平成 17 年度報告書
「ナノテクノロジーをテーマとした博物館活動事例調査」
財団法人 日本科学技術振興財団
17 ( ) 16
17 7
16
2
18
1
1 3
1.1 3
1.2 14
2 24
2.1 24
2.2 31
2.3 39
2.4 50
3 53
3.1 53
3.2 60
3.3 69
3.4 81
3.5 98
3.6 108
3.6.1 108
3.6.2 109
3.6.3 124
126
4 129
(1)
IT
1
2
3
(2) 調査内容
①アンケート調査 (科学技術館の来館者対象)
・実施期間 ①平成 18 年 1 月 13 日(金)〜1 月 17 日(火)
②平成 18 年 1 月 27 日(金)〜1 月 31 日(火)
(集計は、上記 2 期間をまとめて行なった。)
②ヒアリング調査 国内
・東京大学大学院工学系研究科 大津 元一 教授
・米村でんじろうサイエンスプロダクション サイエンスプロデューサー 米村 傳治郎 氏 海外(米国)
・ローレンス・ホール・オブ・サイエンス Dr. Darrell Porcello
・シカゴ科学産業博物館 Dr. Barry Aprison
・科学博物館(ボストン) Dr. Daniel A. Davis
・ワシントン州立大学 Dr. Ethan Allen
(3) 調査の方法
本調査を行うにあたり、学識経験者からなる委員会を設置し、委員の方々の助言を受けて、事 務局でアンケート調査、ヒアリング調査等を行った。委員の構成および事務局は次の通りである。
委員
主査 佐藤 勝昭 東京農工大学理事・副学長(教育担当)・大学教育センター長
小森 和範 独立行政法人物質・材料研究機構 超伝導材料研究センター 研究員 渡部 智博 立教新座中学高等学校 教諭
高木 憲治 日本電子株式会社東京支店電子光学営業グループ 課長
事務局
田代 英俊 財団法人 日本科学技術振興財団 渡部 伸之 財団法人 日本科学技術振興財団 丸山 義巨 財団法人 日本科学技術振興財団
1 ヒアリング調査
1.1 ワークショップと科学教育におけるナノテクノロジー
調査先:東京大学大学院工学系研究科 大津 元一 教授
近接場光を中心とするナノメートル領域での光科学技術を「ナノフォトニクス」と呼ぶ。この 領域を開拓し、自ら青少年に対する科学技術普及活動を実施されている、東京大学大学院工学系 研究科 大津元一教授に、昨年から引き続きヒアリング調査へのご協力をお願いした。今回は光 の専門家から見た青少年・学生たちの姿、それに関するワークショップや展示手法で考慮すべき ポイント、具体的なアイデア等をお聞きした。
・光学の基礎について
かつて財団法人 神奈川科学技術アカデミーというところで、夏休みを使って2回ばかりワー クショップを実施しました。その時は、実際のナノフォトニクスとは何かとか、光に関する不思 議なことを実験しました。お母さんと中学生なんかが、大勢来ましたよ。それで、どうしてこん なことが起きるのかとか、細かい質問もいろいろでましたね。
最近はそうした活動はあまりやっていません。中学生や大学生もそうですが、技術者で先進的 な光技術をやりたいというときに相談に来られる人、そういう人たちとお付き合いしています。
最近、あまり光のことを大学で教わらなくなっていますからね。
ここに読み物(「光科学への招待」大津 元一 著)がありますが、後ろの方に光の簡単な式み たいなのがありましてね。今まさに、こういうものを駒場(東京大学駒場キャンパス)の2年生 に教えているわけです。まあ、本文に書いてあるのは単なる光の反射と屈折の、こういう見方が できるとか、ああいう見方ができるという、それでも従来のカリキュラムにないようなことが書 いてあって、そういった考え方を講義で教えることも重要だとは思うのですが、そうばかりもい っていられないのです。ですから式を使った文章、どちらかというと後ろの方に書いてある細か い付録の、補足の部分を教えています。
・知識よりも知恵に注目
私は知識よりもむしろ知恵というか、特にナノテクの場合、ナノテクで使う光と普通の光とい うのは、同じ光の現象でも考え方や見方を違えないと全然理解できなかったりして、発明なり開 発ができなくなってしまうのです。既存の知識が本質を見えなくしてしまうという恐れがあるも のですから、こういった同じ内容でもいろんな見方ができるんですよという、説明の仕方をする のが重要かなと思って講義しています。
結局は知識というよりも知恵をつけるというか、その知恵というのは同じ現象でもいろんな見 方ができますよということですよね。それを提示してあげることが学生にとって重要で、中高生、
それから大学生も含めてその辺りが最近の学生さんに不足しているような気がしています。
10月にアメリカの科学館を調査されたとき(第3章で報告されている米国調査)に、敷地の奥 の部分は光とか力学とか電磁気とか、基礎で占められていたということがありましたね。所詮ナ ノテクというものは分野の広がりが小さいので、大きな敷地を使ってもそれを全部に使って説明 するほどの内容がないのかなという懸念が一つあるんです。
それから、ナノテクのように変わった新しい世界というのは、既存の知識が本質を見えなくし てしまうという危険をはらんでいるので、アメリカの科学館なんかではむしろ基礎のところをも う一回、見方を変えて教えるためにこれだけ大きなスペースを占めているのかなと、そういう気 がしたんですけれどね。そういう意味での質と、欧米の長い科学の歴史に基づく量と、やはりそ の2つが両立しているような気がしますね。決して知識を羅列して見せているだけではないと思 います。
これから日本がやっていくとすれば、やはり単なる知識ではなくて知恵というか、教材は少し でもいいから同じ現象でもこういう見方をする、ああいう見方をするというふうに、いろいろな 見方で説明してやったりですね。それから科学の内容と人とを切り離すのはよくないと思います ね。現象とか学問ばかりではなくて、それを発見した人や作った人が、どういうことを考えなが らそういう結論に達したんだろうという、発明者、発見者の頭の中を紹介するようなことがあっ ていいですよね。
・発明者・発見者の思考過程を省みる
例えば、ニュートンが光のプリズムの実験をやったのは、決して最初からその実験をやるため に考えたのではなくて、その頃は望遠鏡、貴族の玩具の望遠鏡などを依頼されてニュートンなど の人が作っていたのかな。そのときになかなかいい物ができないので、性能を上げていくために いろいろ調べている過程で、光を七色に分けるプリズムとか、そういう極めて基本的なところに 達したとかですね。
ニュートンも若いときは研究だけでなくて生活のために貴族の下働きでレンズを磨いたりして いたんでしょうから、そういう人間の生臭い生活体験の中からこんな抽象的なことを見つけたと かですね。実際、これからの若い人が新しいことをやっていくにはそういう発想にたどり着くこ とが重要なので、人間としての科学とか学問ということを教えるということも必要かなと思いま すね。
リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見したっていう、単なるきれいごとだけではなく て、光の場合はちょっと違った泥臭くていいから踏み込んだ説明ができるといいなと。そうすれ ば共感を持ってもらえるんじゃないでしょうか。それから、こういう生活の仕方や考え方をして いると自分は新しいことに気がつくのかとか、そういうことなら若い人も分かるような気がしま すね。
・学生の得手不得手の今と昔
文章の構成力とか実験に使う工具の使い方、それから何かの製作に関する技術というのは、や っぱり今の人は苦手になっている気がしますね。手を動かしてないということが大きいのでしょ うか。
昔は秋葉原でいろいろな部品を買ってきてラジオを作ったり、何か作ったりということを子供 でも結構やっていました。私もそういうのが好きでしたけれども、今はあまりそういうことはし ないですから、実験に使う工具の使い方や製作に関する技術というのはあまりないんですよね。
それから文章の構成力というか、普通の分かりやすい単語ですけど、「私はどうのこうのでどう なりました」というのも、なにか手際がうまくなかったり、ある意味で論理的な構成、起承転結 というのがうまくいっていなかったり、人を納得させるような形で表現するというのは随分不足 していると思います。そんな印象を受けますね。
しかし、読解力とか数式の操作能力、光学や電磁気学の知識、コンピュータに関する知識や技 術というのは昔と同じか、むしろコンピュータに関する知識や技術を本能的にもう分かっている という意味では遥かに上ですよね。まさにそれは実感します。
今は何かをしようとするときに、選択の余地が少なくなっているんでしょうかね。昔だとトラ ンジスターとかコンデンサーとか素材から買ってきて、それを組み合わせてできる可能性という のは非常に多かったのですが、今はもうパソコンがあって、CDがあって、DVDがある。中身は もうブラックボックスですから、全然分からない。外身も組み合わせぐらいでしかやりませんか ら、何かを組み合わせてということをやる選択肢も少なくなっています。だから機会が少なくな ってきているというのが問題で、だんだんそれが技術とか工具の使い方なんかに関して、あまり 慣れなくなってくる原因にもなっていると思いますけどね。
その代わりコンピュータのソフトウェアなんていうのはむしろ、かえって種類が多くて、それ を組み合わせるというのはうまくできるのではないですか? だから能動的に何かやりたいこと をやるという場が違う、舞台が違ってきているのではないかという気がしますね。要は手を動か すことからソフトの方を動かす方に変わってきているような気がします。
例えば電子部品についての知識はあると思うんですけれどね。実際に何か新しいことを開発し ようとか研究しようなんていうときには、そういったトレーニングがなされていない気がします。
もちろん大部分の学生さんはそうだけれども、上の方の何%かの人というのは本当に好きで、何 かをやっていたりする人はいますけどね。
・ナノテクノロジーの特性と基礎科学の観点
ただ、ナノテクノロジーの観点からいうと、ナノテクノロジーというのは手でも触れることが できないし、眼にも見えないくらい小さいわけで、むしろ実験技術云々は補助的であって、やっ ぱりナノテクノロジーとかそれに関わる光とか電磁気などをどういうふうに考えたらいいんだろ うなあという、考え方に関してのメニューというか、そういうものをたくさん用意してあげるこ とが重要だと思いますね。先ほどのアメリカの例ですが、そういう意味で敷地の大部分が光とか
力学で占められていても無理がなくて、同じ光でもプリズムを一つの説明の仕方だけではなくて いろんな観点から説明するということができればいいのかなと思います。
そういうことでいうと、光の基礎を使う展示室のアイデアでいくつかありましたけど、これを 網羅的にすべて展示する必要はなくて、例えば最初の一つの、どこかにヤングの実験とか何かあ りましたけど、これもいろんな考え方で説明するとか、四方八方から見方を変えてみるというこ とをするといいのかなと。
英国博物館などの展示物のアイデアのいくつかの話に関しては、やはり光の現象の教科書的な ジャンル分けにとらわれた分類のような感じもしますよね。だから、一つの効果というか一つの 例を、多様な見方で教えるということができるといいかな思いますね。
・ヤングの実験の多様な見方
これがヤングの実験に関して多様な見方の例になっているかどうかは分かりませんけれども、
ヤングの実験というのは 2つの穴があってそこから出てくる光が強くなったり弱くなったりする と。それは説明してもいいと思うんですけれど、それが例えば穴がいっぱい増えるとどうなるか ということですよね。普通のヤングの実験は穴が2つ。それで光の縞々模様が見えるんですけれ ど、いっぱい穴を開けると縞々の縞の太さがどんどん小さくなっていきます。それから、ご存知 のように回折といって広がる効果も出てきます。だけど、穴の数が多くなると広がるとはいって も、結構さっきの干渉縞の効果が出て、1 個の穴から通り抜けると光が広がってこんな広い縞に なる。多数の穴から出てくるこの広がりが、この穴の数だけどんどん小さくなってくる。
例えばこれを応用したのが、人工衛星に載せたレーダーを使ってクレムリン宮殿の瓦屋根1枚 1枚が見えるくらい精度が高い地形測定装置、それから、日本列島が毎年10センチくらい動いて いるということが分かる地震計であったりします。ここに出ているのは野辺山にあるアンテナの 列ですけれど、これがさっきのヤングの実験でいう1個1個の穴に見立てることができるとか、
そういう方向にも広がっていくんですね。だからこれはもう、ヤングの実験の応用例というか、
考え方は同じでもこうやれば全然違う方向に行くとかそういう考え方というのもあるんですね。
そんなようなやり方で、一つの見方ではなく多様な見方を教えるのが一番重要かなと私は思い ます。特にナノテクは見方が違う。同じ現象でも物が小さくなるだけで見方を変えなくてはいけ ないので。それから、科学の内容と人間とを切り離さない方がいいのではないかと思います。ヤ ングの実験のヤングは、どんなことを考えてこれに至ったのか。自分もこんなふうに考えている と、こんなに大きい仕事ができるのかなと思わせるようなストーリーがいいですね。
やはり知識というより知恵を教えましょうよと思うのです。今の日本の教育は、縄張り意識が 強いですから分野Aのことを分野Bで教えてはいけないようになっているわけです。ヤングの実 験を教えている人は、このレーダーのことは教えないことになっています。だけど、同じことで も見方を変えると、実はまったく違った分野にまたがっているとか、そうであるのならば同じ考 え方での全然違うことが可能になるとか、そういうことを感じてもらうのが重要ではないかと思 います。
・科学に関わる人間
それからやはり日本人が損をしていると思うこともあります。欧米は人と科学の関わりという のをよく紹介していますよね。ニュートンとフックが大喧嘩をして、フックの肖像画がはずされ てしまったとか。そういうストーリーがありますけど、日本人は全然出てこない。やはり日本人 だって、医学の北里柴三郎はどういうふうに考えたかとか、いろいろありますよね。最近の小柴 先生はどう考えたかとか。そういう日本人をどんどん紹介してもいいと思いますけれどね。
