「世界都市」東京における若者の〈学校から雇用へ〉の
移行過程に関する研究
はじめに
乾 彰夫
ここに発表する四つの共同研究論文は、若者 の〈学校から雇用へ〉の移行をめぐる実態はい まどうなっているのか、そのことを東京という 地域の変容の中で捉えようとする私たちの共同 研究の中間的な報告である。近年、若者の〈学 校から雇用へ〉の移行過程は急速に変容してい る。そしてその変容は、とりわけ東京を中心と した首都圏において顕著である。しかし、変容 する移行過程は、いま若者たちの中にどのよう な状況を生み出しているのか、そしてそれは、
東京という地域全体の社会構造的変容とどう結 びついているのか。
1990年代半ば以降の若者の〈学校から雇用 へ〉の移行過程変容をめぐっては、教育学・教 育社会学・労働経済学などから注目され、一連 の調査がすでに行われている1)。これらの調査 からは、①フリーターが全体として高卒以下の 低学歴層に偏っており(日本労働研究機構 2001)、両親の学歴や父親の職業など社会階層 的影響が見られること(お茶の水大学教育社会 学研究室2000)、②無業者・フリーターの発生 割合が高校偏差値や個人の学校内成績などと相 関していること(日本労働研究機構2000b)、③ 高校3年1月時点でフリーター予定の生徒たち の多くが当初は就職など他の進路を志望してお
り、正社員就職が困難などの理由で途中からや むを得ずフリーター予定となっていることな
ど、重要な事実が明らかにされている(同前)。
また、フリーター層の多くが「やりたいこと」に 強いこだわりを持っている(日本労働研究機構 2000)など興味深い指摘もある。さらに、これ らの調査のほとんどが、都内または首都圏の高 校生・若者を対象としているが、これは研究機
関の集中ということに加え、高卒無業者・ブ リーターの増加が東京を中心とする大都市部で 顕著であることを反映している。
だが、これらの調査研究のほとんどは、質問 紙法・面接法ともに、ある時点での高校生や青 年の状況を横断的に切り取ったものであり、現 在の変容が生み出している移行過程の長期化や 複雑化についてそのプロセスを十分にカバーす るものとはなっていない。さらにこうした移行 変容は、学校後の若者たちをとりまく若年労働 市場の構造的な変容と深く結びついていると考 えられるが、そうした若年労働市場変容の問題 には、必ずしも本格的なアプローチがなされて いない。とくに東京は、金融や情報の集積の中 で急速な「世界都市(global city)」化が進行して おり、その中で就業層全体の高学歴化とホワイ トカラー化が進行しているといわれている。し かしこうした状況と、高卒無業者の割合が全国 的に最も高く、すでに96年3月時点で無業者が 就職者を上回っているという状況とは、どのよ
うな関係にあるのだろうか。
〈学校から雇用へ〉の移行過程変容は、80年 代以降、ヨーロッパ・北米などの先進諸国に共 通に生じている状況である。そこでは、産業・
雇用構造と社会構造の変容に伴う移行過程の長 期化と複雑化、若年労働市場の不安定化などが 共通に指摘され2)、また、従来の移行モデルに替 わる新たなモデルの模索などの論議が広がって いる:)。移行過程の長期化と複雑化はそれに応 じた新たな研究方法を要請しており、例えば研 究方法においても一定の対象年齢層(コーホー
ト)を数年間にわたって追跡する4}など移行プ ロセスを明らかにする新たな方法が採り入れら
1
「教育科学研究」 第20号 2003年12月
れている。
そうした中で私たちが注目したのは、ボール らのロンドンにおける研究5}である。ボールら は、1995年秋にロンドンのある公立中学校
(comprehensive school)を卒業した100名あまり の若者を4年間にわたりインタビュー調査を中 心に追跡するとともに、彼らの移行過程を「新 しい経済(new economy)」と 「消費社会
(consumerism)」化する「世界都市」ロンドンと いう空間の中に位置付けて捉えている。ボール
によれば、「世界都市」は「雇用変化の二元的な パターン」、すなわち一方に専門・管理職の増大
