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(1)

年少者 日本語教育における日本語教材 、教授法 および教育行政 システム構築に関す る研究

課題番号 : 1 6 3 2 0 0 6 7

平成 1 6 年度 〜平成 1 9 年度科学研究章補助金 ( 基盤研究

(B))

研究成果報告書

平成 20 年 3 月

研究代表者

川上郁雄 ( カウカ ミ イクオ) 早稲 田大学大学院 日本語教 育研究科 教授

(2)

研究組織

・研究代表者 :

上郁雄 (カ ワカ ミ イ クオ)早稲 田大学大学院 日本語 教育研 究科 教授

・研究分担者 :市瀬智紀 (イ チ ノセ トモ ノ リ)宮城教 育大学国際理解 教 育研 究セ ンター 准教授

交付決定額 (配分額) [平成 16年度]

直接経費 3,500,000円 (早稲 田大学 3,500,000円)間接経費 0円 合 計 3,500,000円

[平成 17年度]

直接経費 3,800,000円 (早稲 田大学 3,800,000円)間接経費 0円 合 計 3,800,000円

[平成 18年度]

直接経費 3,800,000円 (早稲 田大学 3,800,000円)間接経費 0円 合 計 3,800,000円

[平成 19年度]

直接経費 3,500,000円 (早稲 田大学 3,500,000円)間接経費 1,050,000円 合 計 4,550,000円

総 計 :15,650,000円

研究発表 著書

川 上郁雄 (編) (2006) 「移動す る子 どもたち」 と日本語教育一 日本語 を母語 としない 子 ども‑の こ とばの教育 を考 える

明石書店 .

論 文等

川 上郁雄 (2007) . 「こ とば と文化 とい う課題一 日本語 教育学的語 りと文化人類 学的語 りの節合 『早稲 田大学 日本語教育研 究セ ンター紀要』20

,

1‑17.

川 上郁雄 (2007). 日本語 能力 の把握 か ら実践‑ の道す じ‑ 「JSLバ ン ドスケール」

の意義 と有効性 『国際研 究集会 「「移動す る子 どもたち」 の言語 教育‑ ESLと JSL の教育実践か ら」プ ロシーデ ィング』 (pp.166‑187).年少者言語教育 国際研 究集 会 実行委員会.

(3)

川上郁雄

( 2 0 0 6 )

.年少者 日本語教育 に,今 ,問われ てい ることは何か 『季刊 ジャ ネ ッ ト』39,卜2.

川上郁雄

( 2 0 0 6 )

.学校教 育にお ける

J S L

児童生徒 ‑の 日本語 教育 『講座 ・日本語 教育学 第 5巻 多文化間の教育 と近接領域』 (pp.13‑28)ス リーエーネ ッ トワー

ク.

川上郁雄

( 2 0 0 6 )

.高校 レベルの

J S L

生徒 の 日本語教育 を考 える‑

「 J S L

バ ン ドス ケール」に よる 日本語能力調査 を踏まえて 『早稲 田大学 日本語教育研究セ ンター紀 要』19,13‑31.

. 川上都雄 ・池上摩希子

( 2 0 0 6 )

.年少者 日本語教育 の歴 史 と展望 『早稲 田 日本語教 育の歴 史 と展望』 (pp.47‑73)早稲 田大学大学院 日本語教育研 究科 .

● 川上郁雄

( 2 0 0 5 ).

「移動す る子 どもたち」 と言語教育‑ ことば,文化 ,社会 を視 野に」 リテ ラシーズ国際研 究集会 プ ロシーデ ィング 『ことば ・文化 ・社会の言語教 育』 (主催 : 「ことば ・文化 ・社会の言語教育」実行委員会)

(〝childrenCrossingBorders〝andtheir languageeducation:from 乃e Perspectl'veOfLanguage,Culture,andSocl'ety.)

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

. 日本語 を母語 としない子 どもた ち一 多文化共生時代 の 日本語教 育 『遠近 (国際交流基金)』6.

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

.オース トラ リアのアジア系移民 早稲 田大学 オース トラ リア研 究所 (蘇) 『オース トラ リアのマイ ノ リテ ィ研究』 オセアニア出版社.

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

.言語能力観 か ら 日本語教育のあ り方 を考 える 『リテ ラシー ズ

1 』

くろ しお出版.

。 川上郁雄

( 2 0 0 5 )

.年少者 に対す る 日本語教育の課題 『月刊言語』

6

月号 (特集 :

21世紀の 日本語教育一直面す る課題 を乗 り越 えるために).

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

. 日本文化 と外部の視点 『講座 日本語教育学 第一巻』 (第

2

章第 4節)ス リーエーネ ッ トワー ク.

川上郁雄

( 2 0 0 5 ).

「日本語 を母語 としない」児童生徒‑の地域 にお ける支援 ネ ッ トワー クに関す る研 究 『早稲 田大学 日本語研 究教育セ ンター 紀要』18.

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

.新宿区にお ける 「日本語教育ボ ランテ ィア」活動 と

J S L

バ ン ド スケール の意義一 大久保小学校 の調査 と実践 を通 じて 『年少者 日本語教育実践研 究

(早稲 田大学大学院 日本語教育研 究科)』

4.

川上郁雄

( 2 0 0 5 )

.概論 : 「日本語 を母語 としない子 どもた ち」‑ の 日本語教育 『月 刊 日本語』5月号 (特集 :年少者 日本語教育).

助川泰彦 ・市瀬智紀

・ 川

上都雄 ・高橋 亜紀子 ・梁賢俊

( 2 0 0 4 )

.宮城県定住外 国人 の 日本語学習 に関す る多角 的調査 の報告 『東北大学留学生セ ンター紀要』8.

(4)

● 川上郁雄 (2004).年少者 日本語教育か ら社会 に発信す る (新時代 の 日本語教育を めざして‑早稲田大学大学院 日本語教育科の取 り組 み 第 8回) 『日本語学』11月 号,88‑98.

. 川上郁雄 (2004).子 ども日本語能力の とらえ方 (新時代の 日本語教育 をめ ざ して 一 早稲 田大学大学院 日本語教育科 の取 り組み 第 7回)『日本語学』10月号,80‑91.

川上郁雄 (2004).子 どもた ちが ことばを習得す る とき (新時代の 日本語教育 をめ ざして一 早稲 田大学大学院 日本語教育科 の取 り組み 第 6回)『日本語学』9月号, 78‑89.

川上郁雄 (2004). 「移動す る子 どもたち」の教育 を考 える (新時代の 日本語教育 をめ ざして一 早稲 田大学大学院 日本語教育科の取 り組み 第 5回) 『日本語学』8 月号,62‑73.

川上郁雄 ・石井恵理子 ・池上摩希子 ・斎藤ひろみ ・野山広 (2004).年少者 日本語 教育学の構築‑向けて‑ 『日本語指導が必要 な子 どもたち』を問い直す 『2004年度

日本語教育学会春季大会予稿集』 (pp.273‑284)日本語教育学会.

川上郁雄 (2004).年少者 日本語教育実践の観 点‑ 『個別化』 『文脈化』 『統合化』

『早稲 田 日本語研究』12,卜12.

川上郁雄 (2004).年少者 日本語教育か ら国語教育 を考 える 『ことばの学び (三省 壁)』4,34‑36

学会発表 ・講演

2008年 2月 26日15:00‑鈴鹿市研修会

講演 「鈴鹿市にお けるJSL児童生徒‑の 日本語教育支援 システ ムを どう構築す るか

‑ JSLバ ン ドスケール をつかった協働的実践 を考 える」

2008年 2月25日 (月)14:00‑浜松市外国人子 ども教育支援協議会 (天竜川浜名湖地区総 合教育セ ンター)

外国人児童生徒 日本語指導法研修会講師 「JSLバ ン ドスケール の具体的な使 い方」

2008年 2月 24日 (日)10:00‑小諸市 「日本語ボランテ ィア学習会」 (小諸市民会館) 講演 『移動す る子 どもたち』 と日本語教育‑ JSLバ ン ドスケール を使 った 日本 語指導の実践」

2008年 2月 16日 (土)13:00‑国際交流基金 日本語 国際セ ンター

デ ィスカ ッシ ョン 「海外 にお ける 日本語教育の役割 、 これか らの 日本のかかわ り方 を考 える」

2008年 2月 2日 (土)京都教育大学附属桃 山中学校

講演 「『移動す る子 どもたち』 と日本語教育‑ JSLバ ン ドスケール を使 って 『こ とばの力』 を どの よ うに育成す るのか」

(5)

