資源問題の意義と性格
大
畑
弥
七
課 題
最近︑わが国の経済成長の高度化が資源多量消費型産業構造をもたらし︑低廉安定的な資源を確保すべく︑従来の
加工部門偏向型資源産業体制および開発輸入パターンの再検討にまで発展し︑あまっさえ採掘部門や国際企業への新
参入国︵一9けO OO5P5P⑦﹁︶としての意欲を強めるなど︑資源問題に対する関心が一段と高まってきている︒それは初め
ての発表である﹁資源白書﹂︵﹁資源問題の展望﹂通産省︑一九七一年︶でも明らかなことである︒
かかる国内の資源事情の変化も︑事実上は資源をめぐる国際環境の大きな変動からもたらされるものである︒それ
は第一に︑先進工業国の原料資源の確保が消費市場での獲得だけにとどまらず︑その需要増大は現地での採掘部門ま
で進出し︑直接資源供給源をおさえるところまで進んだ︒つまり︑一九世紀的な資源の土着産業化から︑世界に偏在
する潜在的資源を求めるといった︑明らかに資源の国際化への志向が見出せるにいたった︒その動向は︑他国の資源
をも支配する植民地主義的企業経営や飛び地企業体制をもたらし︑独占的︑寡占的企業の成立にいたった︒ ︵1︶ ︵2︶・第二に︑一九六二年前﹁天然資源に対する恒久的主権﹂の確立や︑最近のリマ憲章の基本原則にみられる﹁天然資
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源利用に対する国家主権の行使﹂など︑一連の資源保有低開発国の個別的・集団的な対先進工業国への動向である︒
これは明らかに資源が一国にとってどれほど重要なものであるかの後進国の目覚めであり︑資源をめぐっての南北問
題が表面化してきた一つの現われでもある︒それは低開発国における植民地経済体制から国民経済体制への移行に欠
くことのできない資源産業の確立であり︑天然資源が自国の工業化のための戦略手段として貴重な資産であることへ
の目覚めでもある︒
そこで︑かかる二つの世界的潮流が現代的な南北問題にさらに拍車をかけ︑事実上︑一九七〇年代の南北問題が資
源ナショナリズムの登場によってさらに世界的意義を深めてくるであろう︒このことは︑ ﹁南北問題が国際経済関係
における先進工業国のナショナリズムと後進発展途上国のナショナリズムとの依存と対抗︑相関と緊張との関係調整
の問題にほかならない︒発展途上国のナショナリズムの軸心がいまや貿易問題から資源問題の座標に移動し始めた現
情勢のもとで︑UNCTADは南北それぞれの立場での資源ナショナリズム間の関心調整を避けて通るわけにはいか
︵3︶ないであろう﹂とのことでよく示唆されている︒
かかる状況のもとで︑資源問題を考察しようとするのであるが︑本稿での分析視点は︑かかる現状分析をふまえた
うえでの資源の経済学的一般理論といった問題を取扱う︒それは︑資源の実際活動が急テンポで進んでいるのに︑そ ︵4︶れらを裏づける理論的接近が立遅れているからである︒
とくに本稿では︑一国にとっての資源の経済的意義を究明し︑そこから導き出された意義に関連づけて︑一方では
資源産業のあり方を︑他方では資源開発投資に焦点をあわせて︑国際的視野のもとでの資源の性格を究明しようとす
るねらいをもつものである︒ただし︑ここでは資源保有国を低開発国において考察する︒それは︑表1に示すよう
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資源問題の意義と性格
表1 日本の主要資源の国別依存状況
別巨
資 旧事 繍入量
1,119,523・トン
ニッケル鉱石 3,395,42 〃
ボーキサイト 3,121,799 〃
鉛 壷去 石 . 179,847 〃
…亜 鉛 鉱;846,760〃
:マンガン鉱.2,024,954〃
クロム鉱.732,963〃
原 料 炭:
鉄 鉱 石
原 油
主要依存先と集中度
フィリピン43.3%カナダ33.1%(以上2力国.
で76,4%)その他チリー,ペルー,ザンビア,
オーストラリア等
ニューカレドニア90.6%(1力国に集中)
その他インドネシア,カナダ,オーストラリ…
ア等
オーストラリア49.9%インドネシア24.6%マ…
レ「シア21.4%(以上3力国で95.9%)その…
他インド等
ペルー312%カナダ26.9%オーストラリア…
23,5%(以上3力国で81.6%)その他韓国,
イラン,ボリビア等
2 ペルー42.6%オーストラリア17.8%カナダ1 14.6%(以上3帰国で75.0%)その他韓国,…
イラン,ボリビア等 旨 インド33.2%南アフリカ29.6%オーストラリ…
ア20.5%(以上3山国で83.3%)その他マレi 一シア,ソ連,ブラジル等 …
鷺1溜蟹銀漏籍;二,リ藷…
アフリカ等
39,862・千トンアメリカ478%オーストラリア39.0%(以上i 2力国で86.8%)その他ソ連,カナダ,ボー…
ランド等
「83247 千トン
・界写1総総。ワ91第㌻;…
ル5.0%南アフリカ3.2%(等比較的分散)1 167,431・kl イラン42.3%南イエーメン17.6%インドネシ ア10.3%サウジアラビア9.1%(以上4力国 で19,3%特に中東地区には88%)
出所:鈴木英夫「わが国資源問題の新展開」世界経済評論,1971年3月
第一の点は︑資源問題を取扱
うとき︑資源の経済的意義が︑
それぞれの国にとってどういつ
だ観点から考察されうるか︒つ
まり天然資源とか鉱物資源が一
国にとっての資源産業をどう形
成するのか︒それは古典派理論
での余剰吐け口論の対象となっ
た天然資源の取扱いをどうみる
のかにあろうし︑ミント教授に
よってその理論が再検討される
にいたった比較生産費説やオリ
ーン理論との比較などにある︒
しかし本稿での主要点は︑そう に︑わが国の主要資源の国別依存状況をみると︑圧倒的に低開発地域が多いことにもよる︒
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した天然資源を最終資本財としての鉱石とか加工品として取扱った場合︑一国の資源産業はどうあるべきか︑といっ
た点からの考察を問題提起とする︒
第二の点は︑資源の開発投資側面からの展望である︒これは資源開発への直接投資が行われる場合︑基本的には世
界全体としての資源供給の増大と資源配分の改善にありながらも︑投資国と受入国との双方の利益のからみ合いから
自国の経済厚生を高めるべきことが︑かえって資源確保の争奪戦略に落入りやすい︒そこで︑ここでは天然資源を非
最終資本財としてみた場合に限り︑開発投資がどうあるべきかに視点を置いて考察する︒
第三の点は︑第一︑二の点から導き出された結果に対する︑つまり︑それらを包括する問題として︑そこから得ら
れた成果をさらに国際環境のもとに照して考察しようとする︒それには資源開発を南北問題の場において︑資源保有
