• 検索結果がありません。

なぜ,商品を買うのだろう

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "なぜ,商品を買うのだろう"

Copied!
8
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

なぜ,商品を買うのだろう

1

──商品史のドア──

石 川 健 次 郎

Ⅰ 商品と生活スタイル

Ⅱ 商品は社会に従う

Ⅲ 商品を買う意味

Ⅳ 商品史のドア──ランドマーク商品の存在──

商品と生活スタイル

「携帯電話の電源を切りなさい」,大学入試センター試験開始前の注意事項の一つであ る。現在,このような注意は入学式,卒業式,結婚式など多くの人が集まる場所や電車

2

内等で頻繁に行われるが,5年前までは一般的ではなかった。携帯電話という新しい商 品が普

3

及した結果,新しいエチケットが生まれ,新しいルールが生まれ,新しい生活ス タイルが生まれたといえる。他方,公衆電話が撤去され,先行類似商品の役割が後退 し,商品の主役が交代する。

過去においてエチケット程度ではなく,まともに生活のありようそのものを変えるほ どの強烈なパワーをもった商品があった。60年代の

3

種の神器,70年代の

3 C

が代表 格といえる。電気洗濯機,電気掃除機,テレビ,車,クーラー,カラーテレビなどがな かった時代とそれらが登場・普及したあとの時代では,われわれの生活スタイルが大き く変わったということ自体,逐一実証しなくても実感をもって共感できよ

4

う。

いまわれわれのまわりは,企業が提供する商品(製品とサービス)であふれかえって

────────────

1 村田和彦は,「消費者は,なぜ自給生産された生活手段ではなく,企業によって生産された生活手段を 選択するのであろうか」という問いを投げかけた。同「生活手段の商品化と『生活様式』」『一橋大学研 究年報 商学研究』37, 4ページ。

2 JR西日本で,「携帯電話の使用をご遠慮下さい」という車内放送を始めたのは,1999年10月1日(西 日本旅客鉄道株式会社広報室)。

3 2000年9月現在,携帯電話の加入数6,161万台(うちPHSが587万台),人口比普及率は48.6% とな り,乳児から高齢者まで含めて,日本人の2人に1人が携帯電話を持つ時代となった。中村 功「携帯 電話の普及と社会的意味」,川浦康至,松田美佐編『現代のエスプリ 特集 携帯電話と社会生活』450 巻,至文堂,2001年

4 2000年7月公表の総務省『全国消費実態調査』(1999年度)によると,普及率が99% を超えている商 品は,電気洗濯機,カラーテレビ,電気掃除機,電気冷蔵庫,所有数量の増加率(1994年と比較して)

が高い商品は,ファクシミリ,パソコン,温水洗浄便座,システムキッチン,洗髪洗面化粧台となって いる。

322(936

(2)

いる。現代の日本のように,生活手段のすべてが,商品化された社

5

会(逆に,われわれ の周りで,商品でないものを探す方が困難となっている)にあっては,生活スタイルと 商品との関係,つまり商品が生活の変容に与えるインパクトの強さ,その含意の解明 は,歴史学の研究課題として十分な意義をもつ。

シンボル

起床から就寝まで,商品と接触しない人はいない。生活スタイル変容の表象として,

商品が存在しているともいえる。卑近な例で見よう。風呂でさえ,借り湯や銭湯から内 湯へ,さらに

24

時間気泡風呂へと変化している。トイレも屋外の共同便所から

1

戸屋 内便所へ,和式から洋式へ,汲み取り式から下水処理へ,さらに温水洗浄便座付きへと 変化した。電車の切符さえ,自動券売機のために,行き先をいうことなく購入し,係員 のいない自動改札機を無言で通過する。家庭から練炭火鉢が消え,そのかわりに冷暖房 機がうなる。文章も,鉛筆,ボールペン,万年筆なしで,ワープロで書く。書斎や事務 所の形式が一変した。はがきや手紙は出さず,FAXか

e−mail

で済ます。冒頭の電話 も,何軒も離れた他家の電話に呼び出してもらい,遠慮しながら通話していた時代か ら,自家に電話を,それも何台も設置し,全国に行き渡った公衆電話をカードで利用 し,携帯電話を操り,風呂の中や山の上からでも国内外自在に通話が可能になった。電 話回線を利用したインターネットで世界中の情報に即座に,自由にアクセスできるよう にもなっている。商品が,われわれの生活,暮らしぶりを変えてきたし,変えている し,変えつつあるし,今後も変え続けることは間違いない。

