E.A. Poeの描く女性像
著者 薬師川 麻美
雑誌名 主流
号 44
ページ 62‑78
発行年 1983‑02‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014951
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E . A . P o e の描く女性像
薬 師 川 麻 美
I
1 8 1 2
年一1 8 1 4
年のアメリカの第二次対英戦争はしばしば第二次独立戦争 と呼ばれ,その後に続く20年代, 30年代は,アメリカ人民が最も自信に満 ち,未来を信じた時代だといわれている産業革命は急激に進行し, ハドソン][1とエリー湖を結ぶ20年代中期のエリー運河完成は都市の形成を活 気づけ,電報と鉄道は諸都市を結び,都市ネγ トワークを形成していった.
西部の未開拓地をめざす東部の文明人の移動も, 19世紀初頭のノレイジアナ 購入,第二次対英戦争によるインディアンのミシシッピ川以西への撤退に より急撒に進行した.
1 8 1 7
年に蒸気船の独占が解かれて以来急増した船は,聞かれた新しい地へ新しい定住者を運び続けた.
F. O. Matthiessenは19世紀をアメリカ文学の多くの古典的代表作が産 み出された時代として「アメ担カン・ルネサンス期
f
と呼んでいるが,そ の時代の始まりこそアメリカの都市化,合理化,近代化が急激に進んだ20 年代, 30年代にあたるのである.この小論では,その時代のEdgarAllan Poeの作品を中心に同時代の NathanielHawthorneの作品にも一部触れ ながら急激な近代化の動きに対する文学の反応の一面を検討してみたい.1 8 2 8
年自費出版のFanshaw
で作家活動を始めたナサニエル・ホー ソーンの Young Goodman Brown"は初期の短編ながら彼の代表作と いわれている.1 8 3 5
年に雑誌に投稿されたこの作品は, 近代化の進むた だ中にg 理性でわりきれぬ謎の世界を展開させた. 主人公の Goodman Brownは森にはいり,日頃善男善女と信じていた村人たちが悪魔と接してE. A. Poeの描く女性像 63 い石姿を見てしまう. さらに, フェイス (Faith) という名の妻さえ悪魔 の集会に参加しているのを目撃するばかりか,その動かぬ証拠に彼女のリ ボンを手に入れてしまう. ところが,ふと我に帰ると世の中は以前のまま で,村人たちも妻も元のままの善男善女づらをして普段とかわりない生活 をしている.村人や妻が悪魔と集う姿は一夜の悪夢にすぎなかったのか,
それとも実際彼らが善人の面をつけた悪魔なのか確かめることもできず,
人間不信に陥ったままブラウンは死んでいく.ホーソーンは,ブラウシの 妻を含む村人たちの本性を明かすこともなく,森の中の奇妙な世界の謎を とくことも理屈づけることもせず,ただ村での昼間の善良な世界と夜の森 での悪魔の世界を並べるだけで, どちらが真実だと決定を下すこともしな い.逆に,何の解決もせず,納得のいかないブラウンを見殺しにすること で善と悪,光と影,昼と夜がどちらか単一でではなく,交錯して存在する 世界こそ真実の世界だと言っているのではないのだろうか.後,
1 8 5 0
年に 長編代表作TheS c a r l e t L e t t e r
を著した際,その序文で,小説家が確固 たる現実の拘束から解放され,さまざまなものを描き出せるという現実と 想像の混じりあった「中間地帯J(a neutral territory 勺sを定義づける ことでホーソーンはy
oung Goodman Brown"で見せた世界を解説す る.複数の異なった要素が同時に存在し,そのうちのどれも否定されない 多面性,あいまい性こそが現実には一面しか見えない社会や人間の心の真 実の姿だというのである.ホーソーンは Young Goodman Brown"を 出版することで,昼間の世界に住む作品中の善男善女や,希望に満ちた30
年代の読者の社会を皮肉っぽく,偽善者,偽善社会として扱っているだけ ではない.善良さや希望を頭から否定せぬまま,全く異なった別の世界を 並列させることで,実際には一面だけしか見えない世界,あるいは心の持 つ奥深さと,わりきってはいけない複雑さを見せようとしたのではないだ ろうか.64 E.
A .
Poeの描く女性像E
ホーソーンの Young Goodman Brown "と同年に発表された Edgar Allan Poeの Berenice,"五在orella,"1838年発表の Ligeia,"1841年
の Eleonora"は表題に女の名をかかげたポ}描くところの女性の物語 であるが, この4人の女性には数々の共通点が見られる.先ず美しいこと.