国たる低開発国の経済開発戦略として︑先進国との間で資源問題︵とくに原料資源を対象としたもの︶をどのように
展開すべきかを視点とする︒
これら三つの問題は︑共通な基盤として︑世界資源をめぐる国際経済の再編成と国際資源開発体制の再編成という
視角から展望する世界資源の需・給構造と資源保有・消費国双方の資源産業体制の確立に通ずるものである︒
注
︵1︶ これは天然資源を保有する国家の主権を尊重せよという︑特に低開発国の主張と︑他方では資本と利潤の保護を要求する
先進資本輸出国の主張との激しい議論が国連の場で長年にわたり展開され︑一九六二年一二月に天然資源に対する恒久的主
権に関する宣言が︑一部先進国の反対留保を押し切って採択された︒これは事実上︑その後の天然資源保有低開発国の外国
人所有による鉱山などの国有化現象の導火線となった︒これについての資料として次のものがあげられる︒
O巳8ユZ二二8ωOo琴冨一︾ωω①ヨσ一ざbo日置ω①ωのδP男80耳oh昏①QD8巨富q−O魯①δ一噂興∋鋤g耳ωo<Φ噌①凝昌蔓
O<零Z鉾舞巴幻①ωo霞8ω⁝目9①倦彗巳ω①o剛O興ヨ鋤昌①旨什ωo<禽Φ一〇q昌昌︒<2昌簿霞餌一器ωo舞8ω餌昌艶言①房Φohho巴位oq昌
90
資源問題の意義と性格
o国且け巴碧α冨︒びぎご黙ho﹃昏①マΦ×覧9欝鼠︒昌.︾\︒︒O切︒︒℃辰ω①讐Φヨげ興H㊤刈O.これが採択された内容であるが︑三部か
ら成り︑第一部ではこの問題の分折と背景が述べられ︑第二部にて天然資源開発およびその市場化に関する発展途上国と外
国投資者との聞の取りきめを国別に取りあげ︑第三部では天然資源開発のための発展途上国に対する国際機構の補助機関の
設立が取りあげられている︒
また︑こうした国家主権の確立について︑これを資源ナショナリズムの方向からアプローチしたものとして︑板垣与一
﹁資源問題とナショナリズム﹂︑﹃日本の海外資源開発政策﹄第一章︑外務省経済局︑昭和四六年七月︒また資源外交の観点
から︑こうした資源保有発展途上国の最近の一連の動向については︑平原毅﹁資源外交の展望﹂︑経済と外交︑Zρ$P
一九七一年七月︑経済外交研究会発行︒この号は︑資源問題特集号であり︑その他︑小宅庸夫﹁これからの資源政策のあり
方﹂︑須賀邦郎﹁海外鉱山開発を中心として﹂などに資源開発をめぐる国際情勢が展望されている︒さらに︑資源の国有化
で最初に問題化したのは︑ラテン・アメリカ諸国であったが︑それらを外資による直接投資の視点から分還したものとして
は︑09二〇ω勾・∪ぼN>δ冨昌匹︒︑︑UマΦ9国︒﹃Φ凝ロぎくΦωけヨΦ耳ぎい緯ぎ﹀ヨ①ユ8︑︑讐囚ぎ巳㊦げΦ﹁σqΦ鴨︵aY長鳴き欝§織−
︑ごミ一〇︒巷ミミごきO﹃三潴日︒︒も︒.ωH㊤〜認♪↓げΦζ・一.日勺話ωω噂一㊤刈9︵藤原︑和田訳﹁多国籍企業﹂三三一〜三五九
ページ︑日本生産性本部︑昭和四六年︶があり︑ラテン・アメリカ諸国の天然資源を中心とした直接投資の歴史的展開か
ら︑最近の動向に関して詳しい議論が展開されている︒また資源の恒久的主権や国有化︑大陸棚資源についての法律面から
のアプローチとして︑桜井雅夫﹁資源の法律問題﹂︑西尾滋編著﹃金属資源﹄第五章︑金属加工出版会︑昭和四六年二月︒
︵2︶第一回口ZO↓︾∪︵一九六四年︶以来︑その総会にのぞむ準備段階として︑南側の戦略がねられることになっている︒第
三回口ZO↓>Uは一九七二年三月チリーで開催されるので︑アジア︑アフリカ︑中南米の発展途上国九六評言が一〇月二八
日〜一一月八日︑ペルーのリマで閣僚会議を開ぎ︑その会議にて採択されたものが﹁リマ憲章﹂として発表された︒これは一
〇項目の基本原則︵第一部︶と︑第二部にて第三回qZO日﹀∪総会への行動計画が提示されている︒資源に関しては︑一九
七〇年代の南北問題として資源ナショナリズムの登場が強調︵板垣与一﹁前掲論文﹂一二〜五ページ︶されているが︑憲章
の基本原則の第一に︑天然資源利用に対する国家主権の行使と︑第五に︑領域内海洋資源利用の権利がとりあげられてい
る︒ ︵日本経済新聞︑一一月一七日︶︒
︵3︶ 板垣与一﹁前掲論文﹂=ニページ︒植民的過去を背負った発展途上国の資源ナショナリズムの特徴について次の三つを指
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摘される︒第一の極微としては︑根深い政治的︑心理的な敵慨心︑警戒心︑憎悪感︑挾折感︑嫉妬心︑不満感という複雑な
感情のコンプレックス的反応があげられ︑それは飛び地的国際企業がもつ植民地型投資パターンの戦後に対する感情として
把えられている︒第二は︑天然資源が発展途上国にとっては︑工業化のための戦略手段として貴重な資産であり︑自国の経
済発展のため長期にわたり計画的に利用されるべきであるので︑外資に対する反感が生ずる︒第三は︑上述の深層心理を背
景として愛憎二重心理の相剋の中で揺れ動き︑発展途上国にとってのベネフィットとコストがストレートに成立しがたい点
などがあげられている︒
︵4︶ わが国において資源問題を理論的にアプローチした文献はぎわめて少なく︑最近︑わが国の高度経済成長に伴う資源供給
の低廉︑安定化︑さらに資源保有国である発展途上国のグループ的活動︵石油のO℃閏P銅のO弓国0︶が活発化するにい
たり︑資源問題に関する根本的対策が考えられるようになった︒﹁資源問題の展望﹂︵資源白書︶もその現われであり︑わが
国の基本的姿勢を示唆するものである︒
資源問題は︑経済的視点からの分折だけでなく︑すぐれて政治問題を含んでいるために︑その一般理論化はうち立て難
い︒最近のものとして次の論文︑著書があげられる︐板垣与一編﹃日本の資源問題﹄世界経済研究協会︑昭和四五年︒この
書における板垣教授の﹁国際資源学の一般理論を求めて﹂によって︑国際資源学の構想が提示された︒
その後︑国際資源学設立の一議論として︑深海博明﹁国際経済学における資源問題﹂一︑二︑三︑三田学会雑誌︑︵第六三
巻︑一〇号︑一二号︑六四巻四号︑昭和四六年︶の論文がある︒本論文は資源問題を綜合的にわたって展望国際資源学設立
し︑資源問題の議論の視点が提示され︵第一章︶︑資源の意義が究明される︵第二章︶︒さらに資源分折の方法と方向づけで
の議論が展開され︵第三章︶︑政策論的アプローチの基本的視点が示され︑それに準じて目標手段が解明され︑わが国の新
しい資源政策が展開される︵第四章︶︒本論文は単に国際資源学設立の議論のみでなく︑わが国の資源問題の本質的論点が
解明されている︒
また︑資源問題を天然資源に焦点をおいて︑資源輸入国︵とくに先進国︶と資源保有国︵とくに低開発国︶の間で︑天然
資源を資本財の一部とみなして双方国の資源産業がどう考察されるか︑またこれを資源開発投資面でみた場合にどう資源が
