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浜辺の謎の男の物語 : 『ユリシーズ』第13挿話に ついて

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浜辺の謎の男の物語 : 『ユリシーズ』第13挿話に ついて

著者 田村 章

雑誌名 Core

号 22

ページ 1‑13

発行年 1993‑03‑15

権利 同志社大学英文学会Core編集部

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014891

(2)

浜辺の謎の男の物語

『ユリシーズ』第 1 3 挿話について一一

田 村 章

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』第13挿話,いわゆる「ナウシカア」

で,主人公レオボルド・ブルームはダブリンのサンディー・マウントの浜辺 でガーティー・マックダウエルという若い娘を目にする。この二人の聞では 全く言葉が交わされないものの,両者はお互いの存在を強く意識し合う。ガー ティーはブルームの日を引きつけるために艶かしい仕草を続け,そしてブ ルームは彼女の娼態を目のあたりにして自慰を行なうO ジョイスは友人アー サー@ノfワーに Nothing happened between thm.. . . It  all took place in  Bloom's imagination."lと述べているO しかしブルームは浜辺でのこ人の行 為を振り返りながら Stillit  was a kind of language between us."  (13.  944)2と述壊している。二人が実際には全く言葉を交わさなかったにも関わ

らず,ブルームは二人を結ぶ何か「言葉のようなものj を感じとっていたの であるO 本稿の目的は,この二人を結んでいた「言葉のようなもの」とは何 であるかを解明し,その作品中での意義を明らかにすることである。

第13挿話はガーティーを主に扱う前半部とブルームを扱う後半部とに二分 されている。前半部は全知の語り手の手によって浜辺の情景やガーティーの 外見・内面が説明され,後半部では自慰の後のブルームの内的独白が描写さ

れている。

まずはじめに,第13挿話前半部を説明していく全知の語り手について考え

(3)

てみることにしたい。この語り手は,暮れなずむ浜辺の情景について,ガー ティーと共に浜辺に来ている二人の娘や子供達について,浜辺に立つ教会 Mary, star of the sea" (13. 8)で行なわれている禁酒のための集いの祈祷の 儀式について,そして後半部の中心人物であるガーティーについて,語り手 の偏った価値観に基づいて自由自在に語っていく。その結果,浜辺で現実に 起こっている出来事は語り手独自の価値観によって著しい変形を受けてテキ スト上に提示されることになるO

この語り手独自の価値観とは,カトリシズムという教会中心主義,そして 男性中心主義である。これら二つの価値観は20世紀初頭のダプリンにまだ根 強く残っていたものであった。この語り手 ~i ,“ The summer巳 刊ninghad  begun to fold the world in its  mysteriousmbrce.. . ." (13.1‑2)と始まる 官頭の段落で早くも教会が人々に及ぼしている強い影響力を明示するO

on the  quiet  church whence therεstreamed forth  at  times  upon the stil1ness the voice of prayer to  her who is  in  her pure  radiance  a beacon ever to  the  stormtossed heart of  man, Mary,  star of the sea. (13.  1‑8) 

教会はこのように mysterious"な世界の中で beacon"となって人々の心を 導いているのである。語り手は教会中心主義の色彩をとりわけ濃厚に強めな がらガーティーについて説明するO 語り手は彼女が childof Mary badge" 

(13. 639)を大切に持っている熱心なカトリック教徒であるに触れ,処女で あるガーティーを holyMary, holy virgin of virgins" (13. 289)に例えよう とするのである。

語り手の強烈な男性中心主義も同様にガーティーの説明の中に反映されて いるO 語り手は彼女がアイルランドで希にみるくらいの美女であることを仔 細に物語っていくO 彼女の美点は外見ばかりではない。その内面もまたすば らしく彼女は家庭では angel"(13. 326)のような存在なのだ。しかしこの

(4)

語り手がいかに彼女を賞賛しようとも,この語りが男性中心主義に基づいた ものであることに読者は容易に気がつくはずである。ガーティーについての 文字どおり髪の毛からつまさきにいたるまでの詳細な説明は明らかに男性の 巨を意識したものである。この語り手は彼女がいかに美しいかということは 繰り返し強調するものの彼女の脚が不自由であることについてはほとんど述 べようとはしない。このことはブルームが自慰の後で, Glad1 didn't know  it  when she was on show." (13.775‑76)と述べるほどこの挿話では重要な ことなのだ。彼女の内面についての説明も男性中心主義に基づいていること は明白であるO 彼女の性格を特徴づけている「家の中の天使