Bereniceは豪華で幻想的な美を備え, Morellaにうり二つという娘の清ら かさは絶品である.Ligeiaの美の表現には FrancisBaconの「絶妙の美」
〈exquisitebeauty 勺についての一節が引用され Eleonoraはきらめ く流れやせせらぎの音など, 自然の美と並べて美しさがたたえられる.
美しさを存分に描写された4人の女は,一定の持が来るとそろって原因 不明の病に倒れ,死亡し,葬られることになる.病気,死亡と相前後し,
4
人の語り手「私」に共通してあらわれる変化は程度の差こそあれ,各々 自分の女ーから離れ始めることである. Berenice," Morella"の 語 り 手 は理由もなく彼女等を嫌悪するようになり, Ligeia," Eleonora"の語り手は,恋人の思い出の地から逃げ出す.
4人の女の最後の共通点は彼女らが埋葬されたあとあらわれる.あばか れた墓の中で生きていたベレニス,娘の姿をとって生き返ったモレラ,夫 の二度目の妻の死後,その体を借りてよみがえったライジア,そして,死 後なお自分の魂が存在していることを男に知らせつづけるエレオノーラ.
葬られた女たちは死んで地中に横たわることに満足できず,そろって生き 返ってくるのである.
女たちの病死をボーの母 Elizabethの病死の思い出と結び、つける説も あるがへ なぜ、ポーは埋葬と復活を 4編にわたってくり返さねばならなか
ったのだろうか.
4
人の女主人公と各々の語り手との関係を検討し,ポー 描くところの女性の物語4編における女性の役割を考察してみよう.Berenice"の語り手は書斎で生まれ,書物の間で暮らし,壮年期に至
E. A. Poeの措く女性像 65 るまで先祖代々うけつがれた錯から外へ出たこともない.授の生活の場は 外の世界から隔離されているのである. 古 --f- ~1官 j J.>
q、I'‑Jρo(.¥"""J 自分の名を明らかにす
るだけで挫ば隠し, 自分の家系の紹介を遭げる.
背景に触れない,
自分の蛙,職業,社会的 地理的のみならず あるいはそれらを持たないことから,
社会的にも伎が外部社会:ふら孤立していたことがわかる. さらに少年時代 を書物の間ですごし, 青年時代を夢想、に費した桔果ラ現実が幻想としてし かうつらず,幻想的な観念だけが現実として把謹されるという精神構造を 持つJこいたり, 自分ば自分の心の中,~住んでいた(“ I, living within my own h己art")5 と自ら告白ずるように?精神的lこも外界から遮断されてい た. このように伎{ょう 地理的9 社会的, にとすべての面で外の世界
と支渉せず, 自分の世界の中でのみ生きていえのである
主!Iorella"の場合も語り手は自分の姓名, 社会的背景を明らか にせず, ただモレラの説く神秘的な書物の世界だけと援して暮らす. モレ ラが死に,娘が生まれてからも一投的世間との交渉は持たぬままに,娘を 外の世界から L た環境で育て{sのである.
最初ばライン河畔の朽ちかけ ライジアの死後(土イングランドの荒れほてた地方の僧院に 人々と交わることなく住んでいる.精神的;こは,形而上学の探究という,
の語り手;土,
氏3 素姓不明の Ligel乱 "
た古い都市l乙
「外部世界の印象をかき消すのに何よりの性質の学問J 〔studies of a natur己 morethan丘11else adapted to deaden impressions of the out‑ ward world" 了Ligei旦,"p. 31OJ) に没頭していた, と自ら語り,外部 世界とのつながりを杏定している. {皮の場合,作品後半において阿片に溺 れるようになり,外部の現実社会とはいっそう疎遠になる.
Eleonora"の語り手は, エレオノーラと控女の母と3人で色とりどり の草の谷( theValley of Many Colored Grass") [こ住み, 谷以外は 何も知らずに暮らしていたという. エレオノーヲの死後この語り手は閉ざ された谷をあとに, いわゆる俗世間に出て暮らすのだが,外の世界である
66 E. A. Poeの描く女性像
にもかかわらずそこでの生活を語る「私」の頭は影におおわれてしまい,
外の世界の喧喋は「頭を当惑させ麻痔させたJ(bewildered and intox‑ icated my brain" [Eleonora," p. 644J) と,外の世界に適応できず孤 立状態を続けていたことを告白している.これらの例からわかるように,
4人の語り手たちは皆,地理的,社会的,精神的に外部から自己を隔離し,
孤立した自分の世界の中だけで暮らしている.では,そのように自己を閉 鎖した男たちに,女たちはどのように関わっていくのだろうか.
