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現代タイにおけるグッドガバナンスの一断面

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現代タイにおけるグッドガバナンスの一断面

一相互行為の過程で語られる「 良き」統治‑

高城 玲

1. はじめに

1990年 代 以 降、 主 に国際機 構 を中心 に して グ ッ ド ・ガバ ナ ンス(good governance:良 き統 治)の議論 が注 目され てい る 特 に、 国際 的 な開発援 助 の分野 において、 国連 システム としての世界銀行やIMF(国際通貨基金)、

OECD

(経済協力 開発機構)

、UNDP(

国連 開発計画)な どが1、経済発展 に必 要不可欠なもの として重要視 しているのが、 グ ッ ド・ガバ ナ ンスだ と言 える

近年の開発援助の世界 において、 このグッ ド ・ガバ ナ ンスが、実際の援助の 可否や多寡、選択 と集中を判断 してい く際の、ひとつの重要 な判断基準 となっ ているのである。

しか しなが らこの概念は、そ もそ も何が グ ッ ドとされ、 ガバナ ンス とは和 何 なるものなのか とい う点 に関 して、論 じる主体 によって多様 な差異 を含み 持つ概念で もある。そ うした多様 な差異 を捨象 し、均質で単一的な価値基準 のみで、世界各国の援助 を判断 してい くことに対 しては、 これ まで もい くつ か批判 の眼が向け られて きた2。 そ こでは、 国際機構 や援助す る側 の視点 と 論理があま りに も優越 してお り、具体的な現地社会の実態や論理、多様性 を 軽視 しす ぎていることが指摘 されている

本稿 は、 タイでの事例 を題材 に、 グッ ド ・ガバナ ンスに関す る現地社会の 実態 と論理の一断面 を明 らか にす ることを目的 とす る。特 に、 タイの農村社 会 とい う行政末端 の政治的な統治の場 において、何が具体的に 「良 き」 もの として語 られ、行為 されているのか とい う微視的な側面 に焦点 を当てること

1 そ れ ぞ れIMF(InternationalMonetaryFund)OECD(OrganisationforEconomic CooperationandDevelopment)、UNDP(UnitedNationsDevelopmentProgram)0 2この点に関しては、井上 [2006]や佐 藤 [2001]、下村 [2006]などを参照。

(2)

PrqjectPaperNo.20

で、現地の実態 をその文脈の内側か ら検討 したい。つ ま り本稿は、統治の現 場か ら遠い ところで策定 される制度的なグッ ド・ガバナ ンス論ではな く、人々 がそ うした制度や統治を日々生 きている行為の過程 に視座 を定め、その地平 か らグッ ド・ガバナ ンスの もうひとつの側面 に光 を当てる試みで もある

以下、 まず2ではこれ までの国際機構 で議論 されて きたグ ッ ド・ガバナ ン ス論 を簡単 に振 り返 りなが ら、指摘 され る問題点 を確認す る。次 に3では、

事例 として取 りあげるタイの社会的な論調 において、グッ ド ・ガバナ ンス論 やガバナ ンス論が どの ように展 開 されて きたのか を概観す る。その上で4で は、 タイ中部の農村 における、国家や行政が積極的に住民に関わる統治の現 場 に焦点 を当てる。国家 による研修や訓練の場所 などにおける具体的な人々 の相互行為 にまで分析の根 を下 ろし、そこで何が 「良 き」統治 として語 られ 行為 されてい くのか、 フィール ドワークによるデータか ら明 らかに してい き たい。

2. 国際援助機 構 のグッド・ ガバ ナンス論

ガバナ ンス という言葉は、今 日ではよ く使われる言葉であるが、一般的用 語 として古 くか ら使われて きたわけではない。現在のガバナ ンス論に連なる 用語 としてこの言葉が最初 に使用 されたのは

、1 9 8 9

年の世界銀行 によるアフ リカ開発 に関する報告書 においてである

[ Wo r l dBa n k1 9 8 9

]。この背景には、

1 9 8 0

年代 に世界銀行が経済面で進めた構造調整 による開発援助 プログラムが うま く機能 しなかったことが指摘 される3。何故 うま く機能 しなかったのか という問いに対する答えが、被援助国側の意志決定プロセスや制度のあ り方 という政治的なガバナ ンスの問題 として提示 されたのである

1 9 8 9

年の世銀報告書では、サハ ラ以南のアフリカの開発が うまくい くため にはガバナ ンスが重要だとい う認識が強調 され、それに引 き続 く

1 9 9 2

年の報 告書では、「ガバ ナ ンス とは、ある国の経済的 ・社会的資源 を開発す るため

3グッド・ガバナンス論が登場してきた背景としては、他 に、冷戦終結による環境の変化、世界 的 な民主化の動き、援助する側がそれまで長年の援助に疲弊していたこと、紛争予 防としてガバナン スの重要性が認識され出したことなどが挙げらjtる。この点に関しては佐藤 [2001]などを参照。

(3)

現 代タイにおけるグソド・ガバナンスの一断面

に活用する際の権力行使のあ り方」[WorldBank

1 9 9 2: Ⅴ

] とされている4。

1 9 8 0

年代末 までの国際機構 による開発援助の基本的な 目的が、経済的な発展 の推進にあ り、対象 も経済分野か社会分野 に集中 していた とい うスタンスか ら見ると、上記の

1 9 8 9

年世銀報告書 に見 られるような政治的なガバナ ンスの 概念は、その後の開発援助の新たな方向を示唆す るひとつのターニ ングポイ

ン トだったと言える。

世銀 と歩調 を合 わせ た

I MF

も、 『グッ ド ・ガバナ ンス

ーI MF

の役割』 と題 する報告書で、経済の繁栄のためには、あ らゆる面でのグッ ド・ガバナ ンス、

す なわち、法 の支配、公的部門の効率 と説明責任、腐敗 との戦 いな どが不 可欠であることを指摘 している

[ I MF1 9 9 7

]。その後、政治的なガバナ ンス 概念重視への傾斜 は、世銀が

1 9 9 9

年 に 「包括的な開発の枠組み」の中で、持 続的成長 と経済的な貧困撲滅のためには、「良い清潔な政府(goodandclean government)」が必要不可欠だ とす ることで強 まっていった [WorldBank

