【論文】
ライフストーリー研究における調査者のポジショナリティ
―その検討は「語られたこと」のよりよい理解にいかにつながるか―
齋 藤 公 子
†1.はじめに
対話的構築主義に立脚したライフストーリー研 究という調査法が知られるようになって、20 年 ほどが経過した。それを提唱した桜井厚が 2012 年に記したところによれば、当時でもライフス トーリー研究には「まだ 10 年あまりの歴史しか」
なかった(桜井 2012: 6)。だが、限られた期間の うちに「ライフストーリー研究は質的調査の主要 な方法のひとつとして認知されるに至った」1)
(石川 2015: 217)。
では改めて、ライフストーリー研究とはなんだ ろうか。桜井はライフストーリーという用語が複 数の意味を持つことを前提に、以下のように説明 する。
ライフストーリーは、個人のライフ(人生、
生涯、生活、生き方)についての口オーラル述の物語 である。また、個人のライフに焦点をあわせ てその人自身の経験をもとにした語りから、
自己の生活世界そして社会や文化の諸相や変 動を全ホリスティック体的に読み解こうとする質的調査法の 一つのことでもある。(桜井 2012: 6)
石川良子と西倉実季によれば、1980 年代から ライフヒストリー研究を牽引してきた桜井が、そ れを批判的に継承し、発展させたのがライフス
トーリー研究である(石川・西倉 2015: 1)。その ライフヒストリー研究を日本で先駆けとして手が けたのは、中野卓であった。中野は、それまでの 社会学が「個人」を行為や態度といった局面に分 解したり、それをふたたび相互作用や社会関係、
集団などに類型化したりして分析してきたことを 批判しつつ、「個人としての人間」に着目するこ との意義を説いた(中野 1981: 3)。
ライフヒストリー研究のその視点を継承したラ イフストーリー研究が、ライフヒストリー研究と
「根本的に異なるのは、語りの位置づけである」
(石川・西倉 2015: 2)。桜井は語りについて、「過 去の出来事や語り手の経験したことというより、
インタビューの場で語り手とインタビュアーの両 方の関心から構築された対話的混合物にほかなら ない」と記す(桜井 2002: 30-1)。
語りをそうしたものと理解するライフストー リー研究では、語り手のみならず聞き手の自己も 考察の対象となる。桜井はインタビューにおける 聞き手の自己が「多元的な自己」や「変容する自 己」として立ち現れることを指摘し、「調査者の 自己は、調査者自身が論じる対象と考えずに暗黙 の前提にしているような、固定的・不変的なもの でなく、まさしく論じるに足るテーマなのだ」と 強調する(桜井 2012: 49)。
そうした語り手・聞き手の自己についての議論 を、双方のポジショナリティ2)のそれとして展開 したのが小倉康嗣である。その著書『高齢化社会 と日本人の生き方―岐路に立つ現代中年のライ フストーリー』(小倉 2006)で、3 人の現代中年
† 立教大学大学院社会学研究科博士課程後期課程 [email protected]
との「ダイアローグ」にもとづき、調査者と調査 協力者とのあいだで生成されるライフストーリー を記述した小倉は、語り手だけでなく聞き手も
「自らの生と現在の立ち位置=社会的状況という ポジショナリティを背負って」インタビューに参 与していることを指摘する。くわえて小倉は「そ れらをバイアスとして見るのではなく、むしろそ こにこそ生の多元性や社会的なるもの、さらには 文化や社会をつくりかえていく人間の創造的契機 が現れ出てくると考え、積極的に見ていこうとす る」のがライフストーリー研究であるとする。語 り手・聞き手の自己、あるいはそのポジショナリ ティを議論することを、小倉はより踏み込んで評 価する(小倉 2013: 100)。
かようにしてライフストーリー研究は、語り手 と聞き手がいかなるポジショナリティを負うて対 峙したかを示すことを重視する。ゆえにライフス トーリー研究を標榜する研究群に調査者自身の経 験についての記述が散見されることとなり、「ラ イフストーリー論文から語り手の“声”や“リア リティ”がもうひとつ聞こえてこない、見えてこ ないように思えることもしばしばである」(蘭 2009: 39)といった指摘がなされた。そう発言し た蘭由岐子は、その理由の 1 つとして、研究の視 点が「『いかに語られたか』に移行することで
『語られたこと』への比重が相対的に軽くなった」
ことを挙げる(蘭 2009: 40)。だがそれに対して 石川は、「ライフストーリー研究の視点は『語ら れたこと』から『いかに語られたか』へと『移 行』したわけではなく、『いかに語られたか』に 注意を払うのは『語られたこと』をよりよく理解 するためだ」と主張する(石川 2012: 3)。この主 張は、聞き手のポジショナリティを検討すること の意義をも端的に表現するものである。
本稿は、そうしたライフストーリー研究におい て、調査者のポジショナリティの検討が「語られ たこと」のよりよい理解にいかに資するかを明ら かにすることを目的とする。筆者は 2016 年より、
東京・神奈川を拠点とする肺がん患者会グループ
