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南アジア研究 第28号 026学会近況・藤井 正人, 手嶋 英貴, 梶原 三恵子「日本語テーマ別セッションII  ケーララ州におけるブラーマン社会の現在」

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Academic year: 2021

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(1)南アジア研究第28号( 2016年). 学・会・近・況. 日本語テーマ別セッション II. ケーララ州における ブラーマン社会の現在. 藤井正人、手嶋英貴、梶原三恵子 ナンブーディリと呼ばれる南インド・ケーララ州の土着ブラーマンの 社会には、 ヴェーダとタントラという二種の宗教伝統が併存している。イ ンド古来の宗教儀礼文献および祭式伝統であるヴェーダは、ナンブーデ ィリたちによってきわめて良好に伝承されているとともに、それ自体が ナンブーディリ社会の組織化の重要なファクターとしても機能している。 ナンブーディリ社会は、ヴェーダの伝承と祭式執行に関して、 「グラー マム」 (サンスクリット語「グラーマ」から、以下同様)と呼ばれる先祖 伝来の村を単位とし、グラーマムごとに二家ずつ存在する「ヴァイディ カン」 ( 「ヴァイディカ」 )と呼ばれるヴェーダ学匠家系によって統率され ている。 一方、タントラはヒンドゥー教寺院に関わる宗教伝統である。ケーラ ラにはさまざまな神を祀る数多くのヒンドゥー教寺院があるが、寺院で 行われている儀礼はほぼ同一の様式をとっている。ケーララではそうし た寺院儀礼が、それが基づく宗教思想を含めてタントラと呼ばれてい る。ナンブーディリ社会には、寺院の建立や重要な祭礼に関わる「タン トリ」 ( 「タントリン」 )と呼ばれる主席司祭の家系がある。ヴェーダにお ける「ヴァイディカン」と同様に、タントリの地位は少数の家系に固定 的に付与され、 各寺院は特定のタントリ家系によって統轄されている。 こ のようにナンブーディリ社会は、 ヴェーダとタントラというまったく異な る二つの宗教伝統を軸として、いわば複線的に組織化されている。 ナンブーディリ社会の二つの宗教伝統の結び目に位置するのが、彼ら の家庭儀礼である。誕生、入門、結婚など、人生の節目に行う「ショー ダシャ・クリヤー(十六行事) 」を中心とする家庭儀礼は、紀元前のヴ ェーダ家庭儀礼の形式をよく保存していると同時に、タントラの要素や ケーララの土着習俗をも採り入れている。ナンブーディリの家庭儀礼. 228.

(2) 学会近況 日本語テーマ別セッション II ケーララ州におけるブラーマン社会の現在. は、隣接階層の儀礼文化とも相互に影響しあいながら、地域、家系、家 族などさまざまなレベルで独自の社会機能を果たしている。 3 名の報告者は、藤井正人の長年にわたる南インドのヴェーダ伝承の 調査を踏まえて、2009 年以降共同でナンブーディリ社会の調査を継続し てきた。本セッションは、現在までに調査によって得られた情報と知見 を総括し、南アジアのブラーマン社会の事例研究として、ナンブーディ リの社会構造を、ヴェーダ、タントラ、家庭儀礼という三つの側面から 分析したものである。 報告1 藤井正人 ヴェーダとナンブーディリ社会 ケーララでは、ヴェーダが文献と祭式の両面で良好に伝承されてきた だけでなく、ヴェーダの存在そのものが、ブラーマン社会の組織化の重 要なファクターとして機能してきた。ケーララ土着のブラーマンは、 「ナ ンブーディリ」というカースト名でケーララのカースト社会の最上層に 位置し、 「マナ」と呼ばれる大家族集団を単位として家系を継承してい る。ナンブーディリたちは、ヴェーダの伝承と祭式を存続・継承させる ために、さまざまな社会的な仕組みを保っている。 ヴェーダは祭官の職務に応じて四つのヴェーダからなり(ただしケー ララにはアタルヴァ・ヴェーダは存在しない) 、各ヴェーダは複数の学派 に分かれている。ナンブーディリの家系はおのおの特定の学派に所属し ている。それぞれの学派は独自の祭式文献(スートラ)を伝承している ので、学派自体も「スートラム」 ( 「スートラ」 )と呼ばれることがある。 ヴェーダ学派は、ナンブーディリの家系の主たるグループ分けとなって いる。さらにナンブーディリの各家系は、別のグループ分けとして、 「グ ラーマム」 ( 「グラーマ」 )と呼ばれる先祖伝来の村との結びつきをもって いる。一つのグラーマムに属する家系には、今もその村にとどまってい る家系と、かつて祖先がその村から来た(という言い伝えをもつ)家系 が含まれる。グラーマムには、そこに所属する家系の主神をまつる中心 寺院が存在しているので、各家系と特定のグラーマムとの関係はかなり の程度、歴史的な事実に基づいている。ナンブーディリたちにとってグ ラーマムへの帰属意識は強く、生活様式、集団行動、祭官の組織化など において、グラーマムを同じくするものたちがまとまり、グラーマムを. 229.

