スペシャルオリンピックス日本・広島における
柔道プログラムの事例報告
中 村 和 裕
1)高 阪 勇 毅
1)A case report of Special Olympics Judo Program in Hiroshima
Kazuhiro NAKAMURA1),
Youki KOHSAKA1)
Key words : Budo for the disabled, SST (Social Skills Training), Special Olympics
キーワード:障害者武道,SST(Social Skills Training),スペシャルオリンピックス
Ⅰ 緒言
2017 年 5 月から 7 月まで広島県福山市でスペ シャルオリンピックス(Special Olympics, SO) 柔道プログラムを実施した.本研究では,実施に 向けた準備活動と実施内容,および SO 活動や SO 柔道プログラムの効用に関するアンケート調 査の結果を報告する. SO とは,知的障害のある人たちに様々なスポー ツトレーニングとその成果の発表の場である競技 会を提供している国際的なスポーツ組織である. 1968 年の設立以来,172 か国で約 490 万人の知的 障害者にスポーツ実施の場を提供している7). 世界的に普及の進んだ SO であるが,日本国内 の認知度は低い.日本財団パラリンピック研究会 が 2014 年 11 月に発表した報告書「国内外一般社 会でのパラリンピックに関する認知と関心」では, 日本における認知度は,パラリンピックが 98.2% と極めて高いものの,SO は 19.8%と報告されて いる.これに対してアメリカでは,パラリンピッ クは 71.1%で,SO は 94.0%であり,パラリンピッ クよりも SO の認知度が高い.また,同じアジア である韓国では,パラリンピックが 74.7%である のに対して,SO は 50.9%と,日本よりも高い認 知度を示している5). SO 夏季世界大会には,格闘技や武道では唯一, 柔道が採用されている.2015 年にロサンゼルス で行われた SO 夏季世界大会では,ブラジルやロ シア,モンゴルなど 22 ヵ国 101 名の参加があっ た1).しかし,柔道創始国の日本は未だに参加し ていない.なぜなら,参加資格を得るためには, 6 都道府県以上で柔道プログラムを実施し,国内 大会を開催しているか,ナショナルゲームの競技 になっていることが必要だからである.2016 年 における日本国内での活動は神奈川県と大阪府の 2 支部のみであり,参加資格を満たしていない. SO 世界大会柔道競技への日本の参加は,知的障 1)福山大学 〒 729-0292 広島県福山市学園町一番地三蔵 E-mail:[email protected] 1) Fukuyama University,
1 Sanzo, Gakuen-cho, Fukuyama, Hiroshima 729-0292, Japan
害者のスポーツ振興だけでなく,日本における武 道振興の観点からも意義あることだと考える. そこで,筆者らは 2016 年から広島県福山市で 柔道プログラム開催に向けた活動を開始した.ま た,筆者らは中村ら4)において,精神・知的障 害者に対する柔道療法を調査し,障害者に対する 効用の大きさと健常者に対する柔道指導での フィードバックの可能性を認識している.そのた め,SO 世界大会への日本出場に向けた活動の普 及だけでなく,新たな柔道指導法の実践も本活動 の目的である. Ⅱ SO の特徴 SO は知的障害者を対象としたスポーツ活動で ある.パラリンピックは主に身体障害者を対象と したスポーツ大会との認識があるが,知的障害者 を対象とした競技も存在している(陸上,水泳, 卓球など).しかし,柔道競技は視覚障害者のみ を対象としており,日本での知的障害者に対する 活動はまだ始まっていないi. また,SO とパラリンピックでは,対象となる 障害が異なるだけではなく,設立理念,活動方針, 実施方法において様々な違いが存在している.