O および日本の肺がん患者会の連合組織 J 会を フィールドとし、その活動に参加する肺がん患者 やその家族にインタビューを実施してきた。本稿 は、その一環として実現した肺がんⅣ期と向き合 う H さん(40 代 女性)へのインタビューにも とづき、調査者たる筆者のポジショナリティを検 討する。そのうえで、そうした検討が、Hさんに よって「語られたこと」のよりよい理解にいかに つながるかを示す。
そのような目的を本稿が掲げるのは、インタ ビューを用いた研究においては「聞き手=調査者
=書き手」であるからである。「書き手」たる調 査者が、インタビュー場面で立ち現れた自身のポ ジショナリティを検討することによって、読み手 は「語られたこと」の理解に資する視点を提示さ れる。小倉は、ライフストーリーを書くことには
「語り手、聴き手=書き手、読み手を出会わせ、
この三者が対話的な関係をとりむすんでいくなか で新たな認識や現実を生成していくというコミュ ニケーションが織り込まれている」(小倉 2013:
102-3)と述べるが、この語り手、聞き手、読み 手の 3 者間に生ずるコミュニケーションは、調査 者が自身のポジショナリティを検討することでよ り円滑なものとなる。それはいかにして可能とな るかを、本稿はHさんのインタビューにもとづい て明らかにするものである。
2.先行研究
ライフストーリー研究独自の「『いかに語られ たか』に注意を払う」方法の利用が、実際の研究 にいかに影響するかを示した研究で、つとに知ら れたのが西倉による『顔にあざのある女性たち
―「問題経験の語り」の社会学』(西倉 2009)
である。それは、そこで西倉が「語り手とインタ ビュアーの関係をあらわすメタ・コミュニケー ション」(西倉 2009: 28)の分析に紙幅を割き、
自身のポジショナリティを細密に検討したことに よる。その検討は、西倉の「顔にあざのある女性
であるがゆえの美醜をめぐる問題経験について話 してくれるのではないか」という期待に反し、語 り手たちは「『(美しくない顔以前の)普通でない 顔』であるがゆえの問題経験」を語り、そうした
「齟齬」が現れたインタビュー場面において、西 倉が「当初の想定やそれにもとづく問いを修正し ていく過程」を対象としている(西倉 2009: 28)。
そこから西倉が導き出すのは、自身のインタ ビューで「『二重の排除』がなされていたこと」
(西倉 2015: 63)である。西倉は、その「二重の 排除」を「語り手が、自己の問題が周囲の人びと に誤認/否認されるという問題を語っている場」
で、聞き手たる西倉自身が「その問題経験の語り を誤認/否認していたこと」(西倉 2015: 63-4)
とし、そこに「マイノリティである語り手とマ ジョリティの側に属する私という構図」を見出す
(西倉 2015: 65)。
そこでの西倉のポジショナリティは、調査者― 協力者間に存する非対称性から目を逸らさず、協 力者の語りに誠実に向き合う調査者のそれである。
西倉によるこうした自身のポジショナリティの検 討により、この研究は、インタビュー場面に「二 重の排除」を持ち込みかねない研究者一般たる読 み手や、「マジョリティの側に属する」読み手の 傾聴を要請する。
また西倉は、「いかに語られたか」を記述する 理由を、読み手の「追体験をパフォーマンスす る」ためとする小倉の議論(小倉 2011: 146-7)
を引いて次のように述べる。
小倉が指摘しているように、読者の経験を 組み替えていくような「いわばパフォーマン ス的な調査表現」はたしかに重要である。た だしそれは、読者にみずからの聴取の位置を 問題にさせ、語り手の声を聞くことを「リア ルな出来事」として成立させるような調査表 現でなければならない。(西倉 2015: 70-1)。
ここで西倉は、書き手―読み手間のコミュニ
ケーションにおいて、読み手に自身のポジショナ リティの問い直しを促す表現が要請されているこ とを指摘する。これは、書き手たる調査者が「語 られたこと」のよりよい理解に資する視点を読み 手に提示するに際し、不可欠な要件を明確化する。
その小倉は、近年広島の被爆体験の継承をテー マにライフストーリーの聞き取りを続けている。
とりわけ、広島市立基町高校創造表現コースで行 われている「高校生が被爆体験証言者の話を聞い て、その被爆体験を絵に描いていくという取り組 み」に魅了され、10 年近く追いかけているとい う。その理由の 1 つとして小倉は、幼少期に原爆 資料館で母から曾祖父の被爆体験を聞かされて以 来、夜照明を落として眠れなくなり、原爆の写真 や原爆資料館に強い忌避感を抱いてきたことを挙 げる。そうした感情を小倉は、40 年もの長きに わたり持ち続けた(小倉 2020: 207-8)。
小倉は、この取り組みに参加する人々へのイン タビューにもとづく論考で、自身のそうしたトラ ウマ的感情を、この取り組みに注目することの根 本にある「原問題」と位置づける(小倉 2018:
24)。くわえて、この取り組みに参加する高校生 の保護者のなかに、自身のトラウマ的経験と似た ような経験を持つ人の存在を認め、その人と語り 合ううちに〈エンパワーの連鎖〉を感じる(小倉 2020: 237-47)。それは、この取り組みに参加す る被爆体験者の思いに触れた高校生が原爆の死傷 者たちを「『ひとりの人間』として『見れるよう に』なっていく」プロセスで生じたもの(小倉 2020: 231)であり、小倉自身も「高校生たちが 原爆の絵を描く取り組みのなかで変化していく姿 を追体験していくうちに」自身のトラウマ的経験 を直視できるようになっていく過程で実感したも の(小倉 2020: 252)だった。
