『大いなる遺産』における語りの二重構造
著者 榎本 洋
雑誌名 主流
号 51
ページ 43‑61
発行年 1990‑03‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015074
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『大いなる遺産j における語りの二重構造
榎 本
洋I 序
『大いなる遺産』(以下『遺産』と略)がアイロニカルな小説であるとの 指摘は何度もなされてきた.主人公Pipの成長を三段階に分けて描き,「紳 士jに憧れるPipが得たのは失望と幻滅である.表題の示唆にも拘らず,
内容はMiltonの ParadiseLost,,をもじった ExpectationsLost,,であり,
ここで既にアイロニーが見られる.上昇志向の夢にとらわれていたPipが, それに目覚め精神的覚醒を経る物語で,そこに教養小説的側面を見る批評も ある.1 この小論では,とりあえずPipの罪意識を中心に物語がどの様に 語られるかを検討するつもりである.
幼年時代のPipを決定づける2つの出会いが,この小説のプロットを決 定していると言える.それは囚人Magwitchとの出会いと MissHavisham 訪問(ch.8)である.この二つの事件は,それ以降のPipの物語に,一方
ポ ジ ネ ガ
が陽画なら他方は陰画といった具合に互いに不即不離の関係を保ちつつ物語 を白昼夢の様に覆う.例えばPipがMissHavisham邸に出入りし,彼が狭 苦しい従弟生活から解放されるまで, Pipの前途洋々たる将来が描かれてい るかの様に見える. しかしPipの夢も Londonでのいささか虚無的な生活 にとって代わられるだけで,それも Magwitchの突然の出現(ch.39)によ りあえなく崩れる. 1・2部ではPipの「紳士」への夢とEstellaへの慕い が混在しているのに対し, 3部では主に Magwitchを輸に展開する.
Taylor Stoehrは, Dickensの後期作品群,とりわけ『荒涼館』の語り方に 注目し,その「直接性」(immediacy)と「離脱」(detachment)の結合が物
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J
における語りの二重構造語の外部と内部の結ぴつきになっていると指摘し,その頂点に『遺産jを置 く.z まさに「Hm明hamの話の筋が物語の表面を占めるなら, Magwitch の筋は不可解にも背後に退き,一見物語の動きとは無関係に見える」からだ.
Stoehrの指摘通り,これらは一方が他方にとって代るという交替をテキ スト内で繰り返すわけだが,一方この交替はPipの恥と罪の意識とも各々 対応する筈である.そこでQD. Leavisは, Dickensは倫理的問題を人物 の行動様式を通して探ると述べ, Pipに対して『ジョージ・シルバーマンの 釈明』 (GeorgeSilverman '5.Expla問 tion.1868.以下『釈明と略)をおく.『釈 明Jと異なり Pipの場合は充分人間的で、,時代固有の現象であり,従って『遺 産jは『釈明j と違い単なる精神病理の症例ではなく,精神の自由を獲得す る物語と評価される.3 だからMagwitchとの出会いにより芽生えた罪の意 識が盗みの行為を通して主人公の意識の中で反復されるなら,「紳士」にな りたいという強い欲望とともに生い立ちを恥じる「蓋恥心
J
も一方では厳然 と存在する.勿論Q.D. Leavisにとり,これらの意識はあくまでも道徳的・社会的次元に限られ,罪・恥の意識から「自由意志」の問題を扱うというの が彼女の所見である.4 幼年時代の体験がもとでPipの「自由意志Jの選 択が次第に限定されてくる.この様な状況でのPipがいかなる選択をする か,それが道徳的判断の基準となる.
しかし問題なのは, Q.D. Leavisが主張する程にPipの選択の余地が残 されているかという問題である.断るまでもなく, Pipの目論んでいた遺産 の夢とその謎はPip自身の努力ではなく, Magwitchの出現で勝手に潰えた のである.Miss HavishamがPipのパトロンであり,いずれはEstellaと 結婚するというのはPipが勝手に空想した筋書にすぎなかった.しかも Pipの上昇志向を煽るなら,なぜあの様な陰気なSatisHouseを描く必要が あったのか疑問はっきない.Satis Houseの生活がPipの理想、としていた上 流社会のそれと程遠い事は言うまでもない.同様に, Pipの「罪の意識Jも Magwitchとの関わりではなく, BiddyやJoeに対する忘思( mgratitude)
『大いなる遺産』における語りの二重構造 45 を階級意識(classfeeling)の点から詳しく述べれば充分と思われる.囚人 との奇妙な仲間意識やBiddy,Joeへの忘恩の誘り等から成る Pipの罪意識 を「ヴィクトリア朝的(福音主義的)な親子関係のあり方の結果」5 と考え るのは,余りに原罪意識を強調するQD. Leavis自身のピューリタン的特 質のなせるわざとしか思えない.『ミドルマーチJのDorotheaBrookeの様 に呆してPipに能動的に選択する余地があったか,疑問?である.Pipをつ き動かしているのは単に恥・罪の意識といった道徳次元のみならず,寧ろ根 拠の薄弱な生の不安感といった衝動的・原初的なものに思えてならない.冒 頭でのMagwitchとの出会いを読む限り, Pipが孤児であるという事実が沼 地での囚人との出会いをより一層なまなましい恐怖体験にしている印象を受 けるからである.