た とえば,パラリンピックは障害に応じたクラス分 けが実施されているが,それは競技の公平性のた めであり,オリンピック同様に競技力の高い選手 が勝者として称賛される傾向にある.一方,SO での競技会は日常のスポーツトレーニングの成果 の発表の場として認識されている.そのため,知 的障害のレベル,年齢,性別だけでなく,競技力 も同程度になるようにクラス分け(ディビジョニ ング)が実施される.そして,同一クラス内で競 い合い,順位を決定するが,すべての選手が表彰 台に立ち,称賛される.これは,競争よりも普段 からスポーツに触れ合うことを重視するという SO の活動理念が根底にあるためである. Ⅲ 柔道プログラム実施に向けた準備活動 1.SO との連携と指導者資格の取得 SO プログラムを開催するためには各競技で SO 認定のコーチの存在が必須である.また,知 的障害のある参加者(SO ではアスリートと呼ん でいる)は認定コーチによる日常プログラムに 8 回以上の参加によって,競技会への出場資格が得 られる. そこでスペシャルオリンピックス日本(SON) 広島・尾道支部協力のもと柔道プログラムのコー チクリニックを 2016 年 9 月 18 日(9:30 ~ 17: 00)に広島県福山市にて開催した.クリニックの 内容は午前中が SO 活動全般についての講義,午 後が SO 柔道プログラムについての講義と実技で あった. 午前中の講義はナショナルトレーナーによるゼ ネラルオリエンテ―ション,アスリート理解とい うテーマで行われた.ゼネラルオリエンテーショ ンでは SO の使命・歴史・トレーニングプログラ ムと競技会・特徴などについての紹介があった. アスリート理解では,障害をどうとらえるか・知 的障害の特徴・関連する障害・具体的な支援方法・ プログラム実施上の注意についての説明があっ た. 午後は柔道スポーツトレーナーによる講義と実 技があった.講義では SO における柔道競技の世 界大会や国内外の事例についての紹介があり,実 技では柔道の要素を取り入れた遊び感覚のメ ニューの紹介があった.終了後は参加者に SON 柔道コーチクリニック修了証書が授与された.そ の後,柔道プログラムに 10 時間(5 回)以上コー チとして参加することで,SO 柔道認定コーチに なれる. 2.SO 柔道プログラム作成のための事前調査 SON 広島で開催する柔道プログラムの作成の ため,西川病院(島根県浜田市)が知的・精神障 害者に対して行っている柔道療法の調査と柔道プ ログラムの先行事例である SON 神奈川柔道プロ グラムの訪問調査を実施した. (1) 西川病院の柔道療法の調査(中村ら4)) 西川病院は知的・精神障害者に対する柔道療法 を 20 年以上にわたって実施している病院である. 中村ら4)では西川病院の柔道療法には認知行動
療 法 の 手 法 で あ る SST( 社 会 生 活 技 能 訓 練, Social Skills Training)の 3 つの要素が含まれて いることを示した. 第 1 の要素は,柔道家を演じるロールプレイン グ(役割演技法)である.佐々木6)においても, 柔道の「形」と「打ち込み(投げ技)」の反復練 習が役割演技法と類似することが指摘されている が,中村ら4)では「柔道家」を演じる療法効果 を挙げている. 柔道療法に取り組む患者にとって,「柔道家」 は礼儀正しい存在であり,他者への気遣いのでき る存在である.そのため,他者を意識した行動を 苦手とする患者が「柔道家」を演じることによっ て,感情的な行動を抑制しつつ,自制的で協調的 な行動を引き出している可能性を紹介した. 第 2 の要素は,柔道が全身の感覚を使ったコ ミュニケーション訓練になっている点である.柔 道では,組み合うという動作から相手の力と意図 を感じ取る必要がある.これが,視覚,聴覚,触 覚を使った共感性や協調性を育むコミュニケー ションになっている点を指摘した. 第 3 の要素は,「見られ稽古」による「褒めて 伸ばす」指導である.