カーボンナノチューブにしてもね、どうしてあんなカーボンナノチューブにたどり着いたかと か。そういう日本人がどういうふうに考えたかということ、それから世界の中で日本人はどのよ うに活躍していったかということ。黙っていると、どんどん欧米の方に行ってしまうので、日本 人はどういうふうに戦ってきたかということを教えてあげるのもいいかなと思っています。
あまり大きな声ではいえませんけど、越えてはいけない垣根がやはりありますよね。光という のは特に、外から見ると縄張り意識が激しいですねとよくいわれますね。光の代表例というのは、
カメラレンズみたいな光学機器の分野ですとか、光ファイバーなどの光通信です。この 2つとい うのは全然分野が違っていて、お互いに垣根を取り払って交流することがないといわれています ね。
いわゆる光学屋さん、レンズ磨き屋さんというのはニュートン以来の材料研磨屋さんですよね。
それに対して、光ファイバー通信は電子工学。今まではマイクロ波の電波だったのを光に変えて いるんです。だからそれは電子工学をやった人たちがやっていて、同じ光を使っているのには違 いないんだけれども、一方は空間的に並列に処理をするというのか2次元的に見ますよね。他方 の光ファイバー通信は時間的にいかに速く送るかという話が根底にあるので、相互交流が全然な いという感じがします。でも、原理は全く同じなんですよ。ファイバーに光をいかに通すかとい うのは、レンズをいかに研磨して焦点を細く絞るかということと全く同じなんですけど、そうい うのが全く違う分野として捉えられる。
アメリカの光学会では、そういう光ファイバー通信もレーザーの基礎も全部受入れています。
日本の光学会には、光ファイバー通信はないですよね。レンズ磨きとか立体写真のホログラフィ ーとか、そういう限られた分野で。それがますます、光の関係の縄張り意識の垣根を高くしてい るという印象を与えていると思いますね。
・教育内容の減少の影響
小中学校のゆとり教育で、連分数を教えないことになっていますが、それのあおりで、例えば 電気なんかコンデンサーを2つ直列につなぐと合計のコンデンサーの容量はどうなるでしょうと いう例題を教えてはいけないんですよ。それからレンズの曲面がこのくらいだとする。さあ、こ のレンズの焦点はどの辺に結ぶでしょう?これも計算が分数になるから、教えてはいけないんで すよ。
だからいろんなところで影響が出ていて、教えられる機会が高校生とか大学1年生くらいまで 非常に限られています。ただ、その頃ではちょっと遅いですよね。中学、高校でも、あんな分数
は大したことないんですけどね。
中学校でもう文字式の中に出てきますが、例えば円周率を3.14ではなくて3と、もう矛盾するこ とがいっぱいありますよね。例えば円の円周の長さと、その円に内接する六角形の辺の全長との 関係です。円周率が3だと両者は同じになりますね。円に内接する六角形の辺の全長は円周の長 さより当然短いですよね。だけど円周率を3.14ではなくて3にすると同じになってしまう。
こういうのを教えられなくなってしまうとか、変なことがいっぱいあるのが問題で、だからそ ういう意味ではむしろ、知識は教えられないけども知恵は教えられるんではないかなと。これは 私見ですけれども、そういう考え方もあるかと思います。だから、カリキュラムがここまでだか らというのに縛られなくてもいいのであれば、展示で教えることもいろいろ考えられますよね。
逆にいうと、そういうことに縛られている学生さんは、今いったようなことに接しないで卒業 していくわけだから、ちょっとかわいそうかなと思いますね。遊び心でこういうのを見に来ても らってもいいんではないかなと。
カリキュラムにのっとった教科書的で基礎的な教育への要求も非常に多くあります。私達は最 近 NPO を立ち上げたんですが、そこでは光関係の技術者に、ナノフォトニクス初級、中級、上 級のナノフォトニクス塾というのを始めることになったんです。初級の方たちはナノフォトニク スの一歩手前の普通のレンズの性質などを勉強してもらったり。
・人気学科の移り変わり
最近のIT不況のせいか、電気系の学科は人気がなくなってる。その代わりロボットとか宇宙と か、あとマテリアルは人気がありますね、ナノテクノロジーのマテリアルなんいていうのは特に。
どうしてそうなったのかと思ったら、一つは学生さんの親御さんが教育熱心で、最近ITは不況だ からあんなところは行くなよと。それよりも元気がいいから機械系に行けという、親御さんの意 見が結構強いようですね。こういう展示を見に来るのも、結構親御さんがついて来ますよね。一 つはもしかすると、親御さんの意識改革がすごく重要かなということを私は思っていますけれど もね。
実は学芸大の元先生だった方が、日本物理教育学会の方から頼まれて科学技術館でなにかイベ ントをやったんだそうです。そこにはやはり、小・中学生と一緒にお母さんなんかがついて来て いて、むしろお母さんの方から このアインシュタインの公式は、物質によらず成り立つんです か? とか、 プラズマテレビのプラズマって何? とか、どうも子供が聞いているというよりお 母さんが聞いているような質問が多かったと。ですから、お父さんやお母さんと仲良くなるとい う方法もあるかもしれないというふうに思ったんですね。
小学校の低学年くらいの子供は、やはり親のいうことを聞きますからね。お母さんが これは すごいんだから、あなたもそういうの勉強しなくちゃだめよ。 といわれれば勉強するかもしれな いし。
・科学の歴史を作る人の歴史
先程いった科学の内容や技術の内容と、人とを切り離さない方がいいのではないかということ ではね、今度朝日選書から「白い光のイノベーション(宮原 諄二 著)」という本が出たんです ね。科学と人とを切り離さないで光のことをよく書いた本が。
最近はやりの白色LED、あれは白い光を出す光源ですよね。昔は蛍光灯だったりその前だと白 熱電球だったり、白熱の前はランプだったりと…。そういうのが石器時代からずっとさかのぼっ て現代に至るまで、人類がいかにして白い光を手にしてきたかっていう歴史を、ずっと書いてあ るんですよね。著者は元(株)富士写真フイルムの技術者で宮原さんという方ですが、その後一 橋大学のイノベーション研究センター長を務め、現在東京理科大学教授です。
その人が、ずっと長い間資料を集めて書きためてきたということなんですね。それは本当に、
それこそインベンション(発明)は必ずしもイノベーションにはならないとか、そういうことが 書いてあったりする。それから、なぜ幕末の水戸藩は攘夷派になっていたかとか、そういう人間 臭い話の切り口で人間と光の現象なんかを書いてある本なんですね。
どうして水戸藩は攘夷派か、ご存知ですか?これはね、幕末の頃に黒船が浦賀沖に現われまし たけれど、それよりももっと頻繁にアメリカの漁船が水戸の漁師の浜辺りまで頻繁に来ていたん だそうです。それは何かというと捕鯨ですよね。なぜ捕鯨をするかというと、クジラの油をラン プの火に使っていたからなんです。結局、白い光を追い求めて水戸の方に来た捕鯨船に対して、
抵抗したために水戸藩が攘夷派になったと。