I l
Pipの不安まず黄昏の沼地で墓石の前に件むPipの姿に出会う.Pipが孤児である 事が彼の両親の墓石から連想される.「僕は父親も母親も見た事がなかった し,まして彼等の絵も見た事がなかった
J
から,「両親がどんな人であった かという私の空想はまず,妙なことに,彼等の墓石から生じたJ
(p目35)と Pipは言う.墓を見ながら「ズボンのポケットに手をつつ込んだままで,決してそこから手を出さなかった」と感懐にふけるPipに引き続き,沼地の 陰うつな描写が続く.
My first most vivid and broad impression of the identity of things, seems to me to have been gained on a memorable raw afternoon to‑ wards evening. . . and that the dark flat wilderness beyond the church‑ yard ... was the marshes; and that the low leaden line beyond, was the river; and that the distant savage lair from which the wind was rushing, was the sea; and that the small bundle of shivers growing
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afraid of it all and beginning to cry, was Pip. (pp. 35‑6)
読者の心に刻印されるのは,陰気な沼地・両親兄弟の墓石とその傍で泣き むせんでいるPipの姿である.ここで孤独なPipと沼地の風景が二重写し となる.実際,沼地の風景はPipの脳裏に焼きついて離れず,その後にも 執効に反復される.6 沼沢地の強迫観念的な反復は,脱獄死刑囚の出現とと もにPipの原風景となる.テムズ川下流の沼沢地に向かつてとぼとぼ歩い ていく Magwitchは,まるで「墓中から手を出して,彼の足をひきずりお ろそうとする死者の手をかすめるj様に歩き,絞首台(gibbet)の方へ向か う.Pipは囚人の命令通り,翌朝,食糧とやすりを届けに行く.注意すべき 事にPip自身このミ犯罪的、行為に極めて自覚的なのである.従って, Pip が「良心が大人も子供も苛む時,それは恐ろしいものになる
J
(p. 44)と心 中を吐露するのも首肯できる.この恐怖心は次の様に説明される.Since that time, which is far enough away now, I have often thought that few people know what secrecy th.ere is in the yoロng,under terror. I was in mortal terror of the young man who wanted my heart and liv‑ er; I was in mortal terror of my interlocutor with the iron leg; ... I had no hope of deliverance through my all‑powerful sister, who re pulsed me at every turn. (pp. 46‑4 7)
従つもてPipの秘密めいた恐怖心はすぐさま罪の意識となる.朝霧の中を「い ろんなもめが自分めがけてぶつかる」様な気分を覚えながら, Pipは約束の 場所へ向かう.罪悪感故に沼地の風景が,牛すらも,恐怖心を伴って迫って 来る.「ヤア)盗っ人小僧が!
J
とPipの前に牛がヌッと現れる.「『僕,他 にやむを得なかったのです!僕は自分で食べようと思って盗んだ、のではない のです!J .
それに応えた牛は首を垂れ,鼻から煙の様に息を吐き出し,尻 尾を振り,後足でけって蒸気の様に消えてしまった」(p.48).この場面は,『大いなる遺産j における語りの二重構造 47 日常見慣れたものがふとした契機から,突如恐怖感を伴ったものへと変容す るDickens特有のアニミズムと言える.にも拘らず, Pipの行為を犯罪的 と見るのはいささか難しい.盗みを犯したのがクリスマス前夜である事,囚 人に親近感を感じ,彼等との一体化を図った事が考えられるが,重要なのは
レーゾン・デートル
これを機会にPipの恐怖心が次第に彼自身の存在理由を更に罪深いものと 認識する点にある.特にPipが囚人と同一化を図る心理は,姉との葛藤に おいて重要な役割りを果たす.
Joeの家から食糧等を盗み囚人を助けた事, Magwitchの使いの者が来て Pipに大金を渡すくだり(ch.10)など, Pipは自分と罪人のつながりを意 識せざるを得ない.それ以前からEstellaに仕事中を見られるのではないか という恐怖心(p.136)や,「将来の見込み」を沼地にたとえるPipの惨め な心情(p.135)を描き, Dickensは現状に絶望している Pipの内心を表現 する.Pipが囚人と同一視して覚える罪悪感は,姉の不当な仕打ちに対する 憤りを内包しながら,「GeorgeBarnwellの悲劇
J J
朗読という形で代弁され る(ch.15).「GeorgeBarnwellの悲劇」(1731)はGeorgeLillo (1693 1739) の手になる当時流行した家庭悲劇で,主人公の従弟たちが愛人の唆かしで,親方に盗みを働き,叔父を殺して処刑されるという筋書きである.それを聴 いてPipは「何の罪もないわが身を一緒にしてしまうので,胸が痛んだJ と述べ,明らかに罪人の立場に同化している.少年にはPumblechookの眼 差しすら後めたい.