2007年 11月 16日 (金)太 田市外国人児童生徒教育担 当者研修会

川上郁雄 「年少者 日本語教育の方法 と課題 :JSLバ ン ドスケール を使 って」主催 : 群馬県太 田市教育委員会

2007年 11月 12日 (月)藤沢市国際教室担 当教員配置校連絡会

川上郁雄

移動す る子 どもたち」 と日本語教育」主催 :神奈川県藤沢市教育委員

2007年 10月 26日 (金)船橋市 「帰国 ・外国人児童生徒支援協議会研修会 (船橋市視聴覚 セ ンター)

川上郁雄 「JSLバ ン ドスケール を使 った 日本語指導」主催 :船橋市教育委員会 2007年 10月 19日 (金) 日本語ボランテ ィアのための レベルア ップ講座

川上郁雄 「日本語 ボランテ ィア として 「言語能力」を考える」主催 :しん じゆ く多 文化共生プラザ

2007年 9月29日 第4回アジア移民研究会 (慶応大学)

川上郁雄 「在 日ベ トナム系住民のジ レンマ‑ トランスナシ ョナ リテ ィの視点か ら生 活世界 を捉 えなおす」

2007年 9月 26日 鈴鹿市立桜島小学校研修会

川上郁雄 「「移動す る子 ども」の ことばの力 を考える‑ 「JSLバ ン ドスケール」 を 使 って」主催 :三重県鈴鹿市教育委員会

2007年 8月 18・19日 第 6回OPI国際 シンポジウム (大学 コンソーシアム京都) 川上郁雄 「「移動す る子 どもた ち」 とJSLバ ン ドスケール」

主催 :関西 OPI研 究会

Kawakami,Ⅰ. (2007.8.14‑15). "ChildrenCrossingBordersandLiteraciesEducation II

forthe21stCentury .

MalaysiaInternationalConferenceonForeignLanguages [MICFL2007] (The FacultyofModernLanguagesandCommunication,UniversitiPutraMalaysia).

2007年 7月 31日 (火)新宿 区人権教育研修会

川上郁雄 「新宿 区における 「外 国人児童 ・生徒の 日本語指導」のあ り方 を考 える」主 催 :新宿 区教育委員会

2007年 7月25日 (水) 「外国人児童生徒 日本語指導法研修会 (天竜川 ・浜松湖地区総合 教育セ ンター)

川上郁雄 「日本語能力の把握 の方法 と考 え方」

主催 :浜松市外国人子 ども教育支援協議会

2007年 5月 31日・6月 1日 国立民族学博物館国際 シンポジウム̀̀TransnationalMigration inEastAsia:AViewfromJapan" (国立民族学博物館 ・東京大学).

川上郁雄 〝vietnameseDiasporainJapanandtheirDilemmasintheContextsof TransnationalDynamism〝

(6)

2007年 5月 27日 (日) 2007年度 日本語教育学会春季大会パネルセ ッション (桜美林大 学)

石井恵理子 ・斎藤ひろみ ・門倉正美 ・川上郁雄 「年少者 日本語教育における 「JSL カ リキュラム」 とリテラシー教育」

2007年 4月 21日 (土).千葉県柏市 「JSLバ ン ドスケール ・セ ミナー」

主催 :JSL児童生徒の 日本語 と教科学習の支援会

2007年 4月 14日 (土). 「さば うと21研修会」 (品川 区上大崎 難民 を助 ける会内)

「JSLバ ン ドスケール と 「移動す る子 どもたち」‑ の言語指導」

主催 :社会福祉法人 さば うと21

2007年 3月 11日 (日).しまね国際セ ンター 「子 どもサポーター研修」 (大田市立図書館) 主催 :財団法人 しまね国際セ ンター

川上郁雄 講義 「子 どもの能力 をどのよ うに捉 え、発展 させ るか」

2007年 3月 10日 (土).小 中学校教員 ・日本語 ボランティア研修会 (名古屋国際セ ンター) 主催 :名古屋大学留学生セ ンター、柳愛知県国際交流協会、名古屋国際セ ンター、

東海 日本語ネ ッ トワーク

川上郁雄 講演 「移動す る子 どもたち」の言語教育 をどう支 えるか

‑ J SL

バ ン ド スケール を使 った調査 と実践

2007年 2月 11日 (日). 『国際研究集会 「移動す る子 どもたち」の言語教育十 ESLとJSL の教育実践か ら』 (早稲 田大学)

川上郁雄 「日本語能力の把握 か ら実践‑の道す じ‑ 「JSLバ ン ドスケール」の意義 と有効性」

2006年

2006年 9月 29日 (金) 平成 18年度 JSL教員研修プ ログラム

新宿 区立小 ・中 ・養護学校教職員対象 (主催 :新宿 区教育委員会)

日本語 を母語 としない子 ども (JSL児童生徒)‑の 日本語指導のあ り方 と指導 に必 要 な教育支援 プ ログラムの検討

2006年 8月 5日 日本語教育国際研究大会 (コロンビア大学)

パネルセ ッシ ョン 「言語マイ ノ リテ ィの子 どもたち‑の言語教育 を考 える‑ 日本 とアメ リカの現状 を踏まえて」 (司会 :池上摩希子)

2006年 7月 24日 (月) 外国人児童生徒の 日本語指導に関す る講演会

「日本語指導 の必要な子 どもとは誰 か‑ JSLバ ン ドスケールの実践」 (主催 :豊島 区教育委員会)

2006年 6月24日 (土)14:00‑16:00 JSLバ ン ドスケール講習会 (船橋市宮本公民館和室) 川 上郁雄 「移動す る子 どもたちの言語教育 を考 える‑ JSLバ ン ドスケール による 「こ

とばの力」の把握 と指導」 (主催 :地球 っ子プ ロジェク ト)

(7)

2006年 6月 1日 (木) :平成 18年度第2回人権教育指導推進委員会 (東京都教職員研修セ ンター :立川市)

川上郁雄

移動す る子 どもたちの言語教育 を考 える一 人権 としての 「ことばの 力」の育成」 (主催 :東京都教育委員会)

2006年 5月 21日 2006年度 日本語教育学会春季大会 (東京外国語大学)

川上郁雄 「高校 レベルのJSL生徒 の 日本語能力 の実態 とその背景にあるもの‑

「JSLバ ン ドスケール 」 による調査 を踏 まえて」

2005年

2005年 12月 17日 (土) :2005年度 日本語教師研修 コース 「テーマ :越境す る 日本語教師

‑ グローバル化時代 に求め られ る 日本語教育力 とは‑ 」

川上郁雄 「年少者 日本語教育現場 の今一 国内の公立学校か ら海外の初等 中等教育ま で」 (主催 :日本語教育学会。)

2005年 11月 26日 (土) : 「ベ トナム難民の 「今」,30年 をむか えて」集会 :神戸市

川上郁雄 「イ ン ドシナ難民受 け入れ 30年 を振 り返 る一私たちは何 を学んだのか‑」

(主催 :イ ン ドシナ発民関連 NGO)

2005年 11月 19日 (土) :平成 17年度東京都地域 日本語支援 コーデ ィネー タ研修

川上郁雄 「子 どもの 日本語能力の把握 と日本語指導‑JSLバ ン ドスケールの実践 ‑」

(主催 :財団法人新宿 ・国際文化交流財団)

2005年 10月 8日 (土) :2005年度 日本語教育学会秋季大会 (金沢大学)

川上郁雄 「バ ン ドスケール評価一行動か ら言語能力を どうとらえるか」 シンポジウ ム "言語能力 を多角的に評価す る‑ 「測 る」視点か ら 「とらえる」視点‑‑ "

2005年 8月 28日 :外 国人児童生徒の 日本語学習支援研修会

川上郁雄 「「日本語指導が必要な子 ども」 とは誰か‑ 「JSLバ ン ドスケール」 を使 った言語能力把握の試み」 ((財)岩手県国際交流協会主催 :県立国際交流プ ラザ) 2005年 9月 12日 :講演

川上郁雄 「日本語 を母語 としない児童 ・生徒の指導 について」 (墨 田区教育委員会 主催 :墨 田区役所内会議室)

2005年 8月 22日 :国際教育研修会

川上郁雄 「日本語 を母語 としない生徒‑の 日本語指導‑バ ン ドスケールの活用」(柿 奈川県立愛川 高校主催 :愛川町文化会館)

2005年 8月 20日 :凡人社麹町店実践講習会

・川上郁雄 「異文化理解 と日本語教育」 (凡人社麹町店)

2005年 8月 10日 :平成 17年度外国人児童生徒等 に対す る 日本語指導のための指導者 の義 成 を 目的 とした研修

川上郁雄 「JSLカ リキュラムについて」 (教員研修セ ンター主催 :東京)

(8)

2005年 8月 4日 :平成 17年度 日本語教育大会 東京大会第 4分科会

川上郁雄 JSLカ リキュラムの理解 と地域 にお ける支援のあ り方 (文化庁主催 : 昭和女子大学。大会テーマ 「外国人年少者への支援 について考 える一 子をもつ親‑