人類の誕生以来,生活スタイルは変化し続けてきた(逆にその変化自体が人類の歴史 であったともいえる)が,現代に近づき,そのスピードは加速した。わが国についてい えば,明治維新後,西洋からの舶来品によって大きく生活が変化し,洋風化の兆しが見 られたことは事実であるが,それは国民のごく一部の階層にとどまるものであり,スピ ードの過激さ,国民全体を巻き込む影響力の甚大さからみて,1950年代から現在まで の約

50

年間の変化に及ばな

6

い。われわれは,戦後の復興,高度経済成長,バブル経 済,失われた

10

年を経験することにより,実にさまざまな商品と出会い,使い捨てな がら生活スタイルを取り替えるのに忙しかった。絶後とはいわないまでも,空前の忙し さであった。

なかでも炊飯器,洗濯機,掃除機などの家電製品は,家事労働を劇的に軽減し,女性 の社会進出へ物的基盤を提供した。これは女性の自立を促した反面,家族の誰よりも早 く起床し,誰よりも遅く就寝し,家事労働に全身を捧げるというそれまでの母親の犠牲 的献身の姿を消し去り,母親への感謝の念を薄れさせ,その偉大さを変容させた。それ とともに家庭や家族のあり方,家庭と社会の関係,親子関係なども変容を迫られ,社会

────────────

5 村田和彦は,「生活手段の全面的商品化」と表現している。同「前掲論文」,3ページ。

6 水牛くらぶ編『モノ誕生「いまの生活」』晶文社,1990年,13−19ページ。

なぜ,商品を買うのだろうか(石川) (937)323

(3)

全体が新たなステージに立つことになった。このことの善悪は問わないが,商品を選 ぶ,買うという日常的な,何気ない行動の蓄積が,われわれの生活や生き方に大きな影 響を及ぼすことを強調したい。女性にとってばかりでなく,一般的にも事態は同じで,

大型コンピューターとまではいわなくとも,小さな電卓がどれほどわれわれの計算労働 を削減したか。それを容認する価値は,単純労働は機械(商品)に任せ,人間は創造的 な面で活動すれば良いという考え方である。単純な,反復的な労働,生活の中にこそ,

人生の滋味,安楽があるとする考え方とは明らかに一線を画する。商品はそれまでの人 間行動を変えるとともに,考え方にまで影響を与える。

また生活の大部分を商品に依存することによって生じる余剰時間をもっぱら余暇に消 費しようとする,たとえばスポーツ施設で何処まで行くという目的のないまま必死で自 転車をこぎ,重いおもりをわざわざ上げ下げするというような日常生活,生活ステージ を現出させることにもなる。

いずれにせよ,生活手段の全面的商品化社会にあっては,われわれの生活が商品とき わめて重要な関わりをもっていることについて異論はないだろう。

商品は社会に従う

われわれの生活と深い関連をもつ商品とは,これまでどのようなものとして認識され てきたのだろうか。端的には,企業が提供する財とサービスが商品ということになろう が,ここでは商品学との接

7

点から,商品とは何かについてみておこう。

木村喜一

8

郎は,財貨(goods)と商品(commodity)の相違に注目し,財貨は欲望を満 たす手段(自由財=無限と経済財=稀少)で,商品は交換性をもった財貨であるとす る。したがって労働も,欲望を充たしかつ交換される財であり,商品である。また工場 工業の発展とともに,生産財も商品となる。たとえば米は消費財であるが,酒造業にと っては生産財であり,商品になるという。

三谷

9

茂は,財貨を商品,生産物,消費物資の

3

形態に分類し,生産物が他人の消費物 資となるとき初めて商品になるとし,生産物という財貨が流通の過程に入って初めて商 品となるとする。つまり販売業者より消費者の手に移ったとき初めて商品となるのであ って,消費物資として認めないときは,購入を拒否され,商品としての資格を喪失して しまう。その段階で,再び生産物となるか極端な場合廃棄物となる。

