日本南アジア学会第
21
回全国大会において、テーマ別セッションⅡ「南 アジアの手工芸と開発―『布』からみる地域社会の変動―」を発表した。 本セッションの内容を紹介するとともに、南アジア研究における位置づけ を行いたい。発表者とその発表題目は以下の通りである。 金谷美和 趣旨説明 松村恵里 テンプルクロスの染色技術伝承における「伝統性」と「創造性」 ―南インド、シュリー・カラーハスティの事例から― 上羽陽子 刺繍布をめぐる変化への女性たちの対応 ― グジャラート州、カッチ県、ラバーリー社会を事例に― 五十嵐理奈民俗芸術の再発見とNGO
による商品化 ―バングラデシュの刺繍布カンタを事例に― 中谷純江 バシン・コレクションとインド手工芸開発 子島進 コメント 近年、南アジア研究者の間では、1990
年代の経済自由化以降に生じて いる大きな変化を社会変動と捉え、その社会変動をどのように考察するか ということに大きな関心が寄せられている。南アジアの社会変動を、人類 学的な関心にひきつけて捉えると、教育や職業の選択肢の多様化に伴い、 社会的地位の上昇する人々が増えているなど、とくに農村におけるモビリ ティの増加がある。本セッションの目的は、南アジアの社会変動を、「手 工芸」や「布(染織品)」の生産者やその開発を視座にして明らかにする ことであった。 各発表者が対象とした布の生産者は、南アジア社会では周縁化された 人々であり、かつ、従来の人類学的な研究からは、見落とされがちな人々 であった。金谷や松村が取り上げた職能集団や、上羽が論じた牧畜民は、 土地や農作物を中心として社会関係を分析してきた従来の農村研究からは金谷美和
南アジアの手工芸と開発
─「布」からみる地域社会の変動─除外されてきた。また上羽と五十嵐が論じた女性については、近年ジェン ダー研究の隆盛をみるものの、南アジア社会では未だ周縁化された存在で あると言える。本セッションの興味深い点は、これまで全く異なるカテゴ リーの中で研究されてきた対象を、「布をつくる」という共通項でくくり、比 較する視野をひらいている点である。これら周縁におかれた人々が、手工 芸を対象とした開発に直面した際、どのように社会変動に対応し、何を選 択し、生きているかを明らかにしようとしたのが、本セッションであった。 手工芸開発
crafts development
とは、インドの行政機関の名称として は1970
年代より使用されており、手工芸の生産者が生業を継続できるよ うな施策や支援を行い、手工芸に関わる産業を振興することであると定義 できる。インドの手工芸開発は、インド政府と各州政府が主導していたこ と、農村の産業育成と女性の開発を目的としていたのが特徴である。一方 でバングラデシュにおいては、開発は国家によって行われるのではなく、NGO
などを通して海外援助によってなされる点がインドとは異なる。以 下、各発表を紹介しつつ、セッション全体の趣旨と関係づけながら論じる。 金谷は、趣旨説明に続き、グジャラート州カッチ地方の染色職能集団カ トリーについて論じた。この地方において更紗は牧畜民や農民の衣装とし て生産されていたが、1960
年代に安価な大量生産品におされ、需要を失っ た更紗の技術は失われかけた。グジャラート州政府手工芸開発公社は商品 開発と市場提供により、更紗の技術の伝承に成功した。更紗の復興は、天 然染料の使用や伝統と結びついた文様が、インド中間層や海外消費者の求 める価値に合致したためであり、その商品価値を活用したカトリーたちの 優れたマーケット戦略によるところが大きい。 松村は、アーンドラ・プラデシュ州カラハスティの寺院や儀礼において テンプルクロスとして用いられていたカラムカリについて論じた。カラム カリは1950
年代に消滅寸前であったが、全インド手工芸局によってトレー ニングセンターが設立された。センターの教師はカラムカリの正統的な継 承者であり、生徒は伝統的な制作者集団の出身者ではない、様々なカース トに属する人々であった。技術の教授を通じて、「伝統性」を継承しつつ、「創 造性」も重視するという新たなカラムカリの創作のかたちがセンターで作 られたことが明らかになった。松村の事例は、本来なら伝統的な制作者集 団に限定されていた儀礼用布の生産が、儀礼的用途から外れることによっ て、他集団の人々によって生業として選択されるようになったと理解することができる。 上羽は、グジャラート州カッチ地方の牧畜民ラバーリーの女性が行う刺 繍について論じた。
1970
年代頃より、NGO
が農村の経済発展と女性の経 済的自立を目的に、伝統技術を生かして刺繍商品をつくることを奨励しは じめた。進んで商品制作を行う民族集団が存在する一方で、ラバーリーは 消極的である。その理由として、文様の意味を重視し、かつ自由な造形を 楽しむラバーリーの女性には、デザインの規制がある商品制作への反発が あると上羽は述べ、開発からしなやかに逃れているラバーリーの造形活動 の豊かさに注目した。 五十嵐は、1971
年の独立以来開発援助によって国家運営を行ってきた バングラデシュにおいて、村レベルでの開発の浸透の媒体であるNGO
の 活動に注目し、NGO
がいかにベンガルの民俗刺繍であるカンタを、ノクシ・ カンタという刺繍商品に変容させていったかについて論じた。ノクシ・カ ンタの制作は、戦争寡婦の援助のために始まった。援助の当初は、ノクシ・ カンタはベンガル農村の日用品のイメージを持つと同時に、援助の対象で ある「貧しい女性」の象徴であった。現在では著名な女性作家もうみ、独 立国家バングラデシュの代表的な文化遺産として価値づけられるように なった。五十嵐はノクシ・カンタをNGO
のうみだした新しい文化と位置 づけている。 中谷は、他の発表者が生産者に焦点をあてて論じたのとは対照的に、生 産者を支える側に焦点をあて、インド手工芸開発の流れと手工芸開発の担 い手であるバシン氏について論じた。バシン氏は、グジャラート州手工芸 開発公社を始め、中央政府の手工芸開発に関わる要職を歴任し、その間、 生産者を支えるためのデザイン開発、マーケティング教育につながる施策 を実行した。彼の膨大な刺繍コレクションは、2008
年10
月から翌年3月 まで大阪の国立民族学博物館で開催された企画展「インド刺繍布のきらめ き―バシン・コレクションに見る手仕事の世界―」で展示され、この企画 の発案者である中谷と金谷が、バシン氏のライフヒストリーの聞き取りを 行い、バシン氏の功績とユニークな仕事の内容を明らかにした。 中谷の論じた手工芸開発の流れに沿って、各発表の対象を位置づけてみ よう。中谷は、インドの手工芸開発を三つの段階に分けた。第1
期は手工 芸開発が始まった独立直後から1960
年代半ばまで、第2期は1980
年代ま で、第3期は1990
年代以降である。第1期には、経済5
ヶ年計画において手工芸が
cottage industry
などの名で開発分野に位置づけられた時期 である。松村によると、カラムカリのトレーニングセンターは、第1期に あたる1957
年に設立され、早い時期での開発がかろうじて技術の消滅を 防いだと言える。 第2期の1970
年代は、インディラ・ガンディーの独裁政権のもと、農 村における旧来の支配者の権力が弱体化し、小作農民は地主から解放され たが、同時にパトロン・クライアント関係がなくなったため、壺作りなど 手工芸の生産者にとっては、困窮時のセーフティーネットが崩壊したとみ なされる。インド政府の手工芸開発は、旧来の支配層に代わる、農村の手 工芸生産者の新しいパトロンの役割を果たしたと言える。上羽や金谷の論 じたカッチ地方では、旱魃と飢饉が続き、女性たちが自家用に制作した衣 服を手放した時期であり、政府による手工芸開発は、まさにこの時期にバ シン氏本人によって始められた。1980
年代には、インディラ・ガンディーの文化外交の一環として海外 でインド祭が開催され、手工芸が建築や芸術と並ぶ文化遺産であるという 認識がインド国内で生まれた。このことは、生産者自身に、自らの作る手 工芸に対する自信を持たせたという成果があった。金谷の論じたカトリー も、海外でのインド手工芸に対する高い評価に接することで自信を深め、 結果的に生業を続けることになった生産者もいる。 第3期の特徴は、1990
年代の経済自由化以降に拡大したインド国内の 中間層が、手工芸の主要な消費者となって、国内需要の拡大に貢献したこ とである。デリーにあるCentral Cottage Industry
のエンポリウムや手 工芸マーケット、デリー・ハートを訪れ、更紗やカラムカリ、カッチのミ ラー刺繍が施されたバッグやクッションを好んで購入したのは、この層で あった。手工芸商品の国内需要のこの時期における急速な拡大は、インド 中間層の増しつつあったパワーを感じさせる。五十嵐によると、バングラ デシュにおいても、現在ノクシ・カンタを購入するのは、海外の消費者だ けでなく、国内の中間層である。 第3期には、手工芸に内在する人間の創造性や技術が、ポスト産業社会 における魅力的な商品価値をもつようになった反面、手工芸の生産者が開 発のなかで置き去りになってしまったと中谷は批判する。生産者を軽視す る開発を拒否する例は、上羽の論じたラバーリーに見られるが、すべての 生産者が開発にノーと言えたわけではない。中谷が述べたように、手工芸というモノではなく、生産者の持つ技術そのものが文化遺産であり、技術 を保存するためには、生産者が仕事を継続できる環境を整えるべきだとい うバシン氏の信念に耳を傾けるべきであろう。子島は、大学教育の一貫と してバングラデシュの刺繍などフェアトレード商品として販売している経 験を踏まえて、コメントを寄せた。学生にとって布のような身近で日常的 なモノが、グローバルな流通によってつながる異なる地域について考察す る契機になっているという。 南アジア研究において手工芸や布は、学術的な研究対象とみなされにく いという経緯がある。しかし布は、南アジア社会の変動と、社会変動のた だ中を生きる人々の経験を明らかにする魅力的で鋭い切り口となり得るこ とを、本セッションは示したと言える。なお、各論は、『地域研究』