特集/グローバル社会 との接点
唆 味 とグローバル環境
‑ 「 唆味」と 「 YES ・ NO」 による経営の一考察
畑 中 邦 道
要 旨
グローバル環境 にお ける事業経営の戦略的思考は、そのほ とん どを 一神教的思考 プ ロセ スにゆだねてい る. 一神 教 の世界 では、「YES・
NO」が明確 である。意思決定がはっき りしてい る。 また、相対す る 相互の関係性 は、「YES・NO」を明確 に した、契約 とい う概念 で縛 ら れていることが多い。経営戦略の考 え方 にも、一神教的な平準化思考 が強 く出てい る。
一方、 日本的な思考プロセスでは、暗黙知が優位性 を持つ 「暖昧」
が主流 をなす。 日本 の企業でも、戦略思考 を必要 とす るグローバル化 した事業では、「YES・NO」を明確 に しよ うと努力 してい る。 しか し、
日本国内の企業組織 内では、「YES・NO」を迫 ることほ乳蝶 を生み 、 あま りうま く機 能 しない ことが多い。
日本 国内の実務現場では、 「後工程 はお客様
」
「必要な時に、必要なものを、必要 なだけ」 といった、数値化不能 な、漠然 とした行動様式 が、競争優位性 を生み出 してきていたか らである。
日本 において、生産現場 のみな らずサー ビス産業 にまで広がった、
小集 団活動 、KAIZEN、カンパ ン、JIT (ジャス ト・イ ン ・タイ ム)の 様 な仕組みは、「YES・NO」を明確 に した契約思考や、計画者 と実施 者が区分 されてい るマニ ュアル順守の環境 か らは、生まれ ない。
トヨタが起 こした リコール の事例 を見 なが ら、 「暖昧」 であるが故 に優位性 を生み出 した経験 を持つ 日本が、「YES・NO」を明確 にす る グローバル環境 の中で、競争優位 を維持できるか、考察 を してゆ く。
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キー ワー ド :「暖昧」と「YES・NO」の世界観 一神教的思考 と日本的思考
「暖昧」か ら生 まれた優位性
「YES・NO」による平準化経営戦略 トヨタの リコール事例
1
「暖昧」 と「 YE S・NO」
1)経営における 「暖昧」の所在
日本 の文化 を語 るには、その多 くの分野は、まず 、 「暖昧」 とい う特種性 に ついて触れ なけれ ば、理解 もできなければ論 旨の展開 もできず、 日本文化 の深 層 にある秀 でた特徴 も、解説す ることは困難 である。 「暖昧 」 の拠 り所 を探 る こと自身が、 日本 の文化 を語 ること、その ものであると言われ るほ ど、多岐 に わたる分野で研 究がな され、国内外で多 くの研究発表 がな されている0
一方、 日本 における経営学の研究分野では、 「暖味である」 ことは、 「経営に とって弊害である」 とす る向きが多い。 日本 の多 くの経営 コンサル タン トも、
「意思決定が遅す ぎ暖昧す ぎる
」
「暖味が意思決定を遅 らせ、経営 をおか しくし てい る」 といったた ぐいの指摘 を してい る。事実、その弊害 を 日常の経営作業 の中に、垣間見 ることができる。 「グローバル標準 に準拠 していない方法論 に よる経営スタイルである」、「不明確 さが事業経営に弊害 をもた らしている」 と 言 うのが、大方の見方である。筆者 自身、事業経営や戦略企画 に企業人 として長年直接携 わってきたが、現 在 の コンサル タン ト業務 において も、経営戦略や技術戦略について論議 をす る と、必ずぶっかる壁 がある。方針 、 目標 、計画 を作成す るとき、戦略的思考が 必要 となるプ ロセスがあるが、 この 「暖昧」が、戦略的思考 に対 し、邪魔 をす
る。 意思決定の方法 に、 「暖昧」が入 り込むのである。
方針 、 目標 、計画が、社内の合意形成がな され るが如 く、順次プ ロセスを踏 んでゆくと、各ステ ップに入 り込んでいた 「暖昧」が、多重 となって出て くる。
特集 暖味とグローバル環境
多重 となった 「暖昧」は、全 く意 味をな さない 目標管理 シー トとなった り、意 味があ りそ うで実行性 が乏 しいBSC (バ ランス ・ス コア一 ・カー ド) として、
出て くることが よく起 きる。
も とも と、戦略的思考 をす る過程 で、す でに 「YES・NO」の区別 と、区別 の条件設定が、個 々の組織 も経営 トップ も、難 しくて出来 ない ことが背景 にあ る。 これは、 日本文化 の民族性 によるもの、 と言 って も過言ではないほ どの レ ベル である。
他人 の気持 ちを推 し量 る能力、他人 に迷惑 をかけない配慮、 「泥棒 に入 られ た」と言 う被害にあった側 にも責任 がある様 な受 け身の発想、物や空間に対 し て感謝 できる精神状態、 「おかげ さまで」 とい う他 力があって成立す る と言 う 表現 、等 々、その根源 は、多岐 にわた る。 無論 、 ここで述 べ る 「暖昧」は、
「YES・NO」が優先す る世界観 との比較 で議論す るものである。 日本 国内にお いて、 日本人である自らが、物事 の進捗 について 「暖昧」である、 と知覚す る ことにつ いて議論す るものではない。 それ らの 「暖昧」 は、 「愚鈍」や 「ごま か し」について議論す ることになって しま う。
戦略的思考 をす る過程 では、 「暖昧」文化が、意思決定に邪魔 を しているケー スがある、 と述べた。では、企業経営に関 して、 この 「暖昧」とい う方法論 は、
はた して、「YES・NO」の方法論 よ り劣 ってい るのだ ろ うか。 また、 「暖昧」
は、企業の競争優位 を損 な う思考プ ロセスであ り、グローバル環境 に対 しては 欠陥があ り、排除すべ きなのであろ うか。
意思決定の方法論 に、 グローバル標 準があるとすれ ば、「YES・NO」が明確 である方が、戦略思考か ら見れ ば、グローバル標準 と言 えるか もしれない。 グ ローバル環境 の中では、予測 され る 「NO」の将来性 に対 し、 これ を 「YES」
としなければな らない時に、そのギャップを埋 めなけれ ばな らない。 ギャ ップ を埋 めるための作業が、戦略策定なのである。 「勝つ」ために 「NO」の予測 を
「YES」とす る戦略策定のプ ロセ スに、 「勝 つ」か、 「負 ける」か、 どち らに転 んで もよい よ うな、不透 明性 をもつ 「暖昧 」 の世界観 は、本来、入 り込む余地 はない。
では、 「暖味のない経営」つ ま り、「YES・NO」だ けの経営が グ ローバル標 準だ とすれば、その方法論 に準拠 して経営が実行 されれ ば、 どんな経営 も順風
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満帆 となるのだろ うか。 あるいは、グローバル標準 らしき方法論 を頼 りにすれ ば、経営の競争優位性が確保 できるのであろ うか。
確かに、戦略策定のプロセスでの 「暖昧
」
の混入や、一神教の世界や共産党 一党主義の国において、 日本企業が行動す るときの 「暖昧」は、問題 を発生 さ せ ることが多い。 しか し、 日本の企業経営における 「暖昧」の成果 は、「YES・NO」だけの企業経営 よ り、優位性 を発揮 してい る場合 が多い と、筆者 は考 え ている。 日本企業の強みが、そ こに見出せ るか らである。経営の全体 を傭撤す る と、「YES・NO」に 「暖昧」 を付加す るよ り、 「暖昧」 に 「YES・NO」を付 加す る思考の方が、優位性 を発揮できてい ることが多い。
戦略策定のプ ロセ スもな く、思い込みで 「YES・NO」を先 に提示 し、その 解決 に 「暖昧」を付加 して しま うと、最悪 なパ ター ンを生んで しま う。 目標 が あるだけで、実行 のプ ロセスは不明であるか ら、組織は混乱 し、経営は破 たん す る。