意義づけられるか︑といった視点より資源の経済学広町折方法が提示されたものとして︑大畑弥七﹁資源問題の新しい視角
−資源の経済学を中心として一﹂︑経済と外交︑経済外交研究会︑三四〜四一ページ︑ぎ.切りP 一九七一年七月︑がある︒
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資源問題の意義と性格
さらに板垣与一編﹃日本の海外資源開発政策﹄︵外務省経済局︑昭和四六年︶の第一章で︑板垣教授が﹁資源問題とナショ
ナリズム﹂一〜一五ページにて︑資源をめぐるエコノミック・ナショナリズムの一般理論を明確にされるとともに︑発展途
上国のエコノミック・ナショナリズムと資源ナショナリズムとの相互関係を解明され︑資源ナショナリズムの意義が究明さ
れている︒本論文は今後の資源問題研究に一つの方向を示すものとして評価される︒本書には他に︑﹁資源開発と国際政治﹂
︵木村修二︶︑﹁日本の海外資源開発体制﹂︵斉藤優︶︑﹁オーストラリアの鉱物資源開発をめぐる旦蒙関係の現状と将来のあり
方﹂︵広野良吉︶︑﹁発展途上国地域の資源開発ーインドネシア﹂︵逸見謙三︶の論文があり︑わが国の資源開発政策の課題が
提示されている︒
さらに︑前掲書︑﹃日本の資源問題﹄︵世界経済研究会︑昭和四五年︶は︑新しい視角のもとで全面的に改訂され︑日本経
済新聞社から発刊される予定︵三月︶である︒筆者も第七章資源問題と国際経済協力を執筆担当している︒また︑世界貿易
長期展望の一作業部会として資源問題部会︵研究委員長︑板垣与一教授︶が︑二年前に発足したが︑来年六月出版の予定
で︑報告書が執筆されつつある︒これは︑学者︑官庁エコノミスト︑実業界からなる一大プロジェクトで︑資源問題の理論
的・実証的研究が集大成されたものである︒すでに報告書の骨子は決定され︑一九八五年までの資源需・給予測をはじめと
して︑第一部総論︵九章から成る︶︑第二部各論︵四章から成り︑資源別調査︶と︑わが国での資源問題に関する綜合的文
献として︑その成果が期待される︒筆者もその研究委員の一人として︑このプロジェクトに参加している︒
その他︑政府関係の資源問題に関する報告書︑論文によって自主開発論が展開され︑それに対するものとして協力・協調
開発論が主張されるなどして日本の資源問題が広く議論されるにいたった︒それについて特にあげれぽ︑次のものがある︒
資源研究委員会報告書﹃国際化時代の資源問題﹄︑経済審議会資源研究委員会編︑大蔵省印刷局︑昭和四五年︒鈴木英夫﹁わ
が国資源問題の新展開−平和的・共栄的な自主開発をめざして一﹂世界経済評論︑一九七一年三月︒経済評論︑五月号︵昭
和四六年︶に﹁日本の資源問題の視角﹂として特集号を発刊している︒
さらに小島清﹁海外直接投資の新形態﹂︑︵一橋論叢︑一九七一年八月︶にて︑低開発国投資の新形態が論議されている︒
その望ましい新形態は︑南北貿易の再編成基準と直接投資コスト低廉化基準にのっとったもので︑ ﹁海外直接投資の理論ー
アメリカ型と日本型1﹂︵一橋論叢︑一九七一年六月︶にてなされた直接投資のマクロ的︑国民経済的理論からの解明と︑さ
らにミクロ的︑産業組織論的アプローチとの補完的統合の分析に次いで︑国民経済的アプローチの延長上での投資国と受入
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国双方の比較優位構造の高度化を促進する国際分業再編成の担い手としての直接投資論が究明される︒これは新しい論議と
して注目され︑同時に低開発国での天然資源の開発論や︑現地での精練・加工といった議論にまで問題が及んでいる︒
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二 資源の意義と分析の視点
資源の定義づけはかなり広範囲で使用されている︒通常使用されるのは︑天然資源の意味であるが︑他に人的資源 ︵1︶とか︑最近︑国際投資分野での企業の解釈に用いられる経営資源︵8餌舜ゆq芭おωo霞︒①ω︶に至るまで︑その意味する
範囲は広い︒特にわが国のごとく原料不足国にとっては︑天然資源を原料資源と理解する場合が多い︒
本稿で対象とする資源とは︑天然資源のことであり︑時にはそれをさらに狭義に解する鉱物資源︵望事①鐙一﹃oωoβ︐
﹁o①ω︶をさす︒先づ天然資源が一国にとってどのような意義をもつかを考察するが︑その狙いとするところは︑ 一国
にとって資源がどのように解釈されるか たとえぽ資源消費輸入国であれば︑輸入財としての資源が鉱石︵原料資
源︶であるか︑それとも加工品であるか一によって︑その国の資源産業構造が異なってくるところにおく︒資源保
有国で製錬︑精製が行われるとすれぽ︑その国の資源産業は採掘部門︑加工部門を自国内にて有することになり︑加
工品として輸出される︒その場合は高次の国際分業体制のもとでの資源と見なすことになる︒ところが︑採掘部門は
勿論のこと︑加工︑販売部門まで︑同一企業にて行われる垂直的統合体をとる資源産業では︑国際分業は取られにく
いことになる︒
資源産業においては︑とくに後者の分業体制が多く︑それは天然資源が旧植民地に偏在しているところがら︑さら
に先進工業国が自国の原材料資源の供給源までも支配して︑自国の低廉・安定的な資源確保をする供給体制がとられ
資源問題の意義と性格
ためである︒他面こうした体制がそのまま植民地主義的要因の残存となってしまったのである︒そうした要求をも
って現在の資源産業における国際企業の存在が浮彫されうる︒
さらに︑かかる垂直的統合体ではないにしても︑採掘部門の進出は別として︑鉱石︑原油︑原木といった形での輸
入によって︑先進国内における加工部門︑販売部門といった資源産業体制もみられる︒この場合にしても︑現地産業
︵たとえば資源保有低開発国での産業︶では加工段階をとる製錬︑精製といった産業構造をとることなく︑むしろ原
料資源をそのまま輸出するという形態をとる︒したがって︑それらの国にとっては天然資源からえられる波及効果が
少ないし︑また国際分業体制からみても好しからざる形態である︒
それらの点は︑確かに低開発国が資本技術︑経営のいずれをも欠いているので︑天然資源開発という莫大な資金の
支出はもとより︑現地産業の設立には︑道路︑港湾︑鉄道︑町づくりといったインフラストラクチュア整備の費用ま
で必要とする︒況してや資源開発投資に見合うだけの鉱山の発見となるとごく少数でしかないリスキイなものである
ため︑どうしても︑飛び地企業を形成しやすく︑独占利潤の温床となり易い︒
それは天然資源の開発から︑現地での企業形態が表面上は低開発国の経済成長と近代化を促進するものとして︑
資国の資源産業が現地に根をすえ︑採掘部門は勿論のこと︑加工︑販売部門にいたるまで︑飛び地企業を形成するこ