What st1mg me, was the identification of the whole affair with my un‑ offending self. When Barnwell began to go wrong, I declare that I felt positively apologetic, PumblechookS indignant stare so taxed me with it. .. Pumblechook sat staring at me, and shaking his head, and saying,Take warning, boy, take warning!as if it were呂well‑known fact that I contemplated murdering a near relation, provided I could
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only induce one to have the weakness to become my benefactor. (p. 145)
後に帰宅すると姉が襲撃された事を知る.傍に落ちていたleg‑ironで姉が 襲われたと知ったPipは,幼年時代の悪夢再現を予感する(p.148).しか もただでさえ罪悪感に小心翼々としているPipである.「GeorgeBarnwell に頭が一杯になっていたので,姉の襲撃に手を貸したに違いない,いやとも かく彼女の近親の者として自分が最も嫌疑を受けやすいに違いない
J
(p. 147)と思い込む.勿論これだけではPipの考え過ぎといえよう.しかし,Mrs. Gargery襲撃推定時刻と PipがBarnwellの朗読をきき,胸を痛めてい る時間とを, Dickensが注意深く一致させている事に注意しなければならな
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.
Pipのこの様な罪悪感はLondonでの生活でもついてまわる.Smithfield にあるJaggersの事務所は陰気で薄暗く,部屋には錆びたピストルやナイフ が散乱し,とりわけ棚上にある囚人の顔の鋳型にはPipも耐えられない(p. 189).外に出ると,「恐ろしい石造の建物jがNewgate監獄とわかる.もっ とも囚人船(hulk)や沼沢地といった陰惨な田園風景にPipがなじんでい たと考えれば, Pipは幼年時代から既にNewgateの支配下にあったと言え る.Estellaを待つ間, PipはWemmickに案内されてNewgate内を見て回 る.Pipの眼には犯罪の象徴であるNewgateと沼地が明らかに重なり合っ て見える.「私が牢獄船と犯罪のしみに包まれているなんて何て不思議なん だろう.幼年時代,ある冬の夕暮れのあの淋しい沼地ではじめてそれに出会 い,それから色槌せたがすっかり消えたわけではないしみの様に二度も現れ,
新しいやり方」でPipの幸福感を侵食する(p.284).こうして見る限り,
Pipの罪悪感はかなり執効で常軌を逸している.それ故,罪の意識とは異な る別の心性が潜んでいるとも考えられる.罪の意識だけなら,前述の通り,
Magwitchの出会いとその影響力のみを強調するのは余り明快でなく,寧ろ
『大いなる遺産』における語りの二重構造 49 Biddy, Joeへの忘思だけでも充分であろう.しかもその罪の意識にしても,
盗みをした事,囚人との関わりを持った事,姉の襲撃やHerbertとの喧嘩に よる罪意識(p.121)など,かなり反復的ではあるが,分散的・瑛末的であ り,やはり Pipの不安定な心性を抜きにしては語れない.そこで・Pipの性 格に今一度注目しなければならない.
Pipの性格は基本的には臆病で,神経過敏,そのため受動性が顕著で彼自 身くっきりとした輪郭を欠いているところにある.従って読者の印象に残る のは,真の自己・主体性を見つけ得ず,不安感に苛まれる頼りない主入公で ある.Estellaに自らの「卑しさJ(commonness)を思い知らされたPipは 次の様に述べる.
