の自由が原則的に認められたことが投資会社の群 生を招いたのである。投資会社の活発な活動は資本市場の拡充に貢献し,資本 市場の拡充は大量私有化をいっそう容易にしている。チェコスロヴァキアの経 験は,投資会社が登場すると私有化と資本市場の拡充が同時に進行することを 示している。 マジョル(J.Major)やプロム(K. Brom)やオレンシュタイン(M. Orenstein) 24) が指摘するように,チェコスロヴァキアのバウチャー私有化は予想以上の成功 を収めた。バウチャー方式のお蔭で「かつてのもっとも厳格なセミスターリン 主義の非改革の国,チェコスロヴァキアは,その移行プロセスにおいて瞠目す 25) べき前進を示した」のである。ハンガリーでも,チェコスロヴァキアの実践に 触発される形で,1992年末ごろから国有企業の株式の国民への無料配分が政府 部内で検討されるようになり,1994年にはポピュラー・キャピタリズムの考え 26)が前面に出てくるようになった。 国有大企業の所有権の民間への迅速な移転にとって,バウチャー方式は売却 方式よりも有効であることが分かった。資本市場での売却方式は所有権の大量 かつ迅速な民間への移転には不向きである。それに必要な国有企業のリストラ 24) Brom, Orenstein C 5) p.893, Major (13) p. 122. 25) Berend (3) p. 136. 26) Poznanski (16) p.218.
クチャりングやファイナンス市場の整備などに相当の時間がかかるからである。 私有化の遅れている国はバウチャー方式を導入すべきであろう。 3.コーポレート・ガバナンス もとよりバウチャー方式にも限界はある。この方式は国有企業の所有権移転 には効力を発揮するが,その経営刷新には不向きである。私有化には所有権の 移転のほかに,国営方式を資本主義的経営方式に転換することが含まれている。 所有権の民間への移転が完了した企業(privatised company)における経営刷 新は,企業の自助努力だけでは不可能である。その営利会社化のためには少な くとも企業の予算制約をハード化しなければならないが,そのためには市場を 通して圧力をかける必要がある。とりわけ,ファイナンス市場によるコーポレ ート・ガバナンスの制度化が急務である。 ポスト社会主義におけるコーポレート・ガバナンスについてはこれまで多く の政策案が提出されてきた。その多くはファイナンス市場の整備を説いている。 欧米諸国で支配している二層バンキング・システムの制度化および証券取引所 や店頭市場の整備によって金融機関や投資会社を育成し,これらによるモニタ リングで徐々に国営企業を私的営利会社に転換していくというものである。ド イツ型のユニバーサル・バンク,持ち株会社,投資信託,年金基金および保険 27) 会社などの育成に期待がかけられている。 中欧諸国ではすでにコーポレート・ガバナンスの制度化にとって不可欠のフ ァイナンス市場の整備が開始されている。どの国でも二層目ンキング・システ ムが導入され,ポーランドとチェコスロヴァキアではドイツ型ユニバーサル・ バンクの設立が推進されてきた。また,どの国でも証券取引所や店頭市場など の資本市場の制度化が開始されている。チェコスロヴァキアでは投資会社も多 数登場した。 とはいえ,中欧のファイナンス市場はまだ揺藍期にある。これに欧米並みの コーポレート・ガバナンスを要求するのは無理である。その整備は中欧各国政 27) Winiecki (21) p. 719.
