中国における農村の統治構造と改革の行方 : 「村 民自治」からの脱却は可能か
その他のタイトル The Governmental Structure and the Future of Its Reform in Rural China
著者 小林 弘二
雑誌名 關西大學法學論集
巻 48
号 3‑4
ページ 543‑576
発行年 1998‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00024491
小
林弘
中国における農村の統治構造と改革の行方
||「村民自治」からの脱却は可能か—|'
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
配体制がゆるぎかねないからである︒
六九
昨年(‑九九七年︶中国の村レベルの選挙の実情を紹介する記事が日本の新聞や週刊誌などに掲載された︒
五︑九六年に村民委員会選挙が全国的に実施されたが︑その機会をとらえて草の根の民主主義が根付き始めたことを
( 1)
中国当局が内外に宣伝しようとして︑外国の大使や外国人記者に現地見学の便宜を提起したのである︒しかし︑伝え
られた報道からも明らかなように︑選挙の実態は日本人一般の選挙についての通念と相当隔たりのあるものであった︒
たとえば候補者の絞り込みひとつをとってみても︑共産党の一党支配体制下にあっては多大の困難をともない︑選挙
それ自体よりも事前の候補者調整の方が重視されるということにもなる︒結果の如何によっては基層レベルの党の支
( 2)
選挙報道は︑草の根の民主化が︑共産党の主導で上から推進されていると伝えていた︒草の根選挙も広い意味での
政治改革の一環である︒共産党がいままさにその政治改革に乗り出したと︑選挙報道は見ているようであった︒だが
そのような観察はおそらくことの一面しか見ていないのである︒問題なのは︑いま︑なぜ︑当局が草の根の選挙を重
視しなければならないのかということである︒そしてその点に注目するならば︑長期的な目標はともかく︑少なくと
も当面の目標が実は別のところにあることが判明する︒
村民委員会選挙は﹁村民自治﹂を実現するための基礎だとされている︒上からの統治にかえて村民の自治を実現す
るために村の指導者を選出するということなのであるが︑中国の﹁村民自治﹂には実は特殊な意味が込められている︒
﹁村民自治﹂とは何か︑なぜ﹁村民自治﹂が求められるのか︑その点こそまず問われなければならない︒
一
︑ は じ め に
︵五
四五
︶
一九
九
二︑農村の統治構造とその問題点
年余が経過したが︑今日なお村民委員会が設置されていなかったり︑形だけの設置に終わっている地区が大半だとい
う︒村民委員会の設置とその健全化がかねてから急務とされていながら︑今日までそれがなぜ実施できないのか︒村
民委員会選挙の重視もそのことと関係があるに違いない︒
中国農村は今日もなお激変の渦中にある︒村落社会の変容は当然ながら農村の統治構造にも影響する︒だが︑村落
統治が直面している問題は地域によって大きく異っており︑そのため改革の方向も容易に定まらない︑というのが実
情である︒村落社会の変容にともなって農村の統治構造にどのような問題が生じているのか明らかにするとともに︑
改革の行方について考えてみたい︒これが本稿でとりあげる第三点である︒
人民公社期の統治構造は人民公社︵管理委員会︶ー生産大隊1生産隊の三層構造からなっていた︒人民公社の ルの政治の一端に迫ることにしよう︒ ところで﹁村民自治﹂の固有の意味を理解するためには︑中国農村の統治構造についての基礎的な知識を必要とする︒なかでも重要なことは︑自然集落を基盤とする村というレベルの特質に注目することである︒農村の統治構造のなかで村落がどういう位置を占めており︑そこにどのような固有の問題が存在するのか︒﹁村民自治﹂という問題を理解するカギがそこにある︒そこでまず農村の統治構造とその問題点について︑とくに村レベルに中心をおいて︑概観することにしよう︒本稿でとりあげるこれが第一点である︒
次に第二点として︑近年の村民委員会選挙実施の経過を振り返るとともに︑選挙の問題点の解明を通じて︑村レベ 関法第四八巻第三•四合併号
一九八七年︱一月に﹁村民委員会組織法﹂が正式に採択されてからすでに一〇 七0
(五
四六
︶
郷レベル 欠く今日の農村でそれを実現するのは難しいであろう︒ キ
ロ 七二万の生産大隊は︑それぞれ九万一0
0
0余の郷︵鎮を含む︑以下同様︶と九四万余の村民委員会に移行した︒こ
のとき郷数は公社数のほぼ二倍に達したが︑その後郷の数は半減して︑
編前の人民公社数よりも少なくなった︒
以下︑農村の統治構造とその問題点について︑郷レベルと村レベルに分かちそのおのおのについて概観するが︑後
者に重点を置く︒前者と後者の大きな違いは︑前者が国の政権機構の末端に位置しており︑そこでは国が﹁国家幹
部﹂を派遣して直接統治するのに対して︑後者は﹁村民自治﹂を介して国が間接的に統治する点にある︒後述するよ
うに︑後者に対しても人民公社期と同様国が直接統治すべきだとする議論もみられるが︑集団経済という統制手段を
郷政権は︑中央J級1県級ー郷級の四級からなる政権機構︵いくつかの県を統括する地市級が置かれてい
る場合は五級になる︶の末端に位置している︒郷政権も︑人民が権力を行使するはずの政権機構である以上︑住民の
直接選挙によって選ばれる代表からなる人民代表大会が郷に置かれていて︑郷政府が郷人民代表大会の執行機関とさ
中国
