• 検索結果がありません。

汽水域としての「東スラヴ文化圏」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "汽水域としての「東スラヴ文化圏」"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

沼野恭子(東京外国語大学) 3 汽水域としての「東スラヴ文化圏」

汽水域としての「東スラヴ文化圏」

沼野 恭子

(東京外国語大学)

科学研究費基盤(B)により「ロシア・ウクライナ・ベラルーシの文学と社会に関する 跨橋的研究」を進めてきた私たちは、3 年間の共同研究の締めくくりとして、2017 年 11 月1日(水)にシンポジウム「文化の汽水域~東スラヴ世界の文化的諸相をめぐって~」

を開催した。

「汽水域」とは耳慣れない言葉だが、河口や湾などの、淡水と海水が混じり合う水域の ことをいう。本来なら混在することのない淡水と海水がともにあるため、塩分濃度が多様 化し、独特の豊かな生物環境を生みだすとされる。私たちは、この〈境界〉的な領域であ る「汽水域」が、ロシア・ウクライナ・ベラルーシに跨る「東スラヴ文化圏」のメタファ ーとしていかにも相応しいのではないかと考えた。この地域は、ヨーロッパという〈中心〉

からすると〈周縁〉に流れこむ河口のような場に位置しており、それが故に複雑な歴史と 重層的で豊かな文化を形作ってきたのではなかったか。

研究プロジェクト「ロシア・ウクライナ・ベラルーシの文学と社会に関する跨橋的研究」

のこれまでの活動を振り返ると、2015年度には、8月 3日から8日まで幕張で行われた

「国際中欧・東欧研究協連絡議会(ICCEES)」第9回世界大会に、メンバーがそれぞれの 関心にしたがってさまざまなセクションに参加したことに加え、8月7日(金)にこの国 際学会の特別企画であるシンポジウム「スラヴ文学は国境を越えて――ロシア・ウクライ ナ・ヨーロッパと日本」をサポートした。パネリストとして、ロシア語作家アンドレイ・

クルコフ(ウクライナ/イギリス)、ロシア語・ドイツ語のバイリンガル作家ミハイル・

シーシキン(ロシア/スイス)、クロアチア出身の作家ドゥブラフカ・ウグレシッチ(ク ロアチア/オランダ)、日本語・ドイツ語のバイリンガル作家、多和田葉子(ドイツ/日 本)という多彩な顔ぶれが揃ったのは圧巻であった。ユーロマイダン革命に始まる「ウク ライナ危機」を受け、作家たちは文学と政治の関係を真摯に語ってくれた。シンポジウム のメッセージに掲げたとおり、まさに「大砲がうなりをあげる時でも、ミューズは沈黙し ない」のである。

2016年度には、ノーベル文学賞を受賞したロシア語作家スヴェトラーナ・アレクシエー ヴィチ(ベラルーシ)を東京外国語大学に招聘し、名誉博士号授与式に続く「記念講演会」

(2)

4 国際シンポジウム「文化の汽水域~東スラヴ世界の文化的諸相をめぐって~」報告集

および「学生との対話会」を実現させた。周知のように、アレクシエーヴィチは、ロシア・

ウクライナ・ベラルーシを含む旧ソ連地域に住む人々の〈集合的記憶〉のありようを長年 にわたって模索し、〈小さな人々〉の声を世界に届けてきた作家だ。日本滞在は限られた 短い時間だったが、彼女自身の肉声を耳にし「対話」できたことは、学生たちにとって強 烈な刺激となったに違いない。福島にまで足を伸ばしたノーベル文学賞作家に対するマス コミの関心は非常に高く、日本社会に向けて研究成果を発信するという研究プロジェクト の目的のひとつは自ずと達成された。

そして 2017年度(研究プロジェクトの最終年度)に、シンポジウム「文化の汽水域~

東スラヴ世界の文化的諸相をめぐって~」を実施し、これまでの総括とした。本プロシー ディングズからおわかりいただけるように、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの言語や文 学や歴史、およびそれらの相互関係についての報告が並んだ。奇しくも、アレクシエーヴ ィチの文学的手法に関する越野剛氏の発表と、彼女の社会的なアイデンティティに触れた 塩川伸明氏の発表が、最初と最後で呼応するというユニークな〈円環〉的構成になった。

国際的にも本格的なアレクシエーヴィチ研究は緒に就いたばかりである。今回のシンポジ ウムが、今後アレクシエーヴィチ研究が多角的に発展していくうえでの重要な一歩となる ことを願っている。

地域横断的・ジャンル縦断的な共同研究がもたらす最大の利点は、研究者が陥りがちな 単眼的なアプローチから脱して多角的なまなざしを得ることにより、価値観を相対化でき るということだろう。これはとりわけロシアを中心に研究している者にとって大事なこと で、もちろんロシアそのものも多様ではあるものの、研究対象と一体化しすぎると、とか く〈他者〉からの批判的言説を受け入れられなくなる危険がある。ウクライナ・ベラルー シからのまなざしを重視するのは、〈ロシアらしさ〉を追求するという本質主義ではなく、

この東スラヴ文化圏における「異種混淆性」の実態やその文学的表象を考察して、ポスト コロニアル的なアプローチを取り入れるためでもある。

ロシアに対して、ウクライナとベラルーシはそれぞれ異なる関係性を築いてきたように 見える。それはいったいなぜなのか。歴史や文化の複雑に絡み合った糸を丁寧に、根気よ くほぐしながら明らかにしていくしかないが、そうしたプロセスの中から、ロシアを〈異 化〉する複眼的な方法論を確立していくことができるのではないだろうか。

参照

関連したドキュメント

湖水をわたりとんねるをくぐり 日が照っても雨のふる 汽車に乗って

④日常生活の中で「かキ,久ケ,.」音 を含むことばの口声模倣や呼気模倣(息づかい

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

概要・目標 地域社会の発展や安全・安心の向上に取り組み、地域活性化 を目的としたプログラムの実施や緑化を推進していきます

東京 2020 大会閉幕後も、自らの人格形成を促し、国際社会や地

18.5グラムのタンパク質、合計326 キロカロリーを含む朝食を摂った 場合は、摂らなかった場合に比べ

本市においては、良好な居住環境の保全を図るため、用途地域指定

また,この領域では透水性の高い地 質構造に対して効果的にグラウト孔 を配置するために,カバーロックと