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ミーク著「労働価値説の研究」

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ミーク著「労働価値説の研究」

著者 尾形 憲

出版者 法政大学経済学部学会

雑誌名 経済志林

巻 25

号 2

ページ 75‑94

発行年 1957‑04‑10

URL http://doi.org/10.15002/00008280

(2)

まえがき

マルクス経濟學が一個の科學として成立しうるための墾本的な艤件l少くともその一つl砿、それが麟密な論理の一貫性をもって資本主義の種為の段階における經濟諸現象を解明しうるものでなければならぬ、というが準のこし」である。就中個値法則はその全艘系のいわば要ともいうべきものであり、これが資本主義の諸段階を通じてI終局縞腫は需鬮主擁の現段階に籍いてIそれぞれどのような形で、或は又どのようにして、自らを貫徹せしめてゆくかという問題は、このような一意味でいえば、その剛明の成否によってマルクス經濟學の科學としての安富性が左右される根本的な問題であるといえよう。然るにこの問題についての展開は、從來不思議にも十分、ハミーク箸「労働価値説の研究」(尾形) 弓、、00〃ン

箸「努働慣値説の研究」

-スウェースィヴな形でなされることが少かつたように思われる。その原因はいろいろ考えられるが、それはともあれ、その蝋少いこころみの中の一つlその成否減暫くおきIとして、職臓ここに「欝働慣値鏡の墓肉・目匡㈲。旨のの府禽の冒昌の⑭冒昏の属官日ヨヶの。go[ぐ巳巨のご・閂ら且。P畠留を紹介したいと思う。本書は著者ミークがその序文において自ら語っているように,もともと彼とジョーン・ロピンソン女史との間に行われた論争の所産であって、彼がこの書において目的とする所は大髄次の二鮎である。即ちその第一は、マルクス経濟學と所謂近代經濟學との間に、相互の理解のための「かけ橋を提供」することであり、このために歴史的な護展の跡づけ、或は「生成的接近:一を通じて、マルクス経濟學の核心をなす帯働便値説の一般的性格とそ七五

尾形 憲

(3)

の使命とが明らかにされねばならない。第二には諺これと關連するが更に重要な目的として、マルクスの生きていた時代とは甚だしく様相を異にしている資本主義の現段階における静働個値説の意瀧を明らかにすることである。この後の鮎についてミークは言う。「凋占資本主義は……依然として資本主義であり、マルクスの經濟學的分析の基礎的諸範畷を手がかりとして

こそ、以前の情勢はいうまでもなく、新たな情勢も之を

正しく理解することが出来るのである、とマルクス主義者たちは主張する。だが私たちは、これらの基礎的諸範瑠を新たな情勢に再適用するという仕事を賓際自ら行って、丁度マルクスが彼の時代の段階について誰しも納得しうるようにやったと同じく、私たちも現段階における資本主義の運動の諸法則を柚き出すということをしなかったなら、私たちの理論が正しいのだと言って他を説得することは望むべくもないであろう。而もこの仕事の重要性は容易に認識されなかったのであるが、それは疑もなく、燭占資本主義の期間がどれだけ綴きうるかということについて、私たちがともすれば除りにも樂槻的でありすぎたというのが、大きな理由であると考えられる。」木曾がどのようにして、又どの程度までに、かような 第一環においては、まずアクィナスを代表者とする所謂キャノーーストたちの、生産費Ⅱ公正便格とする倫理的な観鮎よりの「償値問題への接近」から説き起され、ついで内外簡業の護展に伸なう「慣習的償格」(鳶・・目のロ, 七六

要請に懸えているか、私は以下その内容を次のようなその榊成仁従って紹介しよう。第一一章アダム・スミス以前の債値論第二葦アダム・スミスと帯伽個値説の發腱第三一章ディヴィド・リヵァドと努働極値説の發展第四章カァル・マルクスの債値論(ご第五章カァル・マルクスの償値論(二)第六章マルクス努働個値説の批刎第七章マルクス努伽価値説の再適用但し三百頁に近い原書の内容を限られた紙面に網羅することは、もとより不可能であるし、又その必璽もないと思われるので、原則的に、問題鮎と思われる個所を特にとり上げて私なりの疑問なり見解なりを附け加え、その他については極めて大づかみな概観にとどめることにしたいと思う。

(4)

1.日】日:ご)ともいうぺきものによる重商主義的個値把握が今ハーポンの例によって説明された後、章の大半は、十七、八世紀産業資本の發展が経済學、就中個値論の形成にいかなる影響を輿えたか、そしてこの頃のどのような理論的遺産の上に古典學派の努働償値説が築かれたか、というような、次章の準備をなす諸問題の展開にあてられている。十七世紀後半産業資本の勃興に伴ない、再び生産費としての佃値概念がとり上げられるようになり、而も「自由な」勢働のもつ偉大な生産的潜在能力への認識は、富の源泉を一般的努働とする考えに導くに至る。然しながらそれはまだ、努働が直接に交換億値を創造するというのではなく、努働は商品の使用個値を増大せしめることによって間接にその交換便値を増大させるのだとしたり(ロック)、或は又努賃が生産賀のうちの蛾も重要な部分であるから、商品の「便値」は帯働の「償値」に左右されるとしたりする、極めて素朴な考え方にしか過ぎなかった。十八世紀における償値論の護展の主要な鍵は「利潤」範鴫の綴立化にあるといえよう。地代、利子乃至は努賃というような他の諸範鴫から測然と画別された、階級收ミーク箸「努働便値説の研究」(尾形) 入の新たな範嚥としての利潤は謡現資の存在として分析され、資本の移動の自由に伴なって確立された利潤の「自然率」の概念に基づいて、やがて古典派的「自然個格」論が展開される(カンティョン、〈リス、テンプル)。自然償格は自由競争の下において鍵動する市場価格の中心と考えられ、ここに債格は、少くとも長期的に見れば、需要供給というような窓意的な要素で決定されるものではなく、むしろ生産費による決定という一の法則に従うものとされるようになる。然しながら、古典派経濟學は何故にかような「生産費」個値説を以て獺足しなかったのか?これは一つには、生産費説はその構成部分を潤立の要素とするものである限り、必然的に多元論に賂らざるを得ず、「國民の富の性質と原因」を探求する経濟學者たちは、更に進んでこれら概成要素の背後にひそむ一元的な決定要因を見出すことにより、新たな個値原則をうち立てようとしたllここにはじめて庇の科學としての古典派経濟學の生成があった’こと、そして又第二には、利潤が資本讓の増大の、換言すれば富の増大の、本源としてある以上、利潤率がどのようにして決定されるものであるかということは、極めて現質的且つ重大な問題としてその解

