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発表 日本のカント研究における濱田義文の位置

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発表 日本のカント研究における濱田義文の位置

著者 牧野 英二

出版者 法政哲学会

雑誌名 法政哲学

巻 2

ページ 59‑65

発行年 2006‑05

URL http://doi.org/10.15002/00007918

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予め配布したレジメに沿って、与えられた課題について発表させて戴くことにする。まず、委員会からの三点の依頼事項の確認から始めたい。第一に、テーマに関しては、発表者に与えられた課題は「日本のカント研究における濱田義文の位置」であった。第二に、その主旨は「濱田先生の業績の中心にあったカント研究を日本におけるカント研究という外在的視点から明らかにし、考察して戴く」という内容であった。第三に、発表時間は十一一一分程度という依頼であった。したがって本発表は、生前の濱田先生の膨大 濱田義文先生追悼シンポジウム発表

日本のカント研究における濱田義文の位置

考察の課題 な研究業績の中心的位置を占めるカント研究に関する概略的な説明にとどまることを予めお断りしておかなければならない。テーマの本格的考察のためには、第一に、長い歴史をもつ日本のカント研究の流れを押さえるべきである。しかし、時間の制約上ほぼ同年代の特定の研究に考察範囲を限定して、濱田先生のカント研究・カント解釈の方法および内容の比較考察を試みる。第二に、この報告は、最初の発表でもあり、後続の四会員の発表者の報告の枠組みないし議論の座標軸を提供する性格をもつことになるであろう。いずれにしても詳細な議論はできないので、輪郭付け程度の報告にとどまる。したがって、立ち入った内容に関しては発表の後でご質間戴き、そこで報告について補足させて戴き

牧野英二

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まず、考察の便宜上、主要論点の結論から述べたい。第一の結論として濱田先生のカント研究は、三つの思索の段階に整理できる。その第一段階は、濱田先生のカント研究の基礎固め的な意味をもつ著作『若きカントの思想形成』二九六七年刊行、四五歳)に結実されている、とみてよい。第二段階は、濱田先生の円熟期の『カント倫理学の成立』(一九八一年刊行、五九歳)に結実し、そして第三段階は、先生のカント研究の集大成となるべき『カント哲学の諸相』(一九九四年刊行、七二歳)に現われている。この歩みは、明らかに考察の論点の広がりと深化との両面で先生の研究史の発展段階を示している。さらに言えば、第二段階から第三段階にかけて、カッシーラー、グリガ、アーレント、ベイナー、マウスなどの第一級のカント文献の翻訳・監訳と紹介の仕事が挙げられる。これらの外国のカント文献の翻訳・紹介の業績は、日本におけるカント研究の発展に貢献しただけではない。それ以上に、例えばアーレント解釈などのカント研究の枠組みを超えた幅広い哲学思想の領域で大きな刺激や研究の促進にも貢献してきた、と言え たいと考えている。

ニ濱田義文のカント研究の発展と到達点’三つの暫定的結論 るであろう。第二の結論は、『カント哲学の諸相』の位置づけに関するものである。しかし、第三段階に関して言えば、この書物は、第一、第二の段階のような周匝で体系なまとまりが十分ではなかったように思われる。このことは、第三のカント書の書名にも現われていると思われる。報告者のみるところ、この書名は『カントの善意志と法の哲学』とすべきであった。禁を破って一つだけエピソードに言及すれば、濱田先生からご本を頂戴した折、この感想を礼状に認めた記憶がある。先生のカント研究の到達点は、ある時期の日本のカント解釈を支配していた新カント学派の純粋理性批判解釈のように、第一批判を認識論的基礎づけの書とみることもなく、またハイデガーのカント解釈にあるような存在論的な解釈を採るのでもない。先生の解釈は、「理性の法廷」やそこでの「平和の実現」の試みを純粋理性批判のうちに読み取るという法の立場からのカント解釈にある。この法廷モデルや戦争・平和モデルによる『純粋理性批判』の解釈という観点に関するかぎり、先生と親交のあったドイツの第一級のカント研究者、フリートリッヒ・カウルバッハ教授のカント解釈の影響がある、と言ってよいであろう。また、濱田先生のカント研究の重点は、終始倫理学的な関心、とりわけ道徳性や道徳感情、善意志の働きに向けられていた、とみてよい。カントの善意志に対する考察やキ