とになる︒これらの企業は原料確保のためさらに大規模な国際企業を構成し︑地下資源採取業と︑技術的に最新な製
造工業を現地に実現する︒ただ問題は︑現地での企業でありながら︑現地経済には何等の波及効果も与えられない資
源産業が確立︑発展することになる︒
こうした状況のもとでは︑先進工業国がとる自国の原料資源供給源の直接的支配は︑天然資源を鉱山または原材料
95
としての鉱石︑原油として把らえ︑自国の供給源の直接的対象としての資源は︑採掘可能な資本財とみなされる︒し
たがって︑一国の資源産業は直接︑現地での飛び地企業を形成しようとも︑最終財としての鉱石︑原油が対象となる
ことには間違いない︒また現地企業を形成しないまでも︑開発輸入において鉱石︑原油を供給源から輸入し︑先進工
業国での加工企業︑販売部門を形成する資源産業においても半垂直的統合体の資源産業構造をとることになる︒こう
した側面からの資源の意義は︑むしろ先進工業国側からのものと解すべきであろう︒
もっともそれは︑資源供給国側からすれぽ︑自国の現地での外国人所有になる鉱山︑農園などについての波及効果
の期待すらもてない低開発国にとっては︑過去の植民地的パターンを残こす飛び地企業に対して︑反発はもとより︑
強い敵慨心を示している︒いわゆる新興独立国にみられるエコノミック・ナショナリズムの台頭である︒
そこで資源の意義をさぐり出すには︑資源それ自体を需要︑供給サイドより考察しなけれぽならない︒特に世界的
に偏在する資源が︑低開発国地域に見出され︑かつそれらの天然資源が低開発経済の発展に大きな役割をはたすだけ
に︑一方では各国の資源産業サイドからする考察と︑他方では︑世界資源供給の増大を目ざしての開発投資サイドか
らの慎重な分析がなされなけれぽならない︒
天然資源は確かに世界的に偏在し︑その偏在の幅が大きければ大きいほど︑世界の需要がその偏在を貿易にて補ぎ
なってゆくであろうし︑供給との調和がはかられるべき貿易パターンの決定が︑資源問題の重要な鍵となる︒したが
って︑それは資源豊富国が必ずしも豊めるわけではなく︑資源稀少国であっても資本とか技術︑さらには転換能力の
大きさが︑その国の発展をささえる︒つまり資源は︑大きな効用をもつ多くの特化生産物のごとく︑交換によって獲 得できるので︑一国にとって決定的重要性をもつものでないともいわれている︒ただこうした状況は︑国際分業が十
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資源問題の意義と性格
分な機能をはたすもとにおいてのみ可能なわけである︒つまり︑前述のごとく︑需要国側である先進工業国の現地へ
の進出による飛び地企業といった独占利潤の追求による資源産業体制における垂直的統合体では︑そうした資源と貿
易との調和的発展はのぞめない︒
もともと︑低開発国経済にとって天然資源は︑資源集約的産業の発展可能性を潜在的にもつものであって︑豊富な
天然資源を有する低開発経済にとっては︑貿易と生産パターンの進展を説明するモデルとして取り扱われている﹁余 ︵3︶剰吐け口﹂論︵︿①再ho﹃ωo壱三ω叶ゴΦo堕団︶が︑一つの理論として示唆されている︒さらには貿易と成長の基本的モ
デルを示すものとして一このモデルの直接の対象となったのは︑カナダの経済及び温帯地帯だが一﹁主要産品﹂ ︵4︶説︵ω冨覧Φ9Φo曙︶もあげられている︒その主要産品としては︑その対象地域の輸出の中心的位置を占める原料あ
るいは資源集約財があげられている︒これらの理論は︑それぞれ低開発国の一次産品輸出と発展・成長との相互関係
を説明するものであるが︑いずれも一次産品として対象となるものは︑低開発国に内在する資源である︒
ところで︑こうした議論には︑たとえ余剰生産能力に着目しての分析であるとはいえ︑本稿ではそうした問題とは
離れて︑天然資源が低開発国にとって経済開発の重要な要因となるが︑むしろ天然資源が︑それに必要な補完的生産
要素1ここでは資本一との関連において︑天然資源の定義なり︑測定が困難とされる点に着目する︒
それは︑たとえば上述の資本との関係をみても︑天然資源は実際に変化するものであって︑とくに資本と分離する ︵54ことが不可能であることが指摘される︒そこでの具体的例として次のことがあげられている︒広野の一部をなす土地
は天然資源として︑他の木が切りはらわれた土地は混々的には資本となる︒さらに鉱物資源の発見というケースにし
ても︑発見された鉱床は土地に変りない︒しかし︑開発に際して探査・採掘に費用がかかり︑鉱石として採掘される
97
とすれぽ︑それは資本とみなしたほうが適切であろうと︒
また︑そうした資本投資がなけれぽ天然資源は開発されず︑たとえ多量の品質の高い鉱石の埋蔵が知られていて
も︑その所在位置などの理由から採鉱が経済的でない場合は︑結局︑その天然資源は無価値で︑未利用資源であらざ
るをえな齎そうした場合の天然資源は利用可能性が生ずるまでは未利用資源であり︑単なる土地としての測定しか
なり立たない︒ただし開発投資により採鉱が可能となれば︑つまり補完的生産要素たる資本.労働の投入によって採
掘され鉱石・原油となって現われれば︑資本財としての価値をうることになる︒
そこで︑こうした見地からする天然資源を︑一国の資本ストックの一部とみなす考察が可能となる︒つまり天然資
源が生産的サービスをなす一種の資本装備とみなされるわけである︒そこでは︑天然資源が鉱物資源という限られた
範囲の取扱いをうけるが︑一亜目ともここでは鉱物資源が中心的であり︑とくに︑鉄︑非鉄金属から石炭︑石油︑
天然ガスなどのエネルギー資源を総称する一ここで資本財の対象となりうるものの典型的資源と考︑兄てよいであろ
う︒ さらに︑そうした天然資源︵むしろ鉱物資源︶が資源消費者の立場からみた場合︑鉱石とか製品︵加工または製
錬︑精製されたもの︶として購入・利用したことになり︑これは最終資本財︵hぎ巴S乾霧αqo︒畠ω︶として取扱われ
る︒ 他方︑天然資源の開発にあたり︑その開発投資に立脚した場合は︑リスクの伴う︑ある意味では実現の不確実さを
もった採掘部門への投資である︒したがってこの場合は︑鉱山それ自体を良質にして多量の潜在的埋蔵を前提としな
がらも︑その内容はきわめて鉱石を対象とした最終資本財とは言い難く︑むしろ開発投資の対象とする天然資源は︑
98
資源問題の意義と性格
︵7︶非最終資本財︵β艮ぎ巴︒巷詳巴αqooαω︶として取扱うべきであろう︒
こうした二つの面からの資源アプローチは︑消費者側からする最終資本財として一方では資源保有国の国内消費老
への供給と︑他方︑余剰吐け口論や主要産品説にて説明されるごとく︑外国需要者への輸出として展望される︒した
がってそうしたアプローチは︑消費者のいずれを問わず一国の資源産業側面からの分析となろう︒他方︑開発投資面