J

,theangεl  in the house"とは,俗世で疲れた男性を家庭で慰める女性こそ理想である

というヴイクトリア朝に賛美された女性像なのである。3

このように第13挿話前半部において,語り手は教会中心主義・男性中心主 義という偏った価値観に立脚してガーティーという女性について語ってい くO その結呆読者の前に提示されるのは,聖母マリアに例えられるような清 らかで美しい女性を目前にブルームが自慰行為を行なうという煽情的な光景 である。それではこのような光景こそがこの挿話で意図されていたものなの だろうか。そしてガーティーは果たしてこのような語り手のなすがままに なっていくのだろうか。

第13挿話前半部の語り手はテキストを支配する上で専制的な権力を有し自 由自在に浜辺の出来事を語っていく。ただしこの語り手の採る手法は同じく 専制的な第12挿話の「名前のない男」のような語り手が採るものとは多少異 なっている。「名前のない男

J

はブルームに内的独自の権限を一切与えなかっ たが,第13挿話の語り手は自由間接話法という形でガーティーが彼女自ら語 ることを許しているO ガーティーの存在はテキスト上では語り手による強い 束縛を受けてはいるものの,我々が彼女自身の現実の声に耳を傾けることが

(5)

全く不可能という訳ではない。とは言えガーティー自身敬度なカトリック教 徒であり,しかも彼女はこの挿話ではセンチメンタル・ノベルという男性中 心主義の原理の下で書かれたロマンスのヒロインのような気分でいる。従っ て彼女の価値観と語り手の価値観とは極めて類似しており,彼女自身の声を 語り手の声から弁別するのは時に極めて困難である。しかしながら我々はテ キストを精密に読んでいくと彼女自身の感情の変化を確実に読み取ることが できる。ガーティーはいかにして彼女自身の価値観に目覚めていくのであろ

うか。

ガーティーの自由間接話法はレギ‑.ワイリーという高校生への秘かな片 思いの気持ちにはじまるO 彼女は熱烈に恋焦がれているもののその恋心は満 たされる事はなく,心に疹くような空虚感を感じている。彼女はレギーとの 結婚を心に描くがその望みが到底かなえられないことをよく知っているO

こで彼女の心はレギーを離れ別の新たなる男性を求めようとする。彼女が新 たに理想、とするのは次のような自分の父親の年頃の紳士であるO

a manly man with a strong quiet face who had not found his  ideal, perhaps his hair slightly flecked with grey, and who would  understand, take her in his sheltering arms, strain her to  him in  all  the  strength of his  deep passionate  nature  and comfort her  with a long long kiss. (13. 210‑14) 

その時ガーティーのそばに二人の紳士が現われる。まず赤鼻の紳士 (13 305‑11参照)が浜辺に散歩にやってくるO そして次に浜辺に来るのがレオ ボルド・ブルームである。彼らは二人とも丁度ガーティーの父親と同じ年頃 である。4ガーティーは赤鼻の紳士には全く関心を示さないが,ブルームに は強く魅了されていく。

ガーティーが赤鼻の紳士ではなくブルームを自ら主体的に選択したこと は,彼女と語り手との関係を考える上で極めて重要なことであるO 語り手は

(6)

この挿話前半部で一貫してガーティーを聖母マリアに例えようとする。赤鼻 の紳士とブルームとがガーテイ}の父親と同じくらいの年齢であるのも偶然 ではない。二人の紳士がガーティーの前に相次いで現れた時,浜辺の教会で は成年禁酒のための祈鵡の儀式が行なわれている。そこで人々は身分の別な く集まり聖母マリアの像の前で思寵を期待してひざまずいているO この時 ガーティーは教会から聞こえてくる聖歌の合唱から酒乱の父親のことを思い 出しているO そのため禁酒の祈りを捧げるため聖母像の下へ集まってきた者 達とガーティーのそばにやってきた二人の紳士とが鮮明に対比され,一見語 り手の意図は達せられたかのような印象を与えているO しかしガーティーは 聖母のように崇拝する者誰もに思寵を与えようとはしない。彼女が好意を示 すのはブルームだけである。その結果ガーティーは聖母に例えようとした語 り手の意図を否定し,自らの主体性を宣言することになるO ではガーティー はいかにして自らの主体性を確立していこうとするのであろうか。

