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「 気 」 から見る中国の伝統文化

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「気」か ら見 る中国の伝統文化 27

「 気 」 から見る中国の伝統文化

目 次

高 明東 論文

1.はじめに

2.近代科学の人間研究の特徴 3.個体 レベルの人間研究 と気

3‑ 1 気 とい う概念 3‑ 2 気の人間観

4.古代中国の気の社会的運用

4‑1 古代の気功‑ 直接的な気の修練 4‑2 芸術‑ 気の修養の一つの形式 4‑ 3 望気‑ 気の軍事的利用

4‑ 4 風水‑ 大地の気の 「経絡」 を測 る 「技術

5.気の本質‑ 中国古代哲学的思考 5‑ 1 気に関する哲学思想 5‑2 気の思想の発展 6.あわりに

1.はじめに

1980年か ら中国では大 きな変革が起 きた.階級 闘争 を中心 とした路線か ら改革開放経 済建設 を中心 とした路線へ転換 して来た.それ と同時に,一つの文化論議 のブームが起 きた.ここで,注 目してお きたいのは,その中の気功 ブーム とい う社会現象である.改 革開放以来,た くさんの気功組織が出て きて,気功の雑誌,書籍 もた くさん出た.気功

(2)

28 研 究年報 第2

の講座 ・教室が次か ら次‑ 開かれ てい る.中国では, 一番人気があるサ ッカーの フアン が1500万人 しかい ない,しか し,気功 を学び ・練習す る人は少 な くとも2000万人である*l 長年の難病が数時間の間に徹底治癒 された り,あるいは何 らかの超能力 を得 ることなど, 不思議 な現象が絶 えず 出て きた.いろいろ な気功大 師や 超能力者が世の 中に出て きた , 大学や研究所及 び国家 の科学研究 機構 も気功 を本格 的 に研究 しは じめた.つ ま り中国で

は,気功 のブームが起 きた.1988年 に

,

「気 と人間科学」と題す る国際 シ ンポジウムが東 京で開かれ, 日中双方 か ら多 くの人々が参加 した.中国側参加者 には ,気功関係者のほ か物理や工学系 の科学者が多かっ たが, 日本側 か らは ,哲学 ・宗教 ・心理学 ・医学 な ど の分野の研究者 も多 く参加 した.1990年頃,封建迷信 を散布す ることや気功 師の 詐欺 な どで,気功活動 が整理 された. しか し,その後 も気功活動 はいろいろな形 で続 け られて いる,中国の著名 な物理学者銭学森 も中 国人体科学学会の元理事長 として,熱心 に気功 活動 に取 り組 んでい る.「中国気功科学研究会」が北京 に設 け られ る他 に,省 ,市 に もた

くさんの分会 をもってい る.

いったい, どうい うことであろ う. これは封建迷信の復活か ,中国伝統医学の新発展 かあるいは他 の意味があるのか. この社会現象 を解明す るには , もちろん現代 中国社会 を分析す る必要がある.例 えば,中国では,改革 開放 して以来 ,社会思想環境が きび し く制限 された状態か ら嶺 めて,相対的 に自由な状態 に変 わって ,い ろいろな思想が出て きたためである.あるいは,経済建設 を中心 として, 人々の物質生活がだんだん良 くな って, 自分 自身の健康 に注意 を しは じめたためである.

しか し, なぜ1980年代 に入 って,何千年 も前 に生み出 された鍛練方法 がはやるのであ ろ うか.今 の時代 は,近代科学が支配的である,世界の国々は近代 科学 とい う列車 に乗 って,工業社会 に連 れ られて きた.近代科学のおかげで ,物質文明が極大 となった. し か し,それ と同時 に,環境汚染,核脅威 な どいろいろな人類 の生存 にかかわる大 きな問 題 にぶつか った. こうい う限界 を越 えるため に,世界 的 に人々が思索 してい る .それ も 気功 ブームを大 き くす るであろ う.

気功 とは何 か ? 気功 は健康 のた め に,一種 の心 と体 あるいは精神 と肉体 を同時 に重 ん じる鍛練方法 と見 な され てい る.あるい は,生命エ ネルギー として の「気 」を増強 し コン トロールす る方法である.そ して,気功 を一種 の人生の実践 と見 な している人 もい る.中国伝 統文化 に は「気」に関す る論述 は た くさんあ って ,そ して, 現在 の 気功の具 体 的な方法 には,昔 の道教 ・仏教 ・儒教 な どの中か らその まま取 り入れた ものは少 な く

ない.そのため に,気功 と言 う中国の独特 の社会現象 は,中国の古代哲学 な どの伝統文

(3)

「気」 か ら見 る中国の伝統文化 29

化の視点 か ら分析 しな ければその本質 がわか らない であろ う. したが っ て本研究では ,

「気」を切 り口 と して,中国の伝統文化 の「気」に関す る思想 を概観す る.

2.近代科学の人間研究の特徴

中国伝統文化の気 に関す る思想 の基本 的 な内容 は,個体 的な人間研究であ る.その特 徴 を把握す るため に,近代 科学の人間研究 と対比す るところか ら,気 の研 究 に入 る.

さて, 近代科学 の特徴 は何 であ ろ う.1997年4月か ら10月 まで に,横 浜み な とみ らい で 「不思議 な人体展 一 未知 な′ト宇宙

」と言 う展示会が 開かれてい る.人体 の 皮膚の下 に何があるか, ドイツの科学者が プラスティネー シ ョンと言 う技術 で人体標本 を作 り出 して,皮膚 の下の骨 ・筋 肉 ・血液 ・リンパ及 び神経 な どの構造 , システム を展示 し,説 明 して くれた.こうい う技術 は ドイツ しか持 たないそ うである.現代 の人体科学研 究 は,

もちろんこうい う解剖学のほか に心理学 な ども取 り入 れた総合 的な研 究が な されている が,それに して も,こうした研究方法 はやは り典型 的な近代科学の考 え方 を示 している.

こうした方法で ,見 える人体 (皮膚 の 下の部分 で も解剖 した ら目で 見 える)しか見 えな い. 目で直接 に見 えないけれ ども,経絡 システムの ような組織 が実際 にある と言 う東洋 医学の考 え方 は近代 科学では認 め られに くい.近代 科学が入 って きてか ら,東洋医学が 非科学的な もの とみ な されるようになった根本 的理 由はそ こにある.解剖学の方法が精 神 と物質, または主観 と客観 をはっ きり分 け る近代西洋の認識論 や人間観お よびそれか ら生 まれて きた近代 科学の考 え方 に基づいてい る. こう した二分法 はデカル ト以来起 き て きた ものであるが,デカル トでは ,精神 と物質, したが って主観 と客観 ははっ き り区 別 されるばか りで な く,お互 い に何 の関係 もない とされて きたか らである.

もう少 し厳密 に言 うと,デカル トは ,学問の方法論 については,はっ き りした二元論 をとった.「我思 う故 に我あ り」と言 う彼 の言葉 は有名 であるが, これは心の本 質 は自我 意識 にある とい うことを意 味す る.彼 は 自我 とは「考 える存在」である と定義 した.つ ま り意識 とは 自我の存 在の状態である . これに対 して物質 とは, 「空間に一 定の容積 を 占める存在」と定義 される.物体 は必ず空 間の内部 に一定 の容積 を占めて存在 してい る.

