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<判例研究>
裁判員裁判における訴因変更 命令について
――最判平成 30 年 3 月 19 日までの判例の変遷と その関係について
河 野 敏 也
目次
【事実の概要】
【判旨】
【研究】
Ⅰ 序論
Ⅱ 訴因変更命令の学説および判例の概況 1 .学説の概観
(1)従来の見解 (2)近時の見解 2 .判例の変遷の概観
(1)最判昭和 33 年 5 月 20 日刑集 12 巻 7 号 1416 頁(昭和 33 年判決)
(2)最決昭和 43 年 11 月 26 日刑集 22 巻 12 号 1352 頁(昭和 43 年決定)
(3)最判昭和 58 年 9 月 6 日刑集 37 巻 7 号 930 頁(昭和 58 年判決)
3 .本件と従前の判例との関係
4 .公判前整理手続を経た審理の訴因変更命令
Ⅲ 検討
1 .昭和 58 年判決までの判例の変遷 2 .命令の義務性の解釈に関するアプローチ 3 .本件へのあてはめ
Ⅳ 結論
キーワード:訴因変更,裁判員裁判,命令義務,勧告義務,求釈明
50 (桃山法学 第36号’22)
最二小平成 30 年 3 月 19 日判決
保護責任者遺棄致死(予備的訴因重過失致死)被告事件 平成 28 年(あ)1549 号
原判決破棄,控訴棄却 出典:刑集 72 巻 1 号 1 頁等
【事実の概要】
本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,「被告人は,A(平成 22 年生)
の実母であり,平成 25 年 4 月 15 日に婚姻し,同月 24 日にAと養子縁組 をした夫と共に親権者として自宅でAを監護していたものであるが,夫と 共謀の上,平成 26 年 4 月頃,自宅等において,幼年者であり,かつ,先 天性ミオパチーにより発育が遅れていたAに十分な栄養を与えるとともに,
適切な医療措置を受けさせるなどして生存に必要な保護をする責任があっ たにもかかわらず,その頃までに栄養不良状態に陥っていたAに対して,
同年 6 月中旬頃までの間,十分な栄養を与えることも,適切な医療措置を 受けさせるなどのこともせず,もってその生存に必要な保護をせず,よっ て,同月 15 日,自宅において,Aを低栄養に基づく衰弱により死亡させた」
という保護責任者不保護罪で被告は起訴された。
第 1 審の公判前整理手続において,争点は,(1)Aが十分な栄養を与え られなかったために低栄養に基づく衰弱により死亡したものであるか,(2)
被告人において,Aが十分な栄養を与えられていない状態,すなわち,A が生存に必要な保護として,より栄養を与えられるなどの保護を必要とす る状態にあることを認識していたか,とされた。
第 1 審判決は,争点(1)につき,Aが低栄養に基づく衰弱により死亡 したことを認定した上で,争点(2)につき,被告人において,Aが生存 に必要な保護として,より栄養を与えられるなどの保護を必要とする状態 にあることを認識していたというには合理的な疑いが残るとして,無罪を 言い渡した。
裁判員裁判における訴因変更命令について 51 これに対し,検察官が控訴し,争点(2)に関して事実誤認があると主 張するとともに,第1審裁判所が検察官に対し重過失致死罪に訴因を変更 するよう促し,又はこれを命じることなく無罪判決を言い渡した点で訴訟 手続の法令違反があると主張した。原判決は,被告人において,争点(2)
に係る認識があったと認定でき,第 1 審判決には事実誤認があるとして,
訴訟手続の法令違反の点について判断することなく,これを破棄し,本件 を大阪地方裁判所に差し戻した。これを受けて被告人が上告した。
【判旨】
最高裁は,原判決を破棄し,検察官の控訴には理由がないとして控訴棄 却の旨の自判をした。訴因変更命令に関する部分については次のように判 断した。
「1 そこで,更に訴訟記録に基づいて検討すると,検察官は,控訴趣意 において,第1審裁判所には,検察官に対し重過失致死罪に訴因を変更す るよう促し又はこれを命じる義務があったとして,これを行わずに無罪判 決を言い渡した第1審の訴訟手続に法令違反があると主張するが,以下の とおり,第1審の訴訟手続に法令違反はない。
2 記録により明らかな本件第1審の審理経過は次のとおりである。
(1) 検察官は,平成 26 年 12 月 22 日,保護責任者遺棄致死罪として本 件を起訴し,第1審裁判所は,本件を公判前整理手続に付した。
(2) 検察官は,平成 27 年 6 月 29 日,前記第 2 の 1 記載の訴因に変更 する旨の訴因変更請求書を提出し,第 1 審裁判所は,同年 7 月 3 日の第 2 回公判前整理手続期日において,その訴因変更を許可する決定をし,検察 官は,同期日において,『本件について,重過失致死として処罰を求める 予定はない。』と釈明した。
(3) 検察官は,平成 27 年 11 月 10 日の第7回公判前整理手続期日にお いて,『本件について,従前重過失致死として処罰を求める予定はないと していたが,公判審理の進行を踏まえ,場合によっては予備的訴因として
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過失致死,重過失致死の追加を検討する可能性があり,その旨は弁護人に も既に伝えている。なお,裁判所に対して必要があれば勧告するよう求め るものではない。』と釈明し,第1審裁判所は,同月 11 日の第 8 回公判前 整理手続期日において,公判前整理手続を終結させた。
(4) 裁判員の参加する合議体により,平成 27 年 11 月 16 日,第 1 回公 判期日が開かれて審理が行われ,同月 20 日の第 4 回公判期日において証 拠調べが終了した後,第 1 審裁判所の裁判長は,検察官に対し,『念のた め確認しますが,特に訴因について何か手当をする予定はないということ でよろしいんですか。』と尋ね,検察官は,『今のところございません。』
と答えた。
(5) 平成 27 年 11 月 24 日の第 5 回公判期日において論告,弁論,最終 陳述が行われ,裁判員の参加する合議体により評議が行われた上で,同月 30 日,第 1 審裁判所は,無罪の判決を言い渡した。
3 以上のような訴訟経緯,本件事案の性質・内容等の記録上明らかな 諸般の事情に照らしてみると,第1審裁判所としては,検察官に対して,