ガーティーはブルームに強い関心を抱く。しかし二人は一言も言葉を交わ すことがないため正体はお互いに謎のままであるO そこで彼女は彼女独自の ブルームf象を築いていく。

She could see at  once by his dark eyes and his pale intellectual  face that he was a foreigner. • • • (13. 415‑16) 

さらにガーティーは友人の葬儀のために喪服を着ていたブルームの顔に the story of a haunting sorrow" (13. 422)を読み取り,ブルームについて の彼女独自の「物語j を勝手に創り出す。

There was the allimportant question and she was dying to know  was he a married man or a widower who had lost his wife or some  tragedy like the nobleman with the foreign name from thlandof  song had to have her put into a madhouse, cruel only to bkind

. Perhaps it  was an old flame be was in mourning for from the 

(7)

days beyond rcall.She thought she understood. (13. 656‑68) 

ガーティーが創るのはブルームの「物語

J

だけではない。彼女は彼女自身と ブルームとの恋の「物語」だけではない。彼女は彼女自身とブルームとの恋 の「物語」を心に描くO

Here was that of which she had so often dreamed. . . . The very  heart of  the girlwoman went out to  him, her dreamhusband, be‑ cause she knew on the instant it  was him. (13. 427‑31) 

ガーティーは単に心の中で架空の恋の「物語」を描いているだけではない。

彼女はさらに架空の「物語

J

と現実との線開を埋めるべく,彼女とブルーム との聞に何らかの関係を築こうとする。言い方を換えれば,彼女は自分自ら 恋の「物語」のヒロインに変貌しようとするのである。彼女はブルームの手 の動きから彼が彼女を凝視しながら自慰を行なっていることに気づいてい るO カトリシズムにおいて自慰は罪の一つであった。それにも関わらず彼女 は彼の自慰行為に関与すべく,スカートをたくしあげて両脚を露にするO そ して教会から聞こえてくる賛美歌のリズムに合わせて踊り子のように雨脚を 前後に振り出すのである。かつてガーティーは敬慶なカトリック教徒であり,

彼女の主体は完全にカトリシズムによる統御の下にあったo ところがいま や彼女の心を支配しているのは目の前にいるブルームのみであるO 彼女はブ ルームの愛こそが自分を導く唯一のものだという認識に達する。

Heart of mine' She would follow, her dream of love, the dictates  of her heart that told her he was her all  in all, the only man in all  the world for her for love was the master guide. N othing else mat‑ tered.  Come what might she would be wild, untrammelld,free.  (13. 670‑73) 

まもなく浜辺の近くで打ち上げられた花火の爆発と共にブルームの自慰は 終わる。そしてガーティーは他の娘達と一緒に浜辺を引き上げていく。彼女

(8)

はブルームに再会することを期待しながら彼女とブルームとの「物語」の幕 を引くO

Gerty had an idea, one of love's little ruses. She slipped a hand  into her kerchief pocket and took out the wadding and waved in  reply  of  course  without  letting  him and then  slipped  it  back  Wonder if  he's too far to.  She rose. Was it  goodbye? No. She had  to  go but they would meet again, there, and she would dream of  that till  then, tomorrow, of her dream of yester eve. (13. 757‑61) 

以上のようにガーティーはブルームへの愛に目覚め,彼女とブルームの関係 をカトリシズムによる束縛を越えたところに築こうとするO それではブルー ムはガーティーのこのような姿にどのように応えるのだろうか。

ブルームは浜辺で自慰を終えた後,ガーティーが立ち去っていく姿を目に する。彼はその時彼女の脚が不自由なことを初めて知るO そしてこの挿話の 後半部がはじまる。後半部では語り手の存在は極めて希薄となり,ブルーム の内的独自を中心に展開されていくO