1 9 9 9

]。

OECDの開発援助委員会であるDAC(DevelopmentAssistanceCommittee) も、貧困の解消や経済発展 にとって、人権や参加、民主主義、 グッ ド・ガバ ナ ンスなどの重要性 を指摘 している [DAC/OECD

1 9 9 6

]。UNDPは よ り政 治面での言及 に踏み込んで、援助 はグッ ド ・ガバナ ンスの促進 を支援するも のであると位置づ け、政府がNGOな どと共 に取 り組 む よう支援す る と明記

している [UNDP

1 9 9 7

]。

こうした国際的な流れの中で、 日本のJICA(国際協力事業団 [現国際協力 機構

]:

JapanInternationalCooperationAgency)も

1 9 9 5

年 の 『参加型開発 と良い統治』 とい う報告書の中で、良い統治の概念 を、民主化志向を持 って いるか否かの 「国家のあ り方」 と、政府が効果的 ・効率的に機能 し得 るか と いう 「政府の機能のあ り方」のふたつに区分 して議論 している [国際協力事 業 団

1 9 9 5: 2 8 ‑ 3 2

]。 ここでは、民主化‑ の動 きをグ ッ ド・ガバ ナ ンスの重 要要素 としている点が特徴的である。

上記のように、主に国際的な援助機構で主導 されて きたグッ ド・ガバナ ン

4具体的には、ガバナンスの要素として、公的部 門の効率性、予測可能な法制度、説明責任、

透明性、情報公開などを挙げている[WorldBank1992:3‑6]。

(4)

PrqjectPaperNo.20

ス論は、政治面への傾斜 を強めなが ら相互 に関連 してお り、最大公約数的な 標準的 グ ッ ド ・ガバ ナ ンス論 として整理す ることがで きる。標準的なグ ッ ド・ガバナ ンス論の構成要素 として指摘 されるのは、民主化、政府の椎力行 使のあ り方 (説明責任、透明性、公開性)、法の支配の確立、有効 に機能する 公的部門、汚職 ・腐敗への抑制、過度の軍事支出‑の抑制 などである [下村 2006:37‑38] 。

しか しなが ら、こうした国際援助機構 による標準的なグッ ド・ガバナ ンス 論 にはい くつかの批判が寄せ られている5。 ここでは中で も、次の批判 に注 目したい。つ ま り、歴史的 ・社会的 ・文化的背景に根 ざす被援助国家の多様 な特性 に対す る配慮が不十分 なまま、 グッ ド ・ガバナ ンス とい う西欧社会の 価値観 を画一的に適用 して良いのか とい う批判である6。つ ま り、国際機構 の標準的な議論 は、社会の多様性 を捨象 したあま りにも平板で画一的なもの として対象国家 を捉 えす ぎてお り、多様 な歴史や文化 を持 った社会の具体的 な事例 に十分な注意 を向けないままに、国内政治に介入 しているというので ある。

国際援助機構が主導する標準的なグッ ド ・ガバナ ンス論 を、対象社会に画 一的制度 として適用 させたとして も、西欧社会に適合的だった制度が、必ず しも他 の社会 にうま く適合す るとは限 らない7。そ こで求め られるのは、多 様 な現地社会の論理 と実態 に注 目し、具体的な統治の現場か ら議論 を立ち上 げるという姿勢であろう。つ ま り、当該社会で、 どのようなガバナンスが焦 点 となってお り、具体的に何が統治の現場で 「良 き」 もの として語 られてい るのか とい うより微細 な視座が必要 とされるのである。

5ここで指摘する批判は、1950年代に展 開された科学的行政管理の途上国行政への導入 (グッド・

ガバメント論)への批判とほぼ同じであると指摘される。対象社会への十分な理解を欠くままに導入 されたグッド・ガバメント論は1960年代には行き詰まりを見せ、70年代初頭に消滅している。大西は、

グッド・ガバナンス論もその轍を踏まないようにすべきことを説いている [大西2004].

6他 には次のような批判もある。 国際援助機構が援助 の条件として求めるグッド・ガバナンスが、

被援助 国側の主体性を損なう可能性 についての批判、ガバナンスの不備を理 由とする援助削減に よって最貧層の人々へのダメージが及ぶことへの批判などである。この点に関しては、井上 [2006]

や佐藤 [2001]、下村 [2006〕などを参照。

7ノースは、公式の制 度が導 入されたとしても、それに関連する慣行や歴 史、文化などの非公 式 な制 度が対応 しない限り、制 度 は当初 の意 図通 りに機 能しないことを指 摘 している[North 1990]

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現 代 タイにおけるケンド・ガハナンスの一 断面

以下本稿では、 タイを事例 に して、 グッ ド ・ガバ ナ ンスに関す る現地社会 の論理 と実態の一断面 に焦点 を当ててい きたい。

3. ガバナンス論とタイ

ここでは、事例 として取 りあげるタイの社会的な論調 において、 ガバ ナ ン ス論や グッ ド ・ガバナ ンス論が どの ような文脈で捉 え られ、論 じられて きた のか まずは概観 してお きたい。

タイにおいて、 ガバナ ンス論、 グ ッ ド ・ガバナ ンス論が積極的に語 られ出 したのは、1997年7月のアジア通貨危機 の発生以降である。バー ツ下落 をきっ かけに危機の震源地 となった タイは、その後IMFや世界銀行、 日本 などか ら

1 7

2億 ドルに も及ぶ巨額の融 資 を受 けることとなる。その際 に、 国際機構 か ら支援の コンデ ィシ ョナ リテ ィとして厳 しく求め られたのが、ガバナ ンス論、

