著者 箕浦 政直
雑誌名 同志社政策科学研究
巻 5
ページ 121‑130
発行年 2004‑02‑10
権利 同志社大学大学院総合政策科学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004775
Graduate School of Policy and Management, Doshisha University 121
あらまし
20 世紀最後の年に「人権教育及び人権啓発の 推進に関する法律」が制定された。その附帯決議 の中に「『人権の 21 世紀』を実現する」という一 節を見出すことができる。文字どおり「人権の21 世紀」を実現するためには、人権政策の確立が不 可欠である。しかし、人権政策という言葉はいま だ一般化しておらず、全体像も明確ではない。そ こで、人権政策を真に有効な政策として成立さ せるために必要な要素や条件を明らかにするこ とが重要となる。本稿では、こうした問題意識に 基づき、まず「人権政策」という言葉の用語法に ついて検討を加え、人権政策の認知状況につい て考察する。次に、政策類型化研究の手法を用い て国レベルでの人権政策の整理と分析を行い、
その特質を明らかにする。さらに、人権政策体系 について考察し、体系化にとって不可欠な政策 について若干の指摘を行う。
1.はじめに
過ぎ去った 20 世紀を象徴する言葉のひとつは
「戦争」である。第1次世界大戦、第2次世界大 戦の惨禍は言うに及ばず、その後の冷戦、そして 冷戦後の民族対立・地域紛争はその激しさを増 し、また複雑さを極めている。歴史を振り返り、
かつこうした状況を見るとき、「戦争」の 20 世紀 という言葉は私たちに重くのしかかり、続く今 世紀を 20 世紀以上の殺戮と荒廃の世紀としてイ メージさせてしまう。
では、私たちはどこにも希望を見出すことは できないのだろうか。決してそのようなことは
ない。国際連盟・国際連合の結成、世界人権宣言 をはじめとする平和と人権確立を希求する取り 組みは国際的に営々と続けられてきた。また、イ ンターネットを通じて様々な取り組みを呼びか けること、NPOとして難民支援を行うことなど、
場所や時間、方法を問わず、国境や立場、人種、
民族の違いを超えた様々な活動が続けられてい る。日本においても、第2次世界大戦後、世界人 権規約等の批准にかかわる国内法の改正や部落 問題をはじめとする人権問題解決のための施策 など、さまざまな努力が続けられてきた。
このような時間と空間を越えた平和と人権の 確立を求める取り組みをみるとき、こうした事 実があるからこそ、私たちは今世紀に希望をつ なぐことができる。
おりしも、20 世紀最後の年に「人権教育及び 人権啓発の推進に関する法律」が制定された。そ の附帯決議の中に「『人権の21世紀』を実現する」
という一節を見出すことができる。「戦争の世 紀」といわれる 20 世紀をふり返り、21 世紀を展 望するとき、この言葉は大変象徴的な言葉であ る。附帯決議では、さらにその実現のために、「人 権政策確立の取り組みは、政治の根底・基本に置 くべき課題であり、政府・内閣全体での課題とし て明確にするべきである」とし、「人権政策は、政 治の根底・基本に置くべき重要課題であること にかんがみ、内閣全体でその取り組みに努める こと」と、その推進を政府にもとめている。
しかし、「人権政策は、政治の根底・基本に置 くべき重要課題である」とは述べているものの、
その姿は明確には見えず、具体化となると心も とない限りである。理念ばかりが先行し、内実を 伴わない画餅と帰すことも十分考えられる。人 権政策が具体化され実際に成果を生み出すには
日本における人権政策の特徴に関する一考察
箕 浦 政 直
越えなければならないハードルが多く存在する。
こうした状況を見るとき、人権政策を施策・事 業として具体化し、真に有効な政策として成立 させるために必要な要素や条件を明らかにする ことが重要となる。
そこで、本稿では、まず「人権政策」という言 葉の用語法について検討を加え、人権政策の認 知状況について考察する。次に、政策類型化研究 の手法を用いて国レベルでの人権政策の整理と 分析を行い、その特質を明らかにする。さらに、
人権政策体系について考察し、体系化にとって 不可欠な政策について若干の指摘を行いたい。
2. 「人権政策」の用語法−国会会議録を もとに
人権政策という言葉は、研究者や行政、国会な どの場でどのような意味、内容を持って使用さ れているのだろうか。この点を見ておくことは、