前半部の語り手は強烈な男性中心主義に基づいてガーティーについて語っ てきた。それではブルームもこの語り手のような目でガーティーを眺めてい たのだろうか。自慰の後のブルームの意識の大部分は彼の女性観や男女関係 についての考え方で占められている。そこに確かに彼の男性中心主義は明確 に読み取ることができるO 例えば, Poorgirl! That's why she's left on th

shelf and the others did a sprint." (13. 772‑73)という箇所では,彼が女性 というものを男性が買うために棚に陳列され商品のようにみなしていること がわかる。また彼の下着趣味,覗き活動写真,そしてガーティーの肢体につ いての意識の描写には,女性は男性の日を楽しませてくれるものだという彼 の偏見が現われ出ているO

(9)

しかしブルームはガーティーに対してこのように単純に反応しているだけ ではない。彼は単に彼女を挑めていたのではなくそれ以上の深い気持ちを彼 女に抱いていたのであるO 例えば彼の次の内的独自には彼女に対する様々の 思いがこめられているO

Saw something in  me.  W onder what.  Sooner have me as  1 am  than some poet chap with bearsgresep1astery hair, 1ove1ock over  his dexter optic. To aid gent1eman in literary.  Ought to attend to  my appearance my age. Didn't 1et her see me in profi1e. (13. 833  36) 

この引用からまず第1にわかることは,ブルームはガーティーが自分に好意 をもっていることを見抜いているということであるO 彼女の好意は彼の気を 決して悪いものにはしない。彼もガーティーに強い関心を抱いており,彼女 が浜辺を立ち去る時に自分を振り返って欲しいと強く望んでいるくらいであ る。第2に読み取れるのは,ガーティーの存在がブルームを詩人のような文 学的な感傷にひたらせていることである。もともとブルームとガーティーと は異性関係がうまくいっていないという点で極めて類似した立場に置かれて いた。ガーティーはレギー・ワイリーとの関係が片思いに留まり,ブルーム は妻メアリアンとの不仲に苦しんで、いた。ガーティーもブルームも同じよう に深刻な愛の渇望の中であえいでいるのである。ガーティーは浜辺で、出会っ たブルームについての架空の恋の「物語jを心の中で創っていたが,ブルー ムもガーティーについて同じような「物語j を創っていたことは十分に考え られることである。彼は自分の心を紛らわすためマーサ。クリフォードとい うガーティー同様彼にとっては正体不明のタイピストと文通するということ で架空の恋「物語」を既に創っていた。この挿話の彼の内的独自ではガー ティーとマーサとは何度も重ねられて現われる。彼はガーティーとマーサが 同一人物ではないかとも考えるくらいであるO 上の引用の Toaid gent1e‑

(10)

man in literary"も彼が文通相手を募集するときに新聞に用いた文句であるO

ブルームが自慰を行なっていた時何を考えていたかは直接描かれてはいない ので推測の域を脱しないが,彼が心の中でマーサとガーティーの姿を重ねな がら彼自身の架空の恋「物語」をさらに発展させていたことは容易に想像が つくことである。第3に明らかになるのはガーティーは自分で「物語」を創 り自らそのヒロインをj寅じていたカ

1 6

ブルームも同

4

羨であるということで ある。彼は自分の顔を彼女に決してはっきりと見せようとはしない。彼も自 分の本当の姿を隠してまで彼女の気を引こうとしていたのである。つまりブ ルームもガーティーもお互いの架空の恋「物語

J

を創り,架空の関係を築く ための演技を続けていたのであるO ブルームの Still it  was a kind of lan  guage between us." (13. 944)とは,一言も言葉を交わすことなくお互いの

「物語」を創り合っていたというご人の関係を意味しているのである。

ブルームがガーティーとの関係から得るのは肉体的よりもむしろ精神的な 充足感であるO 彼はガーティーによって Didme good all  the same. Off  colour after Kirnan's, Dignam's. For this relief much thanks目"(13. 939‑40)  とこの日のいやな思い出から解放されるO 彼はガーティーに感謝しながら彼 女と別れることを決意するO

We'll  never  m巴巴 again. But  it  was  lovely.  Goodbye, dear  Thanks. Made me feel so young. (13. 1272‑73) 

このようにブルームはガーティーに恋愛に近い感情を抱いていた。しかし彼 はガーティーのように再会を期待したりはしない。彼はたった今浮気をして いたはずの妻のもとに帰っていかねばならないのだ。ガーティーは彼女が 倉日った架空の恋の「物語」が現実になることを望んだが,ブルームにとって 彼の恋の「物語」はただの夢「物語j に過ぎないのである。7それではお互 いが創ってきた恋「物語」に幸福な結末が生まれることはあり得ない。破局 に至るような恋「物語」にいったいどのような価値があるのだろうか。