こうした小倉のポジショナリティは、一調査者 としてのそれを超えるものと理解できる。小倉は、
直接の被爆体験を持たない非被爆者としての自ら のポジショナリティを、原爆の絵を描く取り組み での高校生の変化や、その保護者である広島市民
のトラウマ的感情を共有する者として打ち出す。
しかし、既述の西倉が取り上げた議論を参照する なら、そこには読み手の「追体験」を促す調査者 としてのポジショナリティが潜んでいる可能性が ある。悲惨な被爆体験を忌避しがちな市民一般、
つまりは読み手に対し、小倉は自らの忌避感が変 化していった経験を書き込むことで、被爆体験を
「ひとりの人間」の経験として認識することを促 すのである。
一方、自身も当事者としてのポジショナリティ を負うて、アルビノ当事者のライフストーリーに 取り組むのが矢吹康夫である。2017 年刊行の
『私がアルビノについて調べ考えて書いた本― 当事者から始める社会学』(矢吹 2017)は、著者 近影を表紙に抱き、「どうすれば私は納得できる のか?」と題された序章から始まる。当事者であ り、当事者たちのライフストーリーの聞き手でも ある矢吹のポジショナリティは、本書を手に取っ たばかりの読み手にも明らかである。
実際のところ矢吹は、初学者向けの社会調査法 テキストで「仲間内の『あるある』」の聞き取り により研究を始めることを推奨している(矢吹 2016: 14)。そこで事例とした自身の論文(矢吹 2011)の協力者たちを、矢吹は「自分と同じよう な経験をして、それを語り合った仲間たち」と表 現する(矢吹 2016: 15)。その記述からは、聞き 手と語り手の経験の重なり合いや両者のポジショ ナリティの同質性が、矢吹の研究では前提とされ ていることが理解される。
しかしそこには、初学者を研究にいざなう目的 があった。かたや矢吹は、「当事者同士だからと いって無批判に同質性が担保されるわけでもな い」と明言する(矢吹 2017: 162)。たとえば実際 のインタビュー場面の記述には、自身の想定にお さまらない語りが得られ、矢吹が「苛立っ」たり
「辟易し」たりするようすが示される(矢吹 2015: 172)。矢吹はそうした事態に陥った理由を、
自らが「調査協力者から特定の語りを引き出そう とする構え」にとらわれてきたことで説明する。
矢吹はその「構え」を「差別―被差別の文脈」
(桜井 2002: 169-70)にあるものと位置づけ、そ れにとらわれてきたのは、自身が調査者であり当 事者でもあることに起因すると述べる(矢吹 2015: 171-2)。
当時の矢吹は、「クレイム申し立てとして承認 されにくい問題経験とそれへの対処戦略を聞き取 ろうと考えていた」という。それを矢吹は自身の
「構え」と捉えるのだが、その「出発点」には矢 吹自身がアルビノ当事者として「日常生活のなか でイライラしたりムカついたりする」経験があっ た(矢吹 2015: 172)。ここで表現された矢吹のポ ジショナリティは、インタビュー場面に自身の
「構え」を持ち込む調査者としてのそれである。
しかし矢吹の場合、その「構え」は当事者として の自らの経験にもとづく。そうした「構え」の根 底にある「問題経験」のリアリティを介して、矢 吹のポジショナリティは、読み手に「クレイム申 し立てとして承認されにくい問題経験」と向き合 うことを要請する。
さてここまでで、ライフストーリー研究におけ る調査者のポジショナリティの検討が、これら 3 者の研究において、いかに「語られたこと」のよ りよい理解に資することとなったか、語り手、聞 き手、読み手の 3 者間に生ずるコミュニケーショ ンをいかに円滑なものとしたかを記した3)。そこ で確認された 3 者のポジショナリティを簡潔に述 べれば、調査者(西倉)、調査者+調査協力者と 経験を共有する者(小倉)、調査者+当事者(矢 吹)であった。翻って、肺がんⅣ期と向き合うH さんを調査協力者とする本稿は、調査者であり、
肺がん以外のがんの罹患経験があって、がん罹患 にまつわる複数の側面でHさんと経験を共有する 者でもある筆者のポジショナリティが、インタ ビュー場面でいかに立ち現れたかを検討する。
筆者は 2005 年に胃がんの告知を受け、胃と脾 臓の全摘手術と術後抗がん剤治療を受けた。当時 40 代前半だった筆者は未就学児の親であり、イ ンタビュー時のHさんには小学生の子があった。
また、筆者のがんの罹患経験や家族構成は、Hさ んにインタビュー前に伝わっていた。以降では、
そうした状況がHさんの語りに影響を及ぼした可 能性を示唆し、その影響下で行われたHさんへの インタビュー場面で、筆者のポジショナリティが いかに立ち現れたかを検討する。くわえて、そう した筆者のポジショナリティの検討が、「語られ たこと」のよりよい理解をいかに読み手に提供す るか、語り手、聞き手、読み手の 3 者間に生ずる コミュニケーションをいかに円滑なものとするか を明らかする。まず次節では調査概要を示し、H さんが筆者についての情報にあらかじめ触れるこ ととなった経緯を記す。