府の今後の課題であるが,筆者の予想では欧米流のコーポレート・ガバナンス を比較的早く実現しそうなのは現在のチェコ共和国である。この国ではドイツ 型ユニバーサル・バンキング・システムと投資会社中心の資本市場の制度化が 行われているからである。ユニバーサル・バンクは商業銀行業務と証券業務の 兼営を認められているので,金融市場と資本市場を通して一般の事業企業の行 動をモニターすることができる。しかもチェコの国有銀行は現在私有化の対象 28) となり,その所有権の民間への移転が推進されつつある。市場のテストに晒さ れる私営銀行になれば,そのモニタリングはいっそう有効になろう。 バウチャー方式はコーポレート・ガバナンスの面で有効でないという意見が 提出されてきた。バウチャー方式で発生する大量の零細株主は,企業の経営に 関心のないスリービング・パートナーもしくはサイレント・パートナーだから, 29) 企業の行動をモニターできないというのがその理由であった。たしかに,バウ チャーの配分だけでは企業行動を有効にコントロールすることはできない。し かし,チェコスPヴァキアでのように,株式のリセールを可能にする第2市場 (secondary market)を創設し,投資会社を自由に参入させるようにすればコ ーポレート・ガバナンスが可能となる。この国ではバウチャー方式の実施とと もに436もの投資会社が登場した。その中には銀行や保険会社によってバック アップされた資金力の豊富なものもあれば,そうした資金的支援のない独立系 の中小企業もある。これらの投資会社は互いに競争しており,すでに45の小規 30) 模会社が大手の投資会社に吸収されている・このような競争による淘汰が今後 いっそう進行すれば,その中から資金力の豊富な機関投資家が登場してくるで あろう。資金的支援のない中小の投資会社はキャピタル・ゲイン目当ての短期 的行動に走るのに対し,資金力の豊富な大手の投資会社は長期的な投資戦略を 行う余裕があり,長期利潤の確保のため投資先の企業の経営に介入することが 31) できる。チェコスロヴァキアではそうしたコーポレート・ガバナンスの潜在的 28>詳しくは福田〔7〕を参照されたい。 29) Acta Oeconomica ( 1 ) p. 229, Dubravcic C 6 ) p. 313,Welfens (20) S. 324. 30) Brom, Orenstein (5) p. 914 31) Brom, Orenstein (5) pp. 913−914.
32) 能力のある投資会社は50社ほどあるといわれる。それらの中から今後有力な機 関投資家が育ってくる可能性は十分にある。 4.急進案と漸進案の有効性 中欧諸国における私有化政策の実践は,上述の急進案も漸進案も有効な一面 をもっていることを教えている。急進案の有効性はチェコスロヴァキアの実践 で実証された。バウチャー方式は国有企業の所有権の民間への移転にとって有 効であることが分かった。ポスト社会主義諸国における基幹産業は国有大企業 によって支配されているので,その所有権を早急に民間に移転することが必要 である。ポーランドでは政府が資本市場による売却方:式を選択したために国有 大企業の従業員の抵抗に遭い,その所有権移転は大幅に遅れてしまった。ハン ガリーでも売却方式が導入されたために国有大企業の所有権移転が遅れ,国家 官僚に巻き返しのチャンスを与えてしまった。その結果,1992年6月に恒久国 家所有に関する法律が制定され,冶金・冷評・公益・電気通信などの重点産業 33) に属する160の企業が引き続き国家官僚の統制に服することになった。売却方 式でさえこのような抵抗や逆流を生じさせる。コルナイやマーレルのいうよう に国有企業の私有化を市場メカニズムに委ねてしまったら,一体どうなるだろ うか。官僚や労働者や利益団体の抵抗・反対の社会的費用は膨大になるであろ うし,国有企業の私的営利会社化が完了するまでにはきわめて長い時間がかか るであろう。グラデュアリストの主張するように,市場メカニズムによって私 的営利会社化を実現するとすれば,その前段階としてバウチャー方式によって 一気に国有企業の所有権を民間に移転することが必要である。 ポーランドの経験は漸進的戦略的の有効性を示している。ポーランドでは政 府がそれほど重視していなかった私企業の新設は,予想以上の好結果をもたら した。ヴィニェツキ(J.Winiecki)によれば,私企業が急増したのはほとん 32)この点に関してプロムとオレンシュタインは,投資会社という新しい機関株主の出現 によってバウチャー私有化は極端に分散的な株式所有をもたらすという恐れを解決した, と述べている。Brom, Orenstein〔5〕p.906. 33)詳しくはMajor〔13〕p.124を参照されたい。