グッ ド ・ガバナ ンス論 な どを背景 とす る様 々な条件や制度の整備 であった8。

これを契機 に、 タイ国内で もガバナ ンスをめ ぐる議論が積極 的になされてい くが、その文脈 は必ず しも国際機構が意図す るような標準 的な議論の枠 には 収 まりきらなかった。以下では、具体 的にタイ国内で巻 き起 こされたガバ ナ

ンスの社会的議論 を簡単 に紹介 してお きたい。

最初 に、テ ィラユ ツ ト ・ブ ンミ‑ (ThirayutBunmi)98こよって提唱 された タンマ ラッ ト(thammarat)の議論 を取 りあげる必要があるだろう10。 この言 葉 はサ クスク リッ ト語の タンマ (ダルマ)か ら来ている。 タンマは仏法や仏教 上の道義 ・正義 な どを意味 し、 ラッ トとは国家 を意味す るので、 タンマ ラッ トとは 「仏教的な正義 にかなった国家の運営」 とい う程度の意味になる。 こ こで注 目すべ きは、 グッ ド・ガバ ナ ンス とい う言葉が、 タイにおいてはこの タンマ ラッ トとい う概念 に翻訳 さゴ1て流布 した とい う点である。テ ィラエ ツ

トによれば、 タンマ ラッ トは次の10の実践か ら成 り立つ とされる

8この間のタイにおける政治 ・行政の変革については、玉田/船津編 [2008]を参照。

9ティラエツトは、1970年代のタイにおける民主化を求めた学生運動指導者の一人で、現在 は大 学で教職に就いている。評論活動を通して現代タイ社会‑の影響力も大きい。

10この議論はタイの代表的新聞マテイチョンでも取りあげられた [MatichonRaiwan1998.1.26]o

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PrqjectPaperNo.20

第1に、 (通貨)危機の中にあって も国民の力 を結集すること、第2に、国民 が積極的に参加 しなが ら、今 回の危機の原因を徹底的に究明す ること、第3 に、透明で公正 な、かつ説明責任 を果たす公共サー ビスを実施す ること、第 4に、経済の問題 を社会や文化 などと関連づけなが ら考慮すべ きこと、第5に、

拙速 を避け長期的な視点 にたった経済回復の道 を目指す こと、第6に、国家 的な意志決定 に国民 を参加 させ る制度 を構築すること、第7に、国際的な外 部の機関に主導 された改革ではな く、 タイ独 自の 自主的な自己改革の道 を探 ること、第8に、国王が提唱 した 「ほどほどの経済」 を実施す ること、第9に、

消費者 を重視 し情報 を開示する道筋 をつけること、第10に、国民や各地に存 在する地域社会 (コミュニテ ィ)が保持 している力強 さを育成 してい くこと、

とい う10項 目である。

ここで注 目してお きたいのは、国際的な外部の機関に主導 された改革では な く、経済の問題 を社会や文化 に関連づけなが ら、 タイ独 自の改革の道 を探 るべ きだ と指摘 している点である。 この点は、標準的なグッ ド・ガバナンス 論‑の批判 として、本稿の2で も見た とお り、多様 な社会や文化 に も注意 を 向けるべ きだ と指摘 された点に呼応 している。

そ して、 タンマラッ ト論で具体的な実践項 目に含 まれるのが、国王の 「ほ どほどの経済」や強固な地域社会 (コミュニテ ィ)の育成である。 この2点は、

タイにおけるタンマラッ ト、 グッ ド・ガバナ ンス論の重要 な論調 とも重な り 重要なので、それぞれ具体的に見てお きたい。

まず、「ほ どほ どの経済」論 は、1997年12月の国王誕生 日前 日に行われた 毎年恒例の国王講話 に端 を発す る。 まさに時期的に通貨危機のまっただ中で ある。講話の中で国王は 「(経済の)虎 になることが重要 なのではない。大切 なのはち ょうど生活で きるだけのほ どほ どの経済 なのだ11と述べ ている12

この考 えはその後、 タイ国家経済社会開発庁の政策に引 き継がれ、小委員会 を作 って実施策 を練 るなどの進展 を見せてい く。そこでは、外部社会か ら押

ll [MatichonRaiwan1997.12.5]を参照O

12 ほどほどの経済」 は一般的に 「充足経済」と訳されることや、仏教的な概念を背景としてい ることから、「足を知る経済」と訳されることもある。また、ここで述べられている 「虎」 とは、世 界銀行がかつてタイを、韓 国、香港、台湾、シンガポールに次いで経済的な成長を遂げる 「第5 の虎」と呼んだことを踏まえている。末席 [2009]なども参照。

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現 代タイにおけるグッド・ガバナンスの一断面

し寄せ危機 をもた らす インパ ク トに対 して、 タイ社会 に根付 いて きた知識や 節度、仏教的道理 などによって うま く対応 し、 タイ独 自の道 を歩むべ きこと が説かれている。 こうした独 自の道が タイ的なグ ッ ド ・ガバナ ンス として認 識 されてい くのである

タンマ ラッ トの重要 な項 目として挙 げ られた、地域社会 (コミュニテ ィ)の 育成 に関 しては、マ ヒ ドン医科大学 の副学長 も務 め

、NGO

をは じめ とす る タイ社会の論壇 を牽引 しているプラウェ‑ ト ・ワシ‑(Prau)etWast)医師13

が 「強固な社会」論 を展開 している

プラウェ‑ トは、仏教 の道徳倫理 を基礎 に、地域社 会 (コ ミュニテ ィ;タ イ語 で はチ ュムチ ョン)を経済、社 会、文化 の基本単位 に据 えて、 自給 的 な農業経済 を構想す る。彼 に よれば、「タイ社 会は コ ミュニテ ィの強固 さが 大切 だ と認識すべ きであ り、 コ ミュニテ ィの戦略 を国家の戦略 とすべ きだ」

[Prawet1994a:38] と述べ る。彼 は、 タイの コミュニテ ィには、互いに協 力や協働す る強固な基盤が満 ちあふれてお り、それが本当の意味での タイ独 自の民主主義の単位 になってい くのだ と強調す るのである [Prawet1994b:

15]1̀l

そ して、 この 「強固な社会」論 は、いわば タイ独 自の コ ミュニテ ィを基礎 とする社会的なガバナ ンスの問題 として受け止め られ、具体的な国家の政策 として取 り入れ られていった。つ ま り、1997年 に施行 された新 しい憲法や第 8次国家経済社 会 開発計画15とい う、 まさに国家統 治 の基本的 なあ り方 と開 発政策の基本方針 を定めた計画の中で実現 されていったのである16。

以上、 ここではタイの全 国的なメデ ィアな どで議論 されたガバナ ンス論や グッ ド ・ガバナ ンス論 を概観 した。 グ ッ ド ・ガバナ ンスの概念 として タイで

13プラウェ‑トは早くから医療制度改革にも取 り組み、コミュニティに権 限を移譲することの必要性 を訴えている。1981年にはマグサイサイ賞を受賞し、タイの社 会的な意見形成に非常 に重要な役 割を果たす存在となっている。

141980年代からタイでは 「コミュニティ文化(watthanatham chumchon)」 論と呼ばれる議論も 大きな影響力を持っている。そこでは特に農村部で独 自に育まれてきたタイ固有の価値観や文化を 理想化して称揚 し重視する。この議論の展 開と背景については、北原 [1996]や重富 [2009] Thongchai[2008]を参照。

15NESDB [1997]やThaemsuk [2002]を参照。

16重富 [2009:40‑45]を参照。

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‑ "tLI

ProjectPaperNo.20

議論 された タンマ ラッ トの議論、国王 による 「ほ どほ どの経済」論や、コ ミュ ニテ ィの潜在力 を重視す る 「強固な社会」論、いずれ もが、本稿 の2で確認 した国際機構 による標準的なグ ッ ド ・ガバ ナ ンス論 とは大分差異 を含 んだ独 自の議論がなされていた と言 えるだろ う。そ こでは、 タイの住民 にな じみの 薄いガバ ナ ンスや グッ ド ・ガバ ナ ンスの議論が、積極 的にタイ的な社会、文 化の文脈で翻訳 され、読み替 え られなが ら、独 自のあるべ き姿 に置 き換 え ら れていた。標準的な議論が具体的な社会 に持 ち込 まれた時 には、現地社会の 論理によって、 これだけ大 きな差異 を生み出す とい うことの証左 と見 ること

もで きるだろ う。

そこで、次には分析 の根 をよ り下 におろ し、タイ農村社会の統治の現場で、

具体的に何が 「良 き」統治 として語 られてい くのか、微細 な行為 の過程か ら 検討 してみたい。

4. 相互行為の過程で語られる「良き」統治

‑ タイ農村のフィール ドワークから

4‑1.村の中の国家

タイは、 もともと制度的、公的な官僚機構が比較的発達 した国であると言 われ る。 その意味で、制 度 と しての統 治支配機構 は相 当程度整 え られてい る。国家の諸機 関は、軍、警察か ら県知事、郡長、村長‑ と辺境の村 々にま であまね く行 き渡 る。各地の村落では、様 々なかたちで国家が関係す る行事 や研修訓練 な どが頻繁 に開催 され、住民‑の働 きかけが不断になされている。

主 に開発政策 を題材 に した先行研究ではこの点 を、「村 の中の国家(thestate inthevillage)」 と表現 し、国家が村 の一部 になる程 まで に働 きを強め、介 入 して きた統治、支配のあ り方 を指摘 して きた [Hirsch1989:36]。

本稿 の事例 として取 りあげる調査 地の タイ中部農村 (ナ コンサ ワン県K郡 Dタンポ ン第1村)17で も、国家的行事 としての国王、王妃誕生 日や、村長 な

17タイの地方行政制度は上から順に、県(canguJat)、郡(ambhoe)、行政 区(tambon)、村(mu ban)と訳される.しかし行政 区 (タンポン)と村 (ムー ・バーン)の訳にはゆれがあるので、タンポンに

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現代タイにおけるケノド・カバナンスの一断面

どに対す る研修 のほか、一般住民 に対 して も、農業技術 や保健衛生 を題材 と す る各種 の研修訓練が、大 きな存在感 をもって盛 んに行 われている。 中で も ここでは、概設備利用 に関す る研修 とVillageScout研修訓練 とい う国家や 行 政が積極 的 に住民 に関わ る統治 の現場 に焦点 を当て る18。 そ う した タイの 農村社会 とい う行政末端の政治的な統 治の場 における、具体 的 な人 々の相互 行為 を記述す るこ とで、何 が 「良 き」 もの として語 られ、行為 されているの か とい う微視 的な側面 に焦点 を当ててい きたい19。

412.濯酒設備利用 に関する研修 の相互行為 (事例1)

まず は、調査村 で行 われたK郡 の農業協 同組合事務所所 長 らに よる潅概設 備 を利用 してい る村 民 に対 す る研 修 の様子 を見 てみ たい20(写真1参照)。利 用者委員会 の委員長 には村 民 の中か ら、 タンポ ン行政機構 議会議長21であ る アパ イ22が選 ばれ、研修 当 日もアパ イ宅で行 われた。 ここで注意 してお きた いのは、 タイにおける農業協 同組合 は、住民 らの必要性か ら組織 された もの とい うよ り、 国家側が組織す る官製 の要素が強い とい う点で あ る 従 って、

村 内の委員会 は住民 らによる ものだが、それ を監督す る各郡 にある事務所 の 所長 は役人 と見 なされてい る

午前 中の農作業が一段落 した10時頃に、潅概設備 を利用す る村民が、徒歩 やバ イ クで アパ イ宅 に集 まって くる。会場 の アパ イ宅1階 の吹 き抜 け には、