の日本語学習支援‑」)

2005年 7月 29日 :大阪市教育セ ンター教育研修会

川上郁雄 「日本語指導が必要な子 どもたち とは誰か‑ 東京 の事例 を通 して」

2005年 5月 22日 :日本語教育学会春季大会 パネルセ ッシ ョン

斎藤ひろみ ・池上摩希子 ・石井恵理子 ・小川珠子 ・川 上郁雄 「年少者 日本語 の4 領域か ら 「ことばの力」を捉 える‑ 「書 くこと を例 に」

横浜国立大学にて

2005年 5月 22日 :日本語教育学会春季大会 口頭発表

川上郁雄 JSLバ ン ドスケール を使 った言語能力の把握‑ 年少者 日本語教育の実 践研究 として」

横浜国立大学にて

2005年 3月 23日 :新宿 区立大久保小学校研修会

講演 : 「日本語能力調査報告 ‑ JSLバ ン ドスケール の結果 を, どの よ うに授業 に 生かすか」 (川上郁雄)

新宿区大久保 にて

2005年 2月 18日 :愛川町 日本語指導学級担 当者会議

講演 : 「日本語 を第一言語 としない子 どもたち」‑の指導 ‑ JSLバ ン ドスケール の活用を通 して」 (川 上郁雄)

神奈川県愛川町にて

2005年 2 5日 : (財)兵庫県国際交流協会 「外国人児童 ・生徒‑の学習支援研修」

講演 : 「移動す る子 どもたちの言語教育を考える ‑ ことばの力 を どう捉 え, どう 育むか」 (川上郁雄)

兵庫県神戸市にて

2005年 1 21日 :移民言語 コ ミュニテ ィ研究会

講演 : 「移動す る子 どもたち と言語教育 ‑ JSLバ ン ドスケール をつかった 日本語 能力把握 の試み」

( 川

上郁雄)

東京大学 にて

2004年 11月 6日 :日本平和学会 (2004年度秋季研 究集会)分科会 「難民 ・強制移動民研 究」

報告 : 「『イ ン ドシナ難民』受 け入れ の経験を考える ‑ オース トラ リア と日本の ベ トナム系住民は どの よ うに定住 したか」 (川 上郁雄 :早稲 田大学)

討論 :小 田博志 (北海道大学),司会 :小泉康一 (大東文化大学) 恵泉女学園大学にて

(9)

2004年 7月 3日 :日本言語政策学会 (第 4回大会)

発表 : 「宮城県定住外国人の 日本語学習に関す る多角的調査 の中間発表」

( 川

上部 雄 ・市瀬智紀 ・高橋亜紀子 ・助川泰彦)

明海大学 にて

2004年 7月 18日 年少者 日本語教育学を考える会

講演者 :川上郁雄,石井恵理子,池上摩希子,斎藤 ひ ろみ,野山広 早稲 田大学 22号館 にて

2004年 7月 2日 楽 しく教 える日本語

日本語教授法演習ゲス ト授業 : 「日本語指導が必要 な子 どもたち」 とは誰か 一 年 少者 日本語教育学の構築‑向けて

( 川

上郁雄)

主催 :京都外国語大学 日本語科 (財)大学 コンソーシアム京都 にて

2004年 5月 28日 柏市国際理解教育研究協議会

講演 : 「日本語指導が必要な児童生徒」 とは誰か 一 指導の観点 と学校 ・地域 で考 えること

( 川

上郁雄)

主催 :柏市教育委員会 柏市青少年セ ンター にて

2004年 5月 12日 日本語教育学会 (平成 16年度春季大会)

パネルセ ッシ ョン : 「年少者 日本語教育学の構築‑ 向けて ‑ 『日本語指導が必要 な子 どもたち』 を問い直す」 (川上郁雄,石井恵理子,池上摩希子 ,斎藤ひ ろみ, 野 山広)

東海大学 にて

(10)

目次

序章 年少者 日本語教育 とはどのような教育 なのか

/

羊 Ⅰ部 なぜ rことばの」の把握が大切 か

26

第 1章 言語能力観か ら日本語教育のあ り方 を考える

27

第 2章 JSLの子 どもの 日本語能 力を どの ように把握するのか

4 0

‑その観 点と方法‑

第 3章 JSLの子 どもの ことばの把握 か ら実践への遺す じ

6 0

‑ JSLバン ドスケールの意義 と有効性‑

第Ⅱ部 r移動す る子 どもたち」への授業をどうデザイ ンす るか 69

4章 小学校 ・中学校 ・高校 における 「日本語能 力」調査

川上郁杜

5章 日本語能力の把握か ら実践への道す じ一新宿区立大久保小学校 を例 に

7 0 4

川上郁雄 ・高橋理恵

第6章 年少者 日本語教育における 「実践的教材論」

/ / 7

碩 銭 と 「教材 はどう結びつ くのか‑

第Ⅲ部 r移動する子 どもたち」のアイデンテ ィテ ィか ら支援 システムの構築へ

1 3 2

第7章 「移動す る子 どもたち」 と言語教育 ‑ことば、文化、社会 を視野に

1 3 3

第8章 「移動す る子 どもたち」のアイデンテ ィテ ィの課題 をどう捉 えるか

7 4 9

第 9章 年少者 日本語教育における支援 と連携 とは何か

7 67

1 0

章 外国出身の子 ども支援のための統合的なシステムについての一考察

7 7 3

市漉智紀

(11)

序章

年少者 日本語教育 とはどのよ うな教育なのか

1.年少者 日本語教育 を概観する5つの観点

一歴史性 ・社会性 ・現代性 ・多元性 ・国際性 一 日本国内、国外 を問わず、日本語教育における年少者 の位置 は極 めて大 きい。た とえば、

国際交流基金 の調査 (2008)によれば、 日本国外の 日本語学習者数、298万人 の うち、170 万人 を越 える約 57%を初等 中等教育 レベルの年少者が 占めている。 また、近年 、 日本国内 では 「日本語 を母語 としない子 ども」(以下、 JSLの子 ども)‑ の 日本語教育が社会問題 化 してお り、その重要性がますます認識 されつつある。

ただ し、年少者 の 日本語教育に関す る研 究 と教育実践 は、 これ まで 日本語教育全体の中 では、十分に検討 され てこなかった。 したがって、本書で取 り上 げる年少者 日本語教育が いかに重要な教育研究領域で あるかを確認す ることか ら始 めたい。そのために、次 の5つ の観 点、すなわち歴史性 、社会性 、現代性 、多元性、国際性 か ら、年少者 日本語教育の意 義 と重要性 について検討 してみよ う。

(1) 歴史性

日本語教育 と子 どもの関係 は古い。20世紀 に限って も、戦前の 日本の植 民地 における 「植 民地経営」の一環 として初等 中等教育 レベルで 「国語教育」、つま り日本語教育が行われた。

その 日本語教育が展開 され た範囲は、台湾、朝鮮 半島をは じめ、東南 アジア、太平洋諸島 に及ぶが、その実践の基本は皇民化教育であった。

「私たちは、 どんな苦 しい ことも我慢 して、力いっぱい働 いています。 あのアメ リカや イ ギ リスやオランダに負 けてはいけない と思 うと、 どんな ことで も苦 しくあ りませ ん。」

これ は戦前のイ ン ドネ シアで行われた 「日本語弁論大会」(今でい う日本語 ス ピーチ コン テス ト)で男児が行 ったス ピーチの一節である (1).日章旗‑ の敬礼や 日本語の歌 とともに、

日本語教育が当時 の東南アジア‑普及 され た一例 である。 これ らの子 どもたちに対 して ど の よ うな教育観 で 日本語指導が行 われたのか とい う点は、時代 を超 えて、子 どもに対す る 日本語教育の姿勢 を問 うことにつながる。子 どもを対象 に した、現在 の 日本語教育 あ り方 を歴史の中で考 える必要がある。それが、ここでい う、年少者 日本語教育の歴史性である。

(2) 社会性

現在、 ∫SLの子 どもたちが 日本 に増加 している背景 に、安価 な外国人労働力 を必要 と す る 日本 の産業構造の特徴 がある。外国人労働者 の増加 とそれに伴 う随伴家族 の増加 と彼

らの定住化が進 んでい る。 そ こに、子 どもたちが含 まれてい る。 これ らの子 どもたちの教 育問題 に対 して、2001年 に開催 された 「第‑回外国人集住都市会議」は、いわゆる 「浜 松宣言」の中で、 ∫SLの子 ども‑の 日本語教育が社会的 に緊急 を要す る課題 であ り、行 政が取 り組 まな けれ ばな らない課題 である と明確 に述べてい る。総務省 は、2003年、