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農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
れた
︒
七
一九九五年末には四万七000余となり︑再 最大の特徴は﹁政社合こ︑すなわち政権機構と集団経済組織が一体化した構造にあったが︑集団経済組織の政権機構からの分離を唱えて人民公社が解体されたあと︑公社期の三層構造は郷政府1村民委員会1村民小組に再編さ
一九八五年に再編がいちおう完了したと宣せられたとき︑再編前(‑九八二年︶の五万四000余の公社と約
一九九二年時点の郷の平均規模は、人口九、八―一人、面積―二0•八平方
(3 )
︵最
大︑
三三
︑八
八七
人︑
二
0三五・五平方キロ︶である︒
︵五
四七
︶
第四八巻第三•四合併号
れているのは当然である︒だが実際には︑それはタテマエにとどまっている場合が多い︒郷人民代表大会は実際には
﹁お荷物﹂とみなされがちで︑実質的な決定権限を有してはいない︒郷レベルでは︑党・政一体化を前提に︑上級か
ら与えられる任務を郷政府が遂行するというのが一般的なパターンである︒郷長など郷政府の指導者も上級︵県党委
( 4)
員会組織部︶が任命するのが普通である︒したがって郷人民代表大会による郷長の選出も通常は形式的な手続きにす
(5 )
ぎないと見られているので︑大会で予期しない郷長が誕生するといったハプニングが起きると︑ひと騒ぎとなる︒と
ころがその郷長も︑郷の指導者の序列においては二番手であるにすぎない︒郷の実権を握っているのは通常は党書記
である︒人民公社期以来の党書記優位の党政一体化の構造は基本的には変わっていない︒そこでまず党政一体化の構
造からみていくことにしよう︒ついで県︵級︶と郷︵級︶との関係︑集団経済組織と政府との関係について︑それぞ
れ概
観す
る︒
郷︵
鎮︶
レベルの重要な問題についての決定は﹁党委拡大会制﹂︵地域によって﹁党政癖席会制﹂と呼ばれる︶に
よるものとされている︒決定を行う党委員会の拡大会議には︑党委員会委員︑正・副郷長︑人民代表大会主席団常務
主席︵人民代表大会閉会期間中に常設機構的役割を果たす︶のほか︑副郷長級の幹部が出席して︑月に一回程度
︵?︶開催し︑上級から与えられた任務︵重要なのは食糧調達︑計画出産︑負担金徴収︶
治安など広範囲にわたる重要な問題について協議し︑決定する︒郷レベルではこの党の会議が最高の意思決定機関と
(6 )
いうことになる︒郷長等郷政府の主要な幹部は党委員会委員という資格でこの会議に出席する︒郷長は党委員会の副
書記であるのが普通である︒党委員会拡大会議での協議︑決定に基づいて︑郷の行政を執行するのは郷政府であるが︑
① 党 政 一 体 化
関法
︵五
四八
︶
の遂行や経済建設︑人事︑ 七
中国
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農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
七
行政に関しては﹁郷長責任制﹂がとられているという︒郷長は各部門の責任者からなる﹁郷長弁公会議﹂︵事務連絡
会議︶を開いて︑日常業務に関して情報を伝達し︑業務の段取りを決めて各部門に指示する︒ただし︑郷長責任制と
はいうものの︑党政一体化の構造が変わらぬ以上︑郷長の権限行使は大きな制約下にある︒郷長の主宰する会議が実
( 7 ) ( 8 )
際には機能していないとする指摘もみられる︒しかも党政関係については元来明確な規定はなかったのだというし︑
そのときどきの政治情勢によっても大きく左右されてきた︒天安門流血事件前に着手されていた党政分離も︑現在は
﹁条
塊︵
タテ
とヨ
コ︶
﹂関
係
郷レベルの統治の核心は党政一体化の構造にあるが︑郷の政権機構はまた県の強力な統制下におかれている︒県ー
郷関係を意味する﹁条﹂︵タテ︶というのは︑主として県政府の行政諸部門と事業部門︵いわゆる七所へすなわち
工商行政管理所︑税務所︑公安派出所︑土地管理所︑糧食管理所︑農業銀行営業所などと︑八姑へすなわち農電姑︑
農機姑︑水利姑︑文化姑など︶が︑郷に設置している出先機関︵﹁分支機構﹂︶の職務権限のことである︒﹁塊﹂︵ヨ
コ︶︑すなほち郷政府が有している管轄区域内の権限と︑県政府のタテの権限との関係が︑いわゆる﹁条塊﹂関係と
(9 )
して論じられている︒﹁条条専政﹂と呼ばれる県の強力な指導は︑次のチャンネルを通じてその実現が保障される︒
第一に︑人事権である︒郷の﹁主要幹部﹂︑すなわち党書記︑党副書記︑郷長︑副郷長などは国から給与を支給さ
れる﹁国家幹部﹂であって︑通常は上級が人事権を握っている︒いわゆる﹁一般幹部﹂もその大半は﹁国家幹部﹂で
( 10 )
あるが︑任用は一般には県労働・人事局を経る﹁分配﹂の形をとるようである︒﹁国家幹部﹂のほかに最近では﹁招
聘幹部﹂や﹁契約幹部﹂が増えているが︑これらの幹部は︑国によって収入が保障される﹁国家幹部﹂の﹁鉄碗飯﹂ ② 停止状態にあるものと想像される︒
︵五
四九
︶
図1 「条塊」関係(寧夏自治区中衛県の事例)
上級政権組織
基層政権組織
基層社区(村)組繊
上級行政機構
(県委・県政府)
上級事業単位
(県各局姑等)
(中心工作)
郷鎮級行政機構
(郷鎮委・政府)
i
(業務工作)郷鎮事業伸長単位
(郷鎖10大姑)
関法
村級組織
(村支部・村委会)
第四八巻第三•四合併号
H