寺 院か ら借 りた折 りたたみ椅子が40脚程並べ られ、奥正面 に、それ と向かい 合 って大 きな机3つ と、椅子がおかれてい る。集 まった村民 は、途 中での出 入 りが あるが、のべ にす る と40名程で、女性が約半分 を占め る。正面 の机 に

関してはできうる限りカタカナ表記とする。なお、地名は仮名とする0

18研修訓練などの具体 的場所を対象化すべき研究の必要性に関しては、タイの相互行為と社会 秩序をめぐる人類学的研 究史を整理した別稿の中で論じた [高城2009]。

19相互行為ということに着 目し、コミュニティの中で権力を生みだしていく行為 の過程 に関しては、

タイの地方選挙を事例に別稿で論じた。Takagi[1999]や高城 [2002]を参照。

20この事例は1998828日開催の研修である。

21タンポン行政機構議会議長とは、地方行政末端の議会議長である0

22本稿で用いる事例 内の人名は、首相や国王、全 国的に著名な人物などを除いて仮名とする。

(10)

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は、左か ら郡の協 同組合の事務所長、利用者委員会の委員長アパ イ、利用者 委員会副委員長の第8村村長ブ ン、 もう1人の副委員長で第1村村委員など6名 ほどが一般村民 と向かい合 って座 っている。机の上 には造花 も飾 られていた。

研修の内容 としては、農業協 同組合事務所 によって定め られた管理、運営 上における細かな規約の説明が主に行われた。次に引用する発話 は、事務所 長が利用者委員会の役員 を選ぶ意義 について説明 している場面 の ものであ る。事務所長は立ち上が り、身振 りを加 えなが ら、向かい合 って座 っている 村民に語 りかけてい く。

事務所長 :「従 って、農業協 同組合が うま くい くか、いかないかは皆 さんにかかっています。私にかかっているのではあ りません。皆 さん にかかっているとい うことは、 どうい うことなので しょうか。 うまく い くのは、皆 さんが皆 さんのために働 いて くれる管理役員 を選ぶか ら こそなのです。 もし、皆 さんの役員が良ければ、農業協 同組合 もうま くい くで しょう。そ う、 もし、皆 さんが良い役員 を選べば、農業協 同 組合 も良い仕事がで きるで しょう。そ うです。わか りましたか。分かっ た ら、手 を挙げて ください。」

集 まった村民のほとん どが、手 を挙げる。中には両手 を挙げるもの も いる

ここで、行政末端の官僚で もある事務所長の発話にはい くつかの特徴が見 られる。 まず、発話の中に 「うま くい くb'udai)」 とい う語や、「かかって いるhuthi)」 とい う言い回 しが繰 り返 して使 われてい る。 しか も、「うま くい く」、「かかっている」 とい う語 を自分で発 したす ぐ後に、繰 り返 してそ の語の意味 を問いかけ、説明 して見せている。 まさに研修 という場 にふ さわ しく、反復 によって内容 をかみ砕 き、それを自問 自答 を演 じることで注意 を 引 きつけなが ら伝 えている。

また、 ここでは繰 り返 しかみ砕 き、ゆっ くりと教 え諭すテ ンポで発話がな されている。他 に もこの発話 には、「分か りましたか。分かった ら手 を挙 げ て ください」にも見て取れるように、教室での教師 と生徒のや りとりを思い

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現 代 タイにおけるケソド・ガバナンスの一 断面

起 こさせ るような契機が うかが える。

タイの農村社 会 にお いて学校 、特 に小学校 は村 内 もしくは近 隣村 に1校 は 存在 してい る場合が多 い。調査村 で も、小学校 が隣村 との境界付近 に寺 院 と 隣接 してあ り、村 の住民 に とって身近 な公共施設であ る。 同時 に小学校 の教 師 も村 の中にいて身近 にふれ合 う存在 であ るが、他方では、公務員 とい う点 で村 内で は少数の特異 な存在 で もある。教 師 自身 も自らを他 の農民達 とは異 なったある種 のエ リー トと して認識 しているこ とが多 く、特 に生徒 に接 す る 際 な どには、 まさに自らが卓越化 された存在 として相対 している。村 の住民 も、 こうした教 師 と生徒 の対応 のあ り方 を身近 に見てお り、 この 「分か りま したか。分か った ら手 を挙 げて くだ さい」 とい う発話 か ら、教室 でのや りと りをす ぐに思 い浮かべ、事務所長 を住民 ら生徒 に対 す る教 師 とい う卓越化 さ れた特別 な存在 と して認識 してい くこととなってい る。

また他 方 では、「良い役員 を選 ぶ」 とい う言葉 も繰 り返 され、 その重要性 が強調 されてい る。「良い役 員」、「良い仕事」、「良い組合」 と反復 されて は いるが、そ こで 「良い」が具体 的 に何 をもって 「良い」 なのか、その具体 的 意 味 は棚 上 げ されて、説明 され ない。 しか し、言葉 が繰 り返 され るこ とで、

その 「良い」 とい う評価、 レッテルが一人歩 きしてい くこ とになる。 こうし て、いつの まにか肯定的意味合 い、評価が組合 の仕事、役 員 に付与 され、何 よ りもそれ を主導す る事務所長やその背後 にある国家統治の善良性 が、そ こ には喚起 されてい くことになるのであ る。 そ う した善良性 は また、教室 を思 い起 こさせ るや りと りの中で、事務所長や国家 か ら住民 に対 して一方向的 に 付与 され るもの として呈示 され るかたちを取 ってい る。

この研修 以外 の 日常生活 の中で住民が組合 につ いて語 る とき、「農業組合 は良い仕事 をす る(sahakontamngandi)」、「良い組合(sahakondi)」 とい う 言葉が知 らぬ 間に口 をついて出て くる場面が頻繁 に見受 け られた。確 か に、

港概設備 を整備 して くれ、その管理 を手伝 って くれ る農業組合事務所 は、 こ の時の住民 に とって、特 に問題 もな く、水不足 を解消 して くれ る評価 され る べ き存在 であった と言 えよう。 しか し、他 に も数あ る評価 の言葉 の中で、住 民が使 ったのはや は り「良い」とい う研修 の場 で度 々繰 り返 された言葉であっ た。 そ こには、 国家か ら与 え られた 「組合‑善 良」 とい うレッテルが、無意