人権政策の整理、分析を行うにあたって有意義 である。さしあたって、ここでは記録が整備され ている国会会議録を例にとって見ていくことに する。
国会会議録検索システムにより、検索可能な 1947 年5月 20 日から 2001 年 12 月 17 日の全期間
(55 年間)で、登録されているデータすべてを対 象に「人権政策」で検索を行った。その結果 36 件がヒットした。
比較のため、「社会政策」「財政政策」「外交政 策」でも検索を行った。この場合は 1997 年1月 20 日から 2001 年 12 月 17 日の最近5年間に限定 して検索を行った。
その結果、「社会政策」231 件、「財政政策」434 件、「外交政策」562 件のヒットがあった。この 結果を比べると、「人権政策」という言葉の使用 頻度の低さが際立っている。「人権政策」という 言葉は、国会において使用頻度は低く、関心の程 度もそれほど高くないことが分かる。
該当した 36 件について、その発言内容から人 権政策概念の変遷をたどってみると、大きくつ ぎの4期に分けられた。
第1期は1970年代後半の時期である。初出は、
1977年3月15日の第80回衆議院予算委員会第二 分科会である。この時期では、人権政策は、外交
問題のなかで「人権抑圧政策」に対する「人権外 交」に関して用いられ、人道主義の外交政策とほ ぼ同義であった。他国の人権抑圧に対する日本 政府の対応として人権政策は捉えられていた。
この時期の人権政策は、日本国内の人権侵害や 差別問題に対する政策を指すものではなかった。
第2期は 1980 年代である。インドシナ難民の 到来や国際化の進展の中で外国人労働者問題が 浮上し、これらの問題に国際人権基準を適用し て解決を図るための政策として人権政策が捉え られた。やはりこの時期においても、問題は海外 からもたらされたものという認識が強く、日本 国内の他の人権問題と関連させて人権政策を捉 えることはなかった。
第3期は 1990 年代である。第1、2期を経て、
ようやく国内の具体的な人権問題を解決するた めの政策という意味で人権政策が捉えられるよ うになった。それまで個別に取り組まれていた
「アイヌ、女性、部落差別、外国人、在日韓国朝 鮮籍者、障害者、被爆者、沖縄出身者等」を、人 権政策の対象となる人権問題として総合的に捉 える必要があることを認識した時期である。そ の解決にあたっては、国際人権基準を適用し、国 連の機関等との連携を念頭に置きながら取り組 むことの重要性も認識された。
第4期は 1999 年以降現在に至る時期である。
この時期は、中央省庁再編の論議のなかで、人権 政策を総合的に推し進める部局の設置が求めら れることとなった。個別の人権問題に対応する ための法律の整備等がすすむなか、「政治の根 底・基本に置くべき課題」として人権政策を確認 し、その確立のために総合的な推進と企画調整 のための部局を設置することが求められる状況 となっている。
このように国会会議録を見るだけでも、人権 政策という言葉の指す中身は、時代背景や取り 上げられた課題、論者の視点などによって多様 であることがわかる。
これは、「人権」という概念そのものが多義的 であり、個別具体的な人権問題への関心と「基本 的人権の尊重」というような抽象度の高い概念 との関係を含んでいるためである。また、社会政 策、環境政策などの既存の政策との関係が曖昧 であることも関係している。そのため、大多数の 人々が共有する人権政策の明確な定義が存在し
日本における人権政策の特徴に関する一考察 123
1 山口二郎「政策の類型」(西尾 勝・村松岐夫編集『講座行政学第5巻 業務の執行と管理』、有斐閣、1994 年)3ページ
2 同書、1− 32 ページ
ているわけでもない。このため、同じ人権政策と いう言葉を使って論議したとしても、同じ土俵 にたてないため、すれ違った論議となり、生産的 な議論ができない場合がある。また、人権政策を ひとつの政策体系として捉えることも困難と なっている。
3.政策の類型化−山口の政策分類
山口は、「行政学にとっての政策研究の課題 は、実体的内容を改善する点にあるのではなく、さまざまな領域の政策の立案や実施に共通した 問題や弊害を明らかにする点にある」1として、
政策の類型化を試みている。この試みは、人権政 策体系の特徴とそのあり方に関心を持つ筆者に とって問題関心が重なり、有意義な分析視角を 提供してくれている。また、前節で指摘した人権 政策の認知状況に新たな整理の視点を与えてく れると考える。以下、その枠組みを山口の論に 従って記述する。2
3.1 分野別政策分類