My sisters bringing up had made m巳sensitive.In the little world in which children have their existence whosoever brings them up, there is nothing so finely perceived and so finely felt, as injustice. It may be only small injustice that the child can be exposed to; but the child is small, and its world is small, and its rocking‑horse stands as many hands high, according to scale, as a big‑boned Irish hunter. ... I had cherished a profound conviction that her bringing me up. by hand, gave her no right to bring me up by jerks. Through all my punish‑ ment, disgraces, fasts and vigils, and other penitential performances, I had nursed this assurance; and to my communing so much with it, in a solitary and unprotected way, I in great part refer the fact that I was morally timid and very sensitive. (p. 92)
Pipの最後の言葉に注目しよう.「自分が道徳的にも臆病で非常に職細な事,
こっそりと寄る辺もなく,私はこの事実を大部分〔私の姉の虐待を受けて育っ たという〕確信に結びつけて考えてきたJ.この様な被害妄想的なPipの性 格を考慮すれば, Magwitchとの出会いがいかに重大な影響を及ぼしたかが
わかる.と同時に, Pipが果してとマの程度冷静に語っているか,つまり語り 手としてのPipが信用で きる(reliable)かどうかも疑わしくなる.実際,
語り手としてのPipは必ずしも自己の内面を整然と吐露しているのではな く,どちらかと言えば語り手の寡黙な姿勢のため,主人公のPipの不安な 心性がさまざまな形態をとって何の理由・動機づけもなく読者の前に晒され
るのである
一般に一人の人物を仔細に検討すれば,その根幹にある種の連続性の存在に 気づく.現在の行為や姿,過去の行為,現在と過去の行為の関係又はある種 の条件反射など,いずれにせよ人物の性格には何ほどかの一貫性がある筈で ある.にも拘らず読者に示される Pipの思考は一貫性を欠いた,自家撞着 にすぎない.それはある時には,上流社会やEstellaへの憧僚となり,又あ る時には姉に対する反発,或いはJoeとの労働生活への理由のない幾分感 傷的な賛美(p.134)となって表れるのである.実際なぜこの様に変化する かはPipには見当がつかない.「大人となり独立するには輝かしい大道Jと 信じていたJoeの許での徒弟修業も一年のうちに全て変ってしまう.その 模様をPipは当惑気味に告白する.
I had believed in the kitchen as a chaste though not magnificent apartment; I had believed in the forge as the glowing road to manhood and independence Within a single year, all this was changed. Now, it was all coarse and common, and I would not have had Miss Havisham and Estella see it on any account. How much of my ungracious con‑ dition of mind may have been my own fault, how much Miss Ha vi shams, how much my sisters, is now of no moment to me or to any one. The change was made in me; the thing was done. Well or ill done, excusably or inexcusably, it was done. (pp. 134‑135)
つまり幼いPipにはこの感情の変化が那辺に由来するか理解できないし,
『大いなる遺産』における語りの二重構造 51 回想しているPipが何も述べてない限りそうとしか語り様がないと言える.
この様に人物造型から見る限札 Pipの受動性は際立っており,それだけ統 ーした人格を欠いている.しかし問題なのは,その不明瞭さ,不安定さ故に,
Pipが何を考えているのか,それが明快に読者に伝わりにくい事にある.そ のためには『遺産』の一人称体の語りを検討する必要がある.
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一人称の語り『遺産』が一人称体で回想された小説である事は自明である.物語が一人 称で語られる場合,そこで使われる「私」は大雑把に言って,「回想する私」
と「回想される私
J
(「体験する私」)の2つに大別される.これを同じ一人 称の『デイヴィッド・コパフィールドj と比較すると,そこでは前半で優勢 な「回想される私」が後半では「回想する私」にとって代られる.なぜなら,主人公Davidは何一つ事件を解決することができず,特に物語の後半では 専らDavidをめぐる三つの事件(Micawber一家との交際, Steerforthによ るEmily誘惑と Peggottyの捜索, UriahHeepのWickfield父娘に対する 陰謀とその発覚)を傍観するにすぎないから.従って『デイヴイッド』は「回 想する私」と「回想される私jの双方が使われている.つまり,この一人称 体は擬似的な一人称体であることがわかる.一人称体で語られながら,語ら れる内容は殆ど三人称の事柄なのである.主人公の印象が希薄で,態度が受 動的なのもこのことから説明がつく.これが『荒涼館jのEstherの語りと
なると, JohnForsterがそれをEstherの「日記」と呼んだ様に,「回想さ れる私
J