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ケロとの関係をめぐる論述は、先生の問題関心の所在と研究のある到達点とを端的に表現している。また、濱田先生のアーレントとの出会いは、ご自身のカントの政治哲学や歴史哲学に対するいっそうの問題の広がりと解釈の深まりとをもたらしたように思われる。第三の結論は、全体的評価として濱田先生の「善意志と法の哲学」に関するものである。濱田先生は、第三のカント研究書を『カント哲学の諸相』と題された。この書名は、内容から推してきわめて控えめなタイトルである。さらに踏み込んで言えば、この書名は、先生の真意が必ずしも十分に表現されていないように思われる。発表者のみるかぎり、先生の最後のカント研究の集大成であるはずの書物は、むしろ『カントの善意志と法の哲学』と名づけるのに相応しいものであった。では、なぜ濱田先生は、こうしたタイトルをつけて、そうした方向に強く歩を進められなかったのであろうか。その最大の理由は、濱田先生のご病気とそれに伴う心身の衰えにあったように思われる。先生は、許された時間のなかでご自分でも十分満足されないまま、カント関連の研究論文・上記の翻訳書の解説・カント文献の書評などを短時間でまとめられて、第三のカント書として刊行されたのではないかと推測される。『カント哲学の諸相』というタイトルの書物は、ある時期からご自身でも明言されていたように、「カント一筋の研究生活」の集大成と そこで、次に先生のカント解釈の特徴と研究の方法とに目を向けて、他の日本のカント研究者と対比する。それによって、発表者に課せられた義務に応えるべく暫定的な回答を導き出してみたいと思う。濱田先生の研究の基本特徴から述べてみたい。その第一の特徴は、カントの発展史的・成立史的研究にある。第二の特徴としては、先生のカント研究は倫理思想・実践哲学的研究が中心であった、と言ってよい。但し、宗教哲学的考察には、殆ど立ち入らなかった点が濱田先生のカント研究の一つの特徴であった、と言えよう。第三の特徴としては、徹底的に内在的なカント解釈という性格が挙げられる。そして第四の特徴に関しては、イギリス道徳哲学やフランス哲学、特にルソーとの影響作用史的研究も、先生の研究 しては、ややまとまりに欠け、内容的に物足りなさを読者に感じさせるとしたら、このような事情があったと見るのが公平で事実に即した見方であろう。それでもなお、濱田先生のカント研究は、同時代の日本のカント研究者のなかで卓越した特色豊かな性格をもち、他の追随を許さぬ研究成果を誇るものであった、と確信している。

三濱田先生のカント解釈の特徴と研究の方法

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この分野では、一世代前の業績として高坂正顕氏による優れた『カント』(一九三九年、弘文堂。高坂正顕著作集第二巻所収、’九六四年、理想社)および一連のカント研究が存在する。この書物は、新カント学派やハイデガーの存在論的な解釈の問題点を指摘して、人間学的観点から内在的にカントを捉えようとするものであり、文字通り日本のカント研究史上の古典的な名著であると言ってよい。その人間学的観点から見たカント解釈に関しては、濱田先生の晩年の視点と共通するものが窺えるが、高坂説は、新カント学派やハイデガーの解釈の偏向を正す点に主要な狙いがあった。それに対して濱田先生の場合は、グリガの新しい力 方法の特徴として指摘できる。これは先生のカント研究のきわめて優れた観点である、と言えよう。第五に、先生の研究は、カントの思想を近代ヨーロッパの倫理思想の到達点として位置づけたカント解釈の視点を打ち出された点にも大きな特徴がある。先生のカント解釈は、どこまでもカント自身に即して、その歴史的な意義を最大限救い上げようとされただけでなく、先生は、恋意的で強引な文献の読み方を控える禁欲的で慎重な読み方を貫いておられたように思われる。