上記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟 法上の義務を尽くしたものというべきであり,更に進んで,検察官に対し,
訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有 するものではないと解するのが相当である」と判示した。
【研究】
Ⅰ 序論
最判平成 30 年 3 月 19 日刑集 72 巻 1 号 1 頁(以下,本件)は,刑法,
刑事訴訟法の両方に種々の重要な意義が認められる判決である( 1 )。その中で も本稿は,訴因変更命令( 2 )の部分について検討を加えていく。刑訴法 312 条 2 項は訴因変更命令の制度を規定し,この裁判所による訴因変更について の命令は,ともすると職権主義の現れともいえる( 3 )。現行法が当事者主義を
裁判員裁判における訴因変更命令について 53 とり,検察官に訴因設定権限を与えていることから,訴因変更命令は,不 告不理の原則に違反しない限りの例外的場面でのみ認められるべきことに
なる( 4 )。そして訴因変更命令を出し得る場面でそのような措置をとらないこ
とが違法となるか,つまり裁判所に訴因変更命令義務・勧告義務があるか がこれまでも問題となっていた( 5 )。本件では,命令の義務性について,従来 の見解である「証拠の明白性」「事案の重大性」に触れずに判断した。そ こで,本稿では,訴因変更命令に関する従来の学説,判例を概観した上で,
本件が,それらとどのような関係にあるのかを検討していくことにする。
Ⅱ 訴因変更命令の学説および判例の概況 1. 学説の概観
(1)従来の見解
訴因変更命令の制度も,訴因論であることから,その「性質についても,
訴訟構造観,訴因間の異なる性質に従って,見解が分かれる( 6 )」と指摘され ている。そこで,現行刑訴法となった直後の学説状況を見ると,公訴事実 対象説からは,訴因変更命令の制度は,「裁判所の訴訟指揮権に関する裁 判(決定)であ」り,「検察官はこの命令に従う義務がある」だけでなく,「こ の命令は形成的効果を生ずるとすら考えられる」ことになる( 7 )。これに対し て,訴因対象説の主唱者であった平野説によれば,「もっとも当事者主義 的な見解は,この命令は検察官の注意を促す意味を持つ,釈明権行使の一 内容に過ぎないのであって,検察官はこれに服従する義務はないとする」
見解であるが,この見解は「312 条の明文に反する」ことからも認めるこ とはできず,「そこで,最後に形成力はないが,変更の義務はある,とい う見解が残る。これが,法文の解釈としてももっとも素直である」と指摘 される( 8 )。
これに対して,裁判所の訴因変更命令に義務性があるかについては,否
定説( 9 )が唱えられており,平野説も,命令の権限が与えられたにすぎず,命
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令の義務はないと解している(10)。あくまでも命令の権限行使にあたっては,
「単に,証拠の明白性だけでなく,犯罪の重大性をも考慮した結果,訴因 を変更しても訴追させるのが妥当だと考えたときに限るべきである」が,
「著しく顕著な場合だけは,権限の不行使が,義務違反すなわち訴訟手続 の法令違反(一種の審理不尽)となりうる」と主張されていた(11)。その後,「裁 判所には,訴因変更命令を出す義務は」ないものの,そこでいう義務がな いとは,「つねに訴因を変更させて審理をつくす義務があるわけではない」
という事を意味しており,「具体的な場合によっては義務があるとするこ ととは別のこと」であり,「証拠が極めて明白でありかつ犯罪が重大であ るにもかかわらず,検察官が,訴因を変更しないような場合には,裁判所 は変更命令を出す義務があ」るとされたのである(12)。
(2)近時の見解
近時においても,「訴因変更命令は,当事者たる検察官の審判対象設定 権限に直接介入し修正を迫る点で職権主義の顕著な発現形態である」と して,審判対象論との関係が認められている(13)。そこで,当事者主義から,
312 条 1 項が原則であって,2 項の訴因変更命令によって裁判所が後見的 に介入するのは,あくまでも例外的な措置と解することになる(14)。訴因の変 更等に対する命令の性質としては,訴訟指揮上の裁判であることから検察 官には命令に従う義務を負うが,形成力はないとする点が通説である(15)。こ の点については従前の見解と差異がないところではあるが,最大判昭和 40 年 4 月 28 日刑集 19 巻 3 号 270 頁が「第一審は,第五回公判期日にお いて共同正犯に訴因を変更すべきことを命じ,検察官から訴因変更の請求 がないのに,裁判所の命令により訴因が変更されたものとしてその後の手 続を進めたことが認められる。しかし検察官が裁判所の訴因変更命令に従 わないのに,裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとするこ とは,裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり,かくては,訴 因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから,訴 因変更命令に右のような効力を認めることは到底できない」として訴因
裁判員裁判における訴因変更命令について 55 変更命令の形成力を一般的に否定したと評価される(16)本判決の影響が認め られる。
裁判所には命令については,例外的に命令義務を認める見解(17)もあるとこ ろ,義務はあるが命令ほどではない義務があるとする見解や(18),命令義務自 体を否定する見解もある(19)。義務はあるが命令ほどではない義務があるとす る見解は,論者によって表現は異なっているものの,「求釈明の形で検察 官に訴因変更を促し,あるいは示唆する限度で訴訟法上の義務がある(20)」と するもの,「せいぜい検察官に釈明を求める(規 208 Ⅰ)程度の義務(21)」と するもの,「命令の意味は,変更を促すか勧告するという程度のもの(22)」,「検 察官に対して訴因変更手続を促し又はこれを命ずべき義務(23)」とするもの,
というものである。この点については,従前からの変更があるが,判例に 変遷があることからその影響があると解し得る(24)。