政策の作られる過程や政策の効果を分析しよ うとする場合、論者の間で有益な議論をするた めには茫漠とした政策という言葉の中身をある 程度限定する必要がある。
もっとも素朴な限定の仕方は、農業政策や教 育政策というように、政策の目的、政策の対象、
あるいは担当する行政機構の分業の仕方に応じ て分類する方法である。これは、分野別政策分類 といわれている。教育政策は文部省、福祉政策は 厚生労働省、外交政策は外務省というように行 政機構と対応しており、見えやすく分かりやす い。
しかし、このような分類は明快ではあるが、政 策にラベルを貼っていく作業にとどまり、政策 に単に名前を与えて孤立させるだけであり、そ れぞれの政策の特徴や異同を比較するには役立 たない。政策相互の関係を明らかにするととも に政策の体系を全体的に把握することが必要と
なる。
3.2 政策の階層構造
やや見方を変えて、政策の体系を大づかみに 見た場合、政策の集合は、しばしばピラミッド型 の階層構造として表される。頂上に公共の福祉 というあらゆる政策の奉仕する究極の価値があ り、公共の福祉を実現するために各領域でさま ざまな政策が作られる。それぞれの領域では、基 本的な理念を提示した政策から個別具体的な政 策にいたるまでいろいろなレベルの政策がある。
つまり、目的手段の連鎖関係が幾重にも連なっ て政策の体系が構成されているのである。
政策の分類という作業を考えるにあたっては、
政策の集合を機能別に分化したイメージと多く の層からなるというイメージ、やや比喩的に言 えば、こうした政策の集合のヨコの広がりとタ テの多層性を理解することが前提となる。
3.3 山口の政策分類
山口は、政策決定過程における政治家と官僚 制の関係というロウィやソールズベリと同様の 関心から出発して、日本の事例の整理のために 政策類型化を試みた。その基準となるのは、安定
−適応、統合−個別化という2つの軸である。こ の図式の前提には、政策の集合は1つの大きな システムを構成し、それぞれの部分システムは お互いに関係を持ちながら1つの完結的な体系 を形づくるというイメージが存在する。
3.3.1 安定−適応の軸
安定−適応の軸とは、政策が即時的あるいは 場当たり的に問題解決を指向するものか、長期 的な展望のもとで政府の行動の予測可能性を確 保するためのものかという違いを計るものであ る。時空を越えて政府の行動の予測可能性や方 向性を示す政策を安定志向的政策と呼ぶ。これ
に対して、制度の継続性や安定性よりも具体的 な問題について直ちに解決したり、当事者の満 足を得ることをめざすような政策を適応志向的 なものとよぶ。
安定−適応の軸を政策体系に当てはめること によって3つのタイプの政策が区別される。
第1は、概念提示レベルの政策、第2は、基本 設計レベルの政策、第3は、実施設計レベルの政 策である。
第1の概念提示的政策とは、選挙や政党間競 争のような政治過程において通常いわれる政策 に相当する。この型の政策は、政策システムを取 り巻く社会環境の変化を巨視的に捉えて、政策 体系の変化を促すという意味で安定志向的なも のである。
第2の基本設計レベルの政策とは、国土計画 や経済計画のように、中・長期的な時間の幅の中 で政策体系の枠組みやあるべき姿を規定するも のである。このレベルの政策は、概念を現実化・
制度化することによってより具体的な政策に とっての準拠枠組みとなるという特徴をもって いる。その意味でこのレベルの政策は安定志向 的なものである。
第3は、実施設計レベルの政策である。このレ ベルの政策は明確な顧客集団を持ち、これに対 する財・サービスの給付や行動の規制を行う政策 である。このタイプの政策は社会における具体 的な問題解決や顧客集団の満足を志向するとこ ろに特徴がある。その意味でこの政策は適応志 向的である。
3.3.2 統合−個別化の軸
統合−個別化の軸とは、政策が個別の問題解 決を志向するものか、政策体系全体の整合性を 保つために個別の政策を束ねるものかという違 いを計るものである。政府が政策の実施のため に使うことのできる資源には一定の限界がある。
したがって、政策の体系が存続するためには一 定の資源の配分について企画・調整をする作業 が必要となる。こうした全体的な調整と政策体 系のデザインを行うのが統合的政策である。こ れに対して、専門分化して特定の領域の問題を もっぱら取り扱うのが個別化政策である。