(3) 南アジア研究第28号( 2016年). 異にするものたちを遠ざける傾向が見られる。各グラーマムには、 「ヴァ イディカン」 ( 「ヴァイディカ」 )とよばれる特定のヴェーダ学匠家系が原 則として二つずつあり、グラーマムにおけるヴェーダの伝承と祭式にお いて指導的な役割を果たしている。 ナンブーディリの社会は、ヴェーダを伝承し祭式を行うものに高い儀 礼的地位を与えている。高い儀礼的地位を表わすものとして、祭主とし てヴェーダ祭式を行った者には祭式のグレードに応じた称号が付与さ れ、祭主の妻にも特別な称号が与えられる。ヴェーダを保持することに よって高い儀礼的地位が与えられることが、ナンブーディリたちがヴェ ーダを継承しつづける最大の動機となっている。他方、身分の上でヴェ ーダの学習と詠唱の資格を持たないナンブーディリの家系が存在する。 ナンブーディリの社会においては、ヴェーダから排除されることは、儀 礼的地位を剥奪されることを意味している。ヴェーダの有無が身分の上 下に大きく関わっていて、このこともナンブーディリ社会におけるヴェ ーダの威信を高める方向に働いている。 ケーララにおけるヴェーダの伝統は、ナンブーディリの婚姻・相続制 の改革、農地解放による大土地所有制の崩壊、教育と職業の多様化など のために、20 世紀半ば以降、急速に弱体化していたが、最近になって、 特に21世紀に入り、再び復活してきている。この動きには、いわゆるヒ ンドゥー・ナショナリズムとの関わりがほとんど認められず、また今の ところ政治的な色彩を帯びていないのが特徴である。大規模なヴェーダ 祭式が毎年のように催され、ナンブーディリたちがケーララの外へ出向 いて挙行することまで行われている。それとともに、ヴェーダがナンブ ーディリたちのアイデンティティーの基礎として再認識されている(ナ. ンブーディリたちの互恵的なウェブサイト Namboothiri Websites Trust. 参照) 。上記の、ナンブーディリ社会がヴェーダの伝承と祭式を存続さ. せるために保ってきた学派、グラーマム、ヴァイディカン、祭主への儀 礼的地位の付与などの仕組みは、近年のヴェーダ復興においても、運動 の基盤として全面的に機能している。 発表では、ケーララにおけるヴェーダの過去から現在に至る状況と、 ヴェーダとナンブーディリの社会組織との関係について、現地調査から 得られた知見をまとめるとともに、ヴェーダがどのような形でナンブー ディリを含めたケーララ社会において復興しつつあるのかを報告した。. 230.