2)
ジャーナ リステ ックな反応この 目本的な 「暖昧」 とされ る意思決 定のプ ロセスが、世界 中に公 にな り、
経営 トップが謝罪 し、グローバル に組織 内での再発防止 には2‑ 3年 を有す る、
と発表 した世界の トヨタの事例がある。2010年1月に、 トヨタが米国で行 った リコール騒 ぎである。2010年 1月、 トヨタは一週間の販売お よび生産の停止 を 発表 し、 リコール‑の全面解決‑踏み切 った。
2009年8月にカ リフォルニア州で起 きた死亡事故 と、11月 に同 じくカ リフォ ル ニア州 で起 きた激突事故 を うけ、NHTSA (National Highway Tra用,c Safety Administration)が調査 を開始 した。それ以前か らも、保険会社 か ら報告 のあっ
た事例の処理について、 トヨタの見解 を問 うため、2009年12月に、R.レッ ドフォー ドNHTSA副局長 ら3人 が トヨタ本社 を訪 れ た。 欠 陥が存在 し、 そ の欠 陥 は
「米国の リコール規制 (DREEAD法) に繋 が る欠陥ではないか」 との見解 を示 し、正式回答 を求めた。
報道 は この問題 を取 り上げ、 「トヨタは、品質では世界で トップであるとい う自負か ら、 リコール と言 うアクシ ョンを採 る意思決定について、経営 トップ
特集 暖味 とグローバル 環 境
の判断が遅れて しまってい る」と報 じ、報道 は世界 を駆 け巡 った。 問題 が噴出 した後、米国議会 を始 め、米国民の多 くは トヨタの対応 に対 し、国を挙 げての バ ッシングを行 った。
2009年11月時点では、アクセルペダル の不都合 による修理 と一部 の リコール を発表 していたが、 「技術 的な問題 はない」 と一方では報告 していた。すでに、
事象が公 に報告 されていなが ら、 「意思決定が遅す ぎる
」
「説明が暖味である」とい うこ とか ら、 「ク レー ムか ら逃 げた」 と、マス コ ミを始 め、米国国民の多 くが、断定 したのである。
ここに、一神教 の世界観 と、 「暖昧」 を内在 させ ている民族 の世界観 の違 い、
及び、事象 に対す る対処の方法論の違いを、端的に見 ることが出来 る。 グロー バル に平準化 された世界 における、ジャーナ リステ ックな見解 は、 日本 は特殊 であるとい う感 じ方 である。 このことは、中国の共産党一党主義 の場合 もそ う であるが、平準化 したグローバル環境 を相手にす るときには、一神教的 「YES・
NO」の世界観 を前提 に物事 を進 めなけれ ばな らない。 トヨタの リコール 問題 は、その ことについて、思い知 らされた事件 である。
トヨタの主張である、 「技術的な問題 はない」 とい う事実は、その後 、多 く は立証 されてお り、 トヨタの非難 は薄 らいでいる。だが、 トヨタの陥った経営 判断の間違 いは、 リコール‑の考 え方の違 う世界で、決定発表‑の 「ため らい」
があった ことにある。
トヨタ車‑の顧 客満足度 の期待 品質の レベル は、 「技術 に問題 はなかった」 とい うレベル を、はるかに超 えて しまっていた。事故発生に何 らかの品質要件 の欠陥が働 いている疑問があった ら、経営 トップは、即、 リコール を発表 しな けれ ばな らない、 と、顧 客は思 ったのである。
トヨタが把握 してい る事実 と、批判が起 きた事象 について、 トヨタの企業文 化 とグローバルの世界観 とは、相いれなかったO この点については、米国議会 の公聴会の席 で、豊 田社長 は、 リコール の発表 が遅れたことについて、謝罪 を してい る。 自社 の経営の仕組み を否定す ることとなる 「NO」に対す る説 明は、
言い訳に過 ぎず、発表が遅れた説明にはな りえない、 と、判断 したか らである。
「善」と 「悪」 しかない 「YES・NO」の世界 では、発表 の遅れ は、 「悪」と断 定 され る。
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3)
トヨタの リコール問題の行方リコール の一連 の会見で、 トヨタが主張 した 「技術的な問題 はない」 は、い つ の問にか 「技術的な問題 ではない」とい う表現 に代 わって くる。 「技術的な 問題 はない」 と 「技術的な問題 ではない」 とい う表現の違いは、 トヨタ内部 の 仕組みか らす ると、大きな違いがある。
トヨタの リコール には、い くつかの リコール対象がある。 もっ とも大 き く取 り上げ られ たのは、米国内での生産 によってお こされた事故対象車の、 「アク セルペ ダル が踏み込んだままの状態 になるク レーム」である。
も うひ とつの大きなク レームの対象 は、ガ ソ リンエ ンジンと電気モー ター を 組み合 わせた、 「ハイブ リッ ド・カーで起 きるブ レーキが効 きに くくなる現象」
によ り事故が起 きた、 とい うものである。
どち らも、 「技術 には問題 はなかった」が、 トヨタが適正である と思って提 供 している品質が、顧客の満足度 によ り蓄積 された期待 品質 よ り、事実は劣 っ て しまっていた、 とい う現実である。 「経営陣は、一連 の事象 について、気づ いていたにもかかわ らず、 リコール を申 し出なかった」 と言 う怒 りは、バ ッシ ング となった。
結果的には、 「アクセルペ ダルが踏み込んだままの状態 になるク レーム」は、
すでに対策 を打っていたニ ッサ ン製の 自動車以外 は、世界 中の どの 自動車 も、
同 じクレーム対象であることが判 明 した。ニ ッサ ン以外 の 自動車 メーカは、全 て、設計変更 を強い られ、コス トをかけてその対策 を打たなけれ ばな らない羽
目に陥った。
世界標準 として、アクセル とブ レー キを同時に踏み込む と、ブ レー キが 自動 的にアクセル に優先 して働 く構造 とす ることとなったか らである。事故の起 き る可能性 は、米国製 の トヨタ車だけに起 きる現象ではなかったのである。
アクセル に関わる主たる問題 は、米国製のアクセルペダルの部品形状 にある。
米国製のアクセルペ ダルの部品は、 日本製のものよ りペ ダル部分の長 さが長 く、
フロアーマ ッ トを二重 に敷いたよ うな場合、アクセルペ ダル に引っかかって し ま うケースが生 じる。また、部品構造 も歯車のギヤ部分 に、外気温度 との温度 差が生 じると、水滴 が貯まる可能性があ り、歯車が不具合 を起 こす状態 も、発
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生が予測 されていた。
ペ ダル の長 さ、歯車の構造、 ともに、機能 としての仕様 は、満足 してい る。
しか し、 トヨタの車が事故 を起 した とい う報告 は、 トヨタ車 を使用 してい る顧 客の満足度 を著 しく損 なった、 と判断 された。「YES・NO」を明確 にす る国民 性が、 トヨタについては、「NO」を突 き付 けたのである。
米国内で製造 され る自動車は、 どんなメーカであれ、ほ とん ど、同 じ構造 を 持つ部品を使用 してい る。 なぜ、 トヨタの米国内での生産車のみが リコール に なったのか、原 因は ここにある。 日本 か ら輸 出 していれ ば、 リコール は避 け ら れた可能性 が高いか らであるo トヨタは、同一車種であ り、同一仕様 であるは ずの車 に対 し、 日本国内で製造 してい るもの と違 う車 を、米国内では製造 して いたことになる。米国内での製造 ライ ンでは、アクセル の部品購入 に際 し、機 能仕 様 は満 た してい るが 、事 故発 生 の可能性 を見越 した部 品‑ の制 限事 項