七七

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帆轡璽論されるに至ったことl即ちここに彼等にとっての問題憲諭があったといえようlが筆げられる.これらの窮極的な決定要因としての努働が、スミスにおける如く、理論の中軸の地位におかれるためには、上に見たような先行者たちの遺産のみでは不十分であった。償値を肚會的な静働の支出としてとらえたペティの大きな存在懲義がここにある。かかるものとしての個値概念は、肚會的分業の發達という歴史的背景を反映して、次第に人為に認識されるようになり、商品の交換は賞は静働の交換に外ならないという思想にまで護展するようになる(マンデヴィル、フランクリン)。マルクスによって風‐引用されている匿名の.ハンフレット『貨幣利子一般に閥する若干の考察』の中に見られる努働便値説の定式化においては、更に從來腰味だった使用個値と交換価値との峻別が行われ、スミスの便値論へはもう一歩という所にまで至っている。第一一章における以上のようなミークの銭述について疑問とされるのは、「剰除償値の源泉についての研究を流通の範圃から生産の範囲に移しそれによって、資本制的生産の分析のための土蟹をすえた」ものとして、經濟學史・上側期的な意義をもつ重慶學派について全くふれていな 一一

第二葦におけるスミス理論就中その支配努勘価値説に閲するミークの理解は、極めてユニークで興味深いものがある◎彼ははじめの二節で、『グラスゴー識義』の時代から『國富論』に至る間の、スミスの償値論發展の経過をあとづけ、就中『グラスゴー講義』の中に見出される唯物史観の萠芽と、『國富論員の移行を促した主要な諸契機とを指摘した後、第三節で(a)「価値の『眞寅の尺度』」、(b)「価値の『規制者』(・吋偲巳貝・門〉)」、(e「効用と需要との役割」(d)「熟練努働の不熟練努働への還元」という四鮎より『國富諭』におけるスミスの努勘償値説を分析する。周知のごとくスミスは『國富諭』冒頭においてまず分業論を展開する。そしてマルクスも指摘するように雨種の分業I肚亀分業とマニ蘂ファクチ蘂ァ的分業「I

の硬別を明らかにはしなかったが、第二、第三薮では殆

七八

ぃ1次章ではじめて副次的に一》肩及されるl鮎である.

これについては或はミークなりの理由があるのかとも思われるが、仔細に立入るぺき暇もないままにここでは唯疑問として提起するにとどめ一句。

(6)

ど献會的分業のみを扱っており、彼の個値論が生れたのは正にこの牡會的分業の考察からであった。人燕が燭立生産者として相互のために働きあう「文明肚會」では、努働の支出によって生産されたところの事物の所有は、所有者に「他物を購買する力・一をもたらす、換言すればその事物は交換償値を極得することとなる。かくてスミスにおいては、商品の交換は資はその本質において祗會的な帯働の交換なのであり、交換において現れる商品間の倒値關係は簡品生産者間の肚會關係の反映に外ならない。スミスが勢働を倒値の「源泉」(の㎡2月①ご)或は「原因」(R8畠のご)と考えたのは、正に簡品が祗會的努働の産物であるという認識によるものである。、勺然しながら、なぜ商品が「他物を購買する力」をもつかということだけでは便値論は不十分であろう。その職、、、、的側面lどの鬘この力をもつかということが次に明らかにされねばならぬ。この問題は努働を償値の「涜魑」として認識する者にとっては更めて問題となることではないのであって、この場合は、簡品の償値の大いさはそれに對象化された努働時間によって度られるといってしまえばそれでよいわけである。然しスミスにあってはどの程度他物を購買する力をもつかということや即ちミーク薯「努働便値瞬の研究」(尾形) 個値の大いさは、個値の源泉であった生産の甲ででなく、むしろ現賞の交換の中において度られねばならない

とされ霊}それならば、商品の交換は本質的に肚會的努

働の交換であるという彼の出發鮎からいって、欝然に交

も、、、、換される他商品の中に艦化された努働が便値の尺度であるというべきであろうが、之は又してもそのとる所ではなかった。即ち彼は、「眞賓の尺度」は商品が市場で支、、、、配しうる勢働だというのである。》」のように主張するスミスの考えには疑もなく、「國富」の増大Ⅱ資本蓄綱の墹大の指標は今期の賓上によって支配しうる次期の帯勘の大いさに求めることが出來る、という資本家的見解がその根抵をなしていたものと思われる。そして彼はこの眞賓の尺度としての支配努働を、資本制的生産のみならず商品生産のあらゆる段階、更には人間と自然との「交換」、即ち生産の領域にまで適用する。即ち努働はあらゆる商品の交換個値の眞賢の尺度たるに止らず、「あらゆるものに對して支沸われる最初の憤格、本源的購買貨幣」となり、生産物の償値は「それが所有者をして購買若しくは支配しえしめる努働」にひとしいということに

なる。このようにして支配努勧は「不墾の便値尺度」と

して認められるに至るのである。.‐,・七九

鄙鞠

(7)