語り手の男たちが氏,素姓を明らかにしないのと同様,彼らの恋人ある いは妻である女たちの社会的背景もあいまいなまま放置される.ベレニス は姓を隠す語り手のいとこであるため彼と同様,身元が隠されたままであ る.古い屋敷に住む彼女は,人間としての輪郭が大変ぼやけている.書斎 の語り手はそばに立っているベレニスがいつの間にそこへ来たのか気付く こともなく,彼女が出ていったことは扉の閉まる音によってのみ気付く次 第であるE モレラと語り手の出会い,彼女の背景もまた明確には描かれず,
明らかにされるのは,彼女が外の世界と交際を断ち,これまた外の世界と は何の交渉もない語り手につくしていたという事実だけである.モレラの 娘になると姓どころか名前すらつけられず,世間から全く隔離され,語り 手以外とは誰とも一切接触を持たずに育てられる.ライジアには語り手も 熱烈な愛情を持つのだが,その実,彼女といっ, どこで出会ったのか覚え ておらず,彼女の姓も尋ねたことがない.ライジアもベレニスの場合と同 じく影のイメージを持ち,語り手は声を聞くまでライジアが部屋にはいっ てきたことに気がつかない.エレオノーラは物語の始まりから,決して飽 人のはいってこられない谷に語り手と共に住んでいる.友達同志として閉 鎖された谷の中に
1 5
年間すごし,1 5
年目にして突如互いを異性として強く 意識しあうようになり,心の変化を語りあうと間もなく彼女は死ぬ.板女 がなぜ語り手と一緒に谷にいるのか,いつ閉ざされた谷へ来たのか, どの ように語り手と出会ったのかなどには一切触れられず,語り手の物心がつE. A. Poeの描く女性像 67 いた時には彼女はすでに彼と一緒に存在しているのである.
これらの例からわかるように,相次いで発表された4編の物語の4人の 女たちは,語り手の閉鎖された世界へ外側からはいりこんできたわけでは ない.語り手と女主人公がある日突然劇的な出会いをするわけでもない.
彼女らは語り手の閉ざされた世界の中に何の具和感もなく最初から存在し ているのである.彼女らは女であり語り手は男であるため,同じ閉鎖され た世界に住む二人の強い結び、っきは恋人同志あるいは夫婦として表現され る.しかし実際の男女関係と異なり,この4人の女には人間としての具体 性が与えられていない. 一 方 日eonora をのぞく 3編の語り手は, 白 分の恋人ないしは妻の立場にある女性が自分の愛の対象として存在してい るのではないことをくり返し強調する. Berenice"の語り手は,被女に 対する感情が心 (heart)からきたものでなく頭 (minめ か ら き た も の で あると恋愛感清を否定し,肉体を持った女としてでなく,分析,思索の対 象となるような抽象的な存在として見る.
Morella"の語り手は,彼女に対して燃えた炎はエ戸スの炎ではなか ったこと,彼女に身をゆだねつつも彼女に対して愛も情熱も持たなかった ことを告白する.ライジアの夫は被女を愛していたと言いながらもフ もっ ぱら彼女の目の表情の探究に懸命となり,そこに意志の力についての
J o
・seph Glanvillの思想を読みとる. David Halliburton はライジアに対す る語り手の調査的な姿勢に触れ,彼がライジアについて語る際に用いる tried to detect and to trace," examined" なと、調査用語の数々を指 摘することで,ライジアが調査対象であったことを裏付けている6.ただ一 人,相手の女性を愛していたという Eleonora"の語り手も二人の愛の 日々を,彼女に自分の心の奥を「調べてJ(examined" こEleonora,"
p. 641J) もらい,心の変化について語りあうことですごしている. 愛の 思い出に触れる時,語り手は甘美な気持ちとはほど遠い
r
冴えた理性的 状態J(the condition of a lucid reason" [Eleonora," p. 638J)にな68
E .