しか し心 は,物理 的空 間の中に容積 を もつ もの として見 出す ことはで きない.それは自 我 によって感 じられ,意識 されるだけである . したが って,J亡、と物 ,精神 と物質 はその 性質上 はっき り区別 で きる.そればか りで な く,心 と物質の間には何 の関係 もない. こ れがデカル トの考 え方である. この ような考 え方 は,二元論 と言 うよ りも,精神 と物質 をその存在 や作用 について完全 に分離す る二分法 と言 う方が正確 である.

(4)

30 研究年報 第2

この二分法 を心身関係 に適用すればどうなるであろ うか.近代科学 は物理学 と天文学 の革命か ら始 まって,次第に生命科学や医学 などの分野 に及 んで行 った. したが って生 命体 や人体 の性質や構造 を考 えるに当たって も,物理学で確立 された実験観察 の方法が 適用 される.この ような考 え方か ら,やがて人間機械論 とか唯物論 の思想が生 まれ,人 体が物質の集合体,精密 な機械 とみ なされて説明 されている.心の問題 は無視 されたが,

しいて考 える場合 には,心のはた らきは脳 における神経活動,あるいは神経伝達物質 に よる生化学的作用 を意味する とい う風 に説明 される.こうい う考 え方 を還元主義 と言 う.

これには次 の二つの意味がある.一つは,現象の全体 を部分 に還元 し,部分の集合 とし て全体 を説明す る考 え方.人体 を時計 にた とえ,脳 をコンピューターにた とえるような 考 え方 はその例 である. もう一つは,心 の作用 や生命現象 な どをすべて物質の作用 に還 元 して説明す る考 え方 である,医学では,19世紀後半 に生 まれたパスツール, コツホの 細菌学や ウイル ヒョ‑の細胞病理学 によって,この ような考 え方の基本方向が定 まった.

心理学 ・心身関係 の分野 にまでこうい う還元主義 の考 え方が及 んで きたのは今世紀始め ごろである.

ところがデカル トは,心身論 に関 してはこの二分法 をとらず,心 と身体 は不可分 に結 びついて関係 しあっていると考 えた.彼 のい うところでは,心の作用 は脳 の松果線で身 体 と結びつ き,動物精気が血管や神経 を流れて内臓 などの器官 に影響 を及ぼす.特 に喜 び,悲 しみ,愛,恐 れ といった感情 のはた らきは,心臓 や胃腸,血液 などのはた らさと 深い関係 があると彼 はい う. この ような観察 は,現代 の心身医学の考 え方 と基本的な点 で よ く一致 している. しか し,心身結合 は学問的根拠 のあい まいな 日常的経験 の現象で あ り, したが って道徳 の領域 の問題 に属す る.デカル トは心身の問題 についてはこの よ うな考 え方 に立 っていたが,学問的研究 の方法 と しては,厳密 な知的二分法 をとった.

ここに彼 の理論 的矛盾がある*2

この二分法 と還元主義 に対応 して,前 に述べ た ように,中国伝統文化 は心身統一論 や 有機体論 など別 の考 え方 を持 ってい る.例 えば,経絡 システムの理論 はその一つ具体 的 な理論である,近年 になって,現代 の生理学的実験方法 によって経絡の機 能 を明 らかに す る研究が進 んでいるが,近代科学や医学の理論 的システム と矛盾 な く結 びつ くまで に はまだ至 っていない.

中国伝統文化が具体的にどのような考 え方 を持 っているか

,

「気」とい う切 り口で概観 す る.

(5)

「気」から見る中国の伝統文化 31

3.個体 レベルの人間研究 と気 3‑1 気 とい う概念

「気」 とい う言葉 は 日本語 の中にいろいろな意味があって, 日常生活で よ く使 われて いる.「気がつ く」

,

「気が きく」

,

「気 になる上 「気が短い」

,

「意気」などは心理的側面 に 使 われている 「気」である.「空気

」 ・

「磁気

」 ・

「気候

」 ・

「電気」な どは近代科学が生 まれ てか ら作 られた訳語 であ り, 自然界 の物質的な側面 に使 われてい る 「気」である.そ し て

,

「病気

」 ・

「気分」 ・ 「元気」 などは体 の生理的状態 を表す 「気」である この 「気」

は中国の辞書 にはな く1945年か ら用い られるようになった 日本 の教育漢字である.中国 の 「汽」とい う字 を考察すれば,中国の文字が一番古 く記載 されてい る甲骨文字 まで さ かのぼる必要がある.甲骨文字では

,

「気」が数字 の 「三」に似 た形で書 かれている.そ の後の青銅文字 にも同 じように書かれてい る.そ して,戦国初期 (BC4世紀)の もの とされる玉製の柄があ り,12行,45字が刻 まれてい る.「気 を行 かせ,実すれば」 とい う文章の中に,注 目すべ き「気 」があ り,それは 「行気」つ ま り気功 の習練である.漠の 時代(10世紀頃)の辞典 r説文解字」では,漢字 を系統 的に整理 し,言語学 的 に研 究 した 労作 である.「雪 とは、雲雪の ことな り.象形 .気 とは,客 に袈米 を錬 るな り.米 に従 う雪 の声」気 とは客 に出す米のことで,形声文字であ り,意味は「米」か ら,発音 は 「汽

か らな りたっている*3

漢字 と しての 「∠弐」は変化 して きたが,その意味 もいろいろある.中国伝統文化 を理 解す るには

,

「気」の理解 な しには不可能 と考 える.

「気」とは,中国伝統文化 には どの ように使 われているのか,まず,個体 レベルの人間研 究の方 に見 てみ よう.

3‑ 2 「気」の人間観

個体 レベルの人間研究では,前 に述べた人間の身体 の経絡 システムを考察す る必要が ある.経絡 システムは中国の医学,中国伝統文化 に しかない文化成果である.秦の始皇 帝の名前 は万里の長城 とともに,世界 的な知名度 をもっているであろう.彼 は全 国を統 一 した後,分封制 を廃止 し,中央集権的 な郡県制 を建設 した.そ して,度量衡や貨幣, 文字 などを全国的に統一 した.この ような偉大 な事業 を行 うと同時 に,人々の思想 を統 制す るために危険思想 とみなされた道徳,政治 などの書物 を焼 き払い,危険思想 の持 ち 主 とされた儒学者 を生 き埋め に したのであった. しか し,哲学の思想 を含 む医学書,占 いや農業 の本 は例外 として,暴政か ら逃がれた.そこで経絡 システムの理論がその中の

(6)

32 研究年報 第2号

最 も古い医学の経典 r黄帝内経J

r難経Jの中に書かれている.