そういう歴史と光が結びつくとか、非常に変わった観点でよく書かれてある例なんですね。そ ういうのも、やはり人と科学というのは結びつきますよね。
・小さい世界を理解させるワークショップの工夫
やはり「ミクロの決死圏」みたいな感じで、どんどん小さくなってミクロンからナノになって きますよという説明の仕方というのは、ある程度までは理解してもらえると思います。ただ、光 の場合ですとミクロン辺りの寸法のところに原理的な境界線があって、その境界の手前までは既 存の説明の仕方でできるんですが、境界を超えてナノフォトニクスとかナノの光ということにな るとカリキュラムが使えなくなるんですね。
だから一番苦労したのはそこのところで、どういうふうに説明したらいいかと。それは体験型 の実験でやったり、それから一つのアプローチとして違う見方をするとナノっていうのが分かる ようになりますよとかね。要するに私がさっきいったような複数の見方を教えておいて、その上 でだんだん小さくなっていくと…。こういう見方だと、ここで考えられるのが止まってしまうけ れども、こっちの見方をするとナノが説明できるんですよというと、ハッと気がつく。
そういう見方を教える必要があるということですよね。「ミクロの決死圏」みたいにどんどん小 さくしていくとテレビの画面としてはきれいだけれども、結局、なんだか分かったような分から ないような話になってしまうんですね。
・ナノテクとワークショップ形式
誰かインストラクターなり先生がいて、生徒になるような子供たちが何人かいて、きちっと一 つずつ説明しながら実験なり何なりをやるという方法は、ナノテクでは有効ですね。神奈川科学 技術アカデミーを例にとると、体験型でやったんですよ。体験しないと教えられないようなこと、
それからインストラクターがいないと教えられないようなことばかり集めてやったんです。小さ い物がちょこっと展示されていても、誰も分かってくれないんじゃないですかね。
さっきのCD、DVDに近い話ですけれど、去年の10月の中旬に、世界物理年でしたので、情 報通信というブースでナノテクノロジーを使った非常に大きな容量の光メモリーの開発の途中経 過を展示したんですよ。そのときは電子顕微鏡をさらに巨大にしたような装置で細かいところを 削るようなものの模型とか、それから、光ディスクの実物がグルグル回っている様子とかを見せ たんです。日立と東芝の人に立ち会ってもらって、実際に物を動かして説明してもらいました。
もちろん、きれいな解説パネルなども用意しましたけれどね。そのブースはね、かなり人気あり ましたよ。
今の段階では活動の事例調査ということですけど、将来本当にものにしていくということにな ったときに常設にするのか、それとも何ヵ月かに1回とか何週とかに1回とか、やはり人が来て デモをするのかをしっかり考えた方がいいですよね。常設は基礎になるような普通のプリズムの 話を、見方をいろいろ変えてやるくらいにしておいた方がいいのではないでしょうかね。やはり 人がつくことが大切なような気がしますね。
・直接見ることと自由な発想が大事
少し先程の話を補足すると、知識が多い少ないということにはとらわれず、やはり直接ものを 見るための集中力が欠けているかもしれませんね。本質的なことを見るためにジーッと手に取っ て長い時間考えるというような、そういう集中力が必要じゃないかと思うんだけれど、最近の学 生さんの環境では不足している悪い面かもしれないです。
それからもう一つは、自由な発想が制限されているというのも問題ではないかと。自由な発想 ができない理由はカリキュラムを制限されていること。ということで知識ばかりにとらわれてい て、考えるということをする時間が少なくなっていると思いますね。考えたり集中するという意 味では、ただ見ているだけではなくて、手を動かして物を作りながらというのが非常にいい方法 だと思うんです。実験とか製作に関しての時間や経験も不足しているような気もしますね。
今はもう全部、中身はブラックボックスになっていますからね。例えば普通の CDプレーヤー を開けて分解できるようだったら、それはそれでまた面白いですよね。
昔とその辺はもう、様変わりしちゃってますから…。カエルだって自分でちょっと捕まえてき て切ってみると、中には胃袋みたいなのが見えたりするわけだけれども、そういう意味では今は ブラックボックスとして見ると中身はまったく分からない。中身が見えることで、生物だって命 の大切さというのを実感できたりするんでしょうけれどね。
ただ、逆をいうと昔はそういうことがやらざるを得なかったけれども、今は CGなんかで例え
ば「ナノの世界探検隊」みたいなものを作って見せることができるわけですからね。
だからこれからの世の中の人たちはもう、別に製作技術や工具の使い方が分からなくてもいい のかもしれないですね。不得意なところを補うのではなくて、得意なところを伸ばす方がいいの かもしれません。ただそうなったときに、コンピュータに関する知識や技術が非常に高いのであ れば、それを伸ばすというのもいいのかもしれませんけれど、そうすると光とかナノテクという 話ではなくなって、ITの教育になってしまうわけです。それがいいのか悪いのかは、企画する側 の考えひとつでしょうけれども。
東京都から認可して頂いてナノフォトニクスの NPO を作ったんですが、中・高校生に対して これからの科学技術にもっと興味を持ってもらおうということで、実験をさせようということに なったんですね。 ナノフォトニクスって何ですか? じゃなくて、 光って何ですか?光の小さ いのって何ですか? と、そういうことが実験できる。それもまた面白く体験できるようにした いので、まあ企画力が勝負でしょうし知恵と予算がかなり必要だから、そういうことを考えてい かなくてはという話をしているんですけれどね。
・現場の人が与えるインパクト
少し話が飛ぶかもしれませんが、例えば子供が中学生のときに王監督と1回握手したから、自 分は絶対プロ野球選手になるんだとか、そういうことってありますよね。それとか例えば、ノー ベル賞をもらった先生がイベントをやって、科学の最先端にいる学者はこんなことをやってます よとか、こんな物が作れましたよみたいなことを話して、 すごいな。自分もそういう人になりた いな… なんて思ったときに、 君ならできるよ なんていわれたら、それはもう頑張ってしまい ますよね。
去年10月の世界物理年の記念イベントの中の1つのセッションでは、小柴先生や講師たちと高 校生が小さい部屋で懇談しました。そこに行った子供たちは喜んだんではないでしょうか。
定員は 50名だったけど、あっという間にもう満杯になって。そういう企画を 1ヶ月に1回と いうのは大変でしょうけど、年に2〜3回やって、高校や中学にもPRして、行った人が体験談を みんなに話したりビデオとかを見せたりして何かやってもいいのではないでしょうか。東大に行 かないと東大の先生やその分野の先生と話せないというのではなくて、 いや、高校生でも気軽に 話せるよ と。もちろん東大に行けたらもっといいけどねって。そしたら逆に発奮して、 じゃ 行くぞ! となるかもしれませんよ。