に強調がおかれる.7 Estherの関心は実父Rawdonと同じ運命を 辿った従兄弟のRichardCarstoneに寄せられており,語られる内容の多く はRichardCarstoneの運命乃至は事件であってEstherそのものの半生記・回想とはいえない.とは言ってもEstherの語りが一人称の語りである限り,
「回想する私
J
をテキストから完全に消し去るのは不可能である.物語の所々 に点在する未来のEsther,彼女の存在はこの一人称の語りが取捨選択した52 I大いなる遺産jにおける語りの二重構造
経験から成り立っている事を意識させる.つまり「回想される私
J
(「体験す る私」)がいくら強調されようとも,「回想する私J
は枠組としてあくまで存 在する.この二つの一人称体を念頭におく時, Pipの語りはどの様な特徴を持って いるのだろうか.『遺産jでは枠組としての「回想する私jは残るため,そ の点ではEstherの語りと変りない.但し注意すべき事は, Pipの関心が明 らかに若き日の自分の体験談にあるものの, Estherと異なり読者への呼び かけが少なし読者を余り意識してない事である.従って主人公の心情の付 度は読者に委ねられるが,そのためかえって読者は主人公と語り手の道徳 的・心理的距離を意識しつつ,絶えずこの距離が緊張関係をはらみ,一面的 な解釈を拒むのを注意しなければならない.実際『遺産jにおいて「二つの く私〉の相違は, しばしば非常に大きく,後者すなわちくかつて私であった ところの私〉は事実上く彼〉になり変わるほどである
J
.s このく視点の二 重構造〉はWayneBoothも同様に指摘する通りである.9人物の再生を扱った物語は,多かれ少なかれ,その背後に3人材、全知の語 りの存在を無視するわけにはいかない.つまり Dickensの作品で全知 (omniscient)を言う時,作者が全てを了解し神の様な規点で物語りを鳥搬 する意味ではなく,その場の中心的人物の近い所に視点を置いている事であ る10(こう考えると Dickensにとって,一人称で書く立場と三人称で書くの が極めて近い関係にあったのではないだろうか).『遺産jの場合Boothの 指摘通り,作者は語り手(老成したPip)を背後に押しやり,主人公の意識 と体験を前面に押し出すことで,作品内部に主人公の視野とは異質の視野を 開く,こうして「回想する私」と「回想される私jの距離を読者に意識させ ながら,語り手は物語の中に埋没してしまうのではなく,物語の外部と内部
(或いは物語のく表層〉とく深層〉)に遍在することで読者に二重のヴィジョ ンを要請するのである.『遺産jではこの様な語りの詐術が一貫して行なわ れている.それを通してく表層〉ではPipの願望・不安がさまざまな形態
『大いなる遺産』における語りの二重構造 53
をとって表現され Estellaへの思慕,「紳士
J
への憧れ,姉に対する反発 と現状への不満(或いはMoynahanの言う Pipの犯罪意識の強迫観念)11一一,それらが読者に呈示されるのである.従って,これらの願望のうち一 つのみを取り上げ,『遺産』が主人公Pipの紳士への憧れと精神的覚醒を示 したという BarbaraHardyの説はあてはまらない様に思われる.12 という のも,このヴィジョンは物語の当初から一貫しているため,これを無視して
はPipの物語りは語れないのである.
ここで今一度,冒頭の章ヘ戻ってみよう.灯台,絞首台の添景とともに沼 地が死のイメージを伴って現れる.問題はその風景をPipがどのように解 釈するかにある.
On the edge .of the river I could faintly make out the only two black things in all the prospect that seemed to be standing upright; one of these was the beacon by which the sailors steered‑like an un‑ hooped cask upon a hole‑an ugly thing when you were near it; the other a gibbet, with some chains hanging to it which had once held a pi rat巴.The man was limping on towards this latt巴r,as if he were th日
pirate come to life, and come down, and going back to hook himself up again. (p. 39)
Pipにとって灯台すら「薄気味悪いもの
J
で,絞首台と区別がつかない.灯 台が黒く汚れて絞首台と区別がつかないのは, Pipの将来において既に希望 の光(灯台)が消えている事を象徴しているが,幼いPipには理解できない.語り手としてのPipには灯台が必ずしも希望の光でない事が意識されてい るものの,幼いPipには判らないのである.このアイロニーの根幹には,
囚人に逆さにされる事で植えつけられた倒錯的な視点が支配している.「教 会は,私の眼前でいきなりひっくり返り,尖塔が私の股聞に見えた一一一私は 高い墓石の上に乗せられて,ぶるぶる震えていた
J
(p. 36).ここにく逆転54 f大いなる遺産jにおける語りの二重構造
の構図〉がある.実際,この物語は人間関係の逆転(MissHavishamと Estella, JoeとPip,EstellaとPip,PipとMagwitch)を軸に展開し,同時
にそれはPipの世界観の逆転をも意味するのである.
問題なのは,これらの関係を全て断片的に灰めかすにとどまるため,主人 公Pipが最初からそれを捉えるのが困難なのであるa 従って主人公の眼を 通して描かれる情景はその予兆的な意味が見逃されるため,く深層の世界〉
はPipの断片的な印象として彼の心の内奥に隠され,暗示されるにとどまっ ている.人間関係の繋りは断片的に示されるのみで, Pipの意識には余りの ぼらない.13 だから登場人物としてのPipに焦点をあてると, Pipは外部 からの暗示にかかりやすい受動的な性格といえる.しかもPipの不安感は,
不安に苛まれつつ一方で、は醒めた視線をも感じるのであるe Pipの見る,よ りよき現実の夢,無気味な生の深淵の夢は本来白昼夢である.それは主観的 であるが故に一層深い撞僚である. しかし夢想としての実体のなさを自ら知 札現実生活の伴奏音楽をなしているにすぎないというある種の醒めた認識 を持つ憧僚なのだ.Pipが孤児である事を考慮すれば, Pipの不安感・アイ デンテイテイの不安はこの様な形をとるといえないだろうか.Miss Havis hamの援助で紳士の夢を成就したいと思う一方で、 いつかこれが潰え
るのではないかという不安めいた気持ちも存在する.この不安定な気持ちは,
PipのEstellaへの醒めた気持ちとなって時折顔を出す(p.lll).