と他方に多数の労働人口のマクドナルド化とに よって特徴づけられる。そしてとくにこれまで 比較的安定していた、男性の学歴・資格なしに 入職可能であった熟練マニュアル職種が大きく 減少し、「労働世界において定まった地位や将 来がない」縁辺的な状態に多くの若者をおいて いるという6)。またボールらは、若者の生活の中 への消費文化と余暇活動の拡大の中で、それら が若者のアイデンティティ (またはアイデン ティティズ)の形成において無視し得ぬ位置を 占めていることを明らかにしている。さらにこ こでは、若者たちの日常生活における時間と空 間の展開のありように階層的な格差が存在する こと、すなわち一方には自分の生まれ育った一 つのストリートを中心とした極めて狭い範囲 が、空間を描く限界である者がいる一方で、外 国さえも身近な空間と感じ「距離をめぐる軋 礫」を容易に乗り越えられる若者たちがいるこ
とが描かれている。
こうした内外の先行研究を受けながら、私た ちは、第一に、若者をとりまく東京の雇用構造 がどのように変化しているかという点に着目し た。この間の移行過程変容は「新規学卒就職(正 規雇用)」慣行を急速に崩しているが、それは若 年者をめぐる雇用構造の変容とどう関わってい るのか。国勢調査など各種の統計分析を用いた 私たちの今回の研究からは、いくつかの重要な 点が浮かび上がっている。例えば高卒者を中心 とした雇用状況に着目すると、この20年ほどの 産業・職業構造等をめぐる変化には、成人と若 年者との間に大きなズレが生じてきている。ま た、「学校基本調査」などが明らかにする正規雇
2
用入職者に限った産業・職業構造と「国勢調査」
などが明らかにする若年就業者全体の産業・職 業構造に生じている大きなズレからは、もっぱ ら「非正規」ルートの入職にたいしてのみ開か れている若年雇用の領域が大きく広がっている ことが確認された。また、ボールらの指摘して いる「空間」ということにおいても〈学校から 雇用へ〉の移行を契機とした若年者の地域間移 動には、学歴等による格差が明確に生じている
ことなども確認された。
第二に、高校間の序列が高卒後進路にどのよ うな格差を生んでいるのかを、東京都内の高校 全体について明らかにするため、都内全高校を 対象に「学校基本調査」個票内容に準じた質問 紙調査をおこなった。そこからは予想通り、ブ リーターがその主な実態であると思われる「無 業者」(「学校基本調査」カテゴリーで「左記以 外の者」)の割合が、序列中間以下では序列の下 からの順に高い相関をもって現れていることを 確認した。しかし同時に、学校間序列とジェン ダーとの関係では中間層の学校で男子に比べ女 子の進路未定者が非常に少ないなどいくつかの ジェンダー差が確認されたほか、「無業者」(「左 記以外の者」)の割合が序列上位の学校の回答
に意外に多く、このカテゴリーの中に本来は算 入されないはずの予備校等への入学者7)を含む
「大学浪人」がかなり誤って紛れ込んでいるこ と、そして同様のことは「学校基本調査」にも 生じている可能性があることを確認した。
第三に、私たちはA・B二つの都内高校(と もに公立)の三年生併せて約100名を対象に、進 路選択に関する聞き取り調査をおこなった。こ れについては、本年度に同一対象者に対する追 跡調査をおこなうことを予定しており、その点 では、今回のA高・B高に関するそれぞれの報 告は、あくまで中間的なものにすぎない。A高 は多摩地区のほぼ中間的な位置にある普通科、
B高は下町の序列上は「最底辺」に位置する普 通科である。制度の違いから、ボールらがロン ドンでおこなった調査のようにほぼ全階層をカ バーするという点では、私たちのものは、対象 設定上限界がある。しかし、少なくとも中間層 から下の層の若者たちの、現在の高校からその 後にかけての移行過程をめぐる状況を明らかに することができる設定であると考える。この層
「世界都市」東京における若者の〈学校から雇用へ〉の移行過程に関する研究
の中では、従来、有力な進路の一つであった「就 職」が急速に困難になり減少している。その一 方で、18歳人口の減少にともない大学進学は従 来に比べて容易になり、実際に増加もしてい