統合政策はさらに構造的政策と総合機能的政 策の2つに分けられる。構造的政策とは政策の 立案・実施に関して手続的な側面から統合の作 用を発揮するような政策である。統治機構の構 成や政策決定・実施の手順について規定したも のということもできる。これに対して総合機能 的政策とは、実体的な資源配分に関して統合作 用を発揮するような政策である。
個別化の方向にあるのが個別機能的政策であ る。これは農業政策や交通政策など特定の顧客 集団や社会活動の保護、育成、規制などを行うも のである。
3.3.3 政策類型のマトリックス
この2つの軸を組み合わせることによって、
図表1 政策の諸類型
(出典 山口二郎『政策の類型』<西尾 勝・村松岐夫編集『講座行政学第5巻』有斐閣、1994 年> 18 項)
日本における人権政策の特徴に関する一考察 125
合計9通りの政策類型が浮かび上がってくる。
表はそれぞれの代表的な例をあげたものである。
構造的政策、統合的政策、個別機能的政策のそ れぞれにさまざまな概念が作られ、計画、具体的 な実施設計という連鎖が存在する。また、実際の 政策形成には、このような抽象的な理念から基 本設計、実施設計という流れとともに、総論から 各論への流れが存在している。
4.国の人権政策の類型化とその特徴 4.1 国の人権政策の類型化
以上、山口の政策分類について見てきたが、次
に、山口の提示した2つの軸を用いて人権政策 の類型化を行い、国の人権政策の整理を試みる ことにする。本稿では,人権に関する政策のうち
「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」等 で取り上げられている問題に関係するものを中 心に表にマッピングした。その結果は次のとお りである。
「男女共同参画社会基本法」「男女共同参画ビ ジョン」「男女共同参画社会基本計画」は、個別 化政策中の基本設計レベルに分類した。その理 由はつぎのようなことである。「基本計画」をみ ると、確かにつぎのような男女共同参画に関わ る総合的な政策機能を備えており、統合的政策 に分類することも可能といえる。
1 政策・方針決定過程への女性の参画の
統合的政策 個別化政策
構造 総合機能 個別機能
概 念 提 示
人権の 21 世紀 人権外交
(人権大国)
男女共同参画社会 ジェンダーフリー バリアフリー インクルージョン ノーマライゼーション 基
本 設 計
人権教育のための国連 10 年国内行動計画 男女共同参画社会基本法
男女共同参画ビジョン 男女共同参画基本計画 障害者基本法
障害者対策に関する新長期計画 ノーマライゼーション7か年戦略 高齢社会対策基本法
新・高齢者保健福祉推進十か年戦略 実
施 設 計
(国内人権機関)
(人権救済機関)
(人権擁護法)
<同和対策事業特別措置法>
人権擁護施策推進法
アイヌ文化の振興並びアイヌの伝統等に関する知 識の普及及び啓発に関する法律
人権教育啓発推進法
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関す る法律
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の 確保に関する法律
児童虐待の防止に関する法律 障害者の雇用の促進等に関する法律 交通バリアフリー法
らい予防法の廃止に関する法律
ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給 等に関する法律
人種差別撤廃条約
拷問及び他の残虐な非人道的な又は品位を傷つけ る取り扱い又は刑罰に関する条約
( )まだ成立していないか、あるいは設置されていないもの、一般化していないもの
< >すでに失効したもの
図表2 人権政策の類型化
3 「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」においても同趣旨の附帯決議がなされている。
拡大、2 男女共同参画の視点に立った社 会制度・慣行の見直し、意識の改革、3 雇 用等の分野における男女の均等な機会と待 遇の確保、4 農山漁村における男女共同 参画の確立、5 男女の職業生活と家庭・地 域生活の両立の支援、6 高齢者等が安心 して暮らせる条件の整備、7 女性に対す るあらゆる暴力の根絶、8 生涯を通じた 女性の健康支援、9 メディアにおける女 性の人権の尊重、10 男女共同参画を推進 し多様な選択を可能にする教育・学習の充 実、11 地球社会の「平等・開発・平和」へ の貢献
しかし、これはあくまで男女共同参画の視点 から見た場合であり、人権政策における統合的 政策としてみた場合、他の人権問題をも統合す る機能を持っているとは言えないからである。