黄帝 は中国の伝説の三皇五帝のひ と りであ り,黄河文明のシ ンボル ともい うべ き存在 であ り, 中国人 (漢民族 )の精神 の支柱 で ある.現存す る最古 の 医学書 に黄 帝の名が 冠 せ られ てい るこ とは,それな りの理 由 がある とい うことだ .ただ,そ の 「黄帝内径」の 作者 と時代 は まだ未確定の ままである.一般的な見方 は

,r

黄帝内経 Jの内容が春秋時代 か らの 「気」 の思想 を うけつ ぎ,人体 を対象 として深化 させ た とい うことである.思想 史の流れか らみれば

,

黄帝内径」は戦 国時代(BC5世紀‑BC3世紀)か ら書 き始め ら れ,秦 をへて前 漠 まで に完成 した と考 え られ る.

r黄帝内径」は体 内 におけ る「気」の運行 を主 に書 い たr霊枢Jと生理学的な内容 に重点 をおいた r素間」の2篇か ら構成 されている.その内容 は広範囲 に及 び,医学の基礎理論 か ら臨床診断治療の基本 まで議論 しない ところはない.それによって中医学理論 の骨組 を確立 した.今 日に至 るまで に中医学理論 は大 きな発展があ り, 「黄帝内径」によって構 想 され た中医学 理論 の体系 の骨組 に充実 と発展 が見 られ るが,基本 は r黄帝内経」の理 論体系 を越 えてはい ない.それ故 に

,r

黄帝内経Jが完成 したことは,中医学理論体系の 基本 を確立 した象徴 である.

r

難経」は またその名 を r黄帝八十一難経」といい

,

「黄帝内 径」の後 を継 ぐもう一冊 の重要 な医学理論 の著作 である .全書 は八 十一難 に分か れる.

完成 された時期 は考証す ることがで きないが,ある者 は秦漠の替 わ り目である と主張 し, また後漠末期 とす る者 もある.春秋戦国時代 の名医で望診 (透視術 ともいわれる) と脈 診 に長 じて針 ・毒慰 (一種の 温湿布 )・薬酒 な どの医 療 を行 って いた扇鶴 の著 とい う説 もある.「難経Jは脈学 ・経絡 ・臓肺 ・病気 の変化及 び病後 ・五輪穴 ・針刺手法 などの問 題 を論 述 している.その理 論 は r黄帝内経」に本源 があるが

,r

黄帝内 経」の理論 に対 し て, さらに発展 した ところがある.す なわち

,

「命 門」の一説 を提 出, これは三焦元気 の 理論 にとって重要 な影響 をもた ら した.それが中医学理論体系確立 のため に多大 な貢献 を したので,後世,常 に「内」

,

「難」の二書 を並 び称 してい る*4

一般 に は中医学 は解剖学 を無視 して きた とい う見方が多い が

,r

黄帝内径」の 「霊枢」 篇 に 「死 んだ 後 は解剖 して観察す ることが で きる」と記 されている.秦の有 名 な医師 愈 府,三国時 代 の名医華 陀 などは麻 酔 を用 いた外科手術 を行 ったことがある*5. それゆ えに,古代 中国では,解剖 の医術 もあった.ただ し, この ような解剖 の医術 は次第 に後 退 してゆ き,その代 わ りに,気 の運動 と経絡 の考 え方 を基本 とす る方向へ発展 して行 っ たのであ る.その理 由は,中国伝統文化 の特質 に大 き くかかわると思 う.それについて,

「 5 ‑2

」の ところを参考す ること.

(7)

「気」 か ら見 る中国の伝統文化 33

r内

J r

」二書 の 最大 の特徴 は

,

「気」の医学 を完成 させ た こ とであ る. 世界 は「気

によっ て構成 され てい るので ,人 もまた 「気」に よっ て構成 され てい る. 「気」の運動 に よって, 自然界 に変化 が起 こ り, また人の生命活動 も引 き起 こ され る. 「気」に よって正 常 な生命活動 を維持 し

,

「気」の正常 さを失 った運動 で は,正常 な生命活動 を維持す るこ とがで きない . したが って疾病 の発 生 を引 き起 こ し,死 に到 る.故 に 「素間」は「百病 は 気 よ り生ず るな り」と説 いてい る.そ して

,r

ト r

難」二書 は体 内 をめ ぐる「気」の流 れ として の経絡 と 「気」の重要 ポイ ン トと しての穴 (つ ぼ )が全 身 のすみずみ まで にわたっ てい る,いわゆる,経絡 シス テムであ るこ とを解説 してい る.

経絡 シス テム学説 は中医学 の基本 的 な考 え方 であ るので, ここで もう少 し具体 的 に説 明 しよう. 「経絡」とい う言葉 は経脈 と絡脈 の総称 で経脈 は幹線 ,絡脈 はそれか ら分 岐す る支線 である.絡脈 か らさらに細 か く分 岐す るル ー トと して孫脈 が あ る.孫脈 はい わば, 血管末端 の毛細血管 の ような ものである.「経絡」は これ らの総称 であ る.

経脈 一 一 十

絡脈 (広義)

i

十二経脈 十二経別 書経人脈

十五絡脈 絡脈 (狭義) 孫脈

浮給 血絡 図 ・経絡 の分頬 *6

主要 な経脈 (正経)は12本 あ っ て,頭部 ま たは内臓 諸器官 と手 足 の末端 を結 ぶ 回路 で ある. この システムは,解剖 学で知 られてい る器 官系 や神 経系 とは まった く違 った性 質 の もので,解剖 に よって認知 で きる ような脈 管組織 を もってい ない ため,近代科学 の見 地か らはその存在 が疑 問視 されて きた ものであ る.そ して,杏経 とよばれ る八 つの経脈 は気 のエ ネルギーの貯水池 にた とえ られ る もので,武術 で重要視 されてい る.隈想法 で は奇経 の うち,脊柱 にそ った督脈 と胸腹 部 の正 中線 にそ った任脈 を重要視 す る.

十二正経及 び八 つの杏経 は陰 と陽 の グループに大別 され,背面 や手足 の外側 を通 る経

(8)

34 研 究年報 2

給 は陽,腹部や手足 の内側 を通 る ものは陰 の経絡 とされ る.各経絡 には特定 の内臓 の名 (例 えば肺経,心経 , など)がついてい るが,その機能 は当の臓器 ばか りではな く,他 の 臓器 に も多かれ 少 なかれ 関係 して い る. この よ うな性質 を もつ経 絡 に流 れ ている 「気 は生命体 の特有 のエ ネルギーであ るといえる.そ して ,穴 は‑ 主 な ものだけで も数百 あるが‑ いわば気 のエ ネルギー が集 中 している点である.その流れが悪 ければ具合が わる くなるので穴への刺針 な どの 刺激 によって気 の流れ を円滑 に し,新鮮 な気 が流れ る ようにす るのが治療法の基本である.

経絡 に基づ く身体観の一つの特徴 は, まず ここによ くあ らわれてい る.近代 医学の見 方 は,特定の内臓器官が一定 の生理的機 能 を分担す るとい う局所論 的な見方 をとってい るわけであるが,中医学ではホ リステ ィックな観点 か ら全 身の機能 を統合 的にとらえる 見方 に立 ってい ることが注意 をひ くのである*7.最 も代表的 な例 は耳針治療法である . つ ま り,全 身のお もな部分の病気が ほ とん ど耳の穴 だけの刺針で治療 で きるとい う治療 法である.経絡 は人体 の気血の運行 の通路,内臓器官の間の連結 である .経絡で人体が 一つのシステムになっている. さらに,経絡で人体 は もっ と大 きなシステ ムにつ なが っ てい る.先 にい った ように,各経絡 の末端 は手足の先端 になっ ているが,気 の流れは主 に, この先端 を通 じて外界 と交流 してい る もの と考 え られてい る. (このため ,手足 の 先端 にあ る各穴 は特 に「井穴」 (せいけつ )と名づ け られている.ただ し,気 は他 の穴 か らも多少 は出入 りして い る.) こうい う見方 は, 身体 のは た らきを外界 とつ なが った開 放系 と して とらえる態度 を示 して い る.つ ま り,身体 の基本的機能は生命 エ ネルギ ーで ある気 を外界 か ら吸収 し, あるいは排 出す る とこ ろにある, と考 えて い るわけであ る.