村 民(注)
(出所)
‑‑‑指導とフィードバック T指令と執行
注(71)李康論文からからとる。
関係の実態は不明である︒ 支配がおこなわれるものと思われるが︑この面での党政 県の各部門がてんでに命じる任務をこなすため︑
一人
数
である︒ただし︑郷の幹部は相対的に人数が少ないので︑ 郷レベルのヨコの権限は弱く︑調整もままならないよう も︑ヒト︑モノ︑カネを握っている県の力が強いので︑ 関が県と郷の﹁二重指導﹂を受けるとされている場合で 郷の受け皿に直接業務命令を発する︒形の上では出先機
第二に︑県政府の行政部門や事業部門は︑当該部門の 小さい郷で三0
ー四
0人︑大きな郷では七
0
1八0人前
に対して︑﹁泥碗飯﹂と呼ばれる︒郷の正規の幹部数は
七四
︵五
五
0)
後とされているが︑それ以外にも現地雇用の多数の補助
( 11 )
要員を擁しているのが普通である︒
職の兼務が普通である︒そのため郷の幹部には﹁多面
( 12 )
手﹂の素質が求められるという︒
第三に︑党務の関係がある︒郷の出先機関の多くがそ
( 13 )
れぞれ党支部を有しており︑党の関係を通じてもタテの
中国
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造と
改革
の行
方
﹁村委会法﹂と記す︶が正式に採択された︒ 村レベル 政社分離後の郷の集団経済組織はその多くが解体してしまった︒郷レベルの集団企業を有しているのは一部の先進地区に限られており︑大半の郷がいわゆる経済実体を欠いていたからである︒集団経済組織の解体後︑外郭のみが郷
( 14 )
人民政府機構内の一部門として残された︒
現象が広くみられる︒政府機構からいちおう分離して設置されている場合でも︑郷鎮企業等の責任者︵社長︑董事
長︶は郷長や郷政府の主要な幹部が兼任していることが多い︒政府と企業との関係では︑政府が企業にとって代わっ
て人事権の行使︑投資︑労働者の賃金や福利に関する決定︑原材料の調達︑製品販売などまで行っているという︒あ
( 15 )
る論者は︑郷人民政府と︑郷鎮企業の関係は国家と国有企業の関係に近い︑と指摘している︒今日郷鎮企業の株式制
化や私営企業への転換が重視されているのも︑ゆえなしとしない︒
2 人民公社の再編の際に村レベルの統治のあり方をめぐって上層部の意見が一︱︱つに分かれて︑論争が行われたという︒
党中央組織部は党支部の機能強化︵党の一元的指導︶を主張し︑国務院は村公所︵郷政府の出先機関︶設置説に傾い
たが︑結局全国人民代表大会関係者が支持する﹁村民自治﹂方式に落ち着いた︒全人代委員長であった彰真が重要な
( 16 )
役割を果たしたとされている︒
設置が決まり︑その後一部の地域における試点︵実験︶工作を経て︑
③ 政 企 関 係
七五
一九九五年末の時点で全国の村民委員会の数は九三万一七一六︑村民委
︵五
五一
︶
一九八七年︱一月に﹁村民委会組織法﹂︵以下︑ 一方郷鎮企業を有する郷では︑官弁企業"といわれるように政企不分の
一九八二年の改正憲法によって﹁基層の大衆による自治組織﹂としての村民委員会の
第四八巻第三•四合併号
員会幹部は四
0
00余万人とされている︒村の平均規模は約二四
戸 ︑
︵五
五二
︶
﹁村委会法﹂は﹁村民委員会は一般には自然村に設ける﹂ものとしている︒再編直後︑村民委員会の四七%は一自
然村からなり︑五一%は複数の自然村からなっていた︒自然村には大小あって︑小規模の集落も多いので︑平均する
( 18 )
と一村民委員会は四・八の自然村からなっていた︒
﹁村委会法﹂によれば︑村民委員会は﹁村民が自主管理︑自己教育︑自己奉仕を行う基層大衆の自治組織﹂であっ
て︑﹁村の公共事務と公益事業を処理し︑民衆の間の紛争の調停を行い﹂︑﹁郷︑民族郷︑鎮の人民政府の工作の展開
に協力する﹂ほか︑村の所有する土地やその他の資産の管理︑運営をすることになっている︒一見したところ﹁自
治﹂的機能に中心を置いているかのようであるが︑実態は異なる︒村民委員会の任務を大別すると︑い
なわち郷政府から課された行政的任務の遂行︵計画出産︑各種負担金の徴収︑農業税徴収と食糧買付︑兵役義務の履
行︑義務教育の実施︑治安の維持︑など︶︑伺﹁村務﹂︑すなわち﹁自治﹂的機能の遂行︵村レベルの公共事務・公
( 19 )
益事業の実施︑村民間の紛争の調停︑耕地調整や集団の資産の管理・運営など︶の二つになる︒旧生産大隊は基層政
﹁政
務﹂
︑す
権機構とされていた︒それに対して村民委員会は﹁自治組織﹂ということになっている︒旧生産大隊が政権機構であ
るということは︑村レベルで人民が権力を行使することを必ずしも意味するのではなく︑農民の生活の全面的な支配
を可能にする集団農業を通じて国の直接統治が行われることを実際には意味した︒ところが集団農業の解体後基層の
農民を統治する有効な手段を国は欠くことになり︑そのため村レベルの党政機構のなかにマヒ状態に陥るものが続出
( 20 )
した︒村レベルに権力の真空状態が出現したのである︒村レベルの自立を求める﹁村民自治﹂は︑直接統治の手段を
欠く国が︑政策遂行と社会秩序維持のためにとらざるをえなかった苦肉の策でもあった︒ 関法
( 17 )
一 ︑
000余人といったところであろう︒ 七六
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改革
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方
