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史料紹介 : 松原内湖での漁業について

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Academic year: 2021

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史 料 紹 介

松原内湖での漁業について

本年度の企画展「古文書と絵図にみる湖辺《うみべ》のくらし」は、ご覧いただきましたでしょうか。江戸 時代、琵琶湖のほとりに住んだ人びとは、水運や漁業などを営む一方で、宿命的な水害にも悩まされ ていました。企画展を通じて、琵琶湖の独特な環境の中で生きた人びとの姿を感じ取っていただけれ ば幸いです。 さて、かつての琵琶湖とその内湖、それと周辺の河川には魚介類が豊富に生息しており、近江国で はそれら魚介類ごとの生態にあわせた多彩な漁具と漁法が生み出されました。滋賀大学経済学部か らも近い松原地区には、昭和二十三年(一九四八)までは松原内湖が広がっていましたが、そこでも明 治時代頃にはコイ・フナ・ヒウオ・ウナギ・エビなどの漁が行なわれていたようです。 江戸時代の松原内湖での漁業について、寛政四年(一七九二)の日付がある一冊の留帳(松原町所 有文書)を見てみましょう。今回の展示には「松原内湖にて漁業差し止めに付き留書」というタイトルで 出陳していますが、これによれば当時の松原内湖では「四ツ持網」によるエビ漁をはじめ、「置網」「張 網」「巻網」「押網」「建簀」などを用いた漁業が展開していました。とくにエビは、明和二年(一七六五) に編纂された地誌である『江左三郡録』によれば、「松原蝦」と呼ばれて地元の名物となっていたようで す。 しかし「川口石垣の内外において、色々大形の漁具を以って漁業つかまつり」と、次第に漁具が巨大 化したり、「折々は御堀辺へ入り込み、押網つかまつり候者共も御座候」と、彦根城の堀まで入り込ん でしまう者も現れました。大型の漁具は、「近頃至って大形の漁方つかまつり候に付き、御船手御出先 御通舟の御指し障りに相成り候」と、彦根藩の船の妨げにもなっていたようです。 そこで藩は松原村に漁業の差し止めを命じるのですが、これに対して松原村の人びとは自分たちの 生計が絶たれるとして、赦免を求めます。寛政四年の留帳には、その顛末が記されています。 このように松原内湖とは、豊かな漁場であると同時に藩の船の通航路であり、さらに年貢米や商品輸 送の拠点であった松原湊も置かれるという、多様な性格をあわせ持った場所だったのです。 (史料館 青柳周一)

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