3.調査概要
既述のとおり、筆者は過去 5 年ほどのあいだグ ループ O および J 会の活動を支援し、その過程で 出会った肺がんと向き合う人々にインタビューを 実施してきた。これまでに 17 名の肺がん患者・
家族に対し、計 22 回のインタビューが実現した。
インタビューへの協力を依頼する際、筆者はそ の概要を文書で伝える。そこには、生年月日、出 身地、家族構成、職業にくわえ、肺がんが見つ かった経緯やそれまでに受けた医療、病院で受け た診療以外のサポート、病院外での活動や職業生 活などについてお話しいただきたいと記す。ただ し、インタビューは一問一答式に進めるのでなく、
これら以外に話していただけることがあればうか がいたいと考えていることも伝える。
その際に、筆者は自身についても知らせる。筆 者は胃および脾臓の全摘手術と術後抗がん剤治療 を受けたが、そうしたがんの罹患経験だけでなく、
職業経験や家族構成も伝える。そうするのは、筆 者が聞き取ろうとする調査協力者の経験が、がん の罹患に直接影響を受ける以外の局面に及ぶ可能 性があると考えるからであり、「相手に聞くのな ら自分のことも話さねばフェアでない」という思 いからである。
Hさんへのインタビューも、そのような過程を 経て 2019 年 4 月に実現した。H さんの肺がんは 2011 年に見つかったと考えられるが、当時 H さ ん自身が 30 代前半とまだ若く、長女が生まれた ばかりだったこともあって確定診断に至らなかっ た。翌年の経過観察で悪化の兆候が認められ、
2013 年に手術に臨み、左上葉が摘出されること となった。
術後の抗がん剤治療は副作用もなく予定どおり 終え、毎月の経過観察で問題が発見されることも なかった。よって 2017 年に話が持ち上がった夫 の台湾赴任にも、主治医に相談のうえ同行するこ ととなった。しかし転居に必要なさまざまな手配 を済ませ、これが引っ越し前の最後の診察という ときに再発が見つかる。夫の転勤は急遽とりやめ となり、Hさんには分子標的薬による治療が開始 される。インタビュー時、その薬剤の効果は 2 年 以上続いており、Hさんは副作用に悩まされ、そ れに耐性ができることを懸念しつつも、罹患前と 大きく異なることのない日常を送っていた。
Hさんへのインタビューを本稿でとくに取り上 げるのは、Hさんと筆者が「同じ抗がん剤を使っ たがん患者」だったり、ともに「幼い子をもつが ん患者」であったことに、インタビュー場面にお ける筆者のポジショナリティが影響を受けたから である。次節ではそれにより筆者の調査者として のポジショナリティがいかにして立ち現れ、どの ように変容したかを、インタビューの逐語録を引 用しながら検討していく。
4.調査者のポジショナリティはいかに立ち 現れたか
4.1 協力者と抗がん剤治療の経験を共有する調 査者のポジショナリティ
最初に取り上げるのは、Hさんが自身の術後抗 がん剤治療の経験について述べる場面である。筆 者も術後抗がん剤治療を受けていたので、Hさん は自身の経験を語りながら、筆者の経験との異同
を確認することになる。
H: なんか、胸膜に少し浸潤してて。(ス テージは)IA じゃなくて、IB ですって いわれて。B だと、一応(術後は)飲み 薬 の 抗 が ん 剤 。 U F T [ ユ ー エ フ ティー]って胃がんでも飲みます?
*( =筆者):飲みます飲みます。飲んでま した。
H: あ、飲んでました? UFT を 2 年間飲 むことになって。それもでも先生も、な んていうか、「どうしますか?」ってい うんですよね(笑)。
*: (笑)そうそう、そうでしたよ。
H: 「『どうしますか』って?」って思って
(笑)。「えっ?」と思って。(略)でもこ れ、ぜんぜん副作用もなくて。
*: そうだったんですね。
H: ありました?
*: 私は途中で、白血球ががーって下がって しまい。
H: ああ、合う人と合わない人が。
*: ねえ。結局、でも先生もはっきりいわな くて。なんか「お守りみたいなもんでも あるから」(笑)。
H: (笑)そうそう、そうなんですよ。「そう いうのって、選べないー」と思って。
*: (笑)やっぱりそうでしょう。だから結 局、どんどん減薬したので。
H: ああ、そうなんですね。
*: なんか、意味あんのかなあ。しかも、休 薬もしたし。当初、1 年半から 2 年って いわれて。今でもよくわかんないですね、
あれがどうだったのか。
H: そう、私も。結局再発したので、あれ飲 んで意味あったのかなって、今は思っ ちゃうんですけど(笑)。
H さんの「UFTって胃がんでも飲みます?」
という発言は、胃がんの治療法一般についてたず ねているようである。だが、筆者も術後抗がん剤 治療を受けたとの情報にもとづき、薬剤名を確認 しようとしたとも考えられる。それに対して筆者 は「飲みます飲みます」とまず答え、「飲んでま した」と自身の経験で締めくくる。肺がんのHさ んと胃がんの筆者の抗がん剤治療の経験が、ずれ ることなく重ね合わさった瞬間である。
だが、その薬剤の副作用については、Hさんと 筆者の経験は異なる。副作用をまったく経験しな かったというHさんに、筆者が「そうだったんで すね」と答えたので、Hさんは「ありました?」