からする非最終資本財としての天然資源アプローチは︑資源開発投資︑それも未利用資源を多量にかかえている発展
途上国を対象としての直接投資側面からの分析となろう︒
かかる二つの側面からの分析が十分に行なわれるのでなけれぽ︑資源問題の本質的な核心にふれることができない
と考えるのである︒
注
︵1︶ ﹁経営資源とは企業経営上のさまざまな能力を発揮する主体であり︑外面的には経営者を中核とし︑より実質的には経営
管理上の知識と経験︑パテントやノウハウをはじめマーケテングの方法などを含めて広く技術的︑専門的知識︑販売・原料
購入.資金調達などの市場における地位︑トレード・マークあるいは信用︑情報収集・研究開発のための組織を指す︒﹂小
宮隆太郎﹁直接投資と産業政策﹂︑新飯田・小野編﹃日本の産業組織﹄第↓二章三二四ページ︑岩波書店︑一九六九年五月︒
︵2︶ Oゴ輿一Φωづ・内ぎ巳①σ9σqΦ﹃︾肉ミ臨讐↓ミ譜§織導鳴≧ミご§ミ両8謹ミざ鴫巴①¢巳く興ω一受℃冨ω9HO①ρ ︵山本隠道
訳﹃外国貿易と国民経済﹄春秋社︶第三章天然資源︑三八ページ︒
︵3︶ 出.竃旨9.︑目当︒一器ω8巴日毎︒蔓ohぎ8﹁葛口8巴↓﹁巴︒β︒巳9①q口匹⑦aΦ<28巴Oo§窪Φω鴇︑︑肉8謹ミら智寧
ミミ噛︵︸¢コ①︐ 一㊤OQQ︶︒ミント教授の余剰吐け口理論の提唱は︑古典学派︑とくにアダム・スミスの理論的体系に見出される
余剰吐け口論のラインに浴う余剰生産能力アプローチにあるが︑これが低開発国の貿易を律するとして︑比較生産費理論や
ヘクシヤロオリーン流の比較生産費理論では十分に説明しえないと主張する︒この点については︑村上敦﹃開発経済学﹄ダ
イヤモンド社︑昭和四六年︑二五〜三ニベージにきわめて明確に要約されている︒
99
︵4︶穿冨a国■9⁝㌃.く窪§︒・§冨ζ︒量・︒h↓邑・・巳ρ︒黒戸︑︑し︒・H量ぎ・什巴一・寄高州鳴・ぎ§・黛ミ
圃・ミしqミ§亀ミ︑︑3ーミ§ぴ署.8〜一一伊20﹁昏−国︒=p巳℃号一﹃三薦Oo日冨昌−︾日ω8噌ユ鋤β一8㎝・
︵5︶ 丙ぼ巳①σ①茜①び︒㍗o搾堵︵邦訳︑二三〜二五ページ︶︑だが鉱物資源の発見が偶然であっても︑土地は土地である︒しか し︑もし天然資源の費用のかかる探査の結果として獲得されるならば︑それはむしろ資本とみなしたほうがよいであろう︒
したがって経済学者はまず資源の定義とその測定という困難に遭遇する︒その測定の不可能については︑第一は︑経済学的
尺度にて天然資源を測り定めることの困難︑第二に︑一定の技術との関連において資源がのべられるので︑技術革新によっ
て経済的特性が変化するから測定が困難なこと︑第三に︑資源は実際に変化するので︑ つまり︑ここにあげた他の生産要
素︑とくに資本と分離することができないので︑測定因難であることなどがあげられている︒
︵6︶勺.日じd髭霞自︒薫じd︒ω.磯二二ΦざSぎ津︒ミミ轟ミ§へ︑ミも︑ミ暑ミ9ミこミ塗宣ヨ①ωZゲびΦけ帥巳O︒ヨB尾 ロ幸川89 ち紹■︵永島清訳﹃低開発諸国の経済学﹄三八〜五〇ページ︒その実例として︑ロコジヤ︵ピ︒犀︒冨︶地域の鉄鉱
石︑イギリス領ギアナの堅木林があげられ︑所在位置からして輸送費用が高価につくため経済的でないので︑未利用資源と
なっていることが説明されている︒
︵7︶o募︒﹄Φ三§三噛きミミ穿ミミ︑ミぎミ・・ミ肉・ミ§ミミ⁝︑§ミ3誤Φ匂︒げ嵩ω出︒琶コω勺吋①ωω・ 一㊤8.O㌘心〜Hρ 本稿での最終資本財︑非最終資本財さらに資源産業︑資源開発投資との組み合せによる天然資源の基本
約者︑え方については︑本書におうところである︒
100
三 資源産業と資源開発投資
天然資源一ここでは主に鉱物資源を対象とする一−を消費者側からアプローチすると︑それは最終資本財とみな
される立場からする考察を行なう︒さらにそれは資源のユーザ1としての資源輸入国に焦点をおいて分析をすすめ
る︒それには︑その国の資源産業を中心として議論を展開する︒これが第一の視点である︒
第二の視点は︑資源投資国の︑つまり資源開発を対象としての直接投資という立場から︑その場合には資源を平茸
資源問題の意義と性格
終資本財として考察することにある︒
事実︑資源開発は︑資源の需・給構造からする供給国と需要国との協調関係に立脚してのものであれば︑問題は生
じないが︑資源を主要産品として自国の経済発展に活用しようとする保有国と︑さらに自国の経済成長に見合った資
源供給をねがう消費国との閲では︑決して同一の立脚点に立つものではなく︑双方のナショナル・インタレストを陽
表化する典型的局面をむかえる︒したがって︑資源戦争という生々しい︑泥くさい闘争のなかで︑資源問題を本質的
に展望するのでなければ︑その開発戦略は世界資源の供給増大をねらっても︑単なる双方での戦略に終ってしまうで
あろうし︑かえって自国の発展を阻害することにもなろう︒したがって︑資源の経済学に根拠をおく基本的原理を十
分に究明するのでなけれぽ︑一国はおろか︑世界資源の問題は解決されえないことになろう︒そこで問題を解く中心
論題を次の二つ1資源産業と資源開発投資1に求めて究明してみよう︒
1 資源産業
第一の問題は資源産業の側面からする分析である︒ここでの究明すべき論点は︑一国が自国の産業構造に占める資
源産業が︑どのような形態をとるかによって国際分業体制が形成できうるかにある︒それはさらに一国の資源産業が
天然資源をどのような形態でもちうるのか︵つまり表2にて示されるわが国の鉱物資源輸入のごとく︶︑圧倒的に他の
製品輸入に比べて鉱物資源として輸入する形態なのか︑それとも逆に加工品としての輸入なのか︑それによってその
国の資源問題の性格が明示されるという根拠に基づく分析の試みである︒
それらの問題を解くには︑先ず一国の資源産業をどのように解釈するのか︑さらに資源のもつインプリケーション
をどのように解するのか︑といった点を究明する必要がある︒
101
i
i銅 …
鉛 1 亜 鉛li
iアルミニウム
.ニッケル(注1)
表2 主要資源
の 需給 予測然
・鉄ト原1石.灰−ゆi−L鉱 石
単位
103t
需要
45 年
国 内 度
供 給 海外
料 炭 油(注2)
天然ガス(注3)
ラ ン
(注4)
以上計(注5)
〃
〃
.国内鋤講ラッ 880
216 6811 885 91[
1,110
1191 63.
258
0[01
計 96 215 353 98 52i 310
01 0
0 0 13.2
50 年 度 国 内 供 給
〃
t 06 1
〃
106k1 106辮3 1035t
59.2 204.7 3,662 0.7
(1.8)1
百億円 323
一、一
13.2 12.8
0.7 2,387
0
(0)0 0 0
(0)
3.1
12.8 0.7 2,387
0
(0)31
轍需 ̲内鉱鴫奪羽
i
76%.