(4) 学会近況 日本語テーマ別セッション II ケーララ州におけるブラーマン社会の現在. 報告 2 手嶋英貴 ケーララ州の寺院司祭・タントリ ―家系と職務、ヴェーダ伝承との関わり― ケーララ州のヒンドゥー教寺院では、日常祭事を行う祭官・プージャ ーリとは別に、タントリと呼ばれる司祭がいる。タントリは「寺院の父」 「神格の父」などと呼ばれる存在であり、他地域に見られるヒンドゥー 教の寺院祭官と比べ、ひときわ高い権威を認められている。ただし、こ れまでその存在が学術調査の対象とされることがなかったため、タント リの家系や寺院運営上の職務については不明な点が少なくない。さらに は、ケーララの宗教・社会を特徴づける「生きたヴェーダ伝承」との関 わりについては、ほとんど学界に知られていないと言える。本発表では、 2009 年から現地で断続的に行っている調査を踏まえ、タントリの歴史と 現状、およびその多面的性格を紹介した。 第一に、その家系と職務について情報を整理して示した。ケーララで は一般的に、タントリが行う祭事を俟ってはじめて、寺院の開創ないし 神像の開眼が可能とされている。また原則として、ナヴァラートリ等の 年大祭や、ナヴィーカラナムなど数年おきに行うべき大祭も、タントリ の出仕なしには開催され得ない。いわば、日本の仏教寺院が特定の家 (檀家)の葬儀や年忌法要を執行するように、タントリは特定の寺院に おける大祭を執行する権利を持っている。所轄寺院の数は家によってま ちまちであり、この点でも日本における各寺院の檀家数と事情が似てい る。タントリ職は通常、同じ家系により世襲されるが、何らかの事情で 弟子筋の家に委譲される場合もある。また、タントリ家系が何らかの事 情でその職権を奪われる、あるいは自らがそれを手放す場合もある。今 回は、こうした変動が生じる背景についても言及した。 次にタントリ職務とヴェーダ伝承との関係を掘り下げた。上述のよう なタントリ家系は、基本的にナンブーディリを中心とするブラーマンに よって占有されてきた。つまり、当のブラーマンたちは、特定寺院のタ ントリであると同時に、ヴェーダ伝承のいずれかの流派において各自の 立場を持ちながら暮らしている。そしてこのタントラとヴェーダという 二つの活動領域は、少なくとも表面上は、相互の関わりなしに自己完結 している。しかし現実には、この二つの領域で同時に何らかの職務を持 つ家系が見られる。本報告ではその一事例として、ケーララ州中部イリ. 231.

(5) 南アジア研究第28号( 2016年). ンニャーラクダ市近郊に所在するタラナネルール家の歴史、および現在 の活動を紹介した。 同家はケーララ全体でもひときわ古く、格式の高いタントリ家系とし て知られている。ケーララ、タミルナードゥの両州にわたって数多くの ヒンドゥー寺院におけるタントリを務めると同時に、 旧トラヴァンコール 王家の守護寺院であるバドマナーバスヴァーミ寺院のタントリとして権 勢を維持してきた。その一方で、ヴェーダ伝承においても、タラナネル ール家はヤジュル・ヴェーダ系統のヴァードゥーラ派に属し、かつその 流派の頂点に位置するヴァイディカンの家格を保持している。 ところが、このタラナネルール家はもともと、有力タントリではあっ たが、ヴェーダにおけるヴァイディカンではなかった。継続的な聞き取 り調査によれば、かつてヴァードゥーラ派に存在した二つのヴァイディ カン家が断絶するなど、複数の要因が重なることでタラナネルール家 の、とくに四つある分家の二つの家がヴァイディカン職権を継承するこ とになったという。本報告では、その過程をつぶさに辿るなかで、ヴェ ーダとタントラそれぞれの伝統が一見個別に存在していながら、一方の 職権移動がしばしば他方の職権移動と連動していることを述べた。ヴェ ーダとタントラの関係性は、ケーララのブラーマン社会の動態を理解す る上で留意すべき視点の一つであることを、本報告で示すことが出来た と考える。 報告 3 梶原三恵子 家庭儀礼一覧「十六行事」からみるナンブーディリ社会の現在 結婚や誕生など人生の節目に行う儀礼はインドでも古くから文献に みられ、一部はリグ・ヴェーダまで遡る。人生儀礼の詳細は前 3 世紀頃 の家庭儀礼綱要書グリヒヤスートラ群で確立され、その後二千年余にわ たって少しずつ変化しながら現代へと受け継がれてきた。 ケーララ州に現住するナンブーディリ・ブラーマンは、儀礼一覧「十 六行事(ショーダシャ・クリヤー) 」に、子供の誕生と成長に関わる諸儀 礼(受胎、男児祈願、妊婦髪分け、誕生、命名、初外出、お食い初め、 結髪式) 、ヴェーダ学習に関わる諸儀礼(入門式、学習誓戒 4 種、修了 式) 、結婚式、祭火設置の計 16 儀礼を数える。いずれもグリヒヤスート ラ等に規定のある伝統的なものである。. 232.