とたずねている。筆者にも副作用の経験がなけれ ば、同意の応答があるだろうとHさんは想定して いたが、そうでなかったことでなされた質問で あった。
くわえて、この術後抗がん剤治療の効果につい ての考えを、Hさんと筆者はそれぞれの主治医と のやりとりにもとづき共有している。H さんは
「どうしますか?」とたずねられ、筆者は「お守 りみたいなもん」といわれたという経験がある。
どちらにも主治医から強く薦められなかったとい う経験があり、その際の不確かな思いの重ね合わ せが行われている。
このやりとりでまず立ち現れたのは、肺がんの Hさんと同じ薬剤を使って術後抗がん剤治療を受 けた胃がんの筆者というポジショナリティであっ た。だが、副作用の経験は異なっており、その効 果についての主治医の態度の不確かさは似通って いた。検査や治療、その効果や副作用などについ ての情報交換は、がん患者に限らず病者のあいだ でしばしば行われることであり、患者会やピアサ ポートの機能を明らかにした研究でもそれは示さ れている(高橋 2007、伊藤 2013 ほか)。そうし た機会に情報をやりとりするうち、がん患者たち は互いの経験の異同を確認する。そこで同じ経験 が見出されれば、共感につながるかもしれない。
異なる経験が認識されれば、将来の自分や周囲の 人に役立つ情報が得られたのかもしれない。情報
を交換するがん患者たちが抱く思いは、確認され た互いの経験の異同によってこのように変化する 可能性がある。筆者のここでのポジショナリティ は、まさにそうしたがん患者のそれである。
4.2 協力者の語りに召喚された調査者のポジ ショナリティ
次に提示するのは、再発時の「パニック」につ いてのHさんの語りである。Hさんは、子の幼稚 園卒園を待って転居する準備を進めていた。事前 に現地を訪れて家族 3 人で新居を決め、子の日本 の小学校への入学を辞退し、現地の学校への入学 手続きを済ませたのち、Hさんの再発が判明する。
以降では、再発治療の分子標的薬の選択に手をか けられず、入院中に子の入学準備をする慌ただし さが語られる。
H: イレッサ4)は比較的副作用が穏やかだ ろうっていわれたので。娘もまだ手がか かるし、そっちを優先しようっていうこ とで、イレッサにしようってことになっ て。でもその選択肢も、もうその 1 週間 ぐらいで決めなきゃいけなかったから。
「どうしよう」って思って。夫の台湾の 話とか、学校の話とかのなかで(笑)。
自分のことはもうどうでもよくなっ ちゃって。
*: あー。
H: 「じゃあ副作用少ないほうでお願いしま す」みたいな感じで選んじゃったかな。
何か調べてとかじゃなくて。もう先生の いいなりですよね、そのときは。まえ もって準備があれば、「次、こうなった らこれにしてください」とかっていえる んでしょうけど。そういう知識もないま まに、ただ提示されるがままどれかを選 んで、みたいな感じでしたね。
*: それが、その大変だった 3 月。
H: そうです、3 月の末から 2 週間入院した
かな。1 週間?
*: 副作用とかがないかどうかを見るために。
H: そうですそうです。間質性肺炎とか。
*: そうですね。
H: 1 週間入院して。春休み中に入院して、
入学式に間に合うように。
*: ああ、そうだ。すごい、もう考えただけ で。
H: もう、パニックですよね。
このときの筆者は、Hさんの語りをまずは肺が ん治療についてのものとして聞いていた。イレッ サは保険適用当初、副作用の被害者が多数出たこ とで知られる分子標的薬である。筆者の関心は、
その選択に至るまでのHさんの経験や、治療開始 後の H さんの体調変化などを聞き取ろうとする
「構え」に支配されていた。
だが「春休み中に入院して、入学式に間に合う ように」とのHさんの発言で、小学校に入学する 子の親としての経験にまつわる筆者の記憶が刺激 される。通常の入学準備のみならず、Hさんは台 湾の学校への入学予定を取り消し、いったんは辞 退した日本の小学校への入学手続きを行った。し かも、再発肺がんに対する治療法を選択せねばな らない。これほどの事象が重なったことの困難は、
筆者自身が経験した小学校に入学する子の親とし ての慌ただしさをはるかに上回る。Hさんがそれ を伝えようとしていることにようやく思い至り、
筆者は「ああ、そうだ。すごい、もう考えただけ で」と言葉を失う。
続いてHさんは、入院中は生じなかったイレッ サの副作用が、退院後に重篤な皮疹として現れた ことを語る。それも、小学校に入学する子の親と しての経験との関係で語られる。
H: 入院中に算数セットのおはじきに印鑑を 押して。
*: ああ、わかります。
H: でも、暇でよかったと思って。
*: いや、それはー。
H: 分子標的薬の副作用って、ぜんぜん出な い人は出ない。私、まったくなくて。ほ んとに暇な 1 週間。もう、本を読む
(笑)、印鑑を押す(笑)、クロスワード やる、みたいな(笑)。(略)したら入学 式のときに、すっごい皮疹が出てて
(笑)。顔がめっちゃ汚くて。最悪でした。
*: 退院してから出たってことですか。
H: そうです。退院して顔に出たんです、私。
*: 顔に出るって(どんなふうに)?