「人権大国」は、「経済大国」となった日本にお ける人権政策の貧困さを指摘し、人権に関する より積極的な政策展開を求める主張の中で生ま れてきた概念である。日本のあるべき姿を象徴 的に示す概念として統合的政策に類型化できる が、政府が採用した概念とはなっていない。
「人権擁護法案」は、人権侵害の予防、救済、人 権教育・啓発の実効的な措置を講じ、人権の擁護 に関する施策を総合的に推進することを目的と し、その実施機関として「国内人権機関」「人権 救済機関」を想定している。それゆえこれも統合 的且つ実施設計レベルの政策として類型化でき る。しかし、まだ成立をみていない。
「人権の 21 世紀」は、「内閣法の一部を改正す る法律案等中央省庁等改革関連一七法」の附帯 決議3の中に見られる概念である。附帯決議では
「『人権の 21 世紀』実現に向けて、日本における 人権政策確立の取り組みは、政治の根底・基本に おくべき課題であり、政府・内閣全体での課題と して明確にすべきであること。」と述べている。
政府・内閣の課題として人権政策を位置づけ、人 権政策のめざす「あるべき 21 世紀の姿」を示し ているといえる。その意味で概念提示的政策で ある。
また、「人権外交」は、人権に関わる外交問題 が生起したときに政府の姿勢を示す概念として 使用されることがある。当該の事件などを解決
する手段、方法を統合し、基本姿勢を示す役割を 持たせた概念である。このような点からみて「人 権の 21 世紀」「人権外交」は統合的かつ概念提示 レベルの政策として類型化できる。
4.2 政策類型からみた人権政策の特徴
次に、図表2をもとに人権政策の特徴を考察 する。統合−個別化の軸
統合−個別化の軸で見ると、一見して個別化 政策に集中していることがわかる。実施設計レ ベルの政策が多いのは当然として、概念提示レ ベル、基本設計レベルの政策もいくつか存在し ている。
個別化政策に類型化されるもののなかには、
「概念提示レベル⇔基本設計レベル⇔実施設計レ ベル」という一連の政策群が存在しているもの もある。
(例1)男女共同参画社会・ジェンダーフリー
⇔男女共同参画基本法・男女共同参画 ビジョン⇔配偶者からの暴力の防止及 び被害者の保護に関する法律・雇用の 分野における男女の均等な機会及び待 遇の確保に関する法律
(例2)バリアフリー・ノーマライゼーション
⇔障害者基本法・障害者対策に関する 新長期計画⇔障害者の雇用の促進等に 関する法律・交通バリアフリー法
「人権大国」「人権擁護法」「国内人権機関」「人 権救済機関」は政府が採用した政策とはなって おらず、「人権の 21 世紀」「人権外交」以外には 統合的政策として類型化できる人権政策はみあ たらない。また、人権政策の全体的な調整と政策 体系のデザインを行い、中・長期的な時間の幅の なかで政策体系の枠組みやあるべき姿を規定す る基本設計レベルの政策も存在しない。
安定−適応の軸
安定−適応の軸で見ると、統合的政策の不十 分さが見て取れる。
実施設計レベルには「国内人権機関」「人権救
日本における人権政策の特徴に関する一考察 127
4 山口、前掲書、31 − 32 ページ。山口は政策類型とその決定過程における政治家−官僚制の関係との連関について考察し、政治家・
官僚制の関係やそれぞれの行動様式の型として、①オピニオン・ポリティクス、②テクノクラシー、③多元的相互調節の3つを
済機関」「人権擁護法」などを分類しているが、こ れらについては国会、マスコミ等で論議されて いるものの、いまだ法として成立しておらず確 定したものとはなっていない。
概念提示レベルに類型化される「人権の 21 世 紀」という概念は、法の附帯決議のなかに見られ るだけである。法律の条文の中で明記されたも のではなく、政府の公式見解として表明された ものでもない。また、行政組織の中に担当部局が 設置されているわけでもない。法律、公式見解、
担当部局の3つが存在する「男女共同参画社会」
という概念に比べ、その根拠は脆弱である。それ ゆえ、政府の行う様々な政策のなかで基本的に 何を優先させるか、どの部門に重点をおくかを 表現する概念提示レベルにあって、この「人権の 21 世紀」という政策の地位は大変不安定なもの となっている。社会環境の変化を巨視的に捉え て、政策体系全体の変化を促すという働きをも つこのレベルの政策として確立されたものと なっていない。
「人権外交」も具体的な政策を伴ったものでは ない。これは、基本設計レベル、実施設計レベル の政策に「人権外交」に関連する政策がないこと を見ても分かる。