そこで以下では判例の流れを確認していくことにする。
2. 判例の変遷の概観
すでに確認したように,命令の義務性については判例に変遷がある。そ の数は多数に及ぶが,ここでは最判昭和 33 年 5 月 20 日刑集 12 巻 7 号 1416 頁,最決昭和 43 年 11 月 26 日刑集 22 巻 12 号 1352 頁,最判昭和 58 年 9 月 6 日刑集 37 巻 7 号 930 頁を見ていくことにする。
(1)最判昭和 33 年 5 月 20 日刑集 12 巻 7 号 1416 頁(昭和 33 年判決)
昭和 33 年判決は,業務上横領の訴因につき,第一審では「行為の日時,
方法,金額等基本的事実を異にし最早や公訴事実を同じうするものとはい い難く,審判の請求を受けない事件について責任を問うに由ない」として 無罪判決を言い渡したのに対して,第二審では「被告人等の所為は,横領 罪乃至背任罪を構成」し,この事実は公訴事実と「基本的事実関係を同じ うするものと謂うべく,審理の経過に鑑み右訴因を変更しても被告人の防 禦に実質上の不利益を生ずる虞もないと認められるから,原審は検察官に
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対し訴因変更の手続を促し又は之を命じて審理判断をなすべきであつたの に,その措置に出でなかつた事は審理不尽乃至訴訟手続の法令に違背があ る」として破棄差戻した事案である。最高裁は,「原審がかかる場合,第 一審は検察官に対し訴因変更の手続を促し又はこれを命じて審理判断をな すべきであつたと判示した点について考えてみるに,本件のような場合で も,裁判所が自らすすんで検察官に対し右のような措置をとるべき責務が あると解するのは相当でない。したがつて原判示のように裁判所が自らす すんで検察官に対し右のような措置をとるべき責務があると解するのは相 当でない」と判示した(25)。
この昭和 33 年判決については,調査官解説においては「訴因変更手続 を促し又は訴因変更を命ずべき義務」がないことについて「例外的場合を 全く認めない極めて厳格な解釈を」とったと評価されている(26)。これに対し て「一定の範囲では変更命令義務の存在を認めるが本件ではこれにあたら ない趣旨なのかは,必ずしも明らかではな」いとも指摘されていた(27)。実際 に昭和 33 年判決以後の下級審においても一定の場合には訴因変更を促す,
あるいは命ずる義務があるとされたのである(28)。
(2)最決昭和 43 年 11 月 26 日刑集 22 巻 12 号 1352 頁(昭和 43 年決定)
これを受けて昭和 43 年決定は,殺人の訴因(29)のもと,裁判所が検察官の 意向を単に打診したにとどまり,積極的に訴因変更手続を促しまたはこれ を命ずることなく,殺人の訴因のみについて審理し,ただちに被告人を無 罪とした第一審判決には審理不尽の違法があるとしてこれを破棄し,あら ためて,原審で予備的に追加された重過失致死の訴因について自判し,被 告人を有罪としたところ(30)(31),「起訴状に記載された殺人の訴因についてはそ の犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても,審理の経 過にかんがみ,これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証 拠上明らかであり,しかも,その罪が重過失によつて人命を奪うという相 当重大なものであるような場合には,例外的に,検察官に対し,訴因変更 手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当であ
裁判員裁判における訴因変更命令について 57 る」と判示した。なお,第一審において,裁判所は,検察官に対し,「殺 人の訴因について検討するよう申し入れ,検察官において同訴因を維持す るか否かを質(32)」問したが,検察官は,検討に対して「本件公訴事実を維持 し」たいと考え,質問に対して「上司とも相談した結果,維持するという ことになって」いると釈明をしている(33)。
昭和 33 年判決により,最高裁は,原則として訴因変更手続を促しまた は命ずる義務はないと明らかになっていたところ,昭和 43 年決定は,な お例外的場合があることを明らかにしたものと評価されている(34)。この点,
昭和 33 年判決からの判例変更ではないかが問われるが,昭和 33 年判決は
「本件のような場合でも」と例外的場合を念頭に置いて論じていたことか ら問題がないとされている(35)。
また,昭和 33 年判決以降の下級審判決では,変更を命ずる義務すなわ ち命令義務を認めるものと変更を促す義務すなわち勧告義務を認めるもの に分かれていたとされるが,本件では「訴因変更手続を促しまたはこれを 命ずべき義務がある」と命令義務と勧告義務を区別せずに認めたものであ ると指摘されている(36)。命令義務と勧告義務に差異がないと見る立場(37)も当事 者主義・職権主義の観点から重大な差異と見る見解(38)がある。後者の見解か らは,勧告義務はともかく命令義務まで本判決が認めた点には行き過ぎた 点があると批判されている(39)。そして,第一審における釈明措置が,訴因変 更手続を「促した」のか「単に打診したにとどまる」のか評価が分かれ得 ることも指摘されているのである(40)。
そして,本決定は,例外を認めるための要件として,「重過失致死の訴 因に変更すれば有罪であることが証拠上明らか」であることすなわち「証 拠の明白性」と,「その罪が重過失によつて人命を奪うという相当重大な もの」であることすなわち「犯罪の重大性」という基準を示した点に意義 が認められる(41)。
(3)最判昭和 58 年 9 月 6 日刑集 37 巻 7 号 930 頁(昭和 58 年判決)
本件は,A は,公務執行妨害に関する甲事実と,公務執行妨害,傷害
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および傷害致死を含む乙事実の二個の事実について公訴を提起され,Aを 除くその余の被告人 5 名は,乙事実のみについて,それぞれ公訴を提起さ れた事案である。審理経過(42)として,乙事実の訴因たる現場共謀は,それを 認めるに足る証拠がないとの心証に達しているが,乙事実の訴因を現場共 謀に先立つ事前共謀に基づく犯行の訴因に変更するならばこれらの点につ いても犯罪の成立を肯定する余地があったことから,訴因変更命令の義務 の有無を判断することとなった。