H: ひどかったんです、私なぜか。最初、頭 に出て。頭がかゆくてかゆくてしょうが ないんですけど。見てもらっても出てな いっていわれたんですよ、皮疹が。でも、
すっごいかゆくて。ふけ、みたいになっ ちゃって。乾燥だったみたい、いま思え ば。で、顔に。このマスクする、ここ。
(目から下を示して)こっから下が、と にかくすごくて。大きなにきびが 2 つ 3 つ重なって、すっごい大きいにきびみた いになるぐらいひどくて。化粧もできな いし。
*: うーん。
H: みんなきれいに着飾ってるなか、ひとり で。
*: そうですよねー。
H: 顔、今見たらすごい色で塗ってますけど
(笑)。
*: あー。
H: すっごい血色悪いの。こんな顔で写真撮 りたくないなと思ったけど、まあね、小 学校の入学式だし。
「算数セットのおはじきに印鑑を押して」は、
小学校で子が使用する道具類に名前つけをするこ とを指している。入院中は副作用が出なかったの で、入学準備がはかどったという語りである。
「入学式のときに、すっごい皮疹が出てて」「化粧
もできないし」「みんなきれいに着飾ってるなか、
ひとりで」などでは、子の小学校入学という晴れ やかであろう状況と肺がん治療やその副作用が重 なったことの困難が語られる。「こんな顔で写真 撮りたくないなと思ったけど」は、入学式の日に 親子で参加する記念写真撮影の際の記憶にもとづ く。
この語りがこうした具体性を帯びたのには、イ ンタビュー時には高校生になっていた子が筆者に あるという情報に、Hさんが事前に触れていたこ とが関係していると思われる。聞き手である筆者 にも小学校に入学する子の親としての経験がある と理解したHさんの語りは、自身と筆者の経験を 重ね合わせるようなものとなったのではないか。
それによりHさんの再発時の困難は、より詳細に 筆者に伝達された。
ここまでのHさんと筆者のやりとりのうちに、
まず立ち現れたのは筆者の調査者としてのポジ ショナリティである。かつて社会問題化したイ レッサ利用についての語りは、調査者として聞き 取るべきものと筆者には思われた。だが、Hさん の語りにより召喚されたのは、小学校に入学する 子の親としての経験をHさんと共有する者として のポジショナリティだった。小学校に入学する子 の親が経験する慌ただしさを知る者であるなら、
そのうえに肺がん再発や薬物治療の開始が発生し た際の困難をより想像しやすいはずだ。そうした 存在として、筆者はHさんに期待されたともいえ る。筆者の聞き手としてのポジショナリティは、
かようにしてHさんの語りにより、話し手と一定 の経験を共有する者としての役割を担う。
4.3 語り手となった調査者のポジショナリティ 最後に引用するのは、がん患者を親にもつ子ど もたちの交流についての語りである。これが現れ たのは 2 時間以上続いたインタビューの最終盤で、
Hさんはそれまでに、子をもつがん患者たちが集 まるグループでの自身の活動について語っていた。
そのグループでは子ども連れで参加できる活動も
実施されており、Hさんはそうした機会にがん患 者を親にもつ子どもたちが交流することの意義を 強調した。
たとえばHさんは、そのグループが一般向けの イベントで実施したクイズについての記憶をたど る。がんにまつわる固定したイメージの払拭を目 的としたそのクイズでは、「がんになると旅行に 行けない、〇か×か」といった問題が出された。
それを聞いた子どもたちは、「行けるよね」「だい じょぶだよね」「うち、行ったことあるある」と 口々にいったのだという。
S・ソンタグががんの神話化の結果として指摘 する「癌=死」というイメージ(Sontag 1988=
1992: 150)は、いまだ根強く残る。インタ ビュー中にHさんも語るとおり、がん患者を親に もつ子にとって、親のがん罹患は「ふつうのお友 達だったら話せないこと」だろう。だがそのイベ ントでは、子どもたちはそうした会話を自然に交 わしていた。それをHさんは「おもしろかった」
「すごい」と評価する。がん患者を親にもつ子ど もたちが直接に交流するうちに、そのような開か れたコミュニケーションが実現することを、Hさ んは自身の経験にもとづき認識していた。
そうしたHさんの語りに心動かされた筆者は、
自身の経験を語ることになった。次に、逐語録か らその部分を引用する。
*: 昔の息子を(そのイベントに)連れて行 きたい。
H: 思い出しました? ごめんなさい。(略)
大丈夫ですか。
*: すいません。なんか(子どもが)小学校 6 年生くらいのときに。ごめんなさい、
また自分の話してますけど。
H: いいですよ。むしろ聞きたい(笑)。
*: (子どもは)塾に行ってたんですよ、そ の頃。その仲間のお母さんが、どうやら 乳がんだったみたいで。私もうわさで聞 いてたんで。それこそキャップをかぶっ
てたりもしてたんで、治療中なんだなあ と思ってて。なんか 2 人で、「僕のお母 さん、がん」っていう話をしたっていう ことだけは聞いて。
H: 子ども同士で?