計 1 225:
163i
494 P
0 0
18 i 181
0.8.
…2,500
0i
(0)
「45〜50年度…
旨
海外 需要平均
55 55 100 100 88 79 99。7 35 100
(100)
90
1,420 303…
1,149 2,000 150 200 106 3,230 9,500 3,5
(13.5)
139 86.
66 971 302 192 0 0 0 0
ン ノ
18
18 1.8 0,8 2,5000
(0)546[、。
0 0 0.
(0)
40 依存度 82%
46 57
100
100
911
83
÷100 74 1
1
100(100)1
93
増加率
10.0%
7.0 11.0 17.7 10.5 12.5 12.4 9.6 21,0 63,5
11.1
目8
出所:資源問題の展望(資源白書)通産省,1971年 注1 フェロニッケル(ニッケル含有分)を含む 注2 国産原油処理量に製品得率を乗じたもの
注3 LNGを含む
注4 ( )内の数字は昭和43年度からの累積需要量である。
注5 各資源の平均価格(推定)を乗じて算定した試算数値である。
資源問題の意義と性格
﹁資源白書﹂でも資源産業体制に注目し︑その分析の必要を強調しているが︑その解釈によると︑資源産業とは﹁資
源を採取し︑これに製錬︑精製等の二次加工をくわえることにより消費材︑耐久材︑エネルギー等を生み出す産業に
素原燃料を供給する産業を総括する﹂と述べている︒さらに産業分野としては︑鉱山業︑石油鉱業︑石炭鉱業︑非鉄 ︵1︶金属精錬業︑鉄鋼業︑石油精製業等を含む︑資源を採掘する産業とそれを加工供給する産業を総論するとしている︒
これらのことは︑天然資源採掘を自国にもたず︑発展途上国の現地で見出す国際企業などにみられる垂直的統合体︑
つまり資源の採掘︑加工︑供給の一貫体制をとる企業を考えての上で︑こうした定義づけがなされたことであろう
が︑かかる解釈は資源需要国側からの一方的なものともいいうる︒
そこで︑第二の問題は︑ここで対象とする天然資源をどういう範疇で把えるかといったことである︒それは前述の
ごとく︑はっきり最終資本財とみなす立場をとる︒つまり︑現実に第二節で説明したごとく︑鉱物資源を最終資本財
とみなして︑一国の資源産業を考察することにある︒
ところで︑資源消費国は︑ユーザーとしてその鉱物資源をどういつだ形態で取り扱うか︑確保するかにある︒資源
不足国で︑近年の経済成長の高度化により︑益々その必要にせまられ︑かつ資源の依存度が高いところがら︑国内の
付加価値を高めるといった一石二鳥を狙うとすれぽ︑その国は鉱山の採掘源を支配したくなるであろう︒例︑兄ば︑わ
が国のごときは︑その主要資源の需・給状態から︑海外依存度をみると︑表2の示すように︑きわめて高い数値であ
る︒さらに五〇年度には予測値として︑その数値は上昇するぽかりである︒
このように高い海外依存度を示すわが国にてみるかぎり︑今後ますます安定的供給が望まれると同時に安価なこと
を願うのは当然であろう︒さらに︑表3にてもわかるように︑製錬︑精製といった加工部門と採掘部門とを比べてみ
103
表3 企業経営構造の内外比
(1969年)
経営構造〔注2〕
製 錬 採掘部門: 部門…
(精製)
(精練量)
18
0
15
0
:100 100
.100
:100
日 銅 ニヅケル
ア ル ミ
本 石 油
〔注3〕
製錬各社 117千トン 製錬各社. 0千トン
製錬各社.89
精製各社 0648千トン 11千トン 591千トン 166百万kI
89 100 114 117
:100
:10D
:100
:10り
海1 銅 :アナコンダミ542千トン ッケル イ ン コ!113千トン.
旨二
兆ル部∵;講論
611千トン 173千トン 1,450千トン 284百万kl 出所:資源問題の展望(資源白書)1971年43ページ。
注1 国内鉱+海外開発参加鉱のメタル量 注2 製錬部門を100に塗一して採算したもの 注3 製錬各社の自社生産十開発輸入
ると︑海外企業には到底及びもっかない加工偏向型を示
している︒
これら一連のわが国の指標は︑資源需要は増大し︑海
外資源への依存度は高くなるぽかりであるのに︑他方で
は︑採掘部門をもたないといった資源産業体制が明確と
なる︒そこで主要資源の輸入は︑最終資本財として鉱
石︑原油︑原木といった形態で行なわれ︑加工部門が発
展していることになる︒したがって資源の最終資本財を
資源利用国︵輸入国︶と資源保有国︵輸出国︶がどうい
つだ形態で取引するかを十分に注目すべきである︒他
に︑巨大国際資本による支配は︑垂直的統合︵<震江︒﹄
冒8αq砂口8︶といった形式をとっている︒それは資源の
開発︑生産から輸送︑製錬︑精製︑配給︑販売の各事業
が同一企業での一貫した体系でなされている︒
かかることより︑わが国の加工部門偏向型資源産業体
制が︑欧米先進国と比べて︑開発︑採掘部門を有さない
点︑さらに付加価値の高いアップ・ストリーム部門への
104
資源問題の意義と性格
表4 わが国の総輸入に占める鉱物資源輸入のシェア
1 35年
(金額単位:百万ドル)
40年 45年 金細構成比金額構成比金額構成比
総 輸 入.4,491100.0 8,169「100.OE18,880100.0
鉱物資源輸入 1,736
鉄鉱原料
444 9.9非鉄金属材料 229 5.1
非金属鉱物 103 2.3 鉱物性燃料 741
鉄鋼製品: 84
非鉄金属製品 98
金属製品 10
非金属鉱物製品 27 0.6
.一一. y一一一P 一一一 38.7 : 3,265
16.5 1,626
L9
2.2
0.2
40.0 8,361 44.3 677 8.3 1,549 8,2 342 4.2 1,147 6.1 r
I
149 1.8 . 304 1.6 i19.9 1 3,905 . 20.7 141 1.7 1 276 1,4
…一一・一一.旨 247 3.1. 945 5.0旨
24 0.3! 71 0.4I
I
59 0.7 E 163 0。9 1一一.