る。しかし、大学進学については(多くの専門 学校進学も同様だが)それにかかる費用の大き さが、この層の生徒たちの家庭にとってはかな りの負担となることが多く、そうした経済的条 件が進路を左右する状況が、私たちの今回の調 査からも浮かび上がっている。またとくにB高 では、私たちの聞き取り調査時点(昨年12月前 半)ではフリーター志望は決して多数を占めて いたわけではないが、卒業直前の時点では「進 路未定」(多くがフリーター)がかなりの割合を 占めており、家庭状況その他の様々な制約がそ のような結果を生みだしていることが推測され る。いずれにしても、左記にも述べたように、現 在起こっている移行過程変容の実態を明らかに するためには、一定の継続追跡調査が求められ
る。
註
(1)いちはやく高卒無業者の増加に注目し、都 内公立高校普通科「進路多様校」及び工業科 商業科あわせて13校の高校3年生を対象と した質問紙調査を行った苅谷らの調査(苅谷 剛彦・粒来香・長須正明・稲田雅也(1997)「進 路未決定のメカニズムー高卒進路未決定者の 析出メカニズムに関する実証的研究一」『東 京大学大学院教育学研究科九要』第37巻、日 本労働研究機構が行った①フリーター97名 を対象とした面接調査(日本労働研究機構 (2000)『フリーターの意識と実態一97人への ヒアリング結果より一』研究調査報告書 No.136)、②首都圏の普通科「進路多様校」及 び工業科商業科あわせて52校の高校3年生 を対象とした質問紙調査(日本労働研究機構 (2000b)『進路決定をめぐる高校生の意識と行 動一高卒「フリーター」増加の実態と背景一』
研究調査報告書No.138)、③都内の18〜29歳 のフリーター及び非フリーター青年各1000 名ずつを対象とした質問紙調査(日本労働研 究機構(2001)『大都市の若者の就業行動と意識 一広がるフリーター経験と共感一』研究調査 報告書No.146)、耳塚寛明らの都立高校21校 を対象とした質問紙調査(お茶の水大学教育 社会学研究室(2000)『高卒無業者の教育社会学 的研究』)などが代表的なものとしてあげら れる。
(2)Jones,G. and Wallace, C.(1992), Youth, Fami!y
and Citizenship, OUP(宮本みち子他訳(1996)『若
者はなぜ大人になれないのか』新評論)など
(3)Evans,K. and Furlong,A.(1997), Metaphors of
youth transitions:niches, pathways,trajectories or navigations, John Bynner and Andy Furlong(eds.)
,Youth,Citizenshil)and Socia1(rhange in a Euro−
pean Context, Alderdhot;Ashgate.
(4)例えばGrayらのYouth Cohort Study(GrayJ.
&Sime, N。(1990), Extended Routes and Transi−
tions amongst 16−19Year olds:National Trends
and LocalContext, British 」()uma1 ofEducation and
Work,3(2))など。(5)Ball, S.,Maguire, M.&Macrae, S.(2000), Choice,
1〕 athways and Transitions, Post−・16 ハJew Youth,
New Economics in thθGlobal City, London;
RoutledgeFalmer.
(6)スティーブン・J・ボール(2001)「新しい若 者、新しい経済、新しい不平等」一橋大学く教 育と社会〉研究会『〈教育と社会〉研究』ll号。
(7)予備校入学者は本来は「左記以外の者」で はなく「専修学校一般課程」等の入学者に算 入されるべきもの。
付記:A高・B高のインタビュー調査には、以下 の各論文執筆者のほか、原貞次郎(長野県 立上田染谷丘高校教諭)、信雅之(都立大 学人文学部教育学専攻2000年度卒業)の 2人が加わった。