この点につき最高裁は,「検察官は,約八年半に及ぶ第一審の審理の全 過程を通じ一貫して乙事実はいわゆる現場共謀に基づく犯行であつて事前 共謀に基づく甲事実の犯行とは別個のものであるとの主張をしていたのみ ならず,審理の最終段階における裁判長の求釈明に対しても従前の主張を 変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしていたこと,第一審にお ける右被告人らの防禦活動は右検察官の主張を前提としてなされたことな どのほか,本件においては,乙事実の犯行の現場にいたことの証拠がない 者に対しては,甲事実における主謀者と目される者を含め,いずれも乙事 実につき公訴を提起されておらず,右被告人らに対してのみ乙事実全部に つき共謀共同正犯としての罪責を問うときは右被告人らと他の者との間で 著しい処分上の不均衡が生ずることが明らかであること,本件事案の性質・
内容及び右被告人らの本件犯行への関与の程度など記録上明らかな諸般の 事情に照らして考察すると,第一審裁判所としては,検察官に対し前記の ような求釈明によつて事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の 義務を尽くしたものというべきであり,さらに進んで,検察官に対し,訴 因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有す るものではないと解するのが相当である」と判示した。
昭和 58 年判決は,「例外的に,検察官に対し,訴因変更手続を促しまた はこれを命ずべき義務がある」とする昭和 43 年決定を踏襲したと評価さ れている(43)。ただし,その義務付けられる要件としては,「諸般の事情」が加 えられており,「証拠の明白性」「犯罪の重大性」に加え,「諸般の事情」
をも加えて総合的に判断すべきとされている見解(44)と,「証拠の明白性」「犯
裁判員裁判における訴因変更命令について 59 罪の重大性」があれば裁判所には例外的に訴因変更命令の義務があるもの の「諸般の事情」から訴因変更命令等その訴訟上の義務の有無が判断され るとする見解とがある(45)。
以上から,最高裁は「現行刑事訴訟の構造をかなり徹底した当事者主義
…をとるものとして理解していることが明らか(46)」であると評されている。
そうすると,裁判員裁判の導入により当事者主義を推し進める方向が強 まった(47)ことから「今後も前掲昭和 43 年 11 月 26 日のスタンスが維持される かは疑問であ(48)」って,「司法制度改革後も,この立場が堅持されるか注目を 集めていた(49)」とされる中で本件平成 30 年判決が出されたのである。
3. 本件と従前の判例との関係
本件は,「求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟 法上の義務を尽くしたものというべきであり,更に進んで,検察官に対し,
訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有 するものではない」と判示し,昭和 58 年判決の「求釈明によつて事実上 訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべ きであり,さらに進んで,検察官に対し,訴因変更を命じ又はこれを積極 的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではない」との判示と 同様であることから,これと「同様の枠組みを前提とした判断を示してい る」と指摘される(50)。ところが,「先例と異なる点も見受けられる」のであり,
それは,「事案の重大性及び証拠の明白性について判断していない」こと である(51)。この点については解釈が分かれている。また,本判決と昭和 43 年 決定は,共に重過失致死罪に訴因を変更するよう促し又はこれを命じる義 務があったかが問題となっているところ,本決定が「検察官に対し,訴因 変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有する ものではない」と判示したのに対して,昭和 43 年決定が「検察官に対し,
訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解する」と判 示しているのである。
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4. 公判前整理手続を経た審理の訴因変更命令
この点については,公判前整理手続を経たことでこれまでの判例とは事 案が違うことに根拠が見出されている(52)。
公判前整理手続における訴因変更命令は,そもそもその行使に当たって は裁判所が証拠調べにより形成した心証が訴因と異なることが必要である であるところ,証拠調べによる心証形成を予定していない公判前整理手続 においては,裁判所が訴因変更命令を出すことは想定しがたいと解されて いた(53)。
公判前整理手続に関する立法に際して,争点中心の充実した審理を集中 的・継続的に行うために,争点および証拠の整理を行い明確な審理計画を 立てるという公判前整理手続の目的・機能に照らせば,同手続の終了以後 は,その後の新たな主張や証拠調べ請求はできないのが望ましい(54)。しか し,訴訟の動的な側面からは,それらを一切認めないことは困難である ため,証拠調べ請求に関しては原則的に制限をする定めが設けられてい
(55)る
。これに対して,主張制限も設けるべきではないかという議論について は,公判審理において被告人が新たな主張・供述をした際に,弁護人・検 察官がこれに対応する主張ができないとするのは困難であることから,主 張制限は設けられず,検察官の訴因変更請求を制限する規定も設けられな かった(56)。したがって,「当事者がみだりに主張を変更したり新たな主張し たりするのを許容することは,新たな証拠調請求を許容するのと同様,公 判前整理手続を経て確定した審理計画どおりに審理が進まなくなるという 意味で,望ましいことではないが,明文の規定がない以上,法律の解釈と して主張制限効を認めることはできない(57)」のである。ただし,この立場に あっても「公判での主張変更は全く自由だとするのではなく,訴訟上の信 義則等によりそれが制限される余地を認める(58)」ことができるとされ,「訴 因変更制度に関わる検察官の訴追裁量権は,公判前整理手続における争点 整理・計画審理の実効性確保の観点から制約され,訴因変更請求が公判前 整理手続の時点から可能であったような場合には,刑訴法 312 条 2 項の解