武嶋一

10

雄は,商品の要件として,使用者の欲求を満足させる使用価値をもつこと,市

────────────

7 当面,本論と関連する文献のみの紹介にとどめる。

8 木村喜一郎『レッテル商品』東京三和書房,1952年,5−11ページ。

9 三谷 茂『理論商品学序説』廣文社,1962年,123−129ページ。

10 武嶋一雄『商学概論』中央経済社,1981年,42ページ。

同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)

324(938

(4)

場において取り引きされる交換価値を持つことを強調する。ただしサービスは物質的な 財と異なり,取引形態も異なるので商品の範囲から除外される。また土地・建物・美術 品・骨董品は物質的な財であるが,再生産不可能財なので商品の範囲には入らない。商 品とは動産で,再生産可能な有体財をいうと主張する。

岩下正弘たちのグルー

11

プは,販売の対象となるものが商品であり,有体物である必要 はない。むしろサービスや情報など無形のものの現代商品としての重要性は無視できな いという。製品と商品の違いについては,最終消費者に買われたあとは,その対象はす でに商品ではなく,商品となる前の製品生産工程についても同様のことがいえる。しか し,P.コトラーは,「製品とは,注目,取得,使用,消費を目的として市場に提供さ れるものであり,物的対象,サービス,パーソナリティ,場所,組織,そしてアイディ アを含むもの」という。商品は本来過渡的性格をもち,売り手と買い手との一種の接点 において成立するものである。つまり商品は買い手によって何らかの有用性の存在を認 められてはじめて,貨幣の支払いなど何らかの犠牲を払って購買される。カードも取得 および使用の事前事後に貨幣での支払いがなされており,対象の移転と所有権の移転時 期にずれが生じる場合があるが,商品として認知されるとする。

水野良

12

象は,商品は買い手の立場からいえば,「人々の欲望を満たすことができるも のであって有償のもの」で,売り手の立場からいえば,「他人に販売して収益を売るこ とを目的として生産され,現に市場を流通している経済財」である。総合的には,「商 品は有用性と収益性をもち,市場において貨幣と交換して売買取り引きされる経済財」

といえる。買い手には満足を,売り手には収益をもたらす。商品には,有形と無形があ り,使用価値と交換価値がバランスして存在する必要がある。使用価値は有用性であ り,交換価値は収益性といえる。商品の新しい要件として,低公害性または無公害性が 重要となっており,第

3

者に対して限度以上の環境悪化をもたらして迷惑をかけないこ とが肝要であるとし,商品の社会性に言及している。

織畑基

13

一は,商品概念は,提供する経済形態と消費市場との相互作用のなかで変化す るとし,1960年代アメリカの「大衆消費社会」の実現と

1980

年代の日本企業の成長と に関して,フォード(プロダクト・ドリブン)とトヨタ(マーケット・ドリブン)の差 異を強調した。また商品とは,人々の「需要表現」であるが,それが無意識の欲望の根 源(欲動)を言い当てているとは限らない。今後,欲動と既存商品の「欲望表現」との 差延を時間的に,空間的どのようにして縮めていくかが課題であると指摘した。

────────────

11 岩下正弘ほか『現代商品入門』中央経済社,1989年,2−3ページ。

12 水野良象『商品学読本』東洋経済新報社,1994年,17−21ページ。

13 織畑基一『日本企業の商品開発』白桃書房,1996年,17−24ページ,39ページ。

なぜ,商品を買うのだろうか(石川) (939)325

(5)

このように商品には,さまざまな定義と認識が存在するが,商品となるべき条件は,

誰が決定するのだろうか。

石崎悦

14

史は,商品であってはならないものとして(1)人間=奴隷(権利),(2)自然

=空気(無限量),(3)反人間的もしくは人間に敵対すると思われる生産物=兵器を挙 げる。しかし歴史的,社会的条件の変化により,商品として存在したし,今後も存在す る可能性がある。商品とは,それ自体固定的な条件をもっているのではなく,社会的条 件の設定によって存在が決定するものである。商品形成の社会システムとして,生活 者,商品提供者それに両者の調整機構としての公共機関の