(Deviation List)の記述 は、無かった と考 え られ る。
一方、 日本で生産 している車 は、事故発生の可能性 を低減 させた部品を採用 している。米国内での部品調達比率の制限が、た とえ邪魔 していたにせ よ、あ るいはカイゼ ン ・カ ンパ ンの仕組みが働 いていなかった として も、非は、やは
り、 トヨタの経営姿勢 に問題 がある。
「ハイブ リッ ド・カーで起きるブ レーキが効きにくくなる現象」については、
再現が難 しく、欠陥であることを実証す るために、故意 に5か所 も回路 を切断 しシ ョー トさせ てみせた。 そ して、 「ハイブ リッ ド ・カーは、ブ レーキが効 か ない可能性 のある不 良車種である
」
と、断定 した, トヨタはこその よ うな故障 が起 きる再現性実験 を繰 り返 し、 「ブ レー キが効 きに くくな る現象」 を一部把 握 していた。特別 な条件 下にある滑 りやすい路面上では、 「ブ レーキが効 きにくくなる現象」 を把握 していたのである。
しか し、その ことが、 どの よ うな確率的頻度 で発生 し、事故 に至 るよ うな重 大欠陥 となるか、認識 を誤 った。結論 を出すまでに、時間 を費や して しまい、
リコール の判断時期 を逸 して しまった。それ に加 え、技術担 当常務が、「ブ レー キが効 きに くくなる と感 じるのは、運転者 の感性 の問題
」
としたのが、顧客の 満足度か ら蓄積 され た期待品質 を、完全 に裏切 って しまった。「ブ レーキが効 きに くくなる現象」 は、デー ラー (自動 車販売代理店) レべ
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ルで、プ ログラムの変更によ り、効 きが良 く感 じるよ うに、容易 に修正 出来 る ものであった。そ もそ も 「ハイブ リッ ド ・カーで起 きるブ レーキが効 きに くく なる現象」 は、新 しい仕組みの、新 しい車のコンセプ トでは、 どの よ うな レベ ルが適正なのか、誰 も回答 をもっていない。決 めるのは トヨタの設計者であ り、
継続 した顧客満足度か らのフィー ドバ ックの蓄積 だけが、設計改良の頼 りとな る。設計段階での仕様 の基準 を、いかに決定す るかの問題 である。
「アクセルペ ダルが踏み込んだままの状態 になるク レーム」 と 「ハイブ リッ ド・カーで起 きるブ レーキが効 きに くくなる現象」で得 られ る教訓が、二つ あ る。
ひ とつは、 トヨタの車に求 め られてい る顧客の期待度が、品質保証の内の製 造者責任 に対 し、使用す る前 に事前の注意事項 をな さなければメーカに責任 を 問 う、 とい うレベル が、他社に比べ、異常に高い レベル に達 していることであ る。
使用す る前 に事前の注意事項 をな さなければメーカに責任 を問 う、 とい うレ ベルが、 トヨタに対 しては、全 く知識 のない者で も安全に使用できる、 とい う、
フールプルー フの レベル にまで、求 め られて しまっているとい うことになるQ それだけ、品質‑の見 え方、考 え方が、他社 か らは群 を抜いた レベル にあると い う証拠でもある。
も うひ とつは、新 しい仕組みや、新 しいコンセプ トが入った製品、商品、サー ビスに、よく起 きる、失敗現象 である。 どのよ うな基準が適正 なのか、誰 もわ かっていないo一定期 間、継続使用 された後 に、徐 々に顧客満足度 か ら得 られ るフィー ドバ ックデー タの蓄積 によ り、判断できる。
新商品が市場 に受 け入れ られ普及が始まると、供給が需要に追い付 けない状 態が起 きる。経営は、需要 をカバーす るために、初期条件 をマニュアル化 し、
標準化 による増産や、店舗増やサー ビス拡大 を、急速 に進 める。先行す る企業 は、後続す る競合か らの脅威 もあ り、いち早 く、初期 の独 占的市場 を確保す る 必要に迫 られ るか らである。その結果、顧客需要の要請 を受 け、経営は、拡大 に踏み切 らざるを得 ない状況に追い込まれ る。
徐 々に しか集ま らない、顧客満足度か ら得 られ るフィー ドバ ックデー タは、
改良開発に直接反映 されず、カイゼ ンにも生かせ な くな り、作業 は、後手、後
特集 暖 味 とグローバル環 境
手 に回って しま う。
トヨタで さえ、 トヨタのお家芸である、生産だけではない顧客情報 を含 んだ カンパ ン方式その ものが、全 く働 いてお らず、 この一件 で、カンパ ン方式 にも 欠点がある、 と見 られて しまった。
「アクセルペダルが踏み込んだままの状態になるクレーム」について言 えば、
オー トマテ ック車が出て くる以前 は、事故 は発生 しよ うがなかった。 クラッチ を切れ ば、アクセル を踏 んで も、エ ンジンは空回 りす るだけだか らである。 そ のかわ り、 クラッチが噛んで切れ ない とい う故障は、多発 していた。 しか し、
それで もブ レーキを踏み続 ければ、エ ンジンの回転数 が落 ち、過負荷状態にな り、エ ンジンは止 まって しま うため、エ ンジンブ レーキがかかった と同 じ状態 を生み、車は減速 しエ ンジンは停止 して くれ る。
1960年代 の筆者 の米国滞在経験でも、オー トマテ ック車の一般 的設計は、ア クセルペ ダル のかか と部分がフロアー近 くか ら立ち上がってい るものが多 く、
フロアーマ ッ トがアクセルペ ダル に一部乗 ってい る状態であって も、危険であ るとい う認識 は、持たなかった。 アクセルペダルが踏み込まれたままの状態 に なった として も、運転者 の常識 にある運転技術 の中で、それ を充分避 け られ る 運転技術 を、あた りまえに身 に着 けていたか らである。
今 は違 う。技術進歩 と、環競変化、そ して使用者 である顧客の品質‑の期待 度の変化 によ り、運転者 の常識 にある運転技術 も、様変わ りして しまってい る。
自動車の品質‑の期待度 も含 め、設計者 は、運転者 の常識 にある運転技術の変 容 を、十分把握 していなければな らない。特 に、機械的な作動 をマイ コン化 し て しまった設計 には、二重、三重のフール プルー フ‑の組み込みが、な されて いなければな らない。
最近、 トヨタ ・レクサスで、パ ワーステア リングのハ ン ドル操作 をマイ コン 化 した ことで、 リコールせ ざるを得ない状況が起 きた。マイ コン化 した ことで、
ハ ン ドル操作後の、戻 り位置 にズ レが生 じるケースが出て しまったのである。
この修正のため、 リコール を してマイ コンの部 品交換 を したが、機械 的な作動 をマイ コン化す る設計によ り、異常を発生 させて しまった、典型 的な例である。
人間は、機械 を操作 してい るとき、人間側 が必ず ファジーな判断 を して、作 動 させてい る。 この個 々人が違 う感 覚で持 ってい るファジー能力 を、マイ コン
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化す るには、スーパー コンピュータ並みの学習能力 を必要 とす る。人間が、適 応す ることを自己学習 して、瞬時判断 を して操作 していたた ぐいが、マイ コン
に置 き換 え られて行 くと、人間が学習 を放棄 して しま う分、楽 にはなるが、危 険 も増す。
トヨタは、長い間、 日本で生産 し、輸 出 とい う形で しか顧客に提供 して こな かった。輸 出品で故障や修理が発生 しては、商品が売れて も、サー ビス網の充 足が必要になるため、販売拡大に限界が生 じる。 トヨタは、故障 しない、修理 を必要 としない車造 りをせ ざるを得 なかった。 アフターサー ビスや修理 を必要 としない、高品質な車の提供のみが、その答 えであった。 この ことが、顧客が 期待 した高品質な レベル を生み出 していった。顧客 も高品質 を期待す るが、 ト