先程いった科学の内容と人とを切り離さない方がいいでしょうということですが、日本に現役 で偉い人がたくさんいるんですから、そういう人が何を考えているかということを紹介すること も重要ですよね。例えば小柴先生がいかにしてニュートリノを検出したかというのを映画かテレ ビ見せて、照明が明るくなって次の部屋に行ってくださいといわれたら、そこに小柴先生がいて
君たち何か分からないことあった? とかね。
テレビやインターネットで、「おもしろ科学」みたいな番組をやってもいいと思うんですよね。
科学番組というとちょっと堅いですけど、クイズ番組とかお笑い番組の中にも、ある短時間は科
学のコーナーがあるみたいな。そこにタレントとして先生が出るとか。そういう先生が今度は目 の前に現われて、話してくれたり基礎実験をやってくれたりするよと。媒体をうまくコラボレー ションをできるといいですよね。
携帯電話を使ってもいいですよね。今は子供も持ってるわけですから。テレビ局にだって、理 科系の大学を出たという人もおられるでしょうけど、じゃあその人が番組まで作るような能力が あるかというと、なかなかないですね。やはり科学技術館とか、そういうところに優れた人がい て提供してもらうのが一番いいのですが…。
今はJSTのサイエンスチャンネルとかいろいろありますから、むしろ生ライブというか、現物 がいいですよね。やはりテレビで見るのとコンサートホールに行くのとでは全然違いますものね。
昔イギリスの王立研究所で金曜日の夜に素人向け講義をするというのは、資金稼ぎといった意 味合いがあったみたいですけれどね。去年の調査で出たナノトラックでしたっけ…?報告書に書 いてあった。キャラバンカーで中学や高校を回っているんですね。さすがヨーロッパはすごいで すね。進んでますね。すごいもんだなあ。自分の街にそういうのが来たら、とりあえず何だろう って行ってしまいますよね。子供だったら、チンドン屋が来ても喜んで行くぐらいだから。
デモも大事だけれど、どんな質問でも答えますよというのは重要ですよね。解説するにも解説 の仕方というのが全然変わってくるだろうし。そういう何か素朴な、自分の街の公園にこんなの が来たよ。お兄さんがこんなことを教えてくれたよっていったら、感激しますものね。
子供の頃の原体験というのはすごく大事ですよね。そういう意味でも、科学者の人がどんな人 かというのは、重要ですよね。東京大学でもね、すごい研究者とすごい先生というのがいるんで すね。すごい先生というのは教え方がものすごくうまい。すごい研究者というのは独自の研究の 方に突き進んで行く人ですね。
アメリカでは教育担当教授と研究担当教授というのに分けられています。教育担当教授はいか にいい教育、講義だけをするかということで評価をされる。例えばスタンフォード大学の周辺に は本屋さんがたくさんありますが、そこに行って見ると、教育担当教授が書いたおびただしい数 の光関係の本が並んでいます。日本ではまだ全く翻訳されていないものもたくさんあります。い ろんな教育担当教授が、同じ現象でもああいう見方、こういう見方でとらえるということで書い ているのでしょう。
私が学生に常々いっていることは、私の講義は分からなくていい。多分就職して5年も経てば、
全部忘れちゃうだろうからとね。だけど、例えば就職して線形代数が必要になったら、あの線形 代数に関する本はどこの本屋のどこの棚にいけばあるとか、あるいは図書館のどこの棚に行けば 教科書があるなぁと、それが分かればそれでいいと。だから、知識はあっという間に忘れるもの だけれども、知恵をつけましょうと。そういう意味であの、私が何気なく講義の間にしている雑 談とか経験談とか、そっちの方が大事かもしれないと思っているんですけどね。
ただ、教育担当教授みたいな人がたくさんいればいいんでしょうけれど、なかなかおられない。
けれども今まさに、チャンスが訪れたんじゃないかと思っているんですね。というのは、いわゆ る団塊の世代の優秀な研究をされた教授の方とか、理学部で難しいことを一生懸命にやってこら
れた人とかが、まあ歳を召されてリタイアされると。しかしそれはもう素晴らしい人ですから、
そういう人に 先生、先生、あの子供たちに教える方にまわりません? ってお誘いしたら、も ういわゆるしがらみもなくなっているわけですから、結構参加して頂けるんじゃないかと。
まあ、東京近郊の私鉄沿線の地区なんか、石を投げれば医者か大学教授に当たるっていうくら いですから、いるでしょうね。だから人材とかボランティアみたいな人、ドイツでいうとナノト ラックで回ってくれそうな人が出ると思うんだけど、そうなると一番重要なのは、知恵を教える のか知識を教えるのかということですよね。そして、やはりどうやって教えるのかという企画力 ですよねやはり。企画さえ決まってしまえばね。そういうお手伝いしてくださる方は別にね、高 い賃金よこせといわないでしょうしね。
私がやっているNPOに一応名前だけは登録してくださっている方なんていうのは、まだ40歳 半ばくらいの人で、前は大手の光関係の会社の技術者でしたけど、自分で独立して会社を作った んですね。その業務の一環として例えばこういう教材を作って、全国の学校に売ってやってあげ てもいいよっていっている人もいますけどね。
今は少子化の時代で子供は一人一部屋持っていますから、自分の机の上で一人でやってみるこ とができるようなものがあったらいいですよね。そうしたら工夫しますよね、こう変えたらどう なるかとか。それから替えられる部品がいろいろあるよって提供すればね…。
前に中学生相手に展示をしたときは、おみやげになればと思って、原子がいっぱい並んでいる ところを測定してパソコンのプリンタで印刷してあげたりもしました。それから、最近はプリズ ムもプラスチックの安い物も結構教材として使えるので、50円くらいだったかな?自腹を切って 100個くらい買ってね配りましたけど、結構人気ありましたよ。
アメリカだと理科教育学会なんかではもう、光学の実験キットなんか売っていますよね。全部 プラスチック製ですけど。レンズとかファイバーとか、回折格子とか。非常に分かりやすい本も あって、その通りにやると反射と屈折の実験とか、自分の机の上でできるようになっているんで すよね。それはまあ、知識を教えるにすぎないんだけれど、実体験型だから 昔、プラスチック のプリズムを買ったなあ。 なんて、思い出に残りますよね。
生っぽいのを入れたいですよね。人間臭いっていうか。やはりいろいろ経験した先生と子供が、
向かい合って何かをやるというのがいいと思いますよ。それで、何か一つ作り込めるといいです よね。
子供というのは結構、ありのままを好みますから。少年野球に有名選手が来てくれてね、何か 話したり教えてくれたら、その一挙手一投足を見て覚えますからね。子供の集中力っていうのは すごいものです。
1.2 科学館・博物館におけるナノテクノロジー
調査先:米村 傳治郎先生
科学技術館5階の展示室「ワークス」を拠点として、サイエンスプロデューサーとして、科学 実験等の企画・開発、各地でのサイエンスショー・実験教室・研修会などの企画・監修・出演、各種テ レビ番組・雑誌の企画・監修・出演など、さまざまな分野、媒体で幅広く活躍中の、米村 傳治郎先 生に、ヒアリング調査にご協力頂いた。「最先端」を科学館・博物館において生かせるか、という 切り口からお話を伺った。