3

主体が必要である。商品形 成とは,商品の概念形成のことである。この意味から,商品は社会的に形成されてくる のであって,単純に新商品が出現するわけではない。3主体の関係と社会的条件の中で どのような商品概念が形成されるのかが問題となる。新商品の誕生については,経営的 観点よりも社会的になぜその商品が出現したのかという社会的観点が重要といえる。一 般的には,生活者のニーズ志向,生産者の技術志向で商品が出現するが,社会的な意味 を変更することができれば,これまであったような商品でも新商品として社会的に成立 することができるという。

この石崎の主張から,商品にしてよいモノといけないモノ,つまり商品の条件を決め るのは,同時代の人々であり,それはとりもなおさず社会の価値であるといえる。社会 が商品を決める,この意味から,「商品は社会に従う」といえる。われわれは商品を選 ぶことで,生活様式を変え,新しい生活ステージに立つ,その新しい生活ステージが商 品の条件を決定する,その条件の下でわれわれは商品を選ぶ。このような商品,生活,

社会の密接な相互関係の内実を歴史的に整理し,その含意を解明しようとする研究分野 として,商品史

15

学展開の可能性がある。

商品を買う意味

では,そのような商品をなぜ買うのかという問題を考えよう。

プロセス

商品を買う理由とは,人間の欲望から成果までの過程を買うことにほかならない。つ まりラーメンを食べたいという欲望が起きたとする。その欲望を満足させるために,小 麦粉を買い,練り,麺にし,ゆがき,豚骨からスープをとり,葱を切り,豚肉を買って きて,チャーシュウを作り,なるととシナチクを買ってきていれ,胡椒をかけて,箸を

────────────

14 石崎悦史『商品学と商品戦略』白桃書房,1993年,1−3ページ,13−16ページ。

15 その先駆的な業績として,角山 榮の一連の仕事がある。なかでも『茶の世界史』中央公論社,1980 年,『時計の社会史』中央公論社,1984年,『時間革命』新書館,1998年,『生活史の発見』中央公論 社,2001年,「近代世界史を動かした元祖グローバル商品 お茶」『AERA Mook文化学が分かる』朝 日新聞社,2002年などが注目される。

同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)

326(940

(6)

割って食べる。材料を買ってもこれだけ手間がかかる。これらのものを全て最初から自 分の手で育てたとすれば,気も遠くなるような手間と時間がかかる。いま,われわれ は,ラーメンが食べたいと思うと,インスタントラーメンあるいはカップラーメンに手 を出す。これは食べたいという欲望の出発点から食べた,満腹したという成果までの過 程を短縮していることにな

16

る。この欲望から成果までの時間と手間を劇的に短縮し得た ところに,インスタントラーメンあるいはカップラーメンの画期的意味がある。これは

3

種の神器,3 C の画期性にも共通する。商品を買うとは,手間と時間を買うことにほ かならない。

商品の歴史は,人間がモノを作り出す複雑な過程から一つ一つ撤退する歴史でもあっ たといえる。つまり,欲望から成果までの距離と時間を短縮する歴史であったともいえ る。人間が,商品の登場によって,モノをつくる人から,モノを買う人に変わってきた ことは間違いない。村田和彦は,この点を鋭く指摘する。つまり,商品の普及につれ て,人間評価の源泉が「多くのモノを作り出す能力」より「多くのモノを買える能力」

へと変化してきた。歴史的に見ると,人間が商品を買うのは,労働からの回避と自由時 間の確保が動機となっていたといえる。生活手段が商品化することにより,本来楽しみ であったモノをつくる作業を厭うようになり,自由時間の獲得が人間の最大目標となっ た。家庭電化製品の大普及の背景として,家事労働の軽減その裏返しとしての自由時間 の拡大があったことはよく指摘されるところである。それによって生まれた自由時間さ え,企業が提供する娯楽(演芸,ショー,遊技施設)を買うことに費やされる。これは 個人のなかで,労働時間と非労働時間の敵対という状況を生みだし,就業時間は浪費か 損失と考え,労働時間を短縮する行動に駆り立てる。労働はいやなことなので,熟練す る苦労を選ばず,機械化による単純労働で自由時間を買い取ることになる。また家事労 働の軽減が主婦を家庭から引きずり出し,賃労働者に変え,家庭生活のむなしさを助長 し,家事その他家族関係の面倒な負担を取り除く一方,愛情を奪い去り,現金関係だけ を家庭に残した。大量生産・販売による商品の低廉化のため,家事労働は非経済的なモ ノとなり,婦人を一層家庭から追い出すことになった。「自家製」がかっこわるいモ ノ,工場製あるいは店でつくったモノ(ブランド)が「自慢の種」になる。これは技能 の低下を助長し,家族員各々が,独立の所得の獲得に対して激しい衝動を持つとこにな った。ここで,すべての生活手段が商品化する道が決定的となった。商品社会における 悲惨な家庭生活,社会生活の現れといえ