(註)ここにスミスにおける便値と交換便値との混同が見出される。このように支配帯働を交換償値の「眞賓の尺度」として選んだスミスは、進んで「厩資の便値」がいかにして「規制」(員8四』一具のご)されるか、換言すれば、商品をし

て丁度その「眞責の債値」として度られるだけの努働を 支配せしめるものは何であるか、という問題を媒蓮す る。彼によれば、商品が償値をもつのはそれが肚會的勢 働の産物であるためであった。それでは商品の生産に費 されたこの肚會的努働の量は、その一商品の支配する努働

の童を規制するのにいかほどの力を持ちうるのか?こ

の両者は嘗然に比例關係になければならぬとスミスは先 ず考える。即ち投下された勢働が大であればそれに應じ て支配努働も大であろう。然しながらこのことは必ずし も投下勢働をして榊唇個値の「規制者」たらしめること を一意味するものではない。何となればこの状態は「初期 未開の肚會」にのみあてはまることであり、「資本の蓄 積と土地の私有」はかかる状態を止揚して、自然債格の 構成要素たる努賃、、利潤、地代の一一一者をして償値の「規

(註)制者」たらしめるに至るからである。(註)ここに次のような註が加えられている。 「以上のぺた所から・・・…スミスが『支配勢働』尺度を、b投下欝働という規制者の代りとして考陰えたというのは誤りであることが明らかであろう。スミスはただ古代においては投下欝働の戯が支配錯働の通(従って価値)を規制したが今日では自然値格の榊成諸嬰素が支配雰働の通を規制すると言っているにすぎない。『支配努繍』尺度は明らかに古代にも今日にも適用されうると考えられていたのである。」このようにスミスの便値論を検討してきたミークは終

節において、償値の「眞責尺度」として支配努働を選ん だということがスミスにおける理論のあらゆる重大な鋏

焔の根源となったのであったが、これらの鉄陥ほとりも直さずリヵァドの出發鮎であり、スミスにおいてはじめ

て経濟學は「プルジ旨ア祗會の内部生理學」としてのそ の方向を確立されたのであったと述べて、本章を経って

いる。,ミークが從來あまり立入って考察されることのなかっ

た投下努働と支配努働との關係を分析し、債値の「源 泉」、「尺度」、「規制者」の圃別をスミスからくみ取っ て、支配努働債値説がスミスにおいて彼なりの一貫性を 持っていたとL[そして又それが故にこそあらゆる彼の

八○

(8)

第三章においては、リカアドが初期概ねスミスの償値論に同調していた時代から、マルサスとの論争などを通じて逐次その凋自の理論髄系を發展せしめ、『經濟原理』においてスミスの支配努働価値説に對し鋭く批判的に對立して、投下努勧償値説を貫こうとしたこと、然しながら努賃の騰落が種だの物債に異なった影響を及ぼすという「奇妙な効果」が彼の償値論に混胤をもたらし、遺稿『絶對償値と交換便値』に至るまで「不鎚の個値尺度」の問題に悩まねばならなかったこと、が述ぺられる。この輩では、前章におけるスミスの支配静働個値説理解から必然的に導き出される、リカアドのスミス批判の鋏焔の指摘などを除いては、ミークは大艫においてスラファ版リヵァド全集の「緒論」におけるドップの見解に従っており、前一章のような特に注目すべき論鮎は見られな

い。のみならず、リヵアドにおける不鍵の債値尺度の問

ミーク箸「努働便値競の.研究」(尾形) 誤謬の本源となったこと.を指彌したl支配議償値論の根纐についての議明が十分でない憾み臓あるがlのは全く正當であり、注目に値する見解ということが出來るであろう。

一一一 題についてのその理解も不可解又不徹底の鮎があるように思われる。『經濟原理』第一、第三版、更に遺稿と、リヵァドにおける「不鍵の便値尺度」の標準はいろいろ鍵ってゆくが、結局そのいう所は資本の有機的構成と同輔とが中位であって、賃銀の愛動による影響を受けない商品ということに蹄する。なぜリカアドはこのような一商品を選んだのか?これについてミークは、一つには賃銀の鍵動の、、影響を譲らない尺度という便宜のためであるが、更に重要な理由として、人間努働が個値創造に際して演ずる獅特且基本的な役割についての認識がリカァドの考えの背後にあったとする。そしてこのことは『經濟原理』、彼の諸書簡、遺稿と、時の経過につれ「絶對債値を投下努、、、、、鋤と同一観する傾向がいよノー弧くなって行った」)」とから窺うことが出來るのであり、これがリヵアドにおける「矛盾」の解決1個値「篭」の認諭lへの重要な前進であったと説くのである。然しながらこの論旨は私たちを納得させ得ない。「なぜかような條件をもつ商品を不愛の憤値尺度として選んだか」という問題よりも前に、彼自身あり得ないと明言した不鍵の債値尺度の條件についてなぜ彼があれほど頭八・一

(9)

を悩まさねばならなかったのかということが、抑h問題とされるべきではなかろうか。リカアドの「絶對債値」は彼自らは努働(即ち債値)だといいながら、その實彼の眼に映る生産償格11償値から離反して努賃の騰落と共に霊するlなのであって、ここにこそ彼の苦悩の根本的原因があったのである。v+p(cを捨象して)を個値から郷化した生産便格と考えず、それを倒値として受取る限り、現象的に次元の異なるvとpとに共通なl従って‘+pを虞りうべきl「不鍵の個値尺度」は見出しうぺくもない。最期に至るまでの努力にも拘らず、リヵァドはこの問題についてば綺局lその遡稿においてもI袋小路のまま纏ったと鳧なければならないのではあるまいか。