(11)

ブルームとガーティーとの恋「物語」の意義を考えるため次の引用を検討 してみたい。

Here's  this  nobleman passed before.  Blown in  from the  bay.  Just went as  far  as  turn  back.  Always at  home at  dinnrtime. Looks mangled out: had a good tuck in.  Enjoying nature now. . . .  Walk after him now make him awkward like  those newsboys me  today. Still you learn something. See ourselves as others see us.  So long as  women don't mock what matter?  That's the  way to  find  out.  Ask yourself who is  he now. The Mystery Man on  the  Beach, prize  titbit  story by Mr Leopold Bloom. Payment at  the  rate  of  one guinea per  column.  And that  fellow  todaytthe  graveside in the brown macintosh. (13. 1053‑62) 

ブルームはガーティーが見かけた赤鼻をした紳士が浜辺に戻ってきたのを目 撃する。彼はその紳士の正体を考えるということで一つの「物語」が書ける ということを発見するO そして彼はその「物語

J

に「浜辺の謎の男」という タイトルをつけるO 彼はこの「謎の男」とはガーティーからみた彼自身の姿 であることに気がつく。彼は浜辺を立ち去るときに彼女に自分の正体を明ら かにしようと足元の砂地に 1.• • • AM. A." (13.  1258‑64)と書き始めるO

しかし Noroom. Let it  go." (13.  1265)と止めてしまう。ガーティーはブ ルームの正体が謎であるからこそ彼についての「物語」を自由に創ることが できた。そして彼女は彼に関心を持ち彼を愛し続ける限りその「物語j を永 遠に書き続け,そうすることによって空虚感を少しでも充たすことができる のだ。ブルームが自分の正体を敢えて示さなかったのはこ人の恋の「物語」

のこのような存在意識を十分に認識していたからに他ならない。

以上我々が検討してきたようにガーティーはカトリシズムとは別の原理の

(12)

上にブルームとの関係を築こうとし,ブルームは男性中心主義とは別の原理 の上にガーティーとの関係を築こうとした。二人は愛の渇望という共通の原 理の上にお互いの「物語」を創り自ら演じていたのであった。二人が創って いた「物語j は暮れなずむ浜辺に座る二人の脳裏をかすめたほんのはかない 命しか持たない恋の「物語jである。しかしこのはかない「物語

J

は教会中 心主義,及ぴ男性中心主義に基づいた「物語

J

とは全く相容れない性質を持 つO 教会中心主義の「物語jの原則の一つを第2挿話でガレット・デイジー によるキリスト教的歴史観についての説明に見ることができる。彼が All human history moves towards one great goal, the manifestation of  God." 

(2.  380‑81)と述べるように教会中心主義に於いて,歴史という大きな「物 語」の結末は予め設定されていた。男性中心主義に於いてそのことは同様で、

あるO ブルームは男性中心主義に基づく「物語jの本質を彼自ら以下のよう に説明しているO

See her as she is  spoil all.  Must have the stage setting, the rouge,  costume, position, music. The name too. Amours of actresses. Nell  Gwynn, Mrs Bracegirdle, Maud Branscombe.  Curtain  up  Suppose 1 spoke to  her.  What about? Bad plan however if  you  don't know how to end the conversation. (13. 855‑63) 

男性中心主義の「物語」では,女性は男性の従属物として舞台の上に登場さ せられ彼らを楽しませなければならないことになる。ブルームはガーティー に話しかけた場合のことも想定しているが,この時彼は予め自ら話の結末を 定めておいてその結末へ意図的にと彼女を導こうと考えている。但し我々が 見てきたように彼はこのような「物語」にガーティーとの関係を求めようと

しなかった。

このように教会中心主義に於いても,男性中心主義に於いても,

I

物語」

の結末は予め定められていた。そして定められた結末に向うためにその「物

(13)

12  浜辺の謎の男の物語

語」は否応無しに権威の力によって支えられることになる。ガーティーとブ ルームの関係の基盤となった二人の恋の「物語」には結末は予め定められて はいなし当。この「物語

J

はお互いに正体不明の相手について関心があれば書 き続けられ,関心が無くなればたちまち消えてしまうだけのものである。し かしこの「物語」を支えているのは権威の力ではない。愛の渇望と相手への 関心のみがこの「物語」の創造を支えている。