A.P O
巴の描く女性像 るのである.4人の女が各々の語り手の閉鎖された世界へ外部からはいってきたので はなく,最初からその世界の内側に存在していたこと,生きた感情を持っ た異性として描かれていないこと,語り手はその女性をよりよく知ろうと することで自分の考えを検討したり哲学的真理を探究したりしていること 一一 これらの事実を考えあわせ, さらに Daniel Hoffman説 く と こ ろ の Ligeia"という名は Idea"と韻をふむという説?を考慮に入れる と,これら
4
編の物語に登場する女性たちは,実は女性ではなし語り手 自身,あるいは語り手自身の持つ観念が人聞の形をとったものだと考えら れる.そのように考えると,ベレニス,エレオノーラと語り手たちが,物 心ついた時から閉鎖された世界の中で一緒に暮らしていた不思議さも,語 り手がモレラに興味を持ちながらもエロスの炎が燃えなかったことも説明 がつく.書斎に座っている語り手たちのもとへ女性があらわれても気配が 感じられないという神秘的な現象も解明される.身分どころか姓も尋ねず に愛していたという同棲生活にしても,相手が自分自身だったため尋ねる 必要がなかったのである.自分自身である相手にいつどこで最初に出会っ たのかと問われても答えられない.自己を意識することのない子供時代,語り手とエレオノーラは仲が良かったとはいえ,特記すべきことは何もし ていない.女たちの戸も特徴的だ.ベレニスは口をきかず,モレラ,ライ ジアは低い芦,ユレオノーラの声は川のせせらぎと比較される.自分自身 に語りかける自分自身の声であるため, どの女の声も決して大き〈はっき
りした声にはならないのである.
4人の女主人公以外の女性について考えてみると Eleonora"中のEr圃 mengarde は先の4人と同じ部類に属している.語り手が彼女に出会うの はいわゆる外の世界だが9 彼は外の世界へ出てきながらもその中にとび込 めず,孤立している.彼が飛びこむのは,どこかはるか遠くの人知れぬ国 から来たということ以外は,氏,素姓不明のアーメンガードの「思い出の
E. A. PO己の描く女性像 69 隈J(memorial eyes" [Eleonora," p.645J)の中なのである.人間とし ての輪郭が不明瞭な点,語り手が眼のとりこになる点,生身の人間である よりむしろ美あるいは愛の化身として描かれている点から考えると,彼女 もまた語り手の持つ観念が形をとったものに他ならない. 一方 Ligeia"
に登場する Rowenaは LadyRowena Travanion, of Tremaineと姓名 も出身地も明らかにされて紹介される.すなわち身元不明の語り手やライ ジアとは種類の異なる人間,外の世界の女なのだ.はたして語り手は彼女 に何の興味も示さず,彼女を調べあげることも真実について語りあうこと もせず,ただ飼い殺しにしてしまう.
ポーの4編の女性の物語に登場する語り手たちは各々女性と暮らしてい ながら,その実,異性には何の興味も持っていない.彼らの心を捕えるの は自分自身であり,自分自身の持つ,いくつかの特別な観念であった.ポ ーはそのような観念を現実的ではない女の姿に託し,語り手と共に住まわ せることで観念の世界の神秘性を演出したのである.観念を念入りに検討 し,人生の真実を知ろうとする語り手の姿勢が,観念の化身である女性に 対する病的に執劫で,正常な恋愛感情を伴わぬ輿味となってあらわれるの だ.では 4人の語り手たちは女性を媒介としてどのような真実をとらえ ようとしたのか, ポーが生前最も気に入っていたという作品 Ligeia"
を中心に考えてみたい.
語り手の研究対象の中心となるのはライジアの眼であり,彼はその限の 中に潜むものを見きわめようと懸命になる8のだが,同時にその眼は真理探 究の導き手ともなっている.彼女がそばにいると哲学的謎に光があてられ,
「彼女の眼の輝く光J(the radiant lustre of her eyes" [Ligeia," p. 316J)を浴びなくなると書物の文字もくすんでしまう.すなわち彼女の存 在と彼女の限は語り手にとって探究すべき謎であると同時に謎を解く鍵で
もあったのだ.
謎を解くための鍵,導き手としてのライジアの投割は,彼女が知識とい
70 E. A. Poeの描く女性像
う観念の化身として扱われていることからわかる.ライジアは博学で知識 は底知れぬものであった.語り手は誤ったことのない彼女を信頼し,彼女 の導くままに身を任せ
r
形而上学探究の混頓とした世界J(the chaotic world of met昌physicalinvestigation" [Ligeia," p. 316J)を歩んでい た.知識のアイデアであると共にライジアは美のアイデアでもあった.彼 女の美しさを言葉に表わそうと語り手は懸命になるが,それは「奇異さ」(strangeness ")を伴なうがゆえの「絶妙J(exquisite 勺の美であり,
そこには地上のものにはない特質ばかりが見られる.言葉に表わせぬ「奇 異さ」は彼女が心をたかぶらせた時に眼の表情となってあらわれるため,
ライジアの美に心を強くとらえられた語り手は一層彼女の眼の探究のとり ことなる.D. H. Lawrenceは,ポーがライジアに望んだことは,彼女を 解剖し,すべてを知ることだった9と言っているが,逆にライジアの立場 から言えば,知識という観念の化身として,語り手の持つ問題一一絶妙の 美とはどのようなものか一一ーを解きあかしてやらねばならない.具体的に いえば,激しく心をたかぶらせた時に隈にあらわれる美の奇異さを最もは っきりと見ぜるため,彼女は死ななければならなくなる.すなわち,死と いう最も心がたかぶる極限状態に自分を置くことで自分の眼の奇異さを見 せ,語り手にその本性をとらえさせようとしたのである.はたして彼女は 死を前に,生命のみを一心に求める熱望の激しさを見せ,末期の際ならで はの最高の愛情を語り手に注ぎ,全能の死をうたう詩10と,逆に,死を克 服する意志の力を説く Glanvi1lの文章11の結びの一節を残して死ぬ.死 の歌と生の言葉とを残してい〈ところからもわかるように,奇異さを伴う 絶妙の美とは,生と死が接する際の美しさだったのである12 生 と 死 の 接 点という人聞の極限状態でこそ,語り手へ注ぐライジアの愛も最高のもの
となったのである.