裁判員裁判における訴因変更命令について 61 釈として許されなくなると解する余地がある(59)」とされている。
通常,訴因変更命令が問題となる場面では,求釈明により訴因変更の要 否を検討すれば足りる。そして,訴因変更命令は心証の形成を前提とする ことから(60),「証拠調べによる心証形成を予定しない公判前整理手続において 裁判所が訴因変更命令を出すことは想定し難い(61)」のである。たとえば,「裁 判所が証明予定事実として記載されている事実がすべて認められても」起 訴事実たる「危険運転と評価できないのではないかと考えた場合」,「実際 に証拠の内容を検討」していないために「証拠により認められる事実が危 険運転に該当するか否かについて裁判員との評議を行っていない裁判所」
は,「訴因とされる犯罪事実が認められない可能性しか把握できな」いこ とになることから,「訴因変更命令はもとより勧告を出すことも困難」と なり「予備的訴因の追加について検討を求める求釈明に止めざるを得ない」
ことになる(62)。
このような点に鑑みれば,公判前整理手続における訴因変更命令が「裁 判所に義務付けられる事態はほとんど想定」されず,「判断者に徹するこ とが一層求められている裁判所」は,例外的に「検察官に対して訴訟法上 の求釈明義務を負う」場面が存するにすぎないのである(63)。
Ⅲ 検討
1. 昭和 58 年判決までの判例の変遷
これまでの判例の流れからは次のことが言える。すなわち,昭和 33 年 判決からは,少なくとも当該事例判断として裁判所に「訴因変更手続を促 し又は訴因変更を命ずべき義務」がないことが明らかにされたが,当該義 務が認められる例外が存するのかについては留保されていた。その後,下 級審の動向も踏まえ,昭和 43 年決定が「審理の経過にかんがみ,これを 重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり,し かも,その罪が重過失によつて人命を奪うという相当重大なものであるよ
62 (桃山法学 第36号’22)
うな場合には,例外的に,検察官に対し,訴因変更手続を促しまたはこれ を命ずべき義務があるものと解するのが相当」として,「証拠の明白性」「犯 罪の重大性」が認められる場合,例外となることを認めるに至った。そし て,昭和 58 年判決では,例外判断の要件として「諸般の事情」も含まれ ることが示されたのである。
このように変遷を捉える見解に対して,特に昭和 43 年決定と昭和 58 年 決定の関係は,「訴因変更の勧告・命令義務が認められる場合を限定した ようにも思えるが,そうではなく,同決定のもとで勧告・命令義務が認め られるのは,訴因変更をしないことにより著しく正義に反する結果が生じ る場合であるとの理解に立ち,その判断要素を具現化したものと位置づけ ることができ(64)」るとも指摘される。本稿も最高裁の立場に変遷があったの ではなく,一貫した規範が明確化してきたものと捉える。
2. 命令の義務性の解釈に関するアプローチ
改めて訴因変更命令(312 条 2 項)を整理する。当事者主義からは,検 察官に訴因の設定権が認められており,裁判所は,訴因事実について有罪 とするだけの証拠があるかを判断すれば足りる。この点を推し進めると,
検察官の訴因事実と異なる事実で裁判所が有罪とした場合には検察官の訴 因設定権限を侵害し不告不理の原則違反となるはずである。ところが現行 刑訴法は,証拠調べの結果が訴因と異なることに検察官も気が付かないた めに実体的真実と異なるといった不都合を防ぐために訴因変更命令制度 を導入した(65)。ただし,「訴因変更命令は,当事者たる検察官の審判対象設 定権限に直接介入し修正を迫る点で職権主義の顕著な発現形態である(66)」の であるから,これは例外として解さなければならない。したがって,証拠 調べの結果と訴因事実に食い違いが生じた際は,まずは検察官に対する求 釈明で訴因変更の必要性を示唆することで対処すべきとされることになる(67)。 例えば,訴因変更の必要があるのに検察官がこれをしない場合で,裁判所 の心証を了解しないために変更しないとき,裁判所が求釈明せずに判決を
裁判員裁判における訴因変更命令について 63 したのでは検察官に不意打ちとなる恐れがあることから求釈明が義務的に 行われることになる(68)。求釈明を受けても検察官が訴因を変更しない場合に 訴因変更命令が問題となってくるのである(69)(70)。
312 条 2 項の効果は「命ずることができる」と可能的であることから,
命令権限の行使については裁判所の裁量ということになる。しかし,す でに確認した通り,訴因変更命令は,「職権主義の顕著な発現形態」なの であるから,命令権限については限定的に解するべきことになる。いわ んや命令の義務性についてはなおさらであろう。そうすると,命令の義 務性については,当事者主義の側面,すなわち検察官の訴因変更の意思 確認という側面(71)から分析され得る。加えて,命令に義務性が認められる場 合は,「命ずることが出来る」ことが前提となるのであるから,命令の義 務性を検討するに当たっては,命令の要件自体を手掛かりとすることも 可能である。
312 条 2 項は,「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」を訴因変更命令 の要件とする。そして,昭和 43 年決定は,命令の義務性について「証拠 の明白性」「犯罪の重大性」が要件と解されていた(72)。そうすると,「審理の 経過に鑑み適当と認めるとき」が「証拠の明白性」「犯罪の重大性」の解 釈に当たっての手がかりとなり得るのである。「証拠の明白性」「犯罪の重 大性」は,条文解釈として「適当」か否かの判断に特にかかわる。訴因変 更命令は義務的に出す必要があり,これを怠ると審理不尽になる。義務的 になる場合は,その権限行使によって著しい不正を招来することが明らか な場合である。具体的には,「証拠調の結果現訴因のままでは無罪を言い 渡す他ないが,これを公訴事実と同じくする他の訴因に変更すれば有罪で あることが明らかであり,しかもその訴因が相当重大であるような場合」