17

る。いまや老人介護や人間の内臓さえ,商品化 するほど家庭・社会の秩序が動揺している。しかし,このような状態を生活の衰弱と理

────────────

16 吉野正治は,これを「消費の外部化」と呼んだ。同『あたらしいゆたかさ−現代生活様式の転換−』連 合出版,1984年,68−74ページ。

17 村田和彦「前掲論文」3−24ページ。

なぜ,商品を買うのだろうか(石川) (941)327

(7)

解するのか,生活の高度化,洗練化と理解するのかは議論の分かれるところであろう。

ただ「モノをつくる労苦」の経験がないため,モノの大切さ,モノのありがたさとい う観念が磨滅する。またその生産過程までは知らないため,企業が提供する商品情報の みに依存する度合いが大きくなり,「依存性の増大」,「自律性の弱

18

化」が顕著になる。

企業の提供する情報と商品のなかでしか生活できない状態となる。この段階で,人間評 価の源泉が「多くのモノを作り出す能力」から「多くのモノを買える能力」へと変化 し,いまや「最適なモノを選ぶ能力」へと変化しつつある。

また,いまや娯楽という欲望(東京ディズニーランドなどテーマパーク)さえ,企業 が創出し,管理しようとしている。現代人の「漠とした不安感」の根底に,このような 商品と生活の関係があることは注意を要する。

商品は,一面で確かに生活の利便化,効率化,安楽化,安直化,簡便化−労働の軽減 と自由時間の増大−多様な生活スタイルの実現という明るい側面をもつが,逆にそのこ と自体が,人間本来の創造性,主体性,自律性を歪め,社会の動揺・衰弱,秩序の破 壊,家庭という共同体の崩壊(変質)という暗黒の側面も合わせ持つことは注意してお く必要があろう。

商品史のドア──ランドマーク商品の存在──

商品一般は,このような歴史的含意をもつが,そのなかでも,特に生活スタイルの変 容に影響を与える商品を,なんと呼べばよいのか。単なるヒット商品,ベストセラー商 品,ロングセラー商品とは違って,生活スタイルや価値観の変化にとってランドマーク となるような商品,つまりその商品が世に出ることによって,それまでのスタイルを一 変させた,変容の画期となった商品という意味で,ランドマーク商

19

品と呼ぼう。ランド マーク商品とは,その出現によって,それ以前の生活スタイルを大きく変え,生活の利 便化,効率化,安楽化,安直化,簡便化つまり労働の軽減と自由時間の増大に決定的な 影響を与え,多様な生活スタイルを実現させ,その背景となる価値観の変容をも促すほ どのパワーをもった商品のことである。具体的には,1960年代の

3

種の神器(電気洗 濯機,テレビ,電気冷蔵庫),1970年代の

3 C(カラーテレビ,カー,クーラー)

,電気 炊飯器,ステンレス流し台(システムキッチン),瞬間湯沸かし器,電子レンジ,紙お

────────────

18 吉野正治『前掲書』191−193ページ。

19 ランドマーク商品については,1995年から同志社大学人文科学研究所第5研究会で共同研究を続けて きた。これまでランドマーク商品に触れた論稿としては,大原悟務「ランドマーク商品の有効性と安全 性の認知および評価における問題」『社会科学』66号,2001年,安岡重明「既存商品のランドマーク商 品化」『社会科学』68号,2002年,水原 紹「商品におけるランドマーク性の継続」『社会科学』69 号,2002年,山田眞美「自転車文化論」『同志社商学』第54巻1・2・3号,2002年がある。