西川病院の柔道療法におけ る乱取りは,一般的な複数組で行う乱取りではな く,1 組ずつ参加者全員に注目されながら実施さ れている.そして,参加者全員からの拍手で敢闘 が称賛される.これにより,患者本人は対人的肯 定感を享受でき,自尊心・自信の獲得に繋がって いる.他の参加者の前で練習成果を披露し,称賛 される指導方法は SST の有効な実施方法のひと つである.健常者にとっても同様の効果が期待で きることから,中村ら4)では「見られ稽古」と 名付けるに至った. 中村ら4)でわかった柔道と SST の親和性をも とに,今回の SO 柔道プログラムでは「知的障害 者に対する柔道を使った SST の実践」とする方 針を立てた.具体的には,SST の代表的な方法 である目標設定と成果発表を取り入れ,参加者全 員が拍手で称賛しあえる練習を目指すことにし た. (2) SON 神奈川柔道プログラムの調査 SON 神奈川の訪問調査は,2017 年 5 月 20 日に SON 神奈川が 2 か所で行っている柔道プログラ ムの合同練習に訪問し,プログラムの見学と指導 者や保護者に対するインタビューを実施した. 1)指導者 SON 神奈川の柔道プログラムは,神奈川県大 磯町にある「濵名道場」主宰者の濵名智男氏によっ て始められた.濵名氏は中高生の頃に柔道合宿な どで知的障害者と触れ合う機会があり,知的障害 者との柔道稽古を経験してきた.また,濵名氏の 指導理念である「柔道を通じた人間教育の実践」 として,道場を開かれた共生社会の場として確立 させたい思いがあった.そのため,濵名道場では 地域に住む誰もが柔道に触れ合える環境を提供す るため,知的障害者も受け入れている. その後,SON 神奈川の活動に柔道がないこと を知り,SON 神奈川事務局との調整の上,2014 年 9 月 SO 柔道プログラムを開始している.2015 年 7 月にはロサンゼルスで行われた SO 夏季世界 大会に日本人として初となる審判員として参加し ている.また,知的障害者の柔道練習の成果発表 の場を提供するため,2017 年までに 9 回の競技 会を開催している. 2) プログラム内容 SON 神奈川柔道プログラムは競技力向上に特 化した練習ではなく,ボールを使った遊びの要素 を取り入れた練習が多く見られた.ウォーミング アップは転がしドッチボールから始まり,徐々に 柔道の立姿勢や寝姿勢での実践を想定したボール 遊びへと変化していった.ボールを使うことで, 参加者が楽しく柔道と触れ合っている姿が印象的 であった. また,遊びの要素が中心となっているものの, 柔道の礼法も参加者に浸透していることが感じら れた.SON 神奈川の女子アスリートで幼稚園か ら柔道を始めている高校 3 年生の母親へのインタ ビューでは,「特別支援学校やダンス教室では一 人で動き回るなどの行動が目立つが,柔道場では
そういった行動がみられない」との回答があった. また,社会人 1 年目のアスリートの保護者からは 「柔道練習を通じて忍耐力が向上し,特別支援学 校の成績表では忍耐力の得点が他の生徒よりも高 く,それが就職に有利に働いた」という話を伺っ た.つまり,参加者は身勝手に楽しんでいるので はなく,柔道場では自己抑制的な行動をとり,練 習を通じて忍耐力も獲得しているようであった. これは中村ら4)で示唆した役割演技法の療法 効果に通じる面である.参加者は柔道着を着て, 柔道場で練習することで,「柔道家」を自然と演 じることになり,柔道の所作と礼法を修得するこ とに繋がっているのかもしれない. SON 神奈川では,知的障害のあるアスリート と健常者が一緒に練習している.訪問時には,柔 道経験の長いアスリートが柔道経験の浅い健常者 に対して配慮しながら実践練習を行う姿もあっ た.ここには中村ら4)で示唆した「他者との共 感性と協調性を通じたコミュニケーション訓練」 の効果が見られた. また,健常者にとっても,柔道を通して知的障 害者に対する理解を深める貴重な機会になってい ることも確認できた.健常者で小学 4 年生の保護 者からは,「柔道練習を通じて普段から知的障害 者と触れ合っているので,一般社会でもスムーズ に接することができており,偏見がない」との回 答があった.