ライジアはまた,意志の力という観念でもあった.被女の眼を探究して いた語り手は販を見て前出のグラングィノレの言葉を思い出し,その英国モ
E. A. Poeの描く女性像 71 ラリストとライジアの性質に共通点を見出す.彼女の思想や行動,激しさ はすべて「強大な意志の力J(gigantic volition" [Ligeia," p. 315J) の結果なのである, と語り手は読む.意志の力の証しが時折あらわれるl張 を探究しながら,語り手は,生と死に対し意志の力はどれほどの影響を与 えられるかという問題にますます大きな興味をよせ,意志の力の化Jきであ るライジアはグランヴィノレ説くところの,死を克服する意志の力が存在す るという真実を証明しなければならなくなる.
この問題点は Morella"の語り手がとりつかれ忍点でもある.
r
もの を知り,考える自己J (the knowing and thinking s己lf勺13 すなわち3 7イデンティティーが死によって永遠に失われるかどうかという問題点で ある: theprincipium individuationis, the notion of that identity which at death is or is not lost forever, was to me, at all times, a con‑ sideration of intense interest." (MorelIa," p. 231)モレラは一旦死に,自分の娘の体をかりで生き返ることで,語り手である夫に死んでなおアイ デシティティーが存在することを証明してぐれた.最高の美を見せるため に死んだライジアも,次は死を克服する意志の力を証明するために何らか の形でよみ返ってみせなければならない.
死へのいざないと生への執着一一一相反する二つの条件下における相反す る真理の証明,それがライジアの死と復活の目的であった.生きて死を待 ち,死んで復活の日を待つ舞台として, Ligeia"の舞台装置は大道具か ら小道具にいたるまで慎重に構成されている.語り手とライジアの住む閉 鎖された世界は,生活の空間でありながら常に死のイメージを保った空間 でもある.語り手が研究に没頭する様子は buriedin studies" (Lig‑ eia," p. 310) とあらわされ, 彼の研究は外の世界を deaden"(Lig帽 eia," p. 310)していた.外の世界から来た娘ロウィーナを招き入れた新搭 の部屋は, G. R. Thompsonの指摘するように,新婚の部屋というより 葬儀の部屋のように飾られる14 荒れはてた所にある陰気( gIoomy勺 で
72 E. A. Poeの描く女性像、
わひ、しい( dreary勺僧院の新婚の部屋には鉛色の大きなガラス;容が据え られ,外からの光をすべて不気味な色に変える.夫婦の寝台の上には「枢 掛け布のような天蓋J(a pall‑like canopy" [Ligeia," p. 322J)がか かり,部屋のすみずみにはエジプトの墓から運ばれた石棺が置かれている.
加えて,敷物や掛物の奇怪な模様が幻想的な雰囲気をもりあげる.このよ うに語り手の閉ざされた世界では,生と死が互いに接しあえるように,生 きてゆくための場所に死のイメージが豊かに持ちこまれている. David Kettererは, 1"そのようなアラベスク様式の幻想的な部屋に慣れると,本来 の現実が逆に偽りのものとして自にうつるようになってしまうJ(Once the arabesque room is viewed correctly, through haH‑closed eye, the original impression is seen to be a deception. ") 15 と言っている.語り 手が,女性の姿をとっている自分の観念だけを伴侶にして暮らし,生と死 の接点を見せてもらうには理想的な設定である.
ライジアの魂がのり移ったと思われるロウィーナの死に方には謎が残る.