村レベルで政策の貫徹をはかるために現在の党指導部がもっとも重視しているチャンネルが党組織である︒
0年に中共中央が発した通達には︑党支部が村レベルの各種の組織と工作を指導する核心であって︑その主要な職責
( 24 )
の︱つが村民委員会の﹁領導﹂である︑と明記されている︒﹁領導﹂というのは﹁指導﹂よりも強権的性格を帯びて
① 党 政 関 係
のか︑村落統治の実態に迫ることにしよう︒ ﹁村委会法﹂によれば︑﹁村民委員会は主任︑副主任︑および委員︑合わせて三ー七人をもって構成﹂され︵第八
条︶︑﹁村民委員会主任︑副主任︑および委員は︑村民の直接選挙によって選出される﹂︵第九条︶ことになっている︒
だがこれらの規定から村の幹部の実態をうかがうことはできない︒村レベルの主要な幹部は︑村党支部書記︑村民委
( 21 )
員会主任︑村会計の﹁三大主幹﹂である︒そしてこの三者は基本的には上級が任命しているという︒ただし村の幹部
は農民の兼業ということになっており︑少なくてもタテマエとしては︑公務で失われる労働時間に見合う手当を村の
( 22 )
収入︵村営企業からの収入と農民の負担金︶から支給されることになっている︒
村レベルの﹁自治﹂の制度的保障として︑
七七
一九
九
一八歳以上の村民からなる村民会議︵または村民代表会議︑以下同様︶
が村の最高意志決定機関とされている︒村民委員会は村民会議に対して責任を負うことになっている︒だが﹁自治﹂
の実態が上級から課された任務の村による請け負いにほかならないとすれば︑会議に対して村民が関心を示さないの
も当然であろう︒村民は幹部による会議召集の目的は﹁食糧要求︵﹁要糧﹂︶︑負担金要求︵﹁要銭﹂︶︑中絶要求︵﹁要
( 23 )
命﹂︶だとみなしているので︑会議に出席したがらないという︒村民の支持が得られず村民委員会が機能しないとい
うことになれば︑上級が直接統治に乗り出さざるをえない︒上級の政策が実際にどのような仕組みで執行されている
︵五
五三
︶
郷と村の関係について﹁村委会法﹂は︑郷政府が村民委員会に対して﹁指導︑支持︑および援助﹂を与えるべきで ② (iii) 第四八巻第三•四合併号
おり︑支配ー服従の関係に近い︒党支部の﹁領導﹂は次のような形で行われる︒い
村民委員会主任の大半は党支部の副書記か委員であって︑村民委員会委員もその多くが党員である︑とりしきる︑伺
村民委員会が上級から課された任務を達成できなかったり︑村内紛糾をみずから処理できない場合は︑党支部が
( 2 5 )
解決に直接乗り出す︒
一九八七年の﹁村委会法﹂の採択後︑﹁村委会法﹂の施行に地方幹部が猛烈に反対したといわれる︒反対理由の一
つは︑村民委員会の自主性が党の農村における﹁領導﹂地位を脅かすというのであった︒次いで一九八九年の天安門
流血事件のあとにも︑村民委員会選挙は﹁和平演変﹂︵平和裡に政権の転覆をはかる︶を企てるものだといって︑党
( 26 )
組織部が非難したという︒﹁村民自治﹂が党支部の地位を脅かすという関係者の批判にはかねてから根強いものが
あった︒江沢民指導部の党支部重視の通達は︑党支部の﹁領導﹂地位を再確認したということにほかならない︒
現在の農村の党支部数は八0万余で︑大部分の地区で一村一党支部となっている︒
うとしているのは︑こうした現状に対する危機感の表れである︒
郷と村の関係 関法
一九
八五
年の
数字
では
ある
が︑
党支部書記が村民委員会選挙を
七八
︵五
五四
︶
一村当たりの平均でみると︑党員数は三二人︑村の全人口のニ・ニ%︑全労働力の四・四%を占める︒党員の一五%
( 27 )
は各級の幹部となっており︑幹部総数の六二%が党員である︒だが最近の断片情報によれば︑党員のいない﹁空白
村﹂や︑党員が少なくて党支部が解体同然の状態にある村が増えており︑また党員の﹁一老三低﹂︵老化︑および文
( 28 )
化︑能力︑政策の三つの水準の低いこと︶が懸念されている︒現在の党指導部が党組織の建設と強化に全力を投じよ
が支払えず︑幹部の﹁空欠﹂現象が目立つ︒
七九
工作の性質によっ 一方村民委員会は郷政府の政策遂行に協力すべきだとしている︵第一二条︶︒党支部と村民委員会の関係が﹁領
導と被領導﹂の関係であるのに対して︑郷政府と村民委員会の関係は﹁指導と被指導﹂の関係だということになって
いる︒強権的な色彩が希薄なようにみえるが実際はそうではない︒ある論者によれば︑郷の村に対する﹁指導﹂の関
係は︑主として村務の範囲内と村民自治の面に限られており︑郷政府が課す行政的任務の遂行に関しては﹁領導と被
( 29 )
領導﹂の関係にある︒
て若干の系統に区分し︵﹁分線﹂︶︑系統ごとに副書記や副郷長を責任者にあてる︑伺 郷政府が村に任務の遂行を求めるときの郷政府側の指導体制は次のようである︒すなわち︑い
郷をいくつかの地区︵片︶に
分割し地区ごことに責任者を決めて分担させる︵﹁管片﹂︶とともに︑地区内の村ごとに一︑二名の一般幹部を配置し
て責任を負わせる︵﹁包村﹂︶︒こういう体制︵﹁分線管片包村工作制﹂︶で︑基本建設︑食糧調達︑計画出産︑税や負
( 3 0 )
担金の徴収︑などの重要任務と集中的に取り組むのだという︒
村民委員会の主たる仕事は上級から課された任務を遂行することである︒ところがいちおう成立したとされる村民
委員会のなかに︑任務が果たせないものが少なくない︒とくに村営企業などの収入源を欠く貧困な村では︑幹部手当
一九七八年から八四年にかけて集団農業の解体にともなって基層幹部の