(12)

文部科学省に対 して、∫SLの子 どもた ちを 日本の公立学校 に積極 的に受け入れ るよ うに とい う、いわ ゆる 「平成 15年勧告」を出 した。 これ は、 「平成 8年勧告 に続 く2回 目の 勧告 であった。それ を受 けて、文部科学省 は、 2005年度、学校 ‑通 わないJSLの子 どもた ちの調査 を開始 した。 この よ うな 「不就 学」 の子 どもたちの課題 も含 めて、子 ども の 日本語 教育 は社会のあ り方 と密接 に関係す る社会性 があると言 えよ う。

(3) 現代性

人 々が国境 を越 えて移動す る現象 は、20世紀か ら顕著になって きた、極 めて現代性 の ある現象 である。国 と国の間を 「移動す る子 どもたち」、また家庭では母語、学校では 日本 語 とい う多言語間を 「移動す る子 どもた ち」は、現代 の社会状況か ら 「移動せ ざるをえな い子 どもたち」 と言 える。その よ うな 「移動せ ざるをえない子 どもたち」の言語教育 を ど

う確保 してい くか とい う課題は、国民国家の一員 を育成す る国民国家の枠 を越 えて、現代 社会 の中で生 きる子 どもたちを どう育成 してい くか とい う、極 めて現代性 のある課題 で あ

る。

( 4)

多元性

第二言語 を学ぶ子 どもたちの課題 は、多岐にわた る。 た とえば、母語教育、第二言語指 導、教科学習指導、身体や情緒 、認知 に関わる発達心理学的領域 、異文化社会‑の対応 を 含むカ ウンセ リング、学校文化 、学校制度、教育行政的支援、 さらには、 日本語指導 に関 す る教授 法お よび教材 の開発、教員研修 ・教員養成 な ど、多様 である。 さらには、イ ンタ ーネ ッ トを利 用 したネ ッ トワー キングの課題 な どもある。つま り、∫SLの子 どもたちに 関す る 日本語教育の課題 は、ひ とつの課題 を解決すれ ば よい とい う単純 なものではない。

多様 な課題がモザイ ク状 に複雑 に関係 しているので ある。そのよ うな多元的な視野で問題 を捉 えることが要求 され る教育領域 であるのである。

(5)国際性

以上 に述べ た特性 は、 日本の

J

SLの子 どもたちの教育に限った ことではない。すでに カナダ、アメ リカ、オース トラ リアな ど、英語 圏の移民社会では、 これ まで も英語 を第二 言語 として教 えるESL教育が重要 な教育領域 として実践 されてきた。 それが、英語圏だ けでな く、前述 の現代性 とともない、 この よ うな子 どもたちの出現が、現在、世界 中の国 や地域 で起 こっているのである。人々が移動す る理 由は さま ざまで あろ う。労働力の国際 移動 、留学、亡命 、避難、国際結婚 な どな ど、 グローバ リゼーシ ョンに よる大量人 口移動 は世界 の隅々まで起 こってい る。それ に ともな う子 どもたちの教育の課題 は、言語教育 を 含み、各国に共通す る課題 なのである。そ こに、この教育領域 の国際性 がある。

以上 の諸視点 を持つ年少者 日本語教育は、第二言語 として 日本語 を学ぶ JSLの子 ども た ちの 日本語教育に限定 され るよ うに見 えるか もしれ ない。 しか し、果 た してそ うか。

日本 国内で行われ る 日本語教育 と日本国外 で行われ る 日本語教育は、前者が第二言語 と しての 日本語教育 (∫SL)、後者が外国語 としての 日本語教育 (JFL)と区別 され るこ とがあ る。確 かに、その よ うな とらえ方が有効 な場合 はある。 しか し、現実的には、 日本

(13)

語 を母語 としない子 どもが 日本で生まれ 、 日本語が優勢言語 として定着 してい る場合、 日 本語が第‑言語で母語が第二言語 となっているよ うな場合 もある。 したがって、何 が第‑

言語で あ り、何が第二言語 とい うかにつ いて、その線 引きをす るこ とは必ず しも容易では ない。 また、海外 で外国語 として 日本語 を学習 してい る子 どもの場合で も、た とえば、継 承語 として 日本語 を学ぶ子 どもたちの場合 、第一言語 としての 日本語 を学んでいるのか、

外国語 としての 日本語 を学んでい るのかの判別は、必ず しも容易で はない。 それぞれの子 どもた ちの 日本語学習 を周 りか ら 「第二言語 としての 日本語教育」 であ ると見た り、ある いは 「外国語 としての 日本語教育」であ ると見た りす るこ とは可能 であろ うが、ひ とりひ

とりの子 どもに とっての 「ことばの学習」 とい う点 においては、本質的 に違 いはない。 つ ま り、人間が ことばを習得 し、 コ ミュニ ケーシ ョンを行 うとい う点 においては、同 じなの である。 これ を、 「日本国内の子 どもたちに対す る日本語教育 と日本 国外 の子 どもたちに対 す る 日本語教育の連続性」と呼ぼ う。 この 「連続性 」の視 点にたって、本書では、子 ども

の 日本語教育 について考えていきたい。

さらに、も う一点、確認 しておきたい。それは、「実践教育 と研究の統合」の視点である。

教育現場 にお ける実践研究 とその実践か ら生まれ る研 究は、けっ して背反す るものではな い。 また、両者 の間に優劣の関係や上位概念、下位概念 とい う関係 もな く、両者 は教育 と い う点において、同一地点 に立つ相補的 関係 にあると考 えるべ きで ある。 日本語教育学 は 応用科学のひ とつ としての教育学 を担 う。 ことばの学習 を通 じて、人間育成 をめざす人間 教育に収欽す るのが、 日本語教育である。

以上のことを確認 した うえで、 このよ うな観点か ら、 これ までの年少者 日本語教育の実 践 と研究 を概観 し、今後の方 向性 を考 えてみたい。 まず、 日本国外 にお ける年少者 日本語 教育に関す る研究 を概観 し、次に、日本国内の年少者 日本語教育 に関す る研究 を概観す る。

さらに、 日本国内の年少者 日本語教育 を中心に、その研究主題 と研 究領域 を検討す る。そ の うえで、 この 「連続性」 を貫 く視点 として 「移動す る子 ども」 とい う視点 を提出 し、そ の視点か ら年少者 日本語教育学を捉 えることを提起す る。最後 に、本書 のテーマを論ず る

うえで必要な基礎的な課題 を論ず る、 とい う順序で論 を進 める。

2.歴史の中の年少者 日本語教育

2‑1.

日本園外 における年少者 日本語教育

日本国外の年少者 日本語教育 についての研 究は、 日本国内の年少者 日本語教育の研究 よ りも早 くか ら関心 をもって進 め られてきた。その理 由は、 日本か ら他国‑渡 った 日本人家 族 の子 どもたちが 日本語 を どのよ うに学習す るか、あるいは継承す るか とい う深刻 な課題 があったか らである。

ここでは、その よ うな研 究の流れ を学会誌 『日本語教育』に掲載 された論 文等 か ら跡付 けてみ よ う。

「日本国外 の年少者 日本語教育」に関す る論考で、最初 に学会誌 に掲載 され たのは、那

(14)

須操子 の 「メルボル ン日本語補習校のはな し

」(

『日本語教育』

21

号、

1 9 7 3 )

であろ う。那 須 は、月曜 日か ら金曜 日まで現地校‑通ってい る 「在留邦人の子弟」が土曜 日だけ通 う 「補 習校」で学習す る 「こくご」は、 日本語教育なのか、国語教育 なのか、 「現状 では どち らに

もぴた りとは当てはま らないケースである」(那須、

1 97 3: 48)

と指摘 し、研 究課題 となる ことを示唆 してい る。 この課題 は、現在 にもつながる重要なテーマ と言 えよ う。

この よ うな 「在留邦人の子弟」 も含め、海外‑渡った多数 の 「日本人」「日系移民」 を対 象 に した 日本語教育が注 目され るよ うになったのも、 この頃である。『日本語教育』は、那 須の論考が出た翌年の

1 97 4

年、

2 4

号で特集 「日系人ための 日本語教育」を組んでい る。

この特集 には、ア メ リカ西海岸か ら2本、ブラジル 、アルゼ ンチ ンか ら1本ずつ、計 4本 の論考が寄せ られている。

そのひ とつ

Ha n ( 1 97 4)

によれば、アメ リカ合衆国では

1 9 02

年 にシア トルで、

1 9 03

年 にサ ンフランシス コで、

1 91 2

年には南カ リフォルニアに

1 0

数校 の 「日本語学園」が開設 され た とい う。 これ らの学校 は 日系の子 どもたちを対象 とす るもので、初期 の段階で は 日 本の小学校 を再現 したよ うに、日本の教科書で国語や地理、歴史な どを教 えていたのだが、