また,健常者で小学 3 年生の保護者 からは「知的障害があっても,それぞれの良さを 活かして挑戦したり,頑張っていたりする姿勢を 見ることができるので,そこが健常者の子どもに もいい影響を与えていて,素晴らしい」との回答 もあった.実社会で接する機会の少ない健常者と 知的障害者がともに柔道に取り組むことで,相互 理解に寄与していることが確認できた. SON 神奈川柔道プログラムでは,ボールを使 い,遊びの要素を取り入れた練習プログラムの有 効性を感じられた.また,西川病院の柔道療法か ら得た「柔道による SST の実践」という方針も 踏まえ,新たに始める柔道プログラムでは「楽し く柔道スキルを獲得させること」を目標に,年齢・ 性別・障害の有無・競技力の高さなど関係なく, 楽しく柔道が体験できるプログラムの作成を行っ た. Ⅳ 活動内容 本章ではプログラムの日程・開催場所・プログ ラム内容・プログラム参加者について報告を行う. 1.柔道プログラム活動内容 (1)プログラムの日程・開催場所 施設名 コミュニティセンター宮西(広島県福山 市) 2017 年 5 月 31 日~ 2017 年 7 月 19 日毎週水曜 日 19 時~ 20 時半の期間で柔道プログラムを実施 した.開催場所は広島県福山市松永にある社会福 祉法人が運営する共同生活援助・短期入所の施設 に併設しているコミュニティセンター宮西で行っ た.柔道に必要な畳がなかったため,施設にある 1 m × 1 m 高さ 3 cm のジョイントマット 16 枚を 代用として使用した. (2)参加者 参加者は SO 日本・広島 尾道支部のアスリート, SO 柔道プログラム指導者資格者,柔道経験者ボ ランティアの毎回20~25名程度の参加があった. 年齢は 7 歳から 57 歳までの幅広い年代が集まっ た.SON 広島のアスリートは年間を通して様々 なスポーツを行っているが,柔道は全員初めてで ある. 図 1 立ち姿勢や寝姿勢でのボール取り遊び
1)アスリート 28 歳男性は,寡黙で,自ら積極的に話をする 性格ではないが,指示に対して的確に行動し,非 常に積極的に取り組んでくれていた.20 歳男性 は,他の競技にはまだ参加したことのないアス リートだったが,柔道プログラムの開催を聞いて 参加してくれた.彼も寡黙な性格であるが,指示 に対して的確に行動していた.指示内容に対して, 実践が上手くいかない場面も見られたが,プログ ラム自体には意欲的に参加をしていた.9 歳男子 は,性格は活発的だが,話の途中で質問をするな ど自制心がきかない場面がみられた.指示通りの 実践には時間がかかるが,積極的に取り組んでい た.20 歳女性は併設している社会福祉施設の利 用者で SO 所属のアスリートではない.最初の頃 は柔道着を着ることを嫌がり,着ないままで参加 していたり,一部の練習には理由をつけて参加し なかったりすることが多かった.また,年下の子 に対して気になることを注意している姿が目につ いた.しかし,後半の回では柔道着を着用し,積 極的ではないものの,プログラムに参加していた. 20 歳女性は数回の参加であったが,参加時には 積極的に取り組んでいた.14 歳女子は,取り組 む姿勢が非常に積極的で,技術の習得も早かった. 説明はおだやかに聞いているが,実践練習の乱取 りでは闘争心をむき出しにして取り組んでいた. 9 歳女子は指示の認知までに時間を必要とする子 で,感情表現を表情や行動から読み取ることが困 難であった.しかし母親へのヒアリングでは,小 学校の先生に柔道をやっていることを得意げに伝 えており,楽しく取り組めているとの話を伺った. 男性 28 歳,20 歳,9 歳,女性 14 歳,9 歳のアスリー トは 8 回中ほぼ休むことなく参加した. 