一1端
R
一J
柳 庫 謝
白干
債
展望
題の
問
源
平
・ ︐所
出 ︵1︶進出が︑自主開発という形で主張されたのである︒もっとも開発リスクと規模の経済という視点から︑資本集約的資源産業の巨大企業化が出現する素地が十分あったことも実証ずみである︒ ともあれ資源産業体制から論ぜられる資源は︑それが最終資本財において︑どのような形態の財として取り引きされるかによって体制が変ることがわかるであろう︒例えば︑わが国の資源輸入構造は︑地金などの製品に比べて粗原材料︑つまり鉱石︑原油などの依存度がきわめて高い︒それは表4にて示される︒資源輸入のうち︑鉱物資源輸入は四四・三%を占め︑その他︑鉄鉱︑非鉄金属などの原材料は︑それらの製品輸入に比べると︑大きなシェアを占めている︒それは圧倒的に鉱石︑原油等のウェイトが高く︑これに対して諸外国においては︑鉱石類と製品の輸入は二対一程度であることが明らかにされて
︹2︶いる︒
鵬
これは他の分析によれぽ︑すなわち資源産業の採掘部門と加工部門の企業経営構造からの分析からみると︑わが国 ︵3︶の資源産業の中でも比較的採掘部門の比率が高い銅にあっても︑製錬量に対する採掘銅量の比率は︑一八%である︒
さらにこれらを国際大資本に比較してみると︑その実体がよくわかる︒これは表3にて示されている︒この加工部門
偏向型産業体制がもたらすものは︑資源企業体質の脆弱性と資源の供給体制の不安定性とであることが強調される︒ ︵4︶なおそれらが今後の資源産業の問題を生じているとして次の諸点があげられている︒すなわち︑ω資源産業の収益の
場が一般に採掘部門にあること︒②したがって加工部門偏向型では当然に低収益性をまぬがれず︑企業規模も大きく
なりえないこと︒㈹このことにより日本の資源産業は価格︑量の両面で海外市場従属型とならざるをえないこと︑な
どである︒
これらの点は確かにわが国の産業構造からみて︑資源産業の脆弱性を示すところであり︑とくに国際資源の点で
は︑国際価格の急変など︑まったく一握りの国際勢力によって動かされる企業体質をもっている︒したがって︑資源
の低廉的︑安定的供給の実体は︑加工部門のみに依存する資源産業が︑今後採掘部門への進出をはかるべきだという
ことが提言される結果をまねいている︒けだしそうした方向が︑現在︑将来に向ってどの程度可能であるか︑甚だ疑
問である︒それはわが国の資源開発輸入の対象国がおもに低開発国であるため︑それらの国の工業化の方向が︑自国
の資源を中心とした経済発展を望むところであり︑重要産品として国益を守ろうとしているからである︒確かにその
点︑援助とリンクされた資源開発を考慮するのでなけれぽ︑新しい資源産業が国際経済の再編成の中で調整できない
ことも考えるべきであろう︒
ところで︑こうしたわが国の資源産業の方向を探り出すことによって︑加工部門偏向型から採掘部門進出への指針
106
資源問題の意義と性格
がえられたが︑ここで︑さらに資源を資本財からみるという視点からの考察をおこなってみよう︒
それは採掘された鉱石︑原油などを輸入する︑つまり国内産業からみれば鉱石輸入︑加工︑製錬.精製といった体
制である︒したがってこの場合には︑鉱石資源を最終財として鉱石とみなす点からの︑輸入国の資源産業を考えるも
のである︒この場合採掘部門が資源保有国または国際企業によるかは別として︑資源輸入国の立場からすれぽ鉱石︑
原油を最終資本財として輸入し︑輸入国での加工一製錬・精製−販売といった体制をとることになる︒もっともこれ
は加工部門︑販売部門の一貫体制であるため︑資源供給国たる保有国の供給条件に依存しなければならない︒したが
って価格条件はもとより︑供給安定条件などの面では供給国の従属的関係におかれることになる︒
それらの点を考慮すると確かに加工部門に偏向的な産業体制にあっては︑不利な条件下におかれることになる︒こ
れを巨大な国際企業の枠組の中で︑採掘︑加工︑販売部門を握る垂直的統合方式をとる資源産業体制と比較すると︑
あらゆる面で不安定条件がつきまとうことになる︒しかしこうした資源の国際化は︑寡占︑独占体制の下におかれ︑
国際分業体制を崩壊することになる︒これは国際資源を論ずる場合の大きなデメリットであり︑かつ国際分業体制を
未発達に追いこんだ点でもある︒
それも資源保有国が植民地として従属的支配下におかれ︑かつ資源が軍事戦略にとって重要な要素であったため︑
他の産業と全く相違した体制をとるようになったともいえる︒そうした状況も︑旧植民地が独立し自立国家として発
展をとげるための方向に変わりつつある現在︑当然のこととして変化を余儀なくされている︒それは同時に南の低開
発国の経済発展を援助する北の先進国の当然の義務として︑いわゆる南北問題といった視角から考えられなけれぽな 獅らない︒かつそれは南北貿易の再編成を確立する方向での問題でもある︒
したがって︑資源を資本財としてみる単純な方式も︑最終資本財として鉱石︑原油を対象にするのか︑それとも低
開発資源保有国の工業化を促進するために︑その最終資本財を半加工品または加工品として取り扱うのか︒それらの
分業形体が︑供給国の資源産業を発展させる意味においても︑また国際分業体制を確立する意味においても︑重要な
視点となることはいうまでもない︒それには資源供給国と需要国との間での協調的︑つまり広義には︑国際分業の再
編成という視点からの接近によってのみ可能である︒それにはまず国際寡占体制をとる欧米国際資源企業の垂直的統
合体制と︑加工部門偏向型資源産業体制との変革をどのように考えるべきかであろう︒そこで次に問題となるのが︑
そうした巨大企業の天然資源への直接投資の性格と形態についての論議である︒
豆 資源開発投資
資源産業はこれまでの自国内の原料もしくは輸入原料を最終財として確保し︑市場を十分に確保した段階において
は︑さらに海外の原料資源を支配する方向へと行動する︒それは︑明らかに一国の資源産業からすれば︑低廉にして
安定的な原料資源獲得という動機によって︑海外の原料資源開発への投資をする︒それは他の面では︑採掘部門にお
いて収益性が高く︑前述のごとく採掘部門をもたないと価格︑数量の面で海外市場従属型の資源産業にならざるを︑兄
ない点にも見出される︒したがって資源供給にあたって量的に主体性をもちえないぽかりか︑価格的にも海外からの ︵5︶輸入原料の価格変動をそのまま国内に反映せざるをえないことになる︒
そこで原料資源獲得のために︑大規模な対外投資が行なわれ︑それも資源開発投資として鉱物資源を非最終資本財
とみなしてのきわめて大きなリスクを伴う資源開発がなされるのである︒もっとも対外直接投資のパターンは︑その
談因なり︑類型から︑資源指向型または輸入促進型︑市場指向型または輸出代替型︑生産要素指向型などの分類がな
108
資源問題の意義と性格
されるが︑ここでの焦点は第一の資源指向型にある︒それは先進工業国の資源指向的︑つまり資源開発向け投資とし
ての性格をさぐり出すことである︒だが︑原料資源に対する大規模な直接投資もその動機はきわめて複雑なものを含
んでいる︒ ︵6︶ ヴァーノン教授によれば︑その基本的内容を次のように説明している︒まず独立性を有する原料の供給源の数が少
なければ︑その原料に依存する製造企業は︑原料不足のさいに発生する事態について不安を抱かざるをえない︒まし
てや原料供給のいくつかが同時に製造にもたずさわっている場合には︑この不安はより切実なものとなる︒⁝⁝こう
した状況に対し︑製造企業としては︑当然のことながら自社が支配する原料資源の確保を志向することになると︒こ