戦争 中に 日系人が

r e l o c a t i o ne amp

‑収容 された ことか ら、日系二世たちは 「立派なアメ リ カ人 になること」を 目標に、 日本語 を忘れ、英語 を話す よ うになる。戦後は、

1 96 0

年代の

日本 の経済発展、アメ リカでの市民権運動やエ スニ ック ・スタデ ィの盛 り上が りの中で、

日系三世はアメ リカ人か 日本人か、そのアイデ ンテ ィテ ィのゆれ を感 じ、 日本語学習 を求 めるよ うにな り、 日本語教育が再び隆盛す る。

その よ うな状況 で、Han

( 1 97 4 )

が指摘す る課題 は、以下のことである。第‑は、学習 者 である子 どもの背景の多様化である。 た とえば、現地の 日本人移 民の子 どもで、 日本語 が多少 わか る子 、 日本語がまった く外国語 とな る子 、それに加 えて、 当時渡米 してきたば か りで 日本語 が達者 な、 日本 の商社マンの子 どもな ど、 日本語能力 が異なる子 どもたちが 混在 している とい う課題である。第二は、日系人の子 どもを教 える教師養成 の課題である。

第三は、 日系人の子 どもたちにふ さわ しい教材 の開発 である。

一方、南米 にお ける 日系人‑の 日本語教育 も古 くか ら継続 されて きた。ブ ラジルについ ては、当時、国立国語研究所 にいた野元菊雄が、「ブ ラジルの 日本語教育の主流は何 といっ て も、二世三世 あるいは四世である子 どもたちに対す るものです。」(野元、

1 97 4:1 5 )

と 語 り、学習者 の大半は

1 4

歳以下の子 どもたちであった と述べてい る。ブラジル も、アメ リ カ同様 に、戦時 中は 日本語教育が禁止 され、ブ ラジル化が強 く要求 され た。 そのため、子

どもた ちに とって、 日本語 は外国語 となってい る。 ブラジル にお ける年少者 日本語教育の 課題 として、野元

( 1 97 4)

は、使用 されている教科書が 日本 で編纂 された国語教科書 をブ ラジル 向けに翻訳 した よ うな教科書 であ り、そのた め、戦前 の教育が化石化 して残 ってい るよ うな 日本語教 育になっていると指摘 し、子 どもたちに 「外国語 としての 日本語 を教 えるこ とを強調 してい る。 また、教師 としての専門教育 と教師の待遇改善 も課題 として指 摘 してい る。

(15)

アル ゼンチンにおいては、渡嘉敷

( 1 97 4)

が報告 してい るよ うに、戦前か ら日系二世‑

の 日本語教育が行 われていたが、戦時 中に 日本人学校 が閉鎖 され るな ど、 日系人は辛 酸 を なめ、戦後の 日本経済の復興 にともない、幼少時 に 日本語 を勉 強す る機 会がなかった 日系 二世、三世が 日本語 を勉強 し始めるな ど、戦前 とは異 なる 日本語教育が始 まっている とい う。課題 としては、幼少時 よ り日本語 を学べ る機会 の提供 、外 国語 として教 える 日本語の 教材、教員の確保 な どが指摘 されてい る。

以上 のよ うに、学会誌 『日本語教育』の

2 4

( 1 97 4)

が 「日系人ための 日本語教育」 と い う特集 を組んだ ときに、その 「日系人」 とい う学習者が 日系二世、三世や 四世な ど、子

どもた ちであった ことは注 目に値す る。 さらに、そ こで指摘 された課題 は、 (1) どの よ う に 日本語 を教 えるか とい う教授法の課題、(2)子 どもたちにふ さわ しい教材 の課題、(3) 教員養成 と教員の資質向上 とい う課題 とい う 3つの課題に収欽す ると言 って よいが、それ

らは、現在にも繋がる課題 で あるとい う意味で、重要である。

ただ し、た とえば、野元がブラジルで教 え られ る 日本語 を 「えせ 日本語 と呼び、 「その 言語が よって立つ物の考 え方 を失 った 日本語」(野元、

1 97 4:1 7 )

を正 してい くべきで ある と主張す るときの 日本語観 、 あるいは 日本語教育観 を持って、果た して 日本 国外の年少者 日本語教育の理念や方法論 について議論 を広 く進 めることがで きるのか は、はなはだ疑問 である。 この特集 を組んだ 『日本語教育』

2 4

号の 「あ とがき」に 「この間題 はもっ と掘 り 下 げる必要がある と思 うが、一応、問題提起 としては意味があった」 と述べ られてい るよ

うに、まだ十分に研究が進 んでいなかった とも言 えよ う。

学会誌 『日本語教育』は

2 4

号か ら

2

年たった

1 97 6

年、

3 0

号で特集 「初等 中等教育 にお ける 日本語教育」を組んだ。

∫.

V.ネ ウス トプに‑ の巻頭論文 「オー ス トラ リアの 中等 教育における 日本語教育の現状 と課題」のほか、オー ス トラ リアで

1 97 6

3

月に開催 され た 「第 1回全オース トラ リア 日本語教育セ ミナー」の英文報告 な ど、オース トラ リア各州 の現状 に関す る論考、 さらにニュー ジー ラン ド、イ ン ドネ シア、韓国、 日本 のイ ンターナ シ ョナル ・スクールに関す る論考が、80ペー ジにわた り掲載 されている。

この時期に初等 中等教育 レベルの 日本語教育の特集 が組まれた背景 には、

1 97 0

年代 の 日 本経済の拡大がある。前述 の 日系人の 日本語教育の場合 も、戦時 中の 日本 国外 の 日系人が 各国政府 か ら差別的な扱 いを受 けた時代か ら自信 を回復 し日本語学習 に向かっていった背 景 に 日本 の経済発展があった ように、

1 97 0

年代か ら各国は 日本 の経済力 に引き付け られ る よ うに政策 として 日本語教育 を初等 中等教育 レベル において導入 ・あるいは発展 していっ た。それ は、 日系人の子 どもたち‑ の 日本語教育 とは趣を異 に した 「外 国語 としての 日本 語教育」であった。では、そのよ うな年少者 日本語教育の課題 は何であったのか。

ネ ウス トプニー

( 1 97 6)

は、オース トラ リアの中等教育 レベルの 日本語教育が学習者数 の多 さだけでな く、言語教育 の新 しいパ ラダイムの可能性 を持 ってい る ことを強調 してい る。 それ は、オー ス トラ リアの 日本 語 教 育 が grammar・translationのパ ラダイ ムか ら audio・lingualのパ ラダイム‑移行 し、 さらにその先 を模索 しているとい う意味である。そ

(16)

の試み は、学習者 に彼 らの身の回 りの事柄 に関す る 日本語 の語嚢 を与 え、 自分の興味 のあ る分野 、た とえば音楽、 自動車、 フッ トボール な どについて、気楽 に コミュニケー トでき るよ うにす る言語教育であるとい う。ネ ウス トプニー は、その転換 を 「革命 」 と呼ぶ。

この よ うな新 しいパ ラダイムを持つ言語教育 は、学習者 が 自分の言 いたい ことを言 うと い う、話 し言葉 を重視 した言語教育であ り、 したがって、大学の コースの準備段階で もな

く、中等教育 レベルの 日本語教育 として独立 した 目標 を持つ言語教育である とい う。

この よ うに、中等教育 レベルの 日本語教育を、成人 を対象 に した 日本語教育の予備 教育 的 な位 置 に乾 めず 、独立 した言語教育 として捉 えよ うとした点は、年少者 日本語 教育 の独

自性 を示唆 してい る点で高 く評価 できよ う。

では、ネ ウス トプニーが構想 した話 し言葉 を重視 した 「コミュニケー シ ョンのための教 育」 とは どのよ うなものか。ネ ウス トプニーは、言語 (文法、語桑 、発音) と言語以外の コ ミュニケーシ ョンを教 えなけれ ばな らない として、 「敬語的表現、エチケ ッ ト、 日本 人の ネ ッ トワー クの作 り方、笑い方、会話の トピック、読み書 き生活 、手紙 の書 き方 、家庭、

学校、会社 な どでのコ ミュニケー シ ョン、 日本語の地理的 なバ リエー シ ョン、 日本人 の英 語 、英語 を使 う時 にお こ りゃすい言語間題な どの多 くの問題」(ネ ウス トプニー、

1 9 76:1 0)

も教える対象 とな るとい う。

祭 り、衣装、料理に偏 る古いステ レオ タイプを与 えるよ うな 「有害 なアプ ローチ」(ネ ウ ス トプニー、

1 97 6:l l )