数が半減した︒郷の幹部は九%増となったが︑村民委員会︵生産大隊︶幹部は︱‑=%減︑村民小組︵生産隊︶幹部は
( 3 1 )
六九%減となり︑村民小組は有名無実化しているようである︒ところがその一方で有力な親族や宗族が村長や党支部
( 32 )
書記など村の重要ポストを独占し︑特権を笠に着て私利を謀っている例が︑数多くみられる︒
村民委員会が機能しないために村レベルに郷政府の出先機関︵﹁村公所﹂︶を置いて︑郷政府が疸接統治すべきだと
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
あり
︑
︵五
五五
︶
圃 混 合 型
第四八巻第三•四合併号
いう意見がかねてから主張されており︑現に一部の省では村公所による統治が行われている︒﹁村委会法﹂採択時に
例外措置として村公所制を認められた広西省は現在は村民委員会制に移行したようであるが︑当時中央の意向に逆
らって広西省に追随した広東省と雲南省のうち︑今日なお広東省の大部分の地区では郷の下に管理区を置いており︑
( 33 )
雲南省は村公所制を採用している︒また村公所と村民委員会が併設されている地域も多い︒現在の村落統治の実情は
( 34 )
ほぼ次の三種の型に分かれるという︒
﹁村委会法﹂に基づいて﹁村民自治﹂を実行しており︑自治機能の強い村︒村の総数の約二五%を
占める︒いずれも経済力があり︑幹部陣も強力で︑大衆の関心も比較的高い地区に位置している︒
民委員会をいったん設置したものの︑のちに村公所または管理区弁事処へと改組し︑村民委員会は村を構成する 行政機能が強く︑自治機能が弱い村︒全体の約一0%を占める︒これにも︑旧生産大隊を基礎に村
自然村に下降させた地区や︑また生産大隊解体後村民委員会と村公所を形の上では併設していることになってい
るが実際には︱つの指導グループが統治している村︑さらに村民委員会を撤廃して村公所に置き換えてしまった
村などがあって︑形は種々である︒この型の村にも統治が割合うまくいっている例もある︒だが長期的には自治
の育成を妨げることになってよくないとする意見が多い︒
表面的には自治を行っているようでいて︑実際には行政的な管理がなされている村︒全国各地に大
量に存在し︑全体の約六五%を占める︒村民委員会は設置されているものの︑﹁村委会法﹂の定めに従って運営
されておよず︑旧来型の統治が行なわれている︒ところがこの型の村にも︑統治が良好︑普通︑不良の三種の違
いがあるという︒村営企業等集団経済が強力な村の場合は︑上から課された任務の遂行も比較的容易である︒統 行政型 自治型 関
法
八0
(五
五六
︶
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
行の
方
③ 政 企 関 係
八
治不良の村は︑党政機構に問題があって本来の機能が果たせず︑集団経済も形骸化し︑村民も窮乏を余儀なくさ
ところで以上のような村の現況が示唆しているのは︑﹁村委会法﹂に基づいて管理︑運営されている村が少数で
あって︑しかも国の任務の達成度から見ると︑村委会方式と村公所方式のいずれがよいか一概には言えないというこ とである︒また﹁自治型﹂の村のなかにも︑党支部が強力であるために﹁自治﹂がうまくいっている例もある︒
いわゆる郷鎖企業が郷村の統治構造のどのレベルに位置しているかをみると︑県城周辺に位置しているものが一%︑
郷鎮政府の所在地が︱二%︑行政村所在地が七%︑残りの八0%は自然村に位置している︒郷鎮企業とはいえその大
半が自然村を基盤としており︑多かれ少なかれ同族組織などを母体に成立した零細規模の企業が圧倒的多数を占める
( 35 )
ということである︒
強力な村営企業を有している一部の村では︑村企一体化︵﹁村企合一﹂︶
済組織と一体化し︑集団公司化しているのである︒かって全国的に瞳伝された七里営人民公社劉庄生産大隊の今日が
その例である︒ある論者は経済発展がもたらした当然の趨勢であると肯定的に捉えている︒だがその一方で︑大陸の 中西部地域では集団経済が形骸化︵﹁空殻﹂︶
( 37 )
解体同然となっている場合が少なくない︒
れて
いる
︒
の構造がみられるという︒村民委員会が経
している地区が大半を占める︒そうした地区では村民委員会や党支部も
︵五
五七
︶
﹁村委会法﹂によれば︑﹁村民委員会主任︑副主任および委員は︑村民の直接選挙によって選出される﹂︒任期は三 施されていた︒だが選挙の方式は︑基本的には人民公社期の方式︑すなわち党が指名した候補者に農民が挙手をもっ
( 38 )
て賛意を表すという方式が踏襲されていた︒村民委員会選挙が広域で行われるようになったのは︑﹁村委会法﹂施行
︵一九八八年六月一日︶以後である︒三0の省・市・自治区(‑九九七年に重慶市が加わって現在は三一︶
一九八九年前後と一九九二年前後の二回選挙が行われた︒﹁村委会法﹂施行後の村民委員会建設工作の経
( 39 )
過について︑王振耀︵民政部基層政権建設司副司長︶は次の時期区分を行っている︒
一九八七ー九二年
一九九ニー九五年
一九九五年以降 一九八二年の改正憲法が村民委員会設置について正式に定めて以来︑
初歩的な自治実施段階︒
けて全国の二四省・市・自治区で村民委員会選挙が実施された︒﹁これほど大規模かつ組織的に︑上からの指導 によって︑ある程度集中的に︑村民委員会の任期満了にともなう改選が実施されたのは︑建国以来初めてであっ
( 4 0 )
た﹂
とい
う︒
(iii)
全面的に村民委員会を規範化の軌道に乗せる段階︒
. ' .