34) どすべての経済領域で参入の自由が認められたためである。1992年半ばの時点 35) で新しく登場した私企業は70万にものぼり,1993年の第3四半期にはGDPに 36) 占める私的セクターの割合は63・4%になった。グラデュアリストの主張すると おり,市場への参入の自由化が大量の私企業の登場を促すようである。しかも ポーランドの事例は,グラデュアリストの予想を上回るテンポで私企業が大量 に出現することを示している。コルナイのいう有機的発展のプロセスが機能し 始めたようである。 もっとも新たに登場した私企業の多くは小規模であり,現時点では中規模企 業および大規模企業の大量出現を確認することはできない。多額の資本を必要 とする中規模以上の企業の設立は,民間の資本ストックが乏しく,ファイナン ス市場が揺藍期にあるポーランドの現状では困難である。政府が早急に取り組 むべきは,基幹産業を支配する国有大企業の所有権の民間への早期移転である。 バウチャー方式で大量の国有大企業の株式を一挙に民間に移転し,同時に投資 会社主導の株式の取引市場を制度化すべきである。このような制度的前提を整 備して初めて,民間への所有権移転が完了した大企業について有機的血忌プロ セスが機能し,その経営が徐々に資本主義化されるであろう。 5.まとめ 筆者は,ポスト社会主義諸国の政府は今後急進的戦略と漸進的戦略を併用す べきである,と考える。各国の私有化政策の力点は,今後とも国有大企業の私 有化に置かざるをえないであろう。どの国でも程度の差はあれ,国有大企業の 私有化は難航しているからである。私有化の手続きとしては,まずビッグ・バ ン型の所有権移転を実施し,次にファイナンス市場の整備によって徐々に営利 会社化すべきであろう。所有権の民間への移転の方法としてはバウチャー方式 が最適である。ファイナンス市場の整備は私有化と抱き合わせの形で行うべき である。つまり,私有化がファイナンス市場の拡充に貢献し,逆に後者が前者 34) Winiecki (21) pp.709, 719. 35) Sachs C19) p. xii. 36) Winiecki (21) p. 719.
私有化に関する政策提言 を促進するという形で実施されるのが望ましい。どの国においても私有化と市 場化を同時に推進せざるをえないからである。この点についてはチェコスロヴ ァキアの実践が参考になろう。この国では国民に配分された大量の株式を取引 できる第2市場を創設し,投資会社の参入を認めたので,資本市場が急速に拡 大し,そのことによって私有化がいっそう促進されるという.好循環を生んだ。 今後,資本市場に保険会社や年金基金や持ち株会社などの機関投資家や法人株 主を参入させるようにすれば,コーポレート・ガバナンスの態勢が整い,民間 への所有権の移転が完了した大企業の営利会社化が加速されるようになろう。 このようにして初めて,コルナイのいう有機的発展のプロセスは機能するよう になるのである。営利会社化は長期にわたるプロセスとなろう。 参照文献 ( 1 ) Acta Oeconomica (ed.),Debate on the Transition of Post 一 Communist Economies to a Market Economy, in Acta Oeconomica,Vol. 44 (3−4) .1992, pp. 219−378. C 2 ) Albrecht, B., M. Thum, Privatization, Labor Participation, and the Threat of Bank− ruptcy : The Case of Poland, in lournal of/nstitutional and Tlaeoretical Economics, 150/ 4, 1994, pp. 710−725. C 3 ) Berend, 1. T., Alternatives of Transformation : Choices and Determinants 一 East− Central Europe in the 1990s, in Crawford, B. (ed.),Markets, States, and Democracry, The Political Economy of Post−Commundst Tmnsfomaation, Boulder ・ San Francisco ・ Ox− ford,1995, pp. 130−149. (4) Bornstein, M., Privatization in Eastern Europe, in Bornstein, M.(ed.),ComParative Economic Systems : Models and Cases, Seventh Edition,Boston ・ Sydney, 1994, pp, 468− 510. ( 5 ) Brom, K., M. Orenstein, The Privatised Sector in the Czech Republic : Government and Bank Controi in a Transitional Economy, in Europe−Asia Studies, Vol. 46, No. 6, 1994, pp. 893−928. C 6 ) Dubravcic, D., Entrepreneurial Aspects of Privatisation in Transition Economies, in EuroPe−Asia Studies, Vol. 47, No. 2, 1995, pp. 305−316. 〔7〕福田敏浩「中欧の貨幣経済化政策一金融・資本市場の創設一」,『彦根論叢』,第289号, 1994年目1 一16ページ。 〔8〕福田敏浩「中欧の私有化政策」,『彦根論叢』,第291号,1994年,1−16ページ。 〔9〕 コルナイ,J. (盛田常夫編訳)『経済改革の可能性一ハンガリーの経験と展望一』,岩 波書店,1986年。
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