そのため に,気功 の 「体感」 (気功 師 が 「見 る」だけで人の健康状態 を測 る)とい う診断方 法が成 り立つ. これ に対 して西洋医学 は考 え方の順序 と して身体 をいったん外界 (環境 ) か ら切離 し,それを完結 した閉鎖系 として観察 し,その構造 をさらに分解 してそれぞ れ の機能 をとらえ ようとす る.そ こに,機械 モデルの人体 の見方が生 まれて くる.

身体 を開放系 と して見 る時,経絡 のほか に,身体 と宇宙の間は相互感応 の方式 で人体 システム と大 きな宇宙 システムにつ なが っている,いわば

,

「天人感応 」学説である. こ れ については後で分析す る.

ここでは,経絡 システムは どの ように生み出 されたか とい う問題 を考 えてみ よう.実 は「気」 とい うもの は, 誰で も日常普通 に感 じてい るわけではないが,気功, 隈想 な ど の鍛練 によって「気 」を認識 し,把握す ることがで きる.気功の 「′ト周天 運行」とい うの は,気 を「小周天」 (任脈 と督脈 か ら構成 されてい る循 環経路)にそ って運 行 させ るとい

(9)

「気」か ら見 る中国の伝統文化 35 うことであ る・ さら に「大周天 運行」とい うの は,気 を「大周 天 」 (小周天 の他 に,十二 経脈 も含 め る)にそ って 運行 させ る とい う ことであ る . こ うい うふ うに考 えた ら,気功 の修練 が きわめて高 い レベル に達 した人達 が,人体 の経絡 を把撞 して後世 に伝 え た こと が考 え られ るであ ろ う.

r

素問

「上古 天真論」に

,

「上古 之人,其知遺著,法干 陰陽,和 干術数

「惜淡虚 無」,故 に 「真気従 之」 *8 (古代 の 道 を知 る人 は,陰陽の 規則 と修養 のル ール に従 って,雑念 な く, そのため に,臭気 が体 内 に形成 し, 自然 的 に正常 な経路 にそ っ て流 れ る), と記 されてい る.そ うす る と

,

「陰陽応 象大論 」に 「上古聖 人,論 理 人形, 列別蔵 府, 端絡経 脈」*9 (古代 の 聖 人が人体 の構 造 ,内臓 の 位 置及 び経 絡 の配 置 を論述 す るこ とがで きる)と記 され てい る.要す るに ,経絡 シス テムは古代 の人が 自 然態 で,あるいは修養 に よって認識 し生 み 出 した ものであ る.い ままで, この他 に,経 絡 システムの形成 につ いて納得 で きる仮説 は出て こない.

経絡 シス テムの ような人体 に関す る気 の理論 の下 で, 中医学 は普通 の経験 医学か ら発 展 し,昇華 して きた.今で も, 現代 医学 とともに人 々の健康 や幸 福 に貢献 してい る. 中 国のほか に, 日本 ,韓 国, アメ リカな ど世界 のい ろい ろな と ころで 中医学 が活躍 してい る.そ して,中医学 が現代 医学 と結合 して ,ホ リス テ ィ ックな医学 を図 って発 展 してい る.

しか し,人 間に 関す る 「気」の理論 は中医学 だけで はな い,人 間本 性 に関す る論述 も た くさんあ って, ここで は,省 略す る .そ して,人 間 に関す る気 の理論 は,古代 中国の ほ とん どの分野 に運用 されてい る.

4.古代 中国の気 の社会 的運用 4‑ 1 古代 の気功一 直接 的 な気 の修練

直接 的 な気 の修練 は,古代 で はい ろい ろな名前 が あ り,例 えば吐納 ・導引 ・行気 ・練 気 な どであ る.それ らは本 質 は同 じなので ,現在 ,統 一的 に気功 と呼 ばれ る ことにな っ てい る.気功 とは古代 の人々が大 自然 の中 で,順調 に生 きてい くため に,何千年 を経過 して生み出 した心 身鍛練 の方法 で あ り,生 き方 であ る. こ うい う経験 が重 ね られ,昇華 され て,高い レベ ル に逢 した人が た くさん 出て きて,そ してた くさんの貴重 な文献 が伝 え られて きた.

例 えば

,r

易経

」r

老子

jr

荘子

「港南子

jr

太極 図説」な ど,古代 の哲学 の経典 である が,その 中にた くさんの気功 の基本原 理 が含 まれてい るので,気 功 の経典 ともみ な され てい る. そ して

,

「黄帝 内経」な どの医 学経典 も同 じよ う に気功 の経典 とみ されてい る.

(10)

36 研究年報 第2号

純粋 な気功理論 だけの経典 もた くさんあ る

,r

周易参 同契

J

r情実 篇

jr

金丹 四百字

」r

性 命圭 旨」な ど枚挙 にい とまが ないのであ る.

それで,その長 い歴 史 の中に, た くさんの流派や方法が出て きた .それ を大 き く分 け る と,次 の ような五 つの流派 にまとめ るこ とがで きる,

医家気功 :中国の医学者 たちに よって作 られた気功 である.主 に病気 の予 防 と治療 , 健康 増進養生 と長寿 を目的 に してい る.

道家気功 :老子 ,荘子 の考 え方 (道家 と道教)に もとづいた気功であ る.主 に道教 の 修行 者 たちが不老長寿 を願 い,心 身 を鍛練す る もので,無 の境 地 に到達 す

ることを目的 に してい る.

儒 家気功 :孔子 とその弟子 たち には じまる気功 であ る.人品徳性 の向上 に努 め,や は り悟 りの境地 に到達す るこ とを目的 に してい る.

仏 家気功 :仏 教 の教 えに基づい た気功 であ る.禅 に見 られ る ように主 に心 の修練 を行 い煩悩 か らの解脱 と悟 りを目的 に してい る.

武術気功 :武術 に関係 の深 い気功 であ る.主 に身体 を強健 に して,敵 か ら身 を守 るこ とを目的 に してい る.

流派 について は次 の ような分 け方 もあ る.医家 気功 ・道 家気功 ・儒 家気 功 ・仏 家 気 功 ・武術気 功 の五 つ の流派 は, 「硬 い 気功」と 「軟 らかい気 功」の二 種類 に大別 され る . 硬 い気功 ,つ ま り硬 気功 はお もに武術気功 の こ と を指 し,敵 と戦 うための もので ある.

軟 らかい気功 ,す なわち軟気功 は五 つの流派すべ てがお こなってい る もので,太極 拳 は この軟気功 の ひ とつであ る.軟気功 の主 な 目的 は,健康長寿 ,潜在 能力 開発 で, どの流 派 に も共通 してい る*10

基本 的 な鍛練方法 か ら分類 す れば,動功 と静功が ある .動 功 とは気 の運行 の規則 に よ って作 られ る動作 及 び 自発動作 を しなが ら,心 身 を調整す る気功方法であ る .静功 とは 動作 を しないで主 に精神 及 び内気 を調整す る気功方法 で ある.

医家気功 道家気功 儒 家気功 仏家気功 武術気功 硬気功 ‑ 武術気功

(11)

「気」か ら見 る中国の伝統文化 37

具体 的 な気 の修練 の方 法 は道 家気 功 を例 と して見 よ う. ここで は

,r

中国の科 学 と文 明」 を生 み 出 した ジ ョセ フ ・ニ ー ダム の研 究 を引用 す る こ とに したい.ニ ー ダムが道家 の修練 方法 を以下 の よ うに分類 してい る. ( )の 中 は筆 者 の説 明で あ る.