.1
9 9
` .
1 .1
. .
民自治の指導を行う︒
村民
自治
モデ
ル活
動︵
﹁示
範工
作﹂
︶
〇省
では
︑
村民委員会選挙は︑ 年︑満一八歳以上の村民はすべて選挙権と被選挙権を有する︒ 関法
三 ︑
の段
階︒
一九九五ー九六年の村民委員会選挙とその問題点
第四八巻第三•四合併号
Jの段階で一九九五年から九六年にか 模範的な県︑郷︑村を指定して重点的に村
八
のう
ちニ
一部の地域で試験的に実 ︵五五
八︶
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
織の
建設
であ
った
︒
法﹂︶は︑各省︑市︵直轄市︶が地域の実情に応じて定めることになっている︒
八
一九九五ー九六年の大規模な村民委員会選挙キャンペーンは︑江沢民の指導体制下で展開された︒江沢民政権によ
一九
九四
年一
る基層組織強化策のこれは一環であった︒一部の党政機構のマヒ状態に対する危機意識の表れである︒
( 41 )
一月に発せられた中共中央﹁農村の基層組織建設強化についての通知﹂は︑三年内に﹁軟弱で︑統制力を欠き︑マヒ
状態に陥った基層組織の整頓と建設をりっぱにやり遂げる﹂よう求めている︒中心は党支部を核とする村レベルの組
﹁村委会法﹂には今日もなお﹁試行﹂という限定が付されている︒﹁村委会法﹂実施に関する規則の類︵﹁実施弁
一部の省︑市は村民委員会選挙に関する規則も制定している︒しかし今日も
実施規則を制定せず村公所制を採用している省︑市がある一方︑省の下のレベル︑すなわち市や県︑さらには郷のレ
( 42 )
ベルで関連規定を設けているところがある︒しかも制定された実施規則の類にも問題が多い︒明らかに﹁村委会法﹂
に違反する規則を定めたり︑同一の省のなかで地域によって規定の内容が大きく違っていたり︑﹁村委会法﹂違反に
( 43 )
対してなんら罰則が定められていないなど︑多くの問題点が指摘されている︒﹁村委会法﹂実施をめぐる各地域の取
近年の村民委員会選挙に関してもタテマエと実態の乗離が目立つ︒たとえば﹁村委会法﹂は直接選挙を採用すべき
だとしているが︑今日なお間接選挙方式を実質的に可としている省がある︒直接選挙方式のほかに村民代表会議や各
( 44 )
戸代表︵一家庭一票︶による選出でもよいとしているのである︒ここ数年民政部は差額選挙︵定員を若干上回る候補
を立てる制度︶︑秘密・無記名投票の導入にたいへん力をいれてい紀︒だが地元当局による選挙操作は︑候補者決定 り組み自体に中国の﹁法治﹂の限界が露呈されている︒ いわゆる﹁地方性法規﹂を定めており︑
︵五
五九
︶
一九九四年末の時点で二四省︑市が
(ii)
第四八巻第三•四合併号
候補者決定
選挙の実施を担当するグループのことで︑選挙領導小組︑村選挙工作組︑村選挙委員会などと呼 ばれている︒この機構が選挙の結果を左右する大きな権限を行使することになるのは︑それが﹁選挙工作方策﹂
( 46 )
︵裁量の余地が大︶を制定したり︑﹁正式候補者名簿﹂を﹁確定﹂する権限を与えられているからである︒構成メ ンバーは三ー九人の委員からなるが︑委員は通常は党支部や村民委員会の責任者︑村民代表からなり︑組長ない し主任は党支部書記が担当する︒選挙についても党支部の﹁核心領導作用﹂が重視されているので︑党支部書記
( 47 )
が選挙工作をリードすることは当然だとみなされている︒
つい最近までは村の選挙は公開の場で挙手によって行われていた︒投票は党の推薦する候補者に たいする支持表明の儀式でしかなかった︒最近の大きな変化は︑﹁差額選挙﹂︑すなわち所定のポストの数を若干 上回る候補者が認められるようになったことである︒ただし︑これも村民委員会の主任については関係者の協議 で候補者を一人に絞り込み︑差額選挙は副主任と委員についてのみ認めるというのが一般的であって︑全面的に 差額選挙実施を明記している省はごく一部に限られている︒しかし︑ともあれ一部の地域で差額選挙が実施され
( 48 )
た結果︑落選する村の幹部が続出して一0%ぐらいに達しているといわれる︒だがそうなると事前の候補者決定
がますます重要な意味をもつようになる︒候補者の推薦は︑村民の連名による︑選挙領導小組が行う︑党支部が
( 49 )
行う︑の三通りがあるが︑現在も党支部の直接的︑間接的な推薦によって候補者が決まるというのが大勢を占め る︒ところが一部の地域では最近候補者推薦の権限を一般の村民にまで拡大したり︑候補者決定に投票制度を用 いるなどの例も出現しており︵﹁競選﹂︑東北では﹁海選﹂と呼ぶ︶︑そのため候補者同志が選挙公約を掲げて競
選挙機構 から投票にいたる種々の段階で行われる︒
関法
八四
︵五
六
0)