(6) 学会近況 日本語テーマ別セッション II ケーララ州におけるブラーマン社会の現在. この一覧で目をひくのは、16 儀礼のうちヴェーダ学習に関わるものが 6と大きな割合を占めていることである。ヴェーダ学習儀礼はブラーマ ンのヴェーダ伝承者としての地位を示すものであると同時に、ヴェーダ 伝承が途絶えれば廃れざるをえないものでもある。実際、現代インドの 大半の地域では入門式と修了式以外の学習儀礼はほとんど報告されて いない。ケーララでは 20 世紀終盤にヴェーダ伝承が急激に衰退したが [Parpola 2000 : 141 ; cf. 153 f.] 、21世紀初頭から複数家系の祭官が協働す. る大規模ヴェーダ祭式の挙行回数が再び増加し、 伝統は復興の傾向にあ る[藤井 2012] 。大規模祭式は多数の祭官の参画を要するから、祭式の 復興に関与した家系を中心に、子弟にヴェーダを学習させ祭式実務を教. える伝承のシステムも回復の兆しをみせている。 報告者が 2009 ~ 2016 年にかけて聞き取り調査を行った主に10 代か ら40 代のナンブーディリ男性たちは、ヴェーダ学習関連の諸儀礼を、年 齢はまちまちながら学齢前から学齢期に行っていた。入門式と修了式は すべてのナンブーディリ男子が行う。他地域同様この2 儀礼だけですま せる例が多い一方、その間の学習誓戒(ヴェーダ・ヴラタ:特定の祭文 や祭式を学ぶ際に食餌制限などを遵守し身を慎む)も一通り行っている 例も稀ではない。学習誓戒の名称と順序は学派ごとに異なるが、ケーラ ラに現存する3ヴェーダ 5 学派は紀元前の各学派の規定をほぼ保存して いる。ただし現在では、学習儀礼とヴェーダ学習との対応関係は失われ ている。入門式の後実際にヴェーダを学習するとは限らず、各学習誓戒 は学習段階とは関係なく順次行い、入門式から遅くとも数年後には学習 が終了していなくとも修了式を行う。 入門式をはじめとするヴェーダ学習儀礼の挙行年齢が人によってま ちまちであることや、学習儀礼が学習との対応を失っていることは、規 定から外れてはいるが、規定に融通をきかせることで学校教育等の現代 社会生活と伝統的ヴェーダ学習の両立を可能にしているともいえる。実 際、儀礼のみを一通り行ってヴェーダを離れる若者が大多数ではあるも のの、学習誓戒や修了式をはさみつつ数年間ヴェーダを学習する者が一 定数存在する。 ヴェーダ伝承に関するこうした柔軟な姿勢は実は紀元前からみられ る。すでにグリヒヤスートラの時点で、入門式の挙行年齢には十年前後 の幅がとられ、学習誓戒と学習課程の対応規定は曖昧で、規定と現実に. 233.

(7) 南アジア研究第28号( 2016年). ある程度の乖離を認めていたことが窺われる[梶原 2005] 。現代のナン ブーディリ社会は、学習儀礼と学習を切り離すことで、結婚までにヴェ ーダ学習を修了するという原則を形式上満たしつつ、修了式を終えてか らも状況に応じてヴェーダ伝承への関与を継続ないし再開することを 可能にしている。 参照文献. 梶原三恵子、2005、「ヴェーダ学習と誓戒」、『佛教の思想と文化の諸相』、禪學研究会、 161-175頁。. 手嶋英貴、2017、 「ケーララ州のヒンドゥー寺院司祭・タントリ―その職務と家系、ヴェーダ伝 承との関わり―」、 『人文学報』、110、121-147頁。. 藤井正人、2012、 「ヴェーダの復興―南インド・ケーララにおける古代と現代の接触―」、 『コン. タクト・ゾーンの人文学』、 III、晃陽書房、270-302頁。 Parpola, Marjatta, 2000, Kerala Brahmins in Transition: A Study of a Nampūtiri Family, Studia Orientalia 91, Helsinki. ふじい まさと ●京都大学 てしま ひでき ●京都文教大学 かじはら みえこ ●東京大学. 234.

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