EstellaはLadyDedlock, Edith Domb町 な どDickensが描いた女性の中 でもとりわけ高慢で,感情の酒渇した女性の部類に入る.どちらかと言えば,
具体的描写に乏しく,はっきりした印象は残さない.Estellaは「どこでも いる様に見えた」(p.93)し,「まるで空中へ抜けて行くかの様に蓬か頭上 の階段から出てゆきJ, Pipの眼前で幻の様に消えてしまう.PipのEstella に 対 す る 愛 情 も 自 制 心 を 欠 い た 盲 愛 と い っ た 趣 き で , そ れ 故 Miss Havishamの言う通りになる Pipの受動的な性格を現しているにすぎない.
「あの娘を愛しておやり!愛しておやり!」(p.264)という Miss
『大いなる遺産j における語りの二重構造 55 Havisham.の言葉がPipには呪文の様に響仁実際PipがEstellaを愛する のも何かにつき動かされるニュアンスが強い.しかし一方で、はEstellaに対 するPipの醒めた心情も,全く理想化のなされていないEstellaの描写から も伺えるのである.帰国したEstellaに会いに行く模様をPipは次の様に述 べる.
Estella was the inspiration of it [a rich attractive mystery], and the heart of it, of course. But, though she had taken such strong posses‑ sion of me, though my fancy and my hope were so S巴tupon her, though her influenc巴 onmy boyish life and character had been all‑ powerful, I did not, even that romantic morning, invest her with any attributes save those she possessed. . The unqualified truth is, that when I loved Estella with the love of a man, I loved her simply be‑ cause I found her irresistible. Once for all; I knew to my sorrow, often and often, if not always, that I loved her against reason, against prom‑ ise, against peace, against hope, against happiness, against all dis‑ couragement that could be. Once for all; I loved her none the less be cause I knew it, and it had no more influence in restraining me, that if I had devoutly believed her to be human perfection. (pp. 253‑254)
「予測できる一切の失望にも拘らず,彼女をいつも愛しているという事を絶 えず知っていたわけではないとはいえ,実はそれに時々気づいていた」とい うPipの告白は理由のない不可解な執着心である.PipにとってEstellaは 上流社会の象徴的存在であり,最終的には彼女に自らの理想実現の望みを見 い出し「私の存在の一部」(p.378)とまで言う.Estellaへの執着心は,物 語の後半部ではEstellaの素姓と両親を究明.しようとする行動力となる.全 てを知ったPipが,なぜ、Estellaに関与する様になったかを尋ねるためJag‑ gersに会う時,彼はなぜEstellaの素姓を探るのか自分でも判らないと言う.
What purpose I had in view when I was hot on tracing out and pro‑ ving Estellas parentage, I cannot say. It will presently be seen that the question was not before me in a distinct shape, until it was put be‑ fore me by a wiser head than my own.
But, when Herbert and I had h巴ldour momentous conversation, I was seized with a feverish conviction that I ought to hunt the matter down‑that I ought not to let it rest, but that I ought to see Mr Jag‑ gers, and come at the bare truth. I really do not know whether I felt that I did this for Estellas sake, or whether I was glad to transfer to the man in whose preservation I was so much concerned, some rays of the romantic interest that had so long surrounded her. Perhaps the lat‑ ter possibility may be the nearer to the truth. (p. 420)
「ロマンティックな興味深い光明」を少しでも送れるならと回想する Pip は,まぎれもなく彼女への執着心に捉われている.だから Jaggersがいくら Pipに「もちろん君がいろいろと私の日をかいくぐって,間違いをするかも しれんが,それは私の責任ではない」(p.194)と突き放しでも関係ないの である.しかも TheFinches of the Groveで得られる筈だった紳士として の生活も味気のないものとしか思えない.従ってMagwitchの出現で潰え た紳士への夢はEstellaへの執着となって残るのである.こう考えると Estellaへの捨て難い夢を持つPipが小説の結末で再びEstellaとSatis Houseで再会するという設定は, Bulwer‑Lyttonの助言といえども幾分感傷 的とは言えないだろうか.