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
四 ︑
一九九四年に選挙に参加したと答えた農民は八一・六%に達したが︑そのうち自主的に参加
( 51 )
した農民は四一・六%でしかなかった︒秘密︑無名投票導入に対する抵抗もまた大きい︒﹁公開投票﹂︵公開の場
( 52 )
での挙手による投票︶も依然として行われている︒戸別に投票を促す﹁流動移動投票箱﹂︑代理投票制度なども
広く行われているようである︒浙江省のある村の例では︑投票者のうち流動投票箱に票を投じた者が一︱・七%︑
( 52 )
代理人に投票を委託した者が一七・ニ九%を占めていた︒
王振
耀は
︑
マヒ状態に陥った村の党政機構の再建に︑村民委員会選挙と村民代表会議を定着させることが重要だと
強調している︒湖南省でマヒ状態に陥っていた五000余の村のうち︑選挙を通じて二︑000余の村の統治が改善
( 5 3 )
されたという︒だがその一方で︑村の統治の改善が急務だとする論者のなかにも︑﹁村民自治﹂に懐疑的な者が少な
くない︒たとえ選挙が行われても︑選挙が終わると﹁村民自治﹂も終わってしまう︑といった村民委員会が大半を占
( 54 )
めるとある論者は指摘している︒
コミュニティ変容と改革の行方
近刊の﹃北京週報﹄(‑九九八年第一︱号︶によれば︑﹁全国の六0%以上の農村で村民自治制度が確立され︑全国
( 55 )
に九二万八000の村民委員会が設立され︑四百万人の村民委員会幹部がそこで働いている﹂という︒村民自治制度
の﹁確立﹂が何を基準にしているのか必ずしも明らかではないが︑選挙の実施がカギとみなされているようである︒ ある調査によると︑
詞 投 票
村民委員会選挙報道が伝える九0%を越える高い投票率は︑選挙のための動員によるところが大きい︒ ( 5 0 ) 争するといった現象が一部にみられるという︒
八五︵五六一︶
近年の急速なコミュニティ を遂げ︑村の様相が一変した︒ 伝統村落の支配秩序が復活している︒しかし他方︑ とと関わっている︒ 第四八巻第三•四合併号
﹁村
委会
法﹂
公布
一
0年後のこの六0%という数字をいったいどう評価すればよいのであろうか︒設置された村民委
実は昨年八月の﹃中国農村経済﹄誌に︑村民自治ではなく村公所方式に重点を置くべきだと主張する論説が掲載さ
れている︒﹁現在のところ︑そして今後も一定期間は︑大部分の地区の郷鎮以下の基層管理方式は︑村レベルでは行
( 56 )
政管理を実行し︑村民小組または自然村において自治を実行すべきである﹂という︒複数の自然村からなるいわゆる
行政村ではなくて︑その下のレベルの村民小組ないし小規模集落で自治を実行すればよいというのであるが︑論拠と
されているのは次の二点である︒第一に︑村民委員会は行政的任務の達成に追われているのが実情である︒農民の遵
法意識が希薄な現状からみて︑上から課される任務を単なる村民自治に頼って遂行することは不可能である︒第二に︑
目下の農村には﹁第二勢力﹂︑すなわち宗族組織や秘密結社などの勢力が台頭し︑首領がそれらを基盤に村民委員会
を牛耳っているため︑村民委員会が期待される責務を果たせないでいる︒
民政部の方針に公然と反対するかのような︑こういった主張の登場から察せられるのは︑中央の権力中枢に近いと
ころで今日なお村民自治についての評価が分かれており︑村民自治への根強い反対論が存在するということである︒
そして村民自治に対する評価の混迷は︑激動の渦中にある農村社会の変容と村落統治の現状をどう捉えるかというこ
一方では︑集団農業解体後の権力の空白を埋めるかのように宗族組織や秘密結社の勢力が台頭し︑
一部の先進農村では市場経済化の波に乗って郷鎮企業等が急成長
︵﹁社区﹂︶変容は︑農村の統治構造にも甚大な影響を及ぼしている︒ある論者によれば︑ 員会の多くは村公所と併設されているのではあるまいか︒ 関法八六
︵ 五 六 ︱
‑ ︶
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
の働きが強化されつつある︒
伺 混 合 型
伺 現 代 型
伝統型
八七
︵ 五 六 ︱
︱ ‑ ︶
( 57 )
農村のコミュニティ変容にともなう権力構造の現状を類型化すると︑次の︳︱‑通りになるという︒
この型の村では血縁関係︑親族関係がコミュニティの権力構造の核心をなしている︒村民委員会は
形だけで︑族長がコミュニティの領袖である︒族長の同意なしには上級の任務の遂行も難しいし︑ましてコミュ
ニティの秩序を脅かす紛争の解決など望みえない︒こういう村では党︑政︑︵宗︶族の三位一体の構造が成立し
( 58 )
ており︑江西省のある村では︑旧暦の元日に同族の元老たちが党指導部︑村民委員会︑村民代表会議のメンバー