基本設計レベルに至っては、統合的政策に類 型化される政策が一つも存在していないのが現 状である。
政策体系
人権政策体系としてみると、山口のいう「抽象 的な理念から基本設計、実施設計という流れと ともに、総論から各論への流れが存在する」の は、女性問題、障害者問題など一部の人権問題に ついてだけである。ただし、これらの場合も個別 化政策の枠内でのことである。人権政策の多く は実施設計レベルの個別化政策として存在して いる。
統合的政策では、不安定ながら概念提示レベ ルの政策は存在するが、基本設計レベル、実施設 計レベルの人権政策が存在していない。個別の 人権問題についての政策を、手続き的な側面と 実態的な資源配分に関して統合する政策が存在 していないということになる。
5.人権政策の体系化
ア)体系化に不可欠な政策とは
山口の政策類型をもとに人権政策の現状を見 たが、人権政策により明確な像を与え、体系化を はかる上で今必要とされるのは、個別化政策と しての人権政策をふまえた、総合的政策として の人権政策の提示であろう。この政策は、中・長 期的な視野のもと、個別の人権政策を統合し、人 権政策体系の枠組みやあるべき姿を規定するこ とによって、個別の人権政策の準拠枠組みを提 示するはたらきを期待されている。
このレベルの政策を策定するには、人権政策 概念の確定と方向付けの営みがある一定の方向 に収束している必要がある。また、個別化政策に おいて、概念提示レベルから、基本設計、実施設 計レベルの政策が体系的に整備されていること が望ましい。
しかし、現状ではそのどちらも不十分と言わ ざるを得ない。現実には、このような条件が完璧 に揃うことは不可能である。条件が整うことを 待っていては体系化は不可能である。むしろ、そ うした条件を整え、より効果的に人権政策を推 進するために基本設計レベルの政策を必要とし ているとも言える。
実際には、図表1にあるような経済計画、財政 計画、国土計画に匹敵する「人権確立計画」「人 権保障体系整備計画」的な計画が策定される必 要があるが、概念提示レベルの政策(例えば「人 権大国」)を具体化する方向ではなく、個別の政 策を統合する働きを重視した政策を策定する方 がより現実的であると考える。
なぜなら、すでに見たとおり、人権政策は、個 別の人権問題に対処する営みの累積の歴史とい う側面が強いからである。逆にいえば、人権政策 においては、概念提示レベルでは人権の重要性 に異議を唱えることが不可能であるため総論賛 成となり、かえって深まりのある概念が提示し にくいという面があるからである。実態的にも 構造・統合機能を発揮する概念提示レベルの政 策が存在しないことは先に見たとおりである。
ところが、実施設計レベルでは山口のいう多元 的相互調節4の営みが個別の人権問題についてこ
れまで続けられてきたのである。そのため、基本 設計レベルの政策を策定することを通して、概 念提示レベルの政策のよりいっそうの明確化を 図る方向を選択するほうがより現実的であると いえる。
ただし、このレベルの政策は定期的な選挙に よって束縛される政治家よりも身分の安定した 官僚制のほうがその策定には適している。官僚 制主導で長期的な視野のもとに専門的な知識が 発揮され、計画が策定される必要があるが、その ためには概念提示レベルで一定の方向性が示さ れており、政治的な支持も安定的に存在するこ とが前提となるというジレンマがある。
鶏が先か卵が先かという議論に陥る危険性が あるが、人権政策の歴史性や現状から判断して、
個別の人権政策を統合する働きを重視したボト ムアップ的な政策形成をするほうがそうした危 険を回避できる可能性が高いと判断する。
イ)基本設計レベルの人権政策とは
本稿では、人権政策の現状分析に重点を置い たため、あえて人権政策を定義することはおこ なわなかったが、今後人権政策の体系化を図る うえで、基本設計レベルの政策のガイドライン を示すことは有意義なことであると考える。以 下この点について論を進めたい。
まず、政策課題の視点から「人権政策」を検討 する。従来は、当事者団体等の要求を受けたり、
マスコミなどによる課題の顕在化を受ける形で
個々の人権問題に対応するものとして策定され ることが多かった(認識型問題)。これは、実際 に解決しなければならない課題を提起されるこ とで政策課題となるという意味で「受動的政策 課題」とも言える。人権政策の多くが、個別化政 策の実施設計レベルに類型化されるのはこのた めである。ようやく男女共同参画社会基本法、障 害者基本法のような基本設計レベルの政策も登 場するようになった。しかし、個別化政策におけ る概念提示レベルの政策がはっきりとした姿を 見せているわけではない。このことは前述した とおりである。