・「最先端」と「面白さ」は無関係
常に最先端技術を追いかけるというわけでも、そうしないというわけでもないですね。要する に、意識的に最先端を取り入れようとも思っていなけれども、別に避けてるわけでもない。どっ ちでもないって感じです。僕の場合は、まあ子供たちを含めた一般の方が不思議がったり、面白 がったりするものを見つけだそうとしているので、そこの範囲は紀元前の科学技術でもいいし、
最先端のものでもいい。実はまったくこだわっていないので、最先端のもので使えるものがあれ ば使うし、2000年前や3000年前のアルキメデスの実験だって面白ければ取り入れます。
ただ多くの場合は、最先端のものがそのまま入るということはなかなかないので、どうしても 少なくはなってしまう傾向はありますね。でも、例えば電池の実験、電池自体はボルタの電池か ら始まってもう200年経つんだけれど、まあ、炭を食塩水の中に突っ込んで充電しておいて、そ れを取り出してラジオやモーターを動かしたりするというようなことはやります。これは完全な 意味での燃料電池ではないですけれど、話としては燃料電池につながるんですよね。
炭とかを使うんでやり方は泥臭いけど、話としては燃料電池につながる。そういう意味でいう と、まあ先端に近い部分もあるかなあと。そんな入り方ですね。こだわりのない入り方。
「日経サイエンス」とか「ニュートン」といった科学雑誌は見ますけれど、今はあまりその辺 を積極的にリサーチははしていないですね。僕の仕事につながるようなものは、なかなかそうい うところには転がってないんですよ。転がっている場所が分かれば、早速拾いにはいくんですけ ど、それが難しい。どこに転がっているかが分からないんで。「ニュートン」とか「日経サイエン ス」というのは、先端の部分の話が多すぎて、実際にその場で実験を見てということにはつなが らないことが多い。ですから、今はそんなに熱心に見てないですね。
例えば「日経サイエンス」だと何十年も前には「アマチュアサイエンスのコーナー」とか、そ ういうのがあったんですよ。そういうところに意外と面白いネタが転がっていたりしたので、そ ういうのはよく国会図書館とかへ行ってバックナンバーを調べたりしたことはあるんですが、最 近はあまりやってないですね。
まあ、それもそのまま使えるってわけじゃないんですけどね。例えばこの間神保町の古本屋さ んへ行って、ものすごく古い本を探したりとか、そういうことの方が意外に結びついたりするこ
とがありますね。別に科学史をやっているわけじゃないんで、古いものを目指しているというこ とではないですけれども、古いものの中に忘れられたような形で結構使える面白いものがあった りすることがありますね。
・教科書は意識しない
あるテーマについて、対象としている小学生が教科書で習っているかどうかは、意識しようも ないというかね。結局、取り入れるテーマの範囲を限定しないですから、とにかくは不思議で、
面白がってくれるものということですよね。ここに小学校何年生程度で勉強する内容とか、そう いう縛りを入れていくとますます選択できる範囲が狭くなっちゃうんで、そんなぜいたくはいっ てられなくて、何でもいいんだと。面白ければ、基本的には何でもいいという。それは結果的に、
小学校 5年生までの学習内容に沿ってたりすることはありますけれどね。但し説明するときは、
かいつまんだ単純な説明に落とし込んでしまうので、そういうことからいえば小学生で理解でき る範囲にとどめてあるということにはなりますけど。小学校の教科書の範囲内から何か選んでく るという、そういう発想はしていないですね。
実験演示の中に定量的な話を盛り込むことは、そんなに意味ないです。ただ基本的にいうと、
僕とか展示する側は定量的という意味も含めて、実験の内容についてできるだけ詳しい方がいい んだとは思います。それを説明するしないにかかわらず。例えばシャボン玉でいえば、シャボン 玉のこの色、この緑のところは膜圧が 0.何マイクロメートルなんだねとか、そういう非常に正確 なことを知っていた方が奥が深くなりますよね。
あとは電気コップも、静電誘導などをちゃんと測定したり、もしくは計算上で数値を知ってい る方が、知らないよりは説得力が出てくるでしょうしね。けれども、なかなかこちらも勉強とい うか研究が追いつかない部分もあって。見せていることすべてに精通している方がいいですよね。
見せるのは氷山の一部だけれども、その実験で取り扱っている内容については、極力、広く深く 知っている方がいいとは思っています。
・テーマのつながりにこだわらない
テーマごとに、あまりつながりは考えてないですね。ただ、実験すればそれだけで終わらない で、例えばお母さんがお子さんを連れてくるパターンが多いので、親御さんにとってはお子さん の教育に関心があるわけです。まあ、実験の内容の面白さも含めて。そこで教育的な話、お子さ んの成長にとってこういう実験というものが意味があるんですよ、というような話はしますね。
例えばブーメランを見せても静電気の実験を見せても、その親御さんに話をするある部分の中 に、こういうことを通じてお子さんの好奇心が育っていくし、たった 1回の経験でも、経験した ことは子供の中にちゃんと残るんで、忘れたようでもちゃんと身について役に立っていくもので すよと。電気のプラスマイナスだって、文章にすれば数行で終わっちゃいますよね。だけれども、
それを実際に体験する。見たら、すごく不思議で面白い。直接体験することと、ただ理屈を覚え ることというのは全く違うことですよねと。そういう教育的な話のところは、どの実験をやって
も結局は同じになっていますね。だから、そこが共通項といえば共通項かな。
あとはまあ、科学の考え方とかでしょうか。ブーメランの場合も、 ここ、ねじり方を逆にした らどういうふうに飛ぶと思う? とか、 裏返しに持って投げたらどうなると思う? っていうの は、まずある程度予想というか仮説を立ててもらって、その結果どうなったかを確認する。それ で予想と違ったら、どうしてそういうふうに勘違いしたのかというような、科学の雛型、考え方 みたいなものをブーメランの中に織り込んで、ちょこっと話したりする。それはシャボン玉をや ろうが、静電気をやろうが同じです。科学に共通の実験と理論、予想、仮説というような科学の 考え方ということでは、どの実験を見せても機会があるとそういうところに話をちょっと持って いったりしています。ですから、そこも共通点といえば共通点ですね。
あと、発想法。ときには、どうしてこういう実験を思いついたのかっていう話題も入れますね。
例えば、固まるシャボン玉はどういうときに思いついたのかというと、それは偶然だったんだよ って話。砂糖をたっぷり入れたシャボン玉液を作って浮かべてたんだけれども、それはちょうど 冬の乾燥したときで、しかもストーブをつけてたものだから固まっちゃったんだと。すごい偶然 ですよね。昔からシャボン玉に砂糖を入れるっていうやり方はあったんだけど、じゃなぜ昔から やられているのに、誰も固まるっていうことに気づかなかったのかっていうと、あんまり砂糖い っぱい入れないわけです。僕はもう、やけくそ気味にいっぱい入れたから。そういういい加減さ とか、偶然性。あとは、普通シャボン玉は吹いて、飛んでいって、落ちて、割れる。時間が短い ですよね。ところが、僕は静電気で浮かべるっていう実験をやっていて何分間も浮かべているん で、その間に固まるってことを見つけることができた。