(1)呼吸 法 (呼吸 と内気 の鍛練 の方法 )

(2) 日光浴 治療 法

(3)導 引 の法 (ニ ー ダムが医療体 操 と呼 んで い るが実 は気 功 の動 功 で あ る) (4)性 的技 法 (陰陽説 の上 に作 られ た性 の技巧 )

(5) 「練 丹」術 お よび薬剤術 (修 練 に役 立 つ薬 品 を作 る技術 ) (6)食餌 法 (修 練 に役 立 つ栄養剤 )

これ らの仝 技 法 は

,

「気 」 また は天性 を養 うこ と (養気 ,養 性 )とい う集合 名 を使 って いた.そ れ らの うちの い くつか は確 か に きわめ て古 くか らあ った と判 断 で きる. とい う の は

,

「荘子 Jの 中 に,呼吸 法 には っ き りと敵 意 を示 してい る一 節 が あ るか らで あ り,

「准南 子」 におい て も同様 で あ るが ,他 方

,

「道徳 経 」は この技 法 を推奨 してい る か らで あ る*11

古代 の人 々の直接 的 な気 の修 練 が ,人 間の心 身の健康 ,長寿 ,能力 の 開発 及 び人 間 と 自然 宇宙 との関係 ,人 間の生 き方 な ど豊 富 な成 果 をあ げ た, それ は中国伝 統 文化 の優秀 な遺産 で あ る.

4‑2 芸術‑ 気 の修 養 の一 つ の形式

古代 中国の芸術 は気 を重視 してい た.芸術 の具体 的 な技 を訓練 す る前 に,及 びその芸 術 を してい る過程 の 中 に,気 あ るい は修 身養性 を大切 に してい る.

(1)絵 画 にお け る 「気 韻」説

中国の画壇 で芸術 と しての絵 画 が 正面 きって論 じられ たの は, 5‑ 6世紀 か らの こ と であ る.謝赫 (シャカク)が 「気韻」の説 を となえ,それ までの顧 凱 之 (コがイシ)な どの い う 「生 気 (セイキ

)

」や 「態」

,

「骨」な どに優 先 す る もの と して主張 した .書 か れ た 人物 の性格 や 態 度 が躍動 してお り

,

気 韻生動 」で なけれ ば な らない とい う.

唐代 になる と, こ う した画論 はい っそ う格調 の高 い もの とな り,人物 画 や鬼神 を得意 とした呉 道子 (コやドウシ),水墨画 を創始 した王維 (オ舛 )な どが輩 出 した.

12世紀 の宋代 ,郭 若虚 (カケシ寸ヤクキョ)は r図画見 聞誌 」を著 し,極 端 なほ どに「気 韻」 説 を 展 開 し

,

「気 」と芸術 の関係 を理論 的 に完成 させ た.

(12)

38 研 究年報 第2

(2)書道 と気

中国の書道の誕生 は 漢字の創始か ら遅れること約2000年,4世紀 になってか らの こと である.別 の言い方 をすれば,書道以前 の字 は,思想 ,意志 を伝 えるための実用 の手段 だったのである.それ を詩文や絵画,音楽 な どとな らぶ芸術 の域 にまで 高めたのは,東 晋 の王義之 (オウギシ)である. 「書聖」と呼ばれる こともある王義之 は,それ までの いか に も固い隷書 とは まった く異 なる,生気 はつ らつ と した字 を書いた .彼が天 師道 (道教 ) の熱心 な信者 だったことと関係す るか もしれない. しか し,王義之 は高い レベルの気功 の功力 を持 っていた ようで,彼 が字 を書いた ら,紙が置かれていたテーブルに も字 が感

じる とい う伝 説 もある.

この他 に,文章,音 楽 な ども気 と緊密 な関係がある

4‑3 望気‑ 「気」 の軍事利用

中国の古代 の人 は敵 と戦 う前 に,敵 の雲気 を観測す ることによって ,敵の状況 を把握 して, 自分 の軍略 を決めた.

墨家 は戦 国時代 にあっ て,やや特異 な集 団であ り,その主張 には博愛 と非 戦がある . その非 戦 とい う思想 のた めに

,

「墨子

「迎敵嗣 」では,雲気 を軍事 的 に解釈 して い る .

「凡望気有大将気,有小将気,有往気 ,有乗気 ,有敗気 .能得明此者,可知成敗吉 凶.

」*

12

(望気 には,大将 の気 あ り,小将であ り,往気 あ り,乗気 あ り,敗気 あ り. これ を明 らか にす ることを得 る者 は,成敗 と吉 凶を知 る.)

客観 的 に歴史 を記 述す ることで有名 な r史記」に も望 気論がある.「天官書 」は ,天体 や星 占い について述べ ているが

,

「雲気 について」の項があ り,望気 の方法 とその読み方 を集約 してい る.以下 には,その一部 を引用す る.

「凡望雲気,仰而望之,三四百里.平望 ,在桑稔上 ,千余里二千里.登高而望之,下 属地者三千里 .

」*

13(雲気 を観測す るにあ たっては,仰 いで観測す る と三 ,四百里,平 らに望 む と西 は千里か ら二千里,高地 に上 って眺める と,下方 は地 にふれて三千里.)

そ して,雲気 と志 気 の部分 は興 味ぶかい .「禰雲精 白者,其将悼 ,其士怯 . 其大根而 前絶遠者,当戦.青 白,其前低者,戦勝 .其前赤而仰者 ,戦不勝 .」 (ゆれ動 く雲気が青 白い と,その下の将が勇敢 だが,兵卒 は噴病である. その根 もとが大 き くて前方 に広が っているのは,戦 って も互角 であ り,青 白で前が ひ くい時 は ,戦い に勝つ.前が赤 く上 に向いてい る時 は,戦 って も勝 つ ことはで きない.)

*

14

(13)

気」か ら見 る中国の伝統文化 39

4‑4 風水‑ 大地の 「気」の経絡 を測 る「技術

もともとの風水 とは

,

「天の風」

,

「地の水」とい う.天地万物が一つの 「気」か らなると す る立 場では,風 は天 の「気」の舞 い であ り,水 はそ れ に応 じる地 の 「気」である.人間 が経絡 システムを持 ってい るように,大地 も「天の風」と 「地の水」の経路 を持 ってい る.

国家 を統治す るに も,人体の健康 を管理す るに も, この風 と水 を深 く研究す ることな く して,成功す る はずが ない .そのため に, ある学者 は風水を 「宇宙の呼 吸 の局地的 な流 れ と協 同 し調和す る ように ,生者 と死 者の住み家 を適応 させ る方法」とうま く定義 して い る*15

山の形や川の流 れ,その方位 などによって ,家や墓の吉 凶を判 断す る専 門家が 風水 師 と呼ばれる.風水説 によれば,名 山や霊 山の頂上 には龍神 がお り,その龍神 か らは山の ふ もとに向かって,霊妙 なひ とす じの龍脈 が くだる とす る.その龍脈 が平野部 にでた と ころには必ず龍穴がある とい う. この龍 を中心 として家 を建 てた り,墓 を作 った りすれ ば,人の富 ,健康 ,幸福 に有利 で ,家 は栄 え,子孫 は繁栄 して,それに逆 らうほ ど人 に 悪 い作用 を与 える とい うことである.