認識型問題は常に政策形成のベースになるこ とであるが、「人権」の持つ普遍的性格から要求 されることとして、個々の人権問題間の関連や 影響を常に考慮し、単に一課題に対応するだけ でなく、総合的に把握し取り組むことが重要視 されるようになってきた。つまり「探索型問題」
として捉え「能動的政策形成」を行うことが重要 となる。これは、従来の人権侵害による被害から の「救済、補償重視型」から、「救済、補償を含 む創造型」への移行とも言える。こうした移行 は、概念提示レベル・基本設計レベルの政策が担 当する部分である。しかし、現実には統合的政策 に類型化される政策がほとんど見られない。
こうした点をふまえ、基本設計レベルの人権 政策に盛り込むべき内容にはつぎの6点が考え られる。
盛り込むべき内容
(ア) 統合的かつ概念提示的政策を志向する内容
代表的なものとして挙げている。①オピニオン・ポリティクスとは、政策を方向付ける概念をめぐって指導的な政治家やマスメ ディアが選挙、議会、世論などをとおして競争する営み、②テクノクラシーとは官僚制主導で長期的な視野のもとで専門的な知 識が発揮され、計画が策定される営み、③多元的相互調節とは社会に大きな影響を及ぼす政策について、この政策に利害関係を 有するさまざまなアクターが参加して形成、実施する営みであるとしている。
図表3 認識型問題と探索型問題
(出典 真山達志『政策形成の本質』成文堂、2001 年、110 項)
日本における人権政策の特徴に関する一考察 129
5 森田朗『許認可行政と官僚制』岩波書店、1988 年、20 ページ
6 西尾勝「政策と管理」(西尾 勝・村松岐夫編集『講座行政学第4巻 政策と管理』、1995 年)、42 ページ
7 脚注4参照。
8 真山達志『政策形成の本質』成文堂、2001 年、42 ページ
9「社会問題に対応し、国民生活の安定や向上をめざした政策を社会政策と呼ぶ。」小田兼三ほか編集『現代福祉学レキシコン』雄山 閣出版、1998 年、43 ページ
10「障害者基本法」第2〜3条、「男女共同参画社会基本法」第3条、「国連 ウィーン宣言及び行動計画」、「人種差別撤廃条約」第 1条、「女子差別撤廃条約」第1条、「人権擁護法(案)」第1〜2条を参考にした。
(イ) 人権尊重精神の普及、高揚
(ウ) 人権侵害、差別およびこれらを宣伝、扇動 することの禁止
(エ) 人権侵害の予防、補償、救済 (オ) 個別の人権問題の包括的対策 (カ) 基本計画の策定
次に、総合的かつ基本設計レベルの人権政策 の定義を試みたい。
政策という言葉の定義としてもっとも広義の ものとしては、「政府の行うこと」とか「政府の 行動の案」5というものがある。しかし、この定 義は、あまりに漠然としているため「人権政策」
を定義するうえでは用いることはできない。
「既存の施策・業務の拡充・修正・転換の要 否が論議され、あるいは新規の施策を付加す ることの要否が論議されているような際に、
これらの当面の政策課題に対して政府がその 対処方針を表示したものを政策と呼び、これ 以外の既定の諸々の活動案は施策・業務と呼 ぶほうが、より実際的な用語法であろう。」6 という定義もある。この定義ではどのレベルの 政策について述べているのか定かでない。強い ていえばオピニオン・ポリティクス7の過程につ いて述べていると言える。しかし、ここでは「基 本設計レベル」の政策を論じており、政策類型と 政策過程の関係について述べているわけではな いので、この定義も当てはまらない。
政策の体系に着目した定義としては
「政府や自治体によって採用される、問題解 決のための基本方針とその方針に沿って採用 される解決手段の体系」8
がある。この定義に従って人権政策を定義する と、
「人権政策とは、政府や自治体によって採用 される、人権問題の解決のための基本方針と その方針に沿って採用される解決手段の体系」
となる。この定義も包括的な人権政策の一般的 な定義とはなっても、基本設計レベルの人権政 策を定義することにはならない。
「現代福祉学レキシコン」の「社会政策」の記 述9を参考に定義すると、
「人権政策とは、人権問題に対応し、人権尊 重精神の普及・高揚及び人権侵害の予防・救済 ならびに人権の実現にとっての障害を取り除 くことをめざした政策。」
となる。
しかし、これでは、「(ア) 統合的かつ概念提示 的政策を志向する内容」が不十分である。この点 を明確に打ち出し、探索型問題に対応すること を重視してつぎのような定義を提案したい。