いかにも毒殺されたといわねばかりのくだりは,語り手がワインに毒を盛 ったと暗示しているのだろうか,それともライジアの怨霊が空中から毒の しずくをしたたらせたのだろうか. (本論では,ライジアは語り手自身で あるという前提の上にたっているため,後者の幻想的な解釈には説得力が 欠けてしまうが.)しかし,より一層大きな問題はロウィーナの死後おこる.
死んだロウィーナに血の気が戻る.死体がため息をつく.すすり泣きを始 める.ついに死体は動きだし,起き上がり,歩きだす.生き返った死体.
そして語り手は,よみがえった女がもはや金髪で青い撞のロウィーナでは なく,黒い髪に黒い瞳のライジアであることに気付き,叫び戸をあげる.
知識の化身であるライジアは死んだ後生き返ることで, グランヴィノレ説〈
ところの,意志の力が死を克服するという真理を証明した.知識の化身は 全能だったのだ.しかしその全能さゆえに彼女は自分をぬきさしならぬ立 場に追いこんでしまう.
E. A. Poeの描く女性像 73
S t u d i e s i n C l a s s i c American L i t e r a t u r e
の中でポーの女性観を論じた D. H. L丘wrenceは,人間は,一旦愛するものと一体になる満足感を得る と, 常にその満足感を持ち続けなければ気がすまない16と述べ,ライジア は語り手にセンセーションの極みを得させる道具だった17と言っているが,まさにライジアは語り手自身の持つ観念として,死にゆく過程で美と愛の 最高の姿を見せ,生き返る過程で意志の力の最高の姿を見せ,語り手をセ ンセーションの極みに達せしめた.しかし折角よみがえったライジアは,
もはや以前のように語り手と研究する生活には戻れない.なぜなら,彼女 は観念の化身だったからである.死の前における最高の美と愛の観念であ ったライジアは,その美と愛を示すことのできない普段の生活においては 存在する意味がなく,生き返る際の最高の意志の力の観念であったライジ アは,その力を示すことのできない普段の生活においては存在する意味が なくなってしまう.相反する条件下の相反する真理を証明できた全能さゆ えに,逆にライジアの立場はなくなり,語り手は物語を閉じなければなら なくなる.
ライジアが死によって美と愛の最高値を証明した直後,すなわち第一の 真実を見せられた直後から,語り手は阿片を服用し始め,自分の言動にか かる責任を回避することにつとめだす. ロウィーナを迎えるにあたり,彼 はすでに「阿片に縛られた奴隷J(
L i g e i a
,"p . 3 2 0 )
になっている. ロ ウィーナを憎み,ライジアの霊を呼びつづけていた頃は「常に麻薬のかせ に溺れてJ(L i g e i a
,"p . 3 2 3 )
おり,ライジアの霊がロウィーナにのりう つった時も 「過度の阿片服用に心がたかぶっていたJ( Lig e i a
,"p . 3 2 5 )
から, と真偽のほどをはぐらかす. ロウィーナのワインに空中からノレピ一 色のしずくがしたたりおちたという毒物混入の瞬間もr
ロウィーナの見 せる恐怖と阿片とC
真夜中という]時間の作りだした幻彰J(L i g e i a
,"p .
3 2 5 )
にとりつかれていたと言い, ライジアの復活を無意識のうちに待つ 語り手の前には阿片による幻想、が影のように飛び交う.被は阿片の常用に74 E. A. Poeの描く女性像
よって自らの語り手としての能力をなくし,話の続行を不可能にしたうえ で物語を終えざるをえなくする.おかげで物語は幻想的な雰囲気をたたえ たまま幕を閉じることになる.
Ligeia"以外の3編はどのように展開していくのだろうか. Be‑
renICe の場合,語り手は,生きたまま葬られた恋人の死体から歯を抜き とる.David Halliburtonは I歯は生の記念品であり,同時に死の証拠 であるJ1Sと言っているが,この場合語り手は恋人の歯一一彼はそれらを
「観念J (des idees" [Berenice," p. 216J) と呼んでいる一ーを自分 のものにすることで,ベレニスの生と死,そして彼女を覚えていたいとい う愛情と,忘れたいという憎しみを同時に獲得しようとしたのだといえる.