各場所 には, その場 所 に特有 の地形上の 特徴 があ り, これが 自然 の種 種の 「気 」の局 地的な影響 を加減す るのであった .丘の形 や水脈 の方向は,風 や水 に備 わった, もの を 塑造す る影響力の結果であって ,最 も重要であ った. これに加 えて,建築物 の高 さと形 状,道路 や橋 の方 向が有力 な要因であ った. 目に見 えない気が,時時刻刻 に天体 の位置 によって変化す るか ら,当該 の場所 か ら見 た景観 について考 えなければな らなかったの である.

この風水の観念全体 は疑い もな く非常 に古 い時代 の ものであ り

,

「史記」は風水師階級 の存在す ることを記述 してい る.風水 師の理論 的な根拠 は陰陽五行 学説である.羅盤一 一磁気羅針儀 は風水 の 目的に開発 された道具である*16

以上 に述べ た望気 と風水 は,古代 の人々の気 に村す る探索 とその運用 だったのである.

風水 は今 だに中国, 日本 などの国 に見 られている . しか し, こ うい う方術 を,古代 か ら も批判す る人がいる.現代 中国の正統思想 か らは , こうい う思想 内容 は迷信 とされて い る.

5.気の本質一一 中国古代哲学的思考

以上 に述べ て きた「気」に関わ るい くつ かの観点及 び運用 が,すぼ ら しいか ,あるい は迷信 ,古 くさいか,その説の是非 は ともか く,それは古代 中国人の人 間, 自然及 び世ー

(14)

40 研究年報 第2号

界 に対す る思考であ り,探索である.以下では,気 の本質 を反映 している主 な哲学 思想 を述べ る.

5‑1 気 に関す る哲学思想 (1)気一元論 あるいは精気 学説

精気学説 は, もともとは道家が提 出 した理論 で あ り,世界の起源や統一性 を解 明す る の に用 い られた のである.道家の創始者 ,老子 は 「道」を世界 の核心, それは物質世界 が形成 され る以 前 にすで に存在 して お り,世界 の万物 はす べて 「道」を起源 とす ると認 識 した.

r

荘子」は,世界の万 物 は 「気」 を起源 と してい るとし

,

「道」 を 「気」 と解釈 した.「荘子」「公羊伝 」は, また 「元気」を天地の始 め と為す と提言 した .戦 国末期 にな る と伊 文 らが また 「精気」の概念 を述べ た.彼 らは

,

「精気」は気 の純粋 な部分 であると いい これ は万物 の本源で あると した,並 びに明確 に「道」を 「気」と解釈 した. 「気」は客 観世界 の本体 であ り,それが ない ところが ないのだ, とした. この世のあ らゆる形 のあ る物体 のすべ ては 「気」によっ て構成 され ている.「精気」は, またい か なる生命 物質で あって もか くべ か らざる ものであ り,人体 も同様 に「精気 」によっ て結合 し成立 してい る.「精気」の流れの 変化 は生命現象 ,精神意識,そ して思 惟活動 を生み出す .つ ま り, この よう に精気学説 は,実際 には春秋末期 の老 子 に始 まったの であるが戦国 末期 には , すで に自己の理論体系 を作 り上 げたのである.

(2)陰陽五行学説

陰陽五行学説 は最初 には陰陽学説 と五行学説が別 々に発展 して きたのである.

陰陽学説 は,春秋時代 にはすで に形成 され,戦国時代 に到 って また一層の発展 があっ た「陰陽」概念 の抽象 化 によ って ,広範 囲 に応 用 され るよう になっ た.いか なる事 物 , あるい は現象 もすべ て「陰陽」二つの 部分 に分 けることが で きた.す なわ ち,宇宙 を形 成 して い る原始物質 である「気」も 「陰陽」二気 に分 けることが で きる.その清 らかで軽 い ものは 「陽」とな り,上昇 して天 となる .その重 く濁 った ものは 「陰」とな り, 下降 し て地 となる. また さらに 「陰陽」の対立 と統一の 関係,「陰陽」の運動変化 の法 則,「陰陽 平衡」の概念 を用 いて, 自然及 び社 会現象 を理解 した .「陰陽」は,そ こで 自然 界 の運動 変化の根本法則 となった.

自然界 にあ まね く存在 してい る対 立 ・統一の現象 は,中国古代 で早 くも認識 されてい た.伝説の 「伏義民八卦 を制す る」は,つ ま り対立 ・統一 に対す る普遍性 の概括 である.

伝 え られている ところによる と

,

「周 の文王が八卦 を述べ」,それ を推 し広 めて六十四卦 としそ して r易経」を著 わ した と.

r

易経」は

「 ‑

」史 と

「 一 一

」文 を用 いて対 立 ・統一の双

(15)

「気」か ら見 る中国の伝統文化 41

万 を表現 し, さらにそれ を推 し広めて多 くの弁証法思想 をその中に包含 した.戦国時代 に成立 した r易伝 」 (十翼)は,「‑」更 を直接 「陽」と称 し,

「 一一

」史 を 「陰」と称 した.

この ように陰陽学説 を 「八卦」理論 と合 わせ て一体 と し,陰陽学説 中の弁証法思想 をさ らに充実 させ,陰陽学説 を も, これ によ りさらに完全 な哲学理論 とした.

「五行」は, 自然界 の五種物質 「金」「水」「木」「火」「土」の概念 が抽象化 され,その 上 「五行」の間の連係方式 やその運動変化 の属性 を さらに強調 して,理論 的 に発展 して きたのである.「五行」の間の連係方式,す なわち 「五行」の 「相 生」 (相互促 進)と「相勝」

(相互勝つ)の関係 であ る.「五行相勝」の概念 の形成 は比較 的早 く

,

墨子Jにすで に 「

行 に常勝 な し」の言 い方が見 え

,

「五行相勝」の概念 が早 くも存在 してい たこ とを証 明 し ている.ただ し

,

相勝」は固定 された順序があったか どうかは論争がある.「五行相勝」

の順序 は,おお よそ戦国後期 の都桁 (BC340‑BC260年)になって確定 した.「五行相 生」の順序 に関 して は,先秦 諸子 の著作 で は, まだ言及 されて なか った, ただ 「五行」

と「五時」の配 当の順序 か ら見 て くる と,戟 国時代 にはすで に形成 されてい たのか も し れない*17

さらに,都術 は精気学説の基礎 の上 に,精気学説,陰陽学説 と五行学説 の三者 を合 わ せ て一体 とな し,系統化 し, しか も「陰陽五行 学説」を形成 させ ,一つの独 立 した理論 体系 を確 立 したのであ る.郁術 は, この ような 「陰陽五行 学説」を用 い なが ら,当時の 農事暦 の根 拠 となる四季 の推移 (自然 ,天)と治世 (人為 ,人)の関係 につい て,大胆 に 立論 し,予測 して,当時の社会 に大 きな影響 を与 えた.

(3)「天人合一論」あるいは整体調和論

「天人合一論」は整体観 と調和論 か らなってい る.整体観 とは一つの意味 は人間が一 つの整体 であ り, システムであ り,心 と体 のサ ブシス テムが あって, しか も有機 的 な一 つのシステムになってい る. もう一つの意味 は,人間 と社会 と自然 は,一つの全体 の中 に存在 している.人間は宇宙 の一部分である,しか も人間 と宇宙の構造 は相似 してお り, 人 間は宇宙 の一つの縮 図であ り,す なわ ち 「天人相応」であ る.そ して宇宙 の変化 と人 間の変化 が同 じか, あ るい は類似 す るかの法則性 を持 ってい る こ とであ り,す なわち

「天人同理」である.