である。このような場合には訴因変更命令を出すことが「適当」となるで あろう(73)。したがって,昭和 43 年決定は,「適当」性の判断として,殺人の 訴因では無罪とするほかないが「重過失致死の訴因に変更すれば有罪であ ることが証拠上明らか」であること,「その罪が重過失によつて人命を奪 うという相当重大なもの」であることが挙げられていたのである。
64 (桃山法学 第36号’22)
これに対して,昭和 58 年判決の「諸般の事情」は,「審理の経過に鑑み 適当」といえるかに関わる要件であると解することができる。「適当」性は,
「証拠調や審理の経過に照らし,訴因の変更を命令することが義務的ない しそれに準ずる場合…であることを要する(74)」とされているのである。した がって,「証拠の明白性」「犯罪の重大性」の判断に当たっては,「諸般の事情」
すなわち具体的な審理経過をも判断する必要があったことになる。
この点,昭和 43 年決定は,「審理の経過にかんがみ」て「証拠の明白性」
「犯罪の重大性」を認めたのであるから,昭和 58 年判決と異なるところは ないのである。
そこで,「諸般の事情」・「具体的な審理経過」の内容が問題となるが,
事案の性質,内容,被告人の犯行への関与の程度,共犯者の処分との均衡 など事件の実体的事情,検察官の訴追意思,被告人の防御の利益,当事者 主義に関係する事件の手続的事情といったものがそれである。
3. 本件へのあてはめ
昭和 58 年判決は,「諸般の事情」については,8 年半一貫して乙事実と 甲事実とは別個のものと主張をしており,かつ裁判長の求釈明に対しても 変更意思がない旨を明確かつ断定的な釈明をしていたという検察官の訴追 意思,当該検察官の主張を前提に被告人らが防御活動をしてきたこと,被 告人らと他の者との間で著しい処分上の不均衡が生ずることが明らかであ ること,本件事案の性質・内容,被告人らの本件犯行への関与の程度を考 慮したのである。
これに対して,本件は,第 2 回公判前整理手続期日から第4回公判期日 まで一貫して検察官には重過失致死として処罰を求める予定がないという 訴追意思を持っていたこと,第2回公判前整理手続期日から重過失致死罪 の予備的訴因の追加について求釈明をされていたのであるから,遅くとも この時期までに当該追加をすべきところ,これをせず,公判審理に至って から訴因変更を許容すれば,公判前整理手続の趣旨を没却させ,さらに裁
裁判員裁判における訴因変更命令について 65 判員にも悪影響を与えることになるという公判前整理手続を経た裁判員裁 判という性質から(75),たとえ「証拠の明白性」「犯罪の重大性」が認められ たとしても,「検察官に対し,訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すな どの措置に出るまでの義務を有するものではない」と判断したことは妥当 である。
Ⅳ 結論
本稿は,訴因変更命令について,その義務性が認められる場合について 検討した。その結果,312 条 2 項を手がかりして,昭和 58 年判決と昭和 43 年決定が同一の枠組みであることを明らかにし,本件においてもこれ までの枠組みで判断していること,この枠組みには妥当性があることを明 らかにした。
注
( 1 ) 本件の評釈として,原田和住「判批」法教 454 号(2018)141 頁以下,
三好幹夫「判批」刑ジャ 58 号(2018)127 頁以下,浅田和茂「判批」
新・判例解説 Watch vol.23(2018)183 頁以下,辻本典央「判批」新・
判例解説 Watch vol.23(2018)193 頁以下,池田直人「判批」論究ジュ リ 30 号(2019)194 頁以下,前田雅英「判批」捜査研究 68 巻 10 号
(2019)13 頁以下,向井香津子「判解」曹時 72 巻 3 号(2020)147 頁 以下,岩間康夫「判批」平 30 重判解(2019)156 頁以下,村瀬均「判批」
平 30 重判解(2019)172 頁以下,上田信太郎「判批」判評 748 号(2021)
130 頁以下,乾直行「判批」一橋法学 19 巻 2 号(2020)1071 頁以下 など。
( 2 ) 後に指摘する通り,312 条 2 項の訴因変更命令については,「命令」
ではなく「勧告」や「積極的な促し」であるとする見解もあるが,本 稿ではそれに合わせることはせず,一律に訴因変更命令と述べること とする。
( 3 ) 酒巻匡『刑事訴訟法』(有斐閣,第 2 版,2020)312 頁。
( 4 ) 江藤隆之「判批」桃山法学 26 号(2017)291 頁,平野龍一『訴因と 証拠』(有斐閣,1981)134 頁。
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( 5 ) 吉開多一ほか『基本刑事訴訟法 Ⅱ論点理解編』〔緑大輔〕(日本評 論社,2021)198 頁。
( 6 ) 伊藤栄樹ほか『新版注釈刑事訴訟法 第三巻』〔臼井滋夫〕(立花書房,
1996)429 頁。
( 7 ) 岸盛一『刑事訴訟法要義』(廣文堂,新版 9 版,1978)59-60 頁。
( 8 ) 平野・前掲注(4)134 頁。
( 9 ) 団藤重光『刑事訴訟法綱要』(創文社,7 訂版,1967)201-2 頁。な お団藤説によれば,検察官が予備的訴因によって事実が認められた場 合は,事実誤認を理由として上訴でそれを争うことが出来なくなるが,
訴因を追加・変更せずにその証明がない場合には無罪が言い渡される ことになり,「検察官としては進退両難に陥ることになる」ところ,
裁判所が変更命令をした際には,「あたらしい訴因・罰条につき有罪 の言渡が可能となるばかりでなく,検察官はもし不服ならば――訴因・
罰条の追加・変更は,このばあいには検察官が進んでしたものではな いから――上訴よってその事実認定または法令の適用を争うこともで きる」ことになる。したがって,「この規定は,むしろ検察官の進退 両難を救済する意味をもつ。これが本条立案に際しての――すくなく ともわたくしの――意図であった」とされている。
(10) 平野・前掲注(4)135-6 頁,平野龍一『刑事訴訟法』(有斐閣,1958)
137 頁。
(11) 平野・前掲注(10)137 頁。