私たちが前章で見たような、リカアド理論の致命傷ともいうべき、債値と生産債格との混同は、他のいくつかの鋏陪と相俟って、リカアドの死後その學派の急激な衰退をもたらすこととなるが、激化する階級闘宰に伴ないプルジ画アにとって「危険な性格」をもつリカアド理論を抹殺しようという政治的意圃も加わり、この傾向は更 八二に著しいものとなる。衰退はリヵァド償値論の俗流化と、その全面的な否定とに現れるが、他方所謂リカアディアン・ソーシャリストたちは、努働者階級が努働生産物の全部若しくは大分を受取るべきだとするその主張を裏付けるためにリカアド価値論を援用する。もとより資本主義肚含における経濟的運動の客観的法則を示すものとしての償値論は、それ自身本來何の倫理的・政治的な契機をも含むものではないのであって、このようなユートピア主義は後にマルクスや一一ンゲルスの雄しい垪鵜列孝一受けざるを得なかった。ミークは第四葦のはじめに、リヵアドが死んだ一八二三年からマルクスが『經濟學的・哲學的手稿』を書いた一八四四年迄の二十年間、個値論の分野において政多くの重要な發展があった、」と前おきして、「リカアドから『ルクス迄の憤値論の發展」と題する第一節を右のように展開しているのであるが、彼のいう「価値論の發展」とは何であろうか?この間には、後にマルクスによって攝坂されたような積極的な理論の展開が、萠芽的な形でながらここかしこに見出される(例えばホジスキン、ラムジィ、ジ曰-ソズ)のであって、これらについて全く語ることなく、リカアド翠派の衰退とユートピア化の

(10)

みによって「債値論の發展」を論ずるのはや些か奇異に感ぜざるを得ない。第二筋では『哲學の貧困』に至るまでのマルクスの經濟思想の發展が唯物史観の形成を中心として述べられる。ここで特に注意すべきは「疎外された帯働」(・万員,沖の日凸の訂脾『蔚芦…《$す目、の』旨宮胃ご)の概念である。マルクスによれば、「努働疎外」の結果こそが私的所有に外ならないのであり、正にこのことの認識が資本對勢鋤の關係の性質と起源とを解明する鍵なのであるが、資

本制的生産を超歴史的な前提として受取る古典派経済學

はこのような探求をなし得なかった。|見した所『貧困』の中に展開されている經濟的諸範鴫の分析は、リカアドのそれとさして遠くないかのようである。然しながら「貧困』の中の中心的な墨lリカアドを遙かに越える決定的な進歩lは、地代、薑交換、憤値分業、競争、貨幣などという經濟的諸範騨は決して絶對的な永遠の存在ではなく、具髄的・歴史的・過渡的な生産關係の抽象的な表現にすぎないということであったpか、口、、くて個値は交換及び分業を前提とする歴史的な現象として、更にいうならば、商品生産肚會における人為の間の生産關係の表現として把握されるに至る。・ミーク箸「努働便値競の研究」(尾形) 第三節では、次章におけるマルクス債値論の本格的な検討の準備として、マルクスにおける経濟學の方法について述べられる。唯物史観はマルクスの經濟學研究にとっての出發鮎であったが、然しながら彼はそれを、經濟諸現象が杏臓なしにあてはめられるべき一の固定した定式と考えていたわけではなく、むしろ逆に現賛の經濟諸現象に適用することによってその眞億を試さるべき假設であると見徹していた(レーニン)。このための研究の材料は何よりも眼前の祗會的生活の具髄的な諸事責とその發展の中に見㎡U・出されるのであって、シ」れらの材料からいくつかの一般的な抽象がなされると、再びここに上向の旅がはじまる。この上向の旅の各段階においては、諸範嚥は相互の關係において及びその發展の過程において考察され、得られた結論は事賓に對置して正否を確められねばならない。方法の第二として「論理的・歴史的方法」があげられる。ただこれについては、分析の本來的な對象は資本制的生産の杜會であることが忘れられてはならないのであって、従って必ずしも「経済的諸範畷が歴史の過程において決定的な要素であった順に」排列されねばならぬと八一一一

(11)

いうことにはならない。諸範噸は當面問題とされている特殊な肚會構成の中で相互にもつ關係に従ってその順序を定められねばならないのであって、ブルジョア肚會の分析においては資本と努働との關係が基本的なものとして最初に問題とされ、その他の諸關係はこれに従風したものとして扱われるのである。1第三に、人間は一定の肚會關係においてのみ生産するのであって、この生産關係の發展に照晒して消費、分配、交換その他の諸關係が愛化するのであるが、この生鑿關係は、一方では相互に論がIここでばそれが物l商品として11交換される肚會的分業としての關係、他方では法的表現としての所有鮒係、という二つの面から見ることが出来よう。この二面から見るとき、今問題とされている資本制的生産様式の研究の出發熟は、何よ▽、、、りも先ず、あらゆる商品生産に長醤するところの、商品生産者としての人々の間の基本的關係でなければならない。生産關係が他の經濟的諸關係を規定することが、このように軍純な、一般的な形で立證されてから、第二の段階としてこれが資本制的生産の下でどのように蕊容(目&ご)されるかが問題として取上げられる。周知のクーゲルマン宛のマルクスの手紙から見ても、 八四

マルクスにとって、科學としての馨學の根本間題I生産關係がいかにして他の經濟諸關係を規定するかという蔓lは一見矛盾する薑象の中薑じて一償値法則がいかにして作用するか」という問題に蹄着する。彼はこの問題を解明するため、「正常な交換が等償を以て行われる『軍純』商品生産」からはじめる。そしてこの「軍純」商品生産の下での生産關係がその交換關係に及ぼす影響が、資本制的生産の下ではどのように鎚容されるか、これがマルクスの蛾も主要な開心事であった。そして、「軍純商品生産においても資本制的生産に沿いても、……商品生産者としての基本的な人間關係は、、、、〈陸)商品の交換比率を投下静働の比率の一団激(色昏目◎感・ロ)たらしめるということによって、交換關係に影響する。……箪純商品生産が……資本制的生産にとって代られた、、、とて、交換比率が投下努働の一函數でなくなったということにはならない。ただ、資本主義の導入によって函散の形(印育、㈹)が愛化したということなのであり、換一一一一口すれば、交換比率は一層複雑な異なった關係を投下努働に對して持つようになったということなのである。箪純喬品生産の場合は、交換比率が大艘において投下努働の比率にひとしいという仕方で以て便値法則が作用したので