2)SO 柔道プログラム指導資格者 2016 年 8 月に行った SO 柔道コーチクリニッ クで資格を取ったコーチから男女 7 名の参加が あった. 3)柔道経験者ボランティア SO 柔道コーチのひとりがこの地域にある町道 場の指導者であり,小中学生を中心とした道場生 にはボランティアとして参加してもらった. (3)プログラム内容 1)始まりの礼 柔道家を演じることの役割演技法による効果を 意識し,柔道の所作である立ち礼・座礼の形,そ して座り方の左座右起をしっかり行うように伝 え,実践した.また,中村ら3)では,国際的スポー ツとして発展する柔道の礼法に着目し,その普遍 的価値を明らかにしている.そういった観点から も,礼には「相手に対する敬意や感謝を表す礼」, 「自己抑制のための礼」,「神聖な空間や存在に対 する礼」の 3 つの意味があることを説明し,座礼 を 3 回行うようにした.実際,すぐ覚えられる子 と覚えられない子の差があったが,毎回覚えられ ない子に合わせた説明と実践を行った. 2)目標設定 目標設定は SST の手法を活用している.参加 者各自の目標を互いに宣言することで,稽古で取 表 1 参加者
り組むべき課題に集中できるように促した.また, 自己の目標を明確にするだけでなく,他の参加者 の目標も認識することで,互いの柔道スキル向上 のために集団で取り組むといった集団療法の効果 も期待した.ただし,今回の柔道プログラムはア スリートにとって初めての体験であるため,第 2 回目までは目標を設定せずにプログラムを実施 し,第 2 回終了時に,第 3 回までの宿題として,「こ れまでの体験を踏まえて,次回はどういった技術 を習得したいか」を考えてくるように促した.そ して,第 3 回目冒頭にホワイトボードに参加者全 員の名前を書き出し,その下に目標を書きだした. しっかりと目標を言える子もいれば,目標を挙げ られない子もいた.そういった子には今までの練 習を踏まえて,こちらから練習してほしいスキル を伝えるようにした.また,参加している健常者 の柔道経験者にも同様に目標設定をしてもらっ た. 3)ウォーミングアップ(転がしドッジ・横エビ・ ワニ歩き・準備体操) ウォーミングアップでは SON 神奈川で学んだ バランスボールを使った転がしドッチを行った. アスリート,健常者を区別することなく,最初は 参加者の低学年がマットに入り,マット外から他 の参加者がボールを転がして当てるようにした. ボールに当たった子には,ペナルティとして腕立 て伏せ 10 回をドッチ終了後に行ってもらった.1 ゲームの時間は 5 分程度である.その後は,高学 年がマットに入り,ときにはコーチが中に入るこ ともあった.このゲームは初対面同士の距離感を 埋めるために非常に有効であった.その後,横エ ビ・ワニ歩きといった少し難易度の高い動作を 行った.そして,身体が温まったところで準備体 操を行った. 4)後ろ受け身の説明と実践 まず,柔道での死亡事故の多くが後頭部の強打 によることを説明した.また,従来の後ろ受け身 の練習は寝姿勢から始めるが,今回は立ち姿勢で 始め,最初は受け身を取らずに後ろに転がる感覚 を覚えてから両手を叩く動作を加えた. 後ろ受け身の練習は動作を 3 段階に分けて指導 した.①立った姿勢から後ろに転がる動作,②背 中をつく感覚を覚えてからマットを叩く動作,③ 相手と組み合ってからの実践練習の 3 段階であ る.①ではマットを叩く動作を入れず後ろに転が る練習を行った.最初は立ち姿勢から蹲踞の姿勢 表 2 プログラム内容
に座り,その後ゆっくりとおしりをマットにつき, 転がるときは後頭部をマットにつけないように帯 の結び目を見るように説明し,15 ~ 20 回程度行っ た.この段階でマットを両手で叩かせないように したのは,後ろに転がる恐怖心で背中がマットに つく前に肘をついてしまうことを防ぐためであ る.②では後ろに転がる感覚をつかんだことを確 認し,マットを両手で叩く動作を加え,15 ~ 20 回程度行った.段階を経ることで参加者全員が肘 や後頭部をつくことなく,後ろ受け身を取ること ができた.③では,お互いに組み合ってから後ろ 受け身を取る実践に近い場面を想定して行った. 片方が組んだ状態から押す動作を行い,押された 方は先ほど練習した後ろ受け身を行う.