が依然 として強い、当時の中等教育 レベルの 日本語教育 にあって、

ネ ウス トプニーは社会言語学的研 究を重視す るアプ ローチ を主張 した もの と思われ る。 し か し、ネ ウス トプニーが主張す る言語以外のコ ミュニケー シ ョン としてあげる事項 も、 日 本人の行動パ ター ンを静態的に捉 える結果であ り、その意 味で、新 しい言語教育 のパ ラダ イム とはなっていない。その議論 は、動態的な視点か ら言語や社会 を捉 える現在 の言語教 育の議論か ら見れ ば、まだ十分 とは言 えず、課題 を残 したままであった。

この特集で掲載 された他の論考 は、オース トラ リアの各州や 、ニ ュー ジー ラン ド、イ ン ドネ シア、韓国における初等 中等教育 レベルの 日本語教育 の 「事情報告」的論考であ り、

課題 は、前述の (1)教授法、(2)教材、(3)教員 の3つの課題 に収欽す る。

この特集 の最後 は、 日本国内のインターナシ ョナル ・スクール に関す る 2本の論考であ る。 日本 とい う環境下にあって、英語 を主 とす る学校 のカ リキュラムの中で、いかに 「外 国語 としての 日本語」 を教 えるか とい う課題 を論 じている点で、二つの論考は共通す る。

この

1 97 6

年の特集 で特徴的な点は、日系人の子 どもたち‑の 「継承語 としての 日本語教 育」 と異 な り、 日本の国内外 にい る、 日本語 を母語 としない子 どもたち‑の 「外国語 とし

ての 日本語教育」 を論 じてい る点であろ う。 ただ し、ネ ウス トプニーの論考以外 は、教育 のあ り方 まで踏 み込んだ議論 はない。その意味で、課題 は停滞 したまま未解決 となってい る。.

さて、年少者 日本語教育はこれだけではな く、裾野は さらに広がる0

1 97 0

年代 は 日本経 済の海外拡大の時期であ̀ったが、その ころ海外‑赴任 した ビジネスマ ンの家族や子 どもた

(17)

ちが海外 で過 ごしたのち 日本 に帰国 して くる。その とき、幼少時 を海外 で過 ごしたために 現地語が優勢 にな り、 日本語 が弱 くなった子 どもたちに対 して、 どのよ うな 日本語教育を すべきか が新 たな課題 となってきた。 当時、 「帰国子女」と呼ばれた子 どもた ちは、 日本語

を話す ・聞 くはで きて も、読む ・書 くが弱 い子 どもた ちが多かった。そ のた め、 日常の コ ミュニケーシ ョンはできて も、授業 についていけない、あ るいは先生の説明が理解 できな い状況が あった。 したが って、 これ らの子 どもに対す る国語教育、作文指導 あるいは 日本 語指導が課題 となって くる。 これ らの子 どもたちは 日本語 を母語 とす るが、授業が理解 で きない とい う点では、

J

SLの子 どもた ち‑の 日本語教育 につなが る課題が あるこ とも確 かである (金子

1 97 9

、佐藤

1 9 81

、近藤

1 983

、吉 田

1 9 83)

。 ただ し、 これ らの論考 は

1 97 0

年代か ら多 くなった 「帰国子女」 とい う社会的 ・教育的問題 の深刻 さを指摘す る問 題提起的 な論考がほ とん どで、言語教育 を どうとらえ、 ど う構築す るか とい う議論 はまだ 十分に出ていない。

1 9 88

年の 『日本語教育』

66

号は、 「多様化す る学習者 をめぐって」 と題す る特集 を組ん だ。 日本 国内外の多様化す る学習者 の中に、 これ まで述べ てきた年少者 日本語教育 に関わ

る学習者 が含 まれ ていた。 日系人の子 どもを含む海外 で暮 らす 日本語 を母語 とす る子 ども たちの 日本語教育 を扱 った中島和子

( 1 988)

、海外の初等中等教育 レベル で 「外国語 として の 日本語」を学ぶ子 どもたちの 日本語教育 についてオース トラ リアを例 に論 じたカ ッケン ブ ッシュ寛子

( 1 988)

、 日本国内のイ ンターナシ ョナル ・スクールに在籍す る 「日本語 を母 語 とす る子 ども」お よび 「日本語 を母語 としない子 ども」 を対象 とす る 日本語教育 を扱 っ た吉岐久子

( 1 9 8 8)

、さらに 「帰国子女」‑の 日本語教育を扱 った角有紀子 ほか

( 1 988)

が ある。 いずれ も、 これ までの先行研 究を踏 まえ、その位置づけや実態の把握 、課題 の分析 を、広い観点か ら行 っている点が共通す る。そ こでも、 (1)教授法、(2)教材、(3)敬 師研修 が、取 り組むべ き課題 として指摘 された。

この よ うに、

1 970

年代か ら

1 980

年代 において、年少者 日本語教育は、それ以前か らの 子 どもに対す る 日本語教育の課題 を引きず りなが ら、新 しい時代の流れ を受 けて、多様な 子 どもたち‑の 日本語教育のあ り方 を考 える方向へ徐 々に移行 していった時代であった と 言 えよ う。 日本国内では、

1 980

年代 にはす でにイ ン ドシナ難民の子 どもたちや 中国帰国者 の子 どもたちに対す る 日本語教育の実践が積み重なっていたが、それ らが学会誌 に登場す

るのは、

1 99 0

年代 になってか らであった。

2‑2.

日本国内における年少者 日本語教育

戦前戦後 を通 じて 日本 に多数居住 してきた在 日コリアンや在 日中国系住民の子 どもた ち の 「日本語習得」、

1 97 0

年代か ら

1 980

年代 に顕著になった 「イ ン ドシナ難民」や 「中国帰 国者」の子 どもたち‑の 「日本語指導」、また 「インターナ シ ョナル ・スクール」や 「民族 学校」な どでの教科 として学ぶ 「日本語」まで、子 どもをめぐる 日本語習得や 「日本語教 育実践」は多様 にある。 しか し、 日本国内にお ける、 これ らの子 どもた ちの 「教育」 につ

(18)

いて、 日本語教育 に関わる者たちは十分に研究を行 ってきた とは言 えない。

1 9 62

年か ら始まる学会誌 『日本語教育』を見る と、

1 97 0

年代まで、 日本国内の子 どもに 関す る 日本語教育の実践や教育に関す る研 究論文は、 「帰国生」や 「イ ンターナ シ ョナル ・ スクール」 で学ぶ子 どもた ちに集 中 してい る。そ の頃 の研 究者 の視野 に、 日本国内の公立 学校 に在籍す る 「日本語を第‑言語 としない子 どもたち」は含 まれ ていない。

では、

1 980

年代の 日本国内に 「日本語指導が必要な子 どもたち」がいなかったか といえ ばそ うではない。 た とえば、前述の 「イ ン ドシナ難民」や 「中国帰国者 」の子 どもたちも

1 98 0

年代の公立小 中学校 に多数入学 していた。 しか し、当時の 日本語教育学会 にはそれ ら の教育 に関す る研 究論文は見当た らない。

1 9 90

年代 に入 り、川上

( 1 991 )

、野 山

( 1 99 2)

、縫部

( 1 9 93 )

な ど、 これ らの子 どもた ちの実態調 査をも とに言語 生活 、言語教育お よび社会 との関わ りをテーマ とした研究が発 表 され たが、ニューカマー の子 どもたち‑ の 日本語教育が学界で広 く認 知 され るよ うにな ったのは、

1 9 94

年の学会誌 『日本語教育』、

83

号が組 んだ 「特集 :年少者 のための 日本語 教育」以後であろ う。その特集の執筆者 は関 口明子 (国際 日本語普及協会)、池上摩希子 (中

▲ 国帰国者定着促進セ ンター)、寺 田裕子 (名古屋大学院生)、中島和子 ・桶谷仁美 ・鈴木美 知子 (カナ ダ 日本語教育振興会)、岩沢正子 (独協大学)・高石久美子 (大和定住促進セ ン

ター)な どであった【所属はすべて掲載時】。

この特集 を組んだ 『日本語教育』

83

号の 「あ とがき」 には次の よ うに記 されている。

年少者のための 日本語」 とい う特集 を して、あ らためて 日本語教育の意味を考え さ せ られ る。子供た ちに とって 日本語 をおぼえることが どんな意 味が あるのだろ うか。

日本語教育だ けでな く、子供 に とっての言語 教育 とは どの よ うな使命 があるのだろ う か。 ともか く 「日本語 をど うや って効率 よく教 えた らいいか」 とい う狭い問題 ではな い ことはた しかだ。言語教育全体、あるいは教育全体 についての立場 をあ らためて問 われ る。」