*: 子ども同士で。
H: あー。
*: 「何々君が、『僕のお母さん、がん』って いうんだよ」っていうんですよ。しょう がないから「で、××はなんていった の?」って。あ、(子どもの名前は)×
×っていうんですけど。(当時)小学 6 年の、口の遅い、今でもよくしゃべらな い男ですが(笑)。
H: (笑)
*: 黙っちゃって。「『僕のお母さんも、が ん』っていった?」っていったら、「う ん」って。もう、イエスかノーかわから ない。
H: あー。
*: そこで、小 6 の男の子 2 人がどんな会話 を交わしたかと思うと。
H: 不安なのか。でも、知りたいですよねえ。
*: わかんなかったです、最後まで。でも やっぱり私としては、もう(告知を受け てから)何年も経ってたんですけど、一 体どんな思いで子どもたちがね、気持ち をやりとりしたかと思うと、なんかもう 切なくなって。ちゃんと(自身のがん罹 患について)話してもあげられなくて、
知らぬ間に彼は知ったみたいな感じなの で。
H: ああ、そうなんですね。
*: ぜんぜんちゃんとできませんでしたね。
ぜんぜんできなかったです。なので、も う今から思うと、かわいそうなことした なあって。
冒頭で筆者は、がん患者を親にもつ子どもたち
の交流の場に、自身の子を連れて行ってやりた かったと述べている。それに続くHさんの「大丈 夫ですか」は、涙目になった筆者を気づかっての 発言である。筆者は、自らの子が友だちと交わし た親のがんについてのやりとりを、それを報告し た際の子のようすから「切な」いものと位置づけ る。また自身のがん罹患を子に的確に伝えられな かった記憶をたどり、「かわいそうなことした」
との思いを口にする。筆者は自らの経験をネガ ティブな思いで振り、聞き手であるにもかかわら ず自身の経験を語る。
しかし、Hさんががん患者を親にもつ子どもた ちの交流について抱くイメージは、はるかに前向 きなものである。それは、既述の「クイズ」の際 の子どもたちの言動といった、子をもつがん患者 たちのグループでの活動で知り得たものにもとづ くと思われる。インタビュー時のHさんは、子ど もたちが親のがんについて話し合うようすを、筆 者の子の場合も知りたいと考えたのか。「ごめん なさい、また自分の話してますけど」と躊躇する 筆者に、「いいですよ。むしろ聞きたい」と笑い ながら応答する。
ここでは、「幼い子をもつがん患者」であるこ とをHさんと共有しながら、その事実にまつわる のはネガティブな記憶ばかりという筆者の個人的 なポジショナリティが前景化した。ひいては筆者 は、聞き手でありながら語り手のポジショナリ ティに立った。一方、Hさんは、幼い子をもつが ん患者としての自らの経験において、たとえばが ん患者を親にもつ子どもたちの交流の可能性と いった前向きな要素を認識している。Hさんは、
幼い子をもつがん患者であることについての情報 収集にも前向きで、筆者の語り手としてのポジ ショナリティはそれに支えられたのだった。
5.おわりに―調査者のポジショナリティ の検討は「語られたこと」のよりよい理 解にいかにつながるか
前節では、Hさんへのインタビュー場面におい て、調査者たる筆者のポジショナリティがいかに して立ち現れたかを検討した。4. 1 で取り上げた 場面では、筆者のポジショナリティは、Hさんと
「術後抗がん剤治療の経験を共有する者」として 現れた。その経験の複数の側面で、Hさんと筆者 は互いの経験の異同を確認することとなった。
4. 2 の場面では、筆者のポジショナリティは、ま ず肺がん医療における問題経験についての語りを 聞き取ろうとする調査者のそれとして現れた。し かし H さんの語りが進むうちに、「小学校に入学 する子の親」としての経験をHさんと共有する者 としてのポジショナリティが前景化した。くわえ て 4. 3 の場面では、H さんと筆者の共通項が「幼 い子をもつがん患者」であることに焦点が当たっ た。だが、がん患者を親にもつ子どもたちの交流 についての経験がHさんと筆者では異なり、その ことに心動かされて、聞き手としての筆者のポジ ショナリティは語り手のそれになった。
桜井は、語りを「インタビューの場で語り手と インタビュアーの両方の関心から構築された対話 的混合物にほかならない」(桜井 2002: 30-1)と 位置づけるが、筆者のポジショナリティは、Hさ んとのあいだで「対話的混合物」たる語りが生成 されるにつれ変容した。また桜井は、インタ ビューにおける聞き手の自己が「多元的な自己」
や「変容する自己」として現れることを指摘した
(桜井 2012: 49)が、筆者のポジショナリティも 決して一元的でなかったし、変容を繰り返した。
筆者は 2 節で取り上げた先行研究の執筆者 3 名の ポジショナリティを、まずは「調査者(西倉)、
調査者+調査協力者と経験を共有する者(小倉)、
調査者+当事者(矢吹)」と捉えた。だが、H さ んへのインタビュー場面で実際に起こっていたこ とは、調査者のポジショナリティのそのような模
式化した把握を超えるものだった。
では、インタビュー場面のこうした検討は、
「語られたこと」のよりよい理解にいかにつなが るだろうか。それは、調査者たる筆者のポジショ ナリティを、協力者たるHさんからの働きかけに より立ち現れたものとして位置づけることで可能 となる。たとえば 4.1 でHさんは、自身が服薬し た薬剤名を挙げ、「胃がんでも飲みます?」との 問いを発した。また、自身の副作用の経験につい ての語りに対する筆者の「そうだったんですね」
という応答に、Hさんはがん患者としての互いの 経験の異なりを察知し、「ありました?」と確認 した。4. 2 では、H さんが「算数セットのおはじ きに印鑑」を押したり、入学式で写真撮影に参加 した経験に言及することで、筆者の小学校に入学 する子の親としての記憶が刺激された。そうした H さんからの働きかけの結果として、4. 3 におけ る筆者の語りが引き出されたとも考えうる。4. 2 では、問題経験の聞き取りに勤しむ研究者として の「構え」に、当初とらわれていた筆者であった。
だが、「幼い子をもつがん患者」としての H さん の経験に耳を傾け、自身の経験をそれに重ね合わ せるうちに、そうしたがん患者が経験する困難を 実際に経験した者としての筆者のポジショナリ ティが引き出された。