押す方は ゆっくり押すように促し,押された方は押された 勢いで転がるのではなく,押されたことを合図に 自ら転がるように指導をした.その後,強度をそ れぞれのペアで決めながら,1 組が 3 回程度行い, 相手を変えて 2 ~ 3 回程度行った.一人で行うよ りも組み合うという実践に近い形で行うことで緊 張感や集中力を持続させる意図があった. 5)大外刈り(披露・練習・実践練習) 大外刈りの技術習得では最初に柔道経験者に大 外刈りを披露してもらい,イメージを持たせるよ うにした.打ち込み練習では①,②,③と合図を 決めて行った.①では踏み込み足を相手の横に踏 み込み,それと同時に引手の手首を返して横に引 き,釣り手では手首を立て,相手の重心を片方の 足に持ってくるように説明した.②では刈り足を 踏み込み足から 90 度まで振り上げ,つま先を伸 ばすことで,刈り足が相手の足に絡みつきやすく なることを説明した.また,胸をしっかりと相手 の胸に当てることで相手の状態が崩れ,投げやす くなると説明した.③では伸ばした足を相手の片 方の足にしっかりと当てて,当てると同時に上半 身を前のめりにすることとした.刈ると同時に上 体を前のめりにすることで上半身の力が利用でき ると説明した.打ち込みペアはアスリートと柔道 経験者になるようにし,おおよその体格をあわせ た.また,アスリートが大外刈りを入るだけでな く,ペアの大外刈りを受ける練習もした.入る回 数は 5 回~ 10 回をワンセットとし交互に 3 ~ 5 セットを行った.投げるときは相手の後頭部が打 たないようにするため,必ず引手は離さないよう に説明した.また,投げられる時は相手の刈り足 が自分に触れたら自分から転ぶようにし無理に抵 抗しないよう促した. 6)立ち姿勢や寝姿勢でのボール取りゲーム SON 神奈川で行われていたサッカーボール程 度のゴムボールを使った柔道の立姿勢や寝姿勢で の力の使い方を疑似体験させる遊びである(図 1).ボールをお互いが両手でつかみ,取りあいを する.年齢・性別・知的障害の有無に関係なく様々 なペアを組んで行った.投げ技の練習では複雑な 動作が多く,遊びの要素が少ないので,気分転換 の意味も込めて行った.技術練習とは違い,笑顔 が多く見られた. 7)背負い投げ(披露・練習・実践練習) 背負い投げの技術習得では,大外刈りと同様に 柔道経験者の技披露を行い,打ち込み練習では①, ②と合図を決めて行った.①では踏み込み足を相 手の両足の 20 cm ほど手前に置く動作と同時に, 引手は手首を返しながらつり上げ,釣り手は手首 を巻き込む形で引き出すことで,受けとの間にス ペースができ,このスペースに自分の身体を入れ るように説明した.②では①の状態から残った足 を踏み込み足の横に移動し,引手は釣り上げた状 態から前方に,釣り手は巻き込んだ状態をさらに 巻き込み,引手の肘の内側あたりにおさめ,おん ぶの状態になることで足も安定すると説明をし た.大外刈りに比べて,技術習得に個人差があっ たので,入る回数は設定せずに,ペアの柔道経験 者が個別に指導を行った.その後は柔道経験者に 対してアスリートが投げる練習をした.アスリー トが投げられる練習は,マットの硬さやクッショ ンマットがなかったため,怪我のリスクを考慮し 実施しなかった. 8)技の披露
技の披露では,中村ら4)で示した「見られ稽古」 を実践した.技を披露するのは一組であり,他の 参加者はその一組を囲む形で見学する.技が決ま れば拍手で称賛するように促した.プログラムの 1,2 回目は大外刈り,背負い投げを各自で選んで もらい実践した.3 回目以降は目標設定で設定し た技を実践した.アスリートだけではなく,中学 生以下の柔道経験者も同様に行った. 9)クールダウン(転がしドッジ・整理体操) 練習の最後にプログラムの最初に行った転がし ドッチを行った.転がしドッチを最後に行うこと と練習中に周知することで,参加者の意欲が向上 したためである.そして,整理体操を行った. 10)終わりの礼 終わりの礼も始まりの礼と同様に三度の座礼を 行い,次週行う予定を報告した.