学会誌が このよ うな特集 を組 んだ背景には、社会的な状況があった と思われ る。

1 99 0

年 に改定 された 「出入国管理及び難民認 定法」の施行後 、中南米か らの 日系人労働者が増加 し、その結果 として彼 らの随伴す る子 どもたちが増加 し、学校現場 に新 たな課題が生 じて いた。そのため、文部省 (当時)は、

1 9 91

年か ら 「日本語指導が必要な外国人児童生徒の 受入れ」に関す る調査 を全国的に行 っていた。前述の学会誌 の 「あ とが き」にある 「言語 教育全体、あるいは教育全体 についての立場」が問われ る とい う問題意識 も、その よ うな 社会状況 と無縁ではない。 ただ し、 この 「特集」の執筆者の顔ぶれ か らわか るよ うに、 「年 少者 日本語教育」 についての関心が、 これ らの子 どもたちを受 け入れ た学校や教育施設か ら行政、そ して大学関係者‑ と広がってい った ことが窺 える。 これ は、一部 の大学研究者 を除 き、 日頃か ら学校現場 に関心がない 日本語教育研 究者 が大学 には多い ことを示す現象 とも言 えるか もしれ ない。換言すれ ば、教育界や行政 の動 きか ら、 日本語教育学会が よ う や く 「年少者の言語問題」 に姿勢 を示 した ことを、前述 の 「特集 」 は語 ってい るとも言 え

(19)

よ う。 本 来 な らば、社会的課題 をよ り早 く察知 し、その課題解決 に向けた研究 と提言 を行 うことが研 究者 集団の社会的使命 であるはずだが、そ うな らない ところが問題 であろ う。

残 念 なが ら、そ の後、学会誌 に特集 とい う枠組 みがな くなったこ ともあ り、 この課題 に対 す る研 究者集団の姿勢 は少 な くとも学会誌上には見えな くなった。

一方 、国 (文部省) はその後、学校現場 のニーズを踏 まえ、 さま ざまな施策 を展開 した。

『にほん ごをまなぼ う』シ リーズ

( 1 992

1 993

1 9 95)

を開発 し、学校‑配布す る ととも に、教員研修、相談員 の派遣 な ど各種の事業 を予算化 し、実施 していった。その後 の 日本 語教育学会 としてのア クシ ョンは、文化庁 の強い 「後押 し」を受 けて

1 99 9

年に開催 した 「年 少者‑ の 日本語 教育 を考える」 と題す る講演 とシンポジウムまで待 たなけれ ばな らなかっ た。前述 の学会誌での特集 か ら5年がたっていた。

さらに、

5

年 以上たった

2005

年、 日本語教育学会春季大会では、 「多文化共生社会 と年 少者 を取 り巻 く環境」と題す るシンポジ ウムが開催 され、学会誌 『日本語教育

』1 28

( 20 06)

は 「年少者」をテーマ に した特集 を組んだ。 これ らのことは、 「年少者 日本語教育」が学会 内で よ うや く 「社会的認知」 を受 けるよ うになった と言 えるか も しれない。今後、学会 と

して この課題 に どう取 り組むかが問われて くるであろ う。

1 994

年 の 『日本語教育

』83

号の 特集 の 「あ とが き」が記す、 「言語教育全体、あるいは教育全体についての立場」が問われ る とい う課題が、

1 0

年 を経 て、再度、学会 に 「問われ」て くる。 戦前か ら続 く、 日本語教 育 と子 どもの関係 は長 いが、まだ この課題 に 日本語教育学会 は十 分 に答 えきれ ていないの である。

2‑3.

日本国内の年少者 日本語教育の研究主題 と研究領域

以上 の よ うな 日本語教育学界の流れ の中で、年少者 日本語教育 に関わる人々が どの よ う な研 究主題 を追求 して きたのか、また今後 どの よ うな研究領域 を設 定す ることが必要 なの かについて見てみ よ う。 ここでは、 日本国内の年少者 日本語教育 を例に、詳 しく述べてみ よ う。

日本 国内の年少者 日本語教育の研究の主題 は、

1 97 0

年代以降、「帰国生‑の 日本語指導 や 「イ ンターナ シ ョナル ・スクール」等での 日本語教育であった。

1 9 80

年代 に入 ると、関 東や 関西 の学校 現場 では多数 のニ ューカマーの子 どもたちを受 け入れた。その結果、研 究 や実践の主題 は、各学校現場や各地の教育委員会が作成す るよ うな 「外国人児童生徒受入 れの手引き」や手作 りの 「日本語教材」にな り、続 く

1 990

年代 は じめは、ニューカマーの 子 どもた ちの言語生活 の実態調査や初期指導 (生活 日本語 と生活適応訓練)‑ と移 ってい

く。

1 99 0

年半ばにな り、その よ うな初期指導がある程度定着 して くると、次にこれ らの指導 の理論化 、体系化 の動 きが出て くる (岡崎

1 995

、西原

1 99 6)

。 あるいは、これ らの子 ど

もた ち‑ の教育 目標 の 「構造化」が試み られ た (池上

1 994)

0

この よ うな 「年少者 日本語教育」の理論化 、体系化の動 きの一 方 で、 日本語指導 のほか

(20)

に、 これ らの子 どもた ちの 「学力向上」の課題 も指摘 され、具体的 な教科指導の方法が模 索 された。 日本語指導 と教科指導 を ど う結びつけるか とい う課題 であ る。

1 99 0

年代半ばか ら後半にかけては、多 くの実践報告や研究が発表 された。外国人児童生 徒の語嚢や 日本語能力 の習得過程 に関す る実証的な研究や、 これ らの子 どもたち向けの教 材や教授 法、カ リキュラムの開発が試み られ た。その例 としては、

1 99 6

年か ら

1 99 8

年 ま で東京外 国語大学が文部省 (当時)の委託を受けて行 った研 究、 「外国人子女の 日本語指導 に関す る調査研 究」が ある。東京外国語大学は、 この調査研究の成果 として 「カ リキュラ ム ・ガイ ドライ ン」と 「評価方法」等 を

1 99 8

年か ら

1 9 99

年 に

4

分冊 にま とめて刊行 した。

これ は国の方針ではないが、「日本語指導内容や 日本語指導体制 について、国や教育委員会、

学校現場‑の指針 とな るよ うな提言」(各分冊の 「は じめに」 よ り引用) としてま とめ られ たもので ある

この よ うな中で改めて、 日本語指導 と教科指導 が焦点 となって きた。それ は、 どのよ う な方法で、 どの よ うな 「学力育成 を図るか とい う課題である。 この問題意識 は、 「日本語 の授業が教科学習の内容 を 「文脈」として取 り入れた ものであることが必要 とな る」(西原 、

1 9 96:73)

とい う指摘 か ら、「内容重視 の 日本語教育」の考 えをもとに教科内容 と日本語学 習の統合 を試み る実践 (斎藤

1 998

1 99 9)

‑、 さらに

2001

年か ら継続 してい る文部科 学省初等 中等教育局国際教育課の研 究プ ロジェク ト 「学校教育にお ける

JSL

カ リキュラム の開発」‑ と貫かれてい く。

一方、母語教育や母語 を利用 した 日本語教育についての関心 もある。 これ まで も海外 で の先行研 究か ら、母語 と第二言語習得の関連性、

BI CS

CALP

とい う概念 と言語習得過 程 の研 究が紹介 されて きたが、現在 の問題 関心は、 これ らの概念や考 え方 を理解す ること

だけでな く、これ らの概念等 を利用 しなが ら、どのよ うな教育を創造す るかに移 っている。

同 C̲ことは 「外国人児童生徒の 日本語力 をどう評価す るか とい う課題」(伊東

1 999)

に も 言 える し、独立行政法人国立国語研究所が

2001

年 に行った 「多言語環境 にある子 どもの言 語能力の評価」 と題 した研修 にも現れてい る。 ここで石井

( 2002)

は、「測 ろ うとす る言語 能力 とはいったい何か」「能力 を評価す る とい うことは どうい うことか」「能力 を評価す る 方法 として どの よ うな方法が あ りうるのか、その適切 さについて どう考 えた らよいか」 と い う点を指摘 している。つま り、 「日本語指導が必要な子 どもたち」の教育 とは どの よ うな 教育的哲学 をもつ教育なのか とい う課題 こそが、 もっ とも重要な研 究主題 であ り、個々の 研 究 もすべてこの研究主題 に収赦 してい くことになる。

では、 日本国内の年少者 日本語教育の研 究領域 を どう捉 えた らよいのか。 ここでは、研 究領域 を4つに分 けて考 える (2)0

まず第一領域 は① 「言語発達、言語習得、言語教育理論」に関す る領域 である。大人 を 対象 に した 日本語教育 と異な り、年少者 日本語教育の場合、学習者 である子 どもは身体的 に も認 知的 にも発達途上 にある。 さらに、 「二言語相互依存の仮説十