(12)

あるが、資本制的生産においては異なった仕方で作用す、、、、、るのであり、その結果、交換比率は窮極的には依然とし、、て投下努働の比率によって決定されるのであるけれども、この二者はもはや必ずしも(或は正常的にさえ)相互に等しくはないということになったご(註)この「函數」という言葉について、ミ1夕は次のような註を加えている。「私はここで『函欺』という用語を、數學で用いられると同じ懲沫で用いている。xがyの西欧であるということは、・工がyの鍵化に從鬮して鑓化するというような闘係をxとyとが相互にもつことである。この從鬮の特殊の形式は函数の『形』によって規定される。」右に述ぺたような鮎を把握することは、私たちがマル“ス理論の本質をとり出してこれを今日の情勢に再適用するため、不可鋏のことであると、ミークは掴調して本章を終っているが、そのいう所は必ずしも明確でないよ、、、、、、、、、うに思われる。商品の交換比率は、どのような對應の仕「、、、方l彼のいう趣鹸の「形」lであれ、とも角投下鍔働の比率に對懸して鍵化する、というのであろうか?このような不確定性、むしろ暖味さを以てしては、償値規定の量的側面は全く見失われざるをえないのではあるミーク箸「努働便値貌の研究」(尾形) 第五章では『資本論』第一、第三巻についてマルクスの債値論が検討される。まず第一節では『資本論』第一巻首章の第一、第二節がとりあげられるが、第一節の所謂「蒸溜法」として風‐批難される一連の.ハラグラフについて、ミークは詳細にその見解を展開し、マルクスがここで述べているのは個襄の必要條件であって、この艤件l「共通の鬮性」は逓的表現が可能であり、簡品の中に「含まれ」ながら而もそれから「歴分し」.つるものであるというようなIに適うものとして臓議のみが問題とされね瀬ならぬといっているのであると主張する。「もしもマルクスが二、三十年後限界効用理論が流行した頃に『資本論』を書いたとしたら、彼はここで、効用の對象であるという商品の『共通の鬮性』が事賛において形式的な條件をみたしえないと信ずる理由を詳細に展開したかも知れない。私たちが考察している特殊の問八五 まいか?資本主義の發展諸段階において彼がこのような考え方をいかにして貫いているか、この問題を心にとめて私たちは以下の諸一軍を見てゆくことにしよう。

(13)

題に關連してやその際彼が奮然に彊調したであろうと思われる鮎が二つある。即ち第一に、商品の効用は直接可測的な量ではないということ、又第二に、欲望と満足とを全く不當にも同一観することなしには、効用は恐らく燭立の決定要素としては考えることが出來ないというこの●◆-写●■b・少と(ドップ)である。事賞は、彼は軍に、個々の購買者が商品の効用についてなす評債は事實においてその長期均衡債格を決定するものではないという、周知の古典派的見解を受入れたにすぎない。……」”しかもこのことは決して、ペーム以來多くの批判家が、、主張するように、シ」とで「帯働償値説の證明」の全部がなされている、ということを意味するものではない。マルクスが「對象化された」、或は「凝固した」勢働という特殊な債値概念から出發していることは事寳であるが、これは私たちが前章でみたように、彼の唯物史観と密接な繋がりをもつものであって、決して窓意的・凋断的な概念規定ではない。對象化された努働としての債値概念は、經濟の過程は商品生産者間の生産關係によって分析されねばならぬというマルクスの見解を表明するものである。このような概念そのものは證明出來ないが(クーゲルマン宛の手紙)、この概念に基づいて展開さ 八六

れた債値論は、資本主義肚會の經濟諸現象について現賓

の解明をなしうるものであることが證明されねばならない。この節において先ずその第一歩として、債値論の必要條件が問題とされ、『資本論』のこの後におけるマル(駐)クスの展開、就‐中その分配問題についての分析によってこの證明の最も重要な部分が輿えられるのである。(註)ミークがここにいう「分配」論は、この後、特に第六.草におけるその俄述からして、『資本論』第三巻の象.ならず、第一巻における剰除債値の分析l資本努働間における便値の分配を取扱うlをも含めて言っているものと考えられる。この後に綴く勢働の二重性の説明におけるミークの「抽象的勢働」の理解及び償値形態論の意義についてのその見解には、些か疑問に思われるふしがあり、叉熟練努働の不熟練欝働への還元l彼臓これを訓練費用域は養成費の問題に雲せしめうるとするlや、綴値法則に關鑿する需要の役割I異なった蟇での「祗會的必要鍔緬蒔間」の問題lなど種鐵興味ある問題も震われているが、ここではそれらをすべて割愛して、私たちは|翠に第三節における勢働力商品の問題の分析へ韓ずることにしよう。

(14)

賃勢働と資本との關係を考察するに方って、マルクスが何よりも先ず問題としたのは、この雨者間の所得の配分を決定する法則であった。そしてこの關係は努働力の寳貿という交換關係の形をとるのであるから、ここに憤値論が必然的に要請されることになる。便値法則に基いて剰餘個値が説明されねばならないが、これは周知のように努働力という特殊な商品の存在によって説明される。ただ誇働力なる商品に便値論を適用するとき、二つの困難がある。その一つは価値規定に際し「歴史的、道徳的要素」が考慮されねばならぬということ、第二にそれがもともと交換のために生産されるものでなく、他の商品のように資本の力で任意に供給を増減することが出来ないため、平均において佃値通り賢られるための必要なメカニズムを鋏くように思われる鮎である。この後の鮎についていえば、相對的過剰人口の塵力は、一時的に償値以上にある静賃をたえず引下げてその憤値に近からしめるという作用をする。これがマルクスにより「資本制的蓄租の一般的法則」の章において展開されている所に外ならない。さて、以上のようにして『資本論』第一巻における償値法則の展開を論じてきたミークは、第四節で第三巻に