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誠の うちに模倣 され、正当なものに成 ってい く過程が見て取れるのである。

つ まりここでは、国家統治の一部 となっている組合の 「良 さ」 自体 は、具 体的な内容が語 られず空虚 なままで、「良い」 とい う評価 のみが一人歩 きし てい く。そ してこの事例で注意 してお きたいのは、組合の 「良さ」は統治組 織である組合 自身の働 きによるとい うよりも、組合員である住民個 々人に「か かっている」 と強調 され、それが受け入れ られてい く点である。では、国家 側が住民個 々人に求める 「良 さ」とは具体的にどの ようなものなのだろうか。

次の事例では、国家側が統治の現場で何 を 「良 き」 こととして住民に語 りか け、働 きかけるのか、研修訓練の相互行為の中に探 ってみたい。

4‑3.∨HageScout研修訓練の相互行為 (事例2)

ここでは、国家が地方住民の支配、統治のために組織するVillageScoutと 呼ばれる研修訓練の場の相互行為 を取 りあげる。VillageScoutはタイ語では ルークスア ・チ ャオバー ン(luksu

' a

chaoban)とい う組織 ・運動 として知 られ ている。ルークスア ・チ ャオバー ンとはタイ語の字義的には 「虎 の子 (ルー クスア)民衆隊 (チ ャオバー ン)」 を意味す るが、世界各地のスカウ ト運動的 性格 も併せ持っている。

もともとは、1970年代 を中心 に活動 を活発化 させた組織で、 タイで当時盛 り上が りを見せていた学生、民衆運動に対抗 して弾圧 を加 えるとい う反共産 主義的性格 を強 く持 っていた。それが、1990年代後半以降になると、反共の みならず、保健衛生などの新たな項 目を加味 しなが ら、4泊5日にわたる研修 訓練 を各農村 で頻繁 に繰 り返す ことで、国家か ら住民へ の直接 的働 きかけ を再活性化 させている [小野沢 1977、Bowie1997、Chayan1984、Muecke 1980]。

特に70年代 には政府や国王が中心 とな り、財政的にもそれ らの支援 を受け てこの組織 は拡大 し、多 くの住民 を集めた研修訓練 を頻繁 に開催 していた。

90年代後半 には、調査地郡 内で少 な くて も年 に1回は研修 を行 うこととされ ていた。各村長が中心 となって参加者 を募 り、1回の研修 につ き200人ほどが 参加す る。基本的に1つの村 か ら10人ずつの参加者 を出す ことが望 まれ る。

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現代タイにおけるグソド・カハナンスの一断面

実際 に調査 す るこ とが で きた98年4月 の研 修 の例 をみ る と、最年少 が13歳、

最高齢が58歳で、73%が10代 の参加者、20代 もあわせれば87%程 に もなる。

主催者 は、基本的に郡 を単位 とす る国家 の行政機構 であ る。具体 的 には郡 長が主催者 となるほか、郡役所 の官吏や職員、各村 の村長、 タンポ ン行政機 構 の議員 な どが、研修 の準備、進行 を取 り仕切 る。実際の研修活動 を補助 し 動 くの は、 ウ イツタヤ コー ン(u)ithayakon:専 門家)と呼 ばれ る研 修 指導員 で、1回の研修 に20‑30人 ほ どが参加す る。彼 らの中には、70年代 の活動が盛 んな時期 に指導員 として専 門的に養成 された経験 のあ る者 もい るが、その他 は活動 に熱心 な小学校 の教師や小売 りの商店主 らが事前 の講習 を経 て指導員 となっている しか しあ くまで もプログラム を組み、研修 を運営 して行 くの は、郡長 を中心 と した郡の官吏や ガムナ ン (kamnan:タンポ ンの長)、村 長 な どか らなる主催者委員会 であ り、 国家 の行政機構が 中心 となってい る。 こ の研修訓練 は、 まさに国家 の権力作用 と統治が、多 くの住民が集 まる場所 に 集 中的 に及ぶ結節点 ともいえる。

以下で は、そ うした統治の結節点 とも言 える場所 で、行 政末端 の郡長が住 民 らに対 して、何 を政治的 に 「良 き」 こととして語 ってい くのか、具体 的な 行為 の過程か ら明 らか に してみたい。研修訓練 は基本 的に4泊5日で行 われ る が、 ここでは調査郡内で行 われた訓練2日目の朝9時か ら始め られ る入隊儀礼 の事例 を取 り上 げ る23(写真2参照)0

寺院 に隣接す る小学校 の校庭 に、幅20メー トルほ どの舞 台が作 られ、その 上 には台の上 に ラーマ6世 の銅像 と、額 に入 った現 国王 の写真、仏像 、 国旗 がおかれている。 ラーマ6世(1910‑25年在位 )は、 ルー クスア ・チ ャオバ ー ン の原型 となったスアパ ー(su'a♪a二野虎)とい う名 の近衛 師団 を1911年 に創 設 した国王であ る [Vella1978:27‑52]。舞 台の前 には、小 さな演台がおかれ、

それ らに向か って参加者200名程が ス カー フの色 に よって分 け られ たグルー プごとに整列 させ られている。舞台 に向か って右側 には、テ ン トが2つ張 られ、

その中には来賓である副知事用 の ソフ ァーがおかれている。主催者 の郡長や 官吏、 ガムナ ン、村長 な どもテ ン トの中に陣取 ってい る

23この事例は1998年42日から6日にかけてK郡内の寺 院周辺で開催された研修であるO

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郡長や官吏などはカーキ色の半袖、半ズボ ン(女性 はスカー ト)、ハイソッ クス、帽子 というルークスア ・チ ャオバー ンの制服 を身につけている。 また 中央の参加者 を挟んで向かって左側 には、これ も制服 を身につけた指導員が、