それで調和論 は,人間 と宇宙が一つの全体 の中に存在 してい るか ら,宇宙が一定の法 則 によって運動 してい るため,人間 も相応 な法則 に したが って活動すべ きである,そ し て, こうい う過程 の中 に,人間の 自身の調和 ,社会の調和 , 自然 の調和及 びお互 いの全 体 の調和 を実現す る, とい うものである. この整体調和論 が,前 に述べ た ように医学 の

(16)

42 研究年報 第2

方 に応用 されていた.そ して,整体調和論 を1年12カ月の年事暦 と して整理 したのが r礼記j月令篇である.そこでは, 1)その月の太陽 ・星の位置, 2)陰陽五行説 に基づ いた 日 ・神 ・動物 ・音 ・数 ・味 ・祭紀 などのその月へ の配当, 3)その月 に現れ る自然 現象や動植物の活動, 4)以上の 自然 に対応す る人事‑ 皇帝の起居 ,飲食,衣服 ,追 具, 5)儀礼,政務 ,法令 ,農事 , などを記 し,最後 に 6)その月の 自然 のあ り方 に背 いた政治 を行 うと天変地異が生 じる, と結 ばれる.この ような時間軸 に沿 った 「天人合 一論」を 「時令」とい う.「時」はそこでは 「天」または 「天の時」の ことであ り

,

「令」は, 法令 ・禁令 ・儀礼 ・祭紀 ・政務 など 「人」事の総称 であって,天 ・人間の調和 ない し同 調が求め られてい る*18

.

「天人合一論」を最 も体系的 に説いたのは漠代 の董仲野 であっ た. しか し,彼 は天 を上帝 とい う意志 ある神 と見 るか ら,彼 は 「君権神授」の唱 える者 であった.

5‑2 気 の思想 の発展

これまで に述べ て きた気 の人間観や気 の社会的な運用,及び気 に関す る哲学思想 を見 て くると,やは りこうい う気 の思想 は中国思想 の最大の特徴 であろ う.そ こで, こうい う中国的な気の思想の本質 を見極めるため に,中国思想 の発展,完成の流れを概 略的に 見 る必要がある.

そのため に,中国の歴史 を伝統文化の核心である哲学思想 の視点か ら見 ると,以下の ように4つの段階 に分 けて見 ることがで きる.第‑の春秋戦国時代 は,中国思想 の萌芽 期で,方向が確定 された時期である.その後の中国思想の萌芽である,儒家,道家,法 衣,墨家,陰陽家,農家,兵家,名家,雑家 などが,ほ とんどこの時期 に出て きたので ある.第二の秦漢時代 は,中国思想 が統合 されて きた時代 である.漠代 に(BC2‑3 世紀)国教的地位 を得 たが, これ に対 して後漠末期か ら,木平道や五斗米道 の農民反乱 が起 こった.道教 の起源はここにある.この時期 に,仏教 も伝来 して きた.この儒教道 教イム教三者の対抗‑ 交流関係が,その後の中国思想史の基本的パ ターンになってゆ く.

第三の南北朝時代 か ら唐代 (4‑10世紀)にかけての時代 は,西洋文明 との交流が さかん になった特異 な時期である.宗教 ・芸術 ・技術 な どに文明の面か らみ ると,儒教 よ りも 仏教 と道教 の方が大 きな力 を示 している.これにともなって,儒 ・道 ・仏 の三教交流の 時代 が訪れた.第四の末代 以降は,儒教哲学が再 び知識人世界 の中心 を占め,道教 と仏 教 は政治的社会的 にその下 におかれるようになった.そ して民衆 の信仰 は, この三者が 洋然 として一体 になった性格 を帯 びていた.

(17)

「気」か ら見 る中国の伝統文化 43

ここまで見 て きた気 に関す る思想 も,ほ とん ど春秋戦 国時代 か ら秦漠時代 にかけて, 形成 され,発展 して きたのである.その後の歴史の中で,お よそその確定 された方 向 に 発展 し,体系化 していた. ここで未 明理気学 を例 として説明 しよう.朱子(1130‑1200)

と王陽明(1472‑1528)に代 表 され る宋 明代 の理気 学 は,儒教 的伝 統 に立 った哲学的思 考 の完成 された姿 を しめ してい る. 「気」につい ては

,

「理」とい う概 念 と一緒 に,一つ の思想 シス テムの中 に取 り入れて,論述 されてい る.例 えば,朱子 は 「天地之間,有理 有 気 .理也 者 ,形 而上 之道也 ,生 物 之本 也 .気 也 者 ,形 而 下 之器也 ,生 物 之具也 .

(

r答黄道夫」)*19(天地 の間 に,理 あ りて,気 あ り.理 とは,形而上 の道 な り,生物の 本 な り.気 とは,形而下 の器 な り,生物 の具 な り.)しか し

,

「天下未有無理之気 ,亦未 有無気之理

. 」(

r朱子語類」巻1)

*

20(天地 の間 に,理 のない気 が ない,気 のない理 も ない.)」そ して,理 は人 にあっては 「徳性」であ り,それ を修養 し,十分 に発揮す る よう 呼 びかけている.

孔子 と孟子 に代表 される初期儒教 には,理論 的 に明確 な形 にまで体系化 された 自然観 や人間観 はなか った. したが って西洋古代 哲学 史 にみ られ る ような形而上学 (存在論 ) の ような理論体系 を欠いていた. しか し理気哲学 は初期儒教 と同 じように基本 には易の 思考 に由来す る ところが認 め られる.そ して理気哲学 は陰陽五行学説 を宇宙観 の基本 的 パ ラダイム と して受 けついでい る. これ は初期儒教 が拒否 した陰陽家 の理論 であるが, 易 の哲学 の コメ ンタ リーであ る 「十翼」が 自然 と人 間の関係 に注 目 してい る こ とが多い

とい う点 を注意すべ きである.その点 は,やは り儒教が道教 と仏教 か ら影響 を受 けた と ころである.そ して この他 に,仏教 の経験 を超 えた超越 的次元 に関す る思考,及 び実践 的側面 と しての道教 と仏教 の修行法 な ども受 け入れたのである. こう した気 の思想 は晴 代 まで伝 え られた*21

気 の思想 をこの ように見 て くると,古代 中国人の行動方式 の二つ の特徴 も見 えて きた のであろ う.その一つは,修養 を重要視す るこ とである.修養 は 自己 自身の内面 にかか わ る修養 と, 自己の外 に向か う倫理 的修養 とい う二つ種類 の修養 が ある,古代 の気功 , 睦想 の訓練 は前者の代 表的な ものであ り,それは心理 ・生理 的実践 であ り, 自分 自身 と 宇宙 との直接 的な同一化 の努力である. これに対 して,後者 は家族 や地域共 同体 の人間 の連帯,政治の場 における道徳 の修養 である. もう一つ は,実践 を重要視す ることであ る.社会的実践 に必要 な限度 を超 えて思考 をお しすすめ ようとす る分析 的理性 に対 して, 古代 中国人 はあ ま り興味がない

,

「天人合一論」の整体観念 の傾 向 と修養 の行動方式 を重 要視す ることが,その考 え られる原 因であろ う. こう した修養 と実践 を重要視す る行動

(18)

44 研究年報 2

方式があるために,古代 中国に燦欄 な文化 が輝いたが,それ も解剖学 などの科学が発展 す ることがで きなかった要因の一つであろう.