ミーク薯「努働便値競の研究」(尾形) おける分析へと移る。ここでの主要な問題は何よりも先ず利潤の剰餘債値からの背離である。マルクスによれば、自由競争の下においては利潤の恒常的な源泉は努働者によって創り出された剰餘憤値以外にあり得ないのであるから、利潤の剰餘償値からの背離は、肚會の總剰餘償値が諸賢本家間に各自の投資額に噸じていわば再配分されたという結果に過ぎない。かくて個値は生産価格へ

と韓化し、商品は今や憤値でではなく生産憤格で寅られ

るというのがノーマルな状態となるが、生産佃格による交換比率の分析は決して第一巻での価値による分析を否定するものではなく、むしろ後者によってのみ説明可能なのであり、憤値からの生産侭格の背離の度合は、第一巻の分析に従ってのみ決定されうる。かくてミークはマルクスの例によりながら數字をあげてこのことを説明し、更にこのあとかなりの紙面を割いて所謂「輔形問題」(負寓目鋒。『日昌◎口官◎ず一の日ご)を論じている。今迄個値で計算されてきた費用償格は現質への接近の第二段階では生産憤格で考えられねばならないが、この場合には、総利潤を總剰餘個値に等しからしめると共に總個格l總個値たらしめるような同時的な輔形は通常不可能となる。これをどのように扱ったらよいか?

八七

(15)

ところでこの輔形問題については『イコノミック・ジャ

ーナル』(一九五六年三月)所收趣一ミークの論文に基づ

いて既に詳細な紹介がなされており、本書におけるこの問題についての絞述は概ね同論文によったものと見られるので、ここでは煩を避けて立入らないことにするが、この場合便値法則がどのような形で貫徹しているかはあまり明砿にされていないように思われる。結論的にいえば、この場合でも「努働力の憤値と諸商品の償値との基本的比率l利潤はこれによって左右されるl臓依然として第一巻の分析に従って決定される、」とされ、これに閥連して、マルクスにおける欺的例證の意義はあく

、1まで命題の例證(倉一一一口の:[の)》)のためのものであって、命題を證明(《ず8ぐの薯)するためのものではないということが弧調されている。

(註)『彦根鱗蝋』第一一一十四競(昭和三十一年十二月)所收、松尾清氏「個値の個格への輔形」この章の最後においてミークは、「『資本論』第三巻への補遺」からエンゲルスの言葉を引用しつつ、「償格は、マルクスの法則によって規定される便値の方へ引きつげ

られ、この債値をめぐって動揺する」と言われる時の

第一段階I箪純簡品生霞において織、菫肴にとって投下努働がかかる供給償格をなすが、第二段階、即ち資本制的生産の場合には、資・本家にとって費用便格に利潤を加えたものが供給僚格となる。このように考えることは、後に論じられる澗占段階における償値法則の作用を理解するために極めて重要なことであると彼は述べている。私たちは第七霞において彼の而侠給便格」論を更に展開された形でとり上げることとなるであろう。(註)ミークは次のような註を加えている。「私はマルクスがいうように、『長期に亘ってあらゆる個別部門の商品の供給の前提であり、再生産の前提である』所の個格を窓味するため…慶い慧沫で『供給個格』という用繭を用いている。それはただ生産者が商品の生産を戯けるというならその商品の代償として受取らねばならない個格であるというに過ぎない。‐一

「慣淵獄源、市場個格ではなくてむしろ供給便格(⑪5,

ロー]圓吊)と考えねばならないと主張する。商品生産の

一〈

前二章でマルクスの個値論を検討したミークは、第六一章で一輔して、マルクス死後今日に至るまでのマルクス 八八

(16)

償値論批判への反批判に移るのであるが、これらの所謂「批判」の大部分は、ミークも明らかにしているように、『資本論』における方法論の無理解によるか、若しくはマルクスの言う所を全く誤解しているかの何れかによるものであり、又ミークが一食について反批判をかなり詳細に展開しているのは、彼が序文で言っているように、これら「批判家」たちをその師とする近代経濟學の人々を説得するのが本書の狙いの一つであった、ということによるものと思われるので、紙數の都合もあり、一斉に立入って紹介しないことにする。ただ本章の全般を通じて、所謂二ルクス批判」が『資本論』の片言愛句に固執して、他の個所における「矛盾撞着」を論難するという例が多いのを見るとき、私たちは、マルクスにおける諸範騨を形式論理的に固定し断片化して捉えることなく、統一的・護展的に把握するという努力を惜しんではならないということが、更めて掴く感ぜられるのである。ミーク憾次のような緒論Iそれは又同時に綴く第七章への問題提起であるがIを以て一章を終っている.「著者はもとよりマルクスの債値論があらゆる鮎において完全無鋏のものだと主張するものではない。第三巻ミーク箸「欝働便値説の研究」(尾形) がマルクスによって完全に改訂されたものではないということを全く別にしても、マルクスは商品生産の特殊な-護展段階、即ち資本主義の自由競争段階を分析するという本來の目的を以て、その債値論をつくり上げたのであって、前資本主義、鵜占資本主義、更に就會主義の諸段階への理論の適用については、尚多くの仕事が残されている。マルクス主義者たちは當然に、鎚輔する具艘的な情勢に直面してその理論を護展させねばならぬ義務をもつ。解決を要する重要な問題がまだ数多く残されているが、それらを解決するため不可峡な前提の一つは、マルクスの本來の理論を正しく理解することである。そして以上に考察した批判の數々は……不幸にしてかような理解を私たちにもたらすということは到底及びもつかなかったのである。」