また,休憩は適 宜必要に応じて行った. Ⅴ 参加者アンケート 柔道プログラム初回(5 月 31 日)と最終回(7 月 19 日)において,アスリートの保護者に対し てアンケート調査を行った.アンケートの質問項 目は,伊藤2)を参考に筆者らで議論を行い,設 定した.初回アンケートでは,SO 活動に対する 認識・思い出深い経験・生活面での変化・柔道プ ログラムへの期待を質問項目とした.これには SO プログラムの特徴と効果,柔道プログラムに 対する期待を確認する目的があった.最終回アン ケートでは,SO 柔道プログラムに対する認識・ 思い出深い経験・生活面での変化を質問項目とし た.これには SO 柔道プログラムが他の SO プロ グラムと比べてどのように異なるのかを把握する 目的があった. これらの質問項目を保護者からみた子供につい てと保護者自身についての 2 つの視点から質問用 紙に記述してもらった.対象者は参加アスリート の保護者 6 名(初回),4 名(最終回)であった. また,各回のプログラム前後で必要に応じて適宜 インタビューを行った.これらの結果をもとに筆 者らでアンケートの特徴を保護者からみた子供に ついてと保護者自身の群分けを行い,特徴の抽出 を行った. 表 3 は SO 活動に関するアンケート結果をまと めたものである.保護者から見た子供についての 回答の特徴として,積極性や自立性・自発性・協 調性などの社会認知機能の改善,SO 活動参加に よる新たなコミュニティでの影響があげられる. 保護者自身については,SO 活動参加による新た なコミュニティでの影響,子供の成長に対しての 感情があげられる.実際にアンケートからも感情 の表現が豊かになったことや,集団行動での連携, 相手を思う気持ち,新しいことや苦手なことへの 挑戦などの回答があった.こういった SO 活動か ら得たものが学校生活で役立っていることも挙げ られている.SO 活動での新たなコミュニティ形 成に関しては知的障害者を持つ親同士が集まるこ とで,より関わり合いの強いコミュニティでの情 報共有が行われている様子がうかがえる.回答の 中にも知的障害者特有の問題を共有できたなどが あった.また,他の子の頑張りをみて触発される などの回答もあり知的障害者という同条件にある 他の子からの影響を受ける場にもなっている. 表 4 は柔道プログラムに関するアンケート結果 をまとめたものである.保護者からみた子供につ いての回答の特徴として,柔道プログラムでの身 体的影響,社会的影響があげられる.保護者自身 については,柔道プログラムでのユニファイドが 与えた影響,柔道プログラムを通じた家庭内での コミュニケーションへの影響,柔道プログラム特 有の影響があげられた.柔道が他の SO 競技と違 う特徴としては組み合うことが考えられる.技術 練習などでは,自分本意の動きでは入ることがで きず相手を意識する必要がある.こういったこと が年下の子に優しく接していたや,自宅に帰って からの自主練習につながったなどの回答になった ものと考える.また,礼などの柔道所作の習得に 重点を置き,挨拶などでは大きな声を出すように 指導した.回答では礼や正座の柔道所作を覚え, そして挨拶が大きな声を出してできるようになっ たとあげている.声を出すことは SO の他競技の
場でも活かされており,陸上の時にはリレー相手 に声を出して渡していたとの回答も得ている. 初回のアンケートで聞いた柔道プログラムに対 しての効果の期待として,他者との接触に対する 抵抗感の低減,礼儀作法の修得,体幹機能や柔軟 性の向上があげられた.最終回のアンケートでは それらの期待された効果が見受けられ,楽しく柔 道スキルを獲得するといった目標を達成できたも のと考える. Ⅵ まとめ 本研究では,広島県福山市で開始した SO 柔道 プログラムの活動について,プログラム実施に向 けた準備活動,実際のプログラム内容,参加者へ のアンケートをもとにした SO 活動と柔道プログ ラムの効用を報告した. 