を招集して会議を開き︑年度計画などを定めている︒伝統型の村落は︑甘粛︑貴州︑江西︑雲南などの諸省の︑
経済的に立ち遅れ︑外界の消息からも閉ざされた地域に︑主として位置している︒
権力構成においては村民委員会が重要な地位を占めており︑宗族勢力はほとんど存在しない︒とく
に改革・解放以来同族組織は日ごとに拡散し︑その機能は衰退している︒﹁村民自治﹂を支えているのは村民委
員会と党支部である︒経済先進地区では︑村営企業の成功によって︑村民委員会は宗族の対抗できない凝集力を
有している︒現代型の村は︑広東︑蘇南︑浙江等の経済が比較的発達している地域に多い︒
村民委員会がコミュニティの権力構造の核心に位置しているが︑宗族勢力の影響も完全に失われた
わけではない︒日常生活の面では血縁関係が村民結集の重要手段となっているが︑公共の利益に関わる重大な問
題の決定については村民委員会が主導している︒社会経済の発展につれて宗族の影響が希薄となり︑村民委員会
近年の農村のコミュニティ変容を反映した現代型と伝統型を両極とする権力構造︑村落の統治方式から見た自治型
と行政型を対極とする統治構造︑さらにそれに加えて行政型統治の一変種ともいえる村党支部︑村民委員会︑村営企
図2 農村の統治構造の類型 民 治
伝統社会型
(血縁集団支配)
村民自治型
(村民委員会制)
関法
③ ①
経済後進地区
しかしながら経済先進地区にも行政命令方式の統治が 構がマヒ状態に陥った経済後進地区においてである︒ による統治の必要性が叫ばれるのは︑主として党政機 型﹂と呼ぶことにする︒上からの強力な行政命令方式
行政管理型
( 村 公 所 制 )
任命する幹部によって直接統治する型を﹁行政管理
Jとを意味する︒郷政府が村公所を置いてみずからが ある村公所︶が行政命令方式によって上から統治する
﹁官治﹂というのは︑党政機構︵上級の出先機関で 官 つの統治構造の型をそれぞれ表している︒ よって区切られた四つのコーナーは︑類型化された四 地区﹂対﹁経済後進地区﹂をとる︒この二つの軸に
経済先進地区
タテ軸に﹁民治﹂対﹁官治﹂︑ヨコ軸に﹁経済先進
②
村企合ー型
(集団公司管理)
治 て図示すれば図
( 2 )
のよ
うに
なる
︒
面を視野に入れて︑今日の農村の統治構造を類型化し れているという︶︑こうした農村の統治に関する諸側 が集団公司化し︑企業管理的手法で村が管理︑運営さ 業管理機構が一体化した﹁村企合この統治の型︵村
第四八巻第三•四合併号
ー ︑ ー ︑
J
ノ'
︵五
六四
︶
中国
にお
ける
農村
の統
治構
造と
改革
の行
方
能といってよいであろう︒ 支部︑村民委員会︑企業総公司︶統治が行われているという︒﹁村企合こ︵政経合一︶
八九︵五六五
行われている村がある︒村営企業等が目覚ましい発展を遂げている地域に出現している︑企業優位の党・政・企︵党
一体化の統治構造を基盤に︑行政的任務の担当部分を企業管理機構が代行する形の
の名で呼ばれている︒﹁行政管理型﹂の一変種とみてよいであ
ろう︒人民公社期の著名な生産大隊であった河南省七里営郷の劉庄や天津市の大邸庄等がこれに含まれるというから︑
( 59 )
有力な党員幹部が指導性を発揮して集団経済を発展させたということなのであろう
﹁民治﹂というのは︑村レベルの統治が民衆の﹁自治﹂に委ねられているということである︒近年先進農村におい ては︑直接選挙によって選ばれた村民委員会を中心に︑﹁村民自治﹂が緒についたといわれる︒ところが﹁民治﹂に は︑それと対極的な宗族組織の復活にともなう﹁伝統社会型﹂の﹁民治﹂もある︒前近代の中国においては︑県レベ ル以上では皇帝が派遣した官吏による﹁官治﹂が行われ︑郷以下のレベルでは郷伸地主層の牛耳る﹁民治﹂が行われ ていた︒今日党指導部が提唱している村の統治を﹁村民自治﹂に委ねるという方式も︑結局この伝統に沿うものだと いう指摘がなされてい艇︒それはともかく︑経済後進地区の農村では︑伝統村落の支配秩序の復活が著しく︑復活し た宗族組織を核とする﹁伝統社会型﹂の﹁民治﹂がそこでは行われている︒ある論者は︑血縁集団が果たしている社 会的機能として︑経済や生活の面における相互扶助的機能に加えて︑政治的機能をあげている︒相互扶助には︑親族 間の役蓄や農具の共同利用︑生産資金の融通︑農作業の協力といった農業生産面での相互扶助と︑家屋の新・改築︑
冠婚葬祭への人手の提供など︑農民の生活面を支える助け合いが含まれる︒いずれも村落共同体が本来担ってきた機
一方政治的機能というのは︑宗族組織が結束して一族の幹部を支えて集団としての勢威を
( 61 )
保ち︑ときには治安維持機能をも担う︑といった社会的安全網として機能することを意味する︒中国農村の特徴