うした説明を要約すると︑ いわゆる資源輸入国が単に加工︑製錬にとどまらず︑その原料供給源まで支配すること
と︑かつその供給源が多数に分散していることが効果的であることの論拠にすぎない︒つまり資源の垂直的統合であ
って採掘部門−加工部門−販売部門といったルートをすべて麦配する資源産業のあり方を示したものである︒
その点︑一国の資源産業から展望すれぽ︑確かに安定的な供給源は自国で支配または統制しうる原料資源をもつこ
とである︒他方︑企業をして原料供給をにぎることは︑原料価格面において製造部門のみの企業よりはるかに優位と
なる︒それは特に原料不足の際に明白な事情となって展開する︒もっとも︑こうした採掘部門までの世界的な直接的
支配が︑世界資源産業の国際分業体制を未発達な状態におとし入れる大きな原因である︒したがって︑先進国の開発
輸入が輸入貸付や資本参加輸入貸付の段階より︑さらに進んだ自国資本のマジョリティをえて︑鉱山︑油田などの採
鉱と開発をおこない︑かつ採掘可能な場合には︑それを自国資源産業の支配体制におく段階にまで進出することにな 09る︒それらが対外投資の単純な動機として・の︑より安価な原料資源の獲得という実態にほかならない︒したがって︑ 1
企業としては︑資源保有国に進出する飛び地企業として存在することになる︒
こうした視点は︑全く先進工業国サイドのものであって︑とくに資源保有国を低開発国とした場合に︑そのような
原料資源の飛び地企業形態が多くみられる︒このことは︑表3でもわかるように︑多国籍⁝企業といわれる巨大国際資
本の麦配下にある︑銅︑ニッケル︑アルミ︑石油といった主要資源の採掘部門への進出が示すところである︒もちろ
ん︑鉱物資源開発ということは︑巨大な資本︑卓越した技術や経営を必要欠くべからざる要因とするため︑現地︵資
源保有低開発国︶の技術︑経営に頼るわけにはいかず︑況してや現地労働の活用さえも不可能な場合が多いので︑あ
る意味では現地開発をしながらも現地への波及効果が少ない点があることも見のがせない︒ ︵7︶ さらに︑鉱物資源の開発となると︑偶然性に依存する度合が大きいので︑企業という観点からは︑コストの最小化
はある程度犠牲にしても︑供給源の複雑化と地理的な分散をはかるという強いインセソテブが存在するといわれる︒
事実︑鉱物資源開発への投資は︑大規模な危険性の多い事業ともいえる直接投資である︒さらにそれは政府投資によ
るものでなく︑民間外国直接投資の典型的形態をそなえたものである︒したがって︑そうした危険性の高い︑新しい
鉱物資源開発には︑通常︑企業行動として原油や鉱物の探査︑採掘に関するジョイント・ベンチャーの形成がみられ
るわけである︒
それは︑すでに原料資源開発から最終市場にいたるまで︑その活動範囲を拡大した巨大な国際企業が︑巨大な原料 ︵8︶供給企業として汎世界的な規模で活動する兵靖組織︵9αQδσ餌=oσqδ口︒巴ω︽ω8ヨ︶として認識されるまでにいたって
いる︒世界各地の油田や採掘場から世界各地に分散した市場へ︑採算のとれるかぎり︑いかなるチャンネルをも使用
して原料を供給する多国籍企業として活躍するにいたっている︒その点︑資源の国際的寡占体制成立の背景には︑個
110
資源問題の意義と性格
別資源産業からみると鉄鋼︑石炭業が主要先進工業国の基幹産業として当初から﹁土着化﹂した形で発展した﹁国内
志向型﹂であるのに︑他方石油︑非鉄金属資源は︑その賦存状態が世界的に偏在し︑ ﹁需・給の双極化﹂現象を生 ︵9︶じ︑ ﹁対外志向型﹂ないしは﹁国際志向型﹂を示したことが明らかにされている︒この前者の資源パターンが一九世
紀にみられた主要因であり︑後者のパターンが二〇世紀型であるといわれている︒論拠の正当性は別としてこうした
区分からみると︑資源の国際化への志向が多国籍企業を生み出したといえる︒
こうした視角は資源開発投資を資源輸入国︑つまり先進工業国側からのものである︒しかし資源保有国側からする
考察も当然必要である︒ただし開発投資となると︑大規模な開発資本が必要であり︑卓越した開発技術︑経営が欠く
ことのできない必須条件であれぽ︑新興独立国の典型的条件の下では︑そうした投資は到底なしえないことである︒
また先進投資国にしても採算ベースにのった産出量を有する鉱山や油田を発見するのは至難の業である︒さらに受入
れ国政府としても︑自国の主権にのっとる統制力を維持しようとして︑投入国との間での摩擦は高まり︑緊迫状態が
生ずる︒これは土着ナショナリズムとして︑旧植民地主義の禍根がそのまま資源問題にもちこまれてきている︒
最近︑外国投資に対する資源保有国の活発な議論がおこなわれ︑特にラテン・アメリカ経済圏においてその動向が
顕著となってきた︒それは天然資源が埋蔵量に限度のあるものであるし︑過去の植民地時代にみられるように︑資源
開発とは名ばかりで︑本国の政府がその必要とする資源を持ち帰って︑結局︑廃城に等しい無価値な鉱山のみが残る
といった状況下におかれた︒したがって︑埋蔵量に限度のある天然資源を採掘する﹁伝統的な﹂直接投資も︑ペルー
府政の過激な措置をはじめとして︑﹁メキシコ化﹂︑﹁チリー化﹂といった受入れ国の政策からくる圧力が強化されてき
︵O﹂た︒もっとも既存外資企業の買収に要されるコストは︑それらの外資企業が将来行なうであろう本国への利益送金Q
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減少という形で相殺されるが︑メキシコ︑チリーでは︑相殺以上のメリットを引き出したといわれている︒そのこと ハロ は次のように要約されている︒第一に︑基幹産業について政府が統制権限をえたので︑政治的な気分一新と︑経済的
な副次効果をえたこと︒チリーの銅鉱山の増産計画樹立︑メキシコの電力料金引上げ︑メキシコの硫黄鉱山開発計画
の設定などである︒第二に︑垂直的統合の事業に経営参加することによって︑コスト計算上の情報が入手し︑猛るこ
と︒第三に︑長期間外資の支配下にあった国家経済の司令高地を取り戻すことは︑他の方法で実現でぎない資本蓄積
を可能にすること︒第四に︑外国資本を伝統的な直接投資部門から締め出し︑新規事業活動へと転換すれば︑直接投
資による技術的貢献と危険負担は一層大きいものとなるので︑外国資本は懸命の努力をせざるをえないこと︑などが
あげられている︒そこで一九六〇年代のラテン・アメリカに対する米国の新規直接投資は︑製造工業のごとき新しい
事業分野に進出している現象があらわれはじめている︒
さらに︑天然資源に対する補完的要素が存在しないと︑その資源が未利用なものとして放置される︒その補完的要
素のもっとも重要なものとして資本があげられる︒と同時に資源産業にとって大切なことは︑こうした開発投資に対
してさらに補完的役割をはたす社会的間接資本の投資である︒とくに資源保有国が低開発国という貧困国のケースで
は︑外国資本はそれらの国に欠けている生産要素︑つまり現地にて実際に活用されている要素さらにの補完的役割を
はたす資本投資によって︑経済開発への最大の効果を生み出している︒しかし︑外国資本に対する排除の動向は︑国
有化という潮流の中で大きな変化をもたらすので︑それを見こんで米国は早期に︑資本を順序よく現地経済へ譲渡す
る︑ つまり財産を外国人所有者から自国内所有者に移転することを考えるべきだとの提案がなされている︒これは ヘロ 9く①馨ヨ⑦鴛メカニズムといわれ︑ ハーシュマソ教授によって主張された︒すでに現今に至っては︑ラテン・アメリ
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