ただしこの語り手もその時はすでに錯乱状態に陥っており,自分の行為の 説明をすることが不可能になっている. Mor巴lla"の場合,モレラも娘 も死に,母と娘が一体であったことが判明した時点で物語は終わる.個性 は死をこえて娘となって復活したのだが,その娘の死後個性がどうなるの かは語られないままに放置される. Eleonora"では l¥1orella," Li嶋
geia"と同じく,死を超えるものは存在するか, という主題が肯定的に,
かっハッピー・エンディングを伴って描かれる.美の化身であったエレ オノーラの死後,決して他の女は愛さないと誓った語り手は,その舌の根 も乾かぬうちに美しいアーメンガードに一目ぼれしてしまうのだが,エレ オノーラの霊はそれを許してくれるのである.男の身勝手な自己正当化の 言いのがれに思えるこの筋書きは,すべて美の根源は一つであり,それがエ レオノーラとなってあらわれ,次にアーメンガードとなってあらわれたと 考えると納得がいく19 しかしこの物語の場合も語り手は,第二の美の化 身アーメンガード出現時には「疑惑に包まれた状態J (a condition of shadow and doubt" [Eleonora," p. 638J)になり,自分の語りは信用でき ない,と再三弁明を始める.アーメンガードとの出会いを語る時は i自分 の記憶が正気なものかどうか疑わしいJ( 1mistrust the perfect sanity of
E. A.
P o e
の描く女性像 75t h e r e c o r d "
[E l e o n o r a
,"p . 6 4 3 J )
とさえ自ら言うのである.1 9
世紀中期を中心に書かれたポーの一連の女性の物語の語り手たちは,現実から逃避して自分の世界にこもり,窮極的な美,愛,意志の力につい て真実を知ろうとした.しかし真実は彼らの手におえぬものであり,真実 探究のため自己の世界にこもっていた彼らは,今度はそこからも困って撤 退し,狂気の世界へと逃れることで物語をあいまいに,幻想的に終わらせ た.言いかえれば,真実とは,人間の手におえるものではない, というの が4編を通して流れる真実である.知識の化身モレラに身をゆだね,個性 の生と死との関わりについて真実を探っていた語り手は,探究が深まるに つれ恐怖をおぼえるようになり,モレラを避け,憎み始めるようになる.
自分が待ち望んでいた意志の力の証明,すなわちライジアの復活をまのあ たりにした語り手は,最初は当然のこと,あるいはわが意を得たり, とお びえもしなかった(
1t r e m b l e d no
t." [L i g e i a
,"p . 3 2 9 J )
が,いよいよ よみがえった死体がロウィーナではなくライジアの眼を見せた時,たえき れず悲鳴をあげる(s h r i e k e d "
[L i g e i a
,"p . 3 3 0 J ) .
彼は手にあまる真 実におびえたのである.ライジアの導きで人生の謎は証明されたかにみえ た.しかし結局語り手は何の解決にも到達することができなかった.最後 に残ったものは解決の鍵のシンボルでありながら,同時に謎のシンボルで もあるライジアの眼だったのである.1 8 3 0
年代の近代化の中にあって,ポーの一連の女性の物語はそういった 社会的背景を全く反映させていない.インディアンとの関わりもなければ,文明と比較した自然の大切さをうたうわけでもない.
D . H . Lawrence
の 言うように,ただ自己のp s y c h e
の崩壊20にのみこだわっていたとも考え られる.一方ホーソーンの3 0
年代の代表作young Goodman Brown
"に も,発展していく社会状況は何の影響も及ぼしていないかに見える.両者 の作品に共通していえることは,真実を求める主人公がそれをつかみきれ ぬままにおかれる点,つかみきれぬ真実に驚博する点である.解けぬまま76 E. A.
P O
巴の描く女性像の謎が放置される点である.謎の放置は目的化しているとさえ思える.す なわちグヲドマγ・プラウγの森での経験,ポーの主人公たちが自分の持 つ観念の化身である女性とすごした経験をもってしても,なおいっそうわ からぬままの人生の謎を提起することで,これらの物語は簡単には解明で きぬ人生の尊厳さを暗示しているのではないだろうか.のちにアメリカの ゴシッグとも呼ばれるべき不可解さを残したこれらの作品は, 1830年代の 急激な近代化に対して,人生の謎とそれゆえの尊厳さを示す,一つの反応
のしかただったと考えられる.
注
1 The era after the War of 1821 seemed to be one of a self‑con五dent nationalism, occasional1y marred by dissident sectionalism. The American people had never seemed more uni五edor proud of their own achievements and sure of their future." (Frank Freidel and Henry N. Drewry, America:
A Modern Hisωry of the US (Lexington: D. C. Heath and Company, 1970J, p. 176.)
2 F. O. Matthiessen, American Renaissance: Art and Expression in the Age of Emerson and Whitman(New York: Oxford University Press, 1979). 3 Nathaniel Hawthorne, The Scarlet Letter, The Complete Works of Natha‑
niel Hawthorne, Vol. 1, eds. Wi1liam Charvat, Roy Harvey Pearce, and Claude M. Simpson (Columbus: Ohio State University Press, 1965), pp. 35‑36.