四批判期前の研究や発展史的研究 ン卜解釈の影響があるように思われる。また濱田先生が人間学的関心を深められたのは、そこにカント哲学の集約的表現を見出された点にあるように考えられる。吹に、濱田先生の少し先輩の研究業績に目を向ければ、長年日本カント協会委員長を務められた高峯一愚氏の『カント講義』(一九八一一年、論創社)や三批判書のコメンタール、『純粋理性批判』の翻訳などの箸訳書が挙げられる。著者は、特定の思想的立場や解釈に依拠せず、どこまでもカントに内在的な読み方を貫くという点では、濱田先生と共通した研究の立場を採用されている。高峯氏のカント研究は、批判期のカント哲学を理論哲学・実践哲学・美学・目的論にまで拡大し、これらの思考を体系的視野のもとで考察するという点で、きわめて公平でバランスの取れた研究であり、後進に対して有益な示唆に富む論述を多数提供している。もっとも、高峯氏のカント研究は、批判哲学の思想に限定されており、そのため批判期前のカント解釈には立ち入っていない。その点では、濱田先生の研究の視野の方が広い、と言ってよい。また、同世代のカント研究者としては、濱田先生と深い親交のあった高橋昭二氏による『カントの弁証論』(一九六九年、創文社)との関係が興味深い。二人の著者の共通点としては、ともに日本における早い段階に初期カント研究の重要性に着目された点にある。他方、両研究者には顕著

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カントの倫理思想の研究に関しては、数年先輩の小倉志祥氏『カントの倫理思想』(一九七二年、東大出版会)との相違点と共通点に注目したい。小倉氏の研究は、批判期前の著作やとりわけ三批判書の論述全体を視野におさめている。濱田先生は、同じ和辻哲郎門下生の先輩の著作に対して高い評価を下しており、必要なかぎり、多くの参照を促されている。しかし濱田先生は、カント解釈の基本的文脈では小倉説とはやや異なり、その重心を基礎づけや第二批判に置いている。主要概念の解釈に関しても、両者には相違があり、例えば「注視者」をめぐるカントとスミスとの な相違点もみられる。高橋氏の研究は、その主要関心が理論哲学中心であり、またカントの自由概念などの倫理思想を歴史哲学的立場から解釈する点が濱田先生の解釈とは異なっている。この点に関しては、参考までに、『カントの弁証論』二九六九年、創文社)所収の論文「カント批判期前の哲学」二九六七年)の脚注のなかで、著者が濱田先生の『若きカントの思想形成』二九六七年)との相違点を著者自身の立場から批判的にコメントしている点を二点指摘している事実に注意を喚起しておきたい(当日配布資料コピー①参照)。

五カントの実践哲学・倫理思想 関係把握について濱田先生は、『カント倫理学の成立』のある脚注のなかで小倉説に対して疑問を呈して、彼の解釈を批判されている。ルソーとの関係や特定の道徳性概念に対する集中的な分析という考察の視点という点では、濱田先生の研究は、カントの倫理思想を自由の概念や自律の思想に集中させた矢島羊吉氏の研究『増補・カントの自由の概念』二九七四年、福村出版)とのある種の近さを感じさせる。しかし、矢島説は、カントの思想内容や論述の矛盾や不整合を果敢に追及する大胆な議論を展開している点に大きな特徴がある。それに対して濱田先生は、どこまでも内在的かつ整合的な解釈とカントにきわめて好意的な評価を採用する点が対照的である、と言ってよい。因みに、同世代の優れたカント倫理学の研究者、小熊勢記氏は『カント倫理学の成立』に対する書評で、ある意味で前述の高橋氏の見解と通じる鋭い批評を展開している(当日配布資料②参照)。次に道徳学・倫理学の領域だけでなく、広く平和論、法論・歴史哲学などとの関係に立ち入ることにしたい。この分野では、ほぼ同年の片木清氏による『カントにおける倫理・法・国家の問題』二九八○年、法律文化社)の研究が先行していた。この書は、『人倫の形而上学・法論』の論理構造を遺稿類なども含めて再検討し、彼の論理を体系的に再構築しようとする狙いがあった。また、この書の第二の