John ForsterやBernardShawも結末の変更には不満をもっていたらし く,特にForsterは「一貫性」( coherenceつの欠如を理由にあげている.14
当初Dickensは, 11年後に戻ってきたPipと結婚生活に破れ再婚した Estellaが, Londonの路上で偶然再会するという設定にしている.Pipと
『大いなる遺産jにおける語りの二重構造 57 一緒にいる Joeの子供(LittleJoe)を Pipの実子と勘違いしてあやす Estella.この場面に, Pipのinnocenceへの象徴的回婦を読みとることで,
小説の完結性・円環性を考えることもできる.15 物語の完結性はともかく,
最初の結末の適合性はPipの大いなる夢を考えれば一層明瞭であろう.Pip の夢がEstellaへの抜きがたい執着となって残る事を考慮すれば, Estella と結婚したPipが若き日のでき事をあの様に沈うつな調子で語るのは辻棲 が合わないのではないだろうか.Estellaへの執着は彼女と終生結ぼれない が故によけい顕著なのである.従ってDickensがBulwer‑Lyttonの助言に 従って結末を変更したのは一貫性を欠いたと言われでも仕方がない.Pipの 夢はEstellaへの執着となって残り, Pipは最後まで夢と現実の区別がつか ないままである.つまり PipがEstellaに「あなたは私の一部」(p.378) と言った時の白昼夢の状態から目覚める手段をPipは失ってしまったので ある.
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結論ここでPipの救済を考えてみると,まずMagwitchへの心境の変化があ げられる.最初は忌み嫌っていたMagwitchを彼は次第に容認する.「彼に 対する嫌悪の情は今は消え去り,…この男のうちに,ただ私の恩恵、者になろ うと考えてくれた人間,何年もの問自分に対して変らぬ愛情・感謝と寛容を 抱いてくれた人間だけを見たから」(pp.456‑7) .しかしPipが初めて得る 人間回復の手だても Magwitchの死により幕を閉じる.従ってPipが現実 との接点を求めようとしていたMagwitch,Miss Havishamとの関係は,彼 等の死により緋を絶たれてしまう事に注意せねばならない.Pipに残されて いたのはBiddyとの結婚生活であるが,これも Joeとの結婚により潰えて しまう.16 つまり Davidが最後には作家として成功を収め本来の所へ帰っ ていく趣きが強いのに比べ, Pipには戻るべき所がないのである.従って一 面では,この物語を当時の中産階級の上昇志向のエートス(例えばMrs.
MullockのJohnHarif ax: the Gentlemanなど)を鋭く突いたと考えるのも間 違ってはいない.しかし問題はPipの成長である.Pipはある意味では Miss HavishamとMagwitchの夢に踊らされていたわけだが,それが夢と 判っても Pipには依然Estellaへの執着が残っているのである.従ってQ. D. Leavisが断定する様に,回想しているPipが全ての罪から逃れ,自由な 人間になったとか,まして夢から醒めた人間という考えはあてはまらないの である.11
Q. D. Leavisがなぜこの様に考えたかは,作品内部の視点の二重構造を 無視し,専ら主人公の視点のみに限定しPipの視野に映った表層レヴェル でのみ作品を解釈したためと思われる.その結果PipをEstellaへと駆り立 てる衝動力・不安感を,一方では罪・恥の意識を必要以上に強調することで そこに押し込めてしまったといえる.同様の事は川本氏にもあてはまる.川 本氏は,意識的に自己形成に対処する姿勢は英国小説の場合, ドイツのそれ に比べ余り目立たないとは言え,『遺産』は「経験を通していかに苦しみな がら自己成長L,社会の片隅にささやかな居場所を得るに到ったかjを扱う 教養小説だと主張する.1s Pipが人間的に成長を遂げたわけでもなく,
Estellaへの執着を引きず、っている事,また「社会の片隅にささやかな居場所」
を得たわけでもない事は既に述べた.仮にこの様に罪・恥の感覚を強調す るにしても, MagwitchやNewgate世界を覆う不可解な力は,この小説を 単に教養小説と読むにはふさわしくない様に思われる.19
『遺産』はこの様にく表層〉と〈深層〉との二重構造を軸に展開する.物 語の表面を覆っているのは, Pipの不安定な心情がさまざまな形態となって 表われたもので,これが顕著なのは一人称体の語り手の暖味な姿勢にある.
この語りは殆ど非入称化しているが,主人公の背後に影の様に寄り添い,作 品世界の内部に主人公Pipとは異質の視野を聞く,これが物語のく深層〉
にあたり,ここに来るべき Pipの将来・運命・遺産の謎やEstellaとの関わ り等が予兆的に示されるのである.従って語り手は物語の中に埋没している
『大いなる遺産』における語りの二重構造 59 のではなく,物語の外部と内部に存在し,それぞれの模様を読者に呈示する のである.しかし物語の表層も,しょせん内部にアイデンティティの不安,
夢から醒めず不安に苛まれている語り手がいるからこそ際立つている事を忘 れではならない.『遺産
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は紳士への夢というロマンティックな希求の犠牲 者を描いたという単純なものではないのである.注
テキストには, GreatExpectations, ed. Angus Calder (Penguin Books, 1983)を 使用した.以下, GreatExpectationsからの引用は全てPenguin版により,訳文の 末尾に該当頁数を記した.