( ∫. C u m mi n s )

が示す よ うに母語 と第二言語 の基底部分が重なってい るとす るな らば、 ∫SLの子 どもの言語能

(21)

力 を母語 も含 めた力 と捉 え、言語能力全体 を育てる とい う観 点に立 って、子 どもの発達投 階に応 じた教 え方や内容 を考 えてい くとい うことが重要である。 したがって、この領域 の 重要 な課題は、発達段階に応 じて、 どの よ うな言語教育 を構想 し、実践 して い くか とい う

ことにな る。 この課題 を考 えるには、子 どもの発達 に関す る言語発達心理学や認 知心理 学 な ど、関連諸領域 の知見 ももとに考 えてい くことが必要であろ う。

第二領域は 「教材 、教授法、カ リキュラム」に関す る領域である。前述の よ うに、子 ど もは発達途上 にあ るだけでな く、来 日前 あるいは入学前 の生活 ・学習環境、来 日年齢 、家 庭内言語 環境 、性格な どが、ひ とりひ とり異 なる。同 じ国か ら来た子 どもで も、 これ らの 背景 の異 なる場合 が多い。 したがって、∫SLの子 どもに共通す る教材 、教授法、カ リキ ュラムを想定す ることは難 しい。む しろ、ひ とりひ とりの子 どもに即 して考 えることが重 要で ある。 したが って、 この領域 の課題 は、異 なる背景 を持つ子 どもに対 して、何 を使 っ て、 どの よ うに言語 を教 えるか とい うことである。特 に子 どもの場合、人間形成 に関わ る 教科学習 を行 わなければな らない時期 であ り、その学習内容 と切 り離 した形 で、 日本語 だ けを教 えることはできない。 そのため、 こ とば と内容 を統合す る 「内容重視 のアプ ロー チが有効 な方法 となる。文部科学省 の開発 した 「J

SL

カ リキュラム」 も基本的 にこの視 点で開発 されてい る。

この よ うな視点で研究や教 育実践が構想 され、実際 にJSLの子 ども‑の指導 が行 われ るには、学校 な どの教育現場 に力がなけれ ばな らない。 しか し、 これ らの JSLの子 どもを 受 け入れ た経験の少ない教育現場では、現場の力だけで課題 を解決す ることは井 しいO そ の よ うな課題 が、第三領域 「教育現場、地域、研究者 との連携」である。つ ま り、学校教 育制度内にJSLの専門教員 が確立 されていない以上、教育現場だ けの人員 ではJSLの 子 どもた ち‑ の教育 を行 うことは極 めて困難 なのである。 したがって、 この現状 下では、

外部 の協力者や専門家 の力 を借 りて、共 に教育 を考 える 「協働的実践」を行 うことが必要 とな る。 その場合 、教育現場 の内部の もの と外部の ものが共 に補完 しあ う関係 にたった協 働 的実践研究 をいかに構築す るか、また、教育実践 と研究の往還的関係 か ら新 しい教育 を

いかに実践す るか とい う課題 が焦点 となる。

さらに視野 を広 げる と、教育現場 を取 り巻 くさま ざまな課題 が見 えて くる。 た とえば、

JSLの子 どもの教育 を進 め るには、教育行政や教育制度 、また教員養成 な どが どの よ う に対応 しなけれ ばな らないのか とい う課題 である。 これは換言すれ ば、今後 の 日本社会 の あ り方 と密接 に関連 してい る。つま り、 どの よ うな社会 を構想す るか、また、 これか らの 社会の状況や要請 に応 じて教育 をいかに再構築す るか、とい う課題 なのである。これ らが、

第四領域、 「教育制度 ・教育行政、教育支援 、教員養成」 とい う課題群である。

以上が、 日本国内の年少者 日本語教育の研 究を進 めてい く うえで必要な4つの研 究課題 領域 である。 この第一領域 か ら第四領域‑ の連 な りは、 目の前 の子 どもを どう指導す るか か ら、 この国の教育や社会 を どう変えるかを見通 している。 このパースペ クテ ィブの中で、

「年少者 日本語教育」を実践研 究 してい く方法論 を探求 し、かつ、総合的で学際的な 「年

(22)

少者 日本語教 育学」の構築の可能性 について議論す ることが重要 となる。

3.「移動す る子 どもたち

の 日本語教育学の構築 をめ ざして

子 どもに対す る 日本語教育は20世紀以前 に もあった と思 われ るが、20世紀前 半にお いて は 日本国内よ りも、む しろ 日本国外にお いて、「活発」で あった と思われ る。た とえば、

「植 民地にお ける日本語教育」や アメ リカや 南米‑移民 した 日系移民の子 どもたち‑の 「継 承語 としての 日本語教育」が少な くとも日本語教育史の中に 占める比重は重い。

戦後 は、 「植 民地における 日本語教育」が 「消滅」 したが、海外 における 日系移民の子 ど もた ち‑の 「継承語 としての 日本語 教育」は 「外 国語 として の 日本語教育」‑移行す る。

一方 、 日本の経済発展に ともない諸外国では新 たに言語政策 の一環 として子 どもた ち‑の

「外 国語 としての 日本語教育 が盛 んにな る。 さらに海外で過 ご したのちに帰国す る 「帰 国生‑の 日本語教育」が 日本国内で課題 とな って くる。

日本 国内で は、それだけでな く、戦前戦後 を通 じて在 日コ リアンや 中国系住民の子 ども たちの 「日本語習得」とい う事実はあった と思われ るが、 これ らのオール ドカマ‑ の言語 習得 の詳細に関心は向け られ なかった。 しか し、1970年代後 半か ら 2000年代まで、イ ン

ドシナ難民、 中国帰国者 、南米 日系人な どのニューカマーの子 どもたちが増加す るにつれ て、 日本国内の年少者 日本語教育が徐 々に 「社会的教育的課題」 として浮上 してきた。イ ンターナシ ョナル ・スクール、中華学校、朝鮮学校、韓国学校、ブ ラジル人学校、ペルー 人学校 な どで学ぶ子 どもたち、「帰国生」も含む多様な背景 を持つ子 どもたちが、現在 、 日 本に居住 しているのである。

その子 どもたちの言語教育 を見 る と、 これ まで 日本 国外で 「活発 」であった と思 われ た

「継承語 としての言語教育」また 「外国語 と しての言語教育」、あるいは 「第二言語 として の言語教育」が多様 な形で 日本国内に収赦 してきてい ると言 えよ う。その様相が、冒頭で 述べた5つの観点 として形付 け られ る年少者 日本語教育の全体像 となって現 われてい る。

したがって、今後われわれ に問われ るのは、その よ うな僻F敦的な視 点か ら、年少者 日本語 教育 を捉 え、年少者 日本語教育学の構築を考 えることなのである。

ただ し、年少者 日本語教育が抱 える複合的重層的な課題 を解決 に導 くた めには、年少者 を対象 とした 日本語教育の教育システムを構築す ることが第‑の 目標 となろ う。 システム 構築 を通 して地域や学校 とのネ ッ トワー クを作 り、システ ムを動 かす ことで年少者 日本語 教育 の 「専門家」 と呼べ る支援者 を養成 しなけれ ばな らない。研 究や実践 の披涯 と共有に とどま らない、研究 と実践の成果 を体系的 に蓄積 できるシステムを構築 し動 か してい くこ とが、ひいては年少者 に対す る 日本語教育 を 「学」 として位置づ けることになろ う。年少 者 に対す る 日本語教育学の構築は、理念的 には子 どもたちに対す る言語教育のあ り方 を探 求す ることか ら始 ま り、実質的には実践 と研 究の統合か ら始 まる。 これ まで述べてきた よ

うに、年少者 に対す る 日本語教育 は歴史性 を帯びてお り、同時に社会性 、現代性 を持 って い る。そ してその多元性、国際性 ゆえに、既成 の学問分野 の枠組み 内の解釈 では収 ま りき

表 3 小学 校の児童の場合 児 童 聞 く 話す 読む 書 く 入級期間L3年53‑ 43‑ 42‑ 3 平成 17 年 9月Q3年3‑ 43‑ 4 3 3 平成月 17 年 1ここで重 要なのは、指導期間が 8ケ月長 い児童 Qの 日本語能力 は、児童 Lとあま り変 わらないのは なぜ か とい う点 で ある。 この児童 Qの 日本語能力 について は、以下 の よ うに報告 された。 「「 聞 く ・話す ・読む ・書 く」全てが 3 か ら 4 の レベル と生活場 面 ・学習場面 のいずれにお

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