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狙いは、歴史的社会的環境との関連に注目している点にある。さらにこの書物は、カント思想の時代的・思想的制約についても、批判的な観点から論じている。それに対して、濱田先生の考察方法は、片木氏の方法とは対照的に、こうした体系的方法や歴史的・社会的な環境のなかで法論を位置づけるという観点は採用されなかったように思われる。こうした両者のたんに対照的であるだけでなく、きわめて異質なカントの研究のあり方が、濱田先生に片木説から距離をもたせた主要因であったと推測することができる。二人の著者は、カント解釈に関する意図・考察方法・研究の立場などのすべての点で異質であった。宇都宮芳明氏は『カントと神』(’九九八年、岩波書店)のなかで、三批判書との関係を踏まえて平和論を含む政治哲学・法哲学・歴史哲学・宗教哲学にわたるカントの批判期の全体像を体系的観点から描き出すという壮大なカント解釈を提示した。また、宇都宮氏は、三批判書や『人倫の形而上学の基礎づけ』(以上、以文社)、『永遠平和について』(岩波文庫)など一連のカント批判期の主要著作の翻訳書をほとんど個人訳として刊行された。かつて理想社版カント全集の翻訳に加わる機会のなかった濱田先生としては、主要な関心の対象であった『人倫の形而上学の基礎づけ』や『実践理性批判』の新訳刊行によって、長年のカント倫理学研究の蓄積を世に問いたいというお考えがあった。先 濱田先生の日本カント協会委員長就任時には、日本カント協会の機関誌『日本カント研究1』(二○○○年六月、七七歳)が刊行を開始した。そこでの記念論文として、濱田先生は、「カントと現代文明」のなかで、次の三点の論点を 生は、ご自身の独自の訳語や解釈について、詳細な訳注を付すなどの構想を語られたことがあった。それだけに、宇都宮訳の相次ぐ刊行は、先生には先を越されたという思いがあり、それだけに先生にとってある種の痛手であったと推測される。また、『カントと神』では、著者はカントの主要著作が三批判書に加えて『宗教論』にあると解釈されている。つまり、カントの体系的思考の到達点は理性信仰にあり、理性信仰は自由や自律に基づいてのみ可能であるという見解を提示している。言い換えれば、著者は、三批判書や宗教論その他の批判期の著作を広く、歴史哲学や法哲学・政治哲学など理論と実践との体系的統一の観点から、しかも内在的観点から論じている。宇都宮氏と濱田先生は、カント解釈と研究の意図など多くの点で重なると見られるだけに、この書に対する濱田先生の立ち入った評価を是非とも伺いたかったと考えたのは、ひとり筆者ばかりではないと思われる。

六最晩年のカント研究

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提示されている。すなわち、一、世界市民的見方。二、人類史の目標とみられる世界市民的体制。三、創造の究極目的としての人間という見方である。それらの方法や論述の仕方は、すでに先生の著作のなかで言及され展開された論点であった。この論考は、生前に刊行された先生の恐らく最後のカント論であると思われる。この論考は、新しいカント解釈の展開というよりも、むしろこれまでの先生の研究の集約的意味をもつ総括的な論述であったと言えよう。以上の考察から明らかなように、濱田先生のご研究は、戦後の日本におけるカント研究の一つの到達点である、と言ってよい。また、先生のご研究は、それとともに今日の日本の新たなカント研究の出発点の基礎を提供されている。このような意味で、濱田先生の研究成果を語らずして過去のカント研究を語ることができず、また今後のカント研究も語ることができない、と報告者は確信している。なお、先生のカント研究上の遺産とともに、今後のカント研究者に残された課題については、司会者のまとめのなかで、改めて報告させて戴く。

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参照

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