ヨタも必死 に高品質 に挑戦 し続 けた。 だか らこそ、世界の トップ となれた。
顧客が期待 している高品質の レベル を、 自らが生み出せたのは、 日本企業で あるか らこそ実現できた。それは、 トヨタ独 自のノウハ ウにある。単純にマニュ アル順守で生産が可能 となるよ うな物造 りではない。その ノウハ ウは、形 は輸 出できて も、基本理念は、今 の ところ輸 出不可能 なのである。 トヨタの米国内 での生産立 ち上げは、その困菓臣さを見せつ けた。 リコール とい う苦い味を、 も ろに味あわ させ られた。
トヨタの社長 は、米国議会で 「リコール についての経営判断の遅れは、お客 様 に迷惑 をかけ、大変 申 し訳 なかった」「マネ ジメン トを変 えるのには、2‑
3年 を要す るだろ う
」
「経営 として、最善の努力 をす る」 と述べた。「NO」を突き付 けた議員やマスコ ミは、「リコール を早期 に決断できるよ う、
経営 トップの組織的意思決定の仕組み を変 えるのに、2‑ 3年 も要す るのか」、
と思 った面がある。 リコール に相 当す るとい う情報が、経営 トップに上がって くる仕組みがなかった、 と断定 した くなるのは、当然であったろ う。それ に加 え、米国子会社の社長 も 「リコール の判断は、 日本本社がす る」 と答 えた こと が問題視 された。 しか し、 どこの企業で も、最終決断 を本社 がす るのは、当た
り前のことである。
「リコールの判断は、 日本本社 がす る」 が、質疑の中で、いっの問にか 「全 ての判断は、 日本本社がす る」 に置 き換 わって しまった。その ことで、「YES・
NO」の一神教 の世界観 の中で生まれた、契約 と言 う思考か ら出てきた権限委
特集 暖味とグローバル環境
譲 について、 「権 限委譲 の仕組みが、 トヨタでは機能 していない」と、み られ た。 トヨタは、経営のグローバル標準 となっている権限委譲の機能がないため、
リコール逃れ を したかの よ うに、報 じられ ることになる。
公聴会が開かれた 日の夕方、米国内デー ラーや生産子会社 の トップが、 ワシ ン トンに集 ま り、豊 田社長 を、柏手で迎 えた。 ここで、豊 田社長 の議会での答 弁は、大きな評価 を受 けていた。その 日まで、 トヨタ生産方式 を含む、 トヨタ イズムの米国‑の ノウハ ウ移転 は、誰 しも無理だ と思っていたか らである。 こ れ を 「2‑ 3年 内で実現す る」 とい う、経営 トップの意思 を示 した ことが、重 要な意味 をもった。
会 に参加 した全員 が、 「トヨタ本社豊 田社長 についてゆ く」 と宣言 した。彼 らは、顧客 として も、生産す るもの として も、販売す るもの として も、 トヨタ のノウハ ウの凄 さを、豊 田市 にある トヨタ本社で行われ ている教育課程 を通 じ て、知 っていたはずである。技術移転やマニュアルの移転だけでは済ま され な い、 トヨタの思考 と実践のノウハ ウ移転 は、現状では、限 りな く不可能 に近い か らである。
確かに、 トヨタのみな らず 日本の大部分の企業 には、米国式 の契約 を交わ し て実施す る様 な、厳密 な意味での権 限委譲 の機能 はない と言 える。 ま してや、
や ってはな らない こ とを契約書 に明記す る、Deviation List(逸脱項 目) が入 る様 な権限委譲 は、普通 の 日本 の企業経営の中に、持 ち合 わせていない。常識
とい う 「暖昧」が、権限委譲 を規定 してい るか らである。
常識 は、基本的には個々人でずれがあるため、範囲を規定 しなければ、本来、
「
暖昧」その もの となって しま う。 しか し、組織 の中にお ける 「暖昧」 は、常 日頃、 日本独 自の思考で もある 「す り合 わせ」によ り、内容 も、範 囲 も、権 限 も、相互確認 できている。そのよ うな側面か らすれば、 日本企業のほ とん どは、米国式の契約 を交わす よ うな権限委譲 の仕組みは、存在 していない と言ってもよいだろ う。そ もそ も、
権 限委譲 に対 し、「YES・NO」の契約 で縛 る様 な思考 は、 日本企業 には、 「な じまない」のが普通だか らである。
「暖昧」 と 「な じむ」、 「な じまない」 の概念 は、 「す り合 わせ」 とともに、 日 本特有の世界観 であると言 える。
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国際経 営フォーラムNo.21
2 日本の高品質 ・多品種少量生産実現を例 に
1)「後工程 はお客様」 とKAIZEN1940年代までの、欧米、 とくに米国における製 品は、統計的品質管理 を駆使 した、先端晶質をもつ もの、と言われ続 けてきた。部品、工程、作業手順、等々、
製造 にお ける多岐 にわたる標準化が、大量生産 を可能 に し、統計的品質管理 の 水準 を、高水準に維持 させていた。標準化 が進 めば、労働者 の技術や知識 の能 力差は、大幅に均質化 でき、不良率を下げることが可能 になる。初 めか ら移民 の集合体であった米国では、標準化 とマニュアル準拠 と、契約 の概念 は、必要 不可欠な道具であった。
第二次世界大戦時代、物量に物 を言わせ た米国は、 この標準化 による大量生 産方式 によ り不 良率 を激減 させ 、修理 とい うプ ロセスを最低 限に抑 えることを 実現 させた。 これ に比べ、 日本 の武器 の生産能力は、物量、品質 、 ともに大 き く劣 ってお り、修理 とい うプ ロセスは、当た り前であるとの認識 であった。す でに、工業生産晶であった武器 は、質量のみな らず、工業資源 の面か らも比較 にな らず、無残 な敗戦の労苦 を味わった。
1950年代に入 り、世界でただ一つ、工業生産工場 を破壊 されなかった米国は、
第二次世界大戦後の、世界的な物不足市場 に向け、標準化 による大量生産方式 を駆使 し、 コス トを大幅に下げることに成功 し、世界市場‑の独 占的拡大 を実 現 した。規模 の経済そのものの実現であ り、高い投資回収 と高い利益循環 を享 受 した。
一方、生産工場そのものを空襲で失 った 日本は、工場建設か ら、設備 に至 る まで、新規投資が必要にな り、規模 の経済 を追 うよ うな企業経営の立ち上が り は、不可能であった。焼 け野原 に残 ったのは、手 に職人技術 をノウ‑ ウとして 持つ人々だけであった。財閥解体 もあ り、企業規模 は、全て中小規模 の零細企 業 となった。全てが、ベ ンチャー企業その ものであ り、米国の物真似 しかでき ない状況にあ り、世界か ら物真似国 として、蔑 まれた。
1946年 に、米国は、 占領 国である 日本の製造技術 を復活 させ るため、当時の 連合軍 司令部
( GHQ)
が、 ウエスタン ・エ レク トロニ ック社 か ら、 日本 の主特集 暖 味 とグローバ ル 環境
た る製造工場 に対 し、品質管理の原理 と基本 を指導 を させた
。1 9 5 0
年 、品質管 理 の先端的指導者であったデ ミング博士が来 日し、初 めて、 日本での統計的品 質管理が幕 を開けた。翌年、デ ミング博士の講演料寄付 によ り、デ ミング賞 も 設立 された。1 9 5 8
年 には、米 国において、 フアイゲ ンバ ウムが、TQC
(トー タル ・クオ リテ ィ ・コン トロール)の概念 を提唱 したが、米国ではなにも起 きなかった。概念だけで、手段 を示す ことが出来なかったため、誰 も実践的展開は、できな かったのである。 当時の 日本では、米国の品質管理 に、何 としてで も追いつか ねば、物真似 ビジネスか ら脱却できない状況にあった。統計的品質管理 に、製 造現場が必死 に取 り組 んでいた 日本 は、 この