「マルクス努働償値説の再適用」と題する第七章にお

いては、その本格的な展開に先立って、第一節において

限界効用鶉及びその後の所謂近代理論がI例えばバレートのいう如くl果してマルクスの臓値論を不要ならしめたかどうかがふりかえられる。このためミーク八九

(17)

--

は、J・s・ミルにおいて既に見られる努働便値説の資

質的な弛棄から説き起し、ジニヴォンス、オーストリー學派、マーシャルなどを経て現代に至る諸理論を概観するが、逐次顕著になる債値論の否定、そして經濟量の數學的相互關係のみを問題として因果的絞述を不要なものとする均衡論的傾向など、これらは結局進歩とは考えられず、現賓の經濟現象の解明という鮎からみてむしろ後退というべきであり、その優越性と瀞する所のものは鼠に技術的P形式的なものにしか過ぎないと説き、矢張経濟學者たちのなすべきことは、餘りにも早急に投捨てられた古い理論的武器lマルクスの憤値論Iをもう一度とり上げて、之を再検討することでなければならないと主張する。第二節においては、債値論の再適用の一つとして、「肚會主義における『便値法則』の作用」について述べられる。ミークははじめに、肚會主義砒會における個値法則の意義についてのマルクス及びエンゲルスの諸引用をあげP次いでブハーリン、肱1-一ソ及びその後のソ同盟内におけるこの問題についての論争の經過を克明に辿っているが、・との論争は既に我が園においても取上げられて多存論ぜられて來た所であり、,ここに更めて紹介を 九○要しない。ミークは大艘において『ソ同盟における肚會主義の經濟的諸問題』におけるスターリンの見解に従っている。さてミークは最終の第一一一節で今迄折にふれて屡且言及してきた「燭占資本主義における一濤償値法則』の作用」についての考察に入る。彼ははじめにヒルファーディング及び一、ルクスを引用しながら、「凋占償値の便格からの背離は第一巻の分析に従って説明しえない、」と断定する。マルクスの時代には確かに利潤の総量は肚會の總剰餘債値によって限られ、燭占債格の限界は依然として第一巻の分析に從っていたといえようが、燭占が彼の時代よりも遙に慶汎且強力なものとなった現在’といってもそれを過大鰻す鰯こと腱もとより正しくないがlにおいて憾、利洲の源泉は必ずしも剰餘便値のみではなく、例えば重商主義的な謡渡利潤のようなものまで含むようになっているの、、、、で、マルクスの理論を機械的に適用する》」とは出来ない。そこで問題は、先ずマルクス理論の核心ともいうべきものを坂出して、然る後これを今日の状態に再適用するということでなければならぬ。ところでマルクスの場合の問題の主眼鮎は、既に見たように、償値法則が箪純

(18)

fT-

商品生産から資本制的生産への發展に伴なってどのような鍵容を受けるかということであり。この限りにおいて生産關係による交換關係の規制を示すことであって、この場合現賞債格は供給償格に等しいと考えて差支えなかった。即ち供給債格の比率は投下努働比率によって軍純、、、、。、UV、商品生産の場合は直接的に、資本制的生産では間接的に決定され、償値からの生産便格の背離は問題となっても、現蛮償格の供給憤格からの背離は問題となりえなかった。然しながら私たちが研究の範園を披大して、前資

、本主義及び凋占資本主義の各段階における償値法則の作

用を考察するときは、明らかに現費償格と供給便格との差が重要な契機として介入せざるをえない。この場合においても依然として私たちの出發鮎は償値は對象化された努働であるという概念であり、商品の慨値は商品生産者間の基本的關係を反映或は表現するものであるという把握である。この出發鮎に立って私たちは、何商品生産の各發展段階における償格の債値からの背離は、その段階を特徴づける「生産における従属若しくは協同關係」(〈《Hの一島○pmC命の回ず日&ロ島・ロ日8,.℃9島目目ごH・自・津。p葛)によって決定される、ミ1ク薯「努働便値競の研究」(尾形) ②償格の償値からの背離は、供給償格の憤値からの背離と、現實債格の供給償格からの背離とに分けて考えられる、という二つの一般化をなしうるのではないかと思われる。これを商品生産の各段階について検討すれば次のようになるであろう。先ず前資本主義段階では、簡品の供給便格は大艘において直接的に便値に一致する。現賓個格は生産における特有な従風或は協同關係(例えばギルドのような)に尖って、この供給償格(Ⅱ憤値)から背離する。次に資本主義の段階ではどうか9仙前段階からの過渡期。この時期には、一方では債値の生産償格への輔化、即ち供給便格の便値からの背離が行われると共に、他方種々の形態の凋占の残存のため現賞佃格の供給償格からの背離が行われる。②自由競争段階、ここでは専ら供給償格11生産慣格Iの個値からの背離のみが存在する.③濁占段階。再び現賢償格の供給償格からの背離が問題となる。即ち凋占資本はここでは杜會の總剰餘債値の中からのみならず、異常な、或は經濟外的な方法によりそれ以外の源泉から利潤を引出すのであって、その結果

九一

(19)

供給償格の概念は修正されや或は現蛮価格は自由競争段階での供給価格から背離するということになる。最後に砒會主義においては、半私蒼形態の農産物のようなものについてのみ、供給便格と個値とは一致するということが出來る。さて私たちが交換關係の發展に伴なう右のような定式化を行うとき、當然二つの疑問が提起されるであろう。その一つは、全段階を通じていえば商品の大部分が償値で資られないのであるから、商品の債値通りの販寳或は交換ということを出發鮎とせねばならぬ必要がどこにあるか、という疑問であり、他の一つは、このような接近、もの方法をとるならば、事賢上償格の璽的決定の法則というものは問題になりえないのではないか、ということである。第一の疑問についていえば、本質的な鮎は、商品生産(雌)の全期間の大半に亙って供給個格が直接又は間接に檀値によって決定されるということであり、これを基礎として現賢償格の便値からの背離という考察を行うのでなければ、交換關係の護展を支配する法則を見出すことは出来ないと思われる。(註)ここでミークが一‐大半」(倉岳②口菖月忌兇》)と宮う 九二