(12) 平野龍一『刑事訴訟法の基礎理論』(日本評論社,1964)83 頁。なお,
そこでは,これはあくまで「極めて例外的なものでさえであって,通 常の場合だけを考えれば裁判所に訴因変更命令を出す義務はないと言 い切ってもいい」と主張されている。
(13) 酒巻・前掲注(3)312 頁。
(14) 河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法 第六巻』〔高橋省吾〕
(青林書院,第 2 版,2011)439 頁,松尾浩也監修『条解刑事訴訟法』(弘 文堂,第 4 版増補版,2016)619 頁。なお,平野・前掲注(4)134 頁。
(15) 例えば,上口裕『刑事訴訟法』(成文堂,第 5 版,2021)326 頁,酒巻・
前掲注(3)312 頁,池田修=前田雅英『刑事訴訟法』(東京大学出版,
第 6 版,2018)319 頁,伊丹俊彦=合田悦三編『逐条実務刑事訴訟法』〔中 村功一〕(立花書房,2018)743 頁,大久保隆志『刑事訴訟法』 (新世社,
2014)225-6 頁,寺崎嘉博『刑事訴訟法』(成文堂,第 3 版,2013)332 頁,
高橋・前掲注(14)444-5 頁,など。
裁判員裁判における訴因変更命令について 67
(16) 清野惇「判批」刑事訴訟法判例百選第 5 版(1986)103 頁。
(17) 例えば,池田=前田・前掲注(15)317-8 頁,中村・前掲注(15)743 頁,
大久保・前掲注(15)225-6 頁。これに対して,白取祐司『刑事訴訟法』(日 本評論社,第 9 版,2017)299-300 頁は,312 条 2 項の命令は,形成力 のない勧告であり,裁判所の訴因変更命令義務も否定されている。
(18) 例えば,酒巻・前掲注(3)312 頁,福島至『刑事訴訟法』(新世社,
2020)185 頁,田口守一『刑事訴訟法』(弘文堂,第 7 版,2017)361 頁,
下津健司「訴因の特定,変更――裁判の立場から」三井誠ほか編『刑 事手続の新展開 下巻』(成文堂,2017)174-5 頁など。
(19) 上口・前掲注(15)326 頁,寺崎・前掲注(15)300 頁。
(20) 酒巻・前掲注(3)312 頁。
(21) 福島・前掲注(18)185 頁。
(22) 田口・前掲注(18)361 頁。
(23) 下津・前掲注(18)174-5 頁。
(24) 判例の変遷については,高橋・前掲注(14)441-3 頁を参照。
(25) そして,「以上のとおりであるから,原判決が,裁判所が検察官に 対し判示の趣旨の訴因変更を促し,又はこれを命ずる責務がある趣 旨を判示した点の違法はあるけれども,所論四五万円の点について公 訴事実と基本的事実関係を一にし,かつ被告人の防禦に実質的の不利 益を与えるものでないとした判断は正当であるから,結局原審が破棄 差戻の判決をした結論はこれを維持すべきものと認めなければならな い」とした。
(26) 栗田正「判解」最判解説昭 33 年度(1971)357 頁。
(27) 鈴木茂嗣「判批」刑事訴訟法判例百選新版(1971)88 頁。
(28) 河上和雄ほか『新版注釈刑事訴訟法 第 4 巻』〔小林充=前田巌〕(立 花書房,第 3 版,2012)399 頁,石田穣一「判解」最判解説昭 43 年度
(1970)390 頁を参照。例えば,広島高判昭和 35 年 12 月 21 日下刑集 2 巻 11 = 12 号 1361 頁など。
(29) 概要は,「被告人は…二連発猟銃一挺宛を手渡されたので,…A を 射殺しようと企て,同人に発砲したが,その傍らにいた B の左腹部に 命中し,同人を肝,腎,腸,貫通による出血多量のため,…死亡する に至らしめたものである」というものである。
(30) 原審は,「訴因は,殺人であつて,検察官が原審において訴因の追 加も変更もしなかつたことは,記録上明白であるから,そのままでは 重過失致死の事実を認定することができないことは当然であるけれど
68 (桃山法学 第36号’22)
も,右殺人の訴因と前記重過失致死の事実との間には公訴事実の同一 性があることは疑いがなく,かつ,重過失致死の訴因に変更し,また は同訴因を追加しさえすれば有罪の判決をなし得ることは明らかであ り,しかもその罪は,重過失により人命を奪うという重大なものであ る。ところで,裁判所は,原則としては,自らすすんで検察官に対し,
訴因変更手続を促し,またはこれを命ずべき責務はないが,本件のよ うに,起訴状に記載された訴因については無罪とするほかないが,こ れを変更すれば有罪であることが明らかであり,しかもその罪が相当 重大であるときには,例外的に,検察官に対し,訴因変更手続を促し,
またはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である。記 録に徴すると,原審は,検察官に対し,起訴状記載の殺人の訴因につ いて検討するよう申し入れ,検察官において同訴因を維持するか否か を質していることは認められるけれども(原審第四回公判調書参照),
右原審の措置は,検察官が当初の訴因をそのまま維持するか否か,或 いはこれを変更する意図があるか否かを一応打診したに止まり,これ をもつて,原審が検察官に対し,積極的に,訴因変更手続を促したも のとみることはできない。そして,他に原審が右訴因の変更を促し,
またはこれを命じた形迹は存しない。しからば,原審は,検察官に対し,
訴因の変更を促し,またはこれを命じたうえ,前記重過失致死の事実 につき審理を尽すべきであつたのに,これをしないで,殺人の訴因の みについて審理判断し,直ちに無罪の判決をしたものというほかない から,原判決には審理不尽の違法があるものというべきであり,しか も,右の違法は,判決に影響を及ぼすことが明白である」と判示した。
(31) 石田・前掲注(28)383 頁は,「本件のポイントは,そもそも原判決 が一審判決を破棄することができたかどうか,つまり一審裁判所が積 極的に訴因変更を促しあるいはこれを命じなかったことが違法といえ るかどうか,というところにある」とされる。
(32) 名古屋高判昭和 42 年 4 月 17 日高刑集 20 巻 2 号 148 頁。原審の詳 細は注(30)ですでに述べた。なお,問題となる第四回公判調書につ いては,石田・前掲注(28)386-7 頁も参照。
(33) 石田・前掲注(28)387 頁。