現在,SO 夏季世界大会に柔道は採用されてい るが,日本は活動拠点が少ないために参加条件を 満たしていない.また,精神医学・教育的観点に おいて,知的障害者に対する武道教育が期待され ている.さらに,中村ら4)で示した SST として の柔道の可能性に対する知見を活用するために も,SO 柔道プログラムを開始した. まず,準備活動として,SO 柔道プログラムコー チクリニックを開催し,近隣の柔道教室の方々に も参加して頂き,SO 活動の理解を進め,その後 の協力体制を構築することができた.また,プロ グラム作成のために,すでに SO 柔道プログラム を実施している SON 神奈川を訪問調査した.そ こでは,通常の柔道稽古とは異なる遊びの要素を 含めたプログラムの有効性が見受けられた.さら に,中村ら4)で示したように,知的障害者,精 神障害者に対する柔道稽古の精神医学的な効用へ の可能性を意識して,目標設定・成果発表・称賛 といった SST の要素を取り入れた柔道プログラ ムを作成するに至った. 2017 年 10 月に国際知的障害者スポーツ連盟 (INAS)主催,国際柔道連盟(IJF)後援による 第 1 回知的障害者柔道世界選手権が開催され,知 的障害者を対象とした柔道の世界的な振興が広が りを見せている.この潮流の中で,国内において も,知的障害者に対する柔道の振興が期待されて いる.現在,組織として柔道プログラムを提供し ているのは SO だけであり,日本パラリンピック 委員会を傘下とする公益財団法人日本障害者ス ポーツ連盟での活動は聞かれない.Ⅱ章で示した 通り,SO とパラリンピックの間には,設立理念, 活動方針,実施方法において違いはあるものの, 互いに活動と情報を共有し合い,両者が知的障害 者のスポーツ振興を担う必要があるだろう. 本活動を開始した 2016 年においては,日本で SO 柔道プログラムを開催していたのは神奈川, 大阪の 1 府 1 県であった.そして,本活動によっ て,SON 広島での柔道プログラムも始まった. 2017 年 9 月には SON 神奈川が毎年開催してきた 柔道競技会に SON 大阪と SON 広島が初めて参 加した.その後,2017 年 10 月には和歌山県にて SO 柔道コーチクリニックが開催され,和歌山で も柔道プログラムが開始された. SO 世界大会出場に必要な国内大会を開催する には,6 都道府県以上での活動が必要である.今 後も SO 活動と障害者柔道の普及の輪を広げてい きたい. 参考文献 1)濵名智男・山崎正義:2015 年スペシャルオ リンピックス夏季世界大会・柔道競技報告,近 代柔道,37(10):76,2015. 2)伊藤美智子:知的障害者とその家族をメンバー とするダンスグループの活動に関する質的研 究,(社)日本女子体育連盟学術研究,30:29-41,2014. 3)中村勇・濱田初幸・山田利彦:国際武道にお ける礼の概念,武道学研究,41(Supplement): 39,2008. 4)中村和裕・高阪勇毅・日比野幹生:精神障害者・ 知的障害者に対する柔道療法の事例研究-社会 医療法人清和会西川病院の取り組みから見えた 柔道療法の新たな可能性-,武道学研究,49(3): 193-199,2017. 5)日本財団パラリンピック研究会:国内外 一般社会でのパラリンピックに関する認知
と 関 心 調 査 結 果 報 告,2014 年,http://para. tokyo/2014/11/survey.html,( 参 照 日 2018 年 1 月 9 日). 6)佐々木武人:柔道指導による障害者への運動 療法について―重複の知的障害者及び精神障害 者を対象―,福島大学教育学部論集,75:1-9, 2003.
7)Special Olympics:Our Athletes,2018 年,
https://www.specialolympics.org/Sections/ Who_We_Are/Who_We_Are.aspx,( 参 照 日 2018 年 1 月 9 日).
平成 31 年 1 月 7 日 受付 平成 31 年 2 月 5 日 受理