時瞬占段階は岱然この外にあるものと思われる。

第二の軸については、確かに今のところ私たちは自由

主義段階以外の場合償格の価値からの背離について趣的な一般化をなしえないが、このことは全くかかる一般化が不可能であることを意味するものではない。、、

一歩ゆずってかような新たな一般化が厳密に司麺的」

なものでありえないということになったとしても、これによって「経濟學が政治學と同様不正確な學問となった」ということには決してならない。量的不確定は供給儒鹿情からの背離にのみ閥するものであって、供給償格それ自艘にはかかわらない.外見上の「正確さ」l均蹴理論に見られるようなl‐は現質性を犠牲にして得られたものでしかないのである。「藺品交換の法剛を生褒鯛係に膜ってl生霞關係を繪籔してでなくI考察するときは、蝋麗さと糖密さが幾分損われることもあろう。然しながら私たちの住む肚會を虞に科學的に理解するという鮎で得る所は、この損失を補って遙かに除りあろであろう。そして経濟學が事、、賛この道を歩むのでなければ1節らそれが再び政治縦繍學(臺鳳:》・口・日己となるのでなければlそれに對して何等かの期待を寄せるということは到底なし

(20)

うべくもないのである酉,極めて倉卒ではあるが、終節における論旨の一斉に亙って煩をいとわず立入ってきた所以は、ミークのいう「債値法則の再適用」が果してどのようにして行われているかlこの護私たちがはしが言で見たように本書の最も重要な目的なのであるからlを見るためであった。だが私たちは以上のような展開から果して何を得たであろうか?今迄の「第一巻の分析」に代位するものとしての重大な役割を輿えられた「現蛮憤格1-供給償格」關係も、問題の中心である柵占段階でその間に背離が起るといったところで、ここでの供給便格は彼もいうようにもはやモディファイされた形で現質償格となり(費用便格十「最大限利潤‐ロ、自由競争段階での假想された「供給償格」がここでどのような意義をもちうるかということを考えれば、極めて不明確なものとならざるを得ない。況して彼自らも認めているように、この間の背離の鐵的規定が不可能とあっては、「交換關係が生産關係によって規定される」といっても、便値がどのよう.、、、、、にして交換の規響となっているlそれは何らかの形で「現寳債格,」炉』影響する(或はむしろこれを決定する)ものと考えざるをえない11というのか全く理解しえな

ミーク藩「勢働個値餓の研究」(尾形) いのである。凋占段階での「剰餘便値以外からの利潤の源泉」について語る場合も、それは凋占資本が任意にその利潤を増大しうることを意味するものではなく、何らかの形で債値法則と關連を持たねばならないであろう。ミーク自身提起している二つの疑問も、責は決して別だのものではなく何れにしても個値法則l扇による償値の規定lが彼の諸定式においてどのように貫徹しているかという根本的な問題にかかるのであって、これらに對する彼の答は十分私たちを納得させうるものを持たない。彼が風‐力説してきた、獅占段階に再適用しうべき「マルクス理論の本質」は途に不明確のまま終らざるを得なかったのである。

むすび

玻後に私たちは、はしがきにおいて述べられた本普の目的に照して、今迄見てきた所を総括的にふり返ってみよう。その前半についていえば、いくつかの不満はあったが概していえば、古典派經濟學11又それをうけてマルクス鑿學lが何を問題とし、何を解決しようとしたのか、その解決のため要請された努勘償値説がどのようにして嚢展したか、更にマルクスにおける方法論はど

九三

(21)

出来たであろうか。 のようなものであったか、というような諸鮎についての展開は、明快な論旨を以て十分人を納得せしめうるものがあった。就中スミスの理論における支配努働債値説の占める地位についてのその見解は凋自的であり、卓見といってよいであろう。然しながら後半、マルクスの償値論の一貫した理解及びその「再適用」については、そのいう所はあまりにも一般的、むしろ漠然たるものであって、遂に首肯しうるものを見出し得なかった。而も第四載の絵の「画敞」論、第五章における「努働力の個個と諸商品の償値との基本的比率」の「決定」、第五、第七・章での「現賓憤格と供給償格」論、そして燭占段階には適用しえないという「第一篭の分析」lこれらは相互にどのような關達をもつというのであろうか。これらの中から、商品生産の發展諸段階において菰汽愛容を受け(住)ながら而も弧力に自己を貫徹せしめる償値法則とは一鶴どのようなものかという理解を私たちは汲みとることが

(註)その璽嬰な一蕊として例えば商業資本における「名目的個個」や、地代駒での「虚偽の肚愈的個値」の問題なども、濁占段階での「個値法則の作用」が問題とされる以前に於てとり上げられるべきであろうと恩われ ろ。このようにして見ると、「鯛占資本主茂を○も含む種々の歴史的諸制度において償値法則がいかにして作用するかという探求が成果を以て前進しうる概念的な骨組」を示唆しようというミークの願いは、遺憾乍ら十分果されたとはいえないようである。然しながらはじめにも述べたように、マルクス経済學が軍なるドグマに終ることなく、現賢の解明の鍵を提供するものである以上、當然明確にされねばならなかったにも拘らず、從來比較的閑却されていたこのような問題の所在を指摘し、これを彼なりに解決しようとしたその試みそれ自艘は大きく評価さるべきであろう。私たちはかずかずの残された問題を一つ一つ地道l文字通り・一…ご;鬘Iに解決してゆくべきではなかろうか。 九四

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