これは役に立たない小さな発見だけれども、科学技術の中の大きな発明や発見というのも、基 本はこういうふうにいろんな偶然とかね、そういうことなんじゃないのかなというような、発想 法とか科学の発見物語の話とか、そういうところにも落とし込んだりもするんですよ。
・セレンディピティーの重視
セレンディピティーっていうやつですよね。このごろ流行り言葉になっている、偶然性とかね。
僕は、犬も歩けば棒に当たる方式っていういい方をしますけれど、意図して見つけられるわけじ ゃなくて闇雲にいろんなことやっている中で偶然出くわす。ただ、多くの場合は気づかずに終わ っちゃうんだけど、何かそこに別の動機があって気づく場合がある。僕は静電気の実験をやって いますが、普通の液体のシャボン玉だと割れて割れてしょうがないんですよ。シャボン玉をネタ に電気の話をしようとして、プラスだマイナスだといろいろ電気を与えて、最後のしめで ハン ドパワーで操るぞ! なんていったらバシッと割れる。それで最初からやり直しで、えらく困り ましてね。
だから、シャボン玉を使った静電気のデモンストレーションはやりたいんだけれどもできない。
それが悩みだっていう問題意識があって、その中でいろいろと試行錯誤でやっているうちに、た またま固まった。結局、問題意識があったから固まるっていうことにピンと引っかかって、固ま るシャボン玉が生まれたんだと思うんですよね。だから、小さいものから大きいものまで、多く
の歴史的な発見なんかもそういうことなのかなとは思うんですけどね。いろんな発見物語を読む と、そういう話が多いですよね。
シャボン玉みたいな小さな話から、大きな発明や発見も、実は人間の発想、営みとしては同じ なんじゃないのかなと。子供たちは夏休みの自由研究や工作、いろんなところで簡単な工夫をす る。その積み重ねが実は子供たちの発想を豊かにするとか、創造性を豊かにするとか、アイデア を出すといった訓練になっているんじゃないのかなと。だから、小さな工夫やアイデアを出す練 習をしているから創造性が伸びるのであって、教え込むことに重点を置いた教育だけをやってい たら、テストの成績は高いけど自由な形での発想っていうのは逆に出てこないんじゃないのかな と。というのは、遊びとか自由な実験とか、その中で発見やアイディアなんかが意外に出てくる んだろうなあと思うんですよね。だから、そういう話は機会があると子供に向けてじゃなくて、
親御さんに向けて話します。勉強ばっかりやっているからって安心していないで、半分は遊ばせ てあげたほうがいいですよみたいな、その程度の話はしますね。
ナノテクでいうと、まあシャボン玉なんか薄膜だから、まさにナノテクなんですけどね、あれ は。
・注目されにくい地味で重要な現象
例えば光、半導体なんかと熱起電気…、まず取り上げられることのない実験ですね。銅線を焼 くと真っ黒い酸化銅ができるんですよ。その酸化銅って熱起電力が高いんですね。いわゆる金属 酸化物の半導体なんですけれど、調べてみると起電力が高い。だから、銅線を焼いて空気中にさ らす酸化銅になりますよね。それで銅線2本で接点を作って、片方だけをバーナーで加熱するん です。すると、この接点部分の薄い酸化銅膜に温度差が生じるのでゼーベック効果で、熱起電力 を発生する。それが結構ね、1ボルトを超えるんですよ。1 接点でね。そうすると、巻き数の大 きい低電流で動くモーターなんかだと回るんですよ、それだけで。これはストレートに熱を電気 エネルギーに変えている熱起電気なので、そんなものも半導体膜を使った身近にできる目に見え る形での実験になるんですね。ただ、残念ながらこの手の実験は地味なので、まず取り上げられ ていません。テレビでも、まず却下。全然乗ってきませんから。
テレビの場合は、制作サイドのディレクターやプロデューサーが理解できないことはやらない です。彼らは忙しく動き回っていて、パッと分かって面白いるものでないと食いつかないんです ね。だから、例えばモーターがゆっくり回るだけだけどね…。半導体というのはクリーンルーム でないとできない最先端なものと思ってるけど、実は金属を焼いて酸化させると一種の半導体に なるわけですよね。半導体には面白い性質があって、例えば熱を電気エネルギーに変換してくれ る面白い資質があったりする。まあ、半導体という物質の物性的な面白い性質の一つを身近なも ので垣間見ることができるわけですよね。そこまで分かると、小さくて地味でも へえー! と 思えるんだろうけれど、テレビの人たちはそこまで回りくどくは決して思わないんで、こういう ネタはまず絶対に取り上げられないということです。
そういう実験は、ちょっと通向きすぎる。だから、いつもネタとして眠ったままなっちゃうん
ですね。シャボン玉がああやって割れるとか、派手なのは入りやすいですけどね。空気砲の輪っ かとかもね。
まあ、専門的なものが一つはあっていいと思うんですけれど、もっと入り口の門というかもっ と簡単で入りやすいものがいいといえばそうだし、本当は両方あるといいと思うんですけどね。
専門系の人間がやるとえらく硬く、難しくなるしね。極端ですよねバランスが。
・ナノテクを扱うことの難しさ
ナノテクだからといって、全体をなんかそういうところで固めると、はっきりいって非常に難 しいと思いますね。本当は、ほとんど入り口の部分で、持っていきたいところに少し引っかかれ ばいいくらいに設定しないと、伝わらないんだと思いますけど。ただ、クライアントというか資 金を出す側の意向が強いと大概実現しないような気もするしね。映画だって考えてみれば、例え ば反戦とか何か伝えたいメッセージやテーマがあったとしても、最初から最後まで反戦を訴えて たら面白くもおかしくもないものね。ところが他の要素がいろいろあって、その中からそういう ものが伝わってくるというか、隠されているからこそ逆に響いてきたり伝わったりするものでし ょ。そうしないと、宣伝くさいだけでね。
だけど、やはり展示となると、どうしてもそのものを出したいっていう意向が強くて、我慢で きないというかね。ストレート過ぎて拒絶されやすいという気がしますね。別に批判をするわけ じゃないですけれど、そこのゲノムの展示(科学技術館内の展示)もいいような悪いような、微 妙な感じですね。
いいたいことは分かるけれども、そのものをストレートに出しすぎていて、入ってくる子供た ちも何のことか分からないからスイッチをペタペタ押して一巡して帰るっていうね。やはり大元 の人たちがある程度理解できていないと、そういうことになってしまうんだなと思いますよね。
・展示物のインパクトと記憶