(34) 石田・前掲注(28)388 頁,鈴木・前掲注(27)89 頁,西本晃章「判 批」刑事訴訟法判例百選第 4 版(1981)91 頁。
(35) 石田・前掲注(28)388 頁,西本・前掲注(34)91 頁。
(36) 鈴木・前掲注(27)89 頁。
裁判員裁判における訴因変更命令について 69
(37) 熊本典道「判批」判時 547(1971)144-5 頁。
(38) 鈴木・前掲注(27)89 頁。
(39) 鈴木・前掲注(27)89 頁,酒巻・前掲注(3)313 頁,田口・前掲注(18)
361 頁,下津・前掲注(18)175 頁。
(40) 石田・前掲注(28)387 頁。
(41) 鈴木・前掲注(27)89 頁。
(42) 審理経過は大要次のようなものであった。すなわち,検察官は,第 一審審理の冒頭において,乙事実の訴因が現場共謀による実行正犯の 趣旨である旨,乙事実は甲事実とは別個の犯罪である旨の釈明をした。
そしてその後約八年半に及ぶ審理の全過程を通じてこの主張を維持し たので,乙事実に関する第一審における当事者の攻撃防禦は,検察官 の当該主張を前提とし,その犯行の現場に被告人らがいたかどうかの 事実問題を中心として行われた。
第一審裁判所は,審理の最終段階において,現場共謀を認めるに足 る証拠がないとの心証に達し,乙事実の訴因を前提とする限り被告人 らを無罪又は一部無罪とするほかないものの,乙事実の訴因を現場共 謀に先立つ事前共謀に基づく犯行の訴因に変更するならばこれらの点 についても犯罪の成立を肯定する余地がありうると考えて,裁判長か ら検察官に対し,第五四回公判において,甲・乙両事実の関係及び乙 事実の共謀の時期・場所に関する検察官の従前の主張を変更する意思 はないかとの求釈明をしたところ,検察官がその意思はない旨明確か つ断定的な釈明をした。
そこで,第一審裁判所は,それ以上進んで検察官に対し訴因変更を 命じたり積極的にこれを促したりすることなく,現場共謀に基づく犯 行の訴因の範囲内において被告人らの罪責を判断し,被告人M,同Q に対しては乙事実について無罪の,その余の被告人らに対しては乙事 実のうち,傷害,公務執行妨害についてのみ有罪(ただし,被告人A に対しては甲事実についても有罪)の各言渡しをした。
検察官の控訴を受けた原審は,「訴因変更をしさえすれば右被告人 らに対し第一審において無罪とされた部分についても共謀共同正犯と しての罪責を問いうることが証拠上明らかであり,しかも右無罪とさ れた部分は警察官一名に対する傷害致死を含む重大な犯罪にかかるも のであるから,第一審裁判所としては,検察官に対し,訴因変更の意 思があるか否かの意向を打診するにとどまらず,進んで訴因変更を命 じ,あるいは少なくともこれを積極的に促すべき義務があつたとし,
70 (桃山法学 第36号’22)
右義務を尽くさず,右被告人らについて乙事実又はその一部を無罪と した第一審の訴訟手続には審理を尽くさなかつた違法があるとして,
右被告人らに関する第一審判決を破棄し,被告人Aに対する関係では,
同被告人については事前共謀に基づく一連の抵抗行為のすべてが訴因 とされているとみるべきであるから,同被告人は,右抵抗行為中に含 まれる乙事実につき仮にその実行行為の一部に加わつていなかつたと しても共謀共同正犯としての責任を免れないとし,第一審判決が同被 告人の事前共謀に基づく本件建物における一連の犯行を認めながら乙 事実の一部を有罪としなかつたのは共同正犯に関する刑法六〇条の解 釈ないし適用を誤つた違法があるとして,同被告人に関する第一審判 決を破棄し,全被告人につき事件を東京地方裁判所に差し戻す旨の判 決を言い渡した」ことで被告人が上告した。
(43) 寺崎嘉博「判批」刑事訴訟法判例百選第 10 版(2017)109 頁,坂井 智「判解」最判解説昭 58 年度(1987)265 頁,原田・前掲注(1)141 頁。
(44) 寺崎・前掲注(43)109 頁。
(45) 山本正樹「判批」刑事訴訟法判例百選第 9 版(2011)107 頁。
(46) 坂井・前掲注(43)263 頁。
(47) 青木孝之「現行刑事訴訟法における当事者主義」一橋法学 15 巻 2 号(2016)557-8 頁参照。
(48) 下津・前掲注(18)175 頁。
(49) 原田・前掲注(1)141 頁。
(50) 酒巻・前掲注(3)314 頁。
(51) 原田・前掲注(1)141 頁,同様の指摘をするものとして,池田・前 掲注(1)199 頁。
(52) 原田・前掲注(1)141 頁,村瀬・前掲注(1)173 頁,向井・前掲注(1)
197 頁。
(53) 稗田雅洋「公判前整理手続と訴因変更命令」松尾浩也=岩瀬徹編『実 例刑事訴訟法Ⅱ』(青林書院,2012)58 頁。
(54) 角田正紀「判批」刑事訴訟法判例百選第 9 版(2011)124 頁,稗田・
前掲注(53)59 頁,岡田悦典「公判前整理手続と訴因変更」南山法学 44 巻 2 号(2021)131-2 頁。
(55) 角田・前掲注(54)124 頁,岡田・前掲注(54)132 頁。
(56) 稗田・前掲注(53)59 頁。
(57) 松尾・前掲注(14)788 頁。
(58) 角田・前掲注(54)125 頁。
裁判員裁判における訴因変更命令について 71
(59) 稗田・前掲注(53)59 頁。
(60) 稗田・前掲注(53)62 頁。
(61) 稗田・前掲注(53)58 頁。
(62) 稗田・前掲注(53)58 頁。
(63) 向井・前掲注(1)198 頁,石田倫識「判批」法セミ 761 号(2018)
122 頁。
(64) 川出敏裕『判例講座刑事訴訟法〔公訴提起・公判・裁判篇〕』(立花書房,
2018)135-6 頁。
(65) 小林=前田・前掲注(28)527-8 頁,稗田・前掲注(53)53 頁,川出・
前掲注(64)131 頁。
(66) 酒巻・前掲注(3)312 頁。
(67) 稗田・前掲注(53)53 頁。
(68) 上口・前掲注(15)324-5 頁。
(69) 上口・前掲注(15)324-5 頁。
(70) なお,乾・前掲注(1)1078 頁以下。
(71) 池田・前掲注(1)200 頁。
(72) 例えば,鈴木・前掲注(27)89 頁。
(73) 松尾・前掲注(14)692 頁。
(74) 松尾・前掲注(14)692 頁。
(75) 向井・前掲注(1)197-8 頁,岡田・前掲注(54)132-6 頁。