「人権政策とは、何人の人権も尊重される社 会の確立のため、人権問題の解決をはかると ともに人権尊重精神の普及、高揚ならびに人 権侵害の予防、救済、補償および人権の実現に とっての障害を取り除く政策。」
ここで言う人権問題とは、「人種、民族、信条、
性、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向、
受刑に基づく差別、排除、制限または優先であっ て、個人または集団が政治的、経済的、社会的、
文化的に基本的人権を侵害されていること」10と する。
このような定義を反映した政策が策定される ことによって、人権政策の体系化が進み、より明 確な人権政策像が示せると考える。
6.おわりに
本稿では国レベルでの人権政策について検討 を加え、総合的政策としての基本設計レベルの 人権政策について定義を試みたが、最後に今後 の問題関心を示してまとめにかえたい。
1つは地方自治体における人権政策の現状分 析である。いうまでもなく人権政策は国レベル だけで実施されているわけではない。各地方自 治体においても地域の実情を反映して様々な政
策が実施されている。その有り様と国の政策と の関連を人権政策の体系化の視点で整理するこ とが必要であると考える。
2つ目は人権問題の持つ特性に由来する人権 政策の特徴についてである。女性、こども、障害 者、外国人等の個別の人権問題に特有の課題と 共通の課題の弁別、さらに他の政策との関係を 明らかにする必要があると考える。その際、「問 題の把握」「政策目標の設定」「政策の対象」「政 策実施のための資源」「政策評価」といった政策 過程モデルに沿った視点からの分析が考えられ る。
3つ目は政策実施上での人権政策の特徴につ いてである。今日、政策は国、地方自治体だけで 実施できるものではない。営利、非営利を含む 様々な組織との協働なくして有効な政策実施は 不可能である。人権政策とてその例に漏れるも のではない。こうした点をふまえて政策実施研 究の成果をふまえた検討が不可欠である。
これらの視点から人権政策と他の政策との異 同を明らかにすることによって、人権政策推進 の一助となると考える。
参考文献
1. 赤岡 功・筒井清子・長坂 寛・山岡煕子・渡辺 峻『シ リーズ<女・あすに生きる> 15 男女共同参画と女 性労働』ミネルヴァ書房、2000 年
2. 今村都南雄『行政の理法』山嶺書房、1988 年 3. 今村都南雄・武藤博己・真山達志・武智秀之『ホーンブッ
ク行政学』北樹出版、1996 年
4. 宇都宮深志・新川達郎『「現代の政治学」シリーズ③ 行 政と執行の理論』東海大学出版会、1991 年 5. 大谷實・太田進一・真山達志編『総合政策科学入門』有
斐閣,1997 年
6. 小田兼三ほか編集『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版、
1998 年
7. 金子郁容ほか著『ボランタリー経済の誕生 自発する経 済とコミュニティ』実業之日本社、1998 年 8. 佐々木信夫編著『分権時代の自治体職員② 政策開発−
調査・立案・調整の能力』ぎょうせい、1999 年 9. 白石正明・中島智枝子・灘本昌久編『生涯学習・人権教
育基本資料集』阿吽社、1997 年
10. 住吉良人編『現代国際社会と人権の諸相 宮崎繁樹先生 古希記念』成文堂、1996 年
11. 高見勝利編『人権論の新展開』北海道大学図書刊行会、
1999 年
12. 武智秀之『行政過程の制度分析 戦後日本における福祉 政策の展開』中央大学出版部、1996 年
13. 田畑茂二郎ほか編集『国際人権条約・宣言集』東信堂、
1990 年
14. 土穴文人『社会政策制度史論―立法史的展開と政策体系 の分析―』啓文社、1990 年
15. 友永健三『人権の 21 世紀へ 部落解放運動の挑戦』解 放出版社、1998 年
16. 西尾 勝『行政学の基礎概念』東京大学出版会、1990年 17. 西尾 勝・村松岐夫編集『講座行政学第4巻 政策と管
理』、1995 年
18. 西尾 勝・村松岐夫編集『講座行政学第5巻 業務の執 行と管理』有斐閣、1994 年
19. 部落解放・人権研究所編集『部落解放・人権年鑑―2000 年度版―』解放出版社、2001 年
20. 真山達志『政策形成の本質』成文堂、2001 年 21. 宮川公男『政策科学入門』東洋経済新報社、1995 年 22. 山谷清志『政策評価の理論とその展開―政府のアカウン
タビリティー―』晃洋書房、1997 年