一列 に整列 して立っている。彼 らは、かつてルークスア ・チ ャオバー ンの研 修 を受けたことがあることを証明す る深紅のスカーフを首に巻いている。村 民によれば、70年代 にはこのスカー フを していることが、「民族、宗教、国 王

24を守 る良 きタイ国民であることの 自負 ともなっていた と言 う [Morell andChai‑anan1981:245]。

まず、来賓の副知事が舞台の上の ラーマ6世の像の前 に進み出て、合掌 し 経 を唱える。その際、副知事のす ぐ後ろには郡長が控 え、参加者の左側 に整 列 していた指導員が移動 し、参加者の前 に横一列 に並んで、皆で合掌 して経 を和す。その後、全員が片膝 をついて頭 を下げる姿勢 をとり、全員でラーマ 6世賛歌 を歌 い、「私 たち下僕であるルークスアは、 タイ国家、民族 を信 じ、

敬 い ます。‑ラーマ6世がルークスアを支援 なさ り、民族 と宗教 を愛す る心 を滴養す るよう研修 を奨励 なさい ました」 と、 ラーマ6世 と民族、宗教 を称 揚する。

その後、参加者 による3つの誓いの言葉の反復復唱 を経て、主催者である K郡の郡長が挨拶 に立つ。郡長は、参加者の左斜め前 に演台 を起 き、舞台に 向かって研修訓練 開催の挨拶 を述べ る。舞台の前 には来賓の副知事が郡長、

参加者に対面 して立 っている。 この場で郡長は、参加者 らに向かってルーク スア ・チ ャオバー ン研修の意義 を語 りかける。

K郡長 :「今 回のルー クスア ・チ ャオバー ンの研修では、政府 とナ コ ンサ ワン県の両者の政策に報いるとい う目的があ ります。つ まり、ルー クスアの研修 を受けた人は、 自ら、あるいは国王の利益のために、規 律正 しく、国家の良 き国民、臣民 となるのです。 あるいはまた、社 会の一層の発展、開発 を一丸 となって支援す るで しょう。それ以外 に、

24 民族(chat)、宗教(satsana)、国王bh7amahakasat)」 は、タイ国家の中枢をなすものと言 われ、国旗にもこの3つを意味する色 (赤、白、青)が使われている。石井 [1975]や末席 [2009] などを参照。

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現代タイにおけるクッド・ガバナンスの一断面

特 に重要 なことは、プ ミボ ン国王が仏暦2542(1999)年 に6回 目の干支 を迎 えることを祝 うとい うことです。‑私 は、 この寺院においてK郡 の第16、17期のルークスア ・チ ャオバー ンの研修開催 を宣言 します。」 司会者が号令 をかける。

司会者 :「全員、起立。 (3つの)戒

。 」

全員が一斉 に起立 し、郡長 に向かって右手の3本の指 を立てた手 を額 にもっていき、敬礼の姿勢 をとる。

ここでは、ルークスアの研修 目的、意義が明確 に語 られている。それは国 家や県 の政策、働 きかけに しっか りと答 え、報い ることだ とされる。具体 的には、「国王の利益 のために、規律正 しく(mirabiapwinai)、 国家の良 き 国民、臣民(phonlamu'angdikhongchat)」 となること、 また 「発展、開発

(bhatthana)」 を進めることの重要性が示 されている。

国王の重要性は、研修の 目的の一つに干支 を祝 うことを加味することで特 に強調 される。 ここでは、国家の代理 としての郡長が研修の参加者である国 民に働 きかけ、求め られる範たる 「良 き」国民像 を直接的に語 りかけている。

つ まり郡長は、参加者が求め られるべ き 「善良な良 き国民、臣民(phonlamu' angdi)」像 を、国王や国家の意図す る善良性の範噂の中に組み込んで呈示

しているのである。

郡長の話の後 には、司会者の号令 によって全員が起立 し、3本指の敬礼 を する(写真3参照)。 これは、3つの誓いの言葉、規律 を遵守することの身体的 な象徴の動作であ り、研修の区切 りごとに何度 も繰 り返 される。3つの誓い とは具体的に、第1項が 「民族、宗教、国王に忠誠 を尽 くす こと」、第2項が 「常 に他の人 を助けること」、そ して第3項が 「ルークスアの規則 に従 って行動す ること」である

そ して、郡長が参加者ひとりひとりに話 しかけるときも、両者 ともにこの 3本指の敬礼 を して会話 を交 わす。 この ような極 度 に形式化 された動作 を、

全貞が一体 となって同時に、 しか し個 々の身体 を介 して個別的に反復するこ とで、ある一定の身振 りとその意味す るものが、参加者のひとりひとりに浸 透 してい くことになるのである。

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ここで注意すべ きは、訓練の行為の中で反復 されてい く身体動作の内容が、

「民族、宗教、国王に忠誠 を尽 く」 し 「他 の人を助 ける」 とい う国家の用意 した道徳律であ り、その内容が埋 め込 まれた ものだった とい うことである つ ま りこの行為の過程 を通 して、政治的に正 当なあるべ き 「良 き」 ものが、

国家の意向に沿ったかたちで参加者の身体 に記憶 として沈殿 してい くと考 え られるのである。それは、 タイにおけるひとつの統治の過程であ り、末端 に おけるガバナ ンスの一断面だと見 なす ことがで きるだろう。

こうして、人々の相互行為 にまで分析の根 を下 ろす ことによって、政治的 にあるべ き 「良 き」 ことが、行政末端の統治の現場で具体的に如何 に語 られ、

かつ国家側の導 く意図の もとに如何 に生み出されてい くか とい う微細 な過程 を兄いだすことが可能 となるのである。

5. おわりに

本稿 は、 グッ ド・ガバナ ンスとい う概念 について、標準的な国際機構の言 説のみな らず、本来何がグ ッ ドとされ、 ガバナンス とは如何 なるものなのか という具体的な現地社会の実態 と論理の一断面 を、 タイを事例に して明 らか に して きた。