TQC
の概念 に、飛びついた。職人であ り、社員であ り、終身雇用者であ り、年功序列であった、優秀な製 造現場の作業員は、必死になって、統計的品質管理 を活用 していた。一方、造 っ た ものには、魂 をつ ぎ込む とい うよ うな気持 ちを持つ、 日本独特の ものの考 え 方が、製造現場 に反映 していた。物 を造 る作業員 の誰 もが、心 を込 めて高品質 の物造 りを 目指す、 とい うものの考 え方 に、何 も違和感 を覚 えなかった。
小集 団活動である
QC
サー クル を、石川馨 が提唱 し、 「後工程 はお客様」 とい うキャ ッチ フ レーズを作 り出 し、TQC
と結び付 けた。「 YES・NO」
によ り区別 され る統計的品質管理 にはない、 「後工程 はお客様」 とい う 「暖昧 さ」 を 目標 とす る 日本的品質管理 が、 この時、生まれた と言 って よいだろ う。製品に、作業手順書 に示 された以上の品質 を 「後工程 はお客様」 とい う形 で 作 りこも うとす る、 日本独特の物作 り指 向は、 日本以外 には存在 しない。 「後 工程 はお客様」とい う概念 は、 「顧客満足度 を上 げる手段 である」 と説 明 され る場合 もあるが、結果 は顧客満足度 を上げるもの となって も、行動 の根本 は、
全 く異なる。
作業手順書以上の品質 を製 品に作 りこむ ことは、いに しえの時代か ら日本人 の得意 とす る ところであった。 日本人は、物 を作 るときに、魂 をつ ぎ込む、 と い う発想が出来 る。 日本人に とって、神社 でのお札、仏教 での位牌‑の魂 のつ ぎ込み行動は、 日常的で 自然な感覚で もある。工業製品であって も、製 品に魂 がつ ぎ込まれ ると感 じ、新 しい設備 にもお破 いをす る。
つい最近まで、お正月 になる と、古い車で も、 しめ飾 りを して、市街 を走 っ
69
国際経営フォーラムNo.21
ていた。 日本では、車は、 自家用であろ うと、事業用であろ うと、いつ も締麗 に洗車 されて走っている。単なるきれい好 では、理解 しがたい行動 である。無 機である装置や設備 に、尊厳や感謝や 「もったいない」 とい う意 を汲み とれ る 民族は、世界 に、 日本民族 しか存在 しない。
「もったいない」 とい う意 を大事 にす る民族が、商品のひ とつひ とつ を、丁 寧 に包装 して顧客に手渡す とい う、世界で稀 なる過剰 品質 ともいえる行動 を生 み出 している。 締麗 に包装 して顧客に手渡す、過剰サー ビス とも見 られ る行動 は、「YES・NO」の世界観 では、 「むだ」 である と映 る。 「もったいない」 と
「むだ」が同居 していることは、矛盾 していると映 る。
しか し、 日本人 は、尊厳や感謝や魂 が込 め られた、 「もったいない」商品で あるか らこそ、丁寧 に包装す るのである。 日本以外では、販売 され る商品は、
高額商品であって も、せいぜい、袋に放 り込んで くれ るだけである。欧米では、
プ レゼ ン トの包装 は、送 り主が行 う。 日本人が、海外でお土産 を買 う時、包装 がな されない ことに、 とま どいを感 じる。 お土産の意味が、軽減 され て しま う
よ うな気持 ちになる。
「後工程 はお客様」とい う概念 は、 「自分の工程 を経た品物 は、 あ との工程 に迷惑をかけるものであってはな らない」、 とい う概念である。作業標準にのっ とった作業のみでは、不良は確率的に確実に混入 し、あ との工程 に迷惑 をかけ て しま う。 自分の工程で不良を発生 させ ない知恵が、現場の小集団活動のPDCA
(plan・Do・Check・Action)のサイ クルである。
PDCAは、 自分達の作業工程の結果 を、 自分達でチ ェ ック し、 自分達 で改善 計画 を立て、 自分達で実行 してみて、不良を撲滅 してい くプ ロセスである。私、
「計画す る人」、あなた、「実行す る人」、 とい うマニュアル を重視す る、役割 に ついて契約 してい るプ ロセスでは、PDCAは、働 かない。 欧米 では、PD(C)S
(plan・Do・Check・See)があるのみである。
PDSでは、計画 (Plan)があ り、それ に準 じた作業 (Do)があ り、 どのよ う に作業が的確 にな されたかの評価 (see)があるのみである。 マニ ュアル を無 視 し、 自分 で勝手 に計画 し、カイゼ ンな どや っては、収拾がつかな くなる。雇 用契約 は、作業 に どれだけ従順であるか、を規定 してい る。一神教 の世界にお
ける、神‑の誓い と契約 の概念は、元 を同 じくしている。
特集 暖 味 とグローバル 環境
グローバル社会では、一神教者 でなけれ ば、無神教者 とされ るが、神 の存在 を否 定す る無神教者 も、進化論 あるい は退化論 を唱 えるダー ウィニズム も、
「YES・NO」を区別す る概念は、全 く同 じである。 中国にお ける共産党一党主 義 において も、イデオ ロギー的立場 はひ とつ しかない。ひ とつ しかない、 とい う視 点 において、 中国にお ける 「YES・NO」の概念 の根底 は、一神教 の世界 観 と、ほぼ同 じ区分 を持っ 。
「YES・NO」の世界 での雇用契約 においては、後 工程 が ど うであろ うと、
契約 に準拠す る行動の方が、正 しいのである。雇用契約 は、 自工程 の専門性 を 定義 してい る。他人の役割分担 を侵す ことは、顧客満足度 を結果的に上げるか も しれない として も、許 され ない。勝手 に専門以外 の行動 をす ることは、契約 違反 なのである。
「YES・NO」の社会 では、 「真実の瞬間」 とい う顧客満足度‑ の挑戦 につい て、経営戦略 として議論 され る。 日本 の企業では、 「真実 の瞬間」 は経営戦略 ではな く、常識 の中にあ り、 どちらの選択が顧 客のためになるかの 自己判断が 優先 し、個人や グループの行動 にゆだね られ ることが多い。
た とえば、ア ミューズメン トパー クでの、迷子の扱 いの差 に、 この典型的な 行動 の違 いを見 ることが出来 る。一神教の世界では、掃除を してい る従業員が 迷子 を見つ けた場合、マニュアル通 り、迷子がい ることを迷子係 に伝達す るま でが、仕事である。 日本企業の経営 によるア ミューズメン トパー クでは、迷子 を見つ けた従業員 は、迷子の 目線 で対応 し、迷子係 が親 を見つ けるまで、迷子 と一緒 にいる行動 を奨励す る。子供 の、最初 に見つ けて くれた人‑ の安心感 と 信頼感 は大変大 きく、将来の リピー タを増やす結果 となってい る。
オ リエ ンタル ラ ン ドが経 営す る、 東 京 デ ィズニー ラ ン ドのSCSE (Safety Courtesy Show Efnciency)による行動基準 と優先順位 が、その典型 を示 して い る。 Safetyは、安全 を示 し顧客の不安 を取 り除 く、Courtesyは、礼儀正 しさ を示 し顧 客 を大切 に扱 う、showは、 ア ミュー ズ メン トその もの を示 し顧 客 に 楽 しさを満喫 させ る、E用ciencyは、顧客の待 ち時間を感 じさせ ない効率 を意味 し飽 きさせ ない、そ して結果的に経営効率 を上げる、 とい う行動基準である。
効果や効率による行動 の前 に、安心 と礼儀が優先す る。数値化やマニュアル 化が難 しい行動基準が、 リピー タを増やす。 キャス トとよばれ る従業員 の9割
71
国際経営フォーラムNo.21
はアルバイ トである。 しか し、キャス トになるには競争が激 しい。 キャス トを 経験す ると、その後 の社会人 としての活動 に、優位性 を発揮 して くれ る と言 わ れている。キャス トを経験 した従業員は、その後の顧客の最優先 リピー タとなっ て、周 りの顧客 を巻 き込んで、 リピー タの数 をも増や してい く。 ま さに 「後工 程 はお客様」の典型 である。