子供たちは、そういうものをこの先ちっとも覚えてないでしょうね。そこに何か驚きとか、不 思議さとか、そういうものがあれば鮮明に残るわけですよ。それだけ情動とか感情とか、何かが 刺激されたんだから、それは脳なら脳、ある深い部分が動いたんでね。ただ見て へえー。 って いって、バババッとスイッチを押して行っちゃえば、それは何も覚えてないですよね。道端に落 ちていた石ころか、そこに咲いていた草花程度のインパクトしかないんだから。それは痕跡をと どめていないわけだから、影響は与えないってことになっちゃいますよね。
たくさんのものを見せたりするよりはね、一つでもいいからある種のインパクトや、驚きや、
楽しさを伝えた方が実は得策ですよ。ストレートでなくて間接的であろうが、結果そこにつなが るのであればずっと得策なんじゃないかなと思うんだけど。
・一般レベルの科学とは
あの展示を例にいえば、あまりにも一般向き過ぎて大したことがない中身だと、今さらこんな
簡単なことをやりたくないとかね、もっと先端のことを紹介していきたいんだというような、そ んな発想もあるのかなと思いますよね。
だけど一般の人たちにとってみると、アルキメデスとかのレベルにも達していないわけです。
だから紀元前の科学であろうが、最先端にこだわる必要はまったくないと思うんですけどね。大 人だからと思って期待すると、実は小学生よりももっと予備知識を欠いていたりするしね。つま り、学校を卒業してからもう何十年もたっているおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあち ゃんだったら、小学生よりももっと知らないわけですよ。だから本当は、もっともっと切り口を ね、変えないと意外と伝わってない気がしますね。
テレビの実験なんて、結構くだらないことをやるわけです。こっちはもうちょっと凝ったこと をやりたいなと思うのに、 えー!こんなことをやってくれっていうの? っていうようなことも、
制作側が 面白いです! とかいうわけですよ。でも、意外にそういう人たちが面白いですって いったことをやると、反響がよかったりする。つまり、いい意味でも悪い意味でも、そういうレ ベルのところが土台になっているんですね。それを、自分がその道のことをいろいろと知ってる からといって、超えすぎるとひとりよがりで全然伝わらない。伝わらないから、みんな感心する わけもないですね。
だから、研究者の人たちが展示だとかに深く関わって、いろいろとアイデアとか知恵を出すの はいいけれど、あまり具体的なことにまでタッチすると、やはり一般の人たちには分かりにくい ものになってしまうというね、行き違いが出ると思いますよ。最近はいわれなくなったけれど、
サイエンスインタープリターとか、本当はワンクッションあるべきなんですよ。もう最近、言葉 すら聞かなくなったもんね。うん。一時の流行りで。
どうしても研究者は、その分野に関しては自分が一番分かっているから、間に誰かが入ってい ろいろいってもね…。お台場の未来館も、やや先端寄りという傾向が強いですけれど、やっぱり そこがなかなか超えられない。専門家の人たちにとっては自分たちの考えが正しいんだからこう なんだって、どうしてもそこから抜け出せないんだなと思いますよね。それは広告宣伝の世界と 同じでね、ただ商品名を連呼するコマーシャルもあるかもしれないけれど、いろんな表現方法が あるでしょう?だから、ストレートに出さなくても商品のイメージアップをしようとか、それに 近いんじゃないかなと思う。うん。
だからある種、学者さんとかは良心的で、そのものをそのまま分かってもらって伝えようとい う誠意とかはあるかもしれないけど、それは重すぎちゃう。一般の人にはとても消化できないし、
受け入れられない。だから、もっと全然違う面から印象づけて結びつけるとかね。まあ、真面目 な研究者から見たら なんであれなんだよ とか思われるかもしれないけれど、一般の人たちの 受け止め方っていうのは見た目だとかが持つ影響は大きいと思いますよ。テレビだって、やって るコマーシャルは大抵イメージでしょ。だったら展示のある部分は、かなりそれに近いものがあ っても同じことかな、という気もするんですけどね。行きすぎると訳が分からなくなると思うけ ど。うん。でも、やはりあまり真面目に伝えすぎようとすると、逆に伝わらなくなってくる部分 もあることはあると思いますね。
・ナノテクを一般レベルにつなげるには
ナノテクはそんなに勉強しないからよく分からないけど、例えば、静電モーターなんかは、ナ ノテクの小型の動力源としてよく取り上げられていますよね。ナノテクというのは総称だから、
理屈をつけてこじつけっていうか、結びつけちゃえばね、なってしまうということはありますよ ね。うん。あとは生き物とかでも、モルフォ蝶の色とかクジャクの羽根とかね、あれならシャボ ン玉の干渉とかと近いし、結びつけられないことはない。
だから逆にいうと、ナノテクという言葉は最先端で新しいイメージ、未来につながるイメージ があると同時に、例えば半導体もそうだけれど、新しい部分と古い部分、身近ないろんな部分が 実はナノテクにつながっているみたいな切り口もね、入りやすいとは思いますね。
・展示で理解させるのは無理
まず、展示で理解させようなんていうのが土台無理な話ですもんね。そんな、ちょっとパネル を見たからって何人かは分かるだろうと、もし本気で思ってるなら、すでに相当な誤解がありま すよね。あれは何も書いてないとまずいから説明はしてあるけど、それで分かるっていう話じゃ なくて分かっている人が読んで うん、ちゃんと説明できてるな。 というふうに確認するくらい の話でね。はっきりいえば、分からない人がこれを見て分かるんだったら苦労ないですよね。だ から、せいぜい分かった気にさせる何かとか、あとはもっと身近に感じるとか、なんとなくナノ テクに接した気がして ナノテクね。そう、見に行ったよ。 みたいな、もうそんな感覚なんじゃ ないかなと思うんですよね。
結局、それに接することでなんか親近感が湧いたり身近な感じがするとか、それまで敷居が高 くて、なんとなく意識的に避けていた壁が少し取れたとか、そういう心理的な部分の方が本当は 効果として大きいんじゃないかなと思いますけどね。
・科学館の方向性と現実のギャップ
科学館の方向としては、もちろんいろんな資料やパネルや展示で、すごく理解を求めている人 や知識を求めている人に対応するという方向は一つあるわけですよね。と同時に、もう一つはも っともっと面白いところになっていくっていう、両方があると思いますね。まあ未来館なども、
相当予算をかけていますけれども、ディズニーランドみたいに魅力的になってないですものね。
僕も立ち上がりのときに、やや関わったんですよ。企画の段階の委員会とかでね。そこで出た 話は、ハンズオンの展示というのはもういろんなところでやられるようになってきて、そこはも うクリアできたと。終わったんだと。未来館はその一歩先を行く。そこは最先端を紹介していく ところで、格の高い外国からのお客さんがきたときでも、自慢して案内できる場所にするんだと。
そういう話が出ていて、別に最先端を紹介することには何の抵抗ないけれども、ハンズオン的 な出し方がすでに何か古くてもうそれが出来上がってしまったものなんだって聞いたときは、随 分早いなと。簡単にもう終わっちゃうんだなと、すごく思いましたよね。実はそんなことはなく て、パネルを見てケースの中の展示を見て、手でスイッチを押すというところからちょっと体験