正体不明の人物についての「物語

J

を創るという行為は我々の『ユリシー ズjの読みの行為のありかたを暗示しているものである。ブルームは「浜辺 の謎の男

J

というタイトルから彼がこの日の午前中に墓場で、出会った「雨外 套の男

J

のことを連想する。彼はこの「雨外套の男」の正体の謎すなわち Who was M Intosh?" (17. 2066)という聞いをついに解くことができない。

この謎は我々読者にとっても依然として『ユリシーズ』全体の大きな謎のま まである。そしてこの謎の男の正体を誰と考えるかによって読者が創り出す この作品のストーリーは千変万化していく。『ユリシーズ』という作品はこ のような解決不可能な謎や矛盾をあまりに多く内包しているため,読者はこ の作品を一つの「有機的統一体j として説明するような原理を見失ってしま う。8その結果,

r

ユリシーズj には規範となるような読み方が全く無くなっ てしまうO つまり『ユリシーズ』を読むということはこの「謎の作品」につ いて各自が独自のストーリーを創り出していく営為にならざるをえないので ある。これは,ガーティーが「浜辺の謎の男」ブルームについて彼女独自の

「物語」を創り出していた状況に酷似しているO

以上のように,第13挿話には2種類の「物語」が併存しているO 一つは権 威の力で支えられ定められた結末へと向う「物語jであり,もう一つは愛の 渇望に生まれ,そしてはかなく消えてしまう断片のような「物語」である。

この断片のような「物語

J

は命は短いものの前者の大きな「物語」に包摂さ れることを断固として拒否する。我々はこれら二種類の「物語」の併置によっ て「語り j と「読みjの営為のあり方について,そして「物語」の存立基盤

(14)

に つ い て も う 一 度 考 え 直 さ な け れ ば な ら な く な る の で あ る 。

本稿は1992年111日に聞かれた同志社大学英文学会大学院研究発表会での口頭 発表の内容に加筆及ぴ修正を施したものである。

1.  Arthur Power, Conversations with James Joyce, ed.  Clive Hart (Chicago: Univ.  of Chicago Press, 1982), p.  32. 

2. 

r

ユ リ シ ー ズJのテキストは, James Joyce, 

. u

か'sses(N ew York: Random  House, 1986)を用い,括弧内に引用箇所の挿話番号と行番号とを示した。

3. 

r

家の中の天使」の概念についてはSandraM. Gilbertωd Susan GubrThe  Madwoman in  the  Attic:  The  Woman. Writer and the  Nineteenth‑Century Literary  lmagination (New Haven: Yale Univ. Press, 1979), pp. 22‑29を参照のこと。

4.ガーティーと一緒に浜辺に来ている娘の一人,シシー・キャフリーは赤鼻の紳 士がガーティーの父親そっくりだと述べている (13.304‑7参照)0 またブルー ムにはミリーという若いま良治宝いるO

5.この挿話でガーティーはかつて月経の時の一時的な性欲に悩み神父のもとに告 解に行ったことを思い出している(13.453‑57参照)。この回想の描写はガー ティーの主体が完全にカトリシズムによって統御されていたことを明確に示して いる。

6.ブルームを引きつけるためにガーティーは2種類の「演技j を行なっていた。

一つは脚が不自由であるということを隠すという「演技」であり,もう一つは踊 り子のような婿態をするという「演技Jである。

7.ガーティーが彼女とブルームの「物語J TheLamplighte(13. 663)という センチメンタル・ノベルに重ねあわせているのに対し,ブルームが彼とガー ティーの「物語j を Ripvan Winkle" (13.  1112)とだぶらせていることは,三 人の自分逮が創ってきた「物語j に対する見方の相違を明示しているO

8. 

r

ユリシーズ』のテキストが内包している解決不可能な謎や矛盾についての論 考は枚挙にいとまがないが,とりわけ, Phillip F. Herring, Joyce's Uncertainty  Principle (Princton:Princeton Univ. Press, 1987), pp 103‑60及 ぴPatrickA  McCarthy, Ulysses: Portals 0/ Discovery (Boston: Twayne Publishers, 1990), pp:‑ 36‑51がこの問題を正面から詳細に論じているO

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