4 It may have been, also, in part the memory of his mother which made him see in sickness one of the necessary elements of the highest beauty."
(Joseph Wood Krutch, Edgar Allan Poe: A Study in Genius (New Y ork: Russel1 & Russell, Inc, 1965J, p. 24.)
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itwas because nascent erotic factors had irredeemably crystal1ised round her (Poe's motherJ at a moment when, so to speak, she was adorned with these appanages or sickness and death." (Marie Bonaparte, The Life and Works of Edgar AllaπPoe (London: Imago Publishing Co. Ltd., 1949J, p. 218.)5 Edgar Allan Poe, Berenice," Tales and Sketches, 1831‑1842, ed.
E. A. Poeの描〈女性像 77 Thomas Olive Mabbott, Vol. II of Collected Works of Edgar Allan Poe (Cambridge: The Belknap Press of Harvard University Press), p. 210.こ の小論に用いる Poe作品はすべてこの版による. 本文中の引用には,引用部分 の後に出典を記す.
6 The lady [LigeiaJ dwells in the realm of epistemology, not of sex. She exists to be examined, as the choice of verbs testi五es:saw, perceived, felt, tried to detect and to trace, exam仇ed,looked, regarded, scrutinized, found, peered." (David Halliburton, Edgar Allan Poe: A Phenomenological
View [Princeton, N. J.: Princeton University Press, 1973J, p. 207.) 7 This is the only conceivable feminine name (assuming it to be such)
which rhymes with the Great Key Word, Idea." (Daniel Hoffman, Poe, Poe, Poe, Poe, Poe, Poe, Poe [Garden City: Doubleday & Company, 1972J, p. 247.) 8 The expression of the eyes of Ligeia! How for long hours have 1
pondered upon it!日owhave 1, through the whole of midsummer night, struggled to fathom it!. .. 1 was possessed with a passion to discover."
〈Ligeia,"p. 313.)
9 What he wants to do with Ligeia is to analyse her, til1 he knows all her component par臼, till he has got her all in his consciousness." (D. H.
Lawrence, Studies in Classic American Literature [Harmondsworth: Penguin Books, 1981J, p. 75.)
10 Ligeia"発表後, 1843年 TheConqueror Worm"と題し独立して発表さ れた.虫(うじ虫〉を死の象徴として扱しらすべてを最終的に征服する死のカを
うたっている. Ligeia"中では彼女の作とされている.
11 Ligeia"のエピグラブとして用いられている.
12 死ぬために美しくなるという状況は Eleonora" の中にも描かれている.
She CEleonoraJ had been made perfect in loveliness only to die." (Lig‑ eia," p. 642.)
13
r
ものを知り,ものを考える自己J( theknowing and thinking self勺に寄せ たPoeの関心をEdwardH. Davidsonは, Poe: A Critical Study(Cambridge : The Belknap Press of Harvard University Press, 1957), p. 161で指摘している.
14 For the gothic and arabesque decor of the room suggests not. a bridal but a funeral chamber." (G. R. Thompson, Poe' s Fiction: Romantic 1 rony in the Gothic Tales (Madison, Wis.: The University of Wisconsin Press,
1973J, p. 81.)
78 E. A. Poeの描く女性像
15 David Ketterer, The Ratわnale
0 /
Deception 仇 Poe (Baton Rouge: Loui‑ siana State University Press, 1979), p. 41.16 Yet man has tried the glow of unison, called love, and he likes it. It gives him his highest gratification. He wants it. He wants it all th巴
time." (D. H. Lawrence, op. cit. p. 72.)
17 She never was quite a human creature to him. She was an. instrument from which he got his extremes of sensation." (Ibid.
,
p. 74.)18 The teeth accomp1ish, therefore, a dual aim, serving simultaneously as a memento of 1ife and a proof of death." (David Halliburton, Edgar Allan Poe: A Phenomenological View, p. 203.)
19 エレオノーラを唯一のアイデアと考え,彼女の一部が死に,別の部分が,アー メンガードとなって現われたという説もある. One part of th巴 nature of Eleonora vanished and she reappears as Ermengarde clad in the other part of her nature." (Margaret Alterton and Hardin Craig, Edgar Allan Poe (New York: Mi11 and Wang, Inc斗 p.1iii.)
20 He is absolutely concerned with the disintegration processes of his own psyche." (D. H. Lawrence, 0ρ• cit., p. 70.)