同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)

328(942

(8)

むつ,インスタント食品,缶詰,ペットボトル,冷凍食品,レトルト食品,パソコン,

ヘッドフォン・ステレオ,自動田植機,自動販売機,自動改札機,クレジット・カー ド,コンビニ,携帯電話,住宅ローンなどが考えられる。

われわれの生活が,これらランドマーク商品の誕生と普及によって大きく変化してき たし,しつつあることは改めていうまでもない。が,ランドマーク商品は,時代(生活 スタイル)の進運とともに弊害も生む。自動券売機は,コミュニケーションを減少さ せ,失業を招き,健常者にとって有用なモノとなる。インスタントラーメンは栄養偏 在,食事マナーの劣化・食事時間の不規則性,カップ麺は容器公害,自動車は交通事 故,排ガス汚染,自動田植機は生産力を向上させはしたが,地力を減退させ,排気ガス により大気汚染などの問題を生み出す。わが国に限っていえば,当初,占領国アメリカ の輝くような生活商品にあこがれ,「生活改善」の理想に燃えて提供され,世間から熱 狂的に受け入れられたランドマーク商品も,時代の変化のなかで,公害,エネルギー濫 費,環境破壊,家庭崩壊などの問題に遭遇する。その試練を乗り越えられない商品は,

ランドマークとしての地位を滑り落ちる。逆に,滑り落ちるから,つまりある時代に適 合し,次の時代に適合し得なくなるから,「ランドマーク」商品だともいえる。ランド マーク商品は,多様で,豊かなそして衛生的な生活スタイルを実現させたが,反面人間 本来の創造性,主体性,自律性を歪め,社会の動揺・衰弱,秩序の破壊,家庭という共 同体の崩壊をも顕在化させるパワーを併せもつ。いま,世界で,スローフード運動が盛 んとなり,商品を拒否する社会(共同体)の存在が注目されつつある。世界,社会,文 化,人間の変容の歴史と推移を語る場合,商品を避けて通ることはできない。

何気ない,当たり前の,当然と思える「商品を買う」という日常的な行動が,実は大 きな社会変動の駆動力の一つになっていることだけは間違いなかろう。このような実状 のなか,商品,生活スタイルおよび社会のありようとの間にある相互関係の分析を中心 とした商品史という歴史分野が,立ち上がる意味は少なくな

20

い。

────────────

20 本稿は,2002年8月9日に開催された社会経済史学会近畿部会大会「なぜ商品を買うのだろうか」の オルガナイザー報告に加筆したものである。同大会では,木山 実氏「食の商品史」,川満直樹氏「容 器の商品史」,柿本尚志氏「金融の商品史」,石川「娯楽の商品史」,瀬岡 誠氏「負の商品史」が報告 された。当日コメンテータとしてご参加いただいた角山 榮先生,安岡重明先生をはじめ多数の会員か らのご意見に感謝する。大会の内容については,読売新聞(2002年8月26日夕刊)の文化欄で紹介さ れ,「大衆をとらえた商品の歴史を実証的に明らかにし,物と人との相互作用の中で生活様式が変遷し ていく過程を照らし出すことができるなら,商品史は注目すべき分野となるだろう」と評された。

なぜ,商品を買うのだろうか(石川) (943)329

参照

関連したドキュメント

専攻の枠を越えて自由な教育と研究を行える よう,教官は自然科学研究科棟に居住して学

 21世紀に推進すべき重要な研究教育を行う横断的組織「フ

「心理学基礎研究の地域貢献を考える」が開かれた。フォー

Research Institute for Mathematical Sciences, Kyoto University...

本稿で取り上げる関西社会経済研究所の自治 体評価では、 以上のような観点を踏まえて評価 を試みている。 関西社会経済研究所は、 年

【 大学共 同研究 】 【個人特 別研究 】 【受託 研究】 【学 外共同 研究】 【寄 付研究 】.

社会学文献講読・文献研究(英) A・B 社会心理学文献講義/研究(英) A・B 文化人類学・民俗学文献講義/研究(英)

社会学研究科は、社会学および社会心理学の先端的研究を推進するとともに、博士課