「後工程 はお客様」 と考 える顧客満足度 向上のプ ロセスは、 「真実 の瞬間」 について、経営 として認 めるか認 めないか、 とい う議論 とは、考 え方 を異 にす る。 「後工程 はお客様」 と考 え、PDCAを推 し進 める小集 団活動 は、 カイゼ ン (KAIZEN)と呼ばれ、 自工程 のみな らず、必然的に、前工程、後工程 を巻 き込 んでい く活動 となる。
KAIZENは、世界用語 になっているが、各 国語 に訳せ る言葉が存在 しない。
「YES・NO」の世界観 が当た り前の社会か らは、大変難 しい理念 を含む概念 で あることか ら、観念的な行動様式なのではないか と、疑われてい る。
日本以外では、前工程や後工程が、役割分担 を異にす る工程 によって、巻 き 込 まれて しま うことを、 「良」 としない。 マニ ュアル に反す る、契約 にのっ と らない、区分のはっき りしない行動が許 され ること自身、理解 しがたいのであ る。
各工程の役割分担がはっき りしていなが ら、不 良を出 さない、迷惑 をかけな い、お客様 が一番大切 である、 ゆえに、前後 してい る作業 の相互乗 り入れ を
「良」 とす るKAIZEN行 動 は、 結果 的 に全 体利 益 の 向上 を生 み 出 してい る。 KAIZENの思考には、「暖昧」 さを、初 めか ら内包 している。
2)」汀とカンパ ンとアン ドン
1960年代、 日本 の製造業 を中心 として、小集 団活動やTQC活動 が実践 され、
「後工程 はお客様」 とい う概念 は、 日本全 国に広まっていった。 この時代、生 産性 の向上を、規模 の経済の拡大に頼 っていた米国では、製造工程 にお ける人 件費比率が急激 に高 くな り、米国内での製造は、標準化 された製 品ほ ど、生産 す ることにメ リッ トがな くなっていった。
人件費の削減 の要求によ り、大量生産が規模 の経済性 を生み出す分野では、
特集 暖 味 とグローバル 環 境
人件費の安い海外‑の生産拠点のシフ トが起 きた。需要 に追い付 かない米国の 生産 の下請 けは、技術能力が高 く、人件費の安い 日本 に集 まった。 日本 は、現 在 の中国 と同様 、その後急速 に世界の製造工場化 していった。
この時期、欧米 に製品開発 の起点を持つ製品のプ ロダク ト・ライ フ ・サイ ク ル は、成長期 と成熟期の間にあ り、米国か ら日本‑の技術移転が、大 々的に行
われた。 日本の製造業の国際化が始まった。技術移転は、 日本 に、膨大なマニュ アル をもた らした。 当時の 日本 の製造現場 は、米国が造 ったマニュアル を 日本 語 に直 し、マニュアル通 りに作 らなければ、品質基準が守れなかった状況にあっ た。
統計的品質管理の手段 は、マニュアル とともに、小集団活動の基本的作業の
KEY
となって、製造現場 に浸透 していった。マニ ュアル さえ見れ ば、物まねで も製 品が作れ る、 と言 うのが、言葉や習慣 が違 う、移 民によ り成 り立ってい る 米国流である。膨大なマニュアル は、統計的品質管理その ものを、内包 しているものであった。
日本 の製 造業 は、 このマニ ュアル を作業手順 書 の基本 として、その上 に、
「後工程はお客様
」
とい う概念 と、小集団活動 によるKAI Z EN
を、載せていった。デー タを取 る とか、グラフ化す るとか、要因分析 をす る、 といった高度 な品質 管理手段 も含 まれ る作業 は、
「 QC
の七つ道具」 と して、現場 の従業員 のPDCA
のなかで、使 うことが当た り前の こととなってい った。
TQC
活動 は、全社 的品質管理活動 であるが ゆえに、意思決 定が主た る仕事 である経営 トップまで、巻 き込んで しま うことになる。経営が、小集 団活動 の 延長 の ごとくにな り、マネ ジメン トは素早い意思決定ができな くな り、機能停 止状態 を起 こ した。 十数年 を経 て、TQC
活動 は、衰退す る。TQC
は、現在 で は、経営品質 まで議論 で きる、欧米流 のTQM
(トー タル ・クオ リテ ィ ・マネ ジメン ト) と言 う形 で、引き継がれてい る。自工程 の
PDCA
サイ クル と、 「後工程 はお客様」とい う概念 は、後 工程 に対 して、 自工程 で出来 ることは、何が最善かを問 う行動 として、新 しい概念 を生 み出 してい く。後工程で欠陥を発見 して、 自工程 にフィー ドバ ックされてか ら、自工程 の改善 に手 を付 けていては
、P DCA
サイ クル が素早 く回 らない。 不良の 発生源 の根絶 は、 自工程 のKAI Z EN
活動だけでは、無理 であった。73
国際経営フォーラムNo.21
後工程 で行われ る受入検査 と、 自工程で行 われ る出荷検査が、同時に工程 内 で行 われれ ば、不 良品発生の情報 は、即時、 自工程 のPDCAサイ クル‑反映で きる。 自工程で見つか らなかった不良が、後工程 で見つ けることができ、後工 程が見つけた不良をその場で修正出来れば、 さらに不良が少 な くなる。発生 し た不良情報 を、前工程 に素早 くフィー ドバ 'γクす る仕組み を作れ ば、発生源 の 根絶 は、短時間でできるO
この仕組みは、前工程 と、 自工程 と、後工程が、繋がることを意味す る。工 程が繋がることは、結果 として、隣 り合 う工程間の仕掛在庫 をな くす方法論 で
もあった。 品質管理が、生産管理の新 しい仕組み を作 り出 した瞬間でもある。
また、後工程が見つ けた不良を後工程 の作業員が、その場 で修正す る とい う作 業 は、その後、多能工 とい う職能 を生み出 した原 点 ともなる。
前工程 と、 自工程 と、後工程が、一貫 ライ ン として繋が り、仕掛在庫が工程 ご とにない状態は、常に、各工程 は、工程在庫 を、 「必要 な時に、必要 な もの を、必要なだけ」持 っていればいい、 と言 う考 え方 になって くる。
隣 り合 う工程 間の在庫 を最小限にす る生産管理 方式 は、無駄 を省 くとい う KAIZEN運動 の一環 として、製造現場 で実現 していったo新 しい生産方式であ
る
、J 汀
(ジャス ト・イ ン ・タイム)の誕生である。JITの仕組み を組み込む ことによって、 中間在庫 は激減 し、生産 コス トは、
大幅 に削減 された。それまで、各工程 に生産数量の割 り当てを していた生産管 理 の計画部門は、各工程 内での不良品発生 によ り、仕掛 の生産数量が減 ること
を恐れていた。一定の生産数量がない と、標準原価 を維持できな くなるため、
余分 な生産数 を指示 していた。各工程 に、安全 な仕掛在庫の数 を抱 えているこ とは、生産現場 として、当た り前の ことであった。
JITは、余分 な生産数 を許容 しない、晶質欠陥の発生源 をいち早 く見出す こ とのできる、画期的な方法論 の発 明であった。工程 ごとの作業標準 を細かに規 定 し、役割分担 をマニ ュアル化 、契約化 した組織運営では、JITは生み 出 され よ うがなかった。KAIZENが、「暖昧」 な 目標 をPDCACJこよ り達成 してゆ くプ ロ セ スであるよ うに、JITの、 「必要 な時に、必要 な ものを、必要 なだけ」、 とい う 「必要 な」 と言 う概念 も、「暖昧」その もので ある。 事前 に計画 された数量 や、決定事項 による約束事が、存在 していない。
特集 暖味とグローバル環境
自工程 の生産計画は、後工程 の必要性 に応 じて、計画 され、その都度決定す るとい う 「暖昧」な生産計画は、各工程 が契約 に従 って鎖 で リンク してい るよ うな工程 では、全 く働 かない。生産計画が事前に契約 され なければ、 自工程 さ え、何 を、 どれだけ、いつまでに作れ ばいいのか、誰 も解 らない か らである。