6.あわ りに

以上のように,気 とい う切 り口で,中国思想 をきわめて概略的に見 て きた.気 は中国 思想のほとん どの方面 にかかわっている.中国の個体 レベルの人間観か ら,社会的な レ ベルの運用や政治,哲学思想 などまで を,同 じ核心的な ものである気 の思想が貫 いてい る.こうい う気の思想 は,中国伝統文化 を理解す るうえで,非常 に重要である.そ して, ここでは,以下の ようない くつかの点 を強調 してお きたいのである.

まず,中国の気 の思想 の形成が中国の半 閉鎖的大陸の地理環境

,

「農業 を本 とす る」

経済構造,及びその基礎 の上 に建 て られる封建宗法の政治制度 に繋が っているとい う点 である.気 の思想が この ような環境 の中に形成 され,そ してそれ と同時にその環境 に反 作用 している.こうい う相互作用 の中に中国伝統文化 を把握す ることは、妥当であろう.

そ うす ると,周期性動乱があ りなが ら超安定的になっていた中国封建社会が, どのよう に形成 されたか,なぜ なかなか封建社会か ら近代社会 に入 ってこなか ったのか, とい う ことが見 えて くるであろう.

次 に,気 の思想 は,あ くまで も中国古代 の思想 である.中国伝統文化が近代 にな り, 西洋文化の衝撃 を受 けてその下 におかれるようになった.現在の世界 は西洋文化 を核心

とす る工業社会の時代 になっている. これは人類文化の交流、発展 の法則 であろう. し か し,文化現象の中に,伝統文化 と文化伝統 とは違 う,伝統文化 とは,古代 に存在 した 文化例 えば唐代 の文化や清代 の文化であ り,文化伝統 とは,ある文化例 えば中国文化や 日本文化が形成 されてか ら,変化 ,発展 しなが ら,続 けて伝 えられている,その文化 の 核心的な ものである.現代 にな り,その文化伝統 も必ず存続 している.1980年代 の中国 の気功 ブームが まさしく中国の気の文化伝統の現れである.そ うすると

,

「気」で中国の 社会現象 を見 るとい うことは,中国社会の本質 を見通す時 に,一つの役 に立つ方法 にな

るのであろう.

第三 に気功 についての思考.気功が一種の健康法 として、多 くの人々に受 けいれ られ ている.それは,気功で病気 を治すだけではな く,最 も重視することは,病気 になる前 にそれ を防 ぐことである.つ ま り,生理,心理,生活習慣 ひいては人生 目標 な ど生活方 式 を調整 しなが ら生 きてい く健康法である.そ して,経絡 システム とか,耳で字 を「読 む」とか現代科学が理解 で きない現象が研究 されてい る.この ような人間に対す る認識

(19)

「気」か ら見 る中国の伝統文化 45

を現代 生命科学 が どの ように受 けい れ るのか,あ るい は どの ような新 しい科 学 の枠 組み が必要 で あ るのか*22.現在 , 中,莱 , 日な どの国の研 究機構 は こ うい う研 究 を してい る.その点 には,注 目すべ きで ある. さらに工業社会 の発展 につれて,核兵器 問題 ,環 境 問題 な ど人類 の生存 に関わ る大 きな問題 に直面 させ られてい る. この ような問題 を解 決 す るため に,気 の思想 の人間,社会及 び 自然 との関係 に関す る思考 を見 直す必 要 もあ

るのであろ う.

最後 には,上述 した気 の伝統 の中の価値 が あ る部分 を評価 し推 進す る時, そのマ イナ ス部分 に注意 をは らわなけれ ばな らない.特 に,八億 の農民 の存在 ,近代化 の課題 をま だ完成 しない中国 に とって, 「君権神授」の思想 ,迷信 にた よる傾 向,分析 理性 を軽視 す る欠点 な どのマ イナス部分 を抑止 しなけれ ばな らない.先進 国 を追 いか けて,富 強,文 明,民主 を 目標 と して努力 してい る中国 は, どの ように西洋文 明 を と り入 れ なが ら,伝 統 の活力 も蘇 らせ て,正 しい方 向 に発展 してい くで あ ろ うか.社 会主義 か資本 主義 か と い った単純 な二元論 的 な時代 は もう終 わ った,新 しい時代 にマ ッチ した, よ り多様 な価 値観 を包摂 しうる ようなシス テム を模索 してい くべ きで あろ う.

*

1.伍 紹狙 「在全 国健 身気功管理工作 会議上 的講話

」r

中国気功科学研 究会会刊 」,第

112期,1997年8月,Pl.

*

2.湯浅泰雄 r気 とは何 かj 日本放送 出版協 会,1991,

P

30で, この部分 の詳 し分析 をな されてい る .

*

3.佐藤喜代 治 r一語 の辞典 「

」三省 堂,1996,P5.

*

4.朱宗元 ら著 ,中村 埠人 ら訳 r陰陽五行学説入 門j谷 口書店,1990,P26.

*

5.湯浅泰雄 r気 とは何 か‑ 人体 が発 す るエ ネルギ

」 日本放送 出版協 会,1991,

P38.

*

6.朱宗元 ら著 ,中村 環八 ら訳 r陰陽五行 学説入 門」谷 口書店,1990,P27.

*

7.常石敬一訳 ・解説 「ヒポ クラテスの西洋医学序説」 (小学館,1996)に よる と古 代 西洋医学 もホ リステ ィ ックな医学 が言 える. しか し,それ は別 の体系 の医学 で あ る.

*

8.万春 陽等編 「中国気功大全」書林科学技術 出版社,1989,P117.

*

9.万春 陽等編 「中国気功大全」書林科学技術 出版社,1989,P123.

*

10.干永 昌著 r生命力 をひ きだす医家気功』 白揚社,1993,P18.

(20)

46 研究年報 第2

*11.ジ ョセ フ ・ニーダム r中国の科学 と文明」思索社,1975,第2巻 P176.

*12.墨子著,複本哲三編 r墨子」有朋堂,1920,P132.

*13.司馬遷 「史記J中華書局,1959,巻27,P1336.

*14.司馬遷 r史記」中華書局,1959,巻27,P1337.

*15.ジ ョセ フ ・ニーダム 「中国の科学 と文明」思索社,1975,第3巻 P401.

*16.ジ ョセフ ・ニーダム 「中国の科学 と文明」思索社 1975,第3巻 P403.

*17.朱宗元 ら著,中村埠人 ら訳 「陰陽五行学説入門」谷 口書店,1991,P17.

*18.梅原猛 ・後藤康男編著 r東洋思想の知恵」 PHP研究所,1997,P89.

*19.北京大学中国哲学研究室編 「中国哲学史」中華書局,1980,P67.

*20.北京大学中国哲学研究室編 「中国哲学史」中華書局,1980,P67.

*21.池上正治

r

「気」で読 む中国思想j講談社,1995

,「

「気」の不思議11991,が気 の思想 について詳細 な研究 をなされている.

*22.ユ ングの 「集合的無意識」の仮説は,中国古代哲学か ら大 きな影響 を受けた よう である.

参照

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