そのために、 まず2では国際援助機構 な どによる標準的なグ ッ ド・ガバ ナ ンス論 を概観 した上で、そこに向け られる批判 を整理 した。中で も本稿で注 目したのは、被援助国側の多様 な文化や社会 に十分 な注意 を払わないまま、

援助側の外部の論理や視点によって対象国の政治に介入 してい くことに対す る批判であった。従 って、本稿ではタイとい う現地社会の論理 と実態に焦点 を当て、その社会内部の視点か らグッ ド ・ガバナ ンスの一断面 を照射 しよう としたのである。

次の3では、国際機構か らの標準的なグッ ド・ガバナ ンス論が、新聞メデ ィ アなどのタイ国内の社会的論調 において、 どのような文脈で捉 えられ議論 さ れて きたのかを紹介 した。そこでは、タンマ ラッ ト、「ほどほどの経済」、「強 固な社会」論 など、標準的な議論 とは異なった文脈での議論がなされていた。

つ まり、標準的な議論が、現地の文脈で読み替 えられなが ら、 タイ社会独 自

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現 代 タイにおけるグッド・ガバナンスの一 断面

のあるべ き姿の議論に置 き換 えられていたのである。中で も特 に目立ったの は、仏教的正義 との関連づけや、国王の提唱する経済のあるべ き姿、あるい は、 コミュニティの独特な強固さによる下か らの社会的ガバナ ンスの可能性 などの議論であった。仏教や国王、 タイ的なコミュニテ ィとい う、 まさに地 域社会独 自の論理が卓越 した論調 となっていたのである

その上で4では、分析の視座 を現地社会の最深部 にまで さらに下 ろ し、 タ イの農村社会 とい う行政末端の政治的な統治の場 において、何が具体的に「良 き」 もの として語 られ、行為 されているのか とい う微視的な側面に焦点 を当 てた。

事例1では、概設備利用 に関す る研修 とい う国家の行政機構が末端の住 民に直接対面する場所 を取 りあげた。そこでは、国家統治末端の官僚で もあ る農業組合事務所の所長が、「良い組合」、「良い役員」 とい う言葉 を繰 り返 し強調す る一方で、何が 「良い」のか とい う具体的内容は棚上げにされ、内 容が空虚 なまま、「良い」 とい う行政への評価 のみが一人歩 きしてい く行為 の過程が見て とれた。 また、 この所長の語 りで特徴的だったのは、国家側の 行政や統治に対す る 「良い」 とい う評価が、行政機関である農業組合 自身の 働 きや内容によって付与 されるものではな く、住民一人一人の働 きによるも のだと説明されていたことである。

そこで、国家行政側が、統治の現場で、住民一人一人に何 を 「良 き」 こと として語 り、求めてい くのか、VillageScout(ルー クスア ・チ ャオバ ー ン) 研修訓練の相互行為の中で分析 した。 この事例2では、郡長の言葉の中で 「国 家の利益のために、規律正 しく、国家の良 き国民、臣民」 とな り、「開発 ・発展」

を推進 してい くことが強調 されていた。そ して国民 としての 「良 き」ことが、

「民族、宗教、国王に忠誠 を尽 くす こと」や 「常 に他 の人 を助 けること」 な どの誓いの言葉 として語 られ、敬礼 とい う身体動作 を通 じて教 え込 まれてい た。つ まり、具体的に統治の現場で語 られる 「良 き」 ことは、国家が用意 し た道徳律であ り、かつその道徳律 とは、 タイに特有な独 自の文脈である国王 や宗教 (仏教)と関連づけられた 「良 き」 ことであった。 しか も、ルークスア・

チ ャオバー ンとい うこれ もタイ特有の研修訓練の場所で、実際に住民個々人 の身体 を通 じて統治が語 られ、行為 されていったのである。

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こうして、事例1で見た ように、国家や行政機構それ 自身に求め られる具 体的な「良 き」ことは、棚上げにされる一方で、国家の「良 き」統治の成否は、「民 族、宗教、国王」に尽 くす 「良 き国民」の働 き次第にかかっているとい う論 理にす り替 えられてい く。国家や行政の 「良 き」統治の中身は、空虚なまま 具体的に語 られることな く、「良 き」国民 としての個人が タイ特有の 「良 き」

道徳的行為 を成すべ きこととして置 き換 えられて しまっていたと見なす こと がで きるだろ う25。 ここでは、国家 による 「良 き」統治が、個人によるタイ 的な 「良 き」道徳行為 とイコールで結ばれてい くことになるのである0

本稿 は、国際機構 を中心 に議論 される世界標準のグッ ド・ガバナ ンス論 と は別の視点に立 ち、 タイを事例 に具体的な現地社会の多様性 と独 自の論理か らグッ ド・ガバナ ンスの一断面 を照射 しようとした。

当た り前のことではあるが、現地社会の人々は、具体的な顔 を持った歴史 社会的な状況的存在 として現実に生活 を しなが ら現在 を生 きている。標準的 グッ ド ・ガバ ナ ンス論であるべ きとされる統治や制度は、そ うした顔 をもっ た具体的な人々によって、かつ、具体的な時 と場所 における行為 を通 じて、

語 られ、運用 されてい く点 を忘れ去 ってはならないだろう。本稿が示唆する のは、そ うした生 きた統治や制度の現場か ら、グ ッ ド・カバナ ンスの具体的 あ り方に光 を当ててい く試みが、今後 も決 して欠 くことので きない必要不可 欠な視座だとい う点 なのである。

25そこでは反面、「悪い」 統治や 「悪い」 政治は、道徳 的に正しくない 「悪い」 国民の責任だ とされていくという、容易な論理の反転に結びついてしまう可能性が残ることにも留意すべきである。

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写真資料

写真1:港概設備利用 に関す る研修

写真2:VillageScout研修訓練の入隊式

写真3:VillageScout研修訓練の入隊式における三指の敬礼

参照

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