無論、JITライ ンで あって も、会社 としての全体計画 の中での生産数量 の計 画 は
、J I
T以前 に存在 している。 全体計画 は、経営戦略の実現 目標 で あるか ら である。戦略実現 目標 とリンク してい るJITライ ンの各 工程 は、戦略 目標実現 のため、現場では、 日々のKAIZENを必要 としてい る。役割分担が規定 されてお り、情報の伝達のみが、各工程 を リンク してい るよ うな仕組みには、JITの よ うな発想 は生 まれ ない。契約 が、その仕事 とその対 価 を縛 る社会 では、工程 間を 自由に行 き来す る、JIT的発想 は、生み出 され な
い。
日本 で も、
TQC
の様 な、仕事 の仕組 みの全体 を、 品質その もので見てい く よ うな機会が与 え られなければ、現場 の品質改善運動 が、生産方式まで変 えて しまった、J汀‑の仕組み作 りに繋が ることは、無理 であった ろ う。JITは、仕 掛在庫 をな くすための一貫生産 ライ ンであるとして、単純 に取 り組 める と考 えるむきもあるが、KAIZEN運動が基盤 にない と、大失敗す る。
不 良が混入 した時の一貫生産 ライ ンほ ど、怖い ものはない。最終検査で見落 とされ、検査項 目に入 っていない不良個所 は、不良を内在 したまま、顧客‑、
どん どん出荷 されて しま う。顧客で見つかった不良は、全品回収 となるか、販 売網での修理 を必要 とす る。
自工程か ら後工程‑、JITの仕組みをスムーズに動かすためには、 自工程の前 工程‑も、 「必要な時に、必要なものを、必要なだけ」、取 りにゆく必要が出て く る。 自工程か ら前工程 に、 「必要な時に、必要なものを、必要 なだけ」、注文 を 出すこととなる。 自工程で必要 となる部品を、前工程に出荷するように要請する。
最終工程 か ら、 この要請が次々前工程‑順送 りされ ると、カンパ ン方式の出 来上が りである。 カンパ ンとは、注文数 と入手希望時期 と部品仕様 を書いた板 を指す。 この板 は、情報 システムに簡単 に乗せ ることが出来 るが、キイボー ド 入力 よ り、手書 きの方が、視覚的確認作業の確実性 が高 く、最先端企業である
トヨタで も、いまだにカ ンパ ン板 を使 ってい る。 手書 きである と、通常 と違 っ
75
国際経営フォーラムNo.21
た ことが起 きた時に、感覚的に異常に気付 きやすい。 また、前工程 に、気付い た ことを、メモ書 きで、その場で伝 えることが出来 る。
カ ンパ ンが次々 と前工程 に移 ってい くことが可能 になる と
、J I
Tライ ンでは、多品種少量 による生産が難 しい ことではない理屈が、解 って くる。最終出荷が 望んでいる製 品のカンパ ンが、異なった品種 を要求すれ ば、前工程 は、その要 請 に答 える作業 を実行 してゆ く必要にせま られ る。 ここで も、作業者 は、必然 的に多能工化 して行 か ざるを得 な くなる。
生産数量の増減‑ も、当た り前のごとく追従 してゆ く。多能工化 と多品種少 量生産は、高品質を保 ちなが ら、 コス ト削減効果 を大幅に上げる仕組み となっ てい く。 トヨタの生産 ライ ンでは、最前工程 にある金型工程 を、カンパ ン方式 に組み込む ことが、一番難儀 した ことだった と
、J I T
とカ ンパ ンを結び付 け成 功 させた、大野耐‑ は語 っている。品種がカ ンパ ンごとに変わるたび、金型 を短時間で交換す る仕組み を作 るこ とは、大量生産 によ りコス ト削減 を実現す る思考では、考 え られない ことであ る。 一般的には、金型の交換 には、精度の再現性 を出す ことも含 め、半 日を要 す る作業である。 これ を、分単位や秒単位 まで短縮 した。 トヨタの驚 くべ きノ
ウハ ウである。
トヨタは、 この方式 を、部品納入業者まで出向いて、伝授 して行 った。 この 結果、工程 は、部 品メーカの製造か ら、最終製 品出荷 まで
、J I
Tで結 ばれ るこ ととなる。 この仕組み を外部か らみ ると、 トヨタに支配 された、系列 であると 見 られて しま う。統計的品質管理 と日本的品質管理 が基盤 にあって、KAIZEN 思考が定着 していない と、J I
Tは実現 しない。J I T
に参画 していることは、系列 に従属 していることを意味す るものではない。部 品メーカが
J I
Tに参画 していることは、新製 品開発 時、購買か ら引き合 い が来てか ら設計に入 るのではな く、製 品開発 と同時に、部品メーカ も開発 のス ター トを していることをも意味す る。 開発プ ロセスで も、カンパ ン方式的発想 が生 きてい る。ConcurrentEngineeringそのもの とも言 える。米国では、新車を市場 に出すのに6年かかる。設計が終わって製造に入 る時、
購 買部門か ら部品メーカに引き合いがでる。部品メーカは、それか ら設計 に入 る。 もしかす ると、新規開発が必要になる場合 もある。時間がかかる。 日本で
特集 暖 味 とグローバル環境
は、その半分の3年で済む。
この よ うな、KAIZENとJITとカ ンパ ンが一体 になった生産 ライ ンでは、不 良 が発生す る と、工程 に生産管理 に必要 とされ るAllocation (割 り当て数量) と い うクッシ ョンがないため、致命的な打撃 を与 えて しま う。不 良は、物理的に、
必ず 出て しま うものである。KAIZENとJ汀 とカ ンパ ンが一体 になった生産 ライ ンでは、不 良が出ると、アン ドン と呼ばれ るシグナル を出 して、全 ライ ン‑響 告 を発す る。不良が重欠陥である場合 は、発生源 が特定できるまで、全 ライ ン を止 める。 全 ライ ンを止 めた場合の損失 は、大きい。現場 での不 良発生 を、限 りな くゼ ロにす る努力が、KAIZENなのである。
トヨタが、 リコール を報告 した時、全 ライ ンを止 めた理 由は、 ここにある。
その時、豊 田社長 は 「マネ ジメン トを変 えるのには、2‑ 3年 を要す るだろ う」
いった。KAIZENとJITとカ ンパ ンが一体 になった生産 ライ ンや組織行動 の仕組 みが、米国や 中国の工場で、2‑ 3年で、実現可能か ど うかが、今、試 されて いる。 トヨタ としては、単純な リコール‑の発表遅れが、問題 なのではない。
「YES・NO」を明記 した契約事項 で働 いてい る従業員 が、 はた して、KAIZEN 活動やJITやカ ンパ ン思考で動 けるかが、大 きな課題 なのである。
作業者ひ とりひ とりが、前工程 、 自工程、後工程 を重層的にマネ ジメン トす る、 「暖昧」その ものの作業 を含むKAIZEN行動 による作業手順、そ して、カン パ ンが仕組み通 り順次送 られ るJITライ ンでの、 「必要 な」 とい う制約や限定が
ない 「暖昧 さ」を、「YES・NO」の世界 は受 け入れて くれ るだろ うか。
TOC (Theory of Constraints:制約条件) を提唱 してい るE・M・ゴール ド ラッ トは、 トヨタの生産方式 を、暗黙知ではな く、数値化 、方程式化 しなけれ ば、次世代 では誰 も継承できない システ ムだ と指摘 してい る。 そ して、TOC 理論 は、 トヨタの生産方式 を実現 できる仕組み を、数式で提供できるただ一つ
の方法論 である、 としている。米国では、 トヨタ生産方式 を リー ンシステム と 呼ぶ ことがある。方式 としての仕組みの外観 は リー ン (Lean:賓 肉の落 ちた) であ り、制約条件 (TOC)も適合 してい るが、その 中身 と実態 は、 かな り異 なってい ると言 って よい。