そのような検討結果を手にした書き手としての 筆者は、語り手に働きかけられ、それに呼応して 立ち現れた自身の聞き手としてのポジショナリ ティを、その変容過程も含めて開示し、読み手の 理解に資する視点を提供する。それにより、「幼 い子をもつがん患者」であるのみならず、ライフ イベントの生起が重なる年代にあってがんと向き 合う病者が経験する困難の理解を読者に促す。H さんは出産後まもなく肺がん罹患を示唆され、そ の子の小学校入学や夫の海外赴任の予定と再発治 療の開始が重なった。そのようなHさんの経験の 一部を共有する筆者とHさんとのやりとりを、両 者が働きかけ働きかけられ、その「同」の経験の みならず「異」の経験までが表出する過程を含め
て検討することで、個々の経験の切実さがリアリ ティをともなって浮かび上がる。そうした調査表 現をとおして、たとえば若くしてがんと向き合う 人に対する「哀れみ」(齋藤 2021)に支配された 固定的な把握の仕方でなく、それぞれの「生」を 生きる具体的な個人の経験についてのものとして Hさんの語りを理解することを、筆者は読者に要 請する。
西倉は「いかに語られたか」の記述に注力する 理由を説明するに際して、「読者にみずからの聴 取の位置を問題にさせ」ることを促す調査表現の 必要を説く(西倉 2015: 70)。本稿が導き出すの も、がんの経験についての固定した考えにとらわ れかねない読み手のポジショナリティを問題にす ることの必要である。元来がんは「『細胞の老化』
が原因で起こる病気」(中川 2013: 166)と位置づ けられ、患者には高齢者が多い。だが昨今はより 若いがん患者も増えており、15~64 歳の生産年 齢にある人々のがん罹患数は上昇している(厚生 労働省 2016)。2017 年の新規罹患数約 97 万 7000 のうち、15~64 歳の罹患は約 24 万 7000 であっ た5)。毎年新たに罹患するそれらより若いがん患 者たちの経験を、個々の患者の語りにもとづき提 示することで、現状では決して十分とはいえない そうした経験についての人々の理解を本稿は促す。
調査者としての筆者のポジショナリティとそれを 引き出したHさんの語りを仔細に検討したことに より、そのような経験についてのより掘り下げた 理解の促進は可能となる。
しかし、こうした検討の結果を前にして改めて 気づくのは、がんの罹患経験の理解の前提として 不可欠な要素でありながら、がんの経験の開示が 実は容易でないことである。がんは、年間 100 万 近くもの新規罹患者が出て、過去 40 年近くのあ いだ日本人の死因第 1 位であり続ける身近で深刻 な疾患である。医学や医療の進展により患者の生 存率は向上しているが、「癌=死」のイメージは 根強く残る。それについて語るのは身近な人との あいだでも簡単でなく、たとえば筆者が語ること
になった子にまつわる経験は、そうした事象の一 例とも考えうる。またHさんも述べるとおり、が ん患者を親にもつ子にとって、親のがん罹患は
「ふつうのお友達だったら話せないこと」にちが いない。だが、Hさんの語りには、がん患者を親 にもつ子ども同士の交流がそうした「秘匿」を超 える可能性が表現されていた。子どもたちのみな らず、がんと向き合う人々のそのような行動がは らむ可能性の先に、がんの罹患経験の開示とその 社会的な理解がより広まる将来はあるのかもしれ ない。
小倉は、「ライフストーリー研究の what から how への着眼点の転換は、ふたたび what の問題 を浮上させる」と説く(小倉 2013: 101)。本稿も ここまで、読み手に「語られたこと」のよりよい 理解をもたらすにはどうすればよいかの、how についての議論に注力してきた。そのうえでこれ から取り組むべきは、Hさんと筆者のやりとりを how の視点で検討した結果として浮かび上がっ てきた論点であろう。その議論は、たとえばがん の罹患経験を社会に開いていく方法を探究する what についてものとなろう。だがそのための紙 幅は、今回はもはや十分でない。ここではそれを 今後の自身に課すにとどめ、筆を置こうと思う。
付記
本稿は 2019 年度立教大学学術推進特別重点資 金(立教SFR)の助成による研究成果の一部であ ります。また、これまでの調査にご協力くださっ たHさんをはじめとする肺がんと向き合う方々に 心からお礼申し上げます。
注
1) 桜井は、ライフストーリー研究を含む質的研究が 盛んになったことの背景にあるものとして 5 点を 挙げ、とくに「新しい社会問題」が登場したこと と、文字資料の少ないマイノリティのオーラリ ティに注目した研究が盛んになったことのインパ
クトを強調した。つまりは質的研究に注目が集ま る要因を、それが社会学的方法論として評価され たことより、「まず社会が求めた」ことで説明して いる(桜井・西倉 2017: 60-3)。
2) 小倉のこの論考を収載した著作(藤田・北村編 2013)で、北村文は「ポジショナリティ」を、調 査者と調査協力者が「位置づけ、位置づけられ、
位置づけあうという動態的な過程」(北村 2013:
35)を指すものとしている。「ポジショナリティ」
は「所属する社会的集団や社会的属性がもたらす 利害関係にかかわる政治的な位置性」(池田 2016:
318)などと把握されるが、本稿では「調査者がど こに位置しているか―誰が、どこから、どう見 る・書くのか―を問いかける概念」(北村 2013:
34)として用いたい。
3) 本稿では取り上げなかったが、ライフストーリー が「いかに語られたか」をもっぱら焦点化した研 究に、高山真の『〈被爆者〉になる―変容する
〈わたし〉のライフストーリー・インタビュー』
(2016)がある。そこでの主題はライフストーリー が「いかに語られたか」、それを高山が「いかに聞 いたか」の検討であり、「いかに語られたか」につ いての議論の位置づけは「語られたこと」の理解 を促す以上のものである。
4) 分子標的薬の一種で商品名。一般名はゲフィチニ ブ。
5) 「平成 29 年全国がん登録 罹患数・率報告」(厚生 労働省 2020)にもとづき算出した。
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