1 Barbara Hardy, The Moral Art of Dickens (The Athlone Press, 1970), p. 102. F. R & Q. D. Leavis, Dickens the Novelist (Penguin, 1972), p. 373
2 Taylor Stoehr, Dickens: The Dreamer's Stance (Ithaca: Cornell U. P., 1965), p. 48, pp. 102‑103.
3 Leavis, p. 37 4 4 Leavis, p. 396. 5 Leavis, pp. 381‑3.
6以下沼地の直接の言及は次の通り, p.87 (ch. 8), p. 135 (ch. 14). p. 208 (ch. 22). p. 250 (ch. 28).これで気づくのは大半が第1・2部に集中している事であり,沼地 がPipとMagwitchをつなぐ象徴的な役割を果たす事がわかる.従ってMagwitch が出現する3部になると沼地の直接的言及は53章でOrlickとPipの格闘以外は,
意味深重な言及は余り見当らなくなる.
7 John Forster, The Life of Charles Dickens (London: Dent & Son, 1950), voL 2, p. 113.
8 Robert B. Partlow, "The Moving I‑A Study of the Point of View in Great Ex‑
ρectations,College English 23 (1961‑62).ー
9 Wayne C Booth, The Rhetoric of Fiction (1961; rpt. Harmondsworth: Penguin Books, 1987), p. 157.
10 Archibold C. Coolidge, Jr, Charles Dickens as Serial Novelist (Ames: Iowa State U. P., 1967), p. 162
しかし19世紀小説の全知の語りが, 18世紀小説の theological なそれとは異な り,多かれ少なかれ immanentである事実はg大抵のヴィクトリア朝にあてはま る事である.
See J Hillis Miller, The Form of the Victorian Fiction (Notre Dame: Univ. of
Notre Dane Press, 1968), pp. 64‑65.
11 Julian Moynahan,寸heHeros Guilt: The Case of Great Expectatioば,Essaysin Crit低sm10 (1960).
12 Hardy, p. 109.
13物語の底流に潜むのが人間関係のあり方なら, Pipの言語感覚がPipをしてその 誤った対象把握をさせる事にも注意せねばならない.言葉の多義性の中から誤った 意味を見つけ,人間関係の誤解を招く例も見られるからだ.
Biddy, . . said,Have you never considered that he may be proudγ Proud?I repeated, with disdainful emphasis
Oh' there are many kinds of pride,' said Biddy, looking full at me and shakmg her head;pride is not all of one kind (p. 175)
Biddyはここで prideを「自負心J.「誇り jの意味で使っているのに対して,
Pipは「倣慢Jの意味にとる.Pip はJoeの倣慢さを意識するが,実はPip自身が 倣慢になった事は,前後のコンテクストからわかる筈である.同様の言葉の多義性 は,題名にも用いられている.
14 Forster, vol. 2. pp. 288‑289. George Bernard Shaw, in Shaw on Dickens (New York: Unger, 1985), pp. 55‑56.
この「結末Jの問題は諸家にょうてまちまちで,例えばHardyは双方とも説得性 に欠けるとしている(pp.21‑22). Stoehrは「結末jの問題で,大切なのは「苦 難を通じて理解し合う事」(pp.132‑3)にあるのではないかと言う.いずれにせよ,
この問題を扱うのには, Pipのinnocenceの問題,それに関連してPipとJoe, Magwitch等の「親子関係j など論ずべき問題は多い.従ってここでは,あくまで 視点の二重化に焦点をしぼり敢えてG.B. Shawの説を踏襲した.しかし大切なの は,祝点の二重化という一貫性を犠牲にしてまでもDick巴nsが意図したことにある.
15 Martin Meisel,
16 ここで問題となるのはPipとJoeの「親子関係Jである.27章でJoeがPipに 会いにいくくだりで, JoeがPipをsirと呼ぶへりくだった態度と Pipの内心の 苛立ちを思い出せば, PipのJoeへの背信行為が階級意識に基くものと言える.し かし, DickensはこれをPipの忘恩に対する罪の問題と捉え,元来階級意識に基く 社会問題をモラルの問題へとすりかえてしまう.これが最も顕著に現れるのは,小 説後半部の子供のimageryである.この感傷的なimageryの多用が本来社会問題で ある筈の「親子関係
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をモラルの問題にすりかえた原因と言えるが,一面ではこれ がDickensの社会的realismの限界を示すものと思われる.なお詳しくは別の機会 で論じる予定.17 Leavis, p. 377.
『大いなる遺産』における語りの二重構造 61 18川本静子, fイギリス教養小説の系譜
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(研究社, 1973), pp. 9‑10.19 Stoehr, p. 130. M昌gwitchのplotを覆うこの力が具体的に何を指すかStoehrは 明言していないが,これはStoehrの主張するclass,sex, crim巴といった全ての問 題が内包された「グロテスクなものj とは考えられないだろうか.