暗黙知 を多 く含む、KAIZEN、JIT、カ ンパ ンは、基本 に 日本的品質管理 の概 念が必要であ り、製品の製造工程 を熟知 した熟練工 を必要 としてい る。 作業員
77
国際経営フォーラムNo,21
は、 品質管理 と
KAI Z EN
を進 める と同時 に、多能工でなけれ ばな らない要件 を 含 んでい る。多能工化 は、 日本独 自のセル生産方式まで生み 出す ことになる。この考 え方 は、 日本 では、単 なる生産方式‑の方法論 に とどま らず 、サー ビス 産業 にまで拡大 してい る。
日本 の大手 コン ビニエ ンス ス トアー にお ける商 品補 充の仕組 み は、JITその もの となってい るo小規模店舗 に3000種以上 の商品が置 かれ、1‑ 2日とい う 賞味期 限のある商 品 も含 め、情報 システ ムを駆使 し、顧客 が、 「必要 な時 に、
必要 な ものを、必要 なだ け」、買 うことが出来 る仕組み を提供 してい る。 鮮度 を経営品質 の基準 とす る24時間稼働 の、世界 に類 を見ない仕組みである。
この哲学 とも思 える仕組み‑の取 り組みは、 日本人特有 の 「暖昧」 を最大限 生か した、連続性 のある
KAI Z EN
が あるが故 に成 り立ってい る。 日々の業務 改 善 とい う行動が、その根底 にある。セブンイ レブン ・ジャパ ンの毎週開かれ る、経営 トップ主催 による、全国エ リアマネ ジャー を一堂 に集 めて行 われ る業務 改 善会議 は、有名 である。
2000年代 に入 って、中国が世界の製造工場 と言われ るよ うになった。 しか し、
日本 か らの技術移転 に よる中国の製造業 は、人件費削減 の効果 を得 るのみで、
KAI Z EN
を基本 とす るJITや カンパ ン方式 を、まだ、継承 していない 。 思考 の仕 方や 、働 き方が、全 く異 なるため、技術移転 を して も、基本概念 とP DCA
を含 む行動 の仕組 は、移転 が困難 である。E ・M・ゴール ドラ ッ トが指摘 してい るよ うに、 トヨタ生産方式 は、 日本 国 内で も次世代 に継承できないのではないか、危倶 され てい る。現在 の若者世代 の多 くは、学生時代 の試験で、○×式 の教育 を受 けてきてい る。○×式 の教育 は、答 えが事 前に提示 されてい る。答 えを記憶 していれ ば、成績 が良 くなる。
答 えが解 らな くて も、確率的に正解す る可能性 は高い。
自らが答 えを模 索 してい く、
P DCA
サイ クルや 、KAI Z EN
‑ の取 り組 み に必 要不可欠 な、思考錯誤 のプ ロセ スが、教育 され てい ない。○×式 の教育 は、「YES・NO」を明確 に させ る思考プ ロセス を、育て るものではない。 先進 国に 学ぶ ことのできた時代 は、答 えが先 に在 って も、追いつ くこ とが 目的であった
ことか ら、記憶 し、真似 ることで、なん とかなった。
今 は
、P DCA
サイ クルやKAI Z EN
‑の取 り組みのみな らず 、先進 国 として リー特集 暖味 とグローバル 環 境
ダー シ ップを取 らなけれ ばな らない場面 も多 く、○×式の教育か らは、何 も創 出 されない。いかに思考能力 を付 けて行 く教育 に変 えて行 くかが、今 、問われ てい る。
3
戦略思考の道具1
)ゲームの理論 と妥協一神教の世界観 では、「YES・NO」は一線 を期 して相反す る相対的な もの と なってお り、契約 の概念 は、その基本 をな してい る。や って よい ことと、や っ てはな らない ことは、一線 を堺 に、契約上 に明記 され る。 そ こには、 「暖
昧」
は介在 しない。「YES・NO」は、一線 を堺 に明示 され てお り、一線 を堺 とす る 両側に向かって、相反す る概念は、一線 よ り遠の くに したがって、徐々に薄まっ てい くよ うなイ メー ジがある。
合意 とは、両側 か らせ めぎ合 って くる 「YES・NO」が、 どこかで一線 を堺 に、均衡 しているイメー ジを持つ とわか りやすい。一線 は、議論や納得や多数 決により、ゲームの理論 におけるナ ッシュ均衡のよ うに、位置 を移動す る。ナ ッ
シュ均衡が数値化 可能であるよ うに、一線 の位置 は、比較的容易に、数値化す ることが、可能である。数値化 できることは、損失便益分析 も しやす く、金銭 的な換算 もしやすい。補償額の問題や、保険‑の考 え方が、比較的容易 に解決 可能 となる。
一神教 の世界観 にお ける、両側 か らせ めぎ合 って くる 「YES・NO」‑の合 意形成 は、Debateにみ られ るよ うに、激 しい討論 の対立か ら始 ま る。 激 しい 対立の結果、合意 の一線が仔細な ところまで明確 になる と、対立 した双方は、
お互いの 「YES・NO」の立場 を認 めてい る とい う認識 とな り、相互 に双方 を 尊重 し合 うところまで、到達す る。Debateの様 なアプ ローチは、 日本人に とっ て、一番苦手 なプ ロセスである。
このよ うに、契約 は、双方のせ めぎ合いの対立か ら成立す るものであるが、
契約そのものが、正義や公平性 を実現 してい るわけではない。社会的な通念や、
習慣 、道徳観 が基盤 となっている約束事 は、契約以前 に認識 されてい るため、
79
国際経営フォーラムNo.21
社会的な正義や公平性が確保 できているはず とも言 えるが、現実は、その様 な ことは起きない。
米国の よ うに、多民族か ら構成 された社会や、多様 な価値観 の違 いを持つ世 界では、価値 に関す る利得の認識 の違 いを、ひ とつひ とつ埋 める作業が必要で あ り、契約 に反映 させ なければな らない。行動や考 え方 を一定にす るために、
マニュアルが必要 になる。
一神教 の世界では、神が、「YES・NO」とい う最後の一線 の位置 を、裁 いて いる。聖書が基準 となる。一線 の位置 は、聖書の解釈次第 となる. ゲームの理 論では、囚人の 自白が、損得勘定のみで論 じられ、神 の存在 を排除す るところ か ら始 ま る。 制約条件下 にあるClosed System (ク ロー ズ ドシステム) での囚 人ゲームの理論 は、経営において、 自事業が定義 した ドメインの業界範囲内で のシェアー競争や勝敗 に、活用 できる。
事業経営戦略では、制約条件 を設定すれば、クローズ ドシステムの中で、起 こる確率を引き出 し、確率をに らんだ数値化が可能であるため、Decision Tree (デシジ ョン トリー)の構図 も描 ける。 このプロセスには、 「暖
昧」
は、入 る余 地がな くなる。経営拡大においても、陣取 りゲーム と同 じ発想 と、戦略思考がとられ る。
合意の一線は、正義や公平性 を実現 しているわけではない。合意は、「YES・
NO」の双方 に とっては、妥協の産物 である。妥協 とは言 え、一線 の堺 を決 め る理 由は、数値化が可能であればあるほ ど、明確 になる。 明確 でなければ、契 約 とい う概念は、生まれ ない。
アメ リカ大陸発見 とい うフロンティアの時代 を除いては、全て陸続 きの国境 が一線 を律 していた。一線 を律す るせ めぎ合いによ り、国の優劣がきまってい た。 中国も同 じである。欧米のゲームのルールは、点 を多 く取った方か、 どち
らか生 き残 った方が勝 ち、のゲーム構成 になっている。陣取 り思考が強い。
日本では、将棋の様 なゲームが存在す る。チ ェス と違い、取った相手の駒は、
自分の陣営の戦力 として再活用できる。相手か ら取 った 「歩
」
で さえ、相手の 領域 に新 たに攻 め込 めば、戦力 と して、 「金」の戦力 となる。世界 には例 を見ない、変なルールである。
古 くは、一般的に戦争 に負 